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名古屋地方裁判所 平成21年(ワ)695号 判決 2012年5月31日

住所<省略>

原告

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

岩本雅郎

名古屋市<以下省略>

被告

大起産業株式会社

同代表者代表取締役

Y1

(以下「被告会社」という。)

愛知県<以下省略>

被告

Y2(以下「被告Y2」という。)

名古屋市<以下省略>

被告

Y3(以下「被告Y3」という。)

大阪府<以下省略>

被告

Y4(以下「被告Y4」という。)

東京都<以下省略>

被告

Y5(以下「被告Y5」という。)

岡山県<以下省略>

被告

Y6(以下「被告Y6」という。)

愛知県<以下省略>

被告

Y1(以下「被告Y1」という。)

岡山県<以下省略>

被告

Y7(以下「被告Y7」という。)

岐阜県<以下省略>

亡Y8訴訟承継人

被告

Y9

岐阜県<以下省略>

亡Y8訴訟承継人

被告

Y10

岐阜県<以下省略>

亡Y8訴訟承継人

被告

Y11

被告ら訴訟代理人弁護士

堀井敏彦

主文

1  原告の主位的請求をいずれも棄却する。

2  被告会社,被告Y1及び被告Y7は,原告に対し,連帯して2291万7125円(第3項及び第4項の金員と重なり合う限度で被告Y9,被告Y10及び被告Y11と連帯して)及びこれに対する平成14年9月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告Y9は,原告に対し,1145万8563円(第2項の金員と重なり合う限度で被告会社,被告Y1及び被告Y7と連帯して)及びこれに対する平成14年9月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  被告Y10及び被告Y11は,原告に対し,各自572万9281円(第2項の金員と重なり合う限度で被告会社,被告Y1及び被告Y7と連帯して)及びこれに対する平成14年9月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5  原告のその余の予備的請求をいずれも棄却する。

6  訴訟費用は,原告に生じた費用の9分の2と被告会社,被告Y1,被告Y7,被告Y9,被告Y10及び被告Y11に生じた費用の2分の1を同被告らの連帯負担とし,原告に生じたその余の費用,同被告らに生じた費用の2分の1及びその余の被告らに生じた費用を原告の負担とする。

7  この判決は,第2ないし第4項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

(以下,被告Y9,被告Y10及び被告Y11を除く被告らと亡Y8を「被告ら」といい,本件の当事者である各被告の総称を「本件被告ら」という。)

第1請求

被告らは,原告に対し,連帯して4583万4250円及びこれに対する平成14年9月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,原告が,原告の経理部長が原告及びその関連会社の資金を不正に流用して被告会社に委託して商品先物取引を行ったことに関し,①主位的に,被告らは,上記経理部長が横領行為を行うことを狙って商品先物取引を勧誘し,受託したから,原告に対する直接の不法行為が成立すると主張して,民法709条,719条に基づき,上記経理部長が横領して同取引に不正に流用した金額である4583万4250円及びこれに対する取引終了日の翌日である平成14年9月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,②予備的に,上記取引において,適合性原則違反,取引の仕組み及び危険性にかかる説明義務違反,断定的判断の提供,一任売買,誠実義務違反,過当取引,差玉向かいにかかる説明義務違反等の違法があったと主張して,原告の上記経理部長に対する不法行為に基づく損害賠償請求権を被保全債権として,債権者代位権に基づき,上記経理部長の被告らに対する不法行為に基づく損害賠償請求権(なお,被告Y2,同Y3,同Y5,同Y6,同Y4に対しては,選択的に会社法429条1項に基づく損害賠償請求権)に代位して,上記①と同額の損害の支払を求める事案である。

2  前提事実(当事者間に争いがないか,文中に記載の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)

(1)  当事者等

ア 原告

原告は,昭和57年に設立され,医薬品の製造及び販売並びに化粧品等の販売を目的とする株式会社であり,いわゆるドラッグストアを多数出店している。原告は,平成20年9月1日,持株会社制度に移行したことにより,●●●の子会社として新たに設立された(乙158)。

イ ●●●

(ア) A(以下「A」という。)は,昭和39年生まれであり,昭和63年に大学卒業後,民間企業,会計事務所に勤務した後,平成10年に原告に入社して経理課長となり,平成12年には経理部長,平成17年には取締役経理部長となった。Aは,本件当時,妻と子供2人がいた(甲33,35)。

(イ) Aは,原告の経理部長に在職中,原告の経理全般を担当していたほか,原告の関連会社である●●●(以下「●●●」という。)及び●●●(以下「●●●」という。)名義の預金通帳と印鑑を保管していた(甲34)。

(ウ) Aには,現在,見るべき財産がない(弁論の全趣旨)。

ウ 被告会社

被告会社は,商品取引所法に基づく国内の公設市場の商品先物取引の受託等を目的とする株式会社である。被告会社は,昭和25年に設立され,昭和27年から商品先物取引の受託業務を開始し,名古屋穀物商品取引所,大阪穀物商品取引所,東京穀物商品取引所,東京工業品取引所の取引員の許可を受ける等して,事業規模を拡大した。もっとも,平成18年以降の商品市場の縮小に伴い,被告会社は,平成21年9月,取次取引員に業態を変更した。被告会社の本店は名古屋市にあり,平成13年から平成14年ころの時点では,東京,大阪,金沢,松本,倉敷,新潟に支店を置き,従業員数は約200名程度であった(乙80,136,弁論の全趣旨)。

エ 被告会社の取締役等

(ア) 被告Y2は,平成13年12月から平成14年6月までは被告会社代表取締役社長,同年7月から9月までは被告会社代表取締役会長であった(乙136)。

(イ) 被告Y3は,平成13年12月から平成14年6月までは被告会社東京支店に勤務する専務取締役(同年4月から6月までは商取本部長を兼務),同年7月から9月までは被告会社代表取締役社長であった(乙136)。

(ウ) 被告Y5は,平成13年12月から平成14年6月までは被告会社東京支店に勤務する取締役兼東京支店長兼営業部マネージャー(FX業務),同年7月から9月までは東京支店営業部マネージャー(FX業務)であった(乙136)。

(エ) 被告Y6は,平成13年12月から平成14年6月までは被告会社倉敷支店に勤務する取締役兼倉敷支店長,同年7月から9月までは被告会社倉敷支店長であった(乙136)。

(オ) 被告Y4は,平成13年12月から平成14年9月まで,被告会社取締役兼大阪支店長(同年4月から6月までは商取本部長を兼務)であった(乙136)。

(カ) 被告Y1は,平成7年ころから被告会社管理部長の職にあったが,平成14年6月19日から被告会社の取締役となり,平成20年12月以降は被告会社代表取締役を務めている(被告Y1本人)。

オ 被告会社の従業員

(ア) 訴外B(以下「B」という。)は,昭和61年に被告会社に入社し,平成13年10月から平成15年4月までは被告会社本店営業第2部サブリーダーであった(乙134)。

(イ) 被告Y7は,平成元年2月に被告会社に入社し,平成13年10月から平成14年7月までは被告会社本店営業部第2マネージャーであったが,平成16年11月に被告会社を退職した(乙135)。

(ウ) 承継前の被告である亡Y8(以下「亡Y8」という。)は,被告会社の従業員であった(乙135)。亡Y8は,平成21年4月21日に死亡した。亡Y8の相続人である妻の被告Y9,子の被告Y10及びY11は,亡Y8の権利義務を承継して本件訴訟を受継した。

(2)  日光商品(ディプロ)に委託して行った商品先物取引

Aは,平成12年8月ころから平成14年8月26日までの間,日光商品株式会社(商号変更後はディプロ株式会社。以下「日光商品」という。)に委託して商品先物取引(以下「日光商品取引」という。)を行った。Aは,当初,同取引を自己資金で行っていたが,自己資金が尽きたため,平成13年7月23日以降は,●●●の資産を不正に流用して取引を行うようになった。Aは,日光商品取引により,2110万8000円の損失を被った(甲34,乙139,証人A,弁論の全趣旨)。

(3)  被告会社に委託して行った商品先物取引

Aは,平成13年12月21日から平成14年9月2日までの間,被告会社に委託して,別紙1のとおり商品先物取引を行った(以下「本件取引」という。)。Aの担当外務員は,B,被告Y7及び亡Y8であった。本件取引におけるAの現金の入出金は,別紙2のとおりであり,取引の経過は別紙3のとおりである。Aは,本件取引により,4583万4250円の損失(売買損1449万7000円,手数料2984万5000円。取引所税,消費税を含む。)を被った(乙17の1ないし72の2)。

なお,Aが本件取引に用いた金員は,主として●●●名義の預金口座から引き出したものであるが,後記(5)アのとおり,最終的な損害は原告に帰属している(甲34,57)。

(4)  その他の会社に委託して行った商品先物取引

本件取引の後,Aは,原告及びその関連会社の預金口座などから不正に流用した資金で,株式会社小林洋行(以下「小林洋行」という。),株式会社サントレード(以下「サントレード」という。)及びフジフューチャーズに委託して商品先物取引を行った。各取引の期間,取引損等は以下のとおりである。

ア 小林洋行(甲30の1,2)

(ア) 取引期間 平成14年9月9日から平成16年7月28日まで

(イ) 取引損 3410万8700円

なお,原告,A及び小林洋行は,平成20年12月2日,小林洋行がAに対し解決金として2450万円を支払義務があること,同解決金は,原告代理人弁護士が受領し,Aの不正流用に係る損害賠償金に充当することを合意した。

イ サントレード(乙139,156,171,証人A)

(ア) 取引期間 平成14年11月21日から平成19年9月28日まで

(イ) 取引損 4億5947万6756円

なお,Aは,サントレードに対し,上記取引損相当額の損害賠償を求める民事訴訟を提起し,同訴訟により得られた損害賠償金はAの原告に対する損害賠償金に充当されることとなっている(証人A)。

ウ フジフューチャーズ(乙140)

(ア) 取引期間 平成19年ころから平成20年6月まで

(イ) 取引損 42万3601円

(5)  Aによる横領の発覚と刑事裁判

ア Aは,平成13年7月23日から平成20年6月24日までの間,Aが管理していた原告,●●●及び●●●名義の各銀行預金口座等から預金を出金したり,移動させたりするなどの方法により,多数回にわたり,これらの会社の資金を不正に流用し,上記の各先物取引に使用していたところ,最終的には,不正流用した分を原告名義の預金口座に集約した(なお,原告名義の預金口座からの最初の不正な流用は平成14年4月5日であり,●●●名義の預金口座からの最初の不正な流用は平成16年2月26日であった。)。その結果,原告名義の預金口座の残高は,平成20年6月24日の時点において,原告の帳簿上の金額よりも5億8700万円不足する状態となった(甲34)。

イ 原告は,平成20年8月7日,Aを業務上横領で告訴した(弁論の全趣旨)。

ウ Aは,原告名義の普通預金口座の預金を原告のために業務上預かり保管中,平成16年5月17日から平成20年6月23日までの間,前後11回にわたり,同預金口座から合計2億8200万円をほしいままに横領したとして,業務上横領罪により名古屋地方裁判所岡崎支部に起訴され,平成21年10月29日,懲役5年の判決を言渡された(同庁平成21年(わ)第28号,第175号)(甲39の1,乙137)。Aは,上記判決に対して控訴したが,平成22年4月28日に棄却され,上記判決は確定した(名古屋高等裁判所平成21年(う)第579号)(甲39の2,乙138)。

3  争点及び争点に対する当事者の主張

(1)  争点

ア 主位的請求(直接の不法行為)に係る争点

(ア) 原告に対する直接の不法行為の成否(争点1)

(イ) 消滅時効の成否(争点2)

イ 予備的請求(債権者代位)に係る争点

(ア) 本件取引の違法性(争点3)

(イ) 代位債権の消滅時効の成否(争点4)

ウ 各請求に係る争点

被告らの責任(争点5)

(2)  争点1(原告に対する直接の不法行為の成否)について

(原告の主張)

ア 昭和48年に制定された「取引所指示事項」は,信用金庫等の出納取扱者に対する勧誘を禁止し,平成10年に制定された「受託業務管理規則の制定に関するガイドライン」は,不正資金の流入防止措置をとるべきことを定めている。したがって,経理担当者を勧誘して不正な資金を流入させることは,違法な勧誘であり,受託である。しかるに,被告らは,原告の経理担当者であるAが横領することを狙って勧誘し,受託を働きかけた。

そして,被告らは,Aが他社との取引で損失を被っていることを知っていたから,Aの横領を承知していたか,十分に予見できた。また,その後の取引においても,預託金が多額にのぼることなどを注意すれば不正な資金の流入を防止できたのに,その義務を尽くさなかった。

したがって,被告らは,原告に対し,直接に故意又は過失の不法行為責任を負うというべきである。

イ 被告会社の従業員は,Aの勤務先に架電して本件取引を勧誘した。このことは,Aが作成した「お取引の口座開設申込書」(以下「口座開設申込書」という。乙6)に記載されている。これに対し,被告会社の従業員であるBが作成した「顧客カード」(以下「顧客カード」という。乙5)の「取引動機」欄には,「来店・来電」の項目に丸が付されているが,これは,経理担当者であることを承知して勧誘したことを隠すために行ったものと考えられる。

ウ Bは,平成13年12月17日にAと面談した際,Aが原告の経理の責任者であることや,他社との取引で損失を被っていることを知っていた。そして,取引当初は,流動資産が500万円未満とされ,54万円の入金で始まったのに,合理的な根拠もないのに5000万円の枠が設定され,不合理な取引により入金が急増し,わずか3か月で3000万円が入金された。入金額増大に対する社内審査も不合理であった。さらに,取引の終了は一方的に両建両落ちによる仕切りが強行された。以上のとおり,本件取引は,あたかもAから5000万円の範囲で入金を得て利得してしまうことが計画されていたかのような取引であった。

エ 被告会社は,不正な資金(横領による資金)を商品先物市場に流入させたことを理由に,日本商品先物取引協会(以下「日商協」という。)から,平成15年,19年,21年に譴責や過怠金の処分を受けている。

(本件被告らの主張)

ア 被告会社の従業員が,原告の経理担当者を狙って勧誘したことはなく,本件取引は,Aからの積極的な申し出により取引が開始されたものである。

本件取引当時の被告会社の受託業務管理規則は,民間企業の経理担当者につき,参入を防止すべき不適格者とはしていなかった。また,被告会社では,委託者が申告した流動資産を参考に,与信枠の増額の可否を決定する手順が定められており,被告会社はAの流動資産を5000万円と認識したが,Aの態度に疑念を生じさせるものはなかったし,裏付け資料として預金通帳の写しなどの提出を求めるべき状況にもなかった。

以上のように,被告会社の外務員は,Aの不正流用を全く認識していないし,認識可能性もなかったから,被告らの原告に対する直接の不法行為が成立する余地はない。

イ Aは,自ら被告会社に電話をかけ,「名古屋に本社のある貴社で商品先物取引を行いたい。」と申し入れたので,被告会社は面談し,本件取引を開始した。顧客カードの取引動機欄には,「来電」に印がある。なお,口座開設申込書の取引動機欄には,「当社からの訪問・電話」に印があるが,これは,Aが2度の面談を経て被告会社との取引を決めたという経緯に従って記載したからにすぎない。

ウ 被告会社は,Aからの説明により,Aが流動資産として5000万円を保有すると認識しており,最終的には4600万円までの実入金を許可したものの,この金額を超える入金を断って取引の終了に導き,再取引の要請も拒絶した。なお,Aは,被告会社での取引を断られた僅か2日後,小林洋行との取引を開始している。

エ 顧客の横領が発覚すると,その資金が流入されたと指摘される企業も,風評被害や金融機関からの与信減額などの影響があり,存続にかかわる。また,商品取引員が経理担当者を狙い打ちするという営業実態はなく,Aが取引をしていた期間における被告会社の顧客1234名のうち,経理担当者はAを含めて7名であるところ,A以外の6名の委託者との間ではトラブルはない。

オ 原告の損失は,原告が過大に信頼して経理を一任したAの犯罪に起因するものである。仮に被告会社がAとの取引を中止し得たとしても,Aが同業他社において更に多額の不正資金を流用して取引を続けていることからすると,原告に損失を生じさせるという結果を回避できる可能性はなかった。

(3)  争点2(消滅時効の成否)について

(本件被告らの主張)

原告は,監査法人の監査の上場企業であり,平成13年ないし平成20年に毎年監査を実施し,決算を行っているところ,これら監査・決算が適切になされていれば,Aによる不正流用はより早期に発覚していたはずである。

したがって,仮に被告らの原告に対する直接の不法行為に基づく損害賠償請求権が認められるとしても,原告がその損害の発生を知らなかったことには重大な過失があり,Aが被告会社との取引を終了した時点までには当然通常知り得べき期間を経過していたものであるから,同日から3年の経過により,時効消滅したものというべきである。本件被告らは,この消滅時効を援用する。

(原告の主張)

不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効の起算点は,「損害及び加害者を知った時」(民法724条)であるところ,そのためには,①加害者の行為が損害賠償請求できる程度に違法であることを,客観的な出来事により知ること,②通常誰でもその損害賠償請求権を行使しようとすれば行使できる客観的な状況であることが必要である。そして,本件のように,委託者が横領した資金を投入している場合は,横領が発覚した後でなければ,上記①,②にはあたらないというべきである。

(4)  争点3(本件取引の違法性)について

ア 適合性原則違反及び不正な資金の流入防止の義務違反

(原告の主張)

商品取引所法(本件取引当時のもの。以下同じ。)136条の17,同条の25第1項4号等によれば,被告会社従業員らは,顧客の投資知識・経験,投資目的,投資資力等を十分に把握し,それらに適合した投資勧誘を行うべき業務上の注意義務(適合性原則遵守義務)を負っていた。そして,日商協が定めるガイドラインの6項には,不正資金の流入を防止するため必要な管理措置を講じるべきことが規定され,被告会社の受託業務管理規則にも不正資金の流入防止についての規定があった。

しかるに,本件取引において,Aは,被告会社従業員から,所属部署と名前を指示されて勧誘され,Aは,上記従業員との初対面の際,経理部長の肩書のある名刺を渡している。このような経緯から考えると,被告らは,初めから経理担当者を狙って勧誘をしていたのであり,適合性原則違反及び不正な資金の流入防止の義務違反が認められる。

また,被告らは,Aが預託する資金は不正な流用であると承知していたと思料され,被告らには,不正な流用資金と知りつつ追加資金を投入するように勧誘した違法がある。

(本件被告らの主張)

被告会社が,経理担当者であるAを狙って勧誘したとの事実は存しない。本件取引は,Aが,被告会社に対し,他社で取引を行っているが旨く行かないため,被告会社の話を聞いた上で,今後,取引をするか検討したい旨を架電してきたことがきっかけであって,被告会社が,Aに対し勧誘を行ったものではない。

本件取引当時,被告会社において,委託者が投資可能金額を申告する制度(平成17年5月施行の改正商品取引法下での取扱)はなく,委託者が申告した流動資産を参考に,3か月間は500万円までに取引を制限し,その後は,委託者からの要請を受けて,主要委託者審査委員会において審査を行って与信枠の増額の可否を決定する手順が定められていた。被告会社は,Aの申告により,流動資産を5000万円と認識していたところ,順次審査を行い,実入金額4600万円までは許可したが,その後は不許可とした。流動資産5000万円の認識は,管理本部長である被告Y1自らが,Aと面談し同説明を受けたもので,Aの態度に疑念を生じさせるものは無く,また,当時は,その裏付け資料の提出を求めるといったことは法令規則で定められておらず,慣行としてもなかったもので,流動資産5000万円との認識に至ったことに何ら落ち度といえるものはない。

Aは,本件取引以前において,既に先物取引を行った経験のある者であるから,本件取引を行うこと自体に適合性がないとはいえないし,流動資産5000万円との認識を前提とすれば,本件取引は数度の審査を経てその与信枠が拡大されているとはいえ,適正な範囲のものであって,経理担当者である者を狙って行った取引であるとか,資金の不正流用の阻止を怠ったといえないことはもちろんのこと,本件取引は,Aの経験及び資産状況からみて,適合性に違反するということもない。

イ 取引の仕組みや危険性にかかる説明義務違反

(原告の主張)

商品取引所法136条の19等によれば,被告会社従業員は,商品先物取引の仕組みとその危険性について「商品先物取引・委託のガイド」を提示しつつ分かりやすく説明するとともに,一定の投資方針(投資手法)を提案・勧誘するのであれば,その仕組みと危険性についても分かりやすく説明して,顧客の十分な理解を得なければならない義務(説明義務)を負っている。

しかるに,本件取引においては,取引の始めから終了まで,入金のたびに,断定的判断の提供と表裏一体となって,あたかも確実に利益が得られるかのように勧誘されていた。また,危険性の具体的な説明として,売買を反復継続すると手数料の累積によって損失を被るという事実の説明はされなかった。

(本件被告らの主張)

被告らは,取引の仕組みや危険性について十分な説明を行っている。

被告会社の外務員Bが,平成13年12月17日にAと面談し,商品先物取引委託のガイド(以下「本件ガイド」という。)を交付して説明した上,アンケートを実施したところ,Aは,商品先物取引のリスクにつき思っていたよりも危険だと感じたと回答している。平成13年12月20日には,取引相談室室長のCが,Aの理解度調査と取引意思の確認を行い,同月27日には,被告Y7が,Aの勤務先を訪問し,「商品先物取引の重要なポイント」「委託証拠金の預託の猶予に関する申出書」「お取引についてのアンケートⅠ」を徴収して,取引の仕組みや危険性についての説明を行った。さらに,Aは,被告会社との取引以前に平成12年8月から日光商品と取引をしており,その仕組みやリスクを現実に体験していることからすると,取引の仕組みや危険性につき十分な認識を有していたといえる。

ウ 断定的判断の提供

(原告の主張)

商品取引所法136条の18第1号によれば,商品市場における売買取引について,顧客に対し,利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供してその委託を勧誘することが禁止されている。

しかるに,本件取引において,Aは,資金を出すときは,ほぼ必ず確実に利益が得られるかのような言辞によって勧誘された。具体的には,勧誘の際には「安全確実な取引方法をします」であるとか,担当者が被告Y7である際に,銀の売り建てにおいて「銀はボックス相場だから,今,ここで売れば確実に利益がとれる」であるとか,金の買い建てにおいて「今なら金の買いで利益がとれます」であるとか,担当者が亡Y8である際に,ガソリンや灯油の取引において「油が動いています。いい時期を狙って油をやってみましょう」というようなものが挙げられる。

(本件被告らの主張)

確実に利益が得られるかのような勧誘をしたとの主張は否認する。

本件取引担当者らが,確実に利益を得られるかの言辞をもって,Aに取引をさせたことはない。被告Y7が,Aに対し,そのときの銀や金の相場状況を伝えたことや,亡Y8が,Aに対し,そのときのガソリン・石油の相場状況を伝えたことはあるが,必ず利益が得られるといった説明はしていない。そもそも,Aは,本件取引前に先物取引を行い損失を被った経験をしているのであるから,先物取引で確実に利益を上げられる保証がないことは十分に認識していたといえる。

エ 委託者に不利益な取引の勧誘(両建て等)

(原告の主張)

商品取引所法136条の18第5号,同施行規則46条11号(本件取引当時のもの。)は,商品取引員が,顧客に対し,特定の商品等の売付け及び買付けとこれらの取引と対当する取引の数量及び期限を同一にすること(両建て)を勧めることを禁じている。

本件取引は,取引損(4583万4250円)に占める手数料(2984万5000円)の比率が約65%に上る。また,全取引は177回であり,そのうち特定売買は合計189回(107%)である。全取引のうち両建てが96回(54%)を占め,特定売買189回のうち両建が約51%を占めており,両建てが非常に顕著である。

(本件被告らの主張)

特定売買は,一般投資家であっても,目先の相場変動を狙って利益を追求するため(またはリスクを回避するため)日常的に行う取引手法である。特定売買ができないとなれば,投資家は自由闊達な取引の機会を奪われ,本来の取引が持つ妙味など味わうことができない。そればかりか,建玉したものが損失となっても迅速な決済ができないなど,常にワンテンポ遅れた取引を強いられることとなり,相場変動の状況によっては,投資家に多大なリスクを負わせるケースすらある。

また,原告が主張する特定売買比率は,原告独自の計算によるものであって無意味であるし,手数料は,取引を繰り返せばそれに応じて累積されるから,手数料化率により違法性を判定することは不合理である。

なお,本件取引においては,Aの意思に反した取引,Aが理解していない取引はなく,原告のいう無意味な反復売買は存在しない。

オ 一任売買(実質的一任売買)

(原告の主張)

商品取引所法136条の18第3号等によれば,売買取引を受託する際には,その都度,委託者から売買数量・指定価格とその有効期限などの所定事項を特定した指示を受けなければならない。また,上記の法の趣旨目的によれば,明示の合意に基づく場合に限らず,黙示あるいは推定的合意に基づく場合や,事実上の一任売買も禁止される。

しかるに,本件取引の経過をみると,一任売買(実質的一任売買)となっている。また,取引の外観からみても,平成14年1月24日の白金の取引では,午前9時39分に買玉20枚を建てているのに,午後2時34分には売玉20枚を建てて両建しているが,このような不合理な取引をAの自発的な意思によって行うとは考えられない。さらに,Aは,白金について,被告会社では買いの片建(平成14年3月8日から同月29日まで)をし,日光商品では逆に売りの片建(平成14年3月18日から同年4月18日まで)をしている。2社で取引をして,各社の建玉が逆になるということは,特段の事情のない限り,委託者の価格の変動の予想が矛盾するのであって,真に委託者の意思を反映した取引とはいえない。

加えて,本件取引は,上記のとおり,特定売買が多く,手数料化率が高いところ,このことからも委託者の自発的な売買とは考えられない。

(本件被告らの主張)

実質一任との主張は否認する。個々の売買はそれぞれ,Aの指示を受けて行ったもので,一任売買ではない。

Aは,日光商品において金,銀,白金の銘柄の取引を既に行っており,相場変動要因に関する基本的知識と取引経験を有しており,被告Y7が変動要因や市況を伝えることはあっても,個々の売買は,これらの材料や被告Y7の相場観をもとに,A自身が判断して行ったもので,被告Y7のいうがままに取引を行ったものではない。亡Y8が担当していた取引においても同様である。また,被告会社は,取引を行った都度,成立した取引の内容や決済により発生した損益等が記載された「売買報告書及び売買計算書」(乙17の1ないし72の2)を送付しており,同書面には取引の内容に相違があれば被告会社管理部まで申し出るように記載されているところ,Aは,本件取引期間を通して何ら異議を述べた事実はないし,被告会社が毎月1回発送している「残高照合通知書」(乙22の1ないし9)に対して苦情を申し出たことはない。

カ 過当取引,新規委託者保護義務違反

(原告の主張)

商品先物取引の投機性,商品取引員の専門性,顧客との間の委任契約上の善管注意義務(民法644条),誠実公正義務(商品取引所法136条の17)に照らせば,商品取引員が,もっぱら自己の利益を図るため,顧客に対し,合理性のない頻繁かつ大量の取引を勧誘してこれを行わせた場合,顧客に対する債務不履行ないし不法行為となることは明らかである。

本件取引の開始時(平成13年12月21日)に,Aは日光商品と取引をしていたが,当時の新規委託者の取扱いは,他の商品取引員における経験の有無を問わず,当該商品取引員の取引の開始から3か月を習熟期間と定め,原則として20枚程度(一般的に150万円程度)の建玉をするように定められていた。ところが,本件取引においては,Aは,平成13年3月12日までに2358万2340円を入金し,同月29日までに3058万2340円を入金している。上記オと併せ検討すると,一連の取引の量や回数の多さは異常である。

(本件被告らの主張)

争う。本件取引は,Aの意思と判断に基づくものであり,被告会社が手数料稼ぎのために無意味な取引を反復させた事実はない。

キ 差玉向かいの説明義務違反

(原告の主張)

被告会社は,本件取引期間中,自己玉を委託玉の売玉又は買玉のうち少ない側に,その差を埋めるようにして建玉し(差玉向かい),顧客総体の損失を被告会社の利益に取り込むことのできる構造的な関係を作出することによって,従業員による客殺し商法を誘引し,維持,助長している。

商品先物取引業者が自己玉を委託者の売買の反対のポジションで売買し,その結果被告会社の売取組高と買取組高が近似しているのであれば,総体としての委託玉が損をしているときに総体としての自己玉は益を得ることになり,自己玉と委託玉との利害相反を招くので,委託者の信頼を裏切ることになり,あらかじめ自己玉が反対ポジションを作ることを説明する義務がある。

(本件被告らの主張)

被告会社が,ある場節の全委託者の注文の売合計枚数と買合計枚数とを差し引きした差に均衡するように注文を行っていることは認める。

しかしながら,委託者と反対の建玉があっても,委託者と被告会社の相対取引ではなく,いずれも取引所において不特定多数の相手方との間で成立した取引であり,利害相反関係はない。

また,被告会社が自己の注文を出すことにより市場の流動性が高まり,売買を円滑にするマーケットメーカー的役割を果たすことになる結果,委託者にとっては,出来高が少なくても,その指示する売買が成立しやすいというメリットがある。

さらに,本件取引当時,自己玉の説明義務はいかなる法令にも規定されておらず,当時の商品取引員に自己玉の説明を行うことを期待する前提を欠いている。

(5)  争点4(代位債権の消滅時効の成否)について

(本件被告らの主張)

原告は,本件取引は,適合性原則違反,説明義務違反,断定的判断の提供,一任売買,不正資金と知りつつ追加資金を投入させるなどの違法があると主張するところ,仮にそうであるのなら,Aは,ハイリスク・ハイリターンな取引に,投下資金が不正資金であると知った被告会社外務員から追加資金の投下を勧められ,断定的判断の提供や一任売買状況で損失を被ったことになるのであり,A自身,取引の違法性について早期に認識しえたはずである。そうすると,Aの被告らに対する損害賠償請求権は,仮に存在していたとしても,取引終了日から3年の経過により既に時効により消滅している。本件被告らは,この消滅時効を援用する。

(原告の主張)

上記(3)(原告の主張)に同じ。

(6)  争点5(被告らの責任)について

(原告の主張)

ア 被告Y7及び亡Y8

被告Y7及び亡Y8は,前記(2)及び(4)の(原告の主張)で述べた違法な取引を直接勧誘し,受託した者であるから,民法709条及び719条による不法行為責任を負う。

イ 会社ぐるみの不法行為責任

(ア) 被告会社の取締役会は,平成10年ころから平成14年までの間,被告Y2,被告Y3,被告Y4,被告Y5及び被告Y6の5名により構成され,この5名により営業方針が決定されていた。

(イ) 被告会社の営業の方法は,「組織営業」と呼ばれる方式であり,営業担当者が組織的なピラミッド型の複数名のグループ制となっていて,順次担当を交替していく仕組みとなっている。すなわち,一般委託者を新規に開拓する係,契約を結んでから売買注文を担当する係,委託者が損失を発生させた後に追加の資金を出損させる係というように組織がピラミッド型になっていて,その役割が大体決まっているのである。さらに,組織営業は向かい玉の仕組みを必ず使っていた。そこで,給料のうち歩合部分は,グループ全体で預かってきた金額にスライドしてグループ全体に支給される方式となっていた。したがって,組織営業の営業担当者らは,いったん預託を受けた証拠金を極力返還しないよう動機づけられている。組織営業の商品取引員は,関与した営業担当者全員とその営業組織の総括責任者らとが共同して一体となって活動している。

取締役会の営業方針として組織営業がなされると,全外務員が全委託者に対して違法な勧誘・受託を行っている蓋然性が高い。そうすると,被告会社の取締役は,委託者に対して直接的な違法行為を働きかけなくても,各営業担当者が組織営業として各委託者に対して違法な勧誘・受託をしているであろうと予想でき,その違法な行為を認識認容していることになる。

被告会社の取締役である上記の被告らは,営業担当者が全委託者もしくはそのうちの誰かに対して違法な勧誘・受託をしていることについて未必的もしくは概括的な認識認容がある。

(ウ) 被告Y1

被告Y1は,管理部の責任者であるから,全外務員の違法な営業方法を把握しており,それを防止する立場でありながら,その義務を尽くさず,むしろ,外務員の不法行為を未必的な認識もしくは概括的な故意をもって認容していた。

(エ) 上記の被告らは,取締役会の営業方針に従い,組織営業としてAに対する違法行為を実行したのであるから,民法709条,719条により不法行為責任を負う。被告会社は,代表者が不法行為を行ったのであるから,民法44条,709条,719条により不法行為責任を負う。

ウ 取締役としての責任

(ア) 株式会社の代表取締役は,その業務の執行につき従業員が紛争を繰り返す場合に,従業員を十分に教育し,また,これを防止すべき管理体制を整える義務がある。被告Y2は,これを怠り,職務の執行につき重過失があるので,民法709条,719条と選択的に,会社法429条1項により不法行為責任を負う。

(イ) 取締役もしくは取締役会は,代表取締役や支配人の業務の執行行為を監視し,適法でない行為を執行していればそれを止めるよう求める義務があり,また,なすべき行為を執行していないのであればすみやかに執行するよう求める義務がある。被告Y2を除く取締役の被告らは,委託者との紛議が多発していたにもかかわらず,被告Y2が紛議を予防すべき社内の管理体制を整備していないことを承知していたのに,監視する義務及びそれに基づく紛議の予防措置を作るよう求める義務を怠っていた。本件は,上記の被告らのこの義務違反があったため引き起こされた。特に,被告Y4は,自分自身が担当外務員として委託者を勧誘した事件で,社会的に相当でなく違法な行為を実行したとして,平成3年12月20日に,損害賠償を命じられている(名古屋地裁昭和59年(ワ)第2302号)のであるから,その体験に基づき,取締役としての注意義務を尽くさなければならない立場にあった。したがって,上記の被告らは民法709条,719条と選択的に,会社法429条,430条により責任を負う。

(本件被告らの主張)

ア 会社ぐるみの不法行為責任について

被告会社が組織営業と呼ばれる方法により委託者から延々と出捐を強要し続ける営業方針をとっていること,被告会社の取締役らが,営業担当者が委託者に対して違法な勧誘,受託をしていることにつき未必的もしくは概括的な故意があることは争う。

商品取引員は,商品取引所法に基づき主務大臣の許可を得た商品取引所における商品取引の受託業務を行う会社であり,勤務する営業外務員は,法の定める外務員資格を取得したものである。したがって,商品取引員は,法律によって認められた経済活動を行う会社であり,組織犯罪集団などとは根本的に異なる。

証券業界も商品業界も,紛議発生の防止のため,法令・規則による各種の規制を設け,監督官庁や日商協による監査や立入検査等も行われている。法令違反があれば,指導勧告はもとより,行政処分もなされ,場合によっては許可の取消しすらなされる。企業経営者は,企業の存続発展のために経営に努力しているものであり,法令違反を繰り返し企業の存続を危うくしてもかまわないなどという経営方針など有してはいない。被告会社は,平成2年ないし平成15年のみを見ても,順次新規加入市場を増やしているが,このようの新規に市場に加入する場合には,取引所の審査が行われ,紛議が多発したり,行政処分が頻繁な取引員は加入が許可されない。また,被告会社は,平成17年に取引員の許可更新も受けている。

イ 取締役としての責任について

(ア) 被告Y2及び被告Y3は,業界団体の委員や取引所の理事なども継続して務め,取締役会においても受託業務の適正化のための諸規則の改定を図り,関係社員を各種研修に参加させ,社内研修も毎月実施し,管理部の体制・権限の強化もはかり,監査により指摘された事項についても速やかな改善を講じている。したがって,上記被告らには,本件に関し,業務執行における悪意や重過失はない。

(イ) 被告Y3,被告Y4,被告Y5及び被告Y6の基本的な担当業務は,各支店の統括であり,支店に勤務する上記被告らが,本店の委託者であるAの個々の入金や取引について個別にチェックすることは不可能である。そして,その業務は,本店管理部やその責任者,担当取締役が担うべきものであり,同部署の業務の適正な履行に対する信頼の原則が適用されるところ,担当の管理部,責任者,取締役らは,Aの取引についてこれらの業務を履行し,Aからの再取引要請を拒絶するなどしている。したがって,上記の被告らに重過失はない。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

前記前提事実,争いのない事実,文中掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  Aの経歴等

ア Aは,昭和63年に大学を卒業し,民間企業,会計事務所に勤務した後,平成10年11月,原告に経理部経理課長として入社した。Aは,平成11年6月ころからは,社長からの依頼により,原告のナスダック上場に向けた作業を行うようになり,●●●の資金管理も任されるようになった(乙142,158)。

イ 原告は,平成12年6月,ナスダックに上場した。Aは,同年9月1日,原告の組織再編に伴い,経理部長に就任した。Aは,当時,原告の経理規程により,出納責任者として原告の現金及び預金を管理する立場にあったほか,実務上,原告の銀行印を使用することを容認されていた(乙141,142,158)。

ウ 原告は,平成13年8月,東京証券取引所1部及び名古屋証券取引所1部に上場した。その後,Aは,平成17年5月23日,原告取締役経理部長に就任した(乙141,142,158)。

(2)  本件取引前の状況等

ア Aは,原告に入社してから,人心掌握等のため,部下を誘って飲み会等をするようになったところ,その費用を工面するため,農協やサラ金から借金をするようになった。また,Aは,平成11年3月,約3000万円で自宅マンションを購入し,住宅金融公庫から借入れを行った(乙142)。

イ Aは,平成12年6月,原告のナスダック上場に伴い,原告の従業員持株会で保有していた同社の株式を売却し,約800万円の利益を得た。Aは,上記売却益のうち,四百数十万円は農協やサラ金の返済等に充てたが,残りの約400万円については,少しでも増やした上で自宅マンションのローンを早く返済しようと考えていた。そこで,Aは,同年8月ころ,上記の約400万円を元手に日光商品に委託して商品先物取引(日光商品取引)を開始した(乙139,142,証人A)。

ウ Aは,平成12年8月,日光商品から追証として600万円を要求されたところ,その金を工面する余裕がなかったため,父親から600万円を借り入れた。Aは,これにより,商品先物取引がリスクの高い取引であることを認識した(乙142,163,証人A)。

Aは,その後も日光商品取引を継続していたところ,損失が増えるばかりであったが,そのころには消費者金融会社数社からも借金をしており,他に借金をするところがなかった。そこで,Aは,当時,同人が預金口座を管理し,通帳や銀行印を自由に使うことのできた●●●の資金を横領することを思いつき,平成13年7月23日,●●●の預金口座から300万円を出金し,以後,同口座から金員を引き出すなどして,日光商品取引を続けた。そして,Aの日光商品取引での損失は,平成13年12月ころ(本件取引開始当時)において約1656万円となり,平成14年8月26日ころ(本件取引終了当時)において2110万8000円となっていた(甲34,46,乙139,142)。

(3)  本件取引に至る経緯

ア Aは,平成13年12月ころ,他社から得られる情報も参考にして商品先物取引を行い,利益を得ようとして,被告会社に委託して商品先物取引を行うこととした(乙139,142,証人A。なお,取引開始の経緯については,後記争点1で判示する。)。

イ AとBは,平成13年12月17日,名古屋市内の飲食店で面談した。Bは,Aに対し,本件ガイド(乙1)を交付し,差損益計算や追証等について説明した。そして,Aは,上記説明を受けてアンケート(乙3)に必要事項を記入してBに提出した。Aは,同アンケートの「商品先物取引のリスクについて」という質問につき,「思っていたよりも危険だと感じた」という箇所にチェックした(乙30,134,証人B,証人A)。

Bは,上記面談を経て,顧客カード(乙5)を作成し,①職業欄には,Aの勤務先を「●●●」,役職名を「経理部長」と記載し,②取引経験の商品取引の項目欄には,「有」に丸を付し,③取引動機欄の項目のうち,「来電」に丸を付し,④資産欄に「預貯金約500万円」,収入欄に「年収約1000万円」と記載した。Bは,この面談において,●●●が既に日光商品に委託して商品先物取引を行っており,損失を出していることを知った(証人B)。

ウ Bは,平成13年12月18日,Aの勤務先を訪問し,同人と面談した。Aは,口座開設申込書(乙6),約諾書(乙7),「商品取引部のご案内」(乙9)を作成し,Bに提出した(乙30,134,証人A,証人B)。

Aは,口座開設申込書に,①勤務先として「●●●」,所属部課(役職)として「経理部長」と記載し,②初回予定取引商品欄には,貴金属にチェックをし,③初回取引予定額には「54万円」と記載し,④流動資産欄は500万円未満,税込み年収欄は500万円以上1000万円未満の項目にチェックし,⑤取引の経験として,商品先物取引の欄にチェックをし,取引期間を1年6か月と記載した(乙6)。

エ 被告会社の本店取引相談室室長であるCは,平成13年12月20日,Aに架電し,商品先物取引の理解度を確認するため,委託証拠金の制度,損益の計算方法,リスクの存在について質問した(乙23,24)。上記Cは,「取引相談室理解度調査表」(乙10)を作成し,「他社(デュプロにて原油15枚白金20枚他)にて取引中で追証等よく理解していた」,「●●●経理部長 財務担当者としての立場及びリスク等についても十分認識していた」などと記載した。

Aは,同日,被告会社に証拠金として54万円を支払い,Bは,同日,Aの勤務先を訪問して,Aに対し「委託証拠金預り証」を交付した(乙19の1,乙30,134)。

(4)  本件取引開始から平成14年1月までの取引

ア Aは,平成13年12月21日,銀12月限の売玉10枚を建てて本件取引を開始した。もっとも,同月25日,証拠金不足27万円が生じたところ,Aは,同月26日,54万円を振り込んだ上,さらに銀12月限の売玉10枚を建てた(乙17の1,乙134,証人B)(なお,本件取引の内容及び入出金の状況は,以下記載するもののほか,別紙1及び2のとおりである。)。

イ Aの担当者となった被告Y7は,平成13年12月27日,Aの勤務先を訪問し,Aと初めて面談した。Aは,「お取引についてのアンケートⅠ」(乙11),「商品先物取引の重要なポイント」(乙12)などを作成し,被告Y7に提出した(乙31の1,乙135,証人A,被告Y7本人)。

Aは,上記アンケートにおいて,商品先物取引の仕組み,損益の計算方法,元本保証のないこと,売買の注文方法を理解しているとの項目にチェックした(乙11)。また,上記「商品先物取引の重要なポイント」には,「商品先物取引の重要なポイントの説明を受け充分理解しましたので,今後も私の責任と判断において取引致します」などと不動文字で記載されているところ,Aは,これに署名押印をした(乙12)。

ウ 平成13年12月27日,証拠金不足が生じたところ,Aは,同月28日,54万円を振り込んだ(乙18の2,乙135)。

エ Aは,平成14年1月8日,銀12月限の売玉10枚を建て,証拠金として81万円を支払った(乙135)。

オ Aは,取引の規模を拡大することとし,平成14年1月9日,被告Y7に「変更届」(以下「流動資産変更届」という。乙13)を渡した。Aは,同書面の流動資産の欄につき,いったんは「1000万円以上3000万円未満」を選択したが,訂正印を押して,「3000万円以上5000万円未満」を選択した(乙13,31の2,乙135,証人A,被告Y7本人)。他方,被告会社の管理部は,平成14年1月9日,Aが平成13年12月27日に差し入れた「委託本証拠金の預託の猶予に関する申出書」を承認した。

カ Aは,平成14年1月9日,金の取引を開始し,金12月限の買玉を30枚建てた。もっとも,同日,証拠金不足99万円が生じた(乙135)。

キ Aは,平成14年1月10日,証拠金等として270万円を振り込み,その結果,この時点での入金は合計513万円となった。そして,Aは,同日,金12月限の買玉を40枚建てた(乙135)。

ク 被告Y1は,平成14年1月10日,Aの勤務先を訪問し,同人に面談して,理解度や資産に関する確認を行った。被告Y1は,面談の結果を「委託者訪問調査表」(乙14)に記載したところ,その記載内容は以下のとおりである(乙136,証人A,被告Y1本人)。

(ア) 理解度につき「現在も他社で取引中。大変よく理解している。経済知識も豊富で為替動向等にも明るい」。取引姿勢につき「職場デスクのパソコンでインターネットを利用して相場情報を入手している。チャートもつけていて,取引は全て自分の判断で行っている」。職場・家庭環境につき「現在のところ,職場,家庭共に支障となるものはない。奥さんの反対がでる可能性はある」。コミュニケーションにつき「担当者と毎日連絡を取り合っている。仕事中の連絡も問題はないとのこと」。

(イ) ディプロで一年半前から原油,白金,粗糖を取引している。合併とか不安な要素もあるので,今後は縮小しながら大起産業に証拠金を移すつもり。流動資産については,3年前に●●●にマンションを購入する際,父親から出資を受け,併せて,生前贈与の形をとった。それで先物を始めたが,5000万円くらいだが「そんなにやるつもりはない」とのこと。●●●の公開準備で請われて入社。以前は会計事務所勤務。

ケ 被告Y7は,平成14年1月10日付けで,Aに関する「主要委託者に関する申請書」を提出し,Aとの取引につき,預託証拠金を2000万円,実入金額(Aが入金した額から出金を受けた額を差し引いた金額)を1500万円にまで拡大することを主要委託者委員会(以下「本件委員会」という。)に諮った。本件委員会は,被告Y5,被告Y4,被告Y1を含む8名で構成されていたところ,同月11日,全員一致の意見で,上記申請に基づく与信枠の拡大を認めた(乙68の1,2,乙136)。

コ 平成14年1月10日,証拠金不足69万円が生じていたところ,●●●は,同月11日,証拠金等として250万円を振り込んだ。そして,●●●は,同月16日,金12月限30枚を買い建てた(乙135)。

サ Aは,平成14年1月21日,銀12月限30枚につき買い落ちし,同日,銀12月限30枚の買建てをし(途転),翌22日,これを売り落ちして利食いをした上,銀12月限30枚の売建てをした(途転)。また,Aは,平成14年1月21日,金12月限70枚につき売り落ちし,同日,金10月限70枚の売建てをした(途転,両建て)(乙135)。

シ Aは,平成14年1月24日,白金の取引を開始し,午前9時39分に白金12月限の買玉20枚を建てた。また,Aは,同日午後2時34分に白金10月限の売玉20枚を建てた(両建て)。そして,Aは,同月25日,証拠金として194万円を支払い,帳尻金から証拠金へ45万円を振り替えた(乙135)。

(5)  平成14年2月から同年3月までの取引

ア 平成14年2月6日,証拠金不足501万円が生じたところ,Aは,同月7日,501万円を支払い,Aの実入金額は合計1458万円となった(乙18の3,乙135)。

イ 被告Y7は,平成14年2月8日付けで,Aに関する「主要委託者に関する申請書」を提出し,Aとの取引につき,預託証拠金を5000万円,実入金額を3400万円にまで拡大することを本件委員会に諮った。本件委員会は,同日,不参加の1名を除く全員一致の意見で,上記申請に係る与信枠の拡大を認めた。同委員会では,「他社にて経験もあり,先物取引のルール,仕組みについてよく理解しているので」(被告Y1)などの意見が付された(乙69の1,2)。

ウ Aは,別紙1のとおり,銀,金,白金の取引を行っていたところ,平成14年2月21日,証拠金不足693万円が生じたことから,同月25日,証拠金667万円を入金した。その後,Aは,取引を継続し,別紙2のとおり証拠金の入金(帳尻金からの振替を含む。)を行い,平成14年3月12日当時,Aの実入金額は約2358万円となっていたところ,同月22日,証拠金不足約1500万円が生じたため,その入金を請求され,以後,同月28日までの間,入金の請求が継続したが,入金は行われず,同月29日,建玉を整理した上,帳尻金に合計700万円を入金した(乙18の5ないし9,乙135)。その結果,平成14年3月末におけるAの実入金額は,3058万2340円となった。

(6)  平成14年4月以降の取引

ア 平成14年4月から,被告会社におけるAの担当者として,亡Y8が加わった(甲35,乙31の3,乙135,証人A,被告Y7本人)。

イ Aは,平成14年4月17日,ガソリンの取引を開始し,ガソリン10月限9枚を買い建て,また,別紙1のとおり,引き続き銀の取引を行っていた。

ウ 平成14年5月1日,Aの実入金額は,3208万2340円となった。

エ 被告Y7は,平成14年5月1日付けで,Aに関する「主要委託者に関する申請書」を提出し,Aとの取引につき,実入金額を4500万円まで拡大することを本件委員会に諮った。本件委員会は,不参加の1名を除いた多数意見(賛成が4名,反対が3名)により,実入金額を4100万円まで拡大することを認めた。なお,上記の反対意見の理由は,「勤務先職務から判断して」(被告Y1),「年齢からみた実入額から判断して」,「資産面の調査が明確でないので前回まで」というものであった(乙70の1,2,被告Y1本人)。

オ Aは,平成14年5月21日,灯油の取引を開始し,灯油12月限20枚を買い建てた。また,引き続き,別紙1のとおり,銀,金,白金の取引を行っていた。

カ 平成14年5月29日,Aの実入金額は,4096万2340円となっていた。被告Y7は,平成14年5月29日付けで,Aに関する「主要委託者に関する申請書」を提出し,Aとの取引につき,実入金額を4200万円まで拡大することを本件委員会に諮った。本件委員会は,賛成,反対の意見が同数に分かれたが,上記申請に基づく与信枠の拡大を認めた。なお,上記の反対意見の理由は,「勤務先の職務から判断して」(被告Y1),「年齢,収入,実入金額等から判断して」「年齢が若く実入金額から判断して」「実入金額,担当職務等から判断して」というものであった(乙71の1,2,被告Y1本人)。

キ 平成14年7月3日,Aの実入金額は,4199万9340円となっていた。亡Y8は,同日付けで,Aに関する「主要委託者に関する申請書」を提出し,Aとの取引につき,実入金額を4800万円まで拡大することを諮った。本件委員会は,同日,不参加の1名を除く多数意見(賛成4名,反対3名)で,「今回限り」という条件のもと,実入金4600万円までの与信枠の拡大を認めた。なお,上記の反対意見の理由は,「担当職務から見てこれ以上資金的に無理をすべきではない」「実入額から判断して」「年齢,収入,役職などから判断して前回迄」というものであったが,被告Y1は,「他社で経験もありよく理解しているので」と賛成意見を述べた(乙72の1,2,被告Y1本人)。

ク Aは,平成14年7月12日,勤務先を訪問した亡Y8に対し,「投機家認定申出書」(乙74)を提出した。同書面には,「特別の場合を除き,担当外務員の売買指導は必要ありませんので,通常は情報提供だけをお願いします。」などと記載されていた(乙35の2,証人A)。

ケ 平成14年7月19日,Aの実入金額は4599万9340円となっていた。亡Y8は,同日付けで,Aに関する「主要委託者に関する申請書」を提出し,Aとの取引につき,実入金額を4800万円まで拡大することを諮った。本件委員会は,同日,不参加の1名を除く全員一致の意見で,上記申請に基づく与信枠の拡大を認めなかった。その理由は,「資産内容の調査が不十分なので」,「実入金額から判断して前回まで」(被告Y4),「実入金額,資産内容の調査が不十分なことから」(被告Y1),「実入金額から判断して前回まで」などであった(乙73の1,2)。

コ 被告会社の管理部は,平成14年8月30日,Aに対し,商品先物取引を終了するよう促した。そして,亡Y8及び被告会社従業員のDは,平成14年8月31日,Aの勤務先を訪問し,新規の建玉を断った(乙35の2,乙36,証人A)。Aは,同年9月2日,全ての建玉を仕切った。

サ Aは,平成14年9月4日,被告会社に対し,「申出書」と題する自筆の書面を提出した。同書面には,「今回,新たに商品先物取引を貴社において利用するにあたり,父親からの借入金により,委託証拠金として1000万円を平成14年9月6日に入金致します。尚,貴社に対し一切の御迷惑をおかけ致しませんことを申し添えます」と取引の継続を求める旨記載されていたが,被告会社は,これを断った(乙166,証人A,被告Y1本人)。

(7)  本件取引のまとめ

ア 本件取引は,別紙1のとおり,平成13年12月21日ないし平成14年9月2日のおよそ9か月半にわたって行われた。本件取引においては,銀(平成13年12月21日ないし平成14年6月21日),金(平成14年1月9日ないし同年6月26日),白金(平成14年1月24日ないし同年9月2日),ガソリン(平成14年4月17日ないし同年9月2日),灯油(平成14年5月21日ないし同年9月2日)の5銘柄(取引所はいずれも東京工業品取引所)が取引され,全取引回数は合計177回,取引枚数は合計3270枚であった。Aは,本件取引により,売買損1449万7000円,手数料2984万5000円,合計4583万4250円の損失(取引所税,消費税を含む。)を被った。

イ 被告会社は,上記5銘柄について,商品取引員として,委託玉と自己玉とを通算した売りの取組高と買いの取組高とを均衡するように自己玉を建てることを繰り返す取引手法(以下「差玉向かい」という。)を行っていた。しかしながら,被告Y7,亡Y8らは,Aから本件取引の委託を受けるに際し,被告会社が差玉向いを行っていることについて説明しなかった(乙136,被告Y1本人,弁論の全趣旨)。

ウ 被告会社は,取引を行った都度,成立した取引の内容や決済により発生した損益等が記載された「売買報告書及び売買計算書」(乙17の1ないし72の2)を送付したほか,毎月1回,建玉内容,預かり証拠金の残高等が記載された「残高照合通知書」(乙22の1ないし9)を発送していたが,Aは,これらの書面の内容に異議を申し出ることはなかった(乙25の1ないし9)。

(8)  その後の経緯

ア Aは,平成14年9月9日から平成16年7月28日まで小林洋行に委託して商品先物取引を行い,3410万8700円の損失を被った(甲30の1,2)。

イ Aは,平成14年11月21日から平成19年9月28日までサントレードに委託して商品先物取引を行い,4億5947万6756円の損失を被った(乙156)。

ウ Aは,平成19年ころから平成20年6月までフジフューチャーズに委託して商品先物取引を行い,42万3601円の損失を被った。

エ Aは,平成17年5月23日,原告の取締役経理部長に就任した。Aは,上記の各取引も原告やその関連会社の預金等を横領して行っていたが,平成20年7月ころ,上司に横領の事実を告白するとともに,職を辞した。Aが平成13年7月23日から平成20年6月24日までに行った一連の横領の最終的な被害は原告に帰属しているところ,その損害額は合計で5億8700万円であった(甲34,57,乙145,158)。

(9)  不正資金の流入防止に関する規律等

ア 商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項

全国の商品取引所は,行政当局の要請を受けて,昭和48年4月及び昭和53年8月,指示事項を定め,その1つとして,「農業,漁業等の協同組合,信用組合,信用金庫等および公共団体等の公金出納取扱者」に対する勧誘を行うことを禁止すべきであるとした(甲5)。

イ 不正資金流入防止策の強化等

日商協は,横領等による不正資金が商品先物取引へ流用されているとする報道が平成11年4月から平成14年10月までの間に39件あったことを契機として,平成14年11月,「受託業務管理規則の制定に係るガイドライン」(以下「ガイドライン」という。)を改正することとし,不正資金流入防止措置の内容を具体的に明示して,会員各社が受託業務管理規則を見直すよう促した。その内容は,①不正資金の流入防止のための管理及び調査を必要とする対象者を特定すること,②当該委託者の取引に係る預託額が一定の基準を超えたときは,不正資金の流入を防止するための調査を開始するものとし,そのための基準等を定めること,③不正資金の流入があった場合には直ちに当該委託者に対して決済を要請し速やかに精算する等,必要な措置及び手続を明確に定め,厳正に運用することなどであった(甲13,17の1,2,乙39)。

なお,原告は,上記の不正資金流入防止措置が平成10年に定められた旨主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。

ウ 被告会社における規律

(ア) 被告会社において,本件取引当時に適用されていた受託業務管理規則(平成13年10月改訂のもの)には,明らかに不適格と認められる者に対する勧誘及び受託を行わないこと(2条),取締役等を構成員とする主要委託者審査委員会を設置し(8条),同委員会において,①大口委託者の管理状況の精査や,②不正資金の流入防止などの職務を行うことなどの定めがあった(9条)。そして,上記①については,預かり証拠金額3000万円以上の顧客の受託業務の状況を精査,分析して,担当外務員に適切な助言を行うこと,上記②については,公務員や金融機関等に勤務されている顧客につき,顧客の責任と判断で取引を行う旨の書面を徴求するほか,審査過程において取引状況が過度にならないよう特に注意喚起することとされていた。もっとも,上記の規則には,金融機関ではない民間企業の経理担当者を不適格者とし,特別な調査の対象とする旨の明示的な記載はなかった(乙4,79)。

(イ) 本件取引当時,被告会社の顧客は1234名であったが,そのうち経理担当者であった者はAを含めて7名であった(乙47)。

(ウ) 被告会社においては,本件取引当時,37歳以下の委託者においては,実入金額の金額が700万円を超える取引を続けようとする場合,主要委託者として申請を行うことを必要とし,主要委託者審査委員会において,これを審査することとの内規を定めていた(被告Y1本人)。

上記委員会における審査は,上記委員会を構成する委員の多数決によって,審査の適否を判断するものであった。上記委員会の構成員は計8名であり,本件取引の審査における委員は,E,被告Y5(ただし,平成14年7月3日以降の審査ではFに代わっている。),被告Y4,被告Y1,G,H,C及びIであった(乙68の2ないし73の2)。

エ 被告会社の処分歴

被告会社は,不正資金の流出に関し,日商協から以下の処分を受けた(調査嘱託の結果)。

(ア) 平成15年11月7日付け 過怠金300万円

委託者が公金出納取扱者であることを知りながら過大な取引を受託し,その取引において委託証拠金が不足する状態を解消しないまま取引を継続させていたことにより,結果的に不正資金を商品先物市場に流入させた。

(イ) 平成19年7月12日付け 過怠金2200万円

委託者が公金取扱者であることを認識していながら,被告会社の受託業務管理規則に定められた不正資金の流入防止に関する規定に違反する行為をし,結果的に不正資金を商品先物市場に流入させた。上記(ア)の制裁を受けておりながら改善が図られていない。

(ウ) 平成21年4月28日 譴責

被告会社の受託業務管理規則に定められた不正資金の流入防止措置の実施において不十分な点があった。

2  争点1(原告に対する直接の不法行為の成否)について

(1)  原告は,被告らは,原告の経理担当者であるAが横領することを狙って勧誘し,受託を働きかけた旨主張する。

ア この点に関し,原告は,被告会社の従業員が経理部のAを名指しで電話をしてきた旨主張し,それに沿うAの陳述書(甲35)及び供述部分がある。

しかしながら,Aの陳述書は,①Aが被告会社の担当者と初めて会ったのはa駅内の喫茶店であるとする点,②その日のうちに被告会社の管理部の担当者と会ったとする点,③その日のうちに被告Y7と面談したとする点において,前記認定事実と異なっており,Aと被告会社との取引開始に係る経緯の主要な部分が悉く事実と異なっていることからすると,取引開始の直接の原因が被告会社による電話勧誘であるとする点についても,必ずしも信用できるものではないといわざるを得ない。

また,原告は,Aが作成した口座開設申込書の取引動機の欄には被告会社からの訪問・来電という項目にチェックがあることから,本件取引は被告会社の従業員が架電して勧誘したものであると主張する。

しかしながら,前記認定事実(3)のとおり,①Aと被告会社のBとの最初の面談(平成13年12月17日)は,Aの職場付近ではなく,b市内で行われたこと,②その後,Bが作成した顧客カードには,初めにAが架電してきた旨記載されていること,③これに対し,口座開設申込書の上記のチェックは,同書面が作成された同月18日に,BがAの職場を訪問して口座開設に至ったという事実を示すものであるとの見方も可能であること,④Aが「名古屋に本社のある貴社で商品先物取引を行いたい。」と架電して申し入れてきた旨のBの陳述書(乙134)及び供述は,必ずしも不自然とはいえないこと,⑤被告Y1は,自ら電話してくる顧客には問題がある場合があるので,Aが取引をしていた日光商品の管理部に架電して取引内容を確認したこと,その際の日光商品の担当者は「J」であったことなど,Aから被告会社に連絡があった後の状況を具体的に供述すること(被告Y1本人)を考慮すると,口座開設申込書の上記のチェックは,被告会社の従業員がAに架電して取引を勧誘したことを示すものであると断じることはできないと解される。

さらに,原告は,被告会社が平成15年,平成19年,平成21年と不正資金の流入防止措置が不十分であったとして日商協から過怠金又は譴責の処分を受けたこと(前記認定事実(9)エ)をもって,被告らが,経理担当者であるAを狙って勧誘したことの証左であるかの主張をする。

しかしながら,平成15年及び平成19年の処分は,公金取扱者との取引を対象としたもので,Aのように民間の経理担当者との取引に関するものではなく,平成21年の処分は,対象となった事実が必ずしも明らかでないことからすると,これら処分の存在をもって,被告らが経理担当者であるAを狙って勧誘したとすることには飛躍があるといわざるを得ない。

イ 他方,前記認定事実(2)ないし(6)並びに証拠(証人A)によれば,●●●は,①本件取引を開始する以前において,既に●●●の資金を横領し,日光商品に委託して商品先物取引に使用していたこと,②本件取引を開始する動機は,日光商品以外の業者から得られる情報も参考にして,日光商品との取引により生じた損失を挽回しようとする点にあったこと,③本件取引開始当時,既に自己資金がほとんどなかったにもかかわらず,本件取引を行うため,口座開設申込書に預貯金を500万円と記載していること,④本件取引開始後,取引の規模を拡大するため,流動資産変更届を提出して流動資産に関する申告額を増加させていること,⑤平成14年1月10日の被告Y1との面談の際,5000万円程度の資産はあるという趣旨の話をしたこと,⑥被告会社から本件取引の継続を拒まれ,同取引が終了した後も,商品先物取引を止めたら不正に流用した資金を返済することができないと考え,被告会社に対し,父親から新たな借入金を得たという虚偽の内容の書面を作成してまで取引の継続を求めていたこと,⑦本件取引が終了した日のわずか1週間後に小林洋行と商品先物取引を始め,その後も他の2社と商品先物取引をしていたことが認められる。これらの事実を総合すれば,Aは,本件取引開始当時,日光商品以外の業者において商品先物取引を行い,既存の損失を挽回しようとする強い意向を有していたものと認められる。

ウ 以上の事情を勘案すれば,本件取引は,Aからの申し出により開始されたものと認めることが相当であり,被告会社の外務員が原告の経理担当者を狙って取引を勧誘したと認めることはできないというべきである。

(2)  原告は,被告らはAが横領していることを知りながら本件取引を受託していたから,原告に対し故意による不法行為責任を負う旨を主張する。

しかしながら,前記認定事実(3)のとおり,被告会社の外務員らは,本件取引の開始当初から,Aが既に日光商品との取引において損失を被っていたことを知っていたことは認められるものの,そのことから直ちに,Aが原告の資金を横領していることを知っていたという事実を推認することはできず,他に当該事実を認めるに足りる的確な証拠はない。したがって,原告の上記主張は採用することはできない。

(3)  原告は,被告らは,Aが横領していることを十分に予見でき,取引において預託金が多額にのぼることなどを注意すれば不正資金の流入を防止することができたのに,その義務を尽くさなかったから,原告に対し過失による不法行為責任を負う旨を主張する。

しかしながら,①後記4(1)で判示するとおり,商品先物取引業者は,リスクの高い取引から顧客を保護するという観点から,顧客の財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行って委託者の保護に欠けるおそれがないようにすべきこととされ,この適合性原則から逸脱した取引の勧誘等を行えば,顧客との関係において違法と評価されることになるのではあるが,そうだからといって,商品先物取引の直接の相手方ではない第三者との関係において当然に,適合性原則違反となる取引の勧誘等をしないようにする注意義務を負っていると解することはできないことに加え,②本件取引当時においては,法令上,民間企業の経理担当者に対する商品先物取引の勧誘を一律に禁止する規定や,上記の経理担当者による不正な資金の流用の有無を一般の顧客とは異なった方法で特別に調査すべきことを定める規定は存在しなかったこと,③本件取引当時においては,商品取引所の指示事項,日商協のガイドライン,被告会社の受託業務管理規則のいずれにおいても,上記の禁止等を明示的に定める規定は存在しなかったこと(前記認定事実(9))を勘案すると,被告会社の従業員が,商品先物取引の直接の相手方ではない原告との関係において,Aが横領行為に及ぶことを予見し,かつ,それを防止する措置をとるべき注意義務を不法行為法上の義務として負っていたと認めることはできない。したがって,被告らにおいて,Aの横領行為を知りながら取引を勧誘したり,またはAに対して横領行為を唆すなど,故意による共同不法行為が認められる場合は格別,単なる不作為にとどまる場合においては,原告との関係において不法行為責任を認めることはできないといわざるを得ない。

そうすると,被告らが原告に対して本件取引に関し直接に過失による不法行為責任を負うとする原告の主張は,その前提において採用することができない。

3  小括

以上によれば,争点2について判断するまでもなく,原告の主位的請求には理由がない。

4  争点3(本件取引の違法性)について

(1)  適合性原則違反及び不正な資金の流入防止の義務違反

ア 商品先物取引業者は,取引の受託等について,顧客の知識,経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行って委託者の保護に欠け,または欠けることとなるおそれのないようにしなければならず(適合性原則),これに反して,担当者が,顧客の意向と実情に反して,明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなど,適合性の原則から著しく逸脱した取引勧誘をしてこれを行わせたときは,当該行為は不法行為上も違法となるものと解される。

イ 前記前提事実(1)イ及び前記認定事実(1)によれば,Aは,大学卒業後,民間企業,会計事務所に勤務経験を有しており,本件取引開始当時37歳で,上場企業である原告の経理部長であったほか,日光商品で商品先物取引を約1年4か月行っていたこと,口座開設申込書に年収が500万円以上1000万円未満,流動資産を500万円未満有している旨自ら記載していることが認められる。

以上のようなAの年齢,学歴及び職歴,先物取引の経験や,本件取引開始時の申告に係る財産状況に照らせば,同人から商品先物取引を受託すること自体が適合性原則に違反するものとは認められない。

なお,原告は,原告の経理担当者であるAを勧誘すること自体が適合性原則に違反する旨主張するが,前記2(3)で判示したとおり,本件取引当時の法令や受託業務管理規則等には,民間企業の経理担当者を不適格者として勧誘を禁止する旨の定めはなかったことからすれば,原告の経理担当者であるAを勧誘することが直ちに適合性原則に違反することにはならないというべきである。

ウ もっとも,前記認定事実(1)ないし(6)によれば,①Aの年齢は37歳であり,経理事務を担当する給与所得者であって,年収は1000万円程度にすぎないこと,②Aは,本件取引と並行して,日光商品に委託して商品先物取引を行っていたが,既に多額の損失を出しており,被告Y7らにおいてもその建玉が約500万円あると認識していたこと(乙68の1),③Aは,本件取引開始から僅か約20日後である平成14年1月9日,保有する流動資産の額を,当初の「約500万円」から「3000万円以上5000万円未満」へと大幅に変更する旨の流動資産変更届を提出し,取引規模を拡大する意思を表明したことが認められるところ,このような事情が存する場合は,取引規模を拡大するに当たって,顧客の財産の状況を改めて十分に調査しないまま,顧客が述べるとおりの資金を有することを前提として取引を勧誘し,受託することは,適合性原則に違反するものというべきである。

この点,前記認定事実(4)及び証拠(被告Y1本人)によれば,同月10日,被告Y1が原告と面談し,理解度の確認を行うとともに,流動資産について聞き取り調査をしたと認められるものの,被告Y1の上記調査は,①Aが申告した流動資産に客観的な裏付けがあるか否かを調査をすることなく,面談時の主観に頼った判断をするにとどまっていた点,②Aが日光商品との取引により被っていた損失の規模(本件取引開始当時,既に約1656万円)とAの自己資金との関係を吟味しなかった点において,不十分であったといわざるを得ない。

また,上記の事情に加え,前記認定事実(5)によれば,平成14年3月12日当時,Aの実入金額は約2358万円となっており,さらに,同月22日から同月28日までの間,証拠金不足約1500万円の状態が継続し,Aに対して入金の請求がされていたにもかかわらず,入金が行われなかったことが認められるところ,この時点において,顧客の財産の状況を改めて十分に調査しないまま,顧客が述べるとおりの自己資金を有することを前提として取引を勧誘し,受託することは,適合性原則に違反するものというべきである。しかるに,上記時点以降において,Aの資金について何らかの調査が行われたことを認めるに足りる証拠はない。

以上によれば,本件取引の開始後においては,Aの財産の状況に照らして不適当と認められる取引の勧誘と受託が行われたというべきであるから,被告Y7及び亡Y8については,適合性原則に違反する行為があったと認められる。

エ また,被告Y1は,本件取引開始当時,被告会社の管理部の責任者であったところ,Aと直接に面談して資産の調査を実際に行った者であり,本件委員会の審査も被告Y1の調査結果を踏まえて行われていたことは前記認定のとおりである。このように,被告Y1は,Aに対して取引の勧誘と受託を行った者ではないものの,本件取引の継続につき直接の影響を与えた者であり,その判断に基づいて本件取引が継続されたと評価し得ることからすると,被告Y1についても,適合性原則違反にかかる不法行為責任が生じるものというべきである。

これに対し,本件被告らは,本件取引当時,委託者に投資可能金額を申告させる制度はなかったし,法令や規則において資産の裏付け資料の提出を求めるべきことは定められておらず,慣行としても行われていなかったから,被告Y1がAの流動資産につき5000万円程度であるとの認識に至ったことに何ら落ち度はないと主張する。しかしながら,前記認定事実(6)のとおり,実入金額を3400万円を超えて拡大する趣旨でなされた平成14年5月1日付け「主要委託者に関する申請書」に係る本件委員会の審査において,「資産面の調査が明確でない」と指摘して取引規模の拡大に反対する者もいたのであるし,被告Y1自身,「勤務先職務から判断して」という理由で上記の拡大には反対していたことに照らすと,これらの点を踏まえてさらにAの資産について調査しなかったという不作為には問題があったといわざるを得ない。したがって,本件被告らの上記主張は採用することができない。

(2)  取引の仕組み及び危険性にかかる説明義務違反

前記認定事実(3)によれば,①Bは,本件取引に先立つ平成13年12月17日,Aに対し,本件ガイドをAに配布してその内容を説明していること,②Aは,同日作成したアンケートにおいて,商品先物取引のリスクにつき,「思っていたよりも危険だと感じた」と回答していること,③Aは,同月20日,被告会社従業員による商品先物取引の理解調査において,委託証拠金の制度,損益の計算方法,リスクが存することについて理解している旨の回答をしていること,④Aは,同月27日に作成した「お取引についてのアンケートⅠ」(乙11)において,商品先物取引の仕組み,損益の計算方法,元本保証のないこと,売買の注文方法について理解している旨回答していることからすれば,被告らは,Aに対し,取引の仕組みや危険性について説明し,理解を得ていたものと認められる。

したがって,本件取引において,取引の仕組み及び危険性にかかる説明義務違反は認められない。

なお,原告は,商品先物取引においては手数料の累積による元本欠損のおそれがあることを説明する義務があると主張するが,Aは,本件取引開始前に行っていた日光商品との商品先物取引によって多額の損失を被っていること(前記認定事実(2)ウ)からすると,その経験により,上記の点について十分理解していたものと推認できるから,上記の点において説明義務違反があったとは認められない。

(3)  断定的判断の提供

原告は,Aは,本件取引において,資金を出す際,被告外務員から,ほぼ必ず確実に利益が得られるかのような言辞によって勧誘された旨主張し,これに沿う同人の陳述書(甲35)がある。

しかしながら,Aは,本件取引開始前に行っていた日光商品との商品先物取引によって損失を被っているところ(前記認定事実(2)ウ),同社の外務員も上記のような言辞によって勧誘していたとした上で,「担当者によっては負けることはあるんだろうなと思いました」とも述べており(証人A),外務員から断定的な判断を提供されたとしても,確実に利益が得られるものではないと理解していたことが認められる。したがって,仮に,Aが上記のような言辞によって勧誘されていたとしても,本件取引において,Aが,被告らに従って取引を行えば必ず利益が得られると誤解して本件取引を行ったとは認められず,原告の上記主張は採用することができない。

(4)  委託者に不利益な取引の勧誘(両建て等)

別紙3のとおり,本件における全取引回数は177回であるところ,①直し(既存建玉を仕切るとともに,同一日内で新規に売直し又は買直しを行っているもの。)は39回,②途転(既存建玉を仕切るとともに,同一日内で新規に反対の建玉を行っているもの。)は41回,③日計(新規に建玉し,同一日内に手仕舞を行っているもの。)は1回,④両建て(既存建玉に対応させて,反対建玉を行っているもの。なお,原告が本来的な両建とする「両建◎」のみをいう。以下同じ。)は61回,⑤手数料不抜け(売買取引により利益が発生したものの,当該利益が委託手数料より少なく,差引損となっているもの。)は12回であり,これらの特定売買の数は,合計で154回にも及ぶ。そして,上記特定売買に係る取引中には,複数の特定売買に該当するものがみられるから(別紙3参照),重複するものを1回として計算すると,特定売買に係る取引回数は124回となり,全取引回数に占める特定売買の比率(特定売買比率)は,約70%(計算式 124÷177)と高率である。

特定売買は,相場の変動状況によっては,そのような取引手法を取ることに合理性が認められる余地もあり,これを直ちに違法,不当なものであるとはいえないとしても,それが合理的な理由がなく行われる場合には,手数料のみがかさみ,商品取引員のみが利益を得て,顧客が一方的に損失を被るおそれが高いものと解される(甲5ないし8)。とりわけ,両建ては,既存建玉に対応させて反対建玉を行うものであり,それが当然に無意味なものとまではいえないとしても,相場の変動を見極めて売買双方の建玉をそれぞれ適時に仕切り,損失を最小限に抑えること,まして利益を出すことが容易でないことは明らかであって,相場の変動に応じて主体的に取引のタイミングを判断することができる委託者でなければ,行うことが困難な取引手法といえる。さらに,本件取引における取引損は1449万8997円であるところ,手数料は2884万5000円と上記取引損の約2倍にも上っており,結果,●●●の損失の下,被告会社が手数料収入を大きく得ていることになる。

しかるに,本件被告らは,上記特定売買のうち,平成14年5月24日の金の両建てについて,それが委託者にとって不利益ではなかったこと(金の売玉の損切りをせず,両建てとしたことにより,売玉につき損失を免れたこと)を主張するが,その他の特定売買について合理的な理由があった旨主張しない。また,上記特定売買に関し,被告Y7は,取引を行った際の具体的状況について「覚えていない」などと述べるにとどまり,本件取引における上記特定売買をどのような理由に基づいてAに提案したかを供述せず(被告Y7本人),本件被告らは,他に上記合理的理由について立証しない。

そうすると,上記特定売買は,とりたてて合理性があるということはできず,手数料を稼ぐ目的をもって行われた疑いが強いから,委託者に不利益な取引を勧誘するものとして違法であるというべきである。

(5)  一任売買(実質的一任売買)

Aは,本件取引当時,原告の経理部長の職にあり,日中は多忙であったことがうかがわれるところ,①本件取引の内容からすると,例えば,平成14年1月24日に白金の取引を開始したが,同日午前には白金を20枚買建てたにもかかわらず,同月午後には異月限ではあるが同じ白金を20枚を売建てて両建てにするという不自然な取引があり(前記認定事実(4)),これ以外にも,上記判示のとおり,特定売買に当たる取引が頻回に存在し,その合理性は不明であることからすると,Aが,個々の取引の当否をその都度吟味して自らの相場観に基づいて注文をしていたといえるかには疑問があること,②Aは,本件取引における自らの取引姿勢につき,「基本的に(担当者から)言われたとおりに建てるから,結果を出してくれ」というものであったとしていること(証人A)からすると,本件取引の少なからぬものについて,被告担当者の勧められるがままに行われていた実質的な一任売買に等しい状態にあったものと推認することができる。したがって,本件取引は,実質的一任売買として違法性を有するというべきである。

これに対し,本件被告らは,Aの取引経験からみて,被告Y7が変動要因や市況を伝えることはあっても,個々の売買はA自身が判断して行ったものであること,取引期間中,Aは,被告Y7や亡Y8と何度も面談して残高照合の確認を行っており,Aは,被告会社から毎月月末に郵送されてくる定期残高照合通知書に対しても「相違ない」との回答を返送していることなどを指摘する。

しかしながら,Aが,日光商品との間での取引により,特定売買にかかる取引手法を習熟するにまで至っていたといえるか否かは,本件全証拠をもってしても必ずしも明らかではない。また,残高照合通知書は事後的に送られてくるものにすぎず,これをもって,形式的には取引内容を承認していたとはいいえても,実質的にみて一任売買であるとの判断を即時に否定できるものではない。したがって,本件被告らの上記主張は採用できない。

(6)  過当取引,新規委託者保護義務違反

被告会社の受託業務管理規則(乙4)によれば,新規委託者保護に関し,「委託者が,約諾書を差し入れた日から起算して3ヶ月間においては,建玉の限度額を500万円までとする。但し,委託者からの申請に基づいて,主要委託者審査委員会が認めた者及び他社で商品先物取引の経験がある者並びに株式の信用取引,金融先物取引の経験がある者については,その限度額を変更することができる。」(同規則7条(3))と定められている。

しかるに,前記認定事実(4)のとおり,Aは,本件取引開始後1か月以内に平成14年1月10日付け「主要委託者に関する申請書」により実入金額の限度を変更しているが,同人は,日光商品で商品先物取引の経験を有しているのであるから,上記受託業務管理規則に定められている新規委託者保護措置に反するものではない。そうすると,被告らには,新規委託者保護義務違反を認めることはできず,過当取引にあたるともいえない。

(7)  差玉向かいの説明義務違反

前記認定事実(7)イのとおり,被告会社は,本件取引期間中,差玉向かいを行っていたことが認められところ,差玉向かいが行われている場合は,取引が決済されると,委託者全体の総益金が総損金より多いときには商品取引員に損失が生じ,委託者全体の総損金が総益金より多いときには商品取引員に利益が生じる関係にあるから,この意味で,委託者全体と商品取引員との間には利益相反の関係がある。そして,商品取引員が差玉向かいを行う場合,委託者全体の総損金が総益金よりも多くなるようにするために,商品取引員において故意に,委託者に対し投資判断を誤らせるような不適切な情報を提供する危険が内在することが明らかであるから,商品取引員が差玉向かいを行っているということは,商品取引員が提供する情報の一般の信用性に対する委託者の評価を低下させる可能性が高く,投資判断に無視することのできない影響を与えるといういうべきである。

したがって,特定の商品の先物取引について差玉向かいを行っている商品取引員が専門的な知識を有しない委託者から当該特定の商品の先物取引を受託しようとする場合には,当該商品取引員の従業員は,信義則上,その取引を受託する前に,委託者に対し,その取引については差玉向かいを行っていること及び差玉向かいは商品取引員と委託者との間に利益相反関係が生ずる可能性の高いものであることを十分に説明すべき義務を負うものというべきである(最高裁平成21年7月16日第一小法廷判決民集63巻6号1280頁,最高裁平成21年12月18日第二小法廷判決裁判集民事232号833頁参照)。この理は,上記最高裁判決が言い渡される前の取引であっても同様であり,本件取引において差玉向かいに関する説明を行うことを期待する前提を欠くとはいえない。

しかるに,前記認定事実によれば,Aは専門的な知識を有する委託者であるとは認められないし,また,被告Y7及び亡Y8が,本件取引において,被告会社か差玉向かいを行っていること及び差玉向かいは商品取引員と委託者との間に利益相反関係が生ずる可能性の高いものであることを説明したことを認めるに足りる証拠はない。したがって,被告Y7及び亡Y8には,上記説明義務の違反が認められる。

(8)  以上のとおり,本件取引において,被告Y7,亡Y8,被告Y1らがAに対して本件取引を勧誘し,受託等した行為には,取引開始後の適合性原則違反,委託者に不利な取引の勧誘,実質的一任売買,差玉向かいについての説明義務違反の違法性が認められる。そして,上記の勧誘,受託行為等は,一連の本件取引に対してなされたものであるから,本件取引は全体として違法であり,Aに対する不法行為となるものというべきである。

5  争点4(代位債権の消滅時効の成否)について

本件被告らは,Aが本件取引の違法性を早期に認識しえたはずであるとして,本件取引終了時である平成14年6月28日から同人の被告会社らに対する不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効が進行すると主張する。

不法行為による損害賠償請求権の消滅時効は,被害者又はその法定代理人が「損害及び加害者を知った時から」進行するものであるところ(民法724条),「損害及び加害者を知った時から」とは,加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに,その可能な程度に損害及び加害者を知った時をいうと解される(最高裁昭和48年11月16日第二小法廷判決・民集27巻10号1374頁参照)。

これを商品先物取引により生じた損害について検討するに,商品先物取引の本質は投機であるから,それによって顧客が損失を被ったとしても,単に自己の投資判断の誤りによるものと認識するのが通常であり,外務員らの違法行為によるものと認識することは,法律専門家等の助言等なしには困難であるというべきである。そして,本件においても,本件取引が終了した時点において,Aが,本件取引には前記4で認定判示した違法性があると認識していたとはいえないし,同日以降から,本件訴訟が提起された平成21年2月10日から3年を遡る日である平成18年2月10日までの間にこれを認識していたことを認めるに足りる証拠はない。

以上によれば,Aの被告会社らに対する不法行為に基づく損害賠償請求権が時効により消滅した旨の本件被告らの主張は採用することができない。

6  争点5(被告らの責任)について

(1)  被告Y7,亡Y8及び被告Y1

前記4(8)のとおり,被告Y7及び亡Y8による勧誘,受託行為並びに被告Y1の調査懈怠には違法な点があり,本件取引は全体として違法であるというべきであるから,被告Y7,亡Y8及び被告Y1は,Aに対し,本件取引により生じた損害につき,不法行為に基づく損害賠償責任を負う。そして,被告Y7らの上記行為は,被告会社の事業の執行としてなされたのであるから,その事業のために同人らを使用する被告会社は,Aに対し,民法715条1項本文により,損害賠償責任を負う。

(2)  会社ぐるみの不法行為責任等について

ア 原告は,被告会社においては,取締役会の営業方針に従って,組織営業としてAに対する違法行為を実行したから,被告Y2,被告Y3,被告Y4,被告Y5,被告Y6,被告Y1は,不法行為責任を負う旨主張する。

しかしながら,被告会社の取締役会において,前記4で認定判示した違法な取引の勧誘・受託を営業方針としたことを認めるに足りる証拠はないから,原告の上記主張は採用することができない。

イ 原告は,株式会社の代表取締役は,その業務の執行につき従業員が紛争を繰り返す場合に,これを教育し,また防止すべき管理体制を整える義務があるところ,当時,被告会社の代表取締役であった被告Y2は,これを怠っており,取締役であった被告Y3,被告Y4,被告Y5,被告Y6はこれを承知していたのに,紛争の予防措置を作るよう求める義務を怠っていた旨主張する。

しかしながら,証拠(乙90ないし106(枝番を含む))によれば,被告会社は,平成6年ないし平成18年,主務省及び商品取引所の調査や指導等を受け,法令等に従った体制整備を一応行っていることが認められ,これと異なり,違法な営業を防止すべき管理体制を整えることを故意又は重過失により怠ったとまで認めるに足りる証拠はない。したがって,原告の上記主張は採用することができない。

7  損害

(1)  損害

前記前提事実(3)及び前記認定事実(7)アのとおり,Aの本件取引による損害は,4583万4250円であるところ,これは,被告Y7,亡Y8及び被告Y1の不法行為と相当因果関係のある損害と認められる。

(2)  過失相殺

前記2及び4で認定判断したとおり,Aは,①日光商品取引によって損失を被ることを通じて商品先物取引はリスクが高いものであることを理解していたこと,②日光商品取引の資金として使用した横領金を取り戻すという目的で,自ら進んで本件取引を開始したこと,③本件取引開始時には自己資金がほとんど無かったにもかかわらず,虚偽の申告を行い,その後の取引規模の拡大に当たっても,虚偽の申告を行い,被告会社との取引を継続したことが認められるところ,これらの点を考慮すれば,Aにおいても,本件取引により損害が拡大したことにつき相当程度の責任があるといわざるを得ない。他方,被告会社の従業員においても,Aが原告の経理部長であることや同業他社で商品先物取引を並行して行い多額の損失を出していることを認識しながら,資金の出所につき調査を尽くさず,かえって,Aが自ら申告した資金の範囲内で手数料を稼ぐ目的であることを強く疑わせるような取引へ誘導したかのような状況が認められることは前記4で判示したとおりである。以上の諸事情のほか,本件に現れた一切の事情を総合考慮すると,Aの過失の割合は5割と認めるのが相当である。

そうすると,過失相殺後のAの本件取引による損害額は,2291万7125円となる。

8  まとめ

ア  以上の検討のとおり,被告Y7,亡Y8,被告Y1及び被告会社は,Aに対し,連帯して損害金2291万7125円及びこれに対する本件取引終了の日の翌日である平成14年9月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払う義務を負う。

そして,亡Y8から本件訴訟の目的である損害賠償義務を承継した被告Y9,被告Y10及び被告Y11は,原告に対し,法定相続分に従い,賠償責任を負うものというべきであるから,亡Y8の妻である被告Y9は1145万8563円(2291万7125円×1/2。小数点以下繰り上げ),亡Y8の子である被告Y10及び被告Y11はいずれも572万9281円(2291万7125円×1/2×1/2。小数点以下繰り下げ)並びに上記の遅延損害金を支払う義務を負う。

イ  原告は,Aに対し,本件取引を含めたAの横領についての損害賠償請求権(前記認定事実(8)エの5億8700万円)を有するところ,その合計額から,Aが原告に弁済した金額(前記前提事実(4)アの2450万円)を控除すると,上記請求権額は5億6250万円となる。そして,Aは,かかる損害賠償債務を支払う資力がないから(前記前提事実(1)イ(ウ)),原告は,Aに対する上記損害賠償請求権を被保全債権として,債権者代位権に基づき,Aが被告会社,被告Y7,被告Y1,被告Y9,被告Y10及び被告Y11に対して有する上記アの損害賠償請求権等をAに代位して行使することができる。

第4結論

以上によれば,原告の主位的請求は理由がないからこれを棄却し,予備的請求は前記第3の8の限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 谷口豊 裁判官 松井洋 裁判官 三田健太郎)

<以下省略>

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