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名古屋地方裁判所 平成17年(行ウ)73号 判決 2006年5月31日

主文

1  原告(選定当事者)の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告(選定当事者)の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は,Aに対し,3億9442万7880円及びこれに対する平成17年1月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を請求せよ。

第2事案の概要

本件は,愛知県豊田市(以下「豊田市」という。)の住民である原告(選定当事者)が,旧愛知県西加茂郡藤岡町(以下「旧藤岡町」という。)の当時の町長であるA(以下「A町長」という。)が,取得の必要性のない別紙物件目録記載の各土地(同目録1記載の各土地を「本件中学校用地」,同2記載の各土地を「本件多目的広場用地」といい,これらをまとめて「本件各土地」という。)を旧藤岡町を代表して違法に買い受けた結果,合併によって旧藤岡町から事務を承継した豊田市に代金額に相当する損害を被らせたと主張して,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,被告に対し,当時町長の職にあったA町長個人に損害賠償として本件各土地の取得金額全額である3億9442万7880円及びこれに対する遅延損害金を請求するよう求める住民訴訟である。

1  前提事実(証拠を摘示した部分の他は争いがない。)

(1)  当事者等

ア 原告は,豊田市の住民である。豊田市は,平成17年4月1日に旧藤岡町と合併し,その事務を承継した(地方自治法施行令5条1項)。

イ 被告は豊田市の執行機関である。

ウ A町長は,平成12年4月に旧藤岡町長に就任し,上記合併までの間その職にあった者である(乙1号証)。

(2)  本件各土地の購入

ア A町長は,旧藤岡町長として,平成17年1月26日,飯野施業森林組合との間で,本件中学校用地を合計2億7736万7580円で,本件多目的広場用地を合計1億1706万0300円で購入するとの売買契約を締結した(両契約の代金合計額は3億9442万7880円となる。以下,両契約を併せて「本件売買契約」という。乙22号証の1・2)。

イ 旧藤岡町は,平成17年3月18日,別紙物件目録1(6)の土地(西加茂郡藤岡町大字深見字向イ田698番)に同目録1(1)ないし(5),同(7)ないし(10)及び同目録2(1)を合筆し,同目録2(2)の土地(西加茂郡藤岡町大字深見字岩花804番1)に同目録1(11)ないし(14)及び同目録2(3)ないし(9)を合筆した(甲6号証の1・2)。

(3)  原告による住民監査請求と監査結果(甲5号証)

ア 原告及び選定者らは,平成17年9月22日,豊田市監査委員に対し,住民監査請求をした。

イ 豊田市監査委員は,平成17年11月16日,上記監査請求を棄却するとの決定をし,そのころ,原告らに通知した。

(4)  本訴の提起

原告は,平成17年12月15日,本訴を提起した。

2  争点

A町長による本件売買契約の締結は違法なものであるか否か。

3  争点に関する当事者の主張

(1)  原告の主張

ア 本件各土地の必要性の欠如

本件各土地は,以下のとおり,取得する必要性が認められないから,本件売買契約の締結は違法である。

(ア) 公共用地としての適性の欠如

本件各土地は埋立地であるところ,原告が調査した結果,埋立ての原因となった採掘作業において縦穴のみならず無数の横穴が掘られていたことや,埋立工事中に地下鉄工事において排出された産業廃棄物が投棄されたため工事が一時中断されたこと,更に建築物を建てることを前提にしていないため,十分な填圧作業が行われていないことが判明した。

また,隣接地に埋設されているフェロシルトが一部侵入していることが明らかになっている。

以上によれば,本件各土地が公共用地としての適性を欠くことが明らかである。

(イ) 事前協議の欠如

本件売買契約は,A町長が,豊田市との合併を目前にして締結したものであるところ,本件各土地の取得については,いずれも豊田市と事前に協議していない上,合併後の新市建設計画に盛り込まれていない多目的広場建設のための用地取得も含まれており,即刻中止すべきであった。

(ウ) 旧藤岡町議会における十分な議論の欠如

本件売買契約は,議会における十分な議論を経ずに締結された違法なものである。このことは,平成17年1月21日に開催された平成17年第1回藤岡町議会臨時会において,旧藤岡町教育部長が,本来議論すべき事項を無視して,地権者の利益にかかわる租税上の特別控除の適用について言及していることや,本件売買契約に係る議案の委員会への付託が省略されたことからも明らかである。

(エ) 事前調査の欠如

地方公共団体が,用地を購入する場合には,ボーリング調査など相応の調査を行った上で購入の要否を決定すべきである。しかし,A町長は,本件各土地が埋立地であることを認識していたにもかかわらず,上記事前調査を実施していない。

(オ) 中学校用地の選択に当たっての住民合意の欠如と豊田市に対する報告内容の瑕疵

a 住民の合意の不存在

旧藤岡町による本件中学校用地の取得は,そもそも第2中学校の建設が確実ではない中,地域住民の合意に基づかずに行われたものである。

このことは,本件売買契約締結後の平成17年8月5日に開催された第4回第2藤岡中学校建設検討委員会において,出席委員の全員一致で本件中学校用地に中学校を建設することに反対する旨決議されていることからも明らかである。

b 豊田市に対する報告内容の瑕疵

また,本件中学校用地の取得は,A町長による実態に反する報告に基づいて行われた違法なものである。

すなわち,A町長は,周辺地域の住民の合意などないにもかかわらず,豊田市との合併協議において,第2中学校に関する地域住民の合意形成の有無に関する照会に対し,平成16年3月26日付けで,旧藤岡町西中山地区の町民の了解があるなどと回答し,これに基づいて本件中学校用地を取得している。

(カ) 多目的広場用地取得の必要性の欠如

本件多目的広場用地は不要である。このことは,旧藤岡町の南部地域には,既に「棒の手ふれあい広場」(現豊田市猿投町)が設置されていることなどを理由に,合併後の新市建設計画に多目的広場の設置が掲げられていないことからも明らかである。

イ 取得価格の不適切さ

本件各土地の対価は,不動産鑑定に基づいて決定されているが,通常,不動産鑑定を依頼する場合,依頼者は,当該土地に関して保持している情報をすべて提示すべきであるところ,上記鑑定には,土地の履歴や周辺状況などの記載はなく,本件各土地が埋立地であったことや土地を活用するに当たって保安林対策が必要なことなどの情報を前提に鑑定されたものであるか疑問が残る。

ウ 小括

旧藤岡町は,中学校整備用地として本件各土地を取得したが,その後,諮問機関である第2藤岡中学校建設検討委員会において,中学校用地としては適さないことを理由に本件各土地上に中学校を建設することについて反対するとの決議がされており,現時点においても中学校は建設されていない。また,本件各土地以外に第2中学校の用地が内定したとの報道もあった。本件売買契約は,端的にいえば,結果的に使用しない土地を購入したものであり,その取得のための支出は損害であり,豊田市に返還されるべきものである。

よって,原告は,被告に対し,旧藤岡町長であったA町長に,損害賠償として上記売買代金である3億9442万7880円及びこれに対する本件売買契約締結の日である平成17年1月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求するよう求める。

(2)  被告の主張

原告の主張は争う。

ア 本件売買契約締結に至る経緯

(ア) 第2中学校建設に向けた検討の実施

旧藤岡町は,中学校を1校しか設置していなかったところ,施設面,学習面,生活指導面,通学距離などの点で問題が指摘されるようになった。これを受けて,旧藤岡町議会は,平成10年3月26日,議会内に中学校問題を考える検討準備委員会を設置し,同年12月2日まで合計4回にわたって第2中学校設置について協議した結果,新たに「中学校問題を考える検討委員会」を設立し引き続き協議をすることになった。

上記検討委員会は,町議会議長,町議会総務文教委員長,助役,教育委員会委員長,教育長,行政区長会長,連合婦人会長,商工会長及びよつば農協専務の9名の委員及び藤岡中学校長ほか2名によって運営され,3回の議事を経て,平成11年4月12日,当時の町長(A町長の前任者)に対し,旧藤岡町の財政問題及び人口推移からすると,2校制とすることには問題があるが,将来区画整理事業が順調に進めば2校必要になるため,将来的な選択は町行政の事情に応じて町長の行政判断に一任するとの口頭答申をした。

その後,町長の諮問機関として第2中学校建設検討委員会が設置され,平成12年10月31日から平成13年2月27日までの間に協議した結果,第2中学校の新設を目指して早急に取り組んでゆくことが必要であるとの結論に至った。

また,町議会第2中学校建設特別委員会も早期建設に向けての用地取得,学区構成,学校規模,候補用地,用地造成,開校へのスケジュール及び事業費などに関する提言をした。

(イ) 候補地の選定

平成15年6月24日になると,A町長は,町議会全員協議会において,中学校用地の候補地として従来より比較検討されていた①旧藤岡町大字深見字岩花地内町有地の全国植樹祭における第6駐車場跡地(以下「第6駐車場跡地」という。),②旧藤岡町大字西中山字十七屋地内県有林(以下「県有林」という。)に,新たに③旧藤岡町大字深見字向イ田森林組合所有地(本件各土地)を加える旨提案し,これが全員一致で了承された。

これを受けてその後設置された第2中学校建設候補地選定会は,同年7月9日から同月23日までの間に3回にわたって,上記①ないし③の土地を比較検討した結果,所有者である飯野施業森林組合が解散中であり,取得可能性が高いことや,利用可能面積が広く運動公園の併設も可能であることなどが重視され,③の本件各土地を第1順位,②を第2順位,①を第3順位とした。

このように本件各土地が,従来中学校建設予定地として有力視されていた上記②の県有林よりも高く評価された背景には,県有林の県による売却単価と実勢価格に3倍近い開きがあったことや,保安林としての制約があること,造成費や歩道付設などの整備費が多額になること,自然林の伐採を伴うため環境保全上好ましくないことなどが考慮されたという事情がある。

(ウ) 本件各土地の取得

旧藤岡町では,上記建設候補地選定会の判断を踏まえ,町内及び議会内討議のほか,地元住民やPTA等との意見交換も行われた上,平成17年1月18日に開催された町議会全員協議会において,町議会に提出予定の本件各土地取得議案2件の説明及び質疑が行われた。

その後,同月21日に開催された町議会臨時会において,本件各土地取得議案が可決された。

A町長は,上記議決を受けて,同月26日,飯野施業森林組合との間で本件売買契約を締結した。

なお,代金額は,平成16年3月1日の時点において不動産鑑定士が評価した価額によって算出した。

(エ) 小括

以上のとおり,本件各土地の取得は,町議会等において,広く議論された上で行われたものであり,また,用途について杜撰な計画であったともいえないことは明らかである。

イ A町長の責任について

(ア) 本件各土地の取得は,前町長時代の平成10年3月26日に正式に発足した第2中学校検討準備委員会や議会での議論,調査及び研究を経て,平成14年4月18日には町議会議長から教育長に対し,早期建設の建議がされ,その後も,各界からの建議や答申を受ける中で,これら民意に添うべく執行されたものであり,手続及び目的に違法な点はない。

また,町長は,土地を取得するに当たって,その合理的な裁量権を行使することができるのであって,本件各土地取得の経緯等も併せ考慮すれば,本件売買契約の締結行為に違法性を見いだすことはできない。

(イ) また,A町長が,本件多目的広場用地中にフェロシルト,フッ素化合物,ヒ素化合物が存在したことについて,本件売買契約締結前にこれを予見することは不可能であって,この点に関する過失はない。

すなわち,本件多目的広場用地にフェロシルトが埋設されていた事実は,これを排出した石原産業株式会社が本件売買契約締結後の平成17年7月29日にフェロシルトの有無及び埋立量の確認調査を実施し,その後豊田市が行った調査の結果判明したのであって,これを本件売買契約締結前に知ることは不可能であった。

また,本件各土地における埋立工事は,飯野施業森林組合の発注により,平成9年9月から平成12年3月までの間,複数の業者によって行われたものであり,有害物質が基準値を超えて存在することを予測することは不可能であった。

その後,平成18年2月中に本件各土地を含む現在の豊田市深見町岩花地区の上記フェロシルトの撤去が完了し,フッ素化合物及びヒ素化合物の土壌含有量は,基準値をほぼ達成している。したがって,仮にこれらの含有が本件各土地の隠れた瑕疵になるとしても,瑕疵は失われたといえる。

したがって,A町長には過失はない。

第3争点に対する判断

1  地方公共団体の財産の取得と執行機関の責任

地方自治法は,普通地方公共団体の執行機関に,法令等に基づく当該普通地方公共団体の事務を自らの判断と責任において,誠実に管理し及び執行する義務を負わせている(138条の2)ところ,その執行機関の一つである普通地方公共団体の長(138条の4)には,当該普通地方公共団体を統轄し,これを代表する権限(147条)のほか,当該普通地方公共団体の事務を管理し及びこれを執行する包括的な事務処理権限を付与しており(148条),その担任事務の一つとして財産の取得が例示されている(149条6号)ものの,財産の取得に関する規制としては,96条1項8号において,議会の議決を経ることとされているほか,特段の規定は存在しない。

そして,普通地方公共団体による財産の取得は,限られた財政の範囲内において,複雑かつ多岐にわたる行政需要の内容や優先度を背景とする政策的な判断に基づいて実施されるものであり,とりわけ不動産の取得に関しては,その価格が,その時々の経済情勢や所有者の主観的事情などに左右されるものであることからすると,特定の政策実現のためにどのような不動産をいかなる対価をもって取得するかについては,財産を取得する責任と権限を有し,当該地方公共団体の他の事務についても包括的に統轄する権限を有する長の裁量に委ねられていると解するのが相当である。

なお,地方財政法4条1項は「地方公共団体の経費は,その目的を達成するための必要且つ最少の限度をこえて,これを支出してはならない。」と規定しているが,これは地方公共団体の事務処理に当たる執行機関の当然の義務を宣言したものであり,これによって上記裁量権が具体的に規制されるものとは解されない(地方自治法2条14項の規定も同様と解される。)。

しかし,地方公共団体による財産の取得が,その政策目的や取得の経緯等に照らして明らかに合理性を欠くとか,あるいは,ことさらに売主の利益を図る目的に基づくものであったり,何ら合理的な理由なく適正価格を著しく上回る対価を設定する等の場合には,かかる財産取得行為は,上記の裁量を逸脱・濫用したものとして違法と解するのが相当である。

以上の見地に立って,本件売買契約の締結行為の違法性の有無を検討する。

2  本件売買契約に至る経緯と内容

前記前提事実に証拠(甲1号証ないし5号証,7号証,8号証の1・2,乙1号証ないし12号証,16号証,17号証,18号証の1・2,19号証,20号証の1ないし5,21号証の1ないし5,22号証の1・2)及び弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められる。

(1)  人口増加と第2中学校問題の浮上

旧藤岡町では,隣接する豊田市などからの転入者の増大と自動車関連産業の大規模工場の立地などの影響を受け,町制施行以前の昭和45年には5460人であった人口が,その後増加傾向を示し,昭和50年には5907人になり,昭和53年の町制施行時には6000人を突破し,昭和55年からは急激に増加の一途をたどり,平成2年には1万1266人,平成12年には1万8000人を超え,平成16年には1万9068人になっている。

上記のような人口増加は,平成6年4月に都市計画区域の区域区分をしたことにより市街化区域以外での開発が抑制されたため,緩やかになっているものの,将来の目標人口は平成22年に2万3450人と想定されていた。

このような人口増加を受けて,旧藤岡町内に1校しかない中学校である藤岡中学校の生徒数も増加傾向にあり,通学時間帯の交通渋滞や自転車に乗る中学生と小学生との接触事故などが多数報告されるようになり,第2中学校新設の必要性が認識されるようになった。

藤岡中学校では,普通教室として利用できる教室を29室設置しているものの,教師数の増加により,廊下を職員室に取り入れる改造を施すなどの対応に迫られており,平成15年度の時点における推計では,藤岡中学校の生徒数の動向は,平成18年の978名を頂点として以後漸減傾向に転ずるものの900名前後とされている(甲8号証の1・2,乙18号証の2)。

(2)  第2中学校問題の検討状況

ア このような人口増加を受けて,旧藤岡町議会は,平成10年3月26日,「『中学校問題を考える検討委員会』設置に伴う委員を選定する会議(第1回)」を開催して委員を選定した後,同年4月27日から同年12月2日までの間,「中学校問題を考える検討準備委員会」において2校制の是非等について検討し,更にその後設置された「中学校問題を考える検討委員会」において,同月8日から平成11年2月25日までの間,引き続き検討した結果,同年4月12日,当時の町長(A町長の前任者)に対し,「2校制が望ましいが,町の重要施策であるから,町長の行政判断に任せる」との口頭答申をした(乙1号証,2号証)。

イ 平成12年4月16日に実施された旧藤岡町長選挙において,A町長が当選した後も継続して第2中学校設立に向けた活動が行われ,同年10月31日から平成13年2月27日までの間,4回にわたって「第2中学校建設検討委員会」が開催された(乙1号証,3号証ないし6号証)。

同委員会では,旧藤岡町の人口推移,2校制の是非,事業費,財源及び建設位置などに関して様々な検討がなされ,①学校運営関係,②建設位置関係,③学区関係及び④設置規模関係について更に詳細に検討すべく4つの分科会が設けられた(甲5号証,乙6号証)。

これらの分科会のうち,建設位置関係について検討した第2分科会では,建設地として県有林と第6駐車場跡地とを比較検討し,最終的に交通条件等から県有林を第1順位の候補地とした上で,歳出削減の見地から,町有地と交換する方法で取得すべきとの結論に至った(甲5号証,乙6号証)。

第2中学校建設検討委員会は,以上のような検討を踏まえ,平成13年3月9日,A町長に対し,中学校の新設(2校制)を目指して早急に取り組む必要があるなどと記載された答申書を提出した(乙1号証,7号証)。

また,旧藤岡町では,上記のような検討が開始された平成12年ころから,第2中学校建設の財源とすべく積立額を増額し建設資金を確保するよう努めてきた(甲8号証の2,乙17号証,18号証の2)。

ウ また,旧藤岡町議会は,平成13年9月20日,第2中学校建設特別委員会の設置を決定し,同月27日から平成14年3月29日までの間に同特別委員会を9回開催し,第2中学校の規模,位置,学区,配置等の検討を含め,様々な点が議論され,候補地についても県有林を軸に第6駐車場跡地も比較対象として検討された(甲5号証,乙1号証,8号証)。

そして,旧藤岡町議会議長は,同特別委員会の委員長による検討結果の報告を受け,議会全員協議会において審議した結果,平成14年4月18日,旧藤岡町教育長に対し,第2中学校早期建設に関する建議を提出した。

特別委員会による検討結果によれば,第2中学校建設用地の候補地は県有林であり,旧藤岡町の財政窮状を理由に町有林との交換による取得が望ましいとされていた(甲5号証,乙1号証,8号証)。

以上の建議を受けて,旧藤岡町は,平成14年7月30日以降,平成13年8月から県有林における中学校建設について相談していた尾張県有林事務所を訪問するなどして,県有林と町有林との交換の可能性や取得の手続を確認したところ,愛知県は金銭による処分を原則としているとして,町有林との交換に難色を示した(乙1号証)。

このようなこともあって,平成14年9月ころ以降,県有林での第2中学校建設については膠着状態に陥った(甲5号証)。

エ A町長は,平成14年12月の町議会以降,数回にわたって,一般質問に答える形で建設計画や建設方針を示す旨答弁していたが,従来からの候補地である県有林や第6駐車場跡地は,地形,規制及び取得の面で問題を抱えていたため,平成15年6月24日の町議会終了後,議会全員協議会を開催し,新たに第2中学校の候補地とすべく本件各土地に関する説明をしたところ,議会において,県有林,第6駐車場跡地に続く第三の候補地として全議員の了解を得た(甲5号証,乙1号証,8号証)。

これを受けて,同年7月9日から同月23日までの間,3回にわたって「第2中学校建設候補地選定会」が開催され,地元関係者の同意の有無,造成工事の難易性及び合併後の学区編成への対応の可否のほか,将来的に生涯学習施設としての拡充利用等の可否なども視野に入れた18項目の条件について検討された(乙9号証)。

そして,これらの総合評価の結果,本件各土地が第1候補となり,同年12月の全員協議会において,本件各土地において中学校を建設することが了承され,平成16年2月3日には,建設基本計画も了承された(甲5号証,乙11号証,12号証)。

オ 旧藤岡町西中山地区や深見地区などの南部地域には公共用地が少なく,借地上に設置されていた公共施設もあり,約20年前から南部地域での公園整備の要望があり,第6駐車場跡地の整備を求められたこともあったが,小中学校整備や水道整備等を優先的に実施する必要から,整備されずにいた。そのため,南部運動広場建設を計画したこともあったが,豊田市との合併後の新市建設計画には掲載されなかった(甲1号証,乙17号証)。

そこで,第2中学校用地取得に際して,学校行事の際の駐車スペースとしても有効利用できること,災害時の避難場所としても中学校に隣接することは有利であることなど,住民にとって更に有効な事業(多目的広場の建設)を展開できることを理由として,同用地に併設する形での多目的広場建設計画を提案し,その用地をも取得することとした(甲5号証,乙17号証)。

(3)  本件売買契約の締結

A町長は,平成16年3月,上記のとおり,第2中学校基本計画を策定した後,同年4月18日の町長選挙で再選された。本件各土地の購入については,同年6月の議会で本件各土地を取得するための補正予算が可決され,同年7月の測量調査を経て仮契約をした後,町議会において土地取得議案が可決され,平成17年1月26日,本件売買契約が締結された(甲2号証,3号証,乙1号証,22号証の1・2)。

本件売買契約における代金額は,山下不動産鑑定株式会社が,A町長の依頼を受け,平成16年3月1日を価格時点として実施した鑑定評価に基づいて決定されたものであるところ,同鑑定評価の対象とされた土地は,本件各土地のうち別紙物件目録1(13),(14),同目録2(2)ないし(9)を除いたものであり,その評価額は,合計3億9700万円であった(乙16号証)。

(4)  本件各土地の状況

ア 本件各土地は,もともと窯業原料会社が所有して窯業原料を露天掘りにて採掘していた跡地であって,土地中央部にため池ができていた。前所有者である飯野施業森林組合は,昭和56年に上記会社からの要請を受け,本件各土地を交換により取得したものの,上記ため池において事故が発生することを憂慮して,太平産業株式会社等に対し埋立工事を発注し,平成9年9月12日から平成12年3月31日までの間,建設工事現場から出た掘削残土による埋立てが実施された(甲5号証,乙17号証,乙21号証の1ないし5)。

旧藤岡町は,以上のような経緯を認識していたが,本件売買契約締結に先立って,飯野施業森林組合から提供された資料と同組合役員からの説明を受け,更に建築設計士からもこの程度の埋立てでは建物の建設に支障はなく,むしろ経費を節減することができるとの助言を得ていたことから,中学校用地としてふさわしくないとは認識していなかった(乙17号証)。

イ フェロシルトは,石原産業が平成12年に商標登録し,その子会社である石原テクノによって平成17年4月まで埋戻剤として販売された商品であり,平成15年9月に三重県が条例によってリサイクル商品に認定したことを受け,岐阜県,三重県,愛知県及び京都府にて約72万トン販売されていたが,岐阜県が実施した試験によって,六価クロムやフッ素が土壌環境基準を超えて検出されたため,土壌汚染を理由に石原産業による回収作業が行われ,本件各土地のフェロシルトは平成18年2月中に完全に撤去された(乙20号証の3・5)。

かつて,本件各土地の東側の土地(本件多目的広場用地の南東隣接地)において土砂採取が行われており,平成17年7月29日に石原産業によって実施されたボーリング調査の結果,平成16年後半ころに実施された同場所の埋立てに約5200トンのフェロシルトが使用され,その一部が境界を超えて本件多目的広場用地に侵入していることが判明した。また,本件各土地からは,土壌環境基準を上回るフッ素やヒ素が検出された(甲5号証,乙19号証,20号証の1・2・4)。

ウ 豊田市と合併し,上記のフェロシルト埋設が社会問題化した後である平成17年8月5日に開催された第2藤岡中学校建設検討委員会では,本件各土地での中学校の建設に賛成する意見や,中立の立場を取る意見も述べられたが,フェロシルトなどによる環境問題や通学距離の問題を理由に反対するとの意見が多数を占め,最終的に全会一致で本件各土地上での中学校建設には反対するとの決議がされた(甲4号証,5号証)。

このように本件各土地における中学校建設計画が白紙になったことから,その後,同委員会では,新たに4か所の候補地が提案されて検討がなされている(甲5号証)。

(5)  豊田市との合併協議における第2中学校問題の取扱い

豊田市は,平成15年11月1日に豊田加茂合併協議会が設置されて豊田市と周辺6町村との合併について具体的に協議されるようになったことを受け,旧藤岡町における第2中学校計画が,合併後に事務を引き継ぐ豊田市にとっても重要な問題となると判断し,平成16年2月ころから検討を開始した(甲5号証)。

豊田市は,検討の結果,第2中学校を新築することが望ましいとの結論に至り,平成16年3月24日,本件各土地の位置及び地域住民の合意の有無を確認するため,豊田市教育長名で「中学校建設計画への確認事項」と題する照会文書をA町長及び旧藤岡町教育長へ送付し,A町長がこれに回答した(甲5号証,7号証,8号証の1・2,乙18号証の1・2)。

その後,合併協議会は,市町村の合併の特例に関する法律5条1項に基づき,新市の町づくりの基本方針を明らかにすべく,「新市建設計画」を策定したが,同計画には,旧藤岡町の計画していた第2中学校の建設も盛り込まれた。しかし,旧藤岡町の南部地域には「棒の手ふれあい広場」が設置されており,これを活用することができることなどを理由に,多目的広場建設計画については掲げられなかった(甲5号証)。

3  原告の主張について

(1)  原告は,①本件各土地が埋立地であり,フェロシルトが埋設されていたから公共用地としての適性を欠くこと,②合併する豊田市と事前に協議されていないこと,③旧藤岡町議会において十分に議論されていないこと,④ボーリング調査などの事前調査が実施されていないこと,⑤中学校用地とすることについての住民の合意がないこと,⑥住民の合意がないにもかかわらず豊田市に対して住民が合意しているなどと実態と異なる報告をしたこと,⑦多目的広場建設が新市建設計画に掲げられていないこと,以上を理由に本件各土地は不必要であり,本件売買契約は,A町長が裁量権を逸脱・濫用して違法に締結したものであると主張する。

そこで,上記2における認定事実を基に,原告の各主張について検討する。

(2)ア  上記①(公共用地としての適性)について

上記認定事実によれば,本件各土地は,窯業原料を採掘した跡地に生じたため池を埋め立てて整備されたものであること,その後,本件各土地の東側に位置する本件多目的広場用地の南東隣接地において,平成16年後半に土砂採取が行われ,そこにフェロシルトが埋設されていたことが認められる。

しかし,一般的に土地の価値や用途は,その形状,面積,性質,位置関係,近隣の状況等を総合して評価されるところ,埋立地であることや廃棄物の埋設という事情のみをもって,公共用地としての適性を欠くことになるとはいえない。そもそも,隣接地へのフェロシルトの埋設は,本件売買契約締結後に発覚したことであって,A町長がこれを認識しながら取得したとは認められないから,これによって,A町長による本件売買契約が,裁量権を逸脱・濫用して締結されたものと解すべき余地はない。

したがって,上記①の主張には理由がない。

イ  上記②(豊田市との事前協議)について

上記認定事実によれば,平成15年11月1日に豊田市と周辺町村の合併を協議すべく豊田加茂合併協議会が設置され,豊田市が旧藤岡町における第2中学校計画を検討し,A町長との間で書面を交換するなどしたことが認められるから,第2中学校の建設計画について,豊田市との事前協議が行われなかったとは認められない。

また,旧藤岡町の南部には既に公園が設置されていることから多目的広場の建設が新市建設計画に掲載されなかったことが認められるところ,なるほど,将来の政策実現が合併後になることが見込まれる状況のもとでは,多目的広場用地の取得について,合併を予定する豊田市との間で事前に協議をするのが望ましいことであるとしても,豊田市との合併前の旧藤岡町は,地方自治法上の独立した普通地方公共団体であるから,その協議を欠いたからといって,独自の判断によって財産を取得することが違法ということにはならない。

したがって,上記②の主張には理由がない。

ウ  上記③(議会における議論)について

上記認定事実によれば,旧藤岡町の人口増加に伴う中学校の生徒数増加が問題視されてから,第2中学校の建設については,議会を中心に継続的に議論が重ねられてきたことが認められ,本件売買契約に関する旧藤岡町議会における議論が不十分であったとは認められない。

そもそも,議会が議案についてどのような内容の審議を行い,決議に至るかは,その議会の自律的判断に委ねられるべきものであって,その当不当に関する原告の上記主張はそれ自体失当というべきである。

エ  上記④(事前調査の実施)について

上記認定事実によれば,本件売買契約締結に当たっては,所有者であった飯野施業森林組合からの資料の提供や建築設計士の意見聴取などが行われたが,事前に本件各土地におけるボーリング調査は実施されていないことが認められる。

しかし,地方公共団体が取得する土地について,どのような事前調査を実施するかは,取得の目的や調査の必要性及び財政状況等に応じて決せられるものであり,常にボーリング調査などのような大規模な調査を実施しなければならないものではなく,本件各土地について,その取得前に,ボーリング調査を要すべき事情が判明していたわけではないから,その調査をしなかったからといって,その取得行為が違法になるものではない。

したがって,原告の上記④の主張は理由がない。

オ  上記⑤(住民の合意)について

上記認定事実によれば,第2中学校の建設は,旧藤岡町の人口増加に伴ってその必要性が認識され,住民の直接選挙によって選出された議員により構成される議会を中心に長期間にわたって継続して審議がなされてきたほか,各種検討委員会においても議論されてきたものであり,その上で議会において最終的に本件各土地を中学校用地として取得するとの決議がなされた経緯であることが認められるのであるから,住民の合意がないなどということはできない。

原告の上記主張は,フェロシルト問題が発覚した後に開催された第2藤岡中学校建設検討委員会において,本件各土地上での中学校の建設が全員一致で反対された結果に基づいたものと解されるが,上記委員会の結論は,本件売買契約締結後に新たに発覚したフェロシルト問題を含めて検討した結果によるものであって,本件売買契約当時のそれとは前提を異にするのであるから,本件売買契約当時において住民の合意がなかったなどということはできない。

カ  上記⑥(豊田市に対する報告)について

上記オに判示したとおり,住民の合意がなかったなどとはいえないから,原告の上記主張には理由がない。

キ  上記⑦(多目的広場建設計画)について

上記認定事実によれば,旧藤岡町においては,約20年前から南部地域における公園設置の要望があり,本件中学校用地取得に際して,その隣接地を多目的広場用地として取得することで,将来広場を設置する必要が生じた際にこれを活用し,あるいは中学校において行事がある際には,父兄の駐車場として利用したり,何らかの災害が発生した場合には,中学校に隣接する本件多目的広場用地を避難場所として利用できることなどから,その必要性が認められた経緯であることが明らかである。

以上のとおり判示したところによれば,本件多目的広場用地を取得するとのA町長の政策判断には,格別不合理な点はなく,裁量権の逸脱・濫用があるとは認められない。

したがって原告の上記主張には理由がない。

(3)  本件各土地の対価について

また,原告は,本件売買契約の対価の算定根拠となった不動産鑑定が,本件各土地が埋立地であることなどの事情を反映したものであるか疑問であるとして対価の相当性を争うかのような主張をするが,本件売買契約の代金額が不相当であると解すべき事情は認められない。

4  結論

以上の次第で,原告の請求には理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中村直文 裁判官 前田郁勝 裁判官 片山博仁)

物件目録は省略

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