名古屋地方裁判所 平成6年(わ)52号 判決 1994年4月28日
被告人
一 本店所在地
名古屋市南区要町五丁目一四七番地
名称
藤井工業株式会社
代表者
藤井一藏
二 本籍
愛知県知多市八幡字深山口一番地の一〇
住居
同所
職業
会社役員
氏名
藤井一藏
年令
昭和一三年八月二五日生
検察官
瀬戸毅
弁護人
青木重臣
主文
被告人藤井工業株式会社を罰金四〇〇〇万円に処する。
被告人藤井一藏を懲役一年六か月に処する。
被告人藤井一藏に対し、この裁判確定の日から三年間、刑の執行を猶予する。
理由
(犯罪事実)
被告人藤井工業株式会社(以下、「被告会社」という。)は、肩書地に本店を置き、金属プレス加工等を目的とする資本金二〇〇〇万円の株式会社であり、被告人藤井一藏は、被告会社の代表取締役として、その業務全般を統括しているものである。被告人藤井は、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、架空の外注費を計上する等の方法により所得を秘匿したうえ、
第一 平成元年六月一日から平成二年五月三一日までの事業年度における被告会社の実際の所得金額が三億四三七九万三六〇四円あったにもかかわらず、同年七月三〇日、名古屋市熱田区花表町七番一七号所在の所轄熱田税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が一億七七六二万八〇四一円で、これに対する法人税額が六七〇〇万二六〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出してそのまま納付期限を徒過させ、もって不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額一億三三四五万五五〇〇円と右申告税額との差額六六四五万二九〇〇円を免れた。
第二 続いて、平成二年六月一日から平成三年五月三一日までの事業年度における被告会社の実際の所得額が二億二四四一万八七〇二円であったにもかかわらず、同年七月三〇日、前記熱田税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が一億三八七六万五一〇六円で、これに対する法人税額が四八〇二万三八〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま納付期限を徒過させ、もって不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額八〇一四万三六〇〇円と右申告税額との差額三二一一万九八〇〇円を免れた。
第三 更に、平成三年六月一日から平成四年五月三一日までの事業年度における被告会社の実際の所得金額が二億九五一六万九一七八円であったにもかかわらず、同年七月三〇日、前記熱田税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が一億九五二一万二九三二円で、これに対する法人税額が六八四〇万三〇〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま納付期限を徒過させ、もって不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額一億〇五八八万六八〇〇円との差額三七四八万三八〇〇円を免れた。
(証拠)
括弧内の番号は証拠等関係カードの検察官請求番号を示す。
1 全事実につき、
(1) 第一回公判調書中の被告人兼被告会社代表者(以下、単に「被告人藤井」という。)の供述部分
(2) 被告人藤井の検察官調書二通(乙1、2)
(3) 藤井孝、上田隆、藤井雅子の検察官調書(甲6、7、8)
(4) 査察官報告書二通(甲4、11)、査察官調査書四通(甲10、12、13、15)
(5) 登記簿謄本(乙4)、閉鎖登記簿謄本二通(乙5、6)
2 第一及び第二事実につき、
査察官調査書(甲9)
3 第一事実につき、
証明書(甲1)
4 第二事実につき、
証明書(甲2)
5 第三事実につき、
証明書(甲3)
(法令の適用)
罰条 法人税法一五九条一項(被告会社につき、更に同法一六四条一項。情状にかんがみ、同法一五九条二項を適用)
刑種の選択(被告人藤井関係)
懲役刑選択
併合罪加重 刑法四五条前段(被告人藤井につき、更に四七条本文、一〇条により犯情の最も重い第一の罪の刑に加重)、(被告会社につき、更に刑法四八条二項)
刑の執行猶予(被告人藤井関係)
刑法二五条一項
(量刑の理由)
一 本件の脱税額は、合計一億三六〇五万円余りもの多額に上り、逋脱率も、多い事業年度には六〇パーセントを、少ない事業年度でも五〇パーセントを越えている。
また、犯行の手段・態様をみると、次のとおり、まことに巧妙かつ計画的で、甚だ悪質というべきである。すなわち、被告会社は、架空の外注費や仕入費用を計上する方法で所得を秘匿しているのであるが、このような方法を採るにあたっては、先ず、被告人藤井が被告会社の複数の取引先に対し、「計上する架空の外注費ないし仕入費用の一割相当分を謝礼として支払う」との条件で架空の外注先や仕入先になるよう働き掛け、承諾を得た。そのうえで、被告人藤井からの連絡ないし指示に従って品名、数量、単価等に基づく請求書や納品書をそれらの取引先に作成させ、これらを受け取った被告会社において、これら架空の外注費や仕入費用を計上するとともに、取引先に対し、これに見合う額面の約束手形や小切手を振出・交付し、その後、取引先から額面金額の一割相当分を差し引いた九割相当分を簿外の現金として受け取り、被告人藤井の自宅に隠匿・保管した、というのである。しかも、被告人藤井は、被告会社にこれらの架空の外注費や仕入費用を計上するに当たっては、自身が代表者を兼任している同族会社二社も介在したかのような形式を整える等の操作までも行っているのである。
そのうえ、犯行の動機にも、酌むべき点は見出されない。すなわち、被告会社の業績は順調に推移し大きな利益を挙げていたが、被告人藤井は、これを取引先に知られると、受注品の工賃単価の切り下げを求められるおそれがあると考え、被告会社が大きな利益を挙げていることを隠すとともに、将来の事業資金等を確保しようとしたものであって、要するに、私利・私欲に出たものにほかならない。
そして、被告人藤井は、自らの手で本件一連の犯行を行っているが、その際には、前記のとおり、被告会社の複数の取引先までも、金銭的利益を与えて巻き込んでおり、この点も量刑上軽視することはできない。
これらの事情に照らすと、被告会社及び被告人藤井の犯情は、いずれも悪く、厳しく刑事責任を問われるのは当然というべきである。
二 しかし、他方、次のような酌むべき情状も見出される。すなわち、被告会社は、本税、重加算税、延滞税、地方税等を全て納付していること、被告人藤井は、本件を反省し、その証として、法律扶助協会に対し、被告会社名義で二〇〇万円を、被告人藤井名義で一〇〇万円をそれぞれ贖罪寄付したこと、被告人藤井は、本件を機に、これまでの意識を改め、このような犯罪の再発を防止するためには、被告会社の経理処理体制を整備する必要のあることを自覚し、そのための準備に着手し始めていること、被告会社と被告人藤井のいずれにも前科がないこと等量刑上酌むべき情状も認められる。
三 そこで、以上の諸事情を総合的に検討し、被告会社を罰金四〇〇〇万円に、被告人藤井を懲役一年六か月に処するが、とくに今回に限り、被告人藤井に対し、刑の執行を三年間猶予することとした。
(裁判官 川原誠)