大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成2年(ワ)2512号 判決 1992年4月17日

原告

濱川正子

被告

平石厚

主文

一  被告は原告に対し、金三七万二六五三円及びこれに対する平成元年四月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二〇分し、その一九を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、八一三万五二五七円及びこれに対する平成元年四月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が左記一1の交通事故の発生を原因として、被告に対し自賠法三条に基づき損害賠償を請求する事案である。

一  争いのない事実

1  本件事故の発生

(一) 日時 平成元年四月一一日午前一時五〇分ごろ

(二) 場所 名古屋市中川区八熊通五丁目五〇番地先交差点

(三) 車両 被告運転の普通乗用自動車(以下本件車両という)

(四) 態様 信号機により交通整理の行われている本件交差点に西方から進入した本件車両が、本件交差点東側を北方に向かい横断歩行中の原告に衝突。

2  被告の責任原因(甲七)

被告は、本件車両を自己のために運行の用に供する者である。

3  原告の損害(一部)

(一) 治療費 一九万五一七〇円(ただし水谷病院における平成元年四月一一日から五月三一日までの治療費)

(二) 付添看護費用 三六万三六八〇円(ただし水谷病院における平成元年四月一一日から六月一二日までの付添看護費用)

4  損害の填補(一部)

原告は、本件事故による損害について、被告から合計九六万円の支払を受けた。

二  争点

被告は、損害額を争うほか、次のとおり免責の抗弁を主張し、原告は、これを争つている。

(被告の主張)

本件事故は、原告が赤信号を無視して道路を横断した過失により発生したもので、被告には過失がない。

第三争点に対する判断

一  被告の過失の有無

1  本件事故の態様

(一) 前示争いのない事実、甲三、甲五ないし甲八、甲一三、証人河合一好、被告本人によれば、以下の事実を認めることができる。

(1) 本件交差点は、別紙図面(一)記載のとおり、車道の全幅員約一六・八メートル、片側二車線の東西道路と片側一車線の南北道路とが交差し、信号機により交通整理の行われている交差点であり、見通しは良好で、夜間でも照明の明るい場所である。右東西道路の最高速度は、時速五〇キロメートルに制限されている。

(2) 被告は、本件事故当時、ウイスキーの水割り三杯位を飲酒のうえ、本件車両を運転して右東西道路を時速約六〇キロメートルで東進し、同記載<1>の地点で本件交差点の対面信号が青色を表示しているのを確認し、これを直進通過しようとしたところ、同記載<2>の地点まで来て、約一六・〇メートル前方の同記載<イ>の地点に北方に向かつて東西道路を横断歩行している原告を発見し、急ブレーキをかけたが、ほとんど減速する間もなく同記載<×>の地点で自車左前角部付近を同人に衝突させ、同記載<ハ>の地点に転倒させた。その後本件車両は同記載<4>の地点に停止した。

(3) 河合一好は、本件事故発生当時たまたま本件交差点南西角にある中川タクシーの建物で自動車を洗車中だつたが、右衝突の音を聞いて直ちに約二五メートル離れた同記載の地点まで駆け足でかけつけ、その途中で同記載及びの南北道路側の信号がいずれも赤色で表示しているのを確認したほか、前示東西道路を何台かの西行車両が走行しているのを認めた。

(二) また右認定の事実、甲四、原告本人によれば、本件事故当時飲酒していた原告は、対面信号が赤信号を表示しているのに、左右の安全を充分確認しないまま、横断歩道外で東西道路の横断を開始して本件事故に遭遇したものと推認することができる。

(三) これに対し、甲四、原告の供述中には、原告は、前示南北道路の歩行者用信号が青色に変わつたのを確認してから本件交差点東側の横断歩道上を横断し始めており、本件車両の方が赤信号を無視して進入してきたとの部分がある。

また証人鬼頭孝は、「本件事故直前に前示東西道路の北側歩道上を自転車に乗つて東進中、別紙図面(二)記載の地点で東西道路の対面信号が赤信号を表示しているのを確認し、同記載の地点では本件交差点東側の横断歩道上の同記載<イ>の地点を北に向かつて歩いている原告を目撃したが、その後本件交差点を左折し三ないし五秒として同記載の地点まで来たときに衝突音を聞き、振り返つたところ、同記載<1>の地点に本件車両が停車しているのを見た。」と原告主張に沿う証言をし、甲九、甲一一、甲一二にも同趣旨の記載がある。

しかしながら、右鬼頭証言のような経過であれば、鬼頭証人が別紙図面(二)記載の地点から地点まで進行する間に、原告は、横断を終了してしまい本件事故に遭遇しないのではないかと思われるし、また本件事故後本件車両が横断歩道直前の同記載<1>の地点に停止したというのであれば、同横断歩道上を歩行していた原告はやはり本件事故に遭遇しないはずであつて、右証言及びこれと同趣旨にでた甲九、甲一一、甲一二の記載内容が不合理なことは明らかである。

これに対し、河合証人の前示証言内容には格別不合理な点がないし、当事者とも利害関係のない者の証言であつて信用性が高く、結局これに反する前示原告に有利な各証拠はいずれも採用することができないといわなければならない。

2  当裁判所の判断

(一) 前示認定の事実によれば、被告が青信号に従つて本件車両を本件交差点に進入させていることは明らかであるが、他方前示のとおり本件交差点の見通しは良好で、夜間でも照明の明るい場所であつて、甲六によれば、衝突地点の五〇メートル以上手前の別紙図面(一)記載<1>の地点を進行している本件車両から同記載

'地点を横断している原告を視認できたと認められる。

そうすると、被告が右<1>の地点で原告を発見していれば、位置関係からブレーキ操作等により本件事故を回避できたと考えられるから、被告には、本件交差点に進入するに当たり、前方の注視を怠りそのまま本件車両を進行させた過失があると評価せざるを得ない。

(二) そして、被告側に右過失のほか飲酒運転、速度超過の事実が認められること、他方原告にも付近に横断歩道があるにもかかわらずこれを利用せず、かつ赤信号を無視して横断を開始した過失があり、また本件事故の発生時間帯が深夜であること等も考え併せると、本件での原被告の過失割合はそれぞれ七〇パーセントと三〇パーセントであると認めるのが相当である。

二  損害

1  治療費(請求一二六万六〇三〇円) 三二万八八〇九円

甲一七の一ないし二四、乙一の三ないし一七によれば、原告は、後示4(一)認定の治療期間中、平成元年六月一日から平成三年五月二日までの水谷病院の治療費として三二万八八〇九円を要したものと認められる。

2  入院雑費(請求も同額) 八万四〇〇〇円

後示4(一)認定の入院期間七〇日間につき、一日当たり一二〇〇円が相当であると認められる。

3  通院交通費(請求も同額) 一二万〇九六〇円

原告本人によれば、後示4(一)認定の通院実日数三三六日間につき、公共交通機関の利用料金として一日当たり三六〇円を要したものと認められる。

4  休業損害(請求四一六万四二六七円) 一三四万九五五七円

(一) 甲二、甲一四、甲一六、甲一七の一ないし二四、甲一八、乙一の一、原告本人によれば、以下の事実が認められる。

(1) 原告は、本件事故のため第五腰椎右横突起・両坐骨・左臼蓋骨・右腓骨踝部・左腓骨小頭の各骨折、頭部挫創、右手・左足・両下腿の各擦過傷の傷害を負い、本件事故当日の平成元年四月一一日から六月一九日まで七〇日間水谷病院に入院した。原告は、入院中前示左腓骨小頭骨折の観血的整復術を、その余の骨折のいずれも非観血的整復術を受け、その後同年五月八日から理学療法を受けて、松葉杖の使えるまで回復して退院した(松葉杖の使用期間三〇日間)。

原告は、その後も右股関節痛及び右足関節痛等が継続したため、同月二〇日から平成三年五月二日まで松葉杖を使わずバスで同病院に通院して理学療法を中心とする治療を受け、同日症状固定と診断されたが(通院実日数三三六日間)、いまだ右股関節に鈍痛があり、右足関節に歩行時痛が残つていたものの、各関節に運動制限は認められなかつた。

(2) 原告は、昭和一四年四月一八日生まれの女性で、本件事故当時夫と二人暮らしで主婦として家事をこなす一方、娘とアルバイトとの二名の従業員でスナツクを経営していたが、本件事故のためこれを閉店した。その後同店をうどん屋にするため改装したが、営業は開始していない。

(二) 右認定の受傷部位・程度、治療経過、通院状況、症状固定後の障害の程度等、及びこのほか原告本人尋問その他の証拠を検討しても、本件事故の傷害のために、退院後の原告の家事作業やスナツク営業にどのような支障や制限が及んだのか、その具体的内容・程度が明らかでなく、退院後原告以外の者が家事を行つていた形跡も窺えないことに照らせば、原告は、<1>本件事故が発生した平成元年四月一一日から退院した六月一九日までの七〇日間、その労働能力の一〇〇パーセントを、<2>その後症状固定した平成三年五月二日までの期間の前半に当たる平成元年六月二〇日から平成二年五月二六日までの三四一日間は、同じくその二〇パーセントを、<3>同じく後半に当たる平成二年五月二七日から平成三年五月二日までの三四一日間は、同じくその一〇パーセントを、それぞれ喪失したものと認めるのが相当である。

(三) 原告は、前示のとおり本件事故当時四九歳の女性で主婦及びスナツク経営をしていたが、右スナツクの経理内容を明らかにする資料がないから、その休業損害の算定に当たつては、本件事故の発生した平成元年の賃金センサス第一巻第一表による産業計・企業規模計・学歴計の四五歳ないし四九歳の女子労働者の平均年間給与額二八五万八九〇〇円を基礎として算定するのが妥当であり、右(二)認定の労働能力の喪失状況を適用してこれを計算すると、次のとおり一三四万九五五七円となる。

2,858,900÷365×(1.0×70+0.2×341+0.1×341)=1,349,557

5  入通院慰謝料(請求二一〇万円) 二〇〇万円

原告の受傷部位・程度、治療経過・期間等を勘案すれば、右金額が相当であると認められる。

6  後遺障害慰謝料(請求四〇万円) 認められない。

原告には、症状固定後も前示のような症状の残つていることが認められるが、他覚的所見もなく、またこれが日常生活動作等に具体的影響を及ぼしているとも認められず、慰謝料支払の必要性が認められない。

7  過失相殺

(一) 以上の損害の合計は、三八八万三三二六円であるところ、原告が、そのほかに、水谷病院における平成元年四月一一日から五月三一日までの治療費として一九万五一七〇円を、水谷病院における平成元年四月一一日から五月三一日までの付添看護費用として三六万三六八〇円を要したことは当事者間に争いがないから、結局本件事故による原告の損害の総額は、四四四万二一七六円となる。

(二) 前示認定の過失割合にしたがつて、右損害総額から七〇パーセントを控除すると、残額は一三三万二六五三円となる。

8  損害の填補

原告が本件事故による損害について九六万円の支払を受けたことは当事者間に争いがないから、これを右7(二)の金額から控除すると、残額は三七万二六五三円となる。

三  結論

以上によれば、原告の請求は、被告に対し三七万二六五三円及びこれに対する本件事故発生の日である平成元年四月一一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 夏目明徳)

図面(一)

<省略>

図面(二)

<省略>