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名古屋地方裁判所 平成19年(ワ)1651号 判決 2009年3月18日

原告

原告訴訟代理人弁護士

浅井岩根

鋤柄司

被告

被告訴訟代理人弁護士

藤田哲

須藤裕昭

朝山道央

村井久記

主文

一  被告は、原告に対し、五八四万八二一六円及びこれに対する平成一六年一〇月二八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一五分し、その一四を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、九三一八万六三八九円及びこれに対する平成一六年一〇月二八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

第二事案の概要

本件は、後記交通事故(本件事故)により受傷した原告が、被告に対して、自賠法三条に基づき損害賠償請求(内金請求)をなした事案である。

一  当事者間に争いのない事実等(証拠を挙げていない事実は争いがない。)

(1)  本件事故の発生

ア 日時 平成一六年一〇月二八日午前七時三〇分ころ

イ 場所 三重県四日市市河原田町地内国道二三号線上り二・八KP

ウ 被告車 被告所有、運転の普通乗用自動車

エ 原告車 原告運転の普通乗用自動車

オ 態様 原告車が赤信号で停止中、脇見運転の被告車が追突して、原告が授傷した。

(2)  被告は、被告車を運転し、これを自己のために運行の用に供していた者であるから、自賠法三条により、原告に生じた損害を賠償する義務がある。

(3)  原告は、以下のとおり入通院した。

(整形外科・脳神経外科関係)

山中胃腸科病院

平成一六年一〇月二八日から同月三〇日まで(実通院日数二日)

むらしま整形外科

平成一六年一一月一日から平成一七年一一月二四日まで(実通院日数二二九日)

とうかい整形外科すずか

平成一七年二月二一日から同年六月七日(実通院日数一一日)

中京病院

平成一七年一一月二八日から平成一八年四月二〇日まで(実通院日数四日、入院日数四日)

(精神科関係)

森本メンタルクリニック

平成一六年一二月二一日から平成一七年一一月三〇日まで(実通院日数二七日)

医療法人あらたまクリニック

(以下「あらたまクリニック」という。)

平成一八年二月八日から同年一〇月一〇日まで(実通院日数二一日)

(接骨院関係)

いのう接骨院

平成一六年一二月一日から同月八日まで(実通院日数七日)

仲野整体整骨本院

平成一七年四月六日から同年五月二三日まで(実通院日数二六日)

鈴鹿医療科学大学附属鍼灸院

平成一七年六月一三日から同年八月二三日まで(実通院日数一五日)

(4)  後遺障害認定

原告は、以下の理由により、併合一四級の後遺障害認定を受けている(甲一六、乙一)。

ア 感覚が過敏、過覚醒、不眠、不安、フラッシュバック様の侵入的想起

精神症状は、本件事故に起因し、残存したものと捉えられる。非器質性精神障害のため軽微な障害を残すものとして一四級九号を認定する。

イ 頚部痛、耳鳴り、右手シビレ感の症状

いずれも他覚的所見がなく、中京病院の後遺障害診断書に、低脊髄液圧症候群の診断名が認められるものの、他覚的には異常なしとされており、他覚的に証明されたものと捉えることはできない、頚部痛については当該症状は一貫しているものと捉えられ、当該症状の残存自体は否定できないものと捉えられ、局部に神経症状を残すものとして一四級九号を適用する。

頚椎部の運動障害について、脊椎圧迫骨折、脱臼等の器質的変化が脊椎に認められないことから後遺障害として認定することは困難である。

ウ 腰部痛、右下肢シビレ感

明らかな器質的損傷は認めがたく、明らかな神経への圧迫等異常所見を認めることもできない。しかし、腰部痛については、事故直後から当該症状が一貫しているものと捉えられ、当該症状の残存自体は否定しがたいと捉えられることから、局部に神経症状を残すものとして一四級九号を適用する。

エ 肩関節の痛み

当該症状の訴えが一貫していると捉えることは困難であり、後遺障害として評価することはできない。

(5)  既払い

被告から、合計三七四万八七八一円が支払われている(乙一四)。

二  争点

(1)  低脊髄圧症候群の発症の有無

(なお、前記症状の呼び名は種々であり、特に統一しない。)

(原告の主張)

原告は、社会保険中京病院(以下「中京病院」という。)で、診察を受け、頚椎MRI検査結果によって、脳脊髄液の漏出が認められた。同病院A医師は、原告の愁訴内容と頚椎MRIの所見から、低髄液圧減少症候群との診断をなした。

被告の主張するICHD―Ⅱ(国際頭痛分類第二版)の示す診断基準は必ずしも確立したものとはいえない。低髄液圧症候群はまだまだ医学界において未確定の部分が多く、何らかの基準に当てはまらないからといって低髄液圧症候群でないと直ちに結論づけるべきではなく、むしろ主治医の判断こそ尊重されるべきである。

中京病院では、MRミエログラフィー検査をなし、T2強調画像を得ており、平成一七年一二月一三日の頚椎部分については甲二四・レントゲンフィルム4のMRミエログラフィーに複数の蕾状の所見が見られ、また、平成一八年一月一二日撮影された腰椎部分については、甲二二レントゲンフィルム9のMRミエログラフィーの画像に複数の蕾状の所見が見られ、強疑所見があることが明らかである。診療録中の、明らかな髄液漏出を認めないとの記載は漏出の可能性を否定したものではない。

(被告の主張)

原告は、本件事故直後に低髄液圧症候群の特徴とされる起立性頭痛を訴えておらず、項部硬直、耳鳴、聴力低下、光過敏、悪心などの体位による症状の変化などの症状も訴えていない。日本神経外傷学会の頭部外傷に伴う低髄液圧症候群の診断基準(以下「日本神経外傷学会基準」という。)では、起立性頭痛又は体位による症状の変化が認められることが前提基準とされており、外傷後三〇日以内に前記症状が発症することが、外傷性と診断されるために必要とされている。

平成一七年一二月一三日及び平成一八年一月一二日に行われた中京病院のMRI検査によって明らかな髄液漏出はなかった。

原告の主張する、MRミエログラフィーの蕾状の所見は、正常人の腰部のMRミエログラフィーでも見られ、髄液漏出の所見とは限らない。

原告に、ブラッドパッチが行われたが、自覚症状の改善はなく、原告は二回目のブラッドパッチを拒否している。そして、ブラッドパッチ後、脊髄造影検査を行っておらず、脳脊髄液の漏出が止まったかを確認していない。原告は自覚症状面においても改善の効果がなかったことは明らかであり、ICHD―Ⅱ(国際頭痛分類第二版)の診断基準からしても、本件事故によって低脊髄圧症候群が発症したか甚だ疑問である。

このように、原告が本件事故直後に訴えていた自覚症状は、低髄液圧症候群の典型的な症状ではないこと、髄液漏出を裏付ける明らかな画像所見はないこと、低髄液圧症候群に対する治療として行われたブラッドパッチ療法の効果はないことなどを考えると、原告が本件事故によって低髄液圧症候群を発症したとは考えられない。

(2)  相当因果関係のある治療期間、症状固定時期

(原告の主張)

症状固定日は、平成一八年四月二二日である。後遺障害等級認定票添付の後遺障害事案整理票によっても、症状固定日は、平成一八年四月二二日となっており、平成一七年二月末というのは理由がない。

(被告の主張)

症状固定日は、とうかい整形外科すずかでの検査結果が正常であると診断されたころの平成一七年二月末と考えられる。原告の精神科クリニックにおける治療は、本件事故と相当因果関係はない。また、低髄液圧症候群が発症したとは考えられない以上、中京病院における治療は、本件事故と相当因果関係はない。接骨院への通院も医師の指示もなく、治療効果も疑問であり、本件事故との相当因果関係はない。

(3)  原告の後遺障害の有無、等級

(原告の主張)

原告には、以下の後遺症があり、それぞれ他覚的所見がある。仮に、低脊髄圧症候群が認められないとしても、原告に後記の後遺症があることが否定されるわけではない。

ア 原告には、感覚過敏、過覚醒、不眠、不安、フラッシュバックがあり、「神経系統の機能又は、精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」にあたり、九級一〇号に該当する。

イ 頚部痛、耳鳴り、右手シビレ感の症状については、低脊髄圧症候群の診断を受けた際、MRIなどにおいて異常所見が発見されており、局部に頑固な神経症状を残すものにあたることは明らかであり、一二級一三号に該当する。XP頚椎環軸椎間距離右三ミリメートル、左五ミリメートルは、頚椎の運動障害・頭痛をもたらす可能性があり、また、MRIでC4/5椎間板突出は頚部痛、右手のシビレ感が出る可能性がある。

頚椎部の運動障害については、SLR両側九〇度、両側上肢腱反射陽性、ホフマン反射、トレムナー反射陽性、運動障害二分の一以下の程度から見れば、脊柱に運動障害を残すものにあたり、八級二号に該当する。

ウ 腰部痛、右下肢シビレ感

本件事故直後から発生しており、その程度からすれば局部に頑固な神経症状を残すものとして評価すべきであり、一二級一三号に該当する。正常湾曲が消失しており、L4/5において椎間板の突出が見られる。S1が圧迫されており、アキレス腱反射の亢進をもたらしていることが推認される。L5/S1に白い点が見え、これが神経根を圧迫していることが推認される。

エ 肩関節の痛み

原告には、肩関節の痛みが当初からあり、一四級九号に該当する。

オ 以上のとおり、原告の後遺障害は、八級二号の脊柱に運動障害を残すものに加えて、一三級以上の他の後遺症があるから、併合七級として評価するのが相当である。

(被告の主張)

自賠責の事前認定では、原告の後遺障害は一四級に認定されている。

しかも、そのうち、感覚過敏、過覚醒、不眠、不安、フラッシュバックについては、原告は、本件事故前の、平成一〇年三月三日から平成一六年一二月七日まで清瀬心身クリニックで通院治療を受けており、前記症状はうつ病の症状であり、本件事故に起因するものではない。

また、腰部痛については、原告は本件事故時シートベルトをしており、本件事故によって腰部を打撲したものとは考えられず、腰部痛は本件事故によるものではない。

さらに、原告の主張する脊柱の運動障害については、八級二号の要件には該当しない。

(4)  損害額、心因的要素による減額

(原告の主張)

被告の心因的要素の主張は、被告の独自の想像に止まるものにすぎず、その主張には論理性も根拠もない。

(被告の主張)

原告の治療が長期化した原因として、原告の心因的要素が大きく影響しており、損害の五割を減額するのが相当である。

第三当裁判所の判断

一  原告の本件事故前、事故後の治療経過は以下のとおりである。

(1)  本件事故前

ア 清瀬心身クリニック

平成一〇年三月三日から平成一六年一二月七日まで通院

原告は、工場長であったところ、人員整理への対応及び海外出張を原因として不眠を訴え、うつ病の診断を受け、精神療法を受けている。

(2)  原告は、本件事故後、以下のとおり入通院した。

ア 山中胃腸科病院

平成一六年一〇月二八日から同月三〇日まで(実通院日数二日)

頭部、頚部、腰部打撲の診断を受け、頭部、頚部、腰部X―Pでも異常なし、頭部CTでも著変なし

イ むらしま整形外科

平成一六年一一月一日から平成一七年一一月二四日まで(実通院日数二二九日)

外傷性頚部症候群、両肩打撲、腰椎捻挫、頭部打撲の診断を受け、Xp頚椎 環軸椎間距離右三mm左五mm Xp腰椎特記事項なし(平成一六年一二月九日付け診断書)

外傷性頚部症候群、両肩打撲、腰椎捻挫、頭部打撲、両肩関節周囲炎の診断を受けている(平成一七年一月一二日付け診断書)。

外傷性頚部症候群、両肩打撲、頭部打撲、両肩関節周囲炎、背部痛、腰椎椎間板障害の診断を受け、Xp胸椎Th3/4狭小化+と記載されている(平成一七年三月一〇日付け診断書)。

さらに、外傷性頚部症候群、両肩打撲、頭部打撲、両肩関節周囲炎、背部痛、腰椎椎間板障害、頚椎椎間板障害の診断を受け、頚椎MRI C4/5椎間板軽度突出+と記載されている(平成一七年四月一二日付け診断書)。

腰椎MRI L4/5椎間板突出+と記載されている(平成一七年七月九日付け診断書)。

むらしま整形外科医師作成の自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書(以下「後遺障害診断書」と略する。甲一四の一の一)には、症状固定日平成一七年一一月二四日、傷病名腰椎椎間板障害L4/5、L5/S、外傷性頚部症候群、両肩関節周囲炎となっており、他覚的所見の結果欄には、「MRI L4/5、L5/Sで椎間板に障害+ L4/5で突出+ MRI C4/5椎間板突出 ホフマン反射 トレムナー反射両側陽性 両上肢腱反射(上腕二頭筋腱反射、三頭筋腱反射、腕橈骨筋腱反射)亢進、両肩関節運動時轢音+、両膝蓋腱反射両側低下」と記載されている。

ウ とうかい整形外科すずか

平成一七年二月二一日から同年六月七日(実通院日数一一日)

原告は、ラセーグテスト-、筋力正常、知覚正常、下肢腱反射正常、腰椎に叩打痛訴える、上肢腱反射正常、ホフマン反射-、知覚正常、ジャクソン及びスパーリングテスト+で、頚椎捻挫、腰椎捻挫の診断を受けている。

エ 中京病院

平成一七年一一月二八日から平成一八年四月二〇日まで(実通院日数四日、入院日数四日)

平成一八年二月二日付けで低髄液圧症候群の診断書が作成されている。

中京病院A医師は、自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書を作成し(甲一四の二)、症状固定日は平成一八年四月二〇日、傷病名は低脊髄液圧症候群、自覚症状は背部痛、腰部痛、肩痛、頭痛であり、他覚症状および検査結果欄に「他覚的には異常なし、MRIにて髄液の漏出を認める」と記載されている。

(精神科関係)

オ 森本メンタルクリニック

平成一六年一二月二一日から平成一七年一一月三〇日まで(実通院日数二七日)

不安障害、うつ状態の診断を受けている。

カ あらたまクリニック

平成一八年二月八日から同年一〇月一〇日まで(実通院日数二一日、平成一八年四月二二日までの実通院日数は九日)

原告は、不眠症、うつ病の診断を受けている。

あらたまクリニック医師は、自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書を作成し(甲一四の三)、症状固定日平成一八年四月二二日、傷病名として外傷後ストレス障害による抑うつ、不安状態、不眠、自覚症状として、「平成一六年一〇月二八日、交通事故後、感覚が過敏、過覚醒となり、不眠、不安、フラッシュバック様の侵入的想起などが出現、現在まで持続している」と記載されている。

(接骨院関係)

キ いのう接骨院

平成一六年一二月一日から同月八日まで(実通院日数七日)

ク 仲野整体整骨本院

平成一七年四月六日から同年五月二三日まで(実通院日数二六日)

ケ 鈴鹿医療科学大学附属鍼灸院

平成一七年六月一三日から同年八月二三日まで(実通院日数一五日)

二  争点(1)(低脊髄圧症候群の発症の有無)について

(1)  証拠(原告、後掲各書証)によれば、以下の事実が認められる。

ア 原告は、昭和二九年八月一〇日生まれであり、平成一六年一〇月二八日、赤信号で停車中、左前方に頭をかしげた形でラジオのチューナーをしていた時、被告車に追突された。原告は、最初前につんのめり、さらに後ろのヘッドレストを越えて、センターピラーに右側頭部を打った。なお、原告は時速六〇キロメートルで衝突された旨供述するが、被告車は急ブレーキを掛けており(甲二)、衝突の程度はそれよりも小さいものと推認される。

イ 原告は、中京病院で低脊髄圧液症候群の診断を受けているが、中京病院の診療録には、以下の記載がある。

診断名は低脊髄圧液症候群となっている(乙五・六頁)。

平成一七年一二月一三日に、頚部MRIの検査がなされた(甲二四、乙五・一二頁)。画像報告書では、明らかな髄液漏出所見なしとされている(乙五・一五頁)。

A医師から原告に、MRIで脳の下方への偏移があり、頚椎のMRIでは少し脳脊髄液が外に漏れている所見が見られ、髄液の圧が下がっている可能性がありますとの説明がなされた(検査・治療についての説明・同意書<乙五・二〇頁>)。

平成一八年一月一二日に、MRIの検査がなされた(単純、腰椎、腰髄、Sag{T1、T2}+Tra{T2}+Myelo、甲二二)。画像診断報告書には、明らかな髄液漏出像-と診断された(乙五・一四頁)。

原告は、平成一八年二月二日から同月五日まで入院し、同月二日、ブラッドパッチを受けた(乙五・二四頁)。経過記録―Ⅰの二月二日欄には、「ブラッドパッチ後頭すっきり感あり、症状なくなる」と記載されているものの、二月三日欄には、「あんまり変わらないかなー。」、二月四日欄には「まあそうはよくなってない気がするけど。」と記載されている(乙五・二四頁)。薬剤管理指導記録には、二月三日欄に「症状あまり変わらない」と記載されて(乙五・二五頁)、退院・転科要約には、入院経過欄に「腰部より約五〇ml注入。施行後、症状は若干の改善を認めた。」旨記載されている(乙五・二七頁)。その後、ブラッドパッチはなされていない。ブラッドパッチ後のMRIの検査はなされていない。

ウ 原告の供述

本件事故の後、立ち上がった時に頭痛がすることはない。

ブラッドパッチ手術によって症状は改善されなかった、症状変化なかった。医師からは首と腰の二か所から脳髄液が漏れていると説明があった。

エ 基準

(ア) 日本神経外傷学会基準(乙一一)

① 起立性頭痛または体位による症状の変化

② 以下の三つのうちの一つがある。

・ 造影MRIでびまん性硬膜肥厚増強

・ 腰椎穿刺にて低髄液圧(六〇mmH2O以下)の証明

・ 髄液漏出を示す画像所見

③ 外傷後三〇日以内に発症し、外傷以外の原因が否定的

(イ) ICHD―Ⅱ(国際頭痛分類第二版)の診断基準

A 頭部全体および・または鈍い頭痛で、座位または立位をとると一五分以内に増悪し、以下のうち少なくとも一項目を満たし、かつDを満たす。

項部硬直、耳鳴、聴力低下、光過敏、悪心

B 少なくとも以下の一項目を満たす。

・ 低髄液圧の証拠をMRIで認める。

・ 髄液漏出の証拠を通常の脊髄造影、CT脊髄造影、または脳槽造影で認める。

・ 座位髄液初圧は六〇ミリ水柱未満

C 硬膜穿刺その他髄液瘻の原因となる既往がない。

D 硬膜外血液パッチ後、七二時間以内に頭痛が消失する。

(ウ) 脳脊髄液減少症研究会作成の脳脊髄液減少症ガイドライン二〇〇七

頭部MRI、MRミエログラフィー所見は参考所見にとどめ、RI脳槽シンチが最も信頼性の高い画像診断法であり、下記の一項目を満たせば髄液減少症と診断できるとし、①早期膀胱内RI集積、②髄液漏れ像(クモ膜下腔外にRIが描出される)、③RIクリアランスの亢進を挙げている。

(2)  ところで、低髄液圧症候群については、交通事故との因果関係を含めて議論のあるところであり、かかる場合現在の時点で学会等で一般的に認められている基準によるのが相当であり、日本神経外傷学会が公表している診断基準(乙一一)によることが妥当である。

そこで、以下前記基準に従って検討する。

前記認定のとおり、原告には、起立性頭痛は見られていないし、体位による症状の変化を訴えたようなことも認められない。

また、MRI検査で、原告は甲二二、二四による漏出が認められる旨主張するが、診療録では明らかな髄液漏出はみられないと記載されている。この点、原告代理人に対し、松原医師は、検査当時低髄液圧症候群の診断に必要なMRI読映の記載方法を把握していなかったために過ぎず、現在では「nerve root sleeveが拡張している」という記載になると説明し、明らかな漏出は認められないという記載は、漏出の可能性を否定したものではなく、脳脊髄減少研究会ガイドライン作成委員会のMRI所見にいう明らかな漏出像がないとしたに止まり、漏出を疑わせる所見がないということを意味したものではない、本検査によれば、漏出を疑わせる所見は明らかに認められる、と説明している(原告第四準備書面)。しかし、原告において前記ガイドラインでいう明らかな漏出はなかったものであり、また、甲二二、二四では髄液の漏出は認められない、nerve root sleeve(神経根嚢)の拡張は髄液漏出とは全く関係ないとの意見もあり(乙八)、前記事情に照らすと、甲二二、二四をもって、髄液の漏出があったと認めることはできない。

前記認定のとおり、原告には、ブラッドパッチの効果が認められない。

以上の事情に照らすと、日本神経外傷学会基準に該当せず(なお、ICHD―Ⅱの基準にも該当しない。)、原告において低髄液圧症候群を発症したと認めることはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

三  争点(2)(相当因果関係のある治療期間、症状固定時期)について

(1)  原告の治療経過は前記認定のとおりである。

(2)  整形外科

原告は、整形外科の治療を受け、むらしま整形外科で平成一七年一一月二四日の症状固定の後遺障害診断を受けている。原告はその後、中京病院で治療を受けているが、前記のとおり低髄液圧症候群とは認められず、ブラッドパッチ治療も効果がなかったものであり、中京病院での治療は本件事故との間に相当因果関係を認めることはできない。したがって、整形外科の症状固定時は平成一七年一一月二四日と認められる。被告は、とうかい整形外科すずかでの検査結果が正常であると診断された時点で症状固定となった旨主張するが、とうかい整形外科すずかは、その後も治療、リハビリを続け、むらしま整形外科でも治療を継続してきたものであって、平成一七年二月末をもって症状固定と認めることはできない。

(3)  精神科

また、精神科の治療について、原告は、本件事故以前に清瀬心身クリニックで、不眠により治療を受けており、前記症状のうち、不眠については本件事故と相当因果関係があるものとは認められない。

しかし、不眠以外の症状は、清瀬心身クリニックでの治療期間には見られず、本件事故以前にはみられなかった症状であり、本件事故と相当因果関係が認められる。そして、症状固定時期は、森本メンタルクリニックでも平成一七年一二月九日継続となっており、約二か月後にあらたまクリニックへ通院しており、あらたまクリニック医師作成の後遺障害診断書記載のとおり、平成一八年四月二二日と認められる。

(4)  接骨院

いのう接骨院、仲野整体整骨本院、鈴鹿医療科学大学附属鍼灸院での治療については、とうかい整形外科すずかにおいてリハビリ、ハリ治療がなされており、前記各院での医療に医師の指示があったと認めるに足る証拠はなく、また、治療の成果があがったとも認められず、相当因果関係があるものとは認められない。

四  争点(3)(原告の後遺障害の有無、等級)について

(1)  感覚が過敏、過覚醒、不安、フラッシュバック様に侵入的想起については、本件事故によるものであり、かかる精神症状は、本件事故に起因し、残存したものと捉えられる。非器質性精神障害のため軽微な障害を残すものとして一四級九号を認定する。

原告は九級を主張しているが、原告は、本件事故後も従前の会社に勤務し、後記休業損害で記載のとおり欠勤等があり、同期と比べ収入に差が出てきているものの、仕事を継続しており、九級でいうところの労働能力が三五パーセント喪失されたと認めるに足る証拠はない。

(2)  頚部痛、耳鳴り、右手シビレ感の症状

耳鳴り、右手シビレ感については、これを裏付ける所見に乏しく、他覚的に証明されたものとは認められない。

しかし、頚部痛については当該症状は一貫しており、当該症状が現在も残存し、局部に神経症状を残すものとして一四級九号を適用する。

ところで、前記認定のとおり、原告には、XP頚椎環軸椎間距離右三ミリメートル、左五ミリメートル、また、MRIでC4/5椎間板が突出している所見が認められる。しかし、原告の症状が低髄液圧症候群とは認められないことは前記のとおりであり、また、前記の椎間板距離、C4/5椎間板突出(軽度突出との記載もある。)も本件事故によるものか否か明確ではなく、神経を圧迫しているかも明確ではなく、これをもって器質的変化があると認めることはできない。

また、原告は、頚椎部の運動障害について、SLR両側九〇度、両側上肢腱反射陽性、ホフマン反射、トレムナー反射陽性、運動障害二分の一以下の程度から見れば、脊柱に運動障害を残すものにあたり、後遺障害八級二号に該当すると主張する。

そして、むらしま整形外科の後遺障害診断書(診断日平成一七年一一月二四日、甲一四の一の一)には、頚椎につき前屈二〇度、後屈一五度となっており、「神経学的所見の推移について」(甲一五の一の一)では、平成一六年一一月一日、平成一七年五月一〇日、同年一一月二四日で、いずれも腱反射、知覚障害が異常(ただし、知覚障害につき最初の二回は未施行)とされている。しかし、他方、とうかい整形外科すずかの「神経学的所見の推移について」(甲一五の二の一・二)では、平成一七年二月二一日、同年六月七日において、腱反射、知覚障害はいずれも正常とされており、前記むらしま整形外科の頚椎部の結果とは食い違い、むらしま整形外科の頚椎部の運動制限の数値をそのまま採用することはできない。

さらに、原告には、後遺障害八級はその要件が決まっているところ、骨折部の変形治癒などの物理的制限は存在せず、脊椎固定術のための固定部の物理的制限が残存する場合に当たらず、筋肉の断裂等明らかな器質的変化が認められ、筋肉の硬直のための物理的制限が残存する場合に該当せず、結局後遺障害八級には該当しないものと言わざるを得ない。

(3)  腰部痛、右下肢シビレ感

これらにつき、本件事故以前に原告にかかる症状があったとは認められず、本件事故によるものと認められる。

前記認定のとおり、原告は、L4/5、L5/Sの腰椎椎間板障害、L4/5において椎間板の突出の診断を受けている。しかし、本件事故による腰部への衝撃は必ずしも明確ではなく、前記症状が本件事故によるものとも即断できず、したがって、明らかな器質的損傷は認めがたく、明らかな神経への圧迫等異常所見を認めることもできない。

したがって、腰部痛、右下肢シビレ感につき、局部に神経症状を残すものとして一四級九号に該当するものと認められる。

(4)  肩関節の痛み

むらしま整形外科で、平成一六年一二月九日に両肩関節周囲炎の診断がなされ、同整形外科で平成一六年一一月一日両肩打撲の診断があり、とうかい整形外科すずかでも平成一七年二月二一日付け問診票に両肩に○が付けられ肩の痛みは訴えており、肩関節の痛みではないものの、これをもって当該症状の訴えが一貫していないとまでは捉えることはできず、肩関節の痛みにつき、後遺障害として一四級に該当するものと認められる。

(5)  以上のとおり、原告の後遺障害は併合一四級に該当するものといえる。

五  争点(4)(損害額、心因的要素による減額)について

(1)  治療費(請求四四万九〇〇八円) 二一一万〇四六五円

前記認定のとおり、山中胃腸科病院、むらしま整形外科、とうかい整形外科すずか、森本メンタルクリニック、あらたまクリニック(ただし、症状固定の平成一八年四月二二日まで)での治療との間に相当因果関係があり、《証拠省略》によれば、前記各病院等での治療費合計は二一一万〇四六五円となる(あらたまクリニックの分は二二五〇円<甲四三の一〇・一一の合計額>の九回で計算した。)。なお、既払い額控除の関係で保険会社が病院等に直接支払った分も治療費の中に計上する。

(2)  交通費(請求四万一六八一円) 二万九一二〇円

《証拠省略》によれば、交通費(ガソリン代、地下鉄代)は合計二万九一二〇円となる。

(3)  休業損害(請求一八五万四三九四円) 七八万四三九四円

《証拠省略》によれば、原告は平成一六年七月ないし九月(稼働日計六一日)に本給合計一九〇万五〇〇〇円、付加給六万二二七〇円を得ており、平成一六年一〇月から一二月までに、欠勤二四日、有給休暇一二・五日をとったこと、本給につき三九万二二二一円の支給があったことが認められる。なお、原告は平成一七年一一月一日から同年一八年三月三一日までの期間に欠勤、有給休暇をとっているが、これは中京病院での検査、ブラッドパッチ治療のためであり、これは相当因果関係が認められない。

そうすると、休業損害としては、以下の計算式により七八万四九一五円となる。

(一九〇万五〇〇〇円+六万二二七〇円)÷六一日×(二四日+一二・五日)-三九万二二二一円

(原告の請求 <一九〇万五〇〇〇円+六万二二七〇円>÷六一日×<二四日+一二・五日+一〇日+一一日>)

(4)  逸失利益(請求七一一三万八〇三〇円) 四三五万〇四六三円

原告は、平成一五年当時年収一一二六万七七一三円を得ていたことが認められる。そして、原告は、後遺障害一四級の後遺症を残し、労働能力を五パーセント喪失しており、その喪失期間は神経症状が多面にわたっていることを考慮すると、一〇年と認める。

そうすると、逸失利益は、以下の計算式により、四三五万〇四六三円となる。

一一二六万七七一三円×〇・〇五×七・七二二(一〇年のライプニッツ係数)

(原告の請求 一一二六万七七一三円×〇・五六×一一・二七四<一七年のライプニッツ係数>)

(5)  入通院慰謝料(請求一七二万円) 一七〇万円

原告は、本件事故により傷害を負い、平成一六年一〇月二八日から平成一八年四月二二日まで約一年六か月通院し、その他本件で現れた諸事情を考慮すると、通院慰謝料は一七〇万円と認める(なお中京病院の入通院分は相当因果関係が認められず、考慮しない。)。

(6)  後遺症慰謝料(請求一一〇〇万円) 一一〇万円

原告は、本件事故により、後遺障害一四級の後遺症が残り、その他本件で現れた諸事情を考慮すると、精神的慰謝料額は一一〇万円と認める。

(7)  以上合計 一〇〇七万四四四二円

(8)  心因的減額

原告は、本件事故前にうつ病で通院しており、本件事故後の治療等にその影響があったものと推認され、全損害の一割を減額するのが相当である。

一割を減額すると、九〇六万六九九七円となる。

(9)  既払い

既払い額三七四万八七八一円を控除すると、五三一万八二一六円となる。

(10)  弁護士費用(請求八五〇万円) 五三万円

本件訴訟の経緯等に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は五三万円と認める。

(11)  以上合計 五八四万八二一六円

六  結論

よって、原告の本件請求は、主文の限度で理由がある。

(裁判官 德永幸藏)

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