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名古屋地方裁判所 平成18年(レ)68号 判決 2007年2月01日

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人は,控訴人に対し,50万5690円及びこれに対する平成16年8月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  控訴人のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は,第1,2審を通じこれを2分し,それぞれを各自の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人は,控訴人に対し,111万9380円及びこれに対する平成16年8月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は,第1,2審を通じて被控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,持ち上がっていたU形側溝の蓋(以下「本件側溝蓋」という。)に足を取られて転倒して負傷した控訴人が,道路管理者である被控訴人に対し,道路管理に瑕疵があるとして,国家賠償法に基づいて損害金111万9380円及びこれに対する事故発生日である平成16年8月22日から支払い済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めたところ,原審が被控訴人の道路管理に瑕疵があるとしながら,控訴人に8割の過失を認めて過失相殺を行ったため,控訴人が,原判決の取消し及び控訴人の請求認容を求めて控訴した事案である。

2  争いのない事実等,主な争点及びそれに対する当事者の主張は,原判決の「事実及び理由」の第2の1から3に記載のとおりであるから,これを引用する。

第3当裁判所の判断

1  本件の争点についての判断は,後記2以下に付加及び補正して判示するほかは,原判決の「事実及び理由」の第3の1,2及び3(1)までに記載のとおりであるから,これを引用する。

2  控訴人は,原判決が,道路管理の瑕疵について「通常の歩道において,歩行者に足下の道路の状況に常に注意を払う義務を認める法的根拠はなく,また,本件事故当時,本件歩道において歩行者にそのような注意を払うことを求め得るような事情はうかがわれないので,一般の歩行者が通常の注意を払えば,常に本件蓋の持ち上がりに気づいて転倒事故を回避できるとまでは認められ」ないと認定しながら,過失相殺について「原告が,本件蓋の持ち上がっている状態を発見することは十分に可能であったのであり,何ら合理的な理由なく本件側溝を歩行したことが本件事故の発生の一つの原因であるから,過失相殺が認められてしかるべきであり,その過失割合は原告8割と認めるのが相当である」と認定しているのは,明らかに相矛盾し不当であると主張する。

しかしながら,道路管理の瑕疵についての判断と過失相殺についての判断は,次に述べるとおりその次元及び判断の対象が異なるものである。すなわち,道路管理の瑕疵の判断は,損害賠償責任を負うかどうかという次元において,一般の歩行者の通常の注意を基準にして本件歩道が通常有すべき安全性を欠いているかどうかについての判断である。これに対し,過失相殺の判断は,被控訴人が損害賠償責任を負うことを前提に,損害賠償額の決定という次元において,本件における控訴人自身の注意を基準にして,損害の公平な分担という理念に基づき,損害額を決定する際に斟酌されるべき事情についての判断である。そして,本件側溝蓋の持ち上がりを一般の歩行者が通常の注意を払えば常に発見できるとまでは認められないことと,本件の具体的な事情の下において,控訴人が足下を注意していれば発見することが十分に可能であったことは,何ら矛盾するものではない。

以上のとおり,両者はその次元及び判断の対象が異なるのであるから,この点についての控訴人の主張には理由がない。

3  また,控訴人は,原判決の判断は,本訴に先立つ調停における「控訴人の過失2割,被控訴人の過失8割」とする被控訴人の主張を大幅に超える過失を控訴人に認めたものであり不当であると主張する。

しかし,訴訟提起前における当事者による和解案は,その段階における当事者の思惑に従い種々の要素を考慮して提示されるものであって,本件訴訟以前に当事者間において提示された過失割合に,訴訟提起後,当事者や裁判所が拘束されるものではないのであるから,上記控訴人の主張は採用することができない。

4  そこで,以下,本件における適正な過失相殺の割合について検討する。

前記引用にかかる原判決第3の1(1)の判示に加え,甲12及び13の各1ないし6によれば,本件側溝は,その先端において本来の歩道部分に接続していると認められることからみても歩道の一部といえるものであり,蓋がされて本来の歩道部分と段差がなく,人が歩くことも当然予想される状態であったことが認められるのであるから,控訴人が本件側溝上を歩行したこと自体は格別とがめられるべきこととはいえず,過失相殺上考慮されるべきことがらではない。

しかし,他方,控訴人が本件側溝蓋の持ち上がっている状態を発見することは十分に可能であったことは原判決認定のとおりであり,この点は過失相殺上考慮すべきである。

すなわち,甲11,16,19,20によれば,控訴人が,進行方向から向かってくる自転車を避けてそれまで歩行していた歩道部分から側溝上に移動し,自転車をやり過ごした後,本件側溝蓋の方向に歩き出そうとした段階においては,同側溝蓋が存在する方向に向かって正面に体を向けていたことが認められる。

そして,甲4の1・2,甲13の1ないし6,甲20によれば,この段階で控訴人の視界を遮る障害物はなく,控訴人が視線を少し下に向ければ1メートル余り前方で本件側溝蓋が持ち上がっている状態を容易に発見することができたことが認められる。この点について,控訴人は,東方向からはつつじの植栽が遮蔽物となり,本件側溝蓋の持ち上がりは見えないと供述する(甲16,甲19)。確かに,前掲各証拠によれば,控訴人が自転車をやり過ごす前の段階において,本件側溝蓋が存在した場所は,控訴人の進行方向左に本件道路が湾曲した先であったこと及びその湾曲部分の付近につつじの植栽が存在していたことが認められる。控訴人の上記供述は,この自転車をやり過ごす前段階における主張であると思われる。しかし,少なくとも,上記のとおり,控訴人が自転車をやり過ごした後,本件側溝蓋が存在する方向に体を向けた段階では,控訴人の視界を遮る障害物はなかったことが明らかである。

このように,控訴人は,本件側溝蓋の方向に体を向けた時点で,進行方向足下の本件側溝蓋に視線を向けていれば,同側溝蓋の持ち上がっている状態を発見し,本件事故の発生を回避することは十分に可能であったのであり,このことは,引用にかかる原判決第3の1(1)判示のとおり,歩行者に足下の道路の状況に常に注意を払う義務を認める法的根拠はなく,また,本件事故当時,本件歩道において歩行者にそのような注意を払うことを求め得るような事情はうかがわれないとしても,損害の公平な分担という観点から過失相殺上考慮されてしかるべきであり,その過失割合は控訴人5割と認めるのが相当である。

そうすると,被控訴人が控訴人に対して負う損害賠償額は,控訴人の損害91万1380円のうち,その5割である45万5690円となる。

5  弁護士費用

事案の内容,上記損害賠償額その他の事情を総合考慮すると,弁護士費用のうち5万円が本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。

第4結論

以上によれば,控訴人の請求は50万5690円及びこれに対する本件事故の日である平成16年8月22日から支払い済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し,控訴人のその余の請求は理由がないから棄却すべきであり,これと異なる原判決は相当でないから主文のとおり変更することとし,仮執行宣言については相当でないからこれを付さないこととし,訴訟の総費用の負担につき民事訴訟法64条本文,67条2項本文を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水研一 裁判官 西村康夫 裁判官 影山智彦)

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