名古屋地方裁判所 平成7年(ワ)320号 判決 1997年5月30日
甲事件、乙事件原告
鈴木利之
ほか一名
甲事件被告
藤田昭太郎
ほか二名
乙事件被告
共栄火災海上保険相互会社
主文
(甲事件について)
一 被告藤田昭太郎、被告有限会社水谷商店及び被告水谷博章は、原告鈴木利之に対し、連帯して、金一八五一万三四〇〇円及びこれに対する平成五年九月二八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告鈴木利之の被告藤田昭太郎、被告有限会社水谷商店及び被告水谷博章に対するその余の請求をいずれも棄却する。
三 被告藤田昭太郎、被告有限会社水谷商店及び被告水谷博章は、原告鈴木一枝に対し、連帯して、金一八五一万三四〇〇円及びこれに対する平成五年九月二八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告鈴木一枝の被告藤田昭太郎、被告有限会社水谷商店及び被告水谷博章に対するその余の請求をいずれも棄却する。
(乙事件について)
五 被告共栄火災海上保険相互会社は、原告鈴木利之の甲事件被告水谷博章に対する判決が確定したときは、原告鈴木利之に対し、金一八五一万三四〇〇円及びこれに対する平成七年九月二一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
六 原告鈴木利之の被告共栄火災海上保険相互会社に対するその余の請求を棄却する。
七 被告共栄火災海上保険相互会社は、原告鈴木一枝の甲事件被告水谷博章に対する判決が確定したときは、原告鈴木一枝に対し、金一八五一万三四〇〇円及びこれに対する平成七年九月二一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
八 原告鈴木一枝の被告共栄火災海上保険相互会社に対するその余の請求を棄却する。
(訴訟費用について)
九 訴訟費用は、甲事件及び乙事件を通じて、これを一〇分し、その七を被告藤田昭太郎、被告有限会社水谷商店、被告水谷博章及び被告共栄火災海上保険相互会社の負担とし、その余を原告鈴木利之及び原告鈴木一枝の負担とする。
(仮執行宣言について)
一〇 この判決は、第一項及び第三項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
(以下においては、甲事件及び乙事件原告鈴木利之を「原告利之」と、甲事件及び乙事件原告鈴木一枝を「原告一枝」と、甲事件被告藤田昭太郎を「被告藤田」と、甲事件被告有限会社水谷商店を「被告会社」と、甲事件被告水谷博章を「被告水谷」と、乙事件被告共栄火災海上保険相互会社を「被告保険会社」とそれぞれ略称する。)
第一原告らの請求
一 甲事件
1 被告藤田、被告会社及び被告水谷は、原告利之に対し、連帯して、金二六三〇万四一三〇円及びこれに対する平成五年九月二八日(本件不法行為の日)から支払済みに至るまで、年五分の割合による金員を支払え。
2 被告藤田、被告会社及び被告水谷は、原告一枝に対し、連帯して、金二四八六万五五三〇円及びこれに対する平成五年九月二八日(本件不法行為の日)から支払済みに至るまで、年五分の割合による金員を支払え。
【訴訟物―自賠法三条、民法七〇九条、民法七一五条に基づく損害賠償請求権及び民法所定の遅延損害金請求権。】
二 乙事件
1 被告保険会社は、原告利之に対し、金二六三〇万四一三〇円及びこれに対する平成七年九月二一日(履行催告の日の翌日)から支払済みに至るまで、年五分の割合による金員を支払え。
2 被告保険会社は、原告一枝に対し、金二四八六万五五三〇円及びこれに対する平成七年九月二一日(履行催告の日の翌日)から支払済みに至るまで、年五分の割合による金員を支払え。
【訴訟物―自賠法一六条一項に基づく保険金請求権(損害賠償請求権及び民法所定の遅延損害金請求権。)】
第二事案の概要
本件は、被告藤田運転の自動車が信号待ちのために停止していた訴外車に追突した際に、車外に放り出されて死亡した右自動車の同乗者の遺族である原告らが、自賠法三条、民法七〇九条、民法七一五条、自賠法一六条一項に基づき、加害者である被告藤田、被告藤田の使用者である被告会社、被告会社の代表者である被告水谷及びその保険会社である被告保険会社に対して、その損害賠償を請求した事案である。
一 前提となる事実
1 甲事件及び乙事件
(一) 当事者
(1) 原告利之及び原告一枝は、訴外亡鈴木康之(昭和四八年一〇月三日生、以下「亡康之」という。)の父母である。
(2) 被告会社は、亡康之が生前に勤務していた会社で、貨物自動車運送等を業とする会社である。
(3) 被告水谷は、被告会社の代表取締役である。
(4) 被告藤田は、被告会社に勤務していた運転手であつた。
(被告藤田を除くその余の被告らとの間においては、当事者間に争いがなく、被告藤田との関係においては、弁論の全趣旨により認められる。)
(二) 事故の発生
亡康之(事故当時満一九歳)は、次の交通事故により平成五年九月二八日に死亡した(以下、右事故を「本件事故」という。)。
(1) 日時 平成五年九月二八日午前零時一七分ころ
(2) 場所 静岡県清水市長崎一〇七番地の三先の道路上(以下「本件道路又は本件事故現場」という。)
(3) 加害車両 普通貨物自動車(以下「被告車」という。)
右運転者 被告藤田
(4) 事故態様 被告車が国道一号線の第一通行帯を東進していたところ、被告藤田が、本件事故現場で信号待ちのために停止していた訴外上村理運転の大型貨物自動車への接近に気付き、衝突を回避しようとして右へ転把したが間に合わず、被告車左前部を右上村車の右後部角に追突させて、被告車に同乗していた亡康之を車外へ放り出した。
(被告藤田を除くその余の被告らとの間においては、当事者間に争いがなく、被告藤田との関係においては、弁論の全趣旨により認められる。)
(三) 被告らの責任原因
(1) 被告藤田(民法七〇九条)
被告藤田は、自動車運転手として前方を注視してその安全を確保する義務があるのにこれを怠り、漫然と進行したため、前方の前記上村車の存在に気付くのが遅れ、被告車を右上村車に追突させた過失がある。
(2) 被告会社(自賠法三条、民法七一五条)
<1> 被告会社は、被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたもので、自賠法三条の責任がある。
<2> 被告会社は、自己の貨物自動車運送事業のために、被告藤田を運転手として使用していたところ、被告藤田が業務中に本件事故を惹起したものであるから、使用者責任を負う。
(被告藤田を除くその余の被告らとの間においては、当事者間に争いがなく、被告藤田との関係においては、弁論の全趣旨により認められる。)
(四) 損害の一部填補(損益相殺、合計金三〇三〇万三一二〇円)
原告らは、本件事故による損害賠償として、自動車損害賠償責任保険金三〇三〇万三一二〇円を受領した。
(被告藤田を除くその余の被告らとの間においては、当事者間に争いがなく、被告藤田との関係においては、弁論の全趣旨により認められる。)
(五) 原告らの相続
原告利之及び原告一枝は、亡康之の父母として、亡康之の損害賠償請求権を各二分の一ずつ相続した。
(被告藤田を除くその余の被告らとの間においては、当事者間に争いがなく、被告藤田との関係においては、弁論の全趣旨により認められる。)
2 乙事件
(一) 保険契約の締結
被告保険会社は、被告水谷との間で、被告車を被保険自動車として、次のとおりの自動車総合保険契約を締結した。
(以下「本件保険契約」という。)
(1) 保険の種類 自動車総合保険(PAP)
(2) 保険証券番号 五二八―七三九―六四八―九六
(3) 保険契約者 被告水谷
(4) 契約締結日 平成四年一二月三〇日
(5) 保険期間 平成五年一月一六日から平成六年一月一六日まで
(6) 被保険自動車 被告車
(7) 保険内容 対人賠償 無制限
(当事者間に争いがない。)
(二) 本件保険契約の被保険者
(1) 被告水谷
保険証券記載の被保険者(記名被保険者)
(2) 被告藤田
記名被保険者被告水谷の承諾を得て被保険自動車を使用中の者
(当事者間に争いがない。)
二 原告らの主張
1 被告水谷の責任原因について
(一) 保有者責任(自賠法三条)
被告水谷は、被告車を所有し、これを自己のため運行の用に供していたものである。
(二) 代理監督者責任(民法七一五条二項)
被告水谷は、被告会社の代表取締役であるところ、被告会社は従業員数名の極めて小規模の企業であり、被告水谷自身が被告会社に代わつて右貨物自動車運送業務について現実に被告藤田につき選任、監督及び指揮をしていたものであるから、民法七一五条二項に基づき原告らに生じた損害を賠償する義務がある。
(三) 自白の撤回に対する異議
被告水谷の保有者責任についての被告らの自白の撤回については、異議がある。
2 被告保険会社の責任について
被告会社は、記名被保険者被告水谷の承諾を得て被保険自動車を使用、管理中の者として、本件保険契約の被保険者に該当する。
三 被告らの主張
1 本件保険契約における免責の抗弁について
被告車の所有者は、許諾被保険者である被告会社であり、被告会社は保有者としての責任を負うものであるが、被告会社と亡康之との関係は、被保険者の業務に従事中の使用人に該当するので、自動車総合保険約款第八条第四号により、被告保険会社は免責され、被告保険会社は、被保険者が被る損害についてこれを填補する義務はない。
また、許諾被保険者である被告藤田は、民法七〇九条の責任を負うものであるが、被告藤田と亡康之との関係は、被保険者の使用者の業務に従事中の他の使用人に該当するので、自動車総合保険約款第八条第五号により、被告保険会社は免責され、被告保険会社は、被保険者が被る損害についてこれを填補する義務はない。
2 自白の撤回について
被告水谷の責任原因のうち、保有者責任(自賠法三条)を認めるとしたのは、明らかに錯誤によるものである。
(一) 被告らは、甲事件の平成七年二月二三日付けの答弁書において、被告車の保有者は被告会社であると主張していた。
それに先立つて、被告ら訴訟代理人は、甲事件提起後、被告保険会社を通じて本件事件を受任し、被告保険会社担当者から、本件保険契約による責任について、前記1の本件保険契約における免責の抗弁において述べたとおりの説明を受けていた。
(二) 被告会社は、原告らの求釈明に応じて、平成七年五月一九日付け準備書面において、被告保険会社の保有者責任としての賠償は、本件保険契約の保険約款により填補されない旨を陳述している。
(三) 乙事件についての被告保険会社の答弁書(平成八年二月七日に陳述された。)における被告保険会社の主張と、右二の被告会社の主張とは矛盾なく一致している。
(四) さらに、本件訴訟における和解にあたつては、被告ら訴訟代理人は、右に述べた認識を前提として、本件で保険金が支払われるためには、被告水谷に対する代理監督責任が肯定されることが要件となるが、当代理人としては、代理監督責任に関する過去の判例を検討して、被告保険会社を説得する旨を述べて、その結果として、原告らに対して、被告保険会社は、一定限度の保険金の支払に応じると回答したものである。
3 亡康之の逸失利益について
亡康之の本件事故当時の月収は、極めて重労働(特別な体力が要求される。)が含まれていることから高額となつているものであつて、このような高額な給与が永続的なものとして六七歳に達するまで得られるものではない。
4 損害の填補について
原告らは、搭乗者保険金一〇〇〇万円の支払を受けている。
四 本件の争点
被告らは、原告らの主張のうち、被告水谷の責任原因について争い、また、自白の撤回についても争つた。
また、被告らは、原告らの保険金請求については、本件保険契約における免責の抗弁を主張してこれを争い、さらに、原告ら主張の各損害額等について争つた。
第三争点に対する判断
一 損害額について
1 治療費について(請求額金三〇万三一二〇円)
認容額 金三〇万三一二〇円
証拠(甲第八号証の一ないし三、甲第一七号証、弁論の全趣旨)によれば、本件事故と相当因果関係のある亡康之の治療費は金三〇万三一二〇円をもつて相当と認める。
2 逸失利益について(請求額金五五七三万一〇六〇円)
認容額 金四三四二万六八〇〇円
前提となる事実及び証拠(甲第三号証の一ないし三、甲第一六号証の一ないし一三、甲第一七号証、被告水谷本人の供述、弁論の全趣旨)によれば、亡康之は、本件事故当時満一九歳の健康な男子であつて、被告会社に運転手として勤務して、本件事故前年の平成四年七月から本件事故直前の平成五年八月にかけては、平均(右一四か月間の平均として)して月額金三三万円を上回る収入を得ていたことが認められる。
しかしながら、前掲の各証拠によれば、亡康之の本件事故当時の仕事は、極めて重労働(特別な体力が要求される。)であり、このような勤務は平均して三〇歳代までしかできないこと、したがつて、右のような重労働の対価としての高収入が、永続的なものとして就労可能年齢である満六七歳に達するまで得られるものと推定すべき合理的な事由は見い出し難いことがそれぞれ認められ、右認定事実を覆すに足りる証拠はない。以上の事実と弁論の全趣旨によれば、亡康之の本件の逸失利益を算定するためのその基礎収入としては、右現実の収入の約九割に相当する月額金三〇万円と認めるのが相当である。
右の事実によれば、亡康之は、本件事故に遇わなければ、その後四八年間にわたり稼働可能であり、右稼働期間中右の年収額である金三六〇万円を下らない年収を得ることができ、全期間について生活費として収入の五割を必要とし、右の稼働可能期間に対応する新ホフマン係数二四・一二六を乗じると、亡康之の逸失利益は金四三四二万六八〇〇円となる。
(計算式) 三六〇万円×(一-〇・五)×二四・一二六=四三四二万六八〇〇円
3 慰謝料について(請求額金二〇〇〇万円)
認容額 金二〇〇〇万円
本件事故の態様、亡康之の年齢等本件に現れた一切の事情を総合すれば、亡康之の慰謝料としては、金二〇〇〇万円が相当である。
4 葬儀費用について(請求額金一四三万八六〇〇円)
認容額 金一二〇万円
前提となる事実及び証拠(甲第四号証の一、甲第一七号証、弁論の全趣旨)によれば、原告らは、亡康之の葬儀を執り行い、約金一四〇万円を支出していることが認められる。
右の事実と本件に現れた諸事情によれば、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用は金一二〇万円をもつて相当と認める。
二 被告らの責任原因について
1 被告藤田及び被告会社について
前記の前提となる事実1の(三)の(1)及び(2)のとおり。
2 被告水谷(代理監督責任)について
(一) 前記の前提となる事実及び前掲の各証拠によれば、被告水谷は被告会社の代表取締役であること、被告会社はそれまで被告水谷が個人としてやつていた運送業を法人化したものであるが、本件事故当時はまだ法人化して二年を経過したばかりであつたこと、被告会社における被告水谷以外の役員としては、被告水谷の妻と長女だけであり、会社には事務員もいないこと、具体的な職務としては、被告水谷が、運転手の雇い入れから、トラツクの配車まで、全面的にこれを行つていたことの各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
(二) 以上の事実関係によれば、被告水谷は、実質は個人会社である被告会社の代表者であると認められ、被告会社の貨物自動車運送業務について具体的に被用者の選任、監督を担当しており、実際上現実に使用者に代わつて事業を監督する地位にある者というべきである。
したがつて、被告水谷は、民法七一五条二項に基づき、本件事故により原告らに生じた損害を賠償する義務がある。
3 被告保険会社について
(一) 本件保険契約に基づく被告保険会社の支払責任については、証拠(甲第一三号証、甲第一四号証、弁論の全趣旨)によれば、被告らの主張の1の本件保険契約における免責の抗弁事実が認められ、したがつて、被告保険会社は、自動車総合保険約款第八条第四号及び第五号により、被保険者として被告会社及び被告藤田が被る損害については、いずれもこれらを填補する義務はないものというべきである。
(二) これに対して、本件保険契約に基づく被告保険会社の支払責任のうち、被保険者である被告水谷が前記2の代理監督責任(民法七一五条二項)の損害賠償責任を負担することによつて被る損害については、被告保険会社は、これを填補する義務があるというべきであり、原告らは、損害賠償請求権者の直接請求権の行使として、被告保険会社に対して、その損害賠償額の支払を請求することができるというべきである。
三 具体的損害額について
そうすると、前記一で認定のとおり、本件で原告ら(亡康之)が被告らに対して請求しうる損害賠償の総損害額は合計金六四九二万九九二〇円となるところ、原告らは、損害の一部填補として、自動車損害賠償責任保険金三〇三〇万三一二〇円の支払を受けた(前提となる事実の1の(四))ので、これらを損益相殺すると、被告らが原告らに賠償すべき賠償額は金三四六二万六八〇〇円となる。
四 弁護士費用について(請求額金四〇〇万円)
認容額 金二四〇万円
本件事故と相当因果関係のある原告らの弁護士費用相当の損害額は、金二四〇万円(原告鈴木利之及び原告鈴木一枝各人につき各金一二〇万円)と認めるのが相当である。
五 結論
1 被告藤田昭太郎、被告有限会社水谷商店及び被告水谷博章に対する請求(甲事件)
以上の次第で、原告鈴木利之及び原告鈴木一枝の被告藤田昭太郎、被告有限会社水谷商店及び被告水谷博章に対する本訴請求は、金三七〇二万六八〇〇円(原告鈴木利之及び原告鈴木一枝各人につき金一八五一万三四〇〇円)及びこれらに対する本件不法行為の日である平成五年九月二八日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
2 被告共栄火災海上保険相互会社に対する請求(乙事件)
以上の次第で、原告鈴木利之及び原告鈴木一枝の被告共栄火災海上保険相互会社に対する本訴請求は、原告鈴木利之及び原告鈴木一枝の被告水谷博章に対する判決が確定したことを条件として、金三七〇二万六八〇〇円(原告鈴木利之及び原告鈴木一枝各人につき金一八五一万三四〇〇円)及びこれらに対する本件履行催告の日の翌日である平成七年九月二一日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官 安間雅夫)