大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成8年(ワ)1528号 判決 1997年10月29日

原告

安井勇

被告

古谷康徳

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、四一〇万六〇九四円及びこれに対する平成七年二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告と被告との間の交通事故による原告の損害について、原告が、被告に対し、主位的には自動車損害賠償保障法三条に基づいて、また、予備的には民法七〇九条に基づいて、損害賠償を一部請求した事案である。

一  前提となる事実

1  本件事故

被告が、平成七年二月七日午前一〇時〇五分ころ、普通貨物自動車(小型移動式クレーン車、以下「被告車」という。)を運転し、愛知県春日井市桃山町二丁目四番地先のT字路交差点を南方から西方に左折しようと同交差点手前で一時停止していたところ、右方から西進してきた伊藤征雄運転の普通貨物自動車が被告車のユニックのアーム部分に衝突した。そのため、被告車の油圧低速モーター、アーム振止ブーム及びフック止めベルトが破損し、アームが左方に大きく回転することになったが、被告は、右伊藤運転車両を追跡しようと、右状態のまま被告車の運転を継続して西進した。

その結果、同日午前一〇時〇七分ころ、同県小牧市大字下末一五七一番地先路上において、被告車のアームの先端に取り付けてあるフック部分が対向車線上に進入し、折から対向して東進してきた原告が運転する普通貨物自動車(以下「原告車」という。)の前部に右フック部分を衝突させた(乙七号証から九号証まで、一一号証から一六号証まで、一八号証、二二号証、原告本人、被告本人)。

2  被告の責任

被告は、本件事故当時、被告車を自己のために運行の用に供していた(争いがない。なお、原告は、予備的に、被告には、被告車はユニック車であるからユニックアームを正常な位置に固定しなければならないのに、それを怠った過失があり、民法七〇九条に基づく責任があると主張するが、被告は自動車損害賠償法三条ただし書の事由を主張していないから、右原告の主張について判断する必要はないことになる。)。

3  原告の受けた診療

(一) 大手外科クリニック

平成七年二月七日 実通院日数一日(乙三号証)

(二) 医療法人笠寺病院(以下「笠寺病院」という。)

(1) 平成七年二月七日 実通院日数一日(乙五号証)

(2) 同月九日から同年三月一九日まで 入院三九日間(乙四号証)

(三) 社会保険中京病院(以下「中京病院」という。)

(1) 平成七年二月七日から同月九日まで 入院三日間(乙二四号証)

(2) 同年三月二〇日から同年五月二三日まで 入院六五日間(乙六号証)

(3) 同月二四日から平成八年一月二六日まで 実通院日数一六日(乙六号証)

(四) 加藤整形外科

平成七年五月二四日から平成八年一月二六日まで 実通院日数一五三日(甲四号証)

4  既払金による損益相殺

被告は、原告に対し、一一七万二〇三〇円を支払った(九七万二〇三〇円の支払いについては争いがない。二〇万円については被告本人尋問の結果により認められる。)。

二  争点

1  本件事故による原告の受傷の有無及び本件事故との間の因果関係の有無

(原告の主張)

原告は、本件事故により、脳震とう症、頸背部挫傷、頭部外傷、腰部骨盤打撲、頸椎捻挫等の傷害を負った。また、少なくとも、原告に現われた左半身しびれ、感覚鈍麻、歩行障害、頸部痛などの症状は本件事故による外傷性神経症によるものであり、本件事故との間に因果関係があるものである。

(被告の主張)

本件事故による原告の受けた傷害の症状としては、頭頂部擦過創と頸部痛のみである。

その後原告に現われた様々な症状は、原告の詐病あるいは本件事故を契機とする心因性反応によるものであり、本件事故と相当因果関係を有するものではない。原告の心因性疾患は、原告が従来から有していた要因(家族との別居や、心肥大、心筋症)に基づくものである。仮に右症状について相当因果関係が認められるとしても、原告の受けた診療が長期間に及んだのは右要因が大きな原因になっているのであるから、原告の受傷の診療に要する期間は、原告が心肥大、心筋症の指摘を受けた平成七年三月八日ころまでの期間の一定割合に制限されるべきである。

2  本件事故による原告の損害額

(原告の主張)

本件事故による原告の損害は、以下のとおりである。

(1) 治療費 四六万五〇二五円

(2) 付添看護料 九万九四八〇円

(3) 入院諸雑費 一四万七〇〇〇円

一日あたり一四〇〇円の割合による一〇五日間分

(4) 文書料 二万〇六〇〇円

強制保険提出用の文書代

(5) 休業損害 一五九万六〇一九円

原告の本件事故前三か月間の平均収入一日あたり一万七三四九円(当該期間の一か月間の平均勤務日数二一日、平均収入一か月三六万四三四六円により算出した。)を基礎として、二四七日間(平成七年二月七日から平成八年一月二六日までの三五四日間のうち右平均勤務日数割合により算出した。)休業したことによる休業損害四二八万五二〇三円から、労働者災害補償保険の休業補償給付として受領した二六三万九一〇四円(平成七年三月二〇日から同年五月二三日までの休業補償四三万六七二一円、同特別支給一五万〇二一五円、同年五月二四日から同年一二月三一日までの休業補償一五三万九一二六円、同特別支給五一万三〇四二円)を控除した一六四万六〇九九円の内金

(6) 入通院慰謝料 二〇〇万円

原告の受けた診療期間に対する慰謝料としては、右金額が相当である。

(7) 後遺症慰謝料 七五万円

原告には後遺障害等級一四級に該当する跛行の後遺症が残ったので、同後遺症に対する慰謝料としては、右金額が相当である。

第二争点に対する判断

一  争点1について

1  証拠(乙三号証から六号証まで、二四号証、証人池田公)によれば、以下の事実が認められる。

原告は、本件事故後の平成七年二月七日午前一〇時三七分ころ、救急車で大手外科クリニックに搬送され山本武司医師の診察を受けた。原告に意識障害はなく、原告は、普通車走行中対向車のトラックのフックがフロントガラスにぶつかりよけようとして頸部をひねったと説明した。原告の頭部頸部のレントゲン写真に異常はないものの、頸部に圧痛があり、割れたフロントガラスによる頭頂部擦過創が認められたため、同医師は、原告について脳震とう症、頭部挫傷兼擦過傷、頸背部挫傷の診断をし、加藤整形外科に紹介をした。

ところが、原告は、同日、自ら入院を希望して笠寺病院を訪れ、吉沢孝夫医師の診察を受けた。原告の頭頂部に擦過傷は認められたものの、意識は清明であり、吐き気もなく、レントゲン写真にも異常はなかったが、原告は、交通事故による受傷であると説明をし、頭部挫傷、頸椎捻挫傷との診断を受けて、経過観察のため入院することになった。原告は、同日午後六時ころ、意識を喪失し、中京病院へ救急車で搬送された。

原告は、同日午後八時二〇分ころ、中京病院で脳神経外科の井上卓也医師の診察を受けた。井上医師が、原告に対し、手の爪の腹を強く押さえるなど痛みを与える3―3―9度方式の検査を行ったところ、原告は顔、手足とも動かさなかったため、同医師は、原告の意識障害の程度について深昏酔の状態にあるものと診断したが、その際原告の眼輪筋に力が入っていること、口を開けさせないこと、呼吸に全く異常のないこと、アームドロップテストで腕を上げたままの状態であること、下肢についても同様の状態を保つことなどにきわめて不自然であると感じ、原告の詐病を疑い、原因不明の意識障害と診断した。

同日深夜である同月八日午前零時五〇分ころ、井上医師が原告を観察していたところ、原告は目を開き既往の手術のことなどをはっきりと受け答えをし、看護婦としばらくの間話をしていたにもかかわらず、一〇分程度した後には再び井上医師の呼びかけに対して返事をしなくなる不自然な状態であったことから、同医師は再度原告の詐病を疑った。

同日午前九時三〇分ころの井上医師の診察の際にも、原告の意識はほぼ清明であり、歩行も可能であったことから、同医師は、精神科の医師と相談の結果、原告について心因反応、頸部挫傷、頭部打撲と診断し、原告は、同月九日午前一〇時三〇分ころ、笠寺病院へ転院することとなった。

同日午前一一時二〇分ころ、原告は車椅子で笠寺病院に入院し、頭部打撲傷、頸椎捻挫の診断を受けた。原告の意識は清明であり、四肢の関節に異常はなく、不全麻痺はなかったが、全身に力が入らないようであり、うまく歩行ができず、トイレへ行くにも手すりを利用して横歩きをする必要があった。原告は、対向車の積んでいたクレーンのフックが原告の運転する四トントラックのフロントガラスを割り、頸を思いきり屈伸した原告の頭部をかすめたと本件事故の模様を説明した。原告の生活意欲は低下しているように見え、嗜眠傾向が見られた

原告は、その後も歩行が不安定であったが、同月一八日ころは、昼間は手すりを利用して横歩きするものの、夜間は手すりを利用することなく歩行が可能であった。同年三月になっても、原告の左半身にはしびれ感があって、杖がないと歩けない状態であり、同月一九日、退院して中京病院へと転院することになった。

原告は、同月二〇日、中京病院に再度入院し、脳神経外科の医師により、頭部外傷、腰部、骨盤打撲、ビタミンB欠乏症の診断を受けた。原告の意識は清明であったが、歩行は十分にはできなかった。同科の医師は、CT、MRIなどを用いて原告の脳、脊髄などの検査を一通り行ったものの何も異常が発見されなかったため、同年四月二七日、精神科の医師と相談の上、原告を正式に心因反応(外傷性神経症)と診断した。その後、原告のしびれ感などは減少し、杖を用いての歩行も可能となったことから、同年五月二三日、中京病院を退院した。

2  また他方、証拠(甲一三号証、乙一八号証、原告本人)によれば原告は、平成八年八月一四日に愛知県小牧警察署で行われた本件事故に関する被告の業務上過失傷害被疑事件についての取調べの際、及び本件訴訟においては、本件事故の際原告のとった行動について、被告車のユニックアームの先のフックが原告車のフロントガラスの上部に当たった際、原告はハンドルを持ったまま瞬間的に前に頭を伏せたと述べていることが認められる。

3  以上の各事実を総合して検討すると、原告の症状については医師が原告の詐病を疑うような不自然なところがある上、原告が本件事故によって負ったと主張する傷害について笠寺病院及び中京病院の各医師の診察を受けた際、原告が各医師に対して述べた本件事故の態様については、ことさら自らが傷害を負った原因について誇張する部分があると認められる。そうするとまた、原告が自覚症状として右各医師に述べた症状についても右同様の誇張がなされている可能性もあるといわざるを得ない。そして、右各医師による診断は、右原告の本件事故の態様についての訴えを前提としてなされているのであり、原告に対する心因反応(外傷性神経症)などの診断はもっぱら原告の自覚症状に基づいてなされているのであるから、右1に掲げた各証拠中、原告の主張に沿う部分について、これを容易に信用することはできない。そして、他に原告の主張を認めるに足る証拠はない。

ただし、原告が頭頂部擦過創と頸部痛の症状を呈する傷害(右1の事実によれば、「頭部挫傷兼擦過傷、頸背部挫傷」、「頭部挫傷、頸椎捻挫傷」、「頸部挫傷、頭部打撲」などの病名で診断されていると認められる。)を負ったことについては、当事者間に争いはないので、右傷害の受傷の事実及びその治療のために通常必要な診療の範囲で、被告は、原告に対して損害賠償責任を負うものである。

二  争点2について

1  以上によれば、右一1に認定した事実から、大手外科クリニックによる診療一日、笠寺病院における経過観察のための一回目の入院一日(この期間について原告に付添看護を必要とするという原告の主張を認めるに足る証拠はない。)と、原告が負った右傷害について通常必要な約二週間の加療(乙一〇号証)について、本件事故との相当因果関係を認めることができる。また、原告に本件事故による後遺症があると認めるに足りる証拠はない。

2  そうすると、原告の入通院慰謝料としては一五万円が相当であり、原告の主張する入院諸雑費及び休業損害についてその主張するとおりの金額を基礎として損害を算定しても最大で入院諸雑費一四〇〇円及び休業損害二四万二八八六円(一四日分)である(ただし、休業損害についてはすべて労働者災害補償保険により補償がなされていることになる。)から、文書料二万〇六〇〇円(甲九号証の一、二)を含めても、原告の本件事故による損害は治療費を除くと最大でも一七万二〇〇〇円ということになる。そうすると、前記既払額の一一七万二〇三〇円と右一七万二〇〇〇円との差額一〇〇万〇〇三〇円を越える治療費を、原告が右傷害の治療のために右約二週間の間に負担したと認めるに足りる証拠はない(原告が本訴で請求する治療費ですら四六万五〇二五円である。)から、原告の本件事故による損害については右既払金によりすべててん補されていることになる。

したがって、その余の点について判断するまでもなく原告の本訴請求には理由がない。

(裁判官 榊原信次)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例