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名古屋地方裁判所 平成24年(ワ)5630号 判決 2014年6月18日

主文

一  被告は、原告に対し、六五五万円及びこれに対する平成二四年四月一三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、六五五万円及びこれに対する平成二三年七月二八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要等

本件は、原告が、車両保険契約の被保険自動車が盗難被害に遭ったとして、被告に対し、上記保険契約に基づき、保険金六五五万円及びこれに対する商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

一  前提事実(争いのない事実及び証拠<省略>により容易に認定できる事実)

(1)  当事者

ア 原告は、電気工事及び計装工事等を業とする株式会社である。

イ 被告は、損害保険業等を目的とする株式会社である。

(2)  保険契約

ア 原告の代表者であるA(以下「A」という。)は、被告との間で、次の内容の自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

保険者 被告

保険契約者 A

保険の種類 個人総合自動車保険

被保険自動車 レクサス(番号<省略>)(以下「本件車両」という。)

保険期間 平成二三年四月一四日午後四時から平成二四年四月一四日午後四時まで

保険金額 (車両条項)一般補償 六五五万円

イ 本件保険契約に適用される約款には、被告は、衝突、接触、墜落、転覆、物の飛来、物の落下、火災、爆発、台風、洪水、高潮その他の偶然な事故によって被保険自動車に生じた損害及び被保険自動車の盗難による損害について、被保険者に保険金を支払う旨の規定がある(第一条(1))。また、被告は、保険契約者、被保険者又は保険金を受け取るべき者(これらの者が法人である場合には、その理事、取締役又は法人の業務を執行するその他の機関)に該当する者の故意によって生じた損害に対しては、保険金を支払わない旨の規定がある(第四条①)。

保険金の支払については、被告は、請求完了日からその日を含めて三〇日以内に、被告が保険金を支払うために必要な事項の確認を終え、保険金を支払う旨の規定があり(第二五条)、上記請求については、被保険者又は保険金を受け取るべき者が保険金の支払を請求する場合は、保険証券に添えて、保険金の請求書、被保険自動車の盗難による損害の場合は、所轄警察署の証明書又はこれに代わるべき書類等のうち、被告が求めるものを被告に提出しなければならない旨が定められている(第二四条)。

(3)  保険金の請求

原告は、被告に対し、保険金の請求をしたところ、被告による調査が必要とされ、原告は調査に応じて資料の提出をしたが、被告は、原告に対し、平成二四年四月一二日、本件保険契約に基づく保険金支払義務を負わない旨を通知し、同通知は同月一五日、Aに到達した。

二  争点

(1)  本件車両の盗難(以下「本件盗難」という。)という保険事故が発生したか。

(2)  本件盗難は保険契約者の故意によるものか(故意招致の有無)。

(3)  本件保険契約の有効性

(4)  遅延損害金の起算点

三  争点に対する当事者の主張

(1)  争点(1) 本件盗難という保険事故が発生したか。

(原告の主張)

本件車両は、平成二三年六月二九日、北名古屋市<以下省略>所在の原告事務所の車庫(以下「本件車庫」という。)に駐車していたところ、何者かによって窃取された。

ア 盗難場所の立地状況等について

本件車庫は、原告事務所建物と隣家のブロック塀の四メートルほどの出入口の奥にあるため、通りがかりに目に入ることがなく、本件車庫内に駐車中の本件車両は、外部からその存在を認識しにくく、本件盗難場所は、窃盗犯にとって極めて好都合な場所であった。また、隣家の住民である訴外B(以下「B」という。)によれば、本件盗難の前に、原告事務所の道を隔てたすぐ前のアパートにおいても自動車の盗難事件があり、本件盗難のあった日の前日にも女性がBの所在を確認するということがあり、窃盗犯が下見を行ったと推測される。

イ Aの行動について

Aは、平成二三年六月二九日午前五時三〇分頃、本件車庫に車両後部が外から見える状態で駐車し、午後五時まで三重県の工事現場で仕事をして、午後八時頃、原告事務所に戻った。原告事務所に到着後、本件盗難を発見し、警察等に連絡した。

ウ 犯行態様について

Aは、通報により駆けつけた警察官に立ち会ってもらい、現場を確認したが、付近には車両を引きずったような痕跡や車両の窓ガラスを割ったガラス片は見当たらず、また、原告の従業員がBに確認したところ、当日午後二時三〇分頃、車のエンジン音がしたとの情報を得た。そうだとすると、本件盗難の態様は、レッカー車で本件車両を移動させたり、本件車両の窓ガラスを割ってエンジンを始動させたものではなく、合い鍵等を使うなど何らかの手段を講じて、本件車両に装備されているセキュリティシステムと連動したイモビライザー(電子式ロック装置)を作動させないようにしてエンジンを始動させたものとしか考えられない。

エ 本件車両を処分しようとしていたことについて

Aは、本件車両が何度も故障したり事故を起こしたりすることから嫌気がさしていたため、本件車両の売却を考え、できるだけ高額で売却するためにオークションに出し、本件車両をオークションにエントリーさせたことを、自ら被告のリサーチ会社の担当者に申し出ていた。このように、Aが本件車両を処分しようとしていた動機に不審な点はなく、被告が主張するような、盗難の外形的事実に疑いを生じさせるような事実ではない。

オ 保険金額について

本件車両の保険金額については、A自身が自ら金額を定めたものではなく、被告の担当者訴外C(以下「C」という。)が売買契約書の金額を参考にして定めていた。したがって、車両保険金額の設定において、被告が主張するような、盗難の外形的事実に疑いを生じさせるような事実はない。

カ 経営状況等について

本件盗難のあった平成二三年当時、原告には三人の従業員がおり、経営がそれほど逼迫していたわけではなかった。仮に経営が厳しい状態であったからといって、わずか数百万円の保険金のために詐欺を犯すわけがない。保険金を受領しても、本件車両のローンの残額はあるため取得できる金員はわずかであり、自らの家族のみならず三人の従業員を抱える会社の経営者であるAがそのようなことをするはずがない。

また、Aは、毎日ではないが、本件盗難のあった日以外の日も、工事現場に赴いており、本件盗難のあった日のみ工事現場に赴いて不在を装ったりなどしていない。

キ 車載品について

本件保険契約において、車内外身の回り品特約を付保しているのは、AがCから勧められたからである。本件盗難発生時、Aが本件車両の中に現金等を置いていたのは、原告事務所には事務員がいないため無人であることが多く、施錠も完全にはできなかったため、Aとしては、事務所内に貴重品を保管することの方がかえって危険であると考えていたからである。仮にAが盗難に遭うことを予期していたら、再発行手続にかなりの手数を要するクレジットカードや免許証、車内外身の回り品特約の補償対象外である現金を本件車両内に置いておくはずがない。

ク 保険事故歴について

本件においては複数の車両保険事故歴があるが、いずれも偶然の事故によるものであり、かつ、本件と同様の盗難に遭ったというものではなく、これらは本件盗難の外形的事実に疑いを生じさせることにはならない。

(被告の主張)

最高裁判所平成一七年(受)第一八四一号同一九年四月二三日第一小法廷判決・裁判集民事二二四号一七一頁によれば、原告主張の日時に本件車両が原告の主張する所在場所に置かれていたこと及び原告以外の者がその場所から本件車両を持ち去ったことという外形的事実を、合理的疑いを差し挟まない程度まで証明すべき義務が原告にはある。そして、この証明の程度について上記判例は、単に外形的・客観的にみて第三者による持ち去りとみて矛盾のない状況を立証するだけでは、盗難の外形的な事実を合理的な疑いを超える程度にまで立証したことにはならないと判示している。本件において、原告が主張する日時に原告の占有に係る本件車両が原告の主張する所在場所に置かれていたこと及び原告以外の者がその場所から本件車両を持ち去ったことを立証し得る客観的な直接証拠はなく、Aの供述等は信用し得るものではないから、盗難の外形的事実が合理的疑いを超えて立証されたとはいえない。

ア 本件盗難時の車載品について

原告は、本件盗難時に本件車両に多数の貴重品を載せていたと主張しているが、本件のように自動車保険契約に車内外身の回り品特約が付いていて、車載品についても保険金の支払対象となっている場合には、保険金請求者が車両盗難を理由として不正な利益を得ようとしている点で盗難の外形的事実に疑念を生じさせる事情となる。

財布や会社の書類等の貴重品や多額の現金を車内に保管しておくということ自体が常識や経験則に反する行為である。また、本件保険契約についてのみ、車内外身の回り品特約が付いており、原告及びAを契約者とする他の自動車保険契約には上記特約は付いていない。

イ 本件保険金の不正請求をする動機

本件車両のローンの支払に窮していたという事実は、原告に保険金を請求するにつき相応の動機となる事情が存在するという点において、盗難の外形的事実に疑念を生じさせる。本件盗難当時、原告の経営状況は極めて悪化していた。原告及びAの経済状況において、月々一三万〇八〇〇円もの高額な本件車両のローンの支払を続けていくことは困難であって、そのような経済的余裕はなかった。本件保険事故により車両保険金を得られれば、原告は本件車両のローンの支払を免れ、ローン残債務を超える金額については現金を取得することもできる。また、原告は本件車両を処分しようと思っていたものの、改造車両であるため、原告の希望する価格での売却は困難な状況にあった。原告にとって、費用をかけて処分するよりも、本件車両の車両保険金を取得した方が有利な状態にあった。

以上のとおり、本件保険事故当時、原告には車両保険金を不正請求するにつき相応の動機となる事情が存在した。

ウ 防犯装置について

被保険自動車に高度な防犯装置が装備されているという事実は、第三者による持ち去りを著しく困難にさせるものであるから、盗難の外形的事実に疑念を生じさせる事情である。

本件車両には、イモビライザー、オートアラーム及び侵入センサーの高度な防犯装置が標準装備されている。通称イモビカッターを使用することによって、容易に盗難ができるということはない。また、レクサスにはセキュリティカメラが備えられており、G―LINK契約をしていれば、アラーム作動時にその映像が撮影され、オーナーに通知する機能や、盗難車両の位置の追跡等のサービスがある。原告は上記G―LINK契約を利用していなかったが、外部の者からはG―LINK契約の利用の有無は分からない。本件盗難時、本件車両の鍵を持っていた者はAしかいない。Bはレクサスのアラームの鳴動を聞いていない。そうだとすれば、アラームが作動した事実はないのであって、本件盗難時に、本件現場から原告以外の者によって本件車両が持ち去られたとは考え難い。

エ 盗難場所の立地状況について

本件盗難場所が面している道路は、住民以外の外部の者の通行の多い道路ではなく、本件車庫は敷地の奥まった位置にあるため、敷地に面した道路を車両で通行しても、駐車車両の存在に気付くことはない。そうだとすると、第三者がなぜ本件盗難場所に本件車両が駐車されていることを知ったのか疑念が生ずる。

一方、本件盗難場所は、隣家を出入りする住民からは見えやすく、原告が本件盗難があったと主張する時間帯は人が通常活動している時間帯である。Bの供述は曖昧であるし、原告は窃盗犯が前日に下見をした旨の主張をしているが、本件車両がアラームの作動なしに自走で持ち去られたというのであれば、下見でBの在宅の有無を確認する必要がない。

オ 本件盗難前後の行動経緯について

Aが、本件盗難当時、あまり行っていなかった工事にたまたま行っていた、まさにその日に本件車両が盗難に遭ったというのはあまりに不自然である。Aは、本件盗難発見後にすぐに訴外Dに電話をしたと供述するが、本件盗難を発見する前に訴外Dと電話で本件車両の処分の話をしており、その電話が終わって間もない盗難発見時に、訴外Dが本件車両を持って行った可能性を考えて電話をするのはおかしい。

カ 本件盗難発見時の状況について

本件盗難を発見したときの状況について、Aの供述と、原告従業員の供述は、本件車両がないことに気付いた人物、位置及びタイミングが整合していない。これは実体験による記憶に基づいた供述をしていないからと考えられる。

キ 保険事故歴

過去に複数回の保険金請求がなされているという事実自体が、保険金の不正請求を強く推認させる。

(2)  争点(2) 故意招致の有無

(被告の主張)

原告の関与による本件車両の占有喪失ということは、本件盗難の外形的事実がなかったことを示すとともに、原告の意思による盗難の外形作出を示しているともいえる。前記(1)で示した間接事実は、原告が本件車両の占有を喪失したことについて、Aが関与したこと(Aの故意によるものであったこと)を示している。

(原告の主張)

否認ないし争う。

(3)  争点(3) 本件保険契約の有効性

(被告の主張)

保険契約者と被保険者が同一人である損害保険契約を自己のためにする損害保険契約といい、両者が異なるものを第三者のためにする損害保険契約という。本件保険契約の保険契約者は、個人であるAである。本件保険契約の車両保険の被保険者を原告とするつもりであったのであれば、本件保険契約は、被保険自動車の使用者である原告を車両被保険者とする第三者のためにする損害保険契約であったことになる。そして、第三者のためにする保険契約において、契約締結時にその旨の申告がなく、契約当事者間に第三者のためにする保険契約とする旨の合意の存在が確認できない場合には、自己のためにする損害保険契約であると推定され、保険契約者が被保険利益を有していないときには契約は無効になるとされている。

Aは、本件保険契約締結の際、被保険自動車の所有者(車両被保険者)がA個人であると被告に申告をしていた。そうだとすれば、Aは、被保険者が原告であること(すなわち、原告のためにする保険契約であること)を被告と合意して保険契約を締結したことにはならないのであるから、本件保険契約は無効になる。

(原告の主張)

原告は、以前から被告との間で車両の保険契約を締結していたところ、本件車両を購入して保険契約の切り替えをした際に、これまで多年にわたって原告を担当してきたCに対し、本件車両の登録事項証明書を渡しており、被告は車両保険の被保険者が原告であることを知悉していた。したがって、Aと被告は、第三者である原告のためにする契約であるという前提で本件保険契約を締結した。また、被告は、これまで本件保険契約が有効であることを前提として、本件車両の車両事故について車両保険金を三回にわたって支払っており、本件請求のみ無効であると主張することは信義則に反する。

Cは、原告に対し、あえて自認書を作成するよう勧めて本件保険契約を締結しており、被告には重大な保険業法違反があるのであって、被告において本件保険契約の無効を主張することは許されない。

(4)  争点(4) 遅延損害金の起算点

(原告の主張)

一般的に、保険契約者は、保険金を請求するに際し、保険金を請求するために必要な書類が分からないのが通常であるから、保険者において、必要な書類を具体的に教示すべきである。本件では、被告は、そもそも原告に対し保険金を支払う意思がなく、保険金の請求手続等に関する教示を怠っていた。また、Aが被告に対して問い合わせても、保険金の支払までに日数を要する理由及びめど等についての説明を一切していなかった。このような場合には、原告が請求の意思表示をしている以上、保険金請求のために必要な書類の提出が完了していなくても、被告は、請求後三〇日を経過した時点で遅滞に陥っているというべきであり、約款第二五条が約款第二四条による手続を完了した日をもって請求完了日とあるのは、原告が明示的に請求した時点をもって足りると解すべきである。

(被告の主張)

原告は、保険金の請求書も所轄警察署の証明書も提出していない。したがって、本来であれば、原告は本件保険契約の約款に定められた保険金請求の完了の要件を満たしていないことになるが、これらの書類の提出がされずに、被告は、原告に対し、平成二四年四月一二日に免責通知をしていることから、遅延損害金の起算日は、その翌日の平成二四年四月一三日と解すべきである。

第三当裁判所の判断

一  前記前提事実に加えて、証拠<省略>によれば、以下の事実を認めることができる。

(1)  本件車両の購入の経緯等

ア 原告は、平成二一年一二月、本件車両をa店において、九二〇万三八八〇円(このうち二六六万五六〇〇円は付属品価格)で購入し、下取り車の代金を控除し諸経費を加えた合計六八〇万円について、株式会社ジャックスと割賦販売契約を締結し、分割支払をしている。本件盗難当時、原告は、株式会社ジャックスに対し、月額一三万〇八〇〇円を支払っていたが、保険料を滞納し、再請求を受けて支払うこともあった。その後、平成二四年六月六日、分割支払の月額を六万〇四〇七円に変更した。

イ 本件車両の鍵は、カードタイプ一枚、通常の鍵二本であり、Aが通常の鍵一本を保持し、そのほかはAの自宅において保管していた。これまで、Aは、本件車両の鍵について紛失したり、複製をしたことはない。

ウ 本件車両には標準装備であるイモビライザー、アラーム機能及び侵入センサーが搭載されていた。アラーム機能は、ドアやトランク、ボンネットが不正に解錠されたときに機能し、侵入センサーは不正解除により車内に侵入した動く物に反応する。感知すると、ホーンとハザード、室内灯が三〇秒鳴動する。

(2)  本件保険契約締結の経緯

ア Aは、本件車両を含め、これまで被告との間で何台もの車両に関する損害保険契約を締結してきた。Aのみならず、Aの父、母、妻の所有する車両並びに原告の仕事の関係の車両の各自動車保険の契約手続について、全てCが担当してきた。

イ CとAは、平成二一年一二月一五日、別の車両を被保険自動車としていた自動車保険契約において、車両入替(被保険自動車を替えること)を行い、その際に、本件車両の車両保険金額を八〇〇万円と設定した。

このとき、Cは、契約者はAだが、自動車検査証の使用者は原告名義であったことから、保険料の割引をするために、Aに、自動車検査証の余白に、車両の所有者はAである旨を記載させた。

ウ その後、車両保険金額は、保険契約の更改契約(本件保険契約の前年の契約)において、七六五万円に低減し、更に更改した本件保険契約において、六五五万円に低減した。

エ 上記各車両保険金額は、Cが、被保険自動車の車種・グレード及び年式ごとに定められた自動車保険車両標準価格表を基準に、車両の購入時の売買代金額、保険料等を考慮してAに提案し、合意した。

オ また、Cは、Aに対し、車内外身の回り品特約を案内し、本件保険契約に同特約を付した。

(3)  本件車両の自損事故歴について

ア 平成二二年五月二九日、Aは、本件車両を運転して、大垣共立銀行の駐車場から道路に進入する際に、本件車両の両サイドフェンダーを地面に接触させた。この保険事故について、原告は被告に対し車両保険金を請求し、被告は原告に対し、車両保険金四一万円を支払った。

イ 平成二三年一月一四日頃、Aが本件車両を運転して原告事務所敷地から公道に進入しようとしたところ、本件車両のフロントのエアーサスペンションが二本抜けてしまい、本件車両は走行不能になった。この保険事故について、原告は被告に対し車両保険金を請求し、被告は原告に対し、車両保険金七〇万七七二〇円を支払った。

ウ 平成二三年五月一五日、Aが本件車両で高速道路(中央自動車道岐阜県内)を走行中、フロントガラスに飛び石が飛んできてフロントガラスを損傷した。この保険事故について、原告はフロントガラス交換の請求書を提出し、被告は原告に対し、車両保険金一三万四三一六円を支払った。

(4)  本件車両の処分について

原告は、前記(3)記載のとおり、本件車両で自損事故が三回も起こり、知人からの勧めもあって、本件車両を買い換えることにした。そこで、本件車両を購入した店の担当者であったDに相談したところ、様々なオプションを付けているためどのくらいで査定すればよいか分からないから、一度オークションに出品して様子を見ることを提案された。そこで、Aは、平成二三年六月二〇日頃、本件車両でオークション会場に行き、鍵を渡して本件車両を置いて、Dの運転する車に乗って帰宅した。Aは、同年五月頃の時点で、本件車両のローンの残債務が五五〇万円ほど残っていたことから、少なくとも六〇〇万円程度で売却したいと考え、同年六月二四日、五二〇万円をスタート価格としてオークションに出品したが、入札者はいなかった。

(5)  本件盗難前後の状況

ア 平成二三年六月二九日、Aは、午前五時二〇分頃、本件車両を運転して自宅を出発し、午前五時三〇分頃、原告事務所に到着した。Aは、前進して本件車庫に本件車両を入れて駐車し、道路からは、本件車両の後部が見える状態であった。

その後、午前五時三〇分から四〇分の間に、原告の従業員であるE(以下「E」という。)、F及びG(以下「G」という。)が原告事務所に到着し、Eの運転する車で、三重県伊勢市のb病院移設新築工事現場(以下「本件工事現場」という。)へ向かった。Aらは、本件工事現場で行われる朝札に間に合うように午前七時三〇分頃工事現場に到着した。

イ 同日の午後二時ないし三時頃、原告事務所の隣に住むBは、本件車両が発進するときのエンジン音に似た「ボンボンボン」という音を聞いた。

ウ Aらは、午後五時まで本件工事現場で仕事をして、四人全員でBが運転する車で帰り、原告事務所に午後八時頃到着した。原告事務所に到着後、本件車両がなくなっていることに気付き、Aは、まず、Dに電話をかけ、本件車両を持って行ったか確認したが、知らないと言われたため、その後、警察に電話をしたところ、警察官が本件盗難現場に来た。Aが警察官に事情を聞かれている間に、E及びGがBを含む近隣住民に何か知っていることがないか聞きに行った。本件盗難現場には部品やガラスの破片、車を引きずったような跡もなかった。

エ Aは、Cに盗難事故に遭ったことを報告し、被告の事務受付センターにも電話をした。

(6)  本件車両の車載品

ア Aは、本件車両内に、原告の実印、角印、ゴム印、A個人の実印、大垣共立銀行c支店の預金通帳二通(原告名義及びA名義)、愛知銀行c支店の預金通帳(A名義)、ゆうちょ銀行の通帳(A名義)、国民健康保険証及び元請会社の書類一式(請求書やルールブック等)を置いていた。また、財布も置き忘れていたため、自動車運転免許証並びにUFJカード、アメリカンエクスプレスカード、エクソンモービルカード及びETCカード等のカード類も置いていた。Aは、上記物品を黒いバッグに入れて、本件車両の助手席側の後部座席の足元に置いていた。現金はバッグと財布と合わせて約六〇万円弱あった。

イ Aは、ガソリンの給油カードであるエクソンモービルカードを除いて、他のクレジットカードについて、直ちに停止手続を取ったが、上記エクソンモービルカードについては、連絡が取れなかった。Aは、同カードにはクレジット機能が付加されていなかったため、停止手続に着手するのが遅れ、四、五日後に盗難の連絡をした。

ウ Aは、翌日の平成二三年六月三〇日、各銀行に連絡し、預金口座を凍結する手続を取った。

(7)  盗難証明書

本件盗難後、本件盗難について調査が行われ、被告の調査員は、Aに対し、盗難証明書を提出するよう依頼したが、Aは所轄警察署の証明書又はこれに代わるべき書類を提出しなかった。

二  争点(1) 本件盗難という保険事故が発生したか。

(1)  被保険自動車の盗難という保険事故が発生したとして、本件保険約款第一条に基づいて車両保険金の支払を請求する者は、「被保険者以外の者が被保険者の占有に係る被保険自動車をその所在場所から持ち去ったこと」という盗難の外形的な事実を主張、立証する責任を免れるものではない。そして、その外形的な事実は、「被保険者の占有に係る被保険自動車が保険金請求者の主張する所在場所に置かれていたこと」及び「被保険者以外の者がその場所から被保険自動車を持ち去ったこと」という事実から構成されるものというべきである(最高裁平成一七年(受)第一八四一号同一九年四月二三日第一小法廷判決・裁判集民事二二四号一七一頁参照)。

(2)  これを本件について検討すると、前記認定事実によれば、本件盗難があったとされる平成二三年六月二九日、Aは、本件車両を本件車庫に駐車し、午前五時三〇分頃、原告の従業員らとともに、三重県伊勢市の本件工事現場に向かって出発し、午後八時頃戻ったことが認められる。そして、同日の午後二時ないし三時頃、原告事務所の隣に住むBが、本件車両が発進するときのエンジン音に似た「ボンボンボン」という音を聞いていること、同日の午後八時頃には本件車両が本件車庫からなくなっていたことが認められるから、本件車両は、同日の午後二時ないし三時頃にA以外の者が本件車庫から本件車両を持ち去ったという事実が推認されるというべきである。

(3)  次に、上記推認を覆す事情があるか、被告は、盗難の外形的事実に疑念を生じさせる事情の存在を主張しているので、検討する。

ア 被告は、本件盗難時の車載品について、貴重品を車内に保管しておくということ自体が常識や経験則に反すると主張し、本件保険契約にのみ車内外身の回り品特約が付いている事実を指摘するが、原告においては、事務所に常駐する事務員がおらず、本件盗難当時、原告の仕事は大阪の現場に出向くことが多く、大阪の現場に行き一、二週間に一度くらいしか原告の事務所に戻らなかったり、日帰りで往復するようなことがあり、無人の事務所に貴重品を置いておくよりも、本件車両に置いていた方が安全で、かつ便利だと考えていたこと、また、車内外身の回り品特約についても、Cが提案して付けたこと(前記認定事実)などが認められ、前記推認を覆す事情とまでは認められない。

イ 被告は、原告が本件車両のローンの支払を続けていくことが困難であり、原告の経営状況が極めて悪化していて、また、本件車両は原告の希望価格での売却が困難であったなどと主張し、原告に本件保険金の不正請求をする動機が存在したと主張する。この点については、前記認定事実によれば、原告は、本件保険契約の保険料を滞納することがあったことが認められ、A自身も、本件盗難があったとされる平成二三年六月二九日の頃の決算期である平成二四年三月期の売上げは三〇〇〇万円程度であり、一番業績がよくない時期であったことを認めており、オークションでは本件車両の入札者がいなかったことなどが認められる。しかしながら、保険料については支払期限に遅れることがありながらも支払っていたこと、原告の従業員はAを除いて三人であり、三〇〇〇万円程度の売上げがあれば、経済的に余裕があるとはいえないまでも、会社として経営が成り立たないというような状況にあったとは認められないこと、本件盗難当時、本件車両の保険金額が六五五万円であったが、本件車両のローンの残債務が五五〇万円程度あったことなどからすると、被告の主張に合致するような上記事実が存することは、保険金の不正請求をする動機となり得る事情であることは否定できないが、原告が本件盗難を作出する必然性があったというような事情とまではいえず、前記推認を覆す事情とまでは認められない。

ウ 被告は、本件車両に高度な防犯装置が装備されていた事実を指摘する。本件車両にはイモビライザー、アラーム機能及び侵入センサーが搭載されており、高度な防犯装置が装備されていたこと、本件盗難現場には部品やガラスの破片、車を引きずったような跡もなかったことが認められるが、標準装備である上記防犯装置が装備されていたと考えられる本件車両と同じ車種のレクサスが、平成二三年に一三台盗まれており、そのうち一二台は鍵がかかっていたこと、中古車売買のオークション会場で衛星利用測位システム(GPS)の発信端末を取り付ける方法でレクサスを盗んだ事例があったことなどが認められるから、高度な防犯装置が装備されていることのみから、車両の盗難の実現可能性を否定することはできず、前記推認を覆す事情とは認められない。

エ 被告は、前記一(3)イ記載の事故において、原告が、当該事故による修理を機に、サスペンションを高価な社外品にしたことや、事故状況からすると疑念の生じる事案であったなどと主張し、前記一(3)ウ記載の事故について、本件車両がオークションの出品時にフロントガラス中央部に「トビA」との記載があり、飛び石傷があると表示されていることを指摘して、原告が、フロントガラスを交換したかのように装って、実際には車両保険金の支払のみを受けて、フロントガラスを交換していなかったと主張する。

しかしながら、前者の事故については、もともと本件車両のサスペンションは、本件車両を販売するトヨタ自動車株式会社の純正のサスペンションではなく、レーサー仕様であるクアンタム社製のサスペンションが装着されていたところ、それと同等のサスペンションとして社外品のサスペンションを装着しており、当該事故を利用して事故前に装着されたサスペンションをより高価なものにしたとは認められず、また、被告は、事故報告と車両の状態の整合性等を調査の上で車両保険金を支払っていること、後者の事故については、当該事故時の損傷の状態は、フロントガラス中央より右側に一五センチメートルのヒビが入っていたところ、本件車両のオークション出品時にそのような記載は認められないことなどから、被告の主張はいずれも採用できない。

オ このほかにも、被告は、本件盗難場所の立地状況やAの言動等において不自然だと見られる点を指摘するが、立地状況については、盗難の実現が困難であるとまではいえないこと、前記前提事実によれば、本件保険契約の保険金額の設定はいずれもCが具体的な金額を設定しており、Aが自己の利益を図るために誘導したような事実は認められないこと、盗難に遭ったはずのエクソンモービルカードが、本件盗難後に原告の従業員によって使用されているが、カード自体を提示しなくても給油することが可能なスピードパスという制度を利用して、原告の従業員Eが使用したものと認められること、Aは、本件盗難があった平成二三年六月二九日以前にも、本件工事現場に行って仕事をしていたことが認められ、本件盗難当日のみ不在にしていたわけではないことなどから、前記推認を覆す事情があるとまでは認められない。

(4)  以上より、本件においては、「被保険者以外の者が被保険者の占有に係る被保険自動車をその所在場所から持ち去ったこと」という盗難の外形的な事実が認められることから、本件盗難という保険事故が発生したものと認めることができる。

三  争点(2) 故意招致の有無

(1)  被保険自動車の盗難という保険事故が発生したとして、本件保険約款第一条に基づいて車両保険金の支払を請求する者は、「被保険者以外の者が被保険者の占有に係る被保険自動車をその所在場所から持ち去ったこと」という外形的な事実を主張、立証すれば足り、被保険自動車の持ち去りが被保険者の意思に基づかないものであることを主張、立証すべき責任を負わないというべきである(最高裁平成一八年(受)第一〇二六号同一九年四月一七日第三小法廷判決・民集六一巻三号一〇二六頁参照)。したがって、本件盗難が故意によって招致されたことについては、保険者である被告が立証責任を負うと解するべきである。

(2)  被告は、本件盗難がAの故意によって招致されたことの間接事実として、前記二(3)で検討した本件盗難の外形的事実に疑念を生じさせる各事実を指摘するが、各事実を総合しても、本件盗難がAの故意によって、A以外の第三者によって本件車両の持ち去りが行われたと認めるに足りない。

よって、本件盗難がAの故意によって招致されたものであるとは認められない。

四  争点(3) 本件保険契約の有効性

被告は、Aが、本件保険契約締結の際、被保険自動車の所有者がA個人であると被告に申告をしていたから、Aから、第三者のためにする保険契約とする旨の申出がなかったとして、本件保険契約は無効になる旨主張するが、前記前提事実によれば、本件保険契約締結時の被告の担当者であるCは、自動車検査証の使用者は原告名義であることを認識しており、被保険者が原告となることを認識しながら、保険料の割引のために、Aに指示して上記申告を行わせたものと認められる。したがって、本件保険契約は、保険契約者をA、被保険者を原告とすることを前提として締結されており、第三者のためにする保険契約とする旨の申出がなかったことを理由として本件保険契約の無効を主張する被告の主張は採用できない。

五  争点(4) 遅延損害金の起算点

前記前提事実によれば、Aは、被告の調査員が、Aに対し盗難証明書を提出するよう依頼したにもかかわらず、所轄警察署の証明書又はこれに代わるべき書類を提出しなかったことが認められるから、被告が保険金の請求手続等に関する教示を怠っていたことを前提とし、原告が請求の意思表示をしている以上、保険金請求のために必要な書類の提出が完了していなくても、被告は、請求後三〇日を経過した時点で遅滞に陥っているというべきであるとする原告の主張は採用できない。

本件においては、原告から被告に対し、必要な書類は提出されなかったが、被告は、原告に対し、平成二四年四月一二日に免責通知をしていることから、遅延損害金の起算日は、その翌日の平成二四年四月一三日と解する。

第四結論

以上によれば、原告の請求は主文記載の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、事案に鑑み、民事訴訟法六一条及び六四条ただし書を適用し、仮執行の宣言については同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

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