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名古屋地方裁判所 平成26年(行ウ)82号 判決 2015年11月12日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,9474万6229円及びこれに対する平成26年7月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  被告は,平成25年法律第63号による改正前の厚生年金保険法(以下「旧厚年法」という。)に基づき設立された厚生年金基金(以下「基金」という。)であるところ,被告の設立事業所(基金が設立された適用事業所をいう。以下同じ。)の事業主であった原告は,平成25年3月31日に被告から脱退し,その際,被告から,その規約に基づき,脱退時特別掛金8億1966万9445円の納入の告知を受け,これを納付した。本件は,原告が,上記脱退時特別掛金のうち,脱退事業所に係る事務費掛金相当額(以下「事務費掛金相当額」という。)1億0026万4560円及び脱退事業所に係る受給権者(未裁定の待期者を含む。以下同じ。)の年金支給のために必要となる事務費相当額(以下「事務費相当額」という。)944万1600円は,いずれも被告が上記脱退後少なくとも264月以上存続することを前提として納付したものであるが,被告は平成28年3月に解散する方針であって上記脱退後36月しか存続しないから,被告は228月分の事務費掛金相当額及び事務費相当額を不当に利得したものであると主張して,不当利得返還請求権に基づき,228月分の事務費掛金相当額8659万2120円及び事務費相当額815万4109円の合計額9474万6229円並びにこれに対する平成26年7月1日から支払済みまで民法704条前段所定の年5分の割合による利息の支払を求めた事案である。

2  関係法令等の定め

関係法令等の定めは,別紙「関係法令等の定め」に記載したとおりである。

3  前提事実(当事者間に争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)  当事者

ア 原告は,各種糸類,織物,生地の加工及び販売等を主たる目的とする株式会社であり,被告が設立された当時から被告の設立事業所の事業主であったが,平成25年3月31日に被告を脱退した。(弁論の全趣旨)

イ 被告は,昭和43年1月1日,旧厚年法111条1項の規定に基づく認可を受けて設立された旧厚年法第9章第1節に規定する基金であり,愛知県に所在する繊維製品の卸売業を主たる業とする事業所や同事業所を主たる構成員とする法人又は団体の事務所を設立事業所としている。(甲2,弁論の全趣旨)

(2)  原告の脱退時特別掛金の納付経緯等

ア 被告は,平成25年4月4日,原告に対し,原告の脱退に伴い,a厚生年金基金規約(平成24年12月17日厚生労働省発年1217第19号による認可を受けて改正されたもの。以下「本件規約」という。)に基づいて算出した脱退時特別掛金8億1966万9445円を納入するよう告知した。

なお,上記脱退時特別掛金の内訳は,未償却過去勤務債務額5億1637万8237円,繰越不足金額1億9358万5048円,事務費掛金相当額1億0026万4560円,事務費相当額944万1600円である。(甲2ないし5)

イ 原告は,平成25年5月24日,被告に対し,上記脱退時特別掛金8億1966万9445円を納付した。(甲4)

(3)  本件訴訟に至る経緯

ア 平成25年6月19日,保有する年金資産総額が老齢厚生年金の代行部分(基金が国に代わって給付を行う老齢厚生年金の報酬比例部分。以下同じ。)の給付に必要な積立額(最低責任準備金)に満たない,いわゆる代行割れ基金の早期自主解散を促して基金制度を原則として廃止することを目的として,①代行割れ基金を5年以内に解散させること,②5年後以降は厳しい基準を満たす基金のみの存続を認めること,③代行割れの場合において,解散時に各事業所の債務を確定して倒産事業所の債務を他の事業所が連帯で負担するという制度を廃止すること,④解散の認可の基準を緩和することなどを内容とする「公的年金制度の健全性及び信頼性の確保のための厚生年金保険法等の一部を改正する法律」(平成25年法律第63号。以下「旧厚年法改正法」という。)が成立した。

イ 被告は,旧厚年法改正法の成立を受け,平成26年2月27日開催の第134回代議員会で,特例解散制度(いわゆる代行割れ基金が,業務の運営につき相当の努力をしたこと等の所定の要件を満たすことにつき厚生労働大臣の認定を受けた上で,自主的に解散した場合には,政府による最低責任準備金相当額の徴収に関して,減額等の特例措置の適用を受けることができる制度。以下同じ。旧厚年法改正法附則11条参照)により解散する旨の解散方針の意思決定を議決し,年金資産保全のために選択一時金の給付を停止する旨の規約変更をする旨の議決をした。なお,被告は,解散に向けて,解散に伴う同意書を取得し,平成27年12月に厚生労働大臣に解散の認可申請を行い,平成28年3月に解散の認可を受ける予定とした(甲6,7)

ウ 旧厚年法改正法が,平成26年4月1日に施行された。

エ 原告は,平成26年6月20日,被告に対し,平成28年4月以降の事務費掛金相当額8659万2120円及び事務費相当額815万4109円の合計9474万6229円を平成26年6月30日までに返還するよう通知した。(甲8,9)

(4)  本件訴訟の提起

原告は,平成26年7月30日,本件訴訟を提起した。(顕著な事実)

4  争点及び当事者の主張

本件の争点は,被告の不当利得返還義務の有無,具体的には,被告が,原告が納付した事務費掛金相当額のうち8659万2120円及び事務費相当額のうち815万4109円の合計9474万6229円について,法律上の原因なくして利得したといえるか否かであり,これに関する当事者の主張は以下のとおりである。

(原告の主張)

(1) 原告は,被告に対し,脱退時特別掛金を納付したところ,このうち事務費掛金相当額1億0026万4560円については,脱退日の直前の決算時の報酬標準給与月額37万9790円に,60歳から原告の加入員の平均年齢である38歳を控除した年数である22年に12を乗じて月数に換算した事務費負担相当期間である264月を乗じて算定されたものである。このことからすれば,原告は,被告が264月以上存続することを前提にして事務費掛金相当額分を納付したものといえる。また,上記脱退時特別掛金のうち,事務費相当額944万1600円については,8万4300円に脱退日の属する月の前月末日における受給権者の人数112名を乗じて算定されたものであり,原告は,被告が継続して年金支給のために必要となる事務を行うことを前提にしてこれを納付したものである。

しかしながら,被告は,平成28年3月に解散の認可を受ける確実性が高く,そうすると,平成25年4月から平成28年3月までの36月しか基金の業務を行わないことになるため,原告が上記脱退時特別掛金を納付した際の前提を欠くことになる。

(2) また,解散の認可申請後には事務費掛金の徴収はされないし,平成28年4月以降は,業務執行の費用や受給権者の年金支給のための事務費も発生しないから,同月以降の事務費掛金相当額及び事務費相当額については,原告がこれらを負担しないことによって,他の設立事業所の事業主又は加入員の負担額が増加するという関係には立たず,原告がこれらを負担する理由はない。原告が納付した事務費掛金相当額及び事務費相当額は,脱退事業所(設立事業所又はその加入員が減少する場合における当該減少に係る設立事業所をいう。以下同じ。本件規約附則22条1項参照)の脱退時の加入員のために脱退事業所が負担するはずであった事務費掛金や事務費を前払したものであるところ,これらが他の設立事業所の未払掛金の徴収事務費用や清算業務の事務費用に充てられるのは不公平である。

(3) 以上によれば,被告は,平成28年4月以降の228月分の事務費掛金相当額及び事務費相当額の合計9474万6229円について法律上の原因なくして利得しているから,原告に対し,同額の不当利得返還義務を負うというべきである。

(被告の主張)

(1) 事務費掛金相当額は,設立事業所が脱退等をした場合に,他の設立事業所に係る掛金が増加する額に相当する額のうち,基金の業務執行に要する費用に関して,規約の定めに従って算出された金額を徴収するものである。そして,基金を運営していく中で,脱退事業所に属する受給者や待期者,基金の運営状況その他の将来の状況は不確定であって,当該脱退事業所が負担すべき将来の事務費掛金を確定的に算出することは困難であることから,一定の合理的な算出方法を定め,脱退事業所に対して一律に課しているものであり,後日被告が解散したとしても返還を要するものではない。

(2) 事務費相当額は,設立事業所が脱退等をした場合に,他の設立事業所に係る掛金が増加する額に相当する額のうち,受給権者の年金支給のために要する費用に関して,規約の定めに従って算出された金額を徴収するものである。そして,この計算方法においては,年金の支給期間という概念もなく算出が行われており,その性質及び計算方法によれば,脱退事業所に係る将来の実費の実額を徴収しているものとはいえず,後日被告が解散したとしても返還を要するものではない。

(3) 被告は,平成26年2月27日開催の代議員会において解散方針の意思を決定したにすぎず,解散が認可されない可能性もあるから,被告が平成28年3月に解散することを前提とする原告の請求は,その前提を欠くものである。

また,被告は,解散の認可申請後も,解散の認可までは掛金の徴収を行うし,未払掛金の徴収を行う可能性もある上,被告の清算業務は継続するのであって,事務費は発生するものである。

(4) したがって,被告は,原告に対し,9474万6229円の不当利得返還義務を負わない。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

前記前提事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。

(1)  厚生年金基金の仕組み

ア 基金は,加入員の老齢について給付を行い,もって加入員の生活の安定と福祉の向上を図ることを目的として(旧厚年法106条),適用事業所の事業主及びその適用事業所に使用される厚生年金保険の被保険者をもって組織される法人である(旧厚年法107条,108条1項)。

1又は2以上の適用事業所について常時政令で定める数以上の被保険者を使用する事業主は,当該適用事業所について基金を設立することができ(旧厚年法110条1項),基金の設立の際には,事業主は,基金を設立しようとする適用事業所に使用される被保険者の2分の1以上の同意を得て規約をつくり,厚生労働大臣の認可を受けなければならない(旧厚年法111条1項)。

イ 基金は,上記目的を達成するため,加入員又は加入員であった者の老齢に関する年金の給付等を行うことを業務とし(旧厚年法130条1項),これらの年金の給付及び一時金の給付に関する事業に要する費用に充てるため,掛金を徴収し(旧厚年法138条1項),これから年金給付等積立金(年金たる給付及び一時金たる給付に充てるべき積立金をいう。以下同じ。)を積み立てて運用するものとされている(旧厚年法136条の2)。基金は,年金給付につき,老齢厚生年金のうち報酬比例部分(代行部分)を政府に代行して支給し,さらに,基金独自の上積み給付(以下「上積み給付」という。)を支給している。

ウ 基金による年金等の給付の財源は,加入員及び加入員を使用する設立事業所の事業主が納付する掛金による年金給付等積立金及びその運用益である。基金においては,基金が将来支給すべき給付に見合うだけの資金をあらかじめ積み立てておくという事前積立方式が原則とされており(旧厚年法136条の2),具体的には,平成26年政令第73号による廃止前の厚生年金基金令(以下「旧基金令」という。)39条の2に規定する責任準備金及び39条の3に規定する最低積立基準額を下らない額を積み立てておく必要があるものとされている。

エ 基金は,規約をもって,基金の設立に係る適用事業所の名称及び所在地,年金等の給付に関する事項や掛金及びその負担区分に関する事項等を定めなければならない(旧厚年法115条1項3号,8号,10号)。そして,基金の規約の変更は,事業主において設立事業所の事業主及び設立事業所に使用される者のうちから選定し又は加入員において互選する代議員によって構成される代議員会の議決を経て行われ(旧厚年法118条1項1号,117条),厚生労働大臣の認可を受けなければその効力を生じないものとされている(旧厚年法115条2項)。

オ 基金の設立事業所が減少する場合において,当該減少に伴い他の設立事業所に係る掛金が増加することとなるときは,当該基金は,当該増加する額に相当する額として厚生労働省令で定める計算方法のうち規約で定めるものにより算出した額を,当該減少に係る設立事業所(以下「減少設立事業所」という。)の事業主から掛金として一括して徴収するものとするとされている(旧厚年法138条5項)。上記計算方法については,平成26年厚生労働省令第20号による廃止前の厚生年金基金規則(以下「旧規則」という。)32条の3の3が定めている。そして,旧規則32条の3の3第4項は,基金が,規約で定めるところにより,同条1項に規定する方法で計算した額に,減少設立事業所が減少しないとしたならば減少設立事業所の事業主が負担することとなる旧規則32条2項に規定するその他の掛金を加算することができるとしている。

カ 基金の解散及び清算の規定は旧厚年法145条ないし148条に定められており,基金は,代議員の定数の4分の3以上の多数による代議員会の議決を得た場合に解散でき,この場合には厚生労働大臣の認可を受けなければならないとされている(旧厚年法145条)。

(2)  脱退時特別掛金についての本件規約附則の定め

ア 旧厚年法138条5項等の規定を受けて,本件規約附則22条1項は,基金は,設立事業所がこの基金の設立事業所でなくなったときは,他の設立事業所に係る掛金が増加する額に相当する額を脱退事業所の事業主から脱退時特別掛金として一括して徴収するものとし,当該脱退事業所の事業主に対し納入の告知を行うこととしている。そして,同条2項は,同条1項に定める他の設立事業所に係る掛金が増加する額に相当する額は,①未償却過去勤務債務(1号),②繰越不足金(2号),③基金の保有する固定資産の財政運営上の評価額が時価を上回る場合における当該上回る額(3号),④脱退により財政運営上発生する不足金(4号),⑤脱退事業所に係る事務費掛金相当額(5号),⑥脱退事業所に係る受給権者の年金支給のために必要となる事務費相当額(6号)の合計額として,本件規約附則23条により算定される額であるとしている。

イ そして,本件規約附則23条1項5号及び6号は,本件規約附則22条2項5号及び6号に定める額の具体的算定方法について次のとおり定めている。

(ア) 本件規約附則22条2項5号に定める額(事務費掛金相当額)

脱退時の直前の決算時,又は脱退日の属する月の前月における当該脱退事業所に係る事務費掛金の額のいずれか大きい額(中略)に事務費負担相当期間を乗じた額

(イ) 本件規約附則22条2項6号に定める額(事務費相当額)

脱退日の属する月の前月末日における当該脱退事業所に係る受給権者の数に8万4300円を乗じて得た額(以下省略)

ウ また,本件規約附則23条3項は,同条1項の「事務費負担相当期間」について次のとおり定めている。

本件規約附則23条1項に規定する予定利率A及び予定利率Bは,旧基金令39条の2第3項に規定するところによるものとし,同項に規定する事務費負担相当期間は60から当該脱退事業所の加入員の平均年齢(中略)を控除して得た期間(年数)に12を乗じて得た月数とする。ただし,平均年齢が60歳以上である場合の事務費負担相当期間は,脱退日の属する月の翌月から,脱退日の属する基金の事業年度の末日までの月数とする。

(3)  解散に関する旧厚年法及び本件規約の内容等

ア 基金が解散した場合,基金は,旧基金令55条に定める責任準備金相当額を旧厚年法161条1項の定めるところにより,企業年金連合会(以下「連合会」という。)に納付しなければならない(本件規約122条)。基金は,解散する場合において,当該解散する日における年金給付等積立金の額が,当該解散する日を本件規約124条1項に規定する基準日とみなして同条の規定に基づき算定した最低積立基準額を下回るときは,当該下回る額を特別掛金として設立事業所の事業主から一括して徴収することとなる(本件規約123条1項,2項)。

そして,連合会は,解散基金加入員(解散した基金が老齢年金給付の支給に関する義務を負っていた者をいう。)に対し老齢年金給付の支給等を行うこととなり(旧厚年法159条1項),解散した基金は,当該基金の加入員であった者に係る年金たる給付及び一時金たる給付の支給に関する義務を免れることになる(旧厚年法146条本文)。

また,解散した基金の残余財産は,清算人がこの基金が給付の支給に関する義務を負っていた者に分配することとなる(旧厚年法147条4項,本件規約125条1項)。

イ 厚生年金基金の会計は,年金経理と業務経理を設け,年金たる給付及び一時金たる給付に関する取引は年金経理により,その他の取引は業務経理により経理されることとなっており(旧規則41条2項),事務費掛金相当額は業務経理に計上され,事務費相当額は年金経理の費用として計上される。年金経理に計上された事務費相当額は,年金資産が最低責任準備金以下の場合にはその全部が国に返還され,最低責任準備金の額を超える場合には,その一部である最低責任準備金相当額が国に返還され,最低責任準備金の額を超えた部分については,受給権者等に分配されることになる。また,業務経理に計上された事務費掛金相当額は,解散の認可後も清算事務費に充てられるほか,年金経理が不足する場合には業務経理から年金経理に組み入れられることもあり得るものである(乙4,5)。

ウ 旧厚年法改正法は,金融市場の変動や金利水準の低下による基金の資産運用を取り巻く環境の不安定さ等を踏まえて,特例解散等の創設によって基金の解散等を進め,上積み給付の再建支援等の措置を講じようとするものである。

基金が通常の解散をした場合には,国が年金の給付事務を行うこととなり,旧厚年法改正法附則8条により,政府は,その解散した日において当該基金が年金たる給付の支給に関する義務を負っている者に係る責任準備金相当額を当該基金から徴収することとなり,また,同法附則34条4項により,解散した基金の残余財産は,規約で定めるところにより,その解散した日において当該基金が年金たる給付の支給に関する義務を負っていた者に分配されることとなる。

また,代行割れ基金が特例解散制度によって解散した場合には,旧厚年法改正法附則11条1項,3項により,厚生労働大臣による認定を受けるために申請をした日の属する月の翌月から,基金独自の上積み給付はなくなることとなる。そして,代行部分については,通常の解散と同様に,国から老齢厚生年金として給付がされることになる。(甲12)

2  被告の不当利得返還義務の有無について

(1)  原告は,①脱退時特別掛金のうち事務費掛金相当額はその算定方法から明らかなとおり,被告が264月以上存続することを前提とし,事務費相当額も被告が存続することを前提として納付したものであるところ,被告は平成28年3月に解散が認可される予定であるから納付した前提を欠くことになる,②原告が事務費掛金相当額及び事務費相当額を負担したのは,脱退事業所の脱退時の加入員のために脱退事業所が負担するはずであった事務費掛金及び年金支給のための事務費を前払したものであるところ,解散の認可申請後に事務費掛金が徴収されず,解散の認可後に被告が事務を行わないことなどからすれば,原告が平成28年4月以降の事務費掛金相当額及び事務費相当額を負担すべき理由はないし,これらが他の設立事業所の未払掛金の徴収事務費用等に充てられるのは不公平であるから,被告には不当利得があるなどと主張する。

(2)  上記①の点について,旧厚年法138条5項が,基金の設立事業所が減少する場合において,当該減少に伴い他の設立事業所に係る掛金が増加することとなるときは,減少設立事業所の事業主から特別掛金を一括して徴収するものと規定している趣旨は,基金の設立事業所の脱退等による設立事業所の減少に伴い,財源不足から他の設立事業所に係る掛金が増加することとなるような場合に,当該増加する額に相当する額を減少設立事業所の事業主に負担させ,もって,年金受給権の確保及び他の設立事業所との公平を図るという点にある。

そして,基金の業務執行に要する費用(本件規約97条1項)である事務費掛金と,受給権者の年金支給のための事務費は,旧厚年法138条1項に定める「基金が支給する年金たる給付及び一時金たる給付に関する事業に要する費用」を賄うものとして,旧規則32条2項にいう「その他の掛金」に該当し,旧規則32条の3の3第4項に基づき,基金がその自治的判断によって規約で定めるところにより徴収し得るものであるところ,将来の基金の存続状況,運営存続,受給権者数等の状況が不確定なものであることに鑑みれば,本件規約附則23条1項5号及び6号が,脱退時特別掛金の算定方法において,脱退事業所が脱退しないとしたならば当該脱退事業所の事業主が負担することとなる金額を一定の想定の下に算定し,これを当該事業主に一律に負担させるものとしていることは十分な合理性を有するものであり,脱退時特別掛金の算定に当たり将来における事務費掛金相当額及び事務費相当額が含められているからといって,上記事業主が納付する脱退時特別掛金が,基金の一定期間の存続を前提としているものであるとまでいうことはできない。

また,旧厚年法145条ないし148条には「解散及び清算」に関する定めがされ,旧厚年法146条には,基金は,解散した場合には,当該基金の加入員であった者に係る年金たる給付の支給に関する義務を免れる旨が規定されている上,本件規約の第12章にも,「解散及び清算」に関する定めがされ,基金が解散したときは最低責任準備金を連合会に納付しなければならない旨(本件規約122条)や,基金が解散した場合に,基金の債務を弁済した後に残余財産があるときは,清算人はこれを解散した日において,受給権者等に分配しなければならない旨(旧厚年法147条4項,本件規約125条)などの解散や清算に関する手続が具体的かつ詳細に規定されている。他方で,旧厚年法や本件規約には,基金に一旦納付された脱退時特別掛金の全部又は一部を当該納付から解散までの期間の長さに応じて返還するなどの定めは全く設けられていないのであって,このようなことからすれば,基金が解散した場合に脱退時特別掛金の全部又は一部を脱退事業所の事業主に返還することは制度上およそ予定されていないものといわざるを得ず,原告もこのことを十分認識し,又は認識し得たものというべきである。

したがって,原告が脱退時特別掛金を納付するに当たり,事務費掛金相当額及び事務費相当額については,被告が一定期間存続することが前提となっていたという原告の主張は採用できない。

(3)  次に,上記②の点について,前記1(3)の定めによれば,旧厚年法改正法による改正前においても,基金である被告が財産状況の悪化その他の理由により解散して,加入員であった者に係る年金の給付に関する義務を免れるとともに,原告の納入した事務費掛金相当額及び事務費相当額が,最低責任準備金の一部や清算事務等の費用に充てられ得ることは予定されていたというべきである。そうすると,原告が納付した事務費掛金相当額及び事務費相当額が,原告の脱退時の加入員のために原告が負担するはずであった事務費掛金及び年金支給のための事務費のみに充てられる前提で納付された旨の原告の主張は採用できない。

そもそも,原告は,自治組織たる基金の構成員である設立事業所の事業主であるから,その規約に拘束されることは当然であり,本件規約の定める脱退時特別掛金の算定方法が,被告の解散の有無やその時期にかかわらず一律とされているため,納付された事務費掛金相当額及び事務費相当額が清算事務の費用等に充てられ得ることが不合理であるというのであれば,関係法令や本件規約の規定に基づいて当該条項の改廃を求めるべきであって,これらがされていないにもかかわらず,被告の解散の方針が決定されたことを理由として,当該条項の適用を否定することは特段の事情のない限り許されないというべきである。そして,上記(2)で説示したとおり,被告の解散の有無やその時期にかかわらず脱退時特別掛金の算定方法を一律に定めた本件規約の内容について,これを不合理であるということはできないところ,解散の方針が決定されたことを理由として脱退時特別掛金の一部を原告に返還することは,脱退時特別掛金の納付当時有効であった本件規約の効力の一部を後の事情によって遡及的に否定することにほかならず,法的安定性や設立事業所間の公平性を害するものというべきであり,本件において上記特段の事情があるとはいえない。

したがって,原告が納付した事務費掛金相当額及び事務費相当額が,原告の脱退時の加入員のために原告が負担するはずであった事務費掛金及び年金支給のための事務費以外の費用に充てられることは不公平であって,被告に不当利得があるなどとする原告の主張は採用できない。

第4結論

よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 市原義孝 裁判官 平田晃史 裁判官 西脇真由子)

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