名古屋地方裁判所 平成16年(ワ)2574号 判決 2006年1月20日
原告
X1
ほか一名
被告
Y1
ほか一名
主文
一 被告は、原告に対し、四二六四万二八〇九円及びこれに対する平成一〇年二月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告に対し、九五七四万九六九七円及びこれに対する平成一〇年二月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告に対し、四〇三万七一二九円を支払え。
第二事案の概要
本件は、後記交通事故により受傷した原告が、被告に対し、民法七〇九条、自賠法三条により、損害賠償を求める事案である。
一 前提事実(争いのない事実、明らかに争われていない事実、後記証拠、弁論の全趣旨)
(1) 次の交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
ア 日時 平成一〇年二月一五日午後八時四〇分ころ
イ 場所 愛知県小牧市元町三丁目一〇一番地先路線上(四一号)
ウ 事故車両一 被告運転の普通貨物自動車<番号省略>(以下「被告車」という。)
エ 事故車両二 原告運転の普通自動二輪車<番号省略>(以下「原告車」という。)
オ 事故の態様 本件事故現場の交差点において、直進していた原告車の右側面に、対向車線から右折しようとした被告車が衝突した(甲一、乙二、三)。
(2) 責任原因
被告は、被告車を運転中、交差点中心付近で一時停止後、右折のため発進するに際し、対向直進車両の有無・安全を確認すべき注意義務を怠り、対向直進車両の有無・安全を確認しないで発進進行した過失により、本件事故を発生させたから、民法七〇九条に基づいて、本件事故により原告が被った損害を賠償すべき不法行為責任を負う。また、被告は、被告車の運行供用者であるから、自賠法三条に基づいて、本件事故により原告が被った人身損害を賠償すべき運行供用者責任を負う(乙二、三、四)。
(3) 過失割合
過失割合は、原告が二五パーセント、被告が七五パーセントである(乙二、三、四。なお、被告の同主張について、原告は明らかに争わない。)。
(4) 本件事故による受傷、治療の状況
ア 原告は、本件事故により、脳挫傷、肺挫傷、下顎骨骨折、右股関節脱臼骨折、両鎖骨骨折、肋骨骨折、右動眼神経麻痺等の傷害を負った(甲二ないし七)。
イ 小牧市民病院整形外科
平成一〇年二月一五日から平成一〇年六月八日まで
入院 一一四日
平成一〇年六月九日から平成一四年五月一六日まで
通院期間 一四三八日 実通院日数(不詳)
症状固定日 平成一四年五月一六日
(右股関節脱臼骨折、肋骨骨折等)
(甲六)
ウ 小牧市民病院脳外科
平成一〇年二月二七日から平成一〇年三月九日まで
(入院 一一日)(甲四 上記イの入院期間と重複・同一病院内)
平成一一年三月九日から平成一一年三月一五日まで
(入院 七日)(甲一九の八〇頁)
平成一〇年二月一五日から平成一四年五月二一日まで
通院期間 一五五七日 実通院日数 一二日
症状固定日 平成一四年五月二一日
(頭部外傷性後遺症、右動眼神経麻痺)
(甲四)
エ 小牧市民病院眼科
平成一〇年四月七日から平成一四年五月一六日まで
通院期間 一五〇一日 実通院日数 三四日
症状固定日 平成一四年五月一六日
(右動眼神経麻痺、右兎眼性角結膜炎)
(甲七)
オ 名古屋市総合リハビリテーションセンター附属病院リハビリテーション科(以下「名リハ」という。)
平成一二年一〇月二五日から平成一四年六月二七日まで
通院期間 六一一日 実通院日数 二五日
症状固定日 平成一四年六月二七日
(頭部外傷後遺症)
(甲三)
カ 事故日である平成一〇年二月一五日からオの症状固定日である平成一四年六月二七日までは、一五九四日である。
この間の重複を除く入院日数合計は、一二一日である。
二 争点
(1) 後遺障害の程度、労働能力喪失率
ア 原告の主張
(ア) 原告は、本件事故により頭部外傷の傷害を負い、高次脳機能障害の後遺症が残り、記憶力、持続力、集中力及び問題解決能力が著しく低下した。これに加え、右股関節脱臼後の右股関節痛等を含めて総合的に評価すれば、原告の本件障害は、「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの」として、後遺障害等級第五級二号に該当するというべきである。
(イ) 原告は、頭部外傷を原因として、右動眼神経麻痺、対光反射消失等の後遺症を負い、一二級相当の複視ないし羞明が生じた。これらの右眼の後遺障害について、併合の方法を準用すれば、その等級は一一級に該当する。
(ウ) 上記の(ア)と(イ)を併合して、原告の本件後遺障害の等級は、第四級となる。後遺障害等級第四級の労働能力喪失率は九二パーセントである。
仮に同喪失率が認められなかったとしても、眼の後遺障害も含めて全体的に見て、労働能力喪失率は八〇パーセントに達している。
イ 被告の主張
(ア) 原告の高次脳機能障害は、自賠責において、後遺障害等級第七級四号に認定されている。
(イ) 原告は、本人尋問において、少なからぬ質問に対し、覚えていないと答えているが、全体を通してみると、尋問は円滑に進んでおり、意思疎通能力、問題解決能力の半分以上を喪失した状態にあるとまでは認められない。
(ウ) 原告は、記憶力に問題があるにせよ、「特に軽易な労務」でないと服することができないとまではいえず、「軽易な労務」には服することができる状態にある。
(エ) 原告は、症状固定後、自らの易怒性を認識し、それを適切に押さえられるようになってきている。
(オ) 原告は、一般人と同等の作業を行うことはできないものの、一般就労を維持することは可能である。原告の高次脳機能障害について、自賠責が認定した後遺障害等級は、妥当である。
(カ) 原告の具体的後遺症状に照らせば、その後遺障害等級は、併合第六級が相当である。
(2) 損害
ア 原告の主張
(ア) 治療費関係 二八七万一八一五円
a 治療費 一二一万九四一〇円
b 入院雑費 一八万一五〇〇円
日額一五〇〇円 入院日数一二一日
1,500円×121日=181,500円
c 通院交通費 二四万一一六三円
d 付添看護料 九六万八〇〇〇円
原告は、重篤な傷害を負い、そのため入院期間中は毎日母又は父の付添看護を要した。近親者付添費の日額は、八〇〇〇円であり、入院日数は一二一日である。
8,000円×121日=968,000円
e その他諸雑費 八万五四三九円
f 装具 一四万四三〇三円
g 車椅子 三万二〇〇〇円
(イ) 休業損害 一三四四万八七五四円
a 休業損害 一四三四万四五五四円
原告は、本件事故当時、株式会社電算システムに勤務しており、事故前年である平成九年の給与所得は三二八万四六六九円であった。したがって、本件事故日から症状固定日まで一五九四日の休業損害は、次の計算式のとおりである。
3,284,669円÷365日×1,594日=14,344,554円
b アルバイト 八九万五八〇〇円
原告は、平成一四年一月一一日から同年八月一〇日まで、社会復帰を目指して、株式会社電算システムにアルバイト待遇で復職した。その間の収入は、八九万五八〇〇円であった。これに相当する金額は、aの休業損害として、発生していない。
c aとbとを差引計算すると、一三四四万八七五四円となる。
(ウ) 退院後の介護費用 五八九万二〇〇〇円
a 原告は、本件事故により高次脳機能障害が後遺障害として残存しているところ、高次脳機能障害による記憶力や問題解決能力の低下は、症状固定前より高度であった。このため、原告は、周囲の看視・声かけという介護がなければ、症状固定に至るまでの日常生活を送ることは不可能であった。
b 症状固定に至るまで、この看視・声かけという介護を行っていたのは、原告の母親を中心とする近親者である。この介護は、介護料として評価されなければならない。
c 近親者の介護は、日額八〇〇〇円が相当であるが、原告は症状固定に至るまでの間でも、日常生活動作は自立している期間が長かったことを考慮して、その半額の四〇〇〇円を請求する。
d 原告の退院後、症状固定日までの日数は、一四七三日である。
e したがって、症状固定日までの介護費用は、上記金額となる。
4,000円×1,473日=5,892,000円
(エ) 逸失利益 六七九七万〇九四五円
a 基礎収入 四四六万五〇〇〇円
原告は、鹿児島大学教育学部卒の大卒女性であるが、本件事故による受傷時は満二六歳、症状固定時は三一歳と若く、本件事故がなければ、今後、大学卒業の女性労働者の学歴別全年齢平均賃金程度の収入を得る可能性があった。平成一四年の同平均賃金は、年収四四六万五〇〇〇円である。
b 労働能力喪失率 九二パーセント
原告の後遺障害等級は併合第四級であるから、少なくとも九二パーセントの労働能力を喪失している。
c 労働能力喪失期間 三六年間
原告は、症状固定時に満三一歳であり、満六七歳に至るまでの三六年間、就労が可能であった。
d 中間利息控除
ライプニッツ係数 一六・五四六八
e したがって、逸失利益は、上記金額となる。
4,465,000円×0.92×16.5468=67,970,945円
(オ) その他の諸経費 八一万九八一四円
a 住宅改造費 一三万五八七〇円
b シャワーチェアー代 一万八九〇〇円
c 眼鏡代 六六万五〇四四円
<1> 原告は、本件事故により、右眼に第一一級の後遺障害が発生した。そのため原告は眼鏡を必要とするが、眼鏡は定期的に作り変えなければならない。原告は、本件事故後、症状固定の年の年末までに、三回にわたり眼鏡を購入し、その金額の合計は、一四万〇七〇〇円である。
<2> 眼鏡は、将来にわたって定期的に作り替える必要がある。事故から平成一四年末までの約五年間に一四万〇七〇〇円の眼鏡費用を要したから、年平均にすると二万八一四〇円の眼鏡代が必要となる。
原告は、症状固定時に満三一歳であり、その平均余命は五四・八八年である。五五年のライプニッツ係数は、一八・六三三四である。
したがって、将来の眼鏡代は、五二万四三四四円となる。
140,700円÷5年=28,140円
28,140円×18.6334=524,343.8円≒524,344円
<3> <1>と<2>の合計は、六六万五〇四四円となる。
(カ) 慰謝料
a 傷害慰謝料 三五〇万〇〇〇〇円
原告の入通院は、事故日から症状固定日まで、入院四か月、通院四八・五か月間と長期にわたる。このような重篤な傷害に対する傷害慰謝料としては、上記金額が相当である。
b 後遺障害慰謝料 一八〇〇万〇〇〇〇円
後遺障害等級併合四級であり、本件事故当時の勤務先に復職する意欲を有し、実現のための努力をしたにもかかわらず、退職せざるを得なかったことなど慰謝料増額事由があるので、後遺障害慰謝料としては、上記金額が相当である。
(キ) 以上合計 一億一二五〇万三三二八円
(ク) 損害の填補
a 自賠責保険 -一二九六万〇〇〇〇円
b 任意保険 -一二四九万八一四九円
(ケ) 差引計算後の損害 八七〇四万五一七九円
(コ) 弁護士費用 八七〇万四五一八円
(サ) 損害合計((ケ)+(コ)) 九五七四万九六九七円
イ 被告の主張
(ア) (ア)(治療費)関係について
a a(治療費)は認める。
b b(入院雑費)は、否認する。
c c(通院交通費)は認める。
d d(付添看護費)は否認する。
本件では、原告の母又は父が、原告の入院中、付添看護を毎日行うまでの必要は認められない。加えて、原告が主張する近親付添費の日額は、極めて高額である。
e e(その他諸雑費)は認める。
f f(装具)は認める。
g g(車椅子)は認める。
(イ) (イ)(休業損害)について
a a(休業損害)は否認する。
b b(アルバイト)は認める。
(ウ) (ウ)(退院後の介護費用)は否認する。
介護料とは、被害者に植物状態等の極めて重度の後遺症が残存し、常時介護あるいは随時介護が必要な場合に認められる損害である。ところが、原告の症状は、症状固定以前においても、常時介護あるいは随時介護が必要な状態ではなかった。したがって、原告の退院後、症状固定までの介護費用は、否定されるべきである。
(エ) (エ)(逸失利益)は否認する。
特に、労働能力喪失率については、後遺障害等級第六級を前提とした六七パーセントとすべきである。
(オ) (オ)(その他諸経費)について
a a(住宅改造費)は認める。
b b(シャワーチェアー代)は認める。
c c(眼鏡代)は、<1>の症状固定までの費用を認め、<2>の将来分は否認し、<3>の合計は争う。
(カ) (カ)(慰謝料)は否認する。
(キ) (キ)(以上合計)は争う。
(ク) (ク)(損害の填補)は認める。
(ケ) (ケ)(差引計算後の損害)は争う。
(コ) (コ)(弁護士費用)は否認する。
(サ) (サ)(損害合計)は争う。
第三当裁判所の判断
一 争点(1)(後遺障害の程度、労働能力喪失率)について
(1) 前提事実、証拠(甲三ないし八、一〇の一、二、甲一五、二〇、乙一、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
ア 原告は、鹿児島大学教育学部を卒業したあと、岐阜市内の株式会社電算システムに入社し、プログラマーとして働いていた。昭和○年○月○日生まれであり、本件事故時の平成一〇年二月一五日当時は満二六歳、本件症状固定日の平成一四年六月二七日当時は満三一歳であった。復職の強い意欲を有し、自宅でかなりの時間をかけて練習を積んだうえで、同年一月一一日からアルバイト待遇で本件事故前にしていた仕事に復帰したが、仕事の内容について記憶を失っており、覚え直すのが難しく、作業時間がかかりすぎるために、部署を変わらざるを得なくなり、新しい仕事も覚えられず、同年八月一〇日に退職した。平成一五年終わりころには、高次機能障害者が集まる「架け橋西岐阜」という作業所に通うようになり、現在に至るまで、袋詰めなどの単純作業に従事している。
イ 原告は、本件事故前、明朗、快活で、運動能力の優れた、健康な女性であった。本件事故により受傷し、現在、神経障害として、右動眼神経麻痺、嗅覚低下、右股関節痛による歩行困難が認められ、精神症状としては、記憶、記銘力障害、性格の変化が認められる。物忘れがひどく、新しいことが覚えられない。怒りやすく、音がうるさく、光がまぶしい。粘着性があり、しつこく、こだわりが強い。飽きっぽい。感情の起伏が激しく、気分が変わりやすい。集中力が低下していて、気が散りやすい。感情が爆発的で、ちょっとしたことで切れやすい。発想が幼児的で、自己中心的である。多弁おしゃべりで、話がまわりくどく、話の内容が変わりやすい。計画的な行動をする能力に欠ける。行動が緩慢で、手の動きが不器用である。複数の作業を並行して処理する能力が劣る。自発性や発動性の低下があり、指示や声かけが必要である。服装、おしゃれに無関心であり、あるいは不適切な選択をする。寝付きが悪く、すぐに目が覚める。社会的適応性の障害により、友達付き合いが困難となり、家人としか話さない。人混みの中に出かけることを嫌う。
ウ 原告は、本件事故後も、IQは一一〇前後あり、正常域に属している。本人尋問における供述は、記憶がない旨の回答が多いが、質問を良く理解し、意味を取り違えるようなことはない。オフコンプログラムの作業内容、退職に至る経過と職場における周囲の人の反応、面接試験のような比較的短時間の対話の成立、作業所の「架け橋西岐阜」の実情、自己の現在の症状、性格、問題点などについての説明、感想、意見は、分かりやすく、何を答えるべきであるかを判断し、事柄に適した話し方をする能力は、本人尋問の際には、普通にあるように見受けられた。
エ 帝京大学医学部脳神経外科の教授であるA医師は、平成一五年六月一一日、原告に記憶・記銘力障害を中心とした高次脳機能障害があるところ、その精神神経系統の後遺障害の程度は、自賠責の後遺障害等級第五級二号の「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができない」に相当すると判断した。
オ 損害保険料率算出機構岐阜自賠責損害調査事務所長は、平成一六年四月一九日、原告の後遺障害等級について、自賠等級併合第六級に該当する旨判断した。その理由の要旨は、次のとおりである。
(ア) 記憶力、持続力、集中力及び問題解決能力の低下があるものと捉えられ、右股関節脱臼後の右股関節痛等を含め総合的に評価し、神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの第七級四号に該当するものと判断する。
(イ)a 頭部外傷による右動眼神経麻痺が認められ、ヘス検査結果から正面視で複視を生じるものとして第一二級に該当するものと判断する。
b 右動眼神経麻痺による対光反射消失が所見され、右眼対光反射の消失は完全に固定とされており、右眼の羞明については一眼の瞳孔の対光反射が著しく障害され、著明な羞明を訴えるものとして、第一二級に該当するものと判断する。
上記a、bについて併合の方法を準用し、第一一級相当に該当するものと判断する。
(ウ) 両眼の視力については、矯正にて〇・六以下になったものとは認められず、後遺障害は認められないものと判断する。
(エ) 右眼瞼の障害については、やや外反とされ、開瞼時に瞳孔領を完全におおうもの、又は閉瞼時に角膜を完全におおい得ないものとは捉えがたく、自賠責保険の後遺障害には該当しないものと判断する。
(オ) 右股関節脱臼骨折による右股関節の運動障害については、他動値を採用し、その運動可能領域が健側の運動可能領域の四分の三以下に制限されているものとは認められず、自賠責保険の後遺障害には該当しないものと判断する。
(カ) 嗅覚低下との訴えについては、外傷の約四年以上経過後の平成一四年五月からの訴えとされ、本件外傷との因果関係は不明で、自賠責保険の後遺障害とは認め難いものと判断する(併合効果は認められない。)。
(キ) 味覚低下との訴えについては、医証上味覚障害に関する症状・所見は認められず、本件外傷との因果関係は不明で、自賠責保険の後遺障害とは認め難いものと判断する(併合効果は認められない。)。
上記(ア)、(イ)を併合し、併合六級に該当するものと判断する。
(2) 上記認定事実に基づいて判断する。A医師の判断の時点から自賠責損害調査事務所長の判断の時点まで一〇か月程度の時間の経過があり、甲一六、二〇(八六頁)及び弁論の全趣旨によれば、その間、新たな資料の追加があったことがうかがわれる。また、上記認定の原告本人尋問における供述内容及び供述態度によれば、記憶力及び記銘力を除く原告の能力は、かなり良好に保たれていることが認められる。このような点に注意を払って、上記認定事実を考察すれば、原告の後遺障害等級は、高次脳機能障害が第七級四号に該当し、右動眼神経麻痺が併合第一一級に該当し、これらを併合し、併合第六級に該当するとの自賠責損害調査事務所長の判断を採用するのが相当である。
(3) しかしながら、上記認定事実、甲一五、二〇、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告の後遺障害等級が併合第六級に該当するものであったとしても、その記憶力及び記銘力の障害の程度が強いことを考慮すると、実際に一般の就労を果たして、これを維持するには、非常な困難が伴うことが認められる。民事交通訴訟の実務上、後遺障害等級第六級の労働能力喪失率は、六七パーセントとされる例が多い。しかし、本件においては、通常は五級で七九パーセントとされる例が多い労働能力喪失率との間の、ほぼ中間値に近い七五パーセントを、原告の労働能力喪失率とするのが相当である。
二 争点(2)(損害)について(争点と認定の対比関係を把握しやすくするために、通し符号は、争点欄と同一の符号を用いる。また、計算は、そのつど、円未満を切り捨てて行う。)
(ア) 治療費関係 二一二万一六一五円
a 治療費 一二一万九四一〇円
争いがない
b 入院雑費 一五万七三〇〇円
弁論の全趣旨により日額一三〇〇円が相当であると認める。
前提事実に説示のとおり、入院日数は一二一日である。
1,300円×121日=157,300円
c 通院交通費 二四万一一六三円
争いがない。
d 付添看護費 二四万二〇〇〇円
甲一九及び弁論の全趣旨によれば、原告は、重篤な傷害を負い、入院期間を通して、母又は父の付添看護を受けていたこと、入院当初から相当な期間は、その付添看護は原告が入院生活を送るうえでなくてはならないものであったことが認められる。しかしながら、その期間がどの程度であるかを確定することは、証拠上、難しい。そこで、日額六〇〇〇円ないし八〇〇〇円程度とされる付添看護費用を日額二〇〇〇円として、入院日数を乗ずることにより、内輪の確実な金額を算出する。
2,000円×121日=242,000円
e その他諸雑費 八万五四三九円
争いがない。
f 装具 一四万四三〇三円
争いがない。
g 車椅子 三万二〇〇〇円
争いがない。
(イ) 休業損害 一三四四万八七五四円
a 休業損害 一四三四万四五五四円
甲一一及び前提事実によれば、原告は、本件事故の前年である平成九年に、三二八万四六六九円の給与所得を得ていたこと、本件事故日から症状固定日まで一五九四日であることが認められる。この間の休業損害は、次の計算式のとおりである。
3,284,669円÷365日×1,594日=14,344,554日
b アルバイト 八九万五八〇〇円
原告が、平成一四年一月一一日から同年八月一〇日まで、アルバイト待遇で復職し、この間、八九万五八〇〇円の収入を得たこと、したがって、これに相当する金額は、aの休業損害が発生していないことは、当事者間に争いがない。
c aとbとを差引計算すると、一三四四万八七五四円となる。
(ウ) 退院後の介護費用 〇円
その必要性を認めるに足りる証拠はない。
(エ) 逸失利益 五五四一万一〇九六円
a 基礎収入 四四六万五〇〇〇円
前提事実、上記一(1)の認定事実、甲一五、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、本件事故がなければ、今後、大学卒業の女子労働者の学歴別全年齢平均賃金程度の収入を得る可能性があったところ、平成一四年の同平均賃金は、年収四四六万五〇〇〇円であることが認められる。
b 労働能力喪失率 七五パーセント
上記一に認定説示のとおりである。
c 労働能力喪失期間 三六年間
上記一に認定説示のとおり、原告は症状固定日に満三一歳であり、満六七歳に至るまでの三六年間、就労が可能であった。
d 中間利息控除
三六年のライプニッツ係数 一六・五四六八
e したがって、逸失利益は、上記金額となる。
4,465,000円×0.75×16.5468=55,411,096円
(オ) その他諸経費 八一万九八一三円
a 住宅改造費 一三万五八七〇円
b シャワーチェアー代 一万八九〇〇円
c 眼鏡代 六六万五〇四三円
<1> 原告は、症状固定の年の年末までに、本件事故と因果関係のある損害として、三回分の眼鏡購入代金の合計一四万〇七〇〇円が必要であったことは、当事者間に争いがない。
<2> <1>の事実及び弁論の全趣旨によれば、原告は、将来にわたって定期的に作り替える必要があること、一年に二万八一四〇円の眼鏡代が必要となること、症状固定後の原告の平均余命は五四・八八年であり、五五年のライプニッツ係数は、一八・六三三四であることが認められる。したがって、将来の眼鏡代は、中間利息を控除すると、五二万四三四三円となる。
28,140円×18.6334=524,343円
<3> <1>と<2>の合計は、六六万五〇四三円となる。
(カ) 慰謝料
a 傷害慰謝料 三〇〇万〇〇〇〇円
前提事実のとおり、入院四か月、通院四八・五か月である。これを基礎として、諸事情を総合考慮すると、上記金額が相当である。
b 後遺障害慰謝料 一二〇〇万〇〇〇〇円
上記一に認定のとおり、原告は、自賠責後遺障害等級併合六級である。これを基礎として、諸事情を総合考慮すると、上記金額が相当である。
(キ) 以上合計 八六八〇万一二七八円
(キ)―二 過失相殺後の損害 六五一〇万〇九五八円
前提事実(3)のとおり、過失割合は、原告が二五パーセント、被告が七五パーセントである。したがって、過失相殺後の金額は、次の計算のとおり、上記金額となる。
86,801,278円×(1-0.25)=65,100,958円
(ク) 損害の填補
争いがない。
(a) 自賠責保険 -一二九六万〇〇〇〇円
(b) 任意保険 -一二四九万八一四九円
(ケ) 差引計算後の損害 三九六四万二八〇九円
(コ) 弁護士費用 三〇〇万〇〇〇〇円
上記認定説示の本件事案の内容に照らすと、原告が弁護士費用として実際にどのような金額を支払うかとは別の観点に立って、本件事故と相当因果関係のある損害としての弁護士費用を、差引計算後の損害の約七・五パーセントに当たる上記金額とするのが相当である。
(サ) 損害合計((ケ)+(コ)) 四二六四万二八〇九円
三 結論
よって、原告の本件請求は、被告に対し、民法七〇九条及び自賠法三条に基づいて、本件事故による損害賠償金として、四二六四万二八〇九円及びこれに対する本件事故の発生した日である平成一〇年二月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから棄却する。
(裁判官 富田守勝)