名古屋地方裁判所 平成5年(ワ)2025号 判決 1997年1月17日
原告
新實智之
被告
岩本貴子
ほか一名
主文
一 被告らは、原告に対し、各自金五二四万六一八四円及びこれに対する平成二年七月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用については、これを二〇分し、その一九を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、各自九〇〇〇万円及びこれに対する平成二年七月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、左記一1の交通事故の発生を理由として、原告が、被告岩本貴子(以下「被告貴子」という。)に対し自賠法三条に基づき、被告岩本一恵(以下「被告一恵」という。)に対し不法行為に基づき、それぞれ損害賠償を求めるものである。
一 争いのない事実
1 本件事故
(一) 日時 平成二年七月一三日午後一時三〇分ころ
(二) 場所 愛知県瀬戸市高根町一丁目一五〇番地先道路上
(三) 関係車両 原告運転の普通乗用自動車(以下「原告車両」という。)
(四) 関係車両 被告一恵運転の普通乗用自動車(以下「被告車両」という。)
(五) 態様 右場所の交通整理の行われていない交差点(以下「本件交差点」という。)において、右交差点を殆ど通過し終えていた原告車両の右側後部と被告車両の前部とが衝突した。なお、被告車両の進行していた道路には、本件交差点の手前において一時停止の規制がなされていた。
2 原告の受傷及び治療経過
原告は、本件事故により環軸椎亜脱臼等の障害を負つているものとする診断を受け、本件事故当日である平成二年七月一三日から同年八月一四日までの三三日間、公立陶生病院整形外科に入院し、同月一五日に名古屋第二赤十字病院に通院した後、同月一八日から同年一一月一四日までの八九日間、名古屋第二赤十字病院に入院して治療を受け、さらに、その後、症状が固定したものと診断された平成三年九月一八日までの間に一〇日、名古屋第二赤十字病院に通院した(甲三号証、甲四号証の一ないし五)。
3 責任原因
(一) 被告貴子は、被告車両を自己のために運行の供に供するものである。
(二) 被告一恵は、本件交差点に進入する際に、左方の安全を確認すべき注意義務を怠つた。
二 争点及び当事者の主張
1 損害額(特に原告の後遺障害の程度、本件事故との因果関係)
(一) 原告の主張
原告は、本件事故によつて環軸椎亜脱臼の障害を負つたものであり、これによつて、脊柱に著しい運動障害を残し、また、局所に頑固な神経症状を残しているのであつて、これらは、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表六級五号及び一二級一二号に該当するから、これを併合すると、原告には同等級表五級相当の後遺障害が残存しているものというべきである。
(二) 被告らの主張
原告に生じているとされる環軸椎亜脱臼が本件事故と因果関係のあるものであるか否かについては相当の疑問がある。
また、原告の症状固定時における診断によれば、原告の頸椎の可動域は、原告の主張する程度までは制限されておらず、右の可動域の測定が被験者の主観に左右され易いものであることにも照らすと、原告に、その主張する程度の重篤な後遺障害があるものとは考えられない。仮に、現在、原告の主張する程度の後遺障害があるとしても、本件事故後、別の要因によつて悪化した可能性があり、これがすべて本件事故と相当因果関係のあるものとはいえない。さらに、原告は、本件事故後も営業職として稼働しているのであつて、現に稼働していることに照らすと、右職務に従事する上で、その後遺障害によつて大きな支障を受けているものとは考えられないから、その労働能力喪失率及び労働能力喪失期間は適正な範囲に限定されるべきである。
2 過失相殺
(一) 被告らの主張
本件交差点は、相互に見通しの悪い交差点であるから、原告には、本件交差点の手前において徐行し、交差道路の左右の安全を確認すべき注意義務があるというべきである。しかし、原告は、右義務を怠り、漫然と相当の速度で原告車両を運転し、本件交差点に進入させたものである。
これに対し、被告一恵は、本件交差点の手前において一時停止の規制に従つて被告車両を一時停止させ、時速一〇キロメートルないし一五キロメートルで被告車両を本件交差点に進入させたものである。
その他、原告がシートベルトを装着していなかつたことなどをも考慮し、四割の過失相殺がなされるべきである。
(二) 原告の主張
被告一恵は、本件交差点の手前において一時停止義務を怠り、左右の安全を確認することもなく、少なくとも時速約三〇キロメートルの速度で被告車両を本件交差点に進入させたものである。
これに対し、原告は、本件交差点の手前で時速約一〇キロメートル程度にまで原告車両を減速させ、徐行義務を尽した上、左右の安全を確認して原告車両を本件交差点に進入させたものである。
したがつて、本件事故は、被告一恵の一方的な過失に基づいて発生したものというべきである。
第三争点に対する判断
一 争点1(損害額)について
1 治療費(請求額五一〇万八八六三円) 五一〇万八八六三円
原告が環軸椎亜脱臼の障害を負つている旨の診断を受けていることは当事者間に争いがないところ、甲二〇、二一号証(いずれも名古屋第二赤十字病院におけるカルテ)中には、原告の環軸椎の不安定性については、本件事故という契機はあるものの、外傷に起因するものと正確に証明する手段はないと記載されている部分や、これが完全に外傷によつて起因したものとは断定し難いが、他に奇形が見られないことからすれば外傷性でないと断定することもできないと記載されている部分があり、被告らは、右記載に基づいて、原告の環軸椎亜脱臼が本件事故によつて生じたものか否かについて疑問があると主張するが、乙一二五号証、原告本人によれば、原告は、本件事故以前の昭和六〇年六月一四日に別件の交通事故に遭つて、頸部挫傷等の障害を受けているが、その際に受けた頸椎のレントゲン検査やCT検査の結果には異常がないとされていること、また、原告は、本件事故の前には頸椎の回旋運動などにおいて何ら支障がなかつたことが認められ、これによれば、原告の環軸椎亜脱臼は本件事故に起因して発症したものというべきであり、甲二〇、二一号証中の前記部分も、原告の環軸椎亜脱臼が本件事故と因果関係のないものであると断定しているものではないから、右認定の妨げとなるものではないというべきである。
そうすると、原告は、本件事故によつて右の環軸椎亜脱臼の障害を負つたものというべきであるから、これに対する前記治療は、本件事故と相当因果関係のあるものといわなければならない。
そして、原告が、右治療のために五一〇万八八六三円の費用を要したことは当事者間に争いがない。
2 付添看護料(請求額八三万七〇〇〇円) 〇円
原告は、前記の入院期間中及び自宅療養中の三五日間について、当時の婚約者で現在はその妻である訴外新實美砂に付添看護を受けたとして、入院中は一日当たり六〇〇〇円、自宅療養中は一日当たり三〇〇〇円の付添看護料を請求し、甲二五号証(原告の陳述書)、原告本人の供述中には、原告は、頸椎を固定されていたために、食事や排泄について付添を必要としたとする右主張に沿う部分があるが、甲三号証、甲四号証の一ないし五(公立陶生病院及び名古屋第二赤十字病院における診断書)によれば、原告が付添看護を要するとする旨の診断はなされていないことが認められ、また、甲二〇、二一、三〇号証によれば、原告は、公立陶生病院に入院した当初は安静を保つために動くことを禁じられていたが、その間は看護婦によつて頻繁に看護されており、また、平成二年七月二六日には装具を装着し、翌二七日からは歩行訓練を始めていて、その後の原告には、歩行などにおいて特段の支障があつたとすべき事情は窺われないこと、原告は、前記のとおり、同年八月一八日に名古屋第二赤十字病院に入院しているが、その入院は、当初は検査目的であり、かつ、右入院時の原告の症状については、歩行は良好で日常生活に支障はないとされていたこと、原告は、同年九月五日に環軸椎の後方固定手術を受けたが、右手術の後には看護婦によつて頻繁に看護されており、また、同月七日からは歩行器を用いて歩行することができるようになつていて、さらに、原告は、同月一〇日には歩行器を用いずに安定して歩行していることが認められ、これらによれば、原告が前記の入院中などに付添看護を要したものということはできないところであつて、これに反する前掲甲二五号証及び原告本人の前記供述部分を採用することはできないといわざるを得ず、その他、原告が付添看護を要したことを認めるに足りる証拠はない。
なお、原告は、本訴提起前の示談交渉中に、被告らが付添看護費用について原告に生じた損害であることを認めていたとする旨の主張をし、甲三一号証の一中には右主張に沿う部分があるが、これは、示談交渉過程において本件事故による紛争の全体を解決するための一環として提案されているものに過ぎないことが明らかであるから、右事情をもつて、原告の請求に理由があるとすることはできないといわざるを得ない。
したがつて、原告の付添看護費用の請求には理由がない。
3 入院雑費(請求額一七万〇八〇〇円) 一三万四二〇〇円
前記のとおり、原告は、本件事故によつて合計一二二日間の入院を余儀なくされているところ、入院雑費は一日当たり一一〇〇円と認めるのが相当であるから、右金額となる。
4 通院交通費(請求額二六万五七六三円) 一三万二八八一円
原告が、名古屋第二赤十字病院に通院した一〇日について、原告とこれに付き添つた訴外新實美砂の交通費として二六万五七六三円を支出したことは当事者間に争いがないところ、右2において説示したとおり、原告が通院するために付添が必要であつたということはできず、そうすると、付添人の交通費が本件事故と相当因果関係のある損害になるということもできないところである。そして、弁論の全趣旨によれば、原告が交通費として支出した右金額のうちの半額は、付添人の交通費であると推認することができるから、結局、本件事故と相当因果関係のある通院交通費相当の損害額は右金額となる。
5 装具購入費等(請求額六万九六七〇円) 六万九六七〇円
原告が前記の傷害の治療のために要した装具等を購入するために右金額を必要としたことは当事者間に争いがない。
6 休業損害(請求額六九〇万二九二六円) 二八三万二三六三円
(一) 休業期間について
原告は、本件事故後から症状固定の診断を受けた平成三年九月一八日までの四三三日間、休業を要したと主張し、原告本人の供述中には、平成三年七月二二日から就労を始めたとする部分があるところ、甲二〇号証によれば、原告は、名古屋第二赤十字病院を退院した後、平成三年四月一七日ころには、受傷部位である環軸椎は安定しており、神経学的な異常所見もなく、運動痛や感覚異常もないと診断されていること、原告は、右病院の医師に対して、同年五月一八日に、一か月半前から就労している旨の申告をしており、同年七月一〇日にも就労している旨の申告をしていること、そのころ、原告は、頸部から肩にかけて硬い感じがあると訴えたり、右後頭部の不快感を訴えたりしているものの、その他には格別の異常所見はないと診断されていることが認められ、右によれば、原告の受傷による症状は順調に回復していたものというべきであつて、医師に対する右の申告内容にも照らし、原告は、平成三年四月初めころからは、就労することが可能であり、かつ、現実に就労していたものというべきである。したがつて、これに反する原告本人の右供述部分を採用することはできない。
ところで、甲五、六、一七、二六号証、鑑定の結果によれば、原告は、症状固定時の名古屋第二赤十字病院における後遺障害診断においては、環軸椎の回旋運動制限の後遺障害を残しているとされ、平成四年七月八日の同病院における診断では、原告の頸椎の可動域は、右回旋、左回旋とも二〇度であるとされていること、鑑定人平光尚志が平成七年一二月二二日に診断したところによれば、原告の頸椎の可動域は、回旋運動のみならず、前後屈、側屈においても著しく制限されていると判断されていること、自動車保険料率算定会名古屋調査事務所においては、原告には、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一一級七号に該当する後遺障害があるものと認定されており、労働者災害補償保険においては、同法の障害等級表八級に相当する後遺障害があると認定されていること、さらに、鑑定人平光尚志の判断では、原告には、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表六級五号及び一二級一二号に該当する後遺障害があるものとされていることが認められ、これと前記認定の原告の受傷の部位・程度、入通院期間などをも斟酌すれば、原告は、右のとおり就労可能となつて、現に就労し始めた後にも、一定の休業は余儀なくされていたものと推認するのが相当である。
以上によれば、原告は、本件事故後、平成三年三月末日までの二六二日間は完全に休業することを要し、その後、症状の固定した平成三年九月一八日までの一七一日間は、その五割の休業を余儀なくされたものと推認するのが相当である。
(二) 原告の収入額について
甲二五号証、乙一〇、一一号証、原告本人によれば、原告は、昭和四〇年一〇月二一日生まれで本件事故当時二四歳であつたが、高校を卒業した後、株式会社豊田自動織機製作所、原告の父の経営する株式会社東海リソーに勤務し、本件事故当時は自動販売機の販売会社である株式会社ビツグベアーにおいて営業の職務に従事していたこと、原告は、右の株式会社東海リソーに勤務していた昭和六三年には二六〇万二〇〇〇円の年収を得ていたが、平成元年三月に株式会社東海リソーが倒産したため、同年五月から株式会社ビツグベアーに就職することとなり、平成元年の年収は一四八万五〇〇〇円であつたことが認められる。
他方、甲七号証、甲八、九号証の各一、二、甲二五号証、原告本人の供述中には、原告は、株式会社ビツグベアーにおいて、平成二年四月一六日から同年五月一五日までの一か月間に歩合給を含めて三一万八〇〇〇円の、翌一か月間に三二万八〇〇〇円の、本件事故直前の一か月間に五九万八〇〇〇円の給与を得ていたとする部分、原告は同年五月に体調を崩して入院し、歩合給が減少したため、そのころの給与額は右程度となつているが、それまでの月平均の手取り給与額は四〇万円ないし四五万円であつたとする部分、原告は、平成二年一二月期及び平成三年七月期の賞与合計九一万八〇〇〇円の支給を受けることができなかつたとする部分、原告の株式会社ビツグベアーにおける平成元年の給与は二九七万五〇〇〇円であつたとする部分など、原告の主張に沿う部分がある。
しかしながら、株式会社ビツグベアー作成の原告の給与所得の源泉徴収票には、平成元年分の原告の給与所得が一七一万五〇〇〇円であるとするもの(甲九号証の一)と一四八万五〇〇〇円であるとするもの(乙七号証)が存在し、その信用性には強い疑いを抱かざるを得ないといわざるを得ず、そうすると、同社作成の甲七号証、甲八、九号証の各一、二は、いずれも採用できないというほかないところであつて、また、乙一〇、一一号証(市民税・県民税証明書)にも照らし、原告の主張に沿う右各証拠を採用することはできないというべきである。
そして、他に、前記認定を左右するに足りる証拠はない。
右によれば、原告の年収額は、昭和六三年は二六〇万二〇〇〇円であり、平成元年は一四八万五〇〇〇円であつたというべきであるが、原告は、右認定のとおり、平成元年には勤務先の倒産があつて本来得ることができる収入を得ていなかつたものと推認できるから、昭和六三年の年収額にも照らし、原告の本件事故当時の年収額は、平成二年賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・高卒の二〇歳から二四歳までの年収額(二九七万五〇〇〇円であることは公知の事実)に相当するものであつたと推認するのが相当である。
(三) 休業損害額
右(一)、(二)によれば、本件事故によつて原告が被つた休業損害の額は、次の計算式のとおり、二八三万二三六三円となる。
2,975,000÷365×(262+171×0.5)2,832,363
7 入通院慰藉料(請求額二五〇万円)一六五万〇〇〇〇円
前記の原告の受傷の部位・程度、入通院期間など本件における一切の事情を斟酌すれば、原告の入通院に対する慰藉料は右金額であると認めるのが相当である。
8 後遺障害逸失利益(請求額一億〇五〇一万七七二三円) 一六九二万一九八四円
既に認定したとおり、原告は、名古屋第二赤十字病院における後遺障害診断において、環軸椎の回旋運動制限の後遺障害を残しているとされており、自動車保険料率算定会名古屋調査事務所において自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一一級七号に該当する後遺障害があるものと認定され、また、労働者災害補償保険においては同法の障害等級表八級に相当する後遺障害があると認定されているところ、鑑定の結果によれば、鑑定人平光尚志が平成七年一二月二二日に原告を診断したところによると、原告の頸椎の可動域は、他動において、前屈が一〇度、後屈が一五度、右側屈が九度、左側屈が一〇度、右回旋が四度、左回旋が五度とされており、右可動域は、回旋運動制限のみならず、前後屈、側屈においても著しく制限されているという内容の検査結果になつていること、右診断によると、原告には、右大後頭神経における圧痛と放散痛、右後頭部から項部にかけての知覚過敏などの神経症状があるとされていること、これらにより鑑定人平光尚志は、原告には自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表六級五号(脊柱の著しい運動障害)及び一二級一二号(局所の頑固な神経症状)に該当する後遺障害があるものと判断していることが認められる。
しかし、他方、甲五、一七、二〇号証によれば、原告は、名古屋第二赤十字病院においては、症状固定の診断を受けた当時、頸部から肩にかけて硬い感じがあると訴えたり、右後頭部の不快感を訴えたりしているものの、受傷部位である環軸椎は安定しており、神経学的な異常所見もなく、運動痛や感覚異常もないと診断されていること、原告の頸椎の可動域については、環軸椎の回旋運動についてのみ制限を受けているとされ、その可動域は、症状固定の診断時において約三〇度であり、平成四年七月八日の測定時において右回旋、左回旋とも二〇度であるとされていることが認められる。
そうすると、原告には、症状固定の診断を受けた当時には存在しなかつた神経症状が新たに発現していることになるほか、頸椎の可動域制限についても著しく悪化していることになるが、右の症状固定の診断を受けた後、鑑定に際して診断を受けるまでの間に、他の要因が介在しないまま、右のような症状の著しい悪化を生ずることは通常考え難いものといわざるを得ず、原告の鑑定時の後遺障害の状態が、本件事故と相当因果関係のあるものというためには、右のような症状の悪化を生じたことについての合理的な説明が必要であるというべきである。そして、この点、鑑定の結果によれば、このような症状の悪化を惹起した病因は確認できなかつたとされていることが認められるから、結局、右の合理的な説明もないといわざるを得ない。したがつて、鑑定時の原告の症状は、本件事故による症状が固定したものと診断された後に、原告の頸椎が他の何らかの要因によつて悪影響を受けた結果であるといわざるを得ず、また、右要因が本件事故と関連するものであることを認めるに足りる証拠もないから、鑑定時の原告の後遺障害の状態と本件事故との間には相当因果関係がないというほかなく、他に、右因果関係を認めるに足りる証拠はない。
以上によれば、本件事故と相当因果関係のある原告の後遺障害は、その症状固定時の状態に基づいて判断されるべきであることになり、前記のとおり、その内容は、頸椎の回旋運動についてのみ制限が存在し、その可動域は約三〇度の回旋運動が可能な程度のものであつて、その他に格別の神経症状などはなかつたというべきところ、鑑定の結果によれば、頸椎の正常可動範囲は、回旋において左右共に概ね六〇度ないし七〇度程度であるとされていることが認められるから、結局、原告の頸椎の可動域制限は、頸椎の主要運動である前後屈及び側屈には制限がなく、回旋においてのみ正常可動範囲の二分の一程度に制限されているものであることとなる。そうすると、原告の後遺障害は、脊柱に奇形を残すものというべきであつて、これは、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一一級七号に該当するものというべきである。
そして、その他、原告が右認定以外の後遺障害を負つていることを認めるに足りる証拠はない。
よつて、右によれば、原告は、症状の固定した二五歳から就労可能な六七歳に致るまでの四二年間を通じ、その労働能力の二〇パーセントを喪失したものというべきであり、かつ、前記説示のとおり、右期間を通じて、少なくとも症状固定時である平成三年の賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・高卒の二五歳から二九歳までの年収額(三九〇万六六〇〇円であることは公知の事実)に相当する収入を得ることができたものと推認することができるから、これに基づいて原告の後遺障害による逸失利益の本件事故当時の現価を計算すると、適用すべき新ホフマン係数は四三年の係数から一年の係数を控除したものとなるので、次の計算式のとおり、一六九二万一九八四円となる。
3,906,600×0.2×(22.6105-0.9523)=16,921,984
9 後遺障害慰藉料(請求額一四〇〇万円) 三三〇万〇〇〇〇円
既に認定した原告の後遺障害の内容・程度等、本件における一切の事情を斟酌すると、原告の後遺障害に対する慰藉料は右金額であると認めるのが相当である。
二 争点2(過失相殺)について
1 甲一二ないし一六、二一号証、甲二四号証の一、二、甲二五号証、乙三号証の一ないし二二、乙五号証の一ないし二〇、乙六号証、原告本人、被告一恵本人と争いのない事実によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 本件交差点は、ほぼ南北に通ずる幅員約四・八メートルないし約五・四メートルの道路と、ほぼ東西に通ずる幅員約四・二メートルの道路とが交わる交通整理の行われていない交差点であるところ、東西に通ずる道路には、本件交差点の手前において一時停止の規制がなされており、また、右各道路は、いずれも最高速度が時速四〇キロメートルと規制されていた。さらに、南北に通ずる道路を北から南に進行する車両と東西に通ずる道路を西から東に進行する車両との間の相互の見通しは悪い状況にある。
(二) 原告は、右の南北に通ずる道路を北から南に向かつて時速約三〇キロメートルで原告車両を走行させ、本件交差点の手前で時速約一〇キロメートルないし約一五キロメートル程度にまで減速して本件交差点に進入した。そして、本件交差点をほぼ通過し終えようとしていた原告車両の右後輪付近に、被告車両の前部右角付近が衝突した。その結果、原告車両は、その後部を左に振られて、衝突地点から東南の方向に斜めに移動し、本件交差点の東南の角に設置してあつた電柱に原告車両の左後部ドア付近を衝突させ、さらに、その反動で原告車両はその後部を右に振られ、その前部をほぼ東に向けて、南北に通ずる道路を塞ぐような状態で停止した。
なお、原告は、右衝突の直前まで、被告車両には気付いていなかつた。
(三) 被告は、右の東西に通ずる道路を西から東に向かつて時速約三〇キロメートルで被告車両を走行させ、本件交差点の手前の停止線よりさらに手前の位置で一時停止したものの、右位置では左方の状況を確認することができないのに、車両のエンジン音などが聞こえなかつたため、交差道路を走行する車両はないものと軽信して被告車両を急発進させたところ、その直後に、左方から本件交差点に進入してくる原告車両を発見して、急ブレーキをかけようとするとともに左にハンドルを切つて避けようとしたものの間に合わず、右のとおり、被告車両の前部右角付近を原告車両の右後輪付近に衝突させた。
(四) なお、本件事故によつて、原告車両は、右後輪付近に一定の破損を受け、また、左後部ドア付近には相当に深い凹損を受けているほか、フロントガラスの左の部分にひび割れの破損を受けている。
他方、被告車両は、その前部右角付近に一定の破損を受けている。
(五) さらに、原告は、本件事故当時、シートベルトを確実に装着していなかつたため、右衝突の衝撃によつてシートベルトが外れ、原告車両のフロントガラスの左の部分に頭部を打ち付けた。
2 ところで、被告らは、原告車両は、本件交差点の手前において徐行せずに、相当の速度で本件交差点に進入したのに対し、被告車両は低速であつたと主張し、乙六号証(被告一恵の陳述書)、被告一恵本人の供述中には、原告車両は瞬間的に目の前を通過したとする部分や、被告は、アクセルを軽く踏んで発進し、発進後間もなく衝突しているから、被告車両は低速であつたとする部分など、右主張に沿う部分がある。そして、右認定のとおり、原告車両は、電柱に衝突した結果、左後部ドア付近に相当に深い凹損を受けているのみならず、電柱との衝突の後にさらに前方に進んで停止しているのであるから、これに照らすと、原告車両が相当の速度で進行していたとすべき余地もない訳ではない。
しかしながら、原告車両の速度に関する被告一恵本人の右供述部分等は、感覚的に相当の速度であつたとするに過ぎないものであり、これをもつて、直ちに右認定を左右することはできないというべきであるし、被告車両の発進の状況に関する右供述部分等についても、甲一五、一六号証によれば、被告一恵は、本件事故直後には、警察官に対して、アクセルを踏み込んで急発進した旨の供述をしていることが認められ、これに照らすと直ちに採用することはできないといわざるを得ない。また、原告車両の左後部ドア付近の凹損については、原告車両の後部が衝突地点から東南の方向に斜めに移動して電柱に衝突した結果生じたものであるから、原告車両の走行による運動エネルギーが寄与して生じた部分も確かにあるというべきであるが、前記認定のとおり、被告車両に衝突された結果、原告車両の後部が左に振られて電柱に衝突していることからすれば、被告車両の衝突によつて受けた運動エネルギーが寄与して生じた部分も相当にあるものというべきであり、右凹損の程度から、原告車両のみが高速で進行していたものということはできないところである。むしろ、原告車両の右凹損が相当に深いことに照らすと、被告車両の衝突速度も無視できない程度のものであつたといわなければならず、この点からも、被告車両は急発進していないとする趣旨の前記供述部分等は採用できないというべきである。
したがつて、被告らの右主張を採用することはできない。
3 他方、原告は、被告車両の前部の破損や原告車両の左後部ドア付近の凹損の塑性変形量に照らして、被告車両が少なくとも時速約三〇キロメートルの速度で本件交差点に進入したことは明らかであるとし、右速度に照らすと被告車両が本件交差点の手前で一時停止をしなかつたことも明らかであると主張するが、被告車両の前部の破損の塑性変形量を詳細に明らかにする証拠はないといわざるを得ず、また、原告車両の左後部ドア付近の凹損については、右2に説示したとおり、被告車両の衝突によつて受けた運動エネルギーによつてのみ生じたものではなく、原告車両の走行による運動エネルギーも寄与して生じているものであるから、右のように相当に深い凹損であるからといつて、直ちに被告車両が高速で走行していたということはできないといわなければならない。そして、他に、この点に関する前記認定を左右するに足りる証拠はないから、原告の右主張を採用することはできない。
また、原告は、シートベルトを着用していたと主張し、甲二五号証、原告本人の供述中には、右主張に沿う部分があるが、甲二一号証によれば、原告は、医師に対して、シートベルトを緩く締めていたため、これが外れ、頭部をフロントガラスに打ち付けたと申告していることが認められ、前記認定のとおり、原告車両のフロントガラスの左の部分にひび割れの破損があることにも照らすと、原告がシートベルトを確実に装着していなかつたことは明らかであるというべきであり、原告本人の右供述部分等を採用することはできない。
4 以上によれば、本件事故は、基本的には、本件交差点の手前で被告車両を一時停止させたものの、見通しの悪い左方の安全の確認を怠り、漫然と被告車両を急発進させた被告一恵の過失に基づいて発生したものといわなければならないが、他方、原告にも、原告車両を運転して、見通しの悪い本件交差点を通過する際に、ある程度の減速をしただけで充分に徐行せず、右方の安全確認を怠つた過失があるものといわざるを得ないところであり、原告がシートベルトを確実に装着していなかつたために頭部をフロントガラスに打ち付けたことが、原告の受傷に一定の影響を与えているものと推認できることなどをも考慮すると、本件事故についての、原告と被告一恵の過失割合は、原告が二割、被告一恵が八割であるとするのが相当であるというべきである。
三 損害の填補等
原告が、本件事故による損害の填補として、被告及び自賠責保険から合計一四三八万三四八七円の支払を受けていることは当事者に争いがなく、甲二六号証によれば、原告は、右損害の填補の趣旨で労働者災害補償保険から四九九万〇二九七円の支払を受けていることが認められる。
そうすると、右一において認定した原告の損害額合計三〇一四万九九六一円に、右二説示の二割の過失相殺をした二四一一万九九六八円から、右既払額合計一九三七万三七八四円を控除すべきであるから、残額は四七四万六一八四円となる。
四 弁護士費用(請求額五〇〇万円) 五〇万〇〇〇〇円
本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は右金額であると認めるのが相当である。
五 よつて、原告の請求は、五二四万六一八四円及びこれに対する不法行為の日である平成二年七月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、主文のとおり判決する。
(裁判官 貝原信之)