名古屋地方裁判所 平成22年(ワ)7244号 判決 2013年6月20日
愛知県<以下省略>
原告
X
同訴訟代理人弁護士
浅井岩根
同
板倉しのぶ
東京都<以下省略>
被告
Y1(以下「被告Y1」という。)
東京都<以下省略>
被告
Y2(以下「被告Y2」という。)
横浜市<以下省略>
被告
Y3(以下「被告Y3」という。)
主文
1 被告らは,原告に対し,連帯して,367万9952円及びこれに対する平成21年3月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 被告らは,原告に対し,連帯して,407万9952円及びこれに対する平成21年3月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 仮執行宣言
第2事案の概要等
1 事案の概要
本件は,海外市場における商品先物オプション取引や通貨先物オプション取引などの受託を業とする会社であるエー・シー・イー・インターナショナル株式会社(以下「訴外会社」という。)の従業員から勧誘を受けて海外商品先物オプション取引を行った原告が,訴外会社の取締役であった被告らに対し,原告の平成20年9月24日から平成21年3月26日までの取引における差引損金が360万9952円となったところ,上記従業員の勧誘行為には適合性原則違反,重要事項説明義務違反,断定的判断の提供などが認められるから,上記従業員は不法行為に基づく損害賠償責任を負い,被告らは,上記取引当時訴外会社の取締役であり,訴外会社が数多くの裁判で損害賠償責任を問われても全く経営方針を改善せず,違法勧誘,違法取引について社内体制を整備する責務を怠ってきたとして,会社法429条1項に基づき,連帯して,原告が被った上記差引損金から訴外会社の従業員と和解したことによって得た金員合計33万円を控除した327万9952円に加え,慰謝料40万円及び弁護士費用40万円の合計407万9952円及びこれに対する不法行為終了の日である平成21年3月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 争いのない事実等
本件における争いのない事実等は,次のとおりである。なお,証拠により容易に認めることのできる事実は認定根拠を付記しており,それ以外は当事者間に争いがない事実である。
(1) 原告は,昭和24年○月○日生まれの女性であり,本件取引開始当時59歳で,専業主婦をしていた。
(2) 訴外会社は海外市場における商品先物オプション取引や通貨先物オプション取引などの取次を業とする会社である。訴外会社は平成16年9月22日に金融庁より,海外市場における通貨先物オプション取引において,多数の顧客に対し,利益保証による勧誘,無断売買,過大な投機的取引の勧誘など,金融先物取引法(平成18年6月14日法律第66号(証券取引法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律)1条4号により廃止される前のもの。以下に同じ。)79条1項3号・5号に該当する事項が認められたとして,同法79条1項に基づき,金融先物取引業の許可取消しの行政処分を受けている。
(3) 被告らは原告の本件における取引当時訴外会社の取締役であった。
(4) 原告は,平成20年9月24日,訴外会社と米国先物オプション取引の基本委託契約書を締結し,訴外会社を通じて同日から平成21年3月26日まで一般大豆,金,コーン,綿,小麦,原油及び砂糖の海外商品先物オプション取引(以下「本件取引」という。)をした。原告がこの間に預託した金員は448万9135円であり,返戻金は87万9183円であったから,最終的な差引損益は360万9952円の損失となった。
(5) 原告は,平成22年10月20日に本訴を提起した際に訴外会社の従業員であったA(以下「A」という。)及びB(以下「B」という。)に対しても被告として損害賠償を求めていたが,その後両者と和解し,平成23年11月29日,Aから23万円,Bから10万円の支払を受けた。(弁論の全趣旨)
(6) 訴外会社に対しては東京地方裁判所において平成23年4月28日午後5時に破産手続開始決定がされ(平成23年(フ)第5820号),平成25年1月21日に財団不足により破産手続廃止決定がされ,この決定は同年2月20日に確定した。(弁論の全趣旨)
3 争点
本件の主な争点は以下のとおりである。
(1) 本件取引に関する適合性原則違反等の有無
(2) 被告らが訴外会社における社内体制を整備する義務を怠ったか。
(3) 原告の損害及びその額
4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(本件取引に関する適合性原則違反等の有無)について
(原告の主張)
ア 適合性原則違反
海外商品先物オプション取引は仕組みが極めて複雑かつ難解で,相場変動の予測が著しく困難であり,かつ極めて危険性の高い取引である。したがって,海外商品先物オプション取引は本来これに関する専門的な知識と能力を有する者によってのみなされるべきであり,しかも投資金額全額の損失を被っても社会生活や日常生活に支障を来すことのないような余裕資金のある者によってのみなされるべきものである。業者は海外商品先物オプション取引に必要な知識・経験,資産・収入について不十分な者に対する勧誘を行ってはならない(適合性の原則)。
訴外会社の従業員であるA及びBは,本件取引当時家庭の主婦であり,オプション取引の知識・経験の不十分な原告に対し,海外商品先物オプション取引の勧誘を行ったものであり,このような勧誘は適合性原則に違反した違法な行為である。
また,原告が本件取引に拠出した資金は原告及びその夫が老後の生活資金として貯めていた預金や保険等から捻出したものであり,原告には投資に充ててよい余剰資金等は全くなかった。したがって,A及びBらによる勧誘は原告の資産・収入の面からしても適合性原則に違反した違法な行為である。
イ 重要事項の説明義務違反
オプション取引の投機性,複雑性及び高度の危険性に鑑みれば,顧客に対して取引を勧誘する受託業者には,取引の仕組みや危険性を顧客が適確に理解することができるよう,オプション取引の基本的な仕組み,危険性,オプションの価格変動要因,それに関する情報の入手方法及び分析方法等について当該顧客の理解能力等に応じた具体的かつ十分な説明を尽くす義務があるというべきである。
また,金融商品の販売等に関する法律3条1項においては,金融商品の販売が行われるまでの間に被勧誘者に対して重要事項を説明すべきことが規定されているところ,金融商品の中には預金のような低リスクのものも含まれることからすれば,高リスクのオプション取引については勧誘者になおさら高いレベルの説明義務が課されると解される。
こうした説明義務に違反した受託業者による取引勧誘は社会通念上許されないものとして当該顧客との関係で違法となる。本件についてみると,訴外会社におけるオプション取引は手数料が高額であるため,これを超えて利益を出す可能性は限られており,預託金全額を失う可能性が非常に高い。実際,本件において合計229万1048円の売買差益が発生したにもかかわらず,訴外会社の手数料がかさんだため,原告は360万9952円もの損失を被る結果となった。ところがAは,預託した金員全額を失う可能性が非常に高いことについて原告が理解できる程度の説明を行わなかった。
ウ 断定的判断の提供
断定的判断の提供とは,投機的な取引を勧誘する受託業者が,被勧誘者に対して,利益を生じること又は損失を取り戻すことが確実であると誤解されるような,取引結果についての判断を提供して取引を受託することをいう。オプション取引は,投機性があり,当然,オプション価格の上下が予想され,一時点の値動きの予測は事後の条件の変化によって当然変化するものであり,また,値動きを意図的に操ることは原則として不可能である。それにもかかわらず「絶対儲かる」等と断定的判断の提供をもって取引を勧誘することは,投機的本質を誤解させるものであって,社会通念上許されず,違法である。
A及びBらは,「今までのベルテックスでの損は,うちで絶対取り返しますから大丈夫です」等と原告を勧誘しており,これは断定的判断の提供であり,違法である。
エ 実質的一任売買及び手数料稼ぎを目的とした背信的建玉の勧誘(背信行為)
一任売買とは,受託者が各取引について取引の種類,商品,限月,コール又はプットの区別,ストライク・プライス,新規又は仕切りの区別,取引数量,指値又は成行の区別,指値の場合はその価格及び委託注文の有効期間並びに成行の場合は取引を行う日などの事項の全部又は一部について,顧客の具体的指示を受けずに取引の委託を受けることをいう。一任売買は顧客が自ら相場を判断して取引を行うものではないことから,その取引により生じる危険性を理解できない上,過当取引や手数料稼ぎ等の顧客の利益を害する取引がなされる危険性が高いから社会通念上許されず,違法である。
また,顧客が一応同意するような形式をとっていたとしても,受託業者の言いなりに取引を行っているような場合は実質的一任売買として同様に違法である。
原告は訴外会社の従業員以外から独自に取引に必要な情報を入手する手段を持たず,専ら訴外会社の従業員の指示に基づき取引をしてきた。具体的には,本件取引は訴外会社の従業員から指示を受け,売買内容(銘柄,取引口数,コール・プットの別,ストライク・プライスの選択等)を予め交付されていたオーダーシートに転記し,それをオウム返しに訴外会社のコールセンターに架電する方法,あるいは訴外会社名古屋支店内において従業員の指示に従って注文伝票に記載する方法で行われた。このような取引方法は実質的な一任売買,手数料稼ぎを目的とした建玉の勧誘に当たり,背任行為としての違法性を有する。
オ 仕切り拒否
オプション取引の受託業者は顧客からオプションの売却の指図があればこれに従う義務がある。しかし,受託業者の収入は顧客からの委託手数料に依拠することから,顧客が手仕舞いの意向を示している場合であっても損失を取り戻すことなどを理由として取引継続を勧め,仕切らせないことが起こりがちである。そのため,受託業者は顧客が一旦手仕舞いを指示した以上は直ちに当該指示に従い,取引継続を勧誘してはならない義務を負うとされている。
原告は平成20年10月中旬ころから再三本件取引の終了を求めていたが,AやBらによる仕切り拒否・遷延が行われたことにより,原告の損失が拡大した。
(被告らの主張)
ア 原告の主張アのうち,適合性原則が本件取引にも適用される点は認め,その余は争う。
訴外会社を含む業者には調査権限がないため,顧客の属性等の把握は基本的には顧客の自己申告に基づく。原告は,本件取引の基本委託契約を締結するに際して,「岡三証券a支店で3年前から株式,債券及び投資信託を取引中であること,利益は出ていないこと」,「ベルテックス名古屋支店で海外先物オプション(原油)を取引中であること,損益状況は回答したくない」等と申告していた。また,原告は,預貯金5000万円,保有有価証券5000万円と申告していた。以上の申告内容からすれば,不適格要素は見いだせない。
イ 原告の主張イからオまでは争う。
訴外会社は,顧客から「執拗に勧誘されて断り切れなかった」,「過大な金額の勧誘を受けた」,「事実上の一任とか,無断で売買された」,「絶対間違いないと言われて買った」などの主張が出ないよう,2002年以降は全て受託システムコンピュータ以外による受注は認めず,営業社員によるアドバイスと委託者の売買注文を完全に分離するシステムに変更した。顧客がこのシステムに電話をすると,毎回顧客の自己責任原則と発注に当たっての注意事項をアナウンスしてからオペレーターに取り次いでおり,オペレーターは注文内容が不明確であった場合は受託を断るが,それ以外の場合は委託者の売買意思をそのまま反映し,買付内容や代金内容,転売の場合は対象となる取引を双方で確認した上で即座に当該市場に取り次いでいる。このようにアドバイスと注文は完全に分離されており,無断売買や一任売買が生じるはずはない。
さらに,訴外会社では営業部門とは異なる法制管理部が事前面接を行っている(リスクマネジメント)。この法制管理部が行う事前面接時には禁止事項についての理解の確認が行われている。
加えて,取引開始直後に法制管理部が行う「事後面接」では,法制管理部員は「納得できない場合は注文を出さないで下さい。苦情の申し入れ先,借り入れなどの資金を使った取引はお断りします」等の記載事項にアンダーラインを引きながら読み上げて説明し,その上で署名押印をもらっている。
原告に対しても,事前面接(平成20年9月24日。乙1)及び事後面接(同年10月2日及びそれ以降も行っている。乙3)を行っている。
(2) 争点(2)(被告らが訴外会社における社内体制を整備する義務を怠ったか。)について
(原告の主張)
ア 被告らは訴外会社の取締役として代表取締役であるCの業務執行を監督すべき義務を負っていたにもかかわらず,何ら適切な監督をしなかった。よって,被告らには取締役としての任務懈怠が認められ,少なくとも重大な過失がある(会社法429条1項)。
イ また,被告らは顧客に損害を与えないような社内体制を整備する義務を怠ったことについて重過失があり,損害賠償責任を負う(会社法429条1項)。本件において実効的なコンプライアンス体制の構築・整備がされていないという客観的な事実を前提にすれば,特段の事情がない限りは,その構築・整備の義務を負う者の注意義務違反が認められるべきである。
(ア) 被告Y1は訴外会社の取締役であり,コンプライアンス体制の整備等を担当しており,合理的かつ実効的なコンプライアンス体制の構築・整備を行う義務があった。かつ,被告Y1は取締役管理部長として営業担当社員の取引業務の管理監督を行っていたことから管理監督を適切に行う義務があり,また,問題のある勧誘行為がなされている可能性がある取引を発見するように努め,発見された場合にはそれを排除する義務を負っていた。
しかし,訴外会社において廃業直前の平成23年まで紛議,訴訟の多発という異常事態が全く改善されていなかったことからすれば,被告Y1が合理的かつ実効的なコンプライアンス体制の構築・整備に対する責任を果たしていなかったことは明らかである。
(イ) 被告Y2は訴外会社の営業担当の常務取締役であり,営業担当社員に関する情報の管理等の業務を行い,営業部を統括していた。被告Y2は,紛議,訴訟の恒常的多発という状況下にあって,現場の営業担当社員を直接管理する職責を負うものとして営業担当社員の違法勧誘行為の態様,その原因等について掌握,分析することができる立場にあり,かつ全役員の出席するコンプライアンス会議にも出席してその提言を行う機会も与えられていたのであるから,単に個々の営業担当社員の違法勧誘行為の把握,管理にとどまらず,その違法行為の類型,原因を把握し,実効的なコンプライアンス体制の構築・整備に反映させるよう尽くすべき注意義務を負っていたというべきである。
それにもかかわらず,訴外会社に関して紛議が多発したことからすると,被告Y2が善管注意義務に違反し,実効性のあるルール作りを怠り,かつその監督・教育が違法行為抑止効果がなく不十分であったことは明らかである。
(ウ) 被告Y3は,経理担当の専務取締役であり,経理部,業務課,総務部を統括していた。被告Y3は,紛議,訴訟の恒常的多発という状況下にあって,業務部において経験上問題がある可能性の高い取引のデータを把握しており,営業部から独立した客観的立場から問題点を指摘できる立場にあり,かつ全役員の出席するコンプライアンス会議にも出席してその提言を行う機会も与えられていたのであるから,単に経理部,業務課,総務部において可能な範囲で問題のある勧誘行動を抑制させるための措置をとるにとどまらず,営業部と連携してデータに基づき違法営業行為を把握し,処罰する施策の構築を提案するなど,取締役会,コンプライアンス会議を通じて実効的なコンプライアンス体制の構築・整備に反映させるよう尽くすべき注意義務を負っていた。それにもかかわらず,被告Y3は,同義務に違反した。
(被告らの主張)
原告の主張は争う。以下のとおり訴外会社においては苦情や紛議発生を防止するために各種の対応や措置を講じていたのであり,訴外会社の取締役である被告らに監視義務違反や是正措置義務違反等の違法性は認められない。
ア 訴外会社は法制管理部員が契約希望者全員に面談方式で口座審査を行っており,理解不足や財産面等でオプション取引を行うには相応しくない者とは契約を断っている。
イ 訴外会社は平成14年2月から顧客の売買注文を営業部員が受けることを禁止し,全て顧客がオーダールームへ直接電話で発注する仕組みに変えた。
ウ 訴外会社は平成16年11月より法制管理部による「大口先調べ」を実施することにした。これは500万円以上の損失客からの苦情が主であったことから,原則的に顧客の取引が500万円を超えるときに法制管理部員が電話で顧客の現状認識等についてのヒヤリングを行い,顧客の反応等からして懸念を抱いたときはその内容を社長まで書面で報告し,社長からその後の勧誘中止等の業務命令を出すものであった。この業務命令に反して勧誘を行い,その後に苦情等が発生したときは営業関係者に制裁を課すことにしていた。
エ 訴外会社は平成17年7月に法律顧問をしている弁護士によるコンプライアンス講習会を開催した。これは全役員,全法制管理部員のためのもので,適合性原則や説明義務が強く求められるようになった経緯,その意義や目的等と法制管理部員の確認方法等について指導・確認がなされた。
オ 訴外会社は平成18年9月に全店幹部社員会議を開催し,受渡手続におけるトラブルを根絶するため現金による顧客との取引代金等の授受を全て禁止し,振込みによることとした。
カ 訴外会社は平成19年1月に全店幹部社員会議を開催し,同年7月から米国先物オプション取引が特定商取引に関する法律の適用対象となることに鑑み,苦情等の発生を防止するため営業部員には拙速な契約を禁止した。
キ 訴外会社は平成19年6月に全店コンプライアンス会議を開催し,同年7月から米国先物オプション取引が特定商取引に関する法律で規制されることから,それに対する法制管理部の対応と取組み等について確認した。
ク 訴外会社は平成21年5月に全店幹部社員会議を開催し,「投資限度枠及び資産状況の変更届」の際の顧客の意思確認はそれまで各店法制管理部員が面談や電話で行っていたものを,本店営業管理部が行うこととした。
ケ 訴外会社は平成21年5月に全店法制管理部員(コンプライヤー会議)を開催し,顧客からの苦情等の発生を未然に防止するため,顧客の不平や不満の早期発見に務めることとし,顧客から連絡等を受け,あるいは連絡をして顧客の不満等を発見したときは,内容に評価や判断を加えず直ちに営業管理部へ報告することとし,営業管理部はその内容によって顧客に直接連絡をするなどし,営業責任者に面談や説明等をして問題解決を図る指示を出すようにした。
コ 訴外会社は平成21年7月にいくつかの消費者センターを訪問し,勧誘先からの苦情の状況を取材した。その結果,福岡支店営業の未契約者からの苦情相談が突出していることから,平成21年11月17日付けで通達(乙33の3)を出した。その結果,平成22年の苦情件数は減少したと思われる。
(3) 争点(3)(原告の損害及びその額)について
(原告の主張)
ア 本件取引によって被った損害(前記損失) 327万9952円
当初請求していた360万9952円から,和解によってAから得た23万円及びBから得た10万円の合計33万円を控除した額。
イ 慰謝料 40万円
原告は,本件取引によって老後の生活資金を失っており,将来について思い悩んだ精神的苦痛は筆舌に尽くしがたい。この精神的苦痛を慰謝するには40万円を下ることのない金員が必要である。
原告の本件取引による損害が訴外会社による組織的な客殺し商法の結果として生じたことを考えると,本件取引によって被った損害のみでなく,原告が被った精神的苦痛についても別途損害として評価されるべきである。
ウ 弁護士費用 40万円
エ 合計 440万9952円
(被告らの主張)
原告の主張は争う。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(本件取引に関する適合性原則違反等の有無)について
(1) 認定事実
前記争いのない事実等に加え,証拠(甲4~28,39~48,乙1~3,6~12,18~21,23,24,37~39,44(以上,枝番のあるものは枝番も含む。))及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 海外商品先物オプション取引の概要(弁論の全趣旨)
(ア) 海外商品先物オプション取引とは海外市場における商品先物取引のポジションをあらかじめ定められた価格で買う権利又は売る権利を売買する取引である。本件で問題となっている米国先物オプション取引は1982年に米国商品先物市場に上場された。
この取引においては,買う権利を「コール・オプション」,売る権利を「プット・オプション」という。あらかじめ定められた価格を「選択価格」あるいは「ストライク・プライス」という。オプション取得の対価としてオプションの売り手に支払われる権利代金を「プレミアム」という。コール・オプションの保有者は,権利を行使できる有効期間(権利行使期間。その有効期限の最終日を「限月」という。)内の任意の時点にストライク・プライスで原資産を一定数量購入する権利を取得する。他方,プット・オプションの保有者は,権利行使期間内の任意の時点にストライク・プライスで原資産を一定数量売却する権利を取得する。
(イ) オプション取引の決済方法としては,限月までに権利行使するか転売買戻しが行われるが,これらの決済方法をとった場合には,購入委託にかかる手数料とは別に手数料がかかることになる。
これに対し,限月までに権利行使も転売もしなかった場合には権利放棄となり,プレミアムはすべて消滅する。
(ウ) オプション取引におけるプレミアム価格は,本来価値(現時点において権利行使をしたならば得られる金額)と時間価値(現時点から最終期日までにおける原資産の価格変動の可能性に伴う価値)により構成される。
コール・オプションでは対象資産の現在価格がストライク・プライスを上回っている場合には,対象資産の現在価格とストライク・プライスの差額が本来価値となる。対象資産の現在価格がストライク・プライスを下回っている場合には権利行使が行われないので,本来価値はゼロとなる。プット・オプションの場合にはこれらの逆となる。
プレミアム価格の変動要因としては,原資産の価格,原資産の変動可能性(ボラティリティ),権利行使期間,ストライク・プライス,短期金利等があり,これらの要因が複雑に絡み合って価格が決定される。時間の経過により権利行使期間が短くなるにつれ,時間的価値は失われ,プレミアム価格の下落要因となる。
(エ) 海外商品先物オプション取引の対象は海外市場における商品先物取引のポシションであり,商品の現物ではない。オプション取引ではストライク・プライスにより購入したオプション毎に値動きが異なるので,どの商品のどの限月のどのようなストライク・プライスのものを買うのかという選択が極めて重要になる。また,対象商品毎にストライク・プライスの異なる複数の商品があるので,単に対象商品の値上がり又は値下がりだけではなく,今後対象商品がどのくらいまで値上がりするのか,あるいはどのくらいまで値下がりするのかという判断が重要になる。その上,権利行使期間が決まっているのであるから,商品の先物価格があらかじめ定められた権利行使期限までにストライク・プライスに届くのか否かという判断が必要となる。
(オ) 本件で問題となった米国先物オプション取引のプレミアム価格等は一般新聞に掲載されておらず,訴外会社のホームページで閲覧するか,訴外会社の従業員から情報を入手するしかない。このように,プレミアム価格の変動要因についての情報入手手段は限定されている。
(カ) 米国先物オプション取引を行うには訴外会社等の受託業者に規定の手数料を支払わねばならない。この手数料は海外商品先物オプション取引の規制法等がないため,受託業者によって恣意的かつ高額に定められている。本件の場合,買付手数料がコーンについては1枚につき3万1500円(消費税1500円を含む),その他の商品については1枚につき7万3500円(消費税3500円を含む),転売手数料が1枚につき3150円(消費税150円を含む)である。海外商品先物オプション取引は少ない投資金額で短期間に大きな利益を得る可能性がある一方で,容易に投資金額の全額ないし大半を失う可能性があり,しかも一般に損失を被る可能性の方がかなり大きいという,非常に投機性の高いハイリスク,ハイリターンの取引である。
イ 訴外会社の勧誘,取引業務
(ア) 訴外会社は昭和56年1月に創業し,本件取引開始時の平成20年9月の時点で代表取締役以下4名の取締役と従業員270名余りで組織され,顧客から米国先物オプション取引の注文を米国市場に取り次ぐことを主な業務としていた。(弁論の全趣旨)
(イ) 訴外会社における取引開始から取引執行までの流れは以下のとおりである。(弁論の全趣旨)
a 訴外会社は予め入手した顧客情報(氏名及び電話番号等)を入力した自動音声応答システム(CTI)によって顧客に電話連絡し,一定のアンケート質問を行う。アンケートに回答した顧客に対しては,訴外会社から取引勧誘等の電話がなされることを伝えて氏名及び住所等を回答してもらう。
b 訴外会社は,住所等を回答した顧客に対して後日従業員から電話連絡を行い,会社案内の後,勧誘受諾意思の確認を行って,承諾した顧客に対して取引説明等の目的のための来社を要請する。この要請に応じて訴外会社の本店及び支店店頭に来店した顧客に対して従業員が米国先物オプション取引の説明等を行う。
c 顧客が取引開始の意思を表明した場合には,営業部門とは異なる法制管理部門の従業員が別途顧客に面談し,顧客の属性(適合性)や取引理解の確認等を行い,取引開始ないし取引受託についての審査を行って,受託可と判断した場合のみ取引開始となる。
d 顧客が具体的な取引注文を行う場合には,営業部員にではなくシステム・オーダーという注文受注専門部署に自ら電話をかけることになっていた。顧客が予め登録していた顧客の電話番号から電話した場合にのみ電話がシステム・オーダーにつながり,顧客の注文が受注される。顧客の注文が成立した場合には約定内容が顧客に伝えられるとともに担当の営業部員に連絡され,以降はその営業部員が顧客に対して取引対象オプションの価格や評価損益等を毎日連絡することになっていた。
ウ 原告の属性及び取引経歴
(ア) 原告は昭和24年○月○日生まれの女性であり,本件取引開始当時59歳であった。原告は昭和42年に専門学校を卒業後,b株式会社に就職し,事務職をしていたが,昭和46年にc株式会社に転職し,昭和48年に結婚し,同年末に同社を退社した。その後は専業主婦を続けていたが,昭和63年にドライクリーニングの工場で働き始め,平成6年から平成16年まで介護ヘルパーとして働き,同年から平成19年まで保険の外交員として働いた。原告の夫は平成21年3月に会社を定年退職し,その後は非正規雇用労働者として働いている。(甲4~6)
(イ) 原告の収入や資産の状況については,原告は本件取引開始時には収入はなく(甲5),原告の夫の平成20年の年収は614万3640円であった。
原告の預貯金は本件取引開始時の同年9月24日時点で合計約370万円程度であった。
原告が有する国債は同月の時点で合計670万円分であった。
原告は同月の時点で農協の終身共済に年間約11万円の掛金を支払い,生命保険の確定年金に200万円,農協の定期年金に130万円,農協の一時払生存型養老生命共済に200万円加入していた。
原告は,後記のとおり,本件取引開始時,国内株式(平成22年5月31日の評価額は約151万円),外国株式(同日評価額約44万円)及び国内投資信託(同日評価額約813万円)を保有していた。
原告はその住所地に281m2の自宅土地(平成22年度固定資産評価額約1900万円)と平成8年に建てた自宅建物(平成22年度固定資産評価額約580万円)を夫と共有していて,原告の持分は土地について4分の1,建物について10分の1である。
(以上につき甲4,7~25,乙1)
(ウ)a 原告は平成17年9月21日から平成20年3月31日までインタープラスト株式会社(現在のセントレード証券会社)で外国為替証拠金取引を行い,本件取引開始直前である平成19年8月ころには500万円近い損失を出していた(甲4,27)。
また,原告は平成19年3月ころから4月ころにかけてトレーダーズ証券において投資信託を100万円から200万円程度の金額で数銘柄購入した(甲4,39~47)。
さらに原告は,平成20年2月5日から同年10月6日まで株式会社ベルテックス(現商号は株式会社さくら総合研究所。以下「ベルテックス」という。)で海外商品先物オプション取引を行い,500万円以上の損失を出していた(甲4,28)。なお,原告はこの取引に関して,ベルテックスを相手に損害賠償請求訴訟を提起していたが(甲28),平成23年7月11日付けで裁判上の和解が成立した。ベルテックスは,原告に対し,和解金として原告が海外商品先物オプション取引によって被った損害全額に相当する金額517万9290円の支払義務があることを認めている(甲48,乙1・12~13頁)。
b 原告は平成17年12月ころから岡三証券で,国内株式(平成22年5月31日の評価額は約151万円)及び外国株式(同日評価額約44万円)を購入し,国内投資信託(同日評価額約813万円)を行っており,本件取引開始時もこれらを保有していた。(甲4,26,乙1・12~13頁)
また,原告は,平成19年10月ころから平成20年3月ころまで,エコ・プランニング証券においても取引を行っていた。(甲12,乙38・5頁)
エ 本件取引経緯
(ア) 訴外会社は,平成20年9月中頃,原告に対し,会社案内や取引説明書等を送付した。(乙38)
(イ) 訴外会社の名古屋支店の従業員であるAは,平成20年9月24日,原告に自宅でオプション取引の内容を説明し(乙5の1・2),取引を開始することを同意した原告は訴外会社の名古屋支店を訪問した。訴外会社の従業員は,原告に対し,資料を示しつつ再度取引内容の説明を行った。(乙38)
原告は,株式,債券,投資信託及びオプションの取引経験があること,資産としては戸建て住宅を有しており,預貯金を5000万円,有価証券を5000万円保有していること,投資資金の最高限度額を3000万円(金融資産合計1億円の30%)と考えていること,取引を始める動機はRSI(相対力指数。相場動向が上昇基調にあるのか下落基調にあるのかを簡単に判断することができる指標。乙21の2,乙39・4丁)を見て大豆が下がると思ったからであること,健康上の問題はないこと,損失(リスク)についてはオプション取引では期限が切れると投資資金も0円になることが分かっていることなどを申告した。(乙11,38)
(ウ) 上記同日である平成19年9月24日,訴外会社で顧客の苦情・紛争等の処理と解決を担当する部署である法制管理部員(コンプライヤー。乙38・4頁)であるD(以下「D」という。)は,原告に対し,以下の点を説明ないし確認した。(乙1,6~11,12の1~6,乙24の1・2,乙38)
a Dは「ご契約前のお願い」と題する文書(乙24の2)の内容を読み上げた上,自分で処理できない資金を使った取引は行わないようにしてもらいたいこと,注文は自分で行うこと,自己責任で取引を行うことを求めたところ,原告はこれを承諾し,同文書に署名押印した。
b Dは,「新規口座開設規定」と題する文書(乙7)及び「新規口座開設確認書」と題する文書(乙8)を示しつつ原告の取引についての理解度などを確認したところ,原告は,オプション取引では期限になると権利が放棄されてしまうことを知っており,RSIについても営業担当者から聞いていること,オプション取引は買付け時に支払った金額のすべてを失うことがある極めて投機性の高い取引であることや担当者には利益を保証したりすることが禁止されていることなどを理解している旨答え,これらの文書に署名押印した。
また,原告は,Dに対し,ベルテックスで1年間原油についてオプション取引を行っていたこと,岡三証券で株等の取引を3年ほどやっていたこと,オプション取引や株取引においては損失を出しているものの未だに取引を少し続けていること,ベルテックスにおいては利益を出しても現金に換えてくれなかったことが不満であることを告げた。これに対し,Dは,原告に対し,利益が出たら現金を引き揚げてほしいこと,それができないようであれば法制管理部に連絡してほしいことを求めた。また,Dは,原告に対し,営業担当者が泣きついても納得ができなければ断ってほしいと求めたところ,原告は,ベルテックスでそういう問題に遭遇したからもうそのようなことはしない旨を答えた。
c Dは,原告の資産状況や生活状況についても尋ねたところ,原告は前記の資産の申告について,訴外会社の営業担当者に書かされたことはないこと,土地建物の40%程度は自分の名義であること,預貯金5000万円及び有価証券5000万円は自分が自由に使える資金であること,3000万円の投資が無になってしまっても生活等には支障がないこと,自分はd社という会社でマンション管理の仕事をしており月収が10万円強であること,夫は会社員であり,34歳と30歳の娘がいること,夫も自分の資金の範囲内でオプション取引を行うならかまわないと言っていることを答えた。
d また,Dからの問いかけに対し,原告は,当初購入予定の大豆のストライク・プライスを把握しており,訴外会社に対するオプション取引の手数料についても1枚7万3500円であることも理解した上で受け答えをした。
(エ) 原告は,平成20年9月24日,訴外会社と米国先物オプション取引の基本委託契約書を締結し,訴外会社を通じて同日から平成21年3月26日まで各別紙のとおり39回にわたって一般大豆,金,コーン,綿,小麦,原油及び砂糖の海外商品先物オプション取引(本件取引)をした。
(オ) Aの上司であるBは,平成20年9月25日,原告の自宅で同人に面談し,大豆についての取引を勧めたが,原告はしばらく様子を見たいとしてこれを断った。
(カ) Dは,平成20年10月2日,原告の自宅を訪れ,原告に対して事後面接を行い,海外商品先物オプション取引の詳細を説明した。Dはパソコンでのプレミアムの見方を理解しているかを尋ねたところ,原告はインターネット上のオプション取引のプレミアム表に関する画面(「○○」というホームページの画面。乙3・1頁,乙21の1)を見ながら,Aから教えてもらっていると答えた。また,原告は,Dの説明に対し,取引所名(CBT),ストライク・プライス,商品名(SB),手数料などについてもその意味内容については述べることができたものの,市場の需要との関係でプレミアムが上下する仕組みについての説明やプレミアムの時間価値についての説明等は最後まで分からないと述べた(乙3・22頁,26頁,33頁)。そして,Dは,原告に対し,オプション取引は投機性の高い取引であり,期限切れになると価値がなくなること,生活に支障が出る無理な取引は止めてもらいたいこと,営業部員から強引な勧誘を受けた場合には訴外会社ないしその法制管理部に連絡してもらいたいことを再度説明した。(乙3,18~20,21の1・2)
(キ) 原告は,本件取引中に,訴外会社に5回来訪し(乙44),注文を店頭で行うとともに,別途セミナーにも2回参加した(乙38・8頁)。また,原告は,本件取引中に訴外会社の法制管理部に苦情の電話等を入れることはなかった。
(ク)a 原告は,上記のように本件取引中に5回店頭にて注文を行った外は,多くの取引において訴外会社の営業部員であったAの助言に従い,注文を出す毎に自ら訴外会社のオーダールームに電話して注文を行った。(乙2,44)
b 本件取引においては,買付代金は二,三十万円程度から約350万円にわたり,買付回数合計19回(86枚)中,買付代金が50万円を超える取引は10回であり,100万円を超える取引は7回であった。また,転売回数合計19回(84枚。残りの2枚は最終的に権利放棄した。)中,転売によって利益が出たのは7回であり(平成20年10月23日には113万314円の利益を出している。),損失を出した12回の転売中,50万円以上の損失を出したものは3回,100万円以上の損失(最大の損失額は126万3195円)を出したものは2回であった。損益については,平成20年9月24日の取引開始当初から同年11月11日までは利益が出続けていたが,同年12月4日以降はほぼ損失を出す状態であった。
c 本件取引において原告が選択したストライク・プライスと当該先物の前日終値との乖離率は0.9%から18.0%程度であり,6から13%程度の乖離率の場合が多かった。(乙37)
d 原告が本件取引中に預託した金員は448万9135円であり,買付代金は合計1802万4221円,転売代金は1441万4269円,返戻金は87万9183円であったから,最終的な差引損益は360万9952円の損失となった。(別紙「X氏の取引一覧表」,乙23)
(2) 適合性原則違反
ア 以上の認定事実を踏まえ,訴外会社の従業員による原告に対する本件取引の勧誘が,適合性原則に違反するものであったかを検討する。
イ この点,前記認定事実によれば,訴外会社が取り扱っていた海外商品先物オプション取引は,オプションの購入自体による最大限の損失は支払ったプレミアムの価格と訴外会社に対する手数料に限定されるものの,支払った金額全部を失う可能性が相当程度高いものであって,一般投資家が行う取引の中ではハイリスクなものであるということができる。また,オプション取引は,その仕組みが複雑であり,一般投資家がプレミアムの価格決定要因を正しく理解した上で適切な投資判断を行うことが困難なものであるといえる。したがって,このようなオプション取引を受託しようとする業者は,受託契約関係から発生する保護義務として顧客の知識,経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行ってはならないという義務を負い(適合性の原則),顧客の意向と実情に反して明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなど,適合性原則から著しく逸脱した取引の勧誘をしてこれを行わせたときは,当該勧誘行為は不法行為上も違法となると解される。
ウ これを本件についてみれば,以下の事実が認められる。
(ア) 原告は本件取引当時59歳の女性であり,本件取引を開始した平成19年ころまで現業的な仕事をしていたものの,証券取引関係の知識を得るような仕事に携わったことはなかった。原告には本件取引開始当時に収入はなく,原告の夫は本件取引当時定年退職間近の会社員であり,平成20年(本件取引の後半部分が行われていた。)の年収も614万3640円程度であった。
(イ) 原告は本件取引開始時の同年9月24日時点で預貯金を合計約370万円しか有しておらず,この他に有価証券として国債を合計670万円分,国内株式約151万円分,外国株式約44万円分,国内投資信託約813万円分程度を保有していたものの,これらの合計は1678万円程度でしかなく,さらに年金型の生命保険等にも加入していたが,その保険金合計額も530万円にすぎず,以上の預貯金や有価証券等の合計は約2500万円にすぎなかった。
また,原告は本件取引開始時その住所地に自宅土地(評価額約1900万円)建物(評価額約580万円)を夫と共有していたが,原告の持分は,土地について4分の1,建物について10分の1にすぎなかった。
(ウ) 原告は本件取引前に外国為替証拠金取引を約2年にわたって行っていたが,本件取引開始直前である平成19年8月ころには500万円近い損失を出していた。また,原告は本件取引以前に本件取引と同様の海外商品先物オプション取引も8か月にわたって行っていたが,この取引でも500万円以上の損失を生じ,このことは訴外会社の従業員に伝えていた。この他にも原告は前記保有の株式ないし投資信託の取引を行っていた。
エ 以上によると,原告には,証券取引や海外商品先物オプション取引に関する一応の知識や経験があったことは認められるものの,本件取引以前に外国為替証拠金取引や海外商品先物オプション取引において1000万円以上の多額の損失を発生させていることからしても,仕組みが複雑な海外オプション取引等において適切な投資判断を行うことができるような知識や経験は有していなかったと認めるのが相当である。
また,原告の保有資産は,本件取引開始当時,預貯金や有価証券等の合計で約2500万円,不動産で評価額合計約2500万円にすぎないものの共有持分(土地について4分の1,建物について10分の1)を有しているだけであったことも認められる。
そうすると,前記認定のように,原告が本件取引について自ら注文し,訴外会社のセミナーに参加するなどして自発的に関与していたとしても,原告の知識,経験及び財産の状況からすると,訴外会社の従業員による本件取引の勧誘は明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘したと評価せざるを得ないのであり,適合性原則から著しく逸脱した取引の勧誘として不法行為上も違法になると解される。
オ(ア) この点,前記認定事実によれば,原告はRSIやストライク・プライスといった用語の意味,手数料額,ネット上のプレミアム表の存在といった点や,オプション取引では期限になると権利が放棄されてしまうこと,あるいはオプション取引は買付け時に支払った金額のすべてを失うことがある極めて投機性の高い取引であることなどといった,海外商品先物オプション取引についての概括的ないし表面的な知識については有していたことが認められる。しかし,オプション取引の仕組みの複雑さや,一般投資家がプレミアムの価格決定要因を正しく理解した上で適切な投資判断を行うことが困難な点を考慮すると,こうしたいわば表面的な知識を原告が有していたことを重視して本件取引の勧誘が適合性原則から著しく逸脱した取引の勧誘ではなかったと判断することはできない。
(イ) また,前記認定事実によれば,原告は,訴外会社の従業員に対し,本件取引開始当時,d社という会社でマンション管理の仕事をして月額10万円強の収入を得ていたと述べ(乙1・19頁),さらに資産として戸建て住宅を有しており,預貯金を5000万円,有価証券を5000万円保有していると述べ,投資資金の最高限度額を金融資産合計1億円の30%に当たる3000万円とすることなどを伝えたことが認められる。この原告が申告した資産状況からすれば,一見,投機性の高い海外商品先物オプション取引を行うだけの余裕資産があったようにも思われるものの,これらは原告の実際の収入・資産状況とは異なっている。そして,前記認定事実によれば,訴外会社従業員は,原告に対し,資産状況を詳細に問いただし,その客観的な裏付けなどを要求するといった調査は行っていない。前記のような海外商品先物オプション取引の複雑さや危険性に鑑みれば,これを勧誘する訴外会社には,適合性原則に関する高い水準の確認をする必要があったと解するのが相当であり,このような確認を行っていない以上,原告の上記の申告だけから,訴外会社の勧誘が適合性原則から著しく逸脱した取引の勧誘ではなかったとすることもできない。
カ 以上により,訴外会社の従業員A及びBによる本件取引に関する勧誘行為は適合性原則に違反し,違法な勧誘として不法行為になると解される。
(3) 重要事項の説明義務違反
ア 次に,訴外会社の従業員による原告に対する本件取引の勧誘において重要事項の説明義務に違反したとの原告の主張について検討する。
この点,前記認定のオプション取引のリスクや複雑性に照らすと,オプション取引を受託しようとする業者は受託契約関係上の付随義務としてオプションの基本的仕組み,リスク,価格変動要因につき,相手方の理解能力の程度に応じて,その十分な理解が得られるように具体的な説明を尽くす義務があるというべきである。
イ そこで検討すると,まず,本件においてAやBが原告に対して具体的に口頭でどのような説明を尽くしたのかを認めるに足りる的確な証拠はない。加えて,前記認定のとおり,訴外会社の従業員であるDは,原告に対し,本件取引開始前後においてオプションの基本的仕組み,リスク,価格変動要因について一般的な説明をしていたことは認められるものの,原告が前記のような表面的な知識しか有していなかったことや海外商品先物オプション取引の複雑性を踏まえると,こうした一般的な説明のみをもって原告の理解度に応じて十分な理解を得られるような具体的説明を尽くしたと評価することはできない。
ウ よって,訴外会社の従業員は原告に対する本件取引の勧誘において重要事項の説明義務に違反したといえ,この点でも同勧誘行為は不法行為となると解するのが相当である。
(4) その余の原告の主張について
以上の他に,原告は,訴外会社の従業員(A及びB)が断定的判断の提供をしたとか,実質的一任売買及び手数料稼ぎを目的とした背信的建玉の勧誘(背信行為)をしたとか,あるいは原告による仕切り要求を拒否したと主張し,甲第4号証で同旨の報告があるが,Aの上司であるBの陳述(乙45)に反し,本件において,同報告を裏付ける客観的ないし的確な証拠もない。かえって,前記認定事実によれば,原告は訴外会社の従業員による強引な勧誘が禁止されていることを知っており,自ら訴外会社へ赴いたり電話で注文したりしていることも認められる。この他に本件において原告の主張を認めるに足りる証拠はなく,原告の主張は採用することができない。
(5) 小括
以上により,訴外会社の従業員は,原告に対し,適合性原則違反ないし重要事項の説明義務違反を理由に不法行為責任を負うと解される。
2 争点(2)(被告らが訴外会社における社内体制を整備する義務を怠ったか)について
(1) 前記争いのない事実及び前記認定事実に加え,証拠(甲1,30の2,甲51~54,56,乙14,26~31,32の1~5,乙34~36,38,39)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。
ア 被告らの地位(乙35)
(ア) 本件取引当時の訴外会社の取締役は,代表取締役社長であるC及び取締役会長であるEの外は,被告ら3人であった。(甲1,乙14,35)
(イ) 被告Y1は,昭和56年7月に訴外会社に入社し,昭和61年11月に訴外会社の取締役に就任し,平成9年10月には代表取締役に就任し,平成12年12月には取締役総務部長に就任し,本件取引時にも同役職に就いており,コンプライアンスの整備等も担当していた。(乙38)
(ウ) 被告Y2は,平成8年3月に訴外会社に入社し,平成14年11月に取締役営業部長に就任し,平成17年11月に常務取締役営業部長に就任し,本件取引時にも同役職に就いていた。(乙38,39)
(エ) 被告Y3は,平成14年3月に協和銀行(現りそな銀行)を退職し,平成14年11月に訴外会社に入社し,平成15年11月に取締役経理部長に就任し,平成17年11月に専務取締役経理部長に就任し,本件取引時にも同役職に就いて,経理部,業務部,総務部を統括していた。(乙35,36,38)
イ 訴外会社に関する苦情,紛争,行政処分等
(ア) 訴外会社については,平成2年から平成14年にかけて顧客から勧誘等について苦情が寄せられ,訴外会社やその役員,従業員に対して合計70件の訴訟が係属したところ,訴外会社は概ね訴訟上の和解において和解金を支払って紛争を解決していた。また,平成14年から平成23年までの間に訴訟上の和解又は示談により処理した事件は合計460件あり,平成18年以降は年間50件以上の水準で推移していた。顧客が訴外会社等に対して提起した訴訟のうち,平成13年から平成23年までの間に判決の言渡しがされた事件は28件あり,そのうちの20件について適合性原則違反,説明義務違反,断定的判断の提供等を理由に請求が一部認容され,そのうちの6件において営業担当者の違法な勧誘行為への関与,違法な勧誘行為を防止しなかった監督上の義務違反,民法715条2項の責任を理由として取締役の責任が認められた。(甲56・18頁,弁論の全趣旨)
(イ) 社団法人金融先物取引協会は,平成15年5月9日及び同年12月24日,訴外会社に対し,同協会が監査に基づく指導を行ったのに対し,業務の改善方針を提出したものの,その後も従業員等に対する指導,監督が不十分であり,同方針を逸脱した勧誘,受託がされたとして,法令,諸規則の遵守及び内部管理体制の充実,強化の徹底をそれぞれ勧告した。(甲51,52)
(ウ) 証券取引等監視委員会は,平成16年6月30日,内閣総理大臣及び金融庁長官に対し,訴外会社に関し,通貨先物オプション取引に関する利益保証等を約した勧誘,取引一任勘定取引契約の締結,損失補てん又は利益に追加するため財産上の利益を提供する行為,過大な投機的取引の防止義務違反を理由に行政処分を行うよう勧告した。(乙14・1頁,甲53)
このため,訴外会社は平成16年9月22日に金融庁より,海外市場における通貨先物オプション取引において多数の顧客に対し,利益保証による勧誘,無断売買,過大な投機的取引の勧誘など,金融先物取引法79条1項3号・5号に該当する事項が認められたとして,同法79条1項に基づき,金融先物取引業の許可取消しの行政処分を受けている。
(エ) 国民生活センターに寄せられた訴外会社に関する相談情報(甲30の2)によれば,平成16年から平成22年までの訴外会社に関する相談件数は978件に上り,平成16年には32件,平成17年には113件,平成18年には156件,平成19年には112件,平成20年には196件,平成21年には220件,平成22年には149件となっている。
また,そのうち契約当事者となった者が60歳以上の者は全体の約75%(729人)を占めている。そして,契約当事者となった者のうちの584人が女性であり,家事従事者と無職者の合計人数は全体の約72%(703人)である。
(オ) なお,本件取引後の事情ではあるが,訴外会社は,平成21年9月30日,福岡県新社会推進部生活安全課から行政指導を受け,消費生活センターにおいて66件の消費生活相談を受けたなどと指摘を受けた。(乙14・10頁)
また,訴外会社は,平成22年4月13日,東京都生活文化局消費生活部により立入調査を受け,同年9月21日,不適切取引の疑いをもたれるような勧誘の再発防止を口頭で要請された。(乙14・10頁)
そして,経済産業省及び農林水産省は,平成23年3月11日,訴外会社からの商品先物取引仲介業の登録申請に対し,「適合性を欠く者に対し,不適当な勧誘を行うなどにより,多くの苦情を生じさせ,行政当局からの度重なる改善指導を受けてきたにもかかわらず,その後においても多くの苦情が寄せられるなど,その改善が図られていない状況にあることが認められる」ことを理由に,商品先物取引仲介業の登録申請を拒否した(乙14・8~11頁)。訴外会社は,許可制である商品先物取引業については申請を行わず,より要件が緩やかな登録制の商品先物取引仲介業の登録申請をしたにもかかわらず,拒否された。
ウ 訴外会社における管理体制(各項末尾に加える証拠の他,全体について乙38)
(ア) 訴外会社では顧客からの苦情を防止するため,平成14年以降は全て受託システムコンピュータ以外による受注は認めず,営業社員によるアドバイスと委託者の売買注文を完全に分離するシステムに変更した。その結果,本件取引当時においても顧客が具体的な取引注文を行う場合には,営業部員にではなく,システム・オーダーという注文受注専門部署に自ら電話をかけることになっていた。
(イ) 訴外会社では,法制管理部員が契約希望者全員に面談方式で口座審査を行っており,理解不足や財産面等でオプション取引を行うには相応しくない者と判断した場合には契約を断っていた。
(ウ) 訴外会社は平成16年11月より法制管理部による「大口先調べ」を実施していた。これは500万円以上の損失客からの苦情が主であったことから,原則的に顧客の取引が500万円を超えるときに法制管理部員が電話で顧客の現状認識等についてのヒヤリングを行い,顧客の反応等からして懸念を抱いたときはその内容を社長まで書面で報告し,社長からその後の勧誘中止等の業務命令を出すものであった。この業務命令に反して勧誘を行い,その後に苦情等が発生したときは営業関係者に制裁を課すことにしていた。(乙26~30,36)
(エ) 訴外会社は平成17年7月に法律顧問をしている弁護士によるコンプライアンス講習会を開催した。これは,全役員,全法制管理部員のためのもので,適合性原則や説明義務が強く求められるようになった経緯,その意義や目的等と法制管理部員の確認方法等について指導・確認がなされた。
(オ) 訴外会社は平成18年以降,全店幹部社員会議等を開催し,現金による顧客との取引代金等の授受を禁止し,振込みによることとしたり営業部員には拙速な契約を禁止したり,顧客の意思確認を本店営業管理部が行うこととするなどの措置を講じた。(乙34,36)
エ その他の被告らによる苦情防止措置
(ア) 被告Y2は営業担当の取締役として日々の顧客からの注文の一部を確認するとともに,大口先調べを実施したり,あるいは営業担当者にリスクマネージメント用紙を持たせて図解しながら顧客に説明をする等の指示をした。(乙39)
(イ) 被告Y3は経理担当の取締役として前記の大口先調べのほか,手数料比率表,短期売買表を新規に制定し,関係者に不正取引発見についての注意を喚起するとともに,不自然な振込入金の調査などもした。(乙31,32の1~5,乙36)
(2) 以上によると,訴外会社は,平成2年以降,多数の顧客から損害賠償訴訟を提起され,その大部分において和解金等の支払を行っており,あるいはその一部において請求が認容されており,平成15年には,2度にわたって,社団法人金融先物取引協会から従業員等に対する指導,監督が不十分であり,同方針を逸脱した勧誘,受託がされたとして法令,諸規則の遵守及び内部管理体制の充実,強化の徹底が勧告され,平成16年には証券取引等監視委員会の勧告に基づき金融庁より,海外市場における通貨先物オプション取引において多数の顧客に対し,利益保証による勧誘,無断売買,過大な投機的取引の勧誘などを行ったとの理由で金融先物取引業の許可取消しの行政処分を受け,これ以降も国民生活センターに多数の相談が寄せられていたことが認められる。
そうすると,訴外会社の平成9年から平成12年まで代表取締役を務め,その後は取締役総務部長に就任し,コンプライアンス体制の整備等も担当していた被告Y1,そして訴外会社の営業担当の常務取締役であった被告Y2,あるいは訴外会社の経理担当の専務取締役であり,経理部,業務部,総務部を統括していた被告Y3は,多数の訴訟が発生し,訴外会社においてこうした問題に対処するための会議等も開催されていた以上,5人しかいない取締役の一員として,遅くとも本件取引開始当時の平成19年ころには顧客の資産,能力に照らして過大となる投機的取引を勧誘するなどの違法行為を営業担当者が行うことがないように実効性のある方策を自ら実施し,あるいは取締役会に諮るなどして訴外会社としてこのような実効性のある方策を実施するように監督する義務があったと解するのが相当である。
(3) そして,訴外会社ないし被告らにおいては前記認定のような管理体制ないし紛争防止策を実施していたことが認められるものの,それにもかかわらず前記認定のような訴訟や苦情が多発していたのであり,訴外会社等がそうした策を実施した後に紛争の数が減少したことを認めるに足りる証拠もない。また,前記のとおり,本件取引においても訴外会社の従業員であるA,B及びDは原告の理解度の確認や資産調査を十分に行わないまま本件取引開始を勧誘し,承認しているのであり,このことからも訴外会社の営業担当者において顧客の取引適合性を十分に調査,考慮しないまま取引を勧誘していることは明らかである。
以上によると,訴外会社で行われた前記の各方策については紛争防止のために実効性をもったものとはいえないのであり,営業担当者に対して適切に指導監督がされていなかったと言わざるを得ず,被告らはこのような勧誘活動を是正しなかったという点で社内体制を整備する義務を怠ったことについて注意義務違反があり,重過失(429条1項)も認められるといえる。
3 争点(3)(原告の損害及びその額)について
(1) 前記争いのない事実等及び前記認定事実によれば,原告は本件取引によって327万9952円の損失を被っているから,これを前記の被告らの注意義務違反との間に因果関係が認められる損害と解する。
(2) 原告は上記損害の外に慰謝料として40万円を請求しているが,本件取引によって生じた原告の精神的苦痛は,特段の事情がない限り,取引自体による損害が回復されることによって慰謝されると解すべきである。原告は本件取引に費やした資金が老後の生活資金であったこと,あるいは訴外会社による組織的な客殺し商法なるものが行われたなどと主張するが,これらを認めるに足りる的確な証拠がなく,他に本件において上記の特段の事情を認めるに足りる証拠もない以上,前記の損失に該当する損害を回復する以上に原告に精神的損害が別途発生していると解することはできない。
(3) 本件訴訟の内容や難易度等を考慮すると,本件に必要な弁護士費用は40万円と解され,これを原告に生じた損害と認める。
(4) 以上により,原告に生じた損害額は,合計367万9952円である。
4 結論
よって,本訴請求は,主文第1項に限り,理由があるからこれを認容することとし,その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担については,事案に鑑み,民事訴訟法61条,64条ただし書及び65条1項本文を適用し,仮執行の宣言については同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
(裁判官 岩井直幸)
<以下省略>