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名古屋地方裁判所 平成18年(ワ)2586号 判決 2007年11月14日

名古屋市<以下省略>

原告

X1

名古屋市<以下省略>

原告

X2

名古屋市<以下省略>

原告

X3

原告ら訴訟代理人弁護士

浅井岩根

鋤柄司

東京都千代田区<以下省略>

被告

大和証券株式会社

上記代表者代表取締役

上記訴訟代理人弁護士

三浦州夫

主文

1  被告は,原告らに対し,各449万2477円及びこれらに対する平成18年1月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを3分し,その2を原告らの,その余を被告の各負担とする。

4  この判決は,原告ら勝訴部分に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  被告は,原告らに対し,各1997万1452円及びこれらに対する平成18年1月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

第2事案の概要

本件は,原告らが,その所有するみずほフィナンシャルグループ株(以下「みずほ株」という。)を売却し,その代金で中華電信の普通株式米国預託証券3万ADRを買い付けた(以下「本件取引」という。)のは,無断売買,受託契約準則違反,善管注意義務違反であると主張して,被告に対して,債務不履行に基づく損害賠償を請求した事案である。

1  当事者間に争いのない事実等(以下,証拠の記載のない事実については争いがない。)

(1)  原告X1(以下「X1」という。以下原告につき名前で略する。)は,原告X2(長男),原告X3(次男)の父である。原告らは,それぞれ被告名古屋駅前支店に口座を開設し,証券取引を行ってきた。

(2)  被告は,証券業等を目的とする株式会社である。B(以下「B」という。),C(以下「C」という。)は,被告の従業員であり,Bは平成14年8月2日から同16年10月7日まで,同日から平成17年11月1日までCが原告らの口座を担当した。

(3)  平成17年8月4日,Cは,原告らの口座からみずほ株各45株を売却し,中華電信ADRにつき各口座9000ずつブックビルディングの申込みをなした。

(4)  そして,Cは,平成17年8月9日,中華電信ADRに係るブックビルディングの申込数を原告各口座につき1万に増やした。

(5)  原告らは,遅くとも平成17年12月末日までに,被告に対し,損害賠償請求をなした(弁論の全趣旨)。

2  争点

(1)  被告の責任の有無

(原告らの主張)

ア 無断売買

Cは,本件取引でのみずほ株を売却して中華電信ADRを購入するにつき,原告X1から大まかな方針を取り付けただけで,原告らの具体的な同意を得ずに原告らの計算で売買取引を行った。

イ 受託契約準則違反

東京証券取引所・受託契約準則6条は,以下のとおり規定している。

「顧客は,有価証券の売買の委託をする場合には,その都度,売買の種類,銘柄,売付・買付の区別,数量,値段の限度等を取引参加者(会員証券会社)に指示するものとする。」

Cは,みずほ株の売付と中華電信ADRの買付を勧誘して受注するに際し,被告が引き受けた中華電信ADRの会社内での販売競争において好成績をおさめるため,売付及び買付の時期,数量及び単価について原告X1からあえて指示を受けず,その売買の受託をなして受託契約準則6条に違反した。

ウ 善管注意義務違反

Cは,原告X1のみずほ株長期保有の意向を知り,または知り得べきであり,しかもみずほ株が原告ら保有株式の約52パーセントをも占めていることを知っていたのであるから,一般になじみのない台湾株である中華電信ADRを勧誘するに当たっては,同ADRのパンフレットや売出目論見書を示して,会社内容,過去の株価変動,将来の株価変動や配当の見通し,外国株としてのリスクなどを十分説明し,購入対象の中華電信との比較において,その購入資金を捻出するために売買対象とするみずほ株保有の意向につき,原告ら保有株式の銘柄・株数・金額の状況を説明した上で聞き取り確認をし,その上でみずほ株の売付の時期,数量及び単価について明確な指示を受けて受託し,しかる後その売却代金で購入できる範囲の中華電信ADRの買付を受託すべき注意義務があったのに,これを怠った善管注意義務違反がある。

エ さらに,補充すると,証券従業員に関する規則10条は,「銘柄,価格,数量,指値又は成行の区別等顧客の注文内容について確認を行わないまま注文を執行すること」を不適切行為として規定し,また,証券取引法42条1項5号は,売買の別,銘柄,数,価格の4つの要素のうち,1要素でも顧客からの個別の取引ごとの同意を得ないで定めることができることを内容とする契約を締結することを原則として禁止している。また,本件取引は一任勘定取引が許される例外的な場合に該当しない。

(被告の主張)

ア 原告らの口座からの本件取引は原告X1の承諾に基づくものであり,無断売買ではない。

原告X1は株式取引に豊富な知識を有し,投資方針は値上がり益重視であった。平成17年8月4日Cは,原告X1に中華電信ADRのブックビルディングへの申込みとみずほ株の売却を提案した。Cは資金についてみずほ株の売却代金を充当すること,3口座をトータルすると約2億余りで,配当取りを考えるとまとまった資金で,みずほ株を売って中華電信ADRの購入資金に充てることを提案した。原告X1も同意し,Cは「みずほ株を後場の寄りつきで売らせて下さい。」と頼み,原告X1が,「中華電信はいけるか。」と念押しし,Cは「行けると思います。」と答え,原告X1は「それならやってみい。」と答えた。以上のとおりであり,原告X1は本件取引を承諾している。

イ 本件では,みずほ株の売却及び中華電信ADRの購入に際して,売付及び買付の時期,数量及び単価についても,原告X1からの指示があったというべきであって,受託契約準則6条違反はない。

仮に同条違反があったとしても,同条は証券取引法に基づく一種の行政規制であるから,その違法が当然に私法上も違法になるものではなく,受託契約やそれに基づく売買取引が私法上無効となるものではない。

ウ 原告X1の投資経験,投資方針,投資傾向,従前のみずほ株の取引経過,中華電信ADRの売出しに関するCの説明内容,目論見書の交付状況,みずほ株の株価推移,みずほ株の株価の見通しに関する原告X1の認識等を総合するなら,Cの勧誘は適切であって,善管注意義務違反はない。

エ 本件では,Cは受注に際して売付株数を言わなかったというにすぎず,みずほ株の売却株数の決定について一任を受ける旨の契約を締結したわけではないから,証券取引法42条1項5号に違反するものではない。

(2)  追認の有無

(被告の主張)

本件取引の経緯,本件取引後の事情に照らすと,原告らは本件取引を追認したというべきである。

(原告らの主張)

争う。

(3)  損害額

(原告らの主張)

原告ら各人の損害額は以下のとおりである。

ア 物的損害

みずほ株45株

平成17年8月4日 単価50万7000円

総額2281万5000円

平成18年6月22日 単価90万5000円

総額4072万5000円

差額 -1791万0000円

中華電信ADR 10000株

平成17年8月11日 単価18.98ドル

総額 2130万3152円

平成18年6月21日 単価18.50ドル

総額 2124万1700円

差額 6万1452円

合計

1797万1452円(なお,平成19年6月29日時点で修正すると,原告ら各1364万1593円となる。)

イ 弁護士費用 200万円

(被告の主張)

争う。

第3当裁判所の判断

1  証拠(甲1ないし13<枝番を含む。以下同じ>,15ないし18,乙1ないし38,証人B,同C,原告X1)によれば,以下の事実が認められる。

原告X1は,原告X2,原告X3の父である。

原告X1は,株式会社aの役員である。原告X2は同会社の専務取締役,原告X3は同会社のマネージャーである。原告らは野村證券株式会社で証券取引をなしていた。

新規公開を予定していた日本マクドナルド株に関するダイレクトメールを送付したところ,原告X1の指示を受けた原告X3は,平成13年7月13日,被告名古屋駅前支店に来店して,原告ら名義の口座を開設した。このときから被告と原告らの取引が始まった。

原告らの3つの口座の窓口は原告X1になっており,どの口座で取引するかは原告X1が決めていた。

原告らは,別紙売買取引一覧表AないしC記載のとおり,被告において証券取引をしている。

平成14年八,九月,野村證券株式会社から保有株式が被告に移管された。原告X1は野村證券株式会社でも取引があった。

原告X1は,新規公開株の割付をしばしば要求し,また,被告にクレームをつけてくることがあった。

原告らは,平成15年10月まで,みずほ株の売買取引を繰り返した。

(B担当)

平成14年8月2日からBが原告らの口座を担当するようになった。

平成15年1月31日,Bは,トムス・エンタテイメント株の売却代金を振り込んだところ,送金先口座に関して原告X1とトラブルになり,原告X1は「詫び状」を要求したが,Bはこれを拒否したものの,謝罪することになった。Bの担当当時,新規公開株は,原告らの各口座に割り付けられ,また,原告X2,原告X3の口座で取引された株もあった。みずほ株の5回の買付もしくは売付は,原告X1の全部売れとの指示で3口座分全部が売却されている。

(C担当)

平成16年10月7日からCが担当となった。Cは原告X1方には足が遠のいていた。

平成17年7月,原告X1は被告名古屋駅前支店から東京本社に異動になっていたD前支店長に,Cから連絡がないなどと電話した。

平成17年8月4日(以下特に断らない限り,平成17年である。),Cは,中華電信は総合通信事業において台湾最大手であり,今後の株価の値上がりが見込めるほか,配当性向は極めて高いため,原告X1に,被告名古屋駅前支店から,原告X1の携帯に電話をし,中華電信ADRのブックビルディングへの申込みとみずほ株の売却を提案した。Cは資金についてみずほ株の売却代金を充当すること,配当取りを考えると,まとまった資金でみずほ株を売って中華電信の購入資金に充てることを提案した。電話の時間は15分弱であった(以下「本件電話」という。)。なお,Cは,本件電話の中で3口座をトータルしますと2億で云々と電話している旨証言するが,後に甲4を作成しており,かかる点はにわかに採用できない。

原告X1も同意し,Cは「みずほ株を後場の寄りつきで売らせて下さい。」と頼み,原告X1が,「中華電信はいけるか。」と念押しし,Cは「行けると思います。」と答え,原告X1は「それならやってみい。」と答えた。

Cは,同日午後,原告らの各口座で,みずほ株各45株(これが各口座みずほ株の全部である。),合計135株の売付注文を執行し,単価50万7000円で約定が成立した。そして,Cは,その売却代金を上限として,中華電信ADRにつき原告らの各口座で9000ずつブックビルディングの申込みをした。

8月9日午前,Cは,原告X1に電話をし,中華電信ADRの株価が値下がりしており,みずほ株の売却代金の範囲内で買い増す話をした。そして,原告X1の了解を得て,中華電信ADRに係るブックビルディングの申込数を各9000から各1万に増やした。

8月10日,Cは,原告X1に対し,中華電信ADRの目論見書(乙22の1ないし5)及び預託証券説明書(乙23)を送った旨電話した。

8月11日,Cは,原告X1に中華電信ADRについて,各口座で1万ずつの割当てを受けた話をし,その数量で応募することに了承を求め,「うまくいけるのか。」と尋ねられたので,「いけると思います。」と答えた。Cは,各口座で1万ADRずつの応募手続きを取った(公募価格単価18.98ドル)。

8月16日,Cが原告X1に中華電信ADRの配当につき電話をした。

8月18日,Cは,原告X1から,電話で,中華電信の株価を聞かれて,ほとんど動いていない旨答えると,原告X1は,「みずほ株が値上がりしているが,君は,みずほ株の売却の時に株数を言ってないよな。」と電話で話した。Cは,「株式数は言ってなかったと思います。」と返事した。8月18日時点でのみずほ株の終値は55万円弱であった。

8月19日,Cが原告X1方を訪問したが,原告X1からみずほ株を売却する際株式数を聞いていないなどと詰問された。

8月25日,Cは,原告X1方を訪問し,原告X1から,メモでもいいからみずほ株の売却について銘柄の指定以外は伝えていない旨書くように言われ,断り切れずに,「中華電信を買付するにあたりまして,みずほホールディングの売却におきましては,銘柄の指定はさせていただいたのですが,株数,単価についてはそのときに話さずに,事後報告いたしました」との内容のメモ(甲4)を書いた。

8月31日,Cは,原告X1の会社を訪ね,新規公開株を含めて株式の売買の損失の回復をさせていただきたいとの話をした。

9月1日,Cは原告X1に電話をし,500万円を原告X1に預けて,12月末までに回復を図るとの提案をしたが,原告X1は受け付けなかった。

9月2日,Cは,電話で,原告X1に,700万円を預けて12月末までに回復を図る話をし,原告X1も了承した。

9月6日,Cは,450万円を持参した。そのとき,Cは,迷惑をかけたことを詫び,平成17年12月31日までには責任を果たすなどの内容の書面(甲5)を作成している。

9月12日,Cは,残りの250万円を持参した。そして,新規公開株オールアバウト株の購入を提案し,同株3株を購入した。

2  争点(1)(被告の責任の有無)

ところで,本件取引において,原告X1は,Cから中華電信ADRの話を聞き,みずほ株売却をおおまかに消極的に了承したことは認めている。また,Cも,原告X1とのやりとりの中で,売却するみずほ株の株式数を明確に出していないこと,数字のやりとりがなかったことを認めている。

そして,本件電話での会話の中で,数量に関する部分はなく,Cにおいても,原告X1においても双方とも確認しなかったものである。しかしながら,原告らはそれぞれ口座を持ち,みずほ株の口座は3つあり,どの口座からどれだけのみずほ株を売却するのかは明確に確認しておく必要があり,Cにおいてこの確認を十分になすことはなかったものである。

この点,被告は原告X1が本件取引を承諾していた旨主張する。そして,原告X1は株式取引に豊富な知識を有しており,本件取引後みずほ株は値上がりしたのに対し,中華電信ADRはさほど値上がりしておらず,原告X1がクレームを述べたのは,8月18日になってからであること,また,本件取引はみずほ株の売却代金を資金にして中華電信ADRを購入する取引であったが,8月18日までの間のCとの電話では,中華電信ADRについての会話がもっぱらで,みずほ株の話は出ていない(中華電信ADRの買い増しの際もみずほ株の話は出ていない。)。しかし,原告X1はみずほ株の株数についてクレームを言ったのは本件電話からまだ2週間後のことであり,原告X1はみずほ株につき原告らの3つの口座全部の売却をしたことがあるが,それはBの担当の時で,C担当のみずほ株の売却はこれが初めてであり,中華電信ADRの話は本件電話での勧誘が初めてであることを考えると,前記事情から直ちに原告X1が原告らの3つの口座のみずほ株全部の売却を承諾していたものとすることは難しい。また,原告X1に対し,みずほ株売却の取引確認書,中華電信ADRの目論見書等が送付されたとしても,前記結論を左右するものでもない。

もっとも,Cは,原告X1を避けてきており,Cが本件取引をなしたのが,自己の好成績をおさめるためであったと認めるに足る証拠はない。

したがって,本件取引は,売却する株式数を十分確認することなく行われた取引であり,売却の承諾を得ない可能性のあるみずほ株の売却が含まれ,この明確な確認を怠ったCには過失があり,被告は,これによって原告らが被った損害を賠償すべき義務がある。

3  争点(2)(追認の有無)について

前記第3の2記載のとおりであり,本件取引後の経緯をみても,原告X1が本件取引を追認したと認めることは難しく,他にこれを認めるに足る証拠はない。

4  争点(3)(損害額)について

(1)  物的損害

ア みずほ株45株

平成17年8月4日 単価50万7000円

総額2281万5000円

平成19年6月29日 単価85万3000円

総額3838万5000円(甲15)

差額 -1557万0000円

イ 中華電信ADR 10000株

平成17年8月11日 単価18.98ドル

総額 2130万3152円

平成19年6月29日 単価18.86ドル(甲16)

総額 2323万1559円

差額 192万8407円

ウ 合計

1364万1593円となる。

(2)  過失相殺

(被告は過失相殺を主張していないが,過失に関する事実は主張しており,過失相殺について判断できる。)

原告X1は,みずほ株の売却そのものについては同意しているものであるから,本件電話の際に,Cに対し売却すべきみずほ株の株式数について明確な指示を出すなり,また,Cに聞き返したり,折り返し電話するなりして売却する株式数を確認することは十分可能であったものである。そして,株式取引の経験豊富な原告X1がそれらをなさなかったことは,原告X1においても過失があり,その割合は大きく,7割と認めるのが相当である。

そして,損害額の7割を控除すると,409万2477円となる。

(3)  弁護士費用

本件訴訟の経緯等を考慮すると,相当因果関係のある弁護士費用は40万円である。

(4)  合計

449万2477円

5  以上の次第で,原告らの本件請求は,主文の限度で理由がある。

(裁判官 德永幸藏)

<以下省略>

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