名古屋地方裁判所 平成24年(行ウ)146号 判決 2013年7月18日
主文
1 本件訴えを却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告が平成24年3月16日付けでした別紙1「物件目録」記載の土地についての農地転用許可(○尾農第○号)を取り消す。
第2事案の概要
1 本件は,愛知県知事が別紙1「物件目録」記載の土地(以下「本件農地」という。)についてした農地法5条1項に基づく転用許可処分(以下「本件処分」という。)に関して,本件農地の近隣に居住する原告が,本件処分の取消しを求める事案である。
2 法令の定め
本件に関係する法令の規定は,別紙2「関係法令の定め」記載のとおりである。
3 前提事実(当事者間に争いのない事実及び掲記の証拠により容易に認められる事実。以下,書証番号は,特記しない限り枝番を含む。)
(1) 当事者
ア 原告は,愛知県北名古屋市αβ×番地(以下「原告住所地」という。)に居住し,北名古屋市農業委員会(以下「本件農業委員会」という。)の北名古屋市α「×の地区」(以下「本件地区」という。)担当の農業委員を務める者である。(弁論の全趣旨)
イ 被告は,本件処分をした愛知県知事が所属する公共団体である。(弁論の全趣旨)
(2) 本件訴訟に至る経緯等
ア 株式会社A(以下「A」という。)及びBは,平成24年2月1日付けで,本件農業委員会に対し,農地法5条1項に基づき本件農地の転用許可を求める申請書(以下「本件申請書」という。)を提出した(以下,この申請を「本件申請」という。)。(甲1)
イ 本件農業委員会は,平成24年2月22日,愛知県知事に対し,意見を付して本件申請書を送付した。本件農業委員会の作成名義に係る「農地法第5条の規定による許可申請に係る意見書」(以下「本件農業委員会意見書」という。)には,本件申請は許可することができる旨の意見に加えて,①本件農地の農地区分が第2種農地に該当すること,②敷地拡張として,農地以外の土地や第3種農地に代替地を確保できないことから,農地法の立地基準を満たすものであること,③農地法の一般基準も満たすこと,④農業委員の意見が付いたので検討を依頼することなどが記載されていた。(甲7の2)
ウ 愛知県知事は,愛知県農業会議に対し,本件農地の転用の可否について諮問した。愛知県農業会議は,平成24年3月15日に開催した常任会議員会議で審議の上,愛知県知事に対し,本件申請につき許可して差し支えない旨答申した。(甲12,弁論の全趣旨)
エ 愛知県知事は,平成24年3月16日付けで,本件申請を許可する旨の本件処分をし,本件農業委員会を介して,A及びBに本件処分がされた旨の通知がされた。(甲1,弁論の全趣旨)
オ 原告は,平成24年4月5日付けで,愛知県知事に対し,本件処分について異議申立てをした。(甲15)
カ 愛知県知事は,平成24年6月29日付けで,前記オの異議申立てを却下する旨の決定をした。(甲15)
キ 原告は,平成24年12月26日,本件訴えを提起した。(顕著な事実)
4 争点
(1) 原告適格の有無(本案前の争点)
(2) 本件処分の取消事由の有無(本案の争点)
5 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(原告適格の有無)について
ア 原告の主張の要旨
(ア) 農地法5条2項4号は,同条1項の許可の申請に係る農地を農地以外のものにすることにより,土砂の流出又は崩壊その他の災害を発生させるおそれがあると認められる場合,農業用用排水施設の有する機能に支障を及ぼすおそれがあると認められる場合その他の周辺の農地又は採草放牧地に係る営農条件に支障を生ずるおそれがあると認められる場合には,農地の転用を許可することができない旨規定しているところ,本件処分により,本件農地が埋め立てられ,廃棄物運搬業及び同処分業の用地として使用されると,水田としての遊水保水能力が失われ,原告住所地を含むα地域全体が洪水による浸水被害を被る結果となることは明らかである。
したがって,原告は,個人として,また,α自治会から選出された本件地区担当の農業委員として,本件処分の取消しを求めるにつき法律上の利益(行政事件訴訟法9条1項)を有する。
(イ) 原告は,本件地区担当の農業委員として,本件申請について農地転用報告書(許可・届出)を作成して提出する権限を有しているから,本件処分の取消しを請求する権利がある。したがって,原告は,本件処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する。
イ 被告の主張の要旨
(ア) 農地法の文言や趣旨,目的に照らすと,同法は,専ら国民経済的な観点から,効率的な農地等の所有及び利用関係を調整し,我が国全体の農業生産力の安定,向上を図る法律であるから,同法5条1項の許可に関する規定が周辺地域の住民個々人の個別的利益を保護する趣旨を含むものであるということはできない。農地法5条2項4号及び農地法施行規則49条3号は,我が国の農業生産力の安定,向上を図るために農業環境の悪化を防止するという一般的,公益的見地から周辺農地の営農について行政上の配慮をしているものであって,近隣耕作者の個別的利益を直接保護する趣旨のものではない。
また,本件農地の転用が許可されることにより,原告の受ける浸水被害が増大するということはできないし,仮に,原告が主張するような浸水被害増大のおそれがあるとしても,本件処分から直接もたらされる法律上の効果ではなく,事実上の影響にすぎないから,このような事実上の影響を理由として原告適格を基礎付ける法律上の利益の存在を認めることはできない。
(イ) 原告適格が認められるのは,当該処分により自己の法律上保護された権利が侵害され,あるいは必然的に侵害されるおそれがある場合であるところ,農業委員は,選挙等で選ばれ,公務として農業委員会に公正な立場で参画するものであり,その地位に基づく活動は,原告の個別的な権利利益とは全く無関係なものである。したがって,農業委員であることを理由として,自らに本件訴えの原告適格があるとする原告の主張が失当であることは明らかである。
(2) 争点(2)(本件処分の取消事由の有無)について
ア 原告の主張の要旨
後記(ア)ないし(エ)のとおり,本件処分は,違法であるから取り消されるべきである。
(ア) 本件農地は,農地法5条2項1号ロ,農地法施行令19条1号,農地法施行規則55条などの規定により転用することができない「甲種農地」であるから,本件農地の転用を許可した本件処分は違法である。
(イ) 本件農業委員会意見書は,本件農業委員会の事務局が独断で作成したものであって,本件農業委員会の総会の意見を反映したものではないし,本件農地の農地区分につき「第2種農地」と記載しているといった虚偽記載もあるから,本件農業委員会意見書を踏まえてされた本件処分は違法である。
(ウ) 本件農地の譲受人であるAは,産業廃棄物の処分業を行っているにもかかわらず,それに必要な廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃棄物処理法」という。)所定の許可を受けていない。本件申請の目的は,産業廃棄物の処分を行うための敷地の拡張にあるところ,このような廃棄物処理法違反の申請につき,それを看過してされた本件処分は違法である。
また,本件農地の転用は,廃棄物処理法14条の2が規定する「産業廃棄物の収集若しくは運搬又は処分の事業の変更」に当たるから,α自治会との間で事前に協定を締結する必要があるところ,Aは,同協定を締結することなく本件申請をしているなど,本件申請手続に瑕疵があるから,本件処分は違法である。
(エ) 平成24年3月15日に開催された愛知県農業委員会の常任会議員会議の中で,尾張農林水産事務所農政課の担当職員がした説明には虚偽があるから,このような虚偽の説明に基づく議事を踏まえてされた本件処分は違法である。
イ 被告の主張の要旨
(ア) 本件農地は,農地法5条2項1号ロが規定する甲種農地ではなく,同号ロ(2)に該当する農地(第2種農地)であるから,同法5条1項に基づく転用の許可は可能である。
(イ) 本件農業委員会意見書は,本件農業委員会が適法に発出した意見書であるから,本件農業委員会の総会の意見ではないとする原告の主張は根拠がない。また,本件農業委員会意見書に記載された内容は,いずれも農地法に適切に従った内容であって,問題はない。
(ウ) Aが産業廃棄物処分業の許可を受けていないことは認めるが,本件申請に係る本件農地の転用目的は,産業廃棄物に該当しない建設発生土等を置くことであるから,産業廃棄物処分業の許可の有無は問題とならない。また,そもそも,本件処分に際しては,Aに関する産業廃棄物処理法所定の許可の有無等を審査する必要はないから,本件申請に瑕疵があるという原告の主張は失当である。
(エ) 尾張農林水産事務所農政課の担当職員が,愛知県農業会議の中で,Aが経営する改良土センターに関し,「廃棄物対策課等に確認したが,廃棄物の混入はないという説明を受けている」旨の発言をしたことは認めるが,その説明に虚偽はない。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(原告適格の有無)について
(1) 行政事件訴訟法9条は,取消訴訟の原告適格について規定するが,同条1項にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり,当該処分を定めた行政法規が,不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には,このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり,当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は,当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。
そして,当該処分の相手方以外の者について上記の法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては,当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく,当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮し,この場合において,当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては,当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し,当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては,当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案すべきものである(行政事件訴訟法9条2項参照。以上につき,最高裁平成16年(行ヒ)第114号同17年12月7日大法廷判決・民集59巻10号2645頁参照)。
(2) 農地法5条2項4号は,申請に係る農地を農地以外のものにすることにより,土砂の流出又は崩壊その他の災害を発生させるおそれがあると認められる場合,農業用用排水施設の有する機能に支障を及ぼすおそれがあると認められる場合その他の周辺の農地又は採草放牧地に係る営農条件に支障を生ずるおそれがあると認められる場合には,転用を許可しない旨を定めており,農地法施行規則49条3号は,農地法5条1項及び農地法施行令15条1項を受けて,転用許可の申請をする際に提出する申請書に,転用によって生ずる付近の農地又は採草放牧地,作物等の被害の防除施設の概要を記載することを求めている。これらの規定は,農地を転用することによって,土砂の流出又は崩壊その他の災害が発生したり,農業用用排水施設の機能に支障を及ぼすなど,周辺の農地又は採草放牧地の営農条件に支障を生じさせる場合には,周辺の農地等の農業生産力を低下させ,これを所有,耕作する者の農業経営上の利益が脅かされるおそれがあることに鑑み,そのような被害を防止するために,転用許可の段階で転用による周辺の農地等に与える影響を審査し,周辺の農地等の営農条件に支障を及ぼすおそれがある場合には,これを許可しないこととしたものと解される。このような同号の趣旨・目的,同号が転用許可を通して保護しようとしている利益の内容,性質等に加え,平成21年法律第57号による改正後の農地法が「農地を効率的に利用する耕作者による地域との調和に配慮した権利の取得を促進すること」を目的の一つとし(1条),「この法律の運用に当たっては,(中略)農地が地域との調和を図りつつ農業上有効に利用されるように配慮しなければならない」ものとしている(63条の2)ことをも併せ考慮すると,同法5条2項4号は,農地の転用によって土砂の流出又は崩壊その他の災害の発生や,農業用用排水施設の機能上の障害等の被害が直接的に及ぶことが想定される周辺の一定範囲の農地を所有,耕作する者の農業経営上の利益を個々人の個別的利益としても保護する趣旨を含むものと解すべきである。
そうすると,農地の転用によって土砂の流出又は崩壊その他の災害の発生や,農業用用排水施設の機能上の障害等の被害が直接的に及ぶことが想定される周辺の一定範囲の農地を所有,耕作する者は,農地転用許可の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として,その取消訴訟における原告適格を有するというべきである。
(3) この点について,原告は,農地法5条2項4号は転用許可に伴う農地としての遊水保水能力の喪失によって浸水の被害を受けるおそれのある地域の周辺住民に対し,そのような被害を受けないという利益を個々人の個別的利益として保護する趣旨を含む旨主張するけれども,同号はその文言からも明らかなように,周辺の農地又は採草放牧地の営農条件に支障を生じさせることを防止する趣旨に出たものであり,農地法や同法施行令,施行規則その他関係法令の規定も精査してみても,同号が原告の主張するような周辺住民の利益を個々人の個別的利益として保護する趣旨まで含むものと解することはできない。
(4) そこで,本件についてこれをみるに,本件全証拠によっても,原告が本件農地の転用によって土砂の流出又は崩壊その他の災害の発生や,農業用用排水施設の機能上の障害等の被害が直接的に及ぶことが想定される本件農地の周辺地域において農地を所有,耕作していることを認めることはできない。
かえって,前記前提事実に証拠(甲8,15,16,乙2)及び弁論の全趣旨を総合すると,①本件農地の東側と南側の各土地は,従前からAが土砂の保管場所として利用している同社ないし第三者の所有地であり,本件農地の北側と西側の各土地は,原告以外の第三者が所有する水田であること,②本件農地と原告住所地は,直線距離で約400mも離れており,その間には,水田のほか,第三者が所有する住居その他の建物や車両置場,プール等が存在し,原告住所地の周辺地域は,住宅が建ち並ぶ住宅地となっていることが認められる。
以上のとおり,原告が,本件農地の転用によって土砂の流出又は崩壊その他の災害の発生や,農業用用排水施設の機能上の障害等の被害が直接的に及ぶことが想定される周辺地域において農地を所有,耕作しているということはできないから,農地法5条2項4号を根拠として本件処分の取消訴訟における原告適格を肯認することはできないといわざるを得ない。
(5) これに対し,原告は,自らがα自治会から選出された本件農地のある本件地区担当の農業委員であることを理由として,本件処分の取消しを求める原告適格を有する旨主張するけれども,農業委員会等に関する法律及び農地法施行令によると,農業委員会は,農地法5条1項に基づく転用許可の申請書に意見を付して処分行政庁である都道府県知事に送付するものとされており,農業委員は,合議体である農業委員会の一員としてその事務に関与するにすぎないから,農業委員会が意見を付した個々の案件に関する都道府県知事の転用許可について,個々の農業委員がその取消しを求めるにつき法律上の利益を有するものでないことは明らかである。
したがって,原告の上記主張は,採用することができず,他に,原告において,本件処分により法律上の利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあることを認めるに足りる事情は見当たらない。
2 結論
以上によると,本件訴えは,行政事件訴訟法9条1項の定める原告適格を欠く不適法な訴えであるから,これを却下することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 福井章代 裁判官 富澤賢一郎 裁判官 平野佑子)
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