名古屋地方裁判所 平成18年(ワ)227号 判決 2008年10月17日
原告
X1 他4名
被告
日本興亜損害保険株式会社 他1名
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告日本興亜損害保険株式会社(以下「被告損害保険会社」という。)は、原告X1(以下「原告X1」という。)に対し、二一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成一八年二月三日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告損害保険会社は、原告X2(以下「原告X2」という。)に対し、七〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成一八年二月三日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告損害保険会社は、原告X3(以下「原告X3」という。)に対し、七〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成一八年二月三日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 被告損害保険会社は、原告X4(以下「原告X4」という。)に対し、七〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成一八年二月三日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
五 被告損害保険会社は、原告都青果株式会社(以下「原告会社」という。)に対し、一一〇万七七五〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成一八年二月三日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
六 被告日本興亜生命保険株式会社(以下「被告生命保険会社」という。)は、原告X1に対し、三一二〇万三五九〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成一八年二月三日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、亡A(以下「亡A」という。)が交通事故により死亡したことから、原告らが、被告損害保険会社及び被告生命保険会社に対し、保険契約に基づく保険金の支払を請求した事案である。
これに対し、被告らは、上記事故は偶然な事故ではなく亡Aが故意に発生させたものであり、亡Aは自殺したものであるから、保険金支払義務を負わないと主張して争った。
二 前提事実(争いのない事実及び容易に認定できる事実)
(1) 保険契約の締結
ア 原告会社は、被告損害保険会社との間で、平成一六年六月一日から平成一七年六月一日までを保険期間とし、下記の自動車(以下「本件車両」という。)を被保険自動車とする一般自動車総合保険契約(SIP。以下「本件自動車保険契約」という。)を締結していた。
記
車名 アクティ
登録番号 <省略>
イ 原告X1は、被告損害保険会社との間で、平成一六年九月六日から平成一七年九月六日までを保険期間とし、被保険者を亡Aとする損害保険契約(くらしの安心保険MUSTメディコ。以下「本件損害保険契約」という。)を締結していた(甲七、弁論の全趣旨)。
ウ 亡Aは、平成一七年四月一日、被告生命保険会社との間で、保険期間の終期を平成四七年三月三一日として、主たる被保険者を亡Aとする生命保険契約(無解約返戻金型収入保障保険。以下「本件生命保険契約」という。)を締結した(甲八)。
(2) 亡Aの死亡
平成一七年五月二八日午後九時一五分ころ、愛知県西春日井郡<以下省略>所在の名古屋市中央卸売市場北部市場(以下「北部市場」という。)の建物内において、亡Aが本件車両を運転中、同車両が、駐車されていた他車両(以下「本件駐車車両」という。)に正面衝突する交通事故(以下「本件事故」という。)が発生し、その結果、亡Aは、外傷性心破裂の傷害を受け、死亡した。
(3) 亡Aの相続人
亡Aの法定相続人及びその相続割合は、亡Aの妻である原告X1が二分の一、亡Aの子である原告X2、原告X3、原告X4が各六分の一となる(甲一ないし四、弁論の全趣旨)。
(4) 保険約款
ア 本件自動車保険契約について
本件自動車保険契約に関する約款においては、次のとおり定められている。なお、次のいずれの条項についても、本件事故につき亡Aは被保険者となる。また、本件事故当時、亡Aは、原告会社の代表取締役であった(乙四)。
(ア) 人身傷害補償保険について
a 被告損害保険会社は、被保険者が急激かつ偶然な外来の事故により身体に傷害を被った場合に保険金を支払う(人身傷害補償特約二条一項。乙一の三七頁)。
b 被告損害保険会社は、被保険者の故意または極めて重大な過失によって生じた損害に対しては、保険金を支払わない(人身傷害補償特約七条一項(1)。乙一の三八頁)。
(イ) 搭乗者傷害保険について
a 被告損害保険会社は、被保険者が急激かつ偶然な外来の事故により身体に傷害を被った場合に保険金を支払う(普通保険約款第四章一条一項。乙一の二五頁)。
b 被告損害保険会社は、被保険者の故意によって、その本人について生じた傷害に対しては、保険金を支払わない(普通保険約款第四章三条一項(1)。乙一の二五頁)。
(ウ) 対物賠償責任保険について
a 被告損害保険会社は、対物事故により、被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害に対して、保険金を支払う(普通保険約款第一章二条。乙一の一八頁)。
b 被告損害保険会社は、保険契約者(法人である場合はその取締役等の機関)の故意によって生じた損害に対しては、保険金を支払わない(普通保険約款第一章九条一項(1)。乙一の一九頁)。
イ 本件損害保険契約について
本件損害保険契約に関する約款においては、次のとおり定められている。
(ア) 被告損害保険会社は、被保険者が急激かつ偶然な外来の事故によってその身体に被った傷害に対して、保険金を支払う(普通保険約款第一章一条一項。乙二の三一頁)。
(イ) 被告損害保険会社は、被保険者の故意によって生じた、その被保険者の被った傷害に対しては、保険金を支払わない(普通保険約款第一章二条一項(1)。乙二の三一頁)。
ウ 本件生命保険契約について
本件生命保険契約に関する約款においては、次のとおり定められている。なお、本件生命保険契約における責任開始期の属する日は、契約日である平成一七年四月一日である(普通保険約款九条二項。乙三の四三頁)。
(ア) 被告生命保険会社は、被保険者が保険期間中に死亡したとき、遺族年金を支払う(普通保険約款二条一項。乙三の四〇頁)。
(イ) 被告生命保険会社は、責任開始期の属する日から起算して二年以内の自殺により被保険者が死亡したときは、遺族年金を支払わない(普通保険約款二条一項。乙三の四〇頁)。
(5) 保険金額
ア 本件事故が亡Aの故意によらず偶然に生じたものである場合、被告損害保険会社が支払うべき保険金額は次のとおりとなる。
(ア) 本件自動車保険契約に基づく保険金
a 人身傷害補償保険金(亡Aの法定相続人に支払われる。)
原告X1に対し、一五〇〇万円
原告X2、原告X3、原告X4に対し、各五〇〇万円
b 搭乗者傷害保険金(亡Aの法定相続人に支払われる。)
原告X1に対し、五〇〇万円
原告X2、原告X3に対し、各一六六万六六六七円
原告X4に対し、一六六万六六六六円
c 対物賠償責任保険金(本件事故により本件駐車車両に生じた損害の賠償責任に係る保険金)
原告会社に対し、一一〇万七七五〇円
(イ) 本件損害保険契約に基づく死亡保険金(亡Aの法定相続人に支払われる。)
原告X1に対し、一〇〇万円
原告X2に対し、三三万三三三四円
原告X3、原告X4に対し、三三万三三三三円
イ 本件事故が自殺によらずに生じたものである場合、被告生命保険会社が原告X1に対して支払うべき本件生命保険契約に基づく遺族年金の額(一括受取額)は、三一二〇万三五九〇円となる。
三 争点
(原告らの主張)
本件において、亡Aが、居眠りなどの原因によって故意でなく偶然の事故によって死亡した事実は明らかである。
(被告らの主張)
本件事故は偶然な事故とは考えられず、被告損害保険会社は、本件自動車損害保険契約に基づく人身傷害補償保険金、搭乗者傷害保険金及び本件損害保険契約に基づく死亡保険金の各支払責任はない。
本件事故は、亡Aが故意に発生させたものであり、被告損害保険会社は、本件自動車損害保険契約に基づく対物賠償責任保険金の支払を免責される。
亡Aは、本件事故により自殺したものと考えられるので、被告生命保険会社は、本件生命保険契約に基づく遺族年金の支払を免責される。
第三当裁判所の判断
一 本件事故状況について
(1) 前提事実に加え、証拠(甲五、九、一二、一五、二三、三三ないし三六、乙四ないし一〇、原告X1本人。ただし、後記認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故状況に関し、以下の事実が認められる。
ア 本件事故現場の状況
本件事故現場は、野菜、果物、水産物の卸売り等を行う北部市場の建物内である。
北部市場の状況は、別紙図面のとおりであり、その敷地内の最大の建物は、野菜、果物の取引用の三階建ての建物(以下「青果棟」という。)であり、青果棟の西側には、水産物の取引用の三階建ての建物(以下「水産棟」という。)があり、また、青果棟の南側には、駐車場用の三階建ての建物(以下「駐車棟」という。)がある。
青果棟は、一階が店舗等、二階が倉庫並びにその周囲の通路及び駐車場等、三階が事務所等となっている。青果棟二階の北側に存する東西を結ぶ通路(以下「北側通路」という。)の東端から西端までの距離は、約二二〇メートルとなっている。
水産棟は、一階が店舗等、二階が駐車場及び通路、三階が事務所等となっている。本件事故現場は水産棟二階の北寄りの西端付近の場所である。
駐車棟は、一階から三階まで、駐車場及び通路となっている。
青果棟二階と水産棟二階の間においては、北側と南側に二本の橋が架けられている。そのうち、北側の橋(以下「北側架橋」という。)は、東西間の長さが約三六メートル、南北間の幅が約九・三メートルであり、その東端と北側通路の西端とが接続している。北側架橋の橋上の通路においては、北側に幅員約一・三五メートルの歩道、南側に幅員約一・二七メートルの歩道がそれぞれ設置され、その間の車両通行部分と歩道とは縁石によって区分されており、車両通行部分の幅員は約六・七メートルとなっている。
北側架橋の西端部分から水産棟二階の本件事故現場(衝突地点)までの距離は約六七メートルである。
また、水産棟二階の西端部分は、斜路に進入する部分を除き、床面からの高さが一・五メートル程度のコンクリート壁となっている。
一方、青果棟二階と駐車棟二階の間には、三本の橋が架けられている。
自動車が青果棟二階から一階に降りようとする場合には、青果棟北側中央付近、水産棟西側中央付近、駐車棟南側の東西の各角付近の各所に設けられた合計四か所の斜路のいずれかを利用することになる。
なお、北部市場は日曜日が休業日であり(弁論の全趣旨)、毎週土曜日の午後六時ころ以降、水産棟内にはほとんど人がいなくなる(乙四の報告書部分二七頁)。(甲九、一五、三四、乙四、六、七、九、一〇)
イ 原告会社及び亡Aの関係等
原告会社は、北部市場内で野菜、果物の卸売り等を営む業者であり、その店鋪は青果棟一階の南側中央付近にある。
亡A(昭和○年○月○日生。死亡当時五〇歳)は、高校生のころから原告会社でアルバイトをし、高校卒業後は原告会社に勤務して働き、平成八年ころ、原告会社の代表取締役に就任した。(甲五、一五、乙四、原告X1本人)
ウ 本件車両
原告会社の所有する本件車両(ホンダ・アクティ)は、二人乗りの乗員室部分の後方に荷台が設けられた、総排気量〇・六五リットルの貨物用軽自動車であり、ギアは前進五速の手動ギアで、車両重量は約七〇〇キログラムである。(甲二三、乙六)
エ 本件事故態様
平成一七年五月二八日(土曜日)午後九時一五分ころ、亡Aは、本件車両を、前照灯を点け、シートベルトを着用せずに運転し、青果棟二階の北側通路の東端付近から、西方向に向けて、アクセルを踏むとともに手動でシフトアップすることによって加速させつつ直進させ、北側通路の西端に至ると、そのまま北側架橋に直進して進入し、これを通過して水産棟二階に至ると、ハンドルを操作し、右方に向けて若干走行した後、すぐに左方に方向を変え、これによって、本件車両の進路を少なくとも三メートル程度右側(北側)にずらし、さらに西方向に直進して走行した。上記一連の走行中、本件車両が北部市場内の施設や設置物等に接触することはなかった。
そうして、本件車両は、水産棟二階の駐車場の西端付近において、前部を東方向に向けて駐車していた本件駐車車両(三菱キャンター。二トントラック(保冷車))の前部に、本件車両の前部がほぼ正対する形で、正面衝突した(本件事故)。
上記衝突時の本件車両の速度は、少なくとも時速七〇キロメートル程度であった。また、本件事故現場には、本件車両が上記衝突前にブレーキをかけたり衝突回避の動きをしたりしたことを示すようなタイヤ痕は残されていなかった。
本件事故当時、本件駐車車両の南側にはワンボックスタイプの自動車が、本件駐車車両の北側には貨物用軽自動車が、本件駐車車両と並んで駐車されていた。
本件車両が、上記走行の際、北側架橋を通過した後、仮に上記進路変更を行わないで直進したとすれば、本件車両は、上記ワンボックスタイプの自動車の前部正面に衝突するか、水産棟二階西端のコンクリート壁に衝突することになる。上記壁の手前には駐車車両用の高さ二〇ないし三〇センチメートル程度のコンクリート製車止めが設置されていた。
なお、本件事故当時、本件車両の荷台には、グレープフルーツの入った箱が一〇個程度積載されていた。(甲一二、一五、三四、乙四ないし一〇)
オ 本件事故後の状況
本件事故後、北部市場の警備員が事故を発見して直ちに救急車を手配したが、亡Aは、前後につぶれた乗員室部分に胸部から下を挟まれ、右足の踵にはアクセルペダル部分が突き刺さっており(甲三六の五丁、乙四の報告書部分一七頁)、本件事故当日午後九時二四分に救急隊が到着した際、既に心肺停止の状態であった。救急隊が乗員室部分から亡Aを搬出するにあたっては、運転席ドアの開放等のために約二四分間を要した。
同日午後一〇時一五分、亡Aは小牧市民病院に搬入されたが、同日午後一〇時三四分、同病院の医師により、外傷性心破裂を死因とする死亡が確認された。同病院の医師によれば、亡Aは即死の状態であったとされている(甲三五の八丁)。
その後、亡Aの遺体に対する行政検視が行われたが、その結果、脳溢血等の急性疾患を窺わせる所見は確認されず、飲酒や薬物の摂取もないとされた(乙四の報告書部分一六頁)。(甲三三、三五、三六、乙四)
(2) 上記事実を総合して考慮すると、本件事故当時、亡Aは、自らの意思により、本件車両を、少なくとも時速約七〇キロメートルの速度まで加速させた上、シートベルトを着用しない状態で、ブレーキをかけないまま、本件駐車車両に正面衝突させたものと推認せざるを得ず、また、本件車両に乗車中にかかる事故に遭遇すれば死に至る蓋然性が非常に大きいことについては容易に予見可能であると解されることから、亡Aの上記行為は、自殺行為であったものと推認せざるを得ない。
(3) 上記認定に対し、原告らは、本件事故の原因について、亡Aの過労による居眠り運転である可能性がある旨主張する。
そして、甲二六、二七、証人B(以下「B」という。)、原告X1本人によれば、本件事故当時、亡Aは仕事が忙しく、休日も取らずに、毎日、長時間働き、睡眠も不足しがちで、体重が減少していたことが認められる。
また、甲二七、二九、三七、乙四(報告書部分の二三頁以下及び原告X1の説明記録書等)、七によれば、本件事故当日、亡Aは、午前三時ころに原告会社に出勤して仕事を始め、正午過ぎころに北部市場のすぐ近くの自宅で昼食を取ったほかは北部市場から出ることなく仕事を続け、夕方(午後四時ないし六時ころ)、取引先の店舗より原告会社が納入したメロンについて不良品があるので交換するよう要請があったことから、その交換のために自動車を運転して上記店舗まで赴いたこと、北部市場から上記店舗までは自動車で往復すると二時間程度かかることが認められる。
上記事実によれば、本件事故当時、亡Aが相当程度疲弊していた事実を推認することができる。
しかしながら、本件事故の際の客観的状況、とりわけ、①本件衝突の直前に本件車両がほぼ直進する状態で走行した距離は、北側通路の東端を起点とした最も長い距離であったとしても、三二〇メートル程度であること、②この走行中、亡Aは、アクセルを踏むとともに手動でシフトアップをすることにより、本件車両を少なくとも時速七〇キロメートル程度にまで加速させていること、③本件車両は本件駐車車両との衝突まで施設や設置物等に衝突することがなかったこと、④本件車両は北側架橋の幅員約六・七メートルの車両通行部分を走行して通過していること、⑤亡Aは、北側架橋を通過した後、ハンドルを操作して、少なくとも三メートル程度、進路を右側(北側)にずらす進路変更を行っていること、⑥本件車両は、貨物用軽自動車であって、上記の走行をする際、相当大きなエンジン音がするとともに、運転者には相当の振動が感じられたものと推認されることを総合して考慮すると、上記のとおり本件事故当時に亡Aが疲弊していた事実を考慮に入れても、本件事故直前において亡Aが居眠り運転をしていたものとは到底認めがたいというべきである。したがって、原告らの上記主張は採用できない。
なお、亡Aが疲弊していたという上記事実は、亡Aの自殺という事実にも結びつきうるものと解される。
(4) また、本件事故の際の客観的状況に加え、亡Aが運転免許を取得してから本件事故当時まで三〇年以上の期間が経過していること(甲五)、亡Aは、北部市場内の原告会社に長年に渡って勤務していたことから北部市場内の通路等の状況については熟知していたものと推認されること、さらに、亡Aは、原告会社が所有してその業務に使用していた本件車両の運転方法については習熟していたものと推認されることを総合して考慮すると、本件事故発生の原因が亡Aによる本件車両の運転操作の過誤である可能性も想定しがたいというべきである。
(5) 他に、前記(1)の認定を左右するに足りる証拠はない。
(6) ところで、本件事故発生前、亡Aは、夕方、取引先店舗を商品交換のため訪れたことが認められ(乙四の報告書部分二四頁)、その後、亡Aは、北部市場に戻り、本件車両の荷台にグレープフルーツ入りの箱を積載したものと推認されるが、上記店舗を訪れた時刻、北部市場に戻った時刻、上記箱を積載した時刻はいずれも明らかではなく、亡Aが午後九時一五分ころに本件車両を運転して北側通路の東端付近に来るまでの間の亡Aの行動に関しては、本件証拠上、明らかではない。
この点、原告X1やC(以下「C」という。)においては、本件事故発生前、亡Aは、青果棟二階の建物の南側中央付近にある荷取場で本件車両に上記箱を積載し、その後、本件車両を運転し、同所から青果棟の南側の通路を建物に沿って東進し、建物の角を左折して北進した上、さらに建物の角を左折して北側通路に入り、以後、直進して本件事故を発生させたものとする推測を述べているが(乙四、七、証人C)、そもそも亡Aが本件車両に上記箱を積載した時刻については本件証拠上不明であるから、本件事故前の亡Aの行動につき原告X1やCの述べるような事実を推認することはできないというべきである。
(7) また、原告らは、本件事故発生前に亡Aが北側通路に向かったのは、空のコンテナ容器を回収するためであった旨を主張するが、かかる事実を認めるに足りる証拠はない。
(8) 原告らは、本件事故発生前、亡Aにおいて自殺を窺わせるような様子はなかった旨を主張するところ、確かに、甲二〇、二一、二五ないし二九、三七、証人B、証人C、原告X1本人によれば、本件事故発生前、亡Aの妻子や原告会社の従業員らなど亡Aの周辺関係者らは、亡Aの態度から自殺を企図しているような様子ないし自殺の兆候を感じ取ったことはなかったことが認められる。
しかしながら、上記事実から直ちに亡Aが自殺したことを否定することはできず、前記(1)に認定した本件事故状況を考慮すると、上記事実をもってしても、亡Aが自殺したとする推認を覆すに足りるものとはいうことができない。
(9) そして、甲一四、一六、乙四(報告書部分の三二頁以降)、調査嘱託に対する株式会社ダイエー(以下「ダイエー」という。)からの二通の回答書(平成一八年一〇月二四日付及び同年一一月二九日付)、同じく山形青果センター株式会社(以下「山形青果センター」という。)からの回答書及び弁論の全趣旨によれば、①原告会社は、平成一五年二月における決算から平成一七年二月における決算まで、毎期、六五〇〇万円以上の未処分損失、四二〇〇万円以上の資本の欠損を計上していること、②平成一七年二月末日における決算の内容をみると、八五二万円余りの営業利益を計上しているものの、支払利息が一一七八万円余りあり、結局、一〇七万円余りの経常損失、一二五万円余りの純損失を計上し、当期未処理損失は六六三一万円余りが計上されており、また、四三三一万円余りの資本の欠損が計上されているところ、資産として計上されたもののうちでも、貸付金四八八四万円余りは原告X1に対する貸付金であって少なくとも早期回収が見込めるものではなく、定期預金五二六九万円余りは銀行からの借入金の担保となっている拘束性のものであったこと、③原告会社の主要な取引先であるダイエーに対する売上金額については、平成一四年四月から平成一七年五月にかけて大幅な減少傾向にあったこと(一例として各年四月の売上高を比較すると、平成一四年は二一八六万円余り、平成一五年は一九五二万円余り、平成一六年は一六一三万円余り、平成一七年は一三八二万円余りとなっている。)、④仕入れ先である山形青果センターに対する原告会社の支払につき、平成一四年一二月から支払遅延が生じており、平成一六年一一月にはその未払額が九五七万円余りに達し、結局、同年一二月、原告と山形青果センターとの取引が打ち切られることになったことが認められ、これらの事実を総合して考慮すると、本件事故当時、原告会社においては相当に困窮した経営状態にあった事実を認めることができる。もっとも、証人B、証人C、原告X1によれば、亡A及び原告X1は、新規取引先を求めるなど原告会社の経営状況の建て直しのための努力を行っていたことが認められるのであって、上記の困窮した経営状態が直ちに亡Aの自殺の動機であったとまで断じることはできないが、少なくとも、上記経営状態であったことは、亡Aが自殺をした事実に結びつきうる事情ということができる。
結局、亡Aの遺書ないしそれに類する文書等が存在したという証拠がなく、また、亡Aの公私の生活の細部や本件事故発生前の亡Aの精神内面の状態までは証拠上不詳である本件においては、亡Aがいかなる動機から自殺行為を行ったかは不明といわざるを得ない。
しかしながら、そのことをもってしても、前記(1)の事実に照らすならば、亡Aが自殺行為をしたとの推認を覆すに足りるものではないというべきである。
(10) 他に、前記(2)の推認を覆すに足りる証拠はない。
(11) 前記(2)の事実によれば、本件事故は偶然に発生したものではなく、亡Aが自殺行為を行い、故意に発生させたものというべきであるから、本件各保険契約における保険約款(前提事実(4))によれば、被告損害保険会社及び被告生命保険会社は、いずれも、原告らに対する保険金の支払義務を負わないことになる。
二 結論
以上によれば、原告らの請求は、いずれも理由がないことに帰する。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 尾崎康)
(別紙)
名古屋市中央卸売市場北部市場見取図
file_2.jpg