名古屋地方裁判所 平成3年(行ク)13号 決定 1991年12月10日
愛知県幡豆郡幡豆町大字東幡豆字上床崎二八番地
申立人(本案事件原告)
丸中縫工株式会社
右代表者代表取締役
天野恒夫
右訴訟代理人弁護士
中田健一
同
上田和孝
同
中村成人
愛知県西尾市熊味町南十五夜四一-一
相手方(本案事件被告)
西尾税務署長
赤堀惇
右指定代理人
田中邦男
同
西口武千代
同
加藤定男
同
川原雅治
主文
本件申立てをいずれも却下する。
理由
第一 本件申立ての趣旨及び理由並びに相手方の意見に対する反論は別紙一及び同二に記載のとおりであり、相手方の意見は同三及び同四に記載のとおりである。
第二当裁判所の判断
一 別紙一の<1>記載の文書(以下「本件文書<1>」という。)について
申立人は、本件文書<1>によって、その記載内容が類似法人検討表の記載内容と異なる事実及び本件文書<1>の作成者である一八法人が申立人の類似法人とはいえない事実を立証しようというものであるが、一件記録によれば、本案訴訟は、相手方が申立人に対してした法人税の更正等の処分の適法性、すなわち、相手方が申立人の支給した役員報酬の一部が法人税法三四条に規定する「不相当に高額な部分」に該当するとしてその損金算入を否認して認定した所得金額が、申立人の真実の所得金額を上回らないものかどうかが争われている訴訟であること、右訴訟において、相手方は、別紙一の<2>記載の文書(以下「本件文書<2>」という。)の作成者である一四法人を類似同業者として抽出し、その役員報酬支給状況等を右処分の適法性の根拠として主張しているものであり、その適否が本案訴訟の主要な争点となっていること、本件文書<1>の作成者である一八法人は、本案訴訟が提起される以前の段階で相手方が申立人の類似同業者として抽出した者にすきず、本案訴訟において、相手方は、右一八法人を申立人の類似同業者として主張しておらず、右一八法人が申立人の類似同業者であるか否か、及び右一八法人の売上高、従業員数、所得、役員報酬等がどのようなものであるかということは、いずれも本案訴訟の争点とはなっていないことを認めることができる。したがって、本件文書<1>の取調べは必要ないというべきである(民訴法二五九条参照)。
なお、一件記録によれば、本件文書<1>の中には本件文書<2>と重複するものが存することがうかがわれるが、これらの文書の提出義務の有無については、後記二において判断することとする。
二 本件文書<2>について
1 一件記録によれば、申立人が相手方に提出を求める本件文書<2>の作成者である一四法人のうち西尾税務署管内に存する一法人の作成に係る文書を相手方が所持していることは認められるものの、その余の一三法人の作成に係る文書については、それぞれ右一三法人の本店所在地を管轄する西尾税務署以外の税務署の署長が保管所持しており、相手方は、右各税務署長から名古屋国税局長に送付された右文書の写し(又は更にそれをコピーしたもの。)を所持しているにすぎないことがうかがわれるところであり、その原本を相手方が所持していることを認めることはできない。したがって、本件文書<2>のうち右一三法人の作成に係るものについては、その余の点について判断するまでもなく、相手方にその原本の提出を命じることができないことが明らかであり、本件申立てのうち右文書の提出を求める部分については理由がない。
2 そこで、本件文書<2>のうち西尾税務署管内に存する一法人の作成に係るもの(以下この項において「本件文書」という。)について、相手方が文書提出義務を負うか否かについて検討する。
(一) 民訴法三一二条該当性
民訴法三一二条一号の立法趣旨は、当事者間の公平の観点から、文書を所持する当事者が、裁判所にその文書自体を提出しないままその存在及び内容を積極的に申し立てることにより、一方的に自己の主張に沿う裁判所の心証形成をさせることを防止するため、その文書を開示させて相手方当事者にその批判の機会を与えることにあるものと解されるのであるから、たとえ文書を所持する当事者がその主張において当該文書の存在につき明確には言及していない場合であっても、例えば、右当事者が、自己の主張事実を裏付けるために提出した書証等において、その根拠等として当該文書に言及しているときには、それによって右書証等の証拠力が高められ、その結果、当該文書が提出されないまま右書証等により右主張事実に対する裁判所の心証が一方的に形成されることがあり得るのであるから、前記立法趣旨に照らせば、このような場合にも、当該文書は同号にいう「訴訟ニ於テ引用シタル文書」に該当すると解するのが相当である。
これを本件文書についてみるに、本案訴訟の内容及び争点は前記一で認定したとおりであるところ、一件記録によれば、相手方は、申立人の類似法人として抽出した一四法人の役員報酬の支給状況並びに売上金額、期末資産合計金額、役員報酬の額を控除しない営業利益率、利益処分による配当及び賞与金額等を具体的に主張し、これらを本件処分等の適法性の根拠としているものであること、相手方は、本案訴訟において、相手方の指定代理人の一人である名古屋国税局直税部国税調査官室川原雅治作成の調査報告書を乙第二二号証として提出していること、右報告書は、前記一四法人の期末資産合計金額、役員報酬の額を控除しない営業利益率、利益処分による配当及び賞与金額等を調査した結果をまとめたもので、右主張の裏付けとなるものであること、右報告書には、右調査結果は本件文書の写し等に基づくものである旨が記載されていることを認めることができる。したがって、相手方は、その主張事実を裏付けるために提出された書証において、その記載内容の根拠として本件文書の存在に言及しているのであるから、本件文書は民訴法三一二条一号にいう「訴訟ニ於テ引用シタル文書」に該当するものと解するのが相当である。
したがって、その他の要件について判断するまでもなく、本件文書は、民訴法三一二条所定の要件を充足するものというべきである。
(二) 守秘義務による提出義務免除の許否
そこで、次に、本件文書に係る相手方の守秘義務の有無及び提出義務免除の許否について判断する。
本件文書は個人の秘密に属する所得金額、資産、負債の内容等が記載された文書であるから、相手方は、法人税調査の事務に関し職務上知り得た右のような事項につき、国家公務員法一〇〇条一項及び法人税法一六三条によって守秘義務を負うものである。ところで、公務員の職務上の秘密については、民訴法二八一条一項一号、二七二条により証言拒絶権が認められているが、これらの規定は、裁判所の審理に協力すべき義務として証言義務と一面において同様の性格を有する文書提出義務に類推適用されると解すべきであるから、文書所持者が公務員である場合には、その職務上知り得た秘密が記載された文書についてはその提出を拒むことができると解するのが相当である。
申立人は、職務上の秘密の記載された文書であっても、文書所持者が訴訟を有利に進めるためにあえて引用した場合には、秘密保持の利益を放棄したものであるから、その提出を拒めない旨主張するが、本件文書の作成者である納税者の秘密保持の利益は相手方が自由に放棄することができる性質のものではないのであるから、相手方が本件文書を本案訴訟において引用したからといってその守秘義務がなくなることはなく、したがって、本件文書の提出を拒めなくなるものでもない。
また、申立人は、相手方が守秘義務のために本件文書の提出ができないのであれば、納税者の住所及び氏名を隠ぺいしてこれを提出すべきである旨主張する。しかし民訴法の定める文書提出命令の制度は、特定の文書の存在を前提として、所持者に対してその提出を命ずるものであって、現存しない文書を作成して提出することや現存する文書に加除訂正等を加えて提出するなどの文書提出以外の作為義務を課するものではないのであるから、申立人の右主張は採用することができない。
したがって、相手方は本件文書の提出を拒むことができるものと解するのが相当であり、現に相手方がこれを拒む意思を表示している以上、相手方に対して本件文書の提出を命じることはできないというべきである。
3 なお、申立人は、仮に相手方が本件文書<2>のうち前記1の一三法人の作成に係る文書の原本を所持していないというのであれば、その写しの提出を求めるというのであるが、右写しの提出義務の存否についての当裁判所の見解は前記2で述べたところと同様であり、相手方にその提出義務があるということはできない。
三 別紙一の<3>記載の文書(以下「本件文書<3>」という。)について
本件文書<3>に記載された一八法人は本件文書<1>の作成者である一八法人と同一の法人と解されるのであるから、その観点からは、本件文書<3>の取調べの必要性の有無についての当裁判所の見解は、本件文書<1>につき前記一において説示したところと同様であり、消極に解するものである。
しかし、前記のとおり、右一八法人のうちには、本件文書<2>の作成者である一四法人と重複するものが存することがうかがわれるところであり、本件文書<3>がそれらの法人の売上高、従業員数、所得金額、役員報酬金額等が記載された類似法人検討表であるとすれば、その取調べの必要性がないとはいえない。そこで、本件文書<3>が右のような文書である場合に相手方が提出義務を負うか否かについて検討する。
1 民訴法三一二条一号該当性
民訴法三一二条一号にいう「訴訟ニ於テ引用シタル文書」に該当するためには、文書の所持者である訴訟当事者により、その主張又は立証において右当事者の主張事実を裏付けるものとしてその存在に言及されている文書であることが必要と解すべきところ、一件記録によっても、本案訴訟において、相手方が、本件文書<3>につきその主張又は立証において右のように言及した事実は認めることができない。
したがって、本件文書<3>は、同号にいう文書に該当しないというべきである。
2 民訴法三一二条二号該当性
民訴法三一二条二号は、挙証者が文書所持人に対し契約又は法令に基づいて私法上当該文書の引渡し又は閲覧を求める権利を有している場合において、当該文書所持人にその提出義務を課するものであると解されるところ、一件記録によれば、本件文書<3>について、申立人が相手方に対し、かかる私法上の引渡し又は閲覧を求める権利を有していないことは明らかである。
申立人は、本件文書<3>につき同号の要件を充足しているという根拠として、国税通則法九六条二項による閲覧請求権の存在を主張するが、右閲覧請求権は、審査請求人が、原処分庁から担当審判官に提出された書類等の閲覧を担当審判官に対して求める権利であって、原処分庁に対してその引渡し又は閲覧を求める権利を認めるものではないのであるから、申立人が本件文書<3>の所持者である相手方に対して本件文書<3>の引渡し又は閲覧を求めることができるということはできないし、そもそも、右のような公法上の閲覧請求権のみを有しているときは民訴法三一二条二号にいう「閲覧ヲ求ムルコトヲ得ルトキ」に該当しないと解するのが相当である。したがって、いずれにしても、申立人の右主張は失当である。
3 したがって、本件文書<3>の提出命令を求める申立ては理由がない。
四 別紙一の<4>記載の文書(以下「本件文書<4>」という。)について
1 民訴法三一二条二号該当性
本件文書<4>の民訴法三一二条二号該当性についての当裁判所の見解は、前記三の2において判示したところと同様であり、消極に解するものである。
2 民訴法三一二条三号後段該当性
民訴法三一二条三号後段は、挙証者と文書所持者との間の法律関係に付き作成された文書の提出義務を定めているが、専ら備忘録として、又は職務上の便宜等のために自己使用を目的として作成された内部文書で法令上作成が義務付けられていないものは、作成者が外部に公表することを予定しないで任意に作成するもので、性質上作成者ないし文書所持者にその処分の自由を認めるべきものであり、これが後に作成者等の意に反して公表されることになると作成者等が著しい不利益を被ることが予想される性質の文書であるから、たとえ右文書に挙証者と所持者との間の法律関係に関連する事項の記載があったとしても、同号後段にいう法律関係に付き作成された文書には当たらないと解するのが相当である。
本件文書<4>は、申立人の類似同業者として抽出された一八法人に関して相手方担当官が職務上作成したメモであるところ、それは、相手方が法人税の更正等を行う便宜のために自己使用を目的として作成した内部文書であり、かつ、法令上作成が義務付けられていないにもかかわらず任意に作成されたものであることが明らかであるから、民訴法三一二条三号後段により提出が義務付けられる文書には該当しないと解するのが相当である。
五 よって、本件申立てはいずれも理由がないものであるから、これをいずれも却下することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 瀬戸正義 裁判官 杉原則彦 裁判官 後藤博)
別紙一(申立人の平成三年一〇月一五日付文書提出命令申立て)
<省略>
<省略>
別紙二(申立人の平成三年一一月一九日付意見書)
(相手方の平成三年一〇月二八日付意見書に対する反論)
一 同一項1、2について
1 被告(相手方)西尾税務署長(以下単に「被告」という。)は、西尾ア以外の各法人に関するものの原本を所持していないと主張するが、被告においてこれらの写しを作成し得るのは、まさに、被告自らが原本を所持しているからにほかならない。被告は、あえて、写ししか所持していないと主張することで文書提出命令を回避し原本を秘匿するものと思料されるが、このような信義則に反する主張は認められるべきではない。
よって、被告は、自ら所持している原本を提出すべきである。
2 また、仮に原本を所持していないというのであれば、その写しを提出されたい。相手方に異議がない場合、写しを原本として提出し、これを証拠とすることができることについては実務上異論はなく、本件においても申立人(以下「原告」という。)に異議がない以上、写しは当然に文書提出命令の対象となる。
二 同二項1について
1 行政訴訟、とりわけ税務訴訟においては、納税者はあらゆる面で国家権力を背景とする課税庁より弱い立場に置かれており、両者の力関係は対等当事者間の紛争である一般民事訴訟におけるのとは著しく異なる。本件においても、かかる力関係の不均衡は、証拠資料の収集能力の格差、証拠資料の偏在という形で顕在化している。このような状況下においては、原告の証拠収集能力の低さを補うべく、被告側に偏在する証拠資料をできるかぎり訴訟の場に顕出させることによって、当事者に攻撃防御を十分尽くさせる必要があり、このようにして初めて適正な裁判が保障される。このことは「引用文書」の解釈にあたっても考慮されなければならないのであって、右の要請に添うべく、「引用」の意味は広義にかつ実質的に解釈されなければならない。
2 なるほど、被告は、準備書面において、法人一八社の青色申告書等および法人一四社の青色申告書等の言葉を用いていないが、類似法人検討表の数字は前者より、乙第九号証ないし第一一号証(以下「回答書」という。)の数字は後者よりそれぞれ移記されたにすぎないというのであるから(しかも、後者は乙第二二号証に引用されている)、これらの引用は実質的にはその元となる青色申告書の引用にほかならない(同旨大阪地決昭和六一年五月二八日判時一二〇九号一六頁)。
なお、被告は、西尾ア以外の法人に関する青色申告書等の原本については、それが引用文書にあたるか否かについて反論しておらず、西尾アの法人に関するものについても、特に原告申立書別紙<2>との関係で引用文書にあたるか否かについて反論できていない。
よって、法人一八社の青色申告書等および法人一四社の青色申告書等は民訴法三一二条一号の「引用文書」にほかならず、被告はその提出義務を負うものといわざるをえない。
三 同二項3について
「民訴法三一二条三号の「法律関係文書」については、法律関係の生成過程において作成された文書も「法律関係文書」であるとする判例が多数存在するが(松山地決昭和五〇年五月二四日訟月二一巻七号一四三七頁ほか)、被告担当官作成のメモは、まさにかかる文書に該当する。
また、「内部文書」なる概念は実定法上の概念ではなく、その意味自体あいまいであるにもかかわらず拡大解釈・濫用される傾向があるのでその使用を安易に認めるべきではない。もともと、かかる文書ゆえに提出義務が免除されるのは、その文書が個人のプライバシーに関わるからであり、個人のプライバシーとは無縁の行政文書にまでかかる概念を用いるのは不当といわざるを得ない(同旨斉藤編注解民事訴訟法五巻二一九頁、住吉傅昭和四九年度重要判例解説ジュリスト五九〇号一〇八頁ほか)。
四 同二項4について
1 民訴法三一二条一号で、当事者が自ら引用した文書について提出義務を認めたのは、もっぱら訴訟において当事者は実質的に平等であらねばならないという基本的要請に基づくものであり、当事者が訴訟においてその所持する文書を自ら引用して自己の主張の根拠としながら、秘密の保持を要請されているからといってその提出を拒否するのは当該訴訟における、相手方の防御権を侵害するばかりでなく、訴訟における信義誠実の原則に反し、文書を引用した当事者の主張が真実であるとの心証を一方的に形成せしめ適正な裁判を誤らしめる危険がある。このような場合には、当該文書をして相手方の批判にさらすことが採証法上公正であるから、秘密保持の文書であるにもかかわらずこれを訴訟維持のためにあえて自らの主張の根拠にした当事者は、当該文書の守秘義務を遵守せず、それによって得られる秘密保持の利益を放棄したものとみなされるべきである(同旨名古屋高決昭和五二年二月三日高民集三〇巻一号一頁)。
したがって、被告は、秘密保持を要請されているとする内容の文書をあえて訴訟維持のために自らの主張の根拠にしている以上(同被告がこれら文書を実質的に引用している点については前述の通り)、このような場合同被告は当該文書についての守秘義務を遵守せず、それによって得られる秘密保持の利益を放棄したものというべきである。
また、類似法人の青色申告書等が同被告の主張を裏付ける唯一の証拠であるにもかかわらず、これを全く証拠として提出しないまま、回答書および国税局の担当官の証言をもってこれに代えることを容認することは、同人が実質的な当事者であること(本来、紛争が起きた後に当事者によって作成された書面には証拠価値は認められないし、国税局の担当官は嘘をつかないという経験則があるとはとうてい思えない)、原告には被告の主張するような類似法人が実際に存在するか否か等を確認する手段がないこと等に鑑みると、ただでさえ証拠資料収集能力において劣っている原告の防御権をはなはだしく侵害することとなる。
2 仮に、被告において原本を提出できないのであれば、せめて、住所・氏名を隠蔽した青色申告書等を提出すべきである。
住所、氏名が隠蔽されていれば、申告者を特定できるはずがなく、守秘義務は保たれることはもちろんである。また、これにより十分とはいえないまでも、他の記載の存在それ自体によって類似法人が実際に存在するか否かの検討はもとより、当該類似法人の売上金額その他の数字が被告の主張するものと一致するか否かの検討が可能となり原告の一応の目的が達成される。かかる点が明らかになれば、原告としても、これをもとに申告者まで特定する必要はなく、したがって、申告者の秘密が漏れることはない。
別紙三(相手方の平成三年一〇月二八日付意見書)
申立人(以下「原告」という。)の平成三年一〇月一五日付け文書提出命令申立て(以下「本件申立て」という。)に対する相手方(以下「被告」という。)の意見は、次のとおりである。
第一 意見の趣旨
本件申立てをいずれも却下する
との決定を求める。
第二 意見の理由
本件申立ては、以下の理由によりいずれも却下されるべきである。
一 被告は、原告が提出を求める文書のうち、次の文書を所持していない。
1 原告が提出を求める<1>「被告西尾税務署長が本件更正処分において類似法人として採用した法人一八社の当該事業年度分の青色申告書及び同添付の決算書一切(事業概況書を含む)」のうち、被告西尾税務署管内に存する一法人(被告の平成三年五月一〇日付け第四準備書面添付の別評一、二の西尾アと同じ)以外の一七社に関する文書。
西尾ア以外の各法人に関するものについては、写しを所持しているだけである。
2 被告が提出を求める<2>「被告西尾税務署長が本訴において類似法人でると主張する法人一四社の当該事業年度分の青色申告書及び同添付の決算書一切(事業概況書を含む)」のうち、前同西尾アに関するもの以外の文書。
西尾ア以外の各法人に関するものについては、写しを所持しているだけである。
二 原告が提出を求める文書<1>「被告西尾税務署長が本件更正において類似法人として採用した法人一八社の当該事業年度分の青色申告書及び同添付の決算書一切(事業概況書を含む)」のうち、前同西尾アに関する文書、<2>「被告西尾税務署長が本訴において類似法人であると主張する法人一四社の当該事業年度分の青色申告書及び同添付の決算書一切(事業概況書を含む)」のうち、前同西尾アに関する文書(結局<1>と同じもの)、<3>「一八社の売上高、従業員数、所得、役員報酬額等が記載された類似法人検討表」及び<4>「西尾税務署担当官が本件に関して職務上作成した一八社についてのメモ」の文書についても、原告の本件申立ては、以下の理由により却下されるべきである。
1 民訴法三一二条一号が当事者が引用した文書につきその当事者に提出義務を課した趣旨は、当該文書を所持する当事者が、裁判所に対し、その文書自体を提出することなく、その存在及び内容を積極的に申立てることにより、自己の主張が真実であるとの心証を一方的に形成される危険を避け、そのためには当該文書を提出させて相手方の批判にさらすのが衡平であるという実質的考慮に基づくものであると解される。
よって、同条号所定の「訴訟ニ於テ引用シタル文書」とは、当該者の一方が、訴訟において、その主張を明確にするために、準備書面などにおいて文書の存在を具体的、自発的に言及し、かつ、その存在・内容を積極的に引用した場合における文書を指すものと解するのが相当である。 本件訴訟は、原告の昭和六一年三月一日から昭和六二年二月二八日までの事業年度において、原告の代表取締役天野恒夫及び同取締役であり同人の妻である天野さだ子に対する役員報酬として損金の額に算入した金額のうち、法人税法三三四条に規定する「不相当に高額部分」の認定の争いであり、被告は、右「不相当に高額部分」を法人税法施行令六九条一号の規定から、「類似法人における役員報酬の支給状況」を把握した上認定したが、本件訴訟においては、被告は、乙第九号証ないし同第一一号証に記載された法人一四社の役員報酬の支給状況により主張、立証しているのであって、原告が提出を求める<1>及び<3>の文書に着いては、被告は本訴において引用した事実はないので、民訴法三一二条一号の「引用文書」に該当しないことは明らかである。
2 また、原告は、同条二号により、<1>、<3>及び<4>の文書の提出を求め、文書提出義務の原因を国税通則法九六条二項により閲覧請求し得る文書としているが、右条項は国税不服審判所担当審判官に対する閲覧請求について規定したもであるから、これをもって被告に対する文書提出義務の原因とすること自体失当というべきである。
3 さらに、原告は、同条三号により<4>の文書の提出を求めているが、右文書は法律関係に関係のある事項又は構成要件の一部を記載した文書には該当しない。すなわち、当該文書は内部的に自己使用のために作成した文書であるから、民訴法三一二条三号に該当しないことは明らかである。
4 仮に、原告が提出を求める文書が民訴法三一二条に該当する文書であるとしても、以下に述べる理由により提出義務を免除されるものである。
(一) 民訴法三一二条に定める文書提出義務は、裁判所の審理に協力すべき公法上の義務であり、基本的には承認義務、証言義務と同じ性格のものであるから、文書所持者にも同法二七二条、二八一条一項一号等の規定が類推適用されるものである(東京高等裁判所昭和四四年一〇月五日決定・判例時報五七三号二〇ページ、名古屋地方裁判所同五一年一月三〇日決定・同八二二号四四ページ、浦和地方裁判所同五四年一一月六日決定・訟務月報二六巻二号三二五ページ)。
ところで、民訴法が公務員をその職務上の秘密につき尋問するに際しては行政庁の承認を要する(同法二七二条)とし、公務員の職務上の秘密であることを理由に証言を拒むことができ(同法二八一条一項一号)、証言拒絶の裁判から除外したのは(同法二八三条一項)、何か職務上の秘密に該当するか否かの判断を裁判所ではなく行政庁に委ねた趣旨であると解され(斎藤秀夫・「注解民事訴訟法」五巻四一ページ、五一ページ、井口牧郎「実務民事訴訟講座1・判決手続通論1」三〇六ページほか)、右の理は、守秘義務による文書提出義務の免除についても同様に解されるべきものであり、そうでなければ、人証か物証かの証拠法の差異により公務員の職務上の秘密の保護に違いが生じるという不合理な結果を招来せしめることとなる。このように解する以上は、何が守秘事項に当たり、守秘義務違反を避けるべき方法としていかなる方策を採るべきかの判断は、すべて行政庁に委ねられていると解されなければならない。
(二) 原告が本件申立てによって提出を求める文書は、法人税の確定申告書及び同添付の決算書一切(事業概況書を含む)であるから、いずれも納税者のプライバシーに関する内容等が記載された文書であることは明らかであり、被告として、職務上知り得た納税者の所得に関する事項として、国家公務員法一〇〇条、法人税法一六三条の規定によって実質的にも守秘義務を負うものであることは明らかである。
(三) 以上のとおり、原告が本件申立てによって提出を求める各文書は、いずれも被告が守秘義務を負うものであり、文書提出義務を免れることは明らかであるから、本件申立ては速やかに却下されるべきである。
別紙四(相手方の平成三年一二月二日付意見書)
申立人(以下「原告」という。)の平成三年一〇月一五日付け文書提出命令の申立(以下「本件申立て」という。)についての相手方(以下「被告」という。)の意見は、既に同年一〇月二八日付け意見書(以下「被告意見書」という。)で主張したところであるが、右意見書に対する原告の同年一一月一九日付け意見書(以下「原告意見書」という。)に対し、被告の意見を補充して主張する。
一 原告意見書一、2及び二、2について
被告は、原告が本件申立てにおいて提出を求める<1>「被告西尾税務署長が本件更正処分において類似法人として採用した法人一八社の当該事業年度分の青色申告書及び同添付の決算書一切(事業概況書を含む)」のうち、西尾ア以外の法人に関するもの並びに<2>「被告西尾税務署長が本訴において類似法人であると主張する法人一四社の当該事業年度分の青色申告書及び同添付の決算書一切(事業概況書を含む)」のうち西尾ア以外の法人に関するものの写しを所持しているが、文書の写しは文書提出命令の対象となるものではないし、仮にその対象となるとしても、被告意見書第二、二及び以下に述べるところと同じくこれらの写しについても被告は文書提出義務を負うものではない。
二 原告意見書三について
原告は、民訴法三一二条三号の「法律関係文書」について、提出義務が免除されるのは、その文書が個人のプライバシーに関するからであり、個人のプライバシーとは無縁の行政文書にまでかかる概念を用いるのは不当といわざるを得ない旨主張する。
しかしながら、原告が本件申立てにおいて提出を求める<4>「西尾税務署担当官が本件に関して職務上作成した右法人一八社についてのメモ」は、行政庁の意思形成過程において自己使用のために作成された内部文書であるが、内部文書は、仮に個人のプライバシーとは無縁のものであったとしても、その中には職務上の秘密等に属する事項の記載も多々存するのであるから、その性質上文書提出を求められるべきではないことは明らかである。しかも、原告が提出を求める右文書の中には、個人のプライバシーに関する記載も存するのであるから、個人のプライバシー保護の関係からも守秘義務を負うものであり、この点からも右文書の提出義務が免除されることは明らかである。したがって、原告の右主張は失当である。
三 原告意見書四、1について
原告は、秘密保持を要請されている文書をあえて訴訟維持のために自らの主張の根拠にしている以上、被告は当該文書の守秘義務を遵守せず、それによって得られる秘密保持の利益を放棄したものというべきである旨主張する。
しかしながら、原告の右主張は以下に述べるとおり失当である。
すなわち、本件は、法人税法三四条に規定する「不相当に高額部分」の認定の争いであり、被告は、法人税法施行令六九条一号に規定する「類似法人における役員報酬の支給状況」等から右「不相当に高額部分」を認定しているのであり、被告の右認定は法律的に要求された方法に依拠したものであって、これによって秘密保持の利益を放棄したものでないことは明らかである。しかも、法(法人税法一六三条等)が被告に守秘義務を課すことによって守っているのは、第三者の利益なのであり、その性質上被告が放棄することは許されないものなのである。
四 原告意見書四、2について
原告は「仮に、被告において原本を提出できないのであれば、せめて、住所・氏名を隠蔽した青色申告書等を提出すべきである。」旨主張する。
しかしながら、文書提出命令の制度は、現存するがままの文書の原本の提出を命ずるものであって、右原本により新たな趣旨内容の別個の文書を作成の上提出するよう命ずることまで含むものではないというべきである。また、住所・氏名を隠蔽した青色申告書等の写しであっても、そこには個人のプライバシー、営業上の秘密に属する事項が多数記載されており、その記載内容、筆跡等から当該業者が特定される具体的危険性があるのである(大阪高裁昭和六一年九月一〇日決定・税務訴訟資料一五三三号六〇九ページ)。