名古屋地方裁判所 平成21年(わ)1697号 判決 2009年12月04日
主文
被告人を懲役5年以上10年以下に処する。
未決勾留日数中120日をその刑に算入する。
理由
【犯罪事実】
第1被告人は,平成19年9月6日午後10時ころ,名古屋市a区b町大字c字de番地のf付近の路上で,その場所を通行していたA(当時17歳)の背後からいきなり両腕でAの体を抱え上げて引っ張り,その付近にある駐車場に連れ込んだ。そして,Aを地面に押し倒して馬乗りになり,手でAの口と鼻をふさいで,「静かにしろ。殺すぞ。」と言うなどの暴行脅迫を加えて,Aを抵抗できないようにして強姦した。その際,Aに全治まで約1週間を必要とする性器損傷の傷害を負わせた。
第2被告人は,平成21年2月3日午前零時ころ,同区g町字hi番地j付近の路上で,その場所を通行していたB(当時20歳)に対し,Bの首に腕を回して引っ張り,Bをその場所から同区g町字hk番地l付近の歩道上まで連行した。その場所で,Bのほおを平手で数回殴り,手でBの首を押さえ付けながら,「騒いだら殺すぞ。」などと言い,Bの両足首をつかんで持ち上げ,その歩道脇のフェンスを越えさせて,Bの体を同区g町字hm番地にある名古屋市立C小学校敷地内に落とした。そして,その敷地内のプール西側で,Bを地面に押し倒して馬乗りになるなどの暴行脅迫を加えて,Bを抵抗できないようにして強姦した。その際,Bに全治まで約2週間を必要とする外陰部裂傷の傷害を負わせた。
第31 被告人は,同年3月11日午前2時10分ころ,同区b町大字n字op番q番地付近にある駐車場で,D(当時26歳)が,その場所に自動車を駐車させて降車した際,Dを強姦するつもりで,Dに手に持ったカッターナイフ(平成21年押第92号の1)を突き付け,「騒ぐと刺すよ。」などと言い,その車の助手席にDを乗せて,被告人は運転席に乗り込んで,その車をその場所から同区b町大字n字rs番t番地付近の路上まで走らせた。そして,同日午前2時20分ころ,その場所に駐車したその車内で,Dに対し,上記のカッターナイフを突き付けながら,「セックスがしたい。死にたくないでしょ。刺すよ。」と言うなどの暴行脅迫を加えて,Dを抵抗できないようにして強姦した。さらに,その車をその場所から同区b町大字n字ou番地付近の路上まで走らせ,同日午前3時ころ,その場所でDを解放するまでの間,Dがその車内から逃げ出せないようにした。このようにして,Dをわいせつの目的で略取し,不法に監禁するとともに強姦した。
2 被告人は,同日午前2時50分ころ,上記の自動車を,同区nvw丁目x番地付近の路上にいったん駐車した際,その車内で,Dに対し,「殺すから。」「これ持って行くから。死ぬからいらないじゃん。」などと言って脅迫してDを抵抗できないようにして,DからDが所有する現金3万円を強取した。
第4被告人は,同月14日午前3時30分ころ,同区yz丁目a’番地付近の路上で,E(当時21歳)が,その場所に自動車を駐車した際,Eを強姦するつもりで,その助手席に乗り込み,手に持った上記のカッターナイフを運転席のEに突き付けながら,「騒いだら刺すぞ。車を早く出せ。」などと言い,Eにその車を運転させて,その場所から愛知県大府市b’町c’d’番地付近の駐車場まで走らせた。そして,同日午前3時50分ころ,その場所に駐車した車内で,Eに対し,「もし逃げようとしたら,裸で置いていくぞ。」と言うなどの暴行脅迫を加えて,Eを抵抗できないようにして強姦した。さらに,Eにその車を運転させて,その場所から名古屋市a区yz丁目e’番地のf’付近の路上まで走らせ,同日午前4時20分ころ,その場所でEを解放するまでの間,Eが車内から逃げ出せないようにした。このようにして,Eをわいせつの目的で略取し,不法に監禁するとともに強姦した。
【証拠】
省略
【法令の適用】
被告人の判示第1及び第2の各所為はいずれも刑法181条2項に,判示第3の1及び第4の各所為のうち,わいせつ略取の点はいずれも同法225条に,監禁の点はいずれも同法220条に,強姦の点はいずれも同法177条前段に,判示第3の2の所為は同法236条1項にそれぞれ該当するが,判示第3の1及び第4はいずれも1個の行為が3個の罪名に触れる場合であるから,同法54条1項前段,10条により1罪としていずれも最も重い強姦罪の刑で処断し,判示第1及び第2の各罪について各所定刑中有期懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により刑及び犯情の最も重い判示第2の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で,少年法52条1項本文により,被告人を懲役5年以上10年以下に処し,刑法21条を適用して未決勾留日数中120日をその刑に算入することとする。
【量刑の理由】
1 事案の概要
本件は,少年である被告人が,4回にわたり,深夜の住宅街で,通行するなどしていた被害女性を無差別に襲って強姦し,その際,そのうち2名に対して傷害を負わせ(判示第1,第2),他の2名については,強姦目的で,カッターナイフを突き付けて連れ去って自動車内に監禁し(判示第3の1,第4),うち1名に対して更に強盗を行った(判示第3の2)という事案である。
2 被告人の刑事責任について
(1) 犯行態様
判示第1の犯行では,被告人はバイクと接触したと言って呼び止めた被害者を後ろから両腕で抱え上げて引っ張り,同女が必死で抵抗しているのに,口や鼻を手でふさいで息ができないようにし,馬乗りになるなどの暴行を加え,殺すぞなどと言って脅した上で強姦に及んでおり,その暴行脅迫の内容は強烈であり,犯行態様は悪質である。
判示第2の犯行では,被告人は,被害者のほおを平手で,腹をげんこつで殴り,その足首を持ち上げてフェンスを越えさせ約3メートル下の学校敷地内に落とすなどの強度の暴行を加えており,更に判示第3の1及び第4の各犯行では,被害者にカッターナイフを突き付け,騒いだら刺すなどと脅して被害者を恐怖に陥れ,車で連れ去った上で強姦に及んでおり,犯行態様の凶暴性,危険性がより一層増している。
弁護人は,犯行態様について,悪質ではあるが,カッターナイフを見せたり,殺すよ,刺すよなどと言ったり,学校敷地内に落としたりした程度で,被害者の生命を奪うほどの行為はしておらず,酌量の余地があるなどと主張する。
しかし,犯行時に刃物を持っていれば,被害者の抵抗の程度,仕方など,その後の成り行きによっては被害者の身体,生命に危険を及ぼすことも考えられ,それ自体,危険な態様というべきである。また,フェンスにしがみついて抵抗する被害者の足首をつかんでフェンスを越えさせ約3メートルもの高さから学校敷地に突き落とす行為が極めて危険なものであったことに疑いはない。被告人が,それらの行為の危険性を具体的にはどこまで認識していたかは分からないが,いずれにしても,強姦する目的のため,被害者の身の安全を全く意に介さず危険な行為に及んだことに変わりはない。そうすると,被告人の刑事責任を軽減させるのが妥当といえるほど犯行態様が軽いものであったとは到底認められない。
(2) 結果
被害者らは,被告人の卑劣な犯行により,皆多大な肉体的,精神的苦痛を受けたほか,屈辱的行為の結果による妊娠の危険にもさらされた。判示第1及び第2の各犯行の被害者は,それぞれ全治まで約1週間,約2週間を必要とする傷害を負い,判示第4の犯行の被害者は,急性ストレス障害に陥るなど,本件各犯行は深刻な被害結果をもたらした。また,判示第3の犯行の被害者は,強姦された挙げ句更に現金3万円をも奪われており,財産的被害もこうむっている。
被害者らは,女性であるが故に,突然見知らぬ男性である被告人から一方的にこのような性犯罪被害を受け,人格の尊厳を踏みにじられた。被害者らの中には,本来最も身近な相談相手であるはずの親にさえ,被害を受けたことを話せないでいる者がおり,そのことも被害者らの心の傷の深さを示している。
このように,本件は,女性としての人格のうち性に対する誇りを侵害する重大犯罪であり,その精神的な影響は多大なものがある。その意味で,いずれも,被害者らのこれからの長い人生において,女性として人間関係や家庭生活を築くに当たって本件の悪影響が出ることが強く懸念される。
(3) 経緯,動機
被告人は,自己の性欲を満たすために,路上で目に入った被害者らを躊躇することなく襲い,各犯行に及んだものであり,検察官の指摘するとおり,正に通り魔的な犯行である。もとより被害者らに何ら落ち度はなく,防ぎようのないことであった。自分さえ満足できれば被害者らの気持ちなどどうでも良いという正に身勝手な考えに基づく犯行であり,その動機,経緯に酌量すべき点はない。
また,被告人は,判示第2の犯行以後は,深夜に,当初から強姦目的で女性を探し,帽子やネックウォーマーで顔を隠した上で各犯行に及んでおり,計画的な犯行である点でも悪質である。
弁護人は,本件犯行の原因には,被告人は小中高と野球に専念しており,その指導を通じて父親とは密接な関係を継続していたところ,高校1年時に退学して野球をやめてからは,父親との関係が希薄になり,それまで自分が一身に受けていた父親の愛情が妹らに注がれるようになったため,再び自分の方に向いてもらいたいという被告人の思いがあったのであって,本件犯行はそのような評価が可能である旨主張する。
確かに,被告人は高校中退後,恐喝事件により家裁で保護観察に付せられるなどしており,野球という人生の目標を失い,両親からは放任されるようになったことが,被告人の非行へのきっかけになったことは否めない。しかし,このことをもって,強姦という重大な性犯罪を犯したことが理解されるものではない。
また,弁護人は,判示第1の事件については,偶然被害者を見かけて劣情を催し,その感情を抑えられずに犯したものであり,そうしたことは少年にはよくあることであるなどとして,酌量の余地があると主張する。
しかし,被告人は,当時既に17歳で仕事も有する社会人であり,判示第1の犯行に計画性がなかったとしても,そのことが刑を軽くすべき事情にあたるとまではいえない。
さらに,弁護人は,警察の捜査が速やかに行われていれば判示第3及び第4の各犯行は未然に防ぐことができた可能性があることを指摘する。捜査の進展についての詳細は明らかではなく,未然に防げたかどうかは分からないが,仮にそうであったとしても,被告人の刑事責任の軽重に影響を及ぼすことはない。
(4) その他
本件は,いずれも少年審判による保護観察中の再犯であり,被告人がその立場を自覚し,保護観察の指導に従っていれば,決して起こるはずのなかったものであって,その意味でも,被告人の責任は大きいものがある。また,被告人は,これまで被害者らに対して謝罪等の慰謝の措置を何らとっていない。
また,判示第2ないし第4の各犯行は約1か月半という短期間に敢行されたものであり,しかも判示第3の犯行の3日後に次の犯行に及んでおり,被告人は,発覚しなかったことに味をしめ,これにより犯罪性は一挙に深まったものといえる。
3 被告人のために酌むことができる事情
被告人は,この刑事裁判を受ける前まで不合理な弁解を続けていたものの,公判廷では各犯行を全て認めるに至った。これは被告人なりに自己の行為を正面から受け止め,反省を深めつつあるものと見うる。ことに最終陳述では,涙ながらに今後犯罪をせず立ち直る旨決意を述べており,被告人の更生への意欲の一端が認められる。被告人は,刑事裁判を通じて,他者の気持ちを想像しようとするようになってきている。被告人は少年であり,今後の条件次第で,自己を改善し更生しうる可能性が残されている。
被告人の父親は,法廷で,今後は被告人としっかり向き合っていくことを誓っている。被告人に対するこれまでの親の監督は不十分であったことは否めない。しかし,被告人も,父の言葉に涙していたことからすると,父子間の感情的つながりは絶たれておらず,今後の被告人の成長と親子の積極的な関わり合いがあれば,両親の下での被告人の更生の可能性は期待できると考えられる。
4 結論
以上のとおり,行為態様の悪質性,結果の重大性等に照らせば,被告人の刑事責任は重大である。同種の事例を踏まえて検討すると,本件では無期懲役刑を科することは相当とはいえないが,被告人のために酌むことができる事情を最大限考慮しても,少年法の定める少年に対する有期懲役刑の上限である主文の刑に処することはやむを得ないものと判断した。
(検察官藤川浩司,同辻雄介,同高橋朋,弁護人高木康次(主任),同岡田貴文(いずれも私選)各出席)
(求刑 懲役5年以上10年以下)
裁判員6名とともに審理し,評議を尽くした結論は上記のとおりである。
(裁判長裁判官 伊藤納 裁判官 谷口吉伸 裁判官 渡邉裕美)