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名古屋地方裁判所 平成15年(ワ)3900号 判決 2004年12月22日

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

1  被告株式会社損害保険ジャパンは、原告に対し、125万円及び内105万円に対する平成15年8月8日から、内20万円に対する平成15年10月11日(訴状送達の日の翌日)から、それぞれ支払済みまで年6パーセントの割合による金員を支払え。

2  被告らは、連帯して原告に対し、10万円及びこれに対する平成15年10月11日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

1  本件は、被告損害保険ジャパン(以下「被告会社」という。)との間で、平成14年7月23日に、保険期間を平成14年7月27日から平成15年7月27日までとし、被保険自動車を原告所有の自動車(名古屋<略>、以下「原告車」という。)とし、さらに、被保険自動車の車両保険金の協定保険価格が105万円(相手が特定できない事故による損害についても補償される。)とする新・自動車総合保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結していた原告が、原告車が傷を付けられる損傷を受けるという事故(以下「本件事故」という。)に遭ったとして、被告会社に対し、本件保険契約に基づく車両保険金の支払いを求め、さらに、原告の保険金請求交渉の過程で被告会社の従業員である被告Y1(以下「被告Y1」という。)が、原告に対し、侮辱し又は名誉を毀損するような言動をしたとして、被告Y1に対し、民法709条に基づき、被告Y1の使用者である被告会社に対し、民法715条に基づき慰謝料の請求をしたのに対し、被告らは、原告車の損傷が偶然発生した事故によるものであることを争い、さらに、被告Y1の発言は不法行為に該当しないとして争った事案である。

2  争点

(1)  本件事故の偶然性

(2)  被告Y1の不法行為の成否

3  争点に対する原告の主張

(1)  争点(1)について

ア 原告は、名古屋市天白区<略>所在の愛知県警察運転免許試験場(以下「運転免許試験場」という。)の駐車場(以下、「本件駐車場」又は「本件事故現場」という。」という。)に原告車を駐車中に、何者かによっての原告車の前後部及び両側面が引っかかれるという損傷を受けた。

イ 被告らは、最高裁判所の判例を引用して、偶発的な事故についての立証責任が原告にあると主張する。しかし、本件事故で保険が付保されている金額は105万円にすぎないところ、被告らの主張によれば、原告は、この保険金を詐取するために本件事故を偽装したことにならざるを得ないが、このような些少の金額を対象として保険金詐取を企図することは想定できないし、原告車の修理費用は、付保された保険金額を上回るものであることから、原告にもたらした利得は全く存在しない(原告は、現在原告車の応急の修理をしているが、この修理代金は50万円であり(原告本人15頁)、これを控除するとしても、原告は得る利益はわずか55万円にすぎない。)。さらに、被告らは、本件保険事故発生当時に原告が失業していたことが、保険金を詐取する動機であったと想定しているが、原告は、平成15年7月25日には、兼ねてから予定していた自宅のリフォームのための契約を、代金約150万円で締結し(甲9の1及び2、原告本人13及び14頁)、また、同年8月20日から同月25日までの間、アメリカ合衆国のラスベガスに夏休みの家族旅行に出かけており(甲10、原告本人14頁)、さらに、原告の妻は、専門学校の講師をして収入があるのであり、このような事情によれば、同判例は、本件には妥当しない。

ウ 被害発生の可能性と原告の事故発生直後の被告との応接

(ア) 被告らは、本件事故発生現場が警察の支配領域であることを理由に、このような場所・時間で本件事故が発生する可能性がないと主張する。しかし、原告が右側の車両の駐車状況から、原告車の左側に駐車している車両に対して結果的に嫌がらせと受け止められる状態で駐車をせざるを得なかった。このため、左側に駐車していた車両の運転者が原告車の駐車状態に立腹して、本件損傷行為に及んだ可能性がある。

(イ) また、被告らは、原告が本件事故の発生に関する報告をした前後の状況について不自然であるなどと主張するが、これは、原告が正に「偶発的な事故」に遭遇して周章狼狽したことに由来するものである。被告が想定するように、原告が保険金詐欺目的で本件事故を仮装したというのであれば、原告は、このような非難を受けないように事柄を周到に運んでいるはずである。被告らの非難は、むしろ逆に「偶発的な」事故であったことを裏付けるものである。

(2)  争点(2)について

ア 被告Y1は、原告代理人が本件保険金の不払いの理由を質したところ、本件事故が原告の主張する日時・場所で生じる可能性はないと断言し、また、原告が最近失職したことに言及し、原告が仮装して被告会社から金員を詐取しようとしているとまで明言するに至った。

イ 上記の被告Y1の発言は、原告に対する侮辱又は名誉穀損に該当する。原告は、被告Y1の行為により社会的尊厳を傷つけられたことから、これを慰謝するには10万円が相当である。

ウ 被告Y1は、被告会社の従業員であり、また、上記行為は、被告会社の職務執行中に行われたものであるから、被告会社もその使用者として法的責任を負う。

4  争点に対する被告らの主張

(1)  争点(1)について

ア 保険事故についての原告の立証責任

(ア) 損害保険金の請求をする者は、保険事故の偶然性について立証する責任があると考えられるが(最高裁判例)、原告は、車を置いた、後に車体に傷を付けられたなどの外形的な事実を主張、立証し、これに対し、被告会社側は、原告車を被害場所に置くことが不自然であること、傷の状況が通常ではないこと、被害状況や被害場所が不自然であること、その他、原告の保険金請求歴、請求金額の多寡、請求によって見込まれる利益等の周辺事情について反証し、原告は、上記の反証事項に対して再反証をする責任を負い、保険金請求側に立証の優越を要し、保険会社の反証は相当程度のもので足りると解すべきである。

イ 原告の主張する本件事故の疑問点

(ア) 原告の主張する保険事故は、その発生場所が運転免許試験場であり、愛知県警の警察官が多数いるいわば警察であることからすれば、通常は、犯罪が起こりにくい場所である。

(イ) 傷が、原告車の全面に、多数箇所、深く、不連続に付いており、その念入りさは、仮に第三者によるものだとすれば、深い怨恨くらいしか考えられないが、本件の背景にそうした事情は全く窺えない。

(ウ) 上記の傷の状況は、人通りの多い、人目につきやすい現場の状況から、この現場で付けられたと見るのは不自然である。

(エ) 原告の説明には、本件傷が第三者によって付けられたと考えるには余りにも不審、不自然、不合理、前後矛盾が多数ある。

ウ 原告は、被告会社の上記の疑問点に対し、これに優越する立証に成功していない。

エ なお、本件保険契約の保険金は、保険金請求日を含めて30日以内に支払うものとされており、その間被告会社は遅滞の責めを負わない。

(2)  争点(2)について

ア 被告Y1は、原告代理人の求めに応じて、主観的な感想として、本件事故が原告主張の日時・場所で生ずるとは「通常では考えにくい」と説明したことはあるが、断言した事実はなく、名誉毀損となることはあり得ない。

イ また、原告が最近失職したことが考慮の要素となっていることは告げたが、事故状況その他から事故の偶然性に疑義がある場合、被害者の経済的な事情(失職、債務、金回りなど)は、通常考慮される事項である。さらに、被告Y1が原告に保険金支払い名下に又は保険事故を仮装して、詐欺を働いたと明言したことはない。被告Y1か述べたことは、一貫して事故であることの「疑い」である。

第3  争点に対する判断

1  本件事故の偶然性について(争点(1))

(1)  本件は、原告が原告車を愛知県警の運転免許試験場内の本件駐車場に駐車中に、原告車の車体前後部、両側面及びガラス面に引っかき傷を付けられ損害を被ったと主張して、本件保険契約に基づき、車両保険金及びその遅延損害金の支払を求めるものである。

(2)  原告が、本件保険契約に基づき保険者である被告会社に対して車両保険金の請求をする場合は、原告は、発生した事故が偶然な事故であることについて主張・立証すべき責任を負うと解するのが相当であると解され、保険金請求者である原告が事故の発生とその損害を主張・立証すれば足り、これに対し、保険会社である被告会社が、本件事故が偶然な事故でないことを主張・立証すると解することは相当ではない。けだし、商法第629条は、「損害保険契約は当事者の一方が偶然なる一定の事故に因りて生ずることあるべき損害を填補することを約し相手方が之にその報酬を与ふることを約するに因りて其の効力を生ず」と規定しており、偶然なる事故の発生が要件とされていること、弁論の全趣旨によれば、本件保険契約に適用される保険約款(以下「本件約款」という。)によれば、車両保険金の支払事由は、急激かつ偶然の外来の事故とされていることからすれば、発生した事故が偶然な事故であることが保険金請求権の成立要件であるというべきである。なお、保険約款中には、「被保険者の故意によって生じた損害に対しては保険金を支払わない」旨の規定があるが、これは、保険金が支払われない場合を確認的注意的に規定したものにとどまり、被保険者の故意等によって生じた損害であることの主張・立証責任を保険者に負わせたものではないと解すべきである(最判平成13年4月20日判決、民集55巻3号682頁参照)。これによれば、保険金請求者である原告は、保険事故の発生の主張・立証にとどまらず、保険会社である被告会社が保険事故の発生についての反証を行った場合、これに対し合理的な説明や立証をすることを要すると解すべきである。

(3)  原告車の傷の状況(乙1、2)

ア 原告車に付けられた傷は、以下のとおりである。

<1>ボンネット右前部からフロントエンドパネルにかけて薄い傷、ボンネット左前部にバツ(×)状の深い傷、<2>カウルパネルからフロントガラスにかけては、カウルパネルは薄い傷、フロントガラスは爪が引っかかるような深い傷、<3>左フロントフェンダに深い傷、<4>左フロントドア及び左リアドアに途中で途切れた深い傷、<5>左リアフェンダに深い傷、<6>ルーフ左側に薄い傷、<7>右フロントフェンダに深い傷、右フロントオーバーフェンダに薄い傷、<8>右フロントドアに途中で2か所途切れた部分かある深い傷、<9>右リアドアからドアガラスにかけて、リアドアに途切れた部分がある深い傷、ガラスには爪が引っかかるような深い傷、<10>右リアフェンダからガラスにかけては、リアフェンダに途中に途切れた部分がある深い傷、右テールランプに薄い傷、ガラスには爪が引っかかるような傷、<11>バックドアからルーフにかけては、バックドア及びルーフは薄い傷、その間のガラスには爪が引っかかるような傷、<12>バックドア右部には深い傷、左部には深い傷で、左テールランプに薄い傷

イ 上記のとおり、原告車の車体の前後左右面、上面及びガラス面の全体に多数の傷が確認される。

(4)  原告の説明する本件事故状況及びその後の経過(甲6、7、原告本人)

ア 原告は、平成15年7月10日午前10時15分頃、運転免許証書換えのために名古屋市天白区<略>所在の愛知県警察運転免許試験場に到着した。当日は小雨であったが、傘を持たずに来たことから、できるだけ試験場建物に近い場所に駐車しようとしたが、空きがなかったことから建物の反対側にある本件駐車場に駐車した。原告が駐車した場所の右側の場所に止まっていた車両が左に偏った位置に駐車していたことから、原告車は、左側の線上に乗る位置に駐車した。そのため、原告車の左側に駐車していた車両の運転者が乗り降りするための十分な場所を保持することができなかった。しかし、原告は、この車両はワンボックス車であり、左後部のスライドドアで乗り降りすることが可能であると考えた。

イ 免許の書換え手続を終えて午後0時25分頃に本件駐車場の原告車のもとに戻ったが、昼休みであったことから、本件駐車場に戻る途中や、原告車の駐車場所付近には、ほとんど人がいなかった。原告車の右側の駐車場所には別の車両が駐車しており、左側は空いた状態になっていた。原告は、最初に原告車のボンネットに40センチメートルくらいのバツ印の傷が付けられていることを発見したが、付いてしまったものは仕方がないと考え、原告車に乗り込もうとすると、原告車の右側面のフェンダーとドアにも傷が付けられていることを発見した。しかし、まさか左側面・後部まで傷が付けられているとは思いもよらなかったことから、その場では全部を確認しなかった。

ウ 原告は、思いもよらぬ出来事のために、びっくりして原告車に乗り自宅に帰ろうとしたが、プロの目からみて削って消える傷か否かを見てもらおうと考え、愛知県小牧市でケーエムシーという屋号で修理工場を経営するD(以下「D」という。)に携帯電話で、車に傷を付けられたので修理できるかどうか見てほしい旨の連絡をして、午後2時頃にケーエムシーに到着した。Dに原告車の傷を確認してもらって、後部及び左側面にも傷があるのがわかった。まさか原告車の全体に傷が付けられているとは思っていなかったことから、試験場では傷を確認していなかったので驚いて腹が立った。

エ 原告は、その直後に、被告会社の名古屋第3サービスセンターに電話で連絡をし、受付の女性に原告車全体にいたずら傷を付けられた旨の一通りの状況を伝えた。その数分後に同センターから原告の携帯電話に連絡があったので、ケーエムシーに原告車を預ける旨を伝えた。その後、ケーエムシーから代車を借りて自宅に帰ったところ、しばらくして、携帯電話に同センターのK(以下「K」という。)から連絡があり、被害状況の確認と警察への被害届の有無を聞かれたことから、届出をしていないことを伝えると、警察への届出がないために保険が使えるかどうか分からないと言われたため、受付の時に言ってくれれば原告車に乗って天白署に行ったのにと抗議をした。Kが、電話を受け、再度電話をした者は、受付であり担当ではないと答えたことから、Kに対し、そちらのミスではないかと言ったところ、Kは「自認書」の提出を要請してきたのでこれを了承した。一連のKの対応は、被害者の気持ちに全く配慮がなく、極めて対応が悪かった。しかし、原告は、翌11日(金)に保険会社の担当者であるHがケーエムシーへ被害の見積に行く予定であることを電話で確認し、ケーエムシーには同月14日(月)に被害届を提出するので、見積をその後に変更してくれるように求め、同月13日(日)に被告会社から郵送された自認書に内容を記載して郵送し、翌14日に第3サービスセンターに連絡をし、警察に被害届をすることを伝え、原告車に乗って天白署に向かい、同署刑事課に被害届を出し、事情聴取を受けるとともに、ケーエムシーに向かう前に予めファックスしてもらっていた被害箇所のわかる図面を渡し、被害箇所の写真を撮影してもらった。その後、原告は、ケーエムシーに向かい、代車で自宅に帰り、同月18日(金)午前、保険会社に警察から伝えられた受理番号<略>を連絡した。

オ ケーエムシーのDは、同月22日、被告会社に修理協定額の提示を求めたが、被告会社の担当者は、保険適用の審査中であることから協定作業の着手はできないと回答してきた。原告は、同月23日午後1時頃に被告Y1と面会し、被害状況を説明したが、被告Y1は事実に反する説明をしていると考えているようで腹立たしかった。そして、被告Y1は現場調査へ原告の同行は必要ないと述べたが、原告は、本件事故を曖昧に処理されては困ると考え、被告Y1に対し、現場への同行を強く求め、原告車の代車で被告Y1とともに本件事故現場に向かい、同所で本件事故状況を説明するとともに、天白署に行って事実を確認することを求めたが、被告Y1は必要ないと取り合わなかった。原告は、被告Y1が保険を使えるかどうか曖昧な答えしかしないことから、「日頃の生活に修理代車では困るため、等級据置事故に当たるのだが、不利になる等級ダウンでもいいから……」と譲歩する旨伝えたが、同月24日になっても、被告Y1は、曖昧な返答を繰り返し、同月25日には、本件事故は、保険適用外となったと回答したことから、原告がその理由を尋ねたところ「白昼考えがたい……」と答えるのみであった。

(5)  原告の説明の疑問点

ア 前記のとおり、原告車に付けられた傷は、多数で、ガラス面を含め車体全体にわたり、しかも表面の塗装が剥がれ下の金属面が見えるような深い傷も多く付いている。このような傷は、先の丸い物を使って付けたものとは異なり、先が尖った固い物で、ゆっくりと、力を入れて付けたものであると考えられ、また、傷の数等からして、短時間に付けることも難しく、一定の時間をかけて付けたものであると考えられる。しかし、本件駐車場は、愛知県警察の運転免許試験場の中に設置された運転免許の実技試験の教習コースの外側に位置し、その内側には実技試験のために頻繁に車両が行き来し、さらに、本件駐車場も多数の人間が行き来するような場所である(乙3の1及び2、4、14ないし16、19)。本件事故当日の免許取得更新者数は1845人であり、試験場内の駐車可能台数は737台であった(乙22の1及び2)。このように警察関連施設内で、多数の駐車車両があり、多数の人間が行き来する場所で、前記のような傷を一定の時間をかけて付ける行為が行われることは特別な事情が無い限り考え難い。原告は、その理由として、本件駐車場に駐車中のワンボックス車の隣に、やや嫌がらせ的に原告車を止めたことを挙げるかのようであるが(原告本人4頁)、ワンボックス車は運転席からの乗車が難しかったとしても、左後部のスライドドアから乗車することが可能であったこと(甲6)、自車に接近して車を駐車されたことによる反発による行為にしては、原告車に付けられた傷は念入りに多数にわたっているなど執拗であり、他に、同所で、原告車が前記のような傷を付けられる特別な事情は窺えない。

イ 原告は、駐車場に戻り、最初に原告車のボンネットに40センチメートルくらいのバツ印の傷があることを発見し、傷付けられたと思い、頭に来たが、付いてしまったものは仕方がないと考え、原告車に乗り込もうとすると、原告車の右側面のフェンダーとドアにも傷が付けられていることを発見したが、まさか左側面・後部まで傷が付けられているとは思いもよらなかったことから、その場では全部を確認しなかったと説明する。しかし、車両の所有者が、車両に複数の、しかも深い傷を付けられているのを発見した場合、特別な事情がない限り、車の前後左右に回り、車体に付けられた傷の程度とその範囲をできるだけ詳しく確認しようとするのが自然であると考えられる。原告が乗り込もうとした右フロントドア付近にも途中で2か所途切れた部分がある深い傷が付けられていたこと、原告が最初に原告車に傷が付けられているのを発見したのは昼頃であることからすれば、他の傷を発見することは容易であったと考えられるのであり、それにもかかわらず、原告が、原告車の他の傷を確認しないで、すぐに自宅に帰えるために原告車に乗り込んだり、修理工場に向かおうとしたことは、合理的な行動とは考えられない。

ウ 原告は、本件事故後、原告車が傷つけられたことを警察に届けることなく、原告車を修理工場のケーエムシーに持ち込んだことについて、「ボンネットや右側面の傷が結構深く、塗装が取れて中の金属色が見えていることが分かった」(原告本人28頁)としながら、「頭がパニックになっていたことから、傷が板金塗装に出すのではなく、サンドペーパーを当てたり、特別なバブで磨くなりして消えるか見てほしいと考えたから」と供述する(原告本人5及び6頁)。しかし、原告車の傷を発見してから、警察にも届けず、直接自宅に帰ろうとしたり、修理工場に向かおうとすることは不自然である。さらに、原告は、ケーエムシーのDに電話をした場所についても、本人尋問で、「車に乗って自宅に帰ろうとしたが、平針の記念病院のあたりでケーエムシーのDに電話をした」(原告本人24及び25頁)と答えたが、反対尋問で、保険会社の担当者には平針の運転免許試験場の中でしたと説明したと質されると、「場所は、間違いかもしれないし、そこからずっと電話をしていたかもしれない」と曖昧な供述をする(原告本人26及び27頁)。原告は、昭和59年頃から、自動車情報誌を出版する会社に勤務し、その後、平成元年7月頃から平成15年5月末頃まで、自動車の販売・修理を業とする株式会社鬼頭(以下「鬼頭」という。)に勤務しており、自動車の修理について簡単に直るものかどうかについて顧客に説明する程度の知識があり(原告本人2、28及び29頁)、鬼頭で、本件事故と同じようにガラス面を含めた車体全面に傷を付けられる等の保険事故による車両保険の請求手続を担当したこともありながら(乙5ないし7の各1)、原告車の傷が、サンドペーパーで擦れば直る程度のものであるかどうかを聞くためには、原告車を修理工場に持ち込んだとすることは不自然である。また、Dは、原告から最初に受けた電話の内容は、「その修理が可能かどうかではなく、修理工揚が今混んでいないか」という趣旨であり、「すぐにも直してほしいという感じであった」と、原告の説明とは異なる供述をする(証人D15及び16頁)。さらに、原告は、原告車を修理工場に持ち込んだことについて、「原告車の傷が、板金塗装に出すか、サンドペーパーを当てて磨くなどの簡単な方法で直るかDに聞き、簡単に直るものであれば、保険の満期が7月27日であることから保険を使いたくないと考えたから」と供述する(原告本人5および6頁)。しかし、原告は、本件事故が保険の等級は据置であることを知っていたのであり(被告Y1本人9頁)、それにもかかわらず、保険利用の要否を確かめるというのは不自然である。また、原告は、被告Y1に対し、「今まで1回も保険を使ったことがないので、保険等級がダウンしてもいいから保険を使いたい」と述べるなどしているが(被告Y1本人9頁)、原告のこのような行動は、保険に関し一定の知識があり、かつ保険事故の被害者のとる行動としては不可解である。

エ 本件事故現場は、愛知県警の関連施設であり、同所には交通関係の部署に属する警察官が多数勤務していることは容易に判断できることであるから、特別な理由がない限り、本件のように自車に多数の傷が付けられていることを発見した者は、警察官に被害の状況を申告すると考えるのが自然である。しかし、原告は、本件事故後、同所において警察官に届出をすることを一切考えず、直ちに自宅に帰ろうとしたり、原告車を修理工場に持ち込んで修理をしようとした。これに対し、Kが、「警察に届けていない場合は届けてください」と、本件事故を警察に届けるよう求めたところ(証人K6頁)、原告は、感情的になり、「どうして被害届がいるのか。先ほど話した人からはそのような話は聞いていない。最初に言われれば届出できたが、小牧へ車を持っていき出せない。自分は以前代理店で仕事をしていたが、これまでも警察届がなくても念書で対応してもらっていた。当時の担当のNさんに代わってくれ。」などと言って、終始、警察への届出に否定的な態度をとり、Kが、「原告には警察への届出をしていただけないと感じる」ような対応であった(乙11)。KがNに確認をしたところ、Nは、原告に対しては、通常通り警察への届出をお願いしており、事故自認書はこれに加えて提出してもらうものであると原告の主張と異なる回答をした(乙10、11)。前記のとおり、原告は、保険会社の代理店をする鬼頭に勤務し、被告会社に対し、少なくとも3件の車両保険金の請求手続を担当したことがあったが、その3件とも警察への届け出がされ、その中には、本件事故と同じようにガラス面を含め車体全面にわたり傷が付けられた事案もあったこと(乙5ないし7【いずれも枝番を含む】、弁論の全趣旨)、原告は、警察に届けるのをためらうと、保険会社が警戒することも知っていた(原告本人35頁)。それにもかかわらず、原告は、原告車に傷を付けられたことを警察に届け出ることなく、直ちに自宅に帰ろうとしたり、原告車を修理工場に持ち込むという行動をとっており不自然である。原告は、警察への届出について、「警察に届出するつもりであったが、Kの対応が被害者を被害者と思わないような、とても事務的な横柄な態度であったことから警察への届出をしない旨の回答をした」旨の供述をするが(原告本人9及び10頁)、本件の経過からすれば、Kがそのような態度をとるような特別な事情は窺えず、仮に原告の供述する様な事情があったとしても、原告がKと話をする前に警察に届け出をしない理由にはならない。

(6)  原告の反論

ア 原告は、運転免許試験場内の本件駐車場で原告車が傷を付けられたことについて、「私が車に戻った時刻は昼休み時期であり、駐車場に戻る途中や、私が駐車していた場所付近には、ほとんと人がいませんでした。被告Y1に問われたときも言いましたが、絶対に試験場で傷を付けられたとは断言できないのです。試験場に来る数日間は原告車に乗っておらず、自宅マンション敷地内の駐車場に駐車していた間に傷を付けられた可能性も否定できないのです」とする(甲7)。しかし、原告車に付けられた傷の状況は、原告車に乗り込もうとする時に容易に認識できる程度であり、自宅マンションの駐車場で傷が付けられたのであれば、自宅マンションにおいて原告車に乗り込むときに容易に発見できたと考えられ、原告車の傷が試験場の駐車場に来る前に自宅マンションの駐車場で付けられた可能性に言及することは合理的な説明とは言い難い。

イ 原告は、原告車の傷を発見した後の原告の行動について、「私は、まさか左側面・後部まで傷が付けられているとは、全く思いもよりませんでしたので、その場では全部を確認していないにすぎません。車に戻ってからケーエムシーのDに連絡したのは、プロの目から見て削って消える傷なのか否かを見てもらうためにそちらに向かう旨を伝えたのです。」、「場所が警察管轄内であれ、思いもよらない出来事のため、ビックリして修理のことに頭に行ってしまったのです。直ちに『警察へ……』と思う方が、私が思うには逆に不自然と言うべきではないでしょうか」と反論する(甲7)。しかし、前記のとおり、原告は、原告車のボンネットに深い傷が付けられているのを発見し、原告車に乗り込もうとしたときには、右フロントドア付近にも深い傷が付けられていることに気付いていたことからすれば、当時の状況は、前記の傷以外にも傷が付けられているのではないかと疑うような状況であった考えられ、それにもかかわらず、まさか左側面・後部まで傷が付けられているとは、全く思いもよらなかったとするのは合理的な説明ではないし、原告は、車両保険金の請求手続に関する仕事をしたこともあること、本件事故現場からすれば、容易に警察への届出が可能であり、そうすれば、直ちに現場保存等がされるような状況にありながら、直ちに警察に届け出ることが逆に不自然であるとする反論は合理的とは言えない。

ウ 原告は、被告Y1に対し、「保険等級がダウンしてもいいから保険を使いたい」と述べたことについて、「自分が不利となるような譲歩案を出したことについて、それにまでもが不審というのであれば、言うべき言葉がありません」と反論する(甲7)。しかし、原告は、保険の知識があり、本件事故が保険等級は据置であることを知っていたのであり、それにもかかわらず、あえてこのような譲歩をすることについての説明としては合理的とは考えられない。

エ その他、原告は、「原告が右側の車両の駐車状況から、原告車の左側に駐車している車両に対して結果的に嫌がらせと受け止められる状態で駐車をせざるを得なかった。このため、左側に駐車していた車両の運転者が原告車の駐車状態に立腹して、本件損傷行為に及んだ可能性が十二分にある。また、被告らは、原告が本件事故の発生に関する報告をした前後の状況について不自然であるなどと主張するが、これは、原告が正に『偶発的な事故』に遭遇して周章狼狽したことに由来するものである。被告が想定するように、原告が保険金詐欺目的で本件事故を仮装したというのであれば、原告は、このような非難を受けないように周到に事柄を運んでいるはずである。被告らの避難は、むしろ逆に『偶発的な』事故であったことを裏付けるものである」旨の反論をするにとどまる(原告の平成16年10月27日付け準備書面(2))。

(7)  原告の事情

ア 原告は、平成15年5月頃に鬼頭を退職し、本件事故当時は、無職であり、失業保険も受給していなかったが(原告本人2及び36頁)、原告の妻は、専門学校の講師をして収入があった(原告本人1頁)。原告は、平成15年7月25日には代金150万円で自宅のリフォーム工事を発注し、工事代金は、定期郵便貯金を解約して支払ったとする(甲8、9の1及び2、原告本人13ないし15頁)。また、原告は、同年8月20日から同月25日までの間、アメリカ合衆国に家族で旅行に出かけていたとする(甲10、原告本人14頁)。

イ 本件保険契約により補償される原告車の協定保険価格は105万円であるところ、原告は、現在、原告車の応急修理をし、代金50万円を支払ったと供述する(甲8、原告本人15頁)。

(8)  以上によれば、原告の主張する本件事故が、原告が主張するような偶然の事由により発生したと認めるには合理的な疑いが残り、原告に、本件事故を仮装することを疑わせるような積極的な事情は認められないことを考慮するとしても、原告は、本件事故が偶然な事故であることの主張・立証を尽くしたと認めることは困難であると言わざるを得ない。これによれば、その余の点を判断するまでもなく、原告の被告会社に対する保険金請求権に基づく請求は理由がないと認められる。

2  被告Y1の不法行為の成否について(争点(2))

(1)  原告は、被告Y1は、原告代理人が本件保険金の不払いの理由を質したところ、本件事故が原告の主張する日時・場所で生じる可能性はないと断言し、また、原告が最近失職したことに言及し、原告が仮装して被告会社から金員を詐取しようとしているとまで明言するに至ったことは、原告に対する侮辱又は名誉毀損に該当する旨の主張をする。しかし、前記のとおり、車両保険金の請求については、保険金請求者側で、偶然な事故であることについて主張、立証する責任があると認めるのが相当であるところ、そうすれば、保険会社は、車両保険金の請求に対し、一定の疑問がある場合には、その点を保険金請求者に対し明らかにする必要があり、疑問点を指摘された保険金請求者は、保険会社の疑問点に対し、合理的な説明や反証をするなどして、当該事故が偶然な事故であることについて主張・立証する責任があることになる。

(2)  前記のとおり、保険会社である被告会社は、原告に対し、本件事故に一定の疑問があることを指摘し、これに対し、原告が合理的な説明や反証をする必要があると解されるところ、被告Y1が、このような考え方に基づいて、本件事故が原告の主張する日時・場所で生じるについては疑問があると説明し、さらに、原告代理人弁護士に対し、原告が最近仕事を辞めたことを疑問点の一つとして指摘したことが認められるが(被告Y1本人13及び17頁)、本件全証拠によっても、被告Y1がその趣旨を超えて、本件事故が原告の主張する日時・場所で生じる可能性はないと断言したり、原告が最近失職したことに言及して、原告が仮装して被告会社から金員を詐取しようと明言したことを認めるに足りる証拠はない。

(3)  以上によれば、被告Y1が原告及び原告代理人弁護士に対し述べたことが不法行為に当たると認めることはできず、これによれば、その余の点を判断するまでもなく、原告の被告Y1及び被告会社に対する不法行為に基づく請求は理由がないと認められる。

3  結論

以上によれば、原告の請求は理由がないことから、これをいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 城内和昭)

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