名古屋地方裁判所 平成17年(ワ)3621号 判決 2006年10月27日
愛知県<以下省略>
原告
X
同訴訟代理人弁護士
岩本雅郎
同
加藤了嗣
大阪府豊中市<以下省略>
被告
Y1
大阪市<以下省略>
被告
Y2
大阪府吹田市<以下省略>
被告
Y3
主文
1 被告Y2及び同Y3は,原告に対し,連帯して57万5000円及びこれに対する平成15年5月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告Y2は,原告に対し,1087万3410円及びこれに対する平成15年5月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告の被告Y1に対する請求及び同Y3に対するその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,原告に生じた費用の3分の1と被告Y2に生じた費用を同被告の負担とし,原告に生じた費用の20分の1と被告Y3に生じた費用の10分の1を同被告の負担とし,原告及び被告Y3に生じたその余の各費用と被告Y1に生じた費用を原告の負担とする。
5 この判決は,原告勝訴の部分に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1原告の請求
被告らは,原告に対し,連帯して1144万8410円及びこれに対する平成15年5月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,商品先物取引の受託等を業とする会社(以下「商品取引員」ないし「業者」などということもある。)の従業員から勧誘を受けて同取引を行った原告が,その勧誘等が違法であったと主張して,その担当外務員や営業部長であった被告らに対し,不法行為に基づき,損害の賠償及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実,証拠等によって明らかな事実)
(1) 当事者
ア 原告は,昭和39年生まれの独身男性で,昭和54年から,自動車部品メーカーであるa株式会社に勤務していた。
イ 東京ゼネラル株式会社(オーナー会長はA)は,商品取引所法の適用を受ける商品取引の商品市場における上場商品の売買及び売買取引の受託契約等を業とする株式会社であったが,平成16年1月6日,主務官庁から商品先物取引業の許可を取り消され,同年8月6日,東京地方裁判所によって破産宣告を受けた(以下「破産会社」といい,会長を「A」という。)。
ウ 被告Y1は,破産会社の名古屋支店で営業部長の地位にあった者であり,被告Y2及び同Y3は,いずれも同支店に勤務していた者である(以下,個別には,「被告Y1」,「被告Y2」,「被告Y3」といい,全員を「被告ら」と総称する。)。
(2) 原告による商品先物取引
原告は,平成14年8月8日から平成15年4月30日までの間,破産会社名古屋支店を通じて,別紙「建玉分析表」記載のとおり,東京工業品取引所におけるガソリン,灯油及び金並びに中部商品取引所におけるガソリン及び灯油の商品先物取引を行い(以下,一連の取引を「本件取引」という。),これに伴って,別紙「委託金目録」記載のとおり,破産会社に対して,合計1229万2770円を証拠金として委託し,他方,合計188万4360円の返還を受けた(被告Y1及び同Y3の関係では当事者間に争いがなく,被告Y2の関係では,甲18,22ないし24の各1・2及び28によって認められる。)。
2 本件の争点及びこれに関する当事者の主張
(1) 本件取引の勧誘等における違法性の有無
(原告の主張)
ア 商品先物取引の危険性
(ア) 商品先物取引は,仕組みが難解で複雑である上,「相場」の取引であるため,投資者は,取引自体の仕組みを十分に理解した上で当該商品についての相場変動要因とこれに関する情報を有していなければ,自己の責任を持って主体的に取引することは不可能である。
(イ) 商品先物取引は,委託証拠金の10倍以上もの思惑取引がなされる,極めて投機性の高い取引である。
(ウ) 商品先物取引は,取引を反覆継続すると,一時的に利益が出ることもあるが,手数料が累積して委託者が預託した証拠金はすべて業者の手数料となってしまうという仕組みになっている。すなわち,商品先物取引は,商品に6か月から1年の限月が定められており,この期間内に決済が強要されること,ゼロ・サム世界での取引(取引全体で見ると,売り注文と買い注文の数は常に同数であり,損と益との確率は五分五分となる。)であって,委託手数料の負担を考えると,統計上は1回の取引で顧客が利益を得る確率は3割程度しかなく,取引を続ければ確実に損をする仕組みになっていること,相場の変動によって追証拠金が必要となり,さらに相場が動くと証拠金の全てを失うだけでなく,投資金額をはるかに超える損失を被るおそれがあることなど,極めて危険性の高い取引である。
また,商品先物取引は,現物がその時価で手元に残ることはなく,毎回精算されしかも損益は反覆することによりゼロに近くなるから,その過程は,委託証拠金が手数料へと転化する過程である。したがって,業者(利得である手数料収入)と委託者(損失である証拠金の減少)とは基本的な利害の対立関係があることになり,ある程度の経験を有する営業担当者は,このことを体験知として十分に承知している。
イ 商品先物取引受託者の注意義務
(ア) 高度の善管注意義務
一般投資家が資産運用の目的で商品先物取引に参入するには,必ず商品取引員にその売買業務を委託しなければならない。すなわち,一般投資家と商品取引員との間に商品先物取引の委託(受託)を内容とする契約関係が成立する。この契約関係は民法上の委任契約に該当し,また商品取引員は商法上の問屋でもあるため(商法552条2項),民法644条によって,商品取引員は善良なる管理者の注意をもって一般投資家からの受託業務を遂行しなければならない。
しかも,この善管注意義務は,専門的な知識・経験を有する受任者が素人から当該事務の委託を引き受けることを営業としている場合,とりわけ当該業務が何らかの形式で公認されている場合には,当該事務についての周到な専門家を標準とする高度なものとなる。のみならず,委任者が事務処理方法について指示を与えたときは,受任者は一応これに従うべきであるが,その指示の不適当なことを発見したときは,直ちに委任者に通知して指示の変更を求めることまでをも必要とする。
よって,商品取引員たる破産会社は,大臣免許を受けた専門事業者として,また委(受)託契約関係上の高度の善管注意義務を負う者として,一般委託者である原告に対し,その投資勧誘・業務行為を遂行する過程において,法令・諸規則の遵守はもとより,取引上の信義則を履践すべき基本的な注意義務を負っていたというべきである。
(イ) 誠実公正義務
a 商品取引所法213条は,商品取引員が顧客に対して負うべき義務として,委(受)託契約関係に基づく高度な善管注意義務のみならず,誠実公正義務を課すことを定めている。この義務は,上記善管注意義務と相まって,単に商品取引員が顧客の売買指示を正確に遂行すれば足りるというものではなく,顧客からの信頼に誠実に応え,その利益を図るべく最善の配慮を尽くすべき立場にあることを示している。
かかる誠実公正義務から導かれる具体的行為規範を考察するに当たっては,特に以下の点を考慮すべきである。
(a) 専門能力における圧倒的優位性
受託者たる商品取引員は,財産的規模が大きく,商品先物取引に関して専門的知識,経験を蓄積し,豊富な情報を有する事業者であるのに対し,委託者たる一般投資家は,投資資金規模は零細で,その知識,経験,情報の蓄積や収集能力も微々たるものにすぎず,投機参加者としての能力に甚だしい隔絶が存する。
(b) 勧誘・推奨先行性あるいは誘導性
このような商品取引員が,専門能力で圧倒的劣位にある一般投資家を勧誘して商品先物取引の委託を受けるという形で取引が開始され,個々の売買注文あるいは特定の売買技法の選択においても,商品取引員が勧誘若しくは推奨したところに一般投資家が従うという形で受託した業務を遂行するという形態が一般的である。
(c) 看板の法理
商品取引員は,経産,農水大臣の「許可」を受けた専門業者として,誠実かつ公正に業務を遂行することを標榜,喧伝し,そのことを強調して一般投資家からの受託を勧誘しており,一般投資家は,これらによって商品取引員を信頼して,その勧誘に応じるのが通常であるから,このような一般投資家の「信頼」は法的にも保護されてなければならない。
b 商品取引員の負うべき具体的な行為規範
上記の各点にかんがみれば,商品取引員の負うべき具体的な行為規範は次のとおりとなる。
第1に,商品取引員は,顧客に対し,その投資目的,財産状態及び投資経験等にかんがみて不適合な取引を勧誘してはならないとの原則が導かれる(適合性原則)。また,かかる適合性判断の前提として,顧客の危険負担資本すなわち資金的余裕の有無と当事者能力,経済的知識,商品知識,先物取引のリスクについての理解の水準等を調査し,熟知させることが要請される(顧客熟知義務)。
第2に,商品取引員は,顧客の情報を熟知した上で,その知識・経験・能力に最もふさわしい適切な情報を提供しなければならない(説明義務・情報提供義務・助言義務)。具体的には,商品先物取引は売買を反覆すると,手数料が累積して元金以下となってしまうという具体的危険性を説明すべきで,損をすることもあるという程度の抽象的,一般的な説明では足りない。
また,「誠実な情報提供」という見地からは,委託取引と自己取引との優先順位の拮抗がある場合には,顧客利益が優先されるべきであるが,こうした関係が生じることが契約の事前に明らかな時には,利害相反関係に立ち得る可能性の有無まで開示されなければならない。
第3に,顧客本位の取引という見地からは,顧客の利益に配慮しない業務遂行を行ってはならないとの原則が導かれる。すなわち,過当な売買取引の勧誘,顧客の意思にそぐわない取引への誘引(後記の無断売買・実質的一任売買,特定売買等不合理な取引勧誘,仕切拒否・回避等)は禁止される。
(ウ) 商品取引所法及びその下部法令,自主規制規則等
商品取引員の善管注意義務及び誠実公正義務から導かれる上記のような行為規範を具体的規制の形で明示したものが,商品取引所法とその下位法令(同法施行規則,受託契約準則,日本商品先物取引協会の定める受託業務等に関する規則など。以下,それぞれ「法」,「施行規則」,「準則」,「受託業務規則」という。)である。これら諸規定の定める行為規制に違反する行為は,善管注意義務違反・誠実公正義務違反として,売買委託契約上の債務不履行になるとともに,不法行為を構成する。
ウ 本件取引における違法性の存在
本件取引の勧誘段階から終了までの具体的経過は,別紙「取引経過」記載のとおりであるところ,その特徴は,商品先物取引はおろか一切の投機取引の経験のない原告に対し,取引の仕組みや危険性について十分な説明を尽くすことなく先物取引を勧誘し,無断売買・実質的一任売買をベースに,両建利抜きや特定売買手法等,委託者の利益にならない不合理取引を反復継続する一方で,資力欠如を訴える原告に対し,消費者金融等での借入れを勧め,かかる投資不適格資金を導入させてまで取引を継続させた挙げ句,投入金額の実に84パーセントもの損害を被らせた点にある。
以下,その具体的違法要素につき述べるが,このような被告の違法行為は,一つ一つを分析し,あるいは途中で分断して個々の行為あるいは一時点以降の行為のみを評価するのではなく,当初からの一連の行為を全体として不法行為,債務不履行としてとらえ,評価すべきである。
(ア) 原告の属性
a 経歴
原告は,昭和39年生まれの独身男性で,本件取引を勧誘された平成14年8月当時は38歳であった。最終学歴は定時制高校卒業で,昭和54年から,a株式会社(平成16年10月の合併前はb株式会社)に25年間勤務していた。
勤務先は自動車部品メーカーであり,原告は,●●●工場においてライン作業に従事していたので,勤務中は一切持ち場を離れることは許されず,電話による連絡等も不可能であった(そもそも平成15年2月以前は,携帯電話ですら所持していなかった。)。
b 収入・資産状況
本件取引当時の給料は手取りで20万円強であり,ボーナスは約15万円ほどが年2回支給されていた。
資産としては,親名義の敷地上に自宅を所有しており,貯金も500万円ほど有していた。しかし,住宅ローンとして約600万円,自動車ローンとして約300万円の負債を抱えており,それぞれ月の返済額が3万4000円,3万円であったため,給料からこれらを支払うと,13万円ほどしか手元には残らない状態であった。
c 投資経験
原告は,本件取引以前には,商品先物取引の経験はおろか,証券取引の経験すら有しておらず,公営ギャンブルもほとんど行ったことはなかった。
(イ) 勧誘行為の違法性
a 不招請電話勧誘
被告Y3は,平成14年7月中旬から下旬ころ,原告方に電話して商品(ガソリン)先物取引の勧誘を行い,同人が断ったにもかかわらず,同年8月4日及び5日,原告方を訪れ,説明資料を示して,値上がりして絶対に儲かりますなどと,しつこく先物取引の勧誘を行った結果,同月7日,委託契約を締結させたが,これは,「委託をしない旨の意思を表示した者に対し,勧誘すること」を禁止している施行規則46条5号に明らかに抵触する違法なものである。
b 適合性原則違反(不適格者への勧誘・不適格資金導入の勧誘)
(a) 法215条は,先物取引に必要な知識,情報,経験,資金が不充分な者に対する勧誘を禁圧する旨定めている(適合性原則)。
これを受けて,受託等業務規則3条,5条1項1号は適合性原則を明言し,かつ,取引開始時だけでなく取引期間を通じて適合性原則が貫かれるべきことを求めている(3条2項)。したがって,取引により損失を被った顧客の残り資産を考慮せず,更に取引を勧めることは適合性原則違反となる。
そもそも,商品先物取引は,投入資金のみならずそれ以上の損失を被りかねない危険な取引であるため,その原資としては余裕資金をもってこれに充てるべきであり,借入れによって調達した資金などは,まさに不適格資金以外の何者でもなく,担当外務員が顧客に対し借入れによって資金調達を勧めたり,借入資金であることを承知して入金を受けて取引を継続させるがごときは,適合性原則に著しく違反する。
(b) 原告は,投機取引はおろか投資の経験すら無く,ひたすら工場労働者として稼働してきたものであり,これまでの人生において,経済や相場等の知識を取得する機会はまったくなかった。加えて,その手取月収は20万円程度にすぎず,住宅ローンや自動車ローンを支払った後は13万円程度が手元に残るだけであった。かかる原告の状況からすれば,そもそも商品先物取引のような高度の危険性を有する投機取引を行うに足る知識・経験・資産的裏付けを全く欠いていたものといわざるを得ず,かかる原告を勧誘して,その知識・経験・資産に照らして過大な本件取引を勧誘した被告らの行為は,適合性原則違反に明らかに反する。
(c) さらに,原告は,取引を開始してわずか3か月後の平成14年11月19日,被告Y2から追証拠金として88万円を請求された際,もう資金がないと伝えたにもかかわらず,同被告は原告に対し,借金により資金調達を行うよう指示し,原告が消費者金融会社から借り入れ,クレジットカードを用いて銀行のATMから借り入れたものであることを知りながら,当該資金を追加証拠金として入金させ,更に取引を継続・拡大しようとした。
その後も,原告は,被告Y2から請求された追証拠金を調達するため,最終的に536万円の借入れをした(総預託金額約1230万円に対して44パーセント)が,かかる取引勧誘は,投資不適格資金導入による取引勧誘であって極めて違法性の高いものである。
c 説明義務違反
勧誘に当たっては,利益を過度に強調してはならず,先物取引の仕組みや危険性を具体的かつ十分に説明しなければならないところ,上記説明資料には,利益額が太字で強調され,価格上昇を予想する新聞記事等の写しが多数添附されているなど,買建てにより利益を収受し得ることが相当程度に確実であるかのように誤解させているのに対し,損失の可能性については,何ら具体的な数値を挙げて説明されず,むしろ追証拠金投入によって計算上のマイナスを回避し得るかのような説明がなされている。
その結果,原告が理解したリスクは,追証拠金がかかるという程度にすぎず,具体的な損失発生の仕組みや,手数料の累積という構造的なリスクを理解するには至っていなかった。
(ウ) 実質的一任売買(無断売買,事後報告の押付けを含む。)
a 無断売買,一任売買の禁止
商品取引員は,委託者の具体的な売買指示(上場商品の種類,限月,売・買の別,新規・仕切の別,売買枚数,指値・成行きの別,指値の場合はその値段及び注文の有効期限等)を受けてその売買注文を執行しなければならない。顧客の指示を受けないで売買取引をすること及び前記諸事項について顧客の指示を受けないでその委託を受けることは禁止されている(法214条3号,施行規則45条,46条3号,準則24条1号,2号)。前者が「無断売買」の禁止であり,後者が「一任売買」の禁止である。
「無断売買」が許されないことは,商品取引員と委託者の関係が先物取引委託契約という委任契約の一種であることに照らして当然である。「一任売買」が禁止される趣旨・目的は,それが許容されると,商品取引員が,自己の勘定による取引を有利にするため,あるいは委託手数料稼ぎのため,委託者の利益を害する蓋然性が高いことにある。
b 押付売買,事後報告の押付け(無断売買のバリエーション)
商品取引員と委託者との先物取引委託契約関係からすれば,商品取引員は,委託者の意思に反する取引を行ってはならないことは当然であるが,その一形態として,「押付売買」や「事後報告の押付け」がある。
これらは,いずれも「無断売買」の一態様といえるが,「無断」であるだけでなく,事後に「押し付ける」行為をも違法不当である点を明確にする趣旨でこのように呼ばれている。
c 実質的一任売買
顧客に対して何の断りもないとまではいえないが,さりとて,顧客があらかじめ一任したことがないにもかかわらず,担当外務員から売買取引を持ちかけ,前記諸事項を具体的に明確にすることのないまま,顧客がそれに同意するという経過をたどったり,事後報告による押付売買によって,売買が発注されたとの取扱いが続けられ,結果として一連の売買取引が形成されることがある。それらの売買取引における顧客の投資判断は,全く無いか極めて希薄であり,実質的な投資判断を行っているのは担当外務員(若しくは商品取引員)であるといえる。
これは,「実質的一任売買」と呼ばれる行為であるところ,このような行為もまた,法における「一任売買」の禁止の趣旨・目的に照らして,違法な行為といわねばならない。
d 本件取引における無断・押付売買,実質的一任売買
(a) 無断売買
ⅰ 原告の勤務状況
原告の勤務先である●●●工場においては,早番と遅番の2交代制が採られていたところ,原告の平均的な出勤状況は,早番の場合,午前5時30分ころ,自宅を出て,午後3時05分,定時勤務が終了するが,残業が数時間あるため,平均的には午後7時ころ,帰宅し,遅番の場合,午後3時ころ,自宅を出て,午前0時50分,定時勤務が終了するが,残業が数時間あるため,平均的には午前4時ころ,帰宅するというものであった。
なお,早番,遅番のいずれにも食事休憩の時間が45分程度確保されているが,ライン作業場から食堂への移動時間と,順番待ち及び食事時間を考慮すると,この間に公衆電話等から被告Y2に電話連絡を入れるのはほとんど不可能であった。
ⅱ 原告と被告Y2との電話連絡について
原告は,平成15年2月以前は,携帯電話を所持していなかった上,上記のような勤務状況であったため,被告らからの連絡は,原告の自宅あてにかかってきた電話によってなされていた。その内容は,「入金して欲しい。」という連絡がほとんどであり,具体的な相場や取引の内容については数えるほどしかなかった。
他方,原告から被告Y2に電話をかけたのは,遅番で日中在宅している週に限られ,平均して週に1回程度にすぎなかった。その内容も被告担当者らからの追加入金要請に対する応答がほとんどであり,具体的な取引内容についての話はほとんど出なかった。
ⅲ 被告Y2らによる無断売買
別紙「取引状況・勤務状況対照表」は,破産会社の売買報告書等に記載された本件取引の注文時刻,成立時刻と,原告の勤務状況とを対照してまとめた一覧表であり,これによれば,原告がラインに縛り付けられており,一切の連絡が不可能な時間帯であるにもかかわらず,原告からの注文があったとして執行されている取引が全320回中,129回(約40パーセント)存在している(「受注日時」欄に黄色の背景色が付されているもの)。これらの取引は,原告からの指示・注文が存在しないにもかかわらず,被告らが独断で執行した無断取引である。被告Y2(若しくは他の営業担当者)らは,かかる取引を無断で行うことにより,手数料稼ぎを敢行していたものである。
なお,これらのほかにも,原告の上記勤務実態に照らせば,原告の事前注文・了解に基づかない取引が多数存在していた疑いがある。
(b) 実質的一任売買
上記のとおり,原告と被告Y2との電話連絡は,原告が非番ないし遅番で在宅していた時に限られているにもかかわらず,毎日のように多数回の取引がなされており,その多くが無断取引ないしその疑いの高い取引であること,原告と被告Y2の電話連絡においても,追加入金の依頼・催促がほとんどであって,具体的な取引内容についての勧誘・説明等はなかったこと,そもそも,原告は,中学卒業後,一貫して工場労働者としてライン作業に黙々と従事してきたものであって,投機・投資取引の経験を有しておらず,商品先物取引の仕組みや相場状況に関する知識もほとんど有していなかったこと,後記のとおり,一般的に委託者にとって利益にならない危険な取引手法(特定売買)が頻繁になされていることなどからすれば,原告自身による投資判断によって注文を出したことは一度もなく,本件取引は,被告Y2が知識・経験に乏しい原告を一方的に主導して行われたものと見るほかなく,典型的な「実質的一任売買」があったことは明白である。
原告を担当していた被告Y2が外回りに出て不在であったと主張する日でも,売買が行われた日が7日も存在していることは,破産会社の何者かが,原告に無断で売買を執行していたことを意味する。
(ウ) 特定売買(背任的業務行為の実態)
a 無意味な反復売買
無意味な反復売買が,委託者に対する背任的業務遂行行為として実質的違法性を有することは,客殺し商法の典型的手段とされる特定売買が持つ,以下の危険性から明らかである。
(a) 売直し又は買直しとは,既存建玉を仕切るとともに同一日内で新規に売直し又は買直しを行うもの(異限月を含む。)であるが,既存の建玉を維持するのと変わりなく,いたずらに取引回数が増して委託手数料がかさむことから,委託者にとって有害無益である。
(b) 途転とは,既存建玉を仕切るとともに,同一日内で新規に反対の建玉を行っているもの(異限月を含む。)である。
途転は,相場が逆に展開することを予想しているときに行うとされるが,証拠金全額を使ってこれを繰り返していると,1,2回は利益が出ても数回のうちには追証がかかる結果となり,元も子もなくなってしまう。他方,業者にとっては,頻繁な建玉により多大の手数料を得ることができ,顧客を操作しやすい状況となる。
(c) 日計りとは,新規に建玉し,同一日内に仕切りを行っているものであるが,これも頻繁な建玉・仕切りという反復取引パターンの一つであり,合理的理由なき限り,委託者の犠牲の下に業者の利益を追求する背任的な手数料稼ぎ行為と評価し得る。
(d) 両建玉とは,既存建玉に対応させて反対建玉を行うもの(異限月を含む。)である。
両建ては,売り買い双方に証拠金を必要とし,委託手数料も両建てしない場合の倍額必要となる。両建は,両建てしたときに損益金が実質的には確定しているから,機能としては仕切った場合と同じであって,むしろ余分の証拠金や手数料を負担させられる点において,委託者に不利益な取引である。また両建ては,いずれの注文(買建と売建の両方)をも良い条件で仕切ろうとするものであるから,委託者はより一層困難な判断を強いられ,身動きができなくなる。
他方,業者にとっては,多額の手数料収入を得られる点で有利であり,さらに,委託者は,評価損を抱えたまま更に手持資金をひっ迫させることになり,相場の変動に対する耐性は著しく弱まることになるばかりか,業者による操作,誘導に対しても抵抗力を弱めていくことになる。
このように両建ては業者にとって様々なメリットがある反面,委託者にとって極めて不利な取引形態であるから,これが頻繁かつ継続して行われているような場合には,当該取引において業者の主導,誘導により実質的な一任売買がなされていることが強く推認される。
(e) 手数料不抜けとは,売買取引により利益が発生したものの,当該利益が委託手数料より少なく,売買益が手数料で食われて差引損となっているものである。
これも委託の趣旨に反する全く不合理な取引であり,一般的に委託者の意思に基づかないことが推認されるものとして,無意味な反復売買の重要な指標となる。
b 無意味な反復売買の認定基準
昭和63年12月26日付通達『商品取引員の受託業務の適正な運営の一層の確保について』(旧農林水産省,通産省共同通達)を受けて,旧通産省は,平成元年4月1日から『売買状況に関するミニマムモニタリング(MMT)』を導入し(平成元年1月23日付『売買状況に関するミニマムモニタリング(MMT)について』旧通産省商務室長通達),同様に,旧農林水産省は,『委託者売買状況チェックシステム』を導入した(以下,これらを「チェックシステム等」と総称する。)。
チェックシステム等は,取引内容の分析・精査及び報告を商品取引員に義務付けた上,上記の(a)ないし(e)を特定売買として取り上げ,監督官庁が,①特定売買の比率を全体の20パーセント以下,②手数料化率を10パーセント程度,③売買回転を月間3回以内,にとどめる方向で指導していくことにより,業者による客殺し商法が横行するのを類型的客観的基準によって機械的画一的に防止せんとしたものであり,行政上の監督という性格を超えて,司法的救済の場面でも,取引継続段階における客観的な違法性判断基準として採用すべきである。
c 本件取引における無意味な反復売買
(a) 破産会社における組織的営業方針
破産会社は,恒常的に委託玉に対して向かい玉を行っていたところ,上記のとおり,向かい玉は,委託者の損を自己玉の益へ転化させる役割を果たしており,客殺し商法の根幹的手段となっっている。
(b) 特定売買比率(無意味若しくは不合理な売買の頻度)
別紙「建玉分析表」によれば,本件取引において,チェックシステム等により特定売買とされる取引回数は,以下のとおりであり(重複する場合には,ⅰからⅴの順で1回としてカウントする),特定売買は全取引件数304回中196回(64.47パーセント)となり,20パーセント以下にするという基準値をはるかに超過する。このことは,本件取引が全体として委託者たる原告の利益を考慮せず,破産会社の利益を図るべく,被告らの主導によりなされた違法性の強いものであったことを推認させる。。
ⅰ 東京ガソリン-特定売買比率69.2パーセント
全取引回数(仕切件数)91回に占める重複修正後の特定売買回数63回(修正前は157回)
ⅱ 東京灯油-特定売買比率78.5パーセント
全取引回数(仕切件数)42回に占める重複修正後の特定売買回数33回(修正前は57回)
ⅲ 東京金-特定売買比率0パーセント
全取引件数(仕切件数)2件
ⅳ 中部ガソリン-特定売買比率55.6パーセント
全取引回数(仕切件数)88回に占める重複修正後の特定売買回数49回(修正前は76回)
ⅴ 中部灯油-特定売買比率62.9パーセント
全取引回数(仕切件数)81回に占める重複修正後の特定売買回数51回(修正前は93回)
(b) 手数料化率(手数料稼ぎ行為の度合い)
委託手数料は,取引を重ねる都度,委託者の損勘定として確実に累積されていくものであるから,受託者たる業者としては,その累積増大化に注意を払いながら受託業務を行うべきであり,手数料化率が高いことは,それ自体で,業者が委託者の手数料負担累積増大化に全く意を払わなかっただけでなく,手数料稼ぎによる客殺し商法をしていたことをも推認させるところ,本件取引では,損金1040万8410円に占める委託手数料金額が777万2200円に達し,手数料化率は,上記チェックシステム等の基準である10パーセントをはるかに超える74.67パーセントという非常な高率であって,本件取引の違法性を客観的に裏付けている。
(c) 売買回転率(「ころがし」の頻度)
売買回転率についてみると,平成14年8月8日の建玉から最終の平成15年4月30日の仕切りまでの間の265日間に,取引(玉を建てて落として1回)が合計304回なされ,1か月当たり平均34.41回の取引となるところ,チェックシステム等の基準1か月平均3回を大幅に上回るものであり,本件取引が原告の意思に基づかないものであることが強く推認される。
(被告らの主張)
原告の主張は争う。
ア 原告の主張する別紙「取引経過」記載のうち,平成14年7月中旬ないし下旬ころ,被告Y3が原告に電話で本件取引の勧誘をしたこと,同年8月4日,被告Y3とその上司のB(以下「B」という。)が,原告方へ本件取引の勧誘に訪れたこと,同月5日,被告Y3とBが,原告の自宅で,市況説明,追証と両建ての関係,臨時増証拠金の説明をしたこと,同月7日,被告Y3とBが,原告方で,受託契約を締結し,委託証拠金として52万5000円を預かったこと,同月上旬ころ,被告Y3が外回りのため電話に出られないことが多かったこと(以上,被告Y3),同月中旬ころ,被告Y2が,原告に対して追加入金の勧誘をしたこと,同年9月10日,被告Y2が,原告に対し,取引を続けるなら臨時増証拠金27万円が必要になる旨伝えたこと,同月11日,原告に振替依頼書を作成してもらったこと,同月25日,被告Y2が,原告に追証拠金が必要になると伝えたこと,平成15年1月初旬ころ,被告Y2が,顧客管理の業務に復帰し,原告にあいさつして日計り取引の紹介をしたこと,同月20日,原告から315万円の委託証拠金を預かったこと,同年2月20日,原告が,破産会社から返金された30万円から15万円を入金し,同月25日,20万円の返金を受けたこと,同年3月3日,被告Y2が,金の取引を勧めたこと,同月6日,被告Y2が,新たな建玉を勧誘したこと,同月12日,被告Y2が,原告に対し,臨時増証拠金が発生したことを伝えたこと,同年4月上旬ころ,被告Y2が原告から資金返還の相談を受けたこと,同月16日,被告Y2が,OPEC総会の後,値段が動くと伝え,原告が100万円の委託証拠金を預託したこと,同月中旬ころ,被告Y2が,原告に対し,今後の見込み,現在の建玉状況,現在の資金でどれだけ動けば元を取り戻せるかの計算結果を伝えたこと,原告から資金の返還の相談を受けたこと(以上,被告Y2),以上の事実は認めるが,その余は争う。
イ 破産会社においては,新規顧客の取引を開始するに当たり,リスクや取引の仕組みに関する理解度アンケートを含む契約書類が必要であり,本社の書類審査部が審査をした上で口座開設の許可が下りる仕組みであったから,一外務員が,適合性原則に違反することなどできない。
原告についても,自筆で口座開設申込書及び契約書を作成してもらい,本社審査部に直接報告した上で,口座開設が行われている(以上,被告Y3)。
ウ 被告Y3は,原告の主張に係る不招請電話勧誘,適合性原則違反の行為をしていない。
原告に対する勧誘時,テレビニュース等でイラク情勢が大きく報道され,東京ガソリンが上昇しそうだと考えて売買取引を行ったのは,原告自身である。実際,原告は,当初は上昇益を得ている。
本件取引開始に当たって,被告Y3の上司であったBが,リスクについて2回以上丁寧に説明し,説明の内容を記載した会社用便せんを交付し,これに対し,原告は,先物取引理解度アンケートにすべて理解したとのチェックをした。
したがって,本件取引は違法ではない(以上,被告Y3)。
(2) 被告らの責任の有無
(原告の主張)
被告らは,以下のとおり,いずれも各人とも民法709条,719条の不法行為責任を免れない。
ア Y1グループにおける組織営業
破産会社は,営業担当者が組織的なピラミッド型の複数名のグループ制となり,順次担当を交替していく仕組み,すなわち,一般委託者を個別訪問によって新規に開拓する係,契約を結んでから売買注文を担当する係,委託者が損失を発生させた後に追加の資金を出捐させる係というように,それぞれが役割を決めて顧客に対応する仕組みを採用していたところ,以下のとおり,被告Y1は,破産会社名古屋支店における営業の最高責任者として,被告Y2及び同Y3は,同支店外務員として,本件取引の勧誘及びその過程において前記の違法行為を行い,原告に損害を与えたものである。
また,破産会社においては,顧客からの導入資金の増加に応じた歩合支給がほとんどであって,その割合も40パーセント程度(売上手数料の35パーセント)の高率である。現に,被告ら(Y1グループ)は,破産会社在籍中のみならず,同社が平成15年1月に破綻した後も,同年2月12日付けで同業者である三貴商事株式会社(以下「三貴商事」という。)に一体となって移籍したことから明らかなとおり,一体的なチームとして活動していたのであって,このような組織営業形態における歩合給支給は,チーム単位で実施されるのが通常である。
イ 被告Y1の責任
(ア) 被告Y1は,平成14年ころ,名古屋第2統括店長という立場にあったところ,同年7月1日付けで名古屋支店に異動し,同支店の営業の現場の最高責任者となって,被告Y2及び同Y3を含む20名ないし40名の営業部員を指揮しており,破産会社の方針に基づき,コンプライアンスの徹底と,部下の営業活動の適否を監督,指示すべき立場(部下の違法行為を監督し制止すべき義務)にあった。
(イ) 被告Y1は,委託者たる原告に対し,取引や入金等を直接勧誘・助言することはほとんどないが,破産会社においては,支店の真の責任者は支店長より上の部長であって,表に出なくとも責任は大きい。すなわち,このような立場の被告Y1が,部下から担当顧客について何らの報告を受けていなかったということはあり得ず,仮にそうだとすると,部下の営業活動の適否を監督すべき上記義務を一切果たしていなかったことにほかならず,少なくとも指導監督義務の懈怠につき過失が存する。
特に,上記のとおり,チームによる組織営業形態においては,複数の外務員が順次担当者を交替しながら特定の顧客と取引を行い,当該顧客が預託した委託証拠金の増加分に応じた報酬をチーム全員が配分を受けるという役割分担及び相互利得の関係が成立しているから,顧客との直接の接触が希薄であったとしても,チームが全体として行った違法な勧誘・業務執行に基づく共同不法行為責任を免れない。
ウ 被告Y2の責任
被告Y2は,本件取引当時,破産会社の名古屋支店の課長代理なし営業課長(原告に対しては,副店長の肩書きを示していた。)として,実際にその売買を担当し,前記の違法業務遂行行為を行ったものであり,その責任は明らかである。
また,被告Y2は,上記組織営業におけるY1グループの一員としても,他の被告らと連帯して責任を負う。
エ 被告Y3の責任
被告Y3は,破産会社の名古屋支店に所属する外務員として,同じ外務員であるBと共に,原告に対し,危険性を隠した利益の強調による本件取引の勧誘行為を行い,被告Y2による違法な業務遂行行為と相まって,原告に後記の損害を与えたもので,その責任を免れない。
また,被告Y3は,上記組織営業におけるY1グループの一員としても,他の被告らと連帯して責任を負う。
(被告らの主張)
原告の主張は争う。
ア 被告Y1関係
(ア) 被告Y1が原告による本件取引の責任者であるとの主張は否認する。
同被告は,原告による本件取引に関与したことはなく,他の担当者と共謀して違法行為を行ったこともない。
(イ) チームによる組織営業形態のため,全取引の指示が被告Y1から発せられており,原告の本件取引についても,被告Y1が指示し又は承知していたとの主張は否認する。
個々の担当者がそれぞれの相場観をもって顧客毎に助言・受注するが,それは顧客の相場観に沿ったものとなるのが当然である。
(ウ) 被告Y1は,他の担当者と同様,多数の顧客を抱えており,顧客毎の要望に応対することに大半の営業時間が費やされる。すなわち,担当者は,相場観,資金量,ポジションの異なる顧客のニーズに対応することが求められるのである。
イ 被告Y2関係
(ア) 被告Y2は,平成14年10月1日から平成15年1月初旬ころまで,新規顧客開拓の業務に従事し,外回り中心の仕事をしていたため,原告との連絡及び注文を受けることは,ほとんど不可能な状態であった。
(イ) 被告Y2は,平成14年12月末まで,破産会社から手取りで約26万円の給与を受けていたが,委託手数料又は委託者からの預かり金を基準とした歩合給の支給を受けておらず,平成15年1月以降,これらに対して,最大で0.3パーセント,約6万円の加給金を支給されていたにすぎない。
また,新規の顧客を獲得したからといって,被告Y2が特別手当の支給を受けたことはない。
ウ 被告Y3関係
(ア) 本件取引当時,新入社員であった被告Y3が,取引売買の担当になったことは一度もない。
(イ) 破産会社においては,新規委託証拠金の1パーセント程度が歩合給として支給されたが,これは100万円以上の入金に限られていたため,被告Y3は,本件取引において,歩合給を支給されたことがなかった。
(3) 原告の損害額
(原告の主張)
被告らによる不法行為によって原告が被った損害額は,以下のとおり,1144万8410円となる。
ア 財産的損害
前記のとおり,原告は,破産会社に対し,平成14年8月8日から平成15年5月6日までの間,別紙「委託金目録」記載のとおり,1229万2770円を委託し,本件取引中及び終了後に,合計188万4360円の返還を受けた。
したがって,出損合計額から返戻額を差し引いた1040万8410円が本件取引により原告が被った財産的損害である。
イ 弁護士費用
原告は,原告代理人らに委任して本件訴訟を提起せざるを得なかったところ,これにより原告が原告代理人らに支払うべき弁護士費用(着手金・報酬)のうち,被告らの不法行為と因果関係がある損害は,上記財産的損害の1割(金104万円)をもって相当とする。
(被告らの主張)
原告の主張のうち,原告が,破産会社に対して,別紙「委託金目録」記載のとおり,委託証拠金を出捐したことは認めるが,その余は否認ないし争う。
原告の主張に係る金額は,原告が自己責任において破産会社に委託して行った商品先物取引の結果,発生した取引損金であって,損害ではない。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(本件取引の勧誘等における違法性の有無)について
(1) 商品先物取引の特徴と受託者の義務について
ア 証拠(甲2ないし4,7の1・2,19,27)及び弁論の全趣旨を総合すると,商品先物取引の一般的特徴として,
(ア) 商品先物取引は,ある商品の一定期間経過時点(限月)における価格の上昇又は下降を予想し,前者と考えた場合はその商品を購入し,後者と考えた場合には売却することによって,その差額を利益として享受することを目的とする取引であること,
(イ) 商品取引所においてこの取引を行うことのできる者の資格は限られており(商品取引員),一般人がこれに参加するためには,商品取引員に売買を委託する必要があるが,この場合には,商品取引員に委託証拠金を預託した上,各回の取引毎に委託手数料を支払う必要があること,
(ウ) 価格の形成要因は極めて複雑であるため,その上昇ないし下降を的確に予想することは現実には困難であって(誰の目にも価格変動の方向が明らかな場合は,売り注文ないし買い注文一色となって,取引自体が成立しない。),通常人が,新聞等によって一般的に得られた知識を基に的確な判断を自主的に形成することはほとんど不可能であり,必然的に,取引は業者からの勧誘・助言に頼らざるを得ないこと,
(エ) 商品先物取引は,株式売買などと異なって,当該取引によって得られる利益と被る損失とが同額であり(いわゆるゼロ・サム世界),委託手数料の負担を考慮すると,現実に利益を得るためには,取引によってこの手数料を超える額の利益を上げる必要があり,取引自体では損益のいずれも出ない場合であっても,このような取引を反覆継続すると,委託手数料の負担が累積して,大きな損失を被ること,
(オ) 取引可能金額は,委託証拠金の10倍以上にもなるため,委託証拠金額と比較して損益の額は多額に上りやすい上,委託手数料の負担も大きくなりやすいこと,
また,限月が定められて,一定期間経過後は取引が強制決済されることから,様子見をして時間を稼ぐことができないこと,
(カ) 商品取引員たる業者の利益・経費等は,業界全体で見れば,結局は取引を委託した顧客からの委託手数料に依拠するものであり,顧客が利益を上げても,受託した業者の利益が増えるものでない反面,顧客が損失を被っても,業者は委託手数料を得ることができるから,業者の収入は,顧客の行う取引回数・取引金額にほぼ比例すること,
以上が認められ,これらによれば,商品先物取引は,確実な情報と的確な判断力を有する特別な者が短期的に利益を上げることはあり得ても,一般的には,投機性が高い上に,継続的に取引を行えば行うほど損失を被る可能性が高まる極めて危険性の高い取引であると評価することができ,これに反するがごとき証拠(乙ロ9,乙ハ2,被告Y1本人)は採用に値しない。
イ ところで,商品取引員たる業者は,取引委託契約を締結した顧客に対し,善管注意義務(商法552条2項,民法644条)に加え,誠実かつ公正にその業務を遂行する義務を負担している(法213条)ところ,上記のような商品先物取引の特質を考慮すると,その契約締結前の段階から,以下のような具体的注意義務を負っていると解され,これらに反した場合には,その勧誘行為,受託行為等は,契約法上のみならず不法行為法上も,違法と評価され得るというべきである。
(ア) 業者は,一般顧客に対して商品先物取引を勧誘するに当たり,利益の獲得が確実ないし高い可能性が存在するかのごとき印象を与える言動をすべきでないことは当然のこととして,その危険性を十分に説明し,漫然と取引を継続する場合には,大多数の者が損失を被ると予想されることを具体的に認識させるように説明すべきである。
(イ) したがって,勧誘の対象となる一般顧客についても,商品先物取引を行う適格性を有するというためには,少なくとも,かかる取引の仕組みとその投機性,危険性を十分に理解し得る能力と,それを基に自立した判断をなし得る能力を保有していることが必要というべきである。
また,上記のような危険性を考慮すると,取引の結果,損失を被ったとしても,生活の破綻を来さない余裕資金の持主であることも適格性充足のために必要であり,かつ,勧誘も,その余裕資金の範囲内での取引にとどめることを求められるというべきである。
(ウ) また,上記のように,一般顧客が能力的に適格性を有していたとしても,個別的な売買取引の判断材料を入手することは困難であって,ほとんどの注文は,業者側の提供する情報に依拠せざるを得ない実態にかんがみると,無断売買が違法と評価されることはもちろんであるが,確度の高くない情報に基づいて漫然と売買の銘柄や量を推薦・助言することも,顧客の信頼を裏切るものといわざるを得ない。
特に,業者側に委託手数料が入る反面,顧客側にはその負担のみを増すと考えられる特定売買については,これをあえて行うことが顧客の利益につながるという特段の事情が存しない限り,顧客の損失によって業者の利益を増加せしめる意図に出た違法な取引勧誘と推認されてもやむを得ないというべきである。
(2) 本件取引の勧誘,受託行為における違法性の有無について
ア 前記前提事実に,証拠(甲1,6の1,9,10の1・2,11の1ないし4,12の1ないし3,13,14,15ないし17の各1・2,25,26,28,乙ハ1,2,乙ニ1,原告本人。ただし,認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。
(ア) 原告は,昭和39年に出生した独身の男子で,昭和54年に中学校を卒業後,自動車部品メーカーであるa株式会社(平成16年10月に行われた合併前は,b株式会社)に就職し,定時制高校に通う傍ら,専らラインの作業員として勤務していたところ,本件取引を開始した平成14年以前においては,商品先物取引はおろか,株式売買等の経験をも有していなかった。
原告の勤務先においては,早番と遅番の2交代制の勤務体制が採られていたところ,前者の場合は,午前5時30分ころ自宅を出て,午後7時ころ帰宅し,後者の場合は,午後3時ころ自宅を出て,午前4時ころ帰宅するのが平均的であるが,この間,約45分程度の食事及び休憩時間を除いては,ライン作業に張付けとなるのが通常であった。
原告は,平成14年ころ,月額給料20万円強,賞与約15万円の収入があったほか,親名義の土地の上に自宅を所有し,預貯金も約500万円ほど有していたが,他方,住宅ローン約600万円,自動車ローン約300万円を抱えていたため,返済額を控除すると,毎月の収入は約13万円であった。
(イ) 原告は,平成14年7月後半ころ,自宅にいたところ,破産会社から電話を受け,ガソリンの先物取引によって資金を増やす旨の勧誘を受けたが,関心がなかったので,資料送付も不要である旨の返答をした。
その後,破産会社からの資料が送付されてきたが,原告は,放置していたところ,同年8月4日,突然,自宅に破産会社の名古屋支店の従業員であるBと被告Y3の訪問を受け,やむなく,その説明を聞いたところ,両名は,銀行に預けてもさして利息はつかないこと,これに反し,破産会社に預ければ倍くらいにはなること,ボーナスが倍になって喜んでいる人がいることなど,商品先物取引を行うことによって利益が得られる可能性が高いとの印象を与える話をした。その結果,原告は,50万円程度であれば,資金を投入してもよいと考え,その旨返答した。
原告は,翌5日,Bと被告Y3の両名の再訪を受け,2月(先)物のガソリンについて,現在より3000円くらい値上がりするから,倍になったら最初の預託金を返還して,残額で取引を継続できるなどという話や,追証がかかる事態に備えて,資金の一部のみを取引に用いることや,両建,臨時増についての説明を受けた。なお,その際に両名が置いていった資料(甲9)には,ガソリン1枚(100キロリットル)当たり1000円の価格上昇によって184万円(20枚購入時)の利益が上がること,ガソリン価格が1リットル当たり2円上昇すると,10枚で192万円,20枚で384万円,30枚で576万円,40枚で768万円,50枚で960万円の利益がそれぞれ見込まれること,「目標30000円」,「最需要期入りと,中東情勢の緊迫によって急上昇必至!」,「春・夏の需要期の谷間にあたる今の安値を是非,買って下さい!」など,手書文字を交えた説明が数頁にわたって存在するのに対し,値下がりした場合のリスクについては,上記のような具体的損失額の明示はなく,わずかに,投資金の2分の1を超えるマイナスが出た場合には,取引をやめるか,追証を補充して取引を継続するかの選択をしてもらうことのみが記載された1枚が最後に添付されているのみであった。
原告は,同月7日,三度,Bと被告Y3の来訪を受け,上記と同様の説明を受けた後,受託契約書を作成し,用意していた52万5000円を委託証拠金として交付した。その際,Bらは,最初はガソリン3枚の購入から始めると説明した。
なお,以上の勧誘,説明に当たっては,主として被告Y3が担当したが,要所では先輩格に当たるBが説明を補充するなどしていた。
(ウ) かくして,原告は,同月8日,東京工業品取引所におけるガソリン3枚(限月は平成15年2月)の購入を皮切りに,本件取引を開始したが,その具体的経緯は,概ね別紙「取引経過」のとおりであり(ただし,11項の会話者のうち,「Y2」を原告に,「相手」を被告Y2に訂正する。),売買いずれかの選択,取引数量などは,Bらから原告担当の営業員の地位を引き継いだ被告Y2からの推薦,助言に基づくものであり(連絡は,夜間に自宅あての電話か,原告の勤務先の公衆電話でなされたが,原告が携帯電話を購入した後は,これに電話する方法が取られた,なお,平成14年10月1日から平成15年1月初旬ころまでは,被告Y2が専ら外回りの仕事に従事していたため,被告Y2から依頼を受けた他の外務員が担当した。),原告がこれに異論を唱えることはほとんどなく,まして,原告が,その収集した情報によって形成した独自の判断に基づいて,具体的な売買を発意,指示したことはなかった。
また,同月9日に1枚,同月12日に5枚と短期間のうちに取引数量が拡大した上,平成14年8月14日から中部商品取引所のガソリンが,同年9月17日から同取引所の灯油が,同年10月21日から東京工業品取引所の灯油が,平成15年3月3日から同取引所の金が,それぞれ売買の対象となる取引が開始された。
(エ) 当初の3回の取引においては,数日後に売却されることによって若干の差益が生じたが,その後は,売買当日に決済される日計りが頻繁に行われたり,同じ商品について売り玉と買い玉を同時に建てたり,短期間のうちに売りと買いが入れ替わったりするなどの取引が目立つようになり(全取引件数304回のうち,いわゆる特定取引が196回,率にして64.47パーセントを占めている。),委託手数料の累積が進んだ。その結果,原告は,平成14年9月10日を皮切りとして,被告Y2から追証の差入れを求められるようになったほか,取引によって差益を得たときも,現実に原告に交付されることはほとんどなく,委託証拠金に振り替えられるのが常であった。
原告は,被告Y2からの追証の差入れ要求に反発しながらも,被告Y2から,これに応じないと取引停止となり,損失が高額に上ると説明されるとともに,損失を取り返すとの被告Y2の言葉を信じ,追証資金を工面し続けたが,同年11月18日には,手持資金に余裕がなくなったため,88万円の追証の差入れを求めてきた被告Y2にその旨伝えると,被告Y2は,消費者金融で借り入れて資金を作ることを勧めた。そして,翌19日,交通事故を起こした原告が,相談のために被告Y2に電話したところ,再度,消費者金融からの借入れを勧められたので,やむなくこれに応ずることとし,被告Y2の代理と称する破産会社の社員と共に,武富士の無人貸出機から50万円,UFJ銀行のカードローンから38万円を借り入れ,追証として交付した。
その後も,原告は,被告Y2から追証差入れを求められた際,トヨタファイナンス株式会社,コーナン商事株式会社,第一生命保険相互会社,日石三菱株式会社,日本衛星放送株式会社,アイフル株式会社等の発行するカードを利用して借入れを行い,資金を作って追証を差し入れたが(その状況は,別紙「委託金目録」記載のとおりである。),平成15年2月ころには,借財が増加していくことにつき,暗澹たる気持に陥るようになった。
(オ) 原告は,平成15年4月に入り,ローンの返済等にも事欠くような状態に追い込まれたが,損失を取り返すとの被告Y2の言葉にすがる思いで,取引を継続しようとしていたところ,事態を察した両親が中止を求めたことから,いったんは,被告Y2に両親に対するとりなしを求めた。しかし,両親が弁護士に相談して,原告に取引を中止するよう説得したことにより,原告も取引継続をあきらめ,被告Y2に取引中止を申し入れた結果,同月30日をもって保有する建玉が決済され,本件取引が中止された。
原告は,同年5月6日,被告会社から精算金として138万4360円の返還を受けたが,最終的な計算を行うと,原告は,以下のとおり(金額は,順に売買差益金,手数料,差引損益金を示し,△はマイナスを意味する。),本件取引によって合計で1040万8410円の損失を受けたことになるが,そのうち,取引自体による損失は224万7600円にとどまるのに対し,破産会社に支払った委託手数料は777万2200円に上り,率にして74.67パーセントを占める結果となっている。
a ガソリン(東京工業品取引所)
192万6000円,235万6000円,△54万7800円
b ガソリン(中部商品取引所)
12万4200円,172万7000円,△168万9150円
c 灯油(中部商品取引所)
△420万0800円,247万0600円,△679万4930円
d 灯油(東京工業品取引所)
△3万5000円,116万6600円,△125万9930円
e 金(東京工業品取引所)
△6万2000円,5万2000円,△11万6600円
イ 以上の認定事実によれば,破産会社は,①中学校卒業以来,ライン作業員として勤務し,商品先物取引はもちろん,株式取引の経験すら有しない原告に対し,短期間で投下資本の倍程度の金額となって戻ってくる可能性が高いかのような言動,説明を繰り返して,人の有する射幸心をことさらに刺激し,危険性については,おざなりの説明をしたのみで,冷静な判断の形成を妨げることにより,商品先物取引を行うことを安易に決意させていること,②具体的な取引についても,原告から信頼を受けていることを奇貨として,実質的に破産会社側の提供した一方的な情報や推薦,助言に基づいて売買を行わせたものであること,③原告が最初に言明した投資可能金額をはるかに超える頻繁な取引を行わせた結果,委託手数料の累積等によって損失が拡大するや,これを取り戻すことができるかのような言動を行うことによって,さらに追証を差し入れさせたこと,④取引内容についても,破産会社の利益に直結するが,原告の利益に沿うとは考え難い特定取引を頻繁に行わせていること,⑤原告の余裕資金が尽き,その工面に困窮する事態となると,原告の返済能力を考慮することなく,消費者金融等からの借入れを勧めて取引を継続させていること,以上の事情が明らかであるところ,これらは,顧客に対して業者が負担する上記の注意義務に反するといわざるを得ない。
そうすると,本件取引の受託行為は,その当初から,顧客である原告の利益に沿って行われることを予定したものではなく,合理性の有無にかかわらず,取引回数,取引金額を増大させることにより,委託手数料を増加させ,破産会社の利益を優先させることを主たる目的とした一連の行為と評価することができる。
(3) 小括
よって,本件取引の勧誘,受託行為は,全体として契約法上及び一般不法行為法上,違法であるとの評価を免れない。
2 争点(2)(被告らの責任の有無)について
(1) 被告Y1について
ア 前記認定事実によれば,被告Y1は,原告と面会したり話を交わしたことがなく,本件取引に直接関与したことがないと認められる。
イ この点について,原告は,①破産会社においては,複数の社員が役割分担の上でチームとして営業活動を行っているところ,被告Y1は,被告Y2や同Y3ら,Y1グループを率いて本件取引を行わしめたものであること,②被告Y1は,破産会社名古屋支店における営業の最高責任者であって,コンプライアンスの徹底と部下に対して指導,監督すべき立場にあったことなどから,民法709条,719条に基づき,共同不法行為責任を免れない旨主張する。
なるほど,前記前提事実(1)ウに証拠(甲3,5,6の1ないし6,7の1・2,8の1・2,20,乙ロ4の1ないし3,8,被告Y1本人。ただし,認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の各事実が認められる。
(ア) Aは,昭和30年代から同40年代にかけて,商品取引員である協栄物産に勤務し,商品先物取引の営業の基本を身に付けた後,福岡市を拠点とするゼネラル貿易の経営を委ねられ,やがて関連会社を統合して破産会社を作り,平成13年以降は,その社長及び会長の地位にあったところ,破産会社は,平成16年1月7日,取引の差損の決済不履行を起こしたが,その処理の過程で,同社が向かい玉を多用していた事実が判明した。
なお,破産会社は,平成11年12月15日,仙台高等裁判所によって,無断売買や頻繁な特定取引を理由として損害賠償を命じた判決の言渡しを受け,平成12年8月25日にも,大阪地方裁判所によって,商品先物取引の適合性原則に反し,無意味な特定取引を繰り返したとして損害賠償を命じた判決の言渡しを受けている。
(イ) 破産会社においては,顧客の新規開拓,顧客に対する売買担当というように,それぞれの役割が定まっていて,営業部全体で営業活動に当たる態勢が採用されていたところ,被告Y1は,平成14年ころ,破産会社の名古屋第2統括店長の地位にあり,遅くとも同年7月1日には,外務員20ないし40名を擁する名古屋支店の営業責任者たる地位に就いている。
もっとも,実際の業務遂行は,それぞれの顧客に対応する外務員が,その判断で行っており,具体的な売買の勧誘等を上司に報告し,その指示を仰ぐという形態が採用されておらず,担当外務員が支店に不在の場合も,当該外務員に連絡を取って,その者から顧客に電話を入れさせるのが原則であり,連絡を取るのに時間を要する場合に限って,顧客からの電話を受けた外務員が対応することになっていた。したがって,被告Y1も,自分が担当する顧客についての情報は認識していたものの,他の外務員の具体的な売買勧誘行為等については,ほとんど把握しておらず,コンプライアンス業務は,専ら本社の管理部によって行われていた。
(ウ) 破産会社の給与は,基本給と歩合給から成っていたところ,後者も,毎月の給与に加算されて支給され,夏季と冬季の賞与支給の際に精算されることになっていた。そして,歩合給は,個人の実績によって支給される加給金と会社全体の実績に応じて支給される実績給から成っているが,それらは,顧客が破産会社に委託した証拠金と実際に破産会社の得た手数料の金額によって決められていた。
ちなみに,被告Y1は,平成14年の冬季において,実績給として59万2000円(加給金は0円)の支給を受けていたが,平成15年夏季においては,実績給として88万8000円,加給金として80万円の支給を受けていたところ,このように増額された背景として,名古屋支店において,半年で約4億円の成果を得たことが挙げられる。
(エ) 破産会社の倒産後,その社員たちは分散したが,最も多くの社員を引き受けたのは,ゼネラル貿易でAの部下であったCが会長を勤める三貴商事であり,被告ら3名も,同社に移籍した。
三貴商事も,愛知県半田市在住の70代の無職男性や,豊橋市在住の50歳代半ばの会社員との間に,商品先物取引の勧誘等を巡る紛争が生じており,特に後者については,主として被告Y2が取引の勧誘行為等を行っているが,その具体的態様(利益の強調,頻繁な特定取引,借財による投資の勧誘等)は,本件取引と酷似している。
以上の認定事実を基に,被告Y1の責任の有無を判断するに,被告Y1は,破産会社名古屋支店における営業の最高責任者として,部下が違法行為を行っていることを認識した場合に,これを是正させる立場にあったことを自認している(本人尋問)が,かかるコンプライアンス上の義務は,基本的には破産会社から一定の役職を与えられたことに伴うものであって,破産会社に対する義務というべきであるから,部下の違法行為を積極的に指示ないしこれに加功することなく,単に中止を求めなかったという不作為のみでは,特段の事情のない限り,共同不法行為者としての責任を肯認できないと解されるところ,上記のとおり,名古屋支店における具体的な営業行為は,それぞれの担当者が自己の判断によって行っており,被告Y1がその詳細について報告を受けて認識していたものではなく,実際のコンプライアンス業務も,本社の管理部によって行われていたというのであるから,組織営業の実態やコンプライアンス上の義務の存在を根拠に,被告Y1に対して共同不法行為責任を追及する原告の主張は採用できない((破産会社の倒産後,被告らが三貴商事に移籍したからといって,上記の判断を覆すことはできない。)。
なお,被告Y1については,民法715条2項の代理監督者の責任も問題となり得るが,同条の責任が肯定されるためには,客観的に観察して,実際上現実に使用者に代わって事業を監督する地位あることを要するところ,被告Y1は,破産会社名古屋支店の営業上の責任者とされてはいたものの,上記のとおり,同支店における具体的な営業行為は,それぞれの担当者が自己の判断によって行っており,被告Y1がその詳細について報告を受け,現実に指導,監督する実態があったとまでは認められないので,同項の責任も肯定することはできない。
ウ よって,被告Y1に本件取引についての不法行為責任を認めることは困難であるといわざるを得ない。
(2) 被告Y2について
ア 被告Y2は,前記のとおり,破産会社との間で受託契約を締結した原告の担当外務員として,本件取引を主導したものであり,一時期,外回りの仕事に専念すべく,他の社員に対応を代行させた事実は認められるものの,同社員による推薦,助言,受託行為も,被告Y2からの依頼に基づき,意思を通じた上で行ったと推認できるから,共同不法行為者といわざるを得ず,結局,本件取引全体について,商品取引員たる破産会社の従業員として遵守すべき注意義務に違反した責任を免れないといわざるを得ない。
イ この点について,被告Y2は,委託手数料等を基準とした歩合給をほとんど支給されていない旨主張するが,そうであるからといって,上記の責任を否定することはできない。
(3) 被告Y3について
ア 被告Y3は,前記のとおり,Bと共に原告に対する商品先物取引の勧誘に当たり,最終的に受託契約を締結させて,52万5000円を交付させたものであるところ,その勧誘内容は,専ら利益の獲得に力点が置かれた反面,危険性を理解させる点では不十分なものであったというべきであるから,かかる行為は違法であると評価すべきである。
イ もっとも,証拠(乙ニ1,被告Y1本人)によると,被告Y3は,その時点では破産会社に入社して間がなく,先輩格であるBの指導の下で,商品先物取引の勧誘業務に従事していたもので,受託契約の締結に成功し,委託証拠金として52万5000円を受け取った後は,被告Y2に原告の担当を引き継ぎ,以後,原告とは全く交渉することがなかったというのであるから,その後に行われた被告Y2の推薦,助言,受託行為の結果,原告が上記のような損害を被ることを具体的に予見できたとまでは認め難く,結局,実際に交付させた上記委託手数料の金額を超えて,不法行為責任を肯認することはできないというべきである。
3 争点(3)(原告の損害額)について
(1) 前記のとおり,被告Y2による本件取引の勧誘,助言,受託行為全体が違法であると判断される以上,それによって生じた損失1040万8410円が原告の損害といわざるを得ない。
また,内金52万5000円については,被告Y3の違法行為によって生じた損害と評価することもできるから,この部分については,両被告の共同不法行為によって生じた損害というべきである。
(2) ところで,原告が,本訴の提起,遂行を原告代理人らに訴訟委任したことは,本件記録から明らかであるところ,本件事案の内容・困難度,審理の経過,認容額等,本件に顕れた一切の事情を斟酌すると,上記不法行為と相当因果関係を有する弁護士費用としては,104万円(うち,被告Y3らによる勧誘行為によって最初に委託手数料52万5000円を交付させた点については5万円)をもって相当と認める。
(3) よって,原告の損害額は1144万8410円となるところ,被告Y2は,その全額について責任を免れないが,同Y3は,当初の受託段階で交付させた委託手数料に弁護士費用を加えた57万5000円の限度で連帯責任を負うと解するのが相当である。
4 結論
以上の次第で,原告の本訴各請求は,被告Y2に対する部分については全部理由があり,同Y3に対する部分については上記の限度で理由があるから,これらを認容し,被告Y1に対する部分及び同Y3に対するその余の部分はいずれも失当として棄却し,訴訟費用の負担につき民訴法61条,64条を,仮執行の宣言につき同法259条をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
(裁判官 加藤幸雄)
<以下省略>