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名古屋地方裁判所 平成15年(ワ)5188号 判決 2006年7月21日

原告

被告

あいおい損害保険株式会社

主文

一  被告は、原告に対し、金一五〇八万六〇〇〇円及びこれに対する平成一五年八月九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

本件は、Aの相続人である原告が、被告に対し、Aが被保険者となっていた傷害保険金の支払を求めた事案である。

一  当事者間に争いのない事実等(以下、証拠の記載のない事実については争いがない。)

(1)  傷害保険契約

被告は、株式会社UFJホールデイングスとの間で、UFJ団体傷害保険を締結し、Aは同保険に加入し、被保険者の立場にあった者であり、保険事故が発生した場合には、保険金受取人に対し一五〇八万六〇〇〇円が支払われることになっていた。

(2)  保険事故の発生

平成一五年一月一七日、名古屋市<以下省略>フェリー埠頭七〇岸壁付近の沖合に車両(<番号省略>、以下「本件車両」という。)が水没している(以下「本件事故」という。)のが発見され、同月二〇日、引き上げたところ、車内からA及び妻のBの遺体が発見された(甲二)。

(3)  原告の地位

原告はAの兄で、A及びBは同時死亡で、子供はいなかったから、原告がAの相続人となり、相続人として保険金受取人の地位にある。

(4)  被告の地位

被告は、損害保険業務等を目的とする株式会社である。

(5)  支払拒絶

被告は、原告に対し、平成一五年八月八日、傷害保険金の支払の拒絶を伝えた(甲三、弁論の全趣旨)。

二  争点

本件事故に偶然性及び外来性が認められるか否か。

(1)  原告の主張

ア A及びBは本件事故直前まで通常通りの生活を送っており、自殺を企図しなければならない事情はなかった。Bの統合失調症の病状は出現しておらず、自殺念慮も有していなかったし、AはBの病気を知っていた。

イ 事故現場は一般人が立ち入りでき、フェリーが通過するのを見るには好適な場所であった。

ウ 夜間時の事故現場は、周辺には照明はなく、護岸と海面を見誤って車両を進行させ転落させる可能性が少なからず認められる。

エ 事故現場には一定の空き地が存在し、相応の速度で進行した上、海面に落下したとしても偶然性を否定できない。

(2)  被告の主張

ア A及びBの病気

Aは、平成一三年一二月七日午前五時ころ、右背中と右脇腹の痛みを訴え、午前七時ころ救急車を呼び、済生会病院に搬入され、治療を受けている。右の尿管に結石が確認され、排石促進剤と鎮痛剤が投与された。

また、Bは、平成二年に統合失調症と診断され、結婚する直前の平成一二年一〇月まで継続的に精神科での通院治療を受けており、Aは婚姻前にBの病気を知らなかったものと考えられる。

イ 飛び出し速度、タイヤホイールの変形

本件車両は護岸車止めから西方約三〇メートルの沖合から引き上げられており、かなりの速度で飛び出したことを意味する。また、本件車両の両輪のタイヤホイールには凹みが生じており、時速四〇キロメートル以上の速度で進行し、九〇度の角度で車止めを乗り越えて、海に転落したものと考えられる。

ウ 現場の状況

作業スペースとして海が近くに迫ってきており、転落しないように慎重に運転するはずであり、作業スペースで時速四〇キロメートルを超える速度で進行するようなことは通常とらない運転方法である。本件事故時が夜間であったことを確定できないが、夜間であったとしても、車止めには黄色のペイントが付されており、容易に確認できるはずである。また、Bは本件現場近くの名港海運株式会社に勤務したことがあり、本件事故現場の地理につき、それなりに知っていたはずである。

エ 本件車両の窓

本件車両の運転席以外の窓は、ほぼ全開かそれに近い状態であり、Aが所在不明になったのは平成一三年一二月一五日以降であることを考えると、窓を開けて運転する時期ではなく、本件車内に早く海水を入れるために意図的に開けたとも推認でき、また、逆に運転席の窓が閉まっていたことは運転者が脱出しにくい状況を自ら作り出したものとも推認できる。

オ 遺体の状況

運転席にはAの遺体が、助手席にはBの遺体があったが、助手席のシートベルトは設置したままの状態であった。また、Aの靴は運転席下のヘドロの中から発見されており、脱出しようとしなかったことが推測される。

カ 結論

以上のとおり、本件では事故が偶然及び外来の事故であるとするには整合しない重大な事実や事情がある。

第三当裁判所の判断

一  証拠(甲一ないし二六<枝番を含む。>、乙一ないし四、七ないし一一<枝番を含む。>、原告、弁論の全趣旨)によれば、以下の事実が認められる。

(1)  A及びBの生活歴

Aは、昭和○年○月○日、二男として生まれた(原告は長男である。)。そして、大学卒業後株式会社ユーフィット(旧セントラルシステムズ株式会社)に勤務していた。

Bは、昭和○年○月○日生まれで、佐藤病院に統合失調症で、平成二年五月八日から同年九月三〇日まで入院し、平成四年一一月二四日再入院し、平成五年二月一四日退院し、退院後平成一二年一〇月まで通院している。Bの両親は、被告に対する保険金請求を取り下げており、Bの病気を知られることをおそれていることを考えると、AはBの病気を正確には知らされていなかったものと認められる。

AとBは、約八年間の交際の後、平成一二年一二月二六日婚姻し、名古屋市西区天塚町のマンションを購入して結婚生活を始めた。

Aは、新婚旅行に行っていないので、北海道旅行をしたいと漏らしていた。

Aは、平成一二年一月二七日、加藤医院において急性腹症で投薬を受けている(乙二、二三五頁)。その後、平成一三年一二月五日、掘田病院において右尿管結石で治療を受け、投薬を受けた(乙二、二三〇頁)。また、平成一三年一二月七日午前七時三〇分ころ、救急車で、済生会病院に搬入され、右の尿管に結石が確認され、排石促進剤と鎮痛剤が投与された(乙二、二三二頁以下)。

Bは、平成一三年三月一〇日、加藤医院において急性気管支炎、急性咽喉頭炎、過敏性腸症候群により投薬を受けている(乙二、二四二頁)。

Bは家計簿をつけており、平成一三年一二月一四日までの書き込みがある(甲六)。また、Bは手帳に日記をつけていた(甲一二)。いずれも死に関する記載は見られない。Aのコンピューターでの金銭の出納簿的データが、平成一三年一一月五日まで残っている(甲一三)。

Aには、住宅ローンはあるものの、会社に勤務して収入があり、貯金、証券等を有し、堅実に生活しており、経済的な困窮は見られない。

平成一三年一二月一八日、原告に、Aの勤務している会社の人から、Aが昨日から会社を休んでいる旨の電話連絡があり、Aが行方不明であることが分かった(一二月一六日は日曜日)。

(2)  事故現場

現場の名古屋埠頭の状況は別紙図面のとおりである。すなわち、名古屋埠頭の北側はフェリー埠頭及び旅客ターミナルとなっており、同埠頭から北海道行きの太平洋フェリーが発着している。西側は貨物船などが発着する場所となっている。埠頭には車を走行させる十分なスペースがある。夜間の照明はほとんどない。

また、名古屋埠頭は、名古屋三大橋「名港トリトン」の北側となり、名港西大橋がほぼ正面に見える場所となっている。

名古屋埠頭の先端から北に五〇メートル付近まで長さ三・五メートル、高さ二〇センチメートル、幅一八センチメートルの車止めが設置され、五〇メートル付近にはコンクリート壁八枚が置かれ、さらに長さ四・七メートル、高さ一五センチメートル、幅一五センチメートルの車止めが設置されている。車止めは黒と黄色の二色で彩られている。車止めの切れた部分にはピットが設けられている。

名古屋埠頭から水面までは三・八メートルある。

名古屋埠頭には釣り人がくる。夜景を見に来る人はあまりいない。

(3)  本件車両、引き上げ時の本件車両の状況

本件車両はニッサンサニーであり、平成六年に初度登録され、平成一三年一〇月二九日に二年点検を終えている。

本件車両は、埠頭から約三〇メートル離れた、水深五・五メートルの地点で、逆さまになって沈んでいた。

本件車両の前部は、ボンネット及び前部ナンバープレートはなく、フロントガラスは割れて、変形したガラス状の塊となっている。中央部が後方に押し込まれた状態になっており、ルーフ部分は中央前部が車室内に押し込まれている。チェンジレバーはニュートラルの位置にあった(AT車)。ドアは四つとも閉まっており、ロックされていなかった。前照灯は点灯されていたか否か不明である。

ウインドガラスは、運転席の窓は閉まっていたが、それ以外の窓はほぼ全開かそれに近い状態であった。

運転席にはAの遺体が、助手席にはBの遺体があったが、助手席のシートベルトは設置したままの状態であった。また、Aの靴は運転席下のヘドロの中から発見されている。

本件車両の前輪は右いっぱいにハンドルを切った状態で引き上げられている。左右の両前輪のタイヤホイール部分に曲損(凹み)がみられる。後輪のタイヤホイールの状態は不明である。

(4)  本件事故

本件事故の目撃者はいない。また、本件事故が昼に起きたのか、夜に起きたのか確定する資料はない。

二  そこで、以下検討する。

(1)  自殺の動機の有無

Aの病気は尿管結石であり、重大な病気とはいえない。Bの統合失調症にしても、通院を中止して所在不明になるまでに約一年が経過しているが、その間病状が出ておれば、周囲を巻込んでトラブルが発生するはずであるところ、Aが、兄の原告や会社の同僚等に相談したという事情や、周辺でのトラブルは認められない。また、Bの日記等に照らして、行方不明になる直前にBに妄想等が発現したような事情も認められない。そして、AにはBの病気が正確には知らされていなかったものと認められるが、知らされていなかったとしても、前記認定のとおり妄想等の発現が見られない状態では、そのことが直ちに自殺に結びつくとは考えにくい。したがって、Aが、A自身及びBの病気から自殺を企て、本件事故を起こした可能性は低い。

(2)  本件車両の状況

乙第六号証(車止め衝突実験実施報告書)によれば、車が時速四〇キロメートル以上の速度で、九〇度の角度で縁石を乗り越えた場合、左右両方のタイヤホイールに凹みができるが、四五度の角度で縁石を乗り越えても片方のタイヤホイールのみに凹みができることが認められる。しかし、本件において、本件車両のタイヤホイールの凹みが、本件事故時にできたものかどうか、それ以前にあったものか明確にする資料はない。前記実験では、九〇度と四五度の角度で縁石を乗り越えた実験であるが、九〇度に近い角度で乗り越えた場合にも、両方の車輪のタイヤホイールに凹みができるのかは前記実験でもはっきりしない。さらに、本件車両が、車止めに向かって、九〇度で(直角に)、時速四〇キロメートル以上の速度で進行したとしても、前記認定のとおり、本件車両の前輪が右いっぱいに切られていること、チェンジレバーがニュートラルに入っていたことを考えると、Aが事故を避けるために急制動あるいは急転把しようとした可能性も否定できず、前記事実から直ちに、Aに海に飛び込む意図があったものと推認することはできない。

そして、フェリー乗り場に行き、その付近で景色を見ることは、北海道にフェリーで旅行を考えていたA夫婦にとって不自然な行動ではなく、一二月に本件車両の窓を開けていたとしても、車の中の温度が上がりすぎた場合窓を開けることはあり得ることであって(海水を入れるために窓を開けることは、自殺を決意している者にとって不必要である。)、また、Aらが逃げ出そうとした形跡のないことも、落下の状況が明確でない以上容易に断定できないし、前記認定の本件車両の前部の状況(前記一(3))に照らし、着水時の衝撃はかなり大きなものだったと推測され、脱出の形跡がないことから直ちにAの自殺であると決することはできない。

(3)  そうすると、本件においては、自殺の動機としては弱く、A及びBが生前自殺をほのめかしたりした事実は認められず、また、遺書もしくはそれらしいものも残されておらず、日記等にもそれらしい書き込みもなく、さらに、本件車両の状況を事故と考えても不自然ではないことを併せ考えると、本件事故は、外来、偶然の事故と認めるのが相当である。

三  結論

よって、原告の本件請求は理由がある。

(裁判官 德永幸藏)

事故現場状況図

<省略>

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