名古屋地方裁判所 平成15年(ワ)5428号 判決 2004年12月08日
反訴原告
X
反訴被告
名古屋市
ほか一名
主文
一 反訴被告らは、連帯して反訴原告に対し、一七二万六七六五円及び内一五六万六七六五円に対する平成一四年一〇月二五日から、内一六万円に対する平成一六年一月六日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
二 反訴原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その七を反訴被告らの負担とし、その余を反訴原告の負担とする。
四 この判決は、反訴原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
反訴被告らは、連帯して反訴原告に対し、二七七万二三一二円及び内二五二万二三一二円に対する平成一四年一〇月二五日から、内二五万円に対する平成一六年一月六日(反訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、反訴原告が、反訴被告Y1が運転する反訴被告名古屋市の運行するバス(以下「被告バス」という。)に乗車中に、被告バスが急停止したことから転倒する事故(以下「本件事故」という。)に遭って損害を被ったとして、反訴被告Y1に対しては、民法七〇九条に基づき、反訴被告名古屋市に対しては、自賠法三条に基づき、その損害の賠償を請求した事案である。
一 前提事実(当事者間に争いがないか又は認定の後の括弧内に掲示した証拠により容易に認められる事実)
(1) 本件事故(甲一)
ア 日時 平成一四年一〇月二四日午後四時〇〇分ころ
イ 場所 名古屋市<以下省略>先路線上(被告バス内)
ウ 被告バス 事業用大型乗用自動車(<番号省略>)
エ 同運転者 反訴被告Y1
オ 反訴原告 被告バスに乗車中
カ 事故態様 反訴被告Y1が被告バスを運転し前記場所付近を走行中、被告バスを急停止させたところ、被告バスに乗車していた反訴原告が被告バス内で転倒して傷害を負った。
(2) 責任原因
反訴被告Y1は、民法七〇九条に基づき、反訴被告名古屋市は、自賠法三条に基づき、それぞれ反訴原告が被った損害を賠償する責任がある。
(3) 反訴原告は、本件事故により傷害を負い、本件事故当日の平成一四年一〇月二四日、a大学b会病院(以下「b病院」という。)を受診し、右上腕打撲血腫、右膝打撲と診断され、同日から同年一二月四日までの間に三三日間通院し、その後、c病院に同月四日から平成一五年一〇月三一日までの間に二六五日間通院し(甲六、七)、同日、症状固定と診断された。
(4) 既払金 六六万二八四二円
ア 治療費として 五六万五一八二円
イ 交通費として 九万七六六〇円
二 争点
(1) 事故態様(過失相殺)
(2) 本件事故と相当因果関係のある反訴原告の通院期間(訴因減額)
(3) 反訴原告の損害
三 争点に対する反訴原告の主張
(1) 争点(1)について
ア 本件事故当時、被告バスの車内は空いており、立っている乗客はいなかった。反訴原告は、被告バスの進行方向右側中央に設けられている横向き三人掛けの座席(以下「本件座席」という。)の中央部に座り、前寄りの席には八〇歳位の男性であるAが座り、後ろ寄りの席には体の大きな中年男性が座っていた。反訴原告は、本件事故直前、本件座席に、両足を自然な形で床に降ろし、状態は真っ直ぐ背もたれに当てたまま横向きの姿勢で座り、右傍らにある肘掛けを右手で軽くつかんでAと雑談を交わしていた。反訴原告の視線は、被告バスの進行方向左側の車窓を通して外の景色を直視することはできたが、被告バスの進行方向前方の外側を視認できる状況にはなかった。
イ 本件事故は、反訴被告Y1が運転する被告バスが、前を走行する車両が急停止したことにともない、追突を回避しようと急停止し、そのため、反訴原告は、何も分からないまま、Aとともに本件座席から右斜め前方に向かって放り出され、床にうつ伏せの状態で叩きつけられたというものである。なお、反訴原告は、本件座席の傍らに落ちたが、Aは、反訴原告より遠くに飛ばされてしまった。
ウ 自動車を運転する者は、常に道路の安全を確認し、さらには、前を走行する車両等がある場合には十分な車間距離を保持して事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があるところ、反訴被告Y1は、前走車との車間距離を保持しないまま漫然と被告バスを運転した過失により、前走車が急停止した際、あわてて前走車との衝突を回避しようとして被告バスを急停止させたことから、被告バスに客として乗り合わせていた反訴原告を被告バス車内で転倒させ、傷害を負わせた。被告バスに乗り合わせた客は、一様に被告バスの急停車の衝撃で被害を受けており、反訴原告が気をつけていれば、本件事故による受傷を回避できるというような状況ではなかった。これによれば、反訴原告には本件事故については何ら過失が存在しないのは明らかである。
(2) 争点(2)について
ア 反訴原告は、本件事故により転倒し、起きあがろうとしたが、右肩、右腕、右手、右膝を床に強く打ち付けたことから痛みがあり、また無意識のうちにAを避けようとして無理な体勢をとったためか腰を挫いてしまい、自力で立つことができず、反訴被告Y1に抱えられてやっと本件座席に戻った。Aは、額と口から出血し、また被告バスの左側最前列に座っていた他の乗客も、乗り口の柱に膝を強打した。反訴原告は、Aとともにb病院に搬送されたが、前記の怪我の他にも上腕部にひどい内出血があるのが分かった。反訴原告は、症状固定とされた後も受傷部に疼痛等があり、自費で通院を続けている。
イ 反訴原告のc病院における治療経過は以下のとおりである。
(ア) 平成一四年一二月四日の初診日(受傷後約四〇日経過時点)には、現症として右肩関節部から上腕にかけての腫れと運動時の痛み、圧痛が認められ、また両膝関節部に疼痛と可動域の制限、右手関節部に痛み、右手から右拇指にかけての疼痛、運動時痛、圧痛など多様な傷害が認められた。
(イ) 反訴原告は、バスの乗り降りができないためにタクシーで通院を続け、平成一五年一月頃になって疼痛がやや軽快したことからバス通院に切り替えたところ、振動で体を支える際右利きのためつい右手を出してしまって右肩の疼痛を誘発したり、関節の可動域制限もあって自力で外用薬の貼付ができないため、引き続きタクシーによる通院治療を続けた。
(ウ) 反訴原告は、同年三月には、リハビリのため自転車に乗ってみたが膝に痛みがあり、あまり長く乗れず、右肩の痛みも持続していたことから治療を継続した。同年五月には、右肩部にしこりができて圧痛が認められるようになり、同年七月になってもしこり部の疼痛が残存したことから治療を続け、さらに、同年八月には、しこり部の疼痛検査のため腰椎のMRI検査を受けた。
(エ) そして、同年一〇月三一日、右肩の可動域制限及び腰部のがんこな疼痛を残遺するとして後遺症診断を受けた。
ウ 反訴原告は、身体各部の傷害を一日でも早く治癒しようとして医師の指示に従って通院治療を続け、その間リハビリのためにバスによる通院も試みたのであり、その甲斐あって平成一五年五月頃には右肩、右手、右膝の各関節部痛は軽快したが、そのころになり右肩関節部にしこりができ、その疼痛に悩まされるようになった。そのため、その後はこの疼痛の検査、治療を受けたが、同年一〇月に至り、同部の運動制限と疼痛は治療効果が認められないとして後遺症診断を受けた。
エ このように、本件事故による受傷の特性は、一つの原因が一つの結果を生ずるのではなく、身体の傷ついた各部の疼痛が神経学的に相乗して影響し合って多彩な症状を呈したことにあり、それだけに比較的長期的な治療を要したものである。
オ 反訴被告らは、B医師作成の意見書(甲四)を提出し、そこには、「平成一五年一月一八日頃が症状固定の時期であり、その後は反訴原告が勝手に通院を継続した」かのような見解が示されているが、同医師の見解は、反訴原告を直接診察又は検査をしたものではなく、診療記録に基づく診断所見にすぎず、治療に真摯に取り組む患者の真意を否定するものである。
(3) 争点(3)について
ア 治療費 一八五万三六九九円
反訴原告は、本件事故による傷害のためにb病院及びc病院に通算三七四日間(実日数二七九日)の通院治療をし、これに対し上記金額の治療費を要した。
イ 通院交通費 一三万一四五五円
反訴原告は、上記の通院について、受傷部位の疼痛、患部の増悪の恐れがあったことから、バスによる通院可能な時期までタクシーによる通院をし、その料金として上記金額を支出した。
ウ 傷害慰謝料 一二〇万円
反訴原告は、上記のとおり長期にわたる通院治療を余儀なくされ、さらに、受傷部の疼痛及びしびれ感に悩まされ、症状固定後も治療を余儀なくされていること等を考慮すれば、傷害慰謝料としては上記金額が相当である。
エ 弁護士費用 二五万円
四 争点に対する反訴被告の主張
(1) 争点(1)について
ア 本件事故は、反訴被告Y1が被告バスを運転して時速約三五キロメートルの速度で走行し、信号交差点に近づいたとき、突然被告バスの進路前方に他の車両が進入して停止したことから、その車両との追突を避けるために被告バスを急停止させたところ、本件座席に横向きに座っていた反訴原告が転倒し負傷したというものである。
イ バスの乗客は、バスが急停止などによって衝撃を受けることがあることを想定し、自らの安全を図る義務を負う。本件事故は、被告バスが信号交差点近くに至ったのであるから、反訴原告は、被告バスが停止することを予想して本件座席横に設置されている肘掛けを掴むなどして転倒しないようにすべきであったのにもかかわらず、これを怠ったことから転倒したものであり、本件事故の発生については反訴原告にも二割の過失があるといわなければならない。
(2) 争点(2)について
ア 反訴原告が本件事故により転倒し、傷害を負ったことは認めるが、当初受診したb病院において「一〇日間の加療を要する」と診断されているように、その受傷の程度はきわめて軽いものであった。
イ 反訴原告のb病院における治療経過について
(ア) 反訴原告の傷病名は、右上腕打撲血腫、右膝打撲、右拇指挫傷、右下肢挫傷であり、身体左側の症状はなかった。その後も一貫して右側の症状を訴えている。反訴原告は、陳述書(乙一六五)において、「左右の両肩から、腕及び両親指先まで鈍痛が走り…」と記載しているが、それは、本件事故とは相当因果関係がない。
(イ) 平成一四年一〇月二五日付けの診療録には、「性格に問題がありそう」「明日、本人希望で湿布処置だけしにきます」との記載がある。これは、反訴原告が医師の勧める治療法を拒否し、自分の都合で一方的に治療方法を要求したものと推定される。また、同月二八日には、「毎日診察してもらいたいと希望、無理と説明しても納得されず逆上す」「事務、院長に訴え再び受診、明日も診察して貰いたいと強く訴える」と記載されている。この段階では、主治医が毎日の診察の必要がないと説明したにもかかわらず、強引に毎日の診察を認めさせたものであり、この段階から過剰濃厚診療の状態になっている。
(ウ) その後も連日治療が行われているが、湿布だけである。そして、同年一一月一日の医師の申し送り事項として、「性格に問題のある方です。湿布処置のみに来院します」との記載がされ、無駄な来院であるが、性格に問題があることから言うことを聞いてほしいとの趣旨であると思われる。同月六日には血腫が縮小しており、時間の経過で自然に消滅して行くであろうと思われる状態になっている。この時点でほとんど治療の必要性はなくなっている。同月一一日には医師からリハビリを指示されたが、「リハビリはいやだ」と拒否している。骨に異常がない打撲の場合、急性期を過ぎればリハビリと運動療法が最も重要となり、通院して湿布を続けても何ら改善はされず、加齢による衰えを考えると、かえって筋肉が萎縮してしまう。同月一八日には、医師から週二回の通院を示唆されたが、「いやだ」といって拒否しており、被害者意識の過剰さも指摘されている。この頃の反訴原告の通院回数は通常の三倍程度である。同月二五日になると、反訴原告は、初めて腰痛を訴え、翌二六日には、肩痛を訴え、医師からは本件事故とは関係がないと説明されている。同月二七日及び二八日には、医師により通院回数を減らさせること、診療は少なくすることが検討されている。反訴原告は、その後も無駄に湿布だけを続けている。
(エ) そして、同年一二月四日頃には何の変化もなく症状固定を思わせる。治療効果を考えた医師が訓練を指示し、通院回数を減らすように言ったところ、反訴原告は転院を希望した。
ウ c病院における治療経過について
(ア) 平成一四年一二月四日の初診時には、右肩の屈曲・伸展一一〇度、外転一二〇度、疼痛なしと診断されており、異常がないことが分かる。同月七日の生活指導の欄には、「精神的」との記載がある。
(イ) B医師はその後も反訴原告から求められるままに診察を続けているが、これは、反訴原告との紛争をおそれてのことであると思われる。
エ 以上によれば、本件事故と相当因果関係を有する反訴原告の通院期間は、b病院に通院した平成一四年一〇月二四日から同年一二月四日までの四二日間とするのが相当である。その後の、c病院への同月四日から平成一五年一〇月三一日までの通院は本件事故と相当因果関係がなく、治療が長期化した理由は反訴原告自身にある。
オ なお、反訴原告は、平成一一年三月二五日にも、名古屋市バスに乗車中事故に遭い、同日から平成一二年六月六日まで通院して「低周波」治療を受け続け、後遺障害等級第一二級一二号の認定を受け、平成一四年三月頃示談が成立したが、その間、交通費と毎月約一〇万円の休業補償金の支払いを受けていた。本件でも、反訴原告は、「毎月一〇万円を支払え、払わなければ医者に症状を聞くことも許さない。」などと繰り返していた。
(3) 争点(3)について
ア 治療費 一三万〇四九〇円
本件事故と相当因果関係を有する通院は、b病院に通院した平成一四年一〇月二四日から同年一二月四日までの四二日間とするのが相当であり、その間の治療費は上記金額である。
イ 通院交通費 一万一三三〇円
反訴原告は、バスの乗車は無料であることから、基本的には通院に交通費は要しないが、通院にタクシーを利用したとして平成一四年一〇月三一日までの間の上記金額を認める。
ウ 休業損害 九二〇五円
反訴原告は、年金受給者であることから休業損害は発生しないと考えられるが、年金以外の収入が年間八万円あることからすれば、四二日間について九二〇五円を認めることができる(80,000÷365×42)。
エ 傷害慰謝料 二五万円
上記金額が相当である。
オ 反訴原告の損害は上記合計四〇万一〇二五円となるところ、反訴被告らは、すでに治療費として五六万五一八二円、その他一七万七六六〇円を支払っており過払となっている。
第三争点に対する判断
一 本件事故態様(過失相殺)について(争点(1))
(1) 乙一六六号証、反訴原告本人の供述及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる(但し、以下の認定に反する部分は採用することができない。)。
ア 本件事故当時、被告バスの車内は空いており、立っている乗客はいなかった。反訴原告は、被告バス車内の進行方向右側中央に設けられている横向き三人掛けの本件座席の中央部に座り、前寄りの席にAが座り、後ろ寄りの席には中年男性が座っていた。反訴原告は、本件事故直前、本件座席に、両足を自然な形で床に降ろし、状態は真っ直ぐ背もたれに当てたまま横向きの姿勢で座り、右傍らにある肘掛けを右手で軽くつかんでAと雑談を交わしていた。
イ 反訴被告Y1は、被告バスを運転して走行し、本件事故現場付近の信号交差点に近づいたとき、突然被告バスの進路前方に他の車両が進入して交差点手前で停止したことから、反訴被告Y1は、前の車両との追突を避けようとして被告バスを急停止させた。そのため、反訴原告は、本件座席から右斜め前方に向かって放り出され、本件座席近くの床に転倒し、床に右半身を打ち付けた。なお、Aも反訴原告とともに本件座席から放り出され、床に転倒した。
(2)ア 以上によれば、本件事故は、反訴被告Y1が被告バスを急停止させたことから、本件座席に横向きに座っていた反訴原告が転倒したというものであり、本件事故の責任は反訴被告Y1にあると認められる。
イ これに対し、反訴被告らは、バスの乗客は、急停止などによって衝撃を受けることがあることを想定し、信号交差点近くに至った際には、本件座席横に設置されている肘掛けを掴むなどして転倒しないようにすべきであったにもかかわらず、これを怠った反訴原告にも二割の過失がある旨の主張をするが、前記のとおり、反訴原告は、本件座席に自然な体勢で腰掛け、右傍らにある肘掛けを右手で軽くつかんでいたこと、被告バスの急停止により、反訴原告の他にも座席から転倒した者がいたことからすれば、本件事故について反訴原告に過失があると認めることは相当ではない。
二 本件事故と相当因果関係のある反訴原告の通院期間(訴因減額)について(争点(2))
(1) b病院における治療経過(甲六)
ア 反訴原告は、本件事故により床に転倒して右半身を打ち付け、救急車でb病院に搬送され、右上腕痛、右膝痛等を訴え、右上腕に血腫が認められ、頭痛、吐き気は見られなかったことから、右膝蓋骨、右上腕骨(肩関節を含む)のレントゲン検査を受けたが、いずれにも骨折は認められなかった。
イ 本件事故翌日の平成一四年一〇月二五日には、右上肢の血腫が著明となり、疼痛も訴え、反訴原告の希望で湿布のために通院することとなった。同日、担当医師は、「右上腕部、右膝挫傷により、平成一四年一〇月二四日から一〇日間の加療を要する見込み」との診断書を作成した。
ウ 同月二六日には、反訴原告は、右上腕痛を訴え、湿布薬を一晩で五パック使用したと説明した。同月二八日には、腫脹が認められ、頭痛を訴えた。反訴原告は、医師に対し、毎日診察して貰いたいと希望したが、無理であるとの説明を受けたが納得せず、院長らに訴えて再び受診し、明日も診察して貰いたいと強く訴えたことから、翌日も診察することになった。同月二九日には、右上肢の皮下出血が認められ、同月三〇日と同月三一日には、肩と膝の痛みを訴えた。同年一一月一日には、右母指の付け根付近の関節痛を訴えたことから、右手指のレントゲン検査を受けたところ、手関節変形性関節症とされた。しかし、その他の屈伸、伸展に問題はなく、感覚異常も認められなかった。
エ 反訴原告は、その後もほぼ毎日通院をし、右肩痛、右膝痛を訴え、湿布処置を受け続け、同月七日ころから右上腕の血腫は少なくなり、同月九日には、頸部痛、大腿痛も訴えた。同月一一日には、右肩痛を訴えたことから右肩関節のレントゲン検査を受けたところ、やや萎縮が認められた。担当医師は、反訴原告に対し、リハビリ治療を勧めたが、反訴原告はこれを拒否した。同月一二日には、自転車をこぐとき右膝が痛いと訴え、翌一三日には自転車に乗れないと訴えた。同月一五日には、反訴原告は、右下肢の大腿部、膝部、足首部に痛みがあることから、レントゲンを撮ってほしいと希望したことから、右下肢全長のレントゲン検査が行われたが、明らかな骨傷は認められなかった。同月一八日には、担当医師から通院を週二回くらいにしたらどうかと言われたが、毎日通院することを求めたことから、担当医師は、被害者意識が強いと感じた。同月二二日は、歩行は安定していると認められた。同月二五日には、疼痛は減少し、ROM、関節可動域は完全に近いと判断されたことから、担当医師から、どんどん動かすように指導された。同月二六日には、肩の疼痛を訴えたが、事故とは関係ないと診断された。同月二九日には、腰椎のレントゲン検査を受けたところ、脊柱に生理的前彎は認められず、左S/S一に狭窄が認められ、脊椎が変形していると診断された。同年一二月四日には、担当医師が、可動域の自己訓練をするように指導し、週一回から三回の通院を勧めたところ、反訴原告は、転院を希望したことから、担当医師は、診療情報提供書(紹介状)を作成し、同病院での治療は終了した。
(2) c病院における治療経過(甲七、乙一六四)
ア 反訴原告は、平成一四年一二月四日にc病院を受診し、右肩関節から上腕にかけての痛みと可動域制限及び右膝関節部痛を訴え、肩関節、右膝関節、腰椎のレントゲン検査を受けたが、関節及び骨には、関節症所見を認めるが、骨傷は認められず、屈曲・伸展は一一〇度、外転は一二〇度で、運動痛はなく、内外旋も痛みはないと判断されたことから、担当医師は、右肩、上腕、右膝、右手関節、右母指、腰部挫傷と診断し、保存的療法を続行して経過を見ることとした。その後、反訴原告は、特に右肩関節部と右手関節部及び手部の疼痛を訴えた。そのため、物を掴んだり身体を支えることが困難であることと、膝関節部痛のためにステップの高いバスによる通院は困難であるとして、タクシーによる通院を続けた。右上腕部の皮下出血及び腫脹は徐々に消退して行った。
イ 平成一五年一月頃には、ほぼ毎日通院し、疼痛もやや軽快したことから、バスによる通院を開始したが、右肩の痛みを誘発したと訴えた。治療は湿布薬の貼付と経過観察が主であったが、反訴原告は、疼痛と可動域制限があること、一人暮らしであることから、湿布薬の貼付が困難であるとして、同院での湿布薬の交換を求めた。同年二月頃には、症状は軽快に向かい、同年三月頃には、リハビリのために自転車に乗ったが、膝の痛みがあり長時間乗れないと述べ、また、右肩の痛みは継続していると訴えた。同年四月頃には、疼痛を訴えたことから、レントゲン検査を行ったが、所見は認められず、湿布薬の貼付による治療が継続された。同年五月頃には、各部の疼痛は軽減され、自転車にも乗れるようになった。その後は症状及び治療経過に特に変化はなく、同年八月には腰椎のMRI検査が行われたが、加齢性の変性以外の外傷所見は認められなかった。
ウ 同年一〇月に入って、治療による改善は見込めないと判断され、同月三一日に症状固定と診断された。
(3)ア 以上によれば、本件事故による反訴原告の受傷は、右半身の打撲が中心であり、右上腕に血腫ができたものの、それ以外に骨折や脱臼等の異常は認められなかった。反訴原告は、b病院の担当医師のリハビリによる治療方針を拒否したり、医師の通院間隔の勧めに反して連日通院したり、また、その治療は、同病院とc病院の治療期間を通じて、経過観察と湿布薬の貼付が中心であったことが認められる。そして、c病院初診の頃には右上肢の血腫も消失しつつあり、平成一一年一月頃からは症状の目立った変化は認められていない。
イ このような反訴原告の受傷内容や治療経過に照らせば、反訴原告の症状は、本件事故から約三か月が経過した同月末頃には固定したとの考え方もあり得る(甲四)。しかし、痛みは、レントゲンやMRIには写らないことから、医師は、患者の痛みやそれによる生活の支障については判断することができないこと、一度出来上がった疼痛は、神経学的には多彩な症状を呈することもあり得ること(乙一六四)を考慮すれば、反訴原告が疼痛等の症状を訴えて通院し、c病院では、同年二月以降も治療を続け、同年一〇月三一日をもって症状固定としたことが誤りであり、本件事故と相当因果関係のある治療期間を症状固定時期以前に制限することは相当ではなく、後記のように、反訴原告の治療期間を症状固定時までと認め、治療期間が長期間にわたったことについては、反訴原告に存在する素因の問題として考えるのが相当であると認められる。
(4)ア 反訴被告らは、本件事故と反訴原告の通院の因果関係を争い、反訴原告の通院が長期化した理由は反訴原告自身にある旨の主張をすることからすれば、反訴原告の心因的影響による減額を主張しているものと認められる。
イ 交通事故により傷害を負うことによる心因的反応は一般的に起こりうるものと考えられており、単に交通事故の被害者に心因的反応があったと言うだけでは、これを減額の事情とすることは相当ではない。しかし、前記のとおり、本件事故による反訴原告の受傷は、右半身の打撲が中心であり、右上腕に血腫ができたものの、それ以外に骨折や脱臼等の異常は認められず、反訴原告の愁訴に相応する十分な医学的な他覚的所見があるか疑問であること、反訴原告は、b病院の担当医師のリハビリによる治療方針を受け入れず、その治療は、同病院とc病院の治療期間を通じて経過観察と湿布薬の貼付が中心であったこと、c病院初診の頃には右上肢の血腫も消失しつつあり、平成一五年一月頃からは症状の目立った変化は認められていないことから、反訴原告の症状は、本件事故から約三か月が経過した同月末頃には固定したとの考え方もあり得ること、反訴原告の治療期間は、同種の傷害の一般的な治療期間より長期であることがそれぞれ認められる。
ウ 以上のように、本件事故の内容、反訴原告の受傷の部位・程度からすれば、反訴原告の治療が長期化したのは、通常と比較すれば、反訴原告自身の気質的な要因が相当程度加わっていると判断せざるを得ない。そうすれば、本件においては、損害賠償の公平な分担という観点から、民法七二二条二項を類推適用して、反訴原告の請求する損害について三割の素因減額をするのが相当であると判断する。
三 反訴原告の損害について(争点(3))
(1) 治療費 一八五万三六九九円
反訴原告は、b病院に、平成一四年一〇月二四日から同年一二月四日までの間に三三日間通院し、その間の治療費は一三万〇四九〇円であった(乙一三の一)。さらに、反訴原告は、c病院に同月四日から平成一五年一〇月三一日までの間に二六五日間通院し、その間の治療費は一七二万三二〇九円であった。(甲六、七)、
(2) 通院交通費 一三万一四五五円
反訴原告は、b病院及びc病院にタクシーで通院したが、その料金は合計一三万一四五五円であった(乙二五ないし一六五)。反訴原告の年齢、症状等に照らせば、同人のタクシー利用による通院が相当性を欠くとまでは認められない。
(3) 傷害慰謝料 一二〇万円
前記のとおり、反訴原告は、本件事故により傷害を負い、b病院に本件事故当日の平成一四年一〇月二四日から同年一二月四日までの間に三三日間通院し、さらに、c病院に同月四日から平成一五年一〇月三一日までの間に二六五日間通院して、同日、同病院において症状固定と診断された。これに、本件事故態様、反訴原告の受傷の内容及びその程度等を併せて考慮すれば、同人の傷害慰謝料は上記金額とするのが相当である。
(4) 素因減額後の損害 二二二万九六〇七円
反訴原告の本件事故による損害は、合計三一八万五一五四円となるところ(1,853,699(1)+131,455(2)+1,200,000(3))、これに三割の素因減額をすると、残額は上記金額となる(3,185,154×【1-0.3】)。
(5) 損益相殺後の損害 一五六万六七六五円
前記のとおり、反訴原告は、本件事故による損害の一部として六六万二八四二円の支払を受けている。反訴被告らは、これに加えて休業損害分として八万円を支払ったが、反訴原告の休業損害は九二〇五円である旨の主張をする。しかし、反訴被告らは、本件訴訟前に、反訴原告に休業損害があり、その金額は八万円であると認めて、これを支払ったものと認められる。そして、反訴原告は、休業損害は受領済であるとして休業損害の請求をしていないと考えられることからすれば、反訴被告らが支払った休業損害分を損益相殺の対象とすることは相当ではない。そうすれば、本件において、損益相殺の対象となる既払金は六六万二八四二円となることから、これを前記(4)の損害から控除すれば、残額は上記金額となる(2,229,607-662,842)。
(6) 弁護士費用 一六万円
本件事案の内容、本件訴訟の審理経過、認容額その他本件に現れた諸般の事情を斟酌すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害金は上記金額とするのが相当である。
四 結論
以上によれば、反訴原告の請求は、一七二万六七六五円の限度で理由があることから、その限度でこれを認容し、その余は理由がないことからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 城内和昭)