名古屋地方裁判所 平成8年(わ)2261号 判決 1997年4月14日
主文
被告人両名をそれぞれ懲役二年に処する。
被告人両名に対し、この裁判確定の日から各四年間それぞれ刑の執行を猶予する。
理由
(認定事実)
被告人甲野一郎は、平成五年六月当時名古屋弁護士会に所属する弁護士であり、被告人乙山二郎は、その当時福井市内で料理店を営んでいた。
被告人両名は、以前から顔見知りであったものの、同月下旬ころに、被告人乙山が被告人甲野に事件の依頼をしたことから、親しく付き合うようになった。被告人乙山は、平成三年ころ、当時経営していた会社の融資の関係で分離前の相被告人丙川三郎(以下「相被告人丙川」という。)と知り合った。被告人甲野は、平成五年六月下旬ころ、相被告人丙川から事件を依頼され、また、被告人乙山の右事件の関係などから、その後度々相被告人丙川と顔を合わせるようになった。更に、被告人甲野は、同年九月末日ころ、被告人乙山から医師法幸多良雄を紹介され、同人の委任を受けて、同人が被告となっている約束手形金請求事件の訴訟代理人となった。法幸は、福井県今立郡今立町内にある病院の院長であるが、沖都水産株式会社(代表取締役安田和之)振出しの約束手形(額面二〇〇〇万円)に被告人乙山から頼まれて裏書をしていたところ、右約束手形の所持人西尾信行から手形訴訟を提起され、同年五月二五日敗訴判決を受けたため、異議を申し立て、通常訴訟手続に移行後、右のとおり、被告人甲野に右事件を委任するに至った。一方、西尾は、右約束手形金請求事件の仮執行宣言付手形判決の執行力ある正本に基づいて、法幸所有の自宅敷地に対して強制競売の申立てをしていた。
そして、被告人両名は、右のように法幸所有の自宅敷地を対象として強制競売の申立てがなされたことに乗じ、強制執行停止保証金名下に法幸から金員を騙し取ろうと考え、相被告人丙川と共謀のうえ、同年一〇月一一日午後一〇時過ぎころ、右今立町粟田部中央二丁目八〇四番地所在の法幸多良雄方において、同人に対し、真実は強制執行停止のための保証金を裁判所に納付する意思はなく、金員受領後直ちに相被告人丙川において費消する意図であるのにこれを秘し、被告人乙山において「強制執行を止めるには、明日までに、二〇〇〇万円を東京の裁判所に保証金として積まなければならない。それができないと、強制執行されてしまう。そうなると、そのことが新聞にも出るし、裁判所にも掲示されて公になる。そうならないように、保証金を積んで下さい。銀行の振り込みの関係で、明日の三時までにお金を振り込まないと間に合わない」などと、被告人甲野において「一六〇〇万円でいいから用意して下さい」などと嘘を言って、法幸をそのように信用させ、よって、同月一二日、同人に福井市西木田二丁目三番八号所在株式会社北陸銀行木田支店の甲野一郎名義の普通預金口座に現金一六〇〇万円を振込入金させてこれを騙し取った。
(証拠)
注・挙示した証拠に付した番号(例「乙一」「甲二」)は検察官証拠等関係カードの請求番号(「乙一号証」「甲二号証」)を示す。
一 被告人甲野の
(1) 公判供述
(2) 検察官調書(乙一、五ないし七)
一 被告人乙山の
(1) 公判供述
(2) 検察官調書(乙一一ないし一七、二一)
一 分離前の相被告人丙川三郎の検察官調書(乙二九)
一 法幸多良雄(甲二)、法幸奈々子(甲五ないし八)、西尾信行(甲一七)、小林霊光(甲二〇)、城戸一哉(甲二二)、山盛実成(甲二七)、紺谷久雄(甲二八)、山本明(甲三〇)、石本一長(甲三一)、平井一(甲三二)、板垣吉郎(甲五四[謄本])の検察官調書
一 捜査報告書(甲九)
一 回答書(添付の預金取引明細表写し等四枚を含む。甲一一)
一 「事件記録の写しについて」と題する書面(三枚綴りのもの[添付の書類番号五一までの写しを含む]。甲一四)
一 捜査関係事項照会回答書(添付の事件記録写し二部を含む。甲一六)
(適用法条-被告人両名共通)
注・適用した刑法は、平成七年法律第九一号による改正前のものである。
罰条 刑法六〇条、二四六条一項
主刑 懲役二年
刑の執行猶予 刑法二五条一項(四年間猶予)
(量刑事情)
本件は、被告人両名が、判示のとおり、相被告人丙川と共謀のうえ、被害者から一六〇〇万円を騙し取ったという事案である。被害者は、従来からの経緯もあって被告人乙山の言動を信用したのはもとよりとして、それにも増して被告人甲野が弁護士であることから、誠実に対応してくれるものと信じ、自宅敷地に対する強制執行だけは何とか免れたいと考え、金を工面して被告人甲野名義の預金口座に振込入金したのであって、そのような被害者の信頼を裏切った被告人両名の責任は重い。被告人乙山は、相被告人丙川の意を受けて、自分も利得の分配にあずかれると目論み、気の進まなかった被告人甲野を本件犯行に加担させたもので、その行為は強く非難されなければならない。また、被告人甲野は、依頼者らに対し優柔不断なところがままみられ、弁護士としての職業倫理に欠けているきらいがあったことは否めず、そうしたことが相被告人丙川に付け入られる原因にもなり、結局本件犯行に加担せざるを得ないことになったのであって、その意味でも、被告人甲野が弁護士としての良心を忘れ、被告人乙山や相被告人丙川に誘われるまま本件犯行に加担し、弁護士の社会的信頼を損ねた責任は大きい。
しかし他方、被告人両名は、現在それぞれ自己の非を素直に認め、本件犯行について深く反省するとともに、被害者に対し謝罪の意思を表明していること、本件は相被告人丙川が主導的な役割を果たし、一六〇〇万円全額を取得している(被告人両名には本件による直接の利得はない)こと、被告人乙山は被害者に一六〇〇万円全額を弁償し、被害者も同被告人に対して重罰は望まない旨の嘆願書を提出していること、また、被害者は被告人甲野に対してもその反省の念を酌み、一日も早い更生を願うとともに、重罰は望まない旨の嘆願書を提出していること、被告人乙山については、仕事上の知り合いや実弟の協力が期待でき、仕事も継続できる見込みであること、被告人甲野については、実姉ら兄弟や長男の協力が期待でき、また、就職できる見込みであること、被告人甲野は、本件を契機に弁護士会から退会命令の懲戒処分を受け、弁護士としての職務ができなくなり、また、長年連れ添った妻子とも別れるに至ったもので、自己の責任とはいえ、その失ったものは余りにも大きいこと、被告人乙山は同種前科が二犯あるものの、前刑の執行猶予(付保護観察)判決から約一七年が経過していること、被告人甲野は前科前歴がないこと、その他被告人乙山の健康状態など、各被告人に有利に考えるべき事情も認められる。
そこで、これら被告人両名に有利不利な一切の事情を総合考慮して、それぞれ主文の刑を定め、被告人両名に対しては今後の更生に期待してそれぞれ刑の執行を猶予することとした。
(裁判長裁判官 佐藤 學 裁判官 中島基至 裁判官 田邊三保子は転補のため署名押印することができない。 裁判長裁判官 佐藤 學)