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名古屋地方裁判所 平成8年(ワ)1042号 判決 1998年7月31日

原告

日比野紀幸

被告

親和開発株式会社

ほか一名

主文

一  被告浅井は、原告に対し、金三二〇万一九〇四円及びこれに対する平成六年一一月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告浅井に対するその余の請求を棄却する。

三  原告の被告会社に対する請求を棄却する。

四  訴訟費用は、原告と被告浅井との間においては、原告に生じた費用の五分の一と被告浅井に生じた費用の五分の一を被告浅井の負担とし、その余は原告の負担とし、原告と被告会社との間においては、全部原告の負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告両名は、原告に対し、各自金一六六四万三六三九円及びこれに対する平成六年一一月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、後記本件事故による原告の損害について、原告が、被告会社に対しては民法七一七条に基づいて、また、被告浅井に対しては民法七〇九条に基づいて、それぞれ賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実又は括弧内の証拠により容易に認められる事実

1  本件事故の発生(証人河原満、原告本人、被告浅井敏行本人)

平成六年一一月九日午後一時一〇分ころ、被告会社の経営するゴルフ場である名古屋グリーンカントリークラブ(以下「本件ゴルフ場」という。)西コースの六番ホールから七番ホールへと向かうゴルフカート道(以下「本件カート道」という。)において、原告が同乗し被告浅井が運転するゴルフカート(以下「本件カート」という。)が、本件カート道端の縁石に乗り上げた上、ガードレールに衝突した。

2  被告浅井の責任(争いがない。)

被告浅井は、本件カートを運転していたのであるから、進路前方の状況に注意し、速度に配慮して運転すべき注意義務があったのに、それを怠って本件事故を発生させた。

3  原告の負った傷害と受けた治療(甲一号証、二号証、原告本人)

(一) 原告は、本件事故により本件カートから車外に投げ出され、本件カート道東側の石積又はアスファルト路面で左膝を打撲し、左膝蓋骨粉砕骨折の傷害を負った。

(二) 原告は、右傷害について、以下の治療を受けた。

(1) 平成六年一一月九日から同年一二月二七日まで

愛知医科大学附属病院において入院治療四九日間

(2) 平成七年一月五日から同年二月二日まで

同病院において通院治療(リハビリテーションを含む実治療日数七日)

(3) 同年一二月一九日から同月二九日まで

医療法人青和会中央病院において入院治療一一日間

二  争点

1  被告会社の責任

(原告の主張)

(一) 本件カート道は、上り坂から頂上を経て急な下り坂となっている上、頂上部分で右に湾曲する構造になっている。

したがって、本件カート道を登坂してくるゴルフカートからは、頂上部分から先の下り勾配を見ることは困難である。

にもかかわらず、本件事故当時、右頂上部分やその手前に、進行先が急な下り坂になっていることやあらかじめ減速することを警告する表示は設置されていなかった。

(二) ゴルフカート道は、通常有すべき安全性として、ゴルフカートが急速に加速しない道路縦断勾配の構造であること、道路縦断勾配が大きくなるところでは見通しが十分にできる構造であること、そのようなところではその手前で道路縦断勾配が大きくなることやあらかじめ減速すべきことの注意をする表示が必要である。また、ゴルフコースのどこの場所が急勾配になっているかなどについて具体的に口頭で注意すべきである。

(三) 本件カート道は右いずれの構造及び措置も欠くものであるから、その設置者である被告会社は、本件カート道が通常有すべき安全性を欠いていることによって生じた原告の損害を賠償する責任がある。

2  原告の損害

(原告の主張)

(一) 治療費 一五一万〇八三〇円

(二) 付添看護費 三一万八五〇〇円

一日あたり六五〇〇円の四九日分(平成六年一一月九日から平成七年一月二三日までの分)

(三) 入院雑費 八万四〇〇〇円

一日あたり一四〇〇円の六〇日分

(四) リハビリ機代 一六万円

(五) 休業損害 六八五万一二九二円

原告は、「瓢家」の屋号でうなぎ料理店を営む自営業者であるところ、本件事故により平成六年一一月九日から平成七年二月一七日までの一〇一日間及び同年一二月一九日から同月二九日までの一一日間休業せざるを得なかったが、右休業期間中も固定費の支出をしなければならなかった。

したがって、平成五年の原告の粗利益(売上高から売上原価を減じたもの)二二三二万七八七三円(一日あたり六万一一七二円)を基礎として、右休業期間中の損害を算出すると、六八五万一二九二円となる。

(六) 減収損害 四〇一万九〇一七円

原告の稼働力は本件事故による傷害により低下した。また、原告の長期休業による客離れにより、原告に以下の減収が生じた。

原告が休業しなかった月である三月から七月までの間の売上げを本件事故前の平成五年と本件事故後である平成七年とで比較すると約七パーセント減収している。

減収率については、本件事故から時間が経過するについて逓減していくのが一般的な推移であるから、二年目が六パーセント、三年目が五パーセントとするのが実績を考慮した減収率であり、三年間の合計減収率は一八パーセントである。

したがって、平成五年の原告の粗利益二二三二万七八七三円を基礎として、右三年間の減収額を算出すると、四〇一四万九〇一七円となる。

(七) 慰謝料 二〇〇万円

前記原告の本件事故による入通院の状況並びに原告に本件事故による傷害のため左膝の関節痛とひっかかり及び膝伸筋群の筋力著減の後遺症が残ったことを考慮すると、その精神的損害の慰謝料としては二〇〇万円が相当である。

3  好意同乗、過失相殺

(被告両名の主張)

(一) 原告、被告浅井、訴外水野及び同紅林は、本件事故当日午前八時三〇分ころから本件ゴルフ場インコースよりゴルフのプレイを始めているが、同日午前一〇時ころ西一四番ホールの売店で、原告及び水野はそれぞれビール小瓶一本ずつを、被告浅井及び紅林は冷酒(ねのひ生酒三〇〇ミリリットル)一本及びウィスキー水割一缶を飲み、さらに同日午前一一時ころクラブハウスで、原告及び水野はそれぞれ生ビールジョッキ一杯ずつを、被告浅井及び紅林は生ビールジョッキ二杯を飲んでいる。また、被告浅井は、同日一二時すぎころに本件ゴルフ場アウトコースからプレイを再開すると、五番ホールの自動販売機で缶ビール一本を購入して飲んでいる。

原告、水野及び被告浅井は、前ホールのプレイ終了の順に応じそれぞれ交替して本件カートを運転していたのであるから、原告は、右のような飲酒状況の下での被告浅井による運転の危険性を承知していたものである。

(被告浅井の主張)

(二) 原告は、暴走中の本件カートから自ら飛び降り、その結果傷害を負ったものである。本件カートには、原告、被告浅井の外水野及び同紅林が同乗していたが、原告と同様に本件カートの後部座席に同乗していた水野は膝に擦過傷を負ったにすぎないし、前部座席に乗車していた被告及び紅林は全治約一か月の打撲を負ったにすぎない。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  証拠(甲四〇号証、乙一号証の一から三まで、二号証、三号証、五号証の二、六号証、七号証の一から三六まで、八号証、一二号証の一から三まで、証人河原満、原告本人、被告浅井敏行本人)によれば、以下の事実が認められる。

本件カートは、ヤマハ発動機株式会社製四人乗りゴルフカート(全長三一三五ミリメートル、全幅一一八〇ミリメートル、全高一八三五ミリメートル、総排気量二八五CC、最高出力九・〇馬力、最高速度一九キロメートル毎時(スピードリミッタ付き、下り坂でアクセルペダルを戻して坂を下りると、スロットルバルブが閉じエンジンブレーキが働くが、アクセルペダルを完全に戻すとエシジンの点火経路がOFFとなるためエンジンブレーキは働かず、ブレーキペダルで車速調整することになる。)、最大登坂能力二〇度)であり、自動調整機構付きの後二輪機械式シュー拡張ドラム方式のブレーキを採用している。本件カートの平坦な乾燥した舗装路における制動性能では、四名乗車及び四ゴルフバッグ積載の状態で最高速度である一九キロメートル毎時で走行していた場合、ブレーキペダル踏力二二・七キログラムとして約四メートルで停止が可能である。同様の条件で下り坂の場合は、斜度五度で約五メートル、八度で約六メートル、一〇度で約六・五メートル、一二度で約八メートル、一五度で約一七・五メートルで制動が可能である。本件カートについて、本件事故当時特段の故障は存在していなかった。

本件カート道は、六番ホールから七番ホールへと向かって下り坂になっている一方通行路であるが、本件カートで逆走することが可能な程度の勾配であった(したがって、その勾配は本件カートの最大登坂能力の二〇度よりは小さいものであり、仮に本件カートが最高速度で走行していても、適切にブレーキを踏むことにより、制動が可能であるし、徐行していたならば容易に制動が可能であると推認できる。)。

いわゆる会員制ゴルフ場である本件ゴルフ場の西コースは、いわゆるゴルフカート専用コースであり、本件ゴルフ場でプレイするプレイヤー自身が、本件カートのような乗用ゴルフカートを運転してコースをラウンドすることになっており、プレイヤーが同コースをラウンドするにあたっては、被告会社の従業員がゴルフカートを約七、八十メートル運転してその調子を見た上、プレイヤーに対してその基本的な操作方法を説明することになっている。また、ゴルフカートには、坂道、カーブでは必ず徐行運転をするよう促す注意事項を記載した書面が搭載されている。

本件カート道は、一日平均約四〇台のゴルフカートがプレイヤー自身の運転によって通行するが、平成四年の本件ゴルフ場の開業以来、本件事故の他には、ゴルフカートの運転手のミスによる事故が一件発生したのみである。

被告浅井は、紅林と共に、本件ゴルフ場西コースの一四番ホールの売店で冷酒(ねのひ生酒三〇〇ミリリットル)一本、ウイスキー水割一缶を飲み、さらに同日午前一一時ころクラブハウスで生ビール中ジョッキ二杯を飲んでいる。また、被告浅井は同日一二時すぎころに本件ゴルフ場アウトコースからプレイを再開すると、五番ホールの自動販売機で缶ビール一本を購入して飲んでいる。

被告浅井は、本件カートを中腰の姿勢で運転して本件カート道を走行していた際、本件事故発生現場手前で本件カート道が右に湾曲し進行先が見にくくなっているにもかかわらず、徐行することなく走行を続け、本件事故現場付近の下り坂にさしかかり、速度が速すぎることに危険を感じて、右姿勢のままブレーキを踏むと共にハンドルを切り、本件カートを本件カート道から離れて芝生に乗り入れて停めようとしたが、本件カート道と芝生との間の段差を乗り越えることができず、ガードレールに衝突して停止した。本件カートの右側後部座席に乗車していた原告は、右段差を乗り越えようとした際の衝撃で本件カートから投げ出され、本件事故が発生した。

原告及び被告浅井は、いずれも普通自動車の運転免許を有している。

2(一)  1に認定した事実に照らし、本件カート道については、被告浅井が適切に本件カートのアクセル及びブレーキを操作していても本件カートのようなゴルフカートが急速に加速してしまうほどの道路縦断勾配を有する構造のものであるとは認められないし、他にこれを認めるに足りる証拠もない。

(二)  我が国において本件ゴルフ場のような会員制のゴルフ場でゴルフをするプレイヤーが自己の行為の是非の判断について十分な能力を有する成人又はそれに近い年齢の者であること及び我が国において普通自動車の運転免許を取得することができる年齢に達した者は相当に高い割合で同免許を取得していることは公知の事実である。

そうしてみると、本件カート道の構造や注意喚起のための表示、注意などについては、通常は、普通自動車に比べて極めて単純なゴルフカートの運転を、普通自動車を運転する能力を有する者が行うことを前提として行えば十分であり、万一右能力が不十分な者がゴルフカートの運転を行う場合に、原告が主張するように、ゴルフカートの安全な運転方法や本件ゴルフコースにおける危険個所などについてより具体的な注意を行えば足りるのである。1に認定した事実に照らすと、本件カート道の構造や被告会社のとっていた措置などについて、安全性を欠く部分があるとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(三)  本件カート道におけるゴルフカートの運転については道路交通法の規定が直接適用されるものではないが、ゴルフカートを運転する者としては、通常はその規定に沿ったゴルフカートの運転をすべきである。

道路交通法四二条は、徐行すべき場所として、道路のまがりかど附近、上り坂の頂上附近又は勾配の急な下り坂を通行するときなどを規定しており、1に認定した事実によれば、普通自動車の運転免許を有する被告浅井としては本件カート道の本件事故現場付近において本件カートを運転するにあたっては、徐行すべきであることは当然に認識可能であった。本件事故は、右状況にもかかわらず、徐行することなく本件カート道を走行した被告浅井の無謀な運転によって発生した事故と評価することができる。

したがって、本件事故による原告の損害については、被告浅井のみがその賠償の責を負う。原告の被告会社に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

二  争点2について

1  治療費

証拠(甲四号証から三五号証まで)により、一五一万〇八三〇円を原告の損害として認めることができる。

2  付添看護費

原告の愛知医科大学附属病院における入院について、付添看護が必要であったと認めるに足りる証拠はない。

3  入院雑費

入院雑費としては一日あたり一三〇〇円が相当であるから、六〇日間分七万八〇〇〇円を原告の損害として認めることができる。

4  リハビリ機代

原告が合計一六万円で購入した固定式自転車等(甲五九号証の一から三まで)が、医師の指示に基づくものと認めるに足りる証拠はないから、原告の本件事故による損害として相当なものとは認められない。

5  休業損害

(一) 証拠(甲一号証、二号証)によれば、原告が本件事故により休業することを要した期間については、本件事故の翌日である平成六年一一月一〇日から平成七年一月二三日までの七四日間(本件事故当日については原告がゴルフをプレイしており、就労の意思があったとは認められない。)と、原告が医療法人青和会中央病院に入院していた平成七年一二月一九日から同月二九日までの一一日間の合計八五日間であると認めることができる。

証拠(原告本人)中には、右期間を超えて原告が就労不能であったとする原告の主張に沿う部分もあるが、証拠(甲四九号証の四、原告本人)により認められる原告が平成七年三月一六日には既にゴルフで一八ホールをプレイすることが可能となっている事実に照らすと、容易に信用することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(二) 休業損害を算出する基礎としては、証拠(平成五年分所得証明書(甲五二号証))により認められる六〇七万〇〇九〇円(一日あたり一万六六三〇円)が相当である。

原告が右算出の基礎として用いる証拠(平成五年分所得税青色申告決算書控(甲三七号証))は、そこに記載された所得金額が右所得証明書の記載と異なっており到底信用することができず、他に原告の主張する固定費を確定するに足りる証拠はない。

(三) よって、原告の休業損害は、一四一万三五五〇円である。

6  減収損害

(一) なるほど、証拠(甲三八号証の一、二、原告本人)によれば、原告が「瓢家」の屋号で経営するうなぎ料理店を平成六年一一月九日から平成七年二月一七日までの一〇一日間及び同年一二月一九日から同月二九日までの一一日間休業した事実は認められる。

しかしながら、前記のとおり、右休業期間すべてが本件事故との間に相当因果関係があると認めることはできない(原告の休業期間が長期間に及んだ原因の一端は、原告自身の意思に基づくものである。)。

(二) また、証拠(甲四五号証、五〇号証、五一号証、五二号証から五五号証まで)及び弁論の全趣旨によれば、原告の売上高は、平成八年には本件事故以前を上回っていた事実が認められる。

(三) 右(一)及び(二)に照らし、本件事故と相当因果関係を有する原告の減収額を確定するに足りる証拠はない。

7  慰謝料

前記原告の入通院状況、原告に本件事故による傷害のため左膝の関節痛とひっかかり及び膝伸筋群の筋力の低下の後遺症はある(甲三号証)ものの労働能力に影響を及ぼす程の後遺症はないことなど本件に関する一切の事情を考慮すると、原告に対する慰謝料としては一〇〇万円が相当である。

8  よって、原告の本件事故による損害は、合計四〇〇万二三八〇円である。

三  争点3について

1(一)  前掲の証拠によれば、前記認定事実に加えて以下の事実を認めることができる。

原告は、本件事故当日の午前一〇時ころ西一四番ホールの売店で、ビール小瓶一本を飲み、さらに同日午前一一時ころクラブハウスで、生ビールジョッキ一杯を飲んでいる。

原告、水野及び被告浅井は、前ホールのプレイ終了の順に応じそれぞれ交替して本件カートを運転していた。

本件事故前、本件事故発生現場手前で本件カート道が右に湾曲し進行先が見にくくなっているにもかかわらず被告浅井が本件カートを徐行することなく走行させているのに、原告は、被告浅井に対して減速を促す等の措置を何ら講じていない。

(二)  以上の事実によれば、原告は、前記のような飲酒状況の下での被告浅井による運転の危険性を承知して本件カートに同乗していたものであるから、被告浅井が賠償すべき原告の損害については、公平の観点から過失相殺の規定を類推適用して減額をするのが相当である。そして、以上によればその割合は二〇パーセントとするのが相当である。

(三)  したがって、被告浅井が賠償すべき原告の損害は、三二〇万一九〇四円となる。

2  原告が本件カートから自ら飛び降りたとする被告浅井の主張については、これを認めるに足りる証拠はない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 榊原信次)

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