名古屋地方裁判所 平成3年(ワ)647号 判決 1992年7月31日
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
理由
第一 請求
一 被告は、プラスチックス製手さげ付包装用袋に別紙第一目録記載の標章(以下「被告標章」という。)を付し、又は右標章を付した右商品を譲渡し、若しくは譲渡のために展示してはならない。
二 被告は、被告標章を付した商品を廃棄せよ。
三 被告は、原告に対し、金三二八〇万円及びこれに対する平成三年三月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 仮執行宣言
第二 事案の概要
本件は、原告が、被告に対し、商標権侵害行為の差止め並びに商標権侵害による損害賠償及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。
一 争いのない事実等
1 原告は、婚礼用品、贈答品、記念品、日用食料品、衣料、書籍、厨房器具、事務用品、その他一般日用品雑貨類の販売業等を目的として、昭和五六年一二月一四日設立された株式会社である。
2 被告は、慶弔品(芳名録、アルバム、ふろしき)の企画、製造及び販売並びに右に附帯関連する一切の業務を目的として、昭和五二年七月一八日設立された株式会社である。
3 原告は、別紙第二目録記載の商標権(以下「本件商標権」という。)を有している。
4 被告は、被告標章を、別紙(一)記載のとおりの文字、図形及び記号と組み合わせて、別紙(二)及び(三)記載のとおりプラスチックス製手さげ付包装用袋の正面左側上部付近にシールとして貼付したもの(以下「被告商品」という。)を製造販売した(被告が現在も被告製品を販売しているか否かについては争いがある。)。
二 争点及びこれに関する当事者の主張
1 被告商品に被告標章を付する行為は、本件商標権を侵害するか(争点1)。
(一) 被告
被告標章は、被告商品について、自他商品の識別を目的として具体的に商品の出所を表示するものとして使用したものではないから、被告は本件商標権を侵害していない。その理由は、以下のとおりである。
(1) 被告標章は、被告商品である紙袋の表面に表示され、しかも表面の中でよく目立つ位置に貼られた男女の顔とリボンを表示したシールの一部分を構成する文字として「HAPPY LIFE」の言葉と合わせて使用されている。このような使用状態は、結婚式場用紙袋の特性、とりわけ商品区分第一八類に属する包装用容器としての特性から、商標としての使用ではなく、単にめでたい結婚式・披露宴の状況を参加者の人々に知らせるためにお祝いの言葉として表示されたものに過ぎず、商品の出所主体を表示するものとして使用されているものではない。
(2) 通常、一つの商品に二つの文字商標を互いに軽重もなく併記することはなく、複数の文字標章を採用するのはハウスマークと具体的商品商標をそれぞれ付する場合に見られることであり、その場合には、いずれがハウスマークであり、いずれが具体的商品商標であるのかは、文字の大きさ等によつて一見して明らかな相違を確認することができるものである。これに対し、被告商品の表面に表示したシールには、円弧を描いて表示した「HAPPY WEDDING」の言葉と並んで「HAPPY LIFE」と表示され、しかも、両者は同一の書体、間隔、大きさで表示されており、外観上及び観念上において、いずれかに軽重が付けられているものではない。したがつて、右のうちの「HAPPY WEDDING」の文字のみが被告商品に商標を付したものと判断されることはなく、むしろ、単に二つのお祝いの言葉が表示されているに過ぎない。
(3) 被告は、被告商品の出所を表示するために、需要者にとつては目につきにくい場所である紙袋の底面に四つ葉のクローバーをモチーフとする図形と、被告の商号を認識させる「KIBO-SHA」の文字を商標として使用している。
(4) 商品区分第一八類の「包装用容器」は、特殊な性格の商品であり、消費者が包装用容器を買おうと思うことは稀であり、中身を買うことによつて必然的にその外側の包装用容器をも手に入れる結果となる。したがつて、需要者にとつては、無償の提供物あるいは附属品という性格を持つ。そして、「手さげ付き包装用袋」の「需要者」とは、結婚式に参加した人々を指すところ、被告商品は、結婚式に参加した人が引き出物を持ち帰る際に使用する「おみやげを入れる紙袋」というサービス品としての性格のものであるから、右「需要者」に対しては、商品の出所あるいは品質を目立たなくするというのが取引界の実情であり、本件のように紙袋の表面の目立つた部分にこれを使用することは、そもそも商標の使用ということはできない。
(二) 原告
被告標章は、自他商品の識別標識としての機能を果たす態様で使用されているものであつて、本件商標権を侵害する。その理由は、以下のとおりである。
(1) 商標は、本来自他商品の識別の機能を果たすことを目的とする標識であり、この商標の本来的機能である商品の識別力から、出所表示機能、品質保証機能、広告機能という経済的機能が派生するものである。そして、商標法三条、四条は、商標中右のような識別力を有するものであつて、法律上保護に値する機能を有するものについての必要な基準を定め、かかる基準に該当するもののみが独占的排他的な権利を有する商標権として、その登録を受けることができる旨定めている。そして、本件商標は登録されているものであるから、商品(プラスチックス製手さげ付き包装用袋、その他第一八類に属する商品)の識別力(特別顕著性)を有し、前記登録基準に適合しているものである。
(2) 被告標章が新郎新婦へのお祝いの言葉の意味を有し、顧客に対し、縁起の良い好ましい印象を与えるものであるとしても、そのことから、その商標的機能を無視すべき理由はない。被告標章は、いわゆるブライダル業界において縁起の良さを想起させ、婚礼関係者に対してその意味内容をもつて訴える面があるのは否定できないけれども、それと同時に、消費者の目をその標章の有する外観、呼称及び観念に表わされるブランド機能にも引きつけ、右標章の付された商品の選択をなさしめることに大きな期待を寄せているものである。したがつて、被告標章は、単にお祝いのメッセージ的な使用のみにとどまらず、商品出所表示機能、品質保証機能及び広告宣伝機能を持たせた商標としての機能をも兼ね備えた形で使用されている。
(3) 婚礼用バッグの流通方法は、まず、その生産者がホテル等の結婚式場業者、ブライダル商品業者に販売し、次に、結婚式場業者等が、結婚式の主催者(具体的には新郎新婦の両家関係者)に販売するものであり、右業者及び結婚式主催者が「需要者」であつて、結婚式参加者(客)は、右主催者から渡される紙袋を単に持ち帰るだけであるから、右商品の「需要者」ではない。そして、結婚式場業者及び結婚式主催者は、婚礼用バッグに付された商標を目印として商品を識別し、取引をしているものである。現に、原告は、本件商標のほか、「BRIDE&GROOM」、「just married」及び「THE BEGINNING」という商標について指定商品第一八類について商標登録を受け、これらを自ら販売する手さげ付き包装用袋に付して使用し、かつ他社に対し右各商標について通常使用権を許諾しているが、いずれの場合でも、右各商標は包装用袋の表面に表示されており、結婚式場業者等は、右各商標を目印として原告商品等を識別し、発注書等に右各商標を特定、記載して、原告等との間で取引をしている。
2 被告は、被告商品を現在も製造販売し、又は製造販売するおそれがあるか(争点2)。
(一) 被告
被告は、現在、被告標章を付した被告商品を製造販売していない。
(二) 原告
被告は、原告の警告を受けるや、被告標章を使用した被告商品の製造販売を停止した旨回答したが、原告の調査によると、現在もなお被告標章を付した被告商品は、市場において取引されている。
3 原告が被つた損害はいくらか(争点3)。
(一) 原告
被告は、被告商品の販売により本件商標権を侵害したものであり、その年間売上高は二億四〇〇〇万円(一か月当たり二〇〇〇万円)であるところ、昭和六二年九月末日ころから平成三年二月末日ころまでの四一か月間において、右行為により原告が被つた損害は、三二八〇万円(右商品の売上高合計八億二〇〇〇万円(二〇〇〇万円×四一か月)の四パーセント相当額)を下回らない。
(二) 被告
原告の主張は争う。
被告が、本件商標を付して販売したパールバッグの売上高は、一億五〇〇〇万円程度である。
第三 争点に対する判断
一 争点1について
1 商標の本質的機能は、商品の出所を明らかにすることにより、取引業者又は需要者に自己の商品と他の商品との品質等の違いを認識させること、すなわち自他商品の識別機能にあると解するのが相当であり、このことは商標法一条が商標を保護することにより商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図ることを同法の目的の一つとして掲げていること、及び同法三条が自他商品の識別力がない商標は登録できない旨を定めていることからも明らかであるというべきである。右のような商標の本質及び商標法の規定からすれば、商標法二五条本文にいう「登録商標の使用をする権利」とは、自他商品の識別機能を有する態様で表示される商標の使用をする権利を意味するものと解すべきであり、更に、商標権者等の差止請求権について定めた同法三六条は、商標が自他商品の識別機能を果たすことを妨げる行為を排除し、商標本来の機能を発揮できるようにすることを目的とするものと解すべきである。したがつて、自他商品の識別機能を有しない態様で表示されている商標の使用は、同法二五条本文に規定する登録商標の使用権を侵害するものということはできず、また、同法三六条による差止請求の対象となるものではないというべきである。
2(一) これを本件についてみるに、《証拠略》によれば、(1) 被告商品はいわゆる婚礼用バッグであるが、一般に、婚礼用バッグは、製造業者から婚礼業者を通してホテル等の結婚式場業者に卸され、結婚式を主催する者が、結婚式場業者から購入し、披露宴等の参加者に引き出物を入れて配るものであり、被告商品も同様であること、(2) 被告標章は、被告商品の正面左上部分に貼付された別紙(一)のとおりの形状のシールに記載されており、右シールは、花弁状の外形を有する金色の部分と二本の赤色のリボン状の部分とからなり、右花弁状の外形を有する部分の内側に上向きの弧を描いて「HAPPY WEDDING」の文字(これが被告標章に該当する。)、下向きの弧を描いて被告標章と同一の書体及び大きさによる「HAPPY LIFE」の文字、並びに右両者の弧の両端にハートの記号が、いずれも赤色で表示され、更に、その内側には、男女の横顔を描いた図形が表示され、男性の横顔の首の部分には赤色の蝶ネクタイが描かれていること、(3) 被告商品の底面部分には、四つ葉のクローバーを形どつた図形(平成元年七月二七日、被告により商標登録出願がされている。)及び「GOOD-QUALITY」との文字とともに、被告の商号がローマ字によつて「KIBO-SHA」と表記されていること、(4) 「HAPPY」は「幸福な、うれしい、めでたい」、「WEDDING」は「結婚式」を意味する英語であつて、「HAPPY WEDDING」は結婚に対するお祝いの言葉として用いられ、市販されている結婚祝いのグリーティングカードにも広く使用されていること、(5) 婚礼用バッグの表面に、「寿」のような縁起の良い文字を表示することは広く行われており、そのほかいずれもめでたい印象を与える「歓」「華」「HAPPY BRIDAL」「BEAUTIFUL WEDDING」「CONGRATULATIONS」等の文字も用いられることがあること、(6) 他社の婚礼用バッグについても、その正面部分に右(5)のとおりめでたい印象を与える文字及び特定の結婚式場を表す標章が付されているものがあるが、袋の正面部分にその製造者を表す標章を付したものは見当たらず、製造者を表す標章が付される場合には被告商品と同様に袋の底面部分に付されていること、以上のとおりの事実を認めることができる。
(二) 原告は、被告標章が新郎新婦へのお祝いの言葉の意味を有するとしても、それと同時に、消費者の目をその標章の有する外観、呼称、観念に表わされるブランド機能にも引きつけ、右標章の付された商品の選択をなさしめるものであり、商品出所表示機能、品質保証機能及び広告宣伝機能を持たせた商標としての機能をも兼ね備えた形で使用されていると主張するけれども、前記のような使用態様における被告標章の外観、呼称、観念から直ちに何らかのブランドを表示する機能があるとみることはできず、原告の右主張は理由がないというべきである。
また、本件商標のほか、「BRIDE&GROOM」、「just married」及び「THE BEGINNING」という商標について指定商品第一八類について商標登録を受け、これらを付した製品を自ら販売し、かつ他社に対し右各商標について通常使用権を許諾しているところ、いずれの場合でも、右各商標は包装用袋の表面に表示されており、結婚式場業者等は、右各商標を目印として原告商品等を識別し、発注書等に右各商標を特定、記載して、原告等との間で取引をしていると主張するけれども、《証拠略》によれば、婚礼用バッグの表面に記載された文字は、本件商標を含め、必ずしもその商品のカタログ上の呼称として使用されているものではないこと、及び被告商品についてもカタログ上は「パールバッグ」と表示されていることが認められるから、結婚式場業者等において本件商標等を目印として商品を識別して取引をしているということはできず、右主張は理由がないというべきである。
3 右に認定、説示したところによれば、婚礼用バッグの需要者は結婚式の主催者であり、結婚式場業者は同バッグの取引業者に当たるというべきである。そして、被告標章は、結婚式の引き出物を持ち帰るための袋である被告商品の正面左上部分に貼付されたシールに記載された「HAPPY WEDDING」「HAPPY LIFE」という表示の一部分であるところ、その意味内容及び右シールの形状から見て、右表示は、結婚式の主催者ないしこれに準ずる者である新郎新婦に対するお祝いを意味する言葉であるということができるのみならず、被告商品には、その底部に被告の商号がローマ字によつて表示され、その出所を明示しているのであるから、需要者である結婚式主催者に対する関係においてはもちろん、取引業者で結婚式場業者に対する関係においても、被告標章は、被告商品を他の商品と識別する機能を果たしていないというべきである。
したがつて、被告標章は、被告商品について自他商品の識別機能を有する態様で使用されているものではなく、原告の本件商標権を侵害するものではないというべきである。
二 以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。
(裁判長裁判官 瀬戸正義 裁判官 後藤 博)
裁判官杉原則彦は、転補につき、署名押印をすることができない。
(裁判長裁判官 瀬戸正義)