名古屋地方裁判所 平成2年(ワ)1018号 判決 1991年5月31日
原告
植山博
被告
大坪忠造
主文
一 被告は、原告に対し、金五九五万九九一四円及びこれに対する昭和六三年四月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、原告の勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、三三六七万三七六五円及びこれに対する昭和六三年四月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(内金請求)。
第二事案の概要
本件は、原告が左記一1の交通事故の発生を理由に被告に対し自賠法三条により損害賠償請求をする事案である。
一 争いのない事実
1 交通事故
(一) 日時 昭和六三年四月二二日午後一一時三〇分ころ
(二) 場所 愛知県西春日井郡春日村大字下之郷字立作三八番地先道路上(国道二二号線)
(三) 加害車 被告運転の普通貨物自動車
(四) 態様 被告が、加害車を運転して前記道路を北から南へ走行中、右道路の中央分離帯に沿つて同一方向に歩行中の亡植山幸雄(以下「亡幸雄」という。)に自車を衝突させ、同人をその場に転倒させて死亡させた。
2 責任原因
被告は、加害車を自己のために運行の用に供する者である。
3 損害の填補
原告は、被告車の自賠責保険から二五〇〇万一六〇〇円の支払を受けた。
二 争点
被告は、本件事故による損害額(特に、逸失利益につき、亡幸雄の収入と生活費控除率)を争うほか、亡幸雄が、茶色のジヤンバーを着てベージユ色の作業ズボンをはき、泥酔状態で、深夜、歩行者通行の禁止された幹線道路を歩いていて本件事故に遭つたものであるから、亡幸雄の過失は極めて大きく、その過失割合は八〇パーセントを下回るものではない、と主張する。
これに対し、原告は、亡幸雄は酒に酔つていたとはいえ「ふらふら歩き」など異常な歩行をしていたものではなく、また、当時、ガソリンスタンドの照明で現場は薄明るい状態であり、かつ、被告は自車の前照灯を上向きにして走行していて、自車の八五・九メートル前方の障害物の確認が可能であつたのであるから、被告が十分前方を注視していさえすれば、亡幸雄を発見し、本件事故を回避し得たものであつて、亡幸雄の過失割合は二〇パーセントを上回るものではない、と反論する。
第三争点に対する判断(成立に争いのない書証及び弁論の全趣旨により成立を認める書証については、その旨の記載を省略する。)
一 損害額
1 逸失利益(請求 四四二四万二八三〇円) 三七九二万三〇二八円
証人中川照子の証言及びこれにより成立を認める甲一一、一四並びに甲一五の四ないし一七に弁論の全趣旨を総合すると、亡幸雄は、本件事故当時、満四九歳(昭和一三年六月二六日生まれ)であり、成基石店(代表者・中川照子)に石材工として勤務し、昭和六二年において五〇一万五〇〇〇円の給料・賞与を得ていたものであると認められ、本件事故により死亡しなければ、満六七歳までの一八年間就労し、少なくとも右の収入額を得ることができたものと推認される。なお、右中川証言には明確を欠くところがあるが、昭和六二年における亡幸雄に対する総支給金額が五〇一万五〇〇〇円であるとの右の認定を動かすには至らない。
また、右中川証言及び乙一二によれば、本件事故当時、亡幸雄は、長男である原告(昭和四四年五月二日生まれ)と二人で生活していたところ、原告は、亡幸雄と共に石材工として稼働してはいたが、いまだ給料の支払を受けてはおらず、亡幸雄に扶養されていたものであると認められる。
そこで、亡幸雄が今後一八年間に得られたであろう収入額(なお、所得税額は控除しない。)から四〇パーセントの割合による同人の生活費を控除し、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して亡幸雄の逸失利益の本件事故当時における現価を算出すると、次の計算式のとおり、三七九二万三〇二八円となる。
501万5000円×(1-0.4)×12.6032=3792万3028円(円未満切捨て)
2 慰謝料(請求 二四〇〇万円) 二二〇〇万円
本件事故の態様、亡幸雄と原告との身分関係、亡幸雄死亡当時における原告の年齢、生活状況などのほか、被告が、本件事故後、亡幸雄を救護することなく、また、警察に事故を申告することもなく、本件事故現場から逃走したことを考慮し、亡幸雄及び原告の慰謝料として、右金額を相当と認める。
3 葬儀費(請求 一五〇万円)
4 墓碑建立費(請求 二〇〇万円)
5 法事費(請求 一四万五〇〇〇円) 以上合計一〇〇万円
本件事故と相当因果関係のある葬儀費等として、右金額を相当と認める。
6 鑑定費用(請求 五〇万円)
鑑定費用が支出されたこと及びこれが本件事故と相当因果関係のある損害であることを認めるに足りる証拠はない。
二 過失相殺
1 甲一ないし九、乙一ないし一七によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 本件事故現場は、中央分離帯で区分された片側三車線(車道幅員・片側約一〇・九メートル)のほぼ南北に通ずる直線道路であつて、道路両側には側道があり、制限最高速度は時速六〇キロメートル、歩行者通行禁止との規制がなされている。右の中央分離帯は、幅が一・〇メートル、高さが〇・五メートルで、その上に高さ一・二メートルのフエンスが設置されている。
(二) 本件事故現場は、付近に道路照明設備はないが、西方にあるガソリンスタンドの照明により薄明るい状態であつた。ただし、照明具なしに免許証の活字を判読することはできない程度の明るさであつた。
(三) 本件事故当夜(昭和六三年四月二二日午後一一時三〇分ころ)、現場は、比較的交通量が少なかつた。
(四) 被告は、右道路の中央分離帯寄りの第三車線を北から南へ向かつて時速約七〇キロメートルで走行した(なお、被告が、中央分離帯の白線標識を越え、これに著しく接近して走行していたと認めるべき証拠はない。)。被告は、自車の前照灯を上向きにしており、その照射距離は、一二三・五メートルであつた。
(五) 他方、亡幸雄は、茶色のジヤンバー、ベージユ色の作業ズボンという服装で、右道路の中央分離帯寄りを同じく北から南へ向かつて走行していた。亡幸雄は、右当時、かなり多量の飲酒をしており、泥酔いに近い状態にあつた(もつとも、亡幸雄がふらふら歩きなど異常な歩行をしていたと認めるべき証拠はない。)。
(六) 本件事故当時、加害車を運転し、前照灯を上向きにした上、時速約七〇キロメートルで本件事故現場を走行した場合、前方注視を怠らなければ、八五・九メートル手前で亡幸雄の存在を発見することができ、六〇・三メートル手前でこれを人間として確認することができた。そして、現に、被告の前方をほぼ同一速度で走行していた三台の車両は、歩行中の亡幸雄を発見し、左に転把して同人との衝突を回避した。
(七) しかし、被告は、五〇〇メートルないし六〇〇メートル前方の信号機に注意を奪われて亡幸雄を発見するのが遅れ、その手前約一一・七メートルに迫つてようやく同人に気付き、急制動の措置をとるとともに左に転把したが及ばず、同人に自車右前部を衝突させて路上に転倒させ、同人をそのころその場で脳かん挫滅、体幹左後面打撲等による脳かん断裂により死亡させた。
2 右の事実によれば、被告が前方を注視していたならば、亡幸雄を発見し、同人との衝突を回避することができたことは明らかであるから、被告には、前方の注視を怠り、進路の安全を確認しないで進行した過失がある。
しかし、他方、亡幸雄においても、夜間、酒に酔つて、しかも、必ずしも発見が容易とはいい難い服装で、歩行者の通行が禁止されている幹線道路の中央分離帯寄りを歩行していたものであるから、本件事故の発生につき被告のそれに劣らない過失があるというべきである。
3 してみると、過失相殺として亡幸雄及び原告の前記損害額からその五割を減ずるのが相当であり、被告の賠償すべき損害額は、三〇四六万一五一四円となる。
三 権利の承継
弁論の全趣旨によれば、原告は、亡幸雄の長男であり、その唯一の相続人であると認められる。したがつて、原告は、亡幸雄の被告に対する損害賠償債権を相続により承継したものである。
四 損害の填補
原告が損害の填補として支払を受けた前記金員を控除すると、被告の賠償すべき損害額は、五四五万九九一四円となる。
五 弁護士費用(請求 四〇〇万円) 五〇万円
本件事故と相当因果関係のある弁護士費用として、右金額を相当と認める。
六 結論
以上によれば、原告の請求は、五九五万九九一四円及びこれに対する本件事故当日である昭和六三年四月二二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官 河邉義典)