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名古屋地方裁判所 平成22年(ワ)7512号 判決 2013年2月07日

原告

甲山X

同訴訟代理人弁護士

長谷川一裕

伊藤勤也

白川秀之

山内益恵

加藤悠史

裵明玉

鈴木哲郎

被告

Y株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

草野勝彦

平野好道

丹羽正明

河合伸彦

古賀照平

服部祥子

主文

1  被告は,原告に対し,538万4819円及びこれに対する平成20年5月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告に対し,35万8226円及びこれに対する平成21年3月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告は,原告に対し,14万5500円及びこれに対する平成22年1月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

5  訴訟費用は,これを5分し,その4を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。

6  この判決は,1項ないし3項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  被告は,原告に対し,2747万4465円及びこれに対する平成19年6月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告に対し,35万8890円及びこれに対する平成21年3月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告は,原告に対し,51万5500円及びこれに対する平成22年1月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,中華人民共和国(以下「中国」という。)の国籍を有し,平成19年3月7日,外国人研修制度の研修生の在留資格をもって来日し,同月8日から被告の工場(以下「本件工場」という。)において自動車の座席の部品であるパイプの加工に従事していた原告が,被告に対し,①同年6月25日に本件工場内においてパイプ曲げベンダー(以下「本件機械」という。)で作業中に右示指を切断するという事故(以下「本件事故」という。)が発生したことについて,被告の安全配慮義務違反(不法行為)があったと主張して,不法行為に基づく損害賠償請求として,損害合計2747万4465円及び本件事故発生日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払(以下「請求1」という。),②被告が,原告を研修生として取り扱わず,労働者として深夜労働を含む残業にも従事させ,最低賃金を下回る賃金しか支払わなかったことは,不法行為に該当すると主張して,不法行為に基づく損害賠償請求として,最低賃金を基準とする割増賃金との差額分である35万8890円及びこれに対する平成21年3月25日から民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払(以下「請求2」という。),③被告は,原告の給与から住居費を控除することができないのに,住居費を給与から控除したことは不法行為に該当するなどと主張して,不法行為に基づく損害賠償請求として,控除された住居費相当額68万6000円から寮費返還分17万0500円を控除した残金51万5500円及びこれに対する平成22年1月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払(以下「請求3」という。)をそれぞれ求めた事案である。

被告は,請求1については,本件事故の原因,安全配慮義務違反及び損害について争うとともに,過失相殺及び平成20年4月21日成立の和解契約(以下「本件和解契約1」という。)による解決を主張し,請求2については,不法行為の該当性及び損害について争うとともに,平成21年4月10日成立の和解契約(以下「本件和解契約2」という。)による解決を主張し,請求3については,不法行為の該当性を争うとともに,本件和解契約2による解決を主張して,原告の請求を争った。

1  前提事実

(1)  原告は,昭和60年○月○日生まれの中国の国籍を有する者である。(争いがない)

(2)  被告は,自動車部品の製造,販売等を業とする株式会社である。(争いがない)

(3)  原告は,平成19年3月7日,外国人研修制度の研修生の在留資格をもって,a協同組合を第一次受入機関とし,被告を第二次受入機関として来日した。(争いがない)

(4)  原告は,平成19年3月8日から本件工場において自動車の座席の部品であるパイプの加工に従事していた。(争いがない)

(5)  原告は,平成19年6月25日午後5時過ぎころ,本件工場において,本件機械に円筒状のパイプを入れてそのうち2か所に圧力を加えて曲げる作業を行っていた際に右手示指を本件機械に挟まれた(本件事故)。

本件事故により原告は右示指挫滅創の傷害を負い,b病院にて右示指を切断する整形外科手術(腱縫合,指神経縫合)を受け,同年9月21日まで同病院に通院し,同日症状固定となった。(争いがない)

(6)  原告が右示指を切断して失ったことは,後遺障害等級11級の「1手の人差し指を失ったもの」に該当する。(争いがない)

2  本件の争点

(1)  請求1について

ア 本件事故の原因及び安全配慮義務違反の有無(争点1(1))

イ 原告の損害(争点1(2))

ウ 原告の過失の有無及び割合(争点1(3))

エ 本件和解契約1の成否(争点1(4))

(2)  請求2について

ア 被告が原告を研修生として取り扱わず,労働者として従事させたか否か及び不法行為の該当性(争点2(1))

イ 原告の損害(争点2(2))

ウ 本件和解契約2の成否(争点2(3))

(3)  請求3について

ア 住居費を控除したことが不法行為に該当するか否か(争点3(1))

イ 本件和解契約2の成否(争点3(2))

3  争点に対する当事者の主張

(1)  争点1(1)(本件事故の原因及び安全配慮義務違反の有無)について

(原告の主張)

ア 本件事故の原因について

(ア) 原告は,作業台に左手を置いて,右手で本件機械の所定の箇所にパイプを突っ込んだところ,未だスイッチに触れていないのに,本件機械のパイプ押さえが上がってきて,右手示指を挟まれてしまった。突然パイプ押さえが上がった理由としては,以下のとおり,本件機械の故障か,あるいは原告の下肢がスイッチに触れたため起動した可能性がある。

(イ) プレス機械は,1年内ごとに1回,厚生労働省令で定める資格を有するもの又は特定自主点検を行う「登録検査業者」に検査を実施させなければならない(労働安全衛生法45条2項)。

また,プレス機械は,減価償却に関するものであるが耐用年数が10年と定められている。本件機械は,平成元年10月に製造された機械であり,耐用年数を超過していたから,当然,メンテナンスや修理が必要な状況であった。

しかし,被告においては,毎日作業前に点検表に基づいて目と耳で確認する程度の点検しか行っておらず,1年に1回といった定期的なメンテナンスや点検はなかった。

したがって,本件機械が故障しても不思議ではない。

(ウ) 本件機械のスイッチは,パイプ置き台からはみ出すように設置され,上下についた棒の一つを45度動かせばどの方向に押した場合でも起動するもので,かつ,軽く押しても起動するものであった。そして,本件事故当時,原告は,パイプ置き台のスイッチの前に立って作業をしており,体がスイッチに触れてしまう可能性があった。

イ 安全配慮義務違反について

(ア) 後記のとおり,原告は被告において労働者として労働していたものであるから,原告と被告との間には黙示の労働契約が成立しているところ,被告は,使用者ないし労働者へ就労場所を提供している者として,その使用する労働者に対して「労働者が労務提供のため設置する場所,設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において,労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき」安全配慮義務を負っている(最高裁判所昭和59年4月10日判決等)。仮に,原告が研修生にとどまるとしても,上記安全配慮義務は,就労環境を使用者に委ねざるを得ない労働者との関係で雇用契約の付随義務として就労場所,設備,器具を提供する使用者に生じるものであるから,研修生に対しても安全配慮義務を負い,その義務の内容は,研修生は未だ労働作業を安全に行うことができるほどの技術者ではないことが推測されるから,労働者に対する安全配慮義務よりも高度のものとなるというべきである。

被告は,原告に対し,労働安全衛生法59条1項に基づき安全,衛生教育を行う義務があった。原告は,平成19年3月7日に来日した際,作業時の安全に関する注意点や安全講習等の研修を受けないまま翌日から本件工場でパイプ曲げ等の労務に従事させられた(なお,同年5月の連休ころになって,やっと原告は日本語研修を受けたが,講師は1日の半分も会場に駐在せず,ほとんどの時間研修生同士で会話に講じるだけというかなりおざなりなものであった。)。本件工場には,切断されたパイプのパイプ曲げ,曲げたパイプの尖端同士の溶接,溶接部分の研磨,製品検査,製品搬出等の工程があり,原告は同年3月8日の午前には溶接に,午後にはパイプ曲げに従事した。本件工場には研修指導員がいなかったため,作業内容の指導は,被告の従業員であったBから1~2回パイプ曲げを実演する様を10分程度見せられただけであった。なお,原告は日本語を解することができず,Bは日本語しか話せなかったため,原告にはBの言葉は全く理解できなかった。その後,原告の担当するパイプ曲げベンダーの機械は2回変わり,本件機械の担当になったのは,本件事故の3日前である同年6月22日であった。その際も中国語による説明は一切なく,被告の従業員であるC(以下「C」という。)から2~3回,10分程度作業を見せられただけであった。そして,Cから本件機械の使用法を教わった当時,パイプの設置とスイッチ起動の動作をいずれも右手で行うべきであり,左手で行ってはならない旨の注意はなく,原告がパイプの設置とスイッチ起動の動作をいずれも右手で行っていたのは,原告の自主的な判断によるところも大きく,被告の使用者としての安全教育義務が果たされた結果としてではない。したがって,仮に,被告が主張するように,原告が左手でスイッチを入れたとすれば,それは被告の安全教育義務違反の結果にすぎない。

(イ) 一般的に機械のスイッチは,接触により不意に起動するおそれのないものとの条件を備えることが必要とされ(労働安全衛生規則103条),プレス機械については,労働者の身体の一部が危険限界に入らないような措置あるいは安全装置の取り付けが義務づけられている(同規則131条)。プレス機械の定義については,労働安全衛生法および同法施行令の施行について(昭和47年9月18日基発第602号)の「Ⅱ 施行令関係」の「3 第六条関係」の(7)において,「第七号の「プレス機械」とは,曲げ,打抜き,絞り等の金型を介して原材料を曲げ,せん断,その他の成形をする機械のうち,労働安全衛生規則第一四七条の適用を受ける次のような機械を除いたものをいうこと。」と定められている(以下「本件通達」という。)。そして,本件機械のうち,曲げ型とパイプ溝型は,いずれも金属状の形成部分で,これがパイプを挟んで対になっているのであるから,金型に該当する。

したがって,被告は,プレス機械に該当する本件機械については,意図しない接触によって起動するおそれのない装置及び原告の身体の一部が危険限界に入らないようにするための装置を取り付ける義務があった。

しかし,被告は,本件機械に意図しない接触によって起動するおそれのない装置及び原告の身体の一部が危険限界に入らないようにするための装置のいずれも取り付けなかった。

(ウ) 仮に,本件機械が労働安全衛生規則131条のプレス機械に該当しないとしても,事業者は,射出成形機,鋳型造形機,型打ち機等(本章第四節に規定する機械を除く。)に労働者が身体の一部をはさまれるおそれのあるときは,戸,両手操作式による起動装置その他の安全装置を設けなければならない(労働安全衛生規則147条)。上記「本章第四節に規定する機械」とは,プレス機械を示し,同規定の対象は,プレス機械以外の「射出成形機,鋳型造形機,型打ち機等」とされているとおり機械全般について,労働者が身体の一部をはさまれるおそれのある機械に安全装置の設置義務を課している。

本件機械は,機械の動力で稼働する機械であり曲げ型・パイプ溝型等により圧力をかけられるのであるから,労働者が身体の一部をはさまれるおそれのある機械であることは疑う余地はない。

したがって,仮に本件機械が労働安全衛生規則131条のプレス機に該当しないとしても,同規則147条により,被告は本件機械に安全装置を設置する義務がある。

そして,被告が本件機械に安全装置を設置していないことは,上記原告の主張のとおりである。

(エ) 上記原告の主張のとおり,本件機械は,プレス機械であり,かつ,耐用年数を超過していたから,労働安全衛生法所定の検査を行うほか,メンテナンスや修理が必要な状況であったのに,被告はこれを怠った。

また,上記原告の主張のとおり,本件事故当時,原告は,パイプ置き台のスイッチの前に立って作業をしており,体がスイッチに触れてしまう可能性があった。しかし,被告は,本件機械が接触により不意に起動することのないものとすべき安全配慮義務を怠った。

(オ) 以上のとおり,本件事故は,被告が,使用者又は研修生受入機関に義務づけられている日本語研修等の非実務研修を原告に対して行うとともに,原告が実務研修を行うために使用する設備に安全装置を取り付けて,原告の生命及び身体などを危険から保護するよう配慮し,原告の安全を確保すべきであったにもかかわらず,何らの安全対策をすることもないまま原告を危険な作業に従事させたために生じたものである。

(被告の主張)

ア 本件事故の原因について

本件機械での作業手順は,①右手でパイプを本件機械の第1曲げ型にセットした後,右手でスイッチを入れる,②本件機械による第1曲げ工程終了後,L字型に曲がったパイプを右手で取り出して第2曲げ型にセットした後,右手でスイッチを入れる,③本件機械による第2曲げ工程終了後,コの字型に曲がったパイプを右手で取り出すというものである。

ところが,原告は,右手でパイプをセットした後,右手を機械から遠ざける前に左手でスイッチを入れたため,右手示指がパイプと一緒に本件機械に挟まれるという本件事故が発生したものである。

イ 安全配慮義務違反について

(ア) 原告の主張のうち,被告が使用する労働者及び受入研修生に対し安全配慮義務を負うこと,本件機械に意図しない接触によって起動するおそれのない装置及び原告の身体の一部が危険限界に入らないようにするための装置が取り付けられていなかったことは認め,その余(本件機械が労働安全衛生規則131条の適用を受けるプレス機械であるとの部分も含め)は否認ないし争う。

(イ) 被告の研修指導員は副工場長であり,研修生全員に指導することはできないため,配属現場の従業員が各研修生の指導役として手順を教えた(硬い鉄パイプを曲げる本件機械に手を挟まれれば大変危険であることは,中国語で言わずとも理解できるはずである。)。

非実務研修については,他の第二次受入機関の研修生と一緒に第一次受入機関において合計160時間にわたって行われた。当然,作業用語を含めた日本語研修も安全に関する研修も適切に行われ,講師が,「触るな」「入るな」「危険」等の安全に関する日本語を教え,また,くれぐれも作業中の怪我に注意するよう中国語で十分に指導した。

原告が本件機械を担当するに際しては,被告の従業員のCだけでなく,原告の1年先輩の中国人実習生が本件機械を使って作業をしていたため,当該中国人実習生が中国語でも教えた。数回実演した後,原告に実演させたところ,原告は理解して右手でパイプをセットし,右手でスイッチを押していた。その後も,Cは,グループ長として各工程の見回りをしていたが,原告は手順どおりにきちんと作業をしていた。

本件事故は,約2か月半のパイプ曲げ等の実務研修及び約1か月間の日本語研修等の非実務研修の後に起きたものである。このころには,原告は,当然,パイプ曲げベンダーが硬い鉄パイプを押し曲げる機械であること,及びこれに手を挟まれれば大変危険であることを理解していたはずである。手順についても,数回の実演によって理解できないはずがない。

以上のとおり,被告は,原告に対して安全教育を十分に行ったものであり,この点について安全配慮義務違反はない。

(ウ) 本件機械が,プレス機械に該当するか否かについては,本件機械のパイプ押さえ上型とパイプ押さえ下型の部分並びに曲げ型とパイプ溝型の部分を検討する必要がある。

パイプ押さえ上型とパイプ押さえ下型の部分については,パイプを挟んでいるだけであり,パイプを曲げていない。したがって,本件通達のプレス機械の定義に照らし,この部分をプレス機械であるということはできない。

本件通達における「金型」とは,行政実務では,加工する際の対になっている金属状の成形部分を意味するとされているところ,曲げ型とパイプ溝型の部分により材料であるパイプはアール(R)がついて形成加工されるのに対して,パイプ溝型は直線になっているから,パイプは,曲げ型とパイプ溝型の部分へのプレス(圧力)だけで曲がっているのではなく,パイプ溝型の移動の力により曲がっているから,パイプ溝型は金型ではなくパイプの支えであると考えられる。したがって,曲げ型とパイプ溝型の部分によるパイプ加工は,プレス機械の金型による加工とは異なるから,この部分をプレス機械であるということはできない。

したがって,本件機械はプレス機に該当しないから,被告が,本件機械に安全装置を設置しなかったことは安全配慮義務違反に該当しない。

(2)  争点1(2)(原告の損害)について

(原告の主張)

本件事故により原告が被った損害は以下のとおりである。

ア 通院慰謝料 84万円

原告は,平成19年6月25日から同年9月21日までの間,b病院に通院して治療を受けたから,通院慰謝料は平成21年度交通事故損害額算定基準(以下「青本」という。)を参考にすると84万円が相当である。

イ 後遺障害逸失利益 1983万6787円

(ア) 原告は,本件事故当時21歳であるから,基礎賃金は平成19年度の賃金センサスによる男性労働者平均賃金554万7200円とし,就労可能年数は67歳までの46年間(ライプニッツ係数は17.8800)とし,労働能力喪失率は後遺障害等級第11級に該当するので20パーセントとすると,1983万6787円となる。

(イ) 被告は,後遺障害逸失利益について,最高裁判所平成9年1月28日第三小法廷判決に依拠して,実習が終了する平成22年3月1日以降は,原告の中国における収入を基礎として逸失利益を計算すべきであると主張する。

しかし,上記最高裁の判断基準によるとしても,若年の中国人男性である原告については,単に原告の中国における現在の収入状況を基礎とするのではなく,中国の経済成長に基づく将来賃金の増額を考慮して基礎収入とすべきである。

原告が居住するc省の近年の労働者平均月間給与及びGDPの伸び率は,平成13年から平成21年までの9年間で平均給与は3倍に跳ね上がり,平成19年9月21日の症状固定後の2年間だけ見ても134パーセントもの伸び率を示している。

来日前,帰国後において,原告が就労するc省d市の近年の労働者平均月間給与及びGDPの伸び率は,平成13年から平成21年までの9年間で平均給与は2.5倍も増加し,平成19年9月21日の症状固定後の2年間だけを見ても140パーセントもの伸び率を示している。

平成20年版科学技術白書では,いわゆるBRICs諸国の経済成長について,2000年(平成12年)には1354であった中国GDPの将来推計(単位10億ドル)として,2020年(平成32年)には11716,2030年(平成42年)には22061,2040年(平成52年)には31888,2050年(平成62年)には38010との分析が紹介され,2000年から2050年の50年間で2807パーセントという驚異的な成長を予測している。これら信頼できる成長予測の数値から中国の成長が原告の就労可能年である2053年(原告67歳)まで,原告の賃金は上昇を続けるであろうということが高度の蓋然性をもって予測されるのである。

また,経済成長は物価上昇を伴い,物価上昇は賃金上昇を伴うところ,中国では2001年から2010年のGDPの増大に伴い消費者物価も上昇を続けている。上記のとおりの経済成長が成し遂げられれば,物価も上昇するはずであり,中国人男性の基礎収入の算定に当たっては,この点も考慮されるべきである。

原告の実収入は,来日前において1万7000元であり,平成23年からd市のe有限公司生産製造部工員として就労し,基本給として1か月約2512元(年間約3万0144元)の支払を受けている。これを円(約1元=12円)に換算すると年収は36万1728円となる。しかし,原告の居住する中国では,今後確実に大規模な経済発展に伴い,賃金の大幅な上昇を遂げることが明らかであるから,原告主張のとおり日本の賃金センサスに基づいて基礎収入を算定すべきである。

ウ 後遺障害慰謝料 430万円

(ア) 原告は,右示指を失っており,これは後遺障害等級第11級に該当する障害であるから,慰謝料は青本を参考にすると430万円が相当である。

(イ) 被告は,後遺障害慰謝料の算定については,原告の生活基盤のある中国農村部の生活を基盤として算定すべきであると主張する。しかし,慰謝料は,財産的損害の補完的機能や制裁的機能をも有すること,後遺障害慰謝料についてはその態様に応じて慰謝料額の定額化が図られており,日本人と外国人を殊更に区別すべきではないこと,上記のとおり,中国の経済発展はめざましく消費者物価も上昇を続けると予測されるので日本人が受傷した場合と同額の慰謝料が認められるべきであるから,被告の主張は失当である。

エ 弁護士費用 249万7678円

本件事故と相当因果関係にある弁護士費用は,249万7678円が相当である。

(被告の主張)

ア 通院慰謝料について

青本によれば通院3か月は46万から84万円である。

イ 後遺障害逸失利益について

一時的に我が国に滞在し将来出国が予定される外国人の逸失利益を算定するに当たっては,当該外国人がいつまで我が国に居住して就労するか,その後はどこの国に出国してどこに生活の本拠を置いて就労することになるかなどの点を証拠資料に基づき相当程度の蓋然性が認められる程度に予測し,将来のあり得べき収入状況を推定すべきことになる。そうすると,予想される我が国での就労可能期間ないし滞在可能期間内は我が国での収入等を基礎とし,その後は想定される出国先(多くは母国)での収入等を基礎として逸失利益を算定するのが合理的ということができる。そして,我が国における就労可能期間は,来日目的,事故の時点における本人の意思,在留資格の有無,在留資格の内容,在留期間,在留期間更新の実績及び蓋然性,就労資格の有無,就労の態様等の事実的及び規範的な諸要素を考慮して,これを認定するのが相当である(最高裁判所平成9年1月28日第三小法廷判決)。

原告は,本件事故後,怪我によって休んでいた期間を含めて研修していた期間及び実習していた期間のいずれも後遺障害にかかわらず被告から他の者と異ならない研修手当ないし賃金を受領していたから,その間は本件事故による逸失利益はない。もっとも,原告は,実習の終了,中国への帰国が近づいた平成22年1月5日に無断欠勤し,そのまま同月14日に勝手に寮を出て行った。原告は,無断欠勤しなければ変わらぬ賃金を受領できたのに自らの行為が原因で賃金を受領できなかったものであるから,やはり本件事故による逸失利益はない。

実習が終了して帰国するはずだった平成22年3月1日(原告の年齢は24歳)以降は,原告の中国における収入を基礎として逸失利益を計算すべきである。原告の来日前の現実の収入は1000元から1300元であるから,1300元を原告の現実の収入として計算すると年収は1万5600元(1300元×12)となる。そして,1元12円として換算すると,原告の年収は18万7200円となる。就労可能年数については,中国と日本の平均寿命が異なるから67歳まで就労可能とするのは疑問があるが,24歳から67歳までの43年間とするとライプニッツ係数は17.5459となる。

以上によれば,逸失利益は多くとも65万円(18万7200円×0.2×17.5459)を超えることはない。

ウ 後遺障害慰謝料について

慰謝料額の算定に当たっては,日本人と外国人とを問わず,その支払を受ける者の生活の基盤がどこにあり,支払われた慰謝料がいずれの国で消費されるのか,そして,当該外国と日本との賃金水準,物価水準,生活水準等の経済的事情の相違を考慮せざるを得ない。

原告は,中国の国籍を有し,車の修理屋で働きながら中国の農村部の実家で暮らしていたところ,外国人研修制度により来日した者である。原告は,その後研修を終え,既に中国に帰国して実家で暮らしており,生活の基盤は中国の農村部であり,将来も同様と予測される。

そして,原告の来日前の月収は1000元から1300元であること,平成21年の中国農村部の所得水準が5000元程度であること,平成19年の日本の賃金センサスによる男性労働者平均賃金が554万7200円であること,現在の為替レートは1元12円程度であること,中国の農村部と都市部との所得格差が約3.33倍であることからすれば,日本と原告の生活の基盤である中国の農村部とでは,賃金水準,物価水準,生活水準等にして,少なくとも20倍以上の相違が存在するというべきである。

よって,原告の後遺障害慰謝料は,原告主張の430万円の20分の1に当たる21万5000円を上回ることはない。

エ 弁護士費用について

知らない。

(3)  争点1(3)(原告の過失の有無及び割合)について

(被告の主張)

原告は,右手でパイプを本件機械にセットして,右手でスイッチを押すという手順を取るべきところ,右手でパイプを本件機械にセットした後,右手を機械から遠ざける前に左手でスイッチを押した過失がある。

したがって,原告の過失割合は5割を下らない。

(原告の主張)

原告は,作業台に左手を置いて,右手で本件機械の所定の箇所にパイプを突っ込んだところ,未だスイッチに触れていないのに,突如本件機械が作動して右手示指を挟まれたものであるから,原告に過失はない。

(4)  争点1(4)(本件和解契約1の成否)について

(被告の主張)

ア 被告は,平成20年4月21日,原告との間で,本件事故による損害賠償金を120万円とし,これを原告の両親に交付するとの内容で本件和解契約1を締結し(ただし口頭),これに基づき,同年5月2日,原告の父に対し,120万円を支払った。

イ 本件和解契約1締結の経緯は以下のとおりである。

被告は,本件事故後の平成19年10月24日,研修生用の保険契約に基づき,原告の治療費及び後遺障害の保険金の申請をしたところ,同年12月6日,同保険から56万円が支払われることが分かった。

被告では,外国人研修生の事故は初めてだったので,56万円という金額が相当であるかどうかよく分からなかった。そのため,被告代表者が,第一次受入機関の職員であるD(以下「D」という。)を通じて,原告に対し,被告負担で64万円を上乗せして合計120万円で示談することを提案した。

Dも120万円という金額が妥当であるかどうか分からなかったため,平成20年4月21日,原告と二人で豊田労働基準監督署へ行き,原告の怪我を労災基準に照らすとどうかと尋ねたところ,120万円は相当とのことだった。

Dは,帰りに原告と一緒に喫茶店に入って話をしたところ,原告が120万円という金額に合意する旨述べた。また,原告は,実家を建て直すことを目的として来日し,原告の両親も原告の来日2年目には家を建て直したいと強く希望していたため,喫茶店で話した際に,Dは,原告に対し,被告代表者が5月に仕事で中国に行く予定であるから,その時に示談金を直接中国の両親に渡して一刻も早く家を建て直してもらってはどうかと提案したところ,原告は,そうして欲しいと話した。そこで,Dはその日のうちに使者として被告代表者にその旨を伝えた。

被告は,原告が120万円という金額及びこれを両親に渡すことについて納得して大いに喜んでいたため,原告から署名を取っておかなければ将来さらに支払を求められることになるなどとは思いもよらず,原告との示談書作成を失念していた。

(原告の主張)

ア 被告主張アのうち,原告と被告間で本件和解契約1が成立したことは否認し,原告の父親が120万円を受け取ったことは認める。

イ 原告は,平成20年4月21日,Dから同行を求められ,同人と共に外出した。行き先については,原告は日本語で行き先を告げられ,「労働」という部分はかろうじて理解したものの,正確には分からないままであった。行き先でDはそこの職員と何事か日本語で話していたが,原告にはその内容は分からなかった。その後,原告は帰宅するように言われ,そのまま帰宅したもので,被告が主張するように120万円の和解の打診を受けたことはない。

原告の父親が120万円を受け取ったのは,被告代表者が原告の自宅を訪問し,無償で自宅の改築資金を援助するとの話をしたので,援助金として120万円を受け取ったにすぎない。

(5)  争点2(1)(被告が原告を研修生として取り扱わず,労働者として従事させたか否か及び不法行為の該当性)について

(原告の主張)

被告は,原告を外国人研修生として受け入れたにもかかわらず,原告を研修制度の実質を備えた研修生として取り扱わず,労働者と同様の単純労働に反復継続して従事させ,かつ研修生制度の基準に違反して深夜労働を含む残業にも従事させ,かつ1時間あたり388円(当時の愛知県の最低賃金は694円)の残業手当しか支払わなかった。

これは,研修生制度の脱法行為であり,原告に対する残業の指揮命令自体が原告に対する不法行為を構成する上,最低賃金法及び労働基準法37条の割増賃金の規定にも違反した不法行為である。

(被告の主張)

被告は,原告ら研修生側から,①家を改築したい,②親孝行をしたい,③子供を学校にやりたい,などの理由で残業させて欲しい,手当の額はいくらでもよいので残業手当をもらいたいと要望されていたため,気の毒に思い,研修生にも残業をさせ,研修手当を参考に計算した残業手当を支給していた(その後平成20年7月ころ,他社が同様の事情で研修生にも残業をさせたことで行政指導を受けたと聞き,いかなる理由があろうとも研修生には残業をさせてはならないことを知り,それ以降は研修生に残業をさせていない。)。

研修生が実習生になり,労働者として残業代を受領するようになってから,研修生時代の残業手当が安かったのではないかとの要望があったため,解決金を支払い,和解したものである。

経緯は以上のとおりであり,形式的には法に触れるかもしれないが,原告の強い要望によって残業させ,研修手当に応じて計算した残業手当を支払ったものであるから,原告に対する不法行為が成立するほどの違法性はない。

(6)  争点2(2)(原告の損害)について

(原告の主張)

最低賃金694円を基礎賃金とすると割増賃金は867円(694円×1.25。なお深夜割増賃金の加算はしない。)であり,時間外労働は合計749.25時間(証拠<省略>)である。

したがって,原告の損害は35万8890円(749.25時間×(867円-388円))となる。

(被告の主張)

原告は研修生で労働できず,また,研修手当に応じて残業手当を支払っているから,原告が主張する損害は与えていない。

(7)  争点2(3)(本件和解契約2の成否)について

(被告の主張)

ア 被告は,平成21年4月10日,原告との間で,住居費(以下「寮費」ともいう。)及び残業代の問題につき,合計17万0500円を支払うということで和解し,同額を弁済した。

イ 本件和解契約2締結の経緯は,以下のとおりである。

平成21年3月ころ,被告が外国人研修生・実習生らのために用意した寮(以下「本件寮」という。)について,実習生から寮費を安くして欲しいとの要望が出された。また,その頃,実習生から研修生時代の残業手当が安かったのではないかとの要望があった。

そこで,第一次受入機関の職員であるE(以下「E」という。)が,平成21年4月3日ころ,被告からの提案として,寮費を今後2万8500円へ減額すること及びこれまでの分の差額10万4500円(9500円×11か月)を支払うことを伝えた。実習生6名は,これを持ち帰り相談して,1週間後の同月10日に回答することになった。

平成21年4月10日の話合いは,被告の代表者,役員,従業員,第一次受入機関のD,実習生6名が出席した。話合いにおいて,実習生から残業についても併せて解決するのであればもっと譲歩して欲しいとして,今後の寮費を2万3000円へ減額するとの要望が出された。そして,被告がその場で同要望を受け入れて,10万4500円は即日交付し,残金6万6000円は解決金として後日交付することの合意が成立し,確認書(証拠<省略>。以下「本件確認書」という。)に指印をしてもらい,それぞれ支払った。

(原告の主張)

ア 原告が本件和解契約2に同意したことはない。

イ 平成21年1月ころ,原告の先輩格にあたる実習生らがf労働組合総連合に残業代や住居費について相談したところ,残業代の請求の時効が2年であると言われたため,まずは住居費の減額について交渉しようとの話になった。そこで,原告を含む実習生らが被告に対してその旨申し入れたところ,被告は,同年4月10日に17万0500円を支払うと回答した。しかし,Dが,金銭を支払う前に本件確認書に署名しなければお金は渡さないと話した。そこで,原告が同書面の文面を確認したところ「残業」の文字があったので,不審に思い問いただしたところ,「残業は関係ない」と言われた。しかし,原告は以前に120万円の件があったため,被告を信用できず,署名を拒絶して帰ってしまった(本件確認書及び乙8の1は,原告の氏名の漢字に誤りがあるから,交渉に参加していた者か被告従業員のいずれかが,署名したものと思われる。)。その後,同月13日にDが本件寮にやって来て,6万6000円を交付したので,乙8の2を書いて渡し,10万4500円については別途給与口座への振り込みを受けた。

したがって,既払分17万0500円はあくまで住居費の過払分の支払であり,原告と被告との間で残業代を含めた和解契約は成立していない。

(8)  争点3(1)(住居費を控除したことが不法行為に該当するか否か)について

(原告の主張)

ア 被告は,平成20年3月分から平成21年2月分まで3万8000円,平成21年3月分から同年12月分まで2万3000円を住居費として原告に支払うべき給与から控除していた。

イ 社宅費の控除に関しては,賃金の全額払いの原則(労基法24条1項本文)の例外として,労使協定が締結された場合に認められるものであるが,被告においては,同協定は締結されていない。

また,仮に労使協定が締結された場合であっても,社宅費や水光熱費の控除については,実費を超えてはならず,「労働基準法の一部を改正する法律等の施行について」と題する各都道府県労働基準局長あて労働基準局長婦人少年局長通達(昭和27年9月20日基発第675号)においても,事理明白なものについてのみ控除を認めるとされている。

本件寮については,被告が何らかの実費を負担していたことは明らかでなく,事理明白な実費は存在しない。また,本件寮は,シャワー及びトイレが共用であり,4畳半の2人部屋の住居であり,とりわけ管理がされているわけでもなかった。一方,本件寮は,g市の駅から徒歩11分以上であるから,1部屋3万8600円が相場である。そうすると,仮に被告が負担していた実費が存在していたとしても,原告の給与から控除した住居費は明らかに高額である。

以上のとおり,被告は,過大な住居費の控除により不当な利益を得ていたものであり,被告が控除していた住居費は,事理明白なものとは言い難く,このような名目で毎月もともと少額な給与からさらに控除を行うこと自体が不法行為を構成する。したがって,被告の上記控除は全て違法であり,同額全部が原告の損害となる。

ウ 仮に,被告が主張するように平成20年3月以降の賃料及び水光熱費を全て計算し,これを延べ人数で割った1人当たりの実費が2万7460円であるとしても,原告と同じ寮に入居していた日本人従業員は,原告らが複数人(主に2人部屋)で入居していた部屋よりも広い部屋に1万7000円の寮費を支払って1人で入居していたから単純に延べ人数の頭数で計算することはできない。また,上記待遇は,「使用者は,労働者の国籍,信条又は社会的身分を理由として,賃金,労働時間その他の労働条件について,差別的取扱をしてはならない。」と定めた労働基準法3条の規定に違反するものであるから,その点でも被告による原告の寮費の控除は違法である。日本人従業員が1万7000円の寮費で1人で部屋を使用し,原告らが2人で部屋を使用していたことを考慮すると,被告の原告に対する寮費の控除は少なくとも8500円以上は違法である。

(被告の主張)

ア 原告の主張アは認め,同イ及びウは争う。

イ 被告は,労働基準法24条1項の労使協定を締結し,寮費及び光熱費の控除を明記している。実習生との間で個別の労働契約を締結した際も住居費の控除を合意している。

本件寮は,被告が原告ら実習生のためにワンフロアを月額45万円で借り上げていたものであるが,住居費は家賃だけでなく,電気・ガス・水道代込み(使い放題)であったから,被告が実習生から3万8000円ずつ徴収しても,被告には,損失はあっても利益はなかった(原告が寮費を負担していた平成20年3月から平成22年1月までの間,被告が支出した実費(賃料及び水道光熱費)の合計は1430万6964円であり,居住していた延べ人数521人で割ると,1人当たり1か月2万7460円となる。)。また,実習生は,水道光熱費に加え,初期費用の負担もないから,賃貸アパートの賃料と単純に比較するのは誤りである。仮に,3万8000円を控除せず,原告に渡したとしても,その額で同等の条件で生活することは困難である。なお,被告は,寝具,電化製品(冷蔵庫・炊飯器等)なども無償で支給し,福利厚生を図っていた。後日,住居費を2万3000円に減額したのは,福利厚生をさらに手厚くする趣旨にすぎない。

以上によれば,住居費の控除には,何ら違法性はなく,また,原告に対し,住居費の控除によって何ら損害を与えていないから,不法行為は成立しない。

(9)  争点3(2)(本件和解契約2の成否)について

(被告の主張)

争点2(3)に対する被告の主張のとおり住居費の控除の問題については本件和解契約2の締結により解決済みである。

(原告の主張)

争点2(3)に対する原告の主張のとおり本件和解契約2は成立していない。

第3当裁判所の判断

1  請求1について

(1)  争点1(1)(本件事故の原因及び安全配慮義務違反の有無)について

ア 上記前提事実及び証拠(後掲)によれば,以下の事実が認められる。

(ア) 本件工場においては,本件機械を使用して自動車の椅子の枠組パイプの曲げ加工をする作業が行われていた。本件機械には,両手操作式安全装置や光線式安全装置などの安全装置は設置されていなかった。(証拠<省略>)

(イ) 本件機械の作業手順は,①右手で真っ直ぐなパイプを第1曲げ型にセットし,右手でスイッチを押す,②右手でL字型に曲がったパイプを取り出し,第2曲げ型にセットし,右手でスイッチを押す,③右手でコの字型に曲がったパイプを取り出し,パイプ置き台に置く,というものである。(証拠<省略>)

(ウ) Cは,毎日作業開始前に本件機械について,油気関係(油量は油量計の適正範囲内にあるか,ホースから油漏れしていないか)と駆動関係(異常音がしていないか)を目視でチェックしていた。(証拠<省略>)

(エ) 原告は,外国人研修生として平成19年3月7日に来日し,同月8日から本件工場において本件機械以外のベンダー機でパイプ曲げの作業等をしていた。(上記前提事実,原告本人)

(オ) 原告は,平成19年6月22日ころ,本件機械でパイプ曲げの作業を担当することになった。Cは,同作業開始前,原告に対し,本件機械を使用して上記作業手順を数回繰り返して作業手順を教えた。その後,原告が実際に本件機械を使用して上記作業を行い,Cは,原告が教えたとおりに作業を行っていることを確認した。(証人C,原告本人)

(カ) 原告は,平成19年6月25日午後5時過ぎころ,本件機械でパイプ曲げ作業を行っていた際に右手示指を本件機械に挟まれた(本件事故)。(上記前提事実)

(キ) 原告は,本件事故発生後,b病院で右示指切断の手術を受けたが,同病院において,被告の常務取締役であるF(以下「F」)という。)から本件事故発生の状況を尋ねられ,これに対し,自分で間違ってスイッチを押してしまったと説明した。また,原告は,b病院での治療終了後,本件工場に戻り,被告の従業員であるG(以下「G」という。)に対し,本件事故発生の原因について,身振り手振りも交えて右手でパイプを本件機械にセットしたまま,左手でスイッチを押して挟まれたと説明した。(上記前提事実,証人G,証人F,ほか人証<省略>)

(ク) 被告は,本件事故が発生してから2週間後に本件機械に安全装置(指を危険領域に入れたままスイッチを押してしまった場合に,赤外線が人体の存在を感知して自動的に機械が止まる装置)を設置した。なお,被告は,本件事故発生後,上記安全装置を設置するまでの間も本件機械を使用してパイプ曲げ作業を行っていた。(人証<省略>,弁論の全趣旨)

イ 事実認定についての補足説明

(ア) Cは,原告が本件機械で作業をする前に作業手順を繰り返して説明したほか,①左手を叩いた上,手でバツ印をして駄目という身振りをして左手を使ってはいけないと教えた,②本件機械を使用した経験のある中国人研修生が中国語で説明しながら実演したと供述する。

しかし,①については,被告が作業手順や注意事項(してはならない動作等)について中国語で記載した書面を作成して交付していたのであれば,そのような動作をしたという供述を採用する余地はあるが,被告が上記書面を作成したことはうががえない以上,直ちに採用できないというべきである。また,②についても,これを裏付ける具体的な証拠がないから,直ちに採用できない。

(イ) 原告は,本件事故後,b病院で本件事故の原因について説明をしたことはなく,b病院で治療後,本件工場に戻ったこともないと供述する。

しかし,被告としては,本件機械の安全性を確認するために本件事故の発生原因に関心を抱くのが当然であるから,b病院まで同行したFが原告に対して本件事故の発生原因を尋ねるというのは自然なことであって,本件事故の原因を聞かず,本件機械の安全性を確認しないまま本件事故後も本件機械を使用するというのは不自然であるから,b病院で本件事故の原因について説明したことはないという原告の供述は採用できない。また,原告がb病院で治療後,本件工場に戻ったことについては,E及びGが一致して供述しているところであり(Eの供述では被告の社員のうち誰が立ち会っていたのかについての記憶が曖昧であるが,尋問が本件事故発生後5年を経過した時点で行われていることを考慮すると,不自然であるとはいえない。),本件事故発生の翌日に作成された災害発生報告書(証拠<省略>)は原告から事情を聞くのでなければ作成できない内容であるから,b病院で治療後,本件工場に戻ったことはないという原告の供述は採用できない。なお,上記災害発生報告書について,原告は,原告が本件事故の原因を説明したのであれば,原告に本件事故発生の状況を再現させて,これを写真に撮影するはずであるのに,Cが本件事故発生の状況を再現した写真が撮影されているのは不自然であると主張するが,原告が怪我をしているので代わりにCにやってもらったというGの供述が不自然であるとはいえないから,原告の上記主張は理由がないというべきである。

ウ 上記認定のとおり,本件機械は,右手でパイプを設置した上,右手でスイッチを押すことになっているが,これはパイプを設置した右手を挟むという事故の発生を防ぐためであると考えられること,本件事故後,原告は,右手でパイプを設置した状態のまま左手でスイッチを押したと説明していること,本件事故発生後も被告は本件機械を使用していることからすると動作不良等の不具合はなかったと考えられることを考慮すると,本件事故は,原告が本件機械に右手でパイプを設置した状態で左手でスイッチを入れたことにより発生したと認めるのが相当である。

これに対し,原告は,本件事故は,①本件機械が何らかの理由で動いた,②原告が意図せずに原告の身体が本件機械のスイッチに接触した,のいずれかが原因であると主張する。

上記認定のとおり,被告は,毎日本件機械の点検を行っているし,本件事故後も本件機械に動作不良等はなかったこと,本件事故後,原告は,FやGに対し,本件事故の原因について右手でパイプを設置した状態のまま左手でスイッチを押したと説明し,本件機械が勝手に動いたという説明はしていないことからすると,本件機械が平成元年製である(証拠<省略>)ことを考慮しても,原告の上記①の主張は理由がないというべきである。

また,証拠(甲19の5,ほか証拠・人証<省略>)によれば,本件機械を使って作業をする際に作業者の身体がスイッチに触れるような近い位置で作業をすることはないと認められるから,原告の上記②の主張は理由がないというべきである(原告本人は,本件機械付近の状況は甲19号証の5の写真とは異なっていると供述するが,これを裏付ける具体的な証拠はないから採用できない。)。

エ 被告は,原告を外国人研修生として受け入れ,本件工場においてパイプ加工の作業に従事させていたものであるから,原告を上記作業に従事させるにあたって,原告の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負っているものと解すべきである。

上記認定のとおり,本件事故発生当時,本件機械には安全装置が設置されていなかったところ,この点について,原告は,本件機械は,労働安全衛生規則131条のプレス機械に該当する,仮にそうでないとしても同規則147条の射出成形機等に該当するとして,安全装置の設置義務があったと主張する。

労働安全衛生規則131条(ただし,平成23年1月12日厚生労働省令第3号による改正前のもの)は,事業者は,プレス機械については,安全囲いを設ける等当該プレス機械を用いて作業を行う労働者の身体の一部が危険限界に入らないような措置を講じなければならず,作業の性質上,これが困難なときは,当該プレス機械を用いて作業を行う労働者の安全を確保するために両手操作式あるいは感応式の安全装置を取り付ける等の必要な措置を講じなければならない旨を定めているが,プレス機械の定義については,同規則では特に定めがない。一方,労働安全衛生規則147条1項は,事業者は,射出成形機,鋳型造形機,型打ち機等(本章第四節に規定する機械を除く。)に労働者が身体の一部をはさまれるおそれのあるときは,戸,両手操作式による起動装置その他の安全装置を設けなければならない旨を定めているから,射出成形機,鋳型造形機,型打ち機等のうち,上記プレス機械に該当しない射出成形機,鋳型造形機,型打ち機等(以下「射出成形機等」という。)が同規定の対象となる。

そして,本件通達では,プレス機械とは,曲げ,打抜き,絞り等の金型を介して原材料を曲げ,せん断,その他の成形をする機械のうち,労働安全衛生規則第147条の適用を受ける次のような機械を除いたものをいうと定めている(証拠<省略>)ことが認められる。

上記規則の規定及び本件通達によれば,労働安全衛生規則131条のプレス機とは,金型を介して原材料を加圧加工する機械であり,同規則147条の射出成形機等とは,それとは違った機構で原材料を加圧加工する機械であると解するのが相当である。そして金型とは,これを介して原材料を加圧加工するものとされているから,機械のうち原材料を加圧加工する部分が金型であるというためには,当該部分と加圧加工後の製品の形状が対(雄・雌の関係)となっていることを要すると解するのが相当である。

そこで,本件機械について検討するに,証拠(証拠<省略>)によれば,本件機械は,曲げ型部分とパイプ溝型部分を用いてパイプを加圧加工する機械であるが,曲げ型部分及びパイプ溝部分と加圧加工後のパイプの形状が対となっているものではないと認められる。そうすると,本件機械は,パイプを金型を介して加圧加工する機械であるとはいえないから,労働安全衛生規則131条のプレス機には該当しない(したがって,プレス機に該当することを前提とする原告主張の安全配慮義務違反は理由がない。)。

もっとも,上記認定によれば,本件機械は,金型とは違った機構でパイプを加圧加工していると認められるから,労働安全衛生規則147条の射出成形機等に該当すると認められる。

そして,上記認定の本件機械を用いたパイプの加工作業の内容によれば,本件機械は労働者の身体の一部をはさむおそれのあるものであると認められるから,被告は,労働安全衛生規則147条1項に従い両手操作式あるいは感応式の安全装置を取り付ける等の必要な措置を講じる義務があったというべきである(同規定は,研修生が作業従事者である場合にも準用するのが相当である。)。

オ また,上記認定のとおり,Cは,原告が本件機械を使って作業を開始する前に実際に作業を行って作業手順を教えた上,原告に実際に作業を行わせ,教えた通りに作業を行っていることを確認している。しかし,原告は中国人であり,日本語をほとんど理解できず,また,研修生として来日した者であることを考慮すると,作業手順や注意事項及び事故発生時における対応等について,中国語で記載した書面を交付するか,中国語で説明した上,その内容・意味を正確に理解していることを確認するのでなければ,安全教育としては不十分であって,安全配慮義務を尽くしているとはいえないというべきである。

カ したがって,被告には,安全配慮義務違反があったと認められ,上記認定の本件事故の発生原因を考慮すると,被告の安全配慮義務違反と本件事故との間には相当因果関係があると認められる。

(2)  争点1(2)(原告の損害)について

上記認定のとおり,被告には安全配慮義務違反があり,同義務違反と本件事故との間には相当因果関係があるから,被告は,原告が本件事故により被った損害を賠償する義務がある。

そこで,以下,原告主張の損害(弁護士費用を除く)について検討する。

ア 通院慰謝料(原告の請求額:84万円)について

上記前提事実及び証拠(証拠<省略>)によれば,原告は,本件事故により右示指挫滅創の傷害を負い,平成19年6月25日から同年9月21日までの間(実通院日数27日),b病院に通院して治療を受けたと認められる。

上記負傷の内容や通院期間・実通院日数を考慮すると,通院慰謝料は70万円が相当である。

イ 後遺障害逸失利益(原告の請求額:1983万6787円)について

(ア) 上記前提事実のとおり,原告は,本件事故により右示指挫滅創の傷害を負い,右示指切断の手術を受け,平成19年9月21日(当時の原告の年齢21歳)に症状固定をしたこと,原告の後遺障害は,後遺障害等級11級(1手の人差し指を失ったもの)に該当することが認められる。

したがって,原告の労働能力喪失率は20パーセントとするのが相当である。

(イ) 原告は,逸失利益算定期間については,本件事故当時(原告21歳)から原告が67歳になるまでの46年間と主張するところ,今後の中国における寿命の推移を的確に認定する証拠はないものの,後記のとおり経済成長が見込まれ,生活水準も向上していくことが予想されるので,67歳までの46年間とするのが相当である。

(ウ) 原告は,基礎賃金については,平成19年度の賃金センサスの男性労働者平均賃金である554万7200円とすべきであると主張する。

上記認定のとおり,原告は,外国人研修生として来日した者であるから,研修及び実習が終了する平成22年3月7日(証拠<省略>)までの間は,日本国内で転職して稼働することは困難だったので,上記平均賃金を基礎賃金とすることはできない。そして,研修及び実習中に原告が支給を受けた金員について,原告の上記後遺障害を起因とする減収があったとはうかがえない。

そうすると,上記症状固定後から平成22年2月末までの間に原告に本件事故による後遺障害を原因とする逸失利益が生じたとは認められないというべきである。

原告は,研修及び実習終了後は中国へ帰国することが予定されており,実際にも平成22年3月以降に中国へ帰国している。したがって,平成22年3月以降の逸失利益については,中国での収入等を基礎として算定するのが相当である(最高裁判所平成9年1月28日第三小法廷判決・民集51巻1号78頁参照)。

証拠(証拠<省略>)によれば,原告は,中国に帰国後,平成23年3月からビール瓶の製造工場で勤務し,月収は2700~2800元(1元=12円として換算すると3万2400円~3万3600円。年収に換算すると38万8800円~40万3200円)であることが認められる。

この点について,原告は,①原告が就労するc省d市の近年の労働者平均月間給与及びGDPの伸び率は,平成13年から平成21年までの9年間で平均給与は2.5倍も増加し,平成19年9月21日の症状固定後の2年間だけを見ても140パーセントもの伸び率を示している,②平成20年版科学技術白書では,いわゆるBRICs諸国の経済成長について,2000年(平成12年)には1354であった中国GDPの将来推計(単位10億ドル)として,2050年(平成62年)には38010との分析が紹介され,50年間で2807パーセントという驚異的な成長を予測している,③2001年から2010年のGDPの増大に伴い,中国では消費者物価も上昇を続けているところ,上記のとおりの経済成長が成し遂げられれば,物価も上昇するはずである,ということを考慮すると,原告の居住する中国では,今後確実に大規模な経済発展に伴い,賃金の大幅な上昇を遂げることが明らかであるから,原告主張のとおり日本の賃金センサスに基づいて基礎収入を算定すべきであると主張する。

原告主張の中国におけるこれまでのGDPの増加の傾向は,今後も続くことが予想されるが,経済状況は容易に変動するから,将来の成長率を正確に判断することは不可能である(原告主張の科学白書の予測についてもあくまでも予測にとどまる。)。そうすると,原告主張の基礎収入を逸失利益の算定の基礎とするにはなお立証不十分であるといわざるを得ない。

d市における2009年(平成21年)及び2010年(平成22年)の成長率がいずれも前年比114.1パーセントである(証拠<省略>)ことが認められるところ,同様の成長率が10年間継続した場合,原告の上記年収は約144万円~150万円に達するが,同額は原告主張の上記基礎収入の約26~27パーセントにとどまる。その後,中国における経済成長がなお続く可能性はあるとしても,上記10年間の成長率の継続という前提も不透明であるといわざるを得ない。

結局,上記一切の事情を総合考慮すると,逸失利益の算定における原告の基礎収入としては,平成19年度の賃金センサスの男性労働者平均賃金である554万7200円の25パーセントである138万6800円とするのが相当というべきである。

(エ) 以上によれば,原告の逸失利益は,上記認定の基礎収入(138万6800円)に症状固定後の就労可能年数46年に対応するライプニッツ係数(17.8801)から症状固定後中国に帰国するまでに少なくとも2年を経過しているのでこれ対応するライプニッツ係数(1.8594)を控除した16.0207を乗じ,さらに上記認定の労働能力喪失率(20パーセント)を乗じた444万3501円(1円未満四捨五入)となる。

ウ 後遺障害慰謝料(原告の請求額:430万円)について

上記のとおり,原告の後遺障害は,後遺障害等級11級に該当するところ,同後遺障害に対する慰謝料は,症状固定後2年以上日本に滞在していたこと,上記認定の中国帰国後の年収予想等の事情を総合考慮すると,200万円とするのが相当である。

(3)  争点1(3)(原告の過失の有無及び割合)について

上記認定のとおり,本件事故は,原告が本件機械に右手でパイプを設置した後,右手でスイッチを入れるべきところ,誤って左手でスイッチを入れたことにより発生したと認められる。

もっとも,上記認定のとおり,被告にも本件機械に設置すべき安全装置を設置せず,また,本件機械の操作に関する安全教育が不十分であったという安全配慮義務違反が認められる。

被告が安全装置を設置していれば,本件事故の発生は防ぐことができたことを考慮すると,原告の過失割合は2割とするのが相当である。

(4)  争点1(4)(本件和解契約1の成否)について

ア 証拠(証拠・人証<省略>)によれば,原告を被保険者とする損害保険契約に基づき,本件事故により原告が被った後遺障害に対する後遺障害保険金として56万円がh株式会社から支払われることになり,a協同組合は,原告の代理人として原告から同意書をもらって上記保険金の支払手続を行ったこと,被告代表者は,平成20年5月2日,中国c省i市内にある原告の実家を訪れ,原告の両親に120万円を交付し,原告の父親が署名した120万円の領収書を受け取ったこと,同領収書には,「金1,200,000円」という金額の下に「※ 労働災害補償金として確かに受け取りました。本件につきまして今後一切の請求をいたしません。」との記載があったことが認められる。

イ 上記120万円について,Dは,被告に対し,上記保険金56万円に64万円を加算した120万円程度を本件事故に関する示談金として支払うことができないかお願いしていたところ,被告から了解を得たので,平成20年4月21日,原告と一緒に豊田労働基準監督署に行って原告の指の場合に労災保険が支給されるとしたら110万円くらいであると聞いた後,喫茶店に寄り,原告に対し,本件事故について120万円で示談してはどうかという話をし,原告がこれに同意した,また,5月の連休に中国で行われるEの結婚式に被告代表者やDが出席する予定になっていたので,その時に120万円を原告の両親に支払って,そのお金で自宅を建て直してはどうかという話をしたところ,原告はこれにも同意したので,中国を訪問した際に被告代表者が原告の両親に120万円を支払った旨の陳述書(証拠<省略>)を作成するとともに同旨の供述をしている。

一方,原告は,Dと一緒に豊田労働基準監督署に行った後,Dから被告と120万円で示談したらどうかと言われたが,ちょっと考えると話して同意はしなかったし,喫茶店にも行っていない,被告が両親に120万円を支払ったということは,支払い後に知ったと供述する。

被告が,原告が同意していないのに120万円を原告の両親に支払うというのはいささか不自然であるから,被告が120万円を支払うということと,これを原告の両親に交付するということについて原告は了解していたのではないかと考えられる(したがって,原告の上記供述は採用しない。また,上記120万円は自宅を建てるためのお金としてもらった,被告は豊かなのでちょっとくらいお金を出しても大丈夫だと思い,不自然とは感じなかった旨の(人証<省略>)の供述も,その内容自体不自然であり,採用しない。)。もっとも,本件事故により原告が被った損害としては,負傷による通院に対する慰謝料,後遺障害に関する逸失利益及び慰謝料であるところ,原告に対して支払われる予定であった上記保険金は後遺障害保険金であり,Dが労働基準監督署で聞いた労災保険の額も労災補償給付の金額でありると解されるから,Dが供述するように「120万円で示談する」ということに原告が同意したと認められるとしても,「120万円で示談する」という話の対象が上記原告の被った損害の全部とするものであったかは疑問がある。また,本件和解契約1が120万円で填補されない残損害金があっても原告はその請求権を放棄するという合意を含むものであるのであれば,その実体的効果に鑑みると被害者である原告が合意したという事実については慎重に検討すべきものであるところ,本件和解契約1に関する書面は作成されていないこと,Dが原告に対し「120万円で示談する」ということの意味を正確に説明して原告にきちんと理解させた上で同意を得たことに関する具体的な裏付けもない。

そうすると,Dの上記供述をもって本件和解契約1が成立したとはなお認めるに足りないというべきである。そして,他に本件和解契約1が成立したと認めるに足りる証拠はない(上記認定の原告の父親が作成した領収書は,原告と被告間に本件和解契約1が成立したことを裏付けるものとはいえない。)。

したがって,本件和解契約1の成立により原告は被告に対するその余の損害賠償請求権を放棄した旨の被告の主張は理由がない。もっとも,上記認定のとおり,被告は120万円を本件事故により原告が被った損害に対する賠償金の趣旨で支払ったと認められ,本件和解契約1が成立したとの被告の主張も120万円は上記賠償金として支払われたという弁済の主張を含むから,120万円は原告が被った損害額から控除するのが相当である。

(5)  小括

上記認定のとおり,原告が被った損害(弁護士費用を除く)は合計714万3501円であり,本件事故に関する原告の過失割合は2割であるから,同額から2割を控除すると残損害額は571万4801円(1円未満四捨五入)となる。

そして,上記金額や原告が中国人であることによる訴訟代理人の負担増加等の本件事案の内容を考慮すると,本件事故と相当因果関係にある弁護士費用(原告の請求額:249万7678円)は60万円とするのが相当である。

したがって,原告は,被告に対し,上記残損害金571万4801円に上記弁護士費用60万円を加算した合計631万4801円及びこれに対する本件事故発生日である平成19年6月25日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を請求できるところ,上記認定のとおり,被告は平成20年5月2日に120万円を支払っているから,同額をまず同日までの313日分の遅延損害金27万0018円(1円未満四捨五入)に充当し,残金92万9982円を上記損害金元金に充当すると残損害金は538万4819円となる。

よって,原告の請求1は,被告に対し,538万4819円及びこれに対する上記弁済日の翌日である平成20年5月3日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却すべきものである。

2  請求2について

(1)  争点2(1)(被告が原告を研修生として取り扱わず,労働者として従事させたか否か及び不法行為の該当性)について

ア 上記第3の1認定事実及び証拠(後掲)によれば,以下の事実が認められる。

(ア) 原告は,外国人研修生として平成19年3月7日に日本に入国し,翌8日から本件工場でパイプの加工に従事していた。原告は,作業開始前に本件工場の日本人従業員から身振り手振りで機械の操作方法・作業の手順について説明を受けたのみで,安全教育といえるような指導・教育を受けたことはなかった。(上記第3の1,人証<省略>,原告本人)

(イ) 本件工場における原告の時間外労働時間(欠勤及び外出時間控除後の時間)は,平成19年3月が61.5時間,同年4月が87時間,同年5月が61時間,同年6月が58時間,同年8月が5時間,同年9月が115時間,同年10月が135.5時間,同年11月が99時間,同年12月が36.5時間,平成20年1月が35.75時間,同年2月が55時間の合計749.25時間であった。原告は,上記の期間,研修手当毎月6万円の他に残業代金合計29万1374円(1時間当たり388.88円)の支払を受けていた。(証拠<省略>,原告本人)

(ウ) 原告は,平成20年3月7日からは実習生として本件工場でパイプの加工に従事していたが,その作業の内容は研修生の時と同様であった。また,研修生の時と同様に時間外労働にも従事していた。原告は,実習生となった後は,基本給13万6120円の他に残業代金(夜間割増手当を含む)の支払を受けていた。(証拠<省略>)

イ 証拠(証拠<省略>)によれば,被告は,入国管理局長に対し,原告の研修期間中に安全教育(24時間),生活学習(48時間),品質管理(26時間),部品名称(32時間),金属プレス概要説明(92時間),金属プレス加工製造作業の基礎知識(352時間)などの研修を行うことを予定している旨の書面を提出し,その後,これを予定通り行った旨の書面を提出したことが認められる。

しかし,(人証<省略>)は,講師とされているHやI(以下「Hら」という。)が原告に対し講義をしたということを聞いたことはないと供述しているし,日本語をほとんど理解できない原告に対しHらが講義をするのであれば,中国語で講義をする必要があるところ,Hらが中国語を話せたとか通訳を介して講義を行ったという具体的な裏付けはないことからすると,上記書面のとおり研修が行われたと認めることはできない。そして,(人証<省略>)の上記供述内容及び中国語による講義が行われたことの裏付けがないことを考慮すると,上記研修は行われていなかったと認めるのが相当である。

ウ 上記認定のとおり,被告において原告の研修期間中に予定されていた研修は行われず,本件工場において作業を開始する前に安全教育といえるような指導・教育も行われず,また,研修が開始した平成19年3月から(同年7月を除き)時間外労働に従事させていたもので,従事する作業の内容は研修期間中と実習生となった以降とで特段の変化はなく同様であったことが認められる。

被告は,原告ら研修生からお金を稼ぎたいという要望があったので,それに応じたものであると主張するが,受注量以上の部品を生産することは企業の経営上意味がないから,被告が原告ら研修生に残業代を支払うために必要のない作業を行ってもらったとは考え難く,上記認定の時間外労働は,被告が受注した量の部品を生産するために従事させたものと認めるのが相当である。

以上によれば,被告は,原告を研修生として処遇し,工員として必要な知識・技術を習得させるという意図は全くなく,原告による労務の提供それ自体を目的に原告を研修生という名目で受け入れ,被告の指揮監督の下で原告に対し労務の提供を行わせ,原告に対し支払われた研修手当・残業代金もかかる労務の提供の対価として支払われたものと評価することができる。

したがって,原告は,研修期間中においても,労働基準法9条所定の労働者に該当すると認められ,また,最低賃金法2条1号所定の労働者にも該当するところ,原告に支払われた残業代金は1時間当たり388.88円であり,原告の研修期間中の愛知県における最低賃金694円(証拠<省略>)を下回るものである。

そうすると,結局,被告は,労働者として作業に従事させ,かつ最低賃金を下回る賃金しか支払わないという意図を有しながら,研修生という名目で原告を受け入れた上,原告に対する研修を全く行わず,被告の指揮監督の下で原告に対し労務の提供を行わせ,最低賃金を下回る賃金しか支払わなかったものであるから,このような被告の行為は,原告に対する不法行為に該当するというべきである。

(2)  争点2(2)(原告の損害)について

原告は,当時の愛知県の最低賃金694円を基礎賃金とすると割増賃金は867円(694円×1.25。なお深夜割増賃金の加算はしない。)であり,時間外労働は合計749.25時間であるから,損害は35万8890円(749.25時間×(867円-388円))となると主張する。

上記認定のとおり,原告の研修期間中の愛知県における最低賃金は694円であることが認められ,また,上記認定のとおり,同期間中の時間外労働時間は合計749.25時間であり,支払済みの残業代金は合計29万1374円であると認められる。

したがって,被告の不法行為により原告が被った損害は,35万8226円(749.25時間×867円-29万1374円。小数点以下四捨五入)となる。

(3)  争点2(3)(本件和解契約2の成否)

被告は,平成21年4月10日,原告との間で,残業代及び住居費の問題につき,合計17万0500円を支払うということで合意し,原告は本件確認書に指印をしたと主張する。

しかし,本件確認書の右下に押されている指印と原告が平成24年7月5日の原告本人尋問に際して押した指印(同調書の末尾に添付した書面の裏側のもの)とを対照しても,両指印が同一であると認めることは困難である。また,Dは,原告は本件確認書に署名と指印をしたと供述するが,指印について同一性を確認できないことは上記認定のとおりであるし,本件確認書の「甲山J」との署名部分については,原告の氏名(甲山X)と一致していない上,原告の自筆である(証拠<省略>)の原告の署名部分とを対照しても似ているはといえないことを考慮すると,Dの上記供述は採用できない。

そうすると,本件確認書が原告の意思により作成されたものと認めることはできない。

そして,原告が本件確認書に署名・指印をして本件和解契約2が成立したとのDの上記供述が採用できないことは上記のとおりであって,他に同契約の成立を認めるに足りる証拠はない。なお,被告は,原告を含む研修生全員が和解に応じることが前提であったから,原告が和解に同意しないのに原告以外の研修生との間で和解をして和解金を支払う理由はないと主張する。しかし,原告以外の研修生が和解金をもらうために原告の同意なく勝手に本件確認書を作成した可能性も十分あるから,被告の主張は上記結論を左右するものとはいえない。

したがって,本件和解契約2が成立した旨の被告の主張は理由がない。

(4)  小括

以上によれば,原告の請求2は,35万8226円及びこれに対する不法行為後の日である平成21年3月25日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却すべきものである。

3  請求3について

(1)  争点3(1)(住居費を控除したことが不法行為に該当するか否か)について

ア 被告が,平成20年3月分から平成21年2月分まで3万8000円,平成21年3月分から同年12月分まで2万3000円を住居費として原告に支払うべき給与から控除していたことは,当事者間に争いがない。

イ 原告は,社宅費の控除は労使協定が締結された場合に認められるが,被告においては,同協定は締結されていないと主張する。

しかし,証拠(証拠<省略>)によれば,被告は労働基準法24条1項ただし書所定の賃金控除に関する協定書を締結していること,同協定書には,寮費・光熱費も賃金控除の対象とされていることが認められるので,原告の上記主張は理由がない。

ウ(ア) 原告は,被告は過大な住居費の控除により不当な利益を得ていたもので,このような名目で毎月もともと少額な給与からさらに控除を行うこと自体が不法行為を構成するから上記控除額全部が損害となる,仮にそうでないとしても,日本人入居者(住居費月額1万7000円)と中国人入居者が負担する住居費に差異があることは,労働基準法3条に反するので,1万7000円の半額である8500円を超える部分は違法な徴収になると主張する。

(イ) 証拠(証拠・人証<省略>,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

a 本件寮は,被告が第三者から賃借(月額45万円,その他,電気・ガスは実費精算,水道は入居者数で頭割りとする。)した建物であり,被告は,同建物を本件寮として外国人研修生や実習生及び日本人従業員に提供し,また,寮に寝具,電化製品(冷蔵庫・炊飯器等)を備え付けていた。

b 原告ら中国人は2人で1部屋を使用していたが,日本人従業員は1人で1部屋を使用していた。

c 被告は,平成20年3月から平成21年2月までの間は,入居者(中国人は同年10月まで18人,同年11月以降22人,日本人は平成20年5月から7月は1名,その余の期間は2名)のうち,原告を含む中国人入居者12名からは月額3万8000円の住居費を,日本人入居者全員からは月額2万7000円の割合による住居費をそれぞれ徴収していた。

d 被告は,平成21年3月から平成21年10月までの間は,入居者(中国人は同年3月が16名,同年4月以降22名,日本人は同年1月が2名,その余の期間は3名)のうち,平成19年3月に入国した原告を含む中国人入居者6名からは月額2万3000円の住居費を,平成20年3月に入国した中国人入居者6名からは月額2万8500円の住居費を,日本人従業員の入居者のうち,平成21年3月以前からの入居者2名からは月額2万7000円の,同月から入居した日本人従業員1人からは月額1万7000円を住居費としてそれぞれ徴収していた。

e 被告は,平成21年11月から平成22年1月までの間は,入居者(中国人は22名,日本人は平成21年11月は2名,同年12月以降は3名)のうち,原告を含む平成19年3月に入国した中国人入居者6名からは月額2万3000円の割合による住居費を,平成20年3月及び同年11月に入国した中国人入居者合計10名からは月額2万8500円の割合による住居費を,日本人入居者については上記のとおり1名については月額1万7000円,その他の入居者からは月額2万7000円の住居費をそれぞれ徴収していた。

f 原告が住居費を負担していた平成20年3月から平成22年1月までの間,被告が支出した実費(賃料・水道光熱費)は,賃料が合計1035万円,水道光熱費が合計395万6964円(両費用合計1430万6964円)であり,住居費収入は合計1047万9142円であった。

g 被告が支出した上記実費を居住していた延べ人数521人(寮費を負担しない研修生も含む。)で割ると1人当たりの実費は月額2万7460円となる。

(ウ) 上記認定のとおり,原告が住居費を負担していた平成20年3月から平成22年1月までの間に被告が支出した実費を居住していた延べ人数で割ると1か月当たりの実費は1人当たり2万7460円であるが,同人数には住居費を負担しない入居者も含まれているから,同入居者に関する住居費は他の入居者が負担していることになる。また,日本人入居者は1人で部屋を,中国人入居者は2人で部屋を使用しているから,1部屋当たりの負担は中国人入居者の方が軽減されるのが合理的であるし,中国人入居者と日本人入居者の間で1人当たりの水道光熱費に格別の差異はないと考えられるところ,上記認定の住居費は同使用実態を考慮したものであるとはうかがえない。また,中国人入居者の収入よりも日本人入居者の収入の方が高額であると推認されるから,収入のうち住居費が占める負担感は中国人入居者の方が大きいところ,上記認定の住居費はそのような負担感の違いを考慮したものとはうかがえない(なお,中国人入居者が支払うべき実費の一部を日本人入居者に負担させるべきという趣旨ではない。)。

そこで,以下,上記の観点から原告が負担すべき計算上の実費について検討する。

(エ) 賃料45万円については,上記のとおり,中国人入居者は2人で1部屋,日本人入居者は1人で1部屋を使用しているから,部屋の広さが同じであるならば,1部屋当たりの負担額は,20人(中国人18人,日本人2人)が入居している平成20年4月では,11部屋(中国人入居部屋9部屋,日本人入居部屋2部屋)で割ると1部屋当たり4万0909円(小数点以下四捨五入),25人(中国人22人,日本人3人)が入居している平成21年4月では,14部屋(中国人入居部屋11部屋,日本人入居部屋3部屋)で割ると1部屋当たり3万2143円(小数点以下四捨五入)となる。

また,上記認定のとおり,原告が住居費を負担していた平成20年3月から平成22年1月までの間の水道光熱費は合計395万6964円であると認められるところ,上記期間中の延べ人数521人で割ると,1人当たり月額7595円(小数点以下四捨五入)となる。

そうすると,平成20年4月の時点で中国人入居者が負担すべき実費は2万8050円(小数点以下四捨五入),日本人入居者が負担すべき実費は4万8504円となり,平成21年4月の時点で中国人入居者が負担すべき実費は2万3667円(小数点以下四捨五入),日本人入居者が負担すべき実費は3万9738円となる。

以上によると,平成20年4月の時点では,上記計算上の実費よりも原告は約1万円多く徴収されているのに対し,原告より収入の多い日本人入居者(月額2万7000円の者の場合)は約2万1000円の負担を免れ,平成21年3月の時点では,原告は計算上の実費とほぼ同額の住居費を徴収されているものの,原告より収入の多い日本人入居者(月額2万7000円の者の場合)は約1万3000円の負担を免れていることになる。

そうすると,被告が原告から徴収した住居費の全額が違法な徴収に該当するとはいえないものの,上記のような取扱は不平等なものであって合理性を欠き,労働基準法3条に反するというべきであるから,合理性を欠く部分は公序良俗に反するというべきである。

もっとも,上記算定の実費は計算上のものであること及び入居者の人数に変動があることも考慮すると,原告が月額3万8000円を支払っていた平成20年3月から平成21年2月までの間は月額2万円を超える部分(合計21万6000円)が,月額2万3000円を支払っていた平成21年3月から同年12月までの間は月額1万3000円を超える部分(合計10万円)が無効となるとするのが相当である。

なお,原告は,月額1万7000円を住居費として支払っている日本人入居者を基準としているが,特殊な例と考えられるのでこれを基準とするのは相当でないというべきである。

(2)  争点3(2)(本件和解契約2の成否)について

被告は,寮費の問題は本件和解契約2の成立により解決済みであると主張する。

しかし,上記認定のとおり,本件和解契約2の成立を認めることはできないから,被告の上記主張は理由がない。

(3)  小括

以上によれば,原告は,被告に対し,合計31万6000円の支払を求めることができるところ,原告は,請求3について,平成21年4月10日に被告から支払を受けた17万0500円を控除した額を請求しているので,結局,原告の請求3は,被告に対し,14万5500円及びこれに対する不法行為後である平成22年1月25日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却すべきものである。

第4結論

よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 田邊浩典)

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