大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成15年(ワ)912号 判決 2004年7月09日

原告

有限会社味仙

被告

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、二四〇〇万円及びこれに対する平成一四年三月一四日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告の運転する自動車(以下「被告車」という。)が、原告の経営する料理店の従業員Aに衝突する事故(以下「本件事故」という。)によりAが死亡したことにより、料理店が休業に追い込まれるなどの損害を被ったとして、民法七〇九条に基づきその損害の賠償を請求した事案である。

一  前提事実(認定の後の括弧内に掲示した証拠により容易に認められる事実)

(1)  原告は、名古屋市<以下省略>において「有限会社味仙木場店」(以下「本件店舗」という。)の名称で中国料理店屋を開店し、本件事故当時、Aは、本件店舖の調理師として勤務していた。本件店舖は、本件事故の翌日(平成一四年三月一五日)から現在まで閉鎖を続けている(甲三二、原告代表者)。

(2)  本件事故(甲一、二)

ア 日時 平成一四年三月一四日午前二時一七分ころ

イ 場所 名古屋市<以下省略>先路線上(以下「本件道路」という。)

ウ 被告車 自家用普通乗用自動車(<番号省略>)

エ 同運転者 被告

オ 被害者 A(歩行中)

カ 事故態様 被告が、被告車を運転して本件道路を走行中、カーブで駐車車両を避けようとしてハンドルを切り損ねて歩道に突っ込み、歩道を散歩中のAに被告車を衝突させた。

(3)  Aは、本件事故後名古屋第二赤十字病院に搬送されたが、頭蓋骨骨折等により、本件事故当日の午前三時九分に死亡が確認された(甲一二)。

二  争点

原告(会社)の損害の有無

三  争点に対する原告の主張

(1)  Aは、台湾出身で、一〇年以上の経験を積んだ調理師であったが、本件事故により死亡したことから、本件店舖は、調理師を欠くことになり、本件事故翌日の平成一四年三月一五日から一時的に閉鎖に追い込まれた。原告代表者は、本件店舖で中華料理のできる経験を有する新たな調理師を探したが、見つからず、本件店舖は現在まで閉鎖が続いている。

(2)  本件店舖は、別紙収支表記載のとおり、平成一二年九月末の決算で二四八四万二七六六円、平成一三年九月末の決算で二四一九万六七九五円の利益があり、また、平成一四年二月末の決算状況からすれば、同年九月末の決算では二四六一万六二一五円の利益があると考えられる。本件店舖は、別紙収支表記載の利益の他に一か月一〇万五五二五円の家賃等の固定経費が存在する。

(3)  被告の主張について

ア 被告は、報償責任の原則を主張するが、これは、使用されている者がその業務の執行について第三者に損害を加えた場合の使用者の責任として妥当するものであって、本件のように第三者が使用されている者に損害を与えた場合には当てはまらない。

イ 被告は、事業に従事する者が不時の災害を受けても業務に支障がないように、速やかの代替措置を取れるように備えるべきである(代替性)旨の主張するが、原告のような零細企業において、前もって技能のある調理師を確保しておくことは不可能である。また、事故後に調理師を雇用するとしても、原告は、海外から技能のある調理師を呼び寄せて雇用する必要があるが、その手続に数か月間を要し、さらに、「味仙」の味付けを習得してもらう期間も必要であり、原告は、本件事故後速やかに他の代替措置を採るように努力しているが、それでも損害が生じている。

ウ また、被告は、損害の公平な分配を主張するが、本件事故態様等を考慮すれば、原告には、被告の行為によって損害を受けなければならないような落度はなく、公平さから見れば、被告が責任を負うのは当然である。

エ さらに、被告は、企業損害、間接損害、特別損害、予見可能性、相当因果関係などという単語を使って、被告に責任がないと主張するが、いずれも理由がない。

(4)  これによれば、原告会社の一か月あたりの利益は少なくとも二〇〇万円を下らない。本件店舗は、少なくとも本件事故後一二か月間閉鎖に追い込まれていることから、合計二四〇〇万円の損害を被った。

四  争点に対する被告の主張

(1)  原告の主張する損害は、本件事故による企業損害であり、間接的な損害である。また原告の損害は、特別損害に当たるが、被告に予見可能性はなかった。

(2)  Aは、原告の従業員であり、従業員を雇用することにより利益を拡大している者は、これによる危険も自ら負担すべきである。

(3)  また、経営者は、事業に従事する者が不時の災害を受けても営業に支障が生じないように、予め種々の対応策を講じておくべきであり、従業員から労働の提供を受けられなくなった場合においては、速やかに他の代替措置を採ることにより損害の拡大を防いで自らの利益を維持すべきである。従業員の職種が特殊であり、長年の経験を要する場合には、特にその要請は強い。原告は、本件店舖の他にも店舖を有し、合計一五名の従業員が在籍しており、Aに代わる調理師を確保しておくべきであった。Aは、原告の代表取締役ではなく、原告との間には経済的一体性はない。

(4)  以上によれば、損害の公平な分担という損害賠償の趣旨からすれば、被告には、原告に対する法的な責任は存在しない。

第三争点に対する判断

一  甲四、二一、三二、三三号証の一ないし四及び原告代表者の供述によれば、以下の事実が認められる(但し、以下の認定に反する部分は採用することができない。)

(1)ア  原告代表者は、名古屋市今池にある中国料理店で兄と一緒に働いていたが、二四歳の頃に愛知県豊田市内で中国料理店を独立開業し、昭和五九年頃に、「味仙八事店」を開店し、昭和六一年一二月に現在の有限会社味仙として法人化した。原告は、平成三年頃、名古屋市<以下省略>において「味仙木場店」(以下「本件店舖」という。)の名称で中国料理店を開店し、本件事故当時、経営する店舖は、本件店舖と八事店の二店舖であった(以下、原告の八事店及び木場店を併せて「原告各店舖」という。)。名古屋市内には、原告の経営する店舖以外にも「味仙」という屋号の店舖があるが、これは原告代表者の親族が経営する会社の店舖である。

イ  原告各店舖の本件事故当時の従業員数は、八事店が調理師及びその補助者が四名、アルバイトが八名程度、本件店舖が調理師(A)、調理の補助者、接客担当者及びアルバイト一名程度の合計一二名程度であった。本件店舗では、午後四時頃から仕込みを始め、午後六時から午前二時までの夜間営業を行い、火曜日を定休日と定めていた。

エ  Aは、台湾で一〇年以上調理師として働き、平成一〇年六月頃に来日し、半年くらい八事店で働き、その後本件店舖の調理師として勤務するようになった。

オ  本件各店舖は、中国料理店であること、中国本土の味にこだわっていることなどから、調理師は、台湾又は中国本土出身者を雇用している。台湾又は中国本土の出身者が日本国内で調理師として働くためには、「技能」の在留資格を得る必要があり、その手続は、事前に入国管理局に在留資格取得のために申請手続きをして、在留資格認定書を取得し、これを本国の日本大使館に持参してビザを発給してもらって日本に入国するという手続きを採る必要がある。前記の申請手続きから在留資格取得までは数か月間を要するとされる。原告各店舖に勤務するようになった調理師は、原告各店舖の味付け、献立の日本語読み、客との会話のための言葉等を覚える必要があり、原告各店舖の調理師として一人前になるには少なくとも半年間を要している。

カ  原告代表者は、調理師として原告各店舗で働くこともあったが、原告各店舖の営業の他台湾で会社を経営していたことなどから、継続的に本件店舖の調理師として勤務することは困難な状況にあった。また、八事店から本件店舖に調理師を派遣すると、八事店の調理師が不足するという関係にあった。そこで、原告代表者は、本件事故の翌日(平成一四年三月一五日)から本件店舖を閉店し、その間、中国本土から、平成一四年四月に二名の、同年五月に三名の、同年八月に一名の調理師候補者を呼び寄せたが、原告各店舖の水準を満たすことができないとして、調理師として採用しなかったことなどから、本件店舖は現在も閉鎖を続けている。

(2)  以上によれば、本件事故により本件店舖の調理師であったAが死亡したことから本件店舖の調理師を欠くことになり、原告は、本件事故翌日から現在まで本件店舖を閉鎖し、その間、Aに代わる調理師の雇用ができなかったことなどから、本件店舖として売上がなく、その結果得られたであろう利益を得られなくなったことが認められる。

二ア  不法行為に基づく損害賠償は、加害者の「故意又は過失」によって自己の「権利」を侵害された直接の被害者が損害賠償請求権の主体となるのが原則であると解されること、現在では、交通事故の被害者となるような人の多くは、どこかの会社等に雇用されており、その者が交通事故により死亡したり傷害を受けたりすることにより会社に何らかの損害が生じることは予測不可能とは言えないことからすれば、加害者の過失により権利を侵害された被害者以外の第三者が間接的に権利を侵害されたとしても、これを直ちに相当因果関係があると認めるのは相当ではない。

イ  このような会社の間接的な損害については、被害者が会社の代表取締役であるなど会社と被害者が経済的に同一体性の関係があり、被害者が会社の機関として代替性がない場合などに、交通事故の被害者の事故による被害と会社の収益減少等が相当因果関係に立つ損害であると認めるのが相当である。

ウ  原告は、原告各店舗の従業員数が、八事店及び本件店舗を合わせても約一二人程度の小企業であり、本件店舗においては、調理師はA一人であることなどから、本件事故の被害者であるAは、本件店舖において重要な役割を果たしていたと認められる。しかし、Aは、原告と雇用契約を締結した原告の従業員であり、原告の取締役などの地位にはなく、会社(原告)と経済的に一体をなすという関係にあるとは認められない。そうすれば、本件事故によりAが死亡したことから、本件店舖を閉鎖することにより原告に損害が生じたとしても、これをもって本件事故と相当因果関係がある損害であると認めるのは困難であると言わざるを得ない。

エ  原告は、原告のような零細企業において、前もって技能のある調理師を確保しておくことは不可能であり、さらに、事故後に調理師を雇用するとしても、その手続に数か月間を要し、原告は、本件事故後速やかに他の代替措置を採るように努力したが、困難であった旨の主張をする。しかし、会社の従業員が交通事故や予期しない病気等の不慮の災害で不都合により業務に従事できないことがあることは十分予想されることからすれば、会社の代表者は、会社の従業員が不慮の災害を受けて業務に従事することができなくなっても営業に支障の生じないよう種々の対応を講じておくべきであり、とりわけその従業員が代替性の困難な業務に従事している者であればあるほど、業務が停滞する危険性は高くなることから、その危険に対する対応策を講じておくべきであるとも言えるのであり、本件店舖においてAに代わる調理師を雇用することが困難であり、そのために原告に一定の損害が生じたとしても、直ちに本件事故と相当因果関係を認めことはできないと言わざるを得ない。

三  結論

以上によれば、その余の点(原告の損害額)を判断するまでもなく、原告の請求は理由がないことからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 城内和昭)

有限会社 味仙 木場店収支表

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例