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名古屋地方裁判所 平成19年(ワ)2927号 判決 2009年5月22日

愛知県<以下省略>

原告

同訴訟代理人弁護士

大田清則

石川真司

同訴訟復代理人弁護士

平野憲子

東京都中央区<以下省略>

被告

SBIフューチャーズ株式会社

同代表者代表取締役

兵庫県西宮市<以下省略>

被告

Y1

大阪府枚方市<以下省略>

被告

Y2

上記3名訴訟代理人弁護士

鳥飼重和

高田剛

青戸理成

野村彩

主文

1  被告らは,原告に対し,連帯して,990万円及びこれに対する平成18年6月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,これを5分し,その2を原告の負担とし,その余を被告らの負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告らは,原告に対し,連帯して,1725万円及びこれに対する平成18年6月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,被告SBIフューチャーズ株式会社(以下「被告会社」という。)との間で商品先物取引委託契約を締結して商品先物取引を行った原告が,被告会社の外務員である被告Y1(以下「被告Y1」という。)及び被告Y2(以下「被告Y2」という。)に,新規委託者保護義務違反,説明義務違反,断定的判断の提供,一任売買,取引継続段階における適合性原則違反,無意味な反覆売買,過大な取引があったとして,被告Y1及び被告Y2に対しては共同不法行為に基づき,被告会社に対しては不法行為又は使用者責任に基づき,1725万円の損害賠償を請求する事案である。

1  前提事実(争いのない事実,及び後掲証拠による認定事実)

(1)  原告は,昭和48年○月生まれで,平成8年にa大学経済学部を卒業後,会社員となり,平成11年には,父親が代表取締役となり建材加工販売(鉄鋼二次製品の販売等)を業とする株式会社bに勤務するようになり,平成17年4月からは,同社の代表取締役社長に就任していた者である(甲16,乙3,原告本人)。

(2)  被告会社は,商品取引所における上場商品の売買及び売買取引の受託業務を目的とする商品先物取引業者であり,被告Y1及び被告Y2は,被告会社の大阪支店に勤務していた(弁論の全趣旨)。

被告Y1は,商品先物取引会社に勤務して25年以上の経験を有するベテランの登録外務員である(被告Y1本人)。

被告Y2は,商品先物取引会社に勤務して約8年で,被告Y1の部下たる地位にある登録外務員である(被告Y2本人)。

(3)  原告(当時32歳)は,平成18年5月13日,被告Y2と面談して,被告会社との間で,商品先物取引委託契約(以下「本件契約」という。)を締結し,別紙建玉分析表のとおり,同月17日から同年6月15日までの間,とうもろこし,白金,ゴム,灯油,ガソリン,粗糖,NON大豆,金に係る商品先物取引(以下「本件取引」という。)を反復継続した(甲16)。

(4)  本件取引の仕方について,原告は,被告会社の登録外務員から情報の提供,売買手法等取引に関するアドバイスを受けて取引を行うという「サポートコース」(乙10の10条1項(2))を選択した。そして,本件取引について原告と応対した者は当初は被告Y2であったが,平成18年5月26,27日ころからは,被告Y1が原告と応対するようになった(乙8の1,2)。

(5)  本件取引において,原告が預託証拠金として被告会社に入金した額は合計1500万円であり,原告の最終的な差引損益額は1516万2786円の赤字であったため,入金した金員はすべて帳尻損金に充てられ,原告に返還される清算金はなかった(乙9の1~3)。

2  争点

(1)  本件取引の違法性

(原告の主張)

ア 新規委託者保護義務違反

原告は取引未経験者と同旨し得べきであり,新規委託者として保護の対象となる。新規委託者保護義務については,取引開始から3か月間は取引枚数を20枚以内とするという基準が有効であるが,被告らは,本件取引では,取引開始後20日も経過しない平成18年6月6日までに合計298枚の残玉(証拠金金額にして1323万円分もの取引)を原告に生じさせているのであって,同基準に大幅に違反して過大な建玉を勧誘した違法がある。

そもそも,被告会社の受託業務管理規則には,取引未習熟委託者について,初回建玉日から3か月間,取引数量を投資可能金額の3分の1に制限するという新規委託者保護育成規定が設けられており,受託者は,新規委託者が,限度を超えた取引をすることのないように助言すべきものであり,また,短期間に相応の建玉枚数の範囲を超えた頻繁な取引を勧誘したり,損失を回復すべく過大な取引を継続して損失を重ね,次第に深みにはまっていく事態が生じるような取引を勧誘することがあってはならない。被告Y2及び被告Y1の勧誘は,新規委託者保護の趣旨に反する。

イ 本件契約締結段階における説明義務違反

原告は,本件契約の勧誘を受けた際,被告Y2から説明を受けたが,被告Y2による商品先物取引の仕組みや危険性についての説明は,形式的かつ利益を強調した説明に止まり,原告が具体的かつ十分に理解できる内容ではなかった。このような説明は,説明義務に違反する。

ウ 取引開始後における説明義務違反・断定的判断の提供

被告Y2及び被告Y1は,個々の取引の勧誘の際,原告に対し,断定的判断を織り交ぜたり,不利益を伝えず利益を強調した説明,虚偽の説明などをしており,違法である。

エ 実質的一任売買

原告は,投資判断を,深く信頼していた被告Y2,被告Y1にゆだねて,そのアドバイスのままに取引を行っていたのであり,両被告は,それを分かっていながら,原告の先物取引に関する知識・経験のなさに乗じて,その保有資産の大半を先物取引に投じさせるべく,勧誘行為を繰り返した。

このような勧誘行為は,実質的一任売買として違法である。

オ 取引継続段階における適合性原則違反

本件取引開始の時点では原告には少額の取引を行う意思しかなかったにもかかわらず,被告会社の外務員は,開始後2週間経過した平成18年5月30日の段階で,取引規模を著しく拡大し,994万円もの現金を本件取引の資金として入金させた。このことは,取引継続段階における適合性原則への違反に当たる。

カ 多数商品による過大な取引

本件取引に係る商品(東工・金を除く。)は,①東穀・とうもろこし,②東工・白金,③東工・ゴム,④中部・灯油,⑤東穀・粗糖,⑥中部・ガソリン,⑦東穀・NON大豆であり,3取引所の合計7銘柄もの商品であった。しかし,商品先物取引の経験がほとんどなく,仕事を有し,自ら情報を収集する時間もない原告が自ら各商品の相場判断をして取引を行うことは不可能であり,また,原告が自ら望んでこれだけの多数の商品の取引を行うということはないのであって,本件取引は,被告会社の外務員が,原告を誘導して,多数商品による過大な取引を行わせたものであり,違法である。

(被告らの主張)

ア 新規委託者保護義務違反

新規委託者保護義務は,委託者が取引拡大を要求してきたときに,申告された金融資産等から判断し,その適合性に照らして不適当と判断されない限り,申告を受けた投資可能資金額の範囲内においては,それを拒絶する義務までを含むものではない。委託者の取引拡大の意向を拒絶すれば,受託会社は委託者に対して債務不履行責任を負うことになる。

イ 説明義務違反

被告Y2は,原告と面談した際,商品先物取引の仕組みや危険性の説明を具体的に行っている。また,原告は,被告会社における先物取引の知識確認テストや被告会社の担当者の電話確認,被告会社の管理課の電話審査等において,商品先物取引の仕組みや危険性について十分な理解を示している。

さらに,原告が本件取引の途中で投資可能資金額の3分の1の水準を超える取引を希望した際にも,被告Y1が,「超過取引確認書」を原告に提示して面前で説明を行い,同書面をその場で提出させるのではなく持ち帰って冷静に判断する機会を与え,その上で納得が得られたならば同書面に署名押印をして送るように促し,さらに,被告Y1とは別に管理部門から電話による確認が行われている。

したがって,被告らにおいては,本件契約締結時及び一定取引量を超える取引時のいずれにおいても,説明義務違反はない。

ウ 断定的判断の提供

被告会社の外務員が断定的判断の提供を行ったことはない。

エ 実質的一任売買

被告会社の外務員が原告の指示を受けないで売買をしたことはない。原告の分析が正しいかどうかはともかくとして,原告には商品先物取引に関する知識があり,相場を判断する能力もあり,被告会社の外務員に不当勧誘などもなく,裁量権の逸脱もないので,仮に実質的一任売買という概念があるとしても,それに当てはまらないことは明らかである。

オ 取引継続段階における適合性原則違反

原告は,平成18年5月29日,リスクが拡大することを理解した上で,それでも取引を拡大するよう求めた。同月30日の入金はそのような取引の拡大を目的とする入金である。

被告会社は,原告を,商品先物取引を行うための知識や資金は十分であるが,取引経験が少ないと判断し,取引拡大に当たって,担当者の判断だけでなく管理課による確認を行った上で,取引を受託しており,違法行為はない。

カ 多数商品による過大な取引

多数商品による取引について,被告会社の外務員は,原告に対して,取引を説明した上で,原告の最終判断に基づいて取引を行っているのであり,多数商品による取引が違法性を基礎づけるものではない。

(2)  損害,過失相殺

(原告の主張)

原告は,被告らの違法行為により,本件取引による損害1500万円,慰謝料75万円,弁護士費用150万円の合計1725万円の損害を被った。

本件における被告Y2及び被告Y1の行為は,先物取引について初心者同様であった原告の知識・経験のなさにつけ込んで,故意に原告に多数かつ過大な取引を勧め,委託者の要求に反して仕切りを拒否又は回避し,手数料収入の拡大を図ろうとした悪質なものといえる。こうした経過にかんがみれば,本件において,過失相殺は許されない。

(被告らの主張)

仮に被告らの行為に違法な部分があったとしても,原告は当初から投資意欲が強く,リスクをとってその分大きな利益を得ようとする姿勢を示すなどしていたものであるから,原告の過失の程度は相当に大きい。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

前記前提事実,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(1)  被告会社の平成17年11月1日付け受託業務管理規則には,次の定めがある(乙10)。

「12条 取引未習熟委託者

商品先物市場に参加するに相応しい健全な委託者層の拡大を図るため,次の条件に該当する者を取引未習熟委託者と判断する。

(1) 直近の過去3年以内において商品先物取引の経験が延べ90日未満の者。

((2),(3)及び第2項は省略)

13条 委託者の保護育成措置

第12条に該当する取引未習熟委託者の保護と育成を図る為,初回建玉日より3ヵ月間の習熟期間を設け,期間中の取引数量を投資可能金額の3分の1に相当する数量に制限する。

尚,3ヵ月経過後においても委託者の理解度等に応じ継続して制限を加え,精査対象とする場合もある。

(第2項は省略)

3  取引期間中の入金を第7条第1項第4号で申告のあった投資可能金額の範囲内に制限する。」

(2) 原告は,従前から株式取引をしていたが,証拠金を差し入れてする株式の信用取引などの経験はなかった。原告は,平成17年10月6日,エース交易株式会社の外務員の勧誘により,75万円を預託して,金先物10枚を買建てし,同年11月20日ころに手じまいをして,70万円余りの利益を得たことがあった。原告の本件契約前の商品先物取引の経験は,これ1回のみであった(甲16,弁論の全趣旨)。

(3) 原告は,平成18年4月下旬,被告会社に対し,インターネットにより問い合わせをし,被告会社から口座開設申込書等の送付を受けた(甲16)。

(4) 被告Y2は,平成18年4月24日及び同年5月10日,原告に電話をし,後者の電話において,「商品先物取引の説明及び理解に関する確認書」(乙1の1)に沿って,被告会社の先物取引の仕組み等を説明したが,その際,原告から,取引により取引証拠金等の額以上の損失が生じ得る理由を問われ,その理由(ストップ安の連続と値幅制限の仕組み等)について具体的に説明した(乙11の1・2~7頁)。

また,その際,被告Y2は,原告から,前記(2)の金先物取引により70万円くらいの利益を得た話を聞き(乙11の1・5~6頁),原告の商品先物取引の取引経験は1回のみで,損失を被った経験がないことを理解した。

さらに,被告Y2は,原告に対し,習熟期間中は申告される投資可能金額の3分の1を使って取引をすることになる旨を説明した上,原告から,投資資金は500万円ぐらいとする考えである旨を聞き出した(乙11の1・7~8頁)。もっとも,原告は,当初の取引の規模については,「とりあえず少額。一つやっておけばいいかなって。」(乙11の1・6頁)と,少額で1銘柄の取引を開始していく意向を述べていた。

(5) 原告と被告Y2は,平成18年5月13日,面談したが,その際,原告は,いずれも必要な記入のされた口座開設申込書(乙3),「商品先物取引基礎の基礎」と題する試験問題(乙2),投資可能資金額申込書(乙4)を持参した。

原告は,上記口座開設申込書に,年収1000万円以上,資産合計6000万円(不動産1000万円,有価証券等4000万円,貯蓄金等1000万円),初回の入金予定金額500万円などと記載していた。

また,上記試験問題では,設問25問中,正解が20問に達すれば合格とされているが,原告は24問を正解し,誤った1問については,被告Y2が説明をした(乙2,被告Y2・8頁)。

(6) 原告は,前記投資可能資金額申込書において,投資可能な金額を「500万円」と記載していたが,被告Y2は,最初の3か月間は投資可能金額の3分の1である166万円でしか取引ができないとし,投資可能金額をもっと増やした方がよいと勧誘し,原告はこれに応じ,「500万円」の冒頭に「1」を書き加えて「1500万円」とした。そして,被告Y2は,そのように「1」が書き加えられたことや,原告が当初記載していた投資可能金額が500万円であったことを被告会社の管理部には伝えずに,原告から預かった書類を被告会社に交付した(甲16,被告Y2・48~49頁)。

(7) 平成18年5月15日,被告会社管理課のBは,審査のため,原告に電話し,先物取引の仕組みについて説明し,原告の職業や先物取引の経験等を確認した。その結果,原告は電話審査を通過した(乙11の1・10~16頁)。

(8) 被告Y2は,平成18年5月16日,原告に電話をして現金の入金を催促したところ,原告から「少しだけ入れときます。」との回答を受け,原告に対し,500万円を1回でまとめて入れてもらえばありがたい旨を申し述べた。

これに対し,原告から「なんで。」と問われたところ,被告Y2は,「私は,鞘も得意なんで・・・是非・・・作らせて頂きたい」などと,複数の先物商品を組み合わせて購入等する「鞘取引」の利点を強調し,また,「灯油を買ってガソリンを売るっていう取り方なんで,こう,灯油の方がより多く下がっている今日というのはかなりいい状況で,できるんですね。」と,今日がチャンスである旨の説明をし,なおも原告から入金について「別にいっぺんじゃなくてもいいでしょう。」と言われたのに対し,取引手数料について「お預かり額によって・・・若干ディスカウント・・・させていただいているんで」と,取引手数料が安くなることを告げて500万円を入金するよう勧誘した(乙11の1・20~21頁)。

(9) 原告は,平成18年5月16日,前記(8)の電話の後,被告会社に112万円を入金し,残りは資金ができ次第入金することとし,翌17日,被告Y2の提案と勧誘(乙11の1・24~25頁)により,東穀・とうもろこし5枚,東工・白金5枚,東工・ゴム5枚の各買建玉をした。

また,原告は,被告会社に対し,同月18日に126万円,19日に118万円,23日に150万円を追加して入金した(以上,入金額合計506万円)。そして,いずれも専ら被告Y2の提案と勧誘により,原告は,同月18日から同月26日までに,別紙建玉分析表のとおり延べ28回にわたり,上記3商品のほか,中部・灯油,中部・ガソリン,東穀・粗糖,東穀・NON大豆,東工・金の各買建玉又は売建玉並びにそれらの一部の仕切りをした。

(10) 原告は,被告Y2の勧誘に従って個々の取引を開始した結果,本件取引の当初の段階から利益が生じたことから,被告Y2の取引の能力や勧誘の内容を高く評価するようになり,被告Y2に対し,平成18年5月18日には,被告Y2の相場観が的確であったことに驚嘆して,「何でそんなに分かるんですか,と思って。」(乙11の1・28頁)と発言し,同月22日には,被告Y2から押し目を拾っておくのも面白いなどと買建玉を勧誘された際,「どこまで稼げるの」(乙11の1・33頁)と発言した。もっとも,原告は,同月25日,被告Y2が勧誘していた鞘取引の手法について,被告Y2に対し,「鞘はあんまり面白くないような気がするけど。」(乙11の1・45頁)と,より高収益のねらえる取引手法に興味を示すような発言もした。

個々の取引を委託する際の態様は,専ら被告Y2が原告に電話をして個々の取引の提案と勧誘をし,原告は「はい。」などと答えてこれに応ずるものであった。原告は,個別の取引を自ら発案したことがほとんどなく,むしろ,取引については「Y2さんの勘に任せる。」「(チャートとかを)全然見てない。」(乙11の1・37頁),「いや,よく勉強しとらんけんで,分からんって言っとるが」(乙11の1・44頁)と,基本的に被告Y2の提案に任せる姿勢であったもので,同月26日には,「何でも建ててくれたら。やってくれればいいのに。」と被告Y2に取引を一任するがごとき発言をし,被告Y2から「だめですよ,そんなの。」「Xさんのご資金なんですから,ちゃんと一緒に考えていただかないと。」などと,たしなめられることもあった(乙11の2・5~6頁)。

(11) 本件取引のうち被告Y2の勧誘を受けて行った部分については,平成18年5月25日に,本件取引の取引本証拠金の額が477万5000円に上り,同月26日には,本件取引の建玉の値洗損益は-20万7000円,差引損益累計額は+45万5052円となっていた(弁論の全趣旨)。

(12) 原告は,被告Y2から,自己が勧誘内容の教えを受けている被告Y1が原告に会いたいと言っているとして,被告Y1に会うよう勧められ,平成18年5月27日,被告Y1と面談した。その席で,被告Y1は,原告に対し,「上手にやってもっと増やしましょう。」などと取引金額を多くするように勧誘し,原告は,被告Y2が尊敬し指示に従ってきたという被告Y1が大阪から来て原告を上客として扱い,また,被告Y1が本当に相場を分かっていると感じたことから,取引金額増額の勧誘に応ずることとし,被告Y1が持参した超過取引確認書の用紙を受け取り,これに所定の事項を記載するなどした(甲17,乙5,原告本人・19~20頁)。

(13) 原告は,平成18年5月29日,被告会社に対し,前記超過取引確認書を提出し,被告会社管理課のCから,電話で,同書面について,原告の意思に基づくか,原告の資金状態に無理がないかなどの審査を受け,同電話審査を通過した(乙6,12・2~3頁)。

(14) 原告は,平成18年5月29日から,被告Y1の提案と勧誘により,取引を継続するようになったが,委託の態様は,専ら被告Y1が原告に電話をして個々の取引の提案と勧誘をし,原告は「はい。」などと答えてこれに応ずるものであった。原告は,同月30日,被告会社に994万円を入金し,被告Y1の提案と勧誘により,東穀・とうもろこし15枚,東穀・NON大豆50枚,中部・ガソリン50枚の各買建玉をして取引数量を大幅に拡大したが,同年6月1日には,建玉の値洗損益は-703万円,差引損益累計額は-60万7048円となるなど,大幅な損失が生じた。

(15) 原告は,平成18年6月2日,被告Y1から電話を受け,1回分の追証が約500万円になり,追証がかかると残存する証拠金がもったいないから建玉をした方がよいなどと勧誘され(乙12・22頁),これに応じたが,その際の会話において,「もう止めようっと思っとったんだけど」(乙12・25頁)などと,取引の手じまいの意向を口にするようになった。

(16) 原告は,平成18年6月8日,被告Y1から電話を受け,追証がかかる危険がある旨の報告を受けた際,「全部売っちゃえばよい。」(乙12・47頁)と発言し,同月9日には,被告Y1に対し「1回全部決済しておとなしくしておいた方が良いんじゃないの。」(乙12・49頁)などと全建玉の仕切りを申し出たが,被告Y1から一部の建玉の仕切り等で対応するよう説得され,これに応じた。

(17) 被告Y1は,平成18年6月14日,原告に対し追証拠金の入金を促したが,原告はこれに応じず,本件取引は終了となり,最終的に16万2786円の不足金が生じた(乙12・63~70頁)。平成18年5月29日以降の被告Y1の提案と勧誘による取引は,別紙建玉分析表のとおり,延べ74回に上った。

2  争点(1)について

(1)  前記認定のとおり,被告会社の受託業務管理規則においては,取引未習熟委託者の保護と育成を図るため,初回建玉日より3か月間の習熟期間を設け,期間中の取引数量を投資可能金額の3分の1に相当する数量に制限する旨が定められているが,その趣旨は,商品先物取引が,限月を有し,値動きが荒く,レバレッジによる投機性が高く,短期間で多額の損失を被るリスクの極めて高い取引であることから,取引未習熟委託者が,そのリスクを軽視し,当初から投資可能金額の上限の取引をして不測かつ多額の損失を被らないように,取引にある程度習熟するまでの一定期間,取引数量を制限して,取引未習熟委託者をリスクから保護することにある。

そして,自社の受託業務管理規則の趣旨に従って取引未習熟委託者を保護すべき義務は,外務員に共通する一般的な注意義務であると解されるから,これに違反した取引は違法であると認められるものである。このような取引未習熟委託者保護義務は,原告の主張する新規委託者保護義務に含まれる注意義務であると解される。

(2)  前記認定事実によれば,原告は,これまで,商品先物取引を1回しかしたことがなく,商品先物取引のリスクの高さについて実際に経験したことのない取引未習熟委託者であり,本件契約締結当時,当初は,投資可能金額を500万円として本件取引を開始しようとしたことが明らかである。

このような場合,被告会社の外務員としては,取引未習熟委託者である原告を保護するために,前記受託業務管理規則に従って,習熟期間中は,投資額を投資可能金額の3分の1以下にとどめさせる義務がある。

(3)  被告Y2の義務違反について

ア 本件取引において,被告Y2は,原告が投資可能資金額申込書に「500万円」と記載してきたのに対し,投資可能金額をもっと増やした方がよいと勧誘し,同欄に「1」を書き加えさせて「1500万円」とさせた上,当初予定されていた投資可能金額の全額である500万円を早期に入金するように執拗に勧め,しかも,合計506万円が入金されるや,取引を拡大し,取引開始から7営業日後の平成18年5月25日には取引本証拠金が合計477万5000円となるような数量の取引を勧誘したものである。

イ しかし,前記のような取引未習熟委託者保護義務の趣旨に照らせば,取引開始に当たっては,被告Y2は,原告が当初申し出てきた投資可能金額500万円の記載を尊重すべきであって,これを1500万円に引き上げるように勧誘すべきではない。また,仮に,原告が,取引未習熟委託者であるにもかかわらず,当初から投資可能金額500万円全額を投資したいという意向であったのであれば,被告Y2としては,原告に対し,商品先物取引が極めて高いリスクを有することを丁寧に説明して,リスク経験の乏しい原告は,3か月間,取引数量を投資可能金額500万円の3分の1にして経験を積むように鋭意説得すべきものである。さらに,原告から500万円が入金されたとしても,被告Y2としては,取引本証拠金をその3分の1である166万円以下に抑えるように取引数量を制限した勧誘をすべきものである。

ウ しかるに,そのようにせずに,投資可能金額を1500万円に引き上げるように積極的に勧誘し,合計506万円の入金後,取引数量を拡大するように勧誘した被告Y2の前記行為は,実質的に,取引未習熟委託者保護義務の趣旨を没却するものであって,同義務に違反するものと認められる。

(4)  被告Y1の義務違反について

ア 前記のような取引未習熟委託者保護義務の趣旨に照らせば,習熟期間中における取引金額の増額変更の勧誘は,取引未習熟の段階の顧客に過大なリスクを負わせることとなるのであって,増額変更がやむを得ないといえるような特段の事情がない限り,そのような勧誘をすべきではないということができる。

イ しかるに,被告Y1が前記勧誘をした平成18年5月27日当時,原告に取引金額を増額しないと不慮の損失を被るといった差し迫った事情等はうかがわれない。むしろ,本件では,もともと原告は,契約締結当初の段階では,投資可能資金額を500万円と記載していたのであるから,なおさら,取引金額の増額変更を勧誘すべきではない事情があったということができる。したがって,被告Y1が平成18年5月27日にした取引金額の増額変更の勧誘は,取引未習熟委託者保護義務の趣旨に反するものと認められる。

ウ また,被告Y1は,994万円の入金後,原告に対し,一貫して建玉を増加させて取引数量を拡大する方向で,提案と勧誘をしているものであり(乙12),このような提案と勧誘も,取引未習熟委託者保護義務の趣旨に反するものとして,違法な行為と認められる。

(5)  被告らの主張について

ア 被告らは,原告が,被告Y2との当初の面会の時点から,商品先物取引に対しては積極的な態度を示していたが,その後,かかる前向きの姿勢は更に強くなり,被告Y1との面談の際には,今後相場が上がっていくから取引を拡大したいと自ら考えていたと主張する。

しかし,前記認定によれば,原告は,当初,投資可能金額を500万円と記載した書類を持参し,被告Y2の勧誘により,これを1500万円とした後も,実際の入金額については,当初112万円とし,被告Y2から500万円を全額入金するように執拗に勧誘されても,直ちにこれに応じたものではなかったこと,取引開始後の取引姿勢は,専ら被告Y2及び被告Y1の提案と勧誘に従うものであって,自らは情報収集をしたり具体的な取引を提案することはほとんどなく,被告Y2に任せる姿勢が強く,被告Y2から,原告も一緒に考えるようにと,たしなめられるような状態であったこと,被告Y1の提案と勧誘による取引が始まって程ない平成18年6月2日には「もう止めようと思った」などと手じまいの意向を口にするようになったことが認められる。

このような取引過程における原告の言動からみて,原告が本件取引に対して積極的な投資姿勢を示していたとは到底認められない。

イ 次に,被告Y1は,陳述書(乙14)及び本人尋問において,前記平成18年5月27日の面談の際に,原告が,今後相場が上がっていくから取引を拡大したい意向を示し,追加資金として1000万円位は別に無理のない資金であると述べたとし,かつ,被告Y1からは原告に対し取引拡大の勧誘をしていない旨を供述する。

しかし,前記アの原告の本件取引に係る投資姿勢に照らし,原告が被告Y1からの勧誘もないのに,自ら積極的に1000万円も追加入金して取引拡大をする意向を示したということは考えられず,上記供述は信用することができない。

ウ 以上によれば,本件取引について,原告に積極的な取引姿勢があったとは認められず,むしろ,原告の取引姿勢は,専ら被告Y2や被告Y1の提案と勧誘に依存し,その過程で取引数量が拡大されるといった受動的,消極的なものであったと認められる。したがって,本件においては,原告に積極的に取引拡大の意向があったなどとして被告Y2や被告Y1の取引未習熟委託者保護義務違反の責任の軽減や免責をいうことはできない。

(6)  まとめ

以上のとおり,本件取引について,被告Y2及び被告Y1には取引未習熟委託者保護義務違反の各不法行為が認められるから,その余の責任原因事実について検討するまでもなく,本件取引は全体として違法な取引であったと認めることができる。そして,被告Y2及び被告Y1の各不法行為は,その接着性,連続性からみて,関連共同性が認められるから,共同不法行為というべきであり,各被告の雇用者である被告会社は,被告Y2及び被告Y1の各不法行為について,少なくとも使用者責任は免れないものと認められる。

3  争点(2)について

(1)  損害について

本件取引について,原告は,被告会社に1500万円を入金したが,その全額が損金となったものであるから,同額の損害を被ったものと認められる。

このほか,原告は,慰謝料75万円の損害を主張するが,原告につき,財産的損害の賠償をもってしても償われない非財産的な損害が生じたと認めるに足りる証拠はなく,同主張は採用することができない。

(2)  過失相殺について

本件は,別紙建玉分析表のとおり,取引開始から1か月にも満たない短期間のうちに,建玉と仕切りを含め延べ102回という多数の取引が行われ,原告が取引の開始前に予定していた投資可能資金額である500万円の3倍に当たる1500万円もの損害が生じたという事案であって,被告Y2及び被告Y1の取引未習熟委託者保護義務の違反の程度は著しいというべき事案である。

しかし,他方,原告は,高学歴,高収入で,理解力,資金力があり,本件取引の開始に当たり,被告会社管理課のBから「全てあの損得の結果ってのはお客様のあの自己責任になりますので・・・ご注文時にはくれぐれもその辺ご検討頂いた上でですね,ご注文頂きますようよろしくお願いいたします。」と言われ,「分かりました。」と答えている(乙11の1・16頁)など,損失について自己責任があることは十分自覚していたものと認められる。

これらの点に加え,本件に現れた諸事情を総合すれば,本件においては,過失相殺がされるべきであり,その割合は4割とするのが相当である。

(3)  本件事案の内容,審理経過,認容額等を考慮すると,本件による弁護士費用として,原告が被告らに対し賠償を求め得る額は90万円と認めるのが相当である。

(4)  したがって,原告が被告らに対し賠償を求め得る額は990万円となる。

第4結論

よって,原告の被告らに対する請求は,990万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これに従って一部認容することとして,主文のとおり判決する。

(裁判官 戸田久)

<以下省略>

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