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名古屋地方裁判所 平成5年(モ)834号 決定 1994年1月26日

主文

本件申立てを却下する。

理由

一  申立ての要旨

1  被申立人は、申立人を被告として、

(一)  申立人は訴外株式会社東海銀行(以下、単に「東海銀行」という。)に対し、訴外株式会社セントラルファイナンスに対する同銀行の貸金が、回収不能となつたことにより生じた損害金一五〇億四七〇〇万円を支払え、

(二)  申立人は東海銀行に対し、同銀行の訴外セントラルファイナンスサービス株式会社に対する貸金一一〇〇億円を直ちに返還させよ、

との訴え(以下「本件訴訟」という。)を提起した。

2  しかしながら、被申立人は、

(一)  昭和五九年には七社、昭和六〇年には五社の株主総会にそれぞれ出席し、出席した各株主総会において、いずれも不規則発言、動議の提出、議案修正案及び長時間にわたる質問をしており、金融機関である訴外株式会社住友銀行の株主総会においても、昭和六二年から平成三年まで五年連続で出席し、質問、発言あるいは動議を提出しているが、特に昭和六三年には役員賞与金をゼロにすべきとの議案修正案を提出し、平成二年には「議長は傀儡である。」等の、平成三年には「お前は議長の資格はない。」等の各発言をしている。

(二)  東海銀行の株主総会にあつては、平成四年と平成五年の二年連続で出席し、平成四年には議長の発言に野次を飛ばし、かつ、二〇項目からの質問をし、平成五年には「株主代表訴訟を提起する。」と明言している。

(三)  本件訴訟の訴状において、ことさらに「被告の親分格、元当銀行のワンマン会長」「悪徳主義」「金融犯罪」「卑劣な知能犯頭取」等の言辞を弄し、本件訴訟がマスコミ等にセンセーショナルに取り上げられることを意図していることが窺える。

3  以上から明らかなように、被申立人の本件訴訟の提起は、株主としての権利を擁護するためではなく、専ら被申立人の示威活動のためになされたものであることは明白であつて、商法二六七条六項の準用する同法一〇六条二項の「悪意」に基づく訴えの提起であるというべきである。

4  被申立人による本件訴訟の提起により、申立人は応訴を余儀なくされ社会的信用と名誉を著しく失墜させられたばかりか、東海銀行の代表取締役頭取としての職務執行が萎縮するなど申立人の受ける精神的苦痛は甚大なものがあるうえ、訴訟遂行のため弁護士費用等の支出も見込まれる。

5  よつて、申立人は、申立人が受けるべき損害につき、被申立人に対して相当の担保を提供すべき旨命じることを求める。

二  当裁判所の判断

1  本件記録によると、被申立人が、申立人主張の各会社の株主総会において、その主張の言動をした事実は一応認めることができ、本件訴状に申立人主張の表現の記載があることも記録上明らかである。

2  しかしながら、被申立人による本件訴訟の提起が、商法二六七条六項の準用する一〇六条二項所定の「悪意」に出たものであるというには、被申立人(原告)において、取締役である申立人(被告)が東海銀行に対して負うべき責任のないことを知りながら、専ら申立人を害する企図をもつて提起した訴えであることが必要であると解すべきであるところ、申立人主張の前記諸事実は、確かに被申立人において株主としての権利行使に穏当を欠く面が多分にあつたことは優に推認するに難くはないが、この事実をもつて、申立人の東海銀行に対する責任がないことを知りながら、専ら申立人を害する企図をもつて被申立人が本件訴訟を提起したものであるとは直ちにいえず、他にこれを疎明するに足る証拠もない。

三  結論

以上によると、申立人の本件申立ては、その余の判断をするまでもなく失当として却下を免れ得ない。

よつて、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大橋英夫 裁判官 北沢章功 裁判官 入江秀子)

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