大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成16年(ワ)115号 判決 2007年10月31日

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告は,原告Aに対し,2013万7500円及びこれに対する平成16年1月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告Bに対し,248万円及びこれに対する平成16年1月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事実関係

本件は,平成5年以降,統合失調症により,被告の設置,管理するD病院(以下「被告病院」という。)に入院している原告Aが,被告病院の看護師から暴行を受けて胸椎を圧迫骨折する傷害を負わされた上,被告病院がこれに対する適切な治療を怠ったため,破裂骨折に進行して神経麻痺症状が現れ,その手術を受けざるを得なくなり,歩行障害,膀胱直腸障害の後遺障害が残ったなどと主張して,債務不履行責任又は国家賠償法1条1項の責任に基づき,被告に対し,慰謝料等の賠償を求め,また,原告Aの兄である原告Bが,国家賠償法1条1項の責任に基づき,被告に対し,固有の慰謝料等の賠償を求めた事案である。

1  前提事実

次の事実は,当事者間に争いがないか,又は各項末尾の括弧内適示の証拠及び弁論の全趣旨により認めることができる。

(1)  当事者

ア 原告A(昭和23年9月27日生)は,昭和45年ころ,精神疾患を発症し,同年4月ころから平成5年1月ころまで,名古屋市千種区所在の被告病院に通院し,同月12日から同年6月4日までの間及び同年7月15日以降,統合失調症のため,被告病院に入院している者である。(乙A1p289。乙A15p10。なお,以下,乙A1については頁数のみ表記する。)

イ 原告Bは,原告Aの兄であり,原告Aの治療に協力し,生活を援助してきた者である。

ウ 被告は,被告病院を設置,管理している地方公共団体である。

(2)  診療経過の概要

ア 原告Aは,平成5年7月15日以降,統合失調症のため,被告病院に入院して治療を受けていた(以下,診療経過は,特に断りのない限り,被告病院のそれを指す。)。

平成11年4月から平成15年3月ころまでの間の,原告Aの主治医は,C医師であった。

イ 原告Aは,平成11年11月1日ないし同月3日ころ,第12胸椎圧迫骨折の傷害を負い(以下「本件圧迫骨折」という。),同日以降,継続的に腰痛を訴えていた。

なお,原告Aは,同月4日,腰部のレントゲン撮影検査を受けた(以下,上記検査によるレントゲン写真を「11月4日付レントゲン写真」という。)。

ウ C医師は,原告Aの腰痛の診療を目的として,平成11年11月18日付で,Eクリニックの整形外科医F医師宛に紹介状を作成,提出した。

F医師は,翌19日,被告病院を往診し,原告Aを初めて診察し,以後,定期的に被告病院を往診して原告Aを診察していた。

エ 原告Aは,平成11年12月2日,腰部のレントゲン撮影検査を受けた(以下,上記検査によるレントゲン写真を「12月2日付レントゲン写真」という。)。

オ F医師は,平成12年4月28日,原告Aについて,本件圧迫骨折の進行により骨片が第12胸椎の脊柱管内に陥入し,これを原因とする脊髄圧迫による両下肢不全麻痺及び膀胱直腸障害があり,手術の必要性があると診断し,同年5月1日付で,その旨のG病院宛の紹介書を作成,提出した。(甲A1,p266,乙A15p8)

カ 原告Aは,平成12年5月11日,G病院に転院し,同年6月1日,上記オの病態に対し,第11胸椎ないし第1腰椎間の胸椎前側方固定術(以下「本件手術」という。)を受けた。(乙A15p13,p201)

本件手術は成功し,原告Aは,同年7月21日,同病院から被告病院に再入院した。

キ 原告Aは,その後,本件手術創部の二次感染(以下「本件創部感染」という。)を生じ,平成12年8月23日,G病院に再度転院し,同年10月25日,同病院から被告病院に再度入院し,そのまま現在に至っている。(甲A2)

2  争点

(1)  本件圧迫骨折の原因

(2)  11月4日付レントゲン写真の読影及びその後の診療の適否

(3)  12月2日付レントゲン写真の読影及びその後の診療の適否

(4)  本件創部感染に対する診療の適否

(5)  原告Aの後遺障害の有無

(6)  F医師は診療契約上の履行補助者にあたるか。

(7)  原告の損害額

3  争点(1)(本件圧迫骨折の原因)に関する当事者の主張

(1)  原告ら

ア 原告Aは,平成11年11月3日以降,強い腰痛を訴え続け,後日,本件圧迫骨折の事実が判明した。

一般に,胸椎圧迫骨折は,臀部から上方に向けて強い衝撃が加えられた場合に生じるものである。被告病院の看護師は,日常的に,原告Aが指示に従わず,あるいは,粗暴な言動を示すと,殴る蹴るなどの暴行を加えていたものであり,本件圧迫骨折は,看護師が原告Aの臀部を背部に向けて蹴り上げ,又は,看護師が原告Aを突き飛ばして(このような暴行態様であれば,原告Aの身体に内出血,腫脹等の痕跡が残るとは限らない。)原告Aに尻餅を付かせたことなどにより発生したものである。

イ なお,原告Aは,平成7年ころから被告病院の隔離室に入室させられるようになり,日中太陽に当たる機会がほとんどなく,また,妄想により拒食傾向にあったが,被告病院は,これを漫然と放置し,栄養バランスの非常に悪い食事しか与えなかったため,原告Aは,年齢の割には骨組織が脆弱化していたものであり,このような事情も,本件圧迫骨折が発生した一因になっていると考えられる。

(2)  被告

ア 胸椎圧迫骨折は,脊柱に平行な方向,すなわち上下の方向から外力が加わった場合に生じるものであるが,第12胸椎圧迫骨折は,それほど重度な骨折ではなく,やや前屈みになって尻餅を付くと生じやすい。

イ 原告Aは,統合失調症により,平成5年1月以降,ほぼ継続して被告病院に入院しているが,その症状は,重症で安定せず,「相手を殴れ。」というような幻聴がみられ,被害妄想が慢性化し,職員に対する衝動的な暴行も日常的に行われ,また,平成11年10月ないし同年11月ころは,不穏な精神状態が継続し,これを抑えるために向精神薬を多く処方されており,その影響で,容易に転倒し又は尻餅を付くことがあり,現に,原告Aは,同月3日夜に転倒し,同月4日朝,腰痛を訴えた際にも壁にぶつかったと説明していた(p89)。

しかも,原告Aは,食事に対する被害妄想が顕著で,著しい偏食傾向がみられ,摂取量も少なく(p5,p10,p14ないしp16,p18等),看護師らが,原告Aの偏食傾向の改善,栄養バランスの維持のための努力を重ねても,それが強い被害妄想に起因していることもあり,改善されることはなく,また,上記のとおり,重症かつ不安定な精神状態(被害妄想)により,数年にわたる隔離室の入室が必要となり,日光に当たる機会や運動量が低下し,年齢の割には骨組織が脆弱化していた。

これらの事情からすると,原告Aは,自ら転倒し又は壁にぶつかるなどして尻餅を付いた際に,骨組織が脆弱化していたことも相俟って,本件圧迫骨折を生じたと考えられる。

ウ 原告らは,本件圧迫骨折は看護師による暴行が原因である旨主張する。

しかし,原告らは,本件圧迫骨折の原因となった暴行について,その行為者や時期,態様等を明らかにしておらず,また,仮に原告らの主張するような暴行の事実があれば,原告Aの身体には暴行の痕跡(内出血,腫脹等)が残るはずであるが,平成11年11月4日の診察時に,原告Aの身体にはそのような所見は認められていない(p89)。

原告らは,原告Aが同月初めころに「蹴られた。」などと発言していた旨主張する。しかし,原告Aは,被害妄想が強く,特定の人物(看護師又は患者)から被害を受け,あるいは,その被害から自分の身を守るために暴行を振るうという妄想及び妄想に基づく言動がたびたびあったから(p14,p16,p60,p65,p77,p165等),仮に原告Aから上記発言があったとしても,それは,自ら体験した事実を述べたものではなく,被害妄想に基づく架空の事実である。

また,原告らの根拠とする看護師の目撃供述は,再伝聞供述であり,あるいは,裏付けとなるような証拠がなく,極めて信用性が低いものである。

したがって,原告らの上記主張は憶測に基づくものであるにすぎない。

4  争点(2)(11月4日付レントゲン写真等)に関する当事者の主張

(1)  原告ら

ア 胸椎圧迫骨折を生じた場合,外科療法を行うか保存療法を行うかは,傷害の部位,程度等によって判断されるが,保存療法を行う場合は,体幹ギプスやコルセットを装着させる,ギプスベッドに寝かせておく,安静にさせて歩行や入浴はさせない,座位はとらせないなどの処置をとり,骨折部位を固定することが肝要であり(原告Aが,精神疾患によりコルセットの装着等が困難であったとしても,体幹ギプスで骨折部位を固定することは可能であった。),骨折部位の安定を保ち,外力を加えなければ,骨折部位が癒合して治癒に至る。

イ 11月4日付レントゲン写真の所見上,第12胸椎には明らかな前方椎体高の減少が認められ,圧迫骨折を生じていることが明らかであり,この程度の所見は,整形外科医でなくても,通常の医師の読影能力があれば,診断することが可能であるにもかかわらず,C医師は,その読影を誤り,本件圧迫骨折の事実を看過した。

なお,仮にC医師が,精神科医である自分に骨折の有無を診断する読影能力がないと認識していたのであれば,原告Aの腰痛が継続しているのであるから,上記レントゲン写真を専門医(整形外科医)に確認させ,その判断を仰ぐべき注意義務があったというべきであるが,C医師は,これも怠った。

ウ また,F医師は,平成11年11月19日,第12胸椎の圧迫骨折の可能性があると診断し,次いで,同月26日には本件圧迫骨折を確定診断したのであるから,原告Aに対して上記アのような治療を行うべき注意義務があった。

しかるに,F医師は,骨折部位を固定する目的で,原告Aに対して腰椎固定ベルトを装着させたが,原告Aがこれを取り外したため,統合失調症の患者に対する先入観から,体幹ギプスの装着を一度も試みすらしないまま無理であると判断して,疼痛を薬で制御しながら経過を観察することとし,C医師も,F医師のこの治療方針に漫然と従うにどとまったばかりか,かえって,原告Bに座椅子の購入を求め,原告Aを座椅子に座らせようと試みたり,原告に歩行するよう指示したりするなどしたため,本件圧迫骨折を悪化させ,破裂骨折を発症させた。

エ C医師及びF医師の上記の過誤がなく,本件圧迫骨折を早期に発見し,体幹ギプスの装着等,適切な治療を行っていれば,本件圧迫骨折は軽微なものに止まり,骨折部位が癒合して治癒し,破裂骨折を発症するに至らず,原告Aがこれによる苦痛を受けることもなかった可能性が高い。

(2)  被告

ア 胸椎圧迫骨折の治療方法は,通常,骨折部位を固定することであり,この固定により治癒せず,症状が進行した場合,神経麻痺症状が現れれば,手術による除圧等が必要となる。

骨折部位を固定する方法は,疼痛の強さや管理等の事情を考慮して決められ,疼痛が強い症例で,体幹ギプスによる管理が可能であれば,これを装着するが,体幹ギプスは,最低1か月間という長期の装着継続が必要で,装着により身体の動きに大きな制約を課し,装着者に対する負担も大きく,また,装着に伴う皮膚炎,内臓障害の発生に備えた管理も必要となるため,治療の必要性に関する患者本人の理解,協力や管理体制が不可欠である。そのため,疼痛が自制内である場合や管理が容易でない場合は,コルセットや,より軽い固定方法として腰椎固定ベルトを使用することもある。

精神疾患の強い患者に対し,骨折部位の固定による保存療法を行うことは容易でなく,上記のような一般的な治療方法をそのまま実施することは不可能であり(治療に対する理解や協力を得られないことが多く,固定による身体的拘束を拒否する場合には,固定による拘束自体が精神疾患を悪化させるおそれがある。),そのような場合には,患者の精神疾患に対する治療と骨折に対する治療のバランスを取ることが必要であり,その治療方法には医師の広い裁量が認められなければならない。

イ 本件圧迫骨折は,11月4日付レントゲン写真の所見上,第12胸椎の椎体のわずかな楔状変形としてみられる程度のものであり,胸腰椎の骨折所見に見慣れている整形外科医であればこれを発見することが可能であろうが,精神科医のC医師がこの所見に気付き,本件圧迫骨折を発見することは困難である。レントゲン写真の読影能力について,整形外科医でない医師に対し,整形外科医に求められる水準と同程度のものを求めることは不適当であり,結果的に,精神科医のC医師が11月4日付レントゲン写真から本件圧迫骨折を発見できなかったとしても,過誤にはあたらないというべきである。

また,被告病院は,精神科専門病院であり,整形外科医は常駐しておらず,入院患者に整形外科医による診察等の必要が生じた場合は,当該患者が外出して整形外科を受診するか,又は整形外科医の往診を依頼しなければならない。被告病院は,ある程度長期間入院を継続する患者が多く,そのため,医師は,入院患者に整形外科に関連する訴えや所見があった場合,診察及びレントゲン撮影等の検査を行い,整形外科医による診療の必要があるかどうかをまず判断し,その必要があると判断されるときに整形外科医の診療を求めることにしていたものである。原告Aについては,当時,腰痛の訴えのみで,動くことができていたから,まずは,被告病院でレントゲン撮影検査を行い,C医師がこれを読影したことに問題はない。仮に原告らの主張するように,整形外科医にレントゲン写真を確認させる必要があるとすると,全ての症例について,ただちに整形外科医にその確認を求めなければならず,これは,精神科病院の臨床を無視した極端な議論であり,被告病院にそのような注意義務があるとまでいうことはできない。

ウ C医師は,平成11年11月4日,原告Aの腰痛について,ぎっくり腰と診断して鎮痛剤を投与し,経過を観察していたが,ぎっくり腰にしては原告Aからの疼痛の訴えが長く続いたため,整形外科医の診察を受けさせることが相当であると判断し,F医師の往診を依頼し,同月19日以降,その診察を受けさせた。

F医師は,同日の初診及びその後の診察を通じて,原告Aの精神疾患の強さのため,問診によっても疼痛のある部位を訴えることができる程度で,知覚検査等による神経学的所見を得ることはできず,原告Aから自己の病態や治療の必要性に対する理解,協力を得ることや原告Aと意思疎通を図ることが困難であり,体幹ギプスの拘束に耐えられない可能性が高く,また,整形外科医のいない被告病院で体幹ギプスを管理することは困難であると判断した。そして,F医師は,統合失調症患者に対する過去の治療経験も踏まえ,原告Aに対し,より軽い固定方法として腰椎固定ベルトの装着を試みたが,原告Aは,これすらも拒否したため,より制約,負担の大きいコルセットや体幹ギプスの装着に耐えられるとは到底考えられず,骨折部位の固定による治療が困難になった。なお,原告Aは,精神疾患のため,安静を保ち又はギプスベッドに寝かせることなども不可能ないし困難であった。

エ そこで,F医師は,やむを得ず,鎮痛処置をとりながら経過を観察し,仮に本件圧迫骨折が進行して神経麻痺症状が現れたら手術を行うという治療方針を立て,C医師も,上記治療方針が適切であると判断して,これに従うこととし,1か月に1,2回の頻度で,F医師の往診を受け,経過観察を行っていたものであり,医師の裁量の範囲内の処置であり,過誤はない。

5  争点(3)(12月2日付レントゲン写真等)に関する当事者の主張

(1)  原告ら

ア 胸椎の破裂骨折は,胸椎の椎体に瞬時的に強度の外力が加わり,椎体が破砕するように骨折する病態をいい,特に椎体の中間支柱の損傷は,骨片が脊柱管内に脱出して脊髄圧迫による神経麻痺症状を生じさせる原因になりやすい。

そして,骨片脱出による圧迫により脊髄をいったん損傷すると,手術によって骨片が除去されても,その損傷が完全に治癒しないことがあり,そのような場合には,手術後にも歩行障害等の後遺障害が残ることになる。

イ 11月4日付レントゲン写真の所見上,本件圧迫骨折は明らかであるが,その反面,第12胸椎の椎体の中間支柱の破壊は不明瞭で,神経麻痺症状も現れていなかったから,骨折部位はまだ安定していた可能性が高い。

これに対し,12月2日付レントゲン写真の所見上,すでに上記椎体が圧壊して骨癒合不全の状態を呈しており,中間支柱を損傷した破裂骨折であると認められる。仮に本件圧迫骨折が特別な瞬間的外力によって破裂骨折に至ったのであれば,より重い疼痛や神経麻痺症状が直ちに現れるはずであるが,原告Aには同日までにそのような症状がみられないことからすると,本件圧迫骨折に対する適切な処置がとられず,かえって,原告Aに立位の姿勢をとらせたり歩行させたりしたため,本件圧迫骨折が徐々に破裂骨折に進行したと考えられる。

ウ しかるに,F医師は,12月2日付レントゲン写真から,破裂骨折と診断せず,単に本件圧迫骨折が進行していると診断するに止まり,その読影を誤った。

そのため,F医師は,本件圧迫骨折が破裂骨折に進行して神経麻痺症状が現れる可能性について,特に注意を払うことなく経過を観察し,C医師に対しても特にこれに注意して経過を観察するよう指導せず,また,C医師も,そのような注意を払うことなく,漫然と経過観察を行うにとどまり(もっとも,C医師は,圧迫骨折が進行すれば破裂骨折や神経麻痺症状が現れるという一般的な医学的知見を有していたのであるから,F医師から指導されるまでもなく,これに特に注意して経過観察を行わなければならなかったというべきである。),同年3月18日以降,尿失禁,便失禁や歩行障害等,破裂骨折を原因とする神経麻痺症状を疑わせる所見が(それまでに比しても)頻繁にみられながら,これらの症状が破裂骨折を原因とする神経麻痺症状であることを疑わず,その結果,CT撮影等の検査を行わず,これらの症状を同年4月28日までF医師に報告もしなかったばかりか,歩行障害等が廃用性筋力低下であると誤診し,原告Aを座椅子に座らせようとしたり歩行器で歩かせたりするなどしたため,破裂骨折を一層悪化させた。

さらに,C医師は,同日に原告Aの神経麻痺症状が発見されたことにより,速やかにその手術を受けさせるべき注意義務がありながら,同年5月11日までG病院に原告Aを転院させず,これを怠った。

エ F医師及びC医師の上記の過誤がなく,本件圧迫骨折が破裂骨折に至っていることを早期に発見していれば,その後に神経麻痺症状が現れることが予想され,常に手術を念頭に置いた慎重な経過観察が行われていたはずであり,これにより,原告Aに平成12年3月中旬以降発症した神経麻痺症状をより早期に発見して手術が行われ,脊柱管内に陥入した骨片により脊髄が長期間圧迫されることを防ぐことができたため,下肢筋力低下,歩行障害や膀胱直腸障害の後遺障害が残ることを避けることができ,又はその後遺障害がより軽いものにとどまるなど,その予後が異なり,また,原告が苦痛を強いられる期間が短くなっていた。

(2)  被告

ア 12月2日付レントゲン写真の所見上,第12胸椎の椎体後半部分の高さは変わっておらず,壊れずに維持されているから,本件圧迫骨折は破裂骨折に至っていない。

また,仮に破裂骨折に至っていたとしても,破裂骨折の病態的意味は,脊柱管への骨片陥入による脊髄圧迫であり,神経麻痺症状が現れた場合には手術を行うことになるが,平成11年12月2日の時点では,神経麻痺症状は現れていなかったのであるから,結果的には,保存療法を継続することになっていたと考えられ,上記の時点でCT撮影検査を行う必要もなかった。

イ 回顧的にみて,本件圧迫骨折が単なる時間の経過によって破裂骨折に至ったとは考えがたく,その契機として,転倒等の外力が加わる出来事があったと考えられる。

原告Aは,平成12年4月半ばころから,神経麻痺症状が認められており,すなわち,同月10日,右足に力が入らないという症状を呈し,同月17日には両足とも力が入らず,足首からくねくね曲がるという症状を呈し,同月19日ころからは,尿失禁,便失禁の症状も呈しているが,これらは,いずれも神経麻痺症状としての両下肢麻痺及び膀胱直腸障害の所見であるといえ,これらの症状を呈するようになった同月半ばころの直前に,破裂骨折に至る機序となる出来事(転倒等)があったと考えられる(なお,原告Aは,同月7日,トイレに行く途中で腰から床に落ちて尾てい骨を打った旨訴えており,これが上記機序になった可能性がある。)。

ウ C医師は,F医師による圧迫骨折という診断の下,その指導に従って,保存療法を行いながら,神経麻痺症状が現れることに留意していた。

原告Aに両下肢麻痺が明確に疑われる症状が認められたのは,上記イのとおり,平成12年4月10日ころからであり,それまで,C医師は,原告Aが腰痛を訴え,歩行困難で車椅子を使用していたとはいえ,本件圧迫骨折による疼痛の増強や,精神疾患に対して大量に処方されていた薬の副作用の可能性,廃用性筋力低下を疑っていたものであり,当時の判断としては不合理ではない。

また,原告Aに膀胱直腸障害による尿失禁,便失禁が明確に疑われる症状が認められたのは,同月19日ころからであるが,それまで,C医師は,原告Aには,以前より精神疾患による尿失禁,便失禁があった上,腰痛が増強してからは,トイレに間に合わず,結果的に尿失禁,便失禁をすることもあったため,それが膀胱直腸障害によるものであると疑うことは困難であった。

したがって,被告病院からF医師に対するこれらの症状の報告が同月28日になったことは,やむを得ないことである。

エ そして,F医師は,平成12年4月28日の診察時,被告病院から,原告Aについて,両足に力が入らない,便失禁がある旨の報告を受けたため,両下肢麻痺及び膀胱直腸障害を疑い,同日,CT撮影検査を行い,その結果,破裂骨折及び骨片の脊柱管内陥入を認め,手術が必要であると判断し,これを受け,C医師は,原告AをG病院に転院させる措置をとったものであり,その診療経過に過誤はない。

6  争点(4)(創部感染)に関する当事者の主張

(1)  原告ら

ア 原告Aは,平成12年5月11日にG病院に転院し,同年6月1日に本件手術を受け,同年7月21日に同病院を退院して被告病院に再入院したが,その再入院当時,本件手術創部は完全には治癒していなかった。

すなわち,G病院のH医師作成の同月12日付診療経過報告書(p280)には,「術野は良好に治癒しています」という記載があるが,上記診療経過報告書は退院時の9日前に作成されたものであるから,上記退院時により近い日に作成された同病院のI医師の同月18日付診療情報提供書の内容が優先的に考慮されなければならない。また,上記診療経過報告書には「フォローアップを宜しく御願いします」とも記載されており,上記診療情報提供書には「ope後の回復は概ね良好」と記載されている(p279)が,これは本件手術創部のフォローアップを除外する趣旨ではない。これらの事情によれば,G病院の担当医は,本件手術創部は良好に回復する途上にあり,術野を含めてその後の治療を適切に行うべきであるという認識であり,本件手術創部が治癒しているという認識ではなかった。

したがって,C医師は,上記再入院時に,血液検査等の方法により本件手術創部の感染の有無を確認すべき注意義務があったというべきである。

イ しかるに,C医師は,G病院からの上記アの診療情報を誤読ないし軽信し,本件手術創部の視診のみで本件手術創部が治癒していると判断したため,以後,本件手術創部の二次感染に注意せず,その感染の有無の確認のために必要な検査や看護師に対する注意指導を怠り,その結果,平成12年8月1日まで本件創部感染の発見が遅れることになった。

ウ また,C医師は,平成12年8月1日に本件創部感染を発見後,原告Aに速やかに専門医の診察を受けさせる注意義務がある(定期診断が2週間に一度であるとしても,本件創部感染が発見された以上,これとは別に専門医の診察を受けさせるべきである。)にもかかわらず,同月9日まで,原告Aに専門医の診療を受けさせなかった。

エ さらに,平成12年8月9日の専門医の診察により,G病院への再入院が必要であると判断されたが,同病院の病床に空きがなく,直ちに再入院できない状態であったから,C医師は,その待機期間中,原告Aに専門医の診察を受けさせるべき注意義務があったにもかかわらず,これを怠り,同月23日の再転院までの間,そのような処置をとらなかった。

オ C医師の上記の過誤により,原告Aは,本件創部感染の発見が遅れて症状が悪化してその治癒が遅れ,G病院で約2か月間入院する事態に陥り,苦痛を強いられたことになった。

(2)  被告

ア C医師は,平成12年7月21日に原告Aが被告病院に再入院する際,G病院における診療経過を確認し,同病院精神科I医師作成の診療情報提供書に「Ope後の回復はおおむね良好」と記載されていたこと(p279),同病院神経外科のH医師作成の診療経過報告書に「術後,10日以後で発熱しましたが,その後は何も無く術野も良好に治癒しています」と記載されていたこと(p280)等から,同病院からの経過報告として本件手術創部は良好に治癒していると理解した。実際にも,原告Aの本件手術創部にはガーゼ保護は行われておらず,本件手術創部の外観上も,治癒していると判断することに問題がない状態であったことから,本件手術創部は良好に治癒していると判断したものであり,その判断には何ら問題がない(なお,上記診療経過報告書中の「フォローアップ宜しく」という記載は,筋力低下等を回復させるためのリハビリ実施等を意味するものであり,本件手術創部の二次感染を念頭に置いたものではない。)。

イ したがって,C医師には,上記再入院の際,血液検査等の方法により本件手術創部の感染の有無を確認し,あるいは,特別な注意を払って本件手術創部を観察すべき注意義務はなかった。

もっとも,看護師は,原告Aの着替えや入浴の介助をするときに本件手術創部を観察することができ,実際にも,上記再入院後,上記の機会に本件手術創部を観察しており,平成12年8月1日,C医師が本件手術創部を診察した契機も,看護師から本件手術創部に軽い炎症を認めた旨の報告を受けたことにあるから,本件創部感染の発見が遅れたことはない。

ウ そして,平成12年8月1日,上記イのとおり,本件手術創部に軽い炎症を認めてからは,皮膚科の受診を検討し,同月6日以降,本件手術創部の洗浄,消毒,ゲーベンクリーム塗布,ガーゼ保護・交換等の処置をとったほか,抗生剤を処方し,栄養補給のためのアミノ酸等の点滴投与も行っており,その処置の内容は,同月9日の皮膚科医の診察時に同医師が行った処置内容と変わらず,適切なものであった。

エ また,C医師は,平成12年8月10日以降,G病院への再転院までの間,原告Aに対し,皮膚科医の指示に従った処置をとっていたものであり,これに加え,さらに皮膚科医の診察を別途受けさせるべき必要はなく,C医師にはそのような注意義務はない。

7  争点(5)(後遺障害)に関する当事者の主張

(1)  原告ら

ア 体幹及び下肢の筋力低下,歩行障害

原告Aは,本件圧迫骨折を生じる前には普通に歩行できたが,平成17年10月3日にJ病院整形外科で診察,検査を受けた時点では,10メートル程度の独歩で腰痛及び両下肢の痺れにより歩行不能になり,体幹を含めた下肢の筋力が低下しており,また,原告Aの下肢筋力は,MMT(徒手筋力テスト)で,股関節屈曲が5,膝関節伸展・足関節背屈及び足関節底屈はいずれも4とそれぞれ良好であるが,膝関節屈曲は3であり,抵抗が加わると関節が全く動かない状態であった(甲B3,甲B4。なお,膝関節屈曲が3でも,他の下肢筋力が4以上であれば,軽度の支持で蹲踞の姿勢から起立することは可能である。)。

上記の時点では,本件手術からすでに5年以上が経過しており,それにもかかわらず,上記のとおりの障害が残っているのであるから,これは,単なる廃用性筋力低下ではなく,脊髄損傷による不可逆的なものであるというべきである(手術により破裂骨折自体は治癒したとしても,圧迫され続けて一旦損傷した脊髄神経が直ちに治癒するとは限らず,それまでの圧迫により原告Aの脊髄は不可逆的に損傷を受けたものである。)。

なお,原告Aは,被告病院に入院した平成5年7月から平成11年11月までの間は正常に歩行していたのであるから,本件手術後の入院生活が廃用性筋力低下を惹起したとは考えられない。

イ 尿失禁,便失禁

原告Aは,平成12年3月18日以降,尿失禁,便失禁が(それまでに比しても)頻繁となり,現在のそれも,脊髄損傷による神経麻痺の後遺障害である。

(2)  被告

ア 体幹及び下肢の筋力低下,歩行障害

原告らの主張する平成17年10月3日のJ病院整形外科医の所見によれば,原告Aは,平成12年にG病院で撮影されたMRI検査の所見上,除圧良好で,明らかな後彎等の脊柱変形は認められず,歩行障害についても,腰痛が主であることから,体幹を含めた筋力低下とされており,脊髄障害を原因とする可能性については否定的である。なお,下肢筋力のうち膝関節屈曲が3とされているが,これは,検査中に上手く力が入らなかったためにすぎず,上記診察所見でもその旨指摘されている(原告Aは,軽度の支持で蹲踞の姿勢から起立することが可能であったが,このような動作は,真実に膝関節屈曲が3であるとすれば不可能である。)。

そして,本件手術後,直ちに適切なリハビリが行われており,本件手術のための歩行中断は短期間であることも考えれば,本件手術及びその後のリハビリにより,本件圧迫骨折又は破裂骨折を原因とする歩行障害は解消されており,現在の歩行障害は,これを原因とするものではなく,本件手術後も,精神疾患のために隔離室に入院することを要し,その運動量が少なくなり,これに加齢も重なったため,下肢筋力が低下したことによる廃用性のものであると考えられる。

破裂骨折による脊髄損傷で生じた後遺障害であれば,歩行困難が強く,筋力も重力に抵抗し得ないほどに低下する。しかし,原告Aは,平成18年3月当時,休憩や他者の補助なく,往復約60メートルを歩行することができ,中程度の下肢筋力が維持されており(乙A20),その歩行距離は,平成17年10月3日時点のそれよりも伸びているが,脊髄損傷による神経学的障害であれば,不可逆的変化であるから,本件手術時から6年以上経過した時期に歩行距離が伸びることは考えられない。

イ 尿失禁,便失禁

原告Aは,平成18年3月の時点で,尿失禁,便失禁はほとんどない(乙A20)。上記アのJ病院整形外科医の所見によれば,膀胱直腸障害について,尿失禁,便失禁がときどきみられるとされているが,仮にそうであるとしても,脊髄の損傷は本件手術により治癒されているから,本件圧迫骨折又は破裂骨折を原因とする脊髄圧迫による神経麻痺の後遺障害であるとは考えられない。

そもそも,原告Aは,本件圧迫骨折の前から,精神疾患(妄想)により,適時に適切な場所で排尿・排便できないことが頻繁にあって(p59,70,71,73,78,91,94等),上記所見にも,原告Aが「トイレで人に見られてできないと訴えている」旨の記載があり,また,下肢筋力の低下のため,結果的にトイレに間に合わないこともあると考えられる。

8  争点(6)(履行補助者)に関する当事者の主張

(1)  原告ら

原告A及び被告間には診療契約が成立しており,被告病院の医師及び看護師はその履行補助者であるから,被告は,被告病院に勤務する医師及び看護師の不法行為ないし過誤について,診療契約上の債務不履行責任を負う。

そして,被告病院は,整形外科の専門事項について,F医師に判断を求め,その指示に従って診療しており,F医師は,被告病院の医師が診療を行うにあたり,その履行を補助していたと評価することができるから,被告は,F医師の診療上の過誤についても,債務不履行責任を免れないというべきである。

(2)  被告

原告A及びF医師間の診療契約は,原告A及び被告間の診療契約と法的に別個に成立したものであるから,F医師は,被告(被告病院)の履行補助者ではなく,その過誤について,被告が債務不履行責任を負うものではない。

9  争点(7)(原告らの損害)に関する当事者の主張

(1)  原告ら

ア 原告Aの損害  合計2013万7500円

(ア) 入通院慰謝料  344万2500円

(イ) 後遺障害慰謝料  1387万5000円

原告Aは,上記7(1)のとおり,体幹及び両下肢の運動障害の後遺障害が残り,脊柱の運動が約2分の1程度に制限され,これは自賠責後遺障害等級表8級2号の「せき柱に運動障害を残すもの」にあたり,また,両下肢の運動が約4分の3以下に制限され,これは上記等級表12級7号の「1下肢の3大関節中の1関節の機能に障害を残すもの」にあたり,これが両下肢に存するため上記等級表11級になる。

したがって,これらの後遺障害の併合により上記等級表7級相当となる。

(ウ) 弁護士費用  282万円

イ 原告Bの損害  合計248万円

(ア) 固有慰謝料  200万円

(イ) 弁護士費用  48万円

(2)  被告

争う。なお,原告Aは,元来被告病院に入院しているのであるから,入通院慰謝料は観念できない。

第3当裁判所の判断

1  診療経過

本件の診療経過について,上記第2の1の前提事実並びに証拠(甲A1,甲A2,乙A1ないし乙A16,乙A18ないし乙A21,C医師及びF医師の各証言。枝番のある書証は,全てこれを含む。なお,診療記録に関する証拠については,適宜各項の末尾に頁数を附記する。)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(1)  原告Aは,昭和45年ころ,精神疾患を発症し,同年4月9日から平成5年1月ころまでの間,被告病院に通院し,同月12日から同年6月4日までの間,被告病院に入院し,また,同年7月15日以降,統合失調症の治療ため,被告病院に入院していた。

入院中の原告Aは,その精神疾患が重症で,「相手を殴れ。」というような幻覚(幻聴)や被害妄想に基づくものと思われる言動が日常的にみられ,医師や看護師に対して突如暴行をふるうこともたびたびあった。原告Aは,これらの症状のため,平成5年8月23日から平成6年10月26日までの間及び同年12月20日から平成7年2月3日までの間,それぞれ隔離室に入室し,また,同年3月3日以降も隔離室に入室していた。また,原告Aは,長期にわたり,「食べ物は腐っている。」,「毒が入っている。」などと,被告病院から提供される食事に対する被害妄想やこれによる偏食が強く,食事の摂取量も少なかった。看護師は,原告Aの偏食やこれによる栄養バランスの欠如を改善するため,原告Aの面前で自ら食べてみせたり,原告Aが摂取する他の飲食を用意するなどの努力を重ねていたが,その偏食傾向が被害妄想という精神疾患に基づくこともあり,改善の兆しを見せなかった。さらに,原告Aには,ときおり,精神疾患を原因とすると考えられる尿失禁,便失禁がみられた。(以上につき,p5,p59,p70,p71,p73,p78等)

(2)  原告Aは,平成11年11月3日昼ころ,看護師に対し,腰痛を訴え,翌4日朝,看護師に対し,壁にぶつかったなどと述べ,C医師の診察時にも,腰痛を訴えたので,C医師は,同日午後,腰部のレントゲン撮影検査を行ったが,その際,原告Aは,座位から立位,立位から座位の体位変換時に強い疼痛を訴えるなどした。

C医師は,上記レントゲン写真(11月4日付レントゲン写真)の所見上,骨折はないと診断し,原告Aが昨夜に転倒していたため,骨盤の打撲による影響も疑ったが,腫脹や内出血等の所見はみられなかったため,いわゆるぎっくり腰の可能性を疑い,以後,鎮痛剤,湿布剤を適宜投与するなどして,経過を観察していた。(以上につき,p88,p89,p115,乙A4の1ないし4)

(3)  しかし,原告Aは,ほぼ連日のように,腰痛を訴え又は腰痛を患う素振りを示し,原告Aからの腰痛の訴えが続いたため,C医師は,他の病態の可能性も疑い,整形外科医の診察を受けさせることを考えた。

ところで,被告病院には整形外科医がいなかったため,入院患者に整形外科医の診察を受けさせるためには,外部の整形外科医に頼らなければならなかったが,原告Aは,その精神症状に照らして外部の医療機関で外来受診させることは困難であったため,C医師は,被告病院の近隣で整形外科クリニックを経営しており,以前より被告病院の他の入院患者の診察をたびたび依頼していたF医師に対し,原告Aの往診を依頼することを決め,F医師にその旨要請すると,F医師もこれを了承し,F医師が,被告病院の別の入院患者の往診予定日であった同月19日に,原告Aも併せて診察することとなった。

そこで,C医師は,同月15日,原告Aにその旨伝えるとともに,同月18日付で,F医師宛に腰痛の診療依頼を目的とする紹介状を作成,提出した。(以上につき,p90ないしp107,乙A2p2)

(4)  F医師は,平成11年11月19日午後,被告病院を往診のために訪れ,その際,C医師及び看護師2名の立会いの下(なお,C医師は,以後も,基本的にF医師による診察時にはこれに立ち会った。),原告Aを初めて診察したところ,原告Aには,中背部痛,叩打痛,傍脊柱筋の圧痛,圧迫痛が認められ(腰部に内出血や外傷等は認められなかった。),また,11月4日付レントゲン写真の所見上,第12胸椎にわずかな楔状変形を認めたため,原告Aの腰痛の原因として第12胸椎の圧迫骨折(本件圧迫骨折)の可能性があると診断した。(p109,乙A2p3)

胸椎の圧迫骨折の治療方法として,通常は,骨折部位に体幹ギプスやコルセット等の装具を装着して,これを固定させる保存療法がとられるが,F医師は,統合失調症の患者は,過去の診療経験上,体幹ギプスやコルセットの装着のような,身体に対する負担,制約の大きい治療を敬遠,拒絶することが多く,原告Aの精神症状や問診時の受け答えなどに照らすと,原告Aから上記装具の装着による治療に対する理解,協力を得てその治療を継続的に行うことは困難であり,さりとて,ギプスベッドで安静にさせるなどの処置をとることも困難であると判断し,C医師にその旨の意見を述べると,C医師も同様の意見であった。

そこで,F医師は,原告Aに湿布剤及び鎮痛剤を投与して経過を観察することとする一方で,体幹ギプスやコルセットよりも簡易で,身体に対する負担,制約もより小さい装具である腰椎固定ベルトを原告Aに使用できるかどうか確認するため,次回の往診時に腰椎固定ベルトを持参することとし,C医師に対し,その旨説明するとともに,筋力低下を防ぐため,臨床症状が疼痛のみであれば,歩行等によりある程度身体を動かすことも必要である旨指導した。

C医師は,以後,原告Aの腰痛ないし本件圧迫骨折については,F医師の指導等に従いながら,原告Aの治療を進めることとした。(以上につき,p109)

(5)  F医師は,平成11年11月26日,被告病院を往診のために訪れ,原告Aを診察し,原告Aには背部痛が認められた。

F医師は,原告Aの腰痛の原因は第12胸椎の圧迫骨折(本件圧迫骨折)であると確定診断し,C医師にもその旨説明し,前回の診察時の予定に従って持参した腰椎固定ベルトを原告Aに装着させ,これによる治療が可能かどうか確認することとした。

しかし,原告Aは,同日の夜には,これを勝手に取り外し,その後,看護師が再度装着させても同様であった。(以上につき,p114ないしp116,乙A2p3)

(6)  F医師は,平成11年12月3日,被告病院を往診のために訪れ,原告Aを診察し,原告Aには背部痛及び傍脊柱筋の圧痛が認められ,また,12月2日付レントゲン写真の所見上,本件圧迫骨折の症状が進行していると診断したが,原告Aに神経麻痺症状が現れていなかったため,破裂骨折であるとは診断せず,別途CT撮影検査を行うこともしなかった。

F医師は,被告病院から,前回の往診時に原告Aに装着させた腰椎固定ベルトをその日の夜には原告Aが勝手に取り外してしまったこと等の報告を受けたため,原告Aに対しては,腰椎固定ベルトを含む装具の装着による保存療法を行うことはやはり困難であると判断し,これを取り止め,やむを得ず,疼痛を薬で制御しながら経過を観察して骨折部位が癒合して軽快に向かうことを期待し,仮に症状が進行して下半身等に神経麻痺症状が現れるようであれば手術を行うこととして,この治療方針をC医師に説明し,C医師もこれを了承した。(以上につき,p120,p121,乙A2p3,乙A5の1ないし4)

(7)  原告Aは,平成11年12月7日及び同月16日,経過観察のため,レントゲン撮影検査を受けた。(乙A6の1ないし4,乙A7の1ないし4)

(8)  F医師は,平成11年12月24日,被告病院を往診のために訪れ,原告Aを診察したが,原告Aには中背部痛が認められた。F医師は,レントゲン撮影検査を行ったが,その所見上,本件圧迫骨折の症状に特に変化はないと診断した。

F医師は,原告Aに対し,以前に装着を試みたものよりも柔らかい装具を製作するので装着するよう働きかけたが,原告Aからこれを拒否されたため,引き続き,従前の治療方針に従い,疼痛を薬で制御しながら経過を観察することとした。(以上につき,p142,p143,乙A2p3,乙A8の1ないし4)

(9)  F医師は,平成12年1月14日,被告病院を往診のために訪れ,原告Aを診察し,原告Aには背部痛が認められた。F医師は,前日に被告病院が実施したレントゲン撮影検査の所見上,本件圧迫骨折の症状は進行していないと診断し,時間を要するが疼痛は次第に軽快すると考え,引き続き,疼痛を薬で制御しながら保存療法を行い,経過を観察することとした。(p175,乙A2p3,乙A9の1,2)

(10)  F医師は,平成12年2月18日,被告病院を往診のために訪れ,原告Aを診察し,原告Aには背部痛が認められたが,その他には,特に変化を認めなかった。(p200,乙A2p4)

(11)  F医師は,平成12年3月3日,被告病院を往診のために訪れ,原告Aを診察し,原告Aから,ベッドより起きあがるときに痛いなどの訴えを受けたが,原告Aには叩打痛及び傍脊柱筋の圧痛は認められなかった。(p212,乙A2p4)

(12)  F医師は,平成12年3月31日,被告病院を往診のために訪れ,原告Aを診察した。原告Aは,このころになると,腰痛のために横に伏せていることが多く,歩行が困難になって車椅子を使用していた。

F医師は,前日に被告病院が行ったレントゲン撮影結果の所見上,本件圧迫骨折は進行していないと診断した。また,その際,F医師は,原告Aから右股関節痛の訴えを受け,診察すると,股関節の回旋動作による疼痛及び股関節の軸圧痛が認められ,また,被告病院から原告Aが2週間ほど前に転倒していたことを説明されたため,骨折の可能性を疑い,同月31日,念のため,股関節のレントゲン撮影検査を行ったが,その所見上,股関節には異常が認められなかったため,上記右股関節痛について,上記転倒時に股関節を強打したことによるものであると考えた。

そのため,F医師は,引き続き,従前同様の経過観察を続けることとした。(以上につき,p237,乙A2p4,乙A10の1,2,乙A11の1,2)

(13)  F医師は,平成12年4月14日,被告病院を往診のために訪れ,原告Aを診察し,原告Aには,腰痛及び右股関節痛が認められ,歩行が困難であり車椅子を使用していた。

F医師は,自力で歩行しないと下肢筋力が低下してさらに歩行障害が進行すると考え,疼痛の症状をみながら,リハビリの目的で,歩行器を使用して可能な範囲で歩かせることが適切であると判断し,C医師にその旨指示し,C医師は,そのころから,原告Aに対し,歩行器を使用してリハビリを始めた。

なお,当時,C医師は,原告Aの歩行障害について,精神疾患に対する向精神薬の処方の影響(副作用)や,廃用性の下肢筋力低下によるものではないかと推測し,本件圧迫骨折を原因とする神経麻痺症状であるとは考えておらず,同月26日,原告Bに状況を説明した際にも,原告Aの歩行障害について,廃用性筋力低下が主たる原因であり,歩行訓練により回復すると考えられ,F医師も同様の診断をしている旨説明していた。(以上につき,p250,p260,乙A2p5)

(14)  F医師は,平成12年4月28日(金曜日),被告病院を往診のために訪れ,原告Aを診察した。

F医師は,被告病院が同月26日に行ったレントゲン撮影結果の所見上,本件圧迫骨折は進行していないと診断したが,その一方で,被告病院から,原告Aには,両足に力が入らないことや尿失禁,便失禁がある旨の報告を受けたため,いずれの臨床症状も神経麻痺を疑わせる所見であると判断し,CT撮影検査を行って骨片が脊柱管内に陥入していないかどうかを確認することとし,同月28日,CT撮影検査を行った結果,その所見上,第12胸椎の脊柱管内に骨片の陥入を認めたため,第12胸椎が破裂骨折しており速やかに手術を要すると診断した。

F医師は,同年5月1日,C医師に対し,上記の診断結果を伝えるとともに速やかな手術が必要である旨説明したため,同日,C医師は,原告Aに対し,手術が必要であり,手術が可能な病院を探す旨説明した。

なお,F医師は,G病院に提出するため,同年5月1日付で,原告Aについて,診断名を「第12胸椎圧迫骨折による両下肢不全マヒ,膀胱直腸障害」及び「精神分裂病」とする紹介書を作成した。(以上につき,p262ないしp264,p266,p274,乙A2p5,乙A12の1ないし3,乙A14の1ないし3,乙A15p244,p245)

(15)  原告Aは,同年5月11日午前,G病院(精神科)に転院し,同年6月1日,外科医の執刀により本件手術を受けた。(p272,乙A15p61ないしp63,p198,p200ないしp203)

(16)  原告Aは,G病院において,本件手術後,リハビリを受けていたが,拒食・拒薬傾向が続いた上,平成12年7月ころには,被告病院に戻りたいと希望するなどしたため,G病院の担当医は,リハビリの途中であったが,原告Aを被告病院に転院させるのが相当であると判断し,同月13日,原告Bに対し,要旨,本件手術の創部は回復し,リハビリを進めていること,原告Aは,被告病院への郷愁が強く,同病院への転院を求めており,本人の意思に反してリハビリを続けると精神症状が悪化するおそれがあることなどの理由により,来週には原告Aを被告病院に転院させる方針であると説明し,原告Bは,これを了解した。(以上につき,乙A15p165,p167,p174,p175等)

(17)  原告Aは,平成12年7月21日,G病院を退院して,被告病院に再入院した。

原告Aは,そのころ,幻聴,妄想,興奮等が慢性化していたため,上記再入院の際には医療保護入院の手続がとられ,また,準夜帯から深夜帯は,暴力の予防のため隔離を要するとして,隔離室に入室となった。

C医師は,原告Aの再入院に伴い,G病院に入院中の診療経過等を確認したが,同病院の精神科I医師作成の同月18日付診療情報提供書に「Ope後の回復はおおむね良好」と記載されていたこと,同病院の脳神経外科H医師の同月12日付診療経過報告書に「術後,10日目以後で発熱しましたが,その後は何も無く術野は良好に治癒しています」と記載されていたこと,原告Aの本件手術創部にはガーゼ保護の処置が行われていなかったこと,視診上も本件手術創部に異状はみられなかったことから,本件手術創部は良好に治癒していると判断した。(以上につき,p279ないしp283,乙A15p165,p167)

(18)  C医師は,上記(16)のとおり,原告Aがリハビリの途中でG病院を退院したため,平成12年7月22日からリハビリを開始した。(p285,p286,p303,p306等)

(19)  原告Bは,平成12年7月27日,原告A用の座椅子及びコルセット(G病院が作成したものに,原告Bが,その出入り業者に依頼して,原告Aの身体に合うよう改良を加えたものであった。)を持参したため,看護師が原告Aにコルセットを装着したが,原告Aは,翌28日,胸が苦しいのでコルセットを外すよう求め,翌29日には,苦しいとしてコルセットの装着を拒否した。(p292ないしp294)

(20)  原告Aは,平成12年7月30日,微熱(37.2度)を発したため,C医師は,本件手術後の感染による発熱の可能性を疑い,原告Aに対し,抗生剤を投与した。(p295)

(21)  C医師は,平成12年8月1日,原告Aの着替えや入浴の介助をしていた看護師から,原告Aの本件手術創部が発赤している旨の報告を受けたため,診察したところ,本件手術創部は,一部が壊死し,一部が炎症を起こしていることを確認し,即時に行った血液検査の所見上も,ESR(血沈)値及びCRP値が亢進しており,炎症反応を示した。

そこで,C医師は,本件手術創部の二次感染と診断し,当面の治療として,生理食塩水による洗浄,消毒,ゲーベンクリーム塗布,ガーゼ交換・固定等の治療及び抗生剤の投与を行いながら,おって,皮膚科医師の診察を受けさせることとした。(以上につき,p298ないしp300)

(22)  C医師は,平成12年8月2日,原告Aを診察すると,本件手術創部は,その壊死部が取れそうになっていたが,膿はなく,まずまずの経過と判断された。(p301)

(23)  平成12年8月5日午後,本件手術創部に熱感があり,やや化膿しているようであったため,本件手術創部を消毒してガーゼで保護する措置がとられた。(p308)

(24)  平成12年8月6日朝,看護師は,原告Aのベッドのシーツに多量の浸出液による汚染を認め,本件手術創部を確認すると,かなり化膿して発赤,熱感があったため,消毒してガーゼを交換した。

同日午前,C医師が原告Aを診察すると,本件手術創部は一部硬結し,潰瘍・不良肉芽が認められたため,C医師は,切開排膿ドレナージを行い,本件手術創部を消毒してガーゼを交換する処置をとり,以後も,同月23日までの間,毎日,消毒,ゲーベンクリーム塗布,ガーゼ交換・固定等の処置を行った。(以上につき,p309ないしp348)

(25)  原告Aは,被告病院に再入院後も拒食傾向が続いたため,平成12年8月8日から,創部改善を促すための栄養補給の目的で,アミノフリードの点滴投与が開始された。(p312,p313)

(26)  平成12年8月9日,K病院勤務の皮膚科医L医師が被告病院を往診のために訪れ(なお,同医師は,かねてより二週間に一度の割合で,被告病院を往診しており,同日もその往診予定日であった。),原告Aを診察した。L医師は,本件手術創部が完全に治癒していなかったことによる二次感染と診断し,本件手術創部を切開し,消毒,ゲーベンクリーム塗布等の処置をとった上,G病院に再転院させて専門的治療を受けさせる必要がある旨の意見を述べた。

そこで,C医師は,G病院に電話連絡を入れて,それまでの経過を説明した上,再転院による治療を求めたところ,病床の空きの都合上,入院可能な時期は翌週の予定になる旨説明された。

C医師は,同日から,毎日,栄養補給の目的で,アミノフリード,ビタメジン(複合ビタミンB剤),イントラファット(ダイズ油)の点滴投与を開始した。(以上につき,p315ないしp318,p331ないしp347,p349)

(27)  平成12年8月11日,本件手術創部は化膿して白色になっていたため,消毒,ゲーベンクリーム塗布,ガーゼ保護の措置がとられた。(p318)

(28)  平成12年8月13日以降も,本件手術創部の消毒,オルセノン又はゲーベンクリーム塗布,ガーゼ交換等の処置がとられたが,同月16日から,本件手術創部の経過は不良で,その症状が徐々に悪化した。

C医師は,G病院への早期の入院治療が望まれると判断していたが,同月23日に転院が可能になったため,それまでの経過を要約したG病院精神科のM医師宛の同日付紹介書を作成し,原告Aは,同日午前,G病院に再転院した。(以上につき,p326ないしp346,乙A16p145)

2  争点(1)(本件圧迫骨折の原因)について判断する。

(1)  まず,胸椎圧迫骨折に関する医学的知見として,証拠(甲B1,甲B2の1,2)によれば,胸椎圧迫骨折は,外力により胸椎骨の椎体部分が圧迫されて潰されるように損傷する病態であり,椎体前半分が損傷すると,同部分の椎体高が減少し,レントゲン写真の所見上,椎体が楔状に変形する症状を呈すること,胸椎圧迫骨折は,胸腰椎の移行部となる第12胸椎に好発し,通常,尻餅や転倒等により,脊柱に平行な方向,すなわち上下の方向から外力が加わった場合に生じ,骨粗鬆症などにより骨組織が脆弱な場合には,比較的軽微な外力によっても生じうること,以上の事実が認められる。

(2)  上記第2の1の前提事実及び証拠(乙A1)によれば,原告Aは,平成11年11月3日午前11時50分,看護師に対して初めて腰痛を訴えている一方で,前日(同月2日)の午後7時45分には,「ホールで勝負しよう。」と発言するなど,身体の特に異常があるような素振りを示していないことに照らせば,本件圧迫骨折は,同日夜から翌3日午前にかけて発症したものであると推認される。

そして,上記1に認定の事実並びに証拠(乙A21,乙A23,乙A24,C医師の証言)及び弁論の全趣旨によれば,原告Aは,統合失調症により,平成5年1月以降,ほぼ継続して被告病院に入院しており,その症状は重症で,平成11年10月ころから同年11月ころは,不穏な精神状態が続き,これを抑えるために向精神薬を多く処方されており,その影響で,容易に転倒し又は尻餅を付くことがあり,現に,原告Aは,同月3日夜にも転倒し,翌4日朝,腰痛を訴えた際にも,壁にぶつかったと説明したこと,原告Aは,その偏食傾向や隔離室入室という生活環境等から,年齢の割には骨組織が脆弱化していたことが認められる。

(3)  これらの事情を総合考慮すれば,原告Aは,平成11年11月2日夜から翌3日午前にかけて,自ら転倒し又は壁にぶつかって尻餅を付くなどした際に,本件圧迫骨折を発症したと推認される。

(4)  これに対し,原告らは,本件圧迫骨折は看護師による暴行が原因である旨主張する。

ア 原告らは,原告Aが平成11年11月初めころに「蹴られた。」などと発言していた旨主張し,原告Bの陳述書(甲A3)中にはこの主張に沿う部分があるほか,N看護師の宣誓認証陳述書(甲A4の1,2)中にも,N看護師が平成11年11月初旬に原告AからO看護師に蹴られたと説明された旨,この主張に沿う部分がある。

イ しかし,仮に真実上記暴行の事実があったとすれば,原告Aとしては,主治医であるC医師にこれを訴えるのが自然であると考えられるが,被告病院の診療記録上,上記のころ,原告AがC医師に対して上記暴行の事実を訴えた形跡はないことに照らすと,原告Aが原告BやN看護師に対しては上記暴行の事実を告げながら,主治医であるC医師に対してはこれを告げなかったというのは,不自然であり,原告Aから上記のような発言ないし説明があったかどうかについて疑問が残る。

また,原告Aから上記のような発言ないし説明があったとしても,上記1(1)に認定のとおり,原告Aは,被害妄想が強く,特定の看護師又は患者から被害を受け,あるいは,その被害から自分の身を守るために暴行を振るうという妄想及び妄想に基づく言動がたびたびあったのであり,上記のとおり,被告病院の診療記録上,原告AがC医師に対して上記暴行の事実を訴えた形跡は何らないこと,平成11年11月4日の診察時にも原告Aの身体には内出血,腫脹等の所見は認められていないこと等も併せ考えれば,上記のような発言ないし説明が,実際の出来事を叙述したものではなく,原告Aの被害妄想に基づく架空のものであるという疑いを拭いきれず,そのままにはたやすく措信しがたいところである。

ウ さらに,N看護師は,宣誓認証陳述書(甲A4の1,2)において,本件圧迫骨折の原因はP看護師又はO看護師の暴行であると考えられる旨陳述し,その具体的な理由,根拠として,要旨,①N看護師は,P看護師とともに,平成11年10月ころに原告Aの保護室に入室した際,P看護師が,ベッドにうずくまった原告Aに対し,後方からその臀部を4,5回力一杯蹴り付け,さらに上方から胸椎から腰椎あたりを数回蹴り付ける場面を目撃したこと,②N看護師は,平成11年11月初旬,原告Aから,O看護師に蹴られたと説明されたこと,③N看護師は,平成13年9月中旬ころ,Q看護師から,O看護師が二日酔いの状態で原告Aを無茶苦茶蹴り付ける場面を目撃した旨説明されたこと,以上の点を陳述する。

しかし,①の点について,被告病院の診療記録上,原告Aが,平成11年10月ころ,C医師に対し,P看護師から上記暴行を受けたことを訴えた形跡が何らないことに照らすと,上記暴行の事実の存在自体に疑問が残る上,少なくとも上記暴行自体は,その時期からして,本件圧迫骨折の原因とはなりえず(原告らもこのことは否定していない。),N看護師の上記陳述は,上記のころに上記暴行がなされていたことから,本件圧迫骨折の原因となる暴行が平成11年11月3日ころに別途なされたのであろうという憶測に基づくものであるに止まる。また,③の点については,証拠(乙A23,乙A24)によれば,原告Bからの調査依頼を受け,被告病院が院内に調査委員会を設置して,平成14年9月から同年11月にかけて行った調査結果において,平成11年11月初めころにQ看護師とO看護師の両名が同一時間帯に勤務する機会はなく,O看護師は上記暴行の事実を明確に否定し,Q看護師もN看護師に対して上記説明をしたことを明確に否定したことが認められる上,上記説明に係る暴行自体がその時期からして本件圧迫骨折の原因とはなりえないこと等は,①の点と同様である。そして,②の点については,上記イに認定説示のとおりであり,これらの事情に鑑みると,この点に関するN看護師の上記宣誓認証陳述書は,たやすく採用しがたい。

エ 上記の認定説示によれば,原告Bの上記陳述書及びN看護師の上記宣誓認証陳述書から,原告らの上記主張を認めがたく,本件証拠上,その他にこれを認めるに足りる証拠はない。

したがって,原告らの上記主張は理由がない。

(5)  以上より,この争点に関する原告らの主張は理由がない。

3  争点(2)(11月4日付レントゲン写真等)について判断する。

(1)  11月4日付レントゲン写真の読影の点はひとまずさておき,平成11年11月19日以降の診療の適否について検討する。

ア 証拠(甲B2の1,2,甲B5の1,2,F医師の証言)によれば,胸椎圧迫骨折の治療方法としては,骨折部位を固定して安静を保ちながら癒合させることを目的とする保存療法があること,骨折部位を固定するために用いられる装具には,体幹ギプス,コルセット,腰椎固定ベルト等があるが,体幹ギプスは,最低1か月間程度の装着を継続することが必要で,装着により装着者の身体の自由を大きく制約し,装着者の負担が大きく,装着による皮膚炎,内臓障害等に備えた管理も必要となるなど,その取扱いが他の装具に比して難しいこと,以上の事実が認められる。

上記1に認定の事実によれば,C医師からの診察依頼を受けたF医師は,平成11年11月19日に本件圧迫骨折の可能性を疑い,同月26日に本件圧迫骨折を確定診断し,これらの診断に基づき,骨折部位の固定による保存療法を行おうとしたが,原告Aについてはこれが困難であったため,これを取り止め,疼痛を薬で制御しながら経過を観察することにしたことが認められ,この治療方針は,圧迫骨折に対する一般的な治療方法からは外れる面があるとしても,重症の精神疾患を患う原告Aに対する治療として,上記1に認定説示の事情に徴すれば,やむを得ないものであったと解される。

イ これに対し,原告らは,本件圧迫骨折部位の固定のため,原告Aに体幹ギプスを装着させるべきであり,かつ,患者本人には取り外せない体幹ギプスであれば原告Aにも装着が可能であったにもかかわらず,F医師は,統合失調症の患者に対する先入観から,これを試みすらしなかった旨主張する。

ウ しかし,上記アに認定説示のとおり,体幹ギプスは,F医師が原告Aに装着を試みた腰椎固定ベルトよりも,装着者の身体の自由を大きく制約し,装着者の負担が大きいのであるから,腰椎固定ベルトに対して拒否的反応を示した原告Aが体幹ギプスに対してより強い拒否的反応を示すであろうことは容易に推測でき,そのような推測も含めて治療方法を判断することが不合理であるとはいえない(なお,結果的にみても,上記1(19)に認定の事実及び証拠(p293,294,乙A15p168)によれば,原告Aは,G病院に入院中,医師ないし看護師の説得にもかかわらず,装着されたコルセットを勝手に外していること,本件手術を終えて被告病院に再入院した後にも,胸が苦しいとして装着されたコルセットを勝手に取り外し,あるいはその装着を拒否していることが認められることに鑑みても,上記の推測は正しいものであったことが裏付けられるということができる。)。

加えて,確かに,体幹ギプスは,一度装着すれば,患者本人がこれを自由に取り外すことはできないから,原告Aに体幹ギプスを装着させれば,少なくとも原告Aがこれを勝手に取り外す心配はなく,本件圧迫骨折部位の固定のためには有効であるということができる。しかしながら反面,原告Aには重症の精神疾患があり,その意に強く反する治療方法を長期間にわたって強制すれば,それが負荷となって精神疾患を悪化させる危険性を否定しがたいのであって,本件圧迫骨折に対する治療方法を判断するにあたっては,原告Aの精神疾患の病態に与える影響という観点も考慮しなければならないと解されるから,体幹ギプスの装着を避けることは,客観的にみて必ずしも不適切であるとはいいがたい。

エ したがって,原告らの上記イの主張は採用できず,F医師が平成11年11月19日の初診時以降にとった処置は不適切であるとはいえず,この処置方針に従ったC医師についても同様であり,F医師及びC医師に医師としての注意義務に違反する過誤があると認めることはできない。

(2)  そこで,さらに,11月4日付レントゲン写真の読影の適否について検討する。

ア 証拠(乙A4の1ないし4)によれば,11月4日付レントゲン写真上,第12胸椎は,その椎体の前半分の高さが後半分のそれよりも減少し,全体として楔状の形となる異状を呈しており,整形外科的にみて圧迫骨折の所見を読影できることが認められ,被告もこれを争っていない。

イ これに対し,精神科医であるC医師が上記レントゲン写真から本件圧迫骨折を診断しなかったことの適否については,原告ら及び被告間で争いがあるが,仮にC医師が上記レントゲン写真から本件圧迫骨折の診断を得ていたとしても,C医師は,その段階で,整形外科医であるF医師に対し,原告Aの診療を依頼していたであろうと推測され,また,これを受けて原告Aの診察にあたるF医師は,平成11年11月4日以降同月19日までの原告Aの臨床症状に特に変化がみられない以上,上記1(4)の認定と同様の判断に基づき同様の処置をとっていたであろうと推測されるから,結局のところは,F医師のとった処置,すなわち,薬により疼痛を制御しながら経過を観察するという処置の開始時期が最大2週間弱程度(実際には,C医師がF医師に診察を依頼してからF医師の往診を受けるまでには,多少の日数を要すると考えられる。)早まる結果になっていたにすぎないと解される。

また,C医師が,同月4日以降同月19日にF医師の往診を受けるまでの間,原告Aの腰痛について,ぎっくり腰であると誤った診断に基づくとはいえ,鎮痛剤や湿布剤を適宜処方して経過を観察していたことは,上記1(2)に認定のとおりであり,その処置の内容は,同月19日以降のF医師の処置と,目的・内容において共通性を有するということができる。

ウ これらの事情に鑑みると,C医師が上記レントゲン写真から本件圧迫骨折の診断を得ていたか否かによって,その後の本件圧迫骨折の病態の進行に有意な変化が生じたとは考えがたく,してみれば,仮にC医師が11月4日付レントゲン写真から本件圧迫骨折を診断しなかったことが過誤にあたるとしても,その過誤は,原告Aの疼痛の程度等の症状に影響を及ぼすものではないということができる。

(3)  以上より,この争点に関する原告らの主張は,その余の点につき判断するまでもなく,理由がないというべきである。

4  争点(3)(12月2日付レントゲン写真等)について判断する。

(1)  12月2日付レントゲン写真の読影の適否について検討する。

ア 上記1(6)に認定のとおり,F医師は,12月2日付レントゲン写真から,本件圧迫骨折が進行していると診断しているところ,原告らは,すでに破裂骨折の所見を呈しているとして,F医師がその読影を誤った旨主張する。

イ 確かに,証拠(甲B2の1,2,甲B5の1,2)によれば,原告ら訴訟代理人弁護士からの依頼を受けて12月2日付レントゲン写真を読影した整形外科医は,第12胸椎の後方にも骨折線が入り,後方の椎体の高さも低くなっているとして,上記レントゲン写真から破裂骨折の所見が認められる旨の意見を述べていることが認められる。

しかしながら一方で,F医師は,上記レントゲン写真の読影について,第12胸椎の椎体の前半部は一部圧潰が進んでいるが,脊髄に影響を及ぼす脊柱管側である後半部(後壁)は,骨折線が入っているものの,圧潰していないことを理由に,圧迫骨折が進行しているが破裂骨折には至っていないと診断した旨証言しており,F医師は,破裂骨折の病態を手術の要否の分水嶺となる神経麻痺の可能性に重点を置いて捉え(これは,F医師は,仮に上記レントゲン写真から破裂骨折と診断していたとしても,上記の時点で原告Aには神経麻痺症状が現れていないから,そのまま経過を観察することになっていたであろうと証言していることからも窺われる。),その観点から読影,診断しているということができ,この点については,原告らも,破裂骨折の病態に対し,神経麻痺症状が現れる前に(予防的に)手術を行うべきである旨主張するものではなく,神経麻痺症状の出現が予測されるので,一層慎重な経過観察をしなければならない旨主張するものであり,上記レントゲン写真に対するF医師の診断と上記整形外科医の診断とが異なる理由は,破裂骨折の病態に関する見解の相違であるということができる。

ウ これらの事情に鑑みれば,F医師が上記レントゲン写真の読影を誤ったと認めるのは必ずしも相当でない。

(2)  そこで,上記レントゲン写真の読影の適否の点については,これ以上の検討をせず,平成11年12月2日以降の経過観察等の適否について検討する。

ア 原告らは,F医師が,保存療法を行うことにしながら,本件圧迫骨折が破裂骨折に進行して神経麻痺症状が現れる可能性について,特に注意を払わず,C医師に対しても特にこれに注意して経過を観察するよう指導せず,C医師も,平成12年3月18日以降,原告Aに尿失禁,便失禁や歩行障害等,破裂骨折を原因とする脊髄圧迫による神経麻痺を疑わせる症状が(それまでに比しても)頻繁にみられながら,これらの症状が神経麻痺症状であることを疑わず,その結果,CT撮影等の検査を行わず,これらの症状を同年4月28日までF医師に報告もせず,漫然と経過を観察した旨主張する。

イ 上記1に認定の事実及び証拠(p199以下)によれば,原告Aは,歩行障害について,平成12年2月中旬以降,ほぼ毎日腰痛を訴えるようになり,同月末以降になると,腰痛が激しく横に伏せたままの機会や「動けない。」などと訴えることが多くなって,同年3月中旬以降になると,ほぼ這って移動するようになり,同月末ないし同年4月初めころになると,歩行困難のため移動時には車椅子を使用するようになったこと,原告Aは,同月7日,トイレに行く途中で腰から床に落ちて尾てい骨を打った旨訴え,同月10日,立位をとることができず,右足がふにゃふにゃの状態で全く力が入らないなどのそれまでにはなかった異状を呈し,同月12日にも,右足に力が入らず外旋してしまう異状がみられ,同月17日には,両足とも力が入らず足首からくねくねと曲がり,その異状が両足に及んでいること,また,原告Aは,排泄障害について,同年3月17日以降,同月18日,同月19日,同月22日,同月25日(尿失禁),同年4月4日,同月7日,同月10日,同月19日(尿失禁,便失禁),同月23日(尿失禁,便失禁),同月24日ないし同月26日に尿失禁,便失禁がそれぞれみられたこと(括弧内に摘示のない日はいずれも便失禁),以上の事実が認められる。

上記認定の事実によれば,原告Aは,同年4月10日以降,下肢に麻痺症状を呈していると解されるから,原告Aは,遅くとも同日ころには,破裂骨折を原因とする脊髄圧迫による神経麻痺を発症したと認められるというべきであるが,一方で,同日より前の歩行障害については,基本的に本件圧迫骨折又は破裂骨折に伴う疼痛を原因とするものであると解される。また,上記認定の事実によれば,原告Aは,同年3月17日以降,それまでにはない頻度で尿失禁,便失禁がみられるようになったことが認められるが,原告Aは同時期に腰痛の悪化により自由な移動が困難になっており,現に,証拠(乙A1)によれば,同月7日に腰痛が激しく「トイレにも行けない。」と訴え(p217),同月17日に「トイレに間に合わなくて失便した。」と話していること(p224)が認められることにも鑑みると,これらの尿失禁,便失禁が,神経麻痺症状としての不随意的なものであるのか,それとも,それまでにもときおりみられていた精神疾患を原因とするもの,あるいは,腰痛で適時の移動が困難になったことによる機能的なものであるのかは,必ずしも判然とせず,これらの臨床症状のみから神経麻痺症状としての不随意的なものであると即断することはできず,本件証拠上,これを的確に認定するに足りる証拠はない。

これらの事情によれば,原告Aは,遅くとも同年4月10日ころには上記神経麻痺を発症していたと認められるが,それが同日よりも前に発症していたかどうか,仮に発症していたとして過去のいつの時点で発症していたかについては,確定しがたいといわざるを得ない。

ウ ところで,C医師は,圧迫骨折が進行すれば,脊髄の圧迫により下肢筋力低下,歩行障害や排泄障害等の症状が生じうることを一般的知見として有していたことを自認している。本件圧迫骨折等に対する治療については,基本的にF医師が往診により行っていたものであるが,その往診の程度は月1,2回程度に限られており,原告Aの日々の臨床症状については,C医師がより正確に認識しうる立場にあり,上記1に認定のとおり,C医師は,F医師から,原告Aが本件圧迫骨折を発症しており,疼痛を薬で制御しながら経過を観察するという治療方針をとることを説明され,これらを了解していたものである。これらの事情によれば,C医師は,本件圧迫骨折が進行する可能性を念頭に置き,原告Aに神経麻痺所見と疑われる臨床症状が認められた場合には,F医師に対して速やかにこれを報告し,整形外科医の立場からの判断を求めるなどの対応をとるべき注意義務があったというべきである。

そして,上記イに認定の事実によれば,原告Aは,平成12年4月10日以降,下肢に麻痺症状を呈し,遅くとも同日ころには神経麻痺を発症したと認められるところ,この段階において,それまでにはない有意な臨床症状の変化があったということができ,整形外科医でないC医師においても,これが神経麻痺症状であることを少なくとも疑うことができたというべきであり,またそうであれば,同年3月17日以降,それまでにはない頻度でみられるようになった尿失禁,便失禁についても,神経麻痺症状による不随意的なものである可能性を想起し,これらの臨床症状をF医師に対して速やかに(又は同年4月14日の往診時に)報告するなどの対応をとるべき注意義務があったというべきである。

エ しかるに,C医師は,平成12年4月10日以降の臨床症状が精神疾患や廃用性筋力低下等を原因とするものであると速断し,有意な臨床症状の変化を看過し,上記1(14)に認定のとおり,同月28日まで上記のような臨床症状をF医師に報告するなどの対応をとらなかったものであるから,経過観察上求められる注意義務に違反した過誤があるというべきである。

この点,C医師は,同日よりも前から,上記のような臨床症状をF医師に報告していた旨供述するが,一方で,F医師は,同日にCT撮影検査を行った理由について,被告病院から,両足に力が入らないことや尿失禁,便失禁がある旨の報告を受けたためである旨供述しており,仮に同日よりも前に被告病院から上記報告を受けていれば,その時点で,CT撮影検査を行い又はこれをC医師に指示していたと推測されるが,F医師はそのような処置をとっておらず,かえって,上記1(13)に認定のとおり,同月14日の往診時,原告Aの歩行障害について,廃用性の下肢筋力低下が原因であると考え,C医師に対して歩行器を使用して原告Aを歩かせるよう指示していることに照らせば,C医師の上記供述はたやすく措信しがたいところである。

オ なお,原告らは,C医師が,平成12年4月28日に原告Aの神経麻痺症状が発見されたことにより速やかにその手術を受けさせるべき注意義務がありながら,同年5月11日までG病院に原告Aを転院させず,これを怠った旨も主張する。

しかし,その間は約2週間弱であり,重症の統合失調症を患う原告Aが本件手術を受けることが可能な病院を確保し,その転院のための手筈を整えるためには,上記の程度の日数を要することがあってもやむを得ないというべきであるから,原告Aの上記転院が平成12年5月11日になったことをもって,C医師に過誤があったとたやすく認めることはできない。

(3)  以上より,この争点に関する原告らの主張は,C医師に上記(2)エに認定の過誤があったことをいう限度で理由がある。

5  争点(4)(創部感染)について判断する。

(1)ア  原告らは,被告病院は,原告Aが平成12年7月21日に再入院する際,血液検査等の方法により創部感染の有無を的確に判断すべき義務があったが,これを怠り,C医師は,G病院からの診療情報を誤読ないし軽信し,外観からの判断のみで創部が治癒したと誤診し,創部感染に特に注意せず,血液検査等の実施や看護師に対する指示を怠った旨主張する。

イ  上記1(17)に認定のとおり,原告Aの再入院時,C医師は,原告Aの再入院に伴い,G病院に入院中の診療経過等を確認したが,同病院の精神科I医師作成の同月18日付診療情報提供書に「Ope後の回復はおおむね良好」と記載されていたこと(p279),同病院の脳神経外科H医師の同月12日付診療経過報告書に「術後,10日目以後で発熱しましたが,その後は何も無く術野は良好に治癒しています」と記載されていたこと(p280),原告Aの本件手術創部にはガーゼ保護の処置が行われていなかったこと,視診上も本件手術創部に異状はみられなかったことから,本件手術創部は良好に治癒したと判断したものであり,その判断は合理的であるということができる。

ウ  この点,原告らは,上記の診療経過報告書には,「術野は良好に治癒しています」の後に「フォローアップを宜しく御願いします」と記載されており,上記診療情報提供書の「ope後の回復は概ね良好」という記載は,創部のフォローアップを除外する趣旨ではないとして,G病院は,本件手術創部は良好に回復する途上にあり,同部分を含めてその後の治療を適切に行うべきであるという認識であり,創部が治癒しているという判断ではなく,C医師がこれらを根拠に創部が治癒したと判断するのは早計である旨主張する。しかし,上記の診療経過報告書に「術野は良好に治癒しています」と明確に記載されていることに加え,上記の「フォローアップを宜しく御願いします」という記載の前には,両下肢の筋力について,経口摂取が増えれば改善の可能性がある旨記載されていること,上記1(16)に認定のとおり,本件手術後,G病院においてリハビリが開始されており,上記再入院当時はまだその途中段階であったが,原告Aが被告病院に戻ることを希望するなどしたため退院することになったことに照らせば,「フォローアップを宜しく御願いします」という記載は,両下肢筋力の改善,回復のためのリハビリ等の措置を念頭に置いたものであると判断するのが合理的である。

また,原告らは,上記診療経過報告書は同月12日付であり,上記診療情報提供書は同月18日付であり,後者の方が退院時に近い時期に作成されているから,上記診療情報提供書に示されたI医師の判断が優先的に考慮されなければならない旨主張する。しかし,上記の診療経過報告書に「術野は良好に治癒しています」と明確に記載されており,その後に作成された上記診療情報提供書にこれを否定するような趣旨の記載はないのであるから,C医師が上記の診療経過報告書の記載内容に基づき判断することは当然である。

よって,原告らの上記主張は,いずれも当を得ない。

エ  本件においては,本件手術創部の二次感染を生じているから,事後的,結果的にみれば,本件手術創部は完全に治癒していたということはできず(被告もこのこと自体を否定していない。),C医師の上記イの判断には誤りがあったといわざるを得ないところであるが,上記再入院当時,C医師が上記イの事情から本件手術創部が治癒したと判断したことについては,医師として尽くすべき注意義務を怠った過誤があると認めることはできない。

また,そうである以上,C医師が上記再入院の際に,さらに血液検査等の方法によって本件創部感染の有無を確認すべき注意義務があったということはできず,C医師がこれを行わなかったことをもって過誤があると認めることもできない。

オ  したがって,原告らの上記アの主張は理由がない。

(2)ア  原告らは,被告病院が,原告Aの再入院後,適切な治療を行わなかったため,本件手術創部の二次感染を生じさせた上,平成12年8月1日までその発見が遅れた旨主張する。

イ  しかし,上記1(20)に認定のとおり,原告Aは,平成12年7月30日,本件手術創部の二次感染を原因とすると考えられる微熱を発し,C医師は,本件手術創部の二次感染による発熱の可能性を疑い,抗生剤を投与する処置を講じているが,本件診療記録上,原告Aの再入院後,同年8月1日までの間,この微熱の点以外には,本件手術創部の二次感染を疑わせるような臨床症状のあったことは認められず,本件証拠上,そのような臨床症状のあったことを窺わせる他の証拠もないのであるから,同日よりも前に本件創部感染が生じていたと認めることはできない。

してみれば,本件創部感染を生じたことについて,C医師にその発見を遅れた過誤があるということはできず,また,上記の間の被告病院の診療について,不適切な点があったと断定すべき合理的根拠もない。

ウ  したがって,原告らの上記主張は理由がない。

(3)ア  原告らは,C医師が,平成12年8月1日に本件創部感染を発見後,速やかに専門医の診察を受けさせる義務がある(定期診断が2週間に一度であるとしても,創部感染が発見された以上,これとは別に速やかに専門医の診察を受けさせるべきである。)にもかかわらず,同月9日までこれを受けさせなかった旨,及び同日にG病院への再転院が必要であると判断した後,同月23日に同病院に再転院させるまでの間,専門医の診察を受けさせるべき義務があったにもかかわらず,これを怠った旨主張する。

イ  しかし,上記1に認定のとおり,被告病院は,同年8月1日,診察所見及び血液検査の所見から本件創部感染を診断すると,以降,消毒,ゲーベンクリーム塗布,ガーゼ交換等の治療及び抗生剤の投与を行い,併せて,同月8日からは,拒食傾向の続く原告Aの栄養補給のため,アミノフリード等の点滴投与を連日行い,上記診断から約1週間後の同月9日,往診に訪れた皮膚科医師の診療を受けさせ,その診察所見も踏まえ,原告Aを早期にG病院に転院させて専門的治療を受けさせるのが相当であると判断し,そのための措置を講じたものであり,結果的には,転院を受け入れるG病院側に病床の空きがなかったため,実際に原告AがG病院に転院するまでには2週間を要することになったが,その間も,上記皮膚科医師の意見,指導に基づき,本件創部感染に対し,被告病院においてとりうる上記同様の処置をとっていたものであり,本件手術創部に対してC医師がとった消毒,ゲーベンクリーム塗布,ガーゼ交換等の処置は,上記皮膚科医師のとった処置と同じものであり,特に不適切な点は認めらない。

これらの事情に鑑みれば,被告病院が,同年8月1日に本件創部感染を発見後,速やかに専門医の診察を受けさせる義務を怠った過誤があると認めがたく,また,同月9日にG病院への再転院が必要であると判断した後,同月23日に同病院に再転院させるまでの間,改めて専門医の診察を受けさせるべき注意義務があったとはいえず,これらを怠った過誤があると認めることはできない。

ウ  なお,上記イの認定説示に徴すると,仮に上記アの過誤がなければ,本件創部感染がより早期に治癒したと断定することはできないから,上記アの過誤と原告らの主張する結果(長期の再入院)との間には,相当因果関係を肯認することもできないと解される。

(4)  以上より,この争点に関する原告らの主張は理由がない。

6  争点(5)(後遺障害)について判断する。

(1)  体幹及び下肢筋力の低下

ア 証拠(甲B3,甲B4,乙A20)によれば,J病院整形外科のR医師は,平成17年10月3日で,原告Aの診察結果に基づき,原告Aの歩行障害の有無及び程度について,要旨,次のとおりの所見を述べていることが認められる。

(ア) 脊柱変形の有無

視診上脊柱変形を認めない。レントゲンMRI所見でも,T11-L1固定術が行われているが,明らかな後彎等の変形は認められない。

(イ) 歩行障害の程度

独歩10メートルで腰痛,両下肢の痺れにより歩行不能になると訴える。平成12年撮影のMRIでは除圧良好と考えられる。受傷時の脊髄障害による脊髄性間歇性跛行も否定できないが,むしろ,腰痛が主であることから,体幹を含めた筋力低下による歩行障害の要素が大きいと考えられる。

(ウ) 下肢筋力の程度

MMT(徒手筋力テスト)

股関節屈曲

膝関節伸展

膝関節屈曲

足関節背屈

足関節底屈

蹲踞から起立へは軽度の支持で可能であったことから,特に膝関節屈曲について,検査中上手く力を入れられない可能性がある。神経学的に明らかな随節性がなく,廃用による筋力低下の影響が大きいと考えられる。

(エ) 関節可動域

両下肢の股関節,膝関節,足関節で関節可動域に制限は認められない。

イ また,証拠(乙A20)によれば,平成18年3月3日当時,原告Aの主治医であった精神科医Sが確認したところ,原告Aの歩行障害の有無及び程度について,原告Aは,同年齢の健康な男性に比べやや遅いが,ふらつくことなく,休憩や歩行補助なしに,往復60メートルほど歩行でき,踝より下が少し痛い旨訴えたため,それ以上の歩行を中止したこと,また,同日,S医師が原告Aの下肢筋力の程度について検査したところ,詳細な筋力検査ではないことを断った上で,仰臥位における下肢挙上,仰臥位における下肢開脚,仰臥位における下肢閉脚,座位における大腿挙上及び座位における下肢挙下の5項目について,左右とも中程度の筋力が維持されていたこと,これらの所見から,S医師は,原告Aの歩行障害は軽度であり,かつ,その原因は,歩行後に生じた疼痛の部位が踝より下であり胸椎圧迫骨折又は破裂骨折の後遺障害として通常問題となる部位と異なることからみても,その後遺障害ではなく,廃用性筋力低下であると考えられる旨の所見を述べていること,以上の事実が認められる。

ウ 上記ア及びイに認定の事実に加え,上記第2の1の前提事実のとおり,原告Aは,平成5年1月以降,長年にわたり被告病院の隔離室に入院しており,本件圧迫骨折当時,歩行障害まではないものの,同年代の健康人に比して下肢筋力がもともと低下しており,これに本件手術後の隔離室での入院生活や加齢がさらに重なり,廃用性の下肢筋力低下による歩行障害を生じさせている疑いがあり,F医師も同旨の意見を述べていること等の事情も併せ考慮すれば,現在の原告Aに,脊髄圧迫を原因とする神経麻痺症状による後遺障害としての体幹及び下肢の筋力低下,歩行障害があるとは,たやすく断定しがたく,原告らが提出する整形外科医からの意見聴取書(甲B5の1,2)のこの点に関する部分は,上記の認定説示に徴して採用しがたく,本件証拠上,その他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(2)  尿失禁,便失禁

ア 証拠(甲B3の3,乙A20)によれば,R医師は,上記(1)アの回答において,原告Aには尿失禁,便失禁がときどきみられる旨の所見を述べ,その原因について,脊髄の障害の可能性は否定できないが,原告Aがトイレで人に見られてできないと訴えているとして,むしろ精神疾患による可能性を示唆していること,また,原告Aには,平成18年3月3日当時,尿失禁,便失禁がほとんどみられないことが認められる。

イ 上記アに認定の事実に加え,上記1(1)に認定のとおり,原告Aは,本件圧迫骨折を発症する前から,精神疾患等を原因とすると考えられる尿失禁,便失禁がときおりみられていたことを併せ考慮すると,現在の原告Aに,脊髄圧迫を原因とする神経麻痺症状による後遺障害としての尿失禁又は便失禁があると断定できず,本件証拠上,その他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(3)  以上より,この争点に関する原告らの主張は理由がない。

7  小括

(1)  以上の認定説示によれば,C医師は,上記4(2)に認定説示の経過観察上の過誤があると認められる一方で,原告らの主張するその余の過誤については,これらをいずれも認めることができない。

(2)  また,原告Aは,本件圧迫骨折から進行した破裂骨折を原因とする脊髄圧迫による後遺障害としての体幹及び下肢筋力の低下又は膀胱直腸障害(尿失禁,便失禁)が残っていると認めることができないから,争点(5)及び(7)において原告らの主張する原告Aの後遺障害は,少なくとも,C医師の上記(1)の過誤と相当因果関係があると認めることができないものである。

(3)  もっとも,原告Aは,C医師の上記(1)の過誤によって,約2週間程度,神経麻痺症状等に対する手術を受けるのが遅れ,その間,これを原因とする腰痛や歩行障害を患い,相応の精神的苦痛を受けたと認める余地はある。しかし,上記(2)のとおり,C医師の上記(1)の過誤と原告らの主張する原告Aの後遺障害との間には相当因果関係を肯認できないのであるから,C医師の上記(1)の過誤によって原告Aが侵害された利益は,適時に適切な診療を受ける利益ともいうべきものであると解されるが,このような利益は,当然には不法行為上の保護法益にあたらないと解するのが相当である。

(4)  したがって,原告らの本訴請求は,争点(6)及び(7)について判断をするまでもなく,いずれも理由がないことに帰着する(なお,原告Bが,C医師の上記(1)の過誤によって,原告Aの死亡に比肩すべき精神的苦痛を受けたと認めることはできないから,原告Bの本訴請求は,この点からも理由がない。)。

8  結論

以上の次第で,原告らの本訴請求は,いずれも理由がないので,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永野圧彦 裁判官 寺本明広 裁判官 大寄悦加)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例