名古屋地方裁判所 平成16年(ワ)94号 判決 2005年9月07日
原告
X
被告
富士火災海上保険株式会社
主文
一 被告は、原告に対し、三六六四万円及びこれに対する平成一六年二月一一日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その九を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、四〇六四万五〇〇〇円及び内三六六四万五〇〇〇円に対する平成一六年二月一一日(訴状送達の日の翌日)から、内四〇〇万円に対する平成一七年六月二五日(請求拡張申立書送達の日の翌日)から、それぞれ支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告との間で自家用自動車総合保険契約(SAP、以下「本件保険契約」という。)を締結していた原告が、同人の運転する自動車(以下「原告車」という。)が自損事故を起こして損害を被ったとして、被告に対し、本件保険契約に基づき保険金の請求をし、これに対し、被告は、原告が、本件事故当時、酒に酔って正常な運転ができない恐れのある状態で原告車を運転していたことから、本件保険契約に適用される自家用自動車総合保険普通保険約款(以下「本件保険約款」という。)に規定する保険金を支払わない事由(以下「本件免責事由」又は「本件免責約款」という。)に該当すると主張して争った事案である。
一 前提事実(当事者間に争いがないか又は認定の後の括弧内に掲示した証拠により容易に認められる事実)
(1) 本件保険契約(甲二、四)
原告は、平成一三年一一月一〇日、被告との間で、以下の内容の自家用自動車総合保険契約(SAP)を締結した。
ア 保険期間 平成一三年一一月一〇日から平成一四年一一月一〇日まで
イ 被保険自動車 原告車(<番号省略>)
ウ 人身傷害補償保険 三〇〇〇万円
エ 搭乗者傷害保険 一〇〇〇万円
医療保険金 入院日額一万五〇〇〇円
通院日額一万円
オ 車両保険 七〇万円
(2) 本件免責約款(甲四)
本件保険約款第二章第三条<1>(2)には、「被保険者が、酒に酔って正常な運転ができないおそれがある状態で被保険自動車を運転している場合に、その本人について生じた傷害に対しては、被告は、保険金を支払わない」旨の規定がされている。
(3) 本件事故(甲一、一一)
ア 日時 平成一四年五月九日午後一一時五〇分ころ
イ 場所 岐阜県加茂郡東白川村五加 南北橋東側(以下、「本件道路」又は「本件事故現場」という。)
ウ 被害車両 自家用普通乗用自動車(<番号省略>)
エ 同運転者 原告
オ 事故態様 原告車が、車道外側のブロック塀に追突した。
(4) 原告の受傷及び治療経過
原告は、本件事故により顔面多発骨折、両側上顎骨骨折、右足関節解放性脱臼骨折、右膝蓋骨解放骨折等の傷害を負い、意識不明の状態で白川病院に、続いて木沢記念病院に搬送されて応急措置を受けた(甲六の一)後、中濃病院に搬送され、以降次のとおり入通院して治療を受けた。
ア 中濃病院(甲五の一及び二)
(ア) 入院 平成一四年五月一〇日から同年八月二二日までの一〇五日間
(イ) 通院 同月二三日から同年一〇月二四日までの間に一日間
イ 津島市民病院(甲五の三及び四、七の一)
(ア) 入院 平成一四年八月二二日から同年九月二七日までの三七日間
平成一五年三月二五日から同月三一日までの七日間
(イ) 通院 平成一四年九月二八日から平成一五年六月一三日までの間に八日間
ウ 医療法人井桁更生会ジュンクリニック(甲五の六)
通院 平成一四年一〇月四日から同年一一月三〇日までの間に三七日間
エ 名城病院(甲五の五)
通院 平成一四年一〇月三一日から同年一二月三一日までの間に一〇日間
(5) 原告の症状固定及び後遺障害
原告は、平成一五年六月一三日、津島市民病院において症状固定と診断され(甲七の一)、平成一六年一二月三日、原告の後遺症は、後遺障害等級併合八級に相当すると認定された(乙八)。
二 争点
(1) 本件免責事由の存否(原告は、本件事故当時、酒によって正常な運転ができない恐れのある状態で原告車を運転していたか否か)
(2) 原告の損害(保険金額)
三 争点に対する原告の主張
(1) 争点(1)について
原告は、本件事故当日、実家の棟上げ式の後の宴会に参加して若干の飲酒を行い、その後夕食をとり、酔いを覚ますため仮眠を取り、夜遅くまで実家にとどまり深夜になって津島市の自宅への帰路についた。原告は、本件事故当時、酒に酔った状態で原告車を運転していない。原告は、本件事故当時の記億がない。
(2) 争点(2)について
ア 人身傷害補償特約に基づく保険金 三〇〇〇万円
(ア) 治療費 一九一万九八六一円
治療費の総額は四二五万七〇六四円で、そのうち二三三万七二〇三円については、国民健康保険から高額医療費として支給を受けた。
(イ) 装具・器具代 三万一四七三円
(ウ) 付添看護料 六〇万円
入院期間一五〇日間について、一日当たり四〇〇〇円とする。
(エ) 休業損害 七三五万円
原告の本件事故前の一か月当たりの収入は五二万五〇〇〇円であり、平成一四年五月から平成一五年六月までの一四か月間休業し、その間給与の支給を受けなかった。
(オ) 傷害慰謝料 一四三万七四六〇円
a 一五〇日間の入院期間について、事故から三か月までは七五万四四〇〇円、三か月超六か月までは三三万二九二〇円
b 平成一四年九月二九日から平成一五年六月一三日までの間に合計二二四日間の通院期間については、事故から三か月超六か月までの四四日間は一二万六二八〇円、事故から六か月超九か月までの九二日間は一六万九七四〇円、事故から九か月超一三か月までの八八日間は五万四一二〇円
(カ) 逸失利益 三四二六万〇九七五円
原告の収入は六三〇万円であるが、後遺障害等級第八級に相当する後遺症が残り、就労可能な一九年間(その間のライプニッツ係数は一二・〇八五)にわたり、労働能力の四五パーセントを喪失したことから、逸失利益は上記金額となる(6,300,000×0.45×12.085)。
(キ) 後遺障害慰謝料 四〇〇万円
後遺障害等級第八級の金額
(ク) 原告の以上の損害は、合計四九五九万九七六九円であるが、保険金額は三〇〇〇万円とされていることから同額となる。
イ 搭乗者傷害保険条項に基づく保険金 五九四万五〇〇〇円
(ア) 後遺障害保険金 三四〇万円
保険内容は、保険金額(本件では一〇〇〇万円)に後遺障害等級表の支払割合(後遺障害等級八級では三四パーセント)を乗じた額を保険金額であり、上記金額となる。
(イ) 医療保険給付金 二五四万五〇〇〇円
保険内容は、入院一日につき一万五〇〇〇円、通院一日につき一万円であり、限度日数は一八〇日間である。原告の入院日数は通算一四九日間(二二三万五〇〇〇円)であるから、限度日数内の通院期間は三一日間(三一万円)である。
ウ 車両保険金 七〇万円
車両保険金額は七〇万円であるが、原告車は、本件事故により損傷し全損となったことから、保険金額が損害額となる。
エ 被告の不誠実な支払遅延行為に対する慰謝料 二〇〇万円
本件事故後、原告の保険金請求に対する被告の対応は二転三転している。被告は、入院費等については、被告が直接支払うと告知しながら、何の説明もなくこれを支払わない。被告が、本件訴訟において主張するように、損害保険会社が免責事由の抗弁の主張をすることは許されないわけではないが、被告は、保険金の支払を前提に原告から必要書類を受け取りながら、本件訴訟提起に至るまで明確な結論を示すことをしないなど、迅速な処理を行おうとしなかった。また、被告は、平成一五年九月に原告から必要書類を受領しながら、本件訴訟提起時までに自ら後遺障害等級認定の申立を行わず、原告にこれを行うように促したことから、原告がこれを行ったところ、自損単独事故の場合には契約者からは請求はできず、任意保険会社からの請求が必要となるとの回答を受けた。その後、被告が申請を行い、認定が出されたのは、平成一六年一二月三日であった。損害保険会社である被告が原告に請求権がないことを知らないはずはなく、訴訟前も訴訟後も、事実認定や結論が出るのを先延ばししていると言わざるを得ない。原告は、保険金が支払われるであろうと信じていたにもかかわらず現在に至ったことにより甚大な精神的苦痛を被った。被告の対応は、著しく信義を欠くものとして保険金請求とは別に不法行為を構成する。原告の精神的苦痛を慰謝するには二〇〇万円を下るものではない。
オ 弁護士費用 二〇〇万円
四 争点に対する被告の主張
(1) 争点(1)について
原告は、本件事故当日に実家の棟上げ式のお祝いの宴会で、一時間半から二時間かけてビールを大瓶三本程度(日本酒であれば六〇〇ミリリットル)は飲み、飲酒後三時間半から四時間後に原告車を運転して帰路についている。ビール大瓶三本を飲んだ場合、二時間後に血中アルコール濃度はピークを迎える。平均的な日本人がビール大瓶二本を二〇分から三〇分かけて飲むと、血中アルコール濃度が完全に消失するのに要する時間は七時間を要するとされているが、ビール大瓶三本を飲んだ場合には、七時間後にも血中アルコール濃度は〇・二五ミリリットル(酒気帯び運転)以下にはならない。これによれば、原告は、酒に酔って正常な運転ができない恐れのある状態で原告車を運転し、自損事故を起こしたものであり、本件免責事由に該当する。
(2) 争点(2)について
ア 原告の請求は争う。
イ 被告の反論
(ア) 休業損害について
原告の勤務する有限会社セットアップの第九期(平成一三年五月一日から平成一四年四月三〇日まで)は経常利益が六三九万七五二一円の赤字であり、役員報酬として七三五万円が計上されている。また、第一〇期(平成一四年五月一日から平成一五年四月三〇日まで)は経常利益が四五万三六三五円の赤字となっており、第九期と比べると経常利益が五九四万三八八六円も増加している。これは、役員報酬を計上しなかったためである。第一〇期の役員報酬は計数上六三〇万円であるが、これを経費に計上すれば、経常利益は六七五万三六三五円の赤字となり、事故前年の第九期と大差ないこととなる。同社の社員は一人であり、実質的に原告の個人会社であるとすれば、原告の収入は、本件事故前に比べて五九四万三八八六円も増加しており、この増加分を役員報酬に計上すれば、本件事故前と比べて一四〇万六一一四円の減少となり、これが原告の休業損害となる。また、原告は、休んでいる間は、アルバイトに時間を工面してもらっていたと供述するところ、これによれば、休業損害は代替労働分の一一六万〇一九〇円となる。
(イ) 逸失利益について
原告は、平成一五年七月から就労しており、収入の減少は売上の減少に伴って給料を減少させたと供述しており、本件事故による後遺障害によって就労に支障が生じたため減額したものではない。そうすれば、原告の後遺障害による労働能力の喪失期間は、人身傷害保険の適用規定下限の六年が相当である。
(ウ) 被告の不誠実な支払遅延行為に対する慰謝料について
被告が結論を出すことが遅れたこと、本件訴訟において被告が免責事由を主張していることは認めるが、本件は、飲酒による影響が認められるか否かについての判断が極めて難しい事例であり、被告としては結論を出すことが困難であった。
第三争点に対する判断
一 本件免責事由の存否(原告は、本件事故当時、酒によって正常な運転ができない恐れのある状態で原告車を運転していたか否か)について(争点(1))
(1) 甲一五号証、乙二号証及び原告本人の供述によれば、以下の事実が認められる。
原告は、実家の建物新築工事の棟上げ式に出席するために、平成一四年五月九日の午前一一時頃、原告車を運転して津島市にある自宅を出て、午後二時頃、岐阜県加茂郡東白川村の実家へ到着した。午後五時頃から簡素な棟上げ式と餅投げがあり、引き続き午後六時過ぎ頃から、原告の身内、工事関係者、近所の人など約三〇人が参加して、祝いの宴会が始まった。宴会には、樽酒とビールが出され、原告も何らかのアルコールを摂取した。宴会は、午後七時三〇分頃から午後八時頃に閉会となり、その後、原告は、家族や親戚と夕食を取りながら話をし、翌日の仕事の関係で宿泊せずに帰宅する予定であったことから仮眠を取り、午後一一時頃に起床して母親や兄夫婦と話をし、午後一一時四五分頃、帰宅するために原告車を運転して自宅に向けて実家を出発し、午後一一時五〇分頃、本件事故を起こした。原告の義姉は、原告に持ち帰らせようとして、お祝いにもらった缶ビール二ケースを原告車に積んでおいた。
(2) 甲一一号証、乙一、四号証及び原告本人の供述によれば、以下の事実が認められる。
ア 本件事故現場は、山沿いにあり、東(恵那郡加子母村)から西(加茂郡白川町)に向かう本件道路の北側に位置し、本件道路は、車道の幅員が約七メートルの片側一車線で、本件事故現場手前付近から、やや下り坂となりながら緩やかに左にカーブし、アスファルトで舗装され、乾燥した、交通閑散な道路である。本件道路の車道の北側には、縁石を挟んで幅約二・五メートルの歩道が、歩道の外側は砂防ブロック塀が設置されており、南側は崖となり、車道の外側にガードレールが設置されている。本件事故現場付近には照明がなく、夜間は暗いが、原告車から前方の見通しを妨げるものはない。
イ 原告は、原告車を運転して、本件道路を東方から西方に向かって走行して来たが、原告車は、本件事故現場手前から、緩やかな左カーブを曲がらずに直進してセンターラインを超えて反対車線に進入し、さらに、道路反対側の縁石に乗り上げ、歩道の外側の砂防ブロック壁にほぼ正面から衝突し、その前部が大きく損傷を受けた。本件事故現場付近には、原告車のスリップ痕やタイヤ痕は認められなかった。原告車の座席付近には、缶ビールが衝撃で破損した状態で散乱していた。
(3)ア 原告は、本件事故前後の記憶がなく、事故に至った状況を説明できないが(原告本人五三項)、前記の本件事故現場付近の道路状況、衝突状況、事故発生時間等からすれば、本件事故原因として、速度の出し過ぎや、脇見、居眠り運転、又は山間部であることから、道路上に動物が飛び出してきたことから、これを避けようとしてハンドル操作を誤ったこと等が考えられ、さらに、原告が本件事故以前に宴会において何らかのアルコールを摂取したことからすれば、原告の運転操作の誤りの原因が、アルコールの影響により注意力が散漫となったことであることも否定できない。
イ 本件宴会における原告の飲酒量について、原告は、前記のとおり記憶がなく、被告が依頼した調査会社が行った、原告の義姉や建築関係者等の本件宴会参加者に対する聞き取り調査でも、原告の宴会における飲酒の程度は明らかではなく、また、原告が、本件宴会の後の夕食時等に飲酒をしたかどうかについても明らかではない。
ウ 原告は、「日本酒はあまり好きではないので、樽酒はたぶん飲んでいないと思う。ビールもあまり好きではなく、暑い夏の日にコクッと飲む程度で続けて飲むことはしない。缶酎ハイが好きである。宴会が終わった後食事をしていると思うが、晩酌はしていないと思う。」と供述する(原告本人二四、二五、三二、三五、及び三六項)。
エ 原告は、実家の人間以外の本件宴会参加者とはあまり面識がなく、実家の人間から宴会参加者に紹介されたこともなかった(乙二)。これによれば、原告は、宴会において、積極的に酒を勧めたり、勧められたりする立場でもなかったと考えられる。
オ 本件事故後、原告を病院に搬送した白川町東消防署の救急隊員は、被告代理人による弁護士照会に対し、「車両内にビール缶が散乱しており、さらに缶が事故の衝撃によって破裂していた。よって車両内は酒臭が強くあり、原告に酒臭は認められるものの飲酒については判断できない。」と回答している(乙四)。一方、原告が、本件事故後に二番目に搬送された木沢記念病院のA医師は、被告が依頼した損害調査会社の調査員(以下「被告調査員」という。)の「中濃病院の救急担当医は、原告に酒の臭いはなかったように思うと聞いているのですが」という問いかけに対し、「ここでも三〇分くらいの治療時間がありますので、その際にお酒の臭いが消えているかもしれないので、中濃病院で臭いがしないといわれたのはそうかもしれませんね。」と答え、さらに、「(原告は)私の治療の時は酒の臭いが非常に強くしていました。泥酔の状態であったといえます。」と回答しているが(乙三)、その後の弁護士照会に対しては、「酒の臭いがしたような気もしたが確認は困難であった。外傷の程度から判断すると、飲酒運転、居眠り運転などが疑われたが、客観的な所見は全くない。」と回答している(乙五)。しかし、木沢記念病院のA医師が原告から強いアルコールの臭気を感じ、泥酔の状態とまで判断していながら約三〇分の治療後に搬送された中濃病院の担当医師は、原告に酒の臭いはなかったように思うとしていることからすれば、本件事故により原告車内に積んであった缶ビールが破損し、ビールが大量に車内に漏れ出し、これが原告の衣服等に付着したことから、原告自身からアルコールの臭いが発生し、また、原告が重傷であったこともあり、木沢記念病院のA医師は、原告が泥酔状態であったと判断したが、木沢記念病院又は中濃病院で、治療のために原告の衣服を脱がせたことにより、中濃病院の担当医師は、原告に酒の臭いはなかったと判断したことも考えられること、これに、本件事故後、原告に血液検査等によるアルコール反応の検査が行われておらず、原告の体内へのアルコール残量が不明であることを併せて勘案すれば、A医師の回答のみによっては、原告が本件事故当時に酒に酔った状態であったと断定することはできない。
(4)ア 以上のとおりであり、本件事故現場の状況や事故状況等によれば、本件事故は、原告がアルコールの影響により運転操作を誤ったことが原因ではないかとの疑いも残るが、前記のとおり、棟上げ式は簡素なものであり、本件宴会での原告の飲酒の内容及びその程度は明らかではなく、原告は、宴会に出された日本酒やビールをあまり好まないこと、宴会終了後に家族等と夕食を取りながら話をし、午後一一時頃まで仮眠を取り、起床後にも家族と話をし、起床して四五分頃に実家を出て約五分後に本件事故が発生していること、その他、本件事故当時の原告の体内におけるアルコールの残量を積極的に確認する証拠がないことからすれば、本件事故が、原告が酒に酔って正常な運転ができない、恐れのある状態で原告車を運転していたことを原因として発生したとの立証があったと認めることは困難であると言わざるを得ない。
イ 被告は、原告が宴会で、一時間半から二時間かけてビールを大瓶三本程度(日本酒であれば六〇〇ミリリットル)飲み、飲酒後三時間半から四時間後に原告車を運転して帰路についたことを前提に、原告は、酒に酔って正常な運転ができない恐れのある状態で原告車を運転し、自損事故を起こしたと主張するが、前記のとおり、原告の宴会での飲酒の内容及びその程度は明らかではなく、また、原告は、宴会終了後に家族等と夕食を取り、その後午後一一時頃まで仮眠を取り、起床後にも家族と話をし、その四五分頃に実家を出ているのであり、被告の主張は、採用できない。
ウ これによれば、被告の本件免責事由の存在を前提とする主張は理由がない。
二 原告の損害(保険金額)について(争点(2))
(1) 人身傷害補償特約に基づく保険金 三〇〇〇万円
ア 原告の人身損害 四八〇六万六七〇六円
(ア) 治療費 一九一万九八六一円
治療費の総額は、四二五万七〇六四円であったが(甲五の一ないし六、六の一ないし八)、そのうち二三三万七二〇三円については、国民健康保険から高額医療費として支給を受けたことから(甲八の一ないし四)、残額は上記金額となる。
(イ) 装具・器具代 三万一四七三円(甲六の七)
(ウ) 付添看護料 三一万六〇〇〇円
a 原告が入院した中濃病院と津島市民病院は、基準看護病院であり、基本的には患者の看護については、家族等の付添は必要とはされておらず、また、医師から家族に対し、付添看護の指示がされたこともなかった(乙九、一〇)。しかし、原告は、本件事故により、顔面多発骨折、両側上顎骨骨折、右足関節解放性脱臼骨折、右膝蓋骨解放骨折等の重大な傷害を負い、事故五日後の平成一四年五月一五日に、中濃病院整形外科において、全身麻酔による鎖骨、膝骨、足関節等七か所の手術を、また、同病院耳鼻科において顔面骨の手術を受け、その後も同年六月四日までの間は集中治療室で治療を受け、手術から同月一三日までは、顎間固定を受け、同年七月二二日に症状改善して同病院整形外科に転科となり、リハビリ治療を受けるようになった(甲五の一及び二)。そして、原告は、中濃病院に同年八月二二日まで入院し、同日、津島市民病院に転院して経過観察となり、同病院に同年九月二七日まで入院した(甲五の三)。
b 以上の原告の受傷内容、その程度及び治療経過等によれば、中濃病院が基準看護病院であり、家族の付添に医師の指示がなかったとしても、前記の原告の治療経過及び症状等を考慮すれば、少なくとも、原告が集中治療室から一般病棟に転床した同年六月五日から中濃病院を退院した同年八月二二日までの七九日間については、付添看護の必要があり、その間、原告の妻が原告に付き添ったことが認められる(甲一六)。
c 本件保険約款によれば親族による付添看護料は一日当たり四〇〇〇円とされている(4,000×79、甲四の二九頁)。
(エ) 休業損害 七一九万七五八〇円
a 原告は、有限会社セットアップの代表取締役であるが、同社は、ハンバーガー店を経営している。本件事故当時の同社の従業員は、原告の他準社員が二名、アルバイト一五名であった。原告は、本件事故当時、役員報酬として一か月当たり五二万五〇〇〇円の支給を受けていたが、原告は、他の従業員と一緒に店舗に入って一か月当たり二〇二、三〇時間(一日七、八時間)稼働していた(甲九の二、原告本人一、二及び七項)。原告の収入は、平成一三年は月額六五万円であったが、売上の減少により、平成一四年一月からは月額五五万円に、同年三月からは五二万五〇〇〇円に減額された。原告は、「原告の報酬は、損益計算書を作成する際、あまり赤字にならないように数字合わせをし、自分の生活費とのかねあいで決めていた」と供述する(原告五八ないし六二)。これによれば、原告の報酬のうち、実際の労働対価部分は明確ではない。しかし、本件保険契約によれば、男性四八歳の一か月当たりの年齢別平均給与額は五二万一〇〇〇円とされており(甲四の三一頁)、これを併せて勘案すれば、原告の前記収入額は不相当ではないことから、原告の本件事故当時の収入は一か月当たり五二万五〇〇〇円とするのが相当である。
b 原告は、本件事故により傷害を受けたことから、平成一四年五月一〇日から平成一五年六月三〇日までの問休業し、その間給与の支給を受けなかった(甲九の二及び三、甲一八の二及び三)。これによれば、原告の休業損害は上記金額となる(【525,000×22/31】+【525,000×13】)。
c これに対し、被告は、原告の経営する有限会社セットアップの経常利益は、本件事故後に増加していることなどから、原告の主張する休業損害は認められない旨の主張をするが、原告は、本件事故による入通院することにより就労できず、その間、原告は、アルバイトの就労時間を増やすなどして営業を続け、そのために人件費が増加するなどして、結局、経常利益は赤字となっているのであり(甲一七の一及び二)、同社の社員は社員一人であることを考慮するとしても、原告に上記認定の休業損害が生じなかったとは言えず、被告の主張は理由がない。
(オ) 傷害慰謝料 一四六万二〇六〇円
a 本件保険契約の支払基準によれば、入院一日につき八二〇〇円、通院一日につき四一〇〇円で、事故から三か月超六か月までに期間は七〇パーセント、事故から六か月超九か月までに期間は四五パーセント、事故から九か月超一三か月までに期間は二五パーセントとされているが(甲二、三、四の三〇頁)、前記のとおり、原告の入院期間は、中濃病院が一〇五日間、津島市民病院が四四日間であるが、平成一四年八月二二日の一日間は重なることから合計一四八日間であり、また、通院期間は、事故三か月超から六か月までの間は四四日間、事故六か月超から九か月までの間は九二日間、事故九か月超から一三か月までの間は八八日間である(甲五の一ないし六)。
b 保険金額
<1> 入院期間一四八日間について 一〇七万五八四〇円
事故から三か月までは七五万四四〇〇円(8,200×92)、三か月超から六か月までは三二万一四四〇円(8,200×0.7×56)
<2> 通院期間(平成一四年九月二九日から平成一五年六月一三日までの間)合計二二四日間について 三八万六二二〇円
事故三か月超から六か月までの間の四四日間については一二万六二八〇円(4,100×0.7×44)、事故六か月超から九か月までの間の九二日間については、一六万九七四〇円(4,100×0.45×92)、事故九か月超から一三か月までの間の八八日間については、九万〇二〇〇円(4,100×0.25×88)
(カ) 逸失利益 三三一三万九七三二円
a 前記のとおり、原告の収入は、六三〇万円(一か月当たり五二万五〇〇〇円)となるところ、原告は、後遺障害等級第八級に相当する後遺症が残り、就労時間が大きく制限されるようになった(原告本人三項)ことから、症状固定時四九歳から就労可能な六七歳まで、その労働能力の四五パーセントを喪失したと認めるのが相当である。そこで、症状固定から六七歳までの一八年間に対応するライプニッツ係数一一・六八九五を用いて中間利息を控除すると、逸失利益は上記金額となる(6,300,000×0.45×11.6895)。
b これに対し、被告は、原告の収入の減少は、会社の売上の減少に伴って給料を減少させたことによるものであり、後遺障害によって就労に支障が生じたためではない旨の主張をするが、前記のとおり、原告は、本件事故前は、店舗で一か月当たり二〇二、三〇時間稼働していたが、本件事故後は、後遺障害の影響により一か月当たり一五〇時間も働けない状況になっており(原告本人三項)、原告の就労制限が店舗の売上の減少につながり、そのために原告の給料が減少したと考えるのが自然であり、被告の主張は理由がない。
(キ) 後遺障害慰謝料 四〇〇万円
本件保険契約の支払基準によれば、後遺障害等級第八級の場合の保険金額は上記金額とされている(甲二、三)。
イ 以上によれば、原告の人身損害は合計四八〇六万六七〇六円となるが(1,919,861(ア)+31,473(イ)+316,000(ウ)+7,197,580(エ)+1,462,060(オ)+33,139,732(カ)+4,000,000)、前記のとおり、本件保険契約の人身傷害補償特約に基づく保険金額は三〇〇〇万円とされていることから、同額が保険金額となる。
(2) 搭乗者傷害保険条項に基づく保険金 五九四万円
ア 後遺障害保険金 三四〇万円
本件保険約款によれば、後遺障害等級第八級に該当する後遺障害が残った場合、保険金額(本件では一〇〇〇万円)に後遺障害等級表の支払割合(後遺障害等級八級では三四パーセント)を乗じた額を保険金額とされている。
イ 医療保険給付金 二五四万円
本件保険約款によれば、医療保険給付金額は、入院一日につき一万五〇〇〇円、通院一日につき一万円とされており、限度日数は一八〇日間である(甲二、甲四の一五及び一六頁)。前記のとおり、原告の入院日数は合計一四八日間(二二二万円)であるから、限度日数内の通院期間は三二日間(三二万円)である。
(3) 車両保険金 七〇万円
本件保険約款によれば、車両保険金額は七〇万円とされているが(甲二)、原告車は、本件事故により全損となり、損害額は七〇万円とされたことから、保険金額の七〇万円が損害額となる。
(4) 被告の不誠実な支払遅延行為に対する慰謝料 〇円
ア 原告は、被告の本件事故による保険金支払手続に対する対応は、著しく信義を欠くことから不法行為を構成する旨の主張をする。原告は、本件事故後、被告の担当者に本件事故状況等を説明し、平成一四年六月初めには、原告の自宅に被告から保険金請求用紙が送付されてきたことから、原告の妻が必要事項を記入して被告に提出した。しかし、被告の担当者が、結論が出ていない理由の一つとして、警察の処分が未確定であると説明したことから、原告は、同年八月一六日に車椅子で事故現場で実況見分に立ち会い、警察署で供述調書も作成され、同年一〇月七日付けで不起訴処分となったことから、その旨被告に連絡したところ、被告担当者から、同年一二月六日に損害確定に必要な診断書、所得証明等を送付するように指示があったことから、原告は、平成一五年二月二〇日に必要書類を送付した。その後被告に問い合わせたところ、症状が固定していないから金額の確定ができないとの回答があったことから、症状固定の診断を受けて、同年九月二日には、被告に必要書類を送付するなどした(甲一五)。これによれば、原告には、本件事故による保険金支払手続に対する対応には、とりたてて責めを負うべき事由はない。
イ 一方、被告は、本件事故後直ちに原告の妻や救急隊員等から事故状況等を聞き取るなどしたところ、原告に飲酒の疑いが生じたことから、平成一四年六月頃には、被告調査員が、原告の義姉、事故処理をした警察官、事故後に原告を治療した木沢記念病院の担当医師等に事情聴取し(乙二)、原告が本件事故前に宴会で飲酒をしていることなどが判明したことから、さらに、同年九月頃には、被告の代理人弁護士が、弁護士照会で救急隊員、木沢記念病院及び中濃病院に調査を行い(乙四ないし六)、同年九月以降に、原告の問い合わせに対し、「飲酒の疑いが晴れないので保険金支払いはできない」と告知した(甲一五の八頁)。
ウ 以上のとおり、被告は、原告の飲酒による事故を疑い、損害調査員や弁護士を通じてさらに調査を重ねながら、その間、被告が原告に対し、保険金の支払を前提とする書類の提出を求めるなどしたことから、原告は、保険金が支払われると期待し、また、被告の対応は迅速さを欠くなどと感じ、そのことによって精神的苦痛を感じたことも考えられる。しかし、前記認定のとおり、当裁判所は、原告に免責事由はないと判断したが、その判断は、原告と被告双方が主張・立証を尽くした上でも必ずしも容易なものではなかったと認められるのであり、被告の後遺障害等級認定の手続についての説明に一部誤りがあったこと(弁論の全趣旨)を考慮するとしても、被告の一連の対応がことさらに不法行為を構成するものであったと認めることはできない。
(5) 弁護士費用 〇円
本件は、被告に対し、保険契約に基づく保険金の支払と不法行為に基づく慰謝料の支払を求める事案であるが、保険契約に基づく請求について弁護士費用の支払いを認めるのは相当ではなく、また、不法行為に基づく請求は理由がないことから、弁護士費用を認めることはできない。
(6) 原告の損害まとめ 三六六四万円
(30,000,000(1)+5,940,000(2)+700,000(3)+0(4))
三 結論
以上によれば、原告の請求は、三六六四万円の限度で理由があることから、その限度でこれを認容し、その余は理由がないことからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 城内和昭)