名古屋地方裁判所 平成18年(行ウ)80号 判決 2011年3月23日
主文
1 被告は被告補助参加人会派Z1に対し,4614万円を支払うよう請求せよ。
2 原告らのその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを3分し,その2を原告らの負担とし,その余を被告の負担とし,補助参加によって生じた費用は,これを3分し,その2を原告らの負担とし,その余を被告補助参加人らの負担とする。
事実及び理由
第1請求の趣旨
被告は被告補助参加人会派Z1に対し,1億3500万円及びこれに対する平成17年6月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
第2事案の概要
1 本件は,名古屋市の住民である原告らが,名古屋市議会の会派であった会派aが名古屋市から交付された平成16年度の政務調査費のうち,1億3500万円(会派aが交付を受けた政務調査費のうち,所属議員らに支給したとする合計1億3950万円から,会派aが名古屋市に返還した450万円を控除した残額)を不当に利得していると主張して,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,被告に対し,同金額の不当利得金の返還及び遅延損害金の支払を会派aの権利義務を承継した被告補助参加人会派Z1に請求するよう求める住民訴訟である。
2 名古屋市における政務調査費交付手続等の概要
(1) 名古屋市においては,地方自治法(平成20年法律第69号による改正前のもの。以下同じ。)100条13項の規定を受けて,名古屋市会政務調査費の交付に関する条例(平成13年名古屋市条例第1号。ただし,平成20年名古屋市条例第1号による改正前のもの。以下「本件条例」という。)を定めている。本件条例に基づき,名古屋市長は,名古屋市会政務調査費の交付に関する規則(平成13年名古屋市規則第11号。以下「本件規則」という。)を定め,また,名古屋市議会議長は,名古屋市会政務調査費の使途基準及び収支報告書の閲覧に関する規程(平成13年名古屋市会達第1号。以下「本件規程」という。)を定めている。
(2) これらによれば,名古屋市における政務調査費の交付手続等の概要は,次のとおりである。
ア 名古屋市では,市議会における会派(所属議員が1人の場合を含む。)に対し,議員の市政に関する調査研究に資するため必要な経費の一部として,当該会派に所属する議員1人当たり月額55万円を交付することとしている(本件条例1条,2条,3条1項)。そして,その政務調査費は,議長が定める使途基準に従って使用するものとし,市政に関する調査研究に資するため必要な経費以外のものに充ててはならないとされている(本件条例4条)。
政務調査費の使途基準について,本件規程2条は,「別表に掲げる項目ごとに概ね右欄に掲げるとおりとする。」と定めている(別表の定めは,別紙1のとおりである。)。
イ 政務調査費の交付を受けた会派の代表者は,政務調査費に係る収入及び支出の報告書(以下「収支報告書」という。)を所定の様式により議長に提出しなければならない(本件条例5条1項。なお,この提出の際には,領収書等の提出は求められていない。)。収支報告書は,前年度の交付に係る政務調査費に関し,毎年4月30日までに提出しなければならない(同条2項)。議長は,提出された収支報告書の写しを市長に送付する(本件規則5条)。
議長は,上記収支報告書が提出されたときは,必要に応じて調査をすることができる(本件条例6条)。市長は,政務調査費の交付を受けた会派がその年度において交付を受けた政務調査費の総額から,当該会派がその年度において市政に関する調査研究に資するため必要な経費として支出した総額を控除して残余がある場合,当該残余の額に相当する額の政務調査費の返還を命じることができる(本件条例7条)。
ウ 会派は,経理責任者を置かねばならず,その経理責任者が政務調査費の支出に関し会計帳簿を調製し,領収書等の証拠書類を整理し,これらの書類を収支報告書の提出期限の日から起算して5年を経過する日まで保管しなければならない(本件規則6条1項,2項)。
エ 会派が議長に提出した収支報告書は,提出期限の後,一定期間が経過すれば,閲覧は可能となるが(本件規程3条),会派が調製すべき会計帳簿及び保管すべき証拠書類を閲覧に供する旨を定めた規定はない。
3 前提事実(以下の事実は,当事者間に争いのない事実及び後掲の証拠から容易に認定できる事実である。)
(1) 当事者等
ア 原告らは,名古屋市民であり,被告は,名古屋市長である。
イ 会派aは,名古屋市議会議員で構成する会派(権利能力なき社団)であった。なお,会派aの構成メンバーのうち9名は,平成18年9月,会派aを離脱し,新たに会派b1(その後「会派b」と名称を変更した。)という会派を結成した。
平成21年3月31日,会派a及び会派bは解散し,その構成員らは,同年4月1日,被告補助参加人会派Z1を結成した。被告補助参加人会派Z1は,会派a及び会派bの権利義務を承継した。
ウ 被告補助参加人Z2,同Z3,同Z4は,平成16年当時,会派aに所属する名古屋市議会議員であった(以下,これら3名の被告補助参加人と被告補助参加人会派Z1を併せて,「被告補助参加人会派ら」という。)。
(2) 平成16年度の会派aに対する政務調査費の交付等
ア 前記2のとおり,平成16年度においては,名古屋市議会の各会派に対し,政務調査費として,月額55万円に当該会派の所属議員数を乗じた額が交付されることになっており,同年度において,名古屋市は,会派aに対し,合計1億5345万円を交付した。
イ 会派aは,1人当たり月額55万円の政務調査費のうち,5万円を会派の共通経費とし,その余の50万円を個人経費として各議員に対して支給する政務調査費に充てていた。
ウ 会派aは,本件条例5条1項に基づき,平成17年4月28日付けで,名古屋市議会議長宛てに平成16年度政務調査費に係る収支報告書(甲1。以下「本件報告書」という。)を提出した。
本件報告書の記載内容は,別紙2のとおりである。
エ 会派aは,平成17年5月26日,別紙2記載の残余金606万5717円を名古屋市に返還した。
(3) 監査請求等
ア 原告X1らは,平成18年9月8日,名古屋市監査委員に対し,要旨「会派aは,平成16年度に交付された政務調査費のうち,450万円を当時病気療養中で政務調査活動ができる状態になかった会派aのD議員に支給していた。しかるに,会派aは,本件報告書に,上記450万円も含めて政務調査活動に支出したとの事実に反する記載をして,これを市議会議長に提出した。」などと主張して,平成16年度に会派aに交付した政務調査費のうち,個人経費分の合計額1億3950万円(以下「本件政務調査費」という。)を名古屋市に返還させるために必要な措置を執ることを求める住民監査請求(以下「本件監査請求」という。)を行った(甲2)。
イ 名古屋市監査委員は,本件監査請求において違法性が具体的に摘示されているのはD議員に交付された450万円のみであるとして,この450万円が不当利得に当たるか否かを監査対象事項とした。そして,名古屋市監査委員は,要旨次の(ア),(イ)のとおりの事実を認定し,上記450万円については,既に名古屋市に返還されており,不当利得はないとして原告らの請求を棄却し,また,その余の部分については,違法性が具体的に指摘されていないとして却下する旨の監査結果を平成18年11月7日付けで原告らに通知した(甲2)。
(ア) 平成17年4月25日,会派aは,D議員に対して450万円を支給した。これは,平成16年度の政務調査費の個人経費分であると認められる。
(イ) 会派aは,本件報告書にはD議員への450万円の支出が含まれていたことを認め,平成18年10月19日,本件報告書の訂正願いを市議会議長に提出し,450万円については,名古屋市長から会派aに対し返還命令が出され,会派aは,これを名古屋市に返還した。
ウ 名古屋市監査委員は,本件監査請求に対する監査結果の通知において,「会派aの政務調査費の支給事務に関し,D議員に対する政務調査費の支給に至る経緯が曖昧であり,また,領収書が個人別に特定できず,会計帳簿が不備であったことなどから,会派としてのチェック機能が十分に働いていないことがうかがわれた。会派aにおいては,政務調査活動を証する領収書,報告書の確実な徴取及び適正な管理,支出内容を事後に容易に点検できるような会計帳簿類の調製,政務調査費の支出における自己監査体制の整備など,内部統制の充実を図り,会派として再発防止に努められるよう強く要望する。」と記載した(甲2)。
(4) 別件訴訟
本件の原告らは,名古屋市長を被告として,会派aに対し,平成15年度及び平成16年度の政務調査費のうち共通経費に当てられたとされる部分の返還を求めるよう請求する住民訴訟(第1審・当庁平成17年(行ウ)第47号,控訴審・名古屋高等裁判所平成19年(行コ)第14号。以下「別件訴訟」という。)を提起した。別件訴訟の控訴審判決は,名古屋市長に,会派aに対して,165万9781円及びこれに対する遅延損害金を支払うよう請求することを命じたが,その判決理由中において,会派aが平成17年5月26日に名古屋市に返還した平成16年度分の政務調査費の残余金606万5717円には,R議員の2か月分とP議員の1か月分の個人経費分が含まれていた旨を認定した(丙28)。
4 争点及び当事者の主張
本件の争点は,会派aが本件政務調査費のうち1億3500万円について,「法律上の原因なく他人の財産によって利益を受けた」か否かであり,これに関する当事者の主張は,次のとおりである(なお,被告は,会派aに不当利得があることは争っているが,具体的な主張はしていない。)。
(原告らの主張)
(1) 政務調査費は,地方自治法100条13項に基づき交付されるところ,同項は,その使途を「議員の調査研究に資するため必要な経費の一部」と定めているから,これ以外の目的による政務調査費の支出は,同項に違反することになる。そして,同法2条14項,138条の2,地方財政法4条1項に照らせば,交付した政務調査費に年度末の段階で残余があった場合や議員の調査研究に必要な経費以外に支出された場合は,かかる支出に対応する部分の利得を当該会派に維持させることに法的合理性はない。また,このような事情の下で,当該地方公共団体の執行機関が当該会派に対して上記利得に相当する金員の返還を命じないとすれば,かかる執行機関の行為は当該地方公共団体に損害を与える行為である。
上記の点に照らせば,本件条例7条は,交付され政務調査費に年度末の段階で残余がある場合のみならず,政務調査費が市政に関する調査研究に必要な経費以外に支出された場合についても,被告に,会派に対して不当利得返還請求をすることを命じていると解すべきである。
(2) 会派aは,平成16年度に交付された政務調査費のうち,450万円を当時病気療養中で政務調査活動ができる状態になかったD議員に交付していた。しかるに,会派aは,本件報告書に,上記450万円も含めて政務調査活動に支出したとの事実に反する記載をして,これを市議会議長に提出した。そこで,原告らは,本件監査請求をしたところ,会派aは,本件監査請求の調査の過程で450万円を名古屋市に返還した。その上,その監査結果において,会派aの政務調査費の支給に関し,D議員に対する政務調査費の支給に至る経緯が曖昧であり,また,領収書が個人別に特定できず,会計帳簿が不備であったとの指摘がされた。
以上によれば,平成16年度に会派aに交付された政務調査費中,少なくとも会派内で個人経費分として分配された月額50万円(この合計が,本件政務調査費である。)の使途については,支出に関する会計帳簿もなく,誰がどのような使途でいくら支出したのか特定できない状態であったことになる。そして,監査結果における上記指摘を踏まえると,少なくとも平成16年度分の会派a所属の議員の政務調査費支出分については,会派aは,本件条例が要求する適切な支出報告をしておらず,その年度において市政に関する調査研究に資するため必要な経費として支出したことの証明がされていないことになる。
他方,各会派が政務調査費を最終的に保有できるのは,本件条例5条に基づき適切な収支報告がされ,これに基づき被告から本件条例7条に基づく返還請求権が行使されないことが確定した段階である。
以上によれば,会派aは平成16年度分の政務調査費に関して適切な収支報告をしていない以上,少なくとも個人経費分である本件政務調査費についてはこれを保有する権限を有しない。
よって,被告は,本件条例7条及び不当利得返還請求権に基づき,会派aの権利義務を承継した被告補助参加人会派Z1に対し,会派aが平成16年度分として交付された政務調査費のうち,会派aが1人当たり月額50万円の割合で支出したとされる合計1億3950万円(本件政務調査費)から会派aが既に名古屋市に返還した450万円を控除した1億3500万円について,不当利得返還請求権の発生が明らかとなった平成17年6月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を付して請求する義務があるというべきである。
なお,会派aは,本件報告書において606万5717円の残余金が発生したとして,これを名古屋市に返還した。しかし,この残余金は,平成16年度に会派aに交付された政務調査費のうち,共通経費部分か個人経費部分か判然とせず,いずれの可能性も否定できない。したがって,上記残余金について個人経費部分であることの根拠がないから,本件においては不当利得返還金額からこれを控除することなく請求する。
(3) 会派aの所属議員が提出した陳述書によっても,会派aに交付された政務調査費全額は,政務調査費としての目的外の支出である。
会派aに所属していた議員(ただし,所属議員全員ではない。)は,陳述書において,政務調査費の支出内容を説明している。しかし,これを裏付ける帳簿や領収書は提出されていない。陳述書自体,会計帳簿に比べ明らかに信用性は低い上,本件で提出された陳述書の記載は,支出内容を「調査費」,「研修費」,「会議費」,「資料作成費」,「資料購入費」,「広報費」,「事務費」及び「人件費」に類型化して,それぞれの総額を記載しているにすぎない。支出がこれらの類型に属するというためには,少なくとも,特定の政務調査活動を目的とした支出であることを裏付ける資料を示すことが必要であるが,本件では,何も根拠が示されていない。したがって,陳述書の記載は,支出目的の正当性の根拠とはならない。例えば,資料を購入した,資料を作成したなどと陳述していても,その資料の具体的内容を明らかにしていない。その他の費目に関しても同様であり,使途を具体的に明らかにしておらず,説明が抽象的であり,政務調査活動として支出したとの説明がされていない。
(4) また,具体的に,次のような疑問がある。
ア 議員の活動のうち,政務調査活動はその一部にすぎず,その多くは政治活動や委員会活動である。より多数の支持を受け,議会における多数派の地位を占めるための活動は,すべて政治活動であるし,議員として議会に出席し,意見を述べ,議決に参加することも政治活動である。
また,名古屋市議会においては委員会が設けられており,委員会単位での調査や視察がされており,これに要した費用は費用弁償条例により議員に支払われるから,これを政務調査費として支出することは許されない。
したがって,政務調査費の支出として正当化できるのは,政治活動にも委員会活動にも属さない支出であり,かつ,会派が政務調査活動として掲げたものに限られる。この観点から見た場合,調査費,研修費,会議費,資料作成費,資料購入費,広報費,事務費,人件費については,いかなる政務調査活動として何にいくら支出したのかの説明がされていない以上,政務調査費の支出として正当化できるものではない。
イ 政務調査費の支出として正当化できるものは,会派としての政務調査活動であって,個人のそれではない。したがって,陳述書に記載された政務調査活動が,会派の政務調査活動として決定され,調査が委託されたものであることを示す必要があるが,これらの説明がない。
ウ 飲食そのものは政務調査活動ではなく,少なくとも飲食代金を政務調査費から支出するためには,具体的な調査活動をするに当たって,飲食を伴うことが必要といえる状況であることが必要である。会派aは,政務調査費(共通経費)を飲食代として支出してきたところ,そこに所属する議員も,同様に支出してきたものと認められるから,これらの支出は違法である。
エ 本件規程2条は,広報費を政務調査費から支出することを認めているが,広報活動は政務調査活動ではなく,議員としての活動成果を広く一般に伝えることによって市民の支持を受けることを目的とする活動であって,政治活動そのものである。したがって,政務調査費から広報費の支出を許容する本件規程2条は,地方自治法100条13項に違反する。また,S党の機関紙である「○○」は,議員自らの宣伝に割かれている紙面が多く,その発行は,政治活動に他ならない。よって,政務調査費を広報費(「○○」の発行費用)として支出することは違法である。
オ 人件費は,その支出に関して政務調査活動のための支出であるとの説明が十分にされていない以上,政務調査活動のためというよりも政治活動のために雇用した者の人件費と見るのが相当である。また,事務費の内,事務所借り上げ費用は,政務調査活動を行うために事務所を借りる必要はないので,違法である。
(被告補助参加人会派らの主張)
(1) 現代の議会において,会派は極めて重要な役割を担っており,会派を構成する議員を通じて,様々な情報を収集し,これを分析,検討して,会派としての意思決定を行っている。会派に所属する議員は,会派で意思決定された方針や計画に従って,会派間の協議,本会議や委員会での審議に参加する。また,議会外において,所属する会派が推進する施策を広く市民に周知し,会派としての実績をアピールする。その結果,新たな情報が得られれば,各議員は,会派にその情報をフィードバックし,市政に生かされることになる。そして,実際の会派の活動は,主に,所属議員1人1人が行い,その活動範囲は広範多岐にわたる。
このような会派及び議員の調査活動の補助のために政務調査費は交付されているが,費用の支給である以上その使途の透明性の要請があるので,名古屋市では,本件条例により会派に対し収支報告書の提出を義務付けるものの,他方で,政務調査活動は,結社の自由,言論の自由及び政治活動の自由とも密接に関連しており,これらの自由を制限するおそれや執行機関等からの干渉を防止し,会派間における独自性,優位性を確保する観点から,領収書等の提出は義務付けられていない。
(2) 会派aにおいては,会派内の取決めにより,議員1人当たり55万円の政務調査費について,月額50万円を限度として各議員の個人経費として支給し,残り5万円を会派の共通経費としていた。政務調査費の管理については,毎月,会派aの預金口座に振り込まれる政務調査費をその都度全て引き下ろし,各議員の個人経費として支給する部分については,現金50万円ずつの封筒に分けてこれを金庫に保管し,共通経費に充てる部分は,会派aの別の口座に入金して管理していた。そして,所属の議員に対しては,領収書を財務委員長がチェックし,適切でない場合には是正を依頼するなどした上で,1人当たり毎月50万円を限度として,各議員の政務調査活動に応じて,政務調査費を支払っている。
平成16年度においては,会派aは,政務調査費として合計1億5345万円の交付を受けた。そして,個人経費分については,会派aの財務委員長(平成16年度はE議員)が,所属議員から会派aの団長宛てに提出された領収書(政務調査費の使途基準である8項目に分類されたもの)に基づいて,その項目ごとの合計に基づいた出納データをパソコンにより管理しており,個人経費分の使用額がいくらであるかを把握していた。
ところで,会派aは,平成16年度に受領した政務調査費のうち,平成17年5月26日に606万5717円,平成18年11月16日に450万円の合計1056万5717円を名古屋市に返還したが,平成17年に返還したもののうち共通経費分は456万5717円(利息37円を含む)であり,150万円は個人経費分である。また,平成18年に返還したものは,全て個人経費分である。原告らの請求は,会派aが受領した政務調査費のうち個人経費部分から既に返還した450万円を控除した1億3500万円について返還を求めるものであるが,会派aは,上記のとおり個人経費分については更に150万円返還したから,個人経費分として受領したのは最終的には1億3350万円である。
(3) 政務調査費の支出の違法性に関する判断基準は,政務調査費としての個々の具体的な支出が,その本来の使途及び目的に違反していることを推認させる一般的,外形的な事実を不当利得返還を請求する者において立証した場合に初めて,これを争う者において,その推認を妨げるべく,本来の使途及び目的に沿って使用したことを明らかにする必要があるところ,原告らは,上記の一般的,外形的な事実の立証をしていない。
上記の原告らの立証の不備を置くとしても,平成16年度に会派aに所属していた議員の個々の政務調査活動の内容及び政務調査費の支出状況は,各議員作成の陳述書(政務調査費の支出状況の骨子は別紙3)のとおりであり,政務調査費の支出としていずれも適法なものである。
なお,当時会派aに所属していた議員のうち,一部の議員は陳述書を提出していないが,その理由は,死亡,離団ないし分裂というものであり,陳述書未提出の議員であっても,当然他の議員と同様に政務調査活動を行っていたと考えるのが自然である。すなわち,陳述書未提出の議員であっても,本会議での質問や,予算の要望をするためには,その準備や調査が必要であり,それに相応する費用の捻出が必要である。また,前記のとおり,会派aにおいては,政務調査費のうち個人経費分については,各議員に支給する前に,財務委員長による領収書のチェックが行われていたから,これらの議員に関する政務調査費も適正に支出がされていたと推定すべきである。
(4)ア 原告らは,政務調査費の支出は政治活動及び委員会活動に属さない支出に限定されると主張する。しかし,政治活動の概念自体が明確でない上,政治活動でも,市政において問題となる課題に直接的又は間接的に関連する政治活動のために必要とされる調査研究活動への支出であれば,政務調査費の支出として適法とすべきである。また,委員会活動に伴う費用弁償が受けられるのは,委員会活動そのものに関するものに限定されており,委員会活動に関連したすべての調査研究活動について費用弁償を受けられるわけではない。したがって,委員会活動として費用弁償を受けられないが,それに関連する調査研究活動を行った場合に,政務調査費を支出することは,当然適法である。
イ 原告らは,政務調査活動は会派としての活動に限定されると主張する。しかし,本件条例1条は「名古屋市会の議員の調査研究に資するため必要な経費の一部として」と規定し,本件条例2条は,所属議員が1人の会派への政務調査費の交付を認めているから,議員個人の政務調査活動のために支出することを当然に許容するものである。したがって,原告らの主張は,失当である。
ウ 原告らは,飲食費は政務調査費として認められないと主張するが,飲食費であっても,市政に関する調査や会議に伴って支出するものであり,それが社会通念上必要かつ相当と認められるのであれば違法な支出とはいえないとするべきである。
エ 原告らは,広報費は政務調査費として認められないと主張する。しかし,市政に関する施策を策定する上で,市民の意見を取り入れることは重要であり,その前提として市民にその判断材料となる情報を提供することも当然に必要である。したがって,市民に対する広報活動は,施策決定のための調査研究活動として最も重要な活動の1つであり,そのための費用は,政務調査費に含まれるとするのが相当である。
第3当裁判所の判断
1 政務調査費の意義及び主張立証責任の分配等について
(1) 普通地方公共団体の議会は,議決権(地方自治法96条等),選挙権(同法97条等),監視権(同法98条,100条,179条3項,180条2項等),意見表明権(同法99条,125条,206条4項等)等広範な権限を有しているところ,これらの権限を現実に行使するのは,当該議会の議員である。したがって,普通地方公共団体の議会の議員の職責も,広範であり,議員がその活動を十分に行うためには,相応の調査研究が必要である。同法100条13項により政務調査費の交付が認められたのは,このような広範な職責を有する議員の活動を実効あるものにするために,議員の調査研究のための費用を助成する目的によるものと認められる。
そして,議員が行う調査研究活動は,基本的に各議員の問題意識にのっとって行われるべきものであり,原則として執行機関等の外部からその内容について容喙することは許容すべきでなく,また,例えば,執行機関の不正の調査など秘密裏に行う必要のあるものや,会派独自の政策の企画立案など他の会派に知られると当該会派の優位性が失われる性質の活動を含むものと認められ,活動内容の全貌を明らかにすることにより,その活動の実効性が失われるおそれがあることは否定できない。前記第2の2「名古屋市における政務調査費交付手続等の概要」において判示したとおり,議長は,本件条例5条1項に規定する収支報告書が提出されたときは,必要に応じて調査することができるとされているが(本件条例6条),本件条例等において,執行機関が個々の政務調査費の支出の適否を直接調査することを予定した規定が設けられていないのは,上記のような政務調査活動の性質を踏まえて,政務調査費の支出の適法性の判断は,原則として,各会派の自律的な判断に委ねる趣旨であると解される。
他方,政務調査費は,税金を原資とするものであるから,その収支の状況はできるだけ透明にすることが望まれる。本件条例5条1項が,各会派に政務調査費に係る収支報告書の提出を求め,本件条例8条1項が,議長に対し各会派から提出された収支報告書についてその提出期限から5年間保存することを義務付け,同条2項が,何人に対しても議長の保存に係る収支報告書の閲覧請求権を認めているのは,上記の透明性の要請に応えようとしたものであると解される。したがって,各会派が提出する収支報告書については,その記載内容の正確性が強く求められるところ,本件規則6条1項が,会派は政務調査費に関する経理責任者を置かなければならないとし,同条2項が,政務調査費の交付を受けた会派の経理責任者に対し,政務調査費の支出について会計帳簿を調製するとともに,領収書等の証拠書類を整理し,これらの書類を当該政務調査費に係る収支報告書の提出期限から5年間保管することを義務付けているのは,各会派による政務調査費の支出が適正に行われることを期するとともに,各会派が提出する収支報告書の記載内容の正確性を担保し,収支報告書の記載内容について疑義が生じたときには,当該会派において,会計帳簿や領収書等の証拠書類に基づいて政務調査費の収支の状況を説明できるようにするためであると解される。
(2) これらを踏まえて,政務調査費の返還が求められている訴訟における主張,立証責任の分配等について検討する。
本件条例4条によれば,政務調査費は,議長が定める使途基準に従って使用するものとし,市政に関する調査研究に資するため必要な経費以外のものに充ててはならないとされ,本件条例7条によれば,市長は,政務調査費の交付を受けた会派がその年度において交付を受けた政務調査費の総額から,当該会派がその年度において市政に関する調査研究に資するため必要な経費として支出した総額を控除して残余がある場合,当該残余の額に相当する額の政務調査費の返還を命ずることができるとされている。これらの規定に照らせば,当該会派が政務調査費の本来の使途及び目的に違反した不適切な支出をした場合には,その支出は「市政に関する調査研究に資するため必要な経費」として支出したものとは認められないことになるから,市長は,当該不適切な支出に相当する額の政務調査費に関しても,当該会派に返還を求めることができると解するのが相当である。そして,残余金及び政務調査費として不適切な支出に相当する額の金員は,会派がこれを保有しておく理由のない金員であることに照らせば,本件条例7条に基づく返還請求権は,不当利得返還請求権の性質を持つものと解される。
したがって,本件条例7条に基づき会派に対して政務調査費の返還を求める場合には,不当利得返還請求権の一般的な主張立証責任の分配に従って,政務調査費の返還を請求する側において,返還を求める政務調査費の支出が「市政に関する調査研究に資するため必要な経費」の支出に当たらないことの主張,立証責任を負うことになると解される。しかし,本件条例の下においては,各会派が提出する収支報告書の支出欄には,支出項目と項目ごとの金額等が記載されるにとどまり,支出の明細が明らかにされておらず,また,領収書等も公開されていないことからすると,返還を求められている会派側において,何らの立証の負担も負わないとするのは相当でないから,政務調査費の返還を請求する側において,相応の根拠をもって当該会派の提出した収支報告書の記載内容が正確でないことを主張,立証した場合には,返還を求められている会派側において,政務調査活動の秘匿性の要請に抵触しない限度において,政務調査費の支出状況を明らかにすべきであり,これすらも明らかにできない場合には,当該会派は,本件規則6条から当然に導かれる政務調査費の支出状況についての説明責任を果たしていないものといわざるを得ない。そして,前示の政務調査費に関する透明性の要請に照らせば,本件条例が,そのような最低限度の基本的な説明責任すら果たされていない政務調査費についてもなお,「市政に関する調査研究に資するため必要な経費」に充てられたものとして,その返還を要しないものとしているとは解されないから,当該会派は,当該政務調査費を不当利得として返還すべき義務を負うと解するのが相当である。
また,当該会派において政務調査費の支出状況を明らかにした場合であっても,返還を請求する側において,具体的な政務調査費の支出が,政務調査費の本来の使途及び目的に違反した不適切な支出であることを推認させる外形的事実を主張立証したときには,返還を求められている会派側において,当該政務調査費の支出が政務調査費の本来の使途及び目的にかなうものであることを立証しない限り,当該政務調査費の支出は,「市政に関する調査研究に資するため必要な経費」として支出したものでないとの立証があったものと扱うのが相当である。
2 会派aにおける政務調査費の処理状況等について
前記前提事実並びに証拠(甲1,2,丙10の2,4,丙27〔枝番を含む。〕,28,29,証人E)及び弁論の全趣旨によれば,平成16年度における会派aの政務調査費に係る処理状況等は次のとおりであったと認められる。
(1) 会派aの財務委員長Eは,平成16年度において,本件規則6条1項所定の政務調査費に関する経理責任者を務めていた。E委員長は,毎月,名古屋市から交付を受ける55万円に所属議員数を乗じた金額の政務調査費のうち,50万円に所属議員数を乗じた金員を個人経費分として現金で保管し,5万円に所属議員数を乗じた金員を共通経費分として預金口座に入金していた。
(2) E委員長は,会派aの所属議員から,必要事項を記入した「政務調査費報告書」(丙27,以下「月次報告書」という。)と題する書面及びこれに対応する領収書(原本)の提出を受け,これらを基に,支出が政務調査費の使途基準に適合するか否かを検討し,同基準に適合すると判断したものについて,議員1人当たり月額50万円を上限として,所属議員に個人経費分の政務調査費を支給していた。E委員長は,月次報告書の細目ごとの金額をパソコンに入力して集計していたが,本件規則6条2項により調製・保管が義務付けられている会計帳簿を調製していなかった。また,E委員長は,所属議員から提出された領収書を項目ごとにまとめて保管していたが,領収書がどの議員から提出されたものであるのか特定することはできない。
(3) 月次報告書は,「項目」欄に本件規程別表に定められた項目を列記し,「細目」欄に本件規程別表の「内容」欄に例示された費目等を列記した上,各細目に対応する領収書の枚数及び金額の記載欄と,各項目に対応する「主な調査内容(行先・会場等)」の記載欄とを設けた用紙に,所属議員が必要事項を記入したものである。
(4) 会派aが実際に共通経費として金銭を支出した場合には,これを上記預金口座から支払い,会計帳簿等に記載した上で,E委員長がその領収書を保管した。
(5) E委員長は,月次報告書を基にパソコンに入力した上記データを集計し,これに,会派aが実際に共通経費として支出した金額を合算して,平成16年度の政務調査費として交付を受けた総額を1億5345万円(このうち,個人経費分として現金で保管したのが1億3950万円,共通経費として預金口座に入金したのが1395万円である。),支出総額を1億4738万4320円,残余金を606万5717円(なお,37円は預金利息)と算出した。会派aは,これに基づいて,別紙2のとおりの本件報告書を作成し,平成17年4月28日,これを名古屋市議会議長に提出するとともに,同年5月26日,名古屋市に対し,上記残余金を返還した。上記残余金のうち,100万円はR議員の個人経費分であり,50万円はP議員の個人経費分である。
(6) 原告らは,平成18年9月8日,会派aは,平成16年度に交付された政務調査費のうち450万円を当時病気療養中で政務調査活動ができる状態になかったD議員に支給し,本件報告書に,上記450万円を含めて政務調査活動に支出したとの事実に反する記載をしたなどと主張して,本件監査請求を行ったところ,会派aは,本件報告書にはD議員に対する450万円の支出が含まれていたことを認め,同年10月19日,本件報告書の訂正願いを市議会議長に提出し,名古屋市長からの返還命令を受けて450万円を名古屋市に返還した。
上記訂正後の収支報告書(以下「訂正後の報告書」という。)においては,調査費として支出した金額が1696万7281円,支出の合計金額が1億4288万4320円と,それぞれ本件報告書記載の金額から450万円を減じた金額が記載され,他の支出項目については金額の訂正はなかった。
3 被告補助参加人会派らが個別の議員ごとの支出状況につき何ら立証をしていない政務調査費について
(1) 前記2の認定事実によれば,本件政務調査費(1億3950万円)のうち,会派aが名古屋市に返還したのは合計600万円であるから,その差額1億3350万円の中に,「市政に関する調査研究に資するため必要な経費」として支出したものでないとして,被告補助参加人会派Z1が返還義務を負うものが含まれているか否かが問題となる。
そこで,まず,本件報告書の記載内容の正確性について見ると,前記前提事実(3)ウのとおり,本件監査請求に対する監査結果の通知において,会派aにおける政務調査費に係る会計処理の問題点が指摘されている上,前記2(6)のとおり,会派aは,訂正後の報告書において,単純に調査費及び支出総額を450万円減額したのみであるが,政務調査活動は通常多岐にわたって行われるところ,1人D議員の政務調査費のみが,調査費名目でしか支出されていないとすることは不自然であるし,平成16年度の会派aの経理責任者であったE委員長は,①政務調査費の個人経費分については,各議員から提出される月次報告書の数字を細目ごとに合算して本件報告書を作成した,②D議員は月次報告書を提出していない,と証言する一方で,D議員に係る450万円の返還に伴って本件報告書の内容を訂正したと証言しており,その証言には矛盾がある。こうした点に鑑みると,本件報告書の記載内容が正確でないと考えることには,相応の根拠があるものと認められる。
したがって,会派aの権利義務を承継した被告補助参加人会派Z1は,前記1(2)で判示したとおり,政務調査活動の秘匿性の要請に反しない限度で,本件政務調査費のうち既に返還した分を除く1億3350万円について,その支出状況を明らかにすべき義務を負うものである。
(2) 本件政務調査費の支出状況については,会派aに所属していた議員のうち,被告補助参加人Z2,被告補助参加人Z3,被告補助参加人Z4を含む合計16名の議員が,政務調査費の支出の概要を記載した陳述書を提出した(これらの陳述書で述べられた各議員の支出項目ごとの合計金額は,別紙3のとおりである。)。これらの陳述書によれば,この16名の議員が受領した平成16年度の政務調査費は合計8850万円であるから(各議員の受領額は,P議員が200万円,Q議員が250万円,その余の14名の議員が各自600万円である。),被告補助参加人会派Z1は,残りの4500万円の政務調査費については,個別の議員ごとの支出状況について何らの立証をしていない。
この点に関し,被告補助参加人会派Z1は,陳述書が提出されていないのは,当該議員の死亡,離団ないし分裂によるものであると主張する。しかし,名古屋市に対して政務調査費の収支の状況を報告すべき義務を負う者は,個々の議員ではなく,政務調査費の交付を受けた会派であることは本件条例5条に照らし明らかである。そして,本件規則6条は,会派に対して,前記のとおり,その報告を正確に行うことができるように,経理責任者を定め,その者に会計帳簿を調製し領収書等の証拠書類と併せて保管することを義務付けている。したがって,当該会派は,これらの手続を適切に履践しておれば,たとえ政務調査費を実際に支出した議員の協力を得ることができなくとも,政務調査費の支出状況については説明できるはずであり,被告補助参加人会派Z1が主張する事情は,4500万円の個人経費分の政務調査費につき,個別の議員ごとの支出状況を明らかにできないことの正当な理由となるものではない。
(3) そうすると,被告補助参加人会派Z1は,本件政務調査費のうち4500万円について,本件規則6条から当然に導かれる政務調査費の支出状況についての最低限度の基本的な説明責任すら果たしていないものといわざるを得ないから,この4500万円につき不当利得として名古屋市に返還すべき義務を負うものというべきである。
4 参加人会派らが個別の議員ごとの支出状況につき陳述書を提出した政務調査費について
(1) 会派aに所属していた議員のうち,被告補助参加人Z2,被告補助参加人Z3,被告補助参加人Z4を含む合計16名の議員は,政務調査費の支出の概要を記載した陳述書を提出し,自らが受領した政務調査費の支出状況について一応の説明をしている。この点,原告らは,陳述書による説明は何らの裏付けを伴っておらず,陳述書の記載のみでは政務調査費の支出の正当性の証明として不十分である旨主張する。しかし,前記1(2)で判示したとおり,本件条例7条に基づき政務調査費の返還を求める権利の性質は,不当利得返還請求権であり,その発生原因事実である「法律上の原因がないこと」,本件条例7条に即していえば,具体的な政務調査費の支出が「市政に関する調査研究に資するため必要な経費」として支出されたものではないことの主張立証責任は,これを請求する側である原告らにおいて負担すべきものであるから,原告らは,被告補助参加人らの一応の説明を前提として,又は,これを前提とせずに,具体的な政務調査費の支出が,政務調査費の本来の使途及び目的に違反した不適切な支出であることを推認させる外形的事実を主張立証することが必要である。
(2) ところで,前記1(1)のとおり,議員の職責は広範なものであり,これに応じてその政務調査活動も広範にわたるものであるから,その外縁を明確に定義することは困難である。また,議員の特定の活動が,政務調査活動と政治活動の性質を併せ持つ場合があることは否定できず,この場合に,その活動のために政務調査費を支出することは,その活動の中心的な目的が明白な政治活動(専ら選挙で当選を目指すことを目的とした活動)であるといえるときは格別,そうでないときには,その支出が本件規程に定める政務調査費の使途基準に合致している場合には,当該支出をもって違法な支出ということはできない。
また,政務調査活動は,委員会活動と重複する場合もあるところ,名古屋市議会の議員の議員報酬及び費用弁償等に関する条例等により費用が支弁される場合には,当該経費のために政務調査費を支出することは許されないことは当然であるが,費用支弁がされない経費については,委員会活動であっても政務調査費を支出することは,本件規程に定める使途基準に合致する限りにおいて差し支えないというべきである。
原告らは,政務調査費の支出が正当化されるためには,当該政務調査活動が会派のためのものであることが必要であると主張する。しかし,本件条例において,政務調査費は会派に交付するとしているが,本件条例1条において「議員の調査研究に資するため必要な経費の一部」として政務調査費を交付する旨が規定されており,支出の対象となる政務調査活動を会派としての政務調査活動に制限しておらず,また,政務調査活動自体,必ずしも会派としての統制の下で行う必要があるものではなく,議員個々人の判断で行われても不都合のない性質のものであると認められる上,本件条例においてはいわゆる1人会派に対しても政務調査費を交付することを定めていることに照らせば,政務調査費の支出の対象となる政務調査活動を,会派が行うものに限定する必要はないというべきである。
(3) 以上の観点から,原告らが個別的に問題点を指摘する本件における政務調査費の支出を中心に,8850万円の政務調査費の支出の当否について検討する。
ア 飲食費について
飲食は,通常,個人の費用により日常生活において必ず行うものであるから,たとえ政務調査のための会合を昼食時又は夕食時に行う必要があるとしても,例えば議員のみの会合である場合には,その際の飲食費は各参加者が負担すればよいだけの話であり,昼食時又は夕食時の会合であるという理由だけでは当該飲食費を政務調査費の中から支出することが正当化されるものではない。したがって,政務調査費から飲食費を支出することが正当化されるためには,当該飲食を伴う会合が,食事を伴う時間に開催する必要があり,しかも,例えば外部の人間を交えての会合をする場合など,会合参加者全体として一緒に飲食をする必要性があり,かつ,その飲食内容が会合の性質などに照らして社会通念上相当な範囲内である場合であることが必要と解すべきである。もっとも,食事の時間帯以外に開催する政務調査のための会合において,いわゆるのどを潤す程度の茶菓を政務調査費から支出することは,それが社会通念上相当な範囲内である限り,これを違法とする理由はないというべきである。
したがって,政務調査費から支出された飲食費が「市政に関する調査研究に資するため必要な経費」でないと認められるためには,原告らにおいて,具体的な飲食費に係る支出が外形的に見て,社会通念から逸脱したと認められることを主張立証することが必要になるところ,原告らは,そもそも,違法と主張する飲食費の支出を具体的に主張していない。したがって,この点に関する原告らの主張は,その余の点を検討するまでもなく,理由がない。
イ 広報費について
(ア) 原告らは,そもそも政務調査費には広報費が含まれるべきではなく,これを認めた本件規程は地方自治法100条13項に違反すると主張する。
しかしながら,議員は,選挙により選挙民から選ばれた立場にあるから,議員の政務調査活動において,選挙民の意識や意向に注意を払うことは必要であり,これをできるだけ酌み取って議員としての活動に反映することが必要であると認められる。議員の広報活動は,多くの場合,それまでの自らの活動内容を宣伝し,社会情勢等の現時の問題点等を指摘し,それに対する対応や施策についての自らの見解を選挙民に示すことなどにより,それらに対する選挙民の反応を見て,これを今後の議員としての活動に反映させるとともに,選挙民の自己に対する支持や理解を取り付ける目的でなされるものである。したがって,議員の行う広報活動には,政治活動の要素があることは否定できないが,同時に選挙民に情報提供し,その反応を見るという施策決定のための重要な役割をも有していると認められるから,このための費用を政務調査活動から支出することは,一般的に見て「調査研究に資するため必要な経費」の支出ではないということはできない。よって,広報費を政務調査費から充てることは,地方自治法100条13項に違反するものとは認められない。
(イ) 次に,原告らは,S党の機関紙である「○○」の発行は政治活動であり,その費用を政務調査費から支出することはできないと主張する。
証拠(丙2の1ないし10,丙18の4,丁イ2,3,丁ロ2)及び弁論の全趣旨によれば,会派a所属の各議員は,その選挙区において,当該選挙区の選挙民を購読者とするS党の機関紙である「○○」の各区版を発行していること,その紙面には,各議員がそれぞれ議会等における活動内容や取り組んでいる施策等についての記事が多く掲載されていること,その紙面には,各議員の後援会活動に関連する記事も掲載されているが,それらの記事は紙面の主要な部分を占めておらず,証拠として提出されているもの(両面印刷の2頁)でみると,多くとも1頁の半分を超えるものではないことの各事実が認められる。
以上によれば,「○○」は,各議員が自己の議員としての実績を宣伝する内容が含まれていることは否定できないものの,各議員が推進する施策等を記事として掲載することにより,それらに対する選挙民の反応を見て,これを今後の議員としての活動に反映させる効果を有するものと認められる。確かに後援会活動など,政務調査活動とは関連しない記事が掲載されているものがあるが,その占める割合は一部であり,全体としてみれば,「○○」は,政務調査活動の一環としての広報活動のために発行したものであると認められる。したがって,各議員らが「○○」の発行費用等に政務調査費を充てることは,使途基準に違反するとは認められない。
ウ 事務所借り上げ費について
証拠(丁イ1,丁ハ1)によれば,被告補助参加人Z2は,政務調査費から毎月5万5000円を事務所借り上げ費として支出しており,被告補助参加人Z4は,政務調査費から毎月4万円を事務所借り上げ費として支出していたことが認められる。
ところで,本件規程の定める使途基準(別紙1)には,政務調査費から支出することを許容する経費の項目として,事務費を掲げており,その内容については「調査研究活動に係る事務遂行に必要な経費」とし,その例として,「事務用品・備品購入費,通信費等」を挙げている。政務調査活動をするために,事務所のような一定の場所を必要とする場合があることは明らかであり,したがって,本件規程を制定する際にも,事務所の借り上げ費を例示することも十分考えられたと思われるが,本件規程ではあえて事務所の借り上げ費を例示として挙げていないことに照らせば,本件規程においては,事務所の借り上げ費は,基本的に政務調査費の支出対象としては想定していないものと解するのが相当である。
もっとも,本件規程の定める使途基準においては,事務費の内容を「調査研究活動に係る事務遂行に必要な経費」とし,「事務用品・備品購入費,通信費等」はその例として挙げられているものであるから,調査研究活動のために特に事務所を借り上げる必要があったような場合には,その事務所の借り上げ費用をもって,本件規程の定める使途基準にいう事務費に当たると解する余地はあるが,被告補助参加人Z2及び被告補助参加人Z4は,その陳述書(丁イ1,丁ハ1)において,上記のような特別の事情につき何ら述べていないから,同人らが支出した事務所借り上げ費は,本件規程の定める使途基準にいう事務費に当たらないものと認めるのが相当である。
したがって,被告補助参加人会派Z1は,上記各議員の事務所の借り上げ費相当額の合計114万円については,「市政に関する調査研究に資するため必要な経費」として支出したものには当たらないものとして,同金額を名古屋市に返還する義務を負うものというべきである。
エ その他の経費について
前示のとおり,政務調査費を不当利得として返還することを求めるためには,その返還を請求する側において,具体的な政務調査費の支出が本来の政務調査費の使途及び目的に違反した不適切な支出であることを推認させる外形的事実を主張立証する必要があるところ,その他の経費について,原告らの主張する内容は,議員の陳述書による説明が政務調査費の支出を正当化するものとしては不十分であるというものにとどまり,個々の具体的な支出を捉えてその支出が,政務調査費の本来の使途及び目的に違反した不適切な支出であることを推認させる外形的事実を主張をしているとは認められず,主張自体不十分である。また,その提出した証拠を見ても,上記のような外形的事実が立証されたものとは認められない。
したがって,その他の経費として支出された政務調査費については,被告補助参加人会派Z1に返還義務があるということはできない。
(4) そうすると,陳述書を提出した議員に交付された8850万円の政務調査費については,114万円の限度で「市政に関する調査研究に資するため必要な経費」に支出したものには当たらないと認められるから,被告補助参加人会派Z1は,名古屋市に対して,同金額を不当利得として返還すべき義務を負うことになる。
5 遅延損害金について
以上判示したとおり,被告補助参加人会派Z1は,名古屋市に対して,合計4614万円の不当利得返還義務を負うことになるところ,原告らは,名古屋市に本件政務調査費に関する不当利得返還請求権が発生したことが明白となった平成17年6月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を付して請求することを求めている。
しかしながら,不当利得返還義務は期限の定めのない債務であるから,遅延損害金が発生するのは,その履行を請求され当該債務が付遅滞となった時からである。本件においては,名古屋市が会派aないし被告補助参加人会派Z1に対し上記不当利得返還義務の履行を請求したという事実についての主張立証がないから,被告補助参加人会派Z1に遅延損害金の支払義務があると認めることはできない。なお,被告は,地方自治法242条の2第7項に基づき,会派aに対し本件訴訟の告知をしているところ,同項の訴訟告知は,同条8項により,当該訴訟に係る請求権の時効の中断に関しては,民法147条1号の請求とみなされるが,上記の訴訟告知によって,履行の請求があったものとして,期限の定めのない債務につき付遅滞の効果が発生すると解することはできない。
第4結論
以上によれば,原告らの請求は,被告に対し,被告補助参加人会派Z1に対して,4614万円を支払うよう請求することを求める限度で理由があるので,その限度でこれを認容することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 増田稔 裁判官 鳥居俊一 裁判官 杉浦一輝)
file_2.jpg別紙