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名古屋地方裁判所 平成17年(ワ)3720号 判決 2006年10月18日

原告

X1

ほか一名

被告

株式会社損害保険ジャパン

主文

一  被告は、原告X1に対し、一二五〇万円及びこれに対する平成一七年五月三一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告X2に対し、一二五〇万円及びこれに対する平成一七年五月三一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

本件は、原告らが、原告らの子である亡Aが交通事故により死亡したとして、Aと任意保険契約を締結していた被告に対し、搭乗者傷害保険金及び自損事故保険金の請求並びに保険金請求権の発生日より後であることが明らかである保険金支払拒絶日である平成一七年五月三一日から商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  前提事実(当事者間に争いがないか又はかっこ内に掲示した証拠により容易に認められる事実)

(1)  被告は、損害保険等を業とする株式会社である。

(2)  Aと被告は、平成一六年二月一二日、下記の内容の自動車保険契約を締結した(以下「本件保険契約」という。)。

保険の種類 SAP

保険期間 平成一六年三月一三日から平成一七年三月一三日

証券番号 <省略>

被保険自動車 普通乗用自動車(<番号省略>。メルセデスベンツ)(以下「本件車両」という。)

搭乗者傷害保険 一〇〇〇万円

自損事故保険 一五〇〇万円

(3)  交通事故(以下「本件事故」という。)の発生(甲三)

ア 日時 平成一六年一一月三日午後一一時二〇分ころ

イ 場所 名古屋市緑区篠の風一丁目三〇一番地先路線上(一ツ山鳴海線)

ウ 事故態様 Aが本件車両を運転中、反対車線に進入し、訴外B運転の車両(以下「B車」という。)と接触した後、A走行車線外縁に植栽された街路樹に衝突し、よって、平成一六年一一月四日午前〇時一八分、死亡した(甲一)。

(4)  本件事故後、愛知県警察本部科学捜査研究所においてAの血液につき鑑定が行われた。同血液鑑定に関する愛知県緑警察署司法警察員作成の電話通信書(甲六)には、「血液一ミリリットルあたり〇・四五ミリリットル」の濃度のアルコールの含有があるとの記載がある。

(5)  原告らはAの両親であり、二分の一ずつAの財産上の地位を相続した(甲一、二)。

(6)  被告は、平成一七年五月三一日、Aが酒によって正常な運転ができないおそれがある状態で自動車を運転していたとして、保険金の支払を拒絶した。

二  争点

本件事故につき、免責条項に該当するといえるか。

(被告の主張)

(1) 本件保険契約の約款には、「被保険者が法令に定められた運転資格を持たないで被保険自動車を運転している場合、酒に酔った状態(アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態をいいます。)で被保険自動車を運転している場合、または麻薬、大麻、あへん、覚せい剤、シンナー等の影響により正常な運転ができないおそれがある状態で被保険自動車を運転している場合に、その本人について生じた傷害」については、自損事故保険金及び搭乗者傷害保険金を支払わない旨の免責条項があるところ、以下の理由から、本件事故は上記免責条項の「酒に酔った状態」での運転にあたるといえる。

ア アルコール濃度

電話通信書(甲六)の「血液一ミリリットルあたり〇・四五ミリリットル」という記載に基づけば、「泥酔期」の状態であり、アルコールの影響によって明らかに正常な運転ができないおそれにあたる。

仮に上記記載が「血液一ミリリットルあたり〇・四五ミリグラム」の誤記であったとしても、アルコールによる運動能力・作業能力への影響は否定できない。

イ 飲酒量

Cは、Aは、本件事故前、中ジョッキでビールを一、二杯飲んでいたと証言しているが、同証言は疑わしい。また、AがCと会う前に飲酒していた可能性も否定できない。

ウ 事故態様

本件事故にあたり、Aは、時速八〇キロメートルないし一二〇キロメートルの高速度で事故現場のカーブを走行していたものであり、単なるスピードの出し過ぎとするにはあまりに激烈かつ異常な走行態様である。前走するワンボックスカーを追走していた可能性や、本件車両がブレーキ操作後に横滑りした可能性があるが、仮にそうだとしても、かかる高速度で事前に十分な減速をせずに交差点及びその後の左カーブに進入したのは、適切な回避措置をする余地もないほどの高速で運転していたためであり、適切なハンドル操作、ブレーキ操作をする判断力を欠き、ブレーキやアクセルを確実に操作して安全な速度で進行すべき義務を十分に守ることができない身体的状態にあったといわざるを得ない。

このような異常運転をする身体的状態は、アルコールの影響で抑制がとれたことが大きく影響していた結果といえる。

(2) 仮に、Aの運転行為がアルコールの影響によるものではなく、前走するワンボックスカーを追走していわゆるカーチェイスのような無謀な運転行為を行っていたというのであれば、それは、本件保険契約の約款の免責条項のうち「被保険者の故意によって、その本人について生じた傷害」「被保険者の闘争行為、自殺行為または犯罪行為によって、その本人について生じた傷害」に準ずるものと評価できる。

(原告の主張)

(1) 被告の主張(1)に対して

ア 電話通信書(甲六)の「血液一ミリリットルあたり〇・四五ミリリットル」という記載は、「血液一ミリリットルあたり〇・四五ミリグラム」の誤記である。

一般に、血中アルコール濃度が血液一ミリリットルあたり〇・五ミリグラムに満たないときは、いわゆる爽快期であり、アルコールによる身体・動作への影響はほとんどないとされており、本件の場合もアルコールによる運転能力への影響はほとんどない。

イ Cの証言によれば、Aが本件事故前にスーパー銭湯入浴後に飲酒した量はビールジョッキ一、二杯程度であり、事故前に別れるときも酔って運転できない状態ではなかったというものである。

ウ Aは、前走するワンボックスタイプ車を時速約一二〇キロメートルで追走し、前車同様道路の中央寄りを進行し、さらにカーブ手前ではそのままでは曲がりきれないと判断して減速しようとしていたのであるから、道路・周辺状況等を認識して走行しており、飲酒の影響により正常な運転ができない状態であったとは考えられない。また、Aがこのような高速度で走行していたのは、ワンボックス車に腹を立てて追走していたのであり、普段から他の車の挙動に腹を立てて追いかけることはあったのであるから、高速度で走行していたことには理由がある。Aはブレーキをかけていなかったものではなく、むしろ、本件事故は高速度で走行中にカーブでブレーキをかけたために後輪がスリップして車両が横滑りしたことから生じた事故である。

(2) 被告の主張(2)に対して

否認する。

第三争点に対する判断

一  証拠(甲四ないし六、八、一一、一二、乙三、証人B、同D、同C)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故の状況等について、以下の事実が認められる。

(1)  本件事故現場付近の状況

本件事故現場周辺の状況は別紙地図のとおりである。

本件事故現場付近の道路(一ツ山鳴海線)は、ほぼ南北に走る幅員約六・八メートルの片側一車線の道路であり、中央線につきはみ出し禁止規制とされている。制限速度は時速五〇キロメートルであった。

本件事故現場から南方約一〇〇メートル余のところに、篠の風東交差点がある。

同交差点から本件事故現場までの道路は、北に向かって緩やかに左カーブしており、下り坂になっている。

(2)  本件事故前の経緯及び本件事故の状況等

ア Aは、本件事故当日の午後八時ころ、Cを自宅まで迎えに行って、スーパー銭湯「ゆー湯」に行き、各々入浴した後、休憩所でビールを少なくとも中ジョッキないし大ジョッキで一、二杯飲んだ(後記クの血中アルコール濃度に照らすと、これを大幅に超える多量のアルコールを摂取したと認めることはできない。)。二人は、午後一〇時ころ、上記銭湯を出て、本件車両でCの自宅付近のドラッグストアの駐車場に行き、車内で約一時間程度話をした。Cはそこで降車して歩いて自宅に帰った。

イ Aは、Cと別れた後、一ツ山鳴海線の道路を北進した。

ウ 上記篠の風交差点付近で、黒っぽいワンボックスカーと、その後を車約一台分というわずかな車間距離で本件車両が、時速約一二〇キロメートルで北進した。同交差点手前には、ゼブラゾーンに続いて右折車線があり、また、その付近の側道に自動車が一台駐車してあったが、上記ワンボックスカー又は本件車両は、右折車線の中のかなり右寄り(右車輪がおよそ中央線のキャッツアイを踏むような位置)で走行していた。本件車両は、蛇行運転やふらふらした運転をしていたことはなかった。上記二台の車両が同交差点を通過する際の対面信号機の色は、黄色から赤色に変わるところであった。

エ 同交差点を通過したあたりでは、上記ワンボックスカーは自車側走行車線を走行していたが、本件車両はおよそ左側車輪が中央線を踏むような位置で対向車線に入っていた。そして、上記ワンボックスカー及び本件車両はほとんど同時(ただし、わずかに上記ワンボックスカーが先)にブレーキをかけた。

オ そして、本件車両が横滑りして、上記ワンボックスカーの右側に並んで併走する形になった。そのときB車が対向車線を走行してきており、Bは、本件車両と正面衝突すると思ってハンドルを左に切るとともに急ブレーキをかけたところ、B車の右後部タイヤホイールの横あたりと本件車両の右後部フェンダーあたりがわずかに接触し、その後B車は上記交差点手前付近で停止した。

カ 一方、本件車両は、B車と接触した後、左方向に進行し、道路左側の歩道に乗り上げ、歩道に植えてある街路樹に右側面(左ハンドルであるため助手席側)が食い込むように衝突して停止した。

キ 同交差点を過ぎた付近から衝突現場まで約一一八メートルにわたり、路面にタイヤの横滑り痕が曲線を描きながら断続的にかすかに印象されていた。うち、停止位置から約八・三メートル手前までは、本件車両の前後方向とほぼ並行に、ほぼ連続したタイヤ痕が印象されていた。

ク 本件事故後、愛知県警察本部科学捜査研究所においてAの血液につき鑑定が行われたところ、血液一ミリリットルあたり〇・四五ミリグラムのアルコールが検出された(なお、電話通信書(甲六)の「血液一ミリリットルあたり〇・四五ミリリットル」という記載どおりだとすると、血液の四五パーセントがアルコールということになるが、これは乙第四号証にいう「第四度(泥酔)」が血中濃度〇・三五ないし〇・四五パーセントと比べてもその一〇〇倍以上という数値であって、到底生じ得ない数値というべきであるから、「血液一ミリリットルあたり〇・四五ミリグラム」の誤記であると解すべきである。)。

二  以上を前提に、免責条項該当性について判断する。

(1)  被告の主張(1)について

証拠(乙一)によれば、本件保険契約の約款に、「被保険者が法令に定められた運転資格を持たないで被保険自動車を運転している場合、酒に酔った状態(アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態をいいます。)で被保険自動車を運転している場合、または麻薬、大麻、あへん、覚せい剤、シンナー等の影響により正常な運転ができないおそれがある状態で被保険自動車を運転している場合に、その本人について生じた傷害」については、自損事故保険金及び搭乗者傷害保険金を支払わない旨の免責条項があることが認められる。

そこで、本件事故が、「酒に酔った状態(アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態)」での運転にあたるといえるか否かについて検討する。

ア まず、上記一(2)クのような血中アルコール濃度は、酒酔いの症状に関する甲第九号証の二にいう「爽快期」(血中濃度〇・三~〇・五mg/ml)にあたり、また乙第四号証でいう「第一度(微酔)」(血中濃度〇・五~一・五mg/ml)には至らない程度のものであって、それ自体から直ちに、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態であったと推認することはできない。もとより、運転者の体質如何等によっては、上記アルコール濃度においても正常な運転ができないおそれのある状態になる場合があることは否定できないが、むしろ上記の酒酔いの症状に関する各証拠に照らせば、認識・運動能力が低下するとはいってもそのような状態にまでは至らないのが通常であるということができ、そして、Aが上記アルコール濃度において正常な運転ができないおそれのある状態になるような体質等であったと認めるに足りる証拠はない。

イ また、上記のような本件事故の状況に鑑みると、本件事故は、時速約一二〇キロメートルの速度で、前車をあおるため又はカーチェイスのためなど何らかの理由で、これに接近して追走し、篠の風東交差点を超えたあたりでは対向車線にはみ出して走行していたところ、前車がブレーキをかけたことに応じて本件車両もブレーキをかけたため、横滑りして、B車と接触した後、道路左脇の街路樹と衝突したものということができる。

もとより、前車をあおるため又はカーチェイスなどのため上記のような高速度で前車に接近して走行するということ自体はきわめて無謀かつ危険な運転として非難されるべきものではあるが、上記のような理由であるとすると高速度で走行していたことにも一応の理由があるといえるのであって、アルコールの影響による速度制御能力の著しい減退のために高速度となったと直ちにいうことはできない。

また、Aは、ゆるやかなカーブを通過するにあたり、対向するB車を発見したか又は上記ワンボックスカーがブレーキをかけたために直ちにブレーキをかけたというのであるから、状況に応じてブレーキ操作をしているということができる。その後道路脇の街路樹に衝突したものではあるが、その原因は高速度走行時にブレーキを踏んだことによる横滑りのためであって、ブレーキ操作ないしハンドル操作を誤ったためとはいえない。

しかも、本件車両は、同交差点を通過する際、蛇行運転やふらふらした運転をしていたことはなかったものと認められ、その他、運転態様から、正常な運転ができないおそれがある状態を推認させるようなものは見あたらない。

ウ 以上によれば、Aが、本件事故当時、「酒に酔った状態(アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態)」であったと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(2)  被告の主張(2)について

証拠(乙一)によれば、本件保険契約の約款に、「被保険者の故意によって、その本人について生じた傷害」「被保険者の闘争行為、自殺行為または犯罪行為によって、その本人について生じた傷害」については、自損事故保険金及び搭乗者傷害保険金を支払わない旨の免責条項があることが認められる。

そこで、本件事故が、上記免責条項に該当するといえるか否かについて検討する。

まず、上記のとおり、本件事故は、高速度走行時のブレーキ操作による横滑りのための事故というべきであって、自ら街路樹等路外施設に衝突しようとしたものと認めることはできないから、故意行為と認めることはできない。

また、上記のような事故態様等に照らし、Aの運転行為が、闘争行為、自殺行為又は犯罪行為に該当すると認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

さらに、被告は、上記条項に準ずるものであると主張するが、免責条項に該当しないものをこれに準ずるものとして同様に扱うべく拡張解釈することは相当でない。

よって、「被保険者の故意によって、その本人について生じた傷害」「被保険者の闘争行為、自殺行為または犯罪行為によって、その本人について生じた傷害」に該当すると認めることはできない。

三  以上によれば、原告の請求は理由があるからこれを認容することとする。

(裁判官 野口卓志)

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