名古屋地方裁判所 平成22年(ワ)7577号 判決 2012年7月06日
原告
X
上記訴訟代理人弁護士
花井増實
同
河内万里子
被告
愛知県
上記代表者知事
A
上記訴訟代理人弁護士
佐治良三
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、一五一二万三六〇〇円及び別紙本件係争分一覧表記載の各納付額記載の各金額に対する各納付日記載の日から各支払済みまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が、被告に対し、被告の県税事務所の事務担当者が過失により課税要件のうちの不動産貸付面積の認定を誤って、原告の不動産の貸付けを地方税法に定める「不動産貸付業」に該当するものと認定したために、原告が所轄の県税事務所長から別紙本件係争分一覧表記載の各課税年度における個人事業税を誤って賦課されて同表記載の各納付日に同表記載の各納付額の納付を余儀なくされ、これらの納付額合計一三一二万三六〇〇円と弁護士費用二〇〇万円の合計一五一二万三六〇〇円の損害を被った旨主張して、国家賠償法一条一項に基づき、同額の損害賠償と上記各課税年度における各納付額に対する民法所定の遅延損害金(始期は各納付日)の支払を求める事案である。
一 前提となる事実(争いのない事実と、括弧内の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。以下に掲げる書証のうち枝番が付されたもので枝番の表記がないものはすべての枝番を含む。以下同じ。また、認定した事実の末尾に証拠等の記載がないものは、いずれも当事者間に争いのない事実である。)
(1) 当事者等
ア 原告は、名古屋市内に居住する会社役員であり、所得税の青色申告者である。
イ(ア) 原告は、別紙第二記載(1)の建物(以下「aビル」という。同建物全体の登記簿上の延床面積は一階から五階までで合計二〇四・七九m2。)を平成二年六月二九日に、別紙第二記載(2)の建物(以下「bビル」という。同建物全体の登記簿上の延床面積は一階から三階までで合計一八〇・〇七m2。)を平成三年六月二八日に、いずれもB、Cの二名(二名を一括して以下「本件共有者ら」という。)と共に売買により各三分の一の持分割合で共有取得して現在に至っている。
(イ) 原告は、株式会社c1が所有する別紙第二記載(3)の建物(以下「cビル」という。登記簿上の延床面積は一階から四階までで合計四九六・二八m2。)と、d株式会社が所有する名古屋市<以下省略>所在の建物(構造は鉄骨・鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付六階建。同建物全体の登記簿上の延床面積は地下一階から六階までで合計四六四・四九m2。以下「eビル」という。)を、上記各社から賃借していた。
(ウ) 原告は、平成一一年までにおいては前記(ア)及び(イ)記載の四つの建物を、平成一二年からはこれら四つの建物のうちeビルを除いた三つの建物を、本件共有者らと共に賃貸して、各三分の一の割合で賃料収入を得てきた。各建物の貸付部分の面積については、一件記録中の所得税の確定申告書やその添付資料の記載内容からは必ずしも明らかではない部分があった。
ウ 税理士D(以下「D税理士」という。)は、原告から委任を受けて平成一〇年分以前から(その正確な始期は一件記録からは判明しない。)の所得税の確定申告の手続を行ってきた者である。
エ 税理士E(以下「E税理士」という。)は、Bから委任を受けて少なくとも平成八年分以降平成一三年分までの(その正確な始期と終期は一件記録からは判明しない。)同人の所得税の確定申告の手続を行ってきた者である。
オ Fは、昭和五七年に採用された被告の職員であり、平成二一年四月一日から平成二三年三月三一日まで愛知県名古屋東部県税事務所課税第一課課長補佐として個人事業税の課税事務を統括していた。
(2) 愛知県における関係法令の定めと実際の業務等
ア 愛知県における個人の事業税の課税要件に関連する法令としては、地方税法、愛知県県税条例(昭和二五年九月四日条例第二四号。以下「県税条例」という。)、個人事業税基本通達(昭和三六年一二月一二日三六税第六七〇号。以下「基本通達」という。)があり、その内容は別紙第一のとおりである。
これらに加え、愛知県には、個人事業税課税に関する内部的な事務要領を定めた通達として、個人事業税課税事務要領(昭和三九年二月一五日三九税第五六号。以下「事務要領」という。)がある。
イ 個人の行う不動産貸付業に対する事業税については、当該個人の当該年度の初日の属する年(以下「当該年」という。)の前年中の所得税の課税標準である所得のうち地方税法第七二条の四九の八第一項(平成一五年法律第九号による改正前においては同法七二条の一七第一項)においてその計算の例によるものとされる所得税法第二六条及び第二七条に規定する不動産所得及び事業所得について当該個人が税務官署に申告等した課税標準を基準として事業税を課するものと定められている(地方税法第七二条の五〇)。そして、個人の行う不動産貸付業に対する事業税の納税義務者は、当該年の三月一五日までに、当該年の前年中の不動産貸付業の所得その他所得の計算に必要な事項を道府県知事に申告しなければならないものと定められているが(地方税法第七二条の五五)、当該納税義務者が前年分の所得税につき確定申告書を提出した場合には、当該申告書が提出された日に前記申告があったとされたものとみなすと定められている(地方税法第七二条の五五の二)。
ウ 愛知県では、個人の行う不動産貸付業に対する事業税は、所得を課税標準として、その個人に課するものとし(県税条例第四二条の二三)、その課税標準は、当該年度(課税年度)の初日の属する年の前年中における個人の当該事業の所得によるものとし(同条例第四二条の三三の八)、その納期を二期に分けて、第一期を八月一五日から同月三一日まで、第二期を一一月一五日から同月三〇日までと定めている(同条例第四二条の三四)。
エ さらに、愛知県では、基本通達において、「不動産貸付業」とは、継続して対価の取得を目的として不動産の貸付けを行う事業をいうものであると定義づけた上で、不動産貸付業に該当するかどうかの認定に当たっては、所得税の取扱いを参考とするとともに、次の諸点に留意するべきことが次のとおり定められている。なお、本件におけるように、不動産貸付の対象物件が共有でありこれを共同して賃貸する場合には、貸付対象の物件の全体について次の認定を行うべきものと解される(後記の本件課税要件については、貸付面積全体と共有者全員分を含めた賃料の金額が上記各要件を満たせばよいものと解される。以下同じ。)。
(1) アパート、貸間等の一戸建住宅以外の住宅の貸付けを行っている場合においては居住の用に供するために独立的に区画された一の部分の数が、一戸建住宅の貸付けを行っている場合においては住宅の棟数が、それぞれ一〇以上であるものについては、不動産貸付業と認定すべきものであること
(2) 省略
(3) 省略
(4) 不動産貸付業の認定に当たっては、原則として、上記(1)ないし(3)によるものであるが、そのほか次の事項を考慮の上、その認定を行うことが適当であること。
ア 不動産の貸付けが不動産貸付業に該当するかどうかは、当該不動産の規模、賃料収入の状況、当該不動産の管理の状況等を総合的に勘案して認定すべきものであるが、次に掲げるようなものについては、不動産貸付業と認定すべきものであること。
(ア) 住宅以外の建物の貸付けを行っている場合においては、当該建物の貸与することができる独立的に区画された一の部分の数が一〇以上であるもの
ただし、当該建物が独立家屋である場合においては、その棟数が五以上であるもの
(イ) 省略
イ 一戸建住宅、一戸建住宅以外の住宅、住宅以外の建物、住宅用土地等、種類の異なる不動産の貸付けを併せて行っている場合においては、一の種類の不動産について認定すべき基準以上のものがあるときを除き、当該貸付不動産の独立的に区画された一の部分の数、棟数又は貸付け契約件数の合計が一〇以上であるものは、不動産貸付業と認定すべきものであること
ウ 不動産の貸付けを行っている場合において、当該貸付不動産の独立的に区画された一の部分の数、棟数又は貸付け契約件数が(1)から(3)まで又は(4)ア若しくはイの不動産貸付業と認定すべき基準未満であっても(同基準未満の事業を以下「基準未満の事業」という。)、その賃貸状況等からみて課税しないこととすれば著しく他との均衡を失すると考えられるものについては、不動産貸付業と認定すべきものであること
この場合、貸付不動産の規模、賃貸料収入の状況、貸付不動産の管理の状況等により総合的に事業かどうかの認定を行うものであるが、事業と認定する場合は、「建物の延床面積の合計が八五〇m2以上であり、かつ、建物の貸付けの賃貸料収入金額が年一〇〇〇万円を超えること(上記「この場合」以下の要件を以下「本件課税要件」という。)」が必要であること
エ 不動産の貸付けと物品販売業等他の事業を併せて行っている場合においては、当該不動産の貸付けについて、課税対象となる不動産貸付業かどうかの認定を行うものであること
オ 愛知県では、事務要領において、不動産貸付業の判定調査の方法についての定めがあり、これによれば、不動産貸付業の認定を行う場合には、不動産の貸付内容の確認を行わなければならないものであると定められ、(ア)新規に確認事務を行う場合と、(イ)前年度又は前々年度に確認事務を行った場合とに区分して、行うべき判定調査の方法が定められている。そして、これらの確認事務を行ったものについては、後記(ア)①の認定基準確認表兼調査書について、所定の様式の認定基準確認決議書により決裁を受けることとされた。
(ア) 新規に確認事務を行うもの
① 新規に不動産貸付業の認定を行う場合には、所得税の確定申告書及びその付属資料の収集に努めることにより、可能な限りこれらの資料で確認事務を行うこととし、貸付内容等が確認できた場合には、その貸付内容等を所定の様式の認定基準確認表兼調査書(以下「確認表」という。)に記入する。
② 上記の①により貸付内容等が確認できなかった場合は、所定の様式の個人事業税に係る不動産の貸付明細書により、納税者等への文書照会による確認を行うこととし、納税者等から提出された貸付明細書により貸付内容等が確認できた場合には、その貸付内容等を確認表に記入するとともに、当該貸付明細書を別途保管しておくこととする。ただし、この場合でも、文書照会を行うことなく貸付内容等が確認できたときには、貸付明細書による照会を省略して差し支えない。
③ 上記の①②によっても貸付内容等が確認できなかった場合には、現況調査の方法により確認を行うこととし、その調査結果を確認表に記入する。
(イ) 前年度又は前々年度に確認事務を行ったもの
貸付内容等の確認については、毎年行うものであるが、当該年度の不動産の貸付けに係る収入金額と前年度の収入金額を比較することにより、貸付内容等の変更を伴う増減がないと認められる場合には、前記(ア)②の文書照会及び③の現況調査による確認事務を省略して差し支えない。
なお、確認事務については、前記(ア)①(所得税の確定申告書等による確認)で明確に確認できるものを除き少なくとも三年度の間に一度は行うことに留意する。
カ(ア) 以上の関係法令のもとで、愛知県の県税事務所の事務担当者は、実際の業務において、青色申告者に対する個人事業税の課税要件の認定にあたっては、通常、所轄税務署で複写した所得税の確定申告書及びその附属資料である所得税青色申告決算書(不動産所得用)の写しにより、不動産所得金額、青色申告特別控除額、賃料収入金額及び必要経費の額を確認し、具体的な貸付内容については、当該決算書に添付された別紙「不動産所得の収入の内訳」の記載や、前年分の上記資料だけではなく県税事務所において保管しているそれよりも前の過去の認定を記載した確認表の内容や過去五年分程度の所得税の確定申告書の写しとその添付資料の写しなどの資料で確認して、これらの県税事務所の手元の資料で貸付内容を確認できないものについては、新規に確認事務を行うものの場合には、事務要領の新規の場合の判定調査方法の定めに従って、納税者等に対して電話や文書による照会、現況調査等で確認し、前年度又は前々年度に確認事務を行ったものの場合には、当該年度の不動産の貸付けに係る収入金額と前年度の収入金額を比較することにより、貸付内容等の変更を伴う増減がないと認められるときには文書照会や現況調査による確認事務を省略するが、三年度の間に一度はこれら確認事務を行い、これらの確認事務の結果を確認表に記載しており(ただし、現在は、電算処理をするようになり、事務担当者が画面上で入力している。)、原告に対する個人事業税を賦課していた時期においても同様であった。
(イ) 現在、平成一四年度までの賦課にかかる資料については被告の県税事務所においては保存期間経過により廃棄したために一件記録中には存在しないが、平成一五年度から平成一九年度までの原告の個人事業税賦課の際に各年度の事務担当者がその都度作成した確認表(甲一九)が存在する。同表には、原告の氏名、住所、電話番号等の欄の下に、不動産貸付の対象となる不動産の概要(延床面積、年間家賃収入等)を記入する欄と、事務担当者による課税要件の判定を記入する欄、それに続いて、不動産貸付けの内容の確認方法を記入する欄があり、甲一九の貸付対象となる建物の延床面積と年間家賃収入の記入欄はいずれも空欄で、同表自体からは、各年度の事務担当者が原告の不動産貸付の延床面積をどのように認定したのかは明らかではない。同表中の上記の判定の記入欄にはいずれも認定できる旨が記入され、不動産貸付の内容の確認方法の記入欄には、「1決算書等」、「2文書回答」、「3現況調査」、「4面接調査」、「5省略」、「6その他」の選択肢が記載され、該当する確認方法に丸印を記入する方法で記録されているところ、平成一五年度及び平成一六年度の同欄には、「1決算書等」及び「5省略」のみに丸印が付けられ、平成一七年度から平成一九年度の各同欄には、「1決算書等」にのみ丸印が付けられている。
キ 愛知県においては、個人事業税の課税要件を含む概要について、公式ホームページやちらし等への掲載といった一般的な広報活動で納税義務者に周知するほかに、新たに個人事業税を賦課される者に対して、本件課税要件を含む個人事業税の概要を説明した文書をその納税通知書と同封してこれを個別に知らせており、原告に対する個人事業税を賦課した期間についても同様であった。
(3) 原告に対する個人事業税の賦課等
ア 原告の前記(1)イ記載の不動産の貸付けは、基本通達の基準未満の事業であったので、原告に対して個人事業税の賦課をするには、同通達の本件課税要件(建物のうちの不動産貸付の対象部分の延床面積の合計が八五〇m2以上であり(以下「面積要件」という。)、かつ、建物の貸付けの賃料収入金額が年一〇〇〇万円を超えること)を満たす必要があり、平成一一年分以降、いずれの年においても、上記賃料収入金額についての要件を満たしていた。
イ 所轄の県税事務所長は、原告の不動産貸付けが面積要件を含む本件課税要件をいずれも満たすものとして、平成一二年度から平成二二年度までの各課税年度において、原告が毎年所轄税務署(平成一一年分ないし平成一七年分については昭和税務署、平成一八年分ないし平成二一年分については千種税務署)に提出した当該課税年度の前年分の所得税の確定申告書と所得税青色申告決算書に記載されている不動産貸付業に係る所得を課税標準として個人事業税を賦課し、これに従って原告が納税した。
平成一二年度ないし平成一六年度の個人事業税の賦課にかかる納税額等は別紙本件係争分一覧表記載のとおりであり、平成一七年度ないし平成二二年度の各課税年度の納税額等は、別紙第三記載の各年度(課税年度)の欄のとおりである。
ウ 所轄の県税事務所長が原告の不動産貸付けについて個人事業税の賦課を初めて行った正確な年度は一件記録からは判明しないが、平成一一年度においては既に賦課がなされており(当事者間に争いがない。)、同年度よりも前の年度から同賦課がなされてきたことも、弁論の全趣旨から認められる。
(4) 原告及びBの所得税の確定申告書等
ア 一件記録中には、原告の平成一一年分ないし平成二一年分の所得税の確定申告書及び所得税青色申告決算書(不動産所得用)と、Bの平成八年分、平成九年分、平成一二年分及び平成一三年分の所得税青色申告決算書(不動産所得用)がある(いずれも写しであり、所得税青色申告決算書中の別紙が足りないものもある。)。
なお、両名の所轄の県税事務所は、Bについては一貫して愛知県名古屋東部県税事務所であったが、原告については、平成一九年度からは同県税事務所の所轄となったが、それ以前には、愛知県高辻県税事務所(現在は愛知県南部県税事務所となっている。)の所轄であった。
イ 上記のBの所得税青色申告決算書の「不動産所得の収入の内訳」等の記載によれば、(ア)平成八年及び平成九年においては、aビル、bビル、cビル、eビルの四つの建物を、原告と本件共有者らの三名で賃貸しており、その賃料(三名合計分。以下特に断りのない限りは同じ。)は、aビルが年額一〇八、〇〇〇、〇〇〇円、bビルが年額三六、〇〇〇、〇〇〇円、cビルが年額五四、〇〇〇、〇〇〇円、eビルが年額六、九六〇、〇〇〇円で、貸付面積ないし貸付部分は、aビルが二〇四・七九m2、bビルが五三・七九m2、cビルが一階(面積の記載はない。乙五の同ビルの全部事項証明書によれば、同ビルの一階の登記簿上の床面積は一一六・三九m2である。)、eビルが四階(面積の記載はない。乙一八の同ビルの全部事項証明書によれば、同ビルの四階の床面積は五九・五四m2である。)であり、減価償却費の計算においては、いずれの建物についても、事業専用割合を一〇〇パーセントとしたこと、(イ)平成一二年及び平成一三年においては、eビルを除いた上記三つの建物を、原告と本件共有者らの三名で賃貸しており、その賃料は、aビルが平成一二年において年額一〇三、〇三四、四八四円であったこと以外は上記(ア)と同様であり、貸付面積ないし貸付部分についても上記(ア)と同様で、減価償却費の計算についての事業専用割合も同様であること、Bが平成八年、平成九年及び平成一二年には個人事業税を納税したが、平成一三年においては納税していないことが読み取れる。
上記(ア)及び(イ)における不動産貸付けの合計面積は、aビルとbビルについては上記決算書の記載内容を採用し、cビルとeビルについては上記記載にかかる階についての登記簿上の床面積を採用すると、上記(ア)の場合においては四三四・五一m2(二〇四・七九+五三・七九+一一六・三九+五九・五四=四三四・五一)で本件課税要件のうちの面積要件を満たさず、上記(イ)の場合においても三七四・九七m2(二〇四・七九+五三・七九+一一六・三九=三七四・九七)で上記面積要件を満たさないことになる。
ウ 上記の原告の所得税青色申告決算書の「不動産所得の収入の内訳」の欄や同欄で引用する別紙等をみると、(ア)平成一一年については、①前記イ(ア)と同様に、aビル、bビル、cビル、eビルの四つの建物を本件共有者らと上記と同様の賃料で賃貸していること、②これらの貸付面積ないし貸付部分についてみると、上記の「不動産所得の収入の内訳」の欄内に、aビルとbビルについては前記イ(ア)と同様であることが記載されていたが、cビルとeビルについては空欄となっていてその面積も貸付けにかかる階の記載も何らなされておらず、cビルの減価償却費の計算方法を記載した別紙「減価償却費の計算」の欄外の表題部分の右横に手書きで「(cビル一F)」と記載してあるのみであったこと、(イ)平成一二年から平成二一年については、①前記イ(イ)と同様に、aビル、bビル、cビルの三つの建物を、本件共有者らと三名で賃貸しており、その賃料(三名合計)は、平成一二年から平成一九年においては前記イ(イ)と同様で、平成二〇年にはaビルについてのみ賃貸期間が一か月間少なかったための収入の減額(月額賃料は従前どおり)があり、平成二一年にはaビルについてのみ賃料(月額)の減額がなされた(月額賃料三名分で九〇〇万円から六〇〇万円に変更)という変更があったがそれ以外の変更はなかったこと、②これらの貸付面積ないし貸付部分については、aビルとbビルについてはいずれの年においても上記(ア)と同様に「不動産所得の収入の内訳」の欄内に面積の記載があり、cビルについてみると、平成一二年から平成一五年については、上記(ア)の平成一一年における記載と同様に上記欄内が空欄であり(甲八、一〇、乙六及び七には、cビルの減価償却費の計算方法を記載した別紙「減価償却費の計算」が添付されていないので、平成一二年分ないし平成一五年分については、前記(ア)と同様に欄外に「(cビル一F)」と記載された別紙が添付されていたのか否かは判明しない。)、平成一六年から平成二一年については、上記の「不動産所得の収入の内訳」の欄内に「五三・七九」m2と記入されている。
なお、後記(5)アのとおり、cビルの貸付面積は、乙五の登記簿上の面積とほぼ同様の約一一六m2(一階部分)であることが平成二二年度の賦課処分の後の後記調査で県税事務所に判明し、上記「五三・七九」の記載は誤記であることが明らかとなった。また、bビルの貸付面積についても、平成二二年度の賦課処分後に、県税事務所の後記調査によって、上記「五三・七九」m2は誤記であり、建物全体が貸付対象となっていることが明らかになった(乙二九、証人F、弁論の全趣旨。原告は、上記のbビルの面積の数値のとおりの主張をしているが、乙二九によれば、当該数値が誤記であったことが認められ、原告は、乙二九の上記認定事実と同趣旨の陳述部分について何ら有効な反論を加えておらず、一件記録中には上記認定を覆すのに足りる客観的証拠は全くないから、原告のbビルの貸付面積の認定についての過誤の主張は採用しない。)。
上記各不動産貸付けの合計面積は、上記(ア)の場合においては、aビルとbビルについては上記決算書の記載内容を採用し、cビルとeビルについては各建物全体の登記簿上の延床面積を採用すると、一二一九・三五m2(二〇四・七九+五三・七九+四九六・二八+四六四・四九=一二一九・三五)で本件課税要件のうちの面積要件を満たすことになり、bビルについて建物全体の延床面積として算定した場合にも面積要件を満たすことは同様である。上記(イ)の場合においては、aビルとbビルについて上記決算書の記載内容を採用し、cビルについては建物全体の登記簿上の延床面積を採用すると、七五四・八六m2(二〇四・七九+五三・七九+四九六・二八=七五四・八六)となって面積要件を満たさないが、上記の場合において、aビルについては上記決算書の記載内容を採用し、bビルについては建物全体の延床面積一八〇・〇七m2を採用し、cビルについては建物全体の登記簿上の延床面積を採用すると、八八一・一四m2(二〇四・七九+一八〇・〇七+四九六・二八=八八一・一四)となって面積要件を満たすことになる。
(5) 個人事業税賦課処分の一部取消し
ア 愛知県名古屋東部県税事務所の事務担当者は、平成二二年度の原告に対する個人事業税の賦課処分をした後、cビルの所有者である株式会社c1の代表取締役Gと面談してcビルについての原告と本件共有者らに対する賃貸が平成六年から現在に至るまで一階部分(約一一六m2)のみを対象として行ってきたことを聴取し、同趣旨の「店舗賃貸借(仮)契約書」と題する契約書を受領した。これにより、cビルの貸付部分が建物全体ではなく上記の一階部分のみであることが上記県税事務所に判明し、原告の不動産貸付けが本件課税要件のうちの面積要件を満たさないものであることが明らかに認められるに至った。
イ このため、愛知県名古屋東部県税事務所長は、平成二二年八月三〇日、原告に対する平成一七年度から平成二二年度の個人事業税の賦課を課税誤謬を理由として全部取り消し、取消後の個人事業税の賦課金額をゼロとした。
ウ 上記イの頃、本件共有者らに対する個人事業税の賦課も行われていたが、上記イと同じ頃にこれらも取り消された模様である。
エ 原告は、不動産貸付けについての個人事業税の賦課がなされて以降前記イの賦課の取消しがなされるまでの間、一度も県税事務所等に対して異議や苦情等を申し出ていない。
二 争点
本件の争点は、①(前記一(5)の取消しの対象とならなかった)平成一二年度から平成一六年度の個人事業税の賦課にあたっての所轄の県税事務所の事務担当者の過失(国家賠償法一条一項)の有無(平成一二年度から平成一六年度の個人事業税の賦課が本件課税要件のうちの面積要件を満たさない違法な賦課であることを前提として、所轄の県税事務所の事務担当者が過失により面積要件の認定を誤ったか否か。争点一)、②上記過失が肯定される場合には、過失相殺等の適否(争点二)、③原告の損害の有無及び程度(争点三)である。
(1) 争点一(平成一二年度から平成一六年度の個人事業税の賦課にあたっての所轄の県税事務所の事務担当者の過失の有無)について
(原告の主張)
ア 所轄の県税事務所の担当者は、平成一二年度から同一六年度までの各課税年度における個人事業税の賦課について、本件課税要件の面積要件に原告が該当しないにもかかわらずこれを誤って課税しており、その事務担当者に過失があった。
イ 原告の不動産貸付の対象は、平成一一年分所得税申告までは、①aビル(貸付面積二〇四・七九m2)、②bビル(貸付面積五三・七九m2)、③cビル一階(貸付面積一一六・三九m2)、④eビル四階(貸付面積五九・五四m2)の四物件で、平成一二年分所得税申告においては、④のeビルを除いた三物件となったところ、平成一一年分所得税申告における上記四物件の貸付けにかかる延床面積は四三四・五一m2であり、平成一二年分所得税申告における三物件の貸付けにかかる延床面積は三七四・九七m2である。
したがって、平成一二年度以前の個人事業税の賦課も平成一三年度以降のそれのいずれも面積要件を満たしておらず、これらの課税年度における個人事業税の賦課はすべて違法であった。
ウ(ア) 愛知県においては、通達である事務要領に基づき確認表を作成して、毎年の不動産貸付業の認定基準の確認作業を行い、必要な調査を行っているのであるから、事務要領は愛知県の県税事務所の課税手続準則として確立したものであり、この準則に反する課税手続を当該税務職員が行うことは、納税者との関係でも租税公平主義に反するとの意味で注意義務違反を構成する。愛知県の県税事務所の事務担当者には、以下のとおり注意義務違反があり、これによって誤った課税処分がなされて原告が損害を被ったのであるから、国家賠償法所定の違法があったことは明白である。
(イ) 県税事務所は、事務要領に従って毎年原告の不動産貸付内容等を確認する義務があり、原告の平成一一年分以降の所得税の確定申告書の記載からは、被告が主張する貸付内容を明確に認定することはできないのであるから、県税事務所の事務担当者は、平成一二年度以降の個人事業税の課税につき、文書照会による調査や現況調査を行う義務があった。
ところが、確認表(甲一九)をみると、平成一五年度から平成一九年度の五年間を通じて、確認方法は「1決算書等」のみであり、他の調査は全く行われていない。このことは、平成一二年度から平成一四年度についても同じ方法の調査が行われたと推認させる証拠となる。とすれば、県税事務所事務担当者の調査確認義務が尽くされていないことは明白である。
(ウ) 原告の平成一一年分及び平成一二年分の確定申告書をみると、不動産収入額が、平成一一年分は六八三二万円、平成一二年分が六四三四万四八二八円であり、このように収入金額が減少しているのであるから、事務要領に定められた納税者等に対する文書照会による調査や現況調査を行うべき義務があった。
また、原告の平成一一年分及び平成一二年分の確定申告書添付の「不動産所得収入の内訳」から、平成一二年には、それまでの賃借物件の一つであるeビルがなくなって、対象物件が三物件となったことがわかるので、この意味でも、県税事務所の担当者としては改めて不動産貸付けの実体把握のための調査を行う義務があった。具体的には、cビルについては貸付面積が記載されていないので、原告に対して文書又は電話で照会するべき義務があった。また、平成一一年分所得税青色申告決算書添付の減価償却費の計算の別表⑤の上部欄外には「(cビル一階)」との記載があるのであるから、その点を原告に対して文書又は電話で照会する義務があった。
(エ) 県税事務所の事務担当者は、原告の所得税青色申告決算書添付の「B、同X、同C、共有に係る不動産所得等内訳」によって、貸付不動産がこれら三名の共有に係るものであることは認識していたのであるから、平成一二年度以降の個人事業税の課税手続において、原告の不動産貸付内容等が不明もしくは明確に確認できない場合には、他の共有者の確定申告書の内容を調査して、原告に対する賦課を適切に行う義務があったものである。
すなわち、前記共有者のうちのBに対する個人事業税の賦課は、平成一二年においてeビルが原告による賃貸対象から外れたのを境にして、平成一三年度以降についてはなされていないのであるから、県税事務所の事務担当者は、平成一四年度の事業税の賦課を行う同年八月の時点で、原告に対して平成一三年度の個人事業税の賦課の実態調査をするべき義務があったものであり、これを行っていれば、平成一三年度に原告に対して個人事業税の賦課が行われていることを発見し、原告に対する平成一二年度及び平成一三年度の事業税の賦課を取り消すことができたものであるし、平成一四年度以降の誤った賦課をすることもなかった。
よって、県税事務所の事務担当者は、原告に対する平成一三年度の個人事業税の本件課税要件(面積要件)の調査を怠ったといえる。
また、他の共有者であるCについて平成一七年度から個人事業税の賦課がなされており、同人に対する賦課がその後取り消され、それ以降は個人事業税を払ったことがないということであるので、被告が原告のみに個人事業税を賦課した点で県税事務所の事務担当者の過失があったことは明らかである。
(被告の主張)
ア 平成一五年度から平成一七年度の個人事業税の賦課については、課税要件を満たすものではなく課税自体に誤謬があったことを認めるが、原告が主張する県税事務所の事務担当者の過失については否認ないし争う。
イ 平成一二年度から平成一四年度までの個人事業税の賦課については、課税要件を満たすものではなく誤謬があったとのことについて否認する。上記年度の賦課に関する関係資料は文書の保存期間の経過により廃棄されているところであり、原告は、上記誤謬について何らの立証も行っていない。
上記各年度の賦課について原告が主張する県税事務所の事務担当者の過失についても否認ないし争う。
ウ 平成一五年度から平成二二年度までの間における原告に対する個人事業税の賦課の経緯は次のとおりであり、これらによれば、県税事務所の事務担当者に何らの過失もなかったものといえる。なお、原告は、本件共有者らに対する賦課の内容を県税事務所の事務担当者の過失の根拠として主張するが、第三者に対する賦課の内容如何によって原告に対する注意義務の内容に変化が生じるものではないから、かかる原告の主張にも理由がない。
(ア) aビル、bビル及びcビルの各延床面積(前提となる事実(1)イ(イ)の各建物全体の登記簿上の延床面積である。)の合計が八八一・一四m2で面積要件である八五〇m2を超えており、かつ、原告の不動産貸付けの賃料収入の金額が毎年一〇〇〇万円を超えていたので、所轄の県税事務所長において原告の不動産貸付けを不動産貸付業と認定したものである。以下理由について詳述する。
bビルの貸付面積について、原告の所得税青色申告決算書には、五三・七九m2との記載があるが、同ビルの減価償却費の計算においては、事業割合が一〇〇パーセントとされ、償却費の全額が必要経費に算入されていることから、上記のbビルの貸付面積の記載が一階のみの面積を誤記したものと認めたため、被告は、同ビルの貸付面積を、その総床面積である一八〇・〇七m2としたものである。
cビルの貸付面積については、平成一四年分及び平成一五年分の原告の所得税申告関係書類では、いずれも空白となっていたので、県税事務所の事務担当者において、それを記載忘れとみて、cビルの全体が転貸借の対象となっているものとして、その総床面積である四九六・二八m2としたものである。平成一六年分以降の原告の所得税申告関係書類では、cビルにかかる貸付面積が五三・七九m2と記載されているが、cビルの賃料に変化がない上に、当該数値はbビルの賃貸面積にかかる誤記記載数値と同一であることなどから、当該数値も誤記と認められるものであった。
また、愛知県名古屋東部県税事務所においては、念のため、平成二二年六月一日に、本件共有者らのうちの一名から委任されたf会計事務所の税理士に対して、cビルの賃貸対象がビル全体であるのかその一部なのか照会したところ、不明との回答があり、もう一人の共有者から委任された乙原会計の税理士にも照会したところ、原告らがcビル全体を借りてこれを転貸しているとの回答を得た。
そして、平成一五年度以降の個人事業税の賦課については、平成二二年度にかかる賦課について他の共有者から委任を受けたf会計事務所のH氏から照会があった他は、原告からは、行政不服審査法の定めによる審査請求その他の不服申立てはもとより、照会ないし問い合わせすら一切なされなかった。
(イ) 前記県税事務所長が原告と本件共有者らに対し、平成二一年分所得税確定申告書に基づき平成二二年度の不動産貸付業にかかる個人事業税の賦課通知をしたところ、f会計事務所のH氏から、cビルは一階しか借りておらず、同人らの不動産貸付けは面積要件を満たさないのではないかとの申し出があった。これを受けて、同県税事務所において調査したところ、aビル、bビルについては、それぞれのビル全体を同人らが共同で賃貸していることが判明し、仮にcビル全体が転貸されているとすれば、面積要件を満たすことになるので、問題は、これら三名の共有者らが、cビル全部を借り受けてこれを他に転貸しているのか、それとも一階のみを借り受けてこれを他に転貸しているのかとの点に絞られた。そこで、同県税事務所において、cビルの所有者である株式会社c1の代表取締役であるGに照会したところ、同社が上記三名に賃貸しているのは、一階部分約一一六m2のみである旨の回答を得た。
(ウ) 以上のような経緯により、賦課処分から五年以上も経過した後に、他の共有者の一人からの依頼を受けた担当税理士からの照会によって前記県税事務所が行った調査の結果として、原告の営む不動産貸付けが面積要件未満であることが判明したことから、前記県税事務所長は、地方税法一七条の五の定めに従って、平成一七年度以降の個人事業税賦課処分を取り消した。本件においては、原告が提出した所得税確定申告書等の記載の数値に一部誤記があったものを所轄の県税事務所の事務担当者において修正しかつ空白になっていたものを補完して個人事業税の賦課処分がなされた部分があるが、事務担当者の上記処置がきわめて合理的であって、原告も十分納得していたことは、その当時はもとよりその後においても原告から異議・苦情等の申し立てが一切なされていないことによって明らかである。よって、前記事務担当者において、原告が主張する事務要領の文書による照会等の調査を行う義務はなく、不動産貸付けの内容については、事務要領の定める所得税の確定申告書等の転写資料によって確認することのみで十分であったから、事務要領に定める三年度に一度の確認事務を行うことすら必要とされていなかった。
(2) 争点二(過失相殺の適否)について
(被告の主張)
ア 過失相殺について
県税事務所の事務担当者の何らかの過失が認められるとしても、以下の事実等によれば、きわめて軽度なものであって、大幅な過失相殺がなされるべきである。すなわち、本件の賦課は、原告又はその委任を受けた税理士の作成に係る各前年分の所得税の確定申告書(いわゆる転写資料)に基づいてなされたものであるので、原告も十分に納得し、審査請求はもとより、いかなる形式によるも異議・苦情等の申し出がなされたことは一切なかった。また、本件の賦課における過誤は、原告自身の調査によって発見されたものではなく、他の共同経営者からの申し出を端緒とした県税事務所の調査によって明らかとなった。
イ 寄与度減責について
本件の賦課は、原告又はその委任を受けた税理士の作成提出にかかる各前年分の所得税の確定申告書(いわゆる転写資料)に基づいてなされたものであるから、仮に本件の賦課に過誤があったとしても、原告の注意義務違反(過失)の有無はともかく、所轄の県税事務所の事務担当者は従属的・受動的に関与したものにすぎないことは否定し得ないので、損害賠償額について相当の減額がなされるべきである。
(原告の主張)
過失相殺及び寄与度減責の主張を争う。原告の所得税の確定申告書が原告の依頼にかかる税理士によって作成されて千種税務署に提出されたものであること、原告が本件の個人事業税の賦課に対して異議、苦情を申し出なかったこと、本件の賦課の過誤の発見が、原告の共同経営者からの申し出を端緒としていることを前提としても、所轄の県税事務所の事務担当者は、所得税の確定申告書及び添付資料を適切に確認し、必要な調査をすれば容易に過誤を見つけることができたものであり、その注意義務違反は重大な過失であるし、上記事務担当者の損害に対する寄与度は大である。
(3) 争点三(原告の損害の有無及び程度)
(原告の主張)
原告は、前記の誤った賦課に基づく個人事業税納税通知書をそのまま信頼し、各納税通知書に記載された個人事業税を支払ったものであるから、原告が支払った平成一二年度から同一六年度までの個人事業税相当額は、所轄の県税事務所の事務担当者の過失によって生じた原告の損害であり、被告は国家賠償法一条一項に基づきその損害を賠償する責任がある。
原告が本件訴訟につき支出した弁護士費用は、被告が賠償すべき損害であり、その金額は二〇〇万円が相当である。
(被告の主張)
原告の主張を争う。
第三争点に対する判断
一 証拠(乙二九、証人F)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、一件記録中にはこの認定を覆すのに足りる的確な証拠はない。
(1) 愛知県名古屋東部県税事務所の事務担当者は、平成二二年度の個人事業税の賦課にあたり、所轄の税務署に提出された原告の平成二一年分の所得税の確定申告書及び所得税青色申告決算書(不動産所得用)を複写し、上記決算書の別紙「不動産所得の収入の内訳」の記載内容を確認したところ、前提となる事実(4)ウ(イ)のとおり、原告がaビル、bビル及びcビルを、いずれも共同で賃貸して収入を得ており、本件課税要件のうちの賃料の総額の要件を満たすことを確認した。面積要件については、上記「不動産所得の収入の内訳」に、貸付面積として、aビルが二〇四・七九m2、bビルとcビルについていずれも五三・七九m2と記載されていたが、bビルについては、平成二〇年分所得税青色申告決算書の別紙の「減価償却費の計算」では、事実用割合が一〇〇パーセントとされて償却費の全額が必要経費に算入されていたこと、平成二一年分のそれについても同様の記載内容があったことから、上記の面積は誤記をしたものと認め、貸付面積を、総床面積(登記簿上の総床面積)である一八〇・〇七m2と認定し、cビルについては、従前と賃料に変化がない上、上記五三・七九m2の数値はbビルの貸付面積の記載と同一であることなどからみて、当該数値も誤記の可能性が高いものと考えた。しかし、その際、当該事務担当者が、本件共有者らについても担当していて、これらの者らに対する認定との違いがあることに気づいたため、平成二二年六月一日、本件共有者らの一人の担当税理士の所属するf会計事務所に電話をかけて、同ビルの貸付部分が同ビルの全部であるのか一部であるのか照会したところ、不明と回答があり、もう一人の共有者の担当税理士の所属する乙原会計事務所に照会したところ、同ビルの貸付部分も同ビル全体であるとの回答を得たので、貸付面積を同ビルの総床面積である四九六・二八m2と認定するに至った。このため、前記県税事務所長は、同年八月一〇日、本件共有者らと原告に対し、平成二二年度の個人事業税の賦課処分をした。
(2) ところが、上記賦課処分のすぐ後に、前記のf会計事務所のH氏から、cビルの貸付対象は同ビルの全部ではなく一階部分のみであるので、上記賦課処分は面積要件を満たさないのではないかとの申し出があった。
これを受けて、前記県税事務所において、上記各不動産の貸付内容について改めて調査することとなり、本件の貸付対象である三つのビルのうち、aビルとbビルについては、それぞれの建物全体が貸付対象となっていることが確認できた。cビルの貸付面積については、前記県税事務所による株式会社c1の代表取締役に対する事情聴取等により(前提となる事実(5)ア)、前記のf会計事務所からの申し出のとおり、一階部分の約一一六m2のみであることが明らかとなり、これに基づいて、同県税事務所長が平成一七年度から平成二二年度までの個人事業税の賦課の全部取消しをするに至った。
二 前提となる事実及び前記一の認定事実を踏まえて、争点一(平成一二年度から平成一六年度の本件個人事業税の賦課にあたっての所轄の県税事務所の事務担当者の過失の有無)について判断する。
(1) 前提となる事実で認定した原告とBの所得税青色申告決算書の記載内容から(前提となる事実(4))、平成一二年度から平成一六年度の各課税(平成一一年分不動産所得に対する課税から平成一五年分の不動産所得に対する課税である。)にかかる不動産貸付けの対象物件は、平成一二年度課税の対象となる平成一一年分所得については、aビル、bビル、cビル及びeビルの四つのビルで、平成一三年度から平成一六年度の課税対象となる不動産所得(平成一二年分ないし平成一五年分不動産所得に対応する)にかかる不動産貸付けの対象物件は、上記四つの物件からeビルを除いた三つのビルであり、前提となる事実(4)イ及びウ記載の賃料の内訳からみれば、eビルを除いた上記三つのビルについては、平成一二年度から平成二二年度までの全期間を通して、各ビルの貸付対象の範囲についての変化はなかったものと認められ、前記一で認定した平成二二年度の個人事業税の賦課処分後の調査結果にも照らすと、これら期間を通しての上記三つのビルの貸付面積は、aビルが二〇四・七九m2、bビルが一八〇・〇七m2、cビルが一階のみの約一一六m2であったものと認定できる。そして、これら三つのビルの貸付面積の合計は五〇〇・八六m2となり、面積要件を満たさないことが明らかであるから、これら三つのビルを貸付対象とした平成一三年度以降の原告に対する個人事業税の賦課にはいずれも過誤があったものと認定できる。
これに対し、eビルについては、Bの平成八年分、同九年分の所得税青色申告決算書によれば、四階の部分であることが記載されているので、その登記簿上の床面積である五九・五四m2であったものと考える余地があり、これを前提とするならば、同ビルも含めた四つのビルの貸付部分を合計した面積が面積要件を満たさなかったこととなり、平成一二年度における原告に対する個人事業税の賦課にも過誤があったといえることになる。しかし、一件記録中にはeビルの貸付内容を示す資料が他には存在せず、また、一件記録中のBの所得税青色申告決算書の写しにより、同人が複数年度にわたってeビルを含めた不動産貸付けについて個人事業税を賦課されていたことが認められるのに、それらの賦課処分が取り消されたことまでを裏付けるのに足りる資料は見当たらず、同ビルを含めた四つのビルの貸付面積の合計が面積要件を満たさなかったことを裏付ける証拠が不十分と言わざるを得ない(eビルを除いた貸付面積である五〇〇・八六m2に、eビルの全体の登記簿上の延床面積四六四・四九m2を加算すると、九六五・三五m2となり、面積要件を満たす。)。以上の検討によれば、平成一二年度の原告に対する個人事業税の賦課に過誤があったことが疑われはするものの、それを現段階において認定することはできない。
ここで、平成一三年度以降の賦課の過誤の原因について検討すると、前記一で認定した平成二二年度の個人事業税賦課処分にあたっての愛知県名古屋東部県税事務所における判断過程から考えると、cビルの貸付面積の認定の誤りにあったものと認められ、aビル及びbビルについては、正しく認定されていたものと認められる。
(2) そこで、次に、所轄の県税事務所の事務担当者のcビルの貸付面積の認定についての過失の有無について判断する。
ア まず、前記(1)の認定のように個人事業税の賦課処分自体に過誤があったとしても、そのことから直ちに被告に国家賠償法一条一項の違法性が認められるわけではなく、所轄の県税事務所の事務担当者において、賦課処分のための資料を収集し、これに基づき本件課税要件のうちの面積要件の認定をする上で、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と賦課したと認められるような事情があるときに限り、違法と評価できると解するのが相当である(最高裁第一小法廷平成五年三月一一日判決・民集四七巻四号二八六三頁参照)。
これを踏まえて、上記のとおり過誤が認定できる平成一三年度から平成一六年度における賦課処分の面積要件の認定にあたって、所轄の県税事務所の事務担当者が、cビルの貸付面積の認定を誤って面積要件を満たすものと認定したことについて職務上通常尽くすべき注意を怠った過失があるものといえるか否かについて以下検討する。
イ 一件記録からは、原告の本件の不動産貸付けについて初めて個人事業税が賦課された正確な年度は判明しないが、証拠<省略>によれば、aビルの取得年月日が平成二年六月、bビルのそれが平成三年六月、cビルの賃借開始時期が平成六年六月と認められ、eビルの賃借開始時期については平成四年二月であることが窺われることや、Bについて平成八年度及び平成九年度の個人事業税の賦課処分がなされたと認められること(前提となる事実(4)イ)からすれば、原告に対する個人事業税の賦課も遅くとも平成八年度には既に開始されていて、それが平成二二年度まで継続していたものと推認され、原告が過失を主張している平成一二年度からの個人事業税の面積要件の認定は、既に適法な個人事業税の賦課として扱われてきたそれ以前における認定判断やその裏付資料を前提として行われてきたものといえる。
一件記録の中には、原告についての平成一一年分以前の所得税の確定申告書及びその添付資料がなく、また、原告の同年度以前の所轄の県税事務所が本件共有者らのそれとは異なっていたことからみると、原告の当初の所轄の県税事務所の事務担当者が、いかなる資料を確認して面積要件を満たすものと判断したのかは不明であり、その認定が不合理なものであったことを認定することは現段階においてはできないものと言わざるを得ない。また、前提となる事実(2)カ記載の事実によれば、平成一二年度から平成一六年度の本件係争分の各年度における事務担当者においても、当該各年度の所得税確定申告書とその添付資料の他に、それらの各年度以前である平成一一年分以前の確認書や所得税確定申告書等をも参照して、各年度における個人事業税の面積要件を満たすものと判断していたものと推認されるので、結局、これら各年度の事務担当者の判断資料がいかなるものであったかも判明しないものと言わざるを得ない。
かえって、①前提となる事実及び前記一の認定事実によれば、原告及び本件共有者らは、各自、税理士に所得税の確定申告の手続を委任して行っていたものであることが認められることや、愛知県においては個人事業税の概要について広報活動をして納税義務者に周知するようにしていて、実際に新規に賦課処分を受けた納税者に対しては、上記概要を記載した説明書で個別にその面積要件を含む課税要件を個別に通知していることからすれば、新規に個人事業税の賦課処分をした場合において、不動産貸付けにかかる貸付面積が面積要件を満たさなかった場合には、原告ないしその担当税理士から所轄の県税事務所に対しての苦情や問い合わせがあるのが合理的であるのに、一件記録中には、そのような形跡が全くみられないこと、②加えて、弁論の全趣旨によれば、平成一四年三月の時点で、D税理士が、本件共有者らの一人であるBについては、それまでなされていた個人事業税の賦課がなくなっているのに、原告については個人事業税の賦課がなされていることに気づきながら、その後も原告に対する個人事業税の賦課について特に所轄の県税事務所に問い合わせることもしないまま、個人事業税の賦課がなされたことを前提とした所得税青色申告決算書の作成を代行してきたものと認められることに鑑みると、原告に対する新規の個人事業税の賦課処分をした際には、原告は、所得税青色申告決算書等の資料に、面積要件を満たす貸付面積あるいはこれに準じた記載を、前記担当税理士を通して行っていたものと推認する余地があり、そのような記載を平成一二年度以降の各年度の事務担当者も参照して、手元の資料でcビルを含めた貸付面積を疑義なく確認できたものと認識したために、面積要件を満たすものと判断した可能性を否めない。
さらに、個人事業税について申告納税制度が採用され、納税者に対して自己の納税義務の具体的内容を正確に申告する義務が課されており(地方税法七二条の五〇、七二条の五五)、納税者にとっては自己の資産である不動産の貸付面積を把握するのが容易で、これを示す資料をそろえるのも困難ではないのに対し、所轄の県税事務所においては、毎年、大量の課税処理を行わなければならず、申告納税制度により納税者が正しい納税義務の内容を申告してくることを基礎にして、効率よく課税事務を行う必要があるので、このような制度趣旨や課税事務の実情をも総合すると、前提となる事実(4)ウのとおり、原告の所得税青色申告決算書中の別紙「不動産所得の収入の内訳」のcビルとeビルの貸付面積が空欄になっていたこと、cビルについて平成一一年分の所得税青色申告決算書中のcビルの減価償却費の計算方法を記載した別紙「減価償却費の計算」の欄外にある表題部分の右横に手書きで「cビル一F」と記載してあったこと、cビルについて建物全体が貸付対象となるものとすればaビルの賃料の単価との間に大きな差が出ること、甲一九の不動産貸付内容の確認方法の記載欄の内容等の、原告が事務担当者の過失の根拠として主張する諸事実や、事務要領の定めの内容(ただし、前記認定のとおり貸付対象となった個々のビルについての貸付の内容が、平成一一年にeビルの賃貸をしなくなったことの他にはほとんど変化がなかったことからみて、事務要領の定めのうち本件にあてはまる可能性があったのは、前年度等に確認事務を行ったものについての定めと解される。)を考慮しても、cビルについてその全体が貸付対象であると認定して面積要件を満たすものとして賦課処分をした県税事務所の判断において、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と課税した過失があるものとは認め難い。また、原告は、事務担当者が、本件共有者らに対する個人事業税の賦課がなくなっていた時期であることに気づかずに原告に対する個人事業税について課税要件があるものと認めていたことを過失の根拠として主張するが、これについても、前記の申告納税制度の趣旨からすれば、そこまでの注意義務が課されているとまでは認め難いから、上記事情を考慮しても原告が主張する過失の認定はできないし、一件記録中には、他に事務担当者の過失を裏付けるのに足りる的確な証拠は見あたらない。
よって、争点一についての原告の主張には理由がない。
三 結論
以上によれば、原告の請求は、他の争点について検討するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条を適用することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 作原れい子)
別紙 本件係争分一覧表<省略>
別紙第一 関係法令の定め<省略>
別紙第二<省略>
別紙第三 年度別 収入金額・所得金額・税額表<省略>