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名古屋地方裁判所 平成22年(わ)2041号 判決 2011年6月28日

主文

被告人を懲役6年に処する。

未決勾留日数中230日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,

第1金品窃取の目的で,平成22年5月10日午前6時10分頃,A株式会社代表取締役Bが看守する愛知県一宮市CD丁目E番F号にあるA社一宮営業所に,その南側腰高窓から侵入し,同所において,Bが所有又は管理する現金約1000円及びゴルフクラブ10本在中のゴルフバッグ1個外3点(時価合計12万500円相当)を窃取した。

第2同年5月10日午前6時25分頃,同市CD丁目E番G号H方北側月極駐車場において,同所に駐車中の自動車内から上記Bが所有するゴルフクラブ13本外49点在中のゴルフバッグ1個(時価合計37万8600円相当)を窃取した。

第3金銭に窮していたことから,ガソリンスタンドで給油を受けた上,その代金を支払わないで逃走すること(いわゆる「入れ逃げ」)を企図し,同年6月15日午前8時44分頃,同県稲沢市I町JK番地にある株式会社L(以下「本件ガソリンスタンド」という。)において,同店店長M(当時37歳)からレギュラーガソリン34.28リットルの給油代金4559円(消費税等を含む。)を請求された際,その支払を免れて逃走すべく,同人が被告人が運転する普通乗用自動車(以下「被告人車両」という。)の助手席側後部付近に立っているのを認識しながら被告人車両を発進させた上,上記Mが被告人車両を制止するため,その助手席側後部スライドドア(以下「スライドドア」という。)のハンドル取っ手部分(以下「ドアハンドル」という。)に手を掛けて同ドアを開け,同人が「まだだよー。」などと声を掛けるなどしたにもかかわらず,同人がドアハンドルを手でつかんだままでいるのを認識しながら被告人車両を停止させることなく同店南側道路まで引き続き進行させ,さらに,同人を引きずったまま被告人車両を約35.6メートルにわたり走行させて時速約40キロメートルまで加速させ,同人を地面に転倒させる暴行を加え,その反抗を抑圧して逃走し,もって上記代金の支払を免れて同金額相当の財産上不法の利益を得,その際,上記暴行により同人に約1か月間の加療を必要とする左橈骨遠位端骨折の傷害を負わせた。

(証拠の標目)

省略

(争点に対する判断)

1  本件の争点

本件の争点は,判示第3の事実について,被告人に強盗致傷罪の実行行為である暴行の故意があったか否か,具体的には,被告人は,被害者がドアハンドルを手でつかんだまま被告人車両を進行させ,被害者を引きずったまま被告人車両を加速させることを認識していたか否かである(なお,本項において「本件」というのは判示第3の事件を指す。)。

2  被害者の証言の信用性について

本件の被害者であるMは,公判廷で被害当時の具体的な状況等について証言するので,その信用性について検討する。

Mは,被告人車両への給油作業終了後,被告人車両が動き出し,右手でスライドドアのドアハンドルをつかんだところ,スライドドアが開き,「まだだよー。」などと声を掛けたが,被告人車両は停止せず,一旦歩道のところで止まったものの,そのまま急発進したため,ドアが全開となって体が引きずられるようになったなどと証言するが,その証言内容に殊更不自然なところはないし,証人としてわざわざ虚偽の供述をする動機も見当たらない。また,この被害状況は,本件を目撃していたNの証言とも概ね一致しており,両者が事件後に供述をすり合わせた形跡も認められない。弁護人らが指摘するとおり,Mは,スライドドアの開き方について,当初半開きだったと述べたのに対し,後に全開だったと述べており,供述内容が変わっている。しかし,Mは,実際に被告人車両を用いた実況見分の結果,スライドドアにしがみついた状態で被告人の姿が見えたという記憶があるため,その状況に合致するようにスライドドアは全開だったと供述するようになったというのであり,被告人の姿を見たという供述は一貫していることに加え,スライドドアの開き方についてはN証言とも一致することから,不合理な変遷があるとはいえない。

以上からすると,弁護人らのその余の指摘を考慮しても,M証言は信用することができる。

3  推認の前提となる事実

M証言を中心とする関係証拠により認められる事実に加え,被告人が自認し,弁護人らも争わない事実は,以下のとおりである。

被告人は,当初からいわゆる「入れ逃げ」の目的で,本件ガソリンスタンドに入店し,運転席窓を全開にして,上記Nに給油を依頼した。

Mは,被告人車両助手席側後部にある給油口の付近に立って給油作業を行い,給油口の蓋を閉めているときに,被告人車両が動きだしたので,被告人に聞こえるように普段より大きな声で「まだだよー。」と声を掛け,さらに,スライドドアのドアハンドルを右手でつかんだところ,スライドドアが開いたため,再度,大きな声で「まだだよー。」と声を掛けた。

その後,被告人車両は歩道上で一旦停止した後,急発進して大きくふくらむように左折して本件ガソリンスタンド南側道路に進行した。このとき,Mがドアハンドルをつかんだままであったため,スライドドアは全開となり,Mは引きずられるような状況となった。

4  検討

そこで検討すると,被告人は元々,いわゆる「入れ逃げ」をしようと考えていたというのであるから,このような場合,逃走時に店員の動向に最も関心を向けるのが通常であると考えられることから,被告人が給油時から逃走を開始し,逃走に成功したといえるまでの間,後方,特に店員がいるスライドドア付近に注意を払っていたものと考えるのが自然である。また,Mは,スライドドアが大きく開いたときを含めて少なくとも2回,普段より大きな声で声を掛けており,被告人の聴力が多少低下していたとしても,被告人もその声を聞いたはずである。その上,車両内の音や明るさ等の変化により,被告人は,スライドドアが開いたことに当然気付いたはずである。

以上からすれば,被告人は,被告人車両を発進させた際,Mが近くにいて,その後,Mがスライドドアにしがみつき,ひきずられたままでいることを認識したものと推認される。

そして,このような認識を有しながら,本件の運転行為に及んだ被告人に,暴行の故意があったことは明らかである。

5  被告人の弁解について

これに対し,被告人は,スライドドアが開いたり,Mが声を掛けてきたのは気付かなかった,給油が終わるのを左サイドミラーで確認した後は,左後方を確認することは一切なかったなどと供述する。

しかし,被告人が,当初から,いわゆる「入れ逃げ」をするつもりだったことからすると,左後方を全く確認しなかったというのは不自然である。また,被告人は,日常生活に支障を来すほどの聴力の低下があったとまでは認められず,Mの声が聞こえなかったという点も不自然である。その上,被告人が供述する運転態様は,信用できるM証言の内容とも大きく異なっている。その他弁護人らが被告人の供述の信用性に関して主張するところもいずれも採用することができず,被告人の弁解は信用できない。

6  結論

以上によれば,弁護人らの主張はいずれも採用できず,被告人に暴行の故意があったと認められ,被告人には強盗致傷罪が成立する。

(法令の適用)

被告人の判示第1の所為のうち,建造物侵入の点は刑法130条前段に,窃盗の点は同法235条に,判示第2の所為は同法235条に,判示第3の所為は同法240条前段にそれぞれ該当するところ,判示第1の建造物侵入と窃盗との間には手段結果の関係があるので,同法54条1項後段,10条により1罪として重い窃盗罪の刑で処断し,各所定刑中判示第1及び第2の各罪についてはいずれも懲役刑を,判示第3の罪については有期懲役刑をそれぞれ選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により最も重い判示第3の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役6年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中230日をその刑に算入し,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は,車上生活をしていた被告人が,金に困って犯した判示第1の建造物侵入,窃盗(事務所荒らし),判示第2の窃盗(車上荒らし)及び判示第3のガソリンスタンドにおいていわゆる「入れ逃げ」をしようとして逃走した際に,従業員を負傷させた強盗致傷の事実からなる事案である。

判示第3の犯行は,交通量の多い道路で,被害者がドアハンドルをつかんでいることを認識しながら,約35.6メートルにわたり自動車を走行させ,時速約40キロメートルまで加速させて被害者を引きずったというものであって,成行きによっては振り落とされた被害者が被告人車両又は後続車にひかれて死に至る危険性もあった非常に危険で悪質な行為である。被害者は,たまたま加療約1か月間の骨折で済んだものの,その後長期間の不便を余儀なくされ,仕事にも支障を来したことを考えれば,傷害結果には重いものがある。治療費を含めて被害者に生じた財産的損害も軽視できず,被害者が厳しい処罰を望んでいることももっともである。これに対し,被告人は,被害者には気付かなかったと不合理な弁解に終始しており,反省の態度は窺えない。

判示第1及び第2の各犯行については,被害結果は合計で50万円を超える多額なものである上,事務所ドアのガラスを割って侵入するなど,その態様も悪質である。被告人は,車上で生活するようになった後,約2か月間のうちに,生活費欲しさやガソリンを入手するために安易に判示各犯行に及んでおり,その動機は誠に身勝手なものというべきであり,強い非難に値する。

他方,判示第1の被害品であるゴルフバッグ一式及び判示第2の被害品である給油カードのクレジット利用分については被害弁償がなされ,その他の被害品については還付され,あるいは還付される見込みであること,判示第3については,当初から強盗致傷に及ぼうとするまでの計画性は認められないこと,被告人の父親が監督を誓約していること,被告人に前科がないことなど,被告人のために酌むことができる事情も認められる。

以上を総合して,被告人に科すべき刑について検討する。判示第3の強盗致傷罪については,その犯行態様の危険性,傷害結果の重さ,身勝手な動機などからすると,その刑事責任には重いものがあるというべきであり,加えて判示第1及び第2の各犯罪の刑事責任も軽視することはできない。そうすると,本件は酌量減軽すべき事案であるとは認められないが,上記の被告人のために酌むことができる事情のほか,弁護人らが指摘する事情を考慮して,主文の刑を科するのが相当であると判断した。

(求刑・懲役8年)

(裁判長裁判官 伊藤納 裁判官 谷口吉伸 裁判官 塚田久美子)

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