名古屋地方裁判所 平成17年(ワ)3753号 判決 2007年11月30日
主文
1 被告スパイススタイルアンドアソシエイツは,原告管財人に対し,3769万2000円及びこれに対する平成18年9月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告Aは,原告管財人に対し,3559万8000円及びこれに対する平成18年9月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告Bは,原告管財人に対し,2617万5000円及びこれに対する平成18年9月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告管財人のその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用(補助参加の費用を含む。)は,これを4分し,その1を原告管財人の負担とし,その1をりそな銀行の負担とし,その余を被告らの負担とする。
6 この判決は,主文1ないし3項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 Cと被告スパイススタイルアンドアソシエイツ(以下「被告スパイススタイル」という。)との間で平成14年12月31日付けにて締結された別紙株式目録記載1の株式を発行の目的とした新株引受権の贈与契約を否認する。
2 Cと被告Aとの間で平成14年12月31日付けにて締結された別紙株式目録記載2の株式を発行の目的とした新株引受権の贈与契約を否認する。
3 Cと被告Bとの間で平成14年12月31日付けにて締結された別紙株式目録記載3の株式を発行の目的とした新株引受権の贈与契約を否認する。
4 被告スパイススタイルは,原告管財人に対し,8100万円及びこれに対する平成17年10月6日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
5 被告Aは,原告管財人に対し,7650万円及びこれに対する平成17年10月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 被告Bは,原告管財人に対し,5625万円及びこれに対する平成17年10月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告管財人が,Cから被告らへの新株引受権の贈与につき故意否認及び無償否認を理由として否認権を行使し,贈与目的物である新株引受権の価額償還(被告スパイススタイルにつき8100万円,被告Aにつき7650万円及び被告Bにつき5625万円)並びにこれらに対する本訴状送達の日の翌日である,被告スパイススタイル及び被告Aについて平成17年10月6日,被告Bについて同月13日から,それぞれ支払済みまで,被告スパイススタイルについて商事法定利率年6分,被告A及び被告Bについて民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがないか,証拠及び弁論の全趣旨より容易に認められる。)
(1) 当事者及び本件訴訟の経緯
ア 原告管財人
原告管財人は,平成18年6月26日午後5時に破産手続開始決定(当庁平成18年(フ)第2194号)がなされたCの破産管財人である。
イ 被告スパイススタイル
被告スパイススタイルは,平成11年10月にCを代表者として設立された経営・財務・労務コンサルタント業等を目的とする株式会社である。Cは,平成16年12月24日まで,被告スパイススタイルの代表取締役に就いていた。
ウ 被告A及び同B
被告AはCの妻である。
被告BはCと被告Aの子(平成6年9月26日生まれ)であり,C及び被告Aの親権に服している。
エ 訴外株式会社スパイスコーポレーション
訴外株式会社スパイスコーポレーション(以下「スパイスコーポレーション」という。)は,平成2年6月にCを代表者として設立されたコンピューター・周辺機器の販売及びメンテナンス等を目的とする株式会社である。
オ 本件訴訟の経緯
本件訴訟は,りそな銀行が原告として,スパイスコーポレーションに対し貸金返還訴訟,Cに対しスパイスコーポレーションの貸金についての連帯保証債務支払訴訟,本件被告らに対し詐害行為取消訴訟を併せて提起したところ,スパイスコーポレーション及びCについて弁論が分離され,その請求をいずれも全部認容する判決が確定した。その後,本件被告らに対する詐害行為取消訴訟における債務者であるCについて上記破産手続開始決定がされたことから,破産法の定める手続により,原告管財人がりそな銀行の本件訴訟の原告たる地位を承継した。
(2) 否認権の行使
原告管財人は,平成18年9月12日の本件第5回弁論準備手続期日において,以下の贈与契約(以下,贈与契約を併せて「本件贈与行為」といい,目的物である新株引受権を併せて「本件新株引受権」という。)につき,破産財団のために否認するとの意思表示をした。
① Cと被告スパイススタイルとの間で平成14年12月31日付けで締結された別紙株式目録記載1の株式を発行の目的とした新株引受権の贈与契約
② Cと被告Aとの間で平成14年12月31日付けで締結された別紙株式目録記載2の株式を発行の目的とした新株引受権の贈与契約
③ Cと被告Bとの間で平成14年12月31日付けで締結された別紙株式目録記載3の株式を発行の目的とした新株引受権の贈与契約
2 争点
(1) 本件贈与行為の時期
(2) 本件贈与行為の詐害性
(3) Cは,本件贈与行為の際,債権者を害することを知っていたか(故意否認-Cの詐害の意思)。
(4) Cは,平成15年2月末日ころ,支払停止又は支払不能の状態であったか(無償否認-Cの支払停止・支払不能状態)。
(5) 被告らは,本件贈与行為の際,本件贈与行為が債権者を害することを知らなかったか(被告らの善意)。
(6) 被告らが価額償還すべき額
3 争点に関する当事者の主張
(1) 本件贈与行為の時期〔争点(1)について〕
(原告管財人の主張)
本件贈与行為は,平成14年12月31日になされた。
贈与契約書(甲30の3)上も,アビックス株式会社(以下「アビックス」という。)の証券取引法上及び商法上の開示(丙1・103頁)においても,平成14年12月31日とされている。
被告らは,平成14年4月ころであると主張するが,便宜的に平成14年12月31日になされたというのでは説得力もなく,被告らの主張に沿う証拠もない。
(被告スパイススタイルの主張)
ア Cが被告スパイススタイルに対し,別紙株式目録記載1の株式を発行の目的とした新株引受権を贈与したことは認めるが,本件贈与行為が平成14年12月31日になされたとの主張は否認する。
イ 平成12年年末から平成13年春にかけて,Cはアビックスを退社する方向で検討しており,同年2月17日の取締役会において,本件新株引受権を被告らに譲渡することの承認を得た。しかし,この時点では,譲渡対価をいくらにするのかが分からず,アビックス側における主幹事証券会社や監査法人の了解も必要であったことから,これらの問題が解決した段階で,正式に譲渡することとなった。
その後,アビックスの税務に関与していた公認会計士のD(平成16年2月から被告スパイススタイルの代表者でもある。)に対し,本件新株引受権の譲渡対価について相談し,平成14年4月に,CはDから本件新株引受権には価値がないとの報告を受けた(乙14の2)。
そこで,平成14年4月,Cは被告らに本件新株引受権を贈与した。
後にアビックスから本件贈与行為の承認を得たが,主幹事証券会社の指導により,アビックスの記録上は,平成14年12月31日譲渡の取扱いとされたのである。大晦日である同日に贈与がなされることはありえない。
(被告A及び被告Bの主張)
ア Cが被告Aに対し,別紙株式目録2記載の株式を発行の目的とした新株引受権を,被告Bに対し,別紙株式目録記載3の株式を発行の目的とした新株引受権を,それぞれ贈与したことは認めるが,本件贈与行為が平成14年12月31日になされたとの主張は否認する。
イ 本件贈与行為は,平成14年4月ころである。
本件新株引受権の譲渡は平成13年2月ころから話題に上っていたのであり,Cを含むアビックスの創業メンバー間の経営方針の対立やアビックス新株引受権の価格評価の大幅な遅延から,贈与形態による譲渡と決めたのが平成14年4月ころとなったのである。
原告管財人は,本件贈与行為が平成14年12月31日になされたと主張するが,大晦日に贈与を行うというのは不合理というほかない。上記日付けは,アビックスの記録としての日付けにすぎないのである。
ウ 本件贈与行為に至る具体的経緯
(ア) Cは,アビックスの創業期からの役員であったところ,創業メンバー間の経営方針の対立の中,アビックスの経営陣から抜けることを決め,その所有する新株引受権を自己の関係者に移転・整理することを考えた。
(イ) Cは,アビックス取締役会に,その所有する新株引受権を株式会社スパイスホールディングス(現:被告スパイススタイル),被告A及び被告Bに譲渡することを申し出,アビックス取締役会は,平成13年2月にはこれを了承した。しかし,新株引受権の評価の問題並びにアビックスとしては主幹事証券会社及び監査法人との協議といった内部的問題があったことから,それらが解決した段階で正式承認の運びとなった。
(ウ) Cは,平成13年6月28日,アビックスの取締役を退任した(乙2)。
(エ) Cは,平成14年4月,アビックスから新株引受権の価格に関する報告を受けた。その内容は,市場価値はなく有償譲渡できないというものであった。
(オ) これを受け,Cは,その所有する新株引受権をおおむね3等分し,被告スパイススタイルに36株分,被告Aに34株分,被告Bに25株分を贈与することとし,同時にアビックスの代表取締役社長であるEに対し,平成13年2月の取締役会における確認事項に基づき,新株引受権譲渡に関する正式な承認を依頼した。Eからは,主幹事証券会社の指導のため,アビックスの記録上の取扱いは平成14年12月まで待って欲しいとの話があった。
(カ) 平成14年12月,主幹事証券会社の了解を得て,本件新株引受権の贈与がアビックスに記録された。
(2) 本件贈与行為の詐害性〔争点(2)について〕
(原告管財人の主張)
ア 平成14年12月31日当時,りそな銀行のスパイスコーポレーションに対する貸付残高は合計4億1909万円であり(以下,りそな銀行のスパイスコーポレーションに対する貸金債権を「本件貸金債権」という。),Cは,本件貸金債権について連帯保証人であった(以下,Cの連帯保証債務を「本件保証債務」という。)。
(ア) スパイスコーポレーションは,平成13年3月期の決算において当期損益が赤字となり,平成14年3月期には売上高が前期比で16パーセントあまりも落ち込む状態となった。そして,平成15年3月期の決算で大幅な赤字を計上することが確実となっていた同年2月25日,あさひ銀行(現:りそな銀行)に対して,1年間の元本返済猶予(リスケジュール)の申入れをした(甲17)。また,平成15年8月,平成16年3月,同年10月にも,スパイスコーポレーションはあさひ銀行に対して,リスケジュールの申入れをした。
(イ) 連帯保証人は主債務者と並び第一次的全額弁済義務を負う以上,連帯保証人の行為が債権者を害するかどうかの判定に際しては,主債務者の弁済資力の有無は斟酌されない。被告らはスパイスコーポレーションの経営に問題がなかったなどと主張するが,Cの本件贈与行為が否認権行使の対象となるかどうかとは関係がない。
イ スパイスコーポレーションの上記債務超過の状況からして,設立以来,代表取締役を務め,連帯保証人でもあったC自身も,早晩,多額の本件保証債務の履行請求を受けることが確実な立場にあった。
ウ Cは,本件贈与行為当時から現在まで不動産等を所有しておらず,本件新株引受権のほかに,少なくとも本件保証債務の責任財産たるようなめぼしい財産は特に有していなかった。
なお,Cが居住するCの父F名義の不動産や,その他スパイスコーポレーション所有の不動産は,いずれもその価額を超える担保権が設定されている。そして,本件貸金債権を被担保債権とする根抵当権は,いずれもりそな銀行が後順位であるか,その極度額が債権の一部の範囲にすぎず,りそな銀行の本件貸金債権を満足させるにはほど遠かった。
エ 本件贈与行為当時,本件新株引受権の価値は1権利当たり100万円であった。
(ア) 本件新株引受権は,1株当たり20万円(行使価額)の払込みにより新株の発行を受けられる権利であるから,新株引受権自体の評価は,当時における株式の価額から20万円を控除した金額である(乙3,14の2,丁2参照)。
本件贈与行為の前後である,平成12年12月21日付け,平成13年3月31日付け及び平成15年3月29日付けのアビックス新株発行(有償第三者割当増資)での株式発行価額は,1株当たり120万円から140万円である(丙1・51頁)。これによれば,本件贈与行為当時においても,アビックス株式の価額は,少なくとも1株当たり120万円であったとみるのが相当である。
また,株価算定書(甲29)によれば,平成12年6月30日時点において,アビックス株式の1株当たりの株価は,DCF(ディスカウント・キャッシュ・フロー)方式による算定の結果,120万円と評価されている。
したがって,本件贈与行為当時の本件新株引受権の価額は,株式価額120万円から行使価額20万円を控除した100万円である。
(イ) 株価一覧表(乙3,14の2)は,相続税評価基準に当てはめた場合における評価額を算出したものにすぎず,実勢価額を算出したものではない。
G公認会計士作成に係る評価書(丁2。以下「G評価書」という。)も,本件贈与行為前後の新株発行について検討していない上,収益還元方式を排斥した理由も恣意的と思料され,信用できない。
また,G評価書では,本件贈与行為直後かつ直近である平成15年3月29日付けの新株発行(1株当たり140万円)について具体的な言及がなされていないし,ほかの新株発行についても,「純粋な投資としてではなく,安定した取引関係を望んだことによる資本参加という意味合いが濃い」とされているが,本件贈与行為前後の新株発行では出資者に投資事業組合もおり,平成13年3月31日付け新株発行では総額4320万円,平成15年3月29日付け新株発行では総額1億3580万円という巨額な出資がされているところ,投資事業組合を含め,出資者が無価値な新株を高額で買い受けたとは考えられない。
(ウ) 平成14年5月から9月にかけ,スパイスコーポレーションはその保有するアビックス株式を担保に,りそな銀行に融資を申し込んでいたのであるから,スパイスコーポレーション自身が,アビックス株式は高い価値を有するとの認識を持っていた。
実際,スパイスコーポレーションは,あさひ銀行に対して,アビックス株式の株価を,1株当たり120万円とする株価算定書(甲29)を提出している。上記株価算定書(甲29・平成14年4月23日付け)は,被告A及び被告Bが本件新株引受権の無価値であることを示す証拠として提出する株価一覧表(乙3・平成14年4月15日付け)と作成時期がほとんど同一である。
(エ) Cは,スパイスコーポレーションの代表者であったのだから,本件贈与行為当時,アビックスの株式が公開された場合には,極めて高い価値を有するものと認識していたのであり,その新株引受権についても,将来値上がり確実な高い価値を有するものと認識していたことは明らかである。
そもそも,Cがこのような認識を有していたのでなければ,被告Aや本件贈与行為当時7歳か8歳であった被告Bに本件新株引受権を贈与するはずはない。
オ さらに,本件贈与行為は無償行為であって,それのみで詐害性が強く推認される。
カ したがって,本件贈与行為が,破産債権者に対して詐害性を有することは明らかである。
(被告スパイススタイルの主張)
ア スパイスコーポレーションの平成13年3月期の損益及び平成14年3月期の売上高並びに平成14年5月にあさひ銀行に対する約定返済が延滞したことは認める。
その余の原告管財人の主張は,否認ないし争う。
イ スパイスコーポレーションの業績等
当時スパイスコーポレーションに経営上の問題は生じていない。
平成14年5月の延滞は,あさひ銀行株式の購入を巡るトラブルに端を発するもので,スパイスコーポレーションの経営上の問題とは関係がない。
ウ 本件新株引受権には財産的価値がないこと
(ア) DCF法を採用した株価算定書(甲29)は,アビックスの取引先企業であるトヨタ自動車株式会社(以下「トヨタ」という。)にアビックスの新株を引き受けてもらうという目的のもとに意図的に作成されたものである。
このときは100万円以上での株価算定という結論が先行していたのであって,DCF法の最も重要な要因である事業計画の策定についても,アビックスは当初の事業内容を合理的理由なく変更しているばかりか,その内容も極めて楽観的なものであった。
DCF法単独で株価算定するという方法も,極めて異例であり,多くの裁判例も併用方式を採用している(丙4・15頁)。
したがって,上記算定書をもって本件新株引受権の評価を決めるのは不当である。
(イ) 本件新株引受権に価値がないことは,G評価書によれば明らかである。
平成15年3月29日付けの1株当たり140万円での新株発行を勘案していない点については,安定した取引関係を望んだ資本参加としての新株発行であり,上記算定書の影響を引きずった発行価額となっているから,本件新株引受権の評価に際しては,上記新株発行は捨象するのが妥当である。
(被告A及び被告Bの主張)
ア スパイスコーポレーションの平成13年3月期の損益及び平成14年3月期の売上高は認めるが,リストラ断行の結果であり,当時スパイスコーポレーションの業績は悪化していない。平成14年5月にあさひ銀行に対する約定返済が延滞したことについては,あさひ銀行株式の購入を巡るトラブルに端を発するものであり,スパイスコーポレーションの業績悪化とは無関係である。スパイスコーポレーションは,債務超過の状態になかった(乙7)。
スパイスコーポレーションのリスケジュールの申入れは認めるが,これはあさひ銀行との協議と指導の結果である。
Cが本件保証債務を負っていたこと及びCが不動産を所有していないことは認める。
その余の原告管財人の主張は,否認ないし争う。
イ スパイスコーポレーションの業績等
(ア) スパイスコーポレーションの決算によると,売上げが,第11期(平成12年4月1日から平成13年3月31日まで)では30億4480円,第13期(平成14年4月1日から平成15年3月31日まで)では17億4470円と半減しているが,これは店舗リストラ(27拠店→14拠店)のためであり,社員数半減(101名(正社員46名)→46名(正社員26名)),月額経費圧縮(5744万円→3596万円)などから,不採算部門を切り離し,軌道に乗れば,販売収支は改善し,単年度黒字も十分望める状況であった。
(イ) 銀行からの借入れは,平成13年3月31日当時,12億2300万円であるのに対し,平成15年3月31日当時では9億3700万円と,大幅に圧縮した。平成14年12月当時でも,9億9100万円である。
ただし,長期と短期のバランスについてみれば,平成13年3月31日当時では,長期4億7400万円,短期7億4900万円であったものが,平成15年3月31日当時では,長期3億400万円,短期6億3300万円となっており,短期借入の割合が高いことが,経営圧迫の原因となっていた。
(ウ) スパイスコーポレーションは,平成14年5月にあさひ銀行に対する約定返済金を一時延滞したが,これは,あさひ銀行の株価の買い支え要請による1億円の貸付けについて,スパイスコーポレーションがあさひ銀行株式の購入を見送ったという,あさひ銀行とスパイスコーポレーションとの間の極めて特殊な事情によるものである。
ウ 本件新株引受権には財産的価値がないこと
(ア) 平成14年4月時点でのアビックスの新株引受権の評価は,0円であった(乙3)。
当時のアビックス株式の株価は,
① 平成13年3月期の決算データ(乙14の1ないし4)によれば
類似業種比準価額 10万7705円
純資産価額 18万7420円
② 平成14年3月期の決算データ(乙15の1ないし3,16)によれば
類似業種比準価額 18万3164円
純資産価額 18万9142円
相続税評価額 16万4362円
というものであり,いずれによっても行使発行価額の20万円を下回っていた。
そこで,Cは,上記のとおり新株引受権の算定をしたアビックスの会計顧問という専門家のアドバイスに基づき,本件新株引受権を有償譲渡ではなく贈与したのである。
(イ) G評価書も,平成14年12月31日当時の本件新株引受権の評価は0円としている。
G公認会計士がDCF法を採用しなかったのは,計算の基礎となる経営計画の数値が実績とかけ離れ,信憑性に欠けるためであり,DCF法排斥が恣意的であることはない。
また,アビックス新株引受権の売買事例は,平成14年12月31日に近い時点では存在しない。これ以前の第三者割当増資も,直近とはいえない上に,日本公認会計士協会の作成した「株式等鑑定評価マニュアル」(乙36)の基準によれば取引事例として採用することができない。これ以後の第三者割当増資については,上記「株式等鑑定評価マニュアル」によれば,将来の売買事例として,そもそも取引事例の対象とならない。
(ウ) アビックスは,平成14年3月決算において,経常利益8030万円,当期利益1403万円となり(乙15),平成14年3月にようやく黒字になった会社である。現物株の評価は,類似業種比準価額が1株14万8610円,純資産価額が1株21万1620円と評価された(乙16)。これを,株式分割(上場前に3分割,上場後に5分割)で15分割すれば,1株当たり約1万円ないし1万4108円である。
(エ) 原告管財人は,株価一覧表(乙3,14の2)を相続税評価基準に当てはめた場合における評価額というが,まったくの誤解である。
(オ) したがって,本件贈与行為当時,本件新株引受権には財産的価値がない以上,本件贈与行為には詐害性がない。
(3) 故意否認-Cの詐害の意思〔争点(3)について〕
(原告管財人の主張)
ア Cは,本件贈与行為の際,被告スパイススタイルの代表取締役の地位にあり,また,被告A及び被告BはCの妻子である。特に,被告Bは,平成6年9月26日生まれで,現在においても未成年である。
イ 本件貸金債権及び本件保証債務に関する経緯に加え,無償行為で詐害性が強く推認される本件贈与行為を上記贈与当事者間で行ったのであるから,Cが本件贈与行為によって債権者を害する結果が生じることを認識していたことは明白である。
(被告スパイススタイルの主張)
ア Cが,本件贈与行為の際,被告スパイススタイルの代表取締役であったことは認める。その余は,否認ないし争う。
イ Cは,会計専門家の検討を経て,本件新株引受権を無価値と認識していたのであるから,Cには債権者に損害を与えるなどという認識は持ち得なかった。
(被告A及び被告Bの主張)
ア Cと被告A及び被告Bとの親族関係並びに被告Bの生年月日は認める。その余は,否認ないし争う。
イ Cに詐害の意思はなかった。
(ア) スパイスコーポレーションの経営状況と本件新株引受権の譲渡の件は全く別に推移してきたのであり,Cは本件新株引受権の価値がないと聞いていたことから,そのように認識していた。
仮に,Cに債権者を害する意識があったのであれば,スパイスコーポレーション及びCの所有していたアビックス株式を処分したはずである。しかし,これらはアビックスの上場と同時に売却処分され,スパイスコーポレーション分はその債権者に任意配当されたし,C分は原告管財人に引き渡された。
(イ) また,平成14年12月当時,スパイスコーポレーションの業績に大きな問題はなく,むしろ,業務のスリム化とリストラをすべく奔走していた時期であった。当然,Cは,債務整理など全く考えておらず,上記のアビックスの創業メンバー間の経営方針の対立やアビックス新株引受権の価格評価の大幅な遅延といった経過を包括的に考察すると,Cに財産的危機感などは全くない。
(ウ) さらに,最終的に債務整理を開始するに至ったのは,平成14年12月から2年も後のことである。日々の経営に奔走している債務者が,2年後の債務整理を見越して贈与を行うとは考えられない。
(エ) 本件新株引受権は無価値であることから,税務申告等を考慮すると,贈与という形式をとらざるを得なかったのであり,贈与という形式のみをもってCに詐害の意思を認めることはできない。
(4) 無償否認-Cの支払停止・支払不能状態〔争点(4)について〕
(原告管財人の主張)
スパイスコーポレーションは,平成15年2月末日の資金繰りと銀行返済に行き詰まり,同月25日には,メイン銀行であるあさひ銀行に対し,同日付けの「元金返済猶予のお願い」と題する書面(甲17)において,同月末日から翌平成16年1月末日までの1年間にわたり,元金返済の猶予を依頼した。上記書面の「資金繰りと銀行返済」の項によれば,当時未だ元金返済期限が到来していないものについても,返済のめどが立たないごとくであり,「期中でその期限が到来するものについては,期限を平成16年2月末日に延長していただきたい」と記載しており,この状態は正に支払停止又は支払不能の状態である。
Cは,スパイスコーポレーションの代表取締役として,スパイスコーポレーションの金融機関に対する借入金債務のほぼ全部について連帯保証していた。
したがって,C個人としても,支払停止又は支払不能の状態であったというべきである。
(被告スパイススタイルの主張)
ア 争う。
イ スパイスコーポレーションは支払停止・支払不能の状態になかった。
(ア) スパイスコーポレーションは,「元金返済猶予のお願い」(甲17)で,あさひ銀行に対して債務の支払方法の変更を申し入れたにすぎず,その後,あさひ銀行から指導された方法に従って履行しているから支払停止の状態にない。
仮に,スパイスコーポレーションが支払停止の状態にあったとしても,支払停止と破産宣告においては因果関係が必要であり,支払停止は破産手続開始時まで持続していなければならない。スパイスコーポレーションは後に支払を再開しており,支払停止と破産宣告に因果関係がない。
(イ) 平成15年1月には,スパイスコーポレーションは,あさひ銀行から信用保証協会の保証付き融資を受けているのであり(甲12,15,乙11),債務弁済の信用力を有していた。そして,スパイスコーポレーションは後に支払を再開しているのであるから,支払不能とはいえない。
仮に,この時点でスパイスコーポレーションが支払不能であったなら,あさひ銀行に対する弁済も否認の対象となってしまう。
ウ Cは支払停止・支払不能の状態になかった。
主債務者であるスパイスコーポレーションが支払停止の状態にあっても,別人格である連帯保証人Cが支払停止状態にあったとはいえず,明らかな論理の飛躍がある。債権者はCに支払を請求していないし,Cが支払停止に当たる行為をしたこともない。
(被告A及び被告Bの主張)
争う。
スパイスコーポレーションは,平成14年8月には商工中金から新規貸出しの長期資金5000万円を,同年9月には三井住友銀行から新規貸出しの短期資金5000万円を調達している(乙5)。
「元金返済猶予のお願い」と題する書面(甲17)は,あさひ銀行の主導によるものであって,これをもってスパイスコーポレーションの支払停止及び支払不能を表すものではない。
(5) 被告らの善意〔争点(5)について〕
(被告スパイススタイルの主張)
被告スパイススタイルは,本件贈与行為当時,本件贈与行為が債権者を害することを知らなかった。
(被告A及び被告Bの主張)
被告A及び被告Bは,本件贈与行為当時,本件贈与行為が債権者を害することを知らなかった。
被告A及び被告Bはスパイスコーポレーションの経営状態に関知しておらず,Cすら詐害の意思を有していないのであるから,なおさら被告A及び被告Bが債権者を害することを知っているはずがない。
(原告管財人の主張)
いずれも否認する。
本件贈与行為当時,被告スパイススタイルはCが代表者であったし,被告Bについても,C及び被告Aが法定代理人親権者である。
そして,被告Aは,被告スパイススタイルの取締役である。
これらに,本件贈与行為は1枚の贈与契約書(甲30の3)によりなされていることを併せ考えれば,被告らは,本件贈与行為当時,本件贈与行為が債権者を害することを当然に知っていた。
(6) 被告らが価額償還すべき額〔争点(6)について〕
(原告管財人の主張)
ア(ア) 被告らは,本件新株引受権による新株引受人として,払込等を行い,それぞれの本件新株引受権の数に相当する株数の株式を取得した。
その後の株式分割により,被告らが所有していてしかるべきアビックスの株式数は以下のとおりである(以下,本件新株引受権の行使により被告らが所有していてしかるべきアビックス株式を「本件株式」という。)。
① 被告スパイススタイル 540株
② 被告A 510株
③ 被告B 375株
(イ) アビックスは,平成17年4月21日,ジャスダック市場に上場した。
(ウ) 被告らは,平成17年4月21日から同年7月7日ころまでの間に,本件株式を証券会社を通じて売却した。
なお,Cも,平成17年3月当時に所有していたアビックス株式180株を,上記期間中にすべて売却した(甲25)。
(エ) アビックス株式の株価は,本件訴訟提起時(平成17年9月28日)は1株15万円であり,否認権行使時(平成18年9月12日)は6万9800円であった。
イ 本件においては,概略,被告らは,本件株式を約3億5000万円で売却し,現金を手にしたが(平成17年4月21日のアビックス株式上場当日及びその直後。甲41,42),その後株価の下落により,本件株式の価額は,本件訴訟提起時には約2億円となり,否認権行使時には1億円以下となった。
被告らが本件株式の処分によって具体的に得た金額(処分費用控除)は以下のとおりであり,総額3億4605万5997円である。
① 被告スパイススタイル 1億1484万8189円
② 被告A 1億3230万5000円
③ 被告B 9890万2808円
ウ 否認権が行使されたときは,目的物の現物返還が原則である。
しかし,本件では,被告らは,本件新株引受権をすべて権利行使し,本件株式の発行を受け,その後さらに本件株式を売却したため,現物返還は不能であり,被告らは現物返還に代わる価額償還をすべきである。
そして,上記価額償還の性質は不当利得の返還であるところ,受益者が法律上の原因なく代替性のある物を利得し,その後にこれを第三者に売却処分した場合,公平の見地から,受益者は,損失者に対し,原則として,売却代金相当額の金員の不当利得返還義務を負うとされる(最高裁平成19年3月8日第一小法廷判決・金融商事判例1272号58頁)。
本件におけるCと被告らの事実上の一体性や,被告スパイススタイルが,本件株式の証券について,執行官保管の仮処分命令が発令され,その執行が不能になった後にも,その旨を認識しながら,本件株式の処分を継続していること(丙10,甲41)等の事情に照らせば,被告らが本件株式の売却により取得した金額が約3億5000万円であるにもかかわらず,株価の下落で約1億円の返還で足りるというのでは,著しく不当である。
したがって,上記最高裁判決に照らし,公平の見地から,被告らは,上記のとおりの本件株式売却代金相当額の価額償還義務を負うと解するべきである。
エ 百歩譲って,現物返還が不能の場合の価額償還の基準時を否認権行使時としても,被告らは,否認権行使時のアビックス株式の株価(1株当たり6万9800円)に従い,少なくとも以下の金額を価額償還すべきである。
① 被告スパイススタイル 3769万2000円
② 被告A 3559万8000円
③ 被告B 2617万5000円
(被告スパイススタイルの主張)
ア アビックスの上場及び平成17年9月27日当時のアビックス株式の株価は認め,その余は不知ないし争う。
イ アビックス株式が価額償還の対象となるとの主張は争う。
(ア) 本件新株引受権は,その行使期間を平成16年3月までとするものであり,行使期間満了時点においては,未上場で市場価格がなかった。
新株引受権が株式となるのは,権利者が行使の意思決定及び払込みをしたときに限られる。特に,新株引受権行使の際に株式が未上場で市場価格が形成されていない場合には,新株引受権行使の意思決定が決定的な要素である。新株引受権行使の意思決定がされなければ,行使期間の終了と同時に新株引受権は無価値であることに確定するのであるから,この点を捨象する原告管財人の主張は不当である。
(イ) 新株引受権(予約権)の評価は,権利行使期間,取得できる株式の時価,当該株式のボラティリティー(株価変動の標準偏差),金利等を要素として算出される。
本件新株引受権は,行使期間が平成16年3月であり,その時点では未上場で時価が形成されていない。
したがって,本件新株引受権の権利行使の意思決定こそが,リスクをとった重要な要因であり,本件新株引受権自体は無価値か低額であった。
(ウ) 原告管財人は,最高裁判所の判決を指摘して,売却価額による価額償還を主張するが,同判決の事案は,当事者間の公平を目的とする不当利得制度についてのものであって,本件のような破産財団の回復を目的とする否認権行使の事案とは明らかに異なり,本件には妥当しない。
(被告A及び被告Bの主張)
ア アビックスの上場,アビックス株式の株式分割及びCがその所有アビックス株式を売却したことは認め,その余は否認ないし争う。
イ アビックス株式が価額償還の対象となるとの主張は争う。
新株引受権は株式をその引受価額で取得することができる権利であって,株式そのものとは全く性質を異にする。新株引受権は,行使価格が定められ,一定の行使期間を過ぎると権利を失い無価値となるもので,行使するか放棄するかは権利者の自由である。また,新株引受権1株がそのまま株式1株となるものでもなく,付与率によって異なる。
原告管財人は,新株引受権を株式と同一に捉え,否認権行使の対象となる新株引受権の贈与によって株式の引渡義務が発生すると主張しており,論理の飛躍がある。
第3当裁判所の判断
1 前提事実及び当事者間に争いのない事実に加え,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) アビックス上場の経緯等
ア アビックスへのトヨタの資本参加(丙1,D)
(ア) トヨタは,平成12年12月21日付けで行われたアビックスの有償第三者割当増資において,3000万円を拠出して新株50株の割当てを受け,アビックスに資本参加した。
(イ) これに先立つ同年9月ころ,アビックスの税務顧問をしていたDはアビックス代表取締役社長であるEから,トヨタの資本参加に関連して,アビックスがトヨタの連結子会社とならないよう,アビックスの株価を1株当たり100万円以上で算定して欲しい旨の依頼を受けた。
上記依頼を受けたDはアビックスの株価を試算したが,1株当たり100万円には届かなかったため,その旨をEに伝えたところ,Eが新たに算定の基礎となる資料を作り直してきたため,これに従い,Eの依頼どおりの結果となるように,DCF法を採用して,1株当たり120万円となる株価算定書(甲29)を作成した。
イ アビックス上場の経緯(乙1,丙1,D)
(ア) アビックスは,トヨタの資本参加のころから,上場を検討するようになっていた。
(イ) Cほかの取締役等が出席した平成13年2月17日開催のアビックス取締役会では,来期(第14期(平成14年4月から同15年3月まで))は株式公開に向けてのスタートとなる決算期であり,期中損益は黒字化する必要があること,株式公開を見据え,市場関係者からの質問を意識して今期(第13期(平成13年4月から同14年3月まで))の決算処理をする必要があるとともに,改善の効く最後の決算となるため,監査法人トーマツには指導事項をすべて指摘してもらう必要があることなどが議事に上った。なお,同取締役会において,Cが所持するアビックス新株引受権を株式会社スパイスホールディングスに譲渡することが,役員間で確認された。
その後,アビックスは,第14期以降,監査法人トーマツの監査を受けるなど,上場の準備をした。
(ウ) アビックスは,当初,早期の上場を目指していたが,数度の上場予定延期を経て,平成17年4月21日にジャスダック市場へ上場した。
ウ C,Dらとアビックス,スパイスコーポレーション及び被告スパイススタイル等との関わり(甲2ないし4,乙2,4,丙1,8,C,D)
(ア) Cは,平成7年5月30日にはアビックスの取締役に就任しており,平成13年6月28日に退任するまで,その職に就いていた。
Cの父であるFは,平成7年5月30日にはアビックスの監査役に就任しており,平成12年12月5日に退任するまで,その職に就いていた。
Dは,アビックスの税務顧問の公認会計士として,アビックスの第2回新株予約権の付与(ストックオプション・平成15年3月13日開催臨時株主総会決議に基づくもの)を受け,現在アビックスの株式を6株所有している(乙4・10頁,丙1・109頁)。
(イ) Cは,平成13年6月29日にはスパイスコーポレーションの取締役に重任された上,代表取締役にも就いており,本件訴訟提起時も代表取締役であった。
Dは,平成12年6月26日にはスパイスコーポレーションの監査役に重任され,本件訴訟提起時も監査役であった。
(ウ) Cは,平成13年11月26日には被告スパイススタイルの取締役に重任された上,代表取締役にも就いていたが,平成16年12月24日にその職をいずれも退任した。
Dは,平成13年11月26日には被告スパイススタイルの取締役に重任され,平成16年12月24日には代表取締役に就き,現在に至っている。
被告Aは,平成13年11月26日に被告スパイススタイルの監査役に就任し,平成16年12月24日には監査役を辞任したが,同日,取締役に就任し,現在に至っている。被告Aは,形式的な取締役ではなく,非常勤だが,被告スパイススタイルの業務を行っている。
(エ) 平成18年3月3日に設立された株式会社タウンコム(本店所在地は,被告スパイススタイルと同じ。)は,Dが代表取締役に就いているほか,被告スパイススタイルの取締役であるHが取締役に就いている。株式会社タウンコムのホームページ(丙8)上では,Dや上記Hに並んで,取締役でもないCが「エグゼクティブ・プロデューサー」として紹介されている。
(2) 本件贈与行為(甲26,30の3,丙1)
ア 本件贈与行為契約書の作成
本件贈与行為につき,平成14年12月31日付け贈与契約書(甲30の3。以下「本件贈与契約書」という。)が作成された。
本件贈与契約書には,贈与者としてC,受贈者として被告スパイススタイル,被告A及び被告Bが掲記されており,本件贈与行為は,被告スパイススタイルの行為はCによって代表され,被告Bの行為はC及び被告Aによって代理されている。また,本件贈与契約書の記載は全て印字によるものである。
イ 本件新株引受権に関するアビックス関係書類の記載
アビックスの平成17年3月付け新株式発行並びに株式売出届出目論見書(甲26,丙1)には,新株引受権証券の移動状況として,平成14年12月31日に,Cから,被告スパイススタイルに36株,被告Aに34株,被告Bに25株が移動した旨の記載がある。
(3) 本件贈与行為当時におけるCの財産状況
ア 本件貸金債権及び本件保証債務(甲24,25,乙8,C)
平成14年12月31日当時,本件貸金債権の合計額は4億1909万円であり,Cは,本件貸金債権につき本件保証債務を負っていた。
Cは,その当時,本件保証債務の引当てとなる財産として,アビックスの新株引受権(本件贈与行為前の本件新株引受権)及びアビックス株式60株のほかに,不動産等の資産を有していなかった。
また,平成14年4月から平成15年3月までのCのスパイスコーポレーション代表取締役としての報酬は,1年当たり720万円であった。
イ スパイスコーポレーションの財務状況等(甲17,18,乙6ないし8,C)
(ア) スパイスコーポレーションの財務状況
a スパイスコーポレーションの第11期(平成12年4月1日から平成13年3月31日まで),第12期(平成13年4月1日から平成14年3月31日まで)及び第13期(平成14年4月1日から平成15年3月31日まで)の各決算報告書を基に,その財務状況を分析すると,以下のとおり指摘できる(財務分析は別紙のとおり)。
すなわち,総資本営業利益率,総資本当期純利益率及び総資本回転率を指標とする収益性分析によると,収益性に顕著な悪化はみられない。他方,第11期及び第12期は流動負債と流動資産の割合がほぼ等しく推移しているところ,第12期においては,内容において不明確な「前払金」(相手方・ゲームメーカー等数社,期末現在高・2900万円)が含まれ,第13期では流動負債が流動資産のほぼ2倍に値するなど,上記期間中,支払能力に関して不安要素を抱えていた。また,資産全体に占める自己資本の割合は,上記期間を通じて極めて低く,さらに,自己資本に固定負債を含めた長期資本と固定資産を比べても,第11期においては長期資本が固定資産を上回っていたものの,第12期においては両者がほぼ同等となり,第13期においては固定資産が長期資本の約5倍となるなど,固定資産の価値を流動負債をもって充当するような財務状況,すなわち流動負債を営業活動のために使用するのが困難な状況に至っていた。
b スパイスコーポレーションの負っていた短期借入金及び長期借入金は,りそな銀行(あさひ銀行)以外に,三菱信託銀行,静岡銀行,みずほ銀行(第一勧業銀行),百五銀行,三井住友銀行,名古屋銀行,愛知銀行,UFJ銀行,大垣共立銀行,十六銀行,商工中金,国民金融公庫からの借入れである。
第11期から第13期までのスパイスコーポレーションのりそな銀行(あさひ銀行)に負っていた債務の額は,各期末において,以下のとおりであった。
・第11期
短期借入金 3億5000万0000円
長期借入金 1億9771万4400円
・第12期
短期借入金 3億5000万0000円
長期借入金 1億2376万4800円
・第13期
短期借入金 3億2250万0000円
長期借入金 9702万5086円
(イ) リスケジュール(返済猶予)の経緯
a スパイスコーポレーションは,あさひ銀行に対し,平成15年2月25日付けの「元金返済ご猶予のお願い」と題する書面(甲17)を交付し,平成15年3月期の損益見込みが赤字になるとして,平成15年2月末日から平成16年1月末日までに返済期限の到来する本件貸金債権の返済(約定利息金の支払は除く。)を平成16年2月末日まで猶予するよう依頼した。
b スパイスコーポレーションは,平成16年4月,融資を受けていた取引各金融機関に対して,借入金の返済に関する文書(甲18)を交付した。同文書には,「従来より,アビックス株式会社の株式公開を機にその株式売却益をもってご猶予いただいている借入金のご返済に充てさせていただく予定としております。」などとの記載がある。
c Cは,その所有していたアビックス株式については,りそな銀行側にその存在を知らせていたが,本件新株引受権については,知らせることはなかった。
ウ スパイスコーポレーションの任意整理の経緯(甲19,21,24,25)
(ア) スパイスコーポレーションは,平成16年12月28日付け通知書(甲19)で,平成15年から3期連続の赤字決算となる見込みのため,会社を清算する方向で債務整理をする旨を,りそな銀行を含む各債権者に通知した。
(イ) スパイスコーポレーションは債権者に対し,平成17年3月15日付け第1回報告書(甲21)で,債務整理の一環としてアビックス株式を売却し,債権者への返済に充てる予定だが,アビックスの株式公開が平成17年5月ころの見込みであるため,スパイスコーポレーション所有のアビックス株式の売却もそのころになるなどの報告をした。同報告書に添付された非常貸借対照表(平成16年12月31日現在)には,有価証券として簿価及び時価が283万2257円と記載され,これには「アビックス社の株式・時価を帳簿価額と同様とした」との注意書きがされている。
(ウ) スパイスコーポレーションは債権者に対し,平成17年6月10日付け第4回報告書(甲24)で,債務整理の経過を報告した。同報告書に添付された財産目録及び非常貸借対照表(平成17年6月10日現在)では,同年4月21日から5月10日にかけてアビックス株式合計115株を売却し,その売却約定金額は合計1億4618万円であったこと,売却未了のアビックス株式が5株あること,アビックス株式の同年6月8日の終値が1株当たり87万2000円であったことが記載されている。
(エ) スパイスコーポレーションは債権者に対し,平成17年9月9日付け第5回報告書(甲25)で,債務整理の経過を報告した。同報告書に添付された財産目録(平成17年9月9日現在)では,第4回報告書の記載では売却未了とされていたアビックス株式5株が,同年6月27日に約定金額492万5000円で売却されたこと,C所有のアビックス株式合計180株を同年4月21日から同月28日にかけて売却し,その売却約定金額は合計2億2835万円であったことが記載されている。
(4) 本件新株引受権及び本件株式の財産的価値
ア 被告らによる本件新株引受権の行使と本件株式の売却(甲24,25,41の1ないし3,42の1ないし4,乙4,30の1・2,31ないし35,丙10の1ないし3,丁1)
(ア) 被告スパイススタイルは,その所有していた本件新株引受権を行使し,平成16年2月12日,株式払込金720万円を払い込んで,本件株式を取得した。
平成17年4月21日から同年7月7日までの間に,被告スパイススタイルは,本件新株引受権の行使により取得した本件株式を全て売却し,1億1484万8189円(約定金額1億1539万6000円〔平均単価106万3409円〕・手数料54万7811円)を取得した。
(イ) 被告Aは,その所有していた本件新株引受権を行使し,平成16年2月12日,被告A名義の預金口座から引き出した680万円を株式払込金として払い込んで,本件株式を取得した。
平成17年4月21日及び同月22日に,被告Aは,本件新株引受権の行使により取得した本件株式を全て売却し,1億3230万5000円(約定金額1億3283万円〔平均単価130万2254円〕・手数料52万5000円)を取得した。
(ウ) 被告Bは,その所有していた本件新株引受権を行使し,平成16年2月12日,被告B名義の預金口座から引き出した500万円を株式払込金として払い込んで,本件株式を取得した。
平成17年4月21日及び同月22日に,被告Bは,本件新株引受権の行使により取得した本件株式を全て売却し,9890万2808円(約定金額9933万円〔平均単価132万4400円〕・手数料42万7192円)を取得した。
(エ) りそな銀行を債権者とし,被告らを債務者とする本件株式の株券占有移転禁止等の仮処分決定(当庁平成17年(ヨ)第246号)の執行が,平成17年6月23日,被告スパイススタイルの住所及びC,被告Aらの住所において,Cらの住所においては被告A立会いのもと,実施された。
(オ) なお,アビックスにおいては,平成13年6月28日以降,取締役及び従業員に対する新株引受権の付与の制度(ストックオプション)が導入され,また,当初,株式の譲渡に取締役会の承認が必要とされていたが,これは平成16年3月19日に廃止された。
イ アビックス株式の株式分割(甲26,27)
アビックスは,平成16年3月19日付けをもって,アビックス株式1株を同3株の割合で分割し,また,平成17年7月31日付けをもって,アビックス株式1株を同5株の割合で分割した。
ウ 本件贈与行為前後におけるアビックスの新株発行価額等(丙1,D)
以下の発行価格は,DCF法により算定した価格を参考とされた。
(ア) 新株予約権(平成14年6月26日発行)
発行価格 1権利120万円
(イ) 新株予約権(平成15年3月13日発行)
発行価格 1権利140万円
(ウ) 第三者割当新株(平成15年3月29日発行)
発行価格 1株 140万円
割当先 株式会社セキネネオン,千葉トヨペット株式会社,TSUNAMI2000-1号投資事業組合外8社
(エ) なお,Dは,上記平成15年3月13日発行の新株予約権の付与を受け,後に同予約権を行使し,現在アビックス株式を6株所有している。
エ 上場前のアビックス株式の評価に関する書面(甲29,乙3,13,14の1ないし4,15の1ないし3,16,丁2,4,D)
(ア) Dは,DCF法により,平成12年6月30日時点でのアビックス株式の第三者割当増資における1株当たりの発行価額は120万円が相当である旨記載のある株価算定書(甲29)を作成した。同株価算定書にはアビックスがトヨタからの資本参加の申出を受け入れることとなったことの記載がある。
上述のとおり,Dは,トヨタの資本参加に際して,Eから100万円以上の株価を算定して欲しい旨の要請を受けて,同株価算定書を作成したものである。
(イ) Dが副理事長を務めるシンワ税理士法人は,アビックスの依頼により,税務申告に使用できるように,税務申告データを用い,類似業種比準株価を使用して,本件新株引受権の評価を算定した。
上記算定によると,平成14年4月,同年5月及び平成15年3月に行ったいずれの評価によっても,払込価格を控除すると本件新株引受権の価値は0円との結果であった。
(ウ) G評価書(平成19年3月15日付け)には,平成14年12月31日当時の本件新株引受権の価値は0円であるとの記載がある。同評価書の作成に当たって,G会計士は,純資産価格,類似業種比準価格,配当還元価格をそれぞれ0.4・0.3・0.3の割合で加重平均した評価額から,新株引受権行使価格を控除した金額をもって評価額とし,DCF法を採用しなかった。
オ 上場後のアビックス株式の株価(甲28,乙29,丙9)
アビックス株式の平成17年9月27日(本件訴え提起の日の前日)の終値は,1株当たり15万円であり,平成18年9月12日(否認権行使の日)の終値は,1株当たり6万9800円であり,平成19年1月16日午後1時15分現在の株価は,1株当たり2万4390円であった。
2 本件贈与行為の時期〔争点(1)〕について
本件贈与行為が行われたこと自体については当事者間に争いがないが,その時期については争いがある。そこで,本件贈与行為の時期について検討する。
(1) 本件贈与契約書の平成14年12月31日との作成日付けの記載及び贈与の意思表示を行う者がCと被告Aだけであるという上記認定によれば,大晦日である平成14年12月31日を一つの区切りとして譲渡することも不自然ではない。
(2) 被告らは,本件贈与契約書に記載された作成日付けは便宜上のものであって,本件新株引受権の譲渡は平成13年ころから検討されていたのであり,本件贈与行為の時期は平成14年4月ころであるなどと主張する。
ア 被告らは,本件贈与行為に至る経緯について,Cが本件新株引受権を譲渡することとなったのは,経営陣から抜けることになったアビックスに対する批判の意味があったなどと主張する。
しかし,Cは,アビックスの今後の経営方針に対して批判的に思っていたのであれば,本件新株引受権をCに近い関係にある被告らに譲渡せず,第三者に譲渡してもよいはずである。
また,Cは,平成14年当時から,本件新株引受権とは別に,アビックス株式を所有していたというのに,その現物株は本件贈与行為当時に処分していない。現物株を所有し続けたことについて,Cはアビックス創業メンバーの一人として持っていたなどと供述するが,結局,本件新株引受権を被告らに譲渡したこととの違いについて合理的な説明はない。
イ 被告らは,本件新株引受権を有償譲渡するか無償譲渡するかにつき,本件新株引受権の評価が問題となったとも主張する。
しかし,Cが経営方針の対立を原因としてアビックス経営陣から抜けるという状況であったとの被告A及び被告Bの主張並びに本件贈与行為が将来の相続税対策の一環であったというCの供述を併せ考えれば,なぜCがアビックス側に本件新株引受権の譲渡相当額についてまで伺いを立てる必要があったのかなど,その主張する具体的経緯に不自然さがあるといわざるをえない。
ウ そもそも,被告A及び被告Bが主張するように,Cが経営方針の対立からアビックスの経営陣から抜けるという状況であったのであれば,C及び被告Aは,アビックス側の都合に合わせて,その譲渡時期を調整する必要もないはずである。
エ このほか,平成14年4月ころに本件贈与行為がされたことを示す客観的証拠がないこと,Cは,スパイスコーポレーションがあさひ銀行と融資の件で交渉するに際し,平成14年3月ころには,アビックスの監査役らに相談していた旨供述していること(乙17ないし28参照)も併せ考えれば,被告らの本件贈与行為に至る経緯についての主張は採用することができない。
(3) 以上のとおりであって,本件贈与行為は,本件贈与契約書に記載のとおり平成14年12月31日にされたと認めるのが相当である。
3 本件贈与行為の詐害性〔争点(2)〕について
(1) 上記認定によれば,Cは,本件贈与行為当時,4億円を超える本件保証債務を負い,本件新株引受権及びその所有していたアビックス株式以外に,特に見るべき資産はなかった。
(2) スパイスコーポレーションの弁済能力について
被告らは,主債務者たるスパイスコーポレーションが債務を弁済できる状況にあったなどと主張する。
ア しかし,そもそもCは連帯保証人であったのであるから,主債務者たるスパイスコーポレーションの弁済能力の有無・程度は,Cによる本件贈与行為の詐害性の有無・程度に関連しない。
イ また,上記認定のスパイスコーポレーションの財務状況によれば,本件贈与行為当時,スパイスコーポレーションの資金状態が悪化していたことは明らかである。
被告らは,C作成のメモ(乙18ないし28)を指摘して,あさひ銀行の株式購入を巡るトラブルを主張するが,返済猶予の申入れがCとあさひ銀行のいずれが主導となって行われたかなど,その原因や経過はともかく,スパイスコーポレーションが資金繰りに窮していたこと自体は証拠上明らかである。
結局,被告らの上記主張は,スパイスコーポレーションの資力の関係では関連性のないものであって採用することができない。
ウ したがって,被告らのスパイスコーポレーションの弁済能力に関する主張は採用することができない。
(3) 本件新株引受権の価値について
ア 上記認定によれば,Cは,所有していたアビックス株式の存在をあさひ銀行側に知らせた上,スパイスコーポレーションの担保として差し入れようとしていたというのに,本件新株引受権については,その存在をあさひ銀行側に秘したまま,本件贈与行為によって近親者である被告らに贈与したものであり,Cは,アビックスの取締役として,アビックスの上場に向けての準備状況を具体的に知りうる立場にあったのであるから,本件新株引受権に一定の財産的価値があると認識していたというべきである。
イ そして,新株引受権の権利内容に即して検討すれば,新株引受権の価値は,新株引受権の行使により取得する株式の期待価値である。
新株引受権権利者は,権利行使時の株価が行使価額を上回っている場合には,権利行使で利益を得ることができ,その一方,権利行使時の株価が行使価額を下回っている場合には,権利行使しなければよいのであって,この場合には損失が生じない。したがって,新株引受権の価値が,ゼロ以下になることはない。これに加えて,本件贈与行為当時,アビックスがトヨタの資本参加を受けて上場の準備をしていたことを併せ考えれば,本件新株引受権には一定の財産的価値があったというべきである。
ウ 被告A及び被告Bは,本件新株引受権に価値がなかった旨主張し,本件贈与行為前後の本件新株引受権は無価値であった旨の評価書等の存在を指摘する。
しかし,シンワ税理士法人による算定もG評価書も,その算定結果が事案に応じて一つの有力な証拠資料となることを否定するものではないが,これらの算定結果が帳簿数値を基に算出されたものであることのほか,G評価書で指摘のあるとおり「公開準備中という事情も考慮が必要」であるところ,その算定基礎に将来の上場可能性等が加味されていないことからすると,いずれの算定結果もそのまま採用しがたい。したがって,被告A及び被告Bの上記主張は採用することができない。
(4) 小括
以上によれば,Cは,一定の財産的価値を有する本件新株引受権を,無償行為である本件贈与行為によって,被告らに譲渡したのであるから,本件贈与行為は破産債権者を害するものと認められる。
4 故意否認-Cの詐害の意思〔争点(3)〕について
Cが4億円を超える本件保証債務を負い,それを弁済するに足りる財産を有しないにもかかわらず,本件贈与行為に及んだという上記認定及び本件贈与行為の詐害性に関する上記判断によれば,Cは,本件贈与行為当時,自己が本件保証債務等の債務を弁済するに足りる十分な財産を有しないことを認識していたと認められる。
被告A及び被告Bは,Cは債務整理など全く考えておらず,財産的危機感は有していなかったなどと主張するが,Cが所有していたアビックス株式とは異なり,本件新株引受権をあさひ銀行側に全く知らせず本件贈与行為に及んだこと,Cの所有するアビックス株式は平成17年4月28日までに合計2億2835円で売却されたところ,その売却金の使途について,その破産手続において原告管財人に対して明確に返答していないことがうかがわれる(甲32の1・2,33,34の1ないし5,35)うえに,Cは,上記アビックス株式売却金を自宅の部屋に袋に入れて保管していた(C)という事後の経緯などからすれば,Cに財産的危機感がなかったということはできず,被告A及び被告Bの上記主張は採用することができない。
なお,上記のとおり,本件贈与行為について故意否認が認められるから,無償否認については判断するまでもない。
5 被告らの善意〔争点(5)〕について
前提事実及び上記認定によれば,本件贈与行為の当事者は,贈与者C並びに受贈者被告スパイススタイル,被告A及び被告Bであり,被告スパイススタイルの意思表示はCによって代表され,被告Bの意思表示は被告A及びCによって代理されたものである。被告AはCの妻であり,上記認定のとおり,被告スパイススタイルの取締役を務めるなど,Cの参画する事業にも関与していることから,少なくともCが多額の負債を負っていたことを把握した上で,本件贈与行為を受けたものというべきである。
これに加えてCには詐害の意思が認められるとの上記判断を併せ考えれば,被告らが,本件贈与行為当時,本件贈与行為が債権者を害することを知らなかったと認めるに足りる証拠はなく,被告らの本争点についての主張を採用することはできない。
6 被告らが価額償還すべき額〔争点(6)〕について
(1) 破産法上の否認権行使の結果,否認された行為の目的物の返還が不可能なため,これに代えてその価額を償還すべき場合には,その償還すべき価額は,否認権行使時の目的物の時価をもって算定すべきである(最高裁昭和42年6月22日第一小法廷判決・判例時報495号51頁,最高裁昭和61年4月3日第一小法廷判決・判例時報1198号110頁)。
(2) 原告管財人は,償還されるべき価額は本件株式の価額をもって算定されるべきであると主張し,被告らは,原告管財人の主張は新株引受権と株式を混同するものであって採用しえないと反論する。
確かに,新株引受権は一定の行使期間中に権利行使をしないときは,その権利が失効してしまうし,権利行使したとしても,それによって取得する株式は従前の新株引受権とは別内容の権利であって,両者に同一性がないとはいえる。
しかしながら,新株引受権は株式を引き受けることのできる権利であるから,その権利者は,通常,株式取得を目的として新株引受権を保持しているのであり,また,上記判断のとおり,新株引受権の価値は,新株引受権の行使により取得する株式の期待価値であって,証拠(甲29,乙3,13,14の1ないし4,15の1ないし3,16,丁2,4,D)及び弁論の全趣旨によれば,その算定には,株式の評価が基礎とされるのであるから,新株引受権と株式との間には経済的連続性があるといえる。
そして,否認権の制度は,逸失財産の破産財団への復帰及び全破産債権者の公平のためのものであるから,逸失財産の価値を破産財団に復帰させるため,否認権行使の場面においては,新株引受権とその行使によって取得された株式は同一のものとして取り扱うのが相当である。
(3) 本件では,否認権行使時までに本件新株引受権が行使され,それによって被告らは本件株式を取得したのであるから,否認権行使時における本件贈与行為の目的物の価額は,本件株式の価額をもって算出される。
(4) 上記認定によれば,否認権行使時の本件株式の価値は以下のとおりである。
・被告スパイススタイル 3769万2000円
〔69,800(株価)×36(新株引受権数)×3(株式分割)×5(株式分割)〕
・被告A 3559万8000円
〔69,800(株価)×34(新株引受権数)×3(株式分割)×5(株式分割)〕
・被告B 2617万5000円
〔69,800(株価)×25(新株引受権数)×3(株式分割)×5(株式分割)〕
(合計) 9946万5000円
以上によれば,被告らは上記の各価額に相当する金員を原告管財人に償還する義務を負う。
(5) 原告管財人は,不当利得返還請求権に関する最高裁平成19年3月8日第一小法廷判決を指摘して,公平の見地から,被告らは合計約3億5000万円の償還義務を負うべきであると主張するが,上記最高裁判決は本件と事案を異にするものであって,原告管財人の同主張を採用することはできない。
(6) なお,否認権行使による価額償還請求権は,逸失財産の破産財団への復帰及び全破産債権者の公平のために破産法が特に認めた請求権で,贈与者であるCはC個人として本件贈与行為を行ったのであるから,その遅延損害金の利率は民法所定の利率によるべきである。
前提事実のとおり,原告管財人が否認権を行使したのは平成18年9月12日であり,原告管財人は否認権の行使とともに被告らに対して価額の償還を請求したと認められるところ,否認権行使による価額償還債務は期限の定めがないものというべきであるから,被告らの負う価額償還債務が遅滞となるのは否認権行使の日の翌日である平成18年9月13日である。したがって,原告管財人の被告らに対する遅延損害金の請求は,平成18年9月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員の範囲で理由がある。
(7) 以上によれば,原告管財人の請求は,
ア 被告スパイススタイルに対して,3769万2000円及びこれに対する平成18年9月13日から支払済みまで年5分の割合による金員
イ 被告Aに対して,3559万8000円及びこれに対する平成18年9月13日から支払済みまで年5分の割合による金員
ウ 被告Bに対して,2617万5000円及びこれに対する平成18年9月13日から支払済みまで年5分の割合による金員
の各支払を求める範囲で理由がある。
7 否認の請求について
なお,原告管財人は,請求の趣旨において,本件贈与行為を否認する旨の請求を掲げているが,否認権は形成権であり,その行使によって効果が生じるものと解されているから,判決において,否認権の対象となった行為について,改めて否認する旨の主文を掲げる必要はないと解される。したがって,本件贈与行為を否認する旨の請求は棄却を免れない。
8 結論
以上の次第で,原告管財人の請求は,主文1ないし3項掲記の限度で理由があるから,その限度で認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民訴法61条,64条本文,65条1項,66条を,仮執行宣言につき同法259条1項を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 黒岩巳敏 裁判官 濵本章子 裁判官 川﨑学)
file_4.jpg別紙