大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成17年(わ)2936号 判決 2006年3月27日

主文

被告人を懲役3年に処する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,愛知食肉卸売市場協同組合(以下,「愛食」という。)の組合員で,食肉等の販売等を営む株式会社a(以下,「a社」という。)取締役として同社の牛肉買い付け及び在庫把握等を統括し,かつ,食肉等の輸入販売等の事業を営むbインターナショナル株式会社(以下,「bインターナショナル」という。)の代表取締役として同社の業務全般を統括掌理していたものであるが,

第1  日本国内において,牛海綿状脳症(いわゆる狂牛病。以下,「BSE」という。)に感染した牛1頭が確認されたことにより,農畜産業振興事業団法28条1項3号に基づく指定助成対象事業として,と畜された牛の全てについてBSE検査(以下,「全頭検査」という。)が実施されることになった平成13年10月18日以前にと畜・解体処理された国産牛肉を市場から隔離して一定期間保管するという牛肉在庫緊急保管対策事業(以下,「保管事業」という。)が実施されるに際し,全国同和食肉事業協同組合連合会(以下,「全同連」という。)理事であり,全同連の傘下組合である愛知県同和食肉事業協同組合(以下,「愛知同食」という。)の実質的統括者としてその業務全般を統括掌理し,a社及びbインターナショナルの代表取締役として両社の業務全般を統括掌理するなどしていたA1(以下,「A1」という。)の命を受け,同事業の実施主体として,全同連に同事業を委託した全国食肉事業協同組合連合会(以下,「全肉連」という。)を介し,農畜産業振興事業団(以下,「事業団」という。)から,保管事業の対象となる牛肉を保管していないのに,これを保管していると偽るなどして,概算払いの方法により,不正に保管事業に係る補助金の交付を受けようと企て,A1,a社の取締役生産本部長として牛肉の買い付け及びその在庫管理等を行うとともに,愛知同食の事務運営に携わるなどしていたA2(以下,「A2」という。),愛知同食事務局経理担当者としてその資金管理及び全同連事務局との連絡調整等を行うとともに,愛食総務部c課課長としてその冷蔵倉庫部門である○○流通センター(以下,「○○センター」という。)における牛肉の在庫管理等を行っていたA3(以下,「A3」という。)及び愛食営業部冷蔵倉庫課課長代理として○○センターに入庫された牛肉の在庫管理等を行っていたA4(以下,「A4」という。)らと共謀の上,愛知同食等の傘下組合の補助金申請にかかわる全同連の業務に関し,前記のとおり,輸入牛肉でもよいから全同連から愛知同食に割り当てられた分量を補助金申請するようにとのA1の指示を受け,被告人がこれに使用する輸入牛肉の買い付け等を行い,同様の指示を受けたA2がA3らに輸入牛肉あるいは実在しない牛肉を実在するようにして申請するよう指示し,A3及びA4が○○センターに保管対象牛肉が入庫していないのに入庫しているように装うなどして,

1  A2及びその命を受けたA3が,真実は,愛知同食が名古屋市熱田区<以下省略>所在の○○センターに保管しているとした牛肉41万9867.2キログラムのうち,少なくとも28万6349.49キログラムは保管事業対象外の輸入牛肉等あるいは実在しなかったにもかかわらず,愛知同食が全同連,次いで全肉連を介して保管事業申請した全量を○○センターにおいて保管している旨の内容虚偽の在庫証明書を作成し,同年10月29日ころ,全同連事務長A5(以下,「A5」という。)宛に送付し,同日ころ,全同連の事務を補佐していたA6(以下,「A6」という。)をして,愛知同食が保管しているとした前記保管対象外の輸入牛肉等及び実在しない牛肉を含め,全同連が傘下組合から購入したとして保管事業申請する牛肉合計95万7747.6キログラムにつき,全同連会長A7(以下,「A7」という。)名義で,保管事業申請牛肉1キログラム当たり707円を乗じて算出される補助金6億7712万7553円の交付を求める旨の全肉連会長A8(以下,「A8」という。)宛の平成13年度牛肉在庫緊急保管対策事業補助金交付申請書及び同補助金総額の80パーセントの金額である5億4170万2042円の概算払を求める旨の平成13年度牛肉在庫緊急保管対策事業補助金概算払請求書を東京都港区<以下省略>所在の全肉連事務所の全肉連事業部長A9(以下,「A9」という。)に各ファクシミリ送信し,そのころ,これらをA9に閲読させるなどし,A9をして,同申請に係る保管事業対象牛肉の全量が実在し,同申請が正当なものであると誤信させて事業団に概算払請求等の手続を取ることを決意させ,そのころ,同区<以下省略>所在の事業団事務所において,事業団食肉生産流通部審査役A10(以下,「A10」という。)に対し,A8名義で,全同連が保管事業申請する牛肉の重量が95万7747.6キログラムであり,これに対して事業団が全肉連に交付する補助金額は6億7712万7553円である旨の事業団理事長A11(以下,「A11」という。)宛の平成13年度牛肉在庫緊急保管対策事業補助金交付申請書及び同補助金のうち5億4170万2042円の概算払いを求める旨の平成13年度牛肉在庫緊急保管対策事業補助金概算払請求書を各提出させ,事業団理事長の権限に属する補助金交付に関する事務の専決権者である事業団理事A12(以下,「A12」という。)らをして,同申請が正当なものであり,補助金を概算払いすべき義務があるものと誤信させ,よって,そのころ,同所において,A12らをして,同申請に係る補助金交付申請の承認及び概算払いを決定させ,同月30日,事業団職員をして,同都中央区<以下省略>株式会社百十四銀行東京支店の事業団名義の普通預金口座から同支店の全肉連名義の普通預金口座に5億4170万2042円を振替入金させた上,同月31日,全肉連職員をして,同支店から大阪市<以下省略>株式会社大和銀行(当時。現りそな銀行。以下「大和銀行」という。)桜川支店の全同連名義の普通預金口座に同額を振込送金させ,もって偽りその他不正の手段により全同連申請の愛知同食の○○センター保管分に係る補助金2億3747万6888円の交付を受けた

2  A2及びその命を受けたA3が,真実は,愛知同食が○○センターに保管しているとした牛肉42万9972.6キログラムのうち,少なくとも17万0456.12キログラムは保管事業対象外の輸入牛肉等あるいは実在しなかったにもかかわらず,追加保管事業申請した全量が保管事業の対象牛肉であり,これを○○センターで保管している旨の内容虚偽の在庫証明書を作成し,同年11月9日ころ,同様にA5宛に送付し,同日ころ,A6をして,同様に,全同連が愛知同食を含む傘下組合から購入したとして追加保管事業申請する牛肉合計101万2974.5キログラムのうち,A7名義で,前同様の方法で算出される保管事業の補助金の追加交付を求める旨のA8宛の平成13年度牛肉在庫緊急保管対策事業補助金交付申請書及び前記1で申請済みの補助金との総額13億9330万0524円の80パーセントの金額から前記1で概算払済みの金額(5億4170万2042円)を差し引いた5億7293万8377円の概算払を求める旨の平成13年度牛肉在庫緊急保管対策事業補助金概算払請求書を前記全肉連事務所のA9に各ファクシミリ送信し,そのころ,これらをA9に閲読させるなどし,A9をして,同申請に係る保管事業対象牛肉の全量が実在し,同申請が正当なものであると誤信させて概算払請求等の手続を取ることを決意させ,そのころ,前記事業団事務所において,A10に対し,A8名義で,全同連が保管事業申請する牛肉の重量がそれまでの95万7747.6キログラムから197万0722.1キログラムに増加し,これに伴って事業団が全肉連に交付する補助金額は6億7712万7553円から13億9330万0524円に増加する旨のA11宛の平成13年度牛肉在庫緊急保管対策事業補助金交付変更承認申請書及び同補助金のうち既払金額を除いた5億7293万8377円の概算払いを求める旨の平成13年度牛肉在庫緊急保管対策事業補助金概算払請求書を各提出させ,A12らをして,同申請が正当なものであり,補助金を概算払いすべき義務があるものと誤信させ,よって,そのころ,同所において,A12らをして,同申請に係る補助金交付変更の承認及び概算払いを決定させ,同月12日,事業団職員をして,前記株式会社百十四銀行東京支店の事業団名義の普通預金口座から同支店の全肉連名義の普通預金口座に5億7293万8377円を振替入金させた上,同月13日,全肉連職員をして,同支店から大和銀行桜川支店の全同連名義の普通預金口座に同額を振込送金させ,もって偽りその他不正の手段により全同連申請の愛知同食の○○センター保管分に係る補助金2億4319万2502円の交付を受けた

第2  農畜産業振興事業団法28条1項3号の指定助成対象事業として,保管事業により市場から隔離された牛肉を焼却処分し,再び市場に流通することのないようにする市場隔離牛肉緊急処分事業(以下,「処分事業」という。)が実施されるに際し,A1の命を受け,同事業の実施主体として全同連に同事業を委託した全肉連を介し,事業団から,概算払いの方法により,不正に処分事業に係る補助金の交付を受けようと企て,A1,A2,A3,A4,a社熱田工場長として同社が○○センターに入庫した牛肉の加工作業等を行うなどしていたA13(以下,「A13」という。),及び同工場製造員として同社が○○センターに入庫した牛肉の加工作業等を行うなどしていたA14(以下,「A14」という。)と共謀の上,愛知同食等の傘下組合の補助金申請にかかわる全同連の業務に関し,前記のとおり処分事業にも参加し,不正に補助金を申請するようにとのA1の指示を受け,同様の指示を受けたA2と共に,A3らに対し○○センターから補助金の対象となる牛肉を出庫して処分したと装うように指示し,A13が輸入牛肉を○○センターから出庫させるなどし,A4が○○センターから化製処理する施設へ出庫したとする虚偽の出庫関係書類を作成するなどし,A14が出庫に関する虚偽の数量を記載するなどし,平成14年3月15日ころ,A2及びその命を受けたA3が,真実は,○○センターに保管しているとした牛肉124万6389.8キログラムのうち少なくとも45万6805.61キログラムは処分事業対象外の輸入牛肉等あるいは実在しなかったにもかかわらず,39万4276.9キログラムを化製処理のため既に出庫したとして,A5宛に出庫証明書等の必要書類を送付し,同日ころ,A6をして,前記処分事業対象外の輸入牛肉等あるいは実在しない牛肉を含む愛知同食分のほか,大阪同食,兵庫同食を含む全同連が処分事業申請した牛肉合計328万8135.5キログラムにつき,A7名義で,処分事業申請牛肉1キログラム当たり1511円を乗じて得られる市場隔離牛肉の評価額に目印の付与及び焼却の実施に要する経費を加えて算出される補助金51億0252万8668円の交付を求める旨のA8宛の平成13年度市場隔離牛肉緊急処分事業補助金交付申請書を,前記全肉連事務所のA9にファクシミリ送信し,そのころ,これらをA9に閲読させるなどし,A9をして,処分事業申請した牛肉の全量が実在し,かつ,いずれも処分事業対象牛肉であって,同申請が正当なものであると誤信させて補助金交付申請手続を行うことを決意させ,同日ころ,前記事業団事務所において,A10に対し,A8名義で,全同連が処分事業申請した328万8135.5キログラムを含む合計616万9664.28キログラムについて,処分事業申請を行い,これに対して事業団が全肉連に交付する補助金額は95億3030万3780円である旨のA11宛の平成13年度市場隔離牛肉緊急処分事業補助金交付申請書を提出させ,A12らをして,同申請が正当なものであると誤信させ,よって,平成14年5月13日ころ,同所において,A12をして,同申請に係る補助金の交付を決定させた上,

1  同年6月20日ころ,A6をして,○○センターで保管しているとした牛肉124万6389.8キログラムのうち39万4276.9キログラムを焼却処理したとして,前同様の方法で算出される補助金額5億9942万8206円の概算払いを求める旨のA7名義のA8宛の平成13年度市場隔離牛肉緊急処分事業補助金概算払請求書を前記全肉連事務所に郵送・到達させてA9に閲読させるなどし,A9をして,前同様誤信させて概算払いの手続を取ることを決意させ,同月21日ころ,前記事業団事務所において,A10に対し,A8名義のA11宛の平成13年度市場隔離牛肉緊急処分事業補助金概算払請求書を提出して補助金5億9942万8206円の概算払いを請求し,A12らをしてその旨誤信させて,全同連申請の愛知同食分の同額の補助金の概算払を決定させ,同月27日,事業団職員をして,前記株式会社百十四銀行東京支店の事業団名義の普通預金口座から同都中央区<以下省略>株式会社横浜銀行東京支店の全肉連名義の普通預金口座に5億9942万8206円を振込入金させた上,同日,全肉連職員をして,同支店から大和銀行桜川支店の全同連名義の普通預金口座に同額を振込送金させ,

2  同年12月16日ころ,A6をして,○○センターで保管しているとした牛肉124万6389.8キログラムのうち85万2112.9キログラムを焼却処理したとして,前記交付決定済の補助金95億3030万3780円のうち,全同連申請に係る市場隔離牛肉の評価額の80パーセントに当たる39億7469万8192円から既に概算払済みの36億8083万0147円を差し引いて得られる金額に目印の付与及び焼却の実施に要する経費を加えて算出される補助金額3億0424万9514円の概算払いを求める旨のA7名義のA8宛の平成13年度市場隔離牛肉緊急処分事業補助金概算払請求書を前記全肉連事務所に郵送・到達させてA9に閲読させるなどし,A9をして,前同様誤信させて概算払いの手続を取ることを決意させ,同月20日ころ,前記事業団事務所において,A10に対し,A8名義のA11宛の平成13年度市場隔離牛肉緊急処分事業補助金概算払請求書を提出して補助金3億0424万9514円の概算払いを請求し,A12らをしてその旨誤信させて,全同連申請の愛知同食分の同額の補助金の概算払いを決定させ,平成15年1月10日,事業団職員をして,前記株式会社百十四銀行東京支店の事業団名義の普通預金口座から同支店の全肉連名義の普通預金口座に3億0424万9514円を振込入金させた上,同日,全肉連職員をして,同支店から大和銀行桜川支店の全同連名義の普通預金口座に同額を振込送金させ,

もって偽りその他不正の手段により補助金の交付を受けた

第3  A1,bインターナショナルの営業部長として豚肉輸入業務等を統括していたA15(以下,「A15」という。),bインターナショナル及び輸入豚肉の売買等を行うd株式会社(以下,「d市場」という。)の代表取締役として同社の業務全般を統括掌理していたA16(以下,「A16」という。),台湾所在のe貿易有限公司(以下,「e貿易」という。)の日本営業所(以下,「e貿易日本営業所」という。)の所長としてbインターナショナルのために輸入申告手続等を行っていたA24ほか数名と共謀の上,bインターナショナルがe貿易日本営業所名義を用いてオーストラリア連邦産等の豚部分肉を輸入するに際し,関税暫定措置法の規定により,本邦に輸入する冷蔵又は冷凍豚肉の課税価格が,1キログラムにつき,部分肉に係る従量税適用限度額を超え,同分岐点価格以下である場合は,同基準輸入価格と課税価格との差額を関税額とするとされていたことから,輸入豚肉の課税価格を実際より水増しして分岐点価格に近似する価格で輸入するように装う方法で,不正に関税を免れようと企て,bインターナショナルの業務に関し,別紙一覧表記載のとおり,平成14年5月21日から平成15年9月9日までの間,前後1231回にわたり,名古屋市<以下省略>所在の名古屋税関ほか8か所において,情を知らない仲介業者らを介し,名古屋税関長らに対し,e貿易日本営業所名義で豚部分肉等合計約2338万5069.41キログラムの輸入申告するに際し,輸入する豚部分肉等の正当な課税価格は,合計78億6163万5833円であり,これに対する納付すべき関税額は合計68億9574万2900円であったにもかかわらず,課税価格が合計141億7521万9293円であり,これに対する関税額が合計6億0950万2400円である旨記載した内容虚偽の輸入申告書等を提出し,そのころ,名古屋税関長らから同豚部分肉等の輸入許可を受け,よって,不正の行為により,納付すべき関税額と申告税額との差額合計62億8624万0500円を免れた

ものである。

(証拠) 省略

(事実認定の補足説明等)

第1第1及び第2の事実(補助金等適正化法違反)について

検察官は,全同連が全肉連を介して申請した全量に見合う受領金額全額について犯罪が成立するとし,弁護人らは,愛知同食が申請したうち,正当に受給すべき金額以上の過大交付を受けた超過部分についてのみ犯罪が成立すると主張する。また,被告人及び弁護人は,事実関係については認めるものの,情状として,保管事業及び処分事業の本質は農林水産省(以下,「農水省」という。)による食肉業者に対する救済であり,BSE対策の失政に対する不満の懐柔策であった,農水省・事業団・事業者の間で,不正申請もやむを得ないという暗黙の了解があり,食肉業者は農水省主導で決められた事業に受動的に参加し,翻弄された被害者的立場にもあることなどを主張する。そこで,前提となる事実関係を検討し,裁判所の判断を補足説明する。

1  前提となる事実関係

関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。

(1) 平成13年9月10日,日本国内において,初めてBSEに感染した牛1頭が確認されて以降,消費者の牛肉に対する不安感が高まったため,厚生労働省は,同年10月18日以降にと畜された牛のすべてについてBSE検査を実施した(以下,これを「全頭検査」という。)。しかし,消費者の不安感はぬぐいきれず,需要低下により牛肉が市場に滞留し,価格が下落し,低迷する状況が続いた。食肉業界はこの現状に危機感を募らせ,全肉連,全同連を含む食肉関係の団体やその代表者らは,農水省生産局畜産部等の関係部署を再三訪問し,当時の畜産部長であったA17(以下,「A17」という。)らに対し,牛肉の価格低落に対する対策を講じてもらいたい旨陳情を重ね,中でもA1,大阪府同和食肉事業協同組合連合会(以下,「大阪同食」という。)の理事であるとともに,f株式会社の代表取締役でfグループの実質的支配者であるA18(以下,「A18」という。)及び兵庫県同和食肉事業協同組合(以下,「兵庫同食」という。)の理事で全同連の副会長でもあるA19(以下,「A19」という。)はその中心的存在であった。農水省は,全頭検査実施以前にと畜された牛に対する不安感が強いことなどを踏まえ,消費者の不安の払しょくと市場における牛肉の滞留を解消することを目的に,農畜産業振興事業団法28条1項3号に基づく指定助成対象事業として,全頭検査を受けていない国産牛肉を市場から隔離し,一定期間保管するという牛肉在庫緊急保管対策事業を実施することとし,その事業に対し,事業団が事業の実施主体に対し,その経費を助成することとし,同月19日には保管事業の実施主体となる農業協同組合連合会傘下の全国農業協同組合連合会,全国畜産業協同組合連合会,全国開拓農業協同組合連合会,全国酪農業協同組合連合会の4団体と,全肉連,日本ハム・ソーセージ工業協同組合の合計6団体を集めて説明会を行い,同月25日に正式に施行した。

保管事業は,全頭検査実施以前にと畜・解体処理された国産牛肉の枝肉を部分肉に分割して箱詰めしたもの(以下,「保管対象牛肉」という。)を冷凍保管して倉庫から搬出させないことを内容とするもので,全頭検査実施以降にと畜・解体された国産牛肉や輸入牛肉,加工肉,内臓肉等は対象外とされた(以下,輸入牛肉等を含む保管事業の対象とならない牛肉等全体を「対象外牛肉」という。)。食肉関係団体等からは,国が保管対象牛肉を買い上げて焼却処分するという要望が強く出されていたが,農水省は,当時,BSE感染牛の肉であっても危険部位以外は食用に供しても危険はないとの科学的知見に基づき,全頭検査を経ていない牛の肉であっても危険はないと認識していたことから,焼却などせず,一時保管するにとどめ,消費者の不安感が払しょくされた後に再び市場に戻すことを想定し,諸外国で牛肉の需要・価格の回復に要した期間等を参考に,保管期間を当面最長8か月間と考えた。また,農水省は,事業団に依頼して同年10月12日現在の在庫量を調査したところ,日本冷蔵倉庫協会傘下の主要営業倉庫における在庫が8399トンであり,その推定シェアが74パーセントであることにその他の在庫量を加算して,約1万3000トン強との結果が出た。そこで,保管対象牛肉の限度量を1万3000トン以内とし,前記団体に傘下団体等から保管対象牛肉を買い上げさせ,前記期間経過後に同額で買い戻させ,助成についてはこの間の保管に伴う経費として,保管対象牛肉を凍結して保管するために必要な輸送,凍結,保管等の経費及び冷凍保管することにより,品質の劣化に伴う価格減少の比率(冷凍格差)を補助することにし,前者については枝肉の資料を参考に割り出して1キログラム当たり329円,後者については米国産牛肉に関する資料を参考に割り出して同様に378円の合計707円と算出し,この定額を助成することとした。交付については,事業団理事長に対し,補助金交付申請書を提出して交付決定をさせ,次いで補助金概算払請求書を提出することで,交付決定額の80パーセントを限度として概算払いが受けられることとした。そして,保管対象牛肉を確実に市場から隔離保管するため,倉庫業者について倉庫業法に基づく国土交通大臣の登録及び食品衛生法に基づく都道府県知事の登録を受けたもの,あるいは,事業団理事長が指定した場所であることを要件とした。また,保管対象牛肉であることの確認方法として,当初は,と蓄検査証明書や格付証明書等を求める方針であったが,これらの証明書を付けている肉はほとんどなく,実態にそぐわないことから,倉庫業者が現に保管している牛肉が保管対象牛肉であるとの在庫証明書を添付することにした。保管事業の実施主体は,前記6団体とし,事業の一部を畜産事業団理事長が適当と認める団体に委託して行うことができるものとした。これに基づき,全肉連は,組合員から1キログラム当たり1114円で買い上げることにする一方,同月29日,全同連に保管事業を一部委託したが,全同連の肉は買い上げないことにした。

しかし,消費者や生産者の中には,保管対象牛肉を政府等が買い上げて焼却するなどして処分してほしいとの要望が強く,また,同年11月下旬以降,日本国内において,2頭目,3頭目となるBSEに感染した牛が確認され,消費者の不安感がより一層高まり,処分を望む声が強まった。そこで,同年12月14日,農水省は,消費者の不安感を払しょくし,牛肉需要の回復を図るとともに,牛肉の流通を促進することを目的に,農畜産業振興事業団法28条1項3号に基づく指定助成対象事業として,保管事業により冷凍保管されていた保管対象牛肉を「市場隔離牛肉」として焼却処分するという市場隔離牛肉緊急処分事業を実施することにし,その事業に対し,事業団がその事業実施主体に対して経費を助成することとした。

処分事業は,市場隔離牛肉に,その他の牛肉と容易に区別できるように着色等の目印を付けた上,焼却処分することを内容とするもので,事業団がその経費について重量に応じて1キログラム当たり1554円以内の定額並びに目印の付与及び焼却の費用を助成することとした。そして,補助金は,保管事業と同様,交付決定額の80パーセントを限度として概算払いが受けられることとしたが,概算払請求が複数回にわたる場合,その合計額が交付決定額の80パーセント以内に収まればよいとした。また,処分事業の実施主体は,事業の一部を事業団理事長が適当と認める団体に委託して行うことができるものとした。事業団は,処分実施等に要する経費を1キログラム当たり40.8円とし,また,全肉連は,前同様に全同連に処分事業を委託し,全同連分の市場隔離牛肉の評価額を1キログラム当たり1511円と定めた。その後,一部の処分事業者からの要望を受け,農水省は,平成14年5月13日,化製処理して肉骨粉化した上で焼却する方法も正式に補助の対象とすることにし,その場合,焼却費用ではなく,運搬費用を補助金として支出することとした。

(2) A1は,昭和51年,株式会社b(以下,「b社」という。)を設立してその代表取締役に就任し,多角的に業務を拡大させるとともに,平成3年にはハム・ソーセージの製造販売事業を分離独立させてa社を設立するなど関連企業の設立を進め,b社を中心に,多数の食肉関連企業のほか,廃棄物処理業者,建設関連業者,ゴルフ場経営業者,物流業者なども傘下に持ついわゆるbグループを築き上げ,その実質的支配者として,b社ほかグループ全体の業務全般を統括掌理していた。

被告人は,昭和38年ころから,当時A1の父が経営していたb社の前身で主に食肉販売を行っていたが,昭和60年ころにはA1の経営するb社の取締役に就任し,後記のとおり,平成9年7月にはb社の営業担当専務取締役に就任するなど,一貫してbグループの役員及び愛食の専務理事等を歴任しており,A1の信頼も厚かった。

bグループは,b社が食肉事業の低迷やゴルフ場の開発に伴う多額の借入等により,債務超過の状態にあったほか,a社も赤字決算が続いて債務超過の状態にあり,その他のグループ企業も厳しい経営状況にあった。b社は,メインバンクであった旧東海銀行(その後UFJ銀行。現三菱東京UFJ銀行。以下,当時の呼称に従い,「旧東海銀行」又は「UFJ銀行」という。)に支援を依頼し,その意向を受けて,平成12年9月にbインターナショナルを設立し,b社の事業のうち採算の見込める食肉輸入事業を移管し,いずれb社を清算することとして融資を受けた。被告人はそのころ,bインターナショナルの代表取締役に就任したが,豚肉に関する口蹄疫問題の発生や国内におけるBSE感染牛の発生の問題により,その売上は低迷した。そのため,A1は,グループ企業すべてが破綻し,自己の経営責任が追及されることをおそれる一方,長男を後継者としたa社だけでも存続させ,社員の雇用を守りたいなどと思い,その方策を検討していた。

(3) A1は,A18らと共に度々農水省を訪れ,畜産部長のA17らに対策を求めるなどする中,A18が当時の農水省畜産局食肉調整官であったA20に働きかけるなどした結果,約5000トンが割り当てられた全肉連から約3000トンを再委託を受けることとなり,平成13年10月下旬ころ,A1,A18,A19らが協議した結果,そのうち800トンが愛知同食に割り当てられた。

被告人は,そのころ,bインターナショナル社長室において,a社の取締役で,A1から目を掛けられていたA2と共に,A1から,愛知同食の割当枠が800トンと決まったので,この枠を満たして保管申請するようにとの指示を受けた。A2は,a社の保管対象牛肉の在庫量を調べたところ,約20トン程度しかなく,保管対象牛肉を800トンも集めることは不可能である旨報告したが,A1は更に,輸入牛肉でも何でもいいから,枠を満たせ,農水省にはばれないようにしろなどと指示した。

被告人は,同年10月下旬ころ,保管対象牛肉と偽って保管事業申請に使用する目的で,自ら大阪同食のA18に連絡を取り,fグループのg株式会社から,輸入牛肉19万3452.6キログラム(以下,「輸入牛肉約193トン」という。)を仕入れることとし,このことは被告人及びA18からA1に伝えられた。A2は,そのころ,a社社内にある在庫牛肉を保管対象牛肉であるか否かを問わずに集め,A14にそれを集計して重量集計表を作成させるとともに,A14に国産牛肉と輸入牛肉の重量を足して申請するなどと伝えた。ところで,○○センターにおける肉の在庫管理はあらかじめ荷主からの連絡に基づき,入庫年月日,得意先名,数量,品名,ブランド名等を記載した入庫伝票を作成し,貨物が到着すると,送り状の記載内容及び貨物と入庫伝票の記載とを照合した上,入庫伝票にロット番号を打ち込み,その記載に基づいてそれらのデータを在庫管理用コンピュータに入力する方法によって行われていた。被告人及びA2は,輸入牛肉約193トンを通常の方法で入庫処理すれば,対象外牛肉であることが明らかとなり,保管申請に必要な○○センターの在庫証明書を発行できないなどと考え,A3及びA4に対し,輸入牛肉約193トンの入庫伝票のデータを入力する際,その品名を「ワギュウ」又は「ホルス」に変え,国産牛肉が入庫されたように偽装することを指示した。また,A2は,ほかにも保管対象牛肉を入庫したように装うため,bグループの食肉業者から国産牛肉を仕入れた旨の架空の在庫数及び入庫総重量等のデータを記入した表2枚を作成し,同年10月29日,A4に対し,その表に基づいて架空のデータを在庫管理用コンピュータに入力するように指示し,入庫日を全頭検査実施以前の日にちに変更させるなどし,同日付○○センター発行の在庫証明書を完成させた。

そして,A2は,同日ころ,愛知同食分で申請する牛肉合計41万9867.2キログラム(以下,「約420トン」という。)のうち,少なくとも28万6349.49キログラムは輸入牛肉等又は実在していなかったのに,A3に指示して約420トン全部が保管対象牛肉であり,○○センターで保管している旨の○○センター作成名義の同日付虚偽の在庫証明書1通を作成させ,全同連事務長であるA5宛に送付させた。全同連の事務を補佐していたA6は,これを受けて,大阪同食(22万3931.7キログラム)及び兵庫同食(31万3948.7キログラム)の申請分と併せて合計95万7747.6キログラムの保管対象牛肉を各保管場所で保管していることを根拠とする全同連代表理事A7名義の保管事業補助金の交付申請書及び概算払請求書を作成し,その内訳として,各同食単位での保管重量を表にまとめ,愛知同食分の約420トンについては○○センターで保管している旨の平成13年度牛肉在庫緊急保管事業実施計画書を添付して,全肉連宛に送付させた。これを受けた全肉連は,事業団に補助金の交付を申請し,事業団審査役A12は,この申請を真正なものとして手続を進め,同月30日,百十四銀行東京支店の事業団名義の普通預金口座から同支店の全肉連名義の普通預金口座に概算払金として5億4170万2042円を振替入金させ,同月31日,同支店から大和銀行桜川支店の全同連名義の普通預金口座に同額を振込送金され,その後,同支店からUFJ銀行高畑支店の愛知同食名義の普通預金口座に2億0993万3600円が振込送金された。

A2は,同月30日ころ,A3及びA4に対し,申請の内容はこれでいくなどと言ってデータを記入した表を示し,平成13年10月29日付在庫証明書の在庫数及び入庫総重量等に合わせた入庫データ等の入力を指示し,これを受けてA4は,部下に指示して在庫管理用コンピュータに入力させた。A2は,同年11月2日ころ,A4に対し,このような入庫データに合わせた虚偽の在庫証明書の作成を指示し,A4は,部下に指示して必要なデータを入力させた。A2は,同月7日ころ,愛知同食分の牛肉合計42万9972.6キログラム(以下,「約430トン」という。)のうち,少なくとも17万0456.12キログラムは輸入牛肉等又は実在していなかったのに,A3に指示して約430トン全部が保管対象牛肉であり,○○センターで保管している旨の○○センター作成名義の同日付虚偽の在庫証明書1通を作成させ,A5宛に送付した。A6は,前同様に,兵庫同食分の58万3001.9キログラムを含む合計101万2974.5キログラムの保管対象牛肉を○○センター等で保管していることを根拠とするA7名義の保管事業補助金の概算払請求書を全肉連宛に送付し,全肉連は,同月9日ころ,事業団に補助金の交付を申請した。A12は,この申請を真正なものとして手続を進め,同月12日,前記事業団名義の普通預金口座から前記全肉連名義の普通預金口座に5億7293万8377円を振替入金させ,翌13日,同口座から前記全同連名義の普通預金口座に同額を振込送金され,その後,同口座から前記愛知同食名義の普通預金口座に2億1498万6300円が振込送金された。

(4) A2は,輸入牛肉はその段ボール箱の記載等から輸入牛肉であることが一見して明らかであるため,農水省等の検品に備え,A13らと相談の上,国産牛肉用の段ボール箱に詰め替えて保管対象牛肉であるかのように偽装することにし,同年10月24日ころ,A13に国産牛肉用の段ボール箱を注文させた。また,被告人及びA2は,それでも合計800トンの牛肉を確保する目どが立たなかったため,実在しない肉を実在するかのように装うことにし,A2は,A13に対し,保管事業の申請を空で上乗せするなどと告げた上,段ボール箱の組立てを行う人員の手配を指示した。そして,A13及びA14らは,同月30日ころから同年11月末ころまでの間,従業員らを動員し,輸入牛肉を国産牛肉用の段ボール箱に詰め替えたり,空の段ボール箱を組み立てたりした。

(5) 被告人は,農水省が処分事業を行う旨公表する平成13年12月14日の直前ころ,A1に対し,処分事業が行われることになった旨報告し,A1は被告人に対し,処分事業のための申請手続を進めるように指示した。被告人は,市場隔離牛肉の焼却場を探したが見つからず,A1にその旨相談したところ,h商店で肉骨粉処理させるよう指示されたため,同商店に自ら電話を掛け,化製処理を依頼した。その後,被告人,A2及びA3は,改めてh商店に対し,市場隔離牛肉等を○○センターから化製処理を行うi化製まで運搬し,化製処理を行うように依頼し,その方法について打ち合わせるなどした。

(6) 事業団は,保管事業の実施要領に基づき,全国で検品をすることにしたが,全同連,全肉連を通じて申請された愛知同食分については,平成14年1月9日に○○センターで保管しているとする全17ロットのうち,在庫証明書から抽出した3ロットから,各ロットの箱数の約0.3ないし1.2パーセントに当たる20ないし32箱を選んで検品することにし,このことを事前に○○センターに連絡した。これを知ったA2は,同月8日,A4に対し,検品対象となるロット番号及び各ロットの検査対象となる箱数を書いたメモを渡し,検品用の箱を用意し,輸入牛肉を出さないように気を付けることなどを指示し,A4は,ロット番号とは無関係に,検品されても不正が発覚しないと考えた箱を検品場所へ移動させた。翌9日,事業団職員は,A2とA4が立ち会う中,A4が準備していた箱を開けて検査したが,冷凍庫内に入って保管状況や箱数等を確認することもせずに,問題がないとした。

A2は,前記抽出ロット検査では偽装が発覚しなかったものの,肉の形状などから輸入牛肉であることが発覚しやすい輸入牛肉約193トンを早期に化製処理する必要があると考え,A3及びA4に対し,1日50トンの割合で,○○センターからi化製に出庫したとする○○センターの出庫関係書類を作成させ,A13に対し,輸入牛肉約193トンをh商店に引き渡すように指示した。A4は,全17ロットのうちの9ロット分に当たる39万4276.9キログラム(以下,「約394トン」という。)を化製処理のために出庫したとする虚偽の出庫関係書類を作成した。

同月23日,雪印食品株式会社が対象外牛肉を保管事業申請していたという牛肉偽装事件が発覚したことから,農水省は,市場隔離牛肉の検査体勢を見直すことにし,同月31日,焼却処分をいったん停止させ,同年2月5日から市場隔離牛肉につき,すべてのロットから各ロットの箱数に応じて一定数の箱を抽出して検査を行う全ロット検査を行うことにした。これを知ったA1は,A18,A19,A18の部下であるA21(以下,「A21」という。)と共に農水省生産局畜産部食肉鶏卵課に赴き,同課課長A22らに対し,1回検査をやっているのに,どういうつもりだ,私らを疑うのか,好きでこの事業に協力したんじゃないぞ,それなら保管事業申請を取り下げて市場で売るなどと強く抗議したが,結局,農水省の方針は変わらず,全ロット検査を受け入れることにした。農水省は,○○センターでの全ロット検査を同月18日に行うことにし,前記処理要領には保管倉庫の担当者の立会いも必要とされていたことや,検品対象物の搬出等に人手が必要であると考えられたことから,検査日程や検査方法等を事前に○○センターに連絡した。同月18日,検査官は,検品された3ロットを除く14ロットを検品する予定であったが,既に処分したという8ロットを除く6ロットにつき,A4らに対し,それぞれ20ないし50箱を冷凍庫外に搬出するように指示し,A4らは,対象外牛肉の入った箱や空箱を避け,検査を受けても問題のない箱を選んで搬出した。検査官は,在庫証明書上存在するとされた合計3万8124箱の約0.5パーセントに当たる合計186箱の箱を開けて確認し,対象牛肉と認めたが,今回も冷凍庫内に入り,保管状況や箱数,その中身等を確認しなかった。同月下旬,東海農政局に対し,○○センターには空き箱にラベルを貼っただけのものがある旨の匿名情報が寄せられたため,農水省は,無作為抽出の方法でもう一度検品することにした。

ところで,同年3月ころ,1キログラム当たり1554円以内の定額とされていた牛肉の評価額をその品名に応じて差をつけることにし,会計検査院の指摘により,保管事業の補助金のうち,BSE感染牛が発見される以前に冷凍されていた牛肉の冷凍格差分378円を支払わないことにした。これを知ったA1らは,同年4月ころ,農水省生産局畜産部食肉鶏卵課課長A23らに対し,話が違う,そんなに制度をころころと変えるなら取り下げるぞ,好きで参加した事業じゃないんだなどと抗議をしたが,いろいろ説明されて従うことにし,前記検品も了解した。農水省は,同年6月6日に検品することにしたが,各地で全ロット検査を行っていたため検査人員が不足していたことや,前記情報が匿名で,その後新たな情報もなかったことから,信ぴょう性は高くないものと判断し,全箱検査は行わないことにした。A4は,冷凍庫内には,対象外牛肉の入った箱や空き箱があるが,それでも申請した保管量に比べて少ないため,通路に面したパレットに対象牛肉の入った箱を積み,奥は空間のままとした。同月6日,農水省,事業団の検査官3名のうち,1名が冷凍庫内に入り,○○センターが出庫していないとした8ロットにつき,通路に面した約20箱積んである1パレットを選び,各パレットから5箱ずつ抽出し,存在するという合計4万9780箱の約0.1パーセント弱に当たる合計40箱を開けて中身を確認して対象牛肉と認めたが,通路の奥のパレットなどは確認しなかった。同月12日,事業団は,現品検査が終了したとして,焼却処分の再開を許可した。

(7) その間の同年3月,全同連の事務担当のA6らは,愛知同食(124万6389.8キログラム),大阪同食(114万4795.1キログラム),兵庫同食(89万6950.6キログラム)の合計328万8135.5キログラムの全重量を処分対象として,市場隔離牛肉の買上代金並びに目印の付与及び焼却の費用合計31億5340万0961円につき,同年3月15日付で処分事業補助金交付申請書を作成し,そのころ,全肉連に申請書を提出して補助金の交付申請を行った。これに先立ち,A3は,前記のとおりA4が現実に出庫の確認をしないままに作成した約394トンを化製処理のために出庫した旨の虚偽の出庫証明書等の必要書類をA5宛に送付した。しかし,A6は,A21を通じてA18から,既に焼却処分している大阪同食及び兵庫同食の分の手続を先に行い,愛知同食の分は後にするよう指示を受け,同年5月中旬ころ大阪同食及び兵庫同食の分について概算払請求を行い(1回目申請),愛知同食分については,同年6月20日に○○センターで保管中の39万4276.9キログラムを焼却処理したとするA7名義の処分事業補助金の概算払請求書を作成して全肉連宛に送付し,これを受けた全肉連は,事業団に補助金の交付を申請した(2回目申請)。A12は,この申請を真正なものとして手続を進め,同月27日,百十四銀行東京支店の事業団名義の普通預金口座から横浜銀行東京支店の全肉連名義の普通預金口座を経て大和銀行桜川支店の全同連名義の普通預金口座に5億9942万8206円が振込送金された。

その後,農水省東海農政局は,農水省の指示に基づき,市場隔離牛肉の横流し防止のため,○○センターで保管中の牛肉の処分に立ち会い,市場隔離牛肉及びその段ボール箱に横流し防止のための着色の有無,保管倉庫から搬出された肉が処分場に搬入されることを確認調査することにし,同年11月12日から同年12月中旬ころまでの間,4回にわたり,事業団とは直接関係のない職員の応援を得るなどして,確認調査を行った。この際,運搬された肉の中にはミンチ状の肉も含まれており,写真撮影もしたが,特段の措置を取らなかった。

A3は,同年12月上旬ころ,A5に対し,○○センターで保管しているとした85万2112.9キログラムの出庫報告等の必要書類を送付し,これを受けたA6が,○○センターが保管する同量の肉を処分したとして,交付決定額の80パーセントの金額から支払済みの金額を差し引いた金額に焼却等の経費を加えた3億0424万9514円の概算払請求書を全肉連に送付し,これを受けた全肉連は,事業団に補助金の交付を申請した(3回目申請)。A12は,この申請を真正なものとして手続を進め,平成15年1月10日,前記事業団名義の普通預金口座から横浜銀行東京支店の全肉連名義の普通預金口座を経て前記全同連名義の普通預金口座に3億0424万9514円が振込送金された。なお,全同連は,前記会計検査院から不当であるとの指摘を受け,助成金の見直しに従い,平成15年5月30日付で,合計3億2352万5349円を事業団に自主返還したが,その返還額を算定する際にも,愛知,大阪,兵庫の各同食が保管しているとされた肉のうち補助対象外とされた肉の重量をそれぞれ算定してその根拠としていた。

2  補助金等適正化法違反罪の成立範囲

補助金等適正化法違反罪の成立範囲について,検察官は,全同連が全肉連に申請した全量について犯罪が成立するとし,第1の1につき,愛知同食(41万9867.2キログラム),大阪同食(22万3931.7キログラム)及び兵庫同食(31万3948.7キログラム)の合計95万7747.6キログラム,第1の2につき,愛知同食(42万9972.6キログラム)及び兵庫同食(58万3001.9キログラム)の合計101万2974.5キログラムにつき,犯罪が成立すると主張し,弁護人らは,愛知同食の申請分のうち対象外牛肉部分のみ犯罪が成立すると主張する。

裁判所は,対象外牛肉についてのみ犯罪が成立するという弁護人らの主張は採用しないが,全同連が申請した全量に見合う補助金につき犯罪が成立するのではなく,愛知同食が申請した量に見合う補助金についてのみ犯罪が成立すると考え,判示のとおり認定したので,その理由を補足説明する。

まず,全肉連から保管事業及び処分事業の委託を受けたのは全同連であり,概算払請求も全同連名義でされており,実施要綱には,不正が発覚した場合,そのすべてを事業の対象としないことがある旨規定されている。しかし,事業団は,保管事業及び処分事業について,全肉連のような6つの団体を事業主体にさせ,その団体に傘下の団体・企業から対象牛肉を買い上げさせ,前記のような補助金の申請をさせたが,もともと全肉連のような連合体は,その団体自体が食肉事業をするものではなく,傘下の団体・企業の意見等をとりまとめるものであり,傘下の団体・企業が食肉事業に伴い,補助金を必要とするものである。全同連は,全肉連から一定数量の保管事業ないし処分事業の枠を確保し,各事業の再委託を受けたが,全同連自体も食肉事業をしているものではなく,愛知同食,大阪同食,兵庫同食等の傘下組合に事業枠を割り当て,保管対象牛肉の調達を任せ,自ら保管対象牛肉を買い上げたりすることもなく,各組合からの補助金申請の資料を受け取り,これが正当なものかも確認せず,とりまとめて全肉連に送付している。全肉連は,全同連の申請書等を閲読して正当なものと考え,事業団に申請・請求の手続をしており,全同連の申請書・請求書が正当かどうか調査確認していないが,申請を受ける事業団も,このような過程を経て補助金交付申請,概算払請求がされることを知っていると推認できる。ところで,A1は,全同連の理事で,他の理事と共に農水省に概算払の早期支払を要請し,牛肉の評価額設定の変更などにつき,抗議にも及んでいる(甲148)が,全同連ではA18の影響力が強く,事務方のA5及びA6は,A18及びその意を受けたA21から指示を受け,大阪同食及び兵庫同食分について概算払請求を先行させ,愛知同食分については後日行うなどという扱いを現にしたことがあった。そして,A1は,大阪同食等の他の団体の保管事業ないし処分事業の申請ないし概算払請求に関与しておらず,その申請ないし概算払請求の内容も知らず,全同連の理事として,これらの申請を調整するなどしていない。愛知同食の申請に関与したA2,A3らも,全同連のこのような作業に関与しておらず,もとより全同連から全肉連に申請・請求する事務に加担していない。

このように,保管事業あるいは処分事業は全肉連を介して全同連に委託されたが,補助金の請求の基本となる団体は,愛知同食,大阪同食,兵庫同食という各組合であって,全同連は傘下組合の申請・請求を集計して申請・請求するにとどまること,A1らは,これらを集計調整して全肉連に申請・請求するという全同連の事務に直接関与していないことからすると,全同連が愛知同食分として申請・請求し,交付を受けた分についてのみ犯罪が成立するというべきである。検察官の主張によれば,A1ら愛知同食として申請・請求に関与した者は,大阪同食,兵庫同食の申請・請求した補助金についても,不正かどうかを問わず,全部の量について犯罪が成立するということになるが,今回の全同連のように連合体が申請・請求するものの,実質的にはその傘下の組合が事業に伴って申請・請求し,全同連はこれらの申請・請求をとりまとめるにとどまる事実関係のもとでは,大阪同食などが補助金の交付を得るため不正行為をしたとしても,それを知ることは困難であり,しかも,大阪同食などが不正行為をしたか否を問わず,犯罪が成立するというのは不合理であって,全同連申請・請求の全量について直ちに責任を負うとするのは,責任主義の見地からも疑問がある。

次に,弁護人ら主張の対象外牛肉に限るかどうかであるが,補助金等適正化法29条1項は,その立法経緯等にかんがみれば,詐欺罪の特別法として設けられたものであり,その成立範囲についても詐欺罪と同様に解すべきである。そして,詐欺罪の成立範囲については,他人に対して権利を有する者であっても,その権利の範囲内であり,かつ,その方法が社会通念上,一般に忍容すべきものと認められる程度を超えない限りは違法とはならないが,その範囲程度を逸脱するときは違法となり,権利の有無にかかわらずその全体について詐欺罪が成立すると解すべきである。そうすると,補助金等適正化法29条1項についても,交付された補助金等の一部に正当に交付を受けられる部分が含まれていた場合であっても,それが可分であるか否かにかかわらず,その方法が社会通念上,一般に忍容すべきものと認められる程度を超えれば,その全体について同法違反の罪が成立すると解すべきである。なお,この点について,本罪は予算の不当支出による国庫の損失を防止しようとするものであるから,いかに不正の手段を講じても,結果において真実に交付すべき補助金等が交付された場合には本罪を構成しないと解すべきであるとし,正当に受領し得べきであった補助金等の額が不可分であるときには全額について成立するが,これが可分であるときには不正に交付を受けた額の範囲内においてのみ本罪が成立するとする説もある。しかし,本件のように基になる資料を改ざんして申請書に虚偽の記載をして補助金の交付を受け,犯罪が発覚しそうになるや改ざん資料を含め,証拠を隠滅したような場合においては,交付を受けた金額が可分であるか不可分であるかにかかわらず,全体として違法性を帯びるというべきであり,不正に交付を受けた補助金等の額についてのみ犯罪が成立するにとどまるとするのは相当でない。これを本件についてみると,前記のとおり,意図的に対象外牛肉を保管対象牛肉である旨偽り,架空のデータを入力して虚偽の在庫証明書等を作成するなどして保管事業の補助金を請求し,また,不正が発覚しないように国産牛肉用の段ボール箱に詰め替え,空の段ボール箱を組み立てて実在しない牛肉が存在するかのように装い,虚偽の出庫証明書を作成するなどして処分事業の補助金を請求したものであるから,その方法が社会通念上,一般に忍容すべきものと認められる程度を越えることは明らかである。

以上によれば,第1の1,2については,愛知同食申請・請求分,すなわち,○○センター保管分の申請・請求牛肉についてのみ犯罪が成立すると解すべきである。具体的には,第1の1については,41万9867.2キログラム×707円×80パーセント=2億3747万6888円(1円未満は切捨て),第1の2については,42万9972.6キログラム×707円×80パーセント=2億4319万2502円(1円未満は切捨て)となる。他方,第2の1,2については,愛知同食分のみが申請・請求されたから,全部の量につき犯罪が成立する。

3  情状として主張する事情について

(1) 弁護人らは,① BSE感染は疫学的には乳牛にのみ発生する問題であるのに,それを隠し,牛肉のみを隔離して乳製品等は隔離しなかったこと,保管事業の実施主体が限定され,加工製品等が対象から外されていたこと,保管限度量とされた1万3000トンという数値に合理的な根拠がなく,保管事業の1キログラム当たり707円という補助金額には牛肉買上代金が含まれていないことからすれば,本件各事業の本質は,食肉業者の救済にあり,食肉業者の不満や怒りを懐柔する側面もあり,多少の対象外牛肉が混入することも予想されていた,② 検査に際し,事前にロット番号や検査箱数を告知するなど,無作為抽出検査,全ロット検査を回避し,農水省において全箱検査する方針が決定された後の検査でも全箱検査は実施されず,化製処理の確認調査の際,調査官が対象外牛肉を現認したのに問題としていないこと,A1らが,農水省幹部に対し,ややこしいものが入っているなどと言って申請取下げを申し出たのに,これを認めなかったことなどからすれば,農水省も不正申請を熟知し,これをやむを得ないとの暗黙の了解があったなどと主張する。

しかし,①についてみると,農水省は,乳製品はもちろん,BSE感染牛の肉であっても危険部位以外は食用に供しても危険はないと考えていたのに,消費者の牛肉に対する不安感が高まったため,主としてそれを払しょくするため,牛肉について保管事業を実施したものである。したがって,消費者の不安の程度が相対的に低かった乳製品をその対象としなかったのは当然であり,このことが食肉業者の犠牲のもと,酪農業者等の利益を守ったとか,これに対する農水省の権益を守ったなどとは到底いえない。また,農水省は,保管事業を立ち上げるに当たり,当面8か月間冷凍保管した後,保管対象牛肉を再び市場に戻すことを念頭に置いていたのであるから,その保管に耐えられない加工品を保管事業の対象とせず,在庫として主に加工品を持つ食肉小売販売業者を事業主体としなかったことにも合理性がある。

次に,保管限度量とされた1万3000トンという数値は,事業団による国産牛肉在庫量の調査結果に基づいて算出されたものであり(甲4,26など),補助金額についても,当時の牛肉の安定基準価格をもとに計算したものである(甲3など)。結果的には保管限度量が過大なものであったこと,冷蔵肉と冷凍肉の区別もされていなかったことから,後日,会計検査院の指摘により,一部冷凍格差分の返還が請求されることになったなどの事態が生じたことはあるが,消費者の不安を払しょくするため短期間で対策を講じる必要性が高かったことなどをも考慮すると,数量及び補助金額の算定には一応の合理性がある。なお,農水省は,保管対象牛肉を再び市場に戻すことを考えていたのであるから,補助金の内訳に牛肉買上代金が含まれていないのは当然である。

なお,A1は,保管事業の説明に際し,A17から,エイヤーでやったんだから,エイヤーでやってくれ,運転資金に使ってもらえるなどという発言もあったと供述し,救済事業と理解していた根拠としているが,これらの発言がどの段階であったものかについては,A2の供述との間に食い違いがあり,必ずしも明確なものではない上,このような発言があったとしても,農水省の幹部職員とすれば,多様な要望の中,早急な対策を求められて緊急に立ち上げた事業であり,A1らから保管事業の内容について不満を訴えられ,食肉業者としては不満もあると思われるが,制度の必要性を理解してもらいたい,補助金も出るのであるから,企業の運用資金としても使えるなどと,A1らをなだめるために発言したものと解することが十分可能であって,事業の本質がこれによって変わるものではない。

②について,農水省は,3回にわたって検査を実施したが,特に,空き箱が混入されているなどという具体性のある情報を寄せられた後も,これをさほど重要視せず,少人数での検査にとどまり,全箱検査を実施しなかったため,A2らの行った空段ボール箱を並べるなどの不正を発見できず,結果として甚だ不十分な検査に終始している。しかし,○○センターでも124万キログラム以上の対象牛肉を保管しているとされており,全国では膨大な数の箱があり,これら全部を検査するには相当の時間と人員を要することからすると,結果的に誤った判断ではあったが,前記情報の信ぴょう性が高くないと判断した上で全箱検査を行わなかったということから直ちに不正を黙認したとはいえない。現に,農水省は,A1らから1回検査をしたのに,再度検査するのかと抗議を受けながら,再検品等を実施しており,被告人らの不正が発覚しなかったのは,A2らが前記のとおりの偽装工作を重ねたためでもある。被告人らが農水省が不正を黙認していると認識していたのであれば,このような偽装工作をする必要もなかったはずである。

次に,横流し防止目的の確認調査の際,調査官が対象外牛肉を現認したはずであるのに,しかるべき措置が取られなかったのは,調査の目的を異にするとはいえ,その対応に非難されるべきところがある。しかし,調査官として派遣された者は,食肉の専門家以外の者もおり,牛肉が輸入牛肉等の対象外牛肉かどうかも分からないまま,確認調査の目的は横流し防止にあると言われて出向いたものであって,このことから農水省が不正申請を熟知し,これを黙認していたというには飛躍がある。もとより,農水省及び事業団が組織ぐるみで補助金の不正受給を誘発したとはいえない。

さらに,A1が,「ややこしい」,「紛らわしい」ものが入っているなどという言葉で不正申請をほのめかしたとする点についても,陳情を受けたA23がこれを明確に否定している(甲148)上,A1自身の供述もあいまいなものにとどまる。申請を取り下げるとの点にしても,このような発言が全ロット検査を実施することになった直後及び再検品の実施ないし一部保管対象牛肉について冷凍格差の不支給が決まった直後になされていること,前後の会話の流れ,その後,具体的に申請取下げに向けた動きがないことなどからすると,農水省の方針,あるいは方針転換に対する抗議のための発言とみるのが合理的である。

以上によれば,弁護人らが指摘する点を考慮しても,農水省が不正申請を熟知していたとか,不正申請をやむを得ないと考えていたとは認められない。

(2) また,弁護人らは,① 全同連の割当量は農水省主導で決められ,愛知同食の割当量も全同連内部の協議で定められたものを受け入れたにすぎない,② 保管事業申請に対象外牛肉等が含まれていても,いずれ買い戻すことが予定されていたから,必ずしも国庫の損失にはならないと考えていた,③ 処分事業への移行により補助金不正受給額が拡大したが,これは被告人らが意図したものではない,④ A1らは,補助金事業からの撤退を申し出たのに,農水省に阻止されたなどとして,A1の代表するbグループないし愛知同食は受動的な立場で関与していた旨主張する。

①についてみると,農水省が保管事業対象牛肉の限度量1万3000トンという数値を算出した経緯は前記認定のとおりであり,全同連が全肉連から事業委託を受けるに至ったのは,A18らが農水省に働きかけたからであり(甲14,161,162),農水省側から全同連を事業に参加させるとの意向が示されたものではなく,牛肉の量についても全同連側があるとする量に口をはさんだものではない。そして,A1は,愛知同食の不正申請量などを正確に認識していたとは認められないが,全同連内部の協議の席には同席しており,その席上で愛知同食に割り当てられた量の対象牛肉を集めることにし,被告人及びA2に対し,輸入牛肉を含めても割当量の牛肉を集めて補助金を申請するように指示し,A2らがこのような指示のもとに不正申請し,補助金を受給したのであるから,必ずしも受動的な立場であったとはいえない。

②についてみると,対象外牛肉については保管事業及び処分事業の対象になっていないことは明らかであり,対象外牛肉ないし実在しない牛肉を対象牛肉として補助金を申請して受給すれば,国庫の損失になることは明らかである。

③についてみると,確かに,2頭目,3頭目のBSE感染牛の発覚により,農水省が保管事業から処分事業に移行させ,それに伴い,補助金の積算対象額を増加させたため,結果として,補助金不正受給額が増加したものである。しかし,処分事業に移行後,別会社の牛肉偽装事件が発覚し,市場隔離牛肉の検査体勢の見直しが発表されたのであるから,処分事業に参加して補助金を申請するかどうか再検討することもできたのであって,この点でも受動的と評価することはできない。

④のうち,撤退の申出についてみると,前記で触れたとおりであって,真に撤退を申し出たとは認められない。

第2第3の事実(関税法違反)について

弁護人らは,差額関税制度及び税務当局の対応に問題がある旨主張する。そこで,前提となる事実関係を検討し,裁判所の判断を補足説明する。

1  前提となる事実関係

関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。

(1) 差額関税制度とは,輸入品の課税価格と一定額との差額を税額とする形態の関税であり,輸入品の価格が一定水準を下回ったとしても,その水準以下のままで国内市場に出回るのを防ぐ一方,輸入品の価格が高騰した場合には,自動的に関税負担が軽減されるよう,国産品の保護と価格の安定の調和を図ることを狙いとした制度であり,豚肉について,昭和46年10月に輸入が完全自由化されたのを契機に導入された。

(2) A1は,平成6年ころ,b社で新たに豚肉の輸入業務を手がけることとし,当時b社の営業部長であったA2らと共に,養豚及び養鶏を主たる業務とする台湾法人j有限公司(以下,「j社」という。)の社長らと協議し,豚肉の輸入にj社日本営業所及び名古屋市の第三セクターである愛食を介在させることで差額関税を免れようと考え,当時愛食の専務理事であったA16らに対し,b社の行う豚肉輸入につき,j社日本営業所が輸入するかのように装った上,海外における買受価格を高く偽って差額関税を免れて輸入し,その豚肉の全量をb社の指示する金額でj社日本営業所から愛食に販売し,愛食は,その価格に口銭を乗せ,その全量をb社またはその指示する相手に販売すること等を説明し,A16らの承諾を得た。A1は,平成7年8月1日,j社日本営業所を設立し,その代表者を親交のあるA24とした。また,A2は,平成8年3月ころ,豚肉輸入業務の拡大を図るため,大手商社で食肉貿易の経験があり,当時株式会社lに勤務していたA15をb社に異動させ,営業部次長として豚肉輸入取引に従事させることとした。

(3) b社は,j社に指示して台湾の業者から安く買い付けさせた豚肉をj社名義で日本に輸出し,j社日本営業所名義でその豚肉を輸入させ,その際,j社が添付したインボイスに基づき,買付価格を高く偽り,関税額が最も低くなることとなる分岐点価格に近似する価格で輸入申告させて差額関税を免れさせ,通関後,その豚肉を輸入申告に係る買付価格より安い価格でj社日本営業所から愛食に販売させ,愛食から豚肉を購入したことにして,取引先に販売していた。b社は,豚肉輸入に当たり,旧東海銀行の信用状をj社日本営業所に利用させて対外決済をしており,高く偽った輸入申告に係る買付価格相当額を支払う必要があったため,その信用状に基づいて支払を受けたj社から実際の買付価格と輸入申告に係る買付価格の差額相当分をj社日本営業所に送金させ,これをb社に環流させて旧東海銀行への支払に充当していた。

平成9年3月,台湾に口蹄疫が発生し,豚肉の輸入が禁止された。A2,A15らは,国内での品薄による豚肉の高騰を見越したA1の指示で海外から大量の豚肉を輸入したところ,案に相違して多量の在庫を抱え込む結果となった。A1は,同年7月ころ,この在庫を処理するためにA16らと協議して,前記のとおり,被告人をb社の営業担当専務取締役に就任させ,在庫の解消に当たらせた。この間の同年5月ころ,A1は,豚肉を輸入する台湾法人をj社からk貿易有限公司(以下,「k貿易」という。)に変更し,A24を代表者としてk貿易日本営業所を設立させ,前記仕組みによる豚肉輸入を継続した。

平成12年9月ころ,前記のとおりの経緯でbインターナショナルが設立され,前記のとおりb社の豚肉輸入業務がbインターナショナルに営業譲渡され,被告人はA1と共にbインターナショナルの代表取締役に就任したが,被告人は遅くともそのころには前記仕組みを知った。その際,豚肉輸入業務に関与する従業員もbインターナショナルに移り,また,A2がa社の取締役になったため,A15がbインターナショナルの営業部長として被告人の下で豚肉輸入業務を実質的に統括することになり,被告人はA15に,従来通り輸入を積極的に行うよう指示して,輸入業務を継続させていた。

(4) 愛食を運営していた名古屋市中央卸売市場高畑市場と愛知食肉地方卸売市場は,平成13年5月,愛食がその営業権をd市場に譲渡して統合されることになり,bインターナショナルがk貿易日本営業所を介して輸入した豚肉は愛食に代わりd市場を通すことになり,A16は,愛食の代表理事を辞任してd市場の代表取締役となった。bインターナショナルは,平成14年1月,台湾法人をk貿易からe貿易に代え,その日本営業所をk貿易日本営業所の後に設置し,同様の仕組みで豚肉の輸入を継続した。

(5) bインターナショナルは,豚肉の輸入に当たり,e貿易に対する支払用としてUFJ銀行等に信用状の開設を依頼し,輸入申告に係る虚偽のC&F価格(輸入港までの運賃込みの貨物の価格)を記載した信用状をe貿易の取引先である台湾の銀行へ送った。e貿易は,台湾の銀行から,その虚偽のC&F価格に基づいて信用状の開設を受け,実際のC&F価格に基づいて食肉輸出業者に対する代金決済を行い,これと引き替えに入手したインボイス等の船積書類を虚偽のC&F価格を記載したものに差し替えた上,豚肉をe貿易日本営業所に輸出した。bインターナショナルは,船積書類が信用状発行銀行に届くと,輸入申告に係る虚偽のC&F価格に相当する額の約束手形を振り出して信用状発行銀行に交付し,これと引き替えに虚偽のC&F価格の記載された船積書類を受け取り,e貿易日本営業所を介して船積書類を通関業者に渡して通関手続を行わせた。bインターナショナルは,e貿易から,e貿易日本営業所を介して,虚偽のC&F価格と実際のC&F価格の差額からe貿易のマージン及び関税等の必要経費を差し引いた金額の送金を受けた。そして,e貿易日本営業所名義で輸入された豚肉は,d市場に売却され,d市場は,bインターナショナル又はその指示する取引先に,bインターナショナルが指示した価格で豚肉を売却し,1キログラム当たり2円の口銭を得た。

A15は,輸入豚肉の買付に当たり,取引先から注文等を受けて海外の食肉輸出業者のブローカーと交渉し,輸入する豚肉の商品名,肉の部位,数量及びC&F価格等を決めて契約を締結し,また,bインターナショナルの経理担当の従業員をして,輸入豚肉の仕入れデータを財務管理用の管理表に打ち込み,実際のC&F価格やe貿易の手数料等を把握し,輸入豚肉取引の財務管理をさせていた。

このようにして,平成14年5月21日から平成15年9月9日までの間,前後1231回にわたり,豚肉合計2338万5069.41キログラムを輸入し,合計62億8624万0500円の関税を免れた。

(6) なお,b社顧問の公認会計士A25(以下,「A25会計士」という。)は,平成11年6月ころに行われた名古屋国税局によるk貿易日本営業所に対する税務調査に立ち会った際,調査官から,豚肉の差額関税を免れていることは分かっている,j社,k貿易と2回やっているが,別法人を立てて3回目をやるようであれば,必ず摘発するなどと指摘されたため,A1らにその旨告げた上,脱税をやめ,k貿易日本営業所の豚肉輸入を縮小するように助言したが,A1らは,その後も前記の仕組みによる豚肉輸入を続けた。また,A25会計士は,平成15年2月ころ,bインターナショナルが前記助言を無視し,新たにe貿易日本営業所名義で豚肉輸入を続けていたことを知り,被告人,A26,A16を事務所に呼び,このまま続けたら大変なことになるので,豚肉の輸入は直ちに中止するように強く警告したが,被告人らは,bインターナショナルには豚肉の輸入しか仕事がないから止めるわけにはいかないなどと弁解して輸入を継続した。

2  差額関税制度及び税務当局の対応について

(1) 弁護人は,差額関税制度の立法事実には疑問があり,むしろ本件犯行により安い輸入豚肉が市場に出回り,消費者の利益になったこと,差額関税の税収は予算に計上されておらず,国庫に損害を与えていないことなど主張する。

たしかに,差額関税制度は,前記のとおり輸入品の課税価格と一定額との差額を税額とする形態の関税であるから,一面においては,安価な輸入豚肉が国内市場に出回ることを阻害していると評価することも可能であり,豚肉について制度が導入された昭和46年10月当時とは,国内の養豚業をめぐる環境に変化が生じたことは否めない。しかし,そうだとしても,差額関税制度の法的有効性には何の問題もなく,被告人らの犯行を多少なりとも正当化するものではない。また,被告人らは,自らの利益を上げるために本件犯行に及んだのであるから,安価な輸入豚肉が出回り,消費者の利益になったなどというのは詭弁にすぎない。ましてや,本件のような差額関税の脱税が横行しているから,予算に計上できないにもかかわらず,国庫に損害を与えていないなどという主張は,本末転倒である。したがって,この点に関する弁護人らの主張は,到底認められない。

(2) e貿易のダミー性等について

弁護人らは,e貿易は台湾に実在するA27が経営者であり,固有の従業員と独自の組織を持ち,bインターナショナルとは独立採算性を取り,人事権も独立していること,自ら信用状を開設し,海外シッパーとの交渉や通関手続等を含めた輸入の具体的手続もe貿易名義で行われていることなどを指摘して,本件における「輸入者」はe貿易であり,単なるbインターナショナルのダミーとは評価できないという。さらに,仮にbインターナショナルが実質的な輸入者,すなわち「実質的にみて本邦に引き取る貨物の処分権限を有している者」であったとしても,利益の帰属という側面を重視すれば,実質的な利益の帰属主体は,bインターナショナルの営業利益を受取利息の形で吸収していたUFJ銀行であるとも主張する。

確かにe貿易は実体のある企業であり,いわゆるペーパーカンパニーではないが,前身のj社の時代から,A1らが当時のj社の代表者らと協議して当時のb社の豚肉輸入に際し,差額関税を免れるのに使用する目的で日本営業所を開設させて前記のとおりその役割を果たさせ,その後k貿易,e貿易と法人の名称が変わり,輸入業務をbインターナショナルに移譲してもその仕組みを維持し続けていたこと,bインターナショナルがUFJ銀行に開設してもらった与信枠に基づいて発行された信用状をe貿易に使わせて決済をしていたこと,豚肉の輸入に関する数量や価格交渉,輸入先の商品管理等はもっぱらA15らbインターナショナル側の従業員が行っており,輸入した貨物はbインターナショナルに帰属し,差額関税を免れた消極的な利益を含めた利益についてもbインターナショナルに帰属していることからすると,本件における実質的な輸入者はbインターナショナルであり,e貿易日本営業所はダミーとしての役割を果たしていたことに疑いはない。bインターナショナルの営業利益が結果的に弁済の形で債権者であるUFJ銀行に環流していたとしても,輸入者の認定とは無関係である。

(3) また,弁護人らは,平成11年6月,名古屋国税局が差額関税を免れていることを把握しながら,通告処分も更正処分もせず,k貿易日本営業所及びe貿易日本営業所に対し,消費税を還付し続けていたことからすれば,国税当局も本件輸入行為が明らかに違法であるとは認識しておらず,被告人らbインターナショナルの関係者が,違反行為を黙認されていると思ったとしても無理からぬ面があったなどと主張する。

しかし,名古屋国税局の調査官は,前記のとおり,A25会計士に対し,3回目をやれば必ず摘発するなどと指摘しており,本件輸入行為を明確に違法であると認識していたことは明らかである。そして,A25会計士が再三本件輸入行為の違法性を指摘し,やめるように忠告していたにもかかわらず,被告人らはこれを継続していたばかりでなく,平成15年2月ころそれを知ったA25会計士が被告人,A26及びA16を事務所に呼び厳しく叱責した際にも,bインターナショナルは豚肉の輸入しか仕事がないから止めるわけにはいかないなどと弁解していたのであるから,被告人らにおいても,違法性の認識がなかったなどとは到底認められない。なるほど,国税当局とすれば,名古屋国税局が差額関税の脱税を把握した時点で,名古屋税関等と共に,通告処分や更正処分等の措置を取るべきであったともいえ,その対応に問題がないとはいえないが,だからといって,被告人らの罪責が多少なりとも軽減されるものではない。ましてや,通告処分や更正処分が行われていれば,本件は回避できたなどという主張は,単なる責任転嫁にすぎず,到底認められない。したがって,この点に関する弁護人らの主張は,認められない。

(法令の適用)

罰条

第1の1,2,第2の1,2の行為 刑法65条1項,60条,補助金等適正化法29条1項,32条1項

第3の行為 各輸入行為ごとに,刑法60条,関税法110条1項1号,平成16年法律第15号による改正前の同法117条1項

刑種の選択 いずれも懲役刑

併合罪の処理 刑法45条前段,47条本文,10条(犯情の最も重い第2の1の罪の刑に法定の加重)

(量刑の理由)

本件は,BSE問題に係る補助金を不正に受給した補助金等適正化法違反及び差額関税を免れて豚肉を輸入した関税法違反の事案である。

補助金等適正化法違反についてみると,国内におけるBSEの発生に伴う消費者の牛肉の安全性に対する不安を払拭し,牛肉市場の混乱を解消するべく行われた保管事業及び処分事業に際し,bグループの経営が悪化していたことなどから,不正をしてでも補助金を受給しようと考えたA1の指示を受けて,A1の信頼の特に厚かった被告人が,A2と共に,対象外牛肉のほか実在しない牛肉を保管しているように装うなど具体的な不正申請の方法を考え,対象外牛肉を調達するなどし,A2を介してグループ企業の従業員である共犯者らに指示して,虚偽のデータに基づく書類を作成させ,輸入牛肉を別の箱に詰め替えさせ,空箱を組み立てさせるなどの偽装工作を行わせるなどして,不正に保管事業及び処分事業に係る補助金を受給したものである。犯行態様は,悪質で,会社ぐるみで行われた組織的な犯行である。被告人らが不正に受給した補助金は,合計13億8400万円余りと極めて多額である。にもかかわらず,その大部分につき,返済の見込みはない。

被告人は,bグループのトップであるA1の指示を受けて,A2と共に具体的な偽装の方法を考え出し,部下に指示して本件犯行を行ったものであり,その果たした役割はA1に次ぎ,後輩にあたるA2に勝るとも劣らぬ重大なものである。

関税法違反についてみると,平成6年ころから,台湾法人の日本営業所を設立してA1の知人を代表者に据え,その日本営業所が豚肉を輸入する際,分岐点価格に近似した実際の買付価格より高い虚偽の買付価格を申告させて差額関税を免れ,A1のいとこである共犯者が理事を務める愛食ないし代表者を務めるd市場を介してbインターナショナルに売却させ,他方,台湾法人が受け取る豚肉輸入代金から虚偽の買付価格と実際の買付価格との差額をbインターナショナルに還流させるという仕組みに基づいて不正な豚肉輸入を続ける中,本件犯行に及んでいる。犯行態様は,悪質かつ巧妙で,会社ぐるみ・グループぐるみで行われた組織的かつ常習的である。その脱税額は,約1年3か月間に合計約62億円余りと極めて多額であり,そのほ脱率も約91パーセントと極めて高い。にもかかわらず,今後,納税される見込みはない。税務当局や顧問会計士から不正な豚肉輸入をやめるように指摘されたにもかかわらず,これを続けたものであり,悪質である。被告人は,遅くともbインターナショナルの代表取締役に就任した平成12年9月以降には,前記のような不正な豚肉輸入の仕組みを了知していながら,A15に指示して輸入を継続させて本件に関与したものであり,その果たした役割は大きい。

他方,保管事業は,BSE問題という大きな問題のため実施されたが,食肉業界として多大な打撃を受けており,被告人らが保管事業を食肉業界に対する救済事業と理解した心情も理解することができる。そして,2頭目,3頭目のBSE感染牛が発覚後に保管事業が処分事業に移行したが,保管事業に申請した以上,処分事業に加担せざるを得ず,詐取金額が増大した面もあった。愛知同食は,前記認定金額を受給したが,会計検査院の指摘により,事業団の勧告に従い,合計1億2225万円余りを自主返還している(甲17)。そして,対象外牛肉ないし実在しなかった牛肉に対して支給されたと認められるのは5億9000万円弱であり,A1により1億円が返還される見込みである。また,本件各犯行は,いずれもbグループのトップであるA1の指示に基づいて実行されたものであり,その意味で被告人の関与は従属的なものに止まる。被告人は,自己の責任を認めて反省の態度を示している。また,本件当時から罹患していた肺気腫が悪化して肺炎に罹患し,現在では気管切開術を受け,日常的に痰の吸引を要する状況で入院生活を続けており,日常生活に妻や娘らの介護を必要とする状態が継続している。更に,被告人には見るべき前科がなく,長年食肉業界で勤務に精励してきたなどの酌むべき事情が認められる。

以上の事情を総合考慮すると,A1に次ぐ立場で本件各犯行に関与した被告人の刑事責任は,共犯者間でも特に大きい。前記の酌むべき事情を最大限考慮しても,主文程度の実刑は免れず,被告人の健康状態と刑の執行については,行刑上の配慮に委ねるべき点である。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑:懲役5年)

(検察官鈴木亨,鎌田隆志 私選弁護人北口雅章(主任),同長谷川鉱治,同田中智之,同西脇明典各出席)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例