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名古屋地方裁判所 平成19年(ワ)606号 判決 2009年7月17日

名古屋市<以下省略>

原告

同代表者代表取締役

上記訴訟代理人弁護士

岩本雅郎

名古屋市<以下省略>

被告

同訴訟代理人弁護士

堀井敏彦

主文

1  被告は,原告に対し,2億円及びこれに対する平成14年8月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2事案の概要

1  本件は,被告が,B1ことBに対し商品先物取引を勧誘し,平成3年3月から平成14年8月まで,Bが原告の資金を不正に流用していることを承知の上,同人から商品先物取引の証拠金等の名目で合計2億6814万円の金銭を被告に交付させ原告に損害を与えたとして,原告が,被告に対し,①原告のBに対する不法行為に基づく損害賠償請求権(Bが原告の資金を不正流用したことによるもの)を被保全債権として,Bの被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求権(違法な商品先物取引の勧誘と不正流用の教唆等によるもの。ただし,請求は,損害額の内金2億円及びこれに対する最終不法行為日後である平成14年8月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金)を代位行使し,②選択的に,被告の原告に対する直接の不法行為に基づく損害賠償(Bの不正流用に故意又は過失により加担したことによるもの)を求めた事案である。

2  前提事実(当事者間に争いのない事実のほかは,末尾に掲げた証拠及び弁論の全趣旨により認められる。)

(1)  当事者等

ア 原告は,昭和52年に設立された一般印刷業を目的とする株式会社である。

イ 被告は,昭和60年ころから,商品取引員ミリオン貿易株式会社(当時。現商号は光陽ファイナンシャルトレード株式会社。以下「ミリオン貿易」という。)の第二事業部副本部長の職にあり,商品先物取引の勧誘等を行っていた。

ウ ミリオン貿易の従業員であったCとDは,昭和61年11月から平成元年7月まで,株式会社aの経理担当者であったEと共謀して,a社の普通預金等を業務上横領し(以下「a社事件」という。),これにより,懲役刑を受けたところ,被告は当時C及びDの上司であった(甲2の1・2)。

エ 被告は,昭和55年3月から平成3年7月30日まではミリオン貿易,平成3年9月21日から同年10月31日まではエグチフューチャーズ株式会社(現商号アルファコモ株式会社),平成4年2月21日から平成5年2月25日までは株式会社アイメックス,平成5年8月11日から平成7年9月19日までは入や通商株式会社,平成7年10月11日から平成8年2月12日まではマルゴ商事株式会社(現在はばんせい山丸証券株式会社),平成8年3月11日から平成9年5月22日までは大雄社先物株式会社,平成11年3月1日から同年11月30日までは明倫社株式会社(平成11年10月1日付けで合併によりキングコモディティ証券株式会社となり,平成14年4月1日付けで萬成プライムキャピタル証券株式会社と合併し,平成15年7月1日付けで入や萬成証券に商号変更,現在はばんせい山丸証券。),平成13年2月13日から同年12月2日まではキングコモディティ証券(現在はばんせい山丸証券),平成14年1月11日から平成17年8月31日まではベストコモディティ株式会社(平成15年4月1日付けで萬成トレーディング株式会社,平成16年8月1日付けでメビウストレード株式会社に商号変更。)において,それぞれ外務員登録をしていた(甲6の2)。

オ Bは,原告の従業員であり,昭和55年4月以降経理課長,平成12年3月以降平成13年2月までは経理部長の職にあった。

(2)  Bは,昭和60年3月から平成2年11月まで,ミリオン貿易において,Cを担当者として,商品先物取引を行った。

(3)  Bは,無権限で原告代表者印を冒用して,原告の取引先の大垣共立銀行及びUFJ銀行における当座貸越を利用して引き出した資金を不正流用し,その総額は,支払利息も含めて,昭和60年5月から平成17年までの約20年間で6億3372万2344円である(甲10の1・2,11)。

Bは,原告において大垣共立銀行及びUFJ銀行から当座貸越を受ける権限を有していなかったため,原告を被害者とする業務上横領ではなく,大垣共立銀行に対する詐欺罪で立件された。上記借入れは,原告の有効な借入れではなかったが,原告は,表見法理等の法的な検討を加えた上,大垣共立銀行及びUFJ銀行に対して損害を代位して弁済した。(甲4の1,13の1~4)

3  争点及び当事者の主張

(1)  商品先物取引の勧誘及び取引行為の違法性

ア 原告の主張

(ア) 断定的判断の提供・不実の告知による商品先物取引の勧誘

被告は,平成3年3月中旬,Bに対し,ミリオン貿易で商品先物取引をして被った数千万円の損失について,自らが役員であることを強調し,「特別な方法で取り戻します。」と言い,あたかも確実に損失が取り戻せるかのごとく勧誘した。Bは,同月20日,その勧誘に応じて被告に250万円を交付した。

Bは,そのころ,被告との間で,口座の設定契約をしておらず,その後一度も売買報告書等の書類の送付を受けていないので,交付した金銭が真実商品先物取引に使用されていたのかは明らかでない。

商品先物取引で損を取り戻せるというのは,「利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断」(平成3年当時の商品取引所法94条1号,現行法214条1号)である。

また,上記のような勧誘により金銭の交付を受ける行為は,受領した金銭が真実商品先物取引に使用されたか否かを問わず,不実の告知によるものであり,社会的な相当性を著しく逸脱し,違法である。

(イ) 適合性原則違反

Bは,原告における経理担当者であった。被告が経理担当者を商品先物取引に勧誘したことは,適合性原則違反の違法がある。

Bは,高校卒業後,原告に就職し,株式取引の経験はなく,商品先物取引の経験はミリオン貿易におけるものが最初であったし,一任売買であった。Bは,一会社員であり,勤務中に相場状況を打ち合わせることが恒常的にできない点においても,適合性を欠いていた。

また,被告がBに対し余裕資金を超えた取引の継続を勧誘したことは,取引継続段階における適合性原則違反である。

(ウ) 不正流用の唆し(教唆)及び威迫・脅迫

被告は,平成3年7月中旬,Bに対し,電話で「あなたが不正行為を行っていることは,私はわかっていますよ。」と威圧的に申し向け,同月下旬に路上で面談した時には,「あなたはもし不正の件が発覚すれば,会社はクビになるし,警察問題になるかも分かりませんよ。」,「私を信用して,このまま取引を続けてくださいよ。これから今までの損失を取り戻して,少しでも返金するようにしますから。」と威迫,脅迫及び不正な流用の唆しをした。被告のBに対する威迫や唆しは,平成3年の取引開始後から平成14年ころまで,被告から金銭の要求がある度に随時繰り返された。

(エ) 一連の不法行為

平成3年3月20日の250万円の交付から始まり,平成14年8月12日の29万円の交付まで,商品先物取引の証拠金名目のみならず私的な借用金名目も含めて被告がBをして金銭を交付せしめた行為は,上記の複数の違法行為が一連のものとして実行されている。上記行為は,損失を取り戻して流用分を返済したいというBの心理,及び不正の流用が発覚して生活が崩壊することを回避したいという心理を悪用したものであり,商品先物取引の証拠金名目か借用金名目かのいずれの名目にかかわらず,違法行為に基づく金銭の要求行為である。

(オ) Bは,被告の要求に応じ,平成3年3月から平成14年8月までの間,商品取引員数社において商品先物取引を行っているものとして,被告に対し,別紙1のとおり,「年月日」欄記載の日に,「金額」欄記載の額の金銭(単位は「万円」)合計2億6814万円を交付した。交付した金銭は,Bが無権限で原告代表者印を冒用して原告の取引先の大垣共立銀行及びUFJ銀行において当座貸越を利用して引き出した資金を不正流用(以下「本件不正流用」という。)したものであった。別紙1の「備考」欄に「個人借用分とのこと」との記載があるものについては個人借用名目で金銭が交付され,空欄のものは取引証拠金として交付された。なお,別紙1のとおり合計100万円がBに返済されている。

イ 被告の主張

(ア) 断定的判断の提供・不実の告知による商品先物取引の勧誘について

原告の主張は否認する。

被告は,ミリオン貿易在籍中,Cが担当した取引が終了した平成2年11月以降は,Bと会ったことはなく,エグチフューチャーズ在籍中にBから電話で「取引して損を取り戻したいので,お願いします。」と取引の申込みを受けたが,同社では取引をしていない。Bとの取引は,アイメックスに移ってから,契約書類を作成した上で開始した。

被告は,外務員登録のない期間においては,Bから金銭の預託を受けてはいない。

なお,被告は,外務員登録のあった期間においても,Bとの取引及びBとの金銭授受の詳細については記憶がない。

被告は,入や通商,マルゴ商事,大雄社先物及び明倫社でのBとの取引を担当し,名古屋で証拠金の受渡しをしたことがあるが,東京及び大阪での勤務中には,原告の主張するような頻度で証拠金の受渡しをしてはいない。被告は,在籍会社が変わる度に残高照合書による確認をし,契約書を作成した。Bは,当時,売買報告書や残高照合書は送付しないでほしい旨述べていた。被告は,Bに対し,入金を受ける際,取引内容を十分に説明し,同時に残高照合書に署名を受けた。

(イ) 適合性原則違反について

昭和53年8月の「取引所指示事項」は,「農業・漁業等の協同組合,信用組合,信用金庫等及び公共団体等の公金出納取扱者」に対する勧誘行為を禁止していたが,上記該当者についても,本人から理由を明記した取引をしたい旨の申出書があり,新規委託者保護管理規則に定める総括責任者が正当な理由があるものと認定した場合はこの限りではないとしていた。Bは,民間企業の経理担当者であり,同指示事項にいう「公金出納取扱者」に該当せず,Bに対する勧誘は,同指示事項に反するものではない。上記取引所指示事項は,平成2年に一部改正されたが,公金出納取扱者に関する規定の変更はない。

被告が関与したBと商品取引員との間の取引は,Bがそれまでの取引による損失の挽回を図るために積極的に参加したもので,被告の勧誘によるものではない。

Bは,最初のミリオン貿易での取引により数千万円の損失を体験しており,商品先物取引の仕組みや危険性を十分に認識していた。

(ウ) 不正流用の唆し(教唆)及び威迫・脅迫について

被告は,取引当時,Bの本件不正流用の事実については知らなかった。

したがって,被告が,Bに対し,本件不正流用の事実を前提として,威迫・脅迫等を行ったという事実はない。

(エ) 被告は,Bが取引を終了する際には,書類によって残高確認をしてもらった上で,清算を完了させている。被告が勤務先を変わる都度,会社毎にBの取引の決済・清算は完了していた。

被告は,Bの取引期間中に,Bから金銭を借り入れたことはない。

被告は,平成5年3月3日,Bの取引で発生した無担保未収金430万円を請求した際,Bから「足が出たなら払うが,Yへの貸しにするから借用書を書いてくれれば払う。」と言われ,借用書(甲8の1)を無担保未収金の回収のためにBに差し入れた。これにより,Bは,アイメックスに対し430万円を直接支払った。

平成7年から平成8年まで及び平成10年ころ,別紙1記載のとおりの銀行振込があったこと,振込名義人をF又はG(被告の妻)とする被告名義の口座への振込みに係る金銭の授受は,いずれも認めるが,H名義の口座への振込みに係る金銭の授受は否認する。なお,Hは,マルゴ商事に当時在籍していた外務員であり,Bの取引を一時的に担当していた可能性がある。

なお,被告が担当したBの取引は,平成10年中にはすべて終了しており,平成11年以降については,被告が担当したBの取引はない。

被告は,平成11年から平成12年までは,キングコモディティ証券に在籍し,その本店のある東京に居住していたものであって,現金の受渡しのために名古屋まで年に何度も行ったことはなく,この間に現金の授受はない。

被告は,平成14年8月ころ,Bに対し,29万円を無心し,Bから被告に対し,同額の送金がなされた。

(2)  原告のBに対する損害賠償請求権と債権者代位

ア 原告の主張

(ア) Bは,原告に対し,本件不正流用によって,総額6億3372万2344円の損害を生じさせた。

すなわち,原告は,Bが大垣共立銀行及びUFJ銀行に生じさせた損害を代位弁済したことにより,Bに対する損害賠償請求権を取得し,また,本件のような経理担当者の不祥事があった場合は使用者である会社が銀行に対して被害弁償するのが通常であるから,Bの原告に対する直接の不法行為により発生した損害賠償請求権を有している。

(イ) Bは,その保有する財産の全てを原告に対する被害弁償にあてたため,現在は無資力状態にある。

(ウ) 原告は,Bに対する損害賠償請求権を被保全債権として,Bが被告に対して有する上記不法行為に基づく損害賠償請求権を代位行使する。

イ 被告の主張

原告の主張については知らない。

(3)  被告の原告に対する直接の不法行為の成否

ア 原告の主張

被告は,経理担当者であるBに対し,商品先物取引の勧誘を行い,また,不正流用の唆し及び威迫・脅迫を行い,Bが原告の資金を不正に流用していることを了知しつつ,Bから証拠金名目で金銭を受け取っていたのであるから,原告における資金の不正流用による損害の発生を予想していたのであり,被告の勧誘から取引終了までの一連の行為は原告に対する直接の不法行為となり,故意又は過失が認められる。

直接の不法行為によって原告に生じた損害は,Bにおいて発生した損害2億6814万円のうち少なくとも2億円である。

イ 被告の主張

原告の主張は否認する。

被告は,Bとの全取引期間を通じて,Bの原告における資金の不正流用の事実については認識していなかった。

(4)  原告の信義則違反ないし権利濫用

ア 被告の主張

原告は,自己の重大な過失の結果,平成17年7月に至るまで,Bのの不正流用行為を知らなかったものであり,その責任を被告に転嫁することは信義則に反し,権利濫用として認められない。

イ 原告の主張

被告の主張は争う。

(5)  過失相殺

ア 被告の主張

(ア) Bの損害賠償請求権について

Bは,商品先物取引に精通していたのであって,被告の担当した取引において多大な損失を被ったとしても本人の過失が寄与している。

(イ) 原告の損害賠償請求権について

原告において通常の注意を払えば,Bの不正行為が長期間・多額に及ぶことを容易に回避できた。

原告における損害拡大は,原告の経理体制・監査体制が極めてずさんであったことに起因する。

イ 原告の主張

被告の上記主張は,いずれについても争う。

被告は,Bから受領した金銭を商品先物取引に使用していなかったとみられるから,被告の不法行為は故意によるものと認めるべきであり,故意の不法行為について過失相殺をすべきではない。

(6)  消滅時効

ア 被告の主張

(ア) Bの損害賠償請求権について

原告の主張する被告のBに対する不法行為が成立し,Bが損害賠償請求をしえたとしても,最終の不法行為日は平成14年8月であり,Bは最終の不法行為日には加害者及び損害を認識していたといえるのであり,同日から3年が経過している。

被告は,本件第1回口頭弁論期日において,原告に対し,答弁書をもって上記消滅時効を援用する旨の意思表示をした。

(イ) 原告の損害賠償請求権について

原告に対する被告の不法行為が成立し,損害が発生しているとしても,Bの不正行為を原告が知り得なかったのは重過失によるものであり,不正行為は,通常の監査・決算がされていれば,平成6年3月期には発覚して当然であるから,遅くとも最終の不法行為日である平成14年8月から消滅時効は進行し,同日から3年が経過している。

被告は,本件第9回弁論準備手続期日において,原告に対し,上記消滅時効を援用する旨の意思表示をした。

イ 原告の主張

(ア) Bの損害賠償請求権について

被告の主張は争う。

Bは,被告の各行為が損害賠償請求できる程度に違法であることを行為当時には認識していなかったであるから,消滅時効が進行するのは,Bがかかる認識を有するに至った後である。

また,Bは,平成17年夏に自らの原告の資金の不正流用が発覚する前に,心理的に追い込まれた状態で損害賠償請求権を行使することは事実上不可能であったから,平成17年夏までは消滅時効は進行していない。

(イ) 原告の損害賠償請求権について

被告の主張は争う。

原告は,平成17年7月1日にBの本件不正流用が発覚して初めて,被告の原告に対する不法行為を知ったのであり,消滅時効は完成していない。

第3当裁判所の判断

1  証拠(認定事実の末尾に,かっこ書きで掲げたもの。)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。

(1)  Bは,昭和36年に原告に入社し,その後,昭和55年4月からは経理課長,平成12年3月からは経理部長,平成13年3月からは業務部長をそれぞれ務め,平成14年7月に定年退職後は,平成17年7月に原告の資金の不正流用が発覚するまで,嘱託社員又は契約社員として再雇用されていた(甲9の1,10の2)。

被告は,昭和45年にフジフューチャーズ株式会社に入社し,商品取引業界に入った(乙13)。

(2)  Bは,昭和60年2月ころ,ミリオン貿易のI及びJから勧誘を受け,商品先物取引を開始し,昭和60年3月から平成2年11月まで,ミリオン貿易において,同社外務員のI,J及びCらを担当者として,大豆の先物取引を行った。Bは,取引当初は,自己資金約120万円,兄から借り入れた約1000万円,自己所有の土地を担保として借り入れた約450万円等を支出したが,損失を出したため,原告の資金を不正流用することとし,原告作成名義の小切手を偽造して原告の口座から無権限で資金を引き出し,多数回にわたり合計数千万円を不正に流用した。(甲4の1~3,9の1,18の1,24)

(3)  Bは,昭和61年6月上旬ころ,Cの紹介により,被告に初めて会った。被告は,当時,Cの直属の上司であり,顧客の入金額が1000万円を超えると,上司として顧客と面談することとしていたものである。その際,Bと被告は,名刺を交換した。なお,Bは,その後平成3年3月中旬ころに,被告から電話で取引の勧誘を受けるまで,被告と接触することはなかった。(甲18の1,証人B,被告)

(4)  Bは,上記取引当時,自宅建物の持分2分の1及び●●●内の農地2筆等の資産を有していたところ,農地2筆についての評価額は,平成18年7月時点で4100万円である(甲12の4,24,乙5ないし8)。

(5)  ミリオン貿易は,a社事件の発覚を承けて,2000万円を超えるような大口の預かり顧客について,早期に一旦取引を終了させ,取引に異議がない旨の公正証書を作成することとした。

Bとの間においても,平成2年11月29日,Cがミリオン貿易の代理人となって,公正証書(甲5)が作成された。その内容は,①Bとミリオン貿易との間の昭和60年3月15日から平成2年11月26日までの商品先物取引(東京工業品取引所・金・銀・白金,豊橋乾繭取引所・乾繭,名古屋穀物砂糖取引所・小豆・若葉,名古屋繊維取引所・綿糸)の結果に関し,Bは何ら異議がないこと,②商品先物取引において発生した損金は4523万4930円であること,③ミリオン貿易は,売買損金の残金275万1070円をBに支払い,Bがこれを受領したこと等を確認したものである。

この当時,被告は,社内の主導権争いに敗れて,常務取締役営業本部長から管理部に担当を変更されていたが,上記公正証書作成時には,管理部の社員も立ち会っていた。

(甲5,35の4,乙12,13,被告)

(6)  Cは,上記公正証書を作成した翌日である平成2年11月30日,株式会社aの経理担当者であったEと共謀して業務上横領の罪等を犯したとして逮捕され,その後,有罪判決を受け,平成5年11月25日まで服役した(甲35の4)。

(7)  Bは,平成3年3月中旬ころ,ミリオン貿易に在籍していた被告から電話で商品先物取引の勧誘を受けた。その際,被告は,Bが平成2年11月までのミリオン貿易での取引で出した損失を特別な方法で取り戻す旨述べ,まず250万円を用意するよう依頼した(甲9の1,証人K)。

(8)  Bは,平成3年3月20日,小切手を偽造し,当座貸越を利用して,原告の大垣共立銀行名古屋支店の口座から250万円を不正に出金し,同日,被告に対し,商品先物取引の証拠金として上記250万円を交付した。以後,Bは,平成12年6月30日までの間,上記と同様の方法で,別紙2の「Bが不正に引き出した金額」欄記載の額の金銭をこれに対応する「年月日」欄記載の日に原告の大垣共立銀行●●●支店,UFJ(東海)銀行●●●支店又は同銀行●●●支店の口座から不正に出金し,被告に対し,同別紙の「被告に交付された金額」欄記載の額の金銭をこれに対応する「年月日」欄記載のころ交付した。

Bが被告に対し交付した金銭の大部分は取引証拠金の名目であったが,一部は被告の個人的な借入れ又は取引上の税務トラブル解決のためという名目であった。なお,Bは,被告に対して交付した金銭のうち合計100万円については,平成3年7月29日及び平成6年4月5日,別紙2「金額」欄及び「備考」欄に記載したとおり,返済を受けている。

(甲7の1~10,8の1,8の16,9の1,25,26,証人K)

(9)  Bが原告の口座から不正に出金した総額は,2億3619万9743円である(甲25,26)。

(10)  Bが被告に対し金銭を交付する前には,被告からBに電話で金額,待ち合わせの日時及び場所の指定があり,Bは,被告の指定に応じて現金を用意した。また,被告が金銭の交付を振込みの方法で行うよう指定した場合には,Bは,指定の被告名義の銀行口座に指定金額を振り込んだ。また,Bは,H名義の銀行口座に,平成8年1月25日に70万円,同年2月7日に300万円,同月15日に100万円,同年4月17日に370万円の合計840万円を振り込んでいるが,これも,被告の指定により振り込んだものである。なお,Bは,上記振込みの際,いずれも,振込人名義をF又はG(被告の妻)としているが,これも被告の指示によるものであった。(甲8の2~15,9の1・2,証人B)

(11)  被告は,昭和55年3月から平成3年7月30日まではミリオン貿易(所属部署は本店),平成3年9月21日から同年10月31日まではエグチフューチャーズ(所属部署は名古屋中支店),平成4年2月21日から平成5年2月25日まではアイメックス(所属部署は本店),平成5年8月11日から平成7年9月19日までは入や通商(所属部署は名古屋支店),平成7年10月11日から平成8年2月12日まではマルゴ商事(所属部署は本店),平成8年3月11日から平成9年5月22日までは大雄社先物(所属部署は登録時は東京支店であったが,平成8年10月1日付けで本店),平成11年3月1日から同年11月30日までは明倫社(平成11年10月1日付けで合併によりキングコモディティ証券,所属部署は本店),平成13年2月13日から同年12月2日まではキングコモディティ証券(所属部署は大阪支店),平成14年1月11日から平成17年8月31日まではベストコモディティ(平成15年4月1日付けで萬成トレーディング,平成16年8月1日付けでメビウストレードに商号変更,所属部署は登録時は大阪支店であったが,平成16年10月30日付けで名古屋支店)において,それぞれ外務員の登録がされていた(甲6の2)。

(12)  Bは,被告がミリオン貿易に在籍していた際は,Cとの取引の口座を再度使用して取引を行う旨の説明を受け,契約書等の取引関係書類を一切作成していない。その後,少なくとも,エグチフューチャーズ,マルゴ商事,明倫社,キングコモディティ証券及びベストコモディティにおいて,被告が外務員の登録をされていた間,●●●,G,N,H,Fの名義で口座が開設されたことはなく,ミリオン貿易(平成3年3月以降),アイメックス,入や通商及び大雄社先物においては口座開設の有無が確認できない。(甲9の1・2,15,調査嘱託)

(13)  原告の経理担当の従業員であるLは,平成17年6月30日,UFJ銀行の入出金明細を見て,当時原告には借入れがないはずであるのに利息が発生していることを不審に思い,同年7月1日から,上司のMと共に調査をしたところ,Bが大垣共立銀行及びUFJ(東海)銀行から,総額6億3372万2344円を不正に借入れしていたことが判明した(甲10の2)。

(14)  原告は,平成17年8月3日付けで,Bを刑事告訴するとともに(甲11),親会社である株式会社●●●から借入れをして,平成17年8月29日に大垣共立銀行へ5億3000万円を,同月30日にUFJ銀行へ1億円をそれぞれ被害弁償した(甲11,13の1~4)。

(15)  原告は,Bから,平成17年7月から平成21年2月にかけて,合計3275万8928円の被害弁償を受けた(甲12の1~4,34)。

(16)  Bは,平成18年8月3日,原告の小切手を偽造して金員を騙取したとして,名古屋地方裁判所において,懲役2年6月の実刑判決を受け,刑に服した(甲4の1)。

(17)  商品先物取引の顧客の中で,農協等の役職員による公金流用の事例がるる出現しており,昭和40年代後半にもこれが多発して,商品取引員に対する社会的批判が起こり,業界として大きな打撃を受けたところ,昭和51年ころ以降にもそのような事例が絶えない。

被告自身の経験でも,被告や被告の部下の顧客でその勤務先において経理を担当していた者が勤務先の金銭を商品先物取引に不正に流用した事例は,概ね昭和60年ころから平成7年ころまでの間をとってみると,1年に1件ほどの頻度で発生していた。

(甲38の1・2,被告)

2  被告は,ミリオン貿易及びエグチフューチャーズ在籍中はBとは取引しておらず,アイメックスに移ってから取引を始めた旨主張し,被告本人尋問の結果中には,これに副う供述があるほか,乙13(被告作成の陳述書)には,「被告がエグチフューチャーズ在籍中にBから電話があり,商品先物取引をしたいとの申込みがあったがこれを断り,被告がアイメックスに移ってから,再度Bから電話があり,損失を取り戻したいとして取引の申込みがあった。」旨の記載がある。

しかし,前記認定のとおり,被告は,ミリオン貿易在籍中,平成3年3月までBの取引を担当したことはなく,それどころか,一度会って名刺を交換したのみで,それ以外の接触は全くなかったのであるから,Bが,別の会社に移籍した被告に対し,自ら先物取引開始の申込みをしたとの前記記載はにわかに信用できない。

また,証拠(甲7の1~10,25,26,証人B)によれば,Bが個人的に作成していた手帳(甲7の1~10)には,被告への金銭の交付が平成3年3月20日から行われた旨記載されているところ,同手帳と,原告の大垣共立銀行との取引明細表,原告の当座預金元帳,UFJ(東海)銀行●●●支店の原告に係る預金元帳調査結果及び同銀行●●●支店の原告に係る預金元帳調査結果とを照らし合わせると,原告の銀行口座からの出金について,これに対応する入金や支払の記載が原告の元帳にないものが,手帳に記載された日付及び金額に概ね一致すること,この手帳は,Bが,Cとの取引の際には何も記録を作成していなかったため,損失額の総額が自分では確認できなくなっていたことから,個人的な備忘のために,被告から金銭交付の要求を受けて支払う度に作成していたものであることが認められ,これらのことからすれば,上記手帳の記載は信用できる。

もっとも,原告の銀行口座からの出金の日付けと上記手帳に記載された被告への支払の日付けが前後する日がある。しかし,これについては,被告から電話で要求があった日にメモしている場合があるとの説明があり(甲25),この説明は不合理とはいえない。また,上記手帳に記載されている交付額が原告の銀行の取引明細表又は預金元帳で裏付けられない部分が存在する。しかし,UFJ(東海)銀行の取引分については平成9年2月までの預金元帳が存在せず,裏付けられない部分は別紙2のとおり平成9年2月までの時期に集中していること(甲26),証拠(甲25)中には,Bが宝くじに当選しており,その当選金から被告に交付したことがある旨の記載もあることからすれば,上記手帳の記載の信用性を左右するものとはいえない。

そうすると,Bの被告への金銭の交付は,前記認定のとおり,平成3年3月20日から始まったものと認めるのが相当である。

3  争点(3)(被告の原告に対する直接の不法行為の成否)について

(1)  不法行為の成否

商品取引員の登録外務員が,その顧客がその勤務先の資金を不正に引き出して商品先物取引に流用することを予見し又は予見できたにもかかわらず,その顧客と取引をして金銭の交付を要求・受領する行為は,犯罪を誘発する行為であるから,もはや正当な取引行為であるとはいえない。

そうすると,上記行為は,顧客の勤務先との関係でも,故意又は過失によって当該勤務先の財産的権利を侵害する違法な行為として,不法行為を構成するものというべきである。

そして,顧客が勤務先において経理を担当している者であり,商品先物取引において損失を出して自己資金が尽きた場合には,冷静な判断力を失うなどして,損失を取り戻すために,勤務先の資金を不正に引き出して商品先物取引に流用するおそれがあるというべきであり,前記認定のとおり,勤務先で経理を担当していた者が,勤務先の資金を不正に引き出して商品先物取引に流用するという事例がしばしば発生していたことにかんがみると,登録外務員は,顧客が勤務先において経理を担当している者であり,商品先物取引において損失を出して自己資金が尽きたことを認識し又は認識し得た場合には,その顧客がその勤務先の資金を不正に引き出して商品先物取引に流用することを予見していたか,そうでなくても予見できたものと推認するのが相当である。

これを本件についてみると,前記認定事実によれば,被告は,Bとの取引を開始する前に,Bがミリオン貿易において入金額1000万円を超える大口の取引をしているということで,担当外務員の上司としてBと面談し,名刺交換をしたことがあるから,Bが経理課長の肩書で原告の経理を担当していたことを知っていたものと認められる。

また,Bは給与所得者であり,その資産は自宅建物の持分と2筆の農地等に過ぎず,ミリオン貿易における昭和60年からの取引当初において,身内からの借入れや不動産担保による借入れをして取引を行い,その後原告の資金を不正流用するに至ったことからすると,さしたる流動資産は有さず,早期に自己資金は尽きたものと認められる。そして,Bは,ミリオン貿易における平成2年11月までの取引において約4500万円の損金を出し,約275万円の返還を受けて取引を終了しているところ,被告は,当時ミリオン貿易の幹部的な地位にあったものと推認されるから,同社において同様の公正証書が2000万円を超える大口の入金があった顧客について作成されたこと,及びBについて公正証書が作成されたことを知っていたものと推認される。そして,平成3年3月の取引開始時に,Bに対し,同人の資産の状況や取引可能な金額につき,具体的な質問等をしたことを認めるに足りる証拠はない。そうすると,被告は,平成2年11月に終了した取引によってBの自己資金が尽きたことを知っていたものと推認するのが相当であり,仮にそうでなくても,容易に知り得たものと認められる。

この点につき,被告は,本人尋問において,B本人から,土地を多数保有してアパート経営をしており,7,8億円の資産がある旨聞いていたと供述しているが,Bの保有する資産についての客観的事実と齟齬しており,Bがそのような虚偽の事実を述べなければならない動機を認めるに足りる証拠はなく,虚偽の事実を述べたことを裏付ける証拠もないので,採用できない。

以上によれば,被告は,平成3年3月時点において,Bがその勤務先の資金を不正に引き出して商品先物取引に流用することを予見し又は容易に予見できたものと認めることができる。それにもかかわらず,被告は,Bと取引を開始して金銭の交付を要求し,Bをして,前記認定のとおり原告の資金を不正に引き出させて被告に交付させたものであるから,原告に対する不法行為が成立し,原告に対し,損害賠償義務を負う。

なお,被告がBから受領した金銭の中には取引証拠金名目ではなく,個人的な借入名目のものもあったが,これらについても,不正流用の予見又は予見可能性が認められ,かつ,正当な取引行為であるとも認められないから,原告に対する不法行為が成立するというべきである。

(2)  損害

前記認定のとおり,Bは,平成3年3月20日から平成12年6月30日までの間,別紙2の「Bが不正に引き出した金額」欄記載の額の金銭をこれに対応する「年月日」欄記載の日に原告の大垣共立銀行●●●支店,UFJ(東海)銀行●●●支店又は同銀行●●●支店の口座から不正に出金し,被告に対し,同別紙の「被告に交付された金額」欄記載の額の金銭をこれに対応する「年月日」欄記載のころ交付したものと認められる。

そして,上記認定の被告に交付された金銭のうち,別紙2の「備考」欄に「不正出金の裏付けなし」と記載されたものを除く金銭の交付行為について,その交付行為と同日あるいは前後数日の間に,原告の上記銀行口座のいずれかからの不正出金が認められるから,個々の不正出金額の限度で被告の不法行為による原告の損害が発生しているというべきである。また,個々の交付額が個々の不正出金額より少ないものについては,個々の交付額の限度において,被告の不法行為による損害であるというべきである(なお,Bが被告から返済を受けた100万円分については,損害額の主張から控除されている。)。

よって,上記から認定される2億1565万円について,原告の損害が認められる。

4  争点(4)(信義則違反ないし権利濫用)及び同(5)(過失相殺)について

被告は,原告において,10年以上にわたってBの不正流用を発見することができなかったことは,経理体制・監督体制がずさんであったことに起因するもので,本件請求は権利濫用に当たり,また,過失相殺すべきである旨主張する。

しかし,被告の前記不法行為について,被告には故意又は重過失があったというべきであり,この被告の行為態様と対比して,原告の損害賠償請求が許されないとするまでの信義則違反ないし権利濫用の根拠となる事情を認めるに足りる証拠はない。

また,以上の認定判断によれば,被告は,故意又は重過失により,Bの犯罪行為を誘発し,これにより原告に損害を与えたものというべきであるから,本件において過失相殺をすることは相当ではない。

よって,被告の上記主張はいずれも採用できない。

5  争点(6)(消滅時効)について

被告は,原告がBの不正行為を知り得なかったのは重過失によるのであり,遅くとも最終の不法行為日である平成14年8月から消滅時効は進行している旨主張する。

しかし,民法724条の「損害及び加害者を知った時」とは,被害者において損害賠償請求が事実上可能な状況の下にその可能な程度において損害及び加害者を知ったときをいうのであり,被害者が損害の発生を現実に認識する必要があるから,たとえ,通常の注意を払えば損害を知り得たはずであったとしても,これには該当しないというべきである。

これを本件についてみると,上記認定事実によれば,原告が,Bによる不正流用の事実を知ったのは,これが原告内で発覚した平成17年7月のことであり,さらに,被告による直接の不法行為を知ったのは,平成17年7月よりも後であると推認できる。

そうすると,原告が被告の原告に対する直接の不法行為に基づいて損害賠償請求権を裁判上行使した平成19年6月21日の本件第2回弁論準備手続期日において,消滅時効期間である3年は経過していない。

よって,被告の上記主張は採用できない。

6  結論

以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求には理由がある。

(裁判長裁判官 倉田慎也 裁判官 清藤健一 裁判官 飯田理子)

<以下省略>

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