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名古屋地方裁判所 平成19年(ワ)2791号 判決 2009年3月17日

名古屋市<以下省略>

原告

同訴訟代理人弁護士

松川正紀

名古屋市<以下省略>

被告

丸八証券株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

村橋泰志

安藤雅範

細田靖男

山田麻登

野村朋加

主文

1  被告は,原告に対し,2696万2954円及びこれに対する平成19年6月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを10分し,その6を原告の負担とし,その4を被告の負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,6507万8124円及びこれに対する平成19年6月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  請求原因

(1)  一任勘定取引中の過当取引について

ア 原告は,平成16年5月,被告との間で株式の売買の委託取引を開始した。

イ 被告は,平成16年11月10日から,原告の包括的委任のもとで一任勘定取引を行うようになった。

ウ 原告は,平成16年11月10日から平成18年1月6日までの一任勘定取引中,4163万6193円の損失を被った。

エ この間の売買回転率は約41回で,手数料率は90%以上である。

これは,被告の担当従業員であるB(以下「B」という。)が,顧客である原告の取引につき,誠実に業務を執行せず,被告の手数料収入を得る目的(ひいてはBの営業成績を上げる目的)で,頻繁な売買を繰り返したもので,誠実公正に業務を遂行する義務(旧・証券取引法33条,現・金融商品取引法36条)に違反するとともに,被告の不法な利得を図ったもので,不法行為に該当し,被告はその使用者として民法715条の責任がある。

オ 原告は,一任勘定取引による過当取引によって被った損害4163万6193円のうち,4032万4824円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年6月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の賠償を請求する。

(2)  無断売買について

ア 原告は,平成18年1月ころ,被告に対し,一任勘定取引の中止を申し入れ,一任勘定取引は終了した。

イ Bは,平成18年9月中旬,原告に対し,「インタースペース」が新規上場し,初値は80~100万円の範囲で成立するので,その範囲で5株を買うことを勧誘し,原告はこれに応じて,被告に対し,インタースペース株を80~100万円の範囲で5株買い付けることを指示した。

ウ しかるに,被告は,平成18年9月19日,原告名義で,インタースペース株5株を,1株120万円で買い付けた。

エ また,被告は,同日,原告名義で,インタースペース株15株を,1株124万円で買い増しした。

オ 被告は,上記ウ,エの取引により,原告の預託金から2475万3300円を支出した。

カ 上記ウ,エのインタースペース株20株の売買は,原告の指示に基づかない無断売買であり,原告に帰属する取引ではないので,原告は,被告に対し,預託金2475万3300円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年6月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の返還を請求する。

キ また,上記ウ,エの無断売買はBの不法行為にあたり,被告にはその使用者責任があるので,損害賠償2475万3300円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年6月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の請求をする。

(3)  よって,原告は,被告に対し,不法行為又は預託金返還請求権に基づき,合計6507万8124円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年6月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否及び被告の主張

(1)  一任勘定取引中の過当取引について

ア 認める。

イ 被告が,平成16年11月,原告の包括的委任のもとで一任勘定取引を行うようになったことは認めるが,一任勘定取引を開始したのは平成16年11月25日である。

ウ 平成16年11月10日から平成18年1月6日までの損失が4163万6193円であることは認める(平成20年7月23日付け被告第5準備書面別紙取引一覧表(1))。

エ 否認し,争う。

Bは,原告の了承の下で,原告の利益のために一任勘定取引を行っていたものであって,誠実に業務を遂行せず,手数料収入を得る目的で頻繁な売買を繰り返した事実はない。

以下の各事実から,誠実公正業務遂行義務違反や過当取引などという事実がないことは明らかである。

(ア) 原告は歯科医院の経営側の立場にある歯科医として十分な収入を得ており,極めて多額の取引を行うだけの十分な資力を有している。

(イ) 原告は,被告で証券取引をする10年くらい前から,日興證券で証券取引をしており,証券取引上の用語についてほとんど説明の必要がなく,十分な取引経験を持っている。

(ウ) 原告は歯科医院の経営側の立場にある歯科医であり,証券取引をするについて十分な判断能力を有している。

(エ) 原告は,証券取引で約2100万円もの利益を得ても「まあ三塁打だね。」と発言するなど,多額の利得を目指して,安定性よりも投機性を相当程度重視していた。原告は,「全力投球する?」という言葉で,預かり資産で買い付けられる金額を一度に買い付ける投資をすべきかBの意見を聞いており,過去にも「全力投球」の経験があり,手持ち資金で買えるだけ買うという投資手法を採っていたことがあり,原告の投資傾向は相当程度投機的であった。

(オ) 一任勘定取引は,原告の希望により始まったものである。

(カ) 平成16年9月から10月までの取引と,平成16年11月以降の一任勘定取引とで,取引規模に変化はない。

(キ) 原告は,一任勘定取引中止の申入れをしなかった。

(ク) 被告は,取引の都度,株式取引報告書を送付するほか,毎年3月,6月,9月,12月末締めで,翌月初旬に取引残高報告書を送付している。

原告は,これらの報告書にざっと目を通していたにもかかわらず,平成18年9月22日に至るまで全く異議を出さなかった。

原告は,平成18年2月以降の取引銘柄について,「聞き覚えのない銘柄」について取引が行われていたことを知っても,何ら異議を出さなかった。

(2)  無断売買について

ア アは否認する。原告から一任勘定取引中止の申入れはなく,平成18年9月19日当時も一任勘定取引は続いていた。

イ イは否認する。

Bは,原告に対し,インタースペース株の初値が80~100万円の範囲で成立すると説明したことも,その範囲で5株を買うことを勧誘したこともない。

Bの説明内容は,以下のとおりであり,原告から,80万円から100万円の範囲でのみ買うという指示はなかった。

(ア) 1回目の電話(9時41分)

B 「今日のインタースペースはどういう作戦でいきましょうか。現在80万円の買気配です。今日中に初値が付くかもしれません。」原告「全力投球する(買付可能額を一度に買い付ける意)? 最近は寄り付き(売買立会いが開始されて最初の売買,あるいは,そのときについた値段)が高いので,よく見極めて買ったほうがいいよ。」

B 「寄り付きが100万(円)ぐらいであればよいと思いますが,とりあえず5株を寄り付きで買いますよ。」

原告「わかった。」

(イ) 2回目の電話(12時59分)

原告「今どんな感じ?」

B 「気配が上がって,90万円の買気配です。」

原告「このくらいで寄り付けばいいよね。」

B 「うーん,そうですね,やっぱり予定どおり寄り付きで5株買いを出しておきます。」

原告「わかった。」

(ウ) 3回目の電話(13時51分)

B 「だいぶ気配が上がって115万円の買気配です。それと買い株数が減ってきましたから寄り付くかもしれません。」

原告「だいぶ高いようだけど大丈夫なの。」

B 「分けて買い付けるので大丈夫だと思います。」

原告「なら,やってちょうだい。」

ウ ウは認める。原告の指示による取引である。

エ エは認める。これは,一任勘定取引により原告に帰属する取引である。上記イ(ア)(ウ)のやりとりからも,最初5株を買うが後で一任勘定取引による買い増しをすることについて原告は了承していた。

オ オは認める。

カ カ,キの無断売買の主張は否認し,争う。上記ウの5株は原告の了解を得た原告に帰属する取引であり,上記エの15株は一任勘定取引により原告に帰属する取引である。

(3)  過失相殺

仮に被告に不法行為責任が認められるとしても,被告は,取引の都度,株式取引報告書を送付するほか,毎年3月,6月,9月,12月末締めで,翌月初旬に取引残高報告書(乙2から4)を送付している。

原告は,これらの報告書にざっと目を通していたにもかかわらず,平成18年9月22日に至るまで全く異議を出さなかった。

原告は,平成18年2月以降の取引銘柄について,「聞き覚えのない銘柄」について取引が行われていたことを知っても,何ら異議を出さなかった。

原告は自らの損害を拡大させないために容易に行えた行為(異議の申出)を行わなかったものであり,損害拡大について原告の寄与度,落ち度が極めて大きいものであるから,9割の過失相殺を主張する。

3  原告の反論

過失相殺の主張は争う。

第3当裁判所の判断

1  証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  原告と被告は,被告の担当従業員であったBの勧誘に基づき,平成16年5月27日から株式売買の委託取引を開始し,原告と被告との取引経過は,別紙「取引一覧表(2)」のとおりであった(甲6,弁論の全趣旨。ただし,別紙「取引一覧表(2)」の452番(以下,取引はこの表の番号で引用する。)のインタースペース株の売買が原告に帰属するかどうかは争いがある。)。

原告とBのどちらから言い出したのかはともかく,Bは,平成16年11月から,原告の包括的委任のもとで一任勘定取引を行うようになった(争いがない。)。

(2)  一任勘定取引の開始時期について

一任勘定取引の開始時期について,Bは,平成16年11月25日の「GDH」の買付(64番)からが一任勘定取引である旨供述する(乙5,乙6の1・2[5頁],証人B4,5,23,24,38頁)。原告には明確な記憶がなく(原告本人5,23,24頁),Bの供述を覆すに足りる証拠もないことから,原告と被告との間で一任勘定取引が開始されたのは平成16年11月25日の「GDH」の買付(64番)からと認める。

(3)  一任勘定取引の終了時期について

ア 原告は,平成17年12月末か平成18年1月ころ,名古屋に大雪が降った後に,Bに対し,一任勘定取引の終了を申し入れた,平成18年1月6日の双日の取引(359番)は,一任勘定取引終了前のものか後のものか記憶がない,などと供述する(甲3,原告本人7,8,26,27,32頁)。

これに対し,Bは,一任勘定取引終了の申入れがあったことを否定する(乙5,証人B)。

イ しかし,Bも,平成18年1月6日から3月31日までに買い付けた双日株(359番),日本フイルコン株(361番),岩井証券株(362,363番。乙5・3頁に「松井証券」とあるのは,甲6,乙2・5頁に照らし誤記と認める。),丸八証券株(364番),ドリームテクノロジーズ株(365番)は,売買の別,銘柄,数,価格の4要素全てについて原告の同意を得て行っていたことは認め,これは,Bにおいて,ライブドア事件等で新興市場の雲行きが怪しいと思い,しばらくの間はこれまでより売買回数を控え,東証一部などの有望な銘柄を保有し続けた方がよいと考え,投資方針を変更したためである,などと供述する(乙5・2,3頁,証人B5から7,27頁)。

しかし,一任勘定取引が続いていたのであれば,投資方針の変更についてはともかく,売買の別,銘柄,数,価格の4要素全てについて原告の同意を得る必要はなかったはずであり,日中忙しくて個別の指示をする暇がないとして平成16年11月に一任勘定取引を開始した(原告本人,証人B)はずの原告に対し,平成18年1月から3月までの上記5銘柄については原告から全て個別の指示を得ていたという事実は,その前に,原告から一任勘定取引終了の申入れがあったことを強く推認させる事情というべきである。

ウ 平成18年1月から3月までの取引経過をみても,1月6日にアエリア株(353,354番)やユージン株(358番)を売却し,双日株(359番)を買い付けた後,2月6日に東海リース株(310,311番)を売却し,日本フイルコン株(361番)を買い付けるまで,1か月の空白期間があり,2月9日に岩井証券株(362番)を買い付けた後,3月27日に日本フイルコン株(361番)を売却し,岩井証券株(363番)を買い付けるまで,また1か月以上の空白期間がある。

このような取引間隔の大きな変化も,その前に,原告から一任勘定取引終了の申入れがあったことを推認させる事情というべきである。

エ 平成18年4月3日買付分(366番)から同年9月13日買付分(451番)までの取引のうち,一部は原告の同意を得た取引であるが,一部は原告の同意を得ずにBが行った取引であること,原告は,Bが原告の同意を得ずに行った取引が記載された株式取引報告書や取引残高報告書を見ていたにもかかわらず,異議の申出をしなかったこと,については,原告の認識とBの認識は概ね一致しているといえる(甲3,乙5,原告本人,証人B)。

原告は,平成18年8月17日買付のゴメス・コンサルティング株の無断買い増し(432番)については抗議をしたと供述する(原告本人)が,その対象取引についての原告の供述には変遷があり(甲3,原告本人),そのような抗議はなかったとするBの供述(乙5,証人B)を覆してそのような抗議があったと認めるには足りない。

原告が,株式取引報告書や取引残高報告書の記載からBの無断売買を認識し得たにもかかわらず異議の申出をしていないことは,一任勘定取引が続いていたことをある程度推認させる事情といえるが,原告は株式取引報告書や取引残高報告書を余りしっかりとは見ていなかったというのであるから(乙6の1・2,原告本人),一任勘定取引が終了していたことと決定的に矛盾する事情とまではいえない。

オ 原告は,平成18年10月4日,被告のC・藤が丘支店長(以下「C」という。),D検査部長兼法務部長(以下「D」という。)と面談しているが,この面談において,一任勘定取引終了の申入れをしたという話は全く出ていない(乙6の1・2)。

このことは,一任勘定取引が続いていたことをある程度推認させる事情といえるが,上記面談においても,原告は,インタースペース株については無断売買であるという主張をし,「そういうの[一任勘定取引]もあると思いますけど,最後[インタースペース株]に関しては違います。」と言い,続けて何か言いかけたところをDに言葉をかぶせられて中断している(乙6の1・2[5,6頁])のであるから,一任勘定取引が平成18年1月に終了していたことと決定的に矛盾する事情とまではいえない。

カ 原告によれば,平成18年9月26日ころ,C及び次長と面談し,Cらは,インタースペース株のうち5株は同意の上であるが,残りの15株は無断売買であるから,証券事故の扱いで処理できるなどと述べた,とのことである(甲3,原告本人)。

この点,上記平成18年10月4日の面談でも,原告は「事故という表現をちょっとしてみえたけど」と発言していること(乙6の1・2[2頁]),Bは,Cらがどのような話をしたのかは覚えていないと供述するが,その供述態度はいささか不自然であること(証人B37頁),原告において虚偽の事実関係を創作するなら20株全部につき無断売買を認めたという話になりそうなものであること,などを総合考慮すると,上記事実があったと認められる。

このことは,一任勘定取引が終了していたことを推認させる事情といえる。もっとも,仮に一任勘定取引が続いていたとしても,そのこと自体違法なことであるから,顧客である原告との間の紛争処理として証券事故扱いで処理するということもあり得ることであり,一任勘定取引が続いていたことと決定的に矛盾する事情とまではいえない。

キ 原告は,平成19年2月,Dに対し,近未来通信に出資していれば全部なくなるところだった,今後の原告の取引の担当者を,Bから,原告の兄の取引を担当していた被告本店営業部のEに代えてくれれば,上記インタースペース株の無断売買について水に流すことを考えてもよい,といった話をしている(甲3,原告本人)。

インタースペース株20株の売買で2475万3300円もの損失を被った原告がこのような和解案を提示したことは,一任勘定取引が続いていたことをある程度推認させる事情といえるが,真実,無断売買により2400万円以上の損失を被っていたとしても,近未来通信に出資していれば損失はより悪化していたということもあり,事を荒立てないためにそのような和解案を提示することはあり得ることであり,一任勘定取引が平成18年1月に終了していたことと決定的に矛盾する事情とはいえない。

ク 被告が相場固定をしようとしていたケイエス冷凍食品株について,原告名義で買注文がなされていたが,値段が折り合わず,買付に至らなかった(争いがない。)。

原告は,一任勘定取引中であれば公募価格で買わされていたはずで値段が折り合わなかったはずはない,などと主張し,他方,被告は,原告から個別の依頼を受けていれば連日注文を入れているはずで,一任勘定取引であるからこそ1回だけ注文して終わっているのである,などと主張するが,この点は,どちらの事実とも矛盾する事情とはいえず,どちらかの事実を推認できるような事情とはいえない。

ケ 以上のような事情を総合考慮すると,どちらの可能性も否定できないところではあるが,上記ウの取引間隔の変化という客観的な事情を重視し,原告と被告との間の一任勘定取引は,平成18年12月29日のユージン株の買付(358番)を最後に,平成17年12月か平成18年1月ころ,原告の申入れによって終了したものと認める。

2  一任勘定取引中の過当取引について

(1)  平成16年11月当時,旧・証券取引法(平成18年法律第65号による改正・題名変更前のもの。現・金融商品取引法。以下「旧・証券取引法」という。)42条1項5号により,証券会社が顧客と一任勘定取引を締結することは禁止されていた。

もっとも,一任勘定取引が旧・証券取引法上違法であるからといって,一任勘定取引中に生じた損失をすべて証券会社に損害賠償請求できるわけではなく,逆に,一任勘定取引中であれば何をしても証券会社は損害賠償義務を負わないというわけでもない。

一任勘定取引中であっても,証券会社が顧客に対して負担する誠実公正義務(旧・証券取引法33条,現・金融商品取引法36条)に反し,手数料稼ぎのために過当な取引を行い,顧客に損害を与えれば,損害賠償義務を負うと解される。

(2)  売買回転率について

ア 売買回転率とは,顧客の資本(投資額)が証券取引で何回転したかということであり,

1年間の買付総額÷各月末の投資残高の単純平均=売買回転率

で計算される。

甲6及び弁論の全趣旨によれば,原告の各月の買付代金及び各月末の投資残高は,別紙「各月買付代金・月末在庫計算表」のとおりと認められる。

原告は,一任勘定取引開始前に買い付けた株式の残高は月末投資残高に算入すべきでないと主張するが,そのような除外をすべき根拠はない。

約1週間しか一任勘定取引のない平成16年11月を除外し,一任勘定取引であったことに争いのない平成16年12月から平成17年12月までの13か月間の売買回転率を計算すると,以下のとおりとなる。

年月(A)

買付額(B)

月末投資残高(C)

1

H16年12月

52,951,000

92,771,253

2

H17年1月

113,282,200

94,542,443

3

H17年2月

26,329,000

92,905,321

4

H17年3月

82,208,000

75,013,321

5

H17年4月

95,689,616

88,014,937

6

H17年5月

201,213,131

44,375,668

7

H17年6月

158,373,000

80,757,668

8

H17年7月

305,700,909

77,084,577

9

H17年8月

382,757,700

83,280,777

10

H17年9月

405,044,000

81,589,777

11

H17年10月

221,653,000

89,912,777

12

H17年11月

117,877,022

86,133,002

13

H17年12月

332,180,000

93,806,000

14

合計

2,495,258,578

1,080,187,521

15

年間買付総額

(B14×12/13)

2,303,315,610

16

平均月末投資残高

(C14÷13)

83,091,348

17

年間売買回転率

(B15÷C16)

28

上記のとおり,一任勘定取引中の売買回転率は約28回である。

イ もっとも,原告の証券取引は,新興市場の株式を短期間に売買して利益を得るというものであるから(原告本人,証人B),回転率が高くなるのは必然ともいえ,現に,個別の指示があったことに争いのない,一任勘定取引直前の平成16年9月,10月の取引から売買回転率を計算しても,以下のとおり,約10回に達する。

年月(A)

買付額(B)

月末投資残高(C)

1

H16年9月

113,017,973

97,657,050

2

H16年10月

48,699,276

92,826,253

3

合計

161,717,249

190,483,303

4

年間買付総額

(B3×12/2)

970,303,494

5

平均月末投資残高

(C3÷2)

95,241,652

6

年間売買回転率

(B4÷C5)

10

そして,原告とBは,原告が日中仕事で忙しいために適切な時期に連絡が取れず,売買の機会を逸する可能性があるということで一任勘定取引を開始したのであるから(原告本人,証人B),原告から個別の指示を受ける必要がなくなった一任勘定取引開始後は,従前よりも回転率は高くなって当然ともいえる。

ウ 上記イのような事情を考慮しても,上記アの売買回転率約28回という数字は,従前の約10回に比べても3倍近い数字であり,このような売買回転率の高さは,手数料稼ぎのために過当取引を行っていたことをある程度推認させる事情といえる。

(3)  手数料率について

平成16年11月25日買付分から平成17年12月29日買付分まで(64番から358番まで。それ以前に買い付けた株式の売却分は計算から除外し,上記期間内に買い付けた株式であれば,売却が上記期間後であっても計算に算入した。)の差引損益は,-4123万5213円である。

同期間の手数料等の合計は3728万0650円である。

そうすると,手数料を最終損失額で割った手数料率は,90.41%となる。

取引期間が長くなると,それまでの累計手数料は必然的に大きくなっていくから,最終的に損失で終わった場合の手数料率が高くなるのも必然ともいえるが,結果的に手数料率が90%以上に上っていることは,ある程度,手数料稼ぎのために過当取引を行っていたことを推認させる事情といえる。

(4)  取引回数について

平成16年11月25日買付分から平成17年12月29日買付分までの取引回数(上記期間中の買付回数のみを数え,同一銘柄を同日に買増しした場合1回として数えた。)は,約1年1か月強で295回(64番から358番まで。113番が2つ重複しており,230番は欠番となっている),13で割ると月平均にして約23回であり,極めて頻繁といえる。

上記のとおり,新興市場の株式を短期間に売買して利益を得るという原告の取引手法からは,取引回数が頻繁になるのは必然ともいえ,原告から個別の指示を受ける必要がなくなった一任勘定取引開始後に取引回数が増えるのも当然ともいえるが,一任勘定取引開始前の,平成16年5月27日買付分から平成16年11月22日買付分までの取引回数は,約6か月で62回(1番から63番まで。60番は欠番。),月平均にして約6回であり,一任勘定取引中の取引回数が月平均にして4倍近くに増加していることは,やはりそれなりに過当性を推認させる数字といえる。

(5)  口座支配性等について

ア 原告とBとが一任勘定取引を締結し,Bが原告の口座を支配していたことは争いがない。

そもそも,一任勘定取引は,損失補填等自己責任原則にもとる行為を誘発する温床となりやすいとともに,証券会社の手数料稼ぎに利用されるおそれがあるため,従前,一任勘定取引中の過当取引のみが禁止されていたところ,平成3年法律第96号による旧・証券取引法の改正により,過当性の有無を問わず,原則として禁止されるに至ったものである。

したがって,Bが旧・証券取引法の規制に反して一任勘定取引を締結していたこと自体,過当性を推認させる事情とみられても仕方がないというべきである。

イ また,Bは,一任勘定取引が禁止されていることを原告に説明したことはないと認めている(証人B22頁)。一任勘定取引をどちらから言い出したにせよ,一任勘定取引が旧・証券取引法で規制されていることを説明せず,漫然,これを受託したというBの行為は,顧客に対する誠実公正義務に違反するものである。

このようなBの顧客に対する不誠実性も,ある程度,原告の利益に反して手数料稼ぎを行っていたことを推認させる事情といえる。

ウ 被告は,平成17年6月24日,一任勘定取引を締結する行為を行ったことから,金融庁より業務停止命令及び業務改善命令を受け,内部管理態勢の充実・強化に取り組んだとしながら(甲5),Bは,その後も原告との間で一任勘定取引を継続し(争いがない。),Bを含む被告の従業員は,平成16年4月1日から平成17年6月ころまでの間,原告ではない他の顧客4名との間で一任勘定取引を締結し,平成16年4月14日から平成18年11月13日までの間,一任勘定取引を執行したとして,被告は,平成19年10月5日,再度の業務停止命令及び業務改善命令を受けるに至っている(甲5,証人B20から22頁)。

Bは,結局,原告との取引のこともあって,平成19年7月末をもって被告を諭旨免職となった(証人B37,38頁)(なお,本件訴状が被告に送達されたのが,平成19年6月21日である。)。

このようなBや被告の遵法精神に欠ける体質も,ある程度,原告に対しても原告の利益に反して手数料稼ぎを行っていたことを推認させる事情といえる。

(6)  Bは,一任勘定取引中の頻繁な売買は,原告の利益とともに手数料による被告の利益を図る目的もあったこと,B自身の成績を上げるためという目的もあったことを認めている(証人B24,25頁)

(7)  以上のような事情を総合考慮すると,新興市場の株式を短期間に売買して利益を得るという原告の取引手法からくる必然的な要請を考慮したとしても,一任勘定取引中にBの行った頻繁な売買は,手数料稼ぎのために原告の利益に反して過当な取引を行っていたものと認めるのが相当である。

したがって,一任勘定取引中にBの行った取引は全体として不法行為を構成し,一任勘定取引中に原告が被った損失は,このBの不法行為と相当因果関係ある損害となる。

3  インタースペース株の無断売買について

(1)  Bは,平成18年9月19日のインタースペース株20株の買付(452番)のうち,5株については価格を限定しない成行で原告からの了承を得て買い付け,15株の買い増しは一任勘定取引として行った,などと供述する(乙5,証人B)。

これに対し,原告は,5株については,80万円から100万円の範囲で買うことは了解したが,100万円を超えたときのことは了解していない,買い増しについても,状況によってはあるかもしれないが,具体的には話していない,などと供述する(甲3,原告本人)。

(2)  最初の5株について

ア 原告の供述によれば,Bは,原告から価格を限定しての指示を受けながら,それを無視して成行で注文を出したということになるが,寄り付き値が80万円から100万円の間で成立するかどうかはBにとっても予測できない話であり,Bにおいて寄り付き値について断定的な話をするとは考え難いし,そのような限定された範囲で指示があったのであれば,そのとおり指値で注文を出すのが自然に思われる。

Bにおいて指値の指示しか受けていないのに成行で注文を出したところで,被告の手数料やBの営業成績がそれほど期待できるとも思われず,Bにおいてそのような無断売買を行う動機も乏しい。

イ 原告も,具体的な文言については,それほど明確な記憶があるわけではない(原告本人)。

ウ 以上を総合考慮すると,平成18年9月19日の朝9時41分ころ,Bと原告との間で,寄り付き値80万円から100万円くらいで買えればよいが,とりあえず5株を買い付けた後,様子をみて手持ち資金の範囲内で買い付ける,という話が成立していたと認めるのが相当である。

そうすると,平成18年9月19日のインタースペース株の買付のうち,最初の5株の買付については,原告の個別の指示に基づくものであったと認められる。

(3)  15株の買い増しについて

これに対して,15株の買い増しについては,事前に個別の同意がなかったことはBも認めており(乙5,証人B),一任勘定取引が終了していたことは前記のとおりであるから,これは無断売買である。

(4)  したがって,この15株分の買付代金1860万円,買付手数料等11万5911円の合計1871万5911円の取引は,原告に帰属しない。

4  過失相殺について

(1)  無断売買分について

インタースペース株15株の無断売買分については,無断売買の効果は原告に帰属しないから,不法行為の成否につき判断するまでもなく,原告は預託金返還請求権に基づき,被告が無断で預託金から支出した1871万5911円の返還を請求することができ,不法行為を前提とする過失相殺を適用する余地はない。

(2)  過当取引分について

ア 一任勘定取引中の過当売買が不法行為を構成することは上記のとおりである。

イ しかし,そもそも,Bにおいて過当取引を行うきっかけを作ったのは,原告において一任勘定取引に応じ,原告の計算において売買することを包括的に委任してしまったためである。

本件における一任勘定取引は,どちらから言い出したものであるにせよ,原告も一任勘定取引が禁止されていることは認識していたのであり(原告本人3,4頁),原告において一任勘定取引に応じていたことは,損害の発生及び拡大に大幅に寄与していたものとして,大幅な過失相殺を免れないというべきである。

ウ そして,原告が,歯科医院を経営する歯科医師であり(争いがない。),証券取引につき十分な理解力,判断力を備えていること,原告は被告との間で証券取引を開始する10年くらい前から,日興證券で証券取引の経験があること(原告本人),原告の兄も証券取引を行っているほか,原告は有料の投資情報配信サービスを受けている他科の医師とも情報交換をしている間柄であり(原告本人),証券取引についてはそれなりの知識があるはずであること,株式取引報告書や取引残高報告書(乙2から4)の送付を受けながら,その内容をしっかり確認せず,異議を申し立ててこなかったこと(乙6の1・2,原告本人)などの事情を総合考慮すると,旧・証券取引法上禁止されている一任勘定取引の締結に応じ,平成17年6月24日,金融庁より業務停止命令及び業務改善命令を受けながら,「研修」を行っただけで,Bと原告との間の一任勘定取引を発見し,中止させることもできなかった被告側の遵法精神に欠ける体質などを考慮しても,原告の一任勘定取引中の過当取引による損害については,8割の過失相殺を行うのが相当である。

エ 上記のとおり,平成16年11月25日買付分から平成17年12月29日買付分までの一任勘定取引中(64番から358番まで。それ以前に買い付けた株式の売却分は計算から除外し,上記期間内に買い付けた株式であれば,売却が上記期間後であっても計算に算入した。一任勘定取引中に買い付け,いまだ売却されていないエルメ株2万株(221番),エルメ株1万株(231番),東海リース株1万株(310番)の含み損は算入していない。)の差引損益は,-4123万5213円であり,同額は,一任勘定取引中の過当取引という不法行為と相当因果関係ある損害といえる。

預託金返還請求であれば,買付後未処分株の買付代金を計上し,原告に帰属している保有株式の口頭弁論終結時価格を控除しなければ,買付代金全額を損害としてしまうことになるが,別紙「取引一覧表(2)」では,売却時点で損益を計上しているから,上記未処分株の買付代金は損害として計上されておらず,買付価格と口頭弁論終結時価格との調整を行わないことに問題はない。

これに8割の過失相殺を行うと,損害額は824万7043円となる。

5  結論

以上によれば,原告は,被告に対し,

(1)  預託金返還請求として,原告に帰属しないインタースペース株15株分の買付代金等に相当する1871万5911円及びこれに対する訴状送達による催告の翌日である平成19年6月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金,

(2)  Bの過当取引による不法行為の使用者責任(民法715条)に基づく損害賠償請求として,824万7043円及びこれに対する不法行為の後の日である平成19年6月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金

の支払を求めることができる。

よって,訴訟費用の負担につき民事訴訟法64条を,仮執行宣言につき同法259条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判官 西村康夫)

<以下省略>

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