名古屋地方裁判所 平成18年(モ)1048号 決定 2006年12月19日
申立人(基本事件原告)
X1
X2
X3
申立人ら代理人弁護士
真家茂樹
城正憲
原島正
太田真一
相手方
岐阜信用金庫
代表者代表理事
A
代理人弁護士
広瀬英二
小島浩一
主文
相手方は、同平田支店と基本事件被告Bとの平成5年からの取引の履歴が記載された取引明細表をインプットした電磁的記録及びマイクロフィルムの各データをアウトプットした結果を記載した書面を、本決定が確定した日から14日以内に当裁判所に提出せよ。
理由
第1申立ての趣旨
申立人らは、次のとおり、相手方に対し、別紙文書目録《省略》記載の文書(以下、「本件文書」という。)の提出を命ずる旨の決定を求めた。
1 文書の表示
別紙文書目録記載のとおり。
2 文書の所持者
相手方
3 証明すべき事実
基本事件被告B(以下「被告」という。)が平成5年ごろから平成15年2月4日までに、申立人(基本事件原告)X1、同X2及び同X3(以下、上記三名を「申立人ら」という。)並びに被告の被相続人である故C(以下「C」という。)の預金通帳から合計8754万1560円を引き出し、被告の預金通帳に入金等して着服した事実、並びに平成15年2月4日以降被告がCの相続財産であるマンション等からの賃料収入を取得している事実及びその金額等。
4 文書の提出義務の原因
本件文書は、民事訴訟法220条4号の文書に該当する。
第2事案の概要及び当事者の主張
1 事案の概要
基本事件は、
(1) C(平成15年2月4日死亡)の遺言(平成元年5月10日付け遺言公正証書による遺言)は申立人らの遺留分を侵害すると主張して、被告に対し、不動産の共有持分権の確認及び移転登記手続並びに金員の支払を求めるとともに、
(2) Dの遺言(名古屋法務局所属公証人E作成の平成15年第<省略>号遺言公正証書による遺言)は錯誤によるものである等と主張して、上記遺言の無効の確認を求める事案である。
2 申立人らの主張
(1) 基本事件との関係及び証拠調べの必要性
ア 被告は、別紙預金口座目録《省略》記載のC名義の預金口座(以下「本件各口座」という。)のうち4件分について通帳を事実上預かり保管していたことを認めているところ、本件各口座から少なくとも8754万1560円の不明出金が確認でき、これを被告が出金し、被告名義の口座へ入金した可能性が高い。
イ そして、上記出入金についてCの承諾がない場合には、被告が出金したCの預金額に相当する金員についての不当利得返還請求権または不法行為に基づく損害賠償請求権がCの相続財産に含まれ、Cの承諾がある場合には、Cの共同相続人である被告に対する贈与であるから反証がない限り被告の特別受益に当たるものと推定され、遺留分の算定の基礎となる財産に算入される。
ウ 以上の主張を裏付けるためには、被告と相手方平田支店との間の平成5年以降の取引の履歴を示す資料である本件文書の内容を確認することが必要である。
(2) 第三者である相手方に対する文書提出命令を求める理由
上記(1)のとおり、被告と相手方平田支店との間の平成5年以降の取引の履歴を示す資料が必要であるところ、被告は上記履歴の記載された被告名義の預金通帳の提出を拒否し、また、被告は上記履歴の記載された預金通帳については一部しか所持していない旨回答し、被告から上記履歴の記載された文書を入手することは困難な状況にある。また、申立人らは、本件文書の所持者である相手方に対して文書送付嘱託の方法で交付を求めたが、守秘義務等を理由にこれを拒否されたため、文書提出命令の申立てをする以外には本件文書を証拠として提出する方法がない。
3 相手方の主張
以下のとおり、申立人らの主張は争う。
(1) 文書の存在及び所持について
顧客との取引の履歴が記載された取引明細表は、電磁的記録またはマイクロフィルム(以下、両者を合わせて「電磁的記録等」という。)として所持しており、アウトプットしない限り提出できない。
(2) 申立人ら主張の提出義務について
相手方は、金融機関として顧客との取引について守秘義務を負っており、本件申立てにかかる文書は、民事訴訟法220条4号ハの除外事由に該当する。
(3) 補充性及び費用負担の問題について
訴訟当事者に対する文書提出命令の申立てで足りる場合に第三者に対して文書提出命令の申立てをなすことは、訴訟に無関係の者に無用の負担をかけるものであって許されない。本件の場合、本件文書と同内容の文書を被告が通帳等の形で所持しているのであれば、被告にその提出を命じれば足りる。また、相手方が本件文書を提出するには、電磁的記録等に残っている記録を紙にプリントアウトしなければならずそのためには費用を要するから、相手方に対する文書提出命令は許されない。
第3当裁判所の判断
1 文書の存在及び所持について
(1) 電磁的記録等の内容はプリントアウトされれば可視的状態になるから、このような場合、プリントアウトされた書面自体をもって文書と理解すれば足りるのであり、本件で問題となっている取引明細表が電磁的記録等に保存されているからといって、このことから直ちに文書性を否定することはできないというべきである。なぜならば、電磁的記録等に情報をインプットするのは、インプットした情報を将来利用する必要が生じたときは、これを見読可能なものとして紙面等に顕出することを目的としているものであり、インプットした情報を見読不可能な状態で保存することのみを目的としているものではないからである。
(2) そうすると、電磁的記録等を所持する者は、将来訴訟上当事者の要求により電磁的記録等にインプットされている情報を訴訟当事者に示す必要が生じ、裁判所からその提出を命じられた場合には、電磁的記録等の内容を紙面等にアウトプットした書面を提出すべき義務を負っているものというべきである。
(3) したがって、単に取引明細表を紙面として所持していないことを理由とする相手方の主張は理由がない。
2 文書提出義務について
相手方は、本件文書の内容が民事訴訟法220条4号ハ(及び同条号が引用する197条1項3号)の「職業の秘密」に該当する旨主張すると解されるから、以下その該当性について検討する。
(1) 同法同条号所定の「技術または職業の秘密」とは、その事項が公開されると、当該技術の有する社会的価値が下落しこれによる活動が困難となるもの又は当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるものをいうと解される(最高裁平成12年3月10日第一小法廷決定・民集54巻3号1073頁)。
(2) 本件において提出が求められている取引明細表には、通常、顧客と金融機関との取引内容が記載されているものである。
しかし、相手方は、かかる取引について守秘義務があると主張するだけで、本件文書を開示することによる不利益の具体的内容を主張しないから、本件文書に顧客との取引内容が記載されていることから直ちにこれが「技術又は職業の秘密」を記載した文書に当たると認めることはできない。
また、本件において提出が求められている取引明細表は、あくまでも相手方と被告との取引に限定されているのであり、相手方と全顧客との取引の明細表の提出を求められているものではないから、相手方が被告との取引明細を開示したからといって、そのことで相手方の営業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるとは認め難い。
(3) したがって、本件文書は、民事訴訟法220条4号ハ所定の職業秘密に関する事項が記載されている文書に該当するとはいえないから、相手方の主張は理由がない。
3 補充性について
相手方は、訴訟当事者が本件文書と同内容の文書を通帳等の形で所持している場合には、訴訟当事者にその提出を命じれば足り、第三者に対して文書の提出を命じることは許されない旨主張する。
(1) 民事訴訟法223条2項は、第三者に対して文書の提出を命じようとする場合にはその第三者を審尋しなければならない旨規定する。しかし、同条項以外に、第三者に対する文書提出命令の要件を訴訟当事者に対する場合よりも加重する規定は存在しないから、一般的に第三者に対する文書提出命令が訴訟当事者に対する文書提出命令との関係で補充的なものであるということはできない。
また、本件においては、被告が取引履歴の記載された被告名義の預金通帳の提出を拒否し、また、被告が取引履歴の記載された預金通帳については一部しか所持していない旨回答しているから、被告から上記履歴の記載された文書のすべてを入手することは困難な状況にある。
(2) 以上のような状況の下では、訴訟当事者である被告に取引履歴の記載された通帳等の提出を命じるよりも、第三者である相手方に取引明細表の提出を命じるのが相当であると解される。したがって、訴訟当事者に文書の提出を命じれば足りることを理由とする相手方の主張は理由がない。
4 費用負担の問題について
上記1のとおり、電磁的記録等を所持する者は、その内容を紙面等にアウトプットした書面を提出すべき義務を負うところ、電磁的記録等の内容を記載した書面の作成等に要する費用負担の問題は、申立人と文書を所持する第三者との間の負担の問題と解すべきである。そして、第三者が、電磁的記録等の内容をアウトプットした結果を記載した書面の作成提出に要する費用を問題とする場合には、申立人が負担すべきものと解され、第三者は費用がかかることを理由にその提出を拒むことは許されないと解すべきである。
したがって、電磁的記録等の内容を紙にプリントアウトするのに費用がかかることを理由とする相手方の主張も理由がない。
5 以上によれば、本件申立ては理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 黒岩巳敏 裁判官 野々垣隆樹 高橋正典)