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名古屋地方裁判所 平成19年(行ウ)32号 判決 2010年6月30日

主文

1  本件訴訟のうち,甲事件原告X1に関する部分は平成19年○月○日に,甲事件原告X2に関する部分は平成22年○月○日に,それぞれ当該原告の死亡により終了した。

2  その余の原告らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,前項の原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  甲事件

(1)  被告愛知県知事は,特定多目的ダム法8条に基づいて愛知県が河川法60条1項の規定により負担する設楽ダムの建設に要する費用の負担金のうち,洪水調節及び流水の正常な機能の維持に係る部分並びにかんがいに係る部分(ただし,特定多目的ダム法10条1項に基づく流水の貯留を利用して流水をかんがいの用に供する者の負担金に係る部分を除く。)について,支出命令をしてはならない。

(2)  被告愛知県公営企業管理者企業庁長は,設楽ダムの建設に要する費用のうち,愛知県が特定多目的ダム法7条1項に基づくダム使用権(水道用水に係るもの)の設定予定者として負担する負担金について,支出してはならない。

2  乙事件

被告愛知県知事は,特定多目的ダム法8条に基づいて愛知県が河川法60条1項の規定により負担する設楽ダムの建設に要する費用の負担金のうち,同県が収納する特定多目的ダム法10条1項に基づく流水の貯留を利用して流水をかんがいの用に供する者の負担金に係る部分について,支出命令をしてはならない。

第2事案の概要

本件は,国土交通大臣が豊川水系豊川上流の愛知県北設楽郡設楽町に建設を計画している多目的ダムである設楽ダムに関し,愛知県が河川法及び特定多目的ダム法(以下「特ダム法」という。)の規定に基づき負担する建設費の負担金について,同県の住民である原告らが,上記負担金の支出は違法な公金の支出に当たるとして,地方自治法242条の2第1項1号に基づき,甲事件及び乙事件被告愛知県知事(以下「被告知事」という。)並びに甲事件被告愛知県公営企業管理者企業庁長(以下「被告企業庁長」という。)に対し,上記負担金の支出の差止めを求めている住民訴訟である。

1  多目的ダムの建設費の負担等に関する法令の定め

(1)  河川法等の定め

ア 河川法4条1項に規定する一級河川の管理は,国土交通大臣が行うものであるが(同法9条1項),都道府県は,その区域内における一級河川の管理に要する費用について,所定の割合でその費用を負担するものとされ,改良工事のうち政令で定める大規模な工事(以下「大規模改良工事」という。)に要する費用については,その負担割合は10分の3とされている(同法60条1項)。

そして,河川法施行令36条の2第1号は,貯留量800万m3以上のダムに関する工事で,これに要する費用が120億円を超えるものは,大規模改良工事に当たるものと定めている。

イ 国土交通大臣が行なう一級河川の管理に要する費用のうち,河川法60条1項の規定により都道府県が負担すべき費用については,政令で定めるところにより,国庫に納付しなければならないとされている(河川法64条1項)。

そして,河川法施行令38条1項は,国土交通大臣は,上記の費用の負担に関し,その費用を負担すべき都道府県に対し,その負担すべき額を納付すべき旨を通知しなければならないと定めている。

(2)  特ダム法等の定め

特ダム法及び特定多目的ダム法施行令(以下「特ダム法施行令」という。)は,多目的ダム(国土交通大臣が河川法9条1項の規定により自ら新築するダムで,これによる流水の貯留を利用して流水が発電,水道又は工業用水道の用に供されるものをいう。)の建設に要する費用の負担について,次のとおり定めている。

ア ダム使用権の設定予定者の負担

(ア) ダム使用権(多目的ダムによる一定量の流水の貯留を一定の地域において確保する権利)の設定予定者は,多目的ダムの建設に要する費用のうち,建設の目的である各用途について,多目的ダムによる流水の貯留を利用して流水を当該用途に供することによって得られる効用から算定される推定の投資額及び当該用途のみに供される工作物でその効用と同等の効用を有するものの設置に要する推定の費用の額並びに多目的ダムの建設に要する費用の財源の一部に借入金が充てられる場合においては,支払うべき利息の額を勘案して,政令で定めるところにより算出した額の費用を負担しなければならない(特ダム法7条1項)。

ダム使用権の設定予定者の負担金の額は,多目的ダムの建設に要する費用の額に特ダム法4条1項に規定する基本計画で定めたダム使用権の設定予定者の負担割合を乗じて得た額並びに当該ダム使用権の設定につき課されるべき消費税及び地方消費税の額に相当する額とし,上記の負担割合は,原則として,特ダム法施行令所定の分離費用身替り妥当支出法を基準として算定する(特ダム法施行令1条の2)。

(イ) ダム使用権の設定予定者の負担金の納付の方法,期限等については,政令で定めるものとし(特ダム法7条2項),これを受けて,特ダム法施行令9条1項1号は,ダム使用権の設定予定者の負担金(ダム使用権の設定予定者が事業から撤退した場合に負担すべき負担金を除く。以下同じ。)は,毎年度,国土交通大臣が当該年度の事業計画に応じて定める額を,国土交通大臣が当該年度の資金計画に基づいて定める期限までに納付することと定めている。

イ 都道府県が負担すべき負担金の額

多目的ダムの建設に要する費用について河川法60条1項の規定により都道府県が負担すべき負担金の額は,① その建設に要する費用の額からダム使用権の設定予定者の負担金及び政令で定めるその他の負担金の額を控除した額に同項に定める都道府県の負担割合を乗じた額と,② 都道府県が収納する政令で定めるその他の負担金の額を合算した額とする(特ダム法8条)。

上記の規定を受けて,特ダム法施行令10条1項は,特ダム法8条の多目的ダムの建設に要する費用の額からその額を控除する政令で定める負担金は,特ダム法9条及び10条並びに河川法67条及び68条2項の負担金とする旨,また,特ダム法施行令10条2項は,特ダム法8条の都道府県が収納する政令で定める負担金は,特ダム法9条及び10条の負担金とする旨定めている。

ウ 受益者負担金

多目的ダムの建設によって著しく利益を受ける者がある場合には,その者が流水を政令で定める用途に供する者であるときは国土交通大臣,その他の者であるときは都道府県知事は,その利益を受ける限度において,多目的ダムの建設に要する費用の一部を負担させることができる(特ダム法9条1項)。

エ かんがいの用に供する者の負担金

(ア) 専用の施設を新設し又は拡張して,新築される多目的ダムによる流水の貯留を利用して流水をかんがいの用に供する者は,多目的ダムの建設に要する費用につき当該用途について特ダム法7条1項に規定する方法と同一の方法により算出した額のうち10分の1以内で政令で定める割合の額及びその額に対応する建設期間中の利息の額を合算した額の負担金を負担しなければならない(特ダム法10条1項)。

上記の規定を受けて,特ダム法施行令12条は,特ダム法10条1項の政令で定める割合は,10分の1とする旨定めている。

(イ) かんがいの用に供する者の負担金は,都道府県知事が徴収し,徴収を受ける者の範囲及び徴収の方法については,都道府県の条例で定める(特ダム法10条1項,3項,9条2項)。

かんがいの用に供する者の負担金は,元利均等年賦支払の方法(当該負担金の徴収を受ける者の申出があるときは,その負担金の全部又は一部につき一時支払の方法)により支払わせるものとし,その支払期間は,多目的ダムの建設が完了し,かつ,土地改良法による国営土地改良事業又は都道府県営土地改良事業により専用の施設の新設又は拡張が行われるときは,その工事が完了した年の翌年から起算して15年を下らない期間とするが,多目的ダムの建設及び専用の施設の工事が完了する以前において,当該多目的ダムによる流水の貯留を利用して流水をかんがいの用に供することにより受けるべき利益のすべてを受けている者があるときは,当該負担金に係る支払期間は,その利益のすべてが発生した年以後において都道府県知事が指定する年から起算するものとする(特ダム法施行令13条)。

2  前提事実(争いがないか,証拠上又は記録上明らかである。)

(1)  当事者等

ア 原告ら(甲事件原告X1及び甲事件原告X2を除く。)は,愛知県内に居住する者であり,甲事件原告X1及び甲事件原告X2は,後記のとおり死亡するまで,同県内に居住していた者である。

イ 被告知事は,愛知県の執行機関であり,同県が河川法60条1項及び特ダム法8条に基づき負担する設楽ダムの建設費の負担金について,支出命令を行う権限を有している者である。

ウ 被告企業庁長は,地方公営企業法7条,愛知県公営企業の設置等に関する条例(昭和55年愛知県条例第3号)4条1項,2項に基づいて設置された愛知県公営企業の管理者であり,同県が特ダム法7条1項に基づくダム使用権(水道用水に係るもの)の設定予定者として負担する設楽ダムの建設費の負担金について,支出を行う権限を有している者である。

(2)  設楽ダムの概要

ア 豊川及び設楽ダムの位置等

豊川は,その源を愛知県北設楽郡設楽町の段戸山に発し,愛知県東三河地方を南下し,三河湾に注ぐ幹川流路延長約77km,流域面積約724km²の河川法4条に規定する一級河川である。

設楽ダムは,国土交通大臣が,洪水調節,流水の正常な機能の維持並びに新規水資源開発(農業用水及び水道用水)を目的として,豊川の河口から約70km上流の同町に建設を計画している多目的ダムである(豊川水系における設楽ダム等の位置関係については,別紙1,2の図を参照)。

イ 設楽ダムの事業化の経緯

(ア) 古来,豊川では霞堤(洪水を一時的に氾濫させて洪水調節を行うように設けられた不連続な堤防)を主体とした治水対策が採られていたが,沿川では洪水のたびに大きな被害を被っていた。そこで,国によって昭和2年度から河川改修による本格的な治水対策が開始され,豊川放水路の建設(昭和40年度完成)を始めとする改修工事が行われてきた。しかし,その後も昭和43年8月,昭和44年8月と大洪水が相次ぎ,特に後者の洪水(以下「昭和44年8月洪水」という。)では,豊川流域に甚大な被害が及ぼされた。これを契機に,また,流域の開発が著しいことにかんがみて,国により豊川の改修計画の見直しが行われ,その一環として新たな洪水調節施設を建設することが検討され,昭和53年度から設楽ダムの実施計画調査が着手された。

その後,平成9年に河川法が改正され,河川整備の計画が,基本となる方針に関する事項(河川整備基本方針)と具体的な整備に関する計画(河川整備計画)に区分され,後者については,関係地方公共団体の長や地域住民の意見を反映する手続が導入された。これに従って,豊川についても,平成11年12月1日,建設大臣により「豊川水系河川整備基本方針」が定められ,平成13年11月28日,同基本方針に沿って計画的に河川の整備を実施するため,国土交通大臣から権限の委任を受けた国土交通省中部地方整備局長(以下「中部地方整備局長」という。)により「豊川水系河川整備計画(大臣管理区間)」が定められた。同計画において,洪水調節,流水の正常な機能の維持及び新規水資源開発を目的とする多目的ダムとして設楽ダムを建設することとされた。なお,同計画については,平成18年4月6日,その内容が一部変更されたが,変更後の計画においても,河川工事として,設楽ダムの建設が掲げられている。

(イ) 一方,豊川水系における利水については,戦後の食糧増産対策として,昭和24年に農林省の国営事業である豊川農業水利事業が着工され,その後,昭和26年に天竜東三河地域が国土総合開発法に基づく特定地域に指定され,これに伴い,同事業は,愛知県東三河地方の平野及び渥美半島の全域並びに静岡県浜名湖西部地域に,農業用水,水道用水及び工業用水を供給する総合開発事業である豊川用水事業に発展した。豊川用水事業は,昭和43年にその事業が完成して全面通水が開始された。

しかし,この地域の水需要は,その後も増え続け,平成2年2月6日,内閣総理大臣は,この地域につき広域的な用水対策を緊急に実施する必要があると認めて,水資源開発促進法(平成11年法律第160号による改正前のもの)3条1項に基づき,豊川水系を水資源開発水系として指定した。そして,平成2年5月15日,同法4条1項に基づき,豊川水系における水資源の総合的な開発及び利用の合理化の基本となるべき「豊川水系における水資源開発基本計画」(以下「第1次計画」という。)が決定された。第1次計画においては,洪水調節及び流水の正常な機能の維持を図るとともに,愛知県東三河地域の農地に対する農業用水及び愛知県の水道用水の確保等を行うことを事業目的として,設楽ダム建設事業を行うこととされた。そして,平成18年2月17日,水資源開発促進法4条5項により,第1次計画を全部変更する形式で,「豊川水系における水資源開発基本計画(第2次計画)」(以下「豊川水系フルプラン(第2次計画)」又は,単に「豊川水系フルプラン」という。)が定められたが,豊川水系フルプランにおいても,供給の目標を達成するために必要な施設整備として,設楽ダム建設事業が掲げられている。

ウ 設楽ダムの建設に関する基本計画

国土交通大臣は,特ダム法4条1項の規定により,次のとおり,設楽ダムの建設に関する基本計画(以下「設楽ダム基本計画」という。)を作成し,平成20年10月27日,これを告示した。

(ア) 建設の目的

a 洪水調節

設楽ダムの建設される地点における計画高水流量毎秒1490m3のうち,毎秒1250m3の洪水調節を行う。

b 流水の正常な機能の維持

下流の既得用水の補給等流水の正常な機能の維持と増進を図る。

c かんがい

愛知県東三河地域の農地約1万7200haに対するかんがい用水として,新たに毎秒0.339m3(年平均)の取水を可能とする。

d 水道

愛知県東三河地域の水道用水として,新たに毎秒0.179m3の取水を可能とする。

(イ) 位置及び名称

a 位置 豊川水系豊川(右岸・愛知県北設楽郡設楽町松戸,左岸・同町清崎)

b 名称 設楽ダム

(ウ) 規模及び型式

a 規模 堤高(基礎地盤から堤頂までをいう。)129.0m

b 型式 重力式コンクリートダム

(エ) 貯留量,取水量及び放流量並びに貯留量の用途別配分に関する事項

a 貯留量

(a) 総貯留量

最高水位は,標高444.0mとし,総貯留量は,9800万m3とする。

(b) 有効貯留量

最低水位は,標高377.0mとし,有効貯留量は,総貯留量のうち標高444.0mから標高377.0mまでの有効水深67.0mに対応する貯留量9200万m3とする。

b 取水量及び放流量並びに貯留量の用途別配分

(a) 洪水調節

洪水調節を行う場合を除き,水位を標高437.0m以下に制限するものとする。

洪水調節は,標高444.0mから標高437.0mまでの容量1900万m3を利用して行うものとする。

(b) 流水の正常な機能の維持

流水の正常な機能の維持と増進を図るための貯留量は,標高437.0mから標高377.0mまでの容量7300万m3のうち最大6000万m3とする。

(c) かんがい

愛知県東三河地域のかんがい用水として,新たに毎秒0.339m3(年平均)の取水を可能とする。

かんがいのための貯留量は,標高437.0mから標高377.0mまでの容量7300万m3のうち最大700万m3とする。

(d) 水道

愛知県東三河地域の水道用水として,新たに毎秒0.179m3の取水を可能とする。

水道のための貯留量は,標高437.0mから標高377.0mまでの容量7300万m3のうち最大600万m3とする。

なお,上記(b)ないし(d)については,効率的な水利用を図るために設楽ダムと豊川総合用水施設等の利水施設による河川流水の総合的運用を行う。

(オ) ダム使用権の設定予定者 愛知県(水道)

(カ) 建設に要する費用及びその負担に関する事項

a 建設に要する費用の概算額 約2070億円

b 建設に要する費用の負担者及び負担額

(a) 河川法59条,60条1項の規定に基づく国及び愛知県の負担額

建設に要する費用の額に1000分の890を乗じて得た額(このうち,かんがいに係るものは,建設に要する費用の額に1000分の113を乗じて得た額)とする。

(b) 特ダム法10条1項の規定に基づく流水をかんがいの用に供するものの負担額

上記(a)のかんがいに係る負担額のうち,その額に10分の1を乗じて得た額とする。

(c) 特ダム法7条1項の規定に基づく愛知県(水道)の負担額

建設に要する費用の額に1000分の110を乗じて得た額とする。

(キ) 工期 昭和53年度から平成32年度までの予定

(3)  設楽ダムの建設費に係る愛知県の負担額

ア 設楽ダムの建設は,河川法60条1項にいう大規模改良工事に当たり,同項による愛知県の負担割合は10分の3となる。したがって,設楽ダム基本計画の下で,愛知県が河川法60条1項及び特ダム法8条に基づき負担する建設費の負担額は,次の(ア)及び(イ)を合算した金額である。

(ア) 河川法59条,60条1項に基づく国及び愛知県の負担額(前記(2)ウ(カ)b(a)記載のとおり,建設費に1000分の890を乗じて得た額)から,かんがい利用者負担額(同(b)記載のとおり,建設費に1万分の113を乗じて得た額)を減じて得た額に,10分の3を乗じて得た額

(イ) かんがい利用者の負担額(上記のとおり,建設費に1万分の113を乗じて得た額)

イ 前記(2)ウ(カ)b(c)記載のとおり,設楽ダムの建設費のうち,愛知県が特ダム法7条1項に基づくダム使用権(水道用水に係るもの)の設定予定者として負担する負担額は,建設費に1000分の110を乗じて得た額である。

(4)  監査請求及び本件訴えの提起

ア 甲事件

(ア) 甲事件原告X1及び甲事件原告X3らは,平成19年2月7日,愛知県監査委員に対し,設楽ダムの建設費に係る愛知県の負担金につき,①支出しない,②国(国土交通省)に対する負担義務の不存在の確認請求,③支出されたときは支出職員に対する損害賠償請求,④その他必要な措置を求める旨の住民監査請求をした。

愛知県監査委員は,同年3月12日,上記監査請求を却下した。

(イ) 甲事件原告X2及び甲事件原告X4らは,平成19年3月19日,同月26日又は同月27日,愛知県監査委員に対し,上記(ア)と同様の住民監査請求をした。

(ウ) 甲事件原告らは,平成19年4月12日,甲事件の訴えを提起した。

(エ) 愛知県監査委員は,平成19年4月23日,上記(イ)の監査請求を却下した。

(オ) 甲事件原告X5は,平成19年5月1日,愛知県監査委員に対し,上記(ア)と同様の住民監査請求をした。

愛知県監査委員は,同月11日,上記監査請求を却下した。

イ 乙事件

(ア) 乙事件原告らは,平成19年11月26日,愛知県監査委員に対し,愛知県が,特ダム法10条3項に基づくかんがい利用者負担金の徴収に係る条例が存在しない下で,設楽ダムのかんがい利用者負担金に係る負担金を負担し,国に納付することは違法であるとして,同負担金につき,①支出しない,②支出されたときは支出職員に対する損害賠償請求,③その他必要な措置を求める旨の住民監査請求をした。

愛知県監査委員は,同年12月26日,上記監査請求を却下した。

(イ) 乙事件原告らは,平成20年1月9日,乙事件の訴えを提起した。

(5)  当事者の死亡

甲事件原告X1は平成19年○月○日に死亡し,甲事件原告X2は平成22年○月○日に死亡した。

3  争点

(本案前の争点)

(1) 監査請求前置の要件の充足の有無(争点1)

(2) 住民訴訟の対象としての適否(争点2)

(本案の争点)

負担金の支出の違法性の有無(争点3)

4  争点に関する当事者の主張

(1)  争点1(監査請求前置の要件の充足の有無)について

(原告らの主張)

甲事件原告らは,設楽ダムの建設費に係る愛知県の負担金の支出の差止め等を求めて住民監査請求を行っており,この監査請求は,対象となる財務会計行為を特定してされた適法なものであり,甲事件に係る請求との同一性を備えているから,甲事件原告らは,適法な住民監査請求を経ている。乙事件原告らも,同様に,適法な住民監査請求を経ている。

甲事件原告X2,甲事件原告X4ら及び甲事件原告X5は甲事件の訴え提起時に監査結果を得ていないが,住民訴訟についての監査請求前置の要件は,訴訟要件にすぎず,事実審の口頭弁論終結時までに具備すれば足りるのであるから,上記原告らの訴えは,監査請求前置の要件に欠けるところはない。

地方自治法242条の2第4項は,住民訴訟が係属しているときに別訴による同一の請求を禁止しており,複数の住民による同一の請求は共同訴訟として提訴する以外に方法がなく,むしろ,それを義務付けているのであって,同一内容の住民訴訟は,住民監査請求をした時期にかかわらず同時に共同して訴えを提起できるのである(なお,複数の住民が提起した住民訴訟は,類似必要的共同訴訟となる。)。

(被告らの主張)

愛知県監査委員は,原告らがした住民監査請求については,愛知県の財務会計行為の違法性,不当性を具体的に示したものではないことから,不適法であるとして却下しており,この判断は正当なものである。したがって,原告らは,いずれも適法な住民監査請求を経ておらず,その訴えは不適法である。

殊に,甲事件原告X2,甲事件原告X4ら及び甲事件原告X5は,甲事件の訴え提起時に監査結果を得ておらず,甲事件原告X5については,甲事件の訴え提起時に住民監査請求すらしていなかったのであるから,これらの原告らの訴えが不適法であることは明らかである。

(2)  争点2(住民訴訟の対象としての適否)について

(被告らの主張)

住民訴訟の対象は,地方公共団体の財務会計行為又は怠る事実であって,対象行為の主体は,当該地方公共団体の長若しくは委員会若しくは委員又は当該地方公共団体の職員に限られるものである。

原告らは,本件訴訟において,専ら設楽ダム建設に伴うデメリットを強調して,被告らに対し負担金の支出命令又は支出の差止めを求めているものであるが,設楽ダム建設の事業主体は,国であって地方公共団体である愛知県ではなく,かつ,設楽ダムの建設という国の行為が財務会計行為に当たらないことは明らかである。本件訴えは,住民訴訟に名を借りて国の事業の適否を争うものというべきであるから,住民訴訟制度の目的を著しく逸脱した不適法な訴えというべきである。

(原告らの主張)

被告らの上記主張は争う。

(3)  争点3(負担金の支出の違法性の有無)について

(原告らの主張)

ア 原告らの主張する違法事由の骨子

設楽ダムの都市用水及び農業用水の新規水資源開発,流水の正常な機能の維持並びに洪水調節についての費用負担金に係る各支出は,後述のとおり,その原因となっている当該各目的につき,その必要性が認められなかったり確認されていないため,当該各目的について費用負担をして公金を支出することは,愛知県に財産的損害を発生させることになるものであって著しく合理性を欠いており,加えて,設楽ダムの建設が環境に悪影響を与えることにより違法であるため,その支出は一層著しく合理性を欠いており,当該支出自体において,予算執行の適正確保の見地から看過できない違法がある。

原告らは,上記負担金に係る支出自体に違法があると主張するものであり,それに先行し費用負担の原因となっている設楽ダム基本計画,さらには設楽ダムを位置づけた豊川水系フルプランや豊川水系河川整備計画の違法性が承継されることを根拠として上記負担金に係る支出が違法であると主張するものではない。

以上のほか,かんがい利用者の負担金に係る愛知県の負担金については,特ダム法10条3項に基づくかんがい利用者の負担金の徴収に係る条例が存在しない下で,同県がかんがい利用者の負担金に係る負担金を負担し,国に納付することは違法である。

イ 水道用水供給のための必要性の欠如

(ア) 水道用水の供給事業を目的とする水道事業は,地方公営企業として料金収入による独立採算制によって経営しなければならない(地方財政法6条,地方財政法施行令12条)。したがって,水源開発は,その開発水の需要があり,かつ,それを河川から取水して利用する体制があり,料金収入が得られ,投資経費が回収できるものでなければならない。

需要の見込みのない,また,河川から取水する計画のない必要性のない水道用水に係る建設費用負担金の支出は,料金収入で回収できない投資経費を発生させることになる。これは,経費は当該目的を達成するために必要かつ最少限度を超えて支出してはならないと定めた地方財政法4条1項の規定に違反し,著しく合理性を欠き,予算執行の適正確保の見地から看過できない違法があるということになる。

(イ) 豊川水系フルプランの目標年次である平成27年度において,都市用水(水道用水及び工業用水)の需要見通しは6.16m3/s(なお,「/s」は1秒当たりを意味する。以下同じ。)とされている。これに対して平成18年度の都市用水の開発水量は6.61m3/s,供給総量は7.73m3/sであり,既に供給量が需要量を上回っている。したがって,新たに設楽ダムを建設して都市用水の水資源を開発する必要はない。ところが,豊川水系フルプランにおいては,降雨総量が減少傾向を示しており,このため河川流量が減少してダムからの補給量が増大する渇水の年には計画通りの開発水量を安定的に供給することが困難になるとの理由により,豊川用水が10年に1回程度発生する規模の渇水時においても取水制限なしに取水ができるようにするため,設楽ダムを建設する必要があるとしている。

しかしながら,統計上,少雨化傾向があるということはできないし,平成14年度末の豊川総合用水事業の完成により,豊川用水は10年に1回程度発生する規模の渇水時においてもおおむね取水制限なく取水することができるようになっており,設楽ダムを建設する必要性は認められない。

(ウ) 豊川水系フルプランは,目標年次である平成27年度における都市用水(水道用水及び工業用水)の需要見通しとして,愛知県においては,水道用水として4.51m3/s,工業用水として1.38m3/sの需要を想定している。これは,愛知県が国土交通省の依頼により行った需給想定調査(以下「愛知県需給想定調査」という。)の需要想定に従ったものである。

しかしながら,愛知県需給想定調査の需要想定値は,実績の傾向とは連続性がなく,それを無視したもので,実績とかい離した過大な値となっている。

水道用水について,平成19年までの実績値に基づいて,平成27年の需要想定値を精確に想定すれば(一人一日家庭用有収水量は余裕を考慮して大きめの値である愛知県需給想定調査の232.8ℓを用いるが,その他の日有収水量は平成15年の実績値を用い,負荷率は最近5年間の実績最低値の平成15年の85.5%,利用量率は平成15年の実績値の98.8%を用いる。),水道用水の豊川水系依存量は3.57m3/s,うち水資源開発施設分は2.61m3/sとなる。この程度が,供給の余裕を見込む大きめの平成27年の需要想定値というべきである。

また,工業用水について,愛知県需給想定調査では,大規模開発要因として臨海工業用地244.2haへの工場立地により新たに補給水量で1日当たり3万1090m3の新規需要が発生すると想定しているが,実績とかい離した過大な想定である。大規模開発要因は加えず,実績値に基づいて,工業用水の平成27年の需要想定値を精確に想定すれば,愛知県では0.74m3/s程度,静岡県では0.17m3/s程度,合計では0.91m3/s程度である。

なお,東三河工業用水道事業においては,牟呂松原頭首工で0.903m3/sを取水することになっているが,現在,全くその取水がされておらず,牟呂松原頭首工の0.903m3/s(近年20年間で2番目の渇水年における供給可能量で0.56m3/s)はまとまった余剰水となっている。

(エ) 以上のように,実績に基づいて精確に平成27年の水道用水需要量を想定すると,大きめにみても豊川水系依存量のうちの水資源開発施設分は2.61m3/s程度である。これに対し,供給は,設楽ダムのない現状において,水道用水の豊川水系依存量のうちの水資源開発施設分の供給量は開発水量で4.18m3/s,安定供給可能量という近年20年間で2番目の渇水年における供給可能量で2.59m3/sとされている。開発水量では大幅な供給過剰であり,安定供給可能量においても需給はほぼ均衡している。そのうえ,上記のように,工業用水のうち,牟呂松原頭首工の開発水量で0.903m3/s(近年20年間で2番目の渇水年における供給可能量で0.56m3/s)が余剰となっており,これを水道用水に利用することができる。

したがって,設楽ダムのない現状の水源で,水道用水の開発水量はもちろん,近年20年間で2番目の渇水年における供給可能量でも,需要に対して供給不足となることはないから,設楽ダムは,水道用水供給のために必要はないのである。

ウ 農業用水供給のための必要性の欠如

(ア) 豊川水系フルプランの農業用水需給想定では,用水需要水量である粗用水量1億9918万9000m3から既存用水源である地区内利用可能量2178万1000m3と既開発水量1億6668万3000m3を差し引きして供給不足となる不足水量1072万5000m3が求められ,これが新たに水源確保をしなければならない新規需要水量であるとして,秒平均に換算した0.34m3/sを設楽ダムによって供給するとしている。

しかし,上記の既開発水量1億6668万3000m3は,昭和43年(設楽ダム計画基準年)における需要水量であって,既開発の豊川用水と豊川総合用水の供給量ではない。需要に対して供給不足となる水量であるから,粗用水量から差し引きするのは供給量でなければならないのに,需要量が使用されており,需給計算に用いるものを誤っているのである。

既開発施設(豊川用水と豊川総合用水)の供給量は,豊川総合用水の供給計画や豊川水系フルプラン説明資料から明らかなように,1億9710万m3である。したがって,上記豊川水系フルプランの農業用水需給想定における既開発水量は,1億6668万3000m3ではなく1億9710万m3とすべきである。一方,豊川水系フルプラン需給想定での幹線依存の需要水量は1億7740万8000m3(粗用水量1億9918万9000m3から地区内利用可能水量2178万1000m3差し引いた値)であるから,既開発水量は幹線依存需要水量を上回っており,不足水量がないので,設楽ダムによる農業用水の供給は必要がないのである。

(イ) 豊川水系フルプランにおける農業用水の新規需要水量は年間1072万5000m3,毎秒換算では0.34m3/sとされている。

しかしながら,① 豊川水系フルプランにおいて,農業用水の受益面積が1万7800haとされているが,豊川水系の耕地面積は顕著な減少傾向を示しており,豊川水系フルプランにおいては,受益面積が過大に設定されていること,特に,かんがい用水を大量に必要とする水田面積が大きく減少し,施設畑を含む畑地面積や樹園地面積も減少し続けており,全体として新規需要は発生しないこと,② 豊川水系フルプランの需要想定では,「水田用水量の増加」として,「三河湾沿岸の干拓地に位置する水田地帯の一部区域において,排水改良が進展したことに伴い,地下水位が低下していると考えられ,その結果,減水深(水稲栽培の単位面積当たりの消費水量)が増加している」として,新規需要を見込んでいるが,当該地区において,排水改良によって新規の水田用水需要量が発生することはあり得ないこと,③ 豊川水系フルプランの需要想定では,「生活雑排水等の流入による水質悪化等により,ため池等の地区内水源の利用可能な水量が減少している」として,この減少補完分の新規需要が発生するとしているが,水質悪化の要因は家畜汚水や生活雑排水の流入であるから,畜産排水の排出規制や浄化槽,下水道の普及により改善可能であり,ため池の保全を進めることによって,必要かつ十分なため池を整備することが可能であることからすると,豊川水系フルプランの既設供給施設の供給を上回る農業用水の新規需要は認められず,設楽ダムは,農業用水供給のために必要性はない。

エ 洪水調節のための必要性の欠如

(ア) ダムによる洪水調節は,他の洪水対策による対応が不可能又は困難である場合において,ダムによる洪水調節が問題解決に有効な方法であるときに選択される最後の方法でなければならない。以下に述べるとおり,設楽ダムの洪水調節効果は限定的であって豊川の洪水対策としては不十分であり,豊川の洪水対策は,河道改修による方が効果的である。

(イ) ダムによる洪水調節機能のメカニズムは,ダムの上流から入ってきた洪水の一部をダムで貯留することによって,下流の洪水流量を削減するものである。下流の洪水流量を削減することで洪水対策が有効に機能するためには,ダムの集水域に雨が十分降り,かつ,下流域にもある程度雨が降って洪水が起きるような状態でなければならない。ダムの集水域に雨が降らない場合,あるいはダムの集水域で雨が降っても下流域で雨が降らない場合にはダムによる洪水調節は有効に機能しない。

したがって,ダムによる洪水調節の効果は,雨の降り方によって大きく変動するものであり,特に,ダムの集水域が狭い場合には,集水域で水を貯留する能力が限定され,ダムによる洪水調節機能は極めて限定的なものにならざるを得ない。設楽ダムの集水面積は豊川流域全体の8.6%であり,その効果は極めて限定的なものである。しかも,ダムによる洪水調節効果は,下流に行くにつれて小さくなっていくのである。

(ウ) 豊川水系河川整備計画は,おおむね30年を対象期間とし,戦後最大流量の4650m3/sとなったとされる昭和44年8月洪水が再来したときに,破堤による甚大な被害を防止することを目標とし,そのために,水位をほぼ全川で計画高水位以下にしようとするものである。

しかしながら,昭和44年8月洪水は,戦後の大面積皆伐により,森林の保水力が低下した状態で発生したのであり,現在は,森林が生長して,森林の永続的な保水力と一時的な保水力が回復してきたため,同様の雨が降っても,当時のような戦後最大流量となった洪水が発生する危険性は小さい。仮に,昭和44年8月洪水と同規模の洪水が発生した場合であっても,設楽ダム以外の河道改修による対策で破堤による被害を防止することが可能である。しかるに,豊川水系河川整備計画の策定において,現況河道で水位が高くなる区間の水位を下げるための部分的な河道改修が全く検討されていない。

(エ) 以上のとおり,設楽ダムの洪水調節効果は限定的であって,豊川の洪水対策としては不十分である上,豊川の洪水対策は,代替案として部分的な河道改修による方が効果的である。また,豊川水系河川整備計画の策定においては,設楽ダムの他の代替案として,水位が高まるところに関する部分的な河道改修案の検討がなされていない。

したがって,設楽ダムは,豊川の洪水対策として必要性がなく,あるいは,いまだその必要性が確認されていない。

オ 流水の正常な機能の維持のための必要性の欠如

(ア) 設楽ダム(貯水容量9800万m3)の有効貯水容量9200万m3の65%,利水容量7300万m3の82%を占めるのが流水の正常な機能を維持するための容量(当該貯留水を利用して流水を利用する利用者が特定しないため不特定容量ともいわれる。)の6000万m3である。豊川水系河川整備基本方針においては,流水の正常な機能を維持するために必要な流量を,牟呂松原頭首工(直下流)において5m3/sと設定した。豊川水系河川整備計画では,河川環境の保全を図るためとして,これを牟呂松原頭首工の利水上の制限流量とし,さらに大野頭首工での利水上の制限流量1.3m3/sを設定して,利水の取水不足水量を設楽ダムの不特定容量からの補給水によって取水させるようになった。

しかしながら,以下に述べるとおり,この流水の正常な機能を維持するための流量は根拠がなく,これを利水上の制限流量とすることは,環境保全方法として本末転倒で矛盾している上,流水の正常な機能を維持するための流量としても過大なものであって,設楽ダムは,豊川の流水の正常な機能の維持のために必要性がないものである。

(イ) 川の正常な状態は,川の一部分だけでなく,海も含めた河川全体を考慮してこそ保つことのできるものであり,水だけでなく,土砂,生物,栄養分を含めたものである。水の動きについても,最低流量だけではなく最大から最小までの多様な流量変動があって正常な状態なのであって,下流部において渇水期の最低流量という流水の流量が保全されていることが正常な状態ではない。しかも,ダム建設は,海も含めた河川全体に対して,重大な悪影響を与える。ダムは堤体によって流れを遮断し,その上流に大規模な水没を生じさせる。また,せき止めによって水,土砂,生物の動きが遮断される。そして,水没によってダム湖が形成されてダム上流の水域環境が悪化し,放流によってその影響は下流にまで及ぶ。さらに,水と土砂の流れの遮断,流量の減少とその平準化による影響は,ダムの上流と下流だけでなく,海中における鉛直循環流の流量低下による水質汚濁や土砂供給の減少による干潟や海浜の喪失などによって海にまで及ぶ。このように,ダムは,ダムとその上流域だけでなく,その下流域,その先の海域にまで,自然によるものとは違った重大な変化を与えるのである。したがって,たかだか下流部において渇水期の最低流量という流水の流量を保全するために上流部にダムを建設することは,より大きな環境悪化をもたらすのであって,環境保全対策として根本的に誤っている。

(ウ) 豊川水系の河川環境の現状の分析からも,設楽ダムの建設が河川環境に悪影響をもたらすことは明らかである。

すなわち,設楽ダムの建設によって,宇連川水系のダム群や大野頭首工及び寒狭川の発電用堰や寒狭川頭首工のように,ダムの上流における堆砂,それによるダム下流への砂礫の流出の停止と砂礫流失によるダム下流でのアーマーコート化,ダム下流での流量の減少と平準化により,河川の自然環境の著しい悪化がもたらされる。

とりわけ,豊川(寒狭川)上流部のように自然環境が保たれている所において,そのわずかに残された自然環境が破壊されるのである。

したがって,たかだか下流部の渇水時の最低流量をより多くするという「河川環境の改善を図るために」,それも大野頭首工下流のように人為的に壊した環境を改善するために,設楽ダムを建設するということは明らかな誤りであるといわざるを得ない。

(エ) 豊川水系河川整備基本方針において,牟呂松原頭首工(直下流)地点における正常流量が,渇水時の河川環境保全を図るという理由で,従前の工事実施基本計画での2m3/sから増量されて5m3/sとされた。豊川水系河川整備計画では,これを利水上の制限流量として,牟呂松原頭首工(直下流)で従前の2.0m3/sから5.0m3/s,大野頭首工(直下流)で従前の制限なしから1.3m3/sにと増量され,利水の不足水を補給するために設楽ダムを建設するものとされた。しかし,上記の正常流量や利水上の制限流量は,次のとおり,それ自体が科学的に根拠のない過大なものであって,豊川の流水の正常な機能を維持するために,設楽ダムは必要のないものである。

すなわち,正常流量(流水の正常な機能を維持するための流量)は,基準渇水流量である。「渇水流量」とは,1年365日の流量のうちの上から355番目の流量のことをいい,「基準渇水流量」とは,その10分の1の出現頻度,つまり10年間で下から1番目,40年間で下から4番目の渇水流量をいい,低水管理の基準となっている。現状において,牟呂松原頭首工のすぐ上流部の石田基準点での基準渇水流量が3.4m3/sであることに照らせば,牟呂松原頭首工(直下流)地点での正常流量を5m3/sとすることは,国の定める低水管理の基準(10年に1度の渇水に備えるという基準)から見て,明らかに過大な設定である。

また,大野頭首工下流の水涸れ状態は,制限のない主として農業用水の取水のために生じているのであるから,水涸れ状態の解消のためには,そのような取水の規制をまず行うべきで,環境への悪影響の大きいダム建設を所与の前提にすべきではない。

カ 環境影響評価法違反と環境悪影響

(ア) ダム事業に係る環境影響評価については,環境影響評価法11条3項に基づき,「ダム事業に係る環境影響評価の項目並びに当該項目に係る調査,予測及び評価を合理的に行うための手法を選定するための指針,環境の保全のための措置に関する指針等を定める省令」(以下「ダム事業指針」という)が定められており,ダム事業指針を満たさない環境影響評価は,環境影響評価法12条1項に違反し違法となる。

設楽ダムの建設事業は,環境影響評価法2条2項1号ロ,環境影響評価法施行令1条,別表第1により規定された「第一種事業」に当たり,環境影響評価を行うことが義務づけられるところ,設楽ダムについて行われた環境影響評価(以下「設楽ダム環境影響評価」という。)は,以下に述べるとおり,ダム事業指針に反するものであって違法である。

(イ) ダム事業指針3条は,「対象ダム事業に係る法第6条第1項 に規定する環境影響を受ける範囲であると認められる地域は,対象ダム事業実施区域及び既に入手している情報によって一以上の環境要素に係る環境影響を受けるおそれがあると認められる地域とする。」と定めている。

設楽ダム環境影響評価は,影響を的確に把握できる地点として,新城市布里地先までを調査地域とし,布里地点下流域及び三河湾に対する環境影響評価を行っていない。しかしながら,設楽ダムから布里地点まではもちろん,布里地点よりも下流の豊川さらに三河湾までが,設楽ダムの建設によって河床状態,底質および水質の悪化という環境影響を受けるおそれがあると認められるから,ダム事業指針3条に基づき,布里地点より下流の三河湾を含む範囲も調査地域としなければならないのであり,この点で,設楽ダム環境影響評価は,ダム事業指針3条に反している。

(ウ) 設楽ダムの環境影響評価は,次のとおり,設楽ダムが生態系や稀少生物種に与える影響を過小評価しており,環境保全措置は実施されないか,実施が予定されていてもその実効性は未だ検証されておらず,信頼することができないものである。

a ネコギギについて

ネコギギは,愛知県,岐阜県及び三重県の伊勢湾又は三河湾に流入する河川の中流部から上流下部にのみ生息するナマズ目ギギ科の淡水魚であり,国の天然記念物に指定されている。

設楽ダム環境影響評価は,設楽ダム建設予定地周辺が,東海地方に固有な希少種であり清流の豊かな自然を象徴するネコギギがまとまって生息する残された場所であること,設楽ダムの建設によってその生息域の改変等がされることを明らかにしながら,ネコギギの移植とその生息環境の整備という代償措置による環境保全措置を安易に選択した。しかし,移植は,ネコギギのような希少な生物が生息できる自然環境を保全するという本来的な対策ではなく,しかも,個体の生存という点でも,野外実験において満足な結果が得られておらず,ダム事業指針15条に定める環境保全措置の検討結果の検証ができていないのである。

b クマタカについて

クマタカは,国が絶滅危惧種ⅠB類に指定しており,「レッドデータブックあいち2009」において,「県内の山間部に周年生息し繁殖するが,生息域は限られており,数も少ない。定住性が強く,営巣・採餌に多様で十分な環境が必要であることから,開発圧の影響を受けやすい。近年の研究では繁殖成功率の低下が指摘されており,絶滅の危機に瀕していると考えられる。」とされている鳥である。

設楽ダム建設予定地周辺には,3つがいのクマタカが生息することが確認されている。このことは,設楽ダム建設予定地周辺が豊かな生態系を有していることを雄弁に物語っている。しかし,設楽ダム建設予定地域周辺はクマタカの生息地域としては中部地方の南限に近く,これらのクマタカは,分布域の中心域にいるものと比してぎりぎりの環境で生きているといえる。設楽ダム建設予定地周辺には,クマタカが生息し得る豊かな生態系が存在しているとともに,その自然環境は決して盤石なものではなく,開発行為に当たっては,開発の影響に関する厳しい事前予測が求められる。

しかるに,設楽ダム環境影響評価は,クマタカに関して,設楽ダム建設工事の実施に伴う影響に限って対策を講じようとしているにすぎず,ダム事業指針9条,10条によって求められている水準の予測及び評価を行っていない。

(エ) 以上のように,設楽ダム環境影響評価は,ダム事業指針に反し環境影響評価法12条1項に違反している。また,設楽ダムの建設は,豊川で唯一河川の自然が残された豊川(寒狭川)上流とそこから下流の三河湾を含む水域環境に悪影響を与え,豊川に残された天然記念物のネコギギの生息域を破壊してその生息を困難にし,生態系の頂点に立つ絶滅危惧種ⅠB類のクマタカのエサである地上動物を減少させ,生息環境を悪化させて,その生息を困難にするとともに生態系を破壊するものであって,環境に悪影響を与えるものであるから違法なものである。

(被告らの主張)

ア 原告らの主張が住民訴訟の目的及び審理の範囲を逸脱し判例法理に反し失当であること

(ア) 住民訴訟における違法性の承継

住民訴訟における審理の対象は,地方公共団体の財務会計行為であり,対象行為の主体は,地方公共団体の長若しくは委員会若しくは委員又は当該地方公共団体の職員に限られている。ところが,地方公共団体の財務会計行為の先行行為は,その行為主体が当該地方公共団体の長若しくは委員会若しくは委員又は当該地方公共団体の職員に限られているわけではなく,行為内容も財務会計行為に限られているわけではないことから,先行行為と後行の地方公共団体の財務会計行為との間で違法性の承継を安易に肯定した場合には,当該地方公共団体の長若しくは委員会若しくは委員又は当該地方公共団体の職員以外の者,すなわち,国,国務大臣その他の者が行為の主体となる非財務会計行為についてまでも住民訴訟において広く争うことが可能となり,住民訴訟における審理の対象を地方公共団体の財務会計行為に限定した地方自治法の規定を全く空文化してしまうおそれがある。

この問題についての最高裁判例によれば,先行行為の違法性が後行行為である財務会計行為に承継されることを肯定するための要件としては,先行行為に「著しく合理性を欠き,そのため予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵があること」のみでは足りず,その上に,先行行為が無効であること,又は後行行為である財務会計行為に係る行為者が,自ら先行行為を解消し,これに従う義務を消滅させることができる権限を有する等の特段の事情が存在することが必要であると解される。

これを本件についてみると,被告知事は,河川法施行令の規定による国土交通大臣からの納付通知により通知を受けた河川法60条1項及び特ダム法8条の規定により都道府県が負担することとされた額を,また,被告企業庁長は,特ダム法施行令の規定による国土交通大臣からの納付通知により通知を受けた特ダム法7条1項の規定によりダム使用権設定予定者が負担することとされた額を,それぞれ,歳入徴収官国土交通省大臣官房会計課長の発行した納入告知書に従って支出するものであり,したがって,被告知事及び被告企業庁長が行う財務会計行為の先行行為に当たるものは,国土交通大臣からの納付通知及び歳入徴収官国土交通省大臣官房会計課長の発行する納入告知書であり,豊川水系フルプラン,豊川水系河川整備基本方針,豊川水系河川整備計画及び設楽ダム基本計画は,先行行為のそのまた先の行為(以下「先々行為」という。)に当たるものである。

以上の点に関する原告らの主張は判然としないが,本件においては,被告知事及び被告企業庁長が行う財務会計行為にも,その先行行為及び先々行為にも瑕疵は存在しないから,被告知事及び被告企業庁長が行う財務会計行為が違法であるとする原告らの主張が失当であることは明らかである。

(イ) 裁量処分の違法性に関する司法審査の範囲,限界

設楽ダムの建設に関する事項は,河川の重要度,既往洪水による被害の実態,経済効果等を総合的に考慮し,民主的な基盤を有する国土交通大臣がその裁量によって定めたものである。

行政庁の裁量処分が司法審査の対象とされた場合において,行政庁が法令によって付与された裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとされたときは,当該裁量処分に瑕疵があるものとして,当該裁量処分は違法と判断されるものであるが,行政庁の裁量処分の適否を論じるに当たって,論者が当該裁量権者と同一の立場に立ち,自己が裁量権者であったならばしたであろうとする処分を措定して,当該処分と裁量権者がした処分とを対比し,両処分に差異が存するときには裁量権者である行政庁のした処分を常に違法とすることが許されないことは,判例法理により明らかにされている。

原告らの主張は,設楽ダムの建設による利水,洪水調節及び流水の正常な機能の維持に関する効果並びに周辺環境に対する影響についての所説をるる展開した上,設楽ダムの建設は不要であると結論付け,これに反する国土交通大臣の裁量処分は違法であるとすることに尽きるものであるから,正に上記の判例法理に反する主張であることは明らかである。

(ウ) 損害発生の有無

地方自治法242条の2第1項1号の差止め請求が認容されるためには,当該行為により損害発生のおそれがあることが相当の確実性をもって客観的に予測されることを要するものである。

本件における損害の発生に関する原告らの主張は,要するに,設楽ダムは必要がないと考えるから,また,河川環境を悪化させると考えるから,それに支出した又は支出する負担金等が愛知県が被った又は被るであろう損害だと主観的に評価しているにすぎないものである。すなわち,原告らの主張する愛知県の財産上の損害なるものは,現実的かつ客観的なものではなく,原告らの主観的な考えに基づくものにすぎないものである。

原告らは,被告知事又は被告企業庁長の行為により損害発生のおそれのあることが相当の確実性をもって客観的に予測されることについて主張立証をしていないから,本訴請求は,原告らの個々の主張についての当否の判断を待つまでもなく,それ自体失当として棄却されるべきものである。

イ 設楽ダム基本計画等が関係法令の定める所要の手続を経て適正に策定されたものであること設楽ダム建設事業は,閣議決定を経て国土交通大臣により決定された豊川水系フルプランにおいて,地域の実情に即して安定的な水利用を可能にするという供給の目的を達成するために必要な施設として,水道用水,農業用水の確保を目的とし,併せて,一級河川である豊川の河川管理者である国土交通大臣が策定した豊川水系河川整備基本方針に沿って策定された豊川水系河川整備計画に基づき,洪水調節及び流水の正常な機能の維持を目的として,特ダム法4条1項に基づき国土交通大臣が作成した設楽ダム基本計画により,その建設が計画された事業である。

設楽ダム基本計画並びにその前提となる豊川水系フルプラン,豊川水系河川整備基本方針及び豊川水系河川整備計画は,いずれも関係法令の定める所要の手続を経て適正に策定されたものである。

ウ 設楽ダムの各事業目的

設楽ダムの各事業目的につき要点を述べると,次のとおりである。

(ア) 洪水調節の目的について

豊川水系河川整備計画においては,設楽ダムは,洪水調節をその建設目的の一つとする多目的ダムとして計画されており,設楽ダム地点の計画高水流量1490m3/sのうち,1250m3/sの洪水調節を行うことにより,基準地点石田における基本高水のピーク流量7100m3/sに対して,約1000m3/sの流量低減効果が見込まれている。また,戦後最大の洪水(昭和44年8月洪水)に相当する洪水に対しては550m3/sの流量低減効果が見込まれている。

豊川水系フルプランにおいても,設楽ダムにより洪水調節を図ることが見込まれている。

そして,上記両計画において上記のとおりその必要性が位置付けられた設楽ダムの建設に関する具体的な計画である設楽ダム基本計画においても,上記両計画を踏まえ,設楽ダム地点の計画高水流量1490m3/sのうち,1250m3/sの洪水調節を行うこととされており,そのための貯留量として1900万m3を確保することとされているのである。

(イ) 流水の正常な機能の維持の目的について

豊川水系河川整備計画においては,設楽ダムは,流水の正常な機能の維持をその建設目的の一つとする多目的ダムとして計画されている。流水の正常な機能の維持のうち,渇水時における河川流量については,牟呂松原頭首工(直下流)地点及び主要な取水地点における利水上の制限流量を適正に運用することにより,渇水時の河川流量を牟呂松原頭首工(直下流)地点において約2m3/sから約5m3/sに,大野頭首工(直下流)地点において水涸れ状態から約1.3m3/sにそれぞれ流量増加に努め,豊川における動植物の保護,漁業,観光・景観,流水の清潔の保持といった河川環境の保全を可能とすることとされている。また,塩害の防止,流水の占用といった既得用水の取水の安定化については,これまでの実績利水安全度おおむね1/4(4年に1度ぐらいの割合で起こる渇水時において,安定した取水を確保すること)から,既設の利水施設と連携して計画利水安全度おおむね1/10(10年に1度ぐらいの割合で起こる渇水時において,安定した取水を確保すること)に向上させ,安定した取水を可能とすることとされている。

豊川水系フルプランにおいても,設楽ダムにより流水の正常な機能の維持を図ることが見込まれている。

そして,上記両計画において上記のとおりその必要性が位置付けられた設楽ダムの建設に関する具体的な計画である設楽ダム基本計画においても,上記両計画を踏まえ,下流の既得用水の補給等流水の正常な機能の維持と増進を図ることとされており,そのための貯留量として最大6000万m3を確保することとされているのである。

(ウ) 新規水資源開発の目的について

豊川水系河川整備計画においては,設楽ダムは,新規水資源開発をその建設目的の一つとする多目的ダムとして計画されており,東三河地域における水道用水と農業用水を合わせて約0.5m3/sの新規利水を可能とすることとされている。

豊川水系フルプランにおいても,愛知県東三河地域の農地に対して必要な農業用水として新規利水量0.34m3/sを,愛知県の水道用水として新規利水量0.18m3/sを設楽ダムにより確保することが見込まれている。

そして,上記両計画において上記のとおりその必要性が位置付けられた設楽ダムの建設に関する具体的な計画である設楽ダム基本計画においても,上記両計画を踏まえ,愛知県の東三河地域の農地に対するかんがい用水として,新たに0.339m3/s(年平均)の取水を,愛知県の東三河地域の水道用水として,新たに0.179m3/sの取水を可能とすることとされているのである。

エ 設楽ダム環境影響評価

ダム建設事業に係る支出差止めを求める住民訴訟と環境影響評価の関係については,たとえ当該事業に環境影響評価上の違法があっても,その場合における支出命令等の是非は政策上の問題にとどまるものであるから,環境影響評価上の違法をいう原告らの主張は主張自体失当なものであるが,設楽ダム建設事業については,環境影響評価上の違法もない。

すなわち,設楽ダム建設事業の環境影響評価手続については,環境影響評価法及び愛知県環境影響評価条例(平成10年愛知県条例第47号)に基づき,最終的に事業者が補正した環境影響評価書を平成19年6月29日に公告し,同年7月30日まで縦覧することをもって,適正に実施され,適法に終了しているものである。そして,上記環境影響評価書の内容については,被告知事並びに環境大臣及び国土交通大臣の各意見が適切に反映されており,事業者である国が実施する設楽ダム事業に係る環境保全対策に関しては,環境保全上適切な措置が確保されていることは明白である。

オ まとめ

以上のとおり,設楽ダム建設事業の実施に係る所要の法手続はすべて適法に履践されている。また,豊川水系河川整備基本方針,豊川水系河川整備計画,豊川水系フルプラン及び設楽ダム基本計画のいずれの内容についても,何らの不備もなく,洪水調節,流水の正常な機能の維持及び新規水資源開発を目的とする施設としての設楽ダムの必要性は明らかである。

さらに,設楽ダム建設事業に係る愛知県の費用負担についての被告知事及び被告企業庁長が行う支出行為も,所定の法手続に基づき適法にされるものであることは明らかであるから,原告らの本訴請求は失当として棄却されるべきである。

第3当裁判所の判断

1  職権による検討

前記第2の2(5)(当事者の死亡)記載のとおり,甲事件原告X1は平成19年○月○日に,甲事件原告X2は平成22年○月○日に,それぞれ死亡したところ,地方自治法242条の2第1項に基づき住民訴訟を提起した者の訴訟上の地位は,一身専属的なものであって,相続の対象とはならないから,本件訴訟のうち上記原告両名に関する部分は,当該原告の死亡により終了したものというべきである。

2  本案前の争点について

(1)  争点1(監査請求前置の要件の充足の有無)について

ア 地方自治法242条の2第1項に規定する住民訴訟は,適法な住民監査請求を経ていることがその訴訟要件となるところ,被告らは,原告らがした住民監査請求は,愛知県の財務会計行為の違法性,不当性を具体的に示したものではないから不適法なものであること,また,甲事件原告らのうち一部の者は訴え提起時に監査結果を得ていないことなどを理由として,その訴えが不適法である旨主張する。

イ そこで,検討するに,前記前提事実及び証拠(甲1の1ないし5,甲2の1ないし3,甲27の1,2)によれば,次の事実が認められる。

(ア) 甲事件原告らがした住民監査請求は,設楽ダムの建設費につき愛知県が負担することとなる水道用水に係るダム使用権設定予定者の費用負担,農業用水に係る費用負担(かんがい目的費用負担額からかんがい利用者負担額を差し引いた額の10分の3)並びに流水の正常な機能の維持及び洪水調節に係る費用負担について,新規利水の使用の見込みがないこと,洪水調節につき他の代替案との比較検討が必要であること,流水の正常な機能の維持のための容量が異常に大きく,環境保全対策として矛盾していることなどを理由に,上記各費用負担は違法であるとして,その支出をしないことなどの措置を求めたものであること。

(イ) 乙事件原告らがした住民監査請求は,特ダム法10条3項に基づくかんがい利用者負担金の徴収に係る条例が存在しない下で,愛知県がかんがい利用者負担金に係る負担金を負担し,国に納付することは違法であるとして,その支出をしないことなどの措置を求めたものであること。

(ウ) 甲事件原告X3らは,平成19年2月7日,愛知県監査委員に対し,上記(ア)の内容の住民監査請求をし,同年3月12日,同監査委員から同監査請求を却下され,同年4月12日,他の甲事件原告らとの共同訴訟の形式で甲事件の訴えを提起したこと。

(エ) 甲事件原告X4らは,平成19年3月19日,同月26日又は同月27日,愛知県監査委員に対し,上記(ア)の内容の住民監査請求をしたが,その監査結果が出るのを待たずに,同年4月12日,他の甲事件原告らとの共同訴訟の形式で甲事件の訴えを提起し,同監査委員は,同月23日,同監査請求を却下したこと。

(オ) 甲事件原告X5は,平成19年4月12日,他の甲事件原告らとの共同訴訟の形式で甲事件の訴えを提起し,その後,同年5月1日,愛知県監査委員に対し,上記(ア)の内容の住民監査請求をし,同監査委員は,同月11日,同監査請求を却下したこと。

(カ) 乙事件原告らは,平成19年11月26日,愛知県監査委員に対し,上記(イ)の内容の住民監査請求をし,同年12月26日,同監査委員から同監査請求を却下され,平成20年1月9日,乙事件の訴えを提起したこと。

ウ 上記認定の甲事件原告ら及び乙事件原告らがした各住民監査請求の内容によれば,これらの監査請求は,設楽ダムの建設費に係る愛知県の負担金の支出という財務会計上の行為を対象とするものであり,監査請求人において当該行為が違法であると考える理由の要旨を明示しているものであるから,住民監査請求として,その要件に欠けるところはないものと認められる。

また,甲事件原告らのうち一部の者(甲事件原告4ら及び甲事件原告X5)が,訴えを提起した時点で住民監査請求に対する監査結果を得ておらず,さらに,そのうちの1名(甲事件原告X5)は,訴えを提起した時点で住民監査請求自体をしていなかったという点については,一般に,訴訟要件は,本案判決がされるための要件としての性質を持つものであり,訴え提起時にその要件を欠いていたとしても,口頭弁論終結時までにその要件を具備するに至れば,その瑕疵は治癒されるものと解されるところ,監査請求前置の要件につき,これと異なる取扱いをすべき理由は認められない。そして,上記各原告らは,本件の口頭弁論終結時までに住民監査請求を行ってその監査結果を得ているのであるから,上記各原告らの訴えについては,監査請求前置の要件に係る瑕疵が治癒されたものというべきである。

したがって,被告らの主張は採用することができない。

(2)  争点2(住民訴訟の対象としての適否)について

被告らは,本件訴えは,住民訴訟に名を借りて国の事業の適否を争うものであって,住民訴訟制度の目的を著しく逸脱した不適法な訴えである旨主張する。

しかしながら,原告らは,本件訴訟において,設楽ダムの建設費に係る愛知県の負担金の支出命令ないし支出の差止めを求めているものであり,その判断の前提として,国の事業である設楽ダム建設事業の適否が問題となるとしても,そのことから,本件訴えが住民訴訟制度の目的を著しく逸脱した不適法な訴えであるということはできない。

したがって,被告らの主張は採用することができない。

3  本案の争点(負担金の支出の違法性の有無)について

(1)  本件の違法性判断の枠組みについて

ア 地方自治法242条の2第1項に規定する住民訴訟は,普通地方公共団体の執行機関又は職員による同法242条1項所定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実の予防又は是正を裁判所に請求する権能を住民に与え,もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものである。このような住民訴訟の目的にかんがみれば,普通地方公共団体の住民が同法242条の2第1項1号に基づき当該普通地方公共団体の執行機関又は職員の財務会計上の行為の差止めを求めることができるのは,当該財務会計上の行為それ自体が財務会計法規上違法と評価される場合に限られるものというべきである。

甲事件及び乙事件を併せて原告らの請求を要約すれば,原告らは,①愛知県が河川法60条1項及び特ダム法8条に基づき負担する設楽ダムの建設費の負担金並びに②同県が特ダム法7条1項に基づきダム使用権の設定予定者として負担する設楽ダムの建設費の負担金の支出が違法な公金の支出に当たるとして,地方自治法242条の2第1項1号に基づき,①については,被告知事に対しその支出命令の差止めを求め,②については,被告企業庁長に対しその支出の差止めを求めるものであるから,本件においては,上記支出命令ないし支出が財務会計法規上違法と評価されるか否かが問題となるものである。

イ ところで,多目的ダムの建設費に係る都道府県の負担金に関する法令の定めを見ると,前記第2の1(多目的ダムの建設費の負担等に関する法令の定め)記載のとおり,河川法60条1項及び特ダム法8条に基づき都道府県が負担すべき負担金については,国土交通大臣が都道府県に対しその負担すべき額を納付すべき旨を通知し,都道府県はこれに従って負担金を国庫に納付しなければならないものとされ(河川法64条1項,河川法施行令38条1項),また,特ダム法7条1項に基づきダム使用権の設定予定者として負担すべき負担金については,毎年度,国土交通大臣が当該年度の事業計画に応じて定める額を,国土交通大臣が当該年度の資金計画に基づいて定める期限までに納付することとされている(同条2項,特ダム法施行令9条1項1号。)。

これらの法令の定めによれば,多目的ダムの建設費に係る都道府県の負担金(河川法60条1項及び特ダム法8条に基づく負担金並びに特ダム法7条1項に基づく負担金)について,国土交通大臣が都道府県に対して発する納付通知は,具体的な負担金の納付を命ずる納付命令の性質を有しているものと解される。そして,地方財政法17条の2第1項は,いわゆる国の直轄事業について,地方公共団体が法律又は政令の定めるところによりその経費の一部を負担するときは,当該普通地方公共団体は,その負担する金額を国に対して支出するものと定めていることからすると,多目的ダムの建設費に係る都道府県の負担金について,国土交通大臣から納付通知を受けた都道府県の執行機関としては,当該通知が著しく合理性を欠き,そのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存する場合には,国土交通大臣に対し協議を求めるなどしてその是正を図るよう努めるべきであるが,当該通知に上記のような瑕疵が存するとはいえない場合には,国土交通大臣の納付通知を尊重し,その内容に従った財務会計上の措置を執るべき義務を負うと解するのが相当であり,したがって,この場合において,都道府県の執行機関がその通知に係る負担金を支出するために行う財務会計上の行為については,財務会計法規上違法との評価を受けることはないものというべきである。

そして,上記の瑕疵の存否に関しては,多目的ダムの建設費に係る都道府県の負担金について国土交通大臣が発する納付通知は,当該多目的ダムに係る基本計画(特ダム法4条所定の基本計画)に基づいて発せられるものであるから,その基本計画が著しく合理性を欠き,そのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存する場合には,これに基づいて発せられる納付通知も同様の瑕疵を帯びるものと解するのが相当である。

ウ 設楽ダムの建設費に係る愛知県の負担金について,被告知事が行う支出命令及び被告企業庁長が行う支出は,前記の法令に基づいて国土交通大臣が発する納付通知を受けて行われるものである。したがって,上記支出命令ないし支出が財務会計法規上違法との評価を受けるか否かを判断するに当たっては,設楽ダムの建設費に係る愛知県の負担金について国土交通大臣が発する納付通知が著しく合理性を欠き,そのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存するか否かが問題となるところ,本件においては,上記通知に固有の瑕疵があるとの主張はされていないので,上記通知の基礎となる設楽ダム基本計画が著しく合理性を欠き,そのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存するか否かを検討すべきことになる。

この点に関し,原告らは,設楽ダムの都市用水及び農業用水に係る新規水資源開発,流水の正常な機能の維持並びに洪水調節の各目的につき,その必要性が認められなかったり確認されていないため,当該各目的につき費用負担をして公金を支出することは,愛知県に財産的損害を発生させることになるものであって,著しく合理性を欠いているなどとして,当該支出自体に予算執行の適正確保の見地から看過できない違法があると主張するが,前示のとおり,本件においては,設楽ダムの建設費に係る愛知県の負担金について被告知事が行う支出命令及び被告企業庁長が行う支出が財務会計法規上違法と評価されるか否かが問題となるものであり,この点を判断するに当たって,設楽ダム基本計画が著しく合理性を欠き,そのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存するか否かを検討する必要があるのである。これと異なる趣旨をいう原告らの主張は,採用することができない。

(2)  豊川水系河川整備基本方針,豊川水系河川整備計画,豊川水系フルプラン及び設楽ダム基本計画の策定経過及び内容について

前記第2の2(2)イ(設楽ダムの事業化の経緯)記載のとおり,設楽ダム基本計画は,豊川水系河川整備基本方針,豊川水系河川整備計画及び豊川水系フルプランを前提として定められたものである。設楽ダム基本計画が著しく合理性を欠き,そのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存するか否かを判断するに当たっては,設楽ダム基本計画の前提となった上記の諸計画についても検討する必要があるところ,前記前提事実及び証拠(認定に供した証拠は,各項目ごとにその冒頭に掲げた。)によれば,豊川水系河川整備基本方針,豊川水系河川整備計画,豊川水系フルプラン及び設楽ダム基本計画の策定経過(策定の根拠規定を含む。)及び内容は,次のとおりであると認められる。

ア 豊川水系河川整備基本方針の策定経過及び内容(甲10,乙5,46,証人A)

(ア) 策定経過

a 河川法16条1項は,河川管理者は,その管理する河川について,計画高水流量その他当該河川の河川工事及び河川の維持についての基本となるべき方針に関する事項(河川整備基本方針)を定めておかなければならない旨規定している。

b 建設大臣(当時)は,一級河川である豊川の河川管理者として,河川法(平成11年法律第160号による改正前のもの)16条3項の規定に従って河川審議会(現行法における社会資本整備審議会)の意見を聴いた上で,平成11年12月1日,豊川水系河川整備基本方針を策定し,これを公表した。

(イ) 内容

豊川水系河川整備基本方針においては,基本高水(洪水防御に関する計画の基本となる洪水をいう。)並びにその河道及び洪水調節施設への配分に関する事項として,昭和44年8月洪水等の既往水害についての検討を踏まえ,豊川の基準地点となっている新城市の石田地点で,基本高水のピーク流量(ダム等の洪水調節施設がない状態で河道に流れる流量)を7100m3/sと設定し,このうち流域内の洪水調節施設により3000m3/sを調節して,河道への配分流量(計画高水流量)を4100m3/sとすることが定められている。

また,豊川水系河川整備基本方針においては,主要な地点における流水の正常な機能を維持するため必要な流量に関する事項として,牟呂松原頭首工(直下流)地点における流水の正常な機能を維持するため必要な流量は,利水の現況,動植物の保護,漁業,塩害の防止などを考慮し,おおむね5m3/sとすることが定められている。

イ 豊川水系河川整備計画の策定経過及び内容(甲11ないし13,乙6,14,15,46,証人A)

(ア) 策定経過

a 河川法16条の2第1項は,河川管理者は,河川整備基本方針に沿つて計画的に河川の整備を実施すべき区間について,当該河川の整備に関する計画(河川整備計画)を定めておかなければならない旨規定している。

b 豊川水系に係る河川整備計画の策定について国土交通大臣から権限の委任を受けた中部地方整備局長は,平成10年12月,河川法16条の2第3項の規定に従って河川に関し学識経験を有する者の意見を聴くために,学識者等で構成される「豊川の明日を考える流域委員会」を設置し,同月から平成13年10月まで合計23回にわたって同委員会を開催して学識者等の意見を聴いた。また,中部地方整備局長は,同条4項に基づき,同年7月から8月までに関係市町の12会場で地区別意見交換会を開催し,関係住民の意見を聴いた。さらに,中部地方整備局長は,同条5項に基づき,同年10月17日付けで被告知事の意見を求め,被告知事は,あらかじめ関係市町村長の意見を聴いた上で,同月30日付けで意見はない旨回答した。

以上の手続を経て,中部地方整備局長は,平成13年11月28日,豊川水系河川整備計画を策定し,これを公表した。その後,中部地方整備局長は,河川法所定の手続を経て,平成18年4月6日,上記計画の内容を一部変更し,これを公表した(以下,「豊川水系河川整備計画」とは,この変更後の計画をいうものとする。)。

(イ) 内容

a 豊川水系河川整備計画においては,計画対象期間はおおむね30年とされ,その間の河川整備計画の目標として,①洪水,高潮等による災害の発生の防止又は軽減に関する目標,②河川の適正な利用及び流水の正常な機能の維持に関する目標,③河川環境の整備と保全に関する目標が,要旨次のとおり設定されている。

(a) 洪水,高潮等による災害の発生の防止又は軽減に関する目標

治水対策の整備目標の設定に当たっては,過去の水害の発生状況,流域の重要度や豊川の整備状況等を勘案し,豊川の治水対策として整備期間内に達成すべき整備水準を念頭に置きながら,投資規模等の社会的,現実的な諸条件を考慮する必要がある。

本計画では,戦後最大流量(4650m3/s)となった昭和44年8月洪水が再来した場合の水位をほぼ全川で計画高水位以下に低下させ,破堤等による甚大な被害を防止するとともに,霞堤地区の浸水被害を軽減し,さらに,基本高水相当の洪水に対しても被害の軽減を図ることを,計画対象期間(おおむね30年)における目標とする。

(b) 河川の適正な利用及び流水の正常な機能の維持に関する目標

河川の適正な利用及び流水の正常な機能の維持の目標の設定に当たっては,豊川における動植物の保護,漁業,観光・景観,流水の清潔の保持といった河川環境の保全や塩害の防止,流水の占有といった既得用水の取水の安定化並びに当該地域における将来の水需要等を考慮する必要がある。

本計画では,渇水時における河川環境の回復を図るため,牟呂松原頭首工(直下流)地点や大野頭首工(直下流)地点における河川流量の増加に努めるものとし,その際,牟呂松原頭首工(直下流)地点において5m3/s,大野頭首工(直下流)地点において1.3m3/s,寒狭川頭首工(直下流)地点において3.3m3/sの利水上の制限流量を設定し,河川流量を保全する。

また,豊川用水では近年の少雨化傾向等とも相まって渇水時における取水制限が毎年のように行われていることから,取得用水が10年に1回程度発生する規模の渇水時においても安定して取水できるよう利水安全度の向上を図る。

(c) 河川環境の整備と保全に関する目標

河川環境の整備と保全に関する目標の設定に当たっては,流水の正常な機能の維持に関する目標を踏まえつつ,豊川における動植物の保護,漁業,観光・景観,流水の清潔の保持といった河川環境の保全に配慮する必要がある。特に,豊川の特徴である河道内の樹木群の保全や全国的にも極めて良質な水質の保全に配慮する必要がある。このため,渇水時などにおいて大野頭首工(直下流)地点で水涸れ状態となり,生物の生息環境が分断されている区間の河川流量を回復するとともに,渇水時における牟呂松原頭首工(直下流)地点の河川流量を増加し,河川環境の回復などに努めるものとする。

b 豊川水系河川整備計画においては,河川の整備の実施に関し,基本的な考え方が示されており,そのうち,①洪水,高潮等による災害の発生の防止又は軽減に関する事項,②河川の適正な利用及び流水の正常な機能の維持に関する事項については,次のような考え方が示されている。

(a) 洪水,高潮等による災害の発生の防止又は軽減に関する事項

本計画の目標である戦後最大洪水が再来した場合の水位を計画高水位以下に低下させるための対策としては,引堤や河道内の掘削等による流下断面の確保及び洪水調節施設の設置が考えられる。

引堤による対策は,本川下流部の狭窄部対策として,昭和46年度から15年間を要し,約100戸の家屋移転を伴う築堤を実施するなど,現状では霞堤を除くほとんどの堤防が整備されており,新たに沿川家屋の移転が伴う引堤による対策は現実的ではない。

次に,大規模な河道内樹木の伐採や低水路の拡幅(高水敷の掘削)は,豊川の象徴である樹木群に代表される良好な自然環境や景観が大幅に損なわれることとなる。

このため,本計画では,ダムや遊水池などの新たな洪水調節施設や既設の放水路改築等について比較検討するとともに,河川の適正な利用や流水の正常な機能の維持を併せて総合的に勘案した結果,流下断面の不足している箇所において樹木群の必要最小限の伐採及び低水路拡幅を実施するとともに設楽ダムの建設を併せて行い,所要の水位低下を図る。

(b) 河川の適正な利用及び流水の正常な機能の維持に関する事項

本計画の目標である渇水時における河川流量の増加や既得用水の取水の安定化については「他水系からの導水」,「雨水利用・再生水利用等受益地域における節水活動」等が考えられるが,実効の確実性,社会的な影響等を考慮し,流況安定施設として設楽ダムを建設するとともに,河川流水の総合的な運用を行うために必要な施設や情報伝達システムを整備する。さらに,異常な渇水時においても被害を最小限に抑えるため,河川管理者と利水者相互の情報交換を行い,緊急時における水融通の円滑化を図るなど渇水対策及び渇水活動の推進に向け関係機関と連携を強化する。

このような状況にかんがみ,現在実施計画調査中の設楽ダムは,洪水調節,流水の正常な機能の維持と併せて新規水資源開発を目的とする多目的ダムとして建設する。

c 豊川水系河川整備計画においては,河川の整備の実施に関し,同計画における河川工事として,①霞堤対策,②河道改修及び河川環境の整備と保全,③内水対策,④耐震対策,⑤豊川流況総合改善事業,⑥設楽ダムの建設が掲げられている。このうち⑤及び⑥については,要旨次のとおり定められている。

(a) 豊川流況総合改善事業

豊川における渇水時の河川流量の確保と取水の安定化を図るとともに,設楽ダムと利水施設による河川流水の総合的運用を可能にする豊川流況総合改善事業を完成させる。

豊川流況総合改善事業は,豊川総合用水事業により建設された寒狭川頭首工及び寒狭川導水路を利用して,設楽ダム及び寒狭川頭首工から流水の正常な機能の維持のために必要な流量を大野頭首工上流に導水し,大野頭首工(直下流)地点において約1.3m3/sの流量増加に努め,また,河川流量等の河川情報と貯留量や取水量等の利水情報の伝達に必要なシステムの整備を行い,設楽ダムや利水施設の連携による河川流水の総合的運用を図ろうとする事業である。

(b) 設楽ダムの建設

治水及び水利用からの必要性のほか,自然環境への影響及び地形,地質条件の制約,社会状況などを総合的に考慮の上,豊川上流の愛知県北設楽郡設楽町清崎(左岸),松戸(右岸)地先に,洪水調節,流水の正常な機能の維持及び新規水資源開発の目的を有する多目的ダムとして,総貯水容量約9800万m3の設楽ダムを建設する。

設楽ダムの洪水調節効果については,設楽ダム地点の計画高水流量1490m3/sのうち,1250m3/sの洪水調節を行うことにより,基準地点石田における基本高水のピーク流量7100m3/sに対して,約1000m3/sの流量低減効果を見込んでいる。また,戦後最大の洪水(昭和44年8月洪水)に対しては550m3/sの流量低減効果を見込んでいる。

流水の正常な機能の維持のうち,渇水時における河川流量については,牟呂松原頭首工(直下流)地点及び主要な取水地点における利水上の制限流量を適正に運用することにより,渇水時の河川流量を牟呂松原頭首工(直下流)地点において約2m3/sから約5m3/sに,大野頭首工(直下流)地点において水涸れ状態から約1.3m3/sにそれぞれ流量増加に努め,豊川における動植物の保護,漁業,観光・景観,流水の清潔の保持といった河川環境の保全を可能にする。また,塩害の防止,流水の占用といった既得用水の取水の安定化については,これまでの実績利水安全度おおむね1/4(4年に1度ぐらいの割合で起こる渇水時において,安定した取水を確保すること)から,既設の利水施設と連携して計画利水安全度おおむね1/10(10年に1度ぐらいの割合で起こる渇水時において,安定した取水を確保すること)に向上させ,安定した取水を可能にする。

新規水資源開発については,東三河地域における水道用水と農業用水を合わせて約0.5m3/sの新規取水を可能にする。水資源の開発に当たっては,効率的な水利用を図るために設楽ダムと豊川総合用水施設等の利水施設による河川流水の総合的運用を行う。

設楽ダムの建設では,ダムや付替え道路等の工事,新たな貯水池などにより環境に与える影響や,河川の連続性の遮断等が大気環境,水環境,地形・地質,土壌,植物,動物,生態系へ与える影響,景観,人と自然の触れ合い活動の場の変化等を予測し,その結果に応じて回避,低減又は代償のための措置を講ずる。特に,ネコギギやクマタカをはじめとした動植物の生息・生育環境に与える影響をできる限り回避,低減し,必要に応じ代償措置を講ずるよう配慮する。

設楽ダムの建設が地域に与える社会的影響を緩和するため,関係住民等の意向を十分配慮・尊重し,国,県,設楽町及び下流市町村等と連携して,水源地域の生活再建や地域整備が図られるよう必要な措置を講ずるとともに,ダム周辺の開発計画・プロジェクトとの連携,調整を進め地域づくりを支援する。

ウ 豊川水系フルプランの策定経過及び内容(甲6の1,2,乙7,9,48ないし50,52ないし58,71,証人B,証人C)

(ア) 策定経過

a 水資源開発促進法3条1項は,国土交通大臣は,産業の開発又は発展及び都市人口の増加に伴い用水を必要とする地域について,広域的な用水対策を緊急に実施する必要があると認めるときは,厚生労働大臣,農林水産大臣,経済産業大臣その他関係行政機関の長に協議し,かつ,関係都道府県知事及び国土審議会の意見を聴いて,当該地域に対する用水の供給を確保するため水資源の総合的な開発及び利用の合理化を促進する必要がある河川の水系を水資源開発水系として指定する旨規定している。そして,同法4条1項は,国土交通大臣は,水資源開発水系の指定をしたときは,厚生労働大臣,農林水産大臣,経済産業大臣その他関係行政機関の長に協議し,かつ,関係都道府県知事及び国土審議会の意見を聴いて,当該水資源開発水系における水資源の総合的な開発及び利用の合理化の基本となるべき水資源開発基本計画を決定しなければならない旨規定している(なお,平成11年法律第160号による改正前の水資源開発促進法においては,水資源開発水系の指定及び水資源開発基本計画の決定は,内閣総理大臣の権限とされていた。)。

b 内閣総理大臣は,平成2年2月6日,豊川水系を水資源開発水系に指定し,同年5月15日,平成12年度を目標年度とする「豊川水系における水資源開発基本計画」(第1次計画)を決定し,同月17日,これを公示した。

第1次計画の目標年度が平成12年度とされていたことから,国土庁(当時)は,平成12年11月6日,農林水産省に対し,第1次計画の変更に当たっての基礎的な調査として,農業用水に係る需給実績調査を依頼した。

平成13年8月21日,国土審議会水資源開発分科会が開催され,同分科会に豊川部会が設置された。豊川部会の任務は,豊川水系における水資源開発基本計画について調査審議し,その結果を水資源開発分科会に報告することとされた。

平成14年11月8日,第1回豊川部会が開催され,豊川水系の現状等について調査審議が行われた。

国土交通省は,平成15年8月7日,愛知県及び静岡県に対し都市用水に係る需給想定調査を依頼し,平成17年12月1日,両県からその回答があった。また,同月2日,農林水産省から農業用水に係る需給実績調査(以下「農林水産省需給調査」という。)の回答があった。

平成17年12月8日,第2回豊川部会が開催され,第1次計画の評価,第2次計画案における需要の見通し,供給施設の安定性等について調査審議が行われた。

平成18年1月19日,第3回豊川部会が開催され,第2次計画の案文等について調査審議が行われた。

平成18年2月3日,水資源開発分科会が開催され,豊川部会における審議結果の報告があり,同分科会において,第2次計画の案文等が妥当であるとされ,了承された。

国土交通大臣は,平成18年2月6日 被告知事に対し,豊川水系フルプラン(第2次計画)の案について意見を求め,被告知事は,同月8日,国土交通大臣に対し,異議はない旨回答した国土交通大臣は,平成18年2月17日,閣議決定を経て,第1次計画を全部変更する形式で豊川水系フルプラン(第2次計画)を決定し,同月28日付けの官報でこれを公示した。

(イ) 内容

豊川水系フルプランは,平成27年度を目標年度とし,また,豊川水系に水道用水,工業用水及び農業用水を依存している愛知県東三河地域と静岡県湖西地域を対象地域としている。豊川水系フルプランには,①水の用途別の需要の見通し及び供給の目標,②供給の目標を達成するため必要な施設の建設に関する基本的な事項,③その他水資源の総合的な開発及び利用の合理化に関する重要事項が記載されているところ,このうち①及び②の要旨は,次のとおりである。

a 水の用途別の需要の見通し及び供給の目標

(a) 水の用途別の需要の見通しは,計画的な生活・産業基盤の整備,地下水の適正利用,合理的な水利用等を考慮し,おおむね次のとおりとする。

Ⅰ 水道事業及び工業用水道事業が豊川水系に依存する需要の見通し 約6.1m3/s(内訳)

ⅰ 豊川水系に水道用水を依存している愛知県の諸地域において,水道事業が依存する需要の見通し 約4.5m3/s

ⅱ 豊川水系に工業用水を依存している静岡県及び愛知県の諸地域において,工業用水道事業が依存する需要の見通し 約1.6m3/s

Ⅱ 豊川水系に農業用水を依存している愛知県東三河地域において,農業生産の維持及び増進を図るために増加する農業用水の需要の見通し 約0.3m3/s

(b) 上記の水の需要に対し,近年の降雨状況等による流況の変化を踏まえた上で,地域の実情に即して安定的な水の利用を可能にすることを供給の目標とし,そのため次のbに掲げる施設整備を行う。

次のbに掲げる水資源開発のための施設とこれまでに整備した施設等により,供給が可能と見込まれる水道用水及び工業用水の水量は,近年の20年間で2番目の規模の渇水時における流況を基にすれば約6.5m3/s(計画当時の流況を基にすれば約7.9m3/s)となる。

また,農業用水の増加分である約0.3m3/sを設楽ダムにより供給する。

(c) なお,豊川水系フルプランの説明資料によれば,上記(a),(b)の需給想定の内訳等は,別紙3(水道用水及び工業用水)及び別紙4(農業用水)記載のとおりである。

b 供給の目標を達成するため必要な施設の建設に関する基本的な事項

上記の供給の目標を達成するために次の施設整備を行う。

(a) 設楽ダム建設事業

洪水調節及び流水の正常な機能の維持を図るとともに,愛知県東三河地域の農地に対して必要な農業用水及び愛知県の水道用水の確保を行うことを事業目的として,新規利水容量約1300万m3(有効貯水容量約9200万m3)の設楽ダムを建設する。

(b) 豊川用水二期事業

静岡県湖西地域及び愛知県東三河地域の農地に対して必要な農業用水の確保及び補給,愛知県の水道用水の確保並びに静岡県及び愛知県の工業用水の確保を行う豊川用水施設の幹線水路等の老朽化等に対処するため,同施設の改築を行う。

エ 設楽ダム基本計画の策定経過及び内容(乙44,46,47,証人A)

(ア) 策定経過

a 特ダム法4条1項は,国土交通大臣は,多目的ダムを新築しようとするときは,その建設に関する基本計画を作成しなければならない旨規定している。

b 国土交通大臣は,平成18年2月に豊川水系フルプランを決定し,また,同年4月に豊川水系河川整備計画が一部変更され,さらに,平成19年7月に設楽ダム建設事業に係る環境影響評価手続が終了したことを受けて,設楽ダムの建設に関する基本計画を作成することとなった。

国土交通大臣は,設楽ダムの建設に関する基本計画の策定に当たり,平成20年1月31日付けで,被告知事に対し,その計画案について意見を求め,被告知事は,同年3月24日付けで県議会の議決を経た上で,同月25日付けでこれに同意する旨回答した。また,国土交通大臣は,平成20年8月までに関係行政機関の長との協議を終えた。

そして,国土交通大臣は,設楽ダム基本計画を作成し,平成20年10月27日付けの官報でこれを告示した。

(イ) 内容

設楽ダム基本計画の内容は,前記第2の2(2)ウ(設楽ダムの建設に関する基本計画)記載のとおりである。

(3)  設楽ダムの目的について

設楽ダムは,洪水調節,流水の正常な機能の維持並びに水道用水及び農業用水に係る新規水資源開発を目的とする多目的ダムであるところ,原告らは,これらの目的につき,その必要性が認められないか,又はその必要性が確認されていない旨主張するので,以下,各目的について検討する。

ア 洪水調節の目的について

(ア) 豊川水系河川整備基本方針においては,戦後最大流量となった昭和44年8月洪水等の既往水害についての検討を踏まえ,豊川の基準地点となっている新城市の石田地点で,基本高水のピーク流量(ダム等の洪水調節施設がない状態で河道に流れる流量)を7100m3/sと設定し,このうち流域内の洪水調節施設により3000m3/sを調節して,河道への配分流量(計画高水流量)を4100m3/sとすることとしている。

そして,豊川水系河川整備計画においては,洪水等による災害の発生の防止又は軽減に関する目標として,昭和44年8月洪水が再来した場合の水位をほぼ全川で計画高水位以下に低下させ,破堤等による甚大な被害を防止するとともに,霞堤地区の浸水被害を軽減し,さらに,基本高水相当の洪水に対しても被害の軽減を図ることを掲げ,その目標を達成するための河川工事として,霞堤対策,河道改修等のほか,設楽ダムの建設を掲げている。同計画においては,設楽ダムの洪水調節効果について,設楽ダム地点の計画高水流量1490m3/sのうち1250m3/sの洪水調節を行うことにより,基準地点石田における基本高水のピーク流量7100m3/sに対して,約1000m3/sの流量低減効果を見込み,また,戦後最大の洪水(昭和44年8月洪水)に対しては550m3/sの流量低減効果を見込んでいる。

これを受けて,設楽ダム基本計画においては,設楽ダムの建設目的の一つとして,洪水調節を掲げ,設楽ダムにより,設楽ダム建設地点の計画高水流量1490m3/sのうち1250m3/sの洪水調節を行い,そのために1900万m3の容量を利用することとしている。

(イ) 原告らは,ダムによる洪水調節は,他の洪水対策による対応が不可能又は困難である場合において,ダムによる洪水調節が問題解決に有効な方法であるときに選択される最後の方法でなければならない旨主張する。

しかしながら,原告らの主張するような見解は,我が国の治水対策において一般的に採用されている考え方ではない。

すなわち,アジア・モンスーン地域に位置する我が国は,年間降水量が多く,梅雨期や台風期を中心に短時間に集中して大雨が降るという降雨特性を有しており,また,地形が急峻であることから多くの河川は勾配が急であり,それゆえ,大雨に見舞われると,それらの河川では洪水が一気に流れ出る特性がある。一方,我が国の都市の多くは,河川の氾濫によって形成された沖積平野を中心に広がっており,今日では氾濫原において高密度の社会経済活動が営まれている。こうした我が国の国土条件,社会条件から,ひとたびが破堤氾濫が生じると大規模な被害が発生することになるため,洪水時の河川水位を極力下げて洪水を安全に流すことが治水の原則とされており,そのため,水系ごとの治水計画を策定するに当たっては,堤防嵩上げ,河床掘削,引堤といった河道改修や放水路,遊水池,ダム等の治水施設の建設などの多様な治水手法の最適な組合せを適用することとされている。このうち,ダムについては,短時間で流量が大きく増減する我が国の洪水に対して,限られた容量で効率的にピーク流量を低減することができるという特徴があるとされている(以上につき,乙25)。

上記のとおり,我が国の治水対策においては,水系ごとに,ダムを含めた多様な治水手法がその最適な組合せを考えて適用されてきているのであり,ダムによる洪水調節は最後の方法でなければならないという原告らが主張するような見解は採用されていないのである。

(ウ) また,原告らは,ダムによる洪水調節の効果は雨の降り方によって大きく変動するものであり,特に,ダムの集水域が狭い場合には,ダムによる洪水調節機能は極めて限定的なものとなるところ,設楽ダムの集水面積は豊川流域全体の8.6%であり,その洪水調節効果は極めて限定的なものである旨主張する。

しかしながら,豊川水系河川整備計画においては,設楽ダムの洪水調節効果について,設楽ダム地点の計画高水流量1490m3/sのうち1250m3/sの洪水調節を行うことにより,基準地点石田における基本高水のピーク流量7100m3/sに対して,約1000m3/sの流量低減効果を見込み,また,戦後最大の洪水(昭和44年8月洪水)に対しては550m3/sの流量低減効果を見込んでいるのである。ダムによる洪水調節の効果は,雨の降り方によって変動するものであり,常に上記の数値のとおりの流量低減効果が期待できるわけではないとしても,設楽ダムの建設により相応の洪水調節機能が果たされるものと認められる。もとより,豊川水系河川整備計画においては,設楽ダムの建設のみによって,治水上の目標を達成しようとするものではなく,霞堤対策や河道改修等の他の方策も併せて実施しようとしているものであり,こうした他の方策と併せて,設楽ダムの建設によって洪水調節を図ることは,洪水対策として合理性を欠くものであるとは認められない。

(エ) さらに,原告らは,豊川水系河川整備計画において治水対策の基準とされている昭和44年8月洪水は,戦後の大面積皆伐により,森林の保水力が低下した状態で発生したのであり,現在は,森林が生長して森林の永続的な保水力と一時的な保水力が回復してきたため,昭和44年8月洪水の時と同様の雨が降っても,当時のような戦後最大流量となった洪水が発生する危険性は小さく,仮に,昭和44年8月洪水と同規模の洪水が発生した場合であっても,設楽ダム以外の河道改修による対策で破堤による被害を防止することが可能である旨主張する。

まず,現在は森林が生長して森林の永続的な保水力と一時的な保水力が回復してきたため,昭和44年8月洪水の時と同様の雨が降っても,当時のような戦後最大流量となった洪水が発生する危険性は小さいとの原告らの主張については,証人Dがこれに沿う証言をし,同人作成の意見書(甲52,65)にも同旨の意見が記載されている。しかしながら,他方で,日本学術会議が平成13年11月に農林水産大臣に行った答申「地球環境・人間生活にかかわる農業及び森林の多面的な機能の評価について」(乙110)によれば,「森林は中小洪水においては洪水緩和機能を発揮するが,大洪水においては顕著な効果は期待できない」との見解が示されており,また,平成18年6月6日に開催された第40回河川整備基本方針検討小委員会の議事録(乙112)によれば,森林の治水効果はまだ定まったものではないとの見解が同委員会委員長によって示されている。こうした証拠関係に照らすと,現在,昭和44年8月洪水の時と同様の雨が降っても,当時のような戦後最大流量となった洪水が発生する危険性が小さいと断ずることはできないし,仮に昭和44年8月洪水と同様の洪水が発生する危険性が小さくなっていたとしても,ひとたび破堤氾濫が生じれば沿川住民等に甚大な被害が発生することになるのであるから,戦後最大流量となった昭和44年8月洪水と同程度の洪水が再来した場合を想定して治水計画を策定することには,合理性に欠ける点はないというべきである。

次に,設楽ダム以外の河道改修による対策で破堤による被害を防止することが可能であるとの原告らの主張については,証人Dがこれに沿う証言をし,同人作成の意見書(甲52,65)にも同旨の意見が記載されている。しかしながら,一般に,治水計画の策定に当たって,多様な治水手法のうち,いずれを選択し,それらをどのように組み合わせるかの具体的な決定は,河川管理者の合理的な裁量にゆだねられているものである。豊川水系に係る河川整備計画の策定について国土交通大臣から権限の委任を受けた中部地方整備局長は,学識者等で構成される「豊川の明日を考える流域委員会」を合計23回にわたって開催して学識者等の意見を聴き,また,関係住民や被告知事の意見も聴いた上で,豊川水系河川整備計画を策定したところ,同計画においては,新たに沿川家屋の移転を伴う引堤による対策は現実的ではなく,大規模な河道内樹木の伐採や低水路の拡幅(高水敷の掘削)は,豊川の象徴である樹木群に代表される良好な自然環境や景観が大幅に損なわれることとなるため,ダムや遊水池などの新たな洪水調節施設や既設の放水路改築等について比較検討し,河川の適正な利用や流水の正常な機能の維持を併せて総合的に勘案した結果,流下断面の不足している箇所において樹木群の必要最小限の伐採及び低水路拡幅を実施するとともに設楽ダムの建設を併せて行い,所要の水位低下を図ることとしたものである。上記のような豊川水系河川整備計画の策定経過やその内容にかんがみれば,設楽ダムの建設を含む同計画の治水計画が,河川管理者に与えられた裁量権の範囲を逸脱するものであるとは認められない。

(オ) 小括

以上のとおり,洪水調節の目的に関する原告らの主張は,いずれも採用することができない。そして,他に,設楽ダム基本計画のうち洪水調節に関する部分に著しく合理性に欠ける点があると断ずるに足りる事情は認められない。

イ 流水の正常な機能の維持の目的について

(ア) 河川の流水が果たしている役割には,動植物の保護,漁業,景観・観光,流水の清潔の保持などといった河川環境の保全のほか,塩害の防止,既得用水の取水の安定化などがあり,河川管理における「流水の正常な機能の維持」とは,河川の流水が果たしているこれらの機能を適正に維持することである。なお,上記のとおり,既得用水の取水の安定化ということも流水の正常な機能の維持の目的に包含されるものであるから,そのための費用も河川管理の費用になるものである。

流水の正常な機能を維持するためには,河川において一定の流量を確保する必要があるところ,豊川水系河川整備基本方針においては,利水の現況,動植物の保護,漁業,塩害の防止などを考慮し,牟呂松原頭首工(直下流)地点における流水の正常な機能を維持するため必要な流量をおおむね5m3/sとすることを定めている。

そして,豊川水系河川整備計画においては,河川の適正な利用及び流水の正常な機能の維持に関する目標として,渇水時における河川環境の回復を図るため,牟呂松原頭首工(直下流)地点において5m3/s,大野頭首工(直下流)地点において1.3m3/s,寒狭川頭首工(直下流)地点において3.3m3/sの利水上の制限流量を設定して河川流量を保全するとともに,取得用水が10年に1回程度発生する規模の渇水時においても安定して取水できるよう利水安全度の向上を図ることを掲げ,その目標を達成するための河川工事として,豊川流況総合改善事業のほか,設楽ダムの建設を掲げている。同計画においては,設楽ダムの建設により,渇水時における河川流量について,牟呂松原頭首工(直下流)地点及び主要な取水地点における利水上の制限流量を適正に運用することによって,渇水時の河川流量を牟呂松原頭首工(直下流)地点において約2m3/sから約5m3/sに,大野頭首工(直下流)地点において水涸れ状態から約1.3m3/sにそれぞれ流量増加に努め,豊川における動植物の保護,漁業,観光・景観,流水の清潔の保持といった河川環境の保全を可能にし,また,既得用水の取水の安定化について,これまでの実績利水安全度おおむね1/4から,既設の利水施設と連携して計画利水安全度おおむね1/10に向上させ,安定した取水を可能にするとしている。

これを受けて,設楽ダム基本計画においては,設楽ダムの建設目的の一つとして,流水の正常な機能の維持を掲げ,そのための貯留容量を最大6000万m3とすることとしている。

(イ) 原告らは,ダムは,上流域だけでなく下流域やその先の海域にまで,自然によるものとは違った重大な変化を与えるものであり,下流部において渇水期の流量を保全するために上流部にダムを建設することは,より大きな環境悪化をもたらすのであって,環境保全対策として根本的に誤っているとし,設楽ダムの建設についても,これによって,ダム上流における堆砂,それによるダム下流への砂礫の流出の停止とダム下流でのアーマーコート化など,河川の自然環境の著しい悪化がもたらされ,とりわけ,豊川(寒狭川)上流部のように自然環境が保たれている所において,そのわずかに残された自然環境が破壊されることになるのであって,たかだか下流部の渇水時の最低流量をより多くするという河川環境の改善を図るために,設楽ダムの建設を行うことは明らかな誤りである旨主張する。

しかしながら,ダムは,下流河川の流量が少ない時に貯留水を放流することによって,下流河川の流況を改善し,河川環境の保全や既得用水の取水の安定化に資するものである。流水の正常な機能の維持や河川環境の整備,保全のためにいかなる方策を採るかについての具体的な決定は,事柄の性質上,河川管理者の合理的な裁量にゆだねざるを得ないものであり,ダムが環境に与える影響を考慮した上で,流水の正常な機能を維持するためにダムの建設を行うかどうかも,河川管理者の裁量に属する事項というべきである。一般論として,下流部において渇水期の流量を保全するために上流部にダムを建設することは環境保全対策として根本的に誤っているとの原告らの主張は,このような河川管理者の裁量をおよそ否定するものであって失当である。

豊川水系河川整備計画においては,渇水時などにおいて大野頭首工(直下流)地点で水涸れ状態となり,生物の生息環境が分断されているという深刻な事態が生じていることなどから,設楽ダムの建設により,渇水時における河川流量を増加し,動植物の保護,漁業,観光・景観,流水の清潔の保持といった河川環境の保全を図ろうとしたものである。河川環境の保全のために設楽ダムを建設することに対しての原告らの批判は,河川環境の保全において何を重視するかという点についての価値判断の違いに由来するものであり,豊川水系河川整備計画で採用された河川環境の保全のために設楽ダムを建設するという考え方が明らかな誤りであるということはできない。

したがって,原告らの主張は採用することができない。

(ウ) また,原告らは,正常流量(流水の正常な機能を維持するための流量)は基準渇水流量であるとした上で,牟呂松原頭首工のすぐ上流部の石田基準点での現状の基準渇水流量が3.4m3/sであることに照らせば,豊川水系河川整備基本方針において定められた5.0m3/sという同頭首工(直下流)地点での正常流量及びこれを前提に豊川水系河川整備計画で定められた利水上の制限流量は,それ自体根拠のない過大なものであると主張するので,以下検討する。

a 国土交通省河川局監修「国土交通省河川砂防技術基準 同解説・計画編」〔平成17年11月発行〕(甲88の3,乙26。以下「技術基準解説」という。)によれば,正常流量とは,舟運,漁業,観光,流水の清潔の保持,塩害の防止,河口の閉塞の防止,河川管理施設の保護,地下水位の維持,景観,動植物の生息・生育地の状況,人と河川の豊かな触れ合いの確保等を総合的に考慮して定められた流量(維持流量)及びそれが定められた地点より下流における流水の占有のために必要な流量(水利流量)の双方を満足する流量であって,適正な河川管理のために基準となる地点において定めるものをいうとされている。そして,技術基準解説によれば,流水の正常な機能を維持するために必要な流量を確保するための方策は,原則として10か年第1位相当の渇水時においても流水の正常な機能を維持するために必要な流量が確保できるよう策定するものとされている。

b 原告らは,正常流量は基準渇水流量(10か年第1位相当の渇水流量)であると主張し,原告X6は,本人尋問において,正常流量は基準渇水流量の範囲内で設定されるべきである旨供述する。

しかしながら,基準渇水流量は,本来,水利使用の許可基準(新規の水利使用の許可は,取水しようとする地点における基準渇水流量から正常流量を控除した水量の範囲内でのみすることができるという基準)として用いられるものであり(原告X6,甲89,乙69),正常流量を決定する基準となるものではないのである。前記のとおり,技術基準解説によれば,舟運,漁業,観光,流水の清潔の保持,塩害の防止,河口の閉塞の防止,河川管理施設の保護,地下水位の維持,景観,動植物の生息・生育地の状況,人と河川の豊かな触れ合いの確保等を総合的に考慮して定められた流量(維持流量)及びそれが定められた地点より下流における流水の占有のために必要な流量(水利流量)の双方を満足する流量として定められるものであって,当該地点における基準渇水流量が正常流量を下回る場合には,河川管理者としては,ダムの建設等によって基準渇水流量を増加させる方策を講ずる必要が生じるのである。すなわち,河川管理者としては,基準渇水流量が正常流量を下回ることがないよう方策を講ずることが求められるのであって(技術基準解説において,流水の正常な機能を維持するために必要な流量を確保するための方策は,原則として10か年第1位相当の渇水時においても流水の正常な機能を維持するために必要な流量が確保できるよう策定するものとされているのは,この趣旨をいうものである。),現状における基準渇水流量を所与のものとして,その範囲内で正常流量を定めなければならないというものではないのである。

c 次に,豊川水系河川整備基本方針において,牟呂松原頭首工(直下流)地点での正常流量がおおむね5.0m3/sと定められた検討過程を見てみると,証拠(甲10,75の2,甲114)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(a) 豊川につき流水の正常な機能を維持するために必要な流量を設定する地点については,① 豊川の流況を代表できる地点として,宇連川合流点より下流であること,② 流量把握が可能で,過去の水文資料が十分に備わっている地点であること,③ 流水の正常な機能を維持するため必要な流量を安定的かつ確実に管理できる地点であることを勘案して,牟呂松原頭首工(直下流)地点とすることとしたこと。

(b) 牟呂松原頭首工(直下流)地点における過去20年間(昭和53年から平成9年まで)の平均渇水流量は約2.3m3/s,平均低水流量は約3.8m3/sであったこと(なお,渇水流量とは,前記のとおり,1年を通じて355日はこれを下らない流量をいい,低水流量とは,1年を通じて275日はこれを下らない流量をいうものである。)。

(c) 牟呂松原頭首工(直下流)地点から下流における既得水利としては,水道用水として0.358m3/s,工業用水として0.835m3/sの合計1.193m3/sの許可水利があったこと。

(d) 流水の正常な機能を維持するため必要な流量の検討項目のうち,動植物の保護及び漁業については,代表魚種(アユ,アマゴ,オイカワ,ウグイ,ヨシノボリ類,カジカ)に着目し,それぞれの魚類の生息のために河川に確保すべき流量を算出し,牟呂松原頭首工(直下流)地点で必要な流量を5.2m3/sとしたこと。

(e) 流水の正常な機能を維持するため必要な流量の検討項目のうち,観光・景観については,散策,スポーツ,水遊び等の河川利用者が多い場所において,一般の河川利用者に対してアンケート調査を実施し,豊川の景観を損なわない最小水面幅を確保するために必要な流量を算出し,牟呂松原頭首工(直下流)地点で必要な流量を5.2m3/sとしたこと。

(f) 流水の正常な機能を維持するため必要な流量の検討項目のうち,流水の清潔の保持については,渥美湾・豊川等流域別下水道整備総合計画で算出されている将来汚濁負荷量を基に,環境基準値のBOD(生物化学的酸素要求量)2mg/ℓを渇水時にも満足することが可能な流量を算出し,牟呂松原頭首工(直下流)地点で必要な流量を2.0m3/sとしたこと。

(g) 流水の正常な機能を維持するため必要な流量の検討項目のうち,塩害の防止については,感潮区間である豊橋市下条地先(河口から10.3km地点)で,豊橋市が水道用水を取水しており,流況が悪化した場合には,塩素イオン濃度が高くなり,取水に影響を与えることがあるため,同市の水道用水の取水地点において,原水の塩素イオン濃度が基準値(200mg/ℓ)以下となるよう,塩害発生時のイオン濃度と河川流量との相関から必要流量を算出し,牟呂松原頭首工(直下流)地点で必要な流量を4.9m3/sとしたこと。

(h) 流水の正常な機能を維持するため必要な流量の検討項目のうち,舟運,河口閉塞の防止,河川管理施設の保護及び地下水位の維持については,豊川の具体的な状況や過去の実績等から見て,特別な流量を設定する必要はないと考えたこと。

(i) 牟呂松原頭首工(直下流)地点における流水の正常な機能を維持するため必要な流量については,同地点の過去20年間の実績流況,同地点下流の既得水利,上記(d)ないし(g)の各検討項目からの必要流量,流況安定施設建設の可能性等を総合的に考慮し,これを5m3/sとすることとしたこと。なお,この流量は,昭和46年3月に策定された豊川水系工事実施基本計画において定められた正常流量であること。

d 上記のとおり,豊川水系河川整備基本方針においては, 牟呂松原頭首工(直下流)地点の過去20年間の実績流況,同地点下流の既得水利, 流水の正常な機能を維持するため必要な流量の各検討項目から求められた必要流量,流況安定施設建設の可能性等を総合的に考慮して,同地点における正常流量を従前と同様におおむね5m3/sと定めたものであって,上記各検討項目から求められた必要流量の客観性等については議論の余地があり得るとしても,少なくとも,その正常流量が著しく合理性を欠くほど過大なものであるとは認められない。

そして,豊川水系河川整備計画においては,豊川水系河川整備基本方針で定められた上記正常流量を踏まえ,豊川における動植物の保護,漁業,観光・景観,流水の清潔の保持といった河川環境の保全の観点から,渇水時などにおいて水涸れ状態となっている大野頭首工下流での河川流量を回復するとともに,渇水時における牟呂松原頭首工(直下流)地点の河川流量を増加するために,牟呂松原頭首工(直下流)地点で5m3/s,大野頭首工(直下流)地点で1.3m3/s,寒狭川頭首工(直下流)地点で3.3m3/sの利水上の制限流量を設定したのであって,この利水上の制限流量の設定が合理性を欠くものであるとは認められない。

(エ) さらに,原告らは,大野頭首工下流の水涸れ状態は,制限のない主として農業用水の取水のために生じているのであるから,水涸れ状態の解消のためには,そのような取水の規制をまず行うべきで,環境への悪影響の大きいダム建設を所与の前提にすべきではない旨主張する。

しかしながら,豊川水系河川整備計画においては,渇水時における河川流量の増加や既得用水の取水の安定化を図るためには,受益地域における節水活動等が考えられるとしつつ,実効の確実性,社会的な影響等を考慮し,流況安定施設として設楽ダムを建設するとともに,河川流水の総合的な運用を行うために必要な施設や情報伝達システムを整備するという方策を採用したのである。こうした方策の決定がされるに至る過程では,多数回にわたって開催された「豊川の明日を考える流域委員会」で学識者等の意見が聴取され,また,関係住民や被告知事の意見も聴取されていることをも併せて考えれば,その方策決定は,河川管理者の有する裁量権の範囲を逸脱するものであるとは認められない。

(オ) 小括

以上のとおり,流水の正常な機能の維持の目的に関する原告らの主張は,いずれも採用することができない。そして,他に,設楽ダム基本計画のうち流水の正常な機能の維持に関する部分に著しく合理性に欠ける点があると断ずるに足りる事情は認められない。

ウ 水道用水に係る新規水資源開発の目的について

(ア) 豊川水系フルプランにおいては,その計画の目標年度である平成27年度における都市用水(水道用水及び工業用水)の需要の見通しを約6.1m3/sと想定し,近年の降雨状況等による流況の変化を踏まえた上で,地域の実情に即して安定的な水の利用を可能にすることを供給の目標とし,その目標を達成するための施設として設楽ダムを建設することとしている。

これを受けて,設楽ダム基本計画においては,設楽ダムの建設目的の一つとして,水道用水に係る新規水資源開発を掲げ,最大600万m3の貯留容量を利用して,新たに0.179m3/sの取水を可能にすることとしている。

(イ) 証拠(甲6の2,甲7,9,35の1,2,甲48,乙7,9,48,50,54,証人B)によれば,豊川水系フルプランにおける都市用水の需要想定及び供給の目標については,次の事実が認められる。

a 需要想定について

(a) 豊川水系フルプランにおける水道用水及び工業用水の需要想定値(別紙3参照)は,国土交通省土地・水資源局水資源部(以下「水資源部」という。)が関係県である愛知県及び静岡県に対して依頼した需給想定調査の結果を基にして設定された。なお,設定に際しては,関係県による需要想定値と水資源部が全国的な統計データ等に基づいて算出した需要試算値との比較検討が行われた。

(b) 愛知県需給想定調査における水道用水の需要想定は,別紙5のとおりである。

上記需要想定においては,その主要な部分を占める上水道の分につき,「上水道給水人口(推計)」に「一人一日平均給水量(推計)」を乗じたものを「負荷率」と「利用量率」で除して,「一日最大取水量」を求める方法が採用された(「一日最大取水量」=「上水道給水人口(推計)」×「一人一日平均給水量(推計)」÷「負荷率」÷「利用量率」)。このうち,「負荷率」は給水量の変動を見込むための補正係数であり(「負荷率」=「一日平均給水量」÷「一日最大給水量」),「利用量率」は取水ロスや浄送水ロスを見込むための補正係数である(「利用量率」=「給水量」÷「取水量」)。

愛知県は,上記需要想定において,上水道の負荷率については,近年10か年(平成6年から平成15年)の下位3か年の平均値である79.1%とし,また,利用量率については,水資源開発施設分につき,導水ロス5%,浄水及び配水ロス10%を採用し,その結果,全体としての上水道の利用量率は92.3%となった。

(c) 水資源部が算出した愛知県の水道用水の需要試算値は4.20m3/sであり,愛知県需給想定調査の需要想定値4.53m3/sとは開きがあった。この数値の違いは,愛知県需給想定調査の需要想定では利用量率を92.3%としていたのに対し,水資源部による試算では水道統計等から算出される利用量率の平成15年度の実績値98.8%を用いたことによるものであった。国土審議会水資源開発分科会豊川部会及び同分科会(以下,両者を併せて「豊川部会等」という。)の審議では,過年度の利用量率実績の中に100%を超える年度があることなどから,平成15年度の実績値98.8%は採用し難いと判断され,愛知県の想定する利用量率92.3%が採用された。この利用量率を用いると水資源部の試算値は4.49m3/sとなり,愛知県需給想定調査の需要想定値との差はわずかとなった。豊川部会等では,将来の水需要の見通しは,地域の実情を踏まえて設定されることが望ましいことから,愛知県需給想定調査の需要想定値を採用することが妥当であると判断された。

(d) 愛知県需給想定調査における工業用水の需要想定は,別紙6のとおりである。

上記需要想定においては,「一日平均給水量(推計)」に「大規模開発要因加算分(推計)」を加算したものを「負荷率」と「利用量率」で除して,「一日最大取水量」を求める方法が採用された(「一日最大取水量」=《「一日平均給水量(推計)」+「大規模開発要因加算分(推計)」》÷「負荷率」÷「利用量率」)。

愛知県は,上記需要想定において,大規模開発要因加算分として,臨海工業用地(面積244.2ha)に対する補給水量として1日当たり3万1090m3を計上した。

(e) 水資源部が算出した愛知県の工業用水の需要試算値は1.23m3/sであり,愛知県需給想定調査の需要想定値1.38m3/sとは近い値であったが,内容には相違があった。すなわち,実績データを基とする推計においては,愛知県需給想定調査における推計値が0.40m3/s低いが,愛知県需給想定調査においては企業進出に伴う必要水量分(大規模開発要因加算分)として,0.55m3/sを需要として見込み加算した結果,両者の差はわずかなものとなったのであった。豊川部会等の審議では,将来の水需要の見通しは,地域の実情を踏まえて設定されることが望ましいことから,愛知県需給想定調査の需要想定値を採用することが妥当であると判断された。

b 供給の目標について

(a) 豊川水系フルプランの策定過程では,① ダム等の水資源開発施設が計画された当時と比べ,近年では少雨の年が多くなり,毎年の降水量の変動が大きくなる傾向にあり,これと併せて,降雨総量の年平均値が減少傾向を示していること,② このような近年の降雨状況の傾向等により河川流量が減少してきているため,渇水時には,当初計画していたとおりの安定的な水の供給や利用が困難になっているとの認識の下,目標年度である平成27年度における水需給の見通しに当たっては,「水需要の見通し」と「供給施設の安定性を評価した供給可能量(近年の20年間で2番目の規模の渇水時における安定供給可能量)」の両者を比較することにより,将来における水利用の安定性が検討された。

(b) 上記の検討において,施設実力調査等を基にして,豊川水系における供給施設の安定性を評価したところ,設楽ダムがない現況の施設(宇連ダム,大島ダム等)及び設楽ダム完成後の施設(現況の施設に設楽ダムが加わる。)のそれぞれにつき,開発水量(計画値),安定供給可能量(近年の20年間で2番目の規模の渇水時《平成7年度》において年間を通じて供給が可能となる水量),近年最大渇水時供給可能量(近年の20年間で最大規模の渇水であった平成8年度において年間を通じて供給が可能となる水量)は,別紙7のとおりであると認められた。

(c) そして,上記の検討の結果,水道用水及び工業用水について,これまでに整備した施設とこれから整備する設楽ダム等によって,近年の20年間で2番目の規模の渇水時において供給が可能と見込まれる水量は6.5m3/sとなり,目標年度である平成27年度における水需要の見通しである約6.1m3/sを満たすことができると判断された。

(ウ) 原告らは,豊川水系フルプランにおいて,ダム等の水資源開発施設が計画された当時と比べ近年では少雨の年が多くなり,渇水時には当初計画していたとおりの安定的な水の供給や利用が困難になっているとの認識の下に,近年の20年間で2番目の規模の渇水時においても安定的な水の利用を可能にすることを供給の目標として,設楽ダムを建設することとしている点について,統計上,少雨化傾向があるとはいえない旨主張する。

証拠(甲82,証人E)によれば,国土交通省が豊川水系フルプランの策定過程において近年少雨化傾向があることを示すために作成した年間総雨量の変化を記載した資料(x軸に年,y軸に年間総雨量を記載した折れ線グラフ。本判決に別紙8として添付する。)には,「y=-2.2276x+2442.8」という回帰式が記載されているが,その回帰式の決定係数を計算すると0.0079となること,統計学上,回帰式については,その決定係数が正の相関であれば1,負の相関であればマイナス1に近いほど,相関関係を示す回帰式として有効性が高いと評価されることが認められる。そうすると,上記資料から統計学上直ちに近年少雨化傾向があると断ずることは困難である。しかしながら,上記資料によれば,年ごとの年間総雨量に大きな変動があることは明らかであり,少雨の年においても安定的な水の利用を可能にするという観点からすれば,豊川水系フルプランが近年の20年間で2番目の規模の渇水時においても安定的な水の利用を可能にすることを供給の目標として施設整備の計画を立てたことには,合理性を欠く点はないというべきである。

(エ) また,原告らは,豊川水系フルプランの基礎となった愛知県需給想定調査の水道用水及び工業用水の需要想定値は,実績の傾向と連続性がなく,実績とかい離した過大な値となっている旨主張し,証人Eはそれに沿う証言をし,同人作成の意見書等(甲53の1,82)にもその旨の記載がある。

まず,水道用水の需要想定値について検討する。前記のとおり,愛知県需給想定調査の需要想定では,上水道につき負荷率が79.1%,利用量率が92.3%とされているところ,証拠(甲7,乙54)によれば,① 愛知県の上水道(豊川水系フルプラン需要想定区域内のもの)の昭和55年度から平成15年度までの各年度の負荷率の実績値を見ると,平成3年度までは,昭和63年度が81.0%となっているのを除き,いずれも80%未満であり,最も低い昭和59年度は71.6%となっているが,平成4年度以降は,平成7年度が78.4%となっているのを除き,いずれも80%を超えており,直近5か年度では平成11年度が84.5%,平成12年度が83.0%,平成13年度が84.0%,平成14年度が83.8%,平成15年度が85.5%となっていること,② 同じく利用量率について,昭和55年度から平成15年度までの各年度の実績値を見ると,98%を下回ったのは昭和55年度の97.4%のみであり,直近5か年度では平成11年度が99.0%,平成12年度が99.3%,平成13年度が99.1%,平成14年度が99.0%,平成15年度が98.8%となっていることが認められる。これらの実績値と比較して見ると,愛知県需給想定調査の需要想定においては,上水道の利用量率が相当低く設定されており,負荷率についても近年の傾向に沿わずに低く設定されていることが明らかである。負荷率及び利用量率が低く設定されると,需要想定値が大きくなる関係にあるから,過去の実績に照らして考えると,平成27年度における実際の水道用水の需要量は,愛知県需給想定調査の需要想定値に達しない可能性が相当高いものと思われる。

次に,工業用水の需要想定値について見ると,愛知県需給想定調査の需要想定においては,大規模開発要因加算分として,臨海工業用地(面積244.2ha)に対する補給水量として1日当たり3万1090m3を計上しているが,そのような工業用水の需要が見込まれる大規模な開発が行われる予定があることを示す証拠は本件訴訟において提出されておらず,工業用水についても,平成27年度における実際の需要量は,愛知県需給想定調査の需要想定値に達しない可能性が相当高いものと思われる。

以上のとおり,豊川水系フルプランの基礎となった愛知県需給想定調査の水道用水及び工業用水の需要想定には,平成27年度における実際の需要量がその需要想定値に達しない可能性が相当高いという問題があることは確かである。しかしながら,水道は,国民の日常生活に直結しその健康を守るために欠くことのできない設備であり,また,産業の維持,発展のためにも安定した水の供給が要請されるものである。その一方で,水資源開発施設については,その整備に長期間を要し,急に水需要が増大しても,その施設が完成するまでは供給を行うことができないという特質を有していることを考慮すると,水資源開発基本計画を策定するに当たっては,長期的な視点に立って将来の当該地域における経済,社会の発展にも十分対応できるよう水需要の見通しを立てる必要があるものである。このような点に加え,後記(オ)のとおり,設楽ダムがない現況の施設の下での安定供給可能量(河川自流による供給量等を含む。)と水資源部が試算した需要試算値(同試算値は,平成15年度の利用量率の実績値98.8%を用いて算出したものである。)を比較すると,後者が前者を大きく上回っていることをも勘案すれば,愛知県需給想定調査の水道用水及び工業用水の需要想定に上記の問題があるからといって,それをもって,直ちに,上記需要想定を前提として策定された豊川水系フルプランが著しく合理性を欠くものであるとまで断ずることはできない。

(オ) 豊川水系フルプランの策定過程で行われた豊川水系における供給施設の安定性の評価によれば,別紙7のとおり,設楽ダムがない現況の施設の下では,開発水量(計画値)は上水道につき4.18m3/sとされているが,近年の20年間で2番目の規模の渇水時において年間を通じて供給が可能となる水量(安定供給可能量)は上水道につき2.59m3/sであり,これに河川自流による供給量0.50m3/s及び地下水による供給量0.56m3/s並びに他水系への依存量0.02m3/s(以上の数値については別紙3参照)を加えても,その供給量は3.67m3/sにとどまるものである。一方,平成27年度における愛知県の水道用水の需要量について,平成15年度の利用量率の実績値98.8%を用いて算出した水資源部の需要試算値は4.20m3/sとなっており,その値は上記の設楽ダムがない現況の施設の下での安定供給可能量(河川自流による供給量等加えたもの)3.67m3/sを大きく上回っていることからすれば,豊川水系フルプランにおいて,設楽ダムの建設により近年の20年間で2番目の規模の渇水時にも安定的な水の利用を可能にすることを供給の目標とし,その際,設楽ダムにより0.18m3/sの水道用水に係る新規水資源開発をしようとしたことが著しく合理性を欠くものであるということはできない。

なお,原告らは,東三河工業用水道事業において牟呂松原頭首工で0.903m3/sを取水することになっているものの,現在,全くその取水がされていない点(この事実は,甲14,乙34の1ないし10,乙51及び弁論の全趣旨により認められる。)を指摘するが,もとより,将来における新たな工場立地や経済の発展の可能性を考えれば,上記工業用水道事業による取水が将来にわたって行われないということが確実なわけではないから,原告らの指摘する点は,設楽ダムにより0.18m3/sの水道用水に係る新規水資源開発をしようとしたことが著しく合理性を欠くものであるということはできないという上記の判断を左右するものではない。

(カ) 小括

以上のとおりであるから,原告らの主張する諸点を考慮しても,設楽ダム基本計画のうち水道用水に係る新規水資源開発に関する部分に著しく合理性に欠ける点があると断ずることはできず,他にそのように断ずるに足りる事情は認められない。

エ 農業用水に係る新規水資源開発の目的について

(ア) 豊川水系フルプランにおいては,その計画の目標年度である平成27年度における農業用水の新規需要水量の見通しを約0.3m3/sと想定し,これを受けて,設楽ダム基本計画においては,設楽ダムの建設目的の一つとして,農業用水に係る新規水資源開発を掲げ,最大700万m3の貯留容量を利用して,新たに0.339m3/s(年平均)の取水を可能にすることとしている。

(イ) 証拠(甲6の2,甲9,33の1,2,甲51,74の1ないし3,乙7,9,10,49,50,証人C)によれば,豊川水系フルプランにおける農業用水の需要想定については,次の事実が認められる。

a 豊川水系フルプランにおける農業用水に係る新規需要想定値(別紙4参照)は,農林水産省需給調査の結果に基づいて設定された。農林水産省需給調査は,農林水産省東海農政局が主体となって行い,愛知県は,農業振興計画等基礎資料の提供や需給想定の確認などの作業協力を行った。

b 一般に,水資源開発基本計画に記載される農業用水の需要水量は,当該基本計画の策定時又は変更時に,関係する地方公共団体の総合計画,農業振興計画,農業基盤の整備状況等を踏まえつつ,計画されている営農を行うために新たに必要となる水量である。具体的には,「消費水量」(かんがい面積と単位面積当たりの消費水量から算定された水量)から「有効雨量」(農業用水として有効に利用できる降雨量)を差し引いて「純用水量」を求め,これに損失率(用水が取水口から農地まで送水される各段階で失われる水量を率に換算した値)を加味して「粗用水量」を求めた上,「粗用水量」から「地区内利用可能量」(ため池等により現況で地区内で利用可能な水量)と「既開発水量」を差し引いて「新規需要水量」を算出する方法による。

c 農林水産省需給調査においては,上記の一般的な新規需要水量の算出方法に従い,東三河地域等の受益区域面積約1万7800haの農地に対する粗用水量を1億9918万9000m3/年(なお,「/年」は1年当たりを意味する。以下同じ。)と求め,これから地区内利用可能量2178万1000m3/年と既開発水量1億6668万3000m3/年を差し引いて,新規需要水量を1072万5000m3/年と算出した。

以上の新規需要水量の計算は,豊川総合用水事業の営農計画を見直した新たな営農計画に基づき,設楽ダムの計画基準年である昭和43年を計画基準年として行われたものであるが,その計算に当たっては,特に,将来における営農改善のために,以下のような畑作営農の増進と状況変化に対応できる水利用計画とされた。

(a) 畑作営農の増進

営農改善の主な目標として,畑作営農による施設(ハウス)とトンネル栽培の作付けを増進することとしているため,畑地かんがいの対象面積が増加する。

(b) 水田用水量の増加

三河湾沿岸の干拓地に位置する水田地帯の一部区域において,排水改良が進展したことに伴い,地下水位が低下していると考えられ,その結果として減水深(水稲栽培の単位面積当たりの消費水量)が増加している。

(c) 減少した地区内利用可能量の補完

生活雑排水等の流入による水質悪化等により,ため池等の地区内水源の利用可能な水量が減少していることから,新たな水源確保が必要になっている。

d 豊川水系フルプランにおいては,上記cの新規需要水量1072万5000m3/年を毎秒換算して,農業用水に係る新規需要水量を0.34m3/s(年平均)と想定し,これを設楽ダムによって供給することとしている。

(ウ) 原告らは,農業用水の新規需要水量の算出に当たり,粗用水量から差し引きする既開発水量は既開発の豊川用水と豊川総合用水の供給量(1億9710万m3/年)でなければならないのに,農林水産省需給調査において既開発水量とされた1億6668万3000m3/年は,昭和43年(設楽ダム計画基準年)における需要量であって,上記供給量ではないから,農林水産省需給調査は需給計算に用いるものを誤っている旨主張する。

そこで,検討するに,証拠(乙27,49,証人C)によれば,① 農林水産省需給調査における農業用水の新規需要水量の計算に当たり用いられた既開発水量1億6668万3000m3/年は,豊川総合用水事業の営農計画に基づき,昭和43年を計画基準年として算定した水源への依存水量であり,その水源は豊川自流水及び貯水施設(宇連ダム,大島ダム,調整池,佐久間ダム,寒狭川頭首工)であること,② 一般に,農業用水の開発水量とは,水資源開発の対象となる河川本川の自流水及びダム貯留水に依存する水量を指しており,ダム等の水源施設が有する供給能力を指すものではないこと,③ この開発水量は,かんがい区域における消費水量から計画基準年における有効雨量を差し引き,損失率を加味した粗用水量から地区内利用可能量を差し引いて算定されるため,各年の降水量等の降雨条件によって大きく変動し,一般的には,年間降水量が少ない年の方が多い年よりも大きくなり,夏渇水の年の方が冬渇水の年よりも大きくなること,④ 設楽ダムの計画基準年である昭和43年は,水田に大量に水が必要な夏期には降水量が比較的多く,夏期に比べ消費水量が少ない冬期における降水量が少ない年(冬渇水の年)であったため,開発水量は1億6668万3000m3と小さくなっており,一方,豊川総合用水事業の計画基準年である昭和22年は,水田に大量に水が必要な夏期における降水量が少ない年(夏渇水の年)であったため,開発水量は1億9700万m3と大きくなっていることが認められる。

農業用水の新規需要水量を計算するに当たり,粗用水量から既開発水量及び地区内利用可能量を差し引くのは,粗用水量から現況で利用が可能な水量を差し引いて,新たに必要となる水量を計算しようとするものであるが,現況で利用が可能な水量というのは,降雨条件や河川の流況等によって大きく変動するものであり,既存の利水施設の整備計画で定められた計画水量を常に利用することができるわけではない。こうした点を考慮すると,農業用水の新規需要水量を計算するに当たり,計画基準年という一定の年における降雨条件等の下で,河川やダム貯留水という既存の水源に依存する水量をもって既開発水量とすることは合理性を欠くものであるとはいえない。

農林水産省需給調査において既開発水量とされた1億6668万3000m3/年が昭和43年(設楽ダム計画基準年)における需要量であることは,原告らの主張するとおりであるが,上記水量が既開発水量とされたのは上述の趣旨によるものであって,農林水産省需給調査における農業用水の新規需要水量の計算に誤りがあるとは認められない。

したがって,原告らの主張は採用することができない。

(エ) また,原告らは,豊川水系フルプランにおける農業用水の新規需要水量の想定について,① 受益面積が過大に設定されており,特に,かんがい用水を大量に必要とする水田面積が大きく減少し,施設畑を含む畑地面積や樹園地面積も減少し続けており,全体として新規需要は発生しない,② 水田用水量の増加原因とされた排水改良については,当該排水改良によって新規の水田用水需要量が発生することはあり得ない,③ 生活雑排水等の流入による水質悪化等により,ため池等の地区内水源の利用可能な水量が減少し,この減少補完分の新規需要が発生するとしているが,ため池の保全を進めることによって,必要かつ十分なため池を整備することが可能であるとし,豊川水系フルプランの既設供給施設の供給を上回る農業用水の新規需要は認められない旨主張する。

しかしながら,証拠(甲74の3,乙9,31,32の1,2,乙33,49,証人C)によれば,① 農林水産省需給調査においては,農業用水の新規需要水量を計算するに当たり,豊川用水地区の関係土地改良区の賦課台帳を基に受益面積を設定し,消費水量の計算に当たっては,過去の作付け実態や関係市長の水田農業ビジョン等の計画を参考にしたこと,② 東三河地域等の受益区域は,温暖な気候や良好な立地条件を活かし,全国有数の畑作地帯であり,畑地は全受益面積の6割以上を占めているところ,この地域においては,温室栽培(ガラス室,ハウス類によるもの)やトンネル栽培(メロンなどの露地栽培において植付け後の保温や防鳥・防虫等のため作物をビニールシートで覆う栽培方法)などの施設的営農が増加しており(ガラス室,ハウス類による栽培面積は,平成7年において合計約1872haだったのが,平成17年において合計約2133haとなっていて,10年間で約14%増加している。),こうした施設的営農においては,降雨(有効雨量)の利用が見込めないため,農業用水の需要量が増加する要因となること,③ 排水改良が進展した三河湾沿岸の干拓地に位置する水田地帯の一部区域において減水深が増加した事実については,独立行政法人水資源機構が行った実際の調査結果によって確認されたものであること,④ 農業用水として利用できるため池の減少については,愛知県の調査結果に基づき,潰廃や水質汚濁等により既に使用していないため池を利用不可能としたものであること,⑤ 豊川用水における農業用水の取水実績は,平成17年が1億8755万7000m3,平成18年が1億9853万3000m3,平成19年が2億0826万3000m3と,平成17年以降2年連続して増加していることが認められる。

以上の事実に照らせば,豊川水系フルプランにおける農業用水の新規需要水量の想定が事実の基礎を欠くものであるということはできず,上記想定が著しく合理性を欠くものであると断ずることはできない。

(オ) 小括

以上のとおり,農業用水に係る新規水資源開発の目的に関する原告らの主張は,いずれも採用することができない。そして,他に,設楽ダム基本計画のうち農業用水に係る新規水資源開発に関する部分に著しく合理性に欠ける点があると断ずるに足りる事情は認められない。

オ 設楽ダムの目的に関しての総括

以上によれば,洪水調節,流水の正常な機能の維持並びに水道用水及び農業用水に係る新規水資源開発を目的とする多目的ダムとして設楽ダムを建設することを定めた設楽ダム基本計画が著しく合理性を欠くものであると断ずることはできない。

(4)  環境影響評価等について

設楽ダムの建設事業は,環境影響評価法2条2項1号ロ所定の第一種事業に当たるから,事業者(中部地方整備局長)は環境影響評価を行うことが義務付けられるところ,証拠(乙16ないし19,20の1ないし3,乙35ないし37,47,64,104ないし106,証人F)によれば,設楽ダムの建設事業については,平成16年11月24日から同年12月24日まで,環境影響評価方法書の公告及び縦覧が行われ,以後,同法の規定に従って環境影響評価の手続が進められ,平成19年6月29日から同年7月30日まで,補正後の環境影響評価書の公告及び縦覧が行われて,環境影響評価の手続を終了したことが認められる。

原告らは,設楽ダム環境影響評価について,調査地域の設定を誤り,生態系や稀少生物種に与える影響を過小評価しているなどとして,設楽ダム環境影響評価がダム事業指針に反し,環境影響評価法12条1項に違反すると主張し,また,設楽ダムの建設は環境に悪影響を与えるものであって違法なものである旨主張する。

しかしながら,これらの原告らの主張は,環境影響評価の方法や評価の内容についての当不当の意見をいうものであるか,又は,環境保全の観点から設楽ダムの建設の是非についての意見をいうものにすぎず,設楽ダム基本計画が著しく合理性を欠き,そのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存するということを理由付ける主張としては足らないものである。

したがって,原告らの主張は採用することができない。

(5)  かんがい利用者負担金に係る負担金の支出について

原告らは,かんがい利用者の負担金に係る愛知県の負担金については,特ダム法10条3項に基づくかんがい利用者の負担金の徴収に係る条例が存在しない下で,同県がかんがい利用者の負担金に係る負担金を負担し,国に納付することは違法である旨主張する。

前記第2の1(多目的ダムの建設費の負担等に関する法令の定め)記載のとおり,特ダム法10条1項に基づくかんがい利用者の負担金は,都道府県知事が徴収し,徴収を受ける者の範囲及び徴収の方法については,都道府県の条例で定めることとされているが(特ダム法10条3項,9条2項),特ダム法施行令13条により,上記負担金については,元利均等年賦支払の方法により支払わせるものとし,その支払期間は,多目的ダムの建設が完了し,かつ,土地改良法による国営土地改良事業又は都道府県営土地改良事業により専用の施設の新設又は拡張が行われるときは,その工事が完了した年の翌年から起算して15年を下らない期間とされているのである。一方,河川法60条1項及び特ダム法8条1項に基づき多目的ダムの建設費につき都道府県が負担すべき負担金の中には,かんがい利用者の負担金の額に相当するものも含まれているが,都道府県が負担すべき上記負担金については,当該多目的ダムの建設工事が完了する前であっても,国土交通大臣が発する納付通知に従って支払をしなければならないものである(河川法64条1項,河川法施行令38条1項)。

このような法令の定めに照らせば,かんがい利用者の負担金に係る都道府県の負担金については,特ダム法10条3項に基づくかんがい利用者の負担金の徴収に係る条例がいまだ定められていないとしても,都道府県は,かんがい利用者の負担金に係る部分を含めて当該都道府県の負担金を納付する義務を免れないものである。

そうであるとすれば,特ダム法10条3項に基づくかんがい利用者の負担金の徴収に係る条例が存在しなくとも,設楽ダムの建設費に係る愛知県の負担金について,被告知事が,国土交通大臣が発する納付通知を受けて,かんがい利用者の負担金に係る部分を含めて同県の負担金を納付するために支出命令を行うことは,財務会計法規上何ら違法と評価されるものではないというべきである。

したがって,原告らの主張は採用することができない。

(6)  まとめ

以上によれば,設楽ダム基本計画については,それが著しく合理性を欠き,そのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存するということはできず,設楽ダム基本計画に基づいて国土交通大臣が発する愛知県の負担金についての納付通知に予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存するということもできないから,上記納付通知を受けて行われる被告知事の支出命令及び被告企業庁長の支出は,財務会計法規上違法と評価されることはないというべきである。

第4結論

よって,本件訴訟のうち,甲事件原告X1及び甲事件原告X2に関する部分につき,当該原告の死亡による訴訟終了宣言をし,その余の原告らの請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 増田稔 裁判官 杉浦一輝)

裁判官前田郁勝は,転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官 増田稔

〔別紙の添付省略〕

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