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名古屋地方裁判所 平成14年(ワ)5108号 判決 2006年2月24日

第一事件原告

A野太郎こと

A太郎

訴訟代理人弁護士

谷口優

大脇保彦

鷲見弘

相羽洋一

原田彰好

朝倉寿宜

宮本増

川口一幸

谷口典明

第一事件原告補助参加人兼第二事件原告

株式会社 整理回収機構

代表者代表取締役

鬼追明夫

訴訟代理人弁護士

櫻林正己

蜂須賀太郎

第一・二事件被告

株式会社B山

代表者代表取締役

C川松夫

訴訟代理人弁護士

秋田光治

村山智子

主文

一  第一事件原告及び第一事件原告補助参加人兼第二事件原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用(第一事件の補助参加によって生じた費用を含む。)は、第一・二事件とも、第一事件原告及び第一事件原告補助参加人兼第二事件原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  第一事件

第一・二事件被告は、第一事件原告に対し、一億三〇〇〇万円及びこれに対する平成一四年一二月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  第二事件

第一・二事件被告は、第一事件原告補助参加人兼第二事件原告に対し、一億二三四六万三六七七円を支払え。

第二事案の概要

一(1)  第一事件は、第一事件原告(以下「原告A野」という。)が、自らが競落した別紙物件目録一、三記載の各土地(以下「本件土地」という。)を株式会社エステート愛知(以下「エステート愛知」という。)に売却するも、第一・二事件被告(以下「被告」という。)が本件土地を不当に仮差押えしたために、前記売買契約に基づく引渡債務を履行できなくなり、エステート愛知から前記売買契約を解除されたと主張して、被告に対して、不法行為に基づく損害賠償請求権として、三億三〇〇〇万円(内訳は前記売買契約に基づく違約金一億三〇〇〇万円及び転売利益二億円)の一部である一億三〇〇〇万円及びこれに対する第一事件訴状送達の日の翌日である平成一四年一二月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

なお、第一事件原告補助参加人兼第二事件原告(以下「原告整理回収機構」といい、原告A野と併せて「原告ら」という。)が、原告A野に補助参加している。

(2)  第二事件は、原告整理回収機構が、原告A野の被告に対する前記不法行為に基づく損害賠償請求権の一部を差し押さえた上で、被告に対して、その取立てを求める事案であり、第一事件に併合審理されている。

二  前提事実(当事者間に争いがない。)

(1)  原告A野は、当庁平成四年(ケ)第五六六号不動産競売事件において、被告が当時所有していた別紙物件目録一記載の各土地、株式会社バイソンが当時所有していた同目録二記載の各建物及び東部観光株式会社が当時所有していた同目録三記載の各土地(以下、同目録二記載の各建物を「本件建物」といい、本件土地と併せて「本件不動産」という。)の買受人となり、平成一〇年一一月三〇日、競売代金を納付した。

(2)  被告は、パチンコ営業及び不動産業等を営む株式会社である。

(3)  被告は、平成一一年五月二四日、原告A野に対する不動産売買代金請求権(四億二二〇〇万円、以下「本案債権」という。)を被保全権利として、八〇〇〇万円の担保を立てて本件不動産を仮差押えした。

また、被告は、同年七月二一日、本案債権を被保全権利として、四四〇〇万円の担保を立てて別紙物件目録一(5)、(7)、(9)記載の各土地、本件建物及び同目録三(1)、(3)記載の各土地を仮差押えした(以下、二回にわたる被告による仮差押えを総称して「本件仮差押え」という。なお、両者の区別を要する場合は、前者を「第一仮差押え」、後者を「第二仮差押え」という。)。

(4)  被告は、平成一一年一一月八日、本案債権の履行を求め提訴したが(当庁平成一一年(ワ)第四二七四号。後に株式会社オリエント技研が本案債権の譲渡を受けたとして訴訟参加し〔当庁平成一二年(ワ)第一三〇二号〕、被告は訴訟から脱退した。)、請求は棄却された(後に確定)。

(5)  原告整理回収機構は、当庁に対し、原告整理回収機構を債権者、原告A野を債務者、被告を第三債務者として、第一事件における原告A野の被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求権のうち一億二三四六万三六七七円(請求債権額)を被差押債権とする債権差押命令を申し立て(当庁平成一五年(ル)第二三八九号)、当庁は、平成一五年八月五日、前記債権差押命令を発令した。前記債権差押命令正本は、債務者である原告A野に対しては同月八日、第三債務者である被告に対しては同月六日、それぞれ送達された。

三  争点

(1)  原告A野の当事者適格(本案前の主張)

(2)  本件仮差押えの違法性

(3)  損害の有無

(4)  その他(既判力、憲法三一条違反、消滅時効)

四  争点に対する当事者の主張

(1)  争点(1)(原告A野の当事者適格〔本案前の主張〕)について

(被告の主張)

原告A野は、本訴請求権のうち一億二三四六万三六七七円について、原告整理回収機構による差押えを受けたのであるから、被告に対してその給付を求めることができない。

よって、原告A野の被告に対する本訴請求は却下されるべきである。

(2)  争点(2)(本件仮差押えの違法性)について

(原告らの主張)

被告は、本案債権の履行を求め提訴したものの、請求は棄却され、その判決は確定しているのであるから、被告による本件仮差押えは違法というべきである。

(被告の主張)

被告は、本案債権がないことを知りながら、あえて本件仮差押えの申立てをしたのではなく、本案債権があると信じるにつき相当といえる特段の事情が存在したのであるから、被告による本件仮差押えは違法ではない。

(3)  争点(3)(損害の有無)について

(原告らの主張)

ア 本件売買契約について

(ア) 経緯

本件不動産につき、競売開始決定がされていることを知った原告A野は、そのことをエステート愛知のD原竹夫社長(以下「D原社長」という。)に話したところ、原告A野が本件不動産を競落し、エステート愛知でそれを買い受け、本件土地上にマンションを建設することとなった。

原告A野は、平成一〇年六月二四日に、当庁から本件不動産の売却許可決定を受けた。

(イ) 第一売買契約

原告A野は、前記売却許可決定を受け、平成一〇年七月一日、エステート愛知に対し、本件土地の東側部分(一六二八・〇五平方メートル)を、代金七億五〇〇〇万円、引渡し及び代金支払の期限を同年九月三〇日として売却した(以下「第一売買契約」という。)。

なお、前記売却許可決定に対して執行抗告がされたことに伴い、競売代金の納付期限が定まらなかったことから、原告A野とエステート愛知は、前記引渡期限を延長することとした。

(ウ) 競売代金の納付

名古屋高等裁判所は、平成一〇年七月三〇日、前記執行抗告を却下し、それを受けて、当庁は原告A野に対し、競売代金の納付期限を同年一〇月一二日午後二時までとする旨の同年九月一〇日付け代金納付期限通知書を送付した。

原告A野は、銀行からの融資の関係で、納付期限の延長を当庁に上申し、当庁は原告A野に対し、納付期限を同年一一月三〇日午後二時までとする旨の同年一〇月六日付け代金納付期限通知書を送付した。

原告A野は、同年一一月三〇日、競売代金の残額を納付した。

(エ) 第二売買契約

原告A野は、平成一一年七月一日、エステート愛知に対し、本件土地の西側部分(九九九・一九平方メートル)を、代金六億五〇〇〇万円、引渡し及び代金支払の期限を同年一一月三〇日、手付金六五〇〇万円、違約金を売買代金の二〇%として売却した(以下「第二売買契約」といい、第一売買契約と併せて「本件売買契約」という。)。

イ 本件仮差押えと損害の発生について

(ア) 明渡訴訟と引渡期限の延長

原告A野は、被告、東部観光株式会社、株式会社バイソン及びC川春夫に対し、本件不動産の明渡し、不法建物の収去及び賃料相当損害金の支払を求め、当庁に提訴した(当庁平成一〇年(ワ)第五二四七号。以下「明渡訴訟」という。)。原告A野は、平成一一年九月二〇日、明渡訴訟において勝訴判決(仮執行宣言付き)を受けるも、被告、東部観光株式会社及びC川春夫は控訴(名古屋高等裁判所平成一一年(ネ)第九〇五号)し、それに伴い、同年一〇月二八日、強制執行停止決定がされた。

これらの経緯を踏まえ、同年一二月末ころ、原告A野とエステート愛知は、本件売買契約に基づく本件土地の引渡期限を平成一二年三月末日まで延期する旨の合意をした。

(イ) 延長された期限の徒過

明渡訴訟の控訴審において、控訴棄却の判決がされたが、被告、東部観光株式会社及びC川春夫は上告し、それに伴い、平成一二年三月二四日、強制執行停止決定がされた。さらに、被告により本件仮差押えがされたことが相俟って、原告A野はエステート愛知に対して、同月末日までに本件土地を引き渡すことができなかった。その結果、原告A野とエステート愛知との間の本件売買契約は解消されることとなった。

なお、被告は、C川春夫らに対する明渡訴訟が確定していなかった以上、本件仮差押えがなくとも、同月末日までに本件不動産をエステート愛知に引き渡すことはできなかったのであるから、本件仮差押えと原告らが主張する損害との間には因果関係がないと主張するが、被告、C川春夫及び株式会社バイソンらの行為は共同不法行為というべきであるから、因果関係が否定されることはない。

(ウ) 損害

a 第二売買契約に基づく違約金(一億三〇〇〇万円)

本件売買契約が解消されたことによって、原告A野はエステート愛知から、約定の違約金一億三〇〇〇万円を請求されることとなった。

b 転売利益(二億円)

本件売買契約が履行されていれば、原告A野は、少なくとも二億円の利益を得ることができた。すなわち、本件売買契約の売買代金(一四億円)から、①競落代金(七億〇二八〇万円)、②所有権移転等の登録免許税(二五三八万〇三〇〇円)、③測量費用、合筆費用、明渡関連費用、不動産取得税等(一億八〇〇〇万円)、④譲渡所得税(約二億三一一五万円)を控除すると、原告A野は二億六〇〇〇万円程度の利益を得ることができたのである。

c よって、本件仮差押えによって、原告A野は合計三億三〇〇〇万円の損害を被った。

ウ 予見可能性について

被告は、明渡訴訟の一審判決後、原告A野に対し、本件不動産を売り渡して欲しい旨の申入れをしたが、原告A野は、すでに買主が決まっていること、転売利益である二億円に競売代金、諸経費及び弁護士費用等を加算した金額でなければ応じられないこと等を回答しているのであるから、被告は本件売買契約締結の事実を知っており、前記損害について予見していた。

(被告の主張)

ア 本件売買契約について

(ア) 本件売買契約の不自然性

a 契約書の不自然性

本件売買契約の契約書には、地積が記載されているものの、地番については特定されていない。また、契約書に引渡しの条件が記載されていない。

b 本件売買契約の不自然性

第一売買契約は、①競売代金納付未了の段階で締結されていること、②本件土地上に件外物件が存在するにもかかわらず、三か月(平成一〇年九月三〇日まで)という短い引渡期限が設定されている上、原告A野は、前記引渡期限後である同年一二月二五日に明渡訴訟を提起していることからすると、極めて不自然である。

原告らの主張によれば、第二売買契約は、①第一売買契約が履行期に履行できなかった、②明渡訴訟の一審判決も出されておらず、解決する時期が不明であった、③すでに第一仮差押えがされていた等の状況の下において締結されたことになるが、このような状況において第二売買契約を締結することは、極めて不自然である。

また、第一売買契約と第二売買契約とは坪単価が六〇万円以上異なる上(第一売買契約においては坪単価約一五二万円、第二売買契約においては坪単価約二一五万円)、不明確な境界をもって、売買契約を二つに分ける必要はないはずである。

c 手付金の授受がないこと

第二売買契約においては、原告A野はエステート愛知に手付金として六五〇〇万円を交付する約定になっているが、そのような手付金の授受はされていない。

d 原告A野及びD原社長の主張及び供述に変遷ないし食違いがあること

① 第二売買契約に関する違約金一億三〇〇〇万円について、原告A野は、C川春夫に対する損害賠償請求訴訟(当庁平成一二年(ワ)第五七一六号、以下「別件訴訟」という。)において手付金の倍返しであると主張しており、主張内容に変遷がある。

② D原社長は、別件訴訟において、本件売買契約は更地売買であると供述しているが、原告A野は別件訴訟の訴状において、本件建物も売買の対象となっていると主張しており、食違いがある。

e 原告A野とD原社長の密接な関係

① 原告A野は、平成一二年一一月一七日から平成一四年三月三一日までの間、エステート愛知とグループ会社の関係にある株式会社三恵地所(両者は、平成一七年一月五日付けで、株式会社三恵技建開発〔D原社長が代表取締役に就任〕に吸収合併されている。)の取締役に就任している上、D原社長は、原告A野の家族が役員となっているパルコ観光株式会社の監査役に就任している。

② エステート愛知は、本件売買契約が履行不能となったにもかかわらず、原告A野と複数の不動産取引を行っている。

(イ) 結論

以上のとおり、本件売買契約は不自然であり、通謀によって作り上げられた虚偽のものというべきである。

実態としては、第一売買契約は、本件土地の全部を対象とした入札委託契約であり、第二売買契約は、被告に対して損害賠償請求をするためにねつ造されたものである。

イ 本件仮差押えと損害の発生について

(ア) 損害の認否

原告らの主張する損害は否認する。

(イ) 因果関係がないこと

a 第一売買契約の引渡期限は、平成一〇年九月三〇日であったところ、原告A野は、資金不足を理由に競売代金納付期限の延長を当庁に上申し、競売代金を同年一一月三〇日に納付しているのであるから、本件仮差押えとは無関係に、原告A野の責めに帰すべき事由によって前記引渡期限を徒過したものである。

よって、第一売買契約の履行不能と本件仮差押えとの間には因果関係がないというべきである。

b 本件不動産の明渡訴訟が確定したのは平成一二年九月八日であり、明渡しが完了したのは同年一〇月六日であったから、原告A野は、本件仮差押えと関係なく、本件売買契約の履行をすることができなかったものである。

よって、本件売買契約の履行不能と本件仮差押えとの間には因果関係がないというべきである。

ウ 予見可能性について

仮に、本件売買契約が存在したとしても、本件売買契約を前提とする損害は特別損害にあたるところ、被告は、本件売買契約の存在を知り得なかったので、これを前提とする損害賠償責任を負うことはない。

(4)  争点(4)(その他〔既判力、憲法三一条違反、消滅時効〕)について

ア 既判力について

(被告の主張)

原告A野は、明渡訴訟において、使用料相当損害金の請求をし、本件売買契約を前提とする損害賠償の請求をしていないのであるから、本訴請求は明渡訴訟の確定判決の既判力に抵触するものである。

(原告らの主張)

本件売買契約における引渡期限は、平成一二年三月末日まで延長されていることから、原告A野の被告に対する損害賠償請求権は、同日の経過によって発生するものであり、明渡訴訟(事実審口頭弁論終結日は平成一二年二月八日)においてこれを請求することはできず、よって、明渡訴訟の既判力に抵触することはない。

イ 憲法三一条違反について

(被告の主張)

本件不動産に関する原告A野に対する売却許可決定に対して、東部観光株式会社による執行抗告がされたが、これは、原告A野が、競売代金納付期限を延ばすために、東部観光株式会社名義の執行抗告状を偽造して行ったものである。

このような経緯からすると、原告A野が、本訴請求をすることは憲法三一条に反し許されないというべきである。

(原告らの主張)

被告が主張する事実はすべて否認する。

ウ 消滅時効について

(被告の主張)

第二売買契約の引渡期限は平成一一年一一月三〇日であるから、原告A野の被告に対する損害賠償請求権は同日の経過をもって発生したというべきであるところ、すでに三年が経過した。

被告は、原告A野に対し、平成一五年七月二日の第一事件口頭弁論期日において、前記時効を援用するとの意思表示をした。

(原告らの主張)

(ア) 起算点について

本件売買契約における引渡期限は平成一二年三月末日まで延長されていることから、原告A野の被告に対する損害賠償請求権は同日の経過によって発生するものである。

(イ) 中断(再抗弁)

原告A野は、平成一四年一一月二九日に本訴を提起している。

第三当裁判所の判断

一  争点(1)(原告A野の当事者適格〔本案前の主張〕)について

被告は、本訴請求権のうち一億二三四六万三六七七円について、原告整理回収機構による差押えを受けたのであるから、原告A野は被告に対してその給付を求めることができず、原告A野の被告に対する本訴請求は却下されるべきであると主張する。

一般に、債権者が債務者の第三債務者に対する債権を差押え、これについて取立訴訟を提起した場合、債務者が第三債務者に対して差押えにかかる債権について訴求することができるかについては種々の見解がある。しかし、本件で、原告整理回収機構は、原告A野の被告に対する損害賠償請求権(三億三〇〇〇万円)のうち一億二三四六万三六七七円について差押えをしているにすぎず、残部である二億〇六五三万六三二三円については差押えの効力は及んでいないのであるから、前記問題についていかなる見解を採用しようと、原告A野は、被告に対して、前記二億〇六五三万六三二三円について訴求することができるのである。そうすると、前記二億〇六五三万五三二三円を超えない範囲で前記損害賠償請求権の一部である一億三〇〇〇万円の給付を求める原告A野の本訴請求は、適法というべきである。

よって、被告の前記主張は理由がない。

二  争点(2)(本件仮差押えの違法性)について

(1)  一般に、仮差押えの本案訴訟において請求棄却の判決が確定した場合、当該仮差押えの申立人には、特段の事情のない限り、当該仮差押えの申立てにつき、過失があったと推認するのが相当である。

(2)  これを本件についてみるに、前提事実によれば、被告は、本案債権の履行を求め提訴したものの、請求は棄却され、その判決は確定しているにもかかわらず、前記特段の事情につき、何ら具体的な主張・立証をしない。

よって、本件仮差押えを申し立てた被告には過失が推認され、本件仮差押えは違法というべきである。

三  争点(3)(損害の有無)について

(1)  前提事実に後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

ア 原告A野は、本件不動産につき、競売開始決定(当庁平成四年(ケ)第五六六号)がされていることを知り、その旨をD原社長に話したところ、原告A野において、本件不動産を競落することとなった。

イ エステート愛知は、本件土地上にマンションを建設し、これを販売することを計画し、六合建設株式会社との間で、マンション建設に関する請負契約の折衝を開始し、平成一〇年七月八日、同社との間で基本合意に至った。

さらに、エステート愛知は、同月二四日、東海銀行(現三菱東京UFJ銀行株式会社。以下では「東海銀行」と呼称することとする。)鶴舞支店に対し、四億円の融資を申し込んだ。なお、このときエステート愛知は、東海銀行鶴舞支店に対して、「プロジェクト用物件仕入れ資金ご融資お願いの件」と題する書面を差し入れ、同書面には、以下の記載がされている。

(ア) 購入物件(担保差入物件)

名古屋市千種区内山《番地省略》

他一三筆 計一四筆

宅地 二六二七・二四平方メートル(一部建物あり)

(イ) 購入先

名古屋地方裁判所

(ウ) 購入名義人

原告A野

(エ) 購入金額

七億五〇〇〇万円(うち一億四〇〇〇万円は証拠金として納入済)

(オ) 抵当権設定順位

購入物件に第一順位の抵当権を設定する。

さらに、同書面に添付された「千種区内山マンション(仮称)事業計画書」と題する書面には、「購入土地の内より、一、六二八・〇五m2を分筆し、その上に、鉄筋コンクリート造り一八階建三LDK共同住宅七二戸を建設し、販売する。」、「土地仕入費 七五〇、〇〇〇千円×一、六二八・〇五m2/二、六二七・二四m2=四六四、七〇〇千円」と記載されている。

ウ 原告A野は、平成一〇年六月二四日に、当庁から本件不動産の売却許可決定(代金七億〇二八〇万円)を受けた。なお、前記売却許可決定に対して、東部観光株式会社名義で執行抗告がされたが、平成一〇年七月三〇日、却下された。原告A野は、同年一一月三〇日、競売代金を納付した(第二の二「前提事実」の(1))。

エ 原告A野は、本件土地につき、平成一〇年一一月三〇日、極度額を六億円、債権の範囲を信用組合取引、手形債権、小切手債権、債務者を原告A野及び株式会社名殖、根抵当権者を信用組合愛知商銀とする根抵当権を設定し、同年一二月二八日その旨の登記をした(名古屋法務局昭和出張所同日第六〇五六九号)。

オ 原告A野は、平成一〇年一二月二五日、被告、東部観光株式会社、株式会社バイソン及びC川春夫に対し、明渡訴訟を提起したが(当事者間に争いがない)、被告は、その訴訟係属中である平成一一年五月二四日に第一仮差押えを、同年七月二一日に第二仮差押えをした(第二の二「前提事実」の(3))。

原告A野は、同年九月二〇日、明渡訴訟において勝訴判決(仮執行宣言付き)を受けるも、被告、東部観光株式会社及びC川春夫は控訴し、それに伴い、同年一〇月二八日、C川春夫につき、強制執行停止決定がされた。

被告は、同年一一月八日、本件仮差押えにかかる本案債権の履行を求め提訴した(当庁平成一一年(ワ)第四二七四号。後に株式会社オリエント技研が本案債権の譲渡を受けたとして訴訟参加し〔当庁平成一二年(ワ)第一三〇二号〕、被告は訴訟から脱退した。)(第二の二「前提事実」の(4))。

原告A野は、平成一二年三月一六日、明渡訴訟の控訴審(名古屋高等裁判所平成一一年(ネ)第九〇五号)において、勝訴判決(控訴棄却)を受けたが、被告、東部観光株式会社及びC川春夫は上告し、それに伴い、同年三月二四日、C川春夫につき、強制執行停止決定がされた。被告らの上告に対して、同年九月八日、上告棄却及び上告不受理決定がされ、これにより明渡訴訟は確定した。

被告が本案債権の履行を求めた前記訴訟において、平成一四年八月一二日、参加人株式会社オリエント技研の請求を棄却する旨の判決がされ、株式会社オリエント技研は、控訴するも、平成一六年一〇月六日、控訴を棄却する旨の判決がされた(後日、前記請求棄却判決は確定した〔第二の二「前提事実」の(4)〕)。

カ エステート愛知は、平成一二年一二月二二日、内容証明郵便をもって、原告A野に対し、第一売買契約に関する損害賠償として一億六〇〇〇万円を請求し、前記内容証明郵便は、同日ころ、原告A野に到達した。また、エステート愛知は、同月二六日、内容証明郵便をもって、原告A野に対し、第二売買契約に関する違約金として一億三〇〇〇万円を請求し、前記内容証明郵便は、同日ころ、原告A野に到達した。

(2)  原告らは、本件売買契約の存在を前提とした損害を主張するのに対し、被告は、本件売買契約は偽装されたものであると主張するので、以上の認定事実を前提に、原告らが主張する本件売買契約について検討する。

ア 本件売買契約の存在を裏付ける証拠として、不動産売買契約書二通(第一売買契約につき甲二三〔以下「第一契約書」という。〕)、第二売買契約につき甲二五〔以下「第二契約書」といい、第一契約書と併せて「本件契約書」という。〕)が存在し、弁論の全趣旨から、いずれも真正に成立したものと認められる。

イ しかしながら、原告らの主張する本件売買契約については、以下のとおり、疑問ないし不自然な箇所が見受けられる。

(ア) エステート愛知が東海銀行鶴舞支店に提出した文書との整合性

まず、第一契約書によれば、名古屋市千種区内山《番地省略》、同《番地省略》、同《番地省略》、同《番地省略》、同《番地省略》、同《番地省略》、同《番地省略》、同《番地省略》の一部及び同《番地省略》の一部の各土地(合計一六二八・〇五平方メートル)を代金を七億五〇〇〇万円で売却することとされ、第二契約書によれば、名古屋市千種区内山《番地省略》、同《番地省略》、同《番地省略》、同《番地省略》、同《番地省略》、同《番地省略》の一部及び同《番地省略》の一部の各土地(合計九九九・一九平方メートル)を代金六億五〇〇〇万円で売却することとされ、この二通の売買契約書によれば、合計二六二七・二四平方メートルの土地を合計一四億円で売却することとされている。

しかしながら、前記認定事実によれば、エステート愛知が東海銀行鶴舞支店に提出した融資申込みに関する書面には、名古屋市千種区内山《番地省略》ほか一三筆の合計一四筆の土地(二六二七・二四平方メートル)を代金七億五〇〇〇万円で購入し、うちマンション建設に関する一六二八・〇五平方メートルの部分の土地購入費として約四億六四七〇万円を計上する旨の記載があり、本件契約書の記載と明らかに齟齬がある。さらに、エステート愛知が東海銀行鶴舞支店に提出した「千種区内山マンション(仮称)事業計画書」と題する書面においては、土地購入費を約四億六四七〇万円とすることを前提にマンション建設及び販売に関する利益を二億〇六五三万四〇〇〇円と見積もられているが、もし、土地購入費が第一契約書の記載に相応する七億五〇〇〇万円であったとするならば、マンション建設及び販売に関する利益は生じないこととなる(計算式:二億〇六五三万四〇〇〇円-〔七億五〇〇〇万円-四億六四七〇万円〕=-七八七六万六〇〇〇円)。

(イ) 第一売買契約と第二売買契約における売買代金の相違

本件売買契約は、第一売買契約と第二売買契約において、一平方メートル当たりの単価が異なるが〔第一売買契約では一平方メートル当たり約四六万円であるが、第二売買契約では一平方メートル当たり約六五万円である。)、本件において、このように一平方メートル当たりの単価を異にする合理的な理由を見出すことができない。

(ウ) 売買条件について

本件契約書は、いずれも五条一項において「売主は、本売買物件に関する抵当権、質権、先取特権または賃借権、その他、形式の如何を問わず所有権を阻害する一切の負担を受渡し期日までに除去し完全なる所有権移転をすること。」と記載されている。しかしながら、前記認定事実によれば、原告A野は、本件不動産の競売代金を納付した平成一〇年一一月三〇日に、信用組合愛知商銀に対して極度額六億円とする根抵当権を設定し、同年一二月二八日その旨の登記を経由している。このような原告A野の行為は、本件契約書記載のとおりの内容の売買契約を締結した者の行動としては考え難いところである。

(エ) 原告A野とD原社長の関係

D原社長は、原告A野の子であるA野一郎が代表取締役であるパルコ観光株式会社の監査役に就任している上、D原社長が代表取締役となっている株式会社三恵技建開発と原告A野及びその家族との間には、複数の不動産取引があったことが認められる。

また、D原社長は、原告A野に対して本件売買契約に基づく損害賠償請求権を行使する旨の意思を述べているが、内容証明郵便による請求のほかに、エステート愛知が原告A野に対して、提訴等の法的手段を講じた形跡はない。

ウ 以上を総合すると、原告らの主張する売買契約の内容は、その売買代金について、エステート愛知が東海銀行鶴舞支店に提出した融資申込みに関する書面と齟齬がある上、第一売買契約と第二売買契約で一平方メートル当たりの単価を異にする合理的な理由を見出すことができず、疑問が残る。また、原告A野は、本件契約書五条一項の規定にもかかわらず、本件不動産につき第三者に根抵当権を設定しており、本件契約書を前提とした行動をとっていないし、エステート愛知も、原告A野に対して提訴等の法的手段を講じた形跡がない。加えて、原告A野及びその家族とD原社長との取引関係等に照らすと、本件売買契約は通謀によりされた虚偽のものというのが相当である。

これに対し、原告A野及びD原社長はこの認定に反する内容の供述をするが、いずれも採用することができない(前示した本件売買契約に関する検討のほか、原告A野は、第二売買契約につき手付金として六五〇〇万円を受領し、後日これを返還したと供述するものの、①手付金を返還した状況、時期についてわからない、②六五〇〇万円の資金の動きを裏付ける証拠については答えられないなどと供述していること、D原社長は、本件売買契約以後も原告A野及びその家族と取引関係にあるにもかかわらず、原告A野との取引関係は一切ないと供述していることに照らすと、両名の供述は到底信用することができない。)。

他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

(3)  原告らは、本件仮差押えによる損害につき、本件売買契約に基づく損害のみを主張しているところ、前示のとおり、本件売買契約は通謀虚偽表示により無効というべきであるから、その余の争点について判断するまでもなく、原告らの請求は理由がない。

(4)  なお付言するに、本件は、違法な仮差押えと因果関係のある損害として、本件売買契約に基づく違約金及び転売利益が問題とされている事案であるところ、原告A野は、現在、本件土地を第三者に売却すれば、その代金は一坪当たり二〇〇万円を下らないと主張しており、これを前提にすると、本件売買契約が虚偽でないとした場合でも、本件土地は、少なくとも、その売買代金(一四億円)を上回る約一五億八九四八万二六六三円(計算式:二〇〇万円×二六二七・二四平方メートル÷三・三〇五七八)で売却できることとなる。そうすると、転売利益はもとより、原告らの主張する違約金の存在を肯定したとしても、原告A野において損害は発生していないというべきであり、結局、原告らの請求はいずれも理由がないこととなる。

四  結論

以上の次第で、原告らの各本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六五条一項本文、六六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 黒岩巳敏 裁判官 河本寿一 渡辺諭)

<以下省略>

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