大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成26年(行ウ)9号 判決 2017年3月16日

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  Z1社会保険事務局長が,原告Z2に対し,平成21年12月25日付けで行った分限免職処分を取り消す。

2  Z1社会保険事務局長が,原告Z3に対し,平成21年12月25日付けで行った分限免職処分を取り消す。

3  被告は,原告らに対し,それぞれ330万円及びこれに対する平成21年12月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

社会保険庁(以下「社保庁」という。)の職員として,Z1社会保険事務局(以下,地方社会保険事務局を「社保局」という。)又はその管轄区域内の社会保険事務所(以下「社保事務所」という。)において勤務していた原告らは,平成22年1月1日に,日本年金機構法(平成19年7月6日法律第109号。以下「機構法」という。)に基づき日本年金機構(以下「機構」という。)が設立され,同法附則70条及び72条に基づき社保庁が廃止されたことに伴い,Z1社保局長により,平成21年12月25日付けで,国家公務員法(以下「国公法」という。)78条4号(官制若しくは定員の改廃又は予算の減少により廃職又は過員を生じた場合)に基づき同月31日限りで分限免職する旨の各処分(以下「本件各処分」といい,各原告に対する処分を「本件処分」ともいう。)を受けた。

本件は,原告らが,本件各処分について,国公法78条4号の廃職の要件に該当せず,仮に,廃職に該当するとしても,本件各処分は裁量を逸脱し又は濫用した違法な処分であると主張して,本件各処分の取消しを求めるとともに,国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項又は債務不履行に基づき,それぞれ慰謝料及び弁護士費用の合計330万円及びこれに対する本件各処分の効力発生日である平成21年12月31日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

1  関係法令の定め

本件に関係する法令の定めは,別紙1「関係法令の定め」のとおりである。

2  前提となる事実(括弧内の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる。)

(1)  原告らの経歴等

ア 原告Z2について

(ア) 原告Z2は,平成8年度国家公務員Ⅱ種試験に合格し,平成8年11月1日にZ4社保事務所に採用され,その後,Z5社保事務所,Z1社保局,Z6社保事務所等で勤務した後,平成20年10月1日以降はZ6社保事務所適用課適用係長の職にあった。

原告Z2の職務の級は,平成19年1月1日以降,行政職(一)3級であった。(以上,乙B1の1)

(イ) 原告Z2は,Z5社保事務所に勤務していた平成16年1月23日及び同年4月23日に業務外の目的で年金記録の閲覧(以下「業務外閲覧」という。)等を行ったことを理由に,Z1社保局長から,平成17年12月27日付けで,国公法82条1項1号及び2号に基づき,戒告の懲戒処分を受けた。(以上,乙B1の1,乙B1の7)

イ 原告Z3について

(ア) 原告Z3は,昭和49年度国家公務員採用初級試験に合格し,昭和50年4月1日にZ7民生部年金課に採用され,その後,Z8社保事務所,Z5社保事務所,Z9社保事務所,Z10社保事務所,Z1社保局Z11社会保険事務室等で勤務した後,平成20年10月1日以降はZ9社保事務所国民年金課長の職にあった。

原告Z3の職務の級は,平成18年4月1日以降,行政職(一)5級であった。(以上,乙B2の1)

(イ) 原告Z3は,Z5社保事務所に勤務していた平成16年1月から同年5月までの間に業務外閲覧等を行ったことを理由に,Z1社保局長から,平成17年12月27日付けで,国公法82条1項1号及び2号に基づき,戒告の懲戒処分を受けた。(以上,乙B2の1,乙B2の7)

(2)  社保庁職員に対する業務外閲覧等の一斉調査及び処分

ア 平成16年ころ,政治家,有名女優の国民年金保険料の未納情報等に関する個人情報の漏洩が疑われる事例が報道された(甲全53,55,56)。

イ 社保庁は,平成17年3月1日から同月7日までにかけて,全職員を対象に平成16年1月から同年12月までの間における業務外閲覧の有無を一斉調査した(甲A5の2,全48の1)。

ウ さらに,社保庁は,平成17年4月1日,上記イの調査の結果を踏まえた追加的調査を行った(甲全48の2)。

エ 上記イ,ウの調査に基づき,同年12月27日,社保庁全体で,973名に対し懲戒処分(うち停職4名,減給225名,戒告744名),1721名に対し矯正措置(うち訓告4名,厳重注意(文書)362名,厳重注意(口頭)1355名)がされた。

なお,原告らに対する前記戒告の懲戒処分は,上記処分の一環としてされたものである。(以上,甲A5の1,甲全11の2)

(3)  社保庁の廃止及び機構法の成立に至る経緯

詳細は,後記「第4 当裁判所の判断」の「1 認定事実」において認定するとおりであるが,平成16年8月から平成21年12月31日の社保庁廃止及び平成22年1月1日の機構設立に至るまでの主な事実経過は,別紙2の「時系列表」(以下「時系列表」という。)のとおりである。

(4)  社保庁職員に対する分限免職処分

ア 平成21年12月31日の社保庁廃止及び平成22年1月1日の機構設立をもって,平成21年12月時点で社保庁職員であった1万2566名のうち,1万0069名が機構に,45名が全国健康保険協会(以下「協会」という。)にそれぞれ採用され,1284名が厚生労働省(以下「厚労省」という。)に,1名が金融庁に,8名が公正取引委員会(以下「公取委」という。)にそれぞれ転任となり,631名が退職勧奨により,3名が自己都合によりそれぞれ退職した。

イ その結果,残る525名(原告らを含む。)については,社保庁の廃止と同時に,国公法78条4号に基づく分限免職処分を受けた(以下,原告らに対する本件各処分を含む525名に対する分限免職処分を「本件分限免職処分」と総称する。)。

なお,本件分限免職処分を受けた社保庁職員に対しては,国家公務員退職手当法5条に基づき,自己都合退職や勤続25年未満の勧奨退職者に比べて割増しされた退職手当が支給されているところ,上記分限免職処分を受けた525名のうち401名は,退職勧奨を受け入れない理由として,退職手当が割増しされる制度の適用を希望した旨の回答をしていた。

また,これら525名のうち,懲戒処分歴のある者は251名で,懲戒処分歴のない者は274名であった。(以上,ア・イにつき,乙A36の1,乙A51,乙A52)

(5)  原告らに対する本件各処分

ア 意向調査等

(ア) 原告らは,平成21年1月に実施された意向調査において,厚労省への転任を希望し,機構又は協会への採用を希望しなかった(乙B1の3,乙B2の3)。

(イ) 原告Z2は平成21年2月10日に,原告Z3は同月20日に,厚労省の面接官による転任面接(以下「本件転任面接」という。)を受けた(乙B1の6,乙B2の6)。

原告らは,本件転任面接の結果,いずれも厚労省に転任されないこととなり,同年6月25日ころ,その結果を連絡された(乙A36の2,乙B1の7,乙B2の7)。

イ 本件各処分

(ア) 社保庁は,厚労省の外局であり(厚生労働省設置法25条1項,国家行政組織法3条3項),社保庁職員であった原告らの任命権者(処分権者)は社保庁長官であった(国公法55条1項,61条)。

社保庁長官は,平成12年3月31日付けで,国公法55条2項に基づき,Z1社保局長に対し,局長・所長ら一部の者を除き,Z1社保局及び同管轄区域内に置かれる社保事務所に属する官職について,任命権を委任した(乙A75)。

(イ) Z1社保局長は,平成21年12月25日付けで,原告らに対し,国公法78条4号に基づき,同月31日をもって原告らを分限免職する旨の本件各処分をした(甲A1,甲B1)。

(ウ) 機構法の施行により平成21年12月31日をもって社保庁が廃止されたことにより,同法附則73条1項に基づき,本件各処分は厚生労働大臣(以下「厚労大臣」という。)がしたものとみなされる。

(6)  審査請求,本訴の提起等

ア 本件分限免職処分を受けた社保庁職員525名のうち,71名(原告らを含む。)が,同処分を不服として,人事院に対して審査請求をしたところ,人事院は,このうち原告らを除く25名について,分限免職処分を取り消す判定をした。

イ 原告らは,平成22年に,人事院に対し,それぞれ本件処分の取消しを求める審査請求をした。

人事院は,平成25年8月2日,認定事実を総合すれば,「分限免職回避に向け,社会保険庁及び厚生労働省は,処分直前まで種々の取組を行ったと認められるが,新規採用を相当数行ったこと,他府省による受入れは,金融庁及び公正取引委員会以外の府省については行われず,同庁及び同委員会による計9人と限定的なものにとどまっていること,暫定定員を活用しなかったこと,各般の取組の開始時期が遅かったこと等,取組には不十分な点も認められ,少なくとも公務部門における受入れを一部増加させる余地はあったと認められる。しかし,その増加は限定的なものであり,そのような状況の下で,請求者については,本件処分を取り消すべき特段の事情は認められず,また,社会保険庁の廃止に伴う同庁に属する職の廃止は,法第78条第4号に規定する管制の改廃により廃職を生じた場合に該当することから,処分者が,請求者について法第78条第4号に該当するとしたことを違法,不当とすることはできない。」として,本件処分を相当であると認めて承認するとの判定をした(甲A2,甲B2,乙B1の7,乙B2の7)。

ウ 本訴の提起

原告らは,平成26年2月5日,それぞれ本件処分の取消し等を求めて,本訴を提起した(顕著な事実)。

3  争点

(1)  社保庁が廃止されたことが国公法78条4号の廃職に当たるか

(2)  本件各処分に裁量権の逸脱又は濫用があるか

ア 本件各処分を回避するために努力すべき義務(以下「分限回避義務」という。)違反の有無

(ア) 分限回避義務の主体

(イ) 分限回避義務の始期

(ウ) 上記(ア)の主体が負う分限回避義務の内容

(エ) 分限回避義務違反の有無(履行状況)

イ 本件各処分における人選の合理性の有無

ウ 誠実な協議・説明義務違反の有無

(3)  被告の損害賠償責任の有無

ア 本件各処分についての国賠法上の違法性又は債務不履行の有無

イ 国賠法上の責任についての消滅時効の成否

ウ 原告らの損害の有無・額

第3争点に対する当事者の主張

1  争点(1)(社保庁が廃止されたことが国公法78条4号の廃職に当たるか)について

(原告らの主張)

(1) 本件は,社保庁という,国民の老後の生活保障の基礎となる年金に関する業務を担う国の重要な行政組織を解体し,それに伴って昭和39年以来使われていなかった国公法78条4号に基づいて,525名もの社保庁職員に対し分限免職処分がされたという前代未聞の事件である。

こうした新たな社会的事実・法現象の判断に当たっては,法の趣旨に遡った解釈をすべきである。

(2) 国公法78条各号の該当性は厳格に解釈すべきであることについて

ア 国家公務員については公務員自身の生存権(憲法25条)・勤労権(憲法27条)を保障するとともに,「公務の民主的且つ能率的な運営」を確保するため(国公法1条),その身分を保障することが要請される。

また,国家公務員は,憲法28条が勤労者に保障した争議権等の労働基本権を制約されていることから,不当な懲戒処分,分限処分に対して有効な対抗措置を採ることができない。その代償として,その身分は法令によって保障されなければならない(最高裁大法廷昭和48年4月25日全農林警職法事件判決)。

このように,国公法75条1項が規定する国家公務員の身分保障は,「公務の民主的且つ能率的な運営」を確保する(国公法1条)ための原則であるとともに,国家公務員の生存権(憲法25条)及び勤労権(憲法27条)を保障するための原則である。

イ 国公法78条が同条各号所定の場合に限って分限処分ができると定めた趣旨は,公務の能率を維持しつつ,公務員の身分保障を図るためであるから,同条各号の該当性を判断するについても,憲法上の要請である国家公務員の身分保障に反しないように厳格に解釈すべきである。

(3) 国公法78条4号の該当性を判断するにつき,実質的な人員削減の必要性を要件とすべきことについて

ア 国公法78条4号に基づく分限免職処分は,労働者には何らの責任がないにもかかわらず,専ら使用者たる政府の都合によって,労働者の唯一の生活の糧を奪うという重大な不利益処分である。

民間の労働者については,いわゆる整理解雇の4要件が確立された法理となっており,人員削減の必要性が認められなければ整理解雇は許されない。職を失うことによって,直ちに生活の糧を失うという点では,民間労働者も公務員労働者も違いはない。むしろ,国家公務員労働者には雇用保険の適用がないから,職を失うことによる経済的打撃は一層深刻である。

したがって,国公法78条4号の該当性を判断するに当たり,実質的な人員削減の必要性がなければ解雇してはならないという法理が適用されるべきである。

イ そして,①社保庁が廃止された平成21年12月末時点では,もともと職員が欠員状態にあった上,年金記録の照合や利用者からの問合せ等によって業務量が著しく増大したにもかかわらず,必要な人員増が行われておらず,職員は,慢性的な長時間労働,休日出勤に従事せざるを得ない状況に置かれており,そのかなりの部分が「サービス残業」であるなど,人員削減どころか,早急な増員こそが求められていたこと,②社保庁の業務を引き継ぐ機構においても,原告らをはじめとする,年金業務に精通した職員を必要とするものであったし,実際,機構発足時には,削減された定員に比しても,正規職員で約300名の欠員が生じていたこと,③政府は基本計画において,民間から約1000名の職員を機構に採用することを決定していることに照らすと,本件分限免職処分当時,社保庁に人員削減の必要性はなかったことが明らかである。

(4) 国公法78条4号の解釈論と当てはめ

ア 上記(1)ないし(3)を踏まえて,国公法78条4号を解釈すると,同条同号にいう「官制の改廃」とは,当該職務を行っている機関の名称や位置付けが変更したのみでは足りず,当該職務自体がなくなったり減少したりしたために,当該職務を行う機関も消滅あるいは縮小するなどした場合を指すと解すべきである。

また,同条同号にいう「廃職」とは,形式的に何らかの官職が廃止されることでは足りず,それまで国家が担っていた職務がなくなり,それに伴って,当該職務を担っていた地位も消滅した場合を指すと解すべきである。

イ 被告が主張するように,社保庁の廃止が直ちに「廃職」に当たるとすると,国は,公務を担う特定の組織を廃止し,他の法人にこれを委ねてしまうことによって,当該公務の担当公務員の意に反する免職を自由自在に行うことが可能となる。これでは,国家公務員の身分保障規定の趣旨が完全に没却される。

ウ 社保庁が担っていた公務としての年金業務は,社保庁の廃止によっても消滅したわけではなく,新たに設立された機構が社保庁から業務を承継しているのであるから,社保庁の廃止は国公法78条4号にいう「官制の改廃」あるいは「廃職」に当たらないというべきである。

なお,社保庁では,業務量に比べて職員が不足していたことはあっても人員過剰となっておらず,そのことは機構においても変わりがないから,社保庁の廃止は国公法78条4号にいう「過員」にも当たらないというべきである。

エ 平成21年度予算で,「社会保険庁廃止に伴う残務整理の為の定員の振替(3ヶ月措置)」として,平成22年3月まで,年金局10人,地方厚生局103人の合計113人の定員が確保されていた。

したがって,平成21年末の段階で残務整理定員がある以上,本件は「廃職」に該当しない。

(被告の主張)

(1) 国家公務員には身分保障が認められているが,特定の場合にはこの身分の保障が公務能率を阻害することがあり,国公法78条が規定する分限処分とは,このような場合に,職員の意に反して身分を変動し,喪失させる処分をいう。その意味で,職員の具体的な非違行為に対して公務秩序維持の観点から行われる懲戒処分とはその性質を異にするものである。

同条4号における「官制」とは,行政組織のことであり,通常,内閣法及び国家行政組織法の体系によって形成される組織をいい,政省令で定められた組織も含まれる。また,「廃職」とは,ある官職(「官職」とは,国家公務員の一般職に属する全ての職をいう。国公法2条4項)が廃止されることをいう。

(2) 社保庁の廃止によるその全官職の廃止が国公法78条4号の定める廃職(「官制・・・の改廃・・・により廃職・・・を生じた場合」)に該当することは,条文の文言上明らかであり,本件分限免職処分は,同号の「廃職・・・を生じた場合」を根拠に行われたものである。

なお,社保庁の廃止に伴いその官職全部が「廃職」となることにより,社保庁職員全員が分限免職処分の対象となり得たところ,任命権者である社保庁長官や厚労大臣が分限免職処分を回避するための措置を講じたことにより,多数の社保庁職員につき機構への採用や厚労省への転任がされ,あるいは,退職勧奨に応じて退職するなどした結果,最終的に分限免職処分の対象となった者が525名にとどまったものである。

(3) 残務整理定員がある以上「廃職」に該当しないというのは,原告らの独自の解釈にすぎない。

2  争点(2)ア(分限回避義務違反の有無)について

(原告らの主張)

(1) 行政の裁量を厳格に判断すべきことについて

廃職に該当する場合であっても,国公法78条は「免職することができる」と規定するのみであり,廃職に該当すれば必ず免職するとは規定していない。

国家公務員の場合,民間労働者とは異なり,使用者が倒産するという事態は想定し得ないのであるから,通常は転任(他の省庁・部署への配転)という形で分限免職回避措置を採ることが可能である。実際にも昭和22年の国公法制定後,昭和24,25年ころの一時期を除いて,その後は,昭和39年に姫路城保存修理工事終了に伴う3名,憲法調査会廃庁に伴う3名の分限免職処分がなされたのみであり,その後,本件分限免職処分に至るまで,国公法78条4号による分限免職処分はなされていない。

以上のとおり,官制の改廃に際して分限免職とされる場合はあくまで例外であり,行政の裁量権は厳しく制限されるべきである。特に,本件においては,公的年金業務は消滅しておらず,実質的には年金業務が現に存在し,そもそも人員削減目的での分限免職処分の必要性は存在しなかったのであるから,裁量を考えるに当たっても,極めて限定的に解釈されるべきである。

(2) 分限回避義務の主体

本件で分限回避義務を負う主体は,社保庁長官,厚労大臣,国(内閣)という3つの行政庁である。社保庁長官が分限回避義務を負うことは,被告も自認している。また,厚労大臣は,「日本年金機構の当面の業務運営に関する基本計画」(以下「本件基本計画」という。)の前提にある「日本年金機構の当面の業務運営に関する基本的方針について(最終整理)」(以下「最終整理」という。)において,分限回避義務の主体として明記されていること,分限免職処分を回避するための主な手段は,機構への採用及び厚労省への転任であるところ,後者には厚労大臣の協力が不可欠であることから,厚労大臣が分限回避義務を負うことも明らかといえる。

以下,国(内閣)が義務主体である根拠について,主張する。

ア 方針決定者として信義則上義務を負うこと

社保庁の廃止は,機構法及びそれに基づく閣議決定によって決定されており,国策として社保庁を廃止する方針を打ち出した以上,国(内閣)は,分限回避義務の主体として,政府全体で分限回避義務を負う。

また,本件基本計画では,「機構に採用されない職員については,退職勧奨,厚生労働省への配置転換,官民人材交流センターの活用など,分限免職回避に向けてできる限りの努力を行う」とされているところ,厚労省への配置転換と並んで例示された官民人材交流センター(以下「官民センター」という。)は内閣府に設置された機関である。最終整理では,上記分限回避を行うべき主体について,「厚生労働省及び任命権者である社会保険庁長官は」と明記されていたにもかかわらず,本件基本計画において主語が削除された背景には,分限回避義務を負うべき主体を限定しない趣旨があったことの表れである。

このような本件基本計画の文言に加え,懲戒処分歴のある社保庁の職員は機構に採用されないことを内容とする本件基本計画を閣議決定した国(内閣)自身が分限回避義務を負わないというのは,信義則に照らしても許されない。

イ 法律関係の一方当事者という立場に伴う義務であること

国家公務員制度の下では,任命権者の任用行為によって,当該労働者と国との間に「公務員関係」あるいは「公務員の勤務関係」(実質的には労使関係)という法律関係が発生する。この法律関係の一方当事者は,任命権者(本件ではZ1社保局長)ではなく,国そのものである。

そして,国家公務員としての自然人も,労務提供の対価として給与収入を得て,その給与収入を生活の基盤としているという点においては,民間の労使関係における労働者と何ら変わるところはない。民間の労使関係において適用される,いわゆる整理解雇4要件では,使用者が解雇回避努力義務を尽くすことが要件とされているが,国公法78条4号に基づく分限免職処分における分限回避義務は,この使用者の義務と対応するものである。

分限回避義務は,まさに勤務関係という法律関係に基づいて,信義則上の付随義務として生じる義務であり,使用者としての義務を負うべき主体は,国以外にはない。

ウ 全体の奉仕者である公務員の身分保障からの帰結

憲法15条2項は「すべて公務員は,全体の奉仕者であって,一部の奉仕者ではない。」と規定し,これを受けて,国公法75条は,国家公務員の身分保障を規定している。

身分保障は,国民全体のための制度であって,身分保障をしている主体も国であり,公務の公正性,安定性が保たれることによって利益を受けるのも国民全体である。

したがって,国家公務員の身分保障を奪う場合は,身分保障の主体である国が分限回避義務を負う。

エ 内閣の有する総合調整機能を発揮すべき場面であること

国家公務員の勤務関係において,任命権者が分限免職を回避するために様々な措置を講ずべきことは当然であるが,国公法18条の2第2項が「内閣総理大臣は,前項に規定するもののほか,各行政機関がその職員について行なう人事管理に関する方針,計画等に関し,その統一保持上必要な総合調整に関する事務をつかさどる。」として,内閣総理大臣の人事管理に関する総合調整権限を規定しているとおり,国の行政組織は,内閣総理大臣の指揮の下に一元的に管理される仕組みとなっているから,国は,内閣総理大臣の指揮監督のもと,全省庁一体として,分限回避義務を負う。

オ 分限回避義務の実効性

社保庁が廃止となれば,社保庁長官ないし社保局長だけの判断では分限免職処分を回避することは不可能である。

したがって,国が,他省庁横断的な配転も含めた分限回避義務を負う主体となる。

被告が主張するように,分限回避義務の主体を任命権者に限定すると,本件のように特定の行政組織を廃止する立法がなされた場合,任命権者すら廃止されてしまうのであるから,任免権者自身には分限免職の回避のために採り得る方策はほとんどなく,公務員関係を維持することは到底期待できず,公務員に強い身分保障を与えて公務の維持を図った法の趣旨が没却される。

また,任命権者だけが分限回避義務を負うとすると,国家公務員が所属する組織の大小等によって,身分保障について明らかな差異が生じることとなり,平等取扱の原則や公正の原則に反する。

カ 被告の主張に対する反論

国公法55条1項は,任命権者の裁量権の範囲に属する事項について,任命権者同士の権限相互の抵触を防止するための規定であって,任命権が及ぶ範囲をその部内の機関に属する官職に限られるものとすることを明らかにしたものにすぎず,分限免職処分にかかる裁量権の範囲の逸脱又はその濫用の有無を任命権者の行い得る活動の範囲内のみに限る趣旨であると解することはできないし,任命権者の裁量権の及ばない事項についてまで想定しているものではない。そうであれば,本件のようなまさに新たな法律の制定及び閣議決定に基づいて行われた社保庁の廃止については,およそ形式的な任命権者たる社保庁長官等の裁量権の及ぶ範囲ではないのであるから,分限回避義務の主体を論じるに当たって国公法55条1項を根拠にすることはできない。

(3) 分限回避義務の始期

ア 与党年金制度改革協議会(以下「与党協議会」という。)が平成18年12月に取りまとめた「社会保険庁改革の推進について」において,社保庁を廃止し,非公務員による新組織を設立すること,社保庁職員を自動的に新組織に承継させるべきでないことが明示されたから,分限回避義務の始期は,遅くとも平成18年12月からと解すべきである。

また,平成19年7月6日に機構法が公布されているから,いかに遅くとも同日を分限回避義務の始期とすべきである。

イ 被告は,本件基本計画が閣議決定された平成20年7月29日を分限回避義務の始期として主張するが,例えば国家公務員の採用試験が毎年6月ころから始まることを考えると,平成21年4月期の新卒採用枠を活用した分限回避義務には間に合わないこととなり,期間的にも不十分であって,必要かつ実効性のある分限回避努力をしたとはいえない。

(4) 国の分限回避義務違反

ア 雇用調整本部の枠組みを活用すべき義務の違反

(ア) 簡素で効率的な政府を実現するための行政改革の推進に関する法律(以下「行政改革推進法」という。)44条1項の規定する国の行政機関の定員の純減の実現のため,同法45条2項は「国の事務及び事業の合理化及び効率化に伴う定員の改廃に当たっては,その対象となる事務及び事業に従事する職員の異動を円滑に行うため,府省横断的な配置の転換及び職員の研修を行う仕組みの構築並びに職員の採用の抑制その他の人事管理上の措置を講ずるものとする。」と規定する。

そして,同条項に基づき,平成22年度までの国家の行政機関の定員削減については,内閣に「雇用調整本部」(本部長・内閣官房長官)が設けられ,政府と全省庁を挙げて「他の公務職場への配置転換」が行われてきた。

その趣旨は,平成18年6月30日に閣議決定された「国家公務員の配置転換,採用抑制等に関する全体計画」に「関係職員の雇用の確保を図りつつ純減を進めることの重要性」が明記されているように,国家公務員の雇用の確保・身分保障をその目的とするものである。

上記全体計画においては,配置転換対象部門として,農林統計等関係,食料管理等関係,北海道開発関係が明示されているが,未だ社保庁改革の全体像が確定していなかった社保庁職員は対象とされなかったにすぎない。かえって,全体計画と同じく平成18年6月30日に閣議決定された「国の行政機関の定員の純減について」では,「社会保険庁関係」として「定員17,365人について,定員管理による1,000人以上の純減に加え,業務見直しにより2,000人程度を純減することにより,3,000人以上を純減する。」と記載されており,社保庁の定員削減についても,農林統計,食糧管理,北海道開発等と同様,同法45条2項の措置を講じることが予定されていたことは明らかである。

結局,機構法による社保庁の廃止は,行政改革推進法48条の定める必要な措置を講ずるべき対象に含まれ,仮に含まれないとしても,同法45条1項が定める「その他の合理化及び効率化のための措置」に当たるから,同条2項による府省横断的な配置の転換の仕組み(雇用調整本部の枠組み)が活用されるべきであった。

(イ) 政府は,事前に社保庁から要請があったにもかかわらず,雇用調整本部による省庁間配転措置等を採らなかった。

雇用調整本部は,社保庁職員について省庁間配転の枠組みを活用することを拒否しただけでなく,厚労省に対して,平成19年度から平成22年度にかけて,174名(平成19年度38名,平成20年度38名,平成21年度70名,平成22年度28名)もの他省庁の職員の受入れ目標を押し付けた(目標はほぼ達成されている。)。

この受入れがなければ,それだけで,174名は分限免職を回避することが出来たはずである。しかし,厚労省として社保庁職員の受入れ枠の拡大が最も必要となる平成21年度及び平成22年度についても,受入れの免除がなされることはなかった。

イ 雇用調整本部と同等の枠組みの活用を閣議決定すべき義務の違反

国会と政府は,例えば,昭和44年の第61回通常国会で行政機関の職員の定員に関する法律(以下「総定員法」という。)が制定された際には「本法律案審議の過程において政府の言明せるとおり,公務員の出血整理,本人の意に反する配転は,行わないこと」という附帯決議がされるなど,昭和44年以降,国公法78条4号による分限免職処分を発令しない方針(出血整理をしない方針)を確認し,その方針を貫いてきた。

したがって,社保庁改革においても,平成20年7月ころ,行政改革推進法45条2項の雇用調整本部と同等の枠組みを閣議決定すべきであった。

ウ 機構法が社保庁職員の職員承継規定を設けず,同法附則8条により「新規採用方式」を採ったことについての義務違反

(ア) 本件分限免職処分がなされることになった出発点は,社保庁を廃止し,社会保険業務(の大半)を機構へ移行したことである。立法措置としては,機構法の制定である。機構法では,社保庁職員の身分承継規定を設けず,附則8条により「新規採用方式」が採られている。

(イ) 機構法によって社保庁が廃止されたことにより,社保庁職員は直ちに本件分限免職処分の対象となってしまう。したがって,公務員の身分保障,公務の継続性・安定性の観点からは,機構法に職員承継規定を設けるべき義務があった。

機構法が政府や厚労大臣の分限回避義務を否定できるとの内容を持つのであれば,機構法そのものが憲法25条(生存権),憲法27条(勤労権)を侵害するものである。

また,昭和22年の国公法制定後,昭和24年,25年ころの一時期を除いて,その後は,昭和39年に姫路城保存修理工事終了に伴う3名,憲法調査会廃庁に伴う3名の分限免職処分がなされたのみであり,その後,本件分限免職処分に至るまで,国公法78条4号による分限免職処分はなされていない。新規採用方式が採られたのは,これまで昭和61年の国鉄改革関連法によるものしかなく,郵政民営化,国立病院などの独立行政法人化の際には,職員の承継規定が設けられている(独立行政法人国立病院機構法(平成14年12月20日法律第191号)附則2条,郵政民営化法(平成17年10月21日法律第97号)167条)。

機構法において職員承継規定が設けられなかったことは,国公法が定める平等取扱の原則(同法27条)に反することはもちろん,憲法14条が保障する法の下の平等に反する。

(ウ) 機構法附則8条のような「新規採用方式」を採らず,職員承継規定が設けられていれば,国立病院や郵政公社におけると同様,分限免職処分が問題となる余地はなく,本件分限免職処分は生じなかった。

国は,機構法の制定において職員承継規程を設けなかったのであるから,分限回避努力義務に違反した。

エ 国(内閣)が本件基本計画において,機構の職員数を社保庁の職員数よりも大幅に減らした上,民間から約1000名を採用するという人員計画を策定したことについての義務違反

(ア) 機構法附則3条は,政府が「機構の設立に際して採用する職員の数その他の機構の職員の採用についての基本的な事項」(同条2項2号)を含む「基本計画」を定めるものとした(同条1項)。

国(内閣)は,平成20年7月29日の閣議決定において,本件基本計画を決定したが,その中で,新たに発足する機構の定員を従前の社保庁職員より減員させ,かつ民間から約1000名を採用するものとした。

(イ) 機構法に職員承継規定が設けられていなかった以上,社保庁職員全員が分限免職処分の対象となり得たのであるから(この点は被告も自認している。),内閣は,機構法成立以降,公務員の身分保障,公務の継続性・安定性の確保の観点から,本件分限免職処分を回避するために,社保庁職員の希望者全員を機構に採用することが可能になるような機構の定員枠を決定すべき義務を負っていたと解すべきである。

(ウ) しかるに,国は,本件基本計画の閣議決定により,むしろ積極的に本件分限免職処分を出さしめたのであり,分限回避義務に違反した。

オ 政府が本件基本計画において,懲戒処分歴のある社保庁職員は一律に機構への応募資格がないものと決定したことの義務違反

(ア) 機構法附則3条は,政府が「機構の設立に際して採用する職員の数その他の機構の職員の採用についての基本的な事項」(同条2項2号)を含む「基本計画」を定めるものとした(同条1項)。

国(内閣)が,平成20年7月29日に閣議決定した本件基本計画は,懲戒処分歴のある社保庁職員は一律に機構への応募資格をないものとする内容であった。

(イ) 懲戒処分自体の問題点

a 個人情報の業務外閲覧について

平成17年12月27日に,年金記録の業務外閲覧により973名の職員が懲戒処分を受けるなど,社保庁職員らが受けた懲戒処分の圧倒的多数は業務外閲覧を理由とするものである。

しかし,業務外閲覧の根本的な原因は,年金の個人情報に対する社保庁当局の杜撰な管理体制であり,個々の職員に対する懲戒処分という形で責任追及がなされるべきものではなかった。

そもそも,単純な年金個人情報の業務外閲覧は,昭和60年に年金記録をオンライン化して以降,平成16年5月12日まで禁止されておらず,操作の研修目的や加入の指導の目的で著名人の記録を閲覧することは広く行われていたし,業務外閲覧として懲戒処分がされることもなかった。

また,機器操作には磁気カードが必要であるが,この磁気カードは一定部署の管理者の名で発行されていても,その部署の相当数の職員が同じ磁気カードを使用して業務を行うことが常態化していた。

そのため,仮に,ある磁気カードを用いて業務外閲覧が行われたことが判明しても,その磁気カードの管理者が懲戒処分を受けるいわれはなかった。

その後,平成16年5月12日になって,社会保険庁運営部長名で「社会保険庁電子計算機処理データ保護管理規程の一部改正について」が発せられて業務外閲覧が禁止され,さらに同年7月13日に「窓口装置の操作に関する磁気カードの取扱いの変更について」で磁気カードの貸与が禁止されたのである。

しかるに,平成16年1月から12月及び平成17年4月以降という特定の期間に限った杜撰な調査で,業務外閲覧に対して遡及的に懲戒処分がされたのである。

これは,年金個人情報の適正な管理の実現のためなどではなく,政治家の未納問題が社会的に批判されたことに対する報復措置というほかない,異常な処分であった。

b 保険料不正免除は収納率向上のための民間出身長官の指示に起因すること

職員処分の理由とされた保険料「不正」免除は,収納率向上のための民間出身長官の指示に起因するものであった。

保険料「不正」免除とは,保険料を滞納する者に対し,正規の手続がとられていないのにもかかわらず,「分母対策」として保険料を免除したという問題である。この背景は,官房長官の下に設置された有識者会議の最終取りまとめにある「保険料収納率向上」対策が最大の要因である。損害保険会社から登用された社保庁長官Z12氏は,収納率アップ,分母対策を強調し全国を叱咤激励していた。社会保険事務局の会議や全国会議等でも常にそのことを訴え,平成17年11月8日には緊急メッセージまで発していた。したがって,基本的な責任は,収納率を上げるために圧力をかけた当局にあると考えるべきなのである。

さらに,不適正免除問題の背景には,保険料免除が申請主義をとっているために,保険料納付が免除される要件を満たしているにもかかわらず,本人が申請しない限り「未納」として取り扱われるという,制度上の大きな問題が存在していた。申請しなければ免除にならない仕組みそのものが問題であった。

こうした不適正免除処理についても169名の職員に対して懲戒処分が行われたが,処分されたのはほとんどが社保事務所長などの管理者であった。それは組織として業務命令により行った処理だからである。そうである以上,本来は,懲戒処分をされた管理者らが機構への応募も許されないという措置は採られるべきものではなかった。

c 組合活動を理由とする懲戒処分

社保庁においては,当局の容認のもとに,法律に定められた手続によらずに組合員が勤務時間中に組合活動を行っていた。

しかし,政府は,この取扱いが「無許可専従」であり,「服務規律違反行為」と決めつけ,10年間も遡って「調査」を行い,懲戒処分等を行った。

(ウ) しかるに,懲戒処分時の採用方針は,政治的介入によって歪められた。

社保庁が,平成17年から平成18年にかけて大量の懲戒処分を発令した当時,懲戒処分歴のある職員は一律に新たな組織に採用されないなどということはおよそ想定されていなかった。すなわち「業務目的外閲覧行為者に対する処分について」(平成17年12月27日)では,「平成20年10月発足予定の新組織の職員の任用においては,今回の処分を重視しつつ,勤務成績等に基づき公正に判断する。」とされていた。

また,「国民年金保険料の免除等に係る不適正な事務処理に関する処分について」(平成18年8月28日)でも,「平成20年10月に発足予定のねんきん事業機構の職員の任用に当たっては,今回の処分を重視しつつ,勤務成績に基づき厳正に判断する。」とされていた。

また,機構法の公布後である平成20年6月19日に厚労省が策定した「日本年金機構の職員の採用についての検討案」においても,「2.懲戒処分歴のある者の取扱い・・採用しうるものとする」,「有期雇用職員として採用することは可能」と記載されており,被懲戒処分者の採用の道を残していた。

さらに,同年6月30日,年金業務・組織再生会議が取りまとめた最終整理では,「懲戒処分を受けた者は機構の正規職員には採用すべきでない」としていたが,有期雇用職員として採用することは認めた上で,「有期雇用職員として採用された機構の職員についても,その能力や実績に応じ,本人の希望により,雇用期間満了後に正規職員として採用される道が開かれるべきである。」として将来的に正規職員とする余地も認めていたのである。

ところが,同年7月8日の自民党の厚生労働部会と「社会保険庁等の改革ワーキンググループ」の合同会議では,「処分歴のある職員を採用するのは甘い」,「看板の掛け替えだ」等の強い批判が出された。

こうした与党自民党からの強い批判・圧力を受けて,平成20年7月29日の本件基本計画の閣議決定で,「懲戒処分を受けた者は機構の正規職員及び有期雇用職員には採用されない」とされ,その結果,平成20年12月22日付け「日本年金機構の職員の募集について」で「懲戒処分を受けた者は採用しない」とされるに至った。

(エ) 上記のとおり,政府が閣議決定した本件基本計画が,懲戒処分歴のある者は機構への応募資格すら有しないとする採用基準を定めたことは,分限回避義務に違反するものである。

カ 機構の正規職員の追加募集がされなかったことについての義務違反

機構の発足に当たっては大量の欠員が生じることが予想されたのであるから,国は機構に正規職員の追加募集を行わせるべきであった。

(5) 厚労大臣の分限回避義務違反

ア 雇用調整本部設置を促す義務違反

厚労大臣は,社保庁を含む厚労省全体を統括する立場にある国務大臣であり,その職員の雇用確保,身分保障には重大な(第一義的な)責任がある。

したがって,厚労大臣には,社保庁の廃止に当たって,内閣の一員として,社保庁職員,とりわけ処分歴のある社保庁職員の「他の公務職場への配置転換」を図るため,内閣に対して,雇用調整本部の設置を促す義務があった。

しかるに,厚労大臣は,雇用調整本部の設置を求めなかった。それどころか,厚労大臣は,雇用調整本部の枠組みに応じて,平成19年度から平成22年度にかけて,他省庁から合計174名の職員を厚労省に受け入れることを認めたことで,社保庁職員が厚労省に転任する道を狭めた。

これは,重大な分限回避義務違反である。

イ 残務整理定員の活用及び新規採用方針における義務違反

本件分限免職処分を受けた社保庁職員525名のうち,退職金割増制度の適用を希望した職員が401名おり,分限免職を望まずに分限免職となった職員は124名である。

厚労省には,平成22年1月から同年3月末まで,113名の残務整理定員枠が認められており,また,同年3月末時点で,48名の欠員があったから,この残務整理定員枠を用い,かつ,同年4月の新規採用及び追加採用を抑制すれば,少なくとも分限免職を望んでいなかった124名については,分限免職処分を回避することは十分に可能であった。

しかるに,厚労大臣は,こうした措置を講じず,同年4月には188名を新規採用し,同年度中に248名を追加採用するというアンバランスな人事政策を採った。

これは,重大な分限回避義務違反である。

ウ 欠員補充における義務違反

厚労省は,平成22年1月の機構発足の際,機構の業務支援のため,厚労省職員130名を機構に出向させ,他方,出向による厚労省の人員不足を補うため,平成21年12月に非常勤職員を募集し,社保庁職員152名,民間112名の合計264名の非常勤職員を採用した。

厚労大臣が,非常勤職員を募集せずに,分限免職を望んでいなかった124名の社保庁職員を厚労省に転任させていれば,分限免職処分を回避することができた。

しかるに,厚労大臣はこうした措置を講じなかったものであり,重大な分限回避義務違反である。

エ 年金機構の職員募集と厚労省配転の手続を並行して進めたことの義務違反

厚労省への転任希望者6017名のうち懲戒処分歴のある職員は698名であった。他方で,機構の採用候補者名簿登載者1119名のうち,厚労省転任の内定を理由とする採用留保者(厚労省転任の内定者は,機構の採用候補者名簿から外すという形で調整)は852名にのぼった。

その結果,機構は,削減された定員すら大幅に下回る欠員状態となる一方で,251名の懲戒処分歴ある職員が分限免職処分となるという,不合理な事態を招いた。すなわち,機構の職員募集と厚労省配転の手続を並行する方針によって,「機構を第一志望としたにもかかわらず,機構に採用されなかった職員は,厚労省への配転の可能性を閉ざされる」,「機構に応募資格がありながら,厚労省のみを希望した職員は,厚労省への配転がなされないことが直接分限免職につながる」という結果を招いた。

以上のとおり,厚労省は,分限免職を回避するために努力するという問題意識を全く欠落させて並行して手続を行った結果,本来行う必要のない大量の分限免職処分を招いたものであり,これは明らかな分限回避義務違反である。

オ 機構の正規職員の追加募集がされなかったことについての義務違反

機構の発足に当たっては大量の欠員が生じることが予想されたのであるから,厚労大臣は機構に正規職員の追加募集を行わせるべきであった。

(6) 社保庁長官の分限回避義務違反

ア 厚労省配転と機構職員採用以外の措置が平成21年6月まで採られなかったことの義務違反

政府,厚労省のみならず,社保庁も,厚労省への配転及び機構への職員採用のほかには,分限免職処分を回避するための目標設定,体制整備あるいは計画立案などの具体的な努力を何らしていなかった。

そして,社保庁は,同庁の解体・民営化まで約半年に迫った平成21年6月24日になって,ようやく社会保険庁職員再就職等支援対策本部(以下「再就職支援対策本部」という。)を設置した。しかし,この再就職支援対策本部は,そもそも設置の時期からして,他省庁や民間事業者の人事異動や採用の日程との関係で遅きに失したといわざるを得ないものであった。しかも,再就職支援対策本部は,議事録も作成されず,組織の構成員相互の役割分担や活動内容の点検すら行われた形跡がなく,実質的に機能したとはいい難い組織であった。

イ 他府省への要請は時機を逸し実効性がなかったことについて

厚労省大臣官房人事課長は,平成21年7月8日,各府省人事管理官幹事会において,社保庁職員の受入れを要請した。

また,社保庁は,その翌日の同月9日付け書面で,各府省等に対し,「欠員補充等のため採用予定がある場合などには」社保庁職員の「配置転換による受け入れについても是非御検討いただきたくお願い申し上げます」との要請を行った。

しかし,これらの要請は,政府がその責任において行う雇用調整本部による府省間横断的な配転措置ではなかったし,翌年4月の新規採用の募集が既に始まっていて他省庁が配転を受け入れる余地がほとんどない手遅れの時期における要請だったため,分限免職回避のために奏功するとは到底評価し得ないものであった。

実際にも,社保庁の要請により配置転換の受入れが行われたのは,公取委で8名,金融庁で1名の,僅か9名にすぎなかった。しかも,その配転を決定するための面接を受けたのは,公取委で11名,金融庁で5名の僅か16名だけにすぎなかった。このように,他省庁への配置転換は,社保庁職員全体からの希望を募って選考が行われたとは到底評価できない,恣意的な手続によって完結してしまった。

ウ 地方公共団体,関係団体等への要請も時期を逸し実効性がなかったことについて

社保庁は,平成21年7月3日付け書面で,地方公共団体,関係団体等へも社保庁職員の採用を要請した。

しかし,この文書も,上記と同じく,翌年度の採用が既に始まっている時期での採用要請であり,「いつまでに採用してほしい」という採用時期が明記されておらず,実際にも採用に至った職員もいなかった。

このように,地方公共団体,関係団体等への要請も,何ら実効性のあるものではなかった。

エ 機構の正規職員の追加募集がされなかったことについての義務違反

本件基本計画で定められた社保庁職員をもって充てる機構の正規職員の数は,9880名(程度)であったが,平成21年5月19日時点の内定者数は9613名,同年10月8日時点の内定者数(同日内定の59名を含む累計)は9672名であり,それぞれの時点でも本件基本計画で定められた社保庁職員をもって充てる機構の正規職員の数には200名以上も不足していた。

しかるに,平成22年1月1日の機構設立時に社保庁から採用された機構の正規職員の数は,前年10月8日時点の内定者数よりも更に減少して9499名であり,本件基本計画で定められた正規職員の数と比較して算出した欠員は,実に381名にのぼった。

このように,機構の正規職員の数に不足が生じるという事態は,機構設立直前に初めて判明したものではなく,遅くとも平成21年5月19日当時の内定者数の集計以降から既に判明しており,機構の正規職員の追加募集が行われる必要性があった。

しかるに,社保庁長官は,社保庁職員を対象として,機構の正規職員の追加募集を実施するための努力を何ら行わなかった。

オ 官民センターの活用は分限免職回避努力の一環ではないことについて

社保庁は,平成21年6月24日付けで「社会保険庁職員の分限免職回避等への取り組みについて」と題する通達を発し,厚労省へ配転者として選考されなかった職員に対し,「厚生労働省,他府庁及び地方公共団体への要請等」のほか,「官民人材交流センターを活用した再就職支援」も行うとした。

しかしながら,そもそも官民センターは,各社保庁職員にとっては,公務員たる地位を失わしめることを大前提として民間企業への再就職を斡旋することを目的とした組織であった。

そうであれば,官民センターは,分限免職の回避には何ら効果を有しない。なお,このセンターの実態としては,社保庁職員に対してセンターの趣旨や利用の手順や実効性など詳しい情報がほとんど提供されず,求職登録したとしても,同センターから初めて連絡があった時期が分限免職を目前に控えた平成21年11月であったり,再就職先も正規職員又は正社員でない場合も多かった。結果としても,支援を受けた者が348名であったのに対して再就職した者は108名であり,3分の1にも満たない低い再就職率であった。

このように,「官民人材交流センターの活用」は,分限免職回避努力の一環ではなかったし,社保庁職員の再就職手段としても何ら実効性あるものではなかった。

(7) 各社保局の分限回避義務違反

ア 機構にも厚労省への配転についても内定のない職員が明確となった平成21年6月24日の後になって,ようやくZ1社保局内に再就職支援室が設置されたが,それまでは,分限回避に向けた何らの具体的な行動もなかった。そもそも,平成20年7月の閣議決定によって懲戒処分歴のある職員については分限免職が予想されたのであるから,その時点で他省庁や地方公共団体等への職員受入れ要請をするべきだったのであって,社保庁廃止が「秒読み段階」になった平成21年6月下旬になって初めて動き出すなど,遅きに失したことは明らかである。

しかも,再就職支援室が設置されたとはいうものの,再就職支援を専属的に担当した職員はおらず,支援室会議が開催されたこともなかった。局長と次長は,いくつかの地方支分部局や市町村等を回って協力を要請したというものの,実際には顔を出した程度で,その後のフォローをするでもなく,再就職支援業務には程遠いものであった。

イ さらに,社保局は,各府省の地方支分局や市町村に対して社保庁職員の採用を求める文書を送付したが,その文書が発せられた時期は平成21年8月以降と更に遅く,結局のところ地方支分局から採用を表明する回答も一切なかった。このように,各府省の地方支分局や市町村への採用要請も何らの効果を生まなかった。

ウ 原告Z2について

原告Z2は,意向調査に先立って,懲戒処分歴があるため機構への応募自体ができないと説明されていた。そのため,原告Z2はやむを得ず機構への採用希望を出すことはあきらめ,厚労省本省への転任を希望する一方,他省庁への配転にも応じる旨回答してきた。

原告Z2は,官民センターにも登録をしたが,実質的な再就職支援がなされたとは到底評価できないものであった。 特筆すべきは,原告Z2は育児休業中であり,官民センターへの登録を行った平成21年8月ころ,長男は2歳〇か月,二男は生後〇か月であったことである。国家公務員等の育児休業に関する法律(平成3年12月24日法律第109号)3条1項では,「職員・・・は,任命権者の承認を受けて,当該職員の子を養育するため,当該子が3歳に達する日・・・まで,育児休業をすることができる。」と定めている。原告Z2は,本来ならばまだ2年以上,育児休業をすることが法により保障されていたはずであった。

原告Z2は,官民センターに登録後まもなく,Z1社保局総務調整官から電話で,「平成22年4月に就職することが前提でないと官民人材交流センターは動かない。」と告げられた。平成22年4月時点では二男はまだ生後〇か月にしかならず,原告Z2は自治体に保育園の問合せをしたが1歳に満たない子は入れない旨の回答を受けるなど,子どもを預ける手段を講じられなかった。このような事情が顧みられることはなく,官民センターは,平成22年4月よりもさらに早い勤務開始はできないのかと,平成21年12月や平成22年1月勤務開始を原告Z2に求めた。いずれも,官民センターからの打診は,育児休業中の就労を強いる不当かつ実現不可能な条件のものであった。

このように,原告Z2に対する分限回避義務の履行は全くなされなかったに等しい。

エ 原告Z3について

原告Z3は,平成20年11月に行われた意向準備調査の際,当時の同僚の間で「懲戒処分歴のある職員は年金機構に行けない」との噂が広まっており,当時の上司からも明確な採用基準を教示されることもなかったため,懲戒処分歴のある自分は機構に行けないと考えていた。

そのため,原告Z3は,社保庁廃止後の転任先についての意向調査に対しては,第1希望を機構にせず,やむなく厚労省本省とした。そして,原告Z3は,その後の意向調査(平成21年1月)においても,同趣旨の希望を出さざるを得なくなった。

しかしながら,原告Z3は,もし懲戒処分歴のある職員についても機構に採用される可能性があるとの教示を受けていれば,それまでの長年にわたる年金業務の知識及び経験を活かすべく,当然に機構への転任を希望していたのである。

なお,原告Z3は,この意向調査に先立って行われた協会への転任募集に応募しなかったが,それは原告Z3の勤務経歴の大半が年金業務であって健康保険業務に従事した経験が比較的少なく,同業務を円滑に遂行できる自信がなかったためである。

その後,平成21年2月に,原告Z3は,厚労省の地方支分部局であるZ13厚生局の採用面接を受験したが,その面接では,極めて不明確かつ恣意的な採用基準が用いられた結果,原告Z3の年金業務への豊富な知識経験や,意向調査において厚労省本省を希望せざるを得なかった理由が全く考慮されることなく,不採用となってしまった。

また,原告Z3は,官民センターに再就職あっせんの登録をしたが,わずかながら行われた同センターからの再就職あっせんの内容も,それまでの原告Z3の長年にわたる年金業務の知識及び経験を無にするものばかりであって,到底,分限回避義務の履行とは評価し得ない杜撰なものであった。

このように,原告Z3に対する分限回避義務の履行は全く不十分で,何ら行われていなかったに等しい。

(被告の主張)

(1) 分限回避義務の主体

ア 社保庁職員に対する任命権は,社保庁長官ないし同長官から法令に基づきその一部の委任を受けた各社保局長等に独立的かつ終局的に帰属するものであって(国公法55条1項及び2項),その他の行政機関の任命権者は,社保庁職員に対する任命権を有さないし,政府全体(内閣)が各府省に属する官職の任命権を統括的に有するものでもない。そして,分限免職処分についても,それぞれの任命権者が処分権限を有している(同法61条及び78条)のであるから,本件分限免職処分において,分限回避義務を履行すべき主体は,あくまでも任命権者である社保庁長官又は各社保険局長等(本件各処分について,原告らの任命権者であるZ1社保局長もこれに含まれる。)であり,社保庁長官又は各社保局長等がその与えられた権限に照らして行い得る範囲において分限回避義務を尽くしたか否かが問題となるのであって,社保庁長官又は各社保局長等には左右し得ない事情をもって分限回避義務を怠ったものと解されるべきではない。

なお,地方公務員であっても,国家公務員であっても,公務員の任命権(免職権)が任命権者に専属することに変わりはないから(地方公務員法6条1項,国公法55条1項),地方公務員についての福岡高裁昭和62年1月29日判決の判断は,本件分限免職処分について分限回避義務の主体が任命権者であると解すべきことと整合するものである。

イ 原告らは,国(内閣)及び厚労大臣も,分限回避義務の主体である旨主張するが,本件分限免職処分に対し,何らの権限も有しない他の行政機関等が分限回避義務を履行したか否かは,任命権者の裁量権の範囲の逸脱又は濫用の有無についての判断に影響を与えることはない。

仮に,国(内閣)や厚労大臣が分限回避義務を負うとすると,任命権者の権限が及ばない他の主体に係る事柄で,本件分限免職処分が違法となり,取消事由となり得るが,これは,分限免職処分を行う権限を任命権者の専権とした法の趣旨に反する。

ウ 原告らは,最終整理や本件基本計画の文言を指摘して,国(内閣)や厚労大臣も分限回避義務を負うと主張するが,最終整理や本件基本計画の記載ぶりに照らせば,厚労大臣については,厚労省が社保庁解体後に機構を所管し,社保庁の業務を一部引き継ぐことに鑑み,社保庁長官や社保局長等の分限回避義務に協力する事実上の責任が導かれるにとどまり,それ以上に,厚労大臣が社保庁職員との関係において法的な分限回避義務を負うものではない。

(2) 分限回避義務の始期

機構法が公布された平成19年7月6日当時,機構法上,職員承継規定が設けられていないことは確定していたものの,同法附則3条は,機構への業務の引継ぎや機構の設立に際して採用する職員の数や採用条件等について,政府が基本計画を定めることを求めており,また,同法附則8条は,機構の職員の採用の基準が示されることを前提として,社保庁職員の機構における採用の方針等について規定している。

このように,政府が本件基本計画を閣議決定した平成20年7月29日までは,社保庁職員が機構に採用されるか否かといった具体的な方向性も明らかでなかったのであるから,分限回避義務の始期は同日というべきである。

(3) 社保庁長官又は各社保局長等が分限回避義務を尽くしていることについて

任命権者である社保庁長官又は各社保局長等は,平成20年7月29日以降,①平成20年10月及び同年11月,雇用調整本部に対して,同本部の枠組みの活用を要請し,②同年12月24日及び同月26日,機構設立委員会及び協会からそれぞれ提示された職員採用基準を,社保庁職員に配布するなどしてその周知を図り,また,機構の准職員の追加募集がされた際には,社保庁職員に対してその内容を説明するなどして周知し,③厚労省に対して,社保庁職員の転任を要請し,④平成21年6月24日,再就職支援室及び地方再就職支援室を設置し,その後,他府省への転任や地方公共団体への採用を要請し,⑤厚労省の非常勤職員の公募の情報提供をし,⑥官民センターに登録する企業の増加を図るとともに,社保庁職員に対し,官民センターや公共職業安定所を活用して再就職するよう促し,⑦勤続年数にかかわらず,退職手当の割増しが受けられる勧奨退職を認めるなどといった取組を行った。

また,Z1社保局も,原告らに対し,他の職員に対するのと同様に,その都度情報を周知して,意向聴取などの手続を行った上,平成21年6月以降,再就職支援室を設け,その活動として,原告らと連絡を取り合いながら,官民センター情報を教示したり,Z13厚生局の非常勤職員の募集について説明したりした。なお,官民センターの活用により再就職することができた職員は108名である。原告Z2は,官民センターの活用を希望したが,同センターから紹介された2つの企業の職員募集について辞退し,情報提供された他の採用募集には応じなかった。また,原告Z3も,官民センターの活用を希望したが,同センターから紹介された2つの企業については不採用となり,情報提供された他の採用募集には応じなかった。

以上のとおり,任命権者である社保庁長官又は各社保局長等は,分限回避義務を尽くした。

(4) 任命権者以外の分限回避義務違反について

本件分限免職処分における分限回避義務の主体は,任命権者である社保庁長官又は各社保局長等であることから,国(内閣)及び厚労大臣が分限回避義務を負うことを前提とする原告らの主張は失当である。

この点をおくとしても,国(政府),厚労大臣らが分限回避義務に違反したとする原告らの主張には,以下のとおり,誤りがある。

ア 機構法において,職員承継規定が設けられなかったことについて

職員承継規定を設けるか否かの立法政策は,国会がその審議を経て決定したものである。この点をおくとしても,機構法において職員承継規定が設けられなかったのは,機構を国民の信頼に応えることができる組織にするために,独自の人事制度及び人事方針の下で,勤務成績等に基づき公正な採用が行われる仕組みを設けることが求められ,社保庁職員を機構の職員として漫然と移行させないとする国会の審議に基づくものであって,機構法に職員承継規定を設けなかったことは必要かつ合理的な措置であった。

イ 懲戒処分歴のある者は機構へ採用されないとする本件基本計画の内容について

社保庁職員による業務外閲覧,業者からの物品授受等の国家公務員倫理法違反,国民年金保険料免除等の不適正事務処理問題,いわゆる無許可専従等の不祥事が次々と明らかになり,その都度多数の社保庁職員の懲戒処分等が行われ,国民の公的年金制度への信頼が損なわれていったという機構法制定に至る事情に照らせば,上記の信頼回復を図るために,社保庁を廃止して新たな非公務員型の公法人(機構)を設立して公的年金制度の業務を担わせるとともに,懲戒処分歴を有する社保庁職員を機構職員として採用しないという採用基準を設けたことは,公的年金制度に対する国民の信頼回復という目的を達成するための必要かつ合理的な措置であり,懲戒処分歴を有する職員を非難する趣旨からではない。

ウ 雇用調整本部等を活用した他府省等への転任が図られなかったことについて

(ア) 内閣官房に設置された雇用調整本部による調整(他の公務職場への転任)の仕組みは,「国の行政機関の定員の純減について」(平成18年6月30日閣議決定)及び「国家公務員の配置転換,採用抑制等に関する全体計画」(同日閣議決定)に基づき,これを着実に実施するために設置されたものである。具体的には,政府全体として,平成19年度から平成22年度までの4年間に国の行政機関の定員の純減を行い,当該計画期間中に新規採用による欠員補充を行わないとした場合,なお平成22年度末において職員数が定員を上回ることが見込まれる部門(例えば,農林統計関係等)について,国の行政機関の他の部門への職員の転任をさせることとした。このように,雇用調整本部による調整は,国の行政機関の定員の純減を図る観点から,全府省を対象として,定員の純減及び公務部門への職員の転任を段階的に行うものである。以上に対し,社保庁職員の分限免職処分を回避するための取組は,平成20年7月29日に閣議決定された本件基本計画に基づき本格的に行われ,社保庁という固有の組織の廃止に起因する問題への対応として行われたものである。

そうすると,内閣官房に設置された雇用調整本部による転任の仕組みと,社保庁職員の分限免職処分を回避するための取組とは,その趣旨,目的等を異にする全く別のものであり,社保庁の廃止に伴い行われた本件分限免職処分に際して雇用調整本部による転任の枠組みが用いられなかったのは,以上の違いによるものであって,そのことをもって分限免職処分を回避する努力を怠ったと指摘されるいわれはない。

また,もともと国の行政機関の定員の純減に伴う他の部門への職員の転任自体も,職種の差異等から相当の困難を伴うというのが実情であるが,社保庁の廃止によって生ずる多数の余剰職員を他府省等へ転任することは,雇用調整本部による調整措置においてそもそも想定していなかったものであって,なおさら困難というべきである。

(イ) 厚労省及び社保庁は,雇用調整本部に対し,平成20年10月及び同年11月,社保庁職員に対し,雇用調整本部の枠組みを活用することをそれぞれ要請するとともに,平成22年度における雇用調整本部による転任受入れを免除することを再度要請したが,雇用調整本部から,転任受入れの免除は認められず,厚労省においても雇用調整本部の枠組みの制度の趣旨に基づいた取扱いをしてもらう旨の回答がされた。

エ 機構への採用が図られなかったことについて

機構法上,職員の採用は,機構からの職員募集を受けて,社保庁長官が名簿を作成して提出する仕組みとなっており(機構法附則8条1項),欠員補充のための職員募集権限は機構設立委員会にあり,社保庁長官ないし各社保局長等にその権限はない。とすれば,機構設立委員会が,その判断により,欠員補充のための正規職員の募集を行わなかったからといって,社保庁長官又は各社保局長等において,分限免職処分を回避するための努力が不十分であったということはできない。

オ 厚労省への転任が図られなかったことについて

(ア) 機構への採用手続と厚労省への転任手続を並行して進めたことについて

機構への採用手続及び厚労省への転任手続の実施時期の決定は,様々な事情を総合的に考慮して行うことを要し,その実施時期の決定を含めて立法政策及び行政庁(機構設立委員会及び厚労省)の裁量に委ねられるべき事柄というべきであるから,たまたまこれらが同時並行して行われたとしても,分限免職処分の回避努力義務違反となる余地はない。

また,たとえ機構への採用手続を先行させたとしても,①厚労省への転任を希望する者が同様に多数となる可能性も十分にあること,②結果として,厚労省等に1293名の転任が決定され,機構に正規職員として1万0880名の採用が決定されて,機構への採用手続と厚労省への転任手続を同時並行して行った場合と同じ結果となる可能性も十分にあるところ,その場合には,いずれにせよ,分限免職処分対象者数は同じになること,③そのことによって原告らが厚労省への転任の対象者となったとは限らないことから,機構への採用手続と厚労省への転任手続を同時並行して行ったことにより,分限免職処分の可能性が高まったとはいえない。

むしろ,原告らの主張は,懲戒処分歴のある職員を優先的に厚労省へ転任させる結果につながりかねないもので,平等取扱い及び公正基準の観点から問題である。

したがって,機構への採用手続と厚労省への転任手続を同時並行して行ったことを分限回避義務違反の事由とする原告らの主張には理由がない。

(イ) 残務整理定員113名分が活用されていないことについて

残務整理定員の定員枠は,平成22年1月1日から同年3月31日までの間,残務を処理するために暫定的に確保したものである。

なお,当該定員要求には,仮に他府省が社保庁職員について通常の人事異動時期である平成22年4月1日付けであれば,転任を受け入れるという話があった場合に備え,定員を確保するという意図もあったが,他府省から同日付けであれば転任を受け入れるという話もなかった。

したがって,厚労省がこの残務整理定員を活用して社保庁職員を暫定的に受け入れなかったことをもって,分限回避義務違反と評価することはできない。

(ウ) 機構へ出向させるために生じる147名分を活用しなかったことについて

厚労省は,機構からの要請を受けて業務支援のために147名の職員を出向させていたが,当該出向は一時的なものであり,出向期間満了後に当該職員を同省に復帰させることが予定されている以上,同復帰に備え,147名の定員を残しておく必要がある。なお,厚労省が,非常勤職員を募集したのは,人件費が措置されていない定員に対して実際に常勤職員を配置することができなかったためであって,分限免職処分回避のための枠をあえて放棄したものではない。

そして,厚労省は,可能な限り,新規採用の抑制や欠員の不補充等の措置を講じることにより,平成21年12月31日において106人の定員枠を確保し(同日時点の定員2万7695人に対し,実際の在職者数2万7589人であった。),この定員枠を活用した転任により社保庁職員を受け入れたのに加えて,社保庁職員152名を非常勤職員として採用しており,分限回避義務を尽くしている。

(エ) 平成22年度の新規採用者188名分の定員枠を活用しなかったことについて

まず,残務整理定員は,あくまで平成22年1月1日から同年3月31日までの暫定的な定員であり,同年4月1日には消滅するため,仮に残務整理定員として社保庁職員を転任させたとしても,それらの職員を転任させ得る厚労省の新規採用定員枠は,平成22年4月1日の新規採用数(188名)に限られることとなる。そして,この平成22年4月1日の新規採用数である188名については,厚労省が,行政改革推進法に基づく定員削減を実施しなければならない上,社保庁職員の受入れのために,平成21年12月31日までに欠員不補充等の措置を講じなければならないという状況において,組織の年齢構成,組織体制維持のための新卒者採用の必要性等の諸般の事情を考慮し,新卒者を採用すべき必要最小限度の定員数として決定し,平成21年8月頃に採用予定者を内定したものである。

このように,厚労省は,社保庁職員の受入れに必要な欠員の確保等も含めた諸般の事情を考慮した上で,必要最小限度の定員数として新規採用定員枠を合理的に決定したものであり,平成22年度の新規採用枠を社保庁職員の受入れに充てないことは分限回避義務違反とはならない。

3  争点(2)イ(本件各処分における人選の合理性の有無)について

(原告らの主張)

(1) 本件分限免職処分の対象者が公正に選定されていないこと

ア 処分の経緯や軽重を考慮せず,懲戒処分歴があることのみで一律に機構への採用の途を閉ざすことは,分限免職処分の対象者の人選として公正を欠いている。

イ 原告Z2に対する懲戒処分

原告Z2は,禁止規定(平成16年5月)以前に業務外閲覧をしたことはあったものの,それ以降は業務外閲覧をしていなかった。しかし,調査では,禁止規定前の期間も懲戒対象となるものとされており,調査票には「平成16年1月から平成16年12月までの間に,業務目的外の閲覧行為を行いましたか」という問いが記載されていた。調査に当たり,原告Z2が「(問われている業務外閲覧は)禁止の通達以降のことでしょうか。」と上司に確認をしたところ,上司が「そうだ。」と答えたため,原告Z2は業務外閲覧は「ない」と回答した。しかし,上司の回答が誤りで,実際は平成16年1月以降の業務外閲覧を問われていたので,結果として原告Z2が「虚偽の申告を行った」とされ,この点が重視されて同人は懲戒処分(戒告)を受けることとなった。

ウ 原告Z3に対する懲戒処分

原告Z3は,禁止規定が発出されて以降,業務外閲覧を行ったことはなかった。そのため,原告Z3は,平成17年になってから,「平成16年1月から同年12月までの間に業務外閲覧をしたことがあったか」という点について当時の勤務先の社会保険事務所長から調査をされた際,その期間に業務外閲覧をしたという記憶は一切なかったために,この調査に対して否定する旨の回答を行った。ところが,その後に行われた調査において,原告Z3は,同所長から何らの根拠も示されることなく,「業務外閲覧をしたデータが残っている。」と指摘されたために,「そう言われるのならその期間内に閲覧したのだろう。」と考え,記憶には反するものの所長の言うままに業務外閲覧を認めてしまい,その結果,平成17年12月に懲戒処分(戒告)を受けたというものであった。

エ 原告らの業務外閲覧は,完全な「冤罪」か,そうでないとしても極めて軽微なものであった。それにもかかわらず,原告らは,いずれも戒告という懲戒処分を受け,さらに重ねて機構への応募資格を認められず,その結果,それぞれ本件処分をされるに至ったのである。

(2) 転任者数の設定に合理的理由がなく,人選基準が違法であり,人選が不合理であることについて

厚労省Z13厚生局管内の社保局等の職員のうち,厚労省への転任希望者が633名であるのに対して,厚労省側で受入れ可能な配置転換枠は84名にすぎなかった。

被告(政府,厚労省及び社保庁)は,厚労省への転任を分限免職回避義務の履行であることを意識して転任可能人数を確保した上で,公正・合理的な転任者人選基準を設定すべきであったのに,何ら客観的・合理的な基準はなく,面接官の主観的・恣意的な印象により区分する評価基準が用いられた。

したがって,厚労省への転任者の選考手続は,人事管理を人事評価に基づいて適切に行わなければならないとする国公法27条の2,任用は受験成績,人事評価又はその他の能力の実証に基づいて行わなければならないとする国公法33条,転任は人事評価に基づいて適性を有すると認められる者の中から行うとする国公法58条に違反した違法な人選基準により実施されたといえる。

厚労省は,主観的,恣意的評定となる人選基準により,同省の指定した管理者による極めて短時間である10分ないし15分の面接試験によって転任者を選定した。面接に当たって客観的な評価基準は設定されていなかったが,そうであれば少なくとも,事後的に選考会議での選考の検討に当たって,それぞれの面接官の評価のばらつきを調整することによって,客観性統一性を確保することが不可欠というべきであるが,その調整も一切なされておらず,選考基準の不存在に加えて,人選の不合理性は明らかである。

(3) 公正・合理的な転任者人選基準が明示されていないことについて

政府,厚労省及び社保庁は,厚労省への転任者募集においては,当該転任に応募し転任されなければ,社保庁の廃止により免職処分となることを説明し,かつ,公正・合理的な転任者人選基準を明示すべきであった。

しかるに,社保庁は,平成20年10月,厚労省等への転任希望の有無の調査を,機構,協会採用希望の有無の意向調査と同時に行っただけであった。

募集に際し,厚労省への転任に応募して同省に転任されなければ社保庁廃止により分限免職処分となることも,公正・合理的な転任者人選基準も明示されなかった。

(4) 原告らの個別事情

ア 原告Z2について

(ア) 原告Z2は,産前休暇を取得する前は順調に昇給・昇任を重ねており,同期採用の他の職員と比較しても遜色ない勤務実績があった。

しかし,このような勤務実績は,転任の可否において一切考慮されなかった。

(イ) 厚労省における面接当時,原告Z2は妊娠▲ないし▲か月であり,面接官は,妊娠していること,すなわち,これから乳児を抱えて就職が困難となる者であること,換言すると,分限免職処分を回避する必要性が高いことが容易に認識できた。

しかし,面接ではその点が考慮されるどころか,面接官が子育てと仕事の両立について質問するなど,子がいることを不利益に扱う面接をした。

また,面接に当たって,この事情が考慮されることはなく,かえって,面接官は,原告Z2が懲戒処分を受けた事実さえ知らなかったものであり,転任が分限免職処分を回避するための唯一の手段としての意識が欠如していた。

イ 原告Z3について

原告Z3は,34年以上の長きにわたり,身を粉にして年金業務の円滑な運用に精励してきた。

原告Z3の面接直前の平成20年12月期の勤勉手当の成績はA(優秀の成績区分)であり,同年上期の人事評価も,実績評価はAとなっており,いずれの人事評価も優秀である。

しかし,厚労省の転任面接では,年金関係の勤務経験や,優秀な人事評価に関する質問は一切されなかった。

(5) 小括

以上のとおり,原告らに対する本件各処分は,不合理な配転手続及び不公正・不合理な転任の人選基準により行われたものであり,国公法74条違反の不公正な処分であり,さらに国公法27条違反の差別的な処分というべきであるから,処分権を逸脱・濫用した違法な処分である。

(被告の主張)

(1) 分限免職処分の対象者の選定がされていないことについて

ア 国公法78条4号に基づく分限免職処分においては,必ずしも被処分者の選定が必要となるわけではなく,本件のように社保庁が廃止され,同庁の官職全部について「廃職・・・を生じた場合」(同号)には,同庁の職員全員が分限免職処分の対象となり得るため,そのうち,機構への採用や厚労省への転任等がされず,退職勧奨にも応じなかった一部の者について一律に分限免職処分が行われたものであるから,そもそも,いずれの職員を分限免職処分の対象とするか否かという任命権者による「選定」の概念が入り込む余地はない。

イ 機構及び協会への職員採用並びに厚労省への転任は,それぞれの組織における採用基準等により,各組織において,いかなる人物を採用するかが問題となるのであって,分限免職対象者を選定する場面ではない。

また,機構及び協会への採用や厚労省その他の府省への転任は,いずれも任命権者の権限が及ばないから,本件分限免職処分の適法性の判断には直接影響しない。

(2) 厚労省への転任手続が平等かつ公正であったことについて

厚労省への転任候補者の選考については,次のアないしエのとおり,厚労省において,書類審査及び面接審査の結果を総合的に勘案し,組織における転任予定数,転任先の職務の内容に基づき,平等かつ公正にその可否が判断された。

ア 厚労省による転任候補者選考の概要

社保庁は,厚労省に対し,社保庁職員の転任による受入れを要請した。これを受けて,厚労省は,新たに年金業務等を取り扱うことに伴い増加する定員及び厚労省における既定定員の枠を利用し,厚労省への転任を希望する約6000名の社保庁職員の中から1284名を選考し,厚労省への転任候補者として内定した。

なお,厚労省への転任候補者のうち社保庁本庁,社会保険業務センター及び社会保険大学校職員に対する面接は厚労省本省において,管区地域内の各地方社会保険事務局職員及び当該地方社会保険事務局管内の各社保事務所職員に対する面接は各地方厚生(支)局において,それぞれ実施されたところ,面接に当たっては,面接評価に偏りが生じないようにするために,統一された面接要領が設けられていた。

イ 書類審査の方法

厚労省においては,面接を担当する面接官が,事前に面接対象者に係る職員意向準備調査票,人事記録,出勤簿,休暇簿,健康診断書,懲戒処分・矯正措置の状況,人事評価書(20年度上期)を審査した上,書類審査の結果,面接において確認すべき留意事項がある場合は,事前にその点を面接票に記入することとし,面接の際,上記留意事項を確認して面接評価における判断材料の一つとしていた。

ウ 面接審査の方法

(ア) 面接審査における評価基準

面接審査は,「被面接者の人柄,性向等について評定し,転任者が就くことが予想されている官職への適否を判定することを目的とする」ものであり,その判定は5段階の評価基準(A:是非任用したい,B:任用したい,C:任用してもよい,D:任用には多少疑問がある,E:任用不可)にのっとって評定するものとされた。

なお,Z13厚生局においては,このAからEまでの評価のうち,B評価(任用したい)に評価が集中することが予想されたことから,円滑な選考を実施するために,B評価を上,中,下に区分し,より細分化した評定を行っていた。

(イ) 評定の方法

評定に当たっては,面接要領において,「志望動機の確認 ※本人の希望に反していないか」,「異動可能な範囲の確認(広域以外の場合は将来的な可否を確認)」,「希望分野の確認(保険医療指導監査部門,年金部門)」,「懲戒処分の確認(処分を受けた者は,改悛の情を確認)」,「労働関係部門への希望の有無及び船員保険担当経験の有無」,「書類の確認で留意点があった事項」,「健康状態の確認」等の所定の事項が確認必須事項とされていた。

また,面接要領において,「1 確認必須事項」及び「2 業務の適性等の確認(性格面も含む)」につき,面接において最低限確認すべき基本的項目等が示された。

面接官は,上記の基本的確認事項を参考に,被面接者の人柄,性向等を総合的に評価し,転任者が就くことが予想される官職への適否を判定することとして,上記AからEまでの評価基準にのっとって評定を行っていた。

(ウ) 不公正・不公平な面接評価を排除するための措置が講じられていたことについて

a 面接要領においては,不公正・不公平な面接評価を排除するという観点から,面接は,被面接者1名に対して面接官2名で行うこととされ,面接官と被面接者が特別な関係(親族,親類縁者,親しい友人の子弟等の親愛関係,利害が相反する関係等)を有する場合には,面接官を交代することとするとともに,社保庁人事グループの者を面接官にしないこととし,また,面接の留意事項として,質問に当たっては,面接時間に極端な長短が生じないようにすることとし,さらに,評定及び判定に当たっては,面接票の項目ごとに評価の視点等を参考にしながら評定を行うとともに,先入観や評価の厳しさの偏り等による誤差が生じないようにすることが定められていた。

b また,上記aのとおり,面接は,「被面接者の人柄,性向等について評定し,転任者が就くことが予想されている官職への適否を判定する。」ことを目的とするものであったところ,この評定が適切に実施されるよう,総務管理官,総務課長,健康福祉課長,指導養成課長,その他必要に応じ,地方厚生局長が認める者が面接官として面接に当たることとされた。

この点,Z13厚生局では,Z1社保局職員及び同局管内社保事務所職員(原告らを含む。)262名の面接が実施されたところ,これら262名については,Z13厚生局健康福祉部長(総務管理官),同局総務課長,同局医事課長,同局指導養成課長,同局食品衛生課長,同局医療課医療指導監視監査官,同局企画調整課医療構造改革推進官及び同局医事課医療対策指導官がそれぞれ面接官を担当した。

このように,Z13厚生局の面接においては,面接評価が適切に実施されるように,課長補佐級以上である上記職員を面接官とし,上位の職の者が主担当とされ,下位の職の者が副担当とされた。

c 以上のとおり,転任候補者選考のための面接においては,面接要領で面接における基本的な確認事項及び評定方法が統一されており,不公正・不公平な面接評価を排除するための措置が講じられていたということができる。

(エ) 原告らに対する面接について

原告らに対するZ13厚生局への転任に係る面接についても,面接要領に基づき公正・公平に実施されており,特段不合理な点は見受けられない。

(オ) 小括

以上のとおり,転任候補者選考のために厚労省において実施された面接は,転任候補者が就くことが予想される官職への適否を判定することを目的として,全国的に統一された面接要領に従ったものであり,その選考基準が合理的なものであることは,上記面接要領の内容に照らして明らかである。殊に,面接要領においては,面接における基本的な確認事項及び評定方法が統一されるなど面接方法が画一的に定められていた上,不公正・不公平な面接評価を排除するための措置も講じられていた。

(3) 懲戒処分歴を有する者が機構に採用されなかったことについて

本件一連の分限免職処分は国公法78条4号の「官制…の改廃…により廃職…を生じた場合」に該当することを理由にされたものであり,懲戒処分歴があることを理由に行われたものではない。原告らは,原告らが懲戒処分を受けたことと原告らが本件分限免職処分の対象者となったことを独自の見解に基づき関連付けようと主張しているにすぎず,かかる主張は失当である(なお,実際,本件分限免職処分の対象となった525名中,懲戒処分歴がある者は251名であり,その余の274名は懲戒処分歴がなかった。)。

4  争点(2)ウ(誠実な協議・説明義務違反の有無)について

(原告らの主張)

(1) 憲法31条に基づく適正手続

ア 行政手続に関しても,憲法31条を根拠に,直接,適正手続保障を導きうる(最高裁平成4年7月1日判決)。

「告知と聴聞」を受ける権利は,この適正手続保障の内容をなすものであり,公権力が国民に刑罰その他の不利益を課す場合には,当事者にあらかじめその内容を告知し,当事者に弁解と防御の機会を与えなければならないことと定義される。

本件分限免職処分も行政処分としての不利益処分である以上,その対象者は「告知と聴聞」を受ける権利を有する。

本件分限免職処分に伴って必要とされる「告知」の内容は,当該職員が分限免職の対象となる理由と,十分な分限免職回避措置の説明等にまとめられる。

また,本件分限免職処分に伴って求められる「聴聞」(弁解と防御)の内容は,収入状況や家族状況の聴取,個々の職員の転任等の意向の聴取等であり,これを通して,分限免職の対象とする職員の特定(すなわち人員選定)をより合理的に,違法性の少なくなる方向で行わなければならない。

イ 本件各処分に際して,原告らにこのような機会は与えられなかった。

(2) 憲法28条に基づく誠実協議義務

ア 職員団体との誠実な協議を行うべき義務は,憲法28条から導かれる極めて重要な義務であって,適正手続を全うするためにも不可欠である(最高裁大法廷昭和48年4月25日全農林警職法事件判決)。

したがって,本件分限免職処分を行うに際して,労働者・労働組合に対する協議を尽くすべきことは当然である。

そして,職員団体には交渉権以上の団体行動権が保障されていない以上,交渉が決裂した場合にも,職員団体との協議については,職員団体へ相当の配慮をした高度の誠実協議義務が課されている。

イ 懲戒処分歴のある者が機構に応募できないという状況に鑑みれば,処分者は,懲戒処分歴がある者に対しては,厚労省にどのような応募可能な他部局があるのか,その受入れ人数など詳細を説明した上で,職員意向準備調査の目的,期限など応募手続についても説明すべきであった。また,厚労省に転任されなければ社保庁廃止により分限免職処分となる旨明示し,公正・合理的な転任者人選基準を明示して転任応募者の募集をすべきであった。

ウ しかし,そのような十分な説明はなされないまま,本件分限免職処分はなされた。

(3) 小括

以上のとおり,本件各処分は,誠実な協議・説明義務に違反しているから,処分権を逸脱・濫用した違法な処分である。

(被告の主張)

(1)ア 国家公務員に対する分限免職処分については,行政手続法の適用はなく(同法3条1項9号),国公法上も,分限免職処分を行うに当たっての事前手続としては,人事院に対して不服申立てをすることができる旨及び不服申立期間を記載した処分説明書を交付することとされているのみであり(同法89条),告知及び聴聞の機会の付与はその手続的要件とされていない。

また,仮に,行政手続について憲法31条の保障が及ぶと解すべき場合であっても,当該行政処分の相手方に事前の告知,弁解,防御の機会を与えるかどうかは,行政処分により制限を受ける権利利益の内容,性質,制限の程度,行政処分により達成しようとする公益の内容,程度,緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって,常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である。国家公務員に対する分限免職処分は,適格性を欠く職員又は余剰となった職員につき,公務員としての身分を失わせ,あるいは降格させる処分というもので,憲法31条が本来的に保障の対象とする刑事手続との類似性は認められない。また,分限免職処分によって失われ又は制約される利益は,あくまでも国民全体の奉仕者としての国家公務員の身分に基づく利益であるから,一般国民が生命若しくは自由を奪われ,又はその他の刑罰を科せられることによって,その権利が侵害され,回復の困難な損害を被ることと比較すると,受ける不利益の内容が質的に異なる。さらに,事後的とはいえ,通常の不利益処分に対する不服申立てより手続保障が厚い分限免職処分に対する不服申立てをする道が保障されていることからすれば,その手続保障に欠ける点はないものというべきである。

イ 任命権者は,本件分限免職処分に至るまでの間,原告らを含む525名に対して,必要な都度,各種の情報提供を行うとともに,複数回にわたりその再就職又は退職に関する意向調査や必要な説明等を行っている。

したがって,形式的に分限免職処分前に告知及び聴聞の機会を付与していなくとも,それをもって,本件各処分が違法となることはない。

(2) 社保庁長官等は,職員団体から,社保庁の廃止に伴う分限免職処分をしないこと等の要求及び交渉申入れを受けた際には,国公法108条の5第1項に基づいてその申入れに応じ,職員団体との間で説明及び協議を行ってきた。

5  争点(3)ア(本件各処分についての国賠法上の違法性又は債務不履行の有無)について

(原告らの主張)

(1) 最三小昭和50年2月25日判決は,安全配慮義務について,「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において,当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務」であることの一般性に着目し,「国と公務員との間においても別異に解すべき論拠はな」いと述べる。これは,当該事実関係において公務員と民間の労働者との共通性に着目しつつ法解釈を行った結果の判断である。

原告らと使用者である被告との間には国公法に規定された勤務関係があり,この法律関係は,私法上の債権債務関係の根拠となる。そして,国家公務員は,勤務関係に基づいてその官職をみだりに奪われない権利を有し(国公法74,75条),給与請求権を有している。被告はそれに対応する義務として,分限回避義務や公正選定義務を有している。

違法な分限免職処分の場面はまさに,任用により開始した法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間の問題であるから,分限回避義務違反は債務不履行として損害賠償の対象となることは明らかである。

(2) また,本件各処分は,処分権を逸脱・濫用した違法な処分であるから,被告は,国賠法1条に基づいて,原告らに生じた損害を賠償する責任を負う。

(被告の主張)

(1) 本件各処分は適法であるから,原告らの慰謝料等の請求は理由がない。

(2) 原告らと国との間には私法上の労働契約が締結されているわけではないのだから,分限回避義務違反が民法415条の債務不履行責任を基礎付けることはない。

なお,国と公務員との間においても,安全配慮義務については民法415条による債務不履行責任を問い得る余地がある。しかし,原告らが本件で主張する分限回避義務違反についても安全配慮義務違反と同様に民法415条の債務不履行責任を問うことができるとする根拠はない。

6  争点(3)イ(国賠法上の責任についての消滅時効の成否)について

(被告の主張)

(1) 本件各処分の効力発生日は平成21年12月31日であり,原告らの損害も同日に発生したところ,原告らは,同日に,損害及び加害者(本件各処分を行った任命権者)を認識したといえる。そして,その翌日である平成22年1月1日から本件訴訟の提起日(平成26年2月5日)までに既に3年が経過しているから,仮に本件各処分が違法であり,原告らに国賠法1条1項に基づく損害賠償請求権が発生しているとしても,同損害賠償請求権は時効によって消滅している(国賠法4条,民法724条前段)。

原告らは,民法415条の債務不履行責任に基づく損害賠償請求権については民法167条1項所定の10年の消滅時効にかかると主張するが,前記のとおり,分限回避義務違反が民法415条の債務不履行責任を基礎付けることはない。

(2) 原告らは,被告による消滅時効の援用が権利の濫用である旨主張するが,被告による消滅時効の援用が,著しく正義・公平・条理等に反すると認めるべき特段の事情は存在せず,原告らの主張は理由がない。

(原告らの主張)

(1) 国賠法に基づく損害賠償請求権の消滅時効の起算点である「損害及び加害者を知った時」(民法724条)とは,「被害者において,加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに,その可能な程度にこれらを知ったときを意味する」(最二小昭和48年11月16日判決)というものである。

本件各処分について,行政手続(審査請求)が先行しており,原告らが,審査請求が認められないことを前提として損害賠償請求をなすことは,審査請求手続の継続中では期待できないものであった。

したがって,本件においても,消滅時効の起算点は,審査請求における人事院の判定時とすべきである。

(2) 本来国民の権利保護のために存在せねばならない国自身が時効援用権者となる場合においては,時効の援用はより制限されるべきである。

原告らは,人事院に審査請求をして権利行使をしているのであり,権利の上に眠る者には到底当たらない。しかも,人事院審理の過程で本件各処分に関する証拠は収集されており,証拠散逸はしていない。

また,人事院審理と併行して訴訟を行うことは,費用も労力もかかるものである。人事院審理が早期に終結すれば,訴訟に移行することもできたはずであるが,人事院の求釈明に対して処分者が五月雨式に厚労省の新規採用や転任面接結果等の資料を提出してきたため,審理が長期化したのであり,その責任は処分者の所属する被告にある。

以上のとおり,強大な力を持つ被告国が,単に時間が経過したとの一事をもって損害賠償を免れるとするのは著しく正義に反するというべきであるから,消滅時効の起算点が分限免職処分の効力発生日であったとしても,被告による時効援用は権利濫用として認められない。

7  争点(3)ウ(原告らの損害の有無・額)について

(原告らの主張)

原告らは,国民のためを思って,また,当局の期待に応えて,自分と家族を犠牲にして過酷な業務をこなし働いてきた。原告らが,いずれも社保庁で高い評価を受けていたのはその表れである。原告らは,当然ながら,社保庁が解体されるに当たっても,今後も国民のために働きたいと願ってきた。それにもかかわらず,原告らは,違法不当な本件各処分により,一方的かつ理不尽に職場を奪われた。また,被告と勤務関係にある原告らに対してなされた本件各処分は,平等原則,公正・公平原則,分限免職回避義務,分限免職対象者の公正な選定義務,誠実な協議義務など,公務員の勤務関係に付随して生じる国及び任命権者の各義務に違反して原告らの勤務関係を侵害し,重大な精神的苦痛を与えたものである。原告らの無念の思いは察するに余りあり,その被った甚大な精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては,各300万円を下ることはない。

また,原告らが上記損害賠償を請求するために訴えを提起することを余儀なくされたことによる弁護士費用相当額は,慰謝料の1割の各30万円である。

(被告の主張)

争う。

第4当裁判所の判断

1  認定事実

前提事実に加え,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  機構法の成立経過等(時系列表の番号1ないし11)

ア 平成16年8月,内閣官房長官の下に「社会保険庁の在り方に関する有識者会議」が設置された(乙A1の1)。

平成17年5月31日に上記有識者会議が取りまとめた「社会保険庁改革の在り方について(最終とりまとめ)」は,公的年金制度の運営と政府管掌健康保険(以下「政管健保」という。)の運営を分離した上で,それぞれ新たな組織を設置し,それぞれの事業の運営を担わせることが適当であるとし,公的年金の運営主体については,年金事業に特化した組織とした上で,徴収をはじめとする業務全般について,政府が直接に関与し,明確かつ十全に運営責任を果たす体制を確立することが必要であるとし,政管健保の運営主体については,国とは切り離された全国単位の公法人を保険者として設立して事業を実施させることが適切であるとした(乙A1の2)。

イ 平成17年6月,厚労大臣の下に「社会保険新組織の実現に向けた有識者会議」が設置された(乙A2の1)。

同年12月12日に上記有識者会議が取りまとめた「組織改革の在り方について」は,社保庁を事実上解体して,新組織(国家行政組織法に定める特別の機関)を設置すべきとした(乙A2の2)。

また,社保庁も,同年12月,政管健保を非公務員型の公法人へ移管することによる3500名程度の純減と,業務の合理化による6300名程度の純減を内容とする「社会保険庁の組織・業務改革に伴う人員削減計画(案)」を公表した(甲全83)。

ウ 厚労省は,平成18年3月,社保庁を廃止し,厚労省に特別の機関(職員は公務員の身分を有する。)として「ねんきん事業機構」を設置することなどを内容とする「ねんきん事業機構法案」を国会に提出した(乙A3)。

エ(ア) 上記法案の審議中に,社保庁職員が行った国民年金保険料の免除及び猶予に係る不適正な事務処理が発覚した(甲全53)。

(イ) 社保庁は,職員に対する調査を行い,平成18年8月28日,169名に対し懲戒処分,1583名に対し矯正措置をした。

上記ウのとおり,ねんきん事業機構法案において,ねんきん事業機構の職員は公務員の身分を有するとされていたところ,上記処分及び措置の際,社保庁は,「平成20年10月に発足予定のねんきん事業機構の職員の任用に当たっては,今回の処分を重視しつつ,勤務成績に基づき厳正に判断する。」とする人事政策を発表した。(以上,甲全35)

(ウ) しかし,国民年金保険料の不適正免除等が社会問題となったこともあり,同年12月,同法案は審議未了のまま廃案となった(甲全53)。

オ その後,社保庁の改革については,与党協議会において議論された。

平成18年12月14日に与党協議会が取りまとめた「社会保険庁改革の推進について」は,社保庁を廃止・解体し,新たな非公務員型の公的新法人を設立すること,年金新法人の発足に当たり,その職員は社保庁を一旦退職した後,第三者機関の厳正な審査を経て再雇用すること,外部からの採用も積極的に行い,これまでの職場体質を一掃することなどの考え方を示した。(以上,乙A4)

カ 平成19年3月,厚労省は,社保庁を廃止して,公的年金業務等を行う機構を設立することなどを内容とする日本年金機構法案を国会に提出した。

同法案は,同年6月30日に成立し(機構法),同年7月6日に公布され,附則の一部の規定を除き,平成22年1月1日から施行された。

機構法は,社保庁を平成21年末をもって廃止し,平成22年1月1日に機構が設立されることを内容としていた(同法附則7条,70条,72条)。(以上,乙A5,6)

(2)  政管健保業務の移管(時系列表の番号6)

機構法の成立とは別に,平成18年6月,健康保険法等の一部を改正する法律(平成18年法律83号。以下「健康保険法改正法」という。)が公布され,社保庁が行っていた政管健保(健康保険組合の組合員でない被用者の健康保険)業務は,非公務員型法人である協会が実施することとなった。

なお,後記(5)のとおり,協会は,機構設立に先立つ平成20年10月1日,設立されており,設立に際し,社保庁職員1800名が採用された。

(3)  機構法における社保庁職員の取扱い

ア 機構法においては,機構の設立時に,社保庁職員が法律上当然に機構職員となる旨の規定は設けられなかった。

なお,機構職員は,公務員としての身分を有せず(機構法20条),機構は,非公務員型法人である。

イ 機構法においては,政府が,政府管掌年金又は経営管理に関し専門的な学識又は実践的な能力を有し,中立の立場で公正な判断をすることができる学識経験者の意見を聴いた上で(附則3条3項),機構の設立に際して採用する職員の数その他の機構職員の採用についての基本的な事項等について,基本計画を定め(同条1項,2項),厚労大臣が任命する設立委員が,基本計画に基づき,機構職員の労働条件及び採用基準を定めることとされた(附則5条1項,2項)。

そして,設立委員は,社保庁長官を通じ,社保庁職員に対し,機構職員の労働条件及び採用基準を提示して,機構職員の募集を行い,社保庁長官は,機構職員となることに関する社保庁職員の意思を確認し,機構職員となる意思を表示した者の中から,当該採用基準に従い,機構職員となるべき者を選定し,その名簿を作成して設立委員に提出するものとされた(附則8条1項,2項)。

その上で,上記名簿に記載された社保庁職員のうち,設立委員から採用する旨の通知を受けた者であって機構法の施行の際,現に社保庁職員であるものは,機構の成立の時において,機構職員として採用されることとなった(附則8条3項)。なお,設立委員は,機構職員の採否を決定するに当たっては,人事管理に関し高い識見を有し,中立の立場で公正な判断をすることができる学識経験者のうちから厚労大臣の承認を受けて選任する者からなる会議の意見を聴くものとされた(附則8条5項)。

(4)  本件基本計画の閣議決定に至る経緯(時系列表の番号12,14,15など)

ア 年金業務・組織再生会議での議論

(ア) 平成19年8月,機構法附則3条3項に基づき,国・地方行政改革担当大臣の下に,学識経験者から構成される「年金業務・組織再生会議」(以下「再生会議」という。)が設置された(乙A7〔1頁〕)。

(イ) 再生会議における議論の中で,再生会議が社保庁に対して要請した服務違反行為調査により,無許可専従をした職員及びこれに関与した管理職員が相当数存在することが明らかになった(乙A7〔10頁〕)。

(ウ) 再生会議では,懲戒処分歴のある職員を機構の職員として採用するかについて議論がされた。

そして,平成19年10月4日の中間整理において,「過去に懲戒処分や矯正措置などの処分を受けた者については,その処分を機構職員としての採否を決定する際の重要な考慮要素とし,処分歴や処分の理由となった行為の性質,処分後の更生状況などをきめ細かく勘案した上で,採否を厳正に判断すべきである」とされ,また,平成20年6月19日に厚労省から再生会議に提出された「日本年金機構の職員の採用についての検討案」において「懲戒処分歴のある職員については,機構の正規職員には採用されない。ただし,成績優秀かつ改革意欲に燃える等の条件に合致する者であって,かつ,専門知識,経験等から新組織の構成及び運営上その職に不可欠な人材として,ごく例外的に正規職員としての採用が真に必要と認められる者に限っては,個別に厳格な審査を経ることにより,採用しうるものとする。」とされていた。(甲全37,甲全85の1ないし5)

(エ) 平成20年6月30日に再生会議が取りまとめた最終整理は,機構に求められる組織体制,業務の外部委託推進についての基本的考え方,職員採用についての基本的考え方及び機構の必要人員数等について,以下のとおり,検討結果を示した。

公的年金業務への信頼を損ねた職員の取扱いとして,「過去に懲戒処分や矯正措置などの処分を受けた者については,その処分を機構の職員としての採否を決定する際の重要な考慮要素とし,処分歴や処分の理由となった行為の性質,処分後の更生状況などをきめ細かく勘案した上で,採否を厳正に判断すべきである」,「特に国民の公的年金業務に対する信頼回復の観点から,懲戒処分を受けた者は機構の正規職員には採用すべきでない」,「懲戒処分を受けた者についても,有期雇用職員として採用することは可能であるが,この場合にあっても,採用基準を定め,審査会における公正かつ厳格な審査を経るべきである」,「有期雇用職員として採用された機構の職員についても,その能力や実績に応じ,本人の希望により,雇用期間満了後に正規職員として採用される道が開かれるべきである。しかし,過去に懲戒処分を受けた者については,機構の有期雇用職員としての採用後,業務に精励し,意欲と能力が実証された場合にあって,正規職員への採用を行おうとするときは,機構において第三者による公正かつ厳格な採用審査を行うべきである」とした。

また,外部人材の積極採用について,業務の円滑な移行のため,機構の業務に必要な知識や経験を有する社保庁職員の活用は必要としても,機構がサービスの質の向上を図りつつ,効率的で公正,透明な業務運営を行える,国民から信頼される組織として再生するため,民間人はもとより,他省庁の職員も含め外部から優れた能力を有する人材を積極的に採用することが必要であるとした上で,機構の必要人員数について,機構の設立時点の人員数を総数1万7830名程度とし,うち1万0880名程度を正規職員,6950名程度(社保庁職員により担われている業務のうち,機構設立後に削減が予定されている業務量におおむね相当する人員数1400名程度を含む。)を有期雇用職員とし,正規職員1万0880名のうち,おおむね1000名程度については,外部から人材を採用することが適当であるとした。

さらに,「機構の設立に際し,機構への採用を希望しても,一定数の社会保険庁の職員は不採用になることが見込まれる。厚生労働省及び任命権者である社会保険庁長官は,退職勧奨,厚生労働省への配置転換など,分限免職回避に向けてできる限りの努力を行うべきである。また,官民人材交流センターの活用も図るべきである。」とした。 (以上,乙A7)

イ 政府による本件基本計画の閣議決定

(ア) 平成20年7月29日,政府(内閣)は,再生会議が取りまとめた最終整理を踏まえ,機構法附則3条に基づき,本件基本計画を閣議決定した。

本件基本計画は,機構の組織体制,業務の外部委託推進についての基本的考え方,職員採用についての基本的考え方及び機構の必要人員数等を内容とするものであった。

本件基本計画の要旨は,次の(イ)に記載したとおりである。

(イ) 本件基本計画は,職員採用についての基本的考え方として,「国民の公的年金業務に対する信頼回復の観点から,懲戒処分を受けた者は,機構の正規職員及び有期雇用職員には採用されない」,「機構がサービスの質の向上を図りつつ,効率的で公正,透明な業務運営を行える,国民から『信頼』される組織として再生するため,民間人はもとより,他省庁の職員も含め外部から優れた能力を有する人材を積極的に採用する」とした。

また,本件基本計画は,機構の必要人員数について,機構の設立時点の人員数を総数1万7830名程度とし,うち1万0880名程度を正規職員,6950名程度(社保庁職員により担われている業務のうち,機構設立後に削減が予定されている業務量におおむね相当する人員数1400名程度を含む。)を有期雇用職員とし,正規職員1万0880名のうち,おおむね1000名程度については,外部から人材を採用するが,応募状況等を踏まえ,その採用数の拡大を検討するとした。

さらに,本件基本計画は,社保庁職員からの機構職員の採用に当たり,機構に採用されない職員(以下「不採用職員」という。)については,「退職勧奨,厚生労働省への配置転換,官民人材交流センターの活用など,分限免職回避に向けてできる限りの努力を行う。」とした。(以上,(ア)・(イ)につき,乙A8)

ウ なお,社保庁は,平成20年9月3日,前記(4)ア(イ)で明らかになった無許可専従をした職員等(管理者・監督者を含む)41名に対して懲戒処分をしている(甲全36)。

(5)  協会設立委員会による協会職員の採用及び協会の設立(時系列表の番号13,16など)

ア 協会設立委員会

健康保険法改正法(前記(2))により社保庁が行っていた政管健保業務を実施する協会の職員については,同法附則15条により,厚労大臣が任命した設立委員が提示する採用基準に従って社保庁長官が作成した名簿に記載された社保庁職員から,設立委員が採用することとされた。

厚労大臣に任命された設立委員は,全国健康保険協会設立委員会(以下「協会設立委員会」という。)を組織した。

イ 職員採用基準

協会設立委員会は,平成19年10月25日,健康保険法改正法附則13条2項に基づき,協会職員の労働条件及び採用基準(以下「協会採用基準」という。)を定め,同基準において,社保庁からの職員について,「懲戒処分を受けた者及び社会保険庁の改革に反する行為を行った者については,その内容等を踏まえ,勤務成績及び改悛の情を考慮して,可否を厳正に判断するものとする」とした(乙A22の2)。

ウ 協会設立委員会から社保庁長官に対する名簿の提出依頼

協会設立委員会は,協会の必要人員数について約2100名とし,社保庁職員から約1800名,外部(民間)からの採用や民間・国等からの出向により約300名を確保することとし,平成19年10月25日,健康保険法改正法15条に基づき,社保庁長官に対し,協会採用基準を提示した上で,約1800名を上限として,協会の職員となるべき者の名簿を平成20年2月末日までに提出するように求めた(乙A22の2)。

エ 社保庁から協会設立委員会への名簿の提出

(ア) 社保庁は,平成19年10月29日ころ,上記ウの名簿の提出依頼を受けて,各社保局長らに対し,協会採用基準を職員全員に配布するとともに,協会の職員となることについての意向を調査するように指示した(乙A23の1・3,乙24)。

(イ) 上記指示により1万6307名の職員に対して意向調査が行われた。同調査に用いられた調査票は,職員が協会,機構,厚労省,退職予定という4個の選択肢から第1希望から第3希望までを回答する形式であった。

上記調査において,職員のうち4156名が協会を第1希望とした。原告Z2は,機構,協会,厚労省の順に希望し,原告Z3は,機構,厚労省,協会の順に希望した。(以上,甲A4,甲B4,乙A24,乙A27の1)。

(ウ) 社保庁長官は,上記4156名を優先し,協会採用基準に従い,協会の人事方針への賛同の有無,人事評価結果,健康状態,業務経験及び懲戒処分歴に照らし,採用候補者として1800名の名簿を作成し,平成20年4月14日,協会設立委員会に提出した。

社保庁長官は,上記名簿を作成する際,懲戒処分歴保有者について,勤務成績と処分の量定に応じて,他の職員よりも一定以上高い水準の評価がされている者を選定しており,上記1800名には,減給の懲戒処分歴保有者9名及び戒告の懲戒処分歴保有者62名の合計71名が含まれていた(乙A27の1)。

オ 社保庁職員からの採用内定

協会設立委員会は,平成20年4月14日,社保庁長官から提出された名簿に記載された1800名全員について採用を内定した(乙A28)。

カ 民間からの採用内定

(ア) 協会設立委員会は,企業経営,組織ガバナンス,企画,調査分析,IT,企業会計,人事・人材育成,保険事業などの人材について,民間企業等のノウハウを積極的に導入するため,平成19年10月25日,民間からの募集を開始した(乙A25)。

(イ) 協会設立委員会は,2605名の応募者の中から,平成20年4月3日,全都道府県の支部長として47名,一般職員として102名,保健師68名を内定した(乙A25)。

(ウ) 協会設立委員会は,平成20年5月2日から,民間からの追加募集を行い,1420名の応募者の中から,同年9月3日,支部長1名,一般職員53名を内定した(乙A29)。

(エ) 以上の経緯により,外部(民間)からの正規職員として,合計264名((イ)及び(ウ)の合計人数271名との差は辞退者が存在するからである。)の採用が内定した(乙A29)。

キ 協会の設立

平成20年10月1日,協会が設立され,上記1800名の社保庁職員は,社保庁を退職して協会職員となった(健康保険法改正法附則15条3項)。

(6)  機構設立委員による採用基準の策定(時系列表の番号17など)

ア 厚労大臣は,機構法附則5条1項に基づき,機構の設立に関する事務を処理する者として設立委員を任命し,設立委員は,平成20年11月,日本年金機構設立委員会(以下「機構設立委員会」という。)を組織した(乙A9)。

イ 機構設立委員会は,同年12月22日,機構法附則5条2項に基づき,機構職員の労働条件及び採用基準(以下「本件採用基準」という。)を定めた。本件採用基準では,社保庁職員からの採用に当たって,「懲戒処分を受けた者は採用しない。なお,採用内定後に懲戒処分の対象となる行為が明らかになった場合には,内定を取り消す。また,採用後に懲戒処分の対象となる行為が明らかになった場合には,機構において,労働契約を解除する。」と定められている。(以上,乙A10の1・2)

ウ 機構設立委員会は,同日,機構法附則8条1項に基づき,社保庁長官に対し,本件採用基準を提示した上で,同条2項の規定に基づき作成する名簿を平成21年2月16日までに提出するように求めた(乙A10の1・2)。

(7)  機構設立委員会による機構職員の採用等(時系列表の番号21,23など)

ア 社保庁は,機構設立委員会から本件採用基準を提示されるに先立ち,平成20年11月ころ,職員意向準備調査を実施した。同調査に用いられた調査票は,職員が厚労省,機構,退職予定という3個の選択肢から第1希望から第3希望までを回答する形式(ただし,第3希望の回答は任意)であった。また,同調査票には,厚労省を希望した場合にはこの調査票をもとに必要な手続の準備が行われること,本件基本計画において「懲戒処分を受けた者は機構の正規職員及び有期雇用職員には採用されない」とされていることに留意すべきことが記載されていた。

上記調査において,原告Z2は,厚労省を第1希望とし,第2希望以下は空欄とした。また,原告Z3は,厚労省を第1希望,機構を第2希望とし,第3希望はいったん退職予定と記載した後これを抹消した。(以上,乙A13,乙B1の2,乙B2の2)

イ 社保庁は,上記(6)ウの名簿の提出依頼を受けて,各社保局長らに対し,本件採用基準を平成20年中に職員全員に配布するように通知した(乙A12)。

ウ 社保庁は,平成21年1月13日,各社保局長らに対し,全職員に「職員意向調査票」を配布するなどして,機構及び協会への採用並びに厚労省への転任等の希望を確認するように指示した。

同月ころ,上記指示に基づいて,社保庁職員の意向調査が行われた(以下「本件意向調査」という。)。同調査に用いられた調査票は,まず,機構及び協会への採用を希望するかを回答した上で,次に,いずれへの採用も希望しない場合にのみ,厚労省への転任,定年退職,自己都合退職,整理退職,勧奨退職についての意向(ただし,複数選択可)を確認する形式となっていた。また,前記アの職員意向準備調査において,厚労省への転任を希望した者は,その希望や希望順位に変更がないかを確認する形式となっており,意向の変更については厚労省に引き継がれる旨が明記されていた。

上記調査において,原告らは,いずれも機構及び協会への採用を希望せず,厚労省への転任を第1希望とする意向に変更がない旨の回答をした。(以上,乙A13,乙B1の3,乙B2の3)

エ 社保庁長官は,本件意向調査において,機構職員となることを希望した者の中から,本件採用基準に従って1万1118名を選定し,平成21年2月16日,機構法附則8条2項に基づき,機構設立委員会に対し,機構の職員となるべき者の名簿を提出した(乙A14,乙A15)。

オ 社保庁職員からの採用内定

(ア) 正規職員及び准職員の採用内定

機構設立委員会は,機構法附則8条5項に基づき選任された学識経験者で組織される職員採用審査会からの意見を聴いた上で,平成21年5月19日,上記エの名簿に登載された者のうち,正規職員として9613名,准職員として358名の採用を内定し,28名を不採用,残りの1119名を保留等とした(乙A15,乙A48)。

社保庁は,同年6月25日,内定を受けた社保庁職員に対し,その旨を伝達した(乙A36の2)。

(イ) 准職員の1次追加募集

機構設立委員会は,准職員が採用予定者数を割り込んだことから,当初,機構の職員に応募しなかった社保庁職員及び外部から追加で募集を行うこととし,平成21年5月19日,社保庁長官に対し,本件採用基準を提示の上,准職員の追加募集を行い,機構の准職員となるべき者を選定し,その名簿を作成して機構設立委員会に提出するよう求めた(乙A16,乙A48)。

機構設立委員会は,同年10月8日,准職員の追加募集に応じた社保庁職員160名から,154名の採用を内定し,6名を不採用とした(乙A18)。

なお,同日,前記(ア)において採否判定保留者とされた者の中から,正規職員として59名,准職員として78名の採用が内定している(乙A18)。

(ウ) 准職員の2次追加募集

機構設立委員会は,平成21年12月1日,社保庁長官に対し,上記(イ)と同様に,准職員の追加募集を行い,機構の准職員となるべき者を選定し,その名簿を作成して機構設立委員会に提出するよう求めた(乙A20)。

機構設立委員会は,同月17日,社保庁職員から准職員の追加募集に応じた61名について,60名の採用を内定し,1名を不採用とした(乙A21)。

(エ) なお,上記(イ),(ウ)の追加募集は,社保庁長官が機構設立委員会に対し,懲戒処分を受けていない職員で機構を希望しなかった職員を対象に,准職員として採用されるチャンスを与えるよう要請したことから実現したものである(乙A63〔4頁〕)。

カ 民間からの採用内定

(ア) 正規職員

機構設立委員会は,職員採用審査会から,外部(民間)からの機構の正規職員採用に関しての報告を受け,平成21年7月28日,外部(民間)から機構の管理職,IT企画関係の職種,監査関係の職種,企業会計・調達関係の職種,一般事務関係の職種に採用することが適当な者として,合計1078名の採用を内定した(乙A17)。

(イ) 准職員

機構設立委員会は,平成21年10月8日,外部(民間)からの准職員の募集に応じた5975名から,970名の採用を内定した(乙A18)。

(ウ) 正規職員(管理職)の追加募集

機構設立委員会は,民間からの管理職として350名程度の採用を見込んでいたところ,上記(ア)の段階で306名の内定に留まったことから,追加募集を行い,平成21年8月31日までに募集に応じた2752名のなかから,同年10月28日,49名の採用を内定した(乙A19)。

キ 小括

上記オ,カによる機構職員の内定者を表にすると,別紙3「機構職員の選考(内定)経過・内訳」のとおりであり,合計1万2419名(正規職員1万0799名・准職員1620名)のうち,①社保庁職員からの内定者が1万0322名(正規職員9672名・准職員650名),②外部(民間)からの内定者が2097名(正規職員1127名・准職員970名)であった。

(8)  協会職員の追加募集(時系列表の番号10,22,24など)

ア 社保庁が行っていた船員保険業務については,雇用保険法等の一部を改正する法律(平成19年法律30号)による船員保険法の改正によって,平成22年1月から協会が行うこととなった(乙A33の1)。

イ 協会は,平成20年12月25日,機構設立委員会が同月22日に決定した本件採用基準(前記(6)イ)において,懲戒処分を受けた者は採用しないとされたことを踏まえ,協会採用基準における社保庁職員からの採用に関する部分について,「懲戒処分を受けた者は採用しない。なお,採用内定後に懲戒処分の対象となる行為が明らかになった場合には,内定を取り消す。採用後に懲戒処分の対象となる行為が明らかになった場合には,協会において,労働契約を解除する」と改めた(以下,改正後の協会採用基準を「改正協会採用基準」という。乙A33の1) 。

ウ 同日,協会は,社保庁長官に対し,改正協会採用基準を示し,社保庁から約40名の協会職員の募集を行い,平成21年2月16日までに名簿を提出するよう求めた(乙A33の1)。

エ 社保庁は,平成20年12月26日,協会から改正協会採用基準が提示されたことを受け,社保局長らに対し,同基準を職員全員に配付するよう通知した(乙A34)。

オ 社保庁長官は,平成21年2月16日,本件意向調査の結果及び人事記録に基づき,協会に対して名簿を提出した(乙A35)。

カ 協会は,そのころ,上記名簿から45名の採用を内定し,社保庁は,同内定を受け,同年6月25日,同結果を,社保庁職員に伝達した(乙A36の2)。

(9)  社保庁職員の厚労省への転任手続(時系列表の番号19,20,26など)

ア 厚労省は,社保庁の廃止に伴い,厚労省へ転任する職員の選考等に関する事務を処理するために,平成21年1月1日,「厚生労働省職員等選考会議」を設置した(乙A39)。

イ 社保庁総務部総務課長(以下「社保庁総務課長」という。)は,平成21年1月9日,厚労省大臣官房人事課長(以下「厚労省人事課長」という。)に対し,本件基本計画において,不採用職員について分限免職を回避するための努力を尽くす必要があるとされていることなどから,厚労省への転任者の選考に当たっては,経験,勤務実績,面談結果等を踏まえて総合的な判断の下で積極的に採用するとの立場から選定をするよう依頼するとともに,厚労省の職員の新規採用及び欠員補充に当たっては不採用職員からの転任について検討するよう依頼した(乙A37)。

ウ 厚労省は,社保庁職員を厚労省に転任するに当たり,厚労省本省に493名及び地方厚生局に791名の合計1284名を転任数とし,1級から8級の職員について,それぞれ級別に,厚労省本省及び地方厚生局ごとに転任数を定め,この定員と級の枠内において,厚労省又は地方厚生局への転任を予定していた(乙A52)。

エ 厚労省は,転任希望者に対する面接評価において,偏りが生じることがないよう,平成21年1月9日,統一された面接要領を作成し,これを地方厚生(支)局にも周知した(乙A38)。

面接審査は,被面接者の人柄及び性向等について評定し,転任者が就くことが予想される官職への適否を判定することを目的とするものであり,その判定は5段階の評価基準(A:是非任用したい,B:任用したい,C:任用してもよい,D:任用には多少疑問がある,E:任用不可)に従って評定するものとされていた。

同面接要領のその他の内容は,以下のとおりである。

(ア) 面接方式:個別面接

(イ) 面接時間:被面接者1名に対して概ね10分前後を目安に行う。

質問に当たっては,面接時間に極端な長短が生じないようにすること。

(ウ) 面接官:2名(総務管理官(主任),総務課長,健康福祉課長,指導養成課長),その他必要に応じ地方厚生局長が認めるもの

面接官と被面接者が特別な関係(親族,友人,知人等)にある場合には面接官を交代し,また,社保庁人事グループの者は面接官にしないこととする。

(エ) 書類の確認

面接を担当する面接官は,事前に被面接者に係る準備調査票,人事記録,出勤簿,休暇簿,健康診断書,懲戒処分・矯正措置の状況,人事評価書(20年度上期)を確認する。

(オ) 面接表の項目

面接に当たっては,「志望動機の確認 ※本人の希望に反していないか」,「異動可能な範囲の確認(広域以外の場合は将来的な可否を確認)」,「希望分野の確認(保険医療指導監査部門,年金部門)」,「懲戒処分の確認(処分を受けた者は,改悛の情を確認)」,「労働関係部門への希望の有無及び船員保険担当経験の有無」,「書類の確認で留意点があった事項」,「健康状態の確認」を必ず確認することとされた。

(カ) 評定

評定尺度(A~E)の該当する箇所に○印を記入し,必要に応じて特記事項などを記入する。

面接表の各項目ごとに評価の視点等を参考にしながら評定を行うとともに,先入観や評価の厳しさの偏り等による誤差が生じないようにすること。

オ 面接

平成21年1月下旬から同年3月中旬にかけて,社保庁職員のうち本件意向調査において厚労省への転任を第1希望とした6017名について,本件転任面接が行われた。

このうち,Z13厚生局においては,平成21年2月に,同局管内の社保局等の職員のうち,厚労省への転任を第1希望とする633名について,被面接者ごとに10分から15分程度の時間で面接を実施した。

(ア) 原告Z2の面接

原告Z2は,平成21年2月10日,Z1社保局Z6社保事務所において,Z13厚生局医事課長と同局医療指導課医療指導監視監査官の2名の面接を受けた。

面接官らは,上記面接において,原告Z2に対し,志望動機,異動可能な範囲,業務外閲覧によって懲戒処分を受けたこと及び改しゅんの情,労働関係部門への希望はあるが船員保険業務の経験はないこと等を確認した。原告Z2は,業務外閲覧について懲戒処分を受けたことについて,やったことは反省しているが,採用に影響があるのは納得できない旨の発言をした。

面接官らは,原告Z2をCと評価した。(以上,乙B1の6,乙B1の7〔33頁〕,原告Z2)

(イ) 原告Z3の面接

原告Z3は,平成21年2月20日,Z13厚生局において,同局指導養成課長と同局医療指導課医療指導監視監査官の2名の面接を受けた。

面接官らは,上記面接において,原告Z3に対し,志望動機,異動可能な範囲,業務外閲覧によって処分を受けたこと及び改しゅんの情,労働関係部門への希望はあるが船員保険業務の経験はないこと,健康状態等を確認した。原告Z3は,業務外閲覧により懲戒処分を受けたことについて,反省している旨の発言をした。

面接官らは,原告Z3をB下と評価した。(以上,乙B2の6,乙B2の7〔33頁〕,原告Z3)

カ 転任内定

厚労省は,面接結果を踏まえ,同年6月22日までに1265名の転任を内定した(乙A36の2)。

このうち,Z13厚生局においては,級別に設定された転任数に基づき,転任面接の評価等を踏まえ,合計85名の転任者(1級が1名,2級が15名,3級が18名,4級が22名,5級が23名,6級が6名)が決定された(乙A53)。

原告らは,いずれも転任候補者として選任されなかった。

なお,原告Z2は同面接当時の職務の級が3級であったところ,3級の転任希望者は200名であり,うち面接における評価結果がA評価であった3名,B上評価であった15名のみが選考され,残るB上評価46名及びB中評価以下の職員は選考されなかった(乙B1の7〔34頁〕)。

また,原告Z3は同面接当時の職務の級が5級であったところ,5級の転任希望者は105名であり,うち面接における評価結果がA評価であった3名,B上評価であった19名,B中評価であった1名のみが選考され,残るB上評価17名,B中評価20名及びB下評価以下の職員は選考されなかった(乙B2の7〔33頁〕)。

キ 転任内定の通知

社保庁は,同月25日,内定を受けた社保庁職員にその旨を伝達した。

なお,社保庁は,上記伝達を,機構職員の採用内定(前記(7)オ(ア))及び協会職員の追加採用内定(前記(8)カ)と同時に伝達している。(以上,乙A36の2)原告Z2は,同日,Z6社保事務所所長室において,総務調整官から,厚労省への転任予定者とならなかったことを伝えられた(乙B1の7〔35頁〕)。

原告Z3は,同日,Z9社保事務所所長室において,次長から,厚労省への転任予定者とならなかったことを伝えられた(乙B2の7〔34頁〕)。

ク 厚労省へ転任する職員の追加内定

社保庁は,その後,厚労省が転任の追加内定をした都度,その旨を内定を受けた社保庁職員に伝達し,平成21年12月28日までに,合計1284名の社保庁職員に対し,厚労省への転任の内定が伝達された(乙A36の1,乙A40)。

(10)  再就職支援室の設置等(時系列表の番号25)

ア 上記(9)キのとおり,平成21年6月25日,機構及び協会への採用内定者並びに厚労省への転任予定者に内定結果が連絡され,いずれの組織へも採用あるいは転任できない可能性のある(すなわち,同年12月31日時点で国公法78条4号に基づく分限免職処分となる可能性がある)社保庁職員(以下「支援対象職員」という。)が具体的に判明した。

イ 社保庁は,本件基本計画に定められた社保庁職員の分限免職回避のための取組として,平成21年6月24日,再就職支援対策本部を設置し,同本部の下に,社会保険庁職員再就職等支援室(本庁に置かれるもの。以下「再就職支援室」という。)及び地方社会保険事務局職員再就職等支援室(各社保局に置かれるもの。以下「地方再就職支援室」という。)を設置した。

再就職支援室及び地方再就職支援室は,支援対象職員にかかる再就職等支援の分限免職回避についての取組状況を記録・管理すること,再就職等支援業務の実施期間は同日から平成21年12月31日までとすることとされていた。(以上,乙A30の1・2)。

ウ 再就職支援室及び地方再就職支援室は,平成21年6月下旬,担当者が支援対象職員と直接面談し,支援室の取組内容を説明するとともに,意向確認追加調査を実施した。同調査は,機構及び協会への採用並びに厚労省への転任の内定通知を受けなかった職員について,社保庁が分限免職を回避するために行われたものであり,同調査で用いられた「職員意向確認追加調査票」は,下記の7個の意向から,4個を選択して優先順位を付して回答するという形式であった。(以上,乙A32の1ないし3)

1  官民人材交流センターに登録し,再就職のあっせんを受けたい。

2  日本年金機構准職員の追加募集に応募したい。

3  厚生労働省等への転任の話があれば,受けたい。

4  自分で就職活動をする。

5  退職をして就職活動をする。

6  具体的なことは考えていないが,再就職について相談をしたい。

7  その他

上記調査において,原告Z2は,3,1,6,2の順に回答し,原告Z3は,6,3,2,1の順に回答した(乙B1の5,乙B2の5)。

エ Z1社保局では,上記ウの追加意向調査の後も,総務調整官らが原告らと再就職支援のための面談を重ね,官民センターとの連絡調整を図る(後記(14)参照)等の対応を行った(乙B1の4,乙B2の4)。

(11) 他府省への転任要請

ア  厚労省人事課長は,平成21年7月8日,各府省人事管理官会議幹事会において,各府省の人事担当課長等に対し,支援対象職員の転任による受入れについて協力要請をした(乙B1の7〔22頁〕)。

また,社保庁長官は,同月9日,各府省の事務次官に対し,欠員補充等のため採用予定がある場合などには,支援対象職員の配置転換による受入れを検討すること,各府省の管下の機関に対し,各社保局長から依頼をするので,上記趣旨を周知することを依頼した(乙A41)。

イ  社保庁総務課長は,同月9日以降,各府省人事担当課長を往訪し,上記アの依頼に基づき,社保庁職員の他府省への転任につき協力を要請した(乙B1の7〔22頁〕)。

ウ  社保庁は,各都道府県に所在する各府省の地方支分部局等に対して直接に受入れを要請するため,各府省の人事当局に対し,各府省の地方支分部局等への要請の可否を確認したところ,法務省,総務省,経済産業省,内閣府,国土交通省から,各社保局長が,各府省の地方支分部局等に対し,直接,受入れを要請してよい旨の回答が得られた。

そこで,再就職支援室は,平成21年8月11日及び同月31日,地方再就職支援室に対し,上記各府省の地方支分部局等に対して,直接,受入れを要請するよう連絡した。(以上,乙A42の1・2)

エ  Z1社保局は,上記ウの連絡を受けて,平成21年8月25日から同年9月10日にかけて,Z14行政評価局,Z15総合通信局,Z16経済産業局,Z17地方整備局,Z18運輸局,Z19法務局,Z20矯正管区に対して,職員の受入れを直接要請した(乙A67)。

オ  上記アないしエの受入要請の結果,公取委及び金融庁から受入れの回答があったが,その他の府省(厚労省は除く。)からは受入要請に応じる旨の回答はなかった。

(ア) 公取委からは,①受入数は5名程度まで,②対象年齢は20歳代後半から40歳代半ばまで,③勤務地は東京,④業務の内容は独占禁止法違反被疑事件の審査等,⑤要請する人材としては勤務成績が優秀であり同法違反被疑事件の審査等を行うに必要な能力を有する者との条件が示された(乙A69)。

社保庁は,支援対象職員のなかから11名の候補者を選定して,その名簿を公取委に提出した。

(イ) 金融庁からは,①受入数は1名,②対象年齢は30歳前後の係長クラス,③勤務地は東京,④勤務経験等としては資金運用等の金融関連業務の経験者又はIT関係の知識を有する者,⑤要請する人材としては人物的にしっかりしている者との条件が示された(乙A68)。

社保庁は,支援対象職員のなかから4ないし5名の候補者を選定して,その名簿を金融庁に提出した。

(ウ) 上記各名簿に基づき,公取委に8名,金融庁に1名の転任が内定した。(以上,(ア)ないし(ウ)につき,乙A43。乙B1の7〔23,24頁〕)

(12) 雇用調整本部について

ア(ア)  平成18年6月,行政改革推進法(平成18年法律第47号)が公布された。

(イ) 平成18年6月30日,国の行政機関の定員について,平成18年度から平成22年度までの5年間で5%以上の純減を行うとする「国の行政機関の定員の純減について」が閣議決定された。

上記閣議決定では,純減を実施するための取組等として①農林統計等関係,②食料管理等関係,③北海道開発関係などと並んで,④社会保険庁関係として「定員17,365人について,定員管理による1,000人以上の純減に加え,業務見直しにより2,000人程度を純減することにより,3,000人以上を純減する。」とされ,さらに,「社会保険庁の組織・業務改革に伴う人員削減計画」を引用して,「政府管掌健康保険の公法人への移管により2,000人程度を純減」,「業務の外部委託等により1,000人以上を純減」とされた。(以上,乙A44の3)

(ウ) また,同日,上記(イ)の閣議決定に基づき定員の純減を図るに当たっての取組として,「国家公務員の配置転換,採用抑制等に関する全体計画」が閣議決定された。

同閣議決定は,純減計画に基づく定員の純減により,平成19年度から平成22年度までの間新規採用による欠員補充を行わないこととしても平成22年度末において職員数が定員を上回ることが見込まれる部門(以下「配置転換対象部門」という。)からその他の部門への職員の配置転換を行うこととされ,かかる取組を政府全体として着実に実施するために内閣に内閣官房長官を本部長とする国家公務員雇用調整本部を設置することが決定された。

同閣議決定では,配置転換対象部門として,農林統計等関係,食料管理等関係,北海道開発関係の合計2908名の職員が明記されたものの,社保庁については,言及されていない。(以上,乙A44の1)

イ  雇用調整本部は,上記ア(ウ)の全体計画に基づき,平成19年度から平成22年度までの各年度に「配置転換,採用抑制等に関する実施計画」を策定し,これらの実施計画に基づき,段階的に,合計2489名の国家公務員が国の他の行政機関に配置転換された。

上記2489名のうち,厚労省が配置転換を受け入れた人数は,合計155名(平成19年度に29名,平成20年度に43名,平成21年度に63名,平成22年度に20名)であった。(以上,甲全39,甲全40の1ないし4)

ウ  平成18年12月,与党協議会が社保庁を廃止することなどを内容とする「社会保険庁改革の推進について」を取りまとめた後(前記(1)オ,時系列表の番号8),社保庁及び厚労省の人事関係の担当者は,平成19年1月,雇用調整本部に対し,社保庁の廃止の見込みについて説明した上で,社保庁廃止に伴う社保庁職員の転任について,同本部の枠組みを活用することを要請した。

また,社保庁及び厚労省の人事関係の担当者は,機構法成立(前記(1)カ,時系列表の番号11)の翌月である平成19年7月にも,雇用調整本部に対し,同様の要請をした。

さらに,厚労省の人事関係の担当者(人事課長及び人事担当の参事官)は,平成20年10月,雇用調整本部の担当者(総務担当の参事官)に対し,重ねて,同様の要請をするとともに,厚労省については雇用調整本部の枠組みによる平成22年度の転任の受入れを免除するように要請した。

これらの要請に対し,雇用調整本部は,同本部を利用しての転任は,平成18年6月に国の行政機関の定員の純減を行うこととして閣議決定された事項に基づく取組であり,この取組において,社保庁の廃止に伴う職員の転任を扱うことは,趣旨において全く異なり不可能である旨,及び,厚労省のみを特別扱いすることはできず,制度の趣旨に基づき,平成22年度においても転任の受入れをしてもらう旨の回答をした。(以上,乙A77〔2ないし4頁〕)

エ  雇用調整本部は,平成21年3月6日,「平成22年度の配置転換,採用抑制等に関する実施計画」を策定した。同計画では,各府省全体での受入れ目標数を347名とし,うち28名が厚労省に割り当てられた。(甲全39)

オ  厚労省は,平成21年12月25日までに,前記イのとおり,平成22年度における雇用調整本部による転任を20名受け入れることを内定した(甲全40の4)。

(13) 地方公共団体への採用要請

ア  社保庁長官は,平成21年7月3日,全国知事会,全国市長会及び全国町村会等に対し,地方公共団体において,欠員補充等のため採用予定がある場合などには,支援対象職員の選考採用について検討してほしい旨を要請し,再就職支援室から地方再就職支援室に対し,各都道府県知事,各市区村長に対し,個別に要請するように指示した(乙A45)。

イ  Z1社保局は,上記指示を受け,平成21年7月9日から同年8月中旬にかけて,Z21県及びZ22市など37の市町に対し,社保庁長官名義の要請文書を手渡しするなどして,同旨の要請をした(乙A70)。

ウ  しかし,地方公共団体からの受入れの回答はなかった。

(14) 官民センターの活用

ア  国家公務員法等の一部を改正する法律(平成19年法律第108号)により,各府省による職員の再就職のあっせんが禁止され(国公法106条の2第1項),内閣総理大臣は国家公務員の離職に際しての離職後の就職の援助を行うこと,内閣総理大臣は当該援助の事務を官民センターに委任することが規定されるなど,これらの規定の施行(平成20年12月31日)により,国家公務員の再就職支援については,内閣府に設置された官民センターが一元的に行うことになった(同法18条の5から7まで)。

官民センターによる再就職支援は,同センター又はその委託を受けたテンプスタッフ転身サポート株式会社(以下「テンプスタッフ」という。)が,職員が登録した人材情報及び当該職員の能力・適性等に関するヒアリングを踏まえ,再就職候補法人を選定し,再就職候補法人及び職員から採用面接等についての応諾を得た場合は,採用面接等を実施する手続となっていた(乙A46の2)。

イ  社保庁は,支援対象職員の再就職のため,官民センターにおける再就職のあっせんを活用し,再就職を希望する支援対象職員に対し,同センターに人材情報等を登録することが必要であることを説明し,その登録を促すとともに,関係団体を訪問し,同センターの登録企業の拡大を図る取組を行うなどした(乙B1の7〔26頁〕)。

ウ  官民センターは,348名の支援対象職員を支援し,平成22年3月末時点で,そのうち108名が同センターのあっせんにより再就職した(乙A46の1・3)。

エ  原告Z2について

(ア) 原告Z2は,平成21年1月の本件意向調査では再就職希望時期を平成23年4月以降と回答し,同年8月下旬,官民センターに,就労可能時期を平成23年4月あるいは平成22年6月とする人材情報を登録した。

原告Z2が,就労可能時期を平成22年6月と登録したのは,平成21年▲月▲日に第2子を出産したばかりであり,満1歳にならなければ保育園に預けることが困難であったことなどが理由であったが,Z1社保局の職員からは,就労可能時期を平成22年4月としないと官民センターから就職支援を受けることは難しいという趣旨の説明を度々受けたこともあり,平成21年10月ころ,就労可能時期を平成22年4月に前倒しして再登録した。

(イ) 原告Z2は,平成21年10月ころ,官民センターから委託を受けたテンプスタッフの担当者の再就職支援のカウンセリングを受けた。その際,原告Z2は,就労可能時期を平成22年2月又は3月に前倒しすることを打診されたが,この打診には応じなかった。

(ウ) 原告Z2は,平成21年末ころ,官民センターから,平成22年4月以降の就労開始を前提として,社会保険労務士事務所など2件の事業所の紹介を受けたが,いずれの面接も辞退した。(以上,(ア)ないし(ウ)につき,甲全45,甲A9,乙B1の3,乙B1の4,原告Z2本人)

オ  原告Z3について

(ア) 原告Z3は,平成21年7月ころ,官民センターに人材情報を登録した。

(イ) 原告Z3は,テンプスタッフの再就職支援のカウンセリングを受けた上で,同月中旬ころ,Z23家具厚生年金基金(ただし,同基金は2年後の解散が予定されており,雇用期間も2年間とされていた。)を面接先として紹介されたが,長く勤務できる企業を希望する考えから,面接を辞退した。

(ウ) 原告Z3は,同年8月ころ,社会保険労務士会の募集する年金相談センター職員に応募したが,同年9月ころ,不採用となった。

(エ) 原告Z3は,同年10月ころ,官民センターから,NPO団体への就職を打診されたが,辞退した。

(オ) 原告Z3は,同年12月ころ,官民センターから,2件の企業の紹介を受けたが,面接や書類選考の結果,いずれも不採用となった。(以上,(ア)ないし(オ)につき,甲全46,甲B7,乙B2の4,原告Z3本人)

(15) ハローワークの活用

社保庁は,平成21年7月3日,厚労省に対し,ハローワークを活用して求職活動を行う支援対象職員に対する支援を要請し,厚労省は,同要請を受けて,同月10日,各都道府県労働局長に対し,ハローワークを活用して求職活動を行う社保庁職員に対する就職支援を行い,分限免職回避等のために取り組むこと,分限免職回避のための支援は社保庁が廃止される同年12月31日までとされているが,それまでの間に再就職先が決定しない場合も,引き続き他の求職者と同様,再就職支援に協力すること等を通知した。

同年7月13日,再就職支援室は,地方再就職支援室に対し,上記支援要請について通知した。(以上,乙A47)

(16) 厚労省の非常勤職員への採用

ア  社保庁には,平成21年11月16日時点で,就職の決まっていない職員が約500名(うち懲戒処分を受けた者300名,懲戒処分を受けていない者200名)が存在した(乙A49の1)。

イ  厚労省は,平成21年12月1日,社保庁職員の分限免職の回避に向けた取組の一環として,任用期間を2年3か月の範囲内とする非常勤職員を200名から250名程度,公募することとした。同公募には,分限免職になる可能性のある社保庁職員(懲戒処分を受けた者も含む。)の応募が可能であった(乙A49の1)。

ウ  同月8日,厚労省及び地方厚生(支)局のホームページに上記公募の案内が掲載され,再就職支援室は,同日,地方再就職支援室に対し,地方厚生(支)局において,200名から250名の非常勤職員を公募していることを支援対象職員に情報提供するよう通知した(乙A49の2)。

エ  支援対象職員のうち192名が上記非常勤職員に応募し,152名が採用された(乙A36の1)。

(17) 退職勧奨の活用

ア  勤続年数にかかわらず,国家公務員が勧奨退職する場合,自己都合退職するよりも割増しされた退職手当が支給される。

また,勤続年数が25年未満の職員については,勧奨退職するよりも分限免職処分を受けた方がさらに割増しされた退職手当が支給されることとされていた。

なお,勤続年数が25年以上の職員については,勧奨退職する場合と分限免職処分を受ける場合とで,退職手当の支給率は同率とされていた。(以上,国家公務員退職手当法3条ないし5条,乙A51)。

イ  社保庁は,平成21年6月24日,社保局に対し,支援対象職員から,勧奨があれば応じたい旨の意思表示がある場合,勤続年数(年齢)にかかわらず,勧奨退職を認める旨を通知し,これに基づき,支援対象職員に対する説明がされた(乙A30の1)。

ウ  社保庁は,同年12月7日以降,支援対象職員に対し,退職勧奨をした上で,退職勧奨に応じて退職するか,分限免職処分によって退職するか,自己都合で退職するかの意思確認をするとともに,それぞれの場合の退職手当についても説明がされた(乙A50の1及び2,乙A51)。

エ  退職した社保庁職員のうち,勧奨退職した者は631名であり,分限免職処分を受けた525名のうち401名は,退職手当が割増しされる制度の適用を希望した者であった(乙A36の1)。

なお,原告Z2の場合,勧奨退職した場合の退職手当は約390万円であったが,分限免職処分を受けた場合の退職手当は約470万円であった(乙B1の4)。

(18) 厚労省の定員について

ア  定員の増加分

(ア) 厚労省は,社保庁の廃止によって同省が引き継ぐ業務を実施する上で必要となる新たな体制として,1381人の定員増の要求を行ったところ,865人の増員(うち年金業務等に伴う増加は706人)が認められた。

(イ) 厚労省は,上記706人のうち598人について,社保庁職員を転任により受け入れた)。(以上,(ア)及び(イ)につき,乙A40,乙B1の7〔13頁〕)

イ  既定定員枠分

(ア) 厚労省は,平成21年度の既定定員のうち,社保庁から出向を受けていた570人の定員については,そのまま社保庁職員を転任により受け入れた(乙A40)。

(イ) 厚労省において,平成18年度から平成20年度までの国家公務員Ⅱ・Ⅲ種試験合格者の平均新規採用者数は333名であった。

厚労省は,平成21年4月以降,新規採用者数を抑制し,平成21年度における新規採用者数は195名(うち同年4月採用158名)であった。(以上につき,乙A65)また,厚労省は,平成21年度中に退職等により生じた欠員をできる限り補充しないこととした。

これにより,厚労省は,平成21年12月末日の時点において,106人の欠員枠を確保し(乙A40),この欠員枠を活用して,結果的に116名の社保庁職員を転任により受け入れた。

ウ  小括

上記ア,イのとおり,厚労省は,社保庁の廃止に伴い,定員増の枠内で598名,既定定員の枠内で686名の合計1284名の社保庁職員を転任により受け入れた(乙A40,乙A52)。

(19) 残務整理定員について

ア  厚労省は,前記(11)のとおり,他府省へ社保庁職員の転任を要請しており,社保庁廃止直後の平成22年1月の受入れは難しいとしても,同年4月1日の人事異動の際であれば受入可能との回答があり得ることを想定して,同年1月1日から同年3月31日までの間,社保庁職員に国家公務員としての身分を保有させておくための一時的な定員を確保する意図も兼ねて,暫定定員を要求し,その結果,平成22年1月1日から同年3月31日までの暫定定員として,合計113人の定員が認められた。

イ  しかし,社保庁廃止後の残務の内容が具体化するにつれ,社保庁の残務処理について暫定定員の必要はないことが判明し,また,他府省から平成22年4月期での転任受入れの回答はなかった。

そのため,厚労省は,上記暫定定員を利用することはなかった。(以上,ア及びイにつき,乙B1の7〔13,14頁〕)

(20) 労働組合との協議及び労働組合に対する説明

本件基本計画の閣議決定の直前である平成20年6月26日から社保庁が廃止されるまでの,厚労省及び社保庁と労働組合との交渉経過は,別紙4「労働組合との交渉経過」のとおりである。

2 争点(1)(社保庁が廃止されたことが国公法78条4号の廃職に当たるか)について

(1) 関係法令の定め並びに前提事実(第2の2)(1),(4)及び(5)によれば,原告らは,社保庁職員であったところ,機構法附則70条及び72条による国家行政組織法及び厚労省設置法の改正によって社保庁が廃止されたことに伴い,社保庁の全ての官職が廃止されたため,本件各処分を受けたものであることが認められる。

そうすると,本件各処分は,官制の改廃により廃職が生じた場合においてされたものであり,国公法78条4号の要件を満たすものというべきである。

(2) 原告らは,国公法78条各号の該当性は厳格に解釈すべきであり,同条4号に該当するというためには実質的な人員削減の必要性を要件とすべきであって,社保庁の廃止後は機構が年金業務を承継している以上,同号における官制の改廃にも廃職にも当たらないなどと主張する。

そこで検討するに,国民主権原理を採用する憲法は,行政の民主的統制の観点から,行政が担うべき事務の範囲及び内閣の下に置かれる行政組織の仕組みについて,国権の最高機関である国会の立法により定めるべきものとしていると解され(同法1条,66条1項,73条4号参照),それを担う公務員についても,全体の奉仕者であると定めた上で,国民がその選定罷免権を有すると定めている(同法15条1項,2項)。そして,それを受けて国家行政組織法は,内閣府以外の国の行政機関の組織を法律で定めるものとし(同法3条),総定員法で常勤の職員の定員の総数の最高限度を定めた上,定員については政令に委任し,国公法は,行政組織の変動に応じて国家公務員を分限免職処分とすることができると定めている(同法78条4号)。そうすると,公的事務を国の行政機関と国家公務員に担わせるか,それ以外の者に担わせるかについても,国会の立法により定められるべきものと解される。

社保庁の廃止後に,機構が年金業務を担っており,公的性格を有する同業務そのものが存続していることは原告らの主張するとおりであるが,上記解釈に照らせば,本件のように,従前行政機関が行っていた公的事務を国家公務員以外の組織に担わせる場合であっても,当該事務を職務としていた官職が廃止されることになる以上,国公法78条4号の廃職に該当すると解するのが相当であって,人員削減の必要性の有無や当該官職が廃止された後の業務自体が消滅したか否かによって廃職に該当するか否かの判断が左右されることはないというべきである。

(3) また,原告らは,国家公務員については,その生存権(憲法25条)及び勤労権(同法27条)を保障するために,国公法75条1項が身分保障を定めており,上記(1)及び(2)のような解釈は,国家公務員の身分保障規定の趣旨を没却する旨主張する。

しかし,国家公務員の身分保障といえども,国民主権原理に基づく行政の民主的統制という憲法上の要請に服するのであって,行政組織の変動については廃職又は過員が生じた場合に限り分限免職処分をすることができるという限度で国家公務員の身分保障をしているにとどまり,それを超えて,行政が担うべき事務の範囲や行政組織の仕組みについての国会の立法権を制限するかのような解釈をすることはできない。

原告らの主張する国家公務員の身分保障の趣旨については,本件各処分における任命権者の裁量権行使の逸脱又は濫用の有無を判断するに当たって考慮することが相当というべきである。

(4) なお,原告らは,社保庁廃止に伴う残務整理定員が認められていることを理由に,廃職の要件を満たさないとも主張する。

しかし,前記1(19)に認定のとおり,残務整理定員は,社保庁廃止後の3か月を限度に,社保庁から厚労省に113名の定員を振り替えるものであり,残務整理定員が認められたことによっても,本件各処分の時点で廃職の要件を満たしていたことに変わりはないから,原告らの主張は,前記(1)の判断を左右するものではない。

(5) 以上のとおり,本件各処分は,国公法78条4号の要件に該当するものというべきである。

3 争点(2)(本件各処分に裁量権の逸脱又は濫用があるか)について

(1) 本件各処分における分限回避義務違反の有無について(争点(2)ア)

ア  判断の枠組みについて

(ア) 国公法は,国家公務員関係の発生根拠となる任命権を終局的かつ独立に各府省の長に与え,ある任命権者の任命権は他の任命権者の任命の対象となる官職には及ばないという制度を採っており(同法55条1項),分限免職処分についても,任命権者がその処分権限を有しているのであって(同法61条),任命権者以外の者がその処分権限を有するものではない。そして,社保庁職員に対する任命権は,社保庁長官又は社保庁長官から委任を受けた社保局長に帰属しており,本件においては,原告らの任命権者であるZ1社保局長が,国公法78条に基づき原告らに対して分限免職処分を行う権限を専属的に有していたことになる(前提事実(第2の2)(5)イ(ア)参照)。

(イ) ところで,国公法78条所定の分限制度は,公務の能率の維持及びその適正な運営の確保という観点から,同条に定める処分権限を任命権者に認めるとともに,公務員の身分保障の見地から,その処分権限を発動し得る場合を限定したものと解され,また,その規定文言からすれば,同条各号所定の事由が存在する場合であっても,分限免職処分をするか否かについての裁量権を任命権者に認めているものと解される。そして,このような裁量権に基づく分限免職処分の権限を行使するに当たっては,国公法27条及び74条1項並びに人事院規則11-4第2条及び7条4項の定める平等取扱の原則及び公正の原則に従うべきことは当然であるから,分限免職処分の権限の行使が,かかる原則に照らして裁量を逸脱し又は濫用したものと評価される場合には,当該処分が違法となる場合があるものというべきである。

(ウ) また,国公法78条4号に基づく分限免職処分は,被処分者には責められるべき事由がないにもかかわらず,その意思に反して免職という重大な不利益を課すものであるとともに,任命権者には,上記(イ)のとおり,分限免職処分をするか否かについて裁量権が認められていることからすると,分限免職処分の権限を行使したことにつき,免職を回避することが現実的に可能であったにもかかわらず,そのために合理的な努力をすべき義務(分限回避義務)が尽くされていないと評価される場合にも,任命権者が有する裁量を逸脱し又は濫用したものとして,当該処分が違法となる場合があるものというべきである。

(エ) そして,上記(ウ)について敷衍するに,前記(ア)のとおり,国公法は,国家公務員の任命権を終局的かつ独立に各府省の長に与え,分限免職処分を行う権限についてもこの任命権者に専属的に与える制度を採っているから,分限免職処分の権限を行使するに当たっては,第一次的には当該任命権者が分限回避義務を尽くすべきことは明らかである。しかし,任命権者の任命権及び分限免職処分の権限の範囲がどこまで及ぶかということ(すなわち,当該任命権者の部内の機関に属する官職に限られるということ)と,任命権者による分限免職処分の権限が適法に行使されるためにはどの範囲の者までが分限回避義務を尽くすべきかということとは,前者が国家の行政組織に関する制度的,一義的な問題であるのに対し,後者は具体的な事実関係の下で国家公務員の身分保障の趣旨が十分に尊重されたといえるかという観点からの実質的,評価的な問題であるという意味において,異なる問題というべきであって,分限免職処分の権限の主体と分限回避義務を負うべき主体とが常に同一でなければならないと解すべきであるとはいえない。

したがって,国家公務員の分限免職処分につき,その任命権者以外にも分限回避義務を負うべき主体を認めることができる場合において,この義務主体による合理的な分限回避義務が尽くされていないと評価されるような場合には,その結果として,任命権者による分限免職処分が違法となる場合があり得るものというべきであるが,分限回避義務を負うのはあくまでも任命権者が原則であるから,例外的に任命権者以外の者も分限回避義務を負うということができるのは,国家公務員の身分保障の趣旨に照らし,具体的な事実関係の下で任命権者以外の者にも分限回避義務を負わせることが相当といえるような明確な根拠がある場合に限られるものというべきである。

イ  分限回避義務の主体について

(ア) 本件分限免職処分に関し,その処分権限を有した社保庁長官及び各社保局長ら(以下両者を合わせて「社保庁長官ら」という。)が分限回避義務を負っていたことは明らかである。

(イ) 続いて,上記アで説示したところに照らし,本件分限免職処分について社保庁長官らのほかに分限回避義務を負っていたと解すべき主体の有無及びその範囲について検討するに,まず,機構法附則3条は,政府が学識経験者の意見を聴いた上で「機構の職員の採用についての基本的な事項」などについて基本計画を定めることと規定している(前記1(3))。そして,学識経験者から構成される再生会議が取りまとめた最終整理(時系列表の番号14)では,「厚生労働省及び任命権者である社会保険庁長官は,退職勧奨,厚生労働省への配置転換など,分限免職回避に向けてできる限りの努力を行うべきである。また,官民人材交流センターの活用も図るべきである。」とされており,政府がこの最終整理を踏まえて閣議決定した本件基本計画(時系列表の番号15)でも,不採用職員について,「退職勧奨,厚生労働省への配置転換,官民人材交流センターの活用など,分限免職回避に向けてできる限りの努力を行う。」とされている(前記1(4)ア,イ)。

以上のとおり,本件基本計画では,厚労省への転任を含め分限免職回避に向けてできる限りの努力を行うべきであることが明記され,さらに,この基本計画の前提となった最終整理においては,分限免職回避に向けて努力すべき主体として社保庁長官と合わせて厚労省が明示的に挙げられている。また,本件基本計画及び最終整理の上記内容に加えて,厚労大臣は公的年金事業の主任大臣で,厚労省の外局であった社保庁の廃止後も機構が行う政府管掌年金事業を監督すべきものとされているところ(機構法1条参照),本件基本計画は厚労大臣も含む内閣により閣議決定されたものである。これらの事情を総合考慮すれば,本件分限免職処分に関しては,上記ア(エ)で説示したところにより,厚労大臣も分限回避義務を負うものというべき明確な根拠があるということができるから,社保庁長官らとともに厚労大臣も分限回避義務を負うものと解するのが相当である。

(ウ) 原告らの主張について

a 原告らは,社保庁の廃止は,機構法及びそれに基づく閣議決定によって決定されており,国策として社保庁を廃止する方針を打ち出した以上,国(内閣)は,方針決定者として,信義則上,政府全体で分限回避義務を負うべきであると主張する。

しかし,社保庁の廃止がいわゆる国策の一つであったといえるとしても,機構法は,国会で成立したものであるし,本件基本計画の基礎となった学識経験者からなる最終整理では分限免職処分の回避に向けて努力すべき主体や転任先として厚労省のみが明示されていたにとどまるから,これらの事情をもって政府が分限回避義務を負うことの根拠というには足りないものといわざるを得ない。

b 次に,原告らは,公務員関係あるいは公務員の勤務関係という法律関係の一方当事者は国であるから,国は,民間の労使関係おいて使用者が解雇回避努力義務を負うことに対応して,勤務関係に基づく信義則上の付随義務として分限回避義務を負うと主張する。

しかしながら,国家公務員の勤務関係は,国公法,人事院規則等により規定される公法上のものであって,私法上の労働契約関係と同質のものということはできず,国家公務員の勤務関係にいわゆる解雇権濫用法理を適用ないし類推適用することはできないものというべきである。そして,民間の労使関係における使用者の解雇回避努力義務は,解雇権濫用法理(労働契約法16条)にその基礎を有するものであるから,国家公務員の勤務関係に適用する前提に欠けるというべきである(同法22条1項参照)。

c また,原告らは,国家公務員の身分保障の趣旨や内閣が総合調整機能を有することを理由に,国が分限回避義務を負うとも主張する。

しかしながら,仮に原告らの上記主張のように解するならば,国家公務員に対する分限免職処分に当たっては常に国が分限回避義務を負うということにもなりかねないのであるが,国家公務員の身分保障の趣旨については,前記ア(エ)で説示したとおり,分限回避義務を負うべき者の範囲を画する上で考慮すべき要素の一つではあるものの,その趣旨からすれば当然に国(政府)までもが分限回避義務を負うべき主体になるというのは飛躍に過ぎるというべきであるし,内閣が総合調整機能を有するというだけでは,国が分限回避義務を負うことを基礎付ける根拠とはなり難いものというべきである。

d さらに,原告らは,分限回避義務の実効性という観点から,国が省庁横断的な転任も含めた分限回避義務を負う主体とならなければ,当該国家公務員の所属する組織の大小等によって身分保障について明らかな差異が生じることとなり,平等取扱の原則や公正の原則に反するとも主張する。

そこで検討するに,分限回避義務を負うのは任命権者にとどまるのが原則であるから,原告らに対する本件各処分についても,分限回避義務を負っていたのはまずは原告らに対する任命権者であったZ1社保局長あるいは社保庁長官であったところ,組織の規模や権限の幅という点からすれば,厚労大臣さらには国(政府)に比べれば,Z1社保局長や社保庁長官が分限免職回避のために採り得た措置の範囲には自ずから限界があったであろうことは否定できない(もっとも,本件においては,社保庁長官らができる限りの分限回避義務を履行したと認められることは,後記エのとおりである。)。しかし,原告らが指摘する平等取扱の原則や公正の原則自体は,基本的には,分限回避義務が履行される上で考慮されるべき原則であって,これらの原則をもって分限回避義務を負う主体の範囲を判断する上で考慮すべき事由になるとまでいえるかは疑問の余地がある。そして,本件分限免職処分については,本件基本計画の内容やその閣議決定に至るまでの経過等に照らし,任命権者であった社保庁長官らのみならず,厚労大臣も分限回避義務を負うものと認められることは前記(イ)のとおりであるところ,それによって,上記の限界に伴う問題は相応に解消されているといえるのであって,それ以上に,国(政府)までもが分限回避義務を負っていたと解すべき明確な根拠があるとは認め難い。

(エ) 被告の主張について

被告は,本件分限免職処分に関し国や厚労大臣も分限回避義務を負うとの原告らの主張について,社保庁職員との関係で分限回避義務を負っていたのはあくまでも任命権者である社保庁長官らであり,任命権者の権限が及ばない他の主体に係る事柄で本件分限免職処分が違法となり取消事由となり得ると解することは,分限免職処分を行う権限を任命権者の専権とした国公法の趣旨に反すると主張する。

しかし,本件分限免職処分については,任命権者であった社保庁長官らのみならず,厚労大臣も分限回避義務を負っていたと解すべきこと,他方,国(政府)までもが分限回避義務を負っていたと解することはできないことは,前記(ア)ないし(ウ)で説示判断したとおりであり,上記被告の主張は,この判断と抵触する限度で,採用することができない。

(オ) 以上のとおり,本件各処分を含む本件分限免職処分について分限回避義務を負うのは,厚労大臣及び任命権者の社保庁長官らであったというべきである。

ウ  分限回避義務の始期について

(ア) 本件分限免職処分に関する分限回避義務の始期について,原告らは,①与党協議会において「社会保険庁改革の推進について」が取りまとめられた平成18年12月,又は遅くとも②機構法が公布された平成19年7月6日をもって始期とすべきであると主張するのに対し,被告は,本件基本計画が閣議決定された平成20年7月29日をもって始期とすべきであると主張する。

(イ) そこで検討するに,関係法令の定め(別紙1),時系列表(別紙2)及び前記認定事実(1(1)ないし(6))によれば,大要,平成18年12月に与党協議会が発表した「社会保険庁の改革の推進について」において,社保庁を廃止する方針が示されたが,平成19年7月6日に機構法が公布されるまでは社保庁の廃止は確定していなかったこと,機構法は,職員承継規定を設けなかったが,社保庁から機構への業務の引継ぎに関する基本的な事項や,機構の設立に際して採用する職員の数その他の機構の職員の採用についての基本的な事項については,政府が学識経験者の意見を聴いて基本計画で定めるものとし(附則3条),社保庁職員の中から機構の職員に採用される者がいることを前提にその採用の方法等について規定していたこと(附則8条),同年8月に設置された再生会議においては,懲戒処分歴のある職員の採用基準が議論となったが,平成20年6月30日に再生会議が取りまとめた最終整理では,懲戒処分歴のある社保庁職員についても機構の有期雇用職員として採用し将来的には正規職員として採用する余地も認めていたこと,しかし,同年7月29日の本件基本計画の閣議決定において,機構の必要人員数(総数,正規職員と有期雇用職員の内訳,外部からの採用人数など)を具体的に明示するとともに,懲戒処分歴のある社保庁職員は機構の正規職員及び有期雇用職員には採用されないこととし,不採用職員については分限免職回避に向けてできる限りの努力を行うこととされたこと,そして,同年12月22日に機構設立委員会によって,本件基本計画に基づき,懲戒処分歴のある社保庁職員は機構に一切採用しないことを内容とする本件採用基準が定められたこと,以上の事実が認められる。

(ウ) 上記(イ)の事実を総合すれば,機構法は,機構における社保庁職員の採用に関する事項や社保庁職員の社保庁廃止後の任免に係る処遇については,政府による基本計画の策定を待って対処することを予定していたといえるし,平成20年7月29日に本件閣議決定がされるまでは,機構職員の人数や社保庁職員からの採用方針をはじめ社保庁職員のうちどの程度の人数の者について分限回避措置を講じることを要するかといった具体的な方向性も明らかではなかったのであるから,厚労大臣及び社保庁長官らにおいて分限回避義務の履行のための具体的な取組に着手すべき状況にも至っていなかったというべきである。

(エ) したがって,分限回避義務の始期すなわち厚労大臣及び社保庁長官らにおいて具体的な分限回避措置の履行に着手すべき時期は,本件基本計画の閣議決定がされた平成20年7月29日以降であるというべきであって,これに反する原告らの主張は採用できない。

エ  分限回避義務違反の有無について

(ア) 社保庁長官らについて

前記1に認定した事実によれば,社保庁長官らは,平成20年7月29日に本件基本計画が閣議決定された後,①同年12月ころ,機構設立委員会からの依頼を受けて本件採用基準を社保庁の職員全員に配布し(前記1(7)イ),また,協会から改正協会採用基準が提示されたことを受けてこれを社保庁の職員全員に配布して(前記1(8)エ),それぞれその内容の周知を図ったこと,②平成21年1月ころ,社保庁職員について本件意向調査を行い(前記1(7)ウ),この意向調査において機構又は協会への採用を希望した職員のうち,懲戒処分歴を有するために本件各採用基準を明らかに満たさない職員のみを除外して,同年2月ころ,機構設立委員会及び協会に対して名簿を提出したこと(前記1(7)エ,(8)オ),③同年1月,厚労省に対して,不採用職員からの転任を要請したこと(前記1(9)イ),④同年5月と12月に機構の准職員が二度にわたり追加募集された際に,職員に対してこの募集の内容を説明するなどして,それぞれ名簿の提出をしたこと(前記1(7)オ),⑤同年6月以降,支援対象職員のため,再就職支援室及び地方再就職支援室を設置するとともに,地方公共団体や他府省に対して社保庁職員の受入れを要請したこと(前記1(10),(11),(13)),⑥官民センターへの企業登録の開拓を図るとともに,支援対象職員に対し,同センターやハローワークを活用しての再就職を促すなどしたこと(前記1(14),(15)),⑦勤続年数にかかわらず,退職手当の割増しが受けられる勧奨退職を認めたこと(前記1(17))などが認められる。

そして,Z1社保局においても,社保庁と連携して地方公共団体や他府省の地方部局に対して社保庁職員の受入れを要請したり(前記1(11),(13)),原告らと再就職支援のための面談を重ね,官民センターとの連絡調整を図るなどしてきたこと(前記1(10)エ)が認められる。

(イ) 厚労大臣について

前記1に認定した事実によれば,厚労大臣は,平成20年7月29日に本件基本計画が閣議決定された後,①同年10月,雇用調整本部に対し,同本部の枠組みの活用及び転任受入れの免除を要請したこと(前記1(12)ウ),②平成21年7月,各府省の人事担当課長等に対し,支援対象職員の転任による受入れについて協力を要請したこと(前記1(11)ア),③同年12月,支援対象職員の雇用確保のため,非常勤職員として152名を採用したこと(前記1(16)),④平成22年1月から3月までの残務整理定員として113人を確保したこと(前記1(19)),⑤平成21年度の新規採用数を抑制するとともに,同年度中に生じた欠員をできる限り補充しないこととして,同年12月末の時点で106人の空き定員を確保した上で,社保庁の廃止に伴う定員増の枠及び既定定員の枠(上記の空き定員を含む。)を利用して,合計1284名の社保庁職員を転任により受け入れたこと(前記1(18))などが認められる。

(ウ) 上記(ア),(イ)の取組は,いずれも社保庁職員の分限免職回避に向けて行われたものであり,これらの取組によって,平成21年12月時点で社保庁職員であった1万2566名のうち,1万0069名が機構に,45名が協会にそれぞれ採用され,厚労省に1284名,金融庁に1名及び公取委に8名がそれぞれ転任し,631名が勧奨退職により,3名が自己都合により退職することになるなど,合計1万2041名の分限免職処分が回避されるという成果を上げることができたことが認められる(前提事実(第2の2)(4)ア)。

そうすると,これらの取組によってもなお残りの525名に対する分限免職処分は避けられなかったとはいえ,閣議決定に基づく国の行政機関の定員の純減や雇用調整本部を通じての転任の取組がされていた本件当時,他府省による社保庁職員の受入れは困難な状況にあったことや(前記1(12)),上記525名のうち401名は分限免職処分により退職手当が割増しされる制度の適用を希望した者であったこと(前記1(17)エ)も考慮すれば,社保庁長官ら及び厚労大臣による分限免職処分を回避するための取組が不十分であったということはできない。

オ  分限回避義務違反の有無に関する原告らの主張について

(ア) 国について

a 原告らは,国が分限回避義務に違反したといえることの理由として,「雇用調整本部の枠組みを活用しなかったこと」(争点(2)アについての原告らの主張(4)ア),「雇用調整本部と同等の枠組みの活用を閣議決定しなかったこと」(同(4)イ),「機構法において,社保庁職員の職員承継規定を設けず新規採用方式を採ったこと」(同(4)ウ),「本件基本計画において,機構の職員数を社保庁の職員数よりも大幅に減らした上,民間から約1000名を採用するという人員計画を策定したこと」(同(4)エ),「本件基本計画において,懲戒処分歴のある社保庁職員は一律に機構への応募資格がないものと決定したこと」(同(4)オ),「機構の正規職員の追加募集がされなかったこと」(同(4)カ)の各点を主張する。

b しかしながら,上記主張は,いずれも,国が分限回避義務の主体であることを前提としたものであるが,前記イのとおり,本件各処分を含む本件分限免職処分について分限回避義務を負っていたのは厚労大臣及び社保庁長官らであって,国が分限回避義務を負っていたと解することはできないから,原告らの上記主張については,更に検討するまでもなく,理由がないというほかはない。

c なお,原告らは,①昭和44年,参議院内閣委員会で総定員法案が可決される際,公務員の出血整理を行わないことについて特に配慮する旨の附帯決議がされたこと(甲全50の1),②平成12年,衆議院で同法の改正案が審議された際,政府として出血整理を行わないように配慮すべきであるとの従来からの方針を踏まえて対応していく旨の大臣答弁がされていること(甲全50の2)などを根拠に,国は,昭和39年に姫路城保存修理工事の終了に伴う3名及び憲法調査会の廃庁に伴う3名に対する分限免職処分が行われて以降,政府の方針に基づく組織の改廃等が行われた場合でも,分限免職処分を行わないという方針を貫いてきたものであり,この方針に違反する本件分限免職処分は違法である旨を主張する(これらの点につき,人事院作成の「国家公務員の分限制度について(レジュメ)」(甲全24),Z24の陳述書(甲全49)も参照。)。しかし,本件分限免職処分は,総定員法の上限を上回ることを直接の理由としてされたものではないし,機構法には,社保庁を廃止し,公的年金業務を担う新組織である機構を設立することによって,国民の公的年金制度に対する信頼回復を図るという目的があるのに対し,総定員法は,これとは異なり,行政機関の職員の定員の総数を規制することによって,行政の簡素化・効率化を図ることを直接の目的としていると解されるから,仮に総定員法に関連して原告らが主張するような政府の方針があったとしても,これをもって,国が本件分限免職処分に関して分限回避義務を負うことの根拠であり,分限回避義務違反があるということはできない。

(イ) 厚労大臣について

a 原告らは,厚労大臣が雇用調整本部の設置を求めず,かえって,雇用調整本部の枠組みに応じて転任を受け入れたことが分限回避義務違反に当たる旨主張する(争点(2)アについての原告らの主張(5)ア)。

そこで検討するに,厚労省は,平成20年10月,雇用調整本部に対し,同本部の枠組みを活用することを要請していることが認められる(前記1(12)ウ)。

また,平成18年6月30日の閣議決定である「国の行政機関の定員の純減について」では,①農林統計等関係,②食料管理等関係,③北海道開発関係などと並んで,社保庁の定員の純減が予定されていたものの(前記1(12)ア(イ)),同日の別の閣議決定である「国家公務員の配置転換,採用抑制等に関する全体計画」において,雇用調整本部による配置転換が計画されていたのは,平成19年度から平成22年度までの間新規採用による欠員補充を行わないこととしても平成22年度末において職員数が定員を上回ることが見込まれる上記①ないし③に関する職員に限られ,社保庁については言及されていなかったこと(同(ウ)),これらの閣議決定当時,審議中であった「ねんきん事業機構法案」では,厚労省に特別の機関としてねんきん事業機構を設置することを内容としていたこと(前記1(1)ウ),雇用調整本部は,上記の「国家公務員の配置転換,採用抑制等に関する全体計画」に基づいて,個別の実施計画を定め,段階的に,配置転換を進めてきたものであること(前記1(12)イ)からすると,雇用調整本部を活用しての府省間配転は,機構法によって社保庁が廃止されることに伴う分限回避措置とは,趣旨,目的を異にするものであったというべきである。

以上によれば,雇用調整本部の設置や活用に関連して厚労大臣に分限回避義務違反があったということはできない。

b 原告らは,厚労大臣が残務整理定員枠を活用しなかったことをもって分限回避義務違反に当たると主張する(争点(2)アについての原告らの主張(5)イ)。

確かに,前記1(19)に認定したとおり,厚労省は社保庁廃止後の残務整理定員として113人を獲得したが,結局のところ,この定員枠は利用されていない。しかし,この定員は,他府省庁から平成22年4月1日であれば受入可能との回答があり得ることを想定して,社保庁職員に国家公務員としての身分を保有させておくための一時的な定員を確保する意図も兼ねて確保したものであって,もともと平成22年1月1日から同年3月31日までの暫定的なものであったことに加え,その後,社保庁の残務処理について残務整理定員の必要はないことが判明し,他府省からも受入可能との回答はなかったのであるから(前記1(19)),厚労大臣が残務整理定員を活用しなかったことをもって分限回避義務違反に当たるということはできない。

また,原告らは,厚労大臣が平成22年度に多数の職員を新規にあるいは追加して採用したことをもって,分限回避義務違反に当たるとも主張するところ(争点(2)アについての原告らの主張(5)イ),その趣旨は,平成22年度に新規にあるいは追加して職員を採用する余地があったのであれば,社保庁廃止時に社保庁職員を受け入れるべきであったというものであると解される。

ところで,国家公務員採用Ⅱ種(行政)・Ⅲ種試験合格者に限れば,厚労省における採用者数は,平成22年4月採用が188名,中途採用が248名であったところ,4月の採用者数188名というのは直近4年間の平均人数である213名を下回っているのに対し,中途採用者数248名というのは直近4年間の平均人数85.75名を大きく上回っていることが認められる(乙A65)。しかしながら,厚労省が,平成21年度の新規採用者数を抑制するとともに同年度中に退職等により生じた欠員をできる限り補充しない方針を採り,その結果として生じた欠員枠を活用して116名の社保庁職員を転任により受け入れるなどし,結果的に,社保庁の廃止に伴う定員増の枠及び既定定員の枠を利用して合計1284名の社保庁職員を転任より受け入れたことも,前記認定(1(18))のとおりである。そうすると,厚労省における職員の採用方針について,厚労大臣に分限回避義務に違反する点があったとは認められないというべきである。

c 原告らは,厚労省が機構に対する業務支援のために出向させていた欠員を活用すべきであった旨主張する(争点(2)アについての原告らの主張(5)ウ)。

しかし,機構からの要請を受けて業務支援のために厚労省から機構に一時的に出向していた者については,出向期間満了後に厚労省に復帰させる必要があったところ,そのためには,厚労省において出向者数と同数の欠員を確保しておく必要があったものと考えられるのであって,この欠員枠を社保庁職員の受入れに充てることが可能であったとはいえない(なお,この出向者数については,原告らの主張(130名)と被告の主張(147名)が一致していないが,そのいずれであってもこの結論には変わりがない。)。

したがって,原告らの主張は採用することができない。

d 原告らは,年金機構の職員募集と厚労省への転任手続を並行して進めたために,本来行う必要のない大量の分限免職処分を招いたとして,分限回避義務違反である旨主張する(争点(2)アについての原告らの主張(5)エ)。

原告らの上記主張は,まず懲戒処分歴のない社保庁職員について機構への採用手続を先行させ,そこで残った社保庁職員について厚労省への転任手続を進めるか,又は,その逆に,まず懲戒処分歴のある社保庁職員について厚労省への転任手続を先行させ,そこで残った社保庁職員について機構への採用手続を進めることとしていれば,懲戒処分歴のある社保庁職員が厚労省により多数採用される結果につながり,本件分限免職処分を回避することができたという趣旨と解される。

しかし,機構への採用内定の経過は,前記1(6),(7)に認定したとおりであって,平成20年11月の機構設立委員会の立上げから,同年12月22日の本件採用基準の策定,平成21年2月16日の社保庁からの名簿提出を経て,同年5月19日の採用内定に至るまでに6か月程度を要しており,また,厚労省への転任選考の経過は,前記1(9)に認定したとおりであって,平成21年1月1日の厚生労働省職員等選考会議の設置から,面接要領の作成,同月下旬から同年3月中旬にかけての面接を経て,同年6月22日の転任内定に至るまでにやはり6か月程度を要しているから,平成20年7月29日の本件基本計画の閣議決定(時系列表の番号15)から平成21年6月25日の採用又は転任の内定の一斉通知(同番号26)までの期間に,いずれかの手続を先行させる方式を採ることは,時間的に難しかったといえる。また,仮にいずれかの手続を先行させる方式を採ったとしても,両手続への応募へ許せば,結局,本件と同様の結果になった可能性も十分あり得るし,厚労省への転任が懲戒処分歴のある社保庁職員にとって何らかの形で有利に運ぶような方式を採ることになれば,国公法や人事院規則の定める平等取扱の原則や公正の原則の観点からも問題があるといわなければならない。

したがって,原告らの主張は採用することができない。

e 原告らは,機構の発足に当たっては,大量の欠員が生じることが予想されたにもかかわらず,厚労大臣が機構に正規職員の追加募集を行わせなかったことをもって,厚労大臣に分限回避義務違反があると主張する(争点(2)アについての原告らの主張(5)オ)。

そこで検討するに,前記1(7)及び別紙3「機構職員の選考(内定)経過・内訳」によると,平成21年10月8日時点で正規職員として内定していた社保庁職員は9672名であったから,その後,追加募集をしない限り,本件基本計画で定められた人員(なお,本件基本計画では,機構発足時の正規職員を1万0880名程度とし,そのうち9880名程度を社保庁職員から採用することが定められていた。

前記1(4)イ参照)を下回る見込みであったということはできる。

しかしながら,機構職員の採用に関しては,機構設立委員会を構成する設立委員が,採用基準を定めた上で,学識経験者の意見を聴いて決定することとされており(機構法附則5条,8条),設立委員は厚労大臣によって任命されるとはいえ,機構職員の採用方針についてまで厚労大臣の権限が及ぶものであったとは認められないから,機構設立委員会が正規職員を追加募集しなかったことについて,厚労大臣に分限回避義務違反があるということはできない。

f 以上の次第で,厚労大臣に分限回避義務違反があったとの原告らの主張は採用することができない。

(ウ) 社保庁長官について

a 原告らは,社保庁長官が,厚労省への転任及び機構職員への採用以外の措置を平成21年6月まで採らなかったことや,同月24日に設置した再就職支援対策本部が実質的に機能しなかったことをもって,社保庁長官に分限回避義務違反があると主張する(争点(2)アについての原告らの主張(6)ア)。

しかしながら,社保庁長官は,厚労省への転任及び機構職員への採用について,何ら権限を有していなかったのであるから,厚労省からは転任内定者の通知を,機構からは採用内定者の通知をそれぞれ受けるまでは,分限免職処分を受ける可能性のある職員を具体的に知り得なかったものといえる。そうすると,社保庁長官が,上記各内定者への一斉通知(時系列表番号26)の前日である平成21年6月24日に再就職支援対策本部を設置したことが遅きに失したとはいえない。

そして,同対策本部の下に,再就職支援室及び地方再就職支援室が設置されたこと,各支援室では,支援対象職員との面談や意向確認追加調査を経た上で,官民センターとの連絡調整を図るなど,分限免職処分の回避に向けた働きかけを行ってきたことが認められることからすれば(前記1(10)),同対策本部が実質的に機能しなかったということはできない。

b 原告らは,社保庁長官の他府省への受入れの要請は時機を逸し実効性がなく,その選考手続も恣意的であったなどと主張する(争点(2)アについての原告らの主張(6)イ)。

しかし,上記aのとおり,社保庁長官が分限免職処分を受ける可能性のある職員を具体的に知り得た時期は平成21年6月25日ころであると考えられるから,同年7月9日に社保庁長官が他府省へ社保庁職員の受入れを要請したこと(前記1(11))が時期を逸したものということはできない。

そして,公取委及び金融庁への転任予定者の選考過程は,前記1(11)に認定のとおりであり,受入数が極めて少数であったことや対象年齢,勤務地,能力等の面で厳しい条件が付されたものであったことに鑑みると,分限免職処分を受ける可能性のある職員全員を対象とした面接等をしなかったとしてもやむを得ない面があり,他府省への転任予定者の選考手続に不公正な点があったと認めることはできない。

c 原告らは,社保庁長官の地方公共団体,関係団体等へ受入れの要請も時機を逸し実効性がなかったと主張する(争点(2)アについての原告らの主張(6)ウ)。

しかし,社保庁長官らが平成21年7月3日以降に地方公共団体又はその関係団体に社保庁職員の受入れを要請したこと(前記1(13))が遅きに失するといえないことは,上記bと同様であって,原告らの主張は採用できない。

d 原告らは,機構の正規職員の追加募集がされなかったことについて,社保庁長官に分限回避義務違反があると主張するが(争点(2)アについての原告らの主張(6)エ),この主張が採用できないことは,前記(イ)eで説示したところと同様である。

e なお,原告らは,官民センターは本件分限免職処分を回避する上で何ら実効性があるものではなかった旨主張するが(争点(2)アについての原告らの主張(6)オ),官民センターが348名の支援対象職員を支援し,平成22年3月末時点でそのうち108名が同センターのあっせんにより再就職していることに加え,原告Z2に対しても2件の事業所を提示したこと(ただし,原告Z2はいずれも辞退している。)や,原告Z3に対しても4件の事業所を提示したこと(ただし,原告Z3は,2件を辞退し,残る2件は面接や書類選考により不採用となった。)にも照らすと(以上につき,前記1(14)),原告らの主張は採用できない。

f 以上の次第で,社保庁長官に分限回避義務違反があったとの原告らの主張は採用することができない。

(エ) Z1社保局長について

a 原告らは,Z1社保局内における地方再就職支援室の設置や,Z1社保局から地方公共団体や他府省の地方部局に対する受入れ要請は,いずれも時期を逸し,実効性もなかった旨主張するが(争点(2)アについての原告らの主張(7)ア,イ),この主張が採用できないことは,前記(ウ)aないしcで説示したところと同様である。

b 原告Z2について

原告Z2は,官民センターから実質的な再就職支援がされたとは到底評価し難く,特に,官民センターに登録した平成21年8月ころは長男が2歳〇か月,二男はまだ生後〇か月であったにもかかわらず,登録後間もなくZ1社保局職員から平成22年4月あるいはそれよりも前の時期からの勤務開始を要請されたことは,育児休業中の就労を強いる不当かつ実現不可能な条件のものであって,原告Z2に対する分限回避義務の履行は全くされなかった旨主張する(争点(2)アについての原告Z2の主張(7)ウ)。

そこで検討するに,前提事実(第2の2)(1)ア,前記1(14)の認定事実並びに証拠(甲全45,甲A9,乙B1の1・3・4,原告Z2本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告Z2は,平成21年1月の本件意向調査の際には再就職希望時期を平成23年4月以降と回答し,同年〇月に第2子を出産後,同年8月に官民センターに登録した際には,就労可能時期を第2子が満1歳となる平成22年〇月からなどとしていたが,その後,Z1社保局の職員や官民センターから,再就職支援を受けるために就労可能時期を平成22年4月あるいはそれよりも前の時期に前倒しするよう度々打診されたことが認められる。その結果,原告Z2は,就労可能時期を平成22年4月とすることを了承したものの,2人の幼児を抱える原告Z2にとっては厳しい決断を迫るものであり,平成28年1月から福祉関係の仕事に再就職することができたとはいえ,平成8年から勤務を続けてきた社保庁からの分限免職処分を受けたことも含め,不満の大きいものであったであろうこと自体は理解できるところである。

しかしながら,官民センター及びZ1社保局としては,不採用職員の再就職が容易とはいえない社会状況の中で,原告Z2の本件処分後の再就職を実現するためには,原告Z2の希望を全て叶えることは難しく,原告Z2の希望に反する内容であっても打診せざるを得なかったであろうことは容易に推認されるから,Z1社保局が,上記のような打診をしたことが違法不当な措置であったとまではいえない。そして,前記1(14)のとおり,官民センターは原告Z2に対して平成22年4月以降の就労開始を前提として2件の事業所を紹介しているのであって,この紹介先あるいは官民センター等の再就職支援活動が原告Z2の意向に沿わないものであったとしても,官民センター及びこれと連携したZ1社保局の再就職支援活動が無意味であったなどということはできない。

したがって,原告Z2の上記主張を採用することはできない。

c 原告Z3について

原告Z3は,平成21年2月にZ13厚生局で受けた採用面接は,極めて不明確かつ恣意的なものであったし,官民センターから受けた再就職あっせんの内容も,原告Z3の長年にわたる年金業務の知識と経験を無にするものばかりであって,原告Z3に対する分限回避義務の履行は全く不十分であった旨主張する(争点(2)アについての原告Z3の主張(7)エ)。

そこで検討するに,前提事実(第2の2)(1)イ並びに証拠(甲全46,甲B5の1ないし4,甲B6の1ないし4,甲B7,乙B2の1,原告Z3本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告Z3は,昭和50年以来34年間以上の長きにわたり社保庁に勤務し,複数の社保事務所で課長の要職を務めるなどの勤務実績を上げてきたことが認められ,それにもかかわらず,平成21年12月に社保庁からの分限免職処分を受けたことについては,平成22年1月から社会保険医療事務員(Z13厚生局)を委嘱されたとはいえ給与が従来より大幅に下がったこともあり,不満の残るものであったであろうこと自体は理解できるところである。

しかしながら,原告Z3に対する本件転任面接の内容や方法が不合理なものであったとはいえないことは,後記(2)ウで説示するとおりであるし,前記1(14)のとおり,官民センターは原告Z3に対して4件の事業所を紹介しているのであって,この紹介先あるいは官民センター等の再就職支援活動が原告Z3の意向に沿わないものであったとしても,官民センター及びこれと連携したZ1社保局の再就職支援活動が無意味であったなどとはいえないことは,上記bで説示したところと同様である。

したがって,原告Z3の上記主張を採用することはできない。

d 以上の次第で,Z1社保局長に分限回避義務違反があったとの原告らの主張は採用することができない。

カ  分限回避義務違反の有無に関するまとめ

以上を総括すれば,本件各処分について,分限回避義務を負っていたのは社保庁長官ら及び厚労大臣であり,国(政府)が分限回避義務を負っていたとまでは認められないところ,原告らの主張を踏まえて検討したところによっても,社保庁長官ら又は厚労大臣が分限回避義務に違反したとは認められず,他にこの義務違反を認めるに足りる主張立証はない。

したがって,分限回避義務違反に関する原告らの主張は理由がない。

(なお,原告らは,本件と同種事案に係る別件訴訟(東京地方裁判所平成25年(行ウ)第〇号ほか)におけるZ24の証人調書等を書証として提出するために口頭弁論の再開の申立てをするが,上記Z24の陳述書(甲全49)は本件において取調べ済みであるし,前記3(1)オ(ア)cのとおり,同人の陳述書で指摘された事情を考慮しても,本件各処分について,分限回避義務違反があるとは認められないとの上記結論を左右するものとはいえないから,口頭弁論を再開することはしない。)

(2) 本件各処分における人選の合理性について(争点(2)イ)

ア  原告らは,本件各処分は,不合理な配転手続及び不公正・不合理な転任の人選基準により行われたものであり,国公法27条及び74条に違反する差別的かつ不公正な処分というべきであるから,処分権を逸脱・濫用した違法な処分であると主張する。

ところで,本件分限免職処分は,機構法の施行により社保庁が廃止されたことによるもので,国公法78条4号に基づき,全ての社保庁職員が分限免職処分の対象となり得たところ,このうち,機構又は協会における採用,厚労省等への転任,官民センターを活用した民間企業等への再就職,退職勧奨に応じた退職者などを除いた残りの525名の社保庁職員について,一律に分限免職処分がされたものであって,複数の候補者の中から分限免職処分の対象とする者の選定がされたわけではない。

したがって,本件分限免職処分については,分限免職処分の対象者の選定という意味において人選の合理性が問題となることはないものというべきである。

もっとも,国公法27条及び74条1項並びに人事院規則11-4第2条及び7条4項の定める平等取扱の原則及び公正の原則に照らせば,任命権者らは,国公法78条4号に基づく分限免職処分に関して分限回避義務を履行するに当たっては,全ての職員を平等かつ公正に取り扱う義務を負っているというべきであり,原告らが人選の不合理性として主張する事由は,この趣旨において捉えるべきものと解される。

そこで,以下,原告らの主張を上記の趣旨と捉えた上で,検討する。

イ  原告らは,懲戒処分歴のある社保庁職員について,処分の経緯や軽重を考慮せず一律に機構への採用の途を閉ざすことは,人選の公正を欠く旨主張する。

そこで検討するに,機構法に職員承継規定が置かれなかったのは,機構の業務にふさわしくない社保庁職員が漫然と機構に移ることを防ぐため,第三者機関による厳正な採用審査を経た上で,社保庁職員を機構職員として採用することとしたためと認められる。そして,多数の社保庁職員に対して業務外閲覧等を理由とする懲戒処分等がされ(前提事実(第2の2)(2)),また,機構法成立後にも,無許可専従をした職員及びこれに関与した管理職員が相当数存在することが明らかになる(前記1(4))といった状況下において,政府が,国民の公的年金制度に対する信頼回復を図る目的で,公的年金業務を担う新たな組織である機構を設立するに当たって,懲戒処分歴を有する社保庁職員を機構職員として採用しないという方針を採り,これを内容とする本件基本計画を閣議決定したことについては,上記目的の達成という観点からみて,合理性がないとはいえない。

機構設立委員会は,機構法及び本件基本計画に基づいて,本件採用基準を定めたのであり(前記1(6)),本件採用基準は,懲戒処分歴のある職員を排除することだけを目的としたものではない以上(この事実は,懲戒処分歴がなく機構の採用に応募したにもかかわらず,不採用となった職員が存在することからも認められる。乙A36の1),機構が本件採用基準に従って社保庁職員の採用内定を行ったことが公正を欠くとはいえない。

原告らは,この点に関連して,「社会保険庁電子計算機処理データ保護管理規程の一部改正について」(甲全12)が発せられたのが平成16年5月12日であることなどを理由に,原告らが受けた戒告の懲戒処分は,冤罪か,仮にそうでなくても極めて軽微なものであるなどと主張する。しかし,業務外閲覧は,それ自体正当化できる行為ではない上に,平成16年5月12日以前にも「行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律」(昭和63年法律第95号)によって禁止されていたものであり(甲全12にも,この内容が記載されている。),かつ,原告らに対する懲戒処分は不服申立てがなく確定していること(原告Z2本人,原告Z3本人,弁論の全趣旨)に照らすと,原告らの主張は採用できない。

ウ  原告らは,転任者数の設定に合理的理由はない旨主張するが,厚労省は,社保庁の廃止に伴う定員増及び既定定員を利用して,社保庁職員から合計1284名の転任者数を確保したものであり(前記1(18)),これを不合理と認めることはできない。

また,原告らは,Z13厚生局管内の社保庁職員のうち厚労省への転任希望633名のなかから84名の転任者を選定するについて,何ら客観的・合理的な基準はなく,面接官の主観的・恣意的な印象による評価基準によって選別された旨主張する。

しかし,前記1(9)に認定したとおり,本件転任面接は,統一された面接要領に基づき,全国一律に行われ,面接官の資格を限定した上で,被面接者1名につき面接官2名で行うこととされ,面接要領の内容も,面接時間,確認事項,質問事項,評定基準などを詳細に定めたものであり,その方法や内容において適切なものであったと認められる。確かに,評価の基準はAないしEの5段階であり,通常の面接と同様に本件転任面接においても面接官の裁量にある程度委ねざるを得ない面はあったといえるが,そのことをもって直ちに本件転任面接が不合理であるとか恣意的であったということはできない。そして,本件転任面接のうち,原告らに対するもののみが不公正に行われたと認めるに足りる証拠もない。

エ  原告らは,厚労省への転任希望を聴取する際,転任が認められなければ,社保庁の廃止により分限免職処分となることを明示すべきであった旨主張する。

しかしながら,平成21年1月に行われた本件意向調査のころには,社保庁職員の全員に対して,懲戒処分歴のある社保庁職員は機構の正規職員及び准職員には採用されないことを内容とする本件採用基準が配布されており(前記1(7)),社保庁職員は,厚労省への転任が認められなければ社保庁の廃止により分限免職処分の対象となることを認識していたはずであるから,原告らの主張は採用できない。

オ  原告らは,原告らの個別事情として,原告らの勤務実績や優秀な人事評価が本件転任面接では考慮されていないと主張するが,面接官は事前に被面接者に係る人事記録や人事評価書を確認するものとされているから(前記1(9)エ(エ)),原告らの上記主張は採用できない。

また,原告Z2は,本件転任面接当時,妊娠中であり,出産後に再就職することは困難であったから,分限免職処分を回避する必要性は高かったと主張する。確かに,子の養育を行う労働者の雇用の継続及び再就職の促進を図ることが我が国の重要な政策課題の一つであることは明らかであるが(育児休業,介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律1条参照),本件分限免職処分については,厚労省への転任を第1希望とした6017名の社保庁職員に対し,厚労省の転任受入数は1284名にとどまり,かつ,級別,地域別に受入枠が設定されていたこと等に照らすと(前記1(9)),厚労省への転任内定が受けられなかったことをもって,原告Z2に対して殊更に不利益な取扱いがされたということはできない。

カ  以上によれば,本件各処分の人選の合理性に関する原告らの主張はいずれも採用できず,他にこの人選が不合理であったと認めるに足りる主張立証はない。

(3) 誠実な協議・説明義務について(争点(2)ウ)

ア  原告らは,本件各処分に当たり告知と聴聞の機会が与えられなかったことをもって,本件各処分が適正手続に反し違法であると主張する。

しかし,国家公務員に対する分限免職処分には行政手続法の適用はないところ(同法3条1項9号),国公法上,分限免職処分について,被処分者に対する告知及び聴聞の機会を付与することが手続要件であるとはされていないし,憲法31条に基づき,これらの手続が求められるものと解することもできない。

そうすると,本件各処分に当たって,原告らに対する告知及び聴聞がされなかったとしても,本件各処分が違法なものとなるとはいえない。

イ  原告らは,本件各処分に際し,職員団体との協議や説明が尽くされなかった旨主張する。

しかし,前記1(5),(7),(8),(10),(14),(16)などによれば,厚労省及び社保庁長官らは,原告らを含む社保庁職員に対し,必要な都度,各種の情報提供を行うとともに,再就職や退職に関する意向調査や必要な説明等を行ってきたことが認められ,また,前記1(20)によれば,厚労省及び社保庁は,社保庁の廃止に当たり,分限免職処分一般に関する事項や分限回避措置等について,職員団体との間で説明及び協議を行っていることが認められる。

ウ  したがって,原告らの上記主張は採用することができない。

(4) 争点(2)(本件各処分に裁量権の逸脱又は濫用があるか)についての総括

上記(1)ないし(3)のとおり,本件各処分について,原告らが主張するような分限回避義務違反,人選の不合理性,協議・説明義務違反があったとは認められない。したがって,原告らの主張はいずれも採用できず,その他,本件各処分に裁量の逸脱又は濫用があったことを認めるに足りる主張立証はない。

4 争点(3)(被告の損害賠償責任の有無)について

(1) 上記3によれば,本件各処分が国賠法上,違法であったということはできない。

(2) 原告らは,原告らと使用者である被告との間には国公法に規定された勤務関係があり,この法律関係は,私法上の債権債務関係の根拠となるから,被告は,分限回避義務や公正選定義務を負うなどと主張する。

しかし,国家公務員の勤務関係は,国公法,人事院規則等によって規定される公法上のものであって,私法上の労働契約関係と同質のものいうことはできない。そして,公務員の勤務関係に付随する信義則上の義務として,分限回避義務や公正選定義務を観念できるとしても,これらの義務は公務員の身分関係そのものに直結する義務であるから,国公法上の分限免職処分の適法性を判断する上で検討したところとその内容を異にするとは考え難いところ,本件各処分について分限回避義務違反や人選の不合理性を理由とする違法性が認められないことは,上記3で説示したとおりである。

(3) したがって,国賠法上の責任についての消滅時効の成否や原告らの損害の有無・額について検討するまでもなく,原告らの慰謝料請求は理由がない。

第5結論

よって,原告らの請求をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。

名古屋地方裁判所民事第1部

(裁判長裁判官 寺本昌広 裁判官 安田大二郎 裁判官 横井千穂)

(別紙2から4につき,省略)

file_2.jpg別紙

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例