名古屋地方裁判所 平成19年(ワ)3613号 判決 2010年4月13日
住所<省略>
原告
X
同訴訟代理人弁護士
石川真司
同
橋本奈奈
同訴訟復代理人弁護士
今泉麻衣子
住所<省略>
被告
大阪岡安商事株式会社
同代表者代表取締役
A
住所<省略>
被告
Y1
上記両名訴訟代理人弁護士
太田成
主文
1 被告らは,原告に対し,連帯して389万5920円及びこれに対する平成17年8月29日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,これを2分し,それぞれを各自の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告らは,原告に対し,連帯して611万5600円及びこれに対する平成17年8月29日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,被告大坂岡安商事株式会社(以下「被告会社」という。)に委託して商品先物取引をなした原告が,被告らに対し,被告Y1(以下「被告Y1」という。)ら従業員のなした商品先物取引の勧誘及び一連の取引が違法であるなどと主張して,①被告Y1に対しては不法行為に基づく損害賠償請求権として,②被告会社に対しては,被告会社自体の不法行為に基づく損害賠償請求権ないし被告Y1ら従業員の不法行為についての使用者責任に基づく損害賠償請求権として,一連の商品先物取引によって蒙った損失額506万5600円,精神的損害50万円及び弁護士費用55万円の損害額合計611万5600円及びこれに対する上記商品先物取引終了日である平成17年8月29日から支払済みまで民法所定の年5パーセントの割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ求めている事案である。
1 前提事実(末尾に証拠を摘示しない事実は,当事者間に争いがない。)
(1) 当事者について
ア 原告について
原告(昭和14年○月○日生)は,同33年3月にa高校を卒業し,両親が経営していたb写真機店を手伝うようになり,約25年前に父親が死亡してからは同店を経営しているが,従業員はおらず,原告及びその妻が業務に従事しているのみである。(甲24,原告本人)
イ 被告らについて
被告会社は,国内公設の商品取引員であり,商品取引所法の適用を受ける商品取引所市場における上場商品及び天然ゴム指数等の商品指数の売買取引並びにその受託業務等を目的とする株式会社であり,平成21年3月2日に岡安商事株式会社から商号を変更した。
被告Y1は,被告会社名古屋支店営業課長であった者である。(乙47,被告Y1)
(2) 原告と被告会社との間の商品先物取引について
原告は,被告会社に対し,平成16年12月2日,商品取引所の商品市場における取引の委託をするに際し,先物取引の危険性を了知した上で取引を執行する取引所の定める受託契約準則の規定に従って,原告の判断と責任において取引を行うことを承諾したとして,署名押印した約諾書・通知書(乙14)を差し入れて,商品取引所の商品市場における先物取引を委託(以下「本件委託契約」という。)した。(乙14)
そして,本件委託契約に基づき,被告会社は,同月3日から同17年8月29日までの間,原告の計算において(但し,実質的にも原告の計算によるものであったかどうかについては,後記2(1)ア(オ)記載のとおり争いがある。),別紙建玉分析表記載のとおりの商品先物取引(以下「本件取引」といい,個別の取引は,「本件取引」の末尾に「No.」欄記載の番号を付加して摘示する。)を行った。
本件取引による売買損益金としては440万7500円の利益が生じているが,委託手数料が902万2000円であり,原告には,差引損益金として506万5600円の損失が生じた。
2 争点及び当事者の主張
(1) 被告会社従業員らの一連の行為による不法行為の成否について(争点1)
ア 原告の主張
被告Y1ら従業員が原告に対して行った一連の行為は,全体として,正当な商行為として許容される範囲を逸脱していて,不法行為を構成する。
また,被告会社は,組織体としての企業活動において上記不法行為をなしたものであり,あるいは被告Y1ら従業員の上記不法行為は,被告会社の事業の執行行為としてなされたものであるから,被告会社は,被告Y1ら従業員の上記不法行為についての使用者責任を負担している。
(ア) 適合性原則違反について
原告は,年収が500万円を下回り,銀行からの借入金が約1600万円残存していて,日々の生活にも余裕のない状態であり,株式の現物取引の経験はあるものの,商品先物取引の知識・経験は全くなく,投機的な投資意向も有していなかったのであり,また,b写真機店を経営していて,日中,相場の動向を確認し,あるいは被告Y1ら従業員からの電話に十分な対応をすることができる状態ではなかったのであるから,商品先物取引の不適格者である。
(イ) 新規委託者保護義務違反について
新規委託者については,最初の取引を行う日から最低3か月間は習熟期間とし,その間の建玉枚数を原則として20枚以下に制限すべきであり,かつ,建玉時に預託する取引本証拠金の額が顧客が申告した投資可能資金額の3分の1を超えないようにすべきである。
しかるに,被告Y1は,本件取引開始日である平成16年12月3日に20枚を買い建て,その5日後にはさらに20枚を買い建て,同月16日には買建玉が53枚まで増えていて,上記制限の倍以上の枚数の建玉をさせるとともに,本件取引開始時に150万円,同月8日に150万円をそれぞれ預託させて,原告が申告した500万円以下という年収の半分を超える300万円を預託させていて,原告の資力等に比して過剰な投資であることが明らかであるから,新規委託者保護義務に違反するというべきである。
(ウ) 説明義務違反について
本件取引が,全くの初心者である原告にとって極めて過大なものになっていて,頻繁かつ無意味な取引によって異常な手数料稼ぎがなされているという客観的取引経過からすれば,被告Y1ら従業員が,商品先物取引の仕組みや,商品先物取引に関する具体的な取引の危険性を説明していないことは明らかである。
また,平成16年12月1日に,被告会社名古屋支店営業主任B(以下「B」という。)とともに原告宅を訪ねた被告Y1は,原告に対し,商品先物取引による具体的な値動きリスクについての説明を全くしなかった。
(エ) 断定的判断の提供について
Bは,原告に対し,「(ゴム相場は)大変すばらしい状況です。ぜひ,取引をはじめてみませんか。」「ゴム相場が急落したので,取引を始める絶好のチャンスです。すぐに始めてみませんか。」「このあたりが最近の下値で,12月20日ころから年末までには130円~135円まで値上がりするでしょう。遅くとも,2005年の3月ころまでには最高に良ければ155円~160円くらいまで上がるでしょう。」「例年だと年末になると必ず上がり,年明けになるとさらに上がるのです。」などと説明して,断定的判断を提供した。
また,被告Y1は,原告に対し,本件取引開始後である平成16年12月27日,スマトラ島沖の大地震が起こったことに関して,「細心の注意は払って相場を張りますので,大丈夫です。」「年明けから3か月までは値上がりする予定ですので,私に任せてください。」などと説明して,断定的判断を提供した。
(オ) 実質的一任売買について
原告は,自ら相場を判断して注文を出すことができるような情報力・判断力もなく,また,そのような環境にもなかったことから,すべて被告Y1ら従業員に頼らなければ何もできない状態であった。
しかるに,本件取引の客観的取引状況は,当初から20枚を買い建て,僅か10日後には建玉数が50枚にまで増えていて,取引枚数が急激に拡大しているというものである。
また,被告Y1は,連日のように,頻繁に建て落ちを繰り返させて,別紙建玉分析表記載のとおり,直しと途転,直しと両建て,途転と両建て,直しと途転と両建てというような1つの取引が2つ以上の特定売買に該当する不合理な取引を繰り返している。
したがって,本件取引は,被告会社による会社ぐるみの手数料稼ぎ目的の取引であったものといわざるを得ず,少なくとも実質的一任売買が行われていたものである。
(カ) 無意味な反復売買について
旧農林水産省食品流通局商業課の委託者売買状況チェックシステム(以下「チェックシステム」という。)及び旧通商産業省のMMT(ミニマムモニタリング)により,特定売買比率は20パーセント以下,売買回転率は月3回以内,手数料化率は10パーセント程度でなければ,委託者の利益を損なう過当な取引であるとされているところ,本件取引については,特定売買比率が83.18パーセント,売買回転率が,取引期間が270日・仕切り件数195件で約21.67回,手数料化率が178.10パーセントと著しく高率であるから,本件取引は,被告Y1ら従業員が,原告の知識・経験の不足につけ込んで,事実上の一任を取り付け,手数料稼ぎのためになした無意味な反復売買である。
(キ) 両建ての勧誘について
金及び白金については,平成17年3月11日から同年5月25日まで及び同年7月8日から同月13日までの間,両建状態が継続し(常時両建),同年3月11日の両建ては同時両建でもある。
また,ゴムについては,値が上がっていくのに任せて,本件取引70,71,261ないし263に係る売建玉を放置したまま,買建玉を買い建てては落とすことを繰り返して,損失の膨らむのを放置した(因果玉の放置)。
本件取引においては,こうした悪質な手口が駆使され,原告は,その危険性を理解できないまま,言われるとおりに両建状態を継続させていたものであって,被告Y1ら従業員の勧誘は,顧客の利益を顧みずに手数料稼ぎを意図したものといわざるを得ないから,社会的相当性を逸脱していて,違法である。
イ 被告らの主張
被告Y1ら従業員の一連の行為に対する認否は以下のとおりであって,それが被告会社としての不法行為を構成し,あるいは被告Y1ら従業員の不法行為を構成して,被告会社が使用者責任を負担しているとの主張はいずれも争う。
(ア) 適合性原則違反に対して
本件取引当時,原告は,b写真機店とは別に自宅を保有し,余裕を持って商品先物取引に充てることができる預貯金を500万円以下と申告し,30年以上にわたって株式取引をなしてきたばかりか,朝日ユニバーサル貿易株式会社(以下「朝日ユニバーサル」という。)とも商品先物取引を行っていたから,資金的,時間的に余裕がなかったとは到底考えられず,積極的な投資意思に基づいて本件取引を開始したことは明らかであって,商品先物取引の不適格者であったとはいえない。
(イ) 新規委託者保護義務違反に対して
本件取引当時,建玉制限は撤廃されていたところ,被告会社は,受託業務管理規則(乙24の1)9条において,3か月間の習熟期間を設け,受託業務管理規則細則(乙24の2)10条において,取引基準枠を設けて,原則として,習熟期間中は取引基準枠の範囲内で取引を行うこととして新規委託者の保護を図っていた。
そして,上記細則10条1項が最低500万円から取引基準枠を設定しているところ,原告の申告した預貯金等が500万円未満であったことから,被告会社は,通常の取引基準枠とは別に400万円を上限とする取引基準枠を設定し,習熟期間中及びその経過後においても,必要本証拠金額が400万円の範囲内で取引をなしたのであるから,新規委託者保護義務違反の事実はない。
(ウ) 説明義務違反に対して
B及び被告Y1は,原告に対し,「商品先物取引・委託のガイド」(乙6)及び「リスク・マネージメント(予想が外れた場合の売買対処説明書)」(乙9)等を利用しながら,丁寧に商品先物取引の仕組みやリスクを説明した。
(エ) 断定的判断の提供に対して
Bは,ゴムの市況等について,雨季と乾季という需給関係に影響される外,為替,世界情勢,経済情勢等の要因にも左右されるとして,例年の傾向としてゴムの値動きを説明したものであって,何ら断定的判断の提供をしていない。
また,被告Y1は,スマトラ沖地震が生じたため,ゴムの需給関係に影響を及ぼす恐れがあることを伝えたにすぎず,断定的判断の提供をしていない。
(オ) 実質的一任売買に対して
平成17年以降のゴム・金・白金等の取引は,いわゆるザラ場取引であり,売注文と買注文とが同数にならなくとも,同じ値であれば次々に売買が成立し,コンピューター処理上,顧客の1つの注文が数回に分かれて計上され,それが委託者勘定元帳にも記帳されるため,記帳された回数を売買取引回数と考えることはできず,注文回数を売買回数と見なければならないのであって,原告が主張する1つの取引が2つ以上の特定売買に該当する取引は,いずれも1回の取引とカウントすべきである。
原告は,被告Y1ら従業員からの電話に応対するだけの時間的余裕があり,被告Y1ら従業員は,原告に電話連絡して,ゴム・コーヒー等の市況等の報告をし,原告から相場観を求められた場合には,あくまでも担当者の予想として相場観を伝え,原告は,それを基にして自ら相場を予想し,注文して本件取引を行ったものであり,原告が被告会社にクレームを述べたこともなかったのであるから,被告Y1ら従業員は実質的一任売買をしていない。
(カ) 無意味な反復売買に対して
チェックシステムは既に平成11年4月1日に廃止されていた上,特定売買比率,手数料化率及び月間回転率なる基準は,何ら適正な基準が存せず,合理性を有するものでもない。
また,特定売買は,一定の場合に十分合理性を有する取引手法であるところ,商品先物取引の相場は絶えず変動し,特に,本件取引の期間については値動きがかなり激しかったのであるから,リスクを回避するために短期的に反復売買をしたとしても,直ちに手数料稼ぎの無意味な反復売買になるわけではない。
そして,前記(オ)記載のとおり,同17年以降のゴム・金・白金等の取引はザラ場取引であるから,注文回数を売買回数と見なければならない。
したがって,本件取引における売買回数は,新規回数88回,仕切回数72回にすぎず,特定売買回数は,直し17回,途転24回,両建て16回,日計り10回,不抜け3回であり,月間回転率も平均8回程度にすぎないから,本件取引は,何ら過当な取引ではない。
(キ) 両建ての勧誘に対して
平成17年3月11日における白金の売建てと金の買建ては,両建てではなく,金と白金との価格差を利用したストラドル取引であって,片建てによるリスクを軽減するために有用な取引手法である。
そして,同月22日に,白金を買い落ちして,金を売り建てたのは,同月末ころに金の値が急激に下落したが,白金はそれほど下落しなかったため,白金の売建玉で利益を確保するとともに,取引追証拠金の発生を防ぐために金を売り建てたものであって,同月25日以降も両建ての状態は継続しているが,それによって大きな損失は生じていない。
また,ゴムについては,ゴム値の急激な上昇を受けて,値洗い改善のために損切りし,あるいは取引追証拠金の発生を防ぐために買玉を建てるなどしたにすぎない。
これらは,いずれも,被告Y1ら従業員において,原告に当時の相場の状況等を報告し,様々な対処方法をアドバイスした上で,原告からの注文に従って行われたものにすぎず,何ら違法,不当な行為ではない。
(2) 損害の有無及び金額について(争点2)
ア 原告の主張
(ア) 損害額について
原告は,被告会社に対し,平成16年12月3日から同17年8月29日までに合計667万7500円を預託し,合計161万1900円の返還を受けたから,その差額506万5600円の損害を蒙った。
また,前記(1)ア記載のとおりの被告Y1ら従業員ないし被告会社自体の不法行為による原告の精神的損害は50万円であるというのが相当である。
さらに,本件訴訟を追行するための弁護士費用は55万円であるというのが相当である。
したがって,原告の損害額は合計611万5600円である。
(イ) 過失相殺に対して
本件取引は,被告Y1ら従業員が,商品先物取引について初心者同様であった原告の知識・経験のなさにつけ込んで,故意に原告に多数かつ過大な取引を勧めた悪質なものであるから,過失相殺は許されないというべきである。
イ 被告の主張
(ア) 損害額に対して
損害の発生は否認し,損害額は争う。
(イ) 過失相殺について
原告は,自らの意思で本件取引を開始・継続したばかりか,朝日ユニバーサルとも取引を行っていたのであるから,本件取引の内容を十分に理解して,これを継続したものであって,それによって蒙った損害は原告が負担するのが当然である。
第3争点に対する判断
1 認定事実
前記第2の1(2)の事実,証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
(1) 原告の保有資産及び投資経験について
原告は,自宅兼b写真機店の店舗である土地及び建物を所有しているが,ゴルフ会員権購入のための借入金2500万円につき,ミリオン信用保証株式会社を根抵当権者とする極度額2750万円の根抵当権が設定されていて,上記借入金の返済月額は12万円,上記借入金残高は約1500万円である。
また,原告のb写真機店の経営による所得税の申告は,平成16年度につき,b写真機店の売上げが約464万円で,経費を控除すると約236万円の損失が発生し,同17年度につき,b写真機店の売上げが約426万円で,経費を控除すると約153万円の損失が発生したというものであった。
そして,原告は,約30ないし40年前ころから安藤証券で株式取引を行っていたが,商品先物取引の経験はなかったところ,本件取引開始後である同年5月6日から同年11月1日までの間,朝日ユニバーサルとの間で,金・銀・中部ガソリン・東京ガソリン・東京灯油・東京一般大豆に関する商品先物取引を行って,売買損金46万1300円及び委託手数料64万4710円(含消費税)の合計110万6210円の損害を蒙ったが,同19年7月6日,朝日ユニバーサルが原告に解決金45万円を支払う旨の和解契約を締結した。
なお,原告は,同17年9月28日に,カラープリント焼付機の購入代金715万2765円を支払っている。
(甲24,35ないし38,39の1及び2,40,41,乙7,原告本人)
(2) 本件委託契約締結に至る経過について
ア 平成16年11月ころまでのBによる勧誘について
Bは,平成15年11,12月ころ,新規開拓のために原告に電話をし,後日,b写真機店を訪問して,金の商品先物取引を紹介・説明し,その後も,チャートや「週刊商品データ」(乙4)の写しを送付し,あるいはb写真機店を訪問するなどしていた。
そして,Bが同16年6月ころにb写真機店を訪問したところ,原告がガソリンの取引に興味を示していたものの,Bは,ガソリンの値動きが激しく,リスクが大きい旨を説明して,ゴムを紹介・説明し,その後も,従前同様に,チャート等を送付し,あるいはb写真機店を訪問するなどした。
(甲24,乙4,46,証人B,原告本人)
イ 平成16年11月27日のBによる勧誘について
Bが平成16年11月上旬ころにb写真機店を訪問すると,原告は,ゴムの取引に興味を示していた。
そこで,Bは,同月27日,原告の了解を得てb写真機店を訪問し,「原油価格高騰に匹敵するような大暴騰か?!」などと強調した「ゴム相場のポイント」(甲25),「東京はタイの現地価格より大幅に安いのでチャンスです」と書き入れた「ゴム週間展望」(甲26),150円に向けて急上昇する旨の矢印を書き入れたゴムの週足及び日足の各チャート(甲28,29),預託金225万円でゴム20枚を取引し,127円から147円に値上がりすると,400万円の利益になるとした手書きグラフ(甲33)等の資料を示して,「このあたりが最近の下値で,12月20日ころから年末ころまでには130~135円まで値上がりするでしょう。遅くとも,2005年の3月ころまでには最高に良ければ155円~160円くらいまで上がるでしょう。」「例年だと年末になると必ずあがり,年明けになるとさらに上がるのです。」「始めるチャンスです。」などと説明して勧誘した。
また,Bは,ゴムの値動き,取引単位,委託手数料,証拠金の金額・種類等を説明するとともに,「商品先物取引・委託ガイド」(乙6)や「リスク・マネージメント(予想が外れた場合の売買対処説明書)」(乙9)に沿って,商品先物取引の仕組み,取引方法,取引の流れ等を説明した。
そして,Bが原告に取引意思を確認すると,原告は,取引を開始する意思があり,投資可能金額は300万円程度であるが,すぐに用意できるのは150万円程度であるなどとした。
その後,Bは,原告に対し,同月29日にゴムの市況等を報告した。
(甲24ないし29,33,42,乙6,9,46,証人B,原告本人)
ウ 平成16年12月1日のB及び被告Y1による説明内容等について
平成16年12月1日,Bは,原告の了解を得て,被告Y1とともにb写真機店を訪問し,再度,「商品先物取引・委託ガイド」(乙6),「商品先物取引の留意点」(乙8)及び「リスク・マネージメント(予想が外れた場合の売買対処説明書)」(乙9)に沿って,商品先物取引の仕組み・リスク等について説明した。なお,上記説明の所要時間は約1時間であった。
そして,原告は,年収が約400万円,預貯金・有価証券が約450万円である旨を説明して,「口座設定申込書」(乙7)の「収入・資産状況」欄に,年収を500万円未満,実母名義で運用している株式を除外した預貯金・有価証券等を500万円未満,「株式取引経験」欄に,安藤証券と30年間の現物取引の経験がある旨を記載し,上記「商品先物取引・委託ガイド」,「商品先物取引の留意点」及び「リスク・マネージメント(予想が外れた場合の売買対処説明書)」の各説明を受けて,理解したとして,上記各書面に署名・押印した。
また,Bは,再度,上記「商品先物取引の留意点」について説明し,その末尾に原告の署名・押印を受けた。
(甲24,乙5ないし9,46,47,証人B,原告本人,被告Y1)
(3) 本件委託契約の締結等について
平成16年12月2日,Bは,被告会社名古屋支店顧客サービス部のC(以下「C」という。)とともにb写真機店を訪問し,Cにおいて,「口座設定申込書」(乙7)の記載内容及び原告が署名・押印したものであるかどうかを確認するなどし,「商品先物取引-委託ガイド-」(乙12)を使用して,商品先物取引の仕組みやリスクについての原告の理解を確認し,その末尾に原告の署名・押印を受けた。
また,Cが投資資金について確認すると,原告は,余裕を持って取引できる資金として500万円未満と申告した旨を説明し,元金・利益が保証されたものではないことなどに関する「アンケート(1)」(乙17の1)に署名・押印した。
そして,Bは,「約諾書及び受託契約準則」(乙13)を原告に交付するなどし,原告が約諾書・通知書(乙14)に署名・押印して,本件委託契約が締結され,原告は,被告会社に対し,同月3日,取引本証拠金として実母名義の預金から調達した150万円を預託した。
なお,被告会社は,本件委託契約を承認するに際し,原告の取引基準枠,即ち,建玉の必要本証拠金額の上限額を400万円と設定し,同日,その旨を原告に通知した。
(甲24,30,乙3,5,12ないし16,17の1,18の1,24の2,43,46,証人B,同C,原告本人)
(4) 本件取引の経過等について
ア 平成16年12月3日ないし同月27日(本件取引1ないし30)について
被告Y1は,平成16年12月3日,ゴム20枚を買い建てて本件取引を開始し,同月6日,b写真機店を訪問して,残高照合通知書(乙20の1)に原告の署名・押印を受けるとともに,「○○社長シミュレーション」と題する書面(甲31)を作成して,同日前場2節の値段で20枚買い建てると,同月15日までには135円に上がって,184万円の利益になり,同月3日に買い建てた20枚は,同月22日までに150円に上がって,490万円の利益になるなどと説明して,取引本証拠金を追加し,取引枚数を増やすように勧誘し,原告はこれに応じることとして,同月8日,再度,実母名義の預金から150万円を調達して,b写真機店を訪問した被告Y1に交付した。
そして,被告Y1は,原告に対し,上記説明に反してゴムの値が下がっていたことから,「手書きグラフ」(甲32)を作成して,同月3日に買い建てた20枚は,同月15日までに135円に上がって,190万円の利益になり,同月8日に20枚を買い増しすると,同17年2月上旬ころまでに150円に上がって,516万円の利益になるなど説明して,難平買いの勧誘をし,ゴム20枚を買い建てた。
その後,被告Y1は,同月10日及び同月13日に本件取引3ないし9の各注文を執行し,同日,被告会社は利益金98万円を出金して,原告に返還した。
また,被告Y1は,同月14日及び同月15日に本件取引10ないし18の各注文を執行し,同日,被告会社は,利益金58万円を出金して,原告に返還した。
その後も,被告Y1は,同月16日及び22日に本件取引19ないし26の各注文を執行して,原告の建玉状況は,ゴム53枚の売玉の片建てになっていたところ,同月27日,原告に電話を架けて,同月26日に「スマトラ島沖で大地震がありました。これにより,ゴム産地も被害が甚大だった様子です。ゴム相場の値動きも変わるかもしれません。どういう方向に動くかは分かりません。」「細心の注意を払って相場を張りますので,大丈夫です。今までどおりに売り・買いを建てれば良いですから。」「年明けから3か月までは値上がりする予定ですので,私に任せてください。」などと伝えるとともに,ゴム値が上昇したために,急激に値洗いが悪化したとして,上記53枚の内27枚を損切りするとともに,新たに27枚を買い建てて両建てとした。
(甲15,24,30ないし32,42,乙2,3,20の1,47,原告本人,被告Y1)
イ 平成17年1月4日ないし同年2月22日(本件取引31ないし160)について
被告Y1は,平成17年1月4日,ゴム値は低い値であったが,上昇に転じるものと予測して,ゴムの売玉残26枚を仕切るとともに,買玉の内10枚を損切りした上,指値で合計36枚を買い建てたが,同月5日,ゴム値が上昇しないことから,上記買玉の内26枚を損切りし,26枚を売り建てて,両建てとした。なお,同日,原告は,被告会社に対し,取引本証拠金が不足したとして求められた45万3000円を送金した。
また,被告Y1は,同月12日及び同月19日に本件取引58ないし69の各注文を執行し,同月20日,ゴム15枚を売り建てるなどの本件取引70ないし77の各注文を執行し,同月24日から同年2月22日までの間に,本件取引70に係る売玉5枚は放置したまま,本件取引78ないし160の各注文を執行した。
(甲24,乙3,20の2及び3,47,被告Y1)
ウ 平成17年3月11日ないし同年5月12日(本件取引161ないし226)について
被告Y1は,原告に対し,平成17年2月28日,取引追証拠金が発生した旨を報告し,原告は,被告会社に対し,同日,151万7400円を送金した。
そして,被告Y1は,同年3月11日,本件取引70に係るゴムの売玉5枚を除く売玉30枚の内25枚及び買玉5枚を損切りする一方,金と白金のサヤ取り取引と称して,金20枚を買い建て,白金20枚を売り建てて,その後,同月22日から同年5月12日までの間に,本件取引177ないし226の各注文を執行した。
その間の同年3月初旬ころ,被告Y1及びBは,b写真機店を訪問して,Bが被告会社を同月15日に退職することを伝えるとともに,残高照合通知書(乙20の5)に原告の署名・押印を受けた。また,同月17日,Cは,b写真機店を訪問して,原告に習熟期間が満了した旨を伝えるとともに,残高照合通知書(乙20の6)及び「委託証拠金の預託時期に関する申出書」(乙19)に原告の署名・押印を受け,「アンケート(2)」(乙17の2)に対して,被告会社が送付する売買報告書及び売買計算書の内容をほぼ理解しており,残高照合通知書を確認しているなどの回答と,原告の署名・押印を受けた。
そして,被告Y1は,同年5月初旬ころ,b写真機店を訪問して,被告会社の関連会社に出向することになり,原告の担当者が被告会社名古屋支店営業部次長D(以下「D」という。)になる旨を告げた。
なお,Cは,同月6日,b写真機店を訪問して,残高照合通知書(乙20の7)に原告の署名押印を受けたが,他方で,原告は,同日から朝日ユニバーサルとの商品先物取引を開始した。
(甲24,乙3,5,17の2,18の2及び3,19,20の4ないし7,38の1ないし10,43,47,証人B,同C,同D,原告本人,被告Y1)
エ 平成17年5月19日ないし同年6月24日(本件取引227ないし253)について
Dは,平成17年5月中旬ころ,b写真機店を訪問して,アフリカないし南米においてカカオの生産が減少しているとの情報があるなどとし,「私の専門,得意分野はコーヒーなので,これで挽回を図りましょう。」としてコーヒーの取引を勧誘し,同月19日,金の売玉1枚を仕切って,アラビカコーヒー10枚を買い建てた。
その後,Dは,同月20日から同年6月24日までの間に,本件取引229ないし253の各注文を執行して,ロブスタコーヒーの取引も始めるとともに,同年6月限月であった本件取引70に係るゴムの売玉5枚をようやく損切りするなどした。
なお,Dは,同月下旬ころ,b写真機店を訪問して,同年7月をもって被告会社名古屋支店が閉鎖されることになったが,その後も,Dが被告会社大阪支店において原告の担当者として対応する旨を告げた。
(甲24,乙38の11ないし33,44,証人D,原告本人)
オ 平成17年7月6日ないし同年8月9日(本件取引254ないし321)について
平成17年6月24日時点での原告の建玉状況は,金の売玉40枚の片建てであったところ,Dは,同年7月6日にアラビカコーヒー10枚を売り建て,同月8日,金の売玉20枚を損切りするとともに,金20枚を買い建てて両建てとし,同月13日,再度,従前のゴムとは異限月である同年12月限月のゴム20枚を売り建て,同月26日には,ゴムが急騰しているとして,ゴム20枚を買い建てて両建てにし,同月29日までには,金の売玉及び買玉をすべて仕切って,建玉状況は,ゴムの売玉20枚及び買玉20枚となった。
そして,Dは,同年8月5日,ゴム値が急落したが,上昇に転じると予想して,一旦,ゴムの売玉20枚を仕切って,本件取引261ないし263に係る買玉20枚を放置したまま,ゴム20枚を買い建てて,日計り取引で仕切ることを繰り返し,同月8日には,異限月である同18年1月限月のゴムの買玉による日計り取引を繰り返したが,同17年8月9日には,上記限月のゴムの売玉による日計り取引をなした。なお,同日後場の取引からは,被告会社本店長兼本店第一支店長E(以下「E」という。)が原告の取引を担当していた。
(甲24,乙25,26,38の34ないし59,44,45,証人D,同E)
カ 平成17年8月10日ないし同月24日(本件取引322ないし368)について
平成17年8月9日時点での原告の建玉状況は,本件取引261ないし263に係る同年12月限月のゴムの買玉20枚の外,同18年1月限月のゴムの買玉50枚であったところ,Eは,同17年8月10日,原告に「これからは,(売りか買いかの)1本にしていきましょう。」と告げて,本件取引322ないし326の各注文を執行したが,ゴムの値が下落して取引追証拠金が発生したため,その旨を原告に連絡し,原告は,同月11日,被告会社に170万7100円を送金した。
そして,Eは,同日から同月15日までの間に,本件取引261ないし263に係る同年12月限月のゴムの買玉20枚を放置したまま,本件取引327ないし344の各注文を執行し,同年8月19日,ゴム値が下落傾向になると予想して,ゴムの売玉による日計り取引をなし,同月23日も,同様に日計り取引をなした。
また,Eは,同月24日,ゴム値が前日より上がっているとして,20枚を買い建てたが,急に反転して下落したとして,日計り取引により損切りするなどし,同日時点の建玉状況は,本件取引261ないし263に係る同年12月限月のゴムの買玉20枚,本件取引344に係る同18年1月限月のゴムの売玉40枚となって,再び取引追証拠金が発生した。
(甲24,34,乙3,26,29の1,38の60ないし77,45,証人E,原告本人)
キ 本件取引の手仕舞い(本件取引369ないし380)について
Eは,原告に対し,平成17年8月25日,取引追証拠金が発生した旨を告げると,原告が「もうこれ以上払えません。」などとして取引追証拠金の送金を拒絶したことから,Eは,本件取引369ないし374の各注文を執行して,ようやく本件取引261ないし263に係る同年12月限月のゴムの買玉20枚を損切りするなどし,原告の建玉を本件取引344に係る同18年1月限月のゴムの売玉10枚のみとした。
しかし,Eは,同17年8月26日,同18年2月限月のゴム10枚を買い建てて,同17年8月29日,原告にゴム値が高い状態であることを伝えたが,原告が取引を終了させる意向を示したことから,上記各売玉合計20枚を損切りして,本件取引が終了し,最終的な差引損益累計が506万5600円の損失で確定した。
そして,Dは,同年9月2日,b写真機店を訪問して,残金5万1900円を返還し,「清算・受領確認書」(乙39)に原告の署名・押印を受けた。
なお,原告は,その後も,朝日ユニバーサルとの取引を継続した。
(甲24,乙3,26,38の78ないし84,39,44,45,証人D,同E,原告本人)
ク 本件取引の全般的状況について
本件取引につき,被告会社は,原告に対し,売買報告書及び売買計算書(乙23の1ないし9,40の1ないし38),残高照合通知書(乙20の1ないし7,21)を交付又は送付し,上記残高照合通知書を交付した場合には,その内容を説明し,原告による取引内容の確認及び署名・押印を受け,上記残高照合通知書を送付した場合には,原告が残高照合回答書(乙22)を返送していた。
また,被告Y1,D及びEは,本件取引の都度,原告に電話を架けて各注文を執行し,被告Y1らは管理者日誌(乙25)や電話記録簿(乙26)を作成して,上記電話の内容等を記録していたが,その記載内容は,結論的な部分の記載に止まっていて,原告に提供した情報等の具体的内容及びそれに対する原告の具体的応答までは記載されていない。
なお,被告Y1は,b写真機店を訪問した際,パソコンのデスクトップ画面に,東京工業品取引所及び被告会社のホームページにアクセスするためのショートカットキーを貼り付けていた。
(甲24,乙20の1ないし7,21,22,23の1ないし9,25ないし28,40の1ないし38,証人D,同E,原告本人,被告Y1)
2 争点1について
前記第2の1の事実及び前記1の認定事実に照らして検討する。
(1) 適合性原則違反について
前記1(1)の認定事実によれば,原告の保有資産については,所得税の申告では損失を計上しているものの,ゴルフ会員権購入のための借入金を毎月返済し,本件取引に係る取引追証拠金合計367万7500円や朝日ユニバーサルとの商品先物取引の預託金に充てる資産も保有していたのであって,それらが実母名義の預金から調達したものであることを窺わせる証拠は存しないばかりか,本件取引終了後においても,いずれかからc銀行d支店の預金口座(甲37)に合計714万円を一旦入金して,カラープリント焼付機の購入代金715万2765円を支払っているのであるから,本件取引開始時点の預金が300万円ないし400万円にすぎなかったとする原告本人の供述を措信することはできず,原告の保有資産の状況は判然としないといわざるを得ない。
また,前記1(4)クに認定のとおりの被告Y1,D及びEによる電話の応対について,b写真機店の業務によって支障が生じていたことも窺われない。
したがって,原告がおよそ商品先物取引をなす適格を有しない者であったとは認めるに足りない。
(2) 新規委託者保護義務違反について
被告会社の受託業務管理規則(乙24の1)9条1項は,新規委託者について3か月間の習熟期間を設け,別に定める相応の資力の範囲を超えないものとする旨を定め,受託業務管理規則細則(乙24の2)10条1項及び2項は,下限を500万円として4段階の取引基準枠と「枠外」を設定し,いずれを適用すべきかは資力・職業・知識度・理解度・判断力・興味度を総合判断する旨を定めているところ,前記1(2)及び(3)に認定のとおり,被告会社は,「口座設定申込書」(乙7)記載の「収入・資産状況」欄の記載内容及び原告の説明内容を踏まえて,「枠外」の400万円を建玉の必要本証拠金額の上限額に設定し,本件取引に係る取引本証拠金が400万円を超えたことはないのであるから,本件取引が,新規委託者保護義務に反するものであるとは認められない。
(3) 断定的判断の提供について
前記1(2)イ及び(4)アに認定のとおりのB及び被告Y1による各勧誘が断定的判断の提供に当たり,違法なものであることは明らかである。
これに対し,証人B及び被告Y1は,「○○社長シミュレーション」と題する書面(甲31)及び手書きグラフ(甲32,33)はシミュレーションにすぎない旨を各供述するが,それらによる勧誘は,Bがゴムの取引を勧め,あるいは被告Y1が取引本証拠金を追加して建玉の買い増しを勧めていて,それを裏付ける「ゴム相場のポイント」(甲25),「ゴム週間展望」(甲26)並びにゴムの週足及び日足の各チャート(甲28,29)といった相場の予測を示す資料まで交付されている状況でなされたのであるから,それらを総合的に理解するならば,B及び被告Y1は,原告がゴムの相場が上昇し,取引を開始等すれば確実に利益が生じると誤解することを予期していたものと推認するのが自然かつ合理的であって,証人B及び被告Y1の上記各供述は信用することができない。
一方,被告Y1は,スマトラ島沖地震による相場への影響についてアドバイスしたにすぎないなどとして,前記1(4)アに認定の勧誘をなしたことを否定する供述をしているところ,ゴム53枚の売玉の片建てという建玉の状況で,不測の災害が生じ,従前のB及び被告Y1による説明とは異なる取引相場となる可能性が発生しているにもかかわらず,上記売玉全部を仕切ることなく,かえって両建てとし,その後も取引を継続していることに照らすと,被告Y1が主導して提示した取引方法に従っても,いたずらに損失が発生・拡大することはないものと原告が期待ないし誤信するに足りる勧誘がなされたものと推認するのが自然かつ合理的であるから,被告Y1の上記供述は信用することができない。
(4) 説明義務違反,実質的一任売買,無意味な反復売買及び両建ての勧誘について
前記第2の1(2)の事実並びに前記1(2)イ及びウ,(3),(4)の認定事実によれば,Bは,少なくとも2回にわたって,「商品先物取引・委託ガイド」(乙6)及び「リスク・マネージメント(予想が外れた場合の売買対処説明書)」(乙9)等を使用して,商品先物取引の仕組み・リスク等について説明していて,原告は,それらの説明を受けて理解した旨の約諾書・通知書(乙14)や,売買報告書及び売買計算書の内容をほぼ理解できたとする「アンケート(2)」(乙17の2)に署名・押印しており,また,被告Y1,D及びEは,個別の取引の都度,原告に電話を架け,その了承を得て各注文を執行していて,原告が本件取引終了までに被告会社に苦情を述べるなどしたことは窺われない。
しかし,本件取引の具体的経過は,本件取引開始後1か月経過前に,スマトラ島沖地震の発生を契機に両建てが開始され,習熟期間経過直前に取引追証拠金が発生したにもかかわらず,習熟期間が経過すると取引銘柄を順次追加して,ゴムの一部建玉は保持しながら,多数回に及ぶ取引を頻繁に繰り返し,その後,異限月のゴムの取引に移行するなどしたというものであって,その間には,直し,途転,両建て,日計り及び不抜けといった取引手法が複合的に駆使されていて,結果的に,売買損益金としては利益が生じながら,多額の委託手数料が発生しているために,差引損益金としては損失が生じているのである。
そうすると,本件取引期間中のゴムの相場が変動の激しいものであったとしても,本件取引以前には商品先物取引の経験がなかった原告が,複雑で錯綜していて,高度に各種の取引手法を駆使している本件取引の具体的内容を適正に理解し,委託手数料をも踏まえた損益状況を的確に把握して,被告Y1,D及びEからの情報提供及び提案は単なる判断材料にすぎないものとし,自己の計算においてそれを任意に承諾していたなどとは到底推認することができず,ひいては,そもそも原告は本件取引の具体的内容を適正に理解することができておらず,委託手数料をも踏まえた損益状況を的確に把握することもできていなかったものと推認せざるを得ないのであって,管理者日誌(乙25)及び電話記録簿(乙26)の記載内容や,朝日ユニバーサルとも商品先物取引をなしていたことは,上記説示を左右するものではない。
したがって,本件委託契約締結時のBによる説明並びに本件取引継続段階における被告Y1,D及びEによる各説明は,原告が,商品先物取引の仕組みやリスク,あるいは本件取引における個別の取引を理解するために必要な方法及び程度のものではなく,併せて,本件取引は,実質的一任売買に当たり,かつ,過当なものであって,両建てについても,特段の合理性のある取引手法ではなかったものと認められる。
(5) 結論
以上のとおり,本件取引に係るB,被告Y1,D及びEの各言動等は,断定的判断の提供の禁止,説明義務違反,実質的一任売買の禁止,無意味な反復売買及び両建ての勧誘禁止に反するものであって,商品取引所法等の各規定違反に止まらず,全体として不法行為を構成する違法なものであるというべきであり,被告Y1の関与は,本件取引1ないし226に止まるが,それらに係る上記不法行為の結果として,本件取引227以降が継続されたのであるから,本件取引に起因する損害全体との間に相当因果関係が存在するものと認められる。
そして,上記不法行為が被告会社の事業の執行行為としてなされたものであることは明らかであるから,被告会社は,B,被告Y1,D及びEの上記不法行為についての使用者責任を負担していると認められる。
したがって,この点に関する原告の主張は理由がある。
3 争点2について
(1) 損害額について
前記2に認定説示のとおり,本件取引に係るB,被告Y1,D及びEの各行為は全体として不法行為を構成するのであるから,前記第2の1(2)記載のとおりの本件取引によって原告が蒙った損失額合計506万5600円は,そのすべてが上記不法行為による損害額であると認められる。
一方,原告は,上記不法行為により精神的損害も発生していると主張するが,本件取引について,上記認定の財産的損害の回復によっても慰謝されない精神的損害が原告に発生しているなどという特段の事情が存することを窺わせるに足りる的確な証拠は存しないから,この点に関する原告の主張は理由がない。
(2) 過失相殺について
商品先物取引が,相場変動の大きい,リスクの高い取引であり,専門的な知識を有しない委託者には的確な投資判断を行うことが困難な取引であること,商品取引員が,委託者に投資判断の材料となる情報を提供し,委託者が,上記情報を投資判断の材料として,商品取引員に取引を委託するのが一般的であることは,公知の事実であるものの,そうした投機的な商品先物取引への参加者は,商品取引員から提供される上記情報を,自己の責任と判断において吟味・分析して取引を行う旨の強い自覚が求められるところである。
しかるに,原告は,B及び被告Y1による断定的判断を安易に信用し,実母名義の預金から取引本証拠金を調達して本件取引を開始し,その後も,Bから交付された「商品先物取引・委託のガイド」(乙6)等を熟読しようとせず,商品先物取引の仕組みやリスク等についての理解が不十分で曖昧なまま,本件取引の状況等を吟味・分析して,状況に応じた指図をしようともせずに,いたずらに被告Y1,D及びEの主導による取引を継続させ,その結果,多額の委託手数料を発生させて,差引損益累計における損失を生じさせたものである。
これらに加えて,本件に現れた一切の事情をも総合考慮するならば,原告の過失として斟酌すべき割合は3割と認めるのが相当である。
したがって,被告らが原告に賠償すべき損害額は354万5920円である。
(3) 弁護士費用について
本件事案の内容,審理経過,原告が賠償を求め得る財産的損害額等の事情を総合考慮すると,被告Y1らの不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は35万円と認めるのが相当である。
(4) 結論
以上によれば,原告の損害額は合計389万5920円であると認められる。
4 結論
以上のとおりであって,原告の本件請求は,主文第1項掲記の限度で理由があり,その余は理由がないから,よって,主文のとおり判決する。
(裁判官 近藤猛司)
<以下省略>