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名古屋地方裁判所 平成4年(ワ)2064号 判決 1999年4月23日

本訴原告・反訴被告

岩井伸治

本訴被告・反訴原告

木村明雄

主文

一  反訴被告は、反訴原告に対し、金一三六七万四八四八円及びこれに対する平成三年一月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を反訴被告の負担とし、その余を反訴原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

反訴被告は、反訴原告に対し、金一億一七八一万八三七六円及びこれに対する平成三年一月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、反訴原告が左記一1の交通事故の発生を理由に反訴被告に対し自賠法三条、民法七〇九条により損害賠償請求をする事案である。

一  争いのない事実

1  交通事故

(一) 日時 平成三年一月一四日 午後六時三五分ころ

(二) 場所 名古屋市熱田区白鳥一丁目一番三〇号先路上

(三) 加害車両 反訴被告運転の普通乗用自動車

(四) 被害車両 反訴原告運転の普通乗用自動車

(五) 態様 赤信号により先行車両に続いて停車中の被害車両に加害車両が追突

2  責任原因

反訴被告は加害車を自己のために運行の用に供する者である。

二  争点

反訴被告は反訴原告の損害を争い、特に腰椎椎間板障害(腰推椎間板ヘルニア)と本件事故との相当因果関係、反訴原告の入院の必要性、症状固定時期、後遺障害の存在につき争う。

第三争点に対する判断(成立に争いのない書証、弁論の全趣旨により成立を認める書証については、その旨記載することを省略する。)

一  腰椎椎間板障害と本件事故との因果関係

甲第三号証の一ないし七、第六号証、第一五号証、第一六号証の一ないし四、第二二号証、乙第二号証、第九号証、第一〇号証の一ないし三、証人杉本清及び中島昭夫の各証言によれば、以下の事実が認められる。

1  本件事故は反訴原告の被害車両に反訴被告の加害車両が追突した事案であるところ、本件事故により加害車両はバンパーがわずかに凹損してはずれ、左前照灯が破損しており、被害車両は後部バンパー中央部分凹損の損傷が見られる。これらに照らすと、事故の衝撃は、激烈とはいえないものの、ごくわずかともいえないことが明らかである。

2  反訴原告は、本件事故(平成三年一月一四日)直後、みなと医療生活協同組合協立総合病院(以下「協立病院」という。)に受診した。その際、背部痛、頸部痛、頭がぼーっとする、めまい、両下肢のしびれ、吐き気を訴えていたが、独立歩行は可能であった。事故当日のレントゲン撮影の結果によれば、反訴原告の腰椎には骨棘、すべりなどの加齢性の変性が複数の腰椎間で見られた。反訴原告の主治医である杉本清証人は頸椎捻挫、腰椎捻挫と診断し、入院を強く勧めたが、反訴原告は仕事が忙しいとの理由でこれを断った。同月一九日にも反訴原告の左の足先に明らかな知覚鈍麻があり、医師に改めて入院を勧められたが、反訴原告は二二日から二三日まで出張があると述べて同月二六日になってはじめて検査、治療目的で入院した。

3  入院時の反訴原告の訴えは腰痛、左下肢痛、左下肢筋力低下であり、独歩は可能であるがゆっくりでないと歩けず、起立するまでに時間がかかる状態であった。また、入院時の聞き取りでは、反訴原告は本件事故以前に腰痛や下肢痛、間欠性跛行はなかった。諸検査の結果、第五腰椎と第一仙椎の間の椎間板に骨棘あるいは骨殻があり、同所に神経根及び硬膜の圧迫が見られ、ヘルニアの存在は明らかではないものの同椎間板の不安定性もみられたことから同所の外傷性腰椎椎間板ヘルニアと診断された。しかしまた第四腰椎と第五腰椎との間には約二ミリメートルの前方すべりがみられ、杉本証人は、骨棘、骨殻、すべりはいずれも経年性の変性であると述べている(同証人一五七、一七八項)。

入院後は各種検査、骨盤牽引、神経ブロック療法等が行われ、「L5/Sの不安定性並びに後方骨棘によるS1神経根障害は確実で、症状に最も強く出ているものと考えられる。L3/4に不安定性あり、・・・同所に硬膜管狭小の所見もあり、明らかなヘルニアとは言い難い。神経学的にはL4神経根の障害も考えられる。」(甲一五・平成三年二月一三日欄)、「S1の神経根炎症状が主。L5神経根障害も加わっているようだ。L4神経根障害は回復しているようだ。」(甲一五・同月二四日欄)と複数の腰推間の異常が伺われる医師の所見がある。しかし、最終的に第五腰椎と第一仙椎間の椎間板障害による左の第一仙椎神経根障害と診断され、いったん退院して調子が悪ければ手術を行うとの判断の下に同月二五日に退院した。

4  この一回目の入院時に、反訴原告は、安静の指示を必ずしも守らずに注意されることを繰り返し、入院直後から外泊や外出を行い、飲酒を注意されることもあった。杉本証人も、第一回目の入院につき十分な安静は保てず、その結果全体の経過にいい影響を与えなかったと述べている(同証人一五三項)。

5  退院後、週一回の通院治療による神経ブロック療法等により腰痛はいったん軽減したが、左下肢のしびれ感は変わらないことから同年三月二三日には手術が決定した。

同年三月二〇日作成の杉本証人作成の診断書(甲七)によると、反訴原告の外傷性腰椎椎間板ヘルニアについて、手術療法も検討中であるとの記載があるものの約二か月後の同年五月末日には治癒見込みとなっている。しかし、実際には反訴原告は同年四月二二日に二度目の入院、同月二六日に手術を受け同年八月二三日まで約四か月間入院治療した。

6  手術は、椎弓と骨殻を伴うヘルニアの切除及び第五腰椎と第一仙椎を後ろ側方部分で金属材料及び自己骨により固定する術が行われたものであるが、九時間近くに及び出血量も二〇〇〇ミリリットルを超えた。手術時間の長期化及び大量の出血により反訴原告には手術直後から感染症が疑われ、六月に入っても腰痛や微熱が続いた。杉本証人は創部の発赤、腫脹、膿などの兆候はなかったから局所の感染とは断言できないと述べ、以後約四か月の入院治療も相当と述べるが、他に腰痛や微熱を説明できる事情は見いだすことができず、また、同証人自身が作成した手術前の前記診断書の治癒見込み期間が二か月程度であること(甲七)及びこの診断書作成時に同証人自身手術をやって二か月すれば大体直るというくらいの手術を想定していたと述べること(同証人二四八項)に照らすと、右の証言は信用することができない。

なお、反訴原告は、手術前、腰痛が強く、一キロを歩くのに四回位休まないと歩けないとの訴えがあり、その他の排尿障害等の所見に照らしても手術前に腰椎脊柱管狭窄症の症状もあった可能性が高いが、そのことによっても右の手術技法を不相当とすべき事情は認められない。

7  手術時の所見では、ヘルニアに骨殻が伴っていた旨の記載がある(乙一〇の一、手術記録)。

8  反訴原告は二回目の退院後も腰痛、左足のしびれ、痛みを訴えていたことから、手術した椎間板の上部にある第四、第五腰椎間に直接痛みを和らげる注射をするために第三回目の入院(八日間)となった。杉本証人は、反訴原告の腰痛や左足のしびれ等の症状の原因は第五腰椎、第一仙椎間のみにある、右の注射は間接的に第五腰推、第一仙椎間にも薬が作用して症状を緩和したと述べるが、第三回目の入院経過概要には第四、第五腰椎間が記載され、実際にも第四、第五腰椎間のみに治療を行ったことと矛盾することが明らかである。

9  その後、反訴原告は、同年一二月一六日に激しい腰痛と発熱を訴えて救急車で四回目の入院をした(平成四年四月二五日退院)。諸検査の結果第五腰椎と第一仙椎の間の椎間板の狭小化が見られたことなどから同部分の椎間板炎の疑いと診断された。その原因について、主治医である杉本医師は、当時反訴原告が長期間急性上気道炎を患っていたことから、細菌が血行性で椎間板に侵入したものと考えている。

10  反訴原告は、最終的に平成六年七月一五日に症状固定と診断されている。

以上の事実に照らすと、反訴原告には本件事故を原因として発症した第五腰椎と第一仙椎間の腰椎椎間板障害があることが認められる。

しかし、事故前に発症はしていないとしても事故直後既に反訴原告の腰椎各所の変性が顕著であったこと、手術時の所見で第五腰椎と第一仙椎間のヘルニアに骨殻が伴っていたことなどからして本件事故以前から右のヘルニアが存在した疑いがあることに照らすと、右の腰椎椎間板障害は、本件事故以前からの反訴原告の既往症がかなりの程度寄与していることが明らかである。また、反訴原告自身の当初入院を拒否し、入院後も安静を守らないなどの治療態度が治療期間に影響を及ぼしていることも否定できない。そこで、本件事故の反訴原告の腰椎椎間板障害に対する寄与の程度は五〇パーセントを上回ることはないと見るのが相当である。

二  入院治療の必要性

右に認定した治療経過に照らすと、反訴原告の第一回目及び第二回目の当初の入院治療は本件事故と相当因果関係があることが明らかであるものの、前記認定のとおり第二回目の入院前の主治医の診断によれば手術を行えば二か月程度で治癒の見込みであったにもかかわらず、発熱が長引き、手術による感染症が疑われて入院が長期化したのであるから、第二回目の入院は、本伴事故との関係では手術後約二か月経過した平成三年六月末日以降は本件事故と相当因果関係がないと見るのが相当である。第三回目の入院は第四、第五腰椎間の治療を目的とするものであり、また、第四回目の入院は上気道炎から感染した疑いのある椎間板の炎症であるから、いずれも本件事故と相当因果関係がないものと認められる。

三  後遺障害の存在

1  前記認定のとおり、反訴原告は、本件事故により発症したものと認められる腰椎椎間板ヘルニアにより第五腰椎、第一仙椎間の固定術を受けている。そして前掲各証拠、甲第二二号証及び中島昭夫作成の鑑定書によれば、反訴原告は、本件事故により右の外傷性腰椎推間板ヘルニアのほか頸推捻挫が発症し、これも平成六年七月一五日に症状固定と診断されたものと認められる。しかし、前掲各証拠によれば、本件事故直後に頸椎にも既に変性が認められるのであるから、本件事故の寄与度は腰椎と同様五〇パーセントを超えることはないと認めるのが相当である。

2  右の症状固定時の後遺障害につき、甲第二二号証(後遺障害診断書)は、自覚症状として腰椎部痛、右上肢痛、右上肢ふるえ、左下肢痛、歩行困難、他覚症状及び検査結果として左下肢筋力低下、左採骨部痛、左足部の感覚低下、第五、第六頸椎間に軽度の椎間板の狭小化、同椎間板の脱力、右手握力低下、右手振戦、歩行困難(松葉杖使用)があり、胸腰椎部の運動障害、主として左足関節の機能障害があると記載されている。

中島昭夫作成の鑑定書では、平成八年四月三〇日現在の反訴原告の状況は、頸部の疼痛、上下肢の知覚鈍麻を訴えるが、腰椎の伸展が疼痛により不能、徒手筋力テストの一部が疼痛のため一部測定不能とある外は、頸部・上肢の運動範囲はほぼ正常であり、右手の握力が一五キログラムと左手の約三分の一であるものの筋萎縮は認められず、下肢にも特段の筋萎縮はない。しかし、同鑑定書によれば、平成七年一二月当時の日常生活動作は、上肢の動作については骨付き魚の処理、ズボン、スカートの着脱、右手のボタン操作、靴下の着脱、左手・足の爪切り、背・足を洗う・拭くことがいずれも不能、手紙などを書くことは時に不能と記載されており、移動動作については立位からしゃがむ、歩行、坂道の上り下り、手摺付き階段の上り下り、地上の物を拾い上げることがいずれも不能となっている。同鑑定書は、これらを総合して、現存する障害の程度は「神経系統の機能に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することのできないもの(第五級の一の二)」に該当すると判断している。

3  しかし、甲第二七号証の一一ないし四七、同号証の五五によれば、反訴原告は平成九年一〇月一一日当時には松葉杖なしで右手に荷物を持って歩行し、かがむ、中腰になるなどの動作をとることが可能であり、特にかさばるものを右手で支えて歩行することも可能であったことが認められ、このことに照らすと、症状固定時の反訴原告はもっぱら各所の疼痛により動作が制限される状態にあったとみるのが相当である。そうすると、後遺障害の程度は後遺障害等級一二級の一二にいう局部に頑固な神経症状を残すものに該当するとみるのが相当である。

四  損害額

1  治療費(請求一四九一万五二五六円)四五八万七六五一円

乙第一七号証によれば、前記認定の本件事故時から平成三年六月末日までの入通院治療費として六六五万八四六六円、平成三年七月一日から症状固定の平成六年七月一五日までの通院治療費として二五一万六八三五円合計九一七万五三〇一円を認めることができる。

これに本件事故の寄与度五〇パーセントを乗じた四五八万七六五一円が本件事故と相当因果関係に立つ治療費として相当と認められる。

(6,658,466+2,516,835)×50%=4,587,650.5

2  装具費(請求一一万三二二〇円) 五万六六一〇円

乙第四、第五号証、第六号証の一ないし三、第七号証の一、二によれば、装具費として一一万三二二〇円を認定することができる。そこで、これに本件事故の寄与度五〇パーセントを乗じた五万六六一〇円が本件事故と相当因果関係に立つ装具費として相当と認められる。

3  入院雑費(請求四一万九九〇〇円) 五万〇五〇〇円

反訴原告の入院期間のうち、第一回目(三一日間)及び第二回目のうち前記認定のとおり本件事故と相当因果関係が認められる平成三年六月末日までの日数(七〇日間)の合計一〇一日間について一日当たり一〇〇〇円の割合で、かつ、これに本件事故の寄与度五〇パーセントを乗じた五万〇五〇〇円が本件事故と相当因果関係に立つ入院雑費として相当と認められる。

4  休業損害(請求三二二一万円) 五八六万二五〇〇円

乙第八号証、第一一号証、第一三号証の一、二、第一八号証によれば、反訴原告は、平成二年九月までは友人と会社を共同経営していたが、同年一〇月から一人で工事や清掃等を行う有限会社を経営し、仕事による収入は月額五〇万円、その他に半年ごとに五〇万円の役員報酬を得ていたことが認められる。そうすると、実際に稼働することができないために被る損害は月額五〇万円の給与の範囲に限るとみるのが相当である。

そして、前掲各証拠によれば、反訴原告は本件事故の翌日から平成三年一月二六日の最初の入院前まで稼働していたことが認められ、また前記認定のとおり入院期間は平成三年六月末日までが本件事故と相当因果関係に立つものと認められることに照らし、平成三年一月二六日から同年六月末日までの一五六日間について一〇〇パーセント、平成三年七月一日から症状固定の平成六年七月一五日まで三年と一五日について五〇パーセントの休業損害を認める。

したがって、反訴原告の休業損害は一一七二万五〇〇〇円となる。

500,000/30×156+(500,000×36+500,000/30×15)×50%=11,724,999.8

これに本件事故の寄与度五〇パーセントを乗じた五八六万二五〇〇円が本件事故と相当因果関係に立つ休業損害として相当と認められる。

11,725,000×50%=5,862,500

5  後遺症による逸失利益(請求五〇六六万円) 一六二万〇一九二円

前記認定のとおり、反訴原告の後遺障害の程度は後遺障害等級一二級一二号程度であると認められ、かつ、前記認定に照らすと、後遺障害により労働能力が喪失する期間についても五年をもって相当と認める。

したがって、本件事故直前の反訴原告の月収五〇万円を基礎とし、労働能力喪失率一四パーセント、本件事故時に換算した症状固定時から労働能力喪失期間五年間の新ホフマン係数(本件事故時から右の期間満了まで八年間の新ホフマン係数六・五八八六から本件事故時から症状固定時まで三年の新ホフマン係数二・七三一〇を控除した三・八五七六)とすると、逸失利益は三二四万〇三八四円となり、

500,000×12×14%×3.8576=3,240,384

これに本件事故の寄与度五〇パーセントを乗じた一六二万〇一九二円が本件事故と相当因果関係に立つ逸失利益として相当と認められる。

6  慰謝料(請求―入通院五〇〇万円、後遺障害一四五〇万円)

入通院一三五万円、後遺障害一三五万円

前記認定の本件事故と相当因果関係に立つ入院期間一〇一日間に前掲各証拠から認められる症状固定までの通院期間、本件事故の寄与度を併せ考えると、入通院慰謝料は一三五万円、後遺障害慰謝料一三五万円が相当と認められる。

7  小計 一四八七万七四五三円

五  損害の填補 一二〇万二六〇五円

反訴原告が損害の填補として受領したと自認する右金員を控除すると、反訴被告が反訴原告に対して賠償すべき損害額は、一三六七万四八四八円となる。

六  結論

以上によれば、反訴原告の請求は、一三六七万四八四八円及びこれに対する本件事故の翌日である平成三年一月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 堀内照美)

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