名古屋地方裁判所 平成8年(ワ)271号 判決 2003年4月18日
名古屋市●●●
原告
X1
横浜市●●●
原告
X2
名古屋市●●●
原告
X3
上記3名訴訟代理人弁護士
岩本雅郎
同
藏冨恒彦
同
鈴木高広
同
小川淳
東京都中央区日本橋人形町1丁目6番9号
被告
株式会社アイメックス
同代表者代表取締役
柴●●●
東京都●●●
被告
柴●●●
名古屋市●●●
被告
土●●●
東京都●●●
被告
伊●●●
東京都●●●
被告
佐●●●
名古屋市●●●
被告
南●●●
名古屋市●●●
被告
相●●●
上記7名訴訟代理人弁護士
●●●
主文
1 被告株式会社アイメックス,被告柴●●●,被告土●●●,被告伊●●●及び被告南●●●は,原告X1に対し,連帯して3億9574万8763円及びこれに対する平成4年8月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告X1のその余の請求並びに原告X2及び同X3の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,原告X1と被告株式会社アイメックス,同柴●●●,同土●●●,同伊●●●及び同南●●●との間においては,原告X1に生じた費用の4分の1を上記被告らの負担とし,その余は各自の負担とし,原告X1と被告佐●●●及び同相●●●との間においては,全部原告X1の負担とし,原告X2及び同X3と被告株式会社アイメックス,同柴●●●及び同土●●●との間においては,全部原告X2及び同X3の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 被告らは,原告X1に対し,連帯して,16億4517万1448円及びこれに対する平成4年8月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告株式会社アイメックス,同柴●●●及び同土●●●は,原告X2に対し,連帯して,11億1456万3000円及びこれに対する平成4年8月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告株式会社アイメックス,同柴●●●及び同土●●●は,原告X3に対し,連帯して,3億9700万円及びこれに対する平成4年8月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告X1(以下「原告X1」という。)が被告株式会社アイメックス(以下「被告会社」という。)に委託して行った商品先物取引において,被告らの不法行為(主位的に被告らに詐欺罪に該当する違法行為があったとして,そうでないとしても上記取引における被告らの行為に違法性があるとして)又は債務不履行(被告会社について)により,原告らが損害を被ったとして,
① 原告X1が,被告らに対し,不法行為に基づき(被告会社に対しては,不法行為又は債務不履行に基づき),連帯して,損害賠償金16億4517万1448円及びこれに対する最終取引の日の翌日である平成4年8月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,
② 原告X2(以下「原告X2」という。)が,被告会社,同柴●●●(以下「被告柴●●●」という。)及び同土●●●(以下「被告土●●●」という。)に対し,不法行為に基づき,連帯して,損害賠償金11億1456万3000円及びこれに対する同日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を,
③ 原告X3(以下「原告X3」という。)が,被告会社,同柴●●●及び同土●●●に対し,不法行為に基づき,連帯して,損害賠償金3億9700万円及びこれに対する同日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を,それぞれ求めた事案である。
1 争いのない事実等
(争いのない事実のほかは,各項に掲記の各証拠によって認める。)
(1)(当事者)
ア 原告ら
原告X1(昭和15年生まれ)は,高校中退後,家業に従事する等した後,昭和59年からC株式会社(当時はC,以下「C」という。)に入社し,平成2年当時はC名古屋支店の支店長であり,平成3年4月から中京ブロック営業部長,平成4年4月からは千葉支店の支店長となった。原告X1は,二十代のころから株取引を始め,遅くとも昭和60年以降,信用取引を含め株取引を継続的に行っていた。
原告X2(昭和23年生まれ)は,原告X1の弟であり,大学卒業後,Bに約3年間勤務する等した後,昭和54年にCに入社し,平成2年当時は役員で大株主であった。また,原告X3(昭和27年生まれ)は,原告X1及び同X2の弟であり,原告X2の紹介でCに入社し,平成2年当時は役員で大株主であった。(甲51~53,75の1・2,乙11の1~7,12の1~3,原告X1)
イ 被告ら
被告会社は,商品先物市場での売買及び売買の受託などを業とする株式会社であり,国内公設の商品先物取引所への注文を受託する商品取引員である。
平成2年当時,被告柴●●●は被告会社の代表取締役として,同社の業務を統括しており,被告土●●●は営業課長,被告伊●●●(以下「被告伊●●●」という。)は営業部長,被告佐●●●(以下「被告佐●●●」という。)は営業部長,被告南●●●(以下「被告南●●●」という。)は管理部長,被告相●●●(以下「被告相●●●」という。)は管理課長であった。
(2)(取引の経緯)
ア 原告X1は,平成2年2月ないし3月ころ,被告土●●●らから商品先物取引の勧誘を受け,同年3月ころ,被告会社との間で,商品の先物取引委託契約を締結し,商品先物取引を始めたが,同年6月にはA1(以下「A1」という。)の名義を,また,同年11月にはA2(以下「A2」という。)の名義を借用し,これら3つの口座で取引を継続した。
イ 原告X1と被告会社との取引の経過は,別紙1「取引の経過」に記載のとおりであり(ただし,取引の特徴欄の記載は,原告らの主張であり,被告らはこれを争っている。これらの取引を,以下「本件取引」という。),本件取引において,原告X1が被告会社に預け入れた現金及び株券は,別紙2「預入れ現金・株券の一覧表」に記載のとおりである(ただし,被告らは被告の主張欄に記載の点を争っている。)。
ウ 本件取引により,原告X1は,委託手数料を含め,合計4億6968万5954円の損失を被った。
(3)(催告)
原告らは,被告らに対し,平成7年8月4日及び同月8日到達の内容証明郵便をもって,上記損失につき損害賠償するよう催告した。
2 争点
(1) 本件訴えは適法か。(被告らによる本案前の主張)
ア 被告らの主張
(ア) 原告X3及び同X2の請求に係る訴えについて
a 詐欺罪に該当する行為に基づく損害賠償請求に係る訴えは,原告らの主張によっても,被告らが原告X3及び同X2を欺罔したなどとの主張はなく,したがって,請求原因事実が存在しないのであるから,訴えの利益を欠き又は主張自体失当で,不適法である。
b 取引における違法行為に基づく損害賠償請求に係る訴えは,被告会社と原告X3及び同X2との間には先物取引がなかったことは明白であるから,訴えの利益を欠き又は主張自体失当で,不適法である。
(イ) 原告X1の請求に係る訴えについて
a 詐欺罪に該当する行為に基づく損害賠償請求に係る訴えは,被告らがどのように欺罔し,原告X1にどのような錯誤があったのかという点についての主張が一切なく,詐欺の要件の主張を欠いており,訴えの利益を欠き又は主張自体失当で,不適法である。
b 取引における違法行為に基づく損害賠償請求に係る訴え及び債務不履行による損害賠償請求に係る訴えのうち,原告X2及び同X3の損害に関する部分は,原告X3及び同X2の請求といわゆる主観的予備的請求となっていることが明白であり,不適法である。
イ 原告らの主張
争う。
(2) 被告らに詐欺罪に該当する違法行為があったか。
ア 原告らの主張
(ア) 被告会社を除くその余の被告ら(以下「被告6名」という。)は,被告会社の代表取締役社長,部長又は課長として,いずれも部下を指揮し,顧客に商品先物取引を勧誘するとともに委託証拠金を徴するなどの事務を担当していた者であるが,商品先物取引に関する知識の乏しい一般人を顧客として勧誘するに当たり,いわゆる客殺し商法を行うことによって,顧客の委託する商品先物取引で殊更に損失を与え,上記取引に関し向い玉を建てることによって顧客の上記損失を被告会社に利得させる意図であるのにその情を秘し,被告会社の従業員の勧めるとおりに取引すれば必ず儲かるものであるなどと強調して,被告会社が顧客の利益のために行動する誠実な商品取引員であるかのように装い,その旨誤信させ,勧誘に応じた顧客から委託証拠金名下に金員等を騙取しようと企て,別紙3「詐欺罪該当行為一覧表」の行為者欄記載の各被告において,その余の被告らと共謀の上,同表欺罔欄に各記載のとおり,いずれも商品先物取引に関する知識の乏しい原告ら3名に対し,常に誠実に顧客の利益のために売買を助言指導するような態度で繰り返し勧誘して委託証拠金の提出を求め,同人らをしてその旨誤信させ,よって,同表騙取欄に各記載のとおり,原告X1から委託証拠金名下に現金等の交付を受けてこれらを騙取したものである。
(イ) 上記のいわゆる客殺し商法とは,委託者相互間の建玉のうち,売りと買いとが対当する部分は委託者相互の売買を成立させ,対当するものがなかった建玉だけに向い玉を建てることにより,会社と客との利害を対立させ,会社の収入は客の損失によって得られ,会社を経営するためには客に損失を与えなければならない立場に自らをおき,さらに従業員に対する給与その他の処遇基準を主として客からの純入金額の高によることとし,必然的に従業員をして新規客の勧誘,委託証拠金集めに奔走せざるを得ないように仕向けるとともに,客からいわゆる一任売買(以下,本件取引では実質的な一任売買を含む。)を取り付けて,委託証拠金の範囲内で取引できる限度一杯の売買をさせ,売買を繰り返させて委託手数料を稼ぎ,客に利益があってもその利幅を低く抑えて手仕舞いをさせ,客が損失を被るまでこれを繰り返させて,向い玉による利益を得て,さらに客が委託証拠金の返還を求めてもそれを遅延させ,その間売買を行って委託手数料,向い玉による売買差益金を稼ぐなどの営業方針をとり,客に多大な損害を被らせることをいう。
本件取引において,本件各取引日における被告会社の大豆の各限月の売りと買いとの枚数及び取組高は概ね一致ないし近似しているが,これは,被告会社の自己玉は,売り買いのうち常に委託玉枚数の少ない側に,その差を埋めて枚数を概ね一致ないし近似させる方向で建てられ,取組高のうちの自己玉も同様の形になっており,ほぼ恒常的に全委託者に対する関係においてではあるが,向い玉の形になっていることを意味するものであって,このことから,被告会社が自己玉を向い玉として建てていたことは明らかである(なお,被告会社は,自己玉の規制数量以上はダミー玉を使っていた蓋然性が高い。)が,これは,被告会社に客殺しの体質があることを推認させる重要な根拠の一つである。
さらに,輸入大豆の価格は,シカゴの相場がほとんど日本の輸入大豆の価格を決めている,いわゆる写真相場という特殊性があり,その情報は,時差の関係で,被告会社が原告X1より必ず早く入手できるのであって,被告会社と原告X1とが向かい合って勝負することになれば,被告会社が圧倒的に優位な立場となる。被告らは,この立場を悪用して,シカゴの相場をもとに予想すれば,日本の輸入大豆は下落を続けるであろうとの予想に反して,あたかも原告X1が買いを維持し続ければいずれは利益となるかの言辞を強調し続けたのである。
また,被告会社は小規模な会社であって,社長である被告柴●●●をはじめ,営業担当者及び自己玉の注文担当者らは,原告X1に対して客殺しを行って,証拠金名下に現金や有価証券を騙取する意思を通じていた。被告土●●●らの被告会社の従業員は,純増方式による給与(顧客からの預り金の純増額にスライドする歩合給)により,その動機付けを与えられていた。
そして,被告らは,原告X1に上記のとおり相場の大勢に反する取引をさせるとともに,両建玉,因果玉の放置,買い直しといった無意味な手数料稼ぎの売買をさせることによって,原告らに対し客殺し商法を行ったものである。
(ウ) 被告らが,取引当初から客殺し商法を組織ぐるみで行っていたことは,後記(3)アの各事情からも推認できるものである。
イ 被告らの主張
(ア) 原告らの主張は争う。
被告らが,別紙3「詐欺罪該当行為一覧表」記載の言辞を原告X1に申し向けたことはない。
原告らが詐取されたと主張する株券は,本件取引に伴い委託証拠金として被告会社に預託され,被告会社において預り保管していたものであるから、株券の交付において,被告6名が欺罔したことは一切ないし,原告X1にも錯誤は一切なく,株券の詐取に該当しないことは明白である。
また,被告6名は,原告X2及び同X3に対して,勧誘行為は一切行っていない。
(イ) 客殺し商法について
原告らは,被告会社が向い玉を建てたと主張するが,向い玉というためには,要件として,対当する売り買いで,かつ,同限月,同日,同場節の取引で建てかつ決済することが必要であるところ,このような事実はない。
また,原告らは,被告6名が原告X1に虚偽の情報を流し,原告X1に相場の予測と逆方向の建玉を奨め,損害を与えたかのごとき主張をしているが,そのような事実は絶対にない。まず,いつの時点の建玉について述べているのか具体的な主張がなく,主張自体失当であるし、被告らが仮に原告らより早く情報を入手した上で,原告X1に虚偽の情報を流したとしても,情報が虚偽であることはすぐに判明することであるから,そのような虚偽の情報を述べることなどあり得ない。
(3) 本件取引において,被告6名の行為に違法性があったか。
なお,以下においては,商品取引所法(平成2年6月改正,同年12月29日施行)を「新法」,改正前の同法を「旧法」ともいい,また,全国の商品取引所が昭和48年4月に定めた12項目の指示事項(禁止すべき行為として指示した事項)及び昭和53年8月に追加した2項目の指示事項を「旧指示事項」と,その後,平成元年11月にこれに代えて施行された新しい取引所指示事項を「新指示事項」という。
ア 原告らの主張
仮に上記(2)アの主張が認められないとしても,本件取引において,被告6名において,以下に列挙する違法な行為が行われたもので,これらは,それぞれが独立した違法性を有する行為であるとともに,それらが連続して,さらには重畳的に実行されたものであるから,一連一体の行為として,あるいは,全体としても違法性を有するということができる。
(ア) 商品取引所法違反による違法性
a 断定的判断の提供(旧法94条1号)
本件取引のはじめから終わりまで,被告土●●●らは,原告X1に対し,勧誘に際し、以下のとおり述べる等して,断定的判断を提供した。
(a) 平成2年3月21日,被告土●●●は,「今年は大豆が上がりますよ。」,「3000円ぐらいまで上がる。」と大豆が確実に値上がりする旨述べた。
(b) 同月27日,被告土●●●は,「今が買場だと思います。」,「支店長,まだまだこれから上がりますよ。絶対買場ですよ。」等と,大豆が確実に値上がりする旨述べた。
(c) 同年4月25日,被告土●●●は,「もっと上がる。3000円台乗せがあるだろう。もう1度買いましょう。」と等と述べた。
(d) 同月27日,被告伊●●●は,「まだまだ大豆は上がりますよ。今年はエルニーニョが発生するし,今の大豆の値段は1升マスで何十円ですよ。安いでしょう。」と述べた。
(e) 同年6月11日,12日,被告土●●●は,エルニーニョを理由に,「絶対に高くなります。今が買場です。」等と断言した。
(f) 同年8月23日,被告土●●●は,中東戦争を理由に,「支店長,ゴムが暴騰しますよ。買いましょう。」等と断言した。
b 一任売買(旧法94条3号)
被告土●●●は,「支店長は忙しい人ですから,私がよく相場を見て安全にやっていきます。任せて下さい。」と勧誘して,原告X1を先物取引に誘い込んだため、原告X1は,全取引期間を通じて,相場に関する情報も被告6名に依存し,その勧めるままに取引したり,任せて取引してきた。
本件取引が一任売買であったことは,本件取引が大豆とゴムに分かれ,三つの取引名義を使用しているため,必要証拠金や追証等の計算は極めて複雑で,被告側が行っていたことからも明らかである。
また、本件取引の建玉・仕切り・買直し・途転・両建の各時点における状況からも、一任であることが明白である。
c 無断売買(旧法94条4号,旧法施行規則7条の3の3号,新法施行規則33条3号)
以下の取引は,原告X1に無断でされたものである。
(a) 平成2年6月14日買玉300枚の仕切り
原告X1名義とA1名義に分け、買玉の一部を仕切った上で,同時に売建をし,売り・買い各2400枚の両建をしており,このような複雑な計算は,原告X1にはできない。
(b) 同年7月3日買建300枚
あえて両建をしながら,短期間で買増しているが,原告X1は,証拠金不足に苦しみ,漸く弟から株券を借用したばかりの時であり,再び追証となりかねない買建てをすることは不自然である。
(c) 同年8月15日売玉600枚の仕切り
原告X1は,家族と一緒にハワイ旅行中であり,原告X1が注文を出すことは困難であった。
(d) 同年12月4日買建100枚
原告X1は,全国支店長会議等のため東京出張中であり,注文を出すことは困難であった。
(e) 平成4年2月7日買建200枚
原告X1は全国支店長会議等のため東京出張中であり,注文を出すことは困難であった。
(f) 同年5月26日買玉200枚の仕切
原告X1は,同日午前8時には千葉支店へ向かう途中であり,この時間に注文を出すことは困難であった。
(イ) 取引所指示事項違反による違法性
a 投機性等の説明の欠如(旧指示事項4,新指示事項1の(3))
先物取引に関し,投資,利子,配当等の言辞を用いて,投機的要素の少ない取引であると委託者が錯覚するような勧誘を行うこと,また,委託追証拠金についての説明をしないで勧誘を行うことは,利益計算の事例のみを強調し,先物取引におけるリスクを隠蔽することに問題があり,また,追証制度は,単に取引の担保の増強だけでなく,委託者にとって取引を継続するか,あるいは一応建玉を手仕舞いして再度機会を持つかの判断をなすべき重要な警報的意味を持つものである。
したがって,勧誘にあたってその説明を欠かせてはならないが,本件取引の全体を通じて,以上の投機性等の説明はされていない。
また,商品先物取引は,株の信用取引と類似している投機性として,少ない委託証拠金で多額の取引をする仕組みであることがあげられるが,投機性の相違点として株の信用取引は現物取引であって先物取引のようにある注文の益は他の注文の損の上にのみ発生するものではないことがあげられる。
しかし,被告土●●●は,両者の仕組みの違いを何ら説明せず,逆にあたかも両者は同じものであるかのような誤った話をしたために,原告X1に対して誤解を与えたのである。
b 両建及びその勧誘(旧指示事項10,新指示事項2の(2))
両建は,委託者にとって,損を固定させるだけの無意味かつ不利益な取引方法である。旧指示事項では,両建を利用して委託者の損勘定に対する感覚を鈍らせることを意図したと認められる同時両建玉,因果玉の放置及び常時両建の取引は禁止されており,新指示事項でも,委託者の手仕舞い指示を即時に履行せずに新たな売買取引(不適正な両建を含む。)を勧めることを禁止行為として明記している。
本件取引においてなされた両建は,別紙1「取引の経過」の取引の特徴欄に指摘したとおりであるが,特に,平成2年5月14日の第1回目の大豆の両建,同年6月14日の第2回目の大豆の両建,同年10月12日の第1回目のゴムの両建は,現行法令がその勧誘を禁止する同限月・同枚数の両建勧誘(完全両建)となっており,極めて違法性が顕著である。また,本件では,平成2年4月27日の大豆の買建1500枚(因果玉)が大きな評価損を抱え,この追証等の対策として,被告土●●●から積極的に勧誘されて行われたのが,同年5月14日及び同年6月14日の両建であり,その後,売玉のみを比較的短期間で仕切って,あたかも利益を得たかのようにしており,因果玉の放置の違法性がある。
また,その他の既存建玉に対応して反対建玉を建てる形の両建は,既存建玉を仕切ることで同じ結果を得られ,かつ,委託者にとってより少ない資金負担ですむから,このような両建をさせることは,委託者に不利益な取引を勧める違法がある。
c 他人名義による売買の勧奨(旧指示事項13,新指示事項3の(2))
新指示事項では,「不適切な受託行為」として,「委託者に仮名又は他人名義などを使用させること」が明記されている。
ところが,被告土●●●は,平成2年6月,原告X1名義の取引が建玉制限を超えていたことから,A1及びA2名義で原告X1の取引を行うよう勧めた。
(ウ) 新規委託者保護管理規則違反による違法性
被告会社において,取引開始後3か月間の新規委託者に対する取引枚数についての外務員の判断枠を20枚とする制限等は,本件取引当時,従来どおり維持されていた。
それにもかかわらず,本件取引における建玉数の推移は別紙1「取引の経過」に記載のとおりであり,新規委託者保護期間内の原告X1の建玉数は,平成2年3月23日の第1回目の取引において,既に20枚の判断枠を大幅に超える合計470枚となり,同年6月14日には第2回目の両建で買い2400枚と売り2400枚(合計4800枚)という異常に過大な枚数となっている。
したがって,本件取引は,被告らが上記新規委託者保護義務を全く無視した違法性がある。
(エ) 特定売買比率
両建,売(買)直し,途転,不抜け,日計りは,特定売買と呼ばれ,委託者に不利益をもたらす取引の典型であり,主務省は全取引中の特定売買の割合を20パーセント以下に抑えるよう指導している。
ところが,本件取引における特定売買は,別紙1「取引の経過」の取引の特徴欄に記載のとおりであり,全取引は合計107回(建てて落としてを1回と数える。)であるのに対し,特定売買は重複して数えると54回であり,特定売買比率は約50パーセントとなっているもので,上記指導とかけ離れている。これは,本件取引が委託者に不利益な取引を頻繁に行ったものであることを示している。
また,この特定売買を繰り返す行為は,無意味な反復売買と呼ばれ,手数料稼ぎ等のために頻繁に利用される取引であり,これが多数存在するということは,事実上,これが委託者の意思に基づかない取引であるか,あるいは取引の持つ意味を委託者が理解していないことを示すものである。
(オ) 売買回転
主務省は,平成元年4月1日にチェックシステム・ミニマムモニタリングが制度化されると同時に,無意味な反復売買を規制するために,売買回転を月間3回以内にとどめる方向で指導していくことになった。
ところが,本件取引の一月当たりの売買回転は約3.66回である。
(カ) 手数料化率
本件取引の総損害額は4億6968万5954円であり,そのうち手数料が1億2114万4000円であるから,手数料化率は25.8パーセントとなる。
(キ) 委託者の信頼を裏切る違法性(背任罪類似行為としての違法性)
被告会社は,売り買いの総取組高の少ない側へ自己玉の建玉を行い,それによって,売り買いの総取組高を一致若しくは近似させて,被告会社と取引所との間で授受される帳入差金の額を小さくし,ある委託玉が益をとることは直ちに自己玉若しくは他の委託玉の損を招来する仕組みを作りだし,結局従業員をして委託者に利益となるように誠実な行動を取れなくしていた。このように被告会社が,自己玉を売り買いの総取組高が一致若しくは近似するように建玉する行為は,全委託者に対する関係で信頼を裏切る違法性(背任罪類似の違法性)がある。
現に,被告会社の以上のような行為により,本件取引の売買による総損3億8165万円のうち約90パーセントに当たる3億4348万5000円くらいが,被告会社の自己玉若しくは他の委託玉(ダミー玉を含む)の益となった。この場合,一時的に他の委託玉の益へと転化しても,取引を継続するうちに自己玉(ダミー玉を含む)の益へとさらに転化してしまう蓋然性が高い。ある業者の売りと買いの取組高が同じであれば,その業者は,委託者から預託を受けた委託証拠金(含帳尻入金分)を上限として,その委託証拠金を手数料へと転化するのであり,また自己玉の益を委託玉の損失の上に取得するという相関関係が顕著(明白)であるからである。特に本件では,自己玉が売りに偏在していたから,背信性が顕著である。
(ク) 委託証拠金不足の取引(無敷,薄敷)
商品取引員は,建玉受託に先立ち若しくは同時に,委託者から委託証拠金を徴収しなければならない(旧法97条1項,受託契約準則8条,9条1項・2項)。この委託証拠金は,商品取引員の対委託者債権の担保機能を有するだけではなく,建玉の継続に対しての決断の判断材料を提供して,過当投機を抑制し,委託者を保護しようとする目的を併せ持つものである。したがって,商品取引員が,委託者に何らかの便宜供与であるかのように見せかけて,又は無断で,委託証拠金を徴収せず,又は後納させて,建玉受託を先行させること(前建)は許されない(無敷・薄敷)。
本件取引においては,委託証拠金がないまま(無敷),①平成2年3月27日大豆130枚の買建て,②同年4月25日大豆300枚の買建て,③同年5月14日大豆1500枚の売建て,④同年6月14日大豆2400枚の売建て,⑤同年9月6日大豆800枚の売建て,⑥同年10月12日ゴム900枚の売建てが,また,委託証拠金が不足する(薄敷)中で,①平成2年4月12日大豆600枚の買建て,②同年4月27日大豆1500枚の買建てが,被告土●●●により強引にされている。すなわち,被告らは,あたかも原告X1に対する便宜供与のごとく申し述べて信用させて,先に強引に建玉を増やし,後から入金を強く求め,原告X1の資金力を超えて原告X2及び同X3から代用証券を借用させ,結局,原告X1から資金(代用証券)を可能な限り引き出した上,多数の取引をすることによって,手数料稼ぎを図ったものである。
(ケ) 株券借用による取引の勧誘
被告土●●●は,本件取引の初めのころから,何かあると,原告X1に対し,原告X2及び同X3の有する株券を借用するように求めた。その結果,原告X1は,平成2年6月14日の第2回目の両建の時点で,もはや自分の有する株券だけでは対応することができなくなり,原告X2及び同X3から株券を借用した。
先物取引は,公的な統計上,現に取引中の委託者のうち,約8割が損計算となっている危険性の高い投機行為である。したがって,先物取引をするに当たっては,常に余裕資金の範囲内で行うべきであり,担当外務員が借金をして取引することを勧めたとすると,それは,委託者を故意に危険な状況に陥らせるものであって,委託者に対して善管注意義務ないし忠実義務を負っている外務員としては,違法な勧誘行為であるといわざるを得ない。
また,本件取引においては,被告土●●●は,原告X1をして,あたかも代用証券を将来返せるものとして申し伝えさせ,原告X2及び同X3から多数の株券を借用させている。しかし,そもそも,借金(現金)も株券(代用証券)の借用も,資金供与を受ける点では全く同じであり,かつ,取引で損失を被った場合,株券自体も処分されて,帳尻損金に充当されることになるから,違法性を判断する上で,両者を区別して考える必要はない。そして,上記の実態(8割が損)に照らせば,将来返却できるものと述べて借用させることは,虚偽の言辞を弄するものといわざるを得ない。
また,株券には名義が記入されているので,被告らは,少なくとも,原告X1が多数(多額)の株券を借用している事実は,十分知っていたはずである。そして,その時点では,被告土●●●自身が認めるように,原告X1において,資金(株券も含む。)がほぼ底を突いていることも分かっていたはずである。そのような状況にもかかわらず,被告土●●●は,次々と委託証拠金不足を理由として,代用証券の入証を求め,詐言を弄して,原告X1をして,原告X2及び同X3の株券を入証させたものであり,違法な勧誘行為といわざるを得ない。
イ 被告らの主張
(ア) 商品取引所法違反について
原告らの主張はいずれも争う。
被告土●●●は,原告らの主張するような断定的判断の提供をしたことはない。
また,被告土●●●が任せて下さいと勧誘した事実もないし,原告X1がその勧誘に乗せられて一任し続けたという事実もない。被告土●●●らは,頻繁に原告X1と直接面会して,取引について協議している。原告X1が,当日の残玉の状況のみならず,その日の建玉状況や前日までの建玉の推移を確認し,値洗い計算についても正確に認識していることは,原告X1が確認書で確認していることからも明白である。委託証拠金として預託を受けた株券が,取引の途中で返還されているものがあるが,原告X1からの返還請求を受けて返還したものである。
さらに,原告らが無断売買であると主張する平成2年6月14日,同年7月3日の建玉についても,原告X1の事前の指示に基づき建玉したものであり,かつ,事後においても建玉した当日に,原告X1と面会して確認をとっている。
(イ) 取引所指示事項違反について
本件に適用されるのは,新指示事項及び平成3年に一部改定されたものであるが,被告らにその違反があったとの点は,強く否認する。
a 投機性等の説明について
原告X1は株の信用取引の経験があるところ,株の信用取引を行っている者が,先物取引の仕組み,すなわち,価格の上下により損得が生じ,かつ,投機性が高いという認識がないはずがなく,このような者に対し投機性の説明がなされていないという主張は,荒唐無稽といわざるを得ない。
旧指示事項では,先物取引に関し,投資,利子,配当等の言辞を用いて,投機的要素の少ない取引であると委託者が錯覚するような勧誘を行うこと,また委託追証拠金についての説明をしないで勧誘を行うことが禁止事項とされていたが,新指示事項では,委託者保護に欠ける行為として厳に慎む事項として,不適正な勧誘行為の一つとして,「商品先物取引の有する投機的本質を説明しない勧誘」が規定されているにすぎない(平成3年5月の改定では変更なし)。
b 両建玉及びその勧誘について
旧指示事項では,両建の勧誘が禁止されていただけで,両建の説明をすることは禁止されておらず,かつ,委託者が両建をすることを禁止もしていない。新指示事項では,両建の勧誘も禁止の対象とはされず,手仕舞要求を拒否する取引を継続する場合の一態様としての不適切な両建を禁止するにすぎない。
本件における両建が違法であるとの原告らの主張は争う。
両建は,相場の変動が予想に反して計算上損勘定が生じた場合,損切りはしたくないし,相場の動向も予測しがたいというようなときに行われる手法で,損計算になった建玉を当面そのまま固定し相場の模様眺めができるというメリットがあるのであって,両建自体が無意味違法とされているわけではない。
c 他人名義による売買の勧奨について
他人名義の使用は,原告X1が,取引量拡大のため,自ら申し込んだものである。
(ウ) 新規委託者保護管理規則違反について
新規委託者保護管理規則において,新規委託者は,3か月間は建玉数を20枚以下にすることを目標とされているが,それは,取引の仕組みや投機性を十分理解しないまま大きな損失に遭遇することが委託者の育成を妨げる結果となることを避けるようにとの趣旨である。しかし,原告X1は,先物取引については新規委託者であるが,株式の信用取引経験者であり,投機性についても熟知している者であって,同管理規則で保護しようとしている新規委託者ではない。
(エ) 特定売買比率について
本件取引につき,建て落ちを1回と数えると,全取引回数が107回となることは認めるが,その余は争う。
特定売買が54回となるとの原告らの主張は,どの取引を特定売買としているのか明確でない。1つの売買が2つの特定取引項目に該当しても,特定売買の取引回数としては1回と数えるべきであり,これによれば,特定売買は27回にすぎない。
主務省が特定売買を20パーセント以下に抑えるように指導している事実もない。
(オ) 売買回転について
チェックシステムは,新規委託者についての取引を先物取引会社全体としてチェックするシステムで,個別取引をチェックするシステムではない。また,チェックシステムは,商品取引員の受託業務の適正な運営の一層の確保を目的とし,受託会社全体としての業務の適正の運営の確保を目的としているのであり,受託会社がそれぞれ受託をしている個々の顧客との取引を問題としているのでない。さらには,チェックシステムは,取引開始後3か月未満の委託者について,チェック時点の前1か月間の売買状況を,該当委託者全体についてとりまとめ,チェックするシステムであって,個別の取引をチェックするものではない。
チェックシステムの目的は,商品取引員(受託会社)の経営改善であり,業界の自治によるもので行政上の規制措置というものではなく,対象は基本的に取引開始後3か月未満である。そして,売(買)直し,途転,日計り,両建,手数料不抜けの5種類の売買について,その時々の相場水準,値動き,市場の繁閑等により,かかる特定売買の行われる度合いが異なるので,これを絶対的排除要因であるとの判断を下しているわけではなく,これら5種類の売買を禁止したり排除など一切していない。
チェックシステムにおいては,ABC評価をするだけで,その評価は全取引員の加重平均と対比した相対比率に基づき,取引員全体を総合評価してランク付けをするにすぎず,個々の特定売買そのものの是非を論じるものでないし,個々の特定売買の結果が益となるか損となるかによって適否を論じるものとは考えていない。主務庁が,売買回転を月間3回以内にとどめる方向で指導するという事実もない。
チェックシステムは,平成11年4月1日付けで廃止されているものであり,チェックシステムに基づく主張自体失当である。
(カ) 手数料化率について
原告らの主張する原告X1の総損害額及び手数料額は認める。
原告X1の取引中,利益を計上した取引の手数料が合計7456万8000円であるのに対し,損失を計上した取引の手数料は合計で4657万6000円にすぎない。
利益を計上している取引は,原告らに何ら損害を与えたものではないから,その取引の手数料は問題とするべきではない。そして,損失を計上した取引の差金は合計7億0800万円に対して,手数料は前記のとおり4657万6000円で,手数料の割合は6パーセントにすぎない。
(4) 被告らの責任
ア 原告らの主張
(ア) 原告X1に対する責任
a 被告6名は,入社以来営業または管理として活動をする中で,あらかじめ割り振られた各人の役割に従ってお互いに各人が違法な行為をしていることを十分承知していながら,それらの違法行為を認容しつつ,原告X1から委託証拠金(代用有価証券など)の名目で出損をさせた。
したがって,右被告らは民法709条,719条1項により不法行為責任を負う。
b 被告会社は,民法44条1項,709条,719条1項若しくは右被告6名の使用者として民法715条1項,719条1項により,不法行為責任を負う。
(イ) 原告X2及び同X3に対する責任
a 被告土●●●は,原告X1の弟である原告X2及び同X3がCの幹部として同社株を大量に保有していることを承知していたので,それを原告X1に交付させて原告X1の取引の委託証拠金代用有価証券とさせた上,原告X1の取引を損害へと導き,原告X2及び同X3が交付した株券を収奪した。
したがって,被告土●●●は民法709条により不法行為責任を負う。
b 被告会社及び被告柴●●●は被告土●●●の使用者及びその代理監督者として民法715条,719条1項により不法行為責任を負う。
(ウ) 被告会社の債務不履行責任
商品取引員である被告会社は商法上の問屋に相当し,商品取引員と委託者の関係は民法上の委任契約であり,被告会社は,原告X1に対し,善管注意義務及び附随義務を負う。
善管注意義務の内容は,関係法令,通達,受託業務指導基準,定款,準則,協定事項,自主規制,判例などから具体化され,義務違反の態様は,上記(3)アのとおりであり,かつ,被告6名の行為が,一連一体の行為として,あるいは,全体としても違法性を有することは,上記(3)アと同様である。
以上により,被告会社は,原告X1に対し,債務不履行責任を負う。
イ 被告らの主張
原告らの主張は争う。
(5) 損害
ア 原告らの主張
(ア) 実損害について
a 基本的な考え方
主位的主張(詐欺罪に該当する不法行為)に基づく損害は,被害すなわち原告X1が交付した現金及び株券の額であり,株券については,被害時点すなわち株券の交付時点の時価というべきである。
予備的主張(取引における違法な行為)に基づく損害についても,第一に,確定的判断の提供という違法行為が先行しており,これがなければ交付しなかったであろう現金及び株券を交付することによって同額の損害を被ったといえるから,その交付自体が損害といえる。
第二に,本件取引を一連の行為として全体として違法行為という場合には,取引による損失(4億6968万5954円)が損害額ということとなる。
b 交付後の事情について
原告らが後日被告会社から返却を受けた株券及び売却代金の一部などは,損害が補填されたものとして差し引くものとする。
なお,株券の交付後に増資や株式分割があっても,損害額には関係がないから,これを被害額から差し引かない(これを差し引くべきであるとの被告らの主張は争う)。
また、株券の交付後に被告会社に預託されたまま売却されても、やはり損害額には関係がない。
c 原告ら各自の被害について
被告らは,原告X2及び同X3の株券(主にC)にあらかじめ狙いをつけて交付するよう働きかけたのであるから,原告X2及び同X3の株券については,両名が被害者であると考えるべきである。
(イ) 原告らの各損害額
a 原告X1の損害 16億4517万1448円
(a) 物的損害(取引の損害) 1億1160万8448円
別紙2「預け入れ現金・株券の一覧表」における,X1の累計の最終欄のとおりである。
(b) 慰謝料 1000万円
取引開始後,今日までの家族を含めた精神的苦痛は,1000万円の慰謝料に値する。
(c) 弁護士費用 1200万円
本件のような商品先物取引に係る損害賠償請求訴訟は,専門知識のある弁護士への依頼なくしては維持できず,弁護士費用は訴訟物の価額の約10%をもって相当とする。
(d) 原告X2及び同X3の株券交付による損害(慰謝料・弁護士費用を含む。) 15億1156万3000円
原告X2及び同X3にはそれぞれ下記b・cの損害があり,これらについて原告X1は原告X2及び同X3から追及されるであろうから,これも原告X1の損害となる。
b 原告X2の損害 11億1456万3000円
(a) 物的損害(取引の損害) 9億9456万3000円
別紙2「預け入れ現金・株券の一覧表」における,X2の累計の最終欄のとおりである。
(b) 慰謝料 1000万円
株券交付後,今日までの精神的苦痛は,1000万円の慰謝料に値する。
(c) 弁護士費用 1億1000万円
上記a(c)と同様,訴訟物の価額の約10%をもって相当とする。
c 原告X3の損害 3億9700万円
(a) 物的損害(取引の損害) 3億5100万円
別紙2「預け入れ現金・株券の一覧表」におけるX3の累計欄のとおりである。
(b) 慰謝料 1000万円
株券交付後,今日までの精神的苦痛は,1000万円の慰謝料に値する。
(c) 弁護士費用 3600万円
上記a(c)と同様,訴訟物の価額の約10%をもって相当とする。
イ 被告らの主張
(ア) 実損額について
原告らの主張は争う。
a 基本的な考え方について
仮に原告ら主張の不法行為が仮に認められるとしても,その損害は,本件取引によって現実に生じた損失というべきである。
b 預託された株券が詐取されたので損害が発生したとの主張であれば,詐取された株券が返還されれば損害は完全に填補される。詐取時と返還時の間に株券の時価が変動したとしても,その時価の変動は損害には含まれない(有価証券は動産であり,動産としての法的評価をすべきである。)。仮に時価の下落分も損害として評価し得るなら,逆に,預託時から返還時までに値が上がった場合には,被害者は加害者に値上がり利益を返還しなけれならないという不合理な結果が生じる。
そして,被告会社は,以下のとおり,原告らから預託された株式を原告らに返還して,原告らから売却代金5億0034万7955円を入金してもらっている。
(a) 平成2年4月25日,トーヨーカネツ1万株売却,1048万6788円入金。
(b) 同月26日,シキボウ5000株売却,415万9980円入金。
(c) 同年5月11日,シキボウ1万9000株及びトーヨーカネツ1万3000株売却,3269万5428円入金。
(d) 平成6年5月13日,塩野義製薬5000株売却,457万3202円入金。敷島紡績4万株売却,1242万3144円入金。ミヨシ油脂5000株売却,313万5939円入金。C5万4400株(X1名義4000株,X2名義2万0400株,X3名義3万株)売却,1億4148万7090円入金。
(e) 同月16日,C10万6200株(X2名義)売却,2億7805万2800円入金。
(f) 同月17日,C5100株(X2名義)売却,1333万3584円入金。
c C株式は,預託後に,以下のとおり無償増資及び株式分割が行われており,この無償増資等により原告らが取得した利益は損害額から控除されるべきである。
すなわち,C株については,平成3年3月25日に無償倍額増資(翌日の価額7800円),平成4年3月25日に分割(1株を1.5株に分割,翌日の価額4660円),平成5年3月25日に分割(1株を1.05株に分割,翌日の価額2700円)がされており,これにより,原告X1は2546万円(2000株×7800円+2000株×4660円+200株×2700円),原告X2は8億2970円5000円(8万株×7800円+4万株×4660円+7150株×2700円),原告X3は3億0795万円(3万株×7800円+1万5000株×4660円+1500株×2700円)の利益を得ている。
d 原告X2及び同X3は,本件契約の当事者ではないから,上記不法行為による被害者となる余地はない。
(イ) 原告らの各損害額について
いずれも争う。
なお,原告X1は,原告X3及び同X2についての損害も,原告X3及び同X2から請求されるであろうからこれも原告X1の損害となると主張するが,原告X3及び同X2の損害は原告X1の取引から生じた損害でないことは明白であるから,これを被告会社の債務不履行による原告X1の損害として主張するのは,主張自体失当である。
(6) 消滅時効
ア 被告らの主張
被告らの不法行為に基づく原告らの各損害賠償請求権は,各行為から3年の経過により,それぞれ時効消滅したものである。原告らは,その主張の各欺罔行為について,各行為の際に認識があり,かつ,被告らの行為であることを認識しているからである。
仮にそうでないとしても,原告らは,平成4年8月14日には,加害者にあたるべき者が被告らであることを認識していたものであるから,同日から3年の経過により,時効消滅したものである。
被告らは,原告らに対し,平成8年7月23日の本件第4回口頭弁論期日において,上記各損害賠償請求権の消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
イ 原告らの主張
被告らの主張は争う。
(ア) 本件において,「損害及ヒ加害者ヲ知リタルトキ」とは,原告らが単に損害を賠償するよう請求した時点でなく,第三者すなわち取引所の事務局から1000万円の和解案が提示された平成5年10月某日,あるいは,取引所の仲介の委員会から1億円の賠償の案が提示された平成6年3月24日というべきである。
(イ) 原告らは,平成7年8月4日又は8日に被告らに到達した内容証明郵便をもって催告し,それから6か月以内である平成8年1月31日に本件訴えを提起したものであるから,消滅時効は中断されており完成していない。
第3争点に対する判断
1 被告らの本案前の主張について
被告らは,本案前の主張として,本件訴えはいずれも不適法である旨主張するが,このうち,訴えの利益を欠き又は主張自体失当であるとする点は,いずれも原告らの請求権の有無に関するものであって,訴え自体を不適法ならしめるものということはできない。
また,主観的予備的請求であるから不適法であるとする点については,原告らの各請求は単純併合されたものであるにすぎず,主観的予備的請求には当たらないことが明らかである。
よって,被告らの本案前の主張はいずれも理由がない。
2 本件の取引の経過について
(1) 本件の取引の経過については,前記争いのない事実等に,証拠(甲6~16の各1・2,17,18の1・2,19の1・2,20,21の1・2,22の1・2,23の1~3,24の1~3,34の1・2,41,42の1,46の1~3,48の2,49の1~7,51~54,58,66の1~23,67の1~18,68の1~8,69の1~22,70の1~19,71の1~17,72の1~38,73の1~14,74の1~6,75の1・2,86,87,乙2の1,2の2・3の各1・2,2の4~6,2の7・8の各1・2,2の9・10,2の11の1・2,2の12~15の各1~3,2の16,2の17の1・2,2の18~23の各1~3,2の24の1・2,2の25の1~3,2の26~31の各1~4,2の32の1~3,2の33の1~5,2の34~39の各1~6,2の40の1~4,3~9,10の1~3,19,20,22,23の各1~3,24,25の1~105,26の1~9,28,原告X1,同X2,同X3,被告土●●●,同南●●●,同相●●●)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる(なお,以下においては,原告X1の本人尋問における供述及びその作成の陳述書(甲51,75の1)を併せて「原告X1の供述等」と,被告土●●●の本人尋問における供述及びその作成の陳述書(乙28,29)を併せて「被告土●●●の供述等」と,それぞれ総称する。)。
ア(取引の開始について)
(ア) 平成2年2月ないし3月ころ,原告X1は,被告会社の従業員である谷●●●(以下「谷●●●」という。)から,電話及び訪問により何度か先物取引の勧誘を受け,谷●●●及びその上司である被告土●●●と面会する約束をした。
(イ) 同月21日,谷●●●及び被告土●●●が原告X1の会社を訪れた。その際,被告土●●●は,自己の顔写真入りの新聞記事(広告)を見せて自己紹介した上,受託契約準則(乙17),委託のガイド(乙18)を原告X1に交付し,これに基づき,先物取引の仕組みや,委託証拠金が必要であり追証拠金が必要となることもあることなどを説明したところ,原告X1は,株式の信用取引の経験はあるということで,仕組みは理解できるが,価格の要因については分からない等と答えた。
そこで,被告土●●●は,罫線(大豆)を示して,「今年は大豆が上がりますよ。」等といって,大豆の先物取引の勧誘をしたところ,原告X1は興味を示し,トーヨーカネツ2万3000株であれば預託できるということであったため,被告土●●●は,大豆600枚程度は建てられると説明し,勧誘した。
(ウ) 同月22日朝,被告土●●●は,原告X1に電話し,トーヨーカネツ2万3000株であると大豆約470枚程度しか建てられないと報告したところ,原告X1は取引する意向を示した。そこで,被告土●●●は,原告X1を訪問し,約諾書(乙3,「私は,先物取引の危険性を了知した上で商品取引所の定める受託契約準則の規定に従って,私の判断と責任において売買取引を行うことを承諾したので,これを証するため,この約諾書を差し入れます。」旨の記載がある。)に署名を貰い,本件取引を開始することとなった。
(エ) 同月23日午後3時過ぎころ,原告X1がトーヨーカネツ2万3000株を持参して被告会社を訪れた。被告土●●●から,上記株を委託証拠金の代用とすると大豆470枚程度を建てられるが,なお4万円が不足であると説明すると,原告X1は,上記株と現金4万円を交付して,大豆470枚の建玉を注文した。そこで,被告会社は,上記注文に応じ,大豆470枚の買玉を建てた。
なお,被告会社においては,社内規則で,新規委託者については取引開始後3か月までは建玉を20枚以内に制限することとしており,これを超える取引をするには社内審査が必要とされていたため,原告X1から上記470枚の建玉の注文を受けるに当たっても,一応の社内審査を経,その承認を得た。
イ(取引の方法について)
被告会社における原告X1の担当であった被告土●●●又はその上司である被告伊●●●は,毎日のように原告X1に電話をかけ,あるいは原告X1の勤務先や自宅を訪問して,取引の結果や値動き等を伝え,更に取引の勧誘をする等していた。
原告X1から取引の注文がされた場合は,取引の都度,被告会社は「売買報告書」(当該取引について,取引所名,商品名,新規か仕切かの別,限月,取引日,場節,数量,約定値段,総取引金額,売買差金,取引税,委託手数料,消費税,差引損益金が記載されているほか,欄外に売買単位表が記載されている。)を送付し,また,委託証拠金が変更になった場合は,その都度,「委託証拠金預り証」を送付していた。
また,被告会社は,毎月1回,「残高照合通知書」(①現在の建玉の内訳につき,所管名・取引所名・商品名,限月,約定年月日,場節,建玉数量,約定値段,値洗差益,②預り証拠金及び必要証拠金につき,所管名・取引所名・商品名,お預り証拠金現在高,委託証拠金必要額,帳尻残高,③預り有価証券内訳につき,所管名,有価証券,数量,充用単価,充用価格が記載されている。)を送付していた。
さらに,被告会社は,原告X1と面談した際等に,「確認書」(該当日現在の建玉,預り証拠金,帳尻金,値洗差金について確認を求めるもので,そのときにおける建玉状況(商品名,建玉日,建玉枚数,建玉値段等),値洗損益,必要証拠金の額,預り証拠金の額,不足証拠金等が記載されている。)に原告X1の署名・捺印を徴求するとともに,その写しを原告X1に交付していた。
ウ(その後の大豆の取引について)
(ア) 平成2年3月25日に毎月の株価の評価替えがされたことにより,委託証拠金不足となったため,被告土●●●は,同月26日,原告X1に連絡し,不足証拠金の入金を依頼した。
(イ) 同月27日朝,被告土●●●は,原告X1に電話し,「まだまだこれから上がりますよ。」等と言って,当初の話のとおり大豆600枚を建玉すること,すなわち更に130枚の建玉をすることを勧誘し,原告X1もこれに応じることとした。
なお,委託証拠金については,原告X1から後に必ず入金するとの約束を取り付けたのみで,同日,130枚を買建てした。
(ウ) 同月29日,被告土●●●は,原告X1の会社を訪れ,原告X1から,同日付け確認書(不足証拠金880万円等の記載)に署名を貰うとともに,委託証拠金として,シキボウ6000株の預託を受けた。
(エ) 同年4月3日,原告X1は被告会社を訪れ,シキボウ7000株を預託した。これにより,必要証拠金の額を満たしたため,原告X1の求めに応じ,預託されていた現金4万円は原告X1に返還された。
(オ) その後の株価の下落により,再び委託証拠金不足となり,被告土●●●は,原告X1に電話で,証拠金の入金を依頼した。
(カ) 同月12日,被告土●●●は,原告X1に電話し,「まだ上がると思います。上がったらすぐ売るつもりでできるだけ買いましょう。」等と言って,大豆600枚の買い増しを勧めたところ,原告X1も,大豆の価格が値上がりしていたことから気が強くなり,これに応じることとした。
同日午後2時ころ,原告X1は被告会社を訪れ,確認書(不足証拠金953万円等の記載)に署名し,シキボウ1万株,クラリオン9000株を預託したが,上記買い増しにより,証拠金不足であったため,被告土●●●は,同日午後7時20分ころ,原告X1の会社を訪問し,同日付け確認書(不足証拠金2619万円等の記載)に原告X1の署名を貰った上,不足証拠金の入金を依頼した。
(キ) ところが,原告X1からは,不足証拠金の入金がなく,被告土●●●は,平成2年4月24日は2回にわたり,翌25日は被告伊●●●を同行して,原告X1を訪問し,不足証拠金の入金を依頼するとともに,その都度,確認書(いずれも不足証拠金2619万円等の記載)に原告X1の署名を貰った。
そこで,被告土●●●が,買玉500枚を売り落として,その利益を証拠金に充てるとともに,更に値上がり傾向が続くため,新たに買玉300枚を建てることを勧めたところ,原告X1もこれに応じることとし,不足の証拠金については,トーヨーカネツ1万株を売却して充当した上,更に株券を預託することとなった。
そして,買玉500枚を売り落として,利益約582万円を得るとともに,新たに300枚を買い建てした。
このため,トーヨーカネツ株を売却した上,同日シキボウ1000株及び現金20万円の預託がされたものの,証拠金不足であったため,被告土●●●は,同日夜原告X1を訪れて,確認書(不足証拠金363万4409円等の記載)に署名を貰い,不足についてはシキボウ5000株を売却してこれに充てることとなった。
(ク) 同月27日,原告X1は,被告土●●●の勧誘に従い,いったん利益を確保する趣旨で全買建玉を仕切り,約3210円の帳尻益を得た。
しかし,被告伊●●●から,「まだまだ大豆は上がりますよ。」等と勧誘され,さらに買玉1500枚を建てた。
同年5月2日,シキボウ5000株の売却代金415万9980円が入金され,帳尻金から3006万3232円を証拠金に振り替えて,必要証拠金7500万円が入金され,帳尻残金204万2785円となった。
同月8日,原告X1が被告会社を訪れたため,被告土●●●は,確認書にその署名を貰った上,事前に原告X1から要請されていたとおり,利益金204万2785円を返還した。
(ケ) 同年5月11日,大豆の価格が大暴落し,ストップ安となった。
被告土●●●は,原告X1に連絡を取り,両建することを勧めたところ,原告X1もこれを了承した。
これに基づき,同月14日,売玉1500枚の建玉をした。このため,更に7500万円の委託証拠金が必要であったが,シキボウ1万9000株及びトーヨーカネツ1万3000株を売却し,不足分は近日中に入金するとのことであったため,証拠金は入れられないまま,上記建玉がされた。
(コ) 同月24日及び同月28日,原告X1が被告会社を訪れ,証拠金として現金4700万円及び同1500万円をそれぞれ持参し,必要証拠金が満たされた。被告土●●●は,その都度,確認書(不足証拠金6175万4572円等の記載)に署名を貰った。
(サ) 同年6月1日,大豆の価格が更に100円程度下がったため,原告X1は,被告土●●●と話をした上で,売建玉を仕切るとともに,買玉300枚を難平買いした。これによって生じた益金約3240万円のうち2709万4572円は証拠金に振り替えられた。
エ(A1名義の取引の開始について)
(ア) 平成2年6月6日,原告X1が昼ころ被告会社を訪れ,現金1500万円を持参したため,被告土●●●は確認書に署名を貰った。
原告X1は,被告土●●●の勧めに応じ,更に難平買いすることを希望したが,当時,大豆については,一個人が一限月につき500枚までしか建玉できないとの制限があったところ,原告X1は既に買玉1800枚を建てており,これ以上難平買いをしようとしても僅かの建玉しかできなかったため,原告X1は,妻の兄であるA1の名義を使用することとした。
(イ) 同月11日,被告土●●●は,原告X1に電話し,原告X1名義で買玉100枚を建てた。さらに,原告X1から,A1名義の約諾書を受領し,同名義で,買玉300枚を建てた。そして,同日,原告X1から,確認書に署名を貰うとともに,A1名義の取引も原告X1の責任で行う旨の念書(乙5)を受領した。
(ウ) 同月12日,原告X1は,A1名義で買玉500枚を建てることとし,他方,株式の信用取引に必要であるということで,2800万円の返還を要請した。同日夜,被告土●●●は,原告X1を訪問し,確認書に署名を貰った。
(エ) 同月14日,大豆の価格が値下がりしたため,原告X1は,被告土●●●から勧められ,利益の出ている300枚は処分して利益を確保し、残りの建玉に対しては再び両建をすることとしたが、これに必要な証拠金は入金がないままであった。
なお、同日、原告X1は被告会社を訪れ、被告土●●●から、要請していた2800万円の返還を受け、確認書に署名した。
(オ) 原告X1は、同月18日、トーヨーカネツ2万株と現金500万円を預託し、同月20日、現金1880万円及び540万円の合計2420万円を預託し、それぞれ確認書に署名し、さらに同月27日、トーヨーカネツ2万株を預託した。
オ(株券の借用について)
原告X1は、事情を正確に説明しないまま,原告X2から松下電器株10万株を借り受け、平成2年7月2日、これを被告会社に預託したが,事前に被告土●●●に対し,株式の信用取引で資金が必要なので余剰金を返還してほしいと依頼した。
カ(その後の大豆の取引について)
(ア) 平成2年7月3日、原告X1は、被告土●●●との電話で,大豆の値段が上がってきたため,A1名義で買玉300枚を難平買いすることとし,その日の午後,被告会社を訪れて,利益金91万8000円,余剰金4628万2000円の返還を受け,確認書に署名した。
(イ) しかし,その後,若干の値下がり傾向であったため,原告X1は,被告土●●●と協議の上,同月11日,売玉100枚を買い落ちし,同月18日,売玉300枚を買い落ちした。
(ウ) なお,同月31日,原告X1は,被告会社を訪れ,現金2100万円の返還を受けるとともに,シキボウ株1万5000株,トーヨーカネツ3万株を預託し,さらに,同年8月1日ころ,シキボウ株2万7000株を預託した。
(エ) 被告土●●●は,同月3日,原告X1を訪れ,確認書に署名を貰った。
そして,原告X1は,被告土●●●と協議の上,値が戻ってきたとして,同月15日に売玉600枚を買い落ちし,同月20日更に売玉600枚を買い落ちした。
キ(ゴムの取引の開始について)
(ア) ところで,平成2年8月に入り,イラク情勢が緊迫し,同月15日には,イラク軍がクウェートに侵攻する事態となり,ゴムの相場に関心が集まることとなったところ,被告土●●●は,原告X1は,被告土●●●から,「支店長,大変ですわ,戦争ですよ。」,「ゴムが暴騰しますよ。」,「大豆は当分動きは小さいですからゴムで取り返しましょう。」等と勧められ,大豆の損を取り戻すチャンスであると考え,ゴムの取引も始めることとし,同月23日,ゴムの買玉200枚を建てた。
(イ) 翌24日,原告X1は,被告土●●●との協議で,大豆の値が上がると考え,売玉すべてを処分し,ゴムも買玉300枚を買い増しした。
(ウ) 被告土●●●は,預り株券の評価額が下落した旨を電話で説明した上,同月28日現在の確認書(ゴムについて,不足証拠金2000万円の記載がある。)を郵送したところ,原告X1は,同月30日に署名捺印の上返送した。
(エ) 同月31日,原告X1は,電話で,不足証拠金の入金を待ってほしい等と要望したが,対応した被告南●●●はこれを断った。原告X1は,大東建託2000株,ミヨシ樹脂5000株を預託するとともに,利益金1118万4450円を証拠金に振り替えた。
(オ) 他方,大豆の価格がさらに下がっていたため,同年9月6日,原告X1は,被告土●●●の勧めに従い,損失の出ている当限月買玉300枚を処分するとともに,新たに売玉800枚を建てて,一部両建としたが,この取引で,3376万4100円の損失となった。
原告X1は,電話で被告南●●●に面会を求め,同日午前11時40分ころ被告南●●●と面会し,値洗い損が2億円弱ある,被告会社の勧誘により取引を開始したのであるから被告会社にも責任がある,一部負担してほしい等と要求した。
被告南●●●はいったん帰社し,調査の上,夜9時ころ,被告伊●●●を同行して原告X1の会社を訪れ,原告X1の上記申し出を拒絶したところ,原告X1はさらに被告会社に対し損失補填を求めたが,被告南●●●らはこれを拒絶した。
(カ) 翌7日,原告X1は,被告会社を訪れ,被告柴●●●と面会し,さらに損失補填を求める等したが,被告柴●●●もこれに応じなかった。
(キ) 同月11日,原告X1は,損失は相場で取り戻すしかないと考え,被告会社を訪れて,取引を継続する旨述べ,原告X3名義のC3万株を預託し,800万円の返還を受けるとともに,原告X1名義のC2000株及びシキボウ2000株の返還を要求した。なお,原告X1は,確認書に署名した。同月14日,被告南●●●は,原告X1を訪れ,原告X1名義のC2000株及びシキボウ2000株を返還するとともに,確認書に署名を貰った。
(ク) 同月18日,原告X1は,被告土●●●と協議の上,その勧めに従い,ゴムにつき買玉300枚の難平買いをし,同月20日,更にゴムにつき買玉100枚の難平買いをし,同月21日は,大豆の買玉100枚を買い落ちした。
なお,同日,原告X1の要請により,原告X2名義のC3万株が預託され,原告X1名義のクラリオン1万9000株,原告X2名義の松下電器株10万株が返還された。また,同日現在の建玉等の状況については,翌22日,確認書に原告X1の署名を得た。
(ケ) 同月25日,原告X1は,9月限の大豆買玉200枚を手仕舞いしたが,約4300万円の損失となり,同日夜,被告土●●●は,原告X1を訪れてこれを報告するとともに,確認書に署名を貰った。
(コ) 同年10月12日,ゴムの価格が下がったため,原告X1は,被告土●●●と協議の上,その勧めに従い,両建することとし,売玉900枚を建てた。翌13日,被告土●●●は,原告X1からクラリオン1万5000株を預かるとともに,確認書に署名を貰った。
(サ) 同月15日,ゴムの値は下がり傾向であり,原告X1は,被告土●●●と協議の上,その勧めに従い,売玉200枚を建てた。同日夜,被告土●●●は,原告X1を訪ね,確認書に署名を貰った。翌16日,原告X1は,原告X2名義のC2000株を預託した。
(シ) 同月19日,ゴムの値が更に下がり,原告X1は,被告土●●●の勧めに応じ,売玉200枚を買い落ちした。翌20日,被告土●●●は,確認書に原告X1の署名を貰った。
(ス) 同月23日,原告X1は,大豆の値が更に下がったため,被告土●●●の勧めに応じ,売玉550枚を買い落ちする注文をし,翌24日注文のとおり買い落ちされた。同月25日,原告X1は,預託株券の評価損に基づく不足証拠金につき請求を受けた。
(セ) 同年11月1日,更に大豆の値が下がったので,売玉250枚をすべて処分した。同月5日,原告X1は,原告X2名義のC2万株を預託した。
ク(A2名義の取引の開始について)
(ア) 平成2年11月8日,原告X1は,A2名義の約諾書と,原告X1がすべて責任を負う旨の念書を差し入れ,A2名義でも取引を行うこととなった。
同月26日,原告X1は,被告土●●●と協議の上,その勧めに従い,大豆の買玉200枚を処分するとともに,翌27日,11月限の買玉300枚を決済した。
(イ) さらに,大豆が値が上がるであろうと考え,同月28日に買玉200枚,同月29日に買玉100枚,同月30日に買玉100枚,同年12月4日に買玉100枚,同月12日に買玉100枚,同月19日に買玉100枚をそれぞれ難平買いした。
(ウ) 平成3年1月21日ころ,原告X1は,同X2とともに,被告南●●●及び同土●●●とホテルで面談した。被告南●●●が,原告X2に対し,原告X1の現状を説明したところ,原告X2は,被告会社に原告X1の損失補填を要求したが,被告南●●●は受け入れなかった。
翌22日,原告X1は,原告X2名義の大東建託3万株を預託した。
(エ) 原告X1は,大豆の1月限につき,同月24日に買玉400枚を仕切り,同月28日に買玉300枚を仕切り,9900万円余の損失となった。
また,原告X1は,被告土●●●の勧めに応じて,同日,ゴムの買玉1800枚を建てた。
(オ) 同月29日,原告X1は,被告土●●●と協議の上,その勧めに従い,ゴムの売玉900枚を処分して4100万円の利益を確保し,買玉のみ残した。
(カ) 同年2月21日,原告X1は,ゴムの2月限買玉100枚を決済し,翌22日,同400枚を決済したが,7000万円余の損失となった。
(キ) 同月27日,原告X1は,被告土●●●と協議の上,その勧めに従い,利益の出ているゴムの買玉1800枚を処分して利益2300万円を得るとともに,売玉500枚を建て,その後も,同月28日に売玉600枚,同年3月1日に売玉400枚,同月8日に売玉400枚を建てた。
(ク) 同月26日,大豆の3月限の買玉400枚を買い落ちした。
(ケ) そして,ゴムについて,値が上がってきたため,原告X1は,同年4月3日,売玉200枚を処分したが,その後下落したため,同月10日,買玉200枚を処分し,翌11日,さらに買玉200枚を処分して,売玉のみとした。
(コ) 同月23日,ゴムの4月限の売玉700枚を仕切った。
(サ) 大豆については,値上がり傾向であったため,原告X1は,同月26日,買玉200枚を建てたが,同年5月28日には,5月限買玉500枚を処分し,約1億1500万円の損失となった。
(シ) 同年7月3日,原告X1は,被告土●●●と協議の上,その勧めに応じて,大豆の買玉200枚を難平買いした。
(ス) さらに,同月23日,大豆の7月限のうち買玉40枚を,同月24日,同60枚を売り落ちした。
同年9月24日には,大豆の9月限買玉300枚を売り落ちし,2400万円の利益となった。
ケ(確約書の調印について)
このころ,被告南●●●は,原告X1についての多額の帳尻残の処理をしたいと考えていたが,原告X1は,損失を取り戻すまで損失を棚上げにしたいと考えており,何度か協議した上,平成3年10月21日に至り,原告X1は,委託者未収金を平成7年3月末までに全額清算すること,これまでの取引に関して異議を述べず,訴訟等もしないこと等を内容とする確約書に調印し,被告会社は,原告X1の委託者未収金を平成7年3月末まで清算を猶予するとの内容の覚書を作成し,原告X1に差し入れた。
コ(取引の終了までの経過について)
(ア) その後,平成3年10月25日,ゴムの10月限売玉1000枚を買い落ちし,5700万円余の利益となった。
(イ) 同月30日,大豆の値上がりのため,買玉200枚を難平買いし,さらに,同年11月7日,買玉200枚を難平買いした。
(ウ) 同月22日には,11月限買玉のうち100枚を売り落ちして,330万円の利益となり,同月26日には,同100枚を売り落ちして,340万円の利益となった。
(エ) 原告X1は、平成4年2月7日に買玉200枚,同年3月2日に買玉300枚,同月3日に買玉100枚を建てた。
(オ) 同月26日には,3月限買玉200枚を売り落ちした。
(カ) 同年5月11日,相場が下落し,追証が発生したため,原告X1は買玉300枚を仕切ったが,その後は,限月に応じて買玉を仕切っていった。
(キ) 同年7月22日に,再び追証が発生し,被告佐●●●は,原告X2からC4万3000株を預かったが,同年8月6日にさらに追証が発生したとことろ,同月13日,原告X1が入金を拒否するに至ったため,建玉をすべて仕切ることとなった。
(ク) 同月14日,すべての建玉を仕切り,すべての取引を終えた。
(2) 以上の事実が認められる。
なお,原告X1の供述等には,以上の認定に反する部分が多々存するところ,例えば,上記(1)ア(エ)の取引を開始した経緯について,トーヨーカネツ2万3000株及び4万円を被告会社に預け入れたのは平成2年4月2日であり,約諾書に署名したのも同日であるとの供述等は,証拠(甲72の1・2,乙3)と明らかに齟齬するものである等,上記(1)に掲記の各証拠に照らして採用できないというべきであり,他に,上記認定を左右するに足りる証拠はない。
そこで,以上の事実に基づいて,以下,各争点について,順次判断する。
3 争点(2)について
(1) 原告らは,要するに,被告6名が,いわゆる客殺し商法により顧客に損失を与え,これを被告会社に利得させる意図であるのにその情を秘し,被告会社が顧客の利益のために行動する誠実な商品取引員であるからのように装い,その旨誤信させ,勧誘に応じた顧客から委託証拠金名下に金員等を騙取しようと企て,共謀の上,原告らに対し,別紙3「詐欺罪該当行為一覧表」のとおり,常に誠実に顧客の利益のために売買を助言指導するような態度で繰り返し勧誘して委託証拠金の提出を求め,同人らをしてその旨誤信させ,原告X1から委託証拠金名下に現金等の交付を受けてこれらを騙取したものであると主張する。
しかしながら,そもそも,被告6名が,原告らの主張するような共謀をした事実を認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。
(2) もっとも,原告らは,被告会社に客殺し商法の体質があることを推認させる重要な根拠の一つとして,被告会社が自己玉を向い玉として建てていたと主張するところ,なるほど,証拠(甲29)によれば,少なくとも中部商品取引所(名古屋穀物砂糖取引所)における輸入大豆の取引において,場節・限月ごとに,被告会社の売りと買いの取組及び取組高が例外なく一致ないし非常に近似していることが認められるのであって,このような売買取組高の一致ないし近似のすべてを偶然といえるものではなく,被告会社において,差玉の向い玉を建てていたか,委託者の建玉を装った自己玉(ダミー玉)を建てていたのではないかとの疑いを払拭できない。
しかしながら,顧客に相場の大勢に反する取引をさせることは容易ではない上,仮にこれが可能であるとしても,本件において,被告らが,原告X1に対し,常に相場の大勢に反する取引をさせたとはいえないことは各取引の結果からも明らかであって,上記のように被告会社が自己玉を向い玉として建てていたことから被告会社が客殺しの体質を有することを強く推認できるとしても,このことから直ちに,本件において,被告6名が,客殺し商法を行うことを共謀し,その意図の下に,原告X1に本件取引の勧誘に及んだとまでは断ずることはできない。
また,本件取引において,被告らに違法性が認められることは,後記4において説示するとおりであるものの,これらを考慮しても,同様に判断せざるを得ない。
(3) そうすると,被告らに詐欺罪に該当する違法行為があったとの原告らの主位的主張は理由がない。
4 争点(3)について
(1) 商品取引所法違反による違法性について
ア 断定的判断の提供について
原告らは,本件取引のはじめから終わりまで,被告土●●●が,原告X1を勧誘するに当たり,断定的判断の提供をした旨を主張する。
しかしながら,被告土●●●らが原告X1に対し取引の勧誘をした際の言辞は,前記2に認定した言辞に止まるもので,これによれば,被告土●●●らは,勧誘の際に,原告X1に対する情報提供として,大豆又はゴムの価格の今後の動向について自らの予測を告げていたにすぎないと評価せざるを得ず,これをもって,確定的判断を提供したということは困難であって,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
イ 一任売買について
原告らは,本件取引は,原告が被告土●●●らに一任したものであると主張するが,前記2に見たとおり,本件取引において,被告土●●●ら担当者は,その都度,原告X1と面談又は電話で協議した上,被告土●●●らの勧めに対する原告X1の同意を得て,取引をしていることが認められるのであるから,原告X1が被告土●●●らに売買を一任したということはできない。
ウ 無断売買について
平成2年6月14日の買玉300枚の仕切り及び同年7月3日買建300枚が,原告X1に無断でした取引であるといえないことは,上記2(2)エ,カに認定したとおりである。
また,原告らは,同年8月15日売玉600枚の仕切りについては,原告X1が家族と一緒にハワイ旅行中であり,同年12月4日買建100枚については,原告X1は全国支店長会議等のため東京出張中であり,平成4年2月7日買建200枚については,原告X1は全国支店長会議等のため東京出張中であり,同年5月26日買玉200枚の仕切について,原告X1は,同日午前8時には千葉支店へ向かう途中であり,いずれも注文を出すことは困難であったとして,無断売買であると主張する。
しかしながら,上記2に見たとおり,被告土●●●らは原告X1とは電話,面談等で頻繁に連絡を取っていたこと,被告土●●●の管理者日誌(乙25号証の26,55,98,103)には,当日若しくは前日に,原告X1と電話で当該取引について協議した旨の記載が存するのであって,これらの日誌の記載には誤記等による誤りがあることは窺われるものの(被告土●●●の供述等),少なくとも,当日若しくは前日に,原告と被告土●●●とが電話で協議したことは認められること,原告X1は,売買契約書等の送付によりこれらの取引がされたことを知ったと思われるにもかかわらず,異議等を申し出た形跡は窺われないこと等からすると,上記各取引が無断売買であったと断ずることは困難であり,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(2) 取引所指示事項違反による違法性について
ア 投機性の説明の欠如について
商品先物取引の勧誘の際には,委託者保護の趣旨から,先物取引業者は,取引の仕組みや危険性等について十分に説明し,理解させることが必要であり,これを怠ったときには違法性があるというべきである。
しかしながら,本件において,上記2に認定の事実によれば,原告X1は,被告土●●●から勧誘を受けた際,先物取引によって損失が生じる可能性があることや,投機性が高いこと等の説明を受けていたものと推認でき,前記争いのない事実等のとおりの原告X1の職業的地位や株式信用取引の経験(なお,原告X1も,本人尋問において,先物取引が危険であること,必ず儲かるものではないことは知っていたと供述している。),上記2のに認定の事実からも窺われる原告X1の資力等をも併せ考慮すると,原告X1が取引開始にあたって,投機性について十分な説明を受けなかったとは認められない。
イ 両建及びその勧誘について
両建は,相場の変動により値洗損が生じた場合に,損失を一旦固定して市況の様子を見たり,損失の発生を後日に繰り延べたりするために,先物取引市場で行われている取引手法であり,適時適切に行われる限り,全く無意味なものであるとまではいえない。
もっとも,実際上は売買双方の建玉をそれぞれ適時に仕切って利益を出すことは容易でないし,委託者にとっては委託証拠金及び手数料の負担による損失が増加する危険があることからすると,委託者が自己の相場観に基づいて,主体的な判断で両建を選択し,委託した場合まで,これを勧誘しあるいは受託する行為を違法とすることはできないが,両建を利用して委託者の損勘定に対する感覚を誤らせ,不当な委託手数料稼ぎを意図した場合には違法性を認めるべきである。
本件においてこれを見るに,前記2に認定のとおり,原告X1は,被告土●●●の勧誘に基づき,平成2年5月14日,6月14日,9月6日,10月12日に両建を行っているところ,被告土●●●自身,本人尋問において,被告土●●●からこれらの両建を勧めたことは認めながら,これを勧めた根拠について合理的な説明をすることができなかったものであって,これらの両建がいずれも大量の建玉であること等をも考え併せると,原告X1において,主体的な判断で両建を選択したものとはいえず,被告土●●●において,両建を利用して,不当な委託手数料稼ぎを意図したものと推認せざるを得ず,違法性を認めるに十分である。
ウ 他人名義による売買の勧奨について
委託者に他人名義を使用させることは,新指示事項において,不適正な受託行為の一つとして禁止されているところ,本件において,被告土●●●らが,原告X1に対し他人名義の使用を勧め,原告X1に他人名義を使用させたことを認めるに足りず,かえって,前記2に認定したとおり,原告X1は,自らの判断で他人名義を使用したものと認めざるを得ない。
(3) 新規委託者保護管理規則違反による違法性について
商品先物取引の性質や委託者保護の見地からは,新規委託者に対しては,先物取引の知識,経験の集積により自主的判断の育成をはかり,商品先物取引の投機性・危険性を理解させることによって,自己責任原則が適用できる基盤を確保する必要性が高いことから,相当期間委託取引枚数を制限すべきであって,商品取引員がこれに違反した取引を行った場合には,違法性を認めるべきである。
本件についてこれを見るに,被告会社においては,新規委託者保護管理規則が平成元年11月に廃止された後も,新規委託者保護のため,受託業務管理規則ないしこれに基づいて定められた要領等によって,従前どおり,新規委託者が取引を始めてから3か月以内は,建玉は原則として20枚以内とすることとし,これを超える場合は社内審査を経なければならないと定められていた(被告土●●●,同南●●●の各供述等)ところ,本件取引においては,前記2に認定したとおり,原告X1は,第1回目の建玉が470枚であったのみならず,取引開始後3か月以内にその建玉は4800枚に達するに至ったもので,その建玉数はあまりに過大であり,かつ,これについて社内審査を経たとはいっても,その審査は,単に原告X1の資力を確認したにすぎない程度のものにすぎず(乙23の1,2,被告土●●●の供述等),原告X1には当初からこのような大量の取引を行うに足りる適格性があったとも認められないのであって,以上によれば,被告土●●●らの行為は違法性があるというべきである。
なお,被告らは,原告X1には株の信用取引の経験があり,新規委託者には当たらないと主張するが,株の信用取引と商品先物取引とが同視しうるものでないことは明らかであって,被告らの上記主張は採用できない。
(4) 特定売買比率,売買回転及び手数料化率について
ア 本件取引当時,商品取引員の受託業務の適正な運営の一層の確保を目的とした,いわゆるチェックシステムが,主務省の指導により導入されていたが,このチェックシステムは,商品取引員が,取引開始3か月未満の委託者の前月中における売買取引状況を取引所に報告し,取引所が,これに基づき,特定売買(売(買)直し,途転,日計り,両建玉,手数料不抜け)比率等の売買状況について点検・審査し,主務省へ報告するというものである(甲27,28の1~4)。
原告らは,この「チェックシステム」で用いられた特定売買比率という基準をもとに,被告らの行為の違法性を主張するところ,これら5つの取引は,それ自体常に不相当な取引であるとはいえないのであって,上記チェックシステムが平成11年4月1日に廃止されていること(乙15)も併せ考ると,個別の委託者ごとの取引について,特定売買比率を取引の相当性の基準とすることは,困難であるといわざるを得ない。
仮にこれを基準とするとしても,本件取引においては,全取引回数107回のうち,特定売買は27回(重複分は1回と数える。)であって,その比率は,違法といえるほど高率であるともいい難い。
イ また,売買回転が異常に多い場合には,無意味な反復売買が行われたことが推認できるといえるが,本件においては,原告X1の売買回転が異常に多かったとまで認めるに足りる証拠はない。
ウ さらに,いわゆる手数料化率は,無意味な反復売買が行われた場合に高くなるという面を有しているといい得るものの,他方,そのような場合でなくとも,手数料を除いた損害額が小さくて済んだか,あるいは利益となっているような場合にも,手数料化率は高くなるのであるから,この数値をもって無意味な反復売買が行われたことの根拠とすることは,困難であるといわざるを得ない。
(5) 委託者の信頼を裏切る違法性について
本件において,被告会社は恒常的に自己玉を向い玉として建てており,被告会社が客殺しの体質を有することを強く推認できることは,上記3(2)に認定したとおりである。
そうだとすれば,原告X1の利益が被告会社の損失となり,原告X1の損失が被告会社の利益となるという,いわば被告会社と原告X1とが勝負しているかのような状況にあったこととなるが,このような状況においては,被告土●●●ら被告会社の従業員に原告X1の利益(すなわち被告会社の損失)のために行動することを期待するのは困難ともいえるのであって,現に,上記2に認定したとおり,本件においては,新規委託者保護義務に違反して,原告X1に当初から大量の建玉をさせた上,両建をさせ,そのうち利益が出ている買い建玉は順次仕切り,損が出ている売り建玉を放置させて,結局,多額の損失を被らせたという経緯を辿ったものであることを併せ考慮すると,この点について,違法性を認めざるを得ない。
(6) 委託証拠金不足の取引について
商品取引所法によれば,商品取引員は,取引の受託について,委託者から証拠金の預託を受けなければならないとされているが,この預託は,建玉受託に先立ち,若しくは同時になされるべきものである。けだし,この証拠金は,委託者に対する債権を担保する商品取引員の企業防衛的な意義を持つほか,過当投機を抑制し,委託者を保護しようとする目的を併せ有するものだからである。
しかるに,本件において,被告土●●●らが,原告らの主張するとおり,委託証拠金のないまま,あるいはこれが不足する中で,建玉を受託したことは,前記2に認定したとおりであるところ,その額も多額であり,回数も少なくないものであって,このような建玉の勧誘及び受託は違法性があるというべきである。
(7) 株券借用による取引の勧誘
原告らは,被告土●●●が,原告X1をして,原告X2及び同X3の株券を借用して取引をするよう勧誘したと主張するが,これを認めるに足りる証拠はなく,かえって,原告X1において,自己の判断で原告X2及び同X3の株券を借用し取引をしたと認めるべきことは,前記2に認定したとおりである。
(8) 被告土●●●らの以上の違法な行為は,また,一連一体の行為として,全体として違法性を有するものというべきである。
5 争点(4)について
(1) 原告X1に対する責任について
以上の事実によれば,被告土●●●は,原告X1の担当者として中心的に勧誘行為を行った者であり,上記4の違法行為について被告土●●●に責任があることは明らかである。
また,被告伊●●●は,被告土●●●の所属する営業部の部長として同部を統括する者であり,本件取引の当初には自らも勧誘行為を行った者であり,被告南●●●は,管理部長として委託者の取引を監視する立場にあり,自らも勧誘行為を行った者であり,被告柴●●●は,被告会社の代表取締役社長として被告会社の業務を統括する地位にあった者であって,それぞれ共同不法行為者として責任を負うというべきである。
しかしながら,被告佐●●●及び同相●●●については,上記一連の違法行為に関与した事実を認めるに足りず,不法行為責任を負うとは認められない。
(2) 原告X2及び同X3に対する責任について
原告X2及び同X3は本件取引の当事者ではないから,被告会社,同柴●●●及び同土●●●は,本件取引における上記4の違法行為について,原告X2及び同X3に対し不法行為責任を負うものではないことが明らかである。
6 争点(5)について
(1) 本件取引による損失
前記争いのない事実等のとおり,原告X1は,本件取引によって,手数料を含め,合計4億6968万5954円の損失を被ったものであり,これをもって,被告土●●●らの本件取引における一連の違法行為による損害と認めるのが相当である。
なお,原告らは,確定的判断の提供という違法行為が先行しており,これがなければ交付しなかったであろう現金及び株券を交付することによって同額の損害を被ったといえるから,その交付自体を損害というべきであると主張するが,断定的判断の提供の違法についての原告らの主張を認めるに足りないことは既に説示したとおりであるから,原告らの上記主張は採用できない。
(2) 過失相殺
上記説示の諸事情によれば,上記損害は,被告土●●●らの不法行為によって生じたものではあるものの,原告X1も,被告土●●●らから,委託契約準則や委託のガイドの交付を受け,これらによって,商品先物取引の内容や危険性について理解し得る状況にあったということができ,これに原告X1の年齢や社会的地位,経験,さらに株式の信用取引の経験もあること等を考慮すると,本件取引による損失が発生し,それが拡大したことにつき,原告X1にも落ち度があったと認めるのが相当であって,その過失の割合は2割と認めるのが相当であるから,これを控除すると,原告X1の損害額は,3億7574万8763円となる。
(3) 慰謝料
本件に顕れた一切の事情を総合考慮すると,本件においては,原告X1の被った損害は上記財産上の損害の填補を受けることによって填補され,それを超えて精神的損害に対する慰謝料までも認めるべき事情があるとは認められない。
(4) 弁護士費用
本件事案の内容,損害認定額等に鑑みれば,本件不法行為と相当因果関係のある損害として請求を認めるべき弁護士費用は,2000万円と認めるのが相当である。
7 争点(6)について
前記のとおり,原告X1の損害は,本件取引が終了して清算がされた日である平成4年8月14日に確定的に発生したものと認められ,原告X1はこの日に損害及び加害者を知ったものというべきである。
そして,原告らが被告らに対して平成7年8月4日及び同月8日到達の内容証明郵便により本件損害賠償債務の履行を催告したことは当事者間に争いがなく,その後,原告らは,平成8年1月31日に本件訴えを提起したのであるから,原告X1に対する本件損害賠償債務につき,消滅時効は完成していない。
よって,被告らの消滅時効の抗弁は理由がない。
8 結論
よって,原告X1の請求は,被告会社,同柴●●●,同土●●●,同伊●●●及び同南●●●に対し,連帯して,3億9574万8763円及びこれに対する平成4年8月15日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し,原告X2のその余の請求並びに原告X2及び同X3の請求は,いずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 筏津順子 裁判官 武藤真紀子 裁判官鈴木進介は,転補につき,署名押印することができない。裁判長裁判官 筏津順子)
<以下省略>