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名古屋地方裁判所 平成19年(ワ)2381号 判決 2010年3月25日

住所<省略>

原告

同訴訟代理人弁護士

岩本雅郎

住所<省略>

被告

同訴訟代理人弁護士

齋藤祐一

三浦繁樹

大森隆一

主文

1  被告は,原告に対し,2159万9978円及びうち2144万9496円に対する平成22年1月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを10分し,その7を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  被告は,原告に対し,2683万9640円及びこれに対する平成16年6月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

第2事案の概要

1  本件は,訴外トリフォ株式会社(原告の取引当時の商号は太陽ゼネラル株式会社であり,本件訴訟係属中に破産手続開始決定を受けた。以下,「破産会社」という。)を通じて商品先物取引を行っていた原告が,同社の従業員であり,上記取引を担当していた被告の不法行為により,本件取引において損害を被ったとして,被告に対し,民法709条に基づいて,損害合計2683万9640円(差引損相当額2283万9640円,慰謝料100万円及び弁護士費用300万円)及びこれに対する本件取引が終了した日である平成16年6月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

2  前提事実(当事者間に争いがないか,以下の各項に掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定することができる事実)

(1)  当事者等

ア 原告は,取引当時,45歳で,a株式会社(以下「a社」という。)に工員として勤務しており,破産会社を通じて商品先物取引をするまでに,先物取引や証券取引を行った経験を有しなかった(甲第12号証)。

イ 破産会社は,国内において公設された商品先物取引市場における上場商品の売買及び売買取引の受託等を業務目的とする株式会社であった。

ウ 被告は,平成10年ころ,破産会社に入社し,平成15年12月ころから,破産会社名古屋支店の支店長の地位にあり,破産会社の登録外務員として,原告との取引を担当した(被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨)。

(2)  取引の経過

ア 原告は,平成15年5月15日,商品先物取引を開始し,平成16年6月18日,同取引を終了した。原告の取引の経過は,別紙「売買取引一覧表」のとおりである(以下,この取引を「本件取引」という。)。

イ 本件取引の担当者は,破産会社名古屋支店係長のA(以下「A」という。),同係長のB(以下「B」という。),同支店長補佐のC(以下「C」という。)及び被告の4名だった(丙第14号証の1,2。以下,これら4名を総称して「担当者ら」という。)。当初,Aが原告を勧誘したが,本件取引開始以後は,Bが担当者となり,その後,本件取引の担当者は,BからCに交替し,さらに,Cから被告に交替した。

ウ 原告は,破産会社に対し,別紙「委託証拠金目録」記載のとおり,合計3850万円の証拠金を預託し,本件取引の終了に伴い,833万1570円の返還を受けた。

(3)  本件訴訟の経過

ア 原告は,当初,本件訴訟において,被告のほか,破産会社,A,B,Cも相手として,破産会社に対しては,使用者責任に基づき,A,B及びCに対しては,組織的な一連の不法行為が成立するとして,各損害賠償を請求していたが,破産会社については,本件訴訟係属中の平成19年9月7日午後5時に破産手続開始決定がされ,同社の破産管財人が本件訴訟を受継した。

イ 原告は,平成20年9月10日,破産会社から,中間配当金として120万6737円を受領し,また,本件訴訟において,破産会社の破産管財人,A,B及びCとの間で,それぞれ和解し,各和解に基づく解決金として,平成21年9月16日に破産会社から90万5053円を,同年10月15日にAから250万円を,同年12月3日にCから270万円を,平成22年1月29日にBから1万7000円をそれぞれ受領した(弁論の全趣旨)。

3  争点

(1)  本件取引の勧誘,受託行為の違法性

(2)  被告の責任

(3)  損害(過失相殺を含む。)

4  争点についての当事者の主張

(1)  争点(1)(本件取引の勧誘,受託行為の違法性)について

(原告の主張)

ア 適合性原則違反

(ア) 担当者らは,平成16年法律第43号による改正前の商品取引所法(以下,単に「法」という。)136条の17,136条の25第1項4号,受託等業務に関する規則(以下「受託等業務規則」という。)3条,5条1項1号及び受託業務管理規則制定にかかる受託業務ガイドライン(以下「受託業務ガイドライン」という。)5項2号に基づき,原告に対し,原告の投資知識・経験,投資目的,投資資力等を十分に把握し,それらに適合した投資勧誘を行うべき業務上の注意義務を負っていた。

(イ) 原告は,本件取引当時,45歳で,昭和53年にb高校商業科を卒業し,アルバイト,家具店勤務を経た後,a社に工員として勤務しており,年収は税込み約500万円弱であった。原告は,これまでに先物取引の経験がなく,証券取引も現物・信用とも経験がなかった。

また,原告には,吃音癖があって自分の思うところをうまく表現できないばかりか,意思が弱いところもあって,担当者らに頼った取引をせざるを得ず,値洗いの悪い状態が長く続いていたにもかかわらず本件取引を止めることができなかった。

(ウ) 原告は,朝9時から夜9時まで流れ作業のラインで勤務しており,職場には同僚の目があったことから,勤務時間中の携帯電話の連絡に対して,自分で受発注を判断するような時間的・精神的な余裕がなかった。もともと,商品先物取引は価格変動の激しい投機であって,原告の勤務体制が変動の激しい商品先物取引と相容れないのであるから,原告が未経験者であることをあわせ考えると,原告には適合性がなかったといえる。

(エ) 原告が破産会社に預託した金員は,当初は,原告自身の郵便局・定額貯金であったが,取引量が急激に増加し,自己の資金が底をついてからは,原告の妻の預金や簡易保険の満期金,そして生活費であった。原告が平成16年3月3日以降に入金した合計2050万円の資金は,妻からの借入れである。

原告夫婦には子供がなかったので,老後の生活資金として貯蓄をしていたが,そのほぼ全額が本件取引に投入され,原告一家の蓄えはほとんどなくなってしまったもので,投入資金についても,原告には適合性がなかったといえる。

(オ) したがって,担当者らの勧誘,受託行為は,適合性原則に違反する違法行為である。

イ 再勧誘の禁止違反

(ア) 法136条の18第5号,同法施行規則(以下「施行規則」という。)46条5項は,商品市場における取引の委託につき,勧誘した顧客でその委託をしない旨の意思を表示したものに対し,勧誘すること(再勧誘)を禁止する。

(イ) しかしながら,Aは,原告が幾度も断り続けたにもかかわらず,金を買えばもうかるなどとしつこく商品先物取引の勧誘を行った。これは,再勧誘に該当する違法行為である。

ウ 説明義務違反

(ア) 原告は,商品先物取引の知識,経験及び経済的判断力を有していなかったのであるから,担当者らは,法136条の19,受託等業務規則5条1項4号に基づき,商品先物取引の仕組みとその危険性について「商品先物取引委託のガイド」を提示しつつ分かり易く説明するとともに,一定の投資方針(投資手法)を提案・勧誘するのであれば,その仕組みと危険性についても分かり易く説明して,原告の十分な理解を得なければならない義務(説明義務)を負っていた。

(イ) しかしながら,Aは,原告に対して,今なら必ずもうかる旨を強調するだけで,商品先物取引の仕組や危険性について何ら説明をしなかったもので,上記説明義務に違反したといえる。

(ウ) Bも,原告に対して,両建等があたかも危険性を回避したり将来損を回復するのに有効な手段であるかのごとき誤った説明をして,損失の危険性を隠ぺいするなど,上記説明義務に違反したといえる。

(エ) C及び被告も,原告の意思を無視した過当過度な取引,無意味な両建の繰り返しを主導しており,危険性の説明義務に違反したといえる。

(オ) したがって,担当者らの勧誘,受託行為は,説明義務に違反する違法行為である。

エ 断定的判断の提供

(ア) 法136条の18第1号は,商品市場における売買取引につき,顧客に対し,利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供してその委託を勧誘することを禁止する。

(イ) しかしながら,Aは,平成15年4月末ころ,金を買えばもうかるなどと原告に対して述べ,Bも,同年5月上旬ころ,金は安定している,同年5月21日ころ,値動きの大きい白金の方が金よりももうかる,同年6月20日ころ,1日で売り買いすると手数料は半分になり,もうかる,同年8月18日ころ,もう天井だからさらに売ったらどうか,過去の例ではこれから下がるなどと原告に対して述べたもので,A及びBは,断定的判断を提供という違法行為をしたといえる。

(ウ) C及び被告は,取引の引き継ぎ後も,原告に損が発生し,困惑狼狽し損を取り戻したいとの心理状態を利用して,取引を続ければあたかも必ず取り戻せるかの如き言辞で更に出捐を勧誘し,断定的判断の提供という違法行為をしたといえる。

オ 過当過度な取引(新規委託者保護義務違反を含む)

(ア) 受託等業務規則8条,受託業務ガイドライン5項2号は,顧客が未経験者である場合について,受託取引数量を制限するなど特段の管理措置を講ずることを求めており,これを受け,破産会社も,同社の受託業務管理規則7条において,取引経験が3か月未満の者からの受託にあたっては,委託者保護の徹底とその育成のため,当該委託者の資質・資金等を考慮の上,相応の建玉枚数の範囲内においてこれを行うものと定めていた。

原告は,これまでに商品先物取引の経験は無く,証券取引も現物・信用とも経験はなかったのであるから,担当者らは,原告に対し,取引の初歩から習熟させる義務を負担していたといえる。

(イ) しかしながら,担当者らは,平成15年5月15日の契約締結日に,原告が,「御本人確認依頼書」において,預貯金1000万円との資産状況を告知し,投資可能額を600万円と申告したことから,原告が新規委託者であるにもかかわらず取引を拡大し,初回建玉からわずか12日目である同月27日には,白金を両建(売19枚-買19枚)して,合計38枚(228万円に相当)の投資を行わせて,20枚を超過し,さらに,平成15年6月2日には,500枚までの建玉申請書を作成させた。金の取引を前提とすると,1枚6万円であるから,500枚まで建玉を可能にすることで,投資可能額を3000万円にまで拡大したものともいえる。特に被告は,担当となっていた48日間という短期間に,当時値洗いがかなり悪い状態が続いていたにもかかわらず,原告に対し1850万円もの出捐をさせ,過当過大な取引や無意味な両建を主導した。

(ウ) この間,原告が取引の知識や経験を習得したという客観的な事実はなく,担当者らの勧誘,受託行為は,新規委託者保護義務に違反する過当過度な取引といえ,違法行為である。

カ 一任売買(実質的一任売買)

(ア) 法136条の18第3号,受託契約準則(以下「準則」という。)6条により,委託者から具体的内容の売買指示を受けないで売買注文を受託し,これを執行すること(一任売買)は,違法な行為として,禁止されているが,その禁止の趣旨・目的は,委託者の利益を害する蓋然性が高いことにある。かかる趣旨・目的に照らせば,実質的一任売買もまた,違法な行為といえる。

(イ) しかしながら,B,C及び被告が担当した取引のうち,勤務日に受発注したものの割合は約40パーセントであるところ,原告は,本件取引当時,朝9時から夜9時まで流れ作業のラインで勤務し,勤務時間中の携帯電話の連絡に対して,自分で相場の受発注を判断するような時間的・精神的な余裕がなかったのであるから,勤務日の受発注は,実質的には一任売買といえる。このことは,勤務日でない日の受発注についても,実質的な一任売買であることを推認させる。

キ 両建の勧誘

(ア) 法136条の18第5号,施行規則46条11号は,商品取引員が,顧客に対し,特定の商品等の売付け及び買付けとこれらの取引と対当する取引の数量及び期限を同一にすること(両建)を禁止する。また,両建的取引(類似商品の売建玉と買建玉や,限月に差をもたせた商品の売建玉と買建玉を同時期に保有する取引)も,証拠金や手数料が余分に必要となることは,両建の場合と同様であり,不適切な取引方法といわざるを得ない。

(イ) しかしながら,B,C及び被告は,原告に対して,「防衛する」とか「守る」などという言葉を使って,両建が,あたかも危険性を回避したり,将来損を回復するのに有効な手段であるかのような誤った説明をして,商品先物取引の危険性を積極的に隠ぺいしつつ,両建を続けさせ,しかも,損失幅の大きい建玉を放置したまま両建を行っていた(因果玉の放置)。

ク 無意味な反復売買

(ア) 無意味な反復売買は,無断売買や一任売買を伴い,取引外務員が手数料稼ぎのために指導的役割を果たすものであるから,その違法性は明確である。

(イ) 本件取引において,取引は全部で160回あるが,そのうち特定売買(両建,売(買)直し,途転,手数料不抜け,日計り)は49回あり,本件取引における特定売買比率は約30パーセントとなる。担当者らは,一任売買に基づき,特定売買を行って,原告の売買益より破産会社の手数料収入を優先させたといえる。

ケ 利幅の低い取引

(ア) 利幅の低い取引は,真に委託者の利益を意図したものではなく,手数料収入を優先させたものであるから,担当外務員にはこのような取引を回避する義務がある。

(イ) しかしながら,注文伝票毎に原告の仕切り回数を調べると合計52回あり,このうち,仕切りによって売買益がでたのは35回であり,売買損となったのは17回であり,売買益となったのは売買損となったものより2倍程度であるものの,売買益よりも手数料の方が多い仕切りが35回のうち20回(約57パーセント)もある。また,売買損の仕切り17回の一取引あたりの売買損金額は,平均すると278万2676円となり,売買益の仕切り35回の一取引あたりの売買益金額平均89万6629円と比較すると,約3倍になっている。しかも,損の取引は,益の取引と比較すると,取引期間が非常に長い。このように,担当者らは,利幅の低い売買を短期間で繰り返していたといえる。

コ 証拠金規制違反(無敷・薄敷)

(ア) 法97条は,商品取引員が,委託者から担保として証拠金を受けなければならない旨を定め,これを受けて,準則10条2項は,建玉するには委託証拠金を預託したうえで注文しなければならない旨を規定しており,証拠金の全額(無敷),又は一部(薄敷)の預託を受けないで建玉することは禁止されている。

(イ) しかしながら,本件取引における平成16年3月10日の白金の50枚新規買建玉は,証拠金なしで建てられており,禁止される無敷にあたり,違法行為である。

サ 仕切りの拒否・回避

(ア) 施行規則46条5号,同10号,商品市場における取引の委託につき転売又は買戻しにより決済を結了する旨の意思を表示した顧客に対し,引き続き当該取引を行うことを勧め又は新たな取引を勧めること(仕切りの拒否・回避)を禁止している。

(イ) しかしながら,原告は,少なくとも,平成15年12月18日,平成16年3月8日,同年4月21日,同年6月18日の4回,取引を止める意思表示をしたが,平成15年12月18日についてはC,その余の3回については被告が,原告の意思の弱さにつけこみ,両建の手法を中心とした巧みな勧誘により,取引を止めさせず,原告を商品先物取引から離脱させないように仕向けたものである。これは,仕切りの拒否・回避にあたる違法な行為である。

シ 客殺し商法

(ア) 破産会社と兄弟会社であった東京ゼネラル株式会社(以下「東京ゼネラル」という。)は,向い玉による客殺し商法を組織的に行い(名古屋高等裁判所平成19年12月19日判決参照),出金(返還)規制をしていたほか,進捗率(預託を受けた証拠金のうち,返還しなくてもよい名目に転化した分の比率を表す)を促進するため,報酬(歩合)制度を採用して外務員を動機づけたり,毎朝のミーティングで委託者管理表及び実績表を営業担当者に配布して,営業成績向上について督励したりしていた。

(イ) 破産会社も,東京ゼネラルと同様に,客殺し商法を行っていたと考えられる。

(被告の主張)

ア 適合性原則に違反しないこと

(ア) 原告は,本件取引の開始に際し,自ら作成した「御本人確認依頼書」において,年収500万円以上であり,預貯金は1000万円あると申告している。また,Aの説明に対しても理解力を示し,かつ各取引においても判断力を示していたものであり,適合性に欠けるところはない。

また,担当者らは,原告と普通に会話をしていたものであり,原告に吃音癖があることには全く気がつかなかった。

(イ) 担当者らは,原告の勤務体制について聞かされていなかった。

担当者らは,原告の携帯電話に電話することで,原告と連絡を取り合っていたが,原告から,「忙しいときはかけ直す。相場は情報が命なので,急に入ったニュースでもすぐ知らせてほしい。」等と言われたことがあり,また,情報を入れるのが一歩遅れたために利益を取り損ねたと言って怒られたこともあったため,原告とかなりの頻度で連絡を取り合っていたものである。

(ウ) 担当者らは,原告がいかなる資金をもって本件取引を行っていたのかについて,全く知らなかった。

イ 再勧誘の禁止に違反しないこと

Aは,契約に至るまでの間,原告から,商品先物取引について,興味がないし,やる気もないと言われたり,電話や訪問を断られた事実はないもので,再勧誘を行った事実は存在しない。

ウ 説明義務に違反しないこと

(ア) Aは,取引開始時に,原告に対し,「商品先物取引委託のガイド」(乙第5号証の1,2)などを用いて商品先物取引の危険性について十分な説明をなしたものである。原告は,Aから,上記ガイドの交付を受けているから,その後,読み返すこともできたはずである。

Aは,平成15年3月19日ころ,原告に電話をして,商品先物取引の勧誘をし,同年4月12日ころにも,原告に電話をして,ガソリンの商品先物取引の説明をしたところ,訪問の承諾をもらったので,同日,原告の自宅を訪問の上,ガソリンの商品先物取引について説明した。その後,同年5月6日にも,原告に電話をし,金の先物取引について説明し,翌日訪問することの了解を得たので,同年5月7日に原告宅を訪問し,金の先物取引について説明をした。そして,Aが,同年5月14日,原告と電話で話したところ,原告が金17枚102万円の投資をするということが決まり,同年5月15日,訪問の上,上記ガイドに基づいて商品先物取引の仕組みの説明をし,利益や元本が保証されていないことなどの危険性,証拠金の種類や性質,特に追証拠金,決済について説明した。原告は,御本人確認依頼書を作成し,申込書には投資可能額600万円と記入し,受領書には相場が予想と逆行した場合の対処方法である仕切り,追証,難平,両建を理解したと記入し,取引は自己の判断と責任で行うことも確認した。Aが,商品先物取引の仕組みや危険性などについて,全く説明しないということはあり得ないことである。

(イ) その後の取引を担当したB,C及び被告も,個々の場面において,対処方法とあわせて,商品先物取引の危険性を説明しているのであり,その説明に欠けるところはない。

エ 断定的判断の提供がないこと

AないしBが,原告に対し,必ずもうかるなどと言って,断定的判断を提供して取引を勧誘した事実はない。

オ 過当過度な取引(新規委託者保護義務違反を含む。)がないこと

(ア) 商品取引員は,顧客の注文を執行する義務を負っており,顧客から注文があったにもかかわらず,その執行を拒否すれば,執行義務違反として責任を負うことになる。

(イ) 本件取引において,建玉が増加したのは,損失の発生を両建などの方法で防止したり,利益の追求のための増し玉をしたためであって,原告の意に添うものであり,誠実公正義務ないし新規委託者保護義務に違反しない。

カ 一任売買(実質的一任売買)ではないこと

(ア) B,C及び被告は,電話連絡についてのノート(乙第43ないし第45号証の各1,2)の記載から明らかなとおり,取引期間中,原告と頻繁に電話連絡を取りあっていたものである。

(イ) Bは,平成15年5月に1回,同年6月に2回,同年11月に2回,Cは,同年12月に2回,平成16年2月に1回,原告と面談しており,また,集金を担当していた破産会社従業員のD(以下「D」という。)も,同年3月に3回,同年4月に2回,原告から直接集金しているが,原告から本件取引について文句を言われたことはないし,B,C及びDは,原告と会う度に取引についての説明をしていた。

(ウ) 以上のとおり,担当者らは,原告と相互に連絡を取り合って取引をしていたのであり,一任売買もしくは実質的一任売買の事実はない。

キ 両建の勧誘をしていないこと

(ア) 両建は,一般的な売買戦法の一つであり,両建そのものを有害無益なものということはできない。両建は,損勘定となった建玉を仕切ると,差損金と委託手数料の額が確定し,現実にその支払義務を負担することになるため,これを避け,あくまでその時点における計算上の差損金額を固定させた上で,その後の相場動向を見ながら,適当な時期に一方の建玉を外し,残った建玉で利益を得ようとするものであるから,一般的な売買戦法の一つというべきである。仮に両建が許されないとすると,損勘定となった建玉を仕切ってからでないと逆方向の建玉をするしかできなくなり,いわゆる途転しか許されないという不合理なことになる。

(イ) 担当者らは,原告に対し,取引の当初から両建について説明をしており,原告もこれを理解し,主体的に両建を選択していたものであり,担当者らが両建を勧誘したことはない。

ク 無意味な反復売買がないこと

(ア) 両建,直し,途転,手数料不抜け,日計りという各特定売買は,合理性を有する取引であり,手数料稼ぎの手法ではない。

(イ) 原告は,特定売買比率が示す数値の高低をもって,担当者らの行為が違法であると主張する。しかしながら,特定売買と称される行為は,それぞれ合理性を有するのであり,それらを捨象した外形的な取引数の全体取引における割合を計算したとしても,行為の違法性を判断できるものではない。

ケ 利幅の低い取引がないこと

手数料額や取引枚数について,意欲的な委託者ほど,その値が高くなるのは当然のことであり,取引の結果,損が発生した場合に,手数料額や取引枚数と当該損との値を比較して,受託者の行為が違法であるなどと主張することは,単なる結果論であり,全く当を得ない。

コ 証拠金規制違反(無敷・薄敷)がないこと

被告が,平成16年3月10日,原告からの注文を受注したのは,翌日決済することを条件にやむなくとった措置であり,違法性はない。

サ 仕切り拒否,仕切り回避がないこと

(ア) 原告は,平成15年12月18日,平成16年3月8日,同年4月21日,同年6月18日に,取引終了の申し出をしたが,担当者らが応じなかったと主張するが,そのような事実は存在しない。

(イ) 原告は,上記各日の直後の日である平成15年12月19日,平成16年3月9日,同年4月23日に,特段の異議も述べずに残高照合回答書を入れており,同年3月9日と同年4月23日にはDと面談し,集金に応じている。このような経過からすると,原告が担当者らに取引終了を申し出た事実はないとみるのが相当である。

シ 客殺し商法をしていないこと

破産会社が東京ゼネラルと同様の客殺し商法を行っていたとの原告の主張は,争う。

(2)  争点(2)(被告の責任)について

(原告の主張)

上記一連の担当者らの違法行為を全体として評価すれば,担当者らは,相互の役割分担に基づき,原告の知識不足に乗じて,取引に誘い込み,実質的一任売買を始めとする客殺しの手法を用いて,最終的には原告の出捐した金員を自らのものにしてしまったのであり,破産会社の客殺し商法を組織的に実行したといえる。

したがって,担当者らには,全取引について共同不法行為が成立し,被告も,原告の全損害について,民法709条の不法行為責任を負う。

(被告の主張)

争う。

(3)  争点(3)(損害(過失相殺を含む。))について

(原告の主張)

ア 財産的損害 2283万9640円

(ア) 原告は,破産会社に対し,合計3850万円の証拠金を預託し,本件取引の終了に伴い,833万1570円の返還を受け,破産会社からの中間配当金並びに破産会社の破産管財人,A,B及びCとの間の各和解に基づく解決金として,合計732万8790円を受領した。

(イ) 原告の預託証拠金額から,破産会社からの返還額及び上記各和解に基づく解決金額を差し引いた2283万9640円が,本件取引により原告が被った財産的損害である。

イ 精神的損害 100万円

原告は,被告の不法行為により,多額の資金をつぎ込まされた上,夜も眠れないなど,計り知れない精神的苦痛を受けたものであり,原告の精神的苦痛を金銭に換算すれば,100万円を下らない。

ウ 弁護士費用 300万円

原告は,被告の不法行為により損害を被ったことで,原告訴訟代理人に委託して本件訴訟を提起せざるを得なくなったものであるから,原告の弁護士費用は,被告の不法行為と因果関係がある損害に含まれる。

エ 合計 2683万9640円

(被告の主張)

争う。

第3当裁判所の判断

1  前記前提事実,甲第1号証の1,甲第9,第10号証,甲第11号証の1ないし3,甲第12,第18号証,甲第22号証の2,甲第38ないし第42号証,乙第1ないし第4号証,乙第5号証の1,2,乙第6,第8ないし第11号証,乙第44号証の2,丙第1号証の1ないし4,丙第2号証の1ないし7,丙第3号証の1ないし87,丙第4号証の1,2,丙第5号証の1ないし27,丙第6号証の1ないし13,丙第7号証の1ないし18,丙第12,第13号証の各1,2並びに原告,A,B及び被告の各本人尋問の結果によれば,次の事実を認めることができる。

(1)  原告の属性等

ア 原告は,昭和34年生まれの,本件取引当時,45歳の男性である。

イ 原告は,昭和53年にb高校商業科を卒業後,アルバイト,家具店勤務を経た後,本件取引当時,a社に工員として勤務しており,年収は500万円弱であった。

ウ 原告は,平成元年ころに,投資信託を300万円ほど買ったが,損をして売却したことがある。原告に,商品先物取引や株式(証券)取引の経験はなかった。

エ 原告は,本件取引当時,妻と父の3人で,一戸建ての家(土地は父の名義,建物は原告と妻の名義)に住んでいた。原告の妻も働いており,二人の間に子はいない。

(2)  原告の勤務状況

ア 原告の勤務形態は,1週間を月・火,水・木,金・土・日の3つに分け,出勤と休日を交互に繰り返すというものである。

原告の勤務時間は,午前9時から午後9時までである。朝,昼,夜に各10分間の休憩があり,昼と夕方に各45分間の休みがあるが,10分間の休憩中には,3分間くらいの職場体操を一斉に実施する。

イ 原告が担当する作業は,ラインで生産された約300種類の製品を検査機器,パソコンを使用して検査し,不良品を発見した場合は,修理をして,後工程へ出荷するというものである。

この作業は,細かく決められたタイムスケジュールに合わせてのライン作業であり,勤務中に席を外すと,製品がラックにたまってラインが止まってしまうため,長時間席を離れることはできず,トイレに行くときなども事前に製品がたまったラックを交換してから席を外すようにしていた。

ウ 原告の職場は,機械の音がうるさく,電話がかかってきても,そのことに気付かないことも多く,原告が,電話に気付いたとしても,上記のようなライン作業を担当しているため,長時間席を外して対応することはできないし,メモを取ることもできない。また,周囲の目もあり,被告の担当者から電話があっても相槌を打つ程度の話しかできない。

(3)  原告の取引資金

原告は,本件取引当初,妻とともに老後の生活のために蓄えてきた約3000万円の預貯金を本件取引の資金に充ててきたが,平成16年3月18日,妻から,妻の養老保険金1028万1361円を預かり,同日ころから,妻に無断で,同保険金を本件取引の資金に流用するようになった。

(4)  本件取引の状況

ア 本件取引の勧誘

Aは,平成15年4月半ばころから,原告に対し,商品先物取引の勧誘を開始し,原告に電話して,自宅を訪問する約束を取り付け,原告の自宅を4回ほど訪問した。

イ 本件取引開始の状況

(ア) Aは,原告に電話して,自宅を訪問する約束を取り付けた上で,平成15年5月15日,Bを伴って,原告の自宅を訪問した。原告は,金を買って商品先物取引を始めることにして,1枚6万円の金にして建玉17枚の証拠金に相当する102万円をBに交付するとともに,「商品先物取引口座開設の申込書」,「約諾書」,「受領書」及び「御本人確認依頼書」,「委託者アンケート」に所定の事項を記入して,AとBに交付した。

(イ) 原告は,上記商品先物取引口座開設の申込書に,商品先物取引の経験がないこと,投資可能額が600万円であることを記載し,上記御本人確認依頼書には,年収が500万円以上であること,資産として,自宅と1000万円の預貯金を有すること,有価証券を有しないことを記載した。

(ウ) AとBは,同日,原告の自宅に1時間程度滞在したが,その間,原告に対して,「商品先物取引委託のガイド」(乙第5号証の1,2)を交付し,商品先物取引の仕組みや相場が予想に反して逆になった場合の対処方法等についての説明をし,原告は,上記委託者アンケートに「仕切り,追証,難平,両建てについて理解した」と記載した。

(エ) 原告は,同日,差引益金を預り証拠金に加算して計算することを指示する旨の「預り証拠金に差引益金を加算して計算することについての指示書」及び取引期間中に20枚を超え,100枚までの建玉を行うための申請書である,「超過建玉申請書(A)」に署名・押印して申請した。なお,同申請は,管理部の審査を経て,平成15年5月27日に許可された。

(オ) 破産会社は,同日,原告名義で,金の買建玉17枚を建てた。

ウ Bが担当した取引の状況

(ア) 原告は,平成15年5月19日,Bの勧めに応じ,同月15日に建てた買建玉を売って,取引を仕切り,12万0360円の利益を得た。

(イ) 原告は,同月21日,Bの勧めに応じ,白金を買うことにした。

破産会社は,同月21日,原告名義で,白金の買建玉19枚を建てた。

(ウ) 原告は,同月26日,Bから追証発生の可能性があると伝えられ,午後10時過ぎに自宅に来てもらって,対処方法についての説明を受け,両建を勧められた。

原告は,両建をしないと今まで預けたお金が全部なくなってしまうと考え,114万円をBに交付した。

破産会社は,同月27日,原告名義で,白金の売建玉19枚を建て,同月21日に建てた買建玉19枚と両建にした。

(エ) その後の本件取引の経過は,別紙「売買取引一覧表」のとおりであった。

(オ) 原告は,平成15年6月2日,「超過建玉申請書(B)」に署名・押印して,Bに交付し,取引期間中に100枚を超え,500枚まで建玉を行うための申請をした。

また,原告は,同申請書に,今後の投資可能額として600万円と記載した。

(カ) 破産会社管理部のDは,同月12日,原告を訪ねて,委託者アンケートに回答をもらったほか,取引の内容について説明した。

エ Cが担当した取引の状況

(ア) 平成15年11月17日ころ,本件取引の担当者が,BからCに交替した。

(イ) 原告は,これまで両建をしても損失を免れなったことから,白金の売建玉の片建にすることとし,同年12月15日ころ,Cと話し合った上で,現状の白金の売建玉45枚に加え,新規に売建玉45枚を建てるよう指示したが,Cは,同年12月18日,原告に両建を勧めて,白金の売建玉45枚のうち15枚を仕切り,買建玉を30枚建てて,両建とした。両建後,白金が暴落したため,仮に,原告の当初の意向に沿って売建玉の片建にしていれば,大きな利益を上げることが出来たが,Cの勧めにより両建にしたことで,大きな利益を逃すことになり,これが原因で,原告はCと感情的に対立することになった。

(ウ) 原告は,平成16年1月7日ころ,Cが,平成15年12月18日の両建について,「申し訳ありません。もう一度挽回するチャンスを下さい。」「全ての取引で利益を出すことはできませんが,3回のうち2回は利益をとるようにします。」などと述べたことから,Cを担当者として,取引を続けていくことにした。

オ 被告が担当した取引の状況

(ア) 本件取引の担当者が,平成16年3月8日ころ,Cから被告に交替した。

(イ) 原告は,同日,被告からの電話を受け,「足が出ています。」「全てを仕切り,足を入れるか,追証を入れて取引を継続するかどちらかです。」と言われ,同月9日,被告会社に対し,追証として,650万円を委託して,本件取引を継続することにした。

(ウ) 破産会社は,平成16年5月18日,原告名義で,白金の売建玉を建てて,売120枚・買120枚の両建にした。この両建を同年6月18日に仕切るまでの1か月間,何ら取引がないまま推移した。

カ 本件取引の終了の状況

(ア) 原告の妻は,平成15年5月26日ころ,原告が,商品先物取引を行っていることを知ったが,平成16年5月に,原告から,原告が妻の保険金を流用して本件取引を行っていたとの告白を受けて立腹し,原告に対し,商品先物取引を止めるよう強く迫ったことから,原告は,本件取引を止めることを決意し,同年6月18日ころ,被告に対し,本件取引を終了させる意思を表明し,本件取引をすべて仕切ることになった。

(イ) 原告は,同年6月29日,破産会社から,833万1570円の返金を受領した。

(5)  本件取引の分析

ア 特定売買比率

本件取引の経過は,別紙「売買取引一覧表」のとおりであるが,原告は,本件取引において,全部で160回の取引をし,そのうち特定売買が49回(売(買)直し2回,途転15回,日計り1回,両建30回,手数料不抜け1回)であるから,本件取引の特定売買率は,約30パーセントである。

イ 因果玉の放置

本件取引の経過は,別紙「売買取引一覧表」のとおりであるが,担当者らは,売りの因果玉(例えば,平成15年7月10日,同年10月20日,同年10月21日に建てられた売建玉)を放置する一方で,買建玉を両建して,利幅を低く仕切ることを繰り返した(例えば,平成15年12月10日,同月11日,同月18日,平成16年1月30日に建てられた買建玉)といえる。

ウ 証拠金規制違反

(ア) 破産会社は,平成15年12月2日,証拠金が不足しているにもかかわらず,白金買建玉50枚を建て,この証拠金不足の状態を同月5日まで放置し,平成16年2月18日にも,証拠金不足の状態に陥ったが,これを同月24日まで放置した。

(イ) 被告は,平成16年3月10日,原告から,証拠金の委託を受けることなく,原告に白金の買建玉50枚を建てさせ,同月11日,同買建玉を仕切った。

(ウ) 破産会社は,同月23日にも,証拠金不足の状態に陥ったが,これを平成16年5月13日まで放置した。

(6)  破産会社の体制

ア 営業の体制

(ア) 本件取引当時,破産会社は,営業を担当する従業員を,新規の顧客を開拓する「新規取り」と取引を担当する「資金導入係」に区別し,一人の顧客の取引について,勧誘段階と取引受託段階で担当者を替えていた。さらに,「資金導入係」が取引の途中で交替することもあり,その場合は,下位の者から上位の者に順次取引を引き継いでいた。

(イ) 破産会社では,部署ごとに,毎日,その日の従業員の営業成績や各顧客の取引の状況について,一覧表にしたものが配布されていた。

イ 給与等の体制

(ア) 本件取引当時,破産会社の給与は,基本給と歩合給から成っていたところ,後者については,新規取りの営業成績は,新規の件数と入証額(1回目に預託を受ける証拠金の額)で計られ,資金導入係の営業成績は,預託を受けてきた証拠金の額,手数料収入の大きさで計られて,支給されていた。

ただし,新規取りの歩合給は,入証額が50万円を超えなければ,支給されないという仕組みになっていた。

(イ) 歩合給の一種として,半年に1回支給される賞与があり,これは破産会社全体で,預り証拠金の額や手数料収入の額が営業成績として評価され,営業成績に応じて支給される実績給と破産会社名古屋支店の営業成績に応じて支給される加給金から成っていた。

ただし,加給金については,支店ごとに目標額が設定され,その額を達成しなければ,支給されないという仕組みになっていた。

(ウ) 被告の場合,平成17年の基本給が月額25万7000円であるのに対し,同年夏期の加給金が175万円であるなど,収入に占める加給金の比重が大きいことからも,この加給金制度が,支店長の被告をはじめ,外務員が営業成績を上げることの大きな動機付けになっていた。

ウ 支店長の業務内容

(ア) 被告は,破産会社名古屋支店の支店長として,Cが本件取引を担当していた期間についても,原告が申し出た投資可能額等を念頭に置きながら,本件取引の内容を監視し,Cに指示を与えることもあった。

(イ) 被告は,破産会社名古屋支店の支店長として,Dが原告と面談して証拠金を集金した際の会話の内容等について,Dから報告を受け,取引に問題がないかどうかを監視していた。

(7)  行政処分

ア 破産会社は,平成15年7月11日,東京穀物商品取引所,横浜商品取引所,関西商品取引所,福岡商品取引所,東京工業品取引所,中部商品取引所,大阪商品取引所における取引の受託について,顧客の知識,経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行って委託者の保護に欠けるおそれがあり,法136条の25第1項4号の規定に該当すること,使用人に対する指導監督が不適切であるため,顧客との間に紛争がひん発するおそれがあり,法136条の25第1項5号の規定に基づく規則第55号1項3号の規定に該当すること,法97条1項に違反して委託証拠金の預託不足が認められたことを理由として,同月12日から平成15年8月10日までの間(30日間)に社内管理体制について改善措置を講ずることを内容とする改善命令及び同年7月18日の1日間について,商品市場における取引の受託の停止の行政処分を受けた。

イ 破産会社は,平成19年9月7日,多数の商品取引事故が発生していた事実を組織的に隠ぺいし,各種書類に虚偽の数値を記載していたこと,破産会社の純資産額規制比率に関して虚偽の数値を記載し,純資産額規制比率に関する届出を主務大臣に提出しなかったこと,不当な勧誘等の禁止に反する勧誘をしたり,顧客から指示を受けないで顧客の計算によるべきものとして取引をしていたこと等を理由として,同月18日から平成19年12月20日までの間(65営業日)の商品取引受託業務の停止及び同年10月7日までに,今般の法令違反の責任の所在を明確にすること,役職員に対し法令遵守を徹底するとともに外務員指導に関する内部管理体制の充実強化を図ること,委託者保護のための管理体制を強化し,商品先物取引未経験者に対する保護措置を徹底すること等の措置を講ずるとの業務改善命令の行政処分を受けた。

2  争点(1)(本件取引の勧誘,受託行為の違法性)について

(1)  商品先物取引の特徴と受託者の義務

ア 弁論の全趣旨によれば,商品先物取引の一般的特徴として,以下の事実を認めることができる。

(ア) 商品先物取引は,将来の一定時期に受渡しをすることを条件に商品の売買をするものであるが,受渡時期(限月)が来る前に,転売したり,買戻しをすれば,商品の受渡しをせずに,代金の差額だけを受渡しすることにより取引を終わらせることができる。すなわち,差金決済ができる取引ということができる。

(イ) 商品先物取引は,少額の委託証拠金によって多額の取引をすることができるものであるから,わずかな値動きにより多額の利益又は損失が生ずることになる極めて投機性の高い取引であり,また,この相場の値動きは,需給バランスのみならず,社会的,政治的,経済的要因により左右されるものであり,将来の価格の予想は極めて難しく,商品先物取引に関する知識や経験のない一般投資家が取引を行うには,業者の提供する情報に依拠せざるを得ないという側面もある。

(ウ) 商品取引所においてこの取引を行うことができる者の資格は限られており,一般投資家がこれに参加するためには,商品取引員に売買を委託する必要があるが,この場合には,商品取引員に証拠金を委託した上,取引ごとに委託手数料を支払う必要がある。

イ ところで,商品取引員たる業者は,取引委託契約を締結した顧客に対し,善管注意義務(商法552条2項,民法644条)に加え,誠実かつ公正にその業務を遂行する義務を負担している(法137条の17)ところ,上記のような商品先物取引の特徴を考慮すると,業者がこれらの義務を怠り,顧客の利益を不当に侵害し,それが社会通念上許容される限度を超えるに至ったときは,当該取引は業者の違法行為となり,不法行為を構成するというべきである。

(2)  勧誘段階の違法性(適合性原則違反)

ア 上記認定のとおり,商品先物取引は,極めて投機性の高い取引であり,相場の予想は極めて難しく,一般投資家が取引を行うには,業者の提供する情報に依拠せざるを得ないという側面もあることに照らせば,商品取引員及びその使用人は,顧客に対し,商品先物取引の勧誘をする際,当該顧客が有する同取引に関する知識・経験や情報収集能力の程度,それらの程度に照らして,商品先物取引を行った場合に生じうることが予測される損害に耐えるに十分な資金力を有するか否かにつき十分な調査を行い,当該顧客が商品先物取引に参加するに適しない場合には,商品先物取引の勧誘を行わない義務を負うと解するのが相当である。

イ これを本件について見るに,上記認定のとおり,原告は,本件取引をするまでは,商品先物取引の経験も株式(証券)取引の経験もなかったものであり,上記認定の原告の学歴及び職歴にも照らせば,原告が,商品先物取引に関して十分に理解する能力を有していたかについては疑問がある。

そして,上記1(2)のとおり,本件取引当時,原告は,午前9時から午後9時まで,工場でのライン作業に従事していたものであり,担当者らから勤務時間中に携帯電話に連絡があったとしても,携帯電話で長く話をしているとラインがストップしてしまうことから,自ら相場の状況を見極めて,注文内容を決定するような時間的・精神的余裕がなかったということができる。このような原告の勤務状況自体が,わずかな値動きにより多額の利益又は損失が生ずることになる商品先物取引と相容れないものであったということができる。

なお,この点について,A及びBは,各本人尋問において,原告がラインの作業に従事していることを説明しなかったと供述をする。仮に,そうであるとしても,委託者である原告からの指示で,注文をしたり手仕舞いをしたりすることが必要であることからすれば,原告の勤務形態や勤務時間中の連絡方法等についてまで確認して,取引をするに適する者か否か判断しなければならないのに,その点の確認をしていないこと自体が上記義務に違反する。

さらに,上記1(1)及び(3)のとおり,本件取引当時,原告は,年収500万円弱であり,また,原告が本件取引に使用した資金は,原告が妻とともに老後の生活のために蓄えてきた預貯金であり,妻の養老保険金も無断で流用していたことに照らすと,原告は,商品先物取引を行った場合に生じうることが予測される損害に耐えるに十分な資金力を有していなかったといえ,そのような資金の裏付けについて担当者らは確認をしなかった。

ウ これらの事情からすれば,原告は,商品先物取引に参加するに適しない者であったということができるが,A及びBは,原告の適合性についての調査確認を怠り,上記義務に違反したもので,両名の勧誘,受託行為は違法ということができる。

(3)  取引段階の違法性

ア 実質的一任売買

(ア) 上記認定のとおり,商品先物取引において,顧客は,取引の損益にかかわらず,取引ごとに商品取引員に委託手数料を支払う必要があることに照らすと,顧客から具体的内容の売買指示を受けないで売買注文を受託して,これを執行したり(一任売買),形式的には委託者の承諾があるものの,実際には外務員の言いなりに取引を行ったり(実質的一任売買)することを許せば,外務員が手数料稼ぎを目的に取引を進め,委託者が多額の損失を被るおそれがあるから,商品取引員及びその使用人は,顧客から受託を受ける際,一任売買ないし実質的一任売買の状態に陥ることを回避すべき義務を負うと解するのが相当である。

(イ) これを本件について見るに,上記1(1)のとおり,原告は,本件取引をするまでは,商品先物取引の経験も株式(証券)取引の経験もなかったものであり,上記認定の原告の学歴及び職歴にも照らせば,原告が,商品先物取引に関して十分に理解する能力を有していたかについては疑問があるが,「売買取引一覧表」における本件取引の経過からすれば,原告が,多いときには一日に何回も取引をし,両建,途転,難平等の複雑な取引もしていたことが認められる。

(ウ) 管理者日誌(丙第5号証の1ないし27,丙第6号証の1ないし13及び丙第7号証の1ないし18)と注文伝票(丙第1号証の1ないし4,丙第2号証の1ないし7及び丙第3号証の1ないし87)を照合すると,原告の合計98回の注文のうち,44回が原告の勤務日における注文にあたり(約44.9パーセントに相当),原告の全注文のうち半数近い注文が勤務日にされたと認めることができる。

これを担当者ごとに見ると,Bが担当した期間は,平成15年5月15日から同年11月16日ころまでであるが,総営業日数は127日であり,総注文回数は34回であるから,一営業日あたりの注文回数は0.26回となる。すなわち,原告は,4営業日に1回は注文をしていたことになる。また,勤務日の勤務中の注文は14回となり,全注文34回に対して,約41.2パーセントを占める。

Cが担当した期間は,平成15年11月17日ころから平成16年3月5日までであるが,総営業日数は71日であり,総注文回数は21回であるから,一営業日あたりの注文回数は0.29回となる。すなわち,原告は,3から4営業日に1回は注文をしていたことになる。また,勤務日の勤務中の注文は9回となり,全注文21回に対して,約42.9パーセントを占める。

被告が担当した期間は,平成16年3月8日から同年6月18日までであるが,同年5月19日から同年6月17日までの期間は注文を全くしていないから,同期間を除いて考えると,総営業日数は49日であり,総注文回数は43回であるから,一営業日あたりの注文回数は0.87回となる。すなわち,原告は,1から2営業日に1回は注文をしていたことになる。また,勤務日の勤務中の注文は21回となり,全注文43回に対して,約48.8パーセントを占める。

本件取引当時,原告は,午前9時から午後9時まで,工場でのライン作業に従事していたものであり,担当者らから勤務時間中に携帯電話に連絡があったとしても,携帯電話で長く話をしているとラインがストップしてしまうことから,自ら相場の状況を見極めて,注文内容を決定するような時間的・精神的余裕がなく,担当者ら主導の取引にならざるを得ない状況にあったと考えられるから,原告の勤務日における注文は,形式的には原告の承諾があるものの,実質的には,担当者らが,注文の内容を決定し,取引を主導していたといえ,このことは,勤務日でない日の注文も,担当者らが主導していたことを推認させる。

(エ) 一方で,丙第1号証の1ないし4,丙第2号証の1ないし7,丙第3号証の1ないし87によれば,原告は,金の注文については,4回中2回の注文で,パラジウムの注文については,7回中7回の注文で,白金の注文については,87回の注文のうち31回(後に成り行きに変更されているものが2回)の取引で,指し値で注文したことを認めることができる。

しかしながら,甲第18号証によれば,金の注文について指し値注文をした平成15年9月11日及び同月16日,パラジウムの注文について指し値注文をした平成15年7月11日,同月30日,平成15年9月10日及び同月11日,白金の注文について指し値注文をした平成15年6月19日,同年8月22日,同年8月27日,同年9月11日,同年9月16日,同年9月24日,同年12月12日,同年12月18日,平成16年1月15日,同年2月12日,同年3月1日,同年3月11日,同年4月21日は,いずれも原告の勤務日であることを認めることができる。そうすると,指し値の注文をするためには,市場の動向等について詳しい情報を求めて判断をする必要があるところ,原告がラインの仕事をしながら携帯電話でそのような情報を入手して判断を下していたとは考えられない。

(オ) なお,Bは,本人尋問において,原告から指し値の注文を受ける際には,かなり長い時間,電話でやりとりし,利益金の額や手数料の額等についてもBの方から予め計算して口頭で伝えるようにしていた旨の供述をするが,上記のように原告の勤務日にも指し値の注文を受けていたこと,乙第34号証によれば,原告は,少なくとも平成15年11月8日の段階で,チャートからどのような情報を引き出し,その情報を基に相場をどのように把握すべきか等について,分かっていなかったと認められるので,これらのことに照らすと,担当者らにおいて,注文内容を予め決め,原告との電話では,注文内容の確認程度の会話しかなかったものと推認することができ,これに反するBの供述は信用できない。

また,Cは,本人尋問において,Bから,原告が,基本的に自分から注文を出し,自ら取引を主導する人であると引き継いだ旨の供述をするが,上記1(4)エのとおり,Cと原告が,平成15年12月15日ころ,片建で取引をしていくことを話し合っていたのに,同月18日,両建取引をしたために,原告が怒り,Cが,平成16年1月7日ころに,原告に謝罪したというのであり,C自身も,本人尋問で,これらの経過を認めていることからすると,C主導で本件取引が行われていたと考えられ,これに反するCの上記供述は信用できない。

(カ) これらの事情からすると,本件取引は,形式的には原告の承諾があるものの,担当者らが,注文の内容を決定し,取引を主導していたと推認することができるから,B,C及び被告の勧誘,受託行為は,禁止される実質的一任売買に該当し,上記義務に違反したもので,違法ということができる。

イ 過当過度な取引(新規委託者保護義務違反を含む。)

(ア) 上記認定のとおり,商品取引員たる業者は,取引委託契約を締結した顧客に対し,善管注意義務に加え,誠実かつ公正にその業務を遂行する義務を負担していることに照らせば,商品取引員及びその使用人は,取引開始後においても,適切な委託者管理を行う義務を負い,特に,顧客が商品先物取引の経験を有しない場合は,取引開始から顧客が習熟するまでの間において,顧客がその知識,経験,判断能力及び財産状況を超えた取引をして,損害を被ることを防止する義務(新規委託者保護義務)を負うと解するのが相当である。

(イ) 本件についてこれを見るに,原告は,上記1(4)イのとおり,平成15年5月15日の取引開始日に,「商品先物取引口座開設の申込書」に所定の事項を記入して,AとBに交付することで,破産会社に,原告の投資可能額が600万円であることを申告したところ,同日のうちに,AないしBから「預り証拠金に差引益金を加算して計算することについての指示書」及び「超過建玉申請書(A)」に署名・押印の上,提出するように言われ,差引益金を預かり証拠金に加算して計算すること(利乗せ)を指示するとともに,取引期間中に20枚を超え,100枚(1枚6万円の金にして,600万円に相当する。)まで建玉を行うことを可能な状態にさせられたというべきである。実際,取引開始日からわずか12日目の同月27日には,白金38枚(1枚6万円の白金にして,228万円に相当する。)まで取引を拡大している。

(ウ) これらの事情からすれば,Bは,原告に,取引開始と同時に超過建玉申請をさせ,原告が取引に習熟する前に,20枚を大きく超える取引をさせたものであるから,上記新規委託者保護義務に違反したもので,その勧誘,受託行為は違法ということができる。

(エ) 原告は,平成15年6月2日,Bに言われるままに,「超過建玉申請書(B)」に署名・押印の上,提出することで,取引期間中に100枚を超え,500枚まで建玉を行うことを申請したものであるが,原告が,同申請書に今後の投資可能額として600万円と記載したことからすると,原告が,同申請書の申請内容を理解していたと解することはできない。

そして,原告は,破産会社に対し,別紙「委託証拠金目録」記載のとおり,証拠金を委託したが,委託証拠金の金額は,同年11月17日ころ,担当者がBからCに替わってから増加し始め,同年12月8日から11日間に合計600万円を委託し,同年12月8日から平成16年3月3日までの間に7回で合計1300万円を委託した。そして,同年3月8日ころ,担当者がCから被告に替わってから,委託証拠金の金額が急激に増大し,同年3月8日から2か月弱の間に5回で合計1850万円もの証拠金を委託した。

以上のような過程を経て,原告は,最終的には,合計3850万円もの証拠金を預託したが,この額は,原告が今後の投資可能金額として上記申請書に記載した600万円を大きくこえるものであり,被告自身,本人尋問において,原告の投資資金にどのような裏付けがあるかは知らないと供述しているところである。

(オ) これらの事情からすれば,C及び被告は,実質的一任売買の状態に陥っている原告に対し,上記の適切な委託者管理を行う義務に違反して,過当過度な取引を行ったもので,両名の勧誘,受託行為は違法ということができる。

ウ 両建の勧誘

(ア) 商品取引員が,顧客に対し,特定の商品等の売付け及び買付けとこれらの取引と対当する取引の数量及び期限を同一にすること(両建)は,手数料や委託証拠金を増大させ,顧客の損失を増大させる危険性の高い取引類型であり,商品取引員と顧客の利益が相反することも多いことから,商品取引員及びその使用人は,両建の勧誘を厳に慎むべき義務を負うといえる。

(イ) 本件についてこれを見るに,Cは,本人尋問において,両建に関する規制は,自分が登録外務員の試験の受験勉強をしてから後に規定されたもので,認識していないと供述する。しかしながら,甲第14号証によれば,両建に関する規制や因果玉に関する規制は,昭和48年に制定された取引書指示事項であって,Cはこれを無視して取引を勧誘していたことは明らかであり,破産会社に対する行政処分の内容にも照らすと,破産会社は,より多くの手数料を得るために組織的に両建をしていたことが窺われる。

そして,上記認定のように,本件取引は,実質的には一任売買であり,担当者らが本件取引を主導していたことを踏まえると,担当者らは,両建があたかも危険性を回避する有効な手法であるかのように説明し,両建の勧誘をしていた可能性が高く,そのような担当者らの勧誘,受託行為が,上記義務に違反し,違法であることは明らかである。

エ 無意味な反復売買・因果玉の放置等

(ア) 上記認定のとおり,商品取引員たる業者は,取引委託契約を締結した顧客に対し,善管注意義務に加え,誠実かつ公正にその業務を遂行する義務を負担していることに照らせば,商品取引員及びその使用人は,真に委託者の利益を意図せず,業者の手数料収入を優先するような不適切な取引方法を回避しなければならない義務を負うと解するのが相当である。

(イ) 無意味な反復売買

特定売買(両建,売(買)直し,途転,手数料不抜け,日計り)は,一般に,委託者に手数料の負担を生じさせるばかりでその利益につながらない取引という側面を有する。そして,上記認定のように,本件取引が実質的に一任売買であり,担当者らが本件取引を主導していたことや,本件取引の特定売買率が約30パーセントと高いことを踏まえると,担当者らは,原告の利益を犠牲にして,全体として手数料稼ぎを目的として取引を行っていたと推認することができる。

(ウ) 因果玉の放置

上記認定のとおり,担当者らは,売りの因果玉を放置する一方で,買建玉を両建して,利幅を低く仕切ることを繰り返したが,このような取引手法は,顧客に損失を覚知させずに取引を継続させ,巨額な損失につながるものといえるのであって,上記認定のように,本件取引が実質的に一任売買であり,担当者らが本件取引を主導していたことを踏まえると,たとえ,買建玉の仕切りによって,小刻みに利益を得ていたとしても,売りの因果玉の放置をした一連の取引方法は,手数料稼ぎを目的とする不適切な取引方法に該当するといえる。

(エ) これらの事情からすると,担当者らは,実質的一任売買の状態に陥っている原告に対し,原告の利益を意図せず,破産会社の手数料収入を優先するような不適切な取引方法を行い,上記義務に違反したもので,その勧誘,受託行為は違法といえる。

オ 証拠金規制違反(無敷・薄敷)

(ア) 商品取引員に売買を委託する場合に,証拠金の委託が必要とされるのは,委託者が過度の取引をすることを抑制するためでもあるから,商品取引員及びその使用人は,証拠金の全額(無敷)または一部(薄敷)の預託をしないで建玉することを回避するべき義務を負っていたと解するのが相当である。

(イ) 本件においてこれを見るに,上記1(7)のとおり,破産会社は,平成15年7月11日,主務官庁から,委託証拠金の預託不足等を理由とする行政処分を受けていたにもかかわらず,同年12月2日,白金買建玉50枚を建てて,証拠金不足の状態を発生させ,この証拠金不足の状態を同月5日まで放置したこと,平成16年2月18日にも,証拠金不足の状態に陥ったが,これを同月24日まで放置したこと,被告は,平成16年3月10日,原告に対し,証拠金なしで無敷の取引をさせたこと,破産会社は,同年3月23日にも,証拠金不足の状態に陥ったが,これを同年5月13日まで放置したというのであるから,C及び被告は,単に同社の管理部が許可したというだけのことをもって,無敷ないし薄敷が違法であることを知りつつ,これを繰り返していたことが明らかであり,C及び被告は,破産会社とともに意図的に上記義務に違反したもので,その勧誘,受託行為は違法である。

(4)ア  なお,原告は,担当者らの勧誘,受託行為に再勧誘,説明義務違反,断定的判断の提供,仕切りの拒否・回避の違法があるとも主張するため,これらの点についても判断を加えるに,再勧誘ないし説明義務違反があったかについては,上記1(4)ア及びイのとおり,Aが,平成15年4月半ばころから,原告に電話して,自宅を訪問する約束を取り付けた上で,原告の自宅を4回ほど訪問したこと,A及びBが,同年5月15日,原告の自宅を訪問し,1時間ほどの滞在時間中,「商品先物取引委託のガイド」を交付して,商品先物取引の仕組みや相場が予想に反して逆になった場合の対処方法等について説明をしたというのであるから,担当者らに再勧誘の禁止違反ないし説明義務違反があったと認めるには足りない。

イ  断定的判断の提供があったかについては,原告は,本人尋問において,Aから,相場には上がり下がりの法則があり,この法則に従って取引をすれば絶対にもうかると言われた,Bから,金よりも白金の方が動きが多きので金よりももうかるから白金の取引をしようと持ちかけられた,Cから,必ずお金は取り返すと言われたと供述する。しかしながら,原告本人の供述以外に的確な証拠はなく,担当者らに断定的判断の提供があったと認めるには足りない。

ウ  仕切りの拒否・回避があったかについては,原告は,平成15年12月18日,平成16年3月8日,同年4月21日,同年6月18日に仕切り拒否があったと主張し,本人尋問において,同年4月21日,持ち金がゼロになったらそこでもう止めると言ったところ,Yからそんな弱気では駄目だ,私が立て直すと言って取引を継続させられたと供述する。しかしながら,乙第21,第25,第29,第38,第42号証によれば,原告が,これら各日の直後の日である平成15年12月19日,平成16年3月9日,同年4月23日に,残高照会回答書を入れて,建玉の内訳や値洗等について,相違ない旨を確認していること,同年3月9日,同年4月23日には,Dと面談し,集金に応じたことを認めることができ,また,上記1(4)カのとおり,原告は,同年6月18日ころ,被告に対し,本件取引を終了させる意思を表明し,それにより,本件取引をすべて仕切ることになったというのであるから,担当者らが仕切り拒否ないし回避をしたと認めるには足りないというべきである。

(5)  以上のとおり,A及びBは,商品先物取引の経験がなく,勤務体制や投資資金が商品先物取引に適合しない原告と取引を開始し,取引開始と同日に,20枚を超える100枚の申請書を作成させたものであって,B,C及び被告は,実質的に一任売買の形態で,本件取引を主導して,短期間のうちに,両建をはじめとする無意味な反復売買を多数回繰り返したり,因果玉を放置したりして,原告の真の利益よりも破産会社の手数料収入を優先し,原告の資金能力を超えた範囲まで取引を不当に拡大させたことに照らすと,本件取引の勧誘,受託行為には,適合性原則違反,実質的一任売買,過当過度な取引(新規委託者保護義務違反を含む。),両建の勧誘,無意味な反復売買,因果玉の放置,証拠金規制違反の違法があり,原告の利益を不当に侵害したもので,それが社会通念上許容される限度を超えるに至ったといえるため,全体として,一連の違法性の高い行為であるとの評価を免れず,不法行為を構成するというべきである。

3  争点(2)(被告の責任)について

(1)  上記のとおり,本件取引の勧誘,受託行為は,一連の不法行為と認めることが出来るから,被告も,共同不法行為者として,損害全体について責任を負うというべきである。

(2)  被告が,平成15年12月ころ,破産会社名古屋支店の支店長に着任し,本件取引にはその途中から関与したものであるとしても,上記認定のとおり,本件取引当時,破産会社では,一人の顧客の取引について,勧誘段階と取引受託段階で担当者を替え,取引受託段階で,担当者が下位の者から上位の者に順次交替していくものであり,また,加給金等の歩合給制度を設け,各外務員の営業成績を毎日確認できる体制を作り,外務員同士に営業成績を競わせることで,新規の件数や預託証拠金の額を拡大することについて,外務員に強い動機付けがなされていたといえ,同年7月11日に,委託証拠金の預託不足等を理由に,行政処分を受けたにもかかわらず,同日以降も,破産会社の外務員は,委託証拠金の預託不足が違法であることを認識しつつ,無敷ないし薄敷を繰り返していたものであり,平成19年9月7日にも行政処分を受けたこと等にも照らすと,破産会社は,本件取引当時から,顧客の損失の下に自己の手数料収入等の利益を稼ぐことを目的として,組織的な営業を行っていたものと推認することができ,平成10年ころ,破産会社に入社し,平成15年12月ころから,破産会社名古屋支店の支店長の地位にあった被告も,上記のような破産会社の営業形態を熟知していたものと考えられる。その上で,被告は,支店長として,破産会社名古屋支店の営業を統括する地位にありながら,原告が商品先物取引に参加するに適しない者であることを看過して,本件取引を継続させ,本件取引が実質的な一任売買の形態に陥っていることを知りながら,自らも特定売買等を繰り返し,Bが原告に申請させて500枚まで投資枠を拡大させたことを受け,どのような資金的裏付けがあるのか調査確認しないまま,わずか2か月弱の担当期間中に合計1850万円の証拠金を預託させるなど,A,B及びCによる従前の違法行為を前提として本件取引に関与し,上記のとおりの違法行為を重ねてたものであり,被告の担当期間中に,本件取引をすべて仕切り,最終的な損害額が確定したことも考えあわせると,被告には損害全体について責任を免れないというべきである。

なお,AやB等,取引の勧誘についてのみ関与した者,中途において会社を辞め,その後の取引に関与しなくなった者の責任については,その後の違法行為と結果との関係で因果関係が切断され,損害賠償額が制限されうることは別論である。

4  争点(3)(損害(過失相殺を含む。))について

(1)  財産的損害 2111万7901円

ア 委託証拠金残金

前記前提事実のとおり,原告は,破産会社に対し,本件取引に関し,委託証拠金として,合計で3850万円を支払い,他方で,平成16年6月29日,破産会社から,833万1570円の返還を受け,これにより,原告に,同日,その差額である3016万8430円の損害が生じたものと認めることができる。

イ 過失相殺

(ア) 上記認定のとおり,商品先物取引は,高度の危険性を伴う取引であるところ,原告は,AとBから,「商品先物取引委託のガイド」を受領し,商品先物取引の仕組み等に関する一応の説明を受け,約諾書に自ら署名押印し,委託者アンケートにも回答し,平成15年5月26日には追証発生の可能性があると聞いて夜遅くまでBから話を聞いたのであり,また,同年12月15日にはCに対し片建で対応すると話していたところ,Cが意に反して両建をしたのであるから,ここで取引を打ち切ることも可能であったともいえることなど,原告の過失として考慮すべき事情も認められる。しかしながら,これらの事情を考慮しても,商業高校卒業の工場のラインで勤務する年収500万円弱の者に対して取引を開始し,実質的一任売買をして損害を拡大させているのであるから,原告の過失割合を3割として,本件損害賠償額の算定にあたり斟酌するのが相当である。

(イ) なお,原告は,担当者らに対し,相場のシミュレーションを求めるなど,取引に積極的な姿勢を示していたことも窺えるが,初期の取引で損失を被った原告が損失を取り戻すために積極的な投資態度に転じることには無理からぬ面があり,他方で,担当者らは,こうした原告に対して取引の勧誘がし易くなる面があるから,担当者らの勧誘・受託行為に,適合性原則違反,新規委託者保護義務違反等の違法があった場合には,その後の取引で顧客が積極的な姿勢を示していたことは,過失相殺上,過大視することは相当でない。

(ウ) 上記委託証拠金残金3016万8430円から,過失相殺として,その3割を控除すると,残額は2111万7901円となる。

(2)  慰謝料 0円

財産的損害に伴う精神的損害は,特段の事情のない限り,財産的損害の賠償によって慰謝されるものと解するのが相当であるところ,本件においては,かかる特段の事情を認めることはできないから,原告の慰謝料の請求は理由がない。

(3)  弁護士費用 150万円

本件事案の内容,本件訴訟の審理経過及び本件の認容額等の諸事情を考慮すると,被告の不法行為と因果関係のある弁護士費用としては,150万円をもって相当と認める。

(4)  中間配当金及び解決金の充当

上記財産的損害と弁護士費用との合計は,2261万7901円であるが,前記前提事実のとおり,原告は,平成20年9月10日,破産会社から,中間配当金として120万6737円を受領し,また,本件訴訟において,破産会社の破産管財人,A,B及びCとの間で,それぞれ和解し,各和解に基づく解決金として,平成21年9月16日に破産会社から90万5053円を,同年10月15日にAから250万円を,同年12月3日にCから270万円を,平成22年1月29日にBから1万7000円をそれぞれ受領したところ,これらの中間配当金及び解決金を,別紙「計算書」の「遅延損害金充当金額」欄及び「損害金充当金額」欄に記載のとおり,上記2261万7901円及びこの損害が発生した日である平成16年6月29日以降の遅延損害金に充当すると,平成22年1月29日の時点で,損害金の残額は2144万9496円,遅延損害金の残額は15万0482円となる。

第4結論

以上によれば,原告の請求は,被告に対し,2159万9978円及びこのうち2144万9496円に対する平成22年1月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余の請求には理由がない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 近藤昌昭 裁判官 土井文美 裁判官 阿久津見房)

<以下省略>

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