名古屋地方裁判所 平成8年(ワ)660号 判決
原告 A
右法定代理人親権者父 B
右法定代理人親権者母 C
右訴訟代理人弁護士 石上日出男
同 北口雅章
被告 ふなだ外科内科クリニックこと鮒田昌貴
右訴訟代理人弁護士 河内尚明
同 矢野和雄
右訴訟復代理人弁護士 石川真司
主文
一 被告は、原告に対し、四四〇万円及びこれに対する平成五年三月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを二分し、それぞれを各自の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する平成五年三月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が精索捻転症によって左睾丸を失うに至った原因が、原告を診療した医師である被告の過失又は不完全履行にあるとして、原告が、被告に対し、不法行為又は債務不履行に基づき慰謝料等の支払を求めた事案である。
一 争いのない事実等
(争いのない事実のほかは、各項に掲記の各証拠によって認める。)
1 当事者
(一) 原告は、その法定代理人親権者父B(以下「B」という。)及び同母C(以下「C」という。)の親権に服する子であり、平成五年三月一七日当時、満八歳の小学校二年生であった(原告法定代理人B)。
(二) 被告は、外科、内科及び消化器内科等を診療科目とする「ふなだ外科内科クリニック」(以下「被告診療所」という。)を経営する医師である。
2 医療事故の経過
(一) 平成五年三月一七日午前六時ころ、就眠していた原告が下腹部痛等を訴えたため、Bは、同日午前九時三〇分ころ、原告を連れて被告診療所を訪れ、被告の診察を受けさせた(以下「本件初診」という。)。
本件初診の際に、原告は、法定代理人親権者であるBを代理人として、被告との間で、原告の症状を医学的に解明し、その症状に応じた適切な診療行為を行うことを内容とする診療契約を締結した。
(二) 原告は、本件初診の当初、被告に対し下腹部痛を訴えていたが、腹部レントゲン撮影後、被告が再び診察したところ、睾丸部痛を訴えた。
被告は、原告及びBに対し、鎮痙剤等の服用を指示した上で、帰宅させた。
(三) 平成五年三月一七日午前一〇時ころ、被告の診察を受け終えた原告は、父母の仕事の都合等で、Cの実家である祖母D(以下「D」という。)のもとに預けられ、同所において被告の処方どおり鎮痙剤等を服用した(証人D、原告法定代理人B)。鎮痙剤等の服用後も、原告の睾丸部の痛みは続いていたが、しばらくは自制範囲内に止まっていた(証人D)。
同日昼ころ、Dが被告診療所に電話して薬の服用につき指示を仰いだところ、応対した看護婦は、被告からの指示を受けて、「お薬を飲ませてあげて下さい。」と返事をした。
(四) その後も、原告はDに預けられた状態にあったが、平成五年三月一七日午後四時前ころから、原告の睾丸部の痛みが再び増強し、自制できない状態となった(証人D)。
原告は、同日午後四時ころ、Dに連れられて再度被告診療所を訪れた。被告は、同日午後四時五五分ころ原告を再診した(以下「本件再診」という。)ところ、精索捻転症を疑診し、松阪市民病院泌尿器科への転院を指示した。
(五) 原告は、平成五年三月一七日午後六時三〇分ころ、松阪市民病院泌尿器科を受診し、精索捻転症と診断され、同日午後九時ころ、左精巣(睾丸)の捻転(回転)、絞扼を解除する措置がとられたが、同部分の血流は回復しなかったため、左睾丸摘出手術を受けざるを得なくなり、結局、左睾丸を喪失するに至った。
二 争点
1 被告の責任(不法行為又は債務不履行)の有無及び因果関係
(一) 原告の精索捻転症の発症時期
(1) 原告
原告は、平成五年三月一七日午前六時ころ、又は遅くとも本件初診時において、精索捻転症に罹患していた。
(2) 被告
本件初診時において、原告に進行した精索捻転症があったとはいえない。本件初診後本件再診まで約六時間半が経過しているが、本件初診時に進行した精索捻転症があったのであれば、もっと早く激痛があったはずであり、もっと早く再来院したはずである。原告は、その間、鎮痛剤で痛みが自制範囲内に止まった旨を示唆するが、投与されたのは鎮痙剤(レミタール)であり鎮痛剤ではないし、いずれにしても精索捻転症の痛みをそのような投薬で自制範囲内に止めることができたとは考えられない。
したがって、本件初診時に進行した精索捻転症があったとは考えられず、その後に精索捻転症が発症又は進行し、夕方になって症状が明確化したものと思われる。また、仮に本件初診時の痛みが精索捻転症と関係するものであったとしても、不全精索捻転に止まり、進行したものであったとは考えられない。
(二) 本件初診時における診断上の注意義務の懈怠の有無-主位的主張
(1) 原告
本件初診の際、被告が原告を診察したところ、原告は、左下腹部痛を訴えるとともに、左睾丸及び鼠径部を触ると激痛を訴えたのであるから、このとき、原告が既に急性陰嚢症と総称される有痛性陰嚢内疾患の症状を呈していたことは明白である。他方、精索捻転症は緊急手術を必要とする場合がほとんどであるという緊急を要する疾患で、時期を失うことによって将来の妊孕性に影響を与えかねないため、迅速かつ正確に鑑別することが肝要である。
したがって、有痛性陰嚢内疾患の症状を呈する患者の診療に当たった被告としては、精索捻転症の可能性をも念頭において、可及的速やかに他の疾患(例えば、精巣上体(副睾丸)炎、精巣炎等)との鑑別をすべく、詳細な問診、種々の補助的診断・検査(血液検査、超音波検査等)を尽くすとともに、なお診断に疑問がある場合は、陰嚢は手術操作が容易な臓器であるので、早期に手術的に診断すべき注意義務があったといわねばならない。
しかるに、被告は、右注意義務を怠り、原告の症状について精索捻転症を疑うことすらせず、単なる腹痛と誤診して精索捻転症の可能性を念頭においた事後の迅速かつ的確な診療措置を怠り、精索捻転症の早期鑑別及び治療措置(用手整復、緊急手術)を行う機会を逸した結果、原告の左睾丸喪失を防止できなかった。
(2) 被告
<1> 本件初診時、原告は腹部全体に疼痛を訴えていたため、腹部の触診をしたが、圧痛は認められず腸動も正常であった。その際、他部位を触診した後に、最初に痛がった部位を再度触診すると、今度は全く痛みを訴えないという状況であり、腹部所見は乏しかった。
そこで更に腹部レントゲン検査を行ったが、その際にも、特段の痛みは訴えず、腹部レントゲン検査の結果に異常は認められなかった。被告が右検査結果を説明した際、原告が今度は左陰嚢部あたりの痛みを訴えたため、再度、副睾丸炎、精索捻転症も考えて診察したが、陰嚢の左右差や皮膚発赤もなく、左睾丸は正常の大きさ及び位置にあり、精索の肥厚・硬結、圧痛も認められず、また痛みを訴える箇所も同定することができなかった。
以上のとおり、本件初診時に原告が激痛を訴えたことなどなかった。激痛があってそのまま診察を終えるなどということは、医師の立場からも、患者の立場からも考えようがない。
<2> 前記(一)(2)のとおり、本件初診時に進行した精索捻転症があったとは考えられず、その後に精索捻転症が発症又は進行し、夕方になって症状が明確化したものと思われ、仮に本件初診時の痛みが精索捻転症と関係するものであったとしても不全精索捻転に止まり、進行したものであったとは考えられない。本件初診時に精索捻転症が存在したものとは考えにくいし、あったとしても特有の所見はなく、直ちに精索捻転症を診断することは、そもそも無理である。
<3> また、精索捻転症は、発症時に的確に診断可能なものではない。症状が進行しない間は診断されにくく、所見が出て初めて精索捻転症が診断できるものである。加えて、精索捻転症は、通常の外科医が一生のうち遭遇する機会をもつこと自体まれであり、大規模総合病院の泌尿器科においても二、三年に一例程度といった極めて頻度の少ない疾患である。被告は、たまたま病院勤務時に精索捻転症の経験を有していたため、本件初診時から精索捻転症と副睾丸炎を懸念して陰嚢部を診察しているが、所見がなく、精索捻転症又は副睾丸炎とは積極的には判断されなかった(積極的に否定しているわけではない。)ものである。
<4> よって、以上の諸点から、本件初診時に、精索捻転症が直ちに診断されていないことはむしろ当然であり、そのため、とりあえず腹痛症状に対する加療として鎮痙剤(レミタール)と消化管運動改善剤(ナウゼリン)が投薬され、経過をみることとされたことは、当然の診療の形であり問題は全くなく、到底過失又は不完全履行をいうことはできないものである。
(三) 本件初診時における転医勧告義務の懈怠の有無-予備的主張1
(1) 原告
前記(二)(1)の注意義務は、外科、内科及び消化器内科等を標榜する被告においても当然認められるべきものであるが(なお、被告は、小児の患者である原告の診療を引き受けた以上、小児科医師に求められる注意義務も同時に引き受けたものとみるべきである。)、仮に、被告の専門ないし医療設備に照らし、右日時における原告の具体的症状に対する診断、検査、医療措置に限界が認められるとした場合であっても、確定的診断に至らなかった被告としては、原告が緊急措置を要する泌尿器科疾患に罹患している可能性を払拭できない以上、原告に対し泌尿器科専門医への転医を勧告し、右疾患に対する泌尿器科専門医の医療水準下の診断・治療を受けさせるべき注意義務があったといわねばならない。
しかるに、被告は、右注意義務を怠り、原告に対し、泌尿器科専門医による右疾患の鑑別診断を指示、勧告することなく、漫然、鎮痛剤と消化剤の投薬措置をとるに止まったため、原告において精索捻転症の早期鑑別及び治療措置(用手整復、緊急手術)を受ける機会を逸し、原告の左睾丸喪失を防止できなかった。
(2) 被告
前記(二)(2)のとおり、本件初診時において、被告が精索捻転症との診断をすることは不可能であったから、原告に対し、泌尿器科専門医への転医・転送を勧めなかったとしても、被告には過失又は債務不履行はない。
(四) 本件初診時における説明義務の懈怠の有無-予備的主張2
(1) 原告
精索捻転症は、原則として緊急手術による治療が必要であり、発症後六時間以内に整復されなければ、血行障害により精巣温存が不可能となる。したがって、仮に、本件初診時に、被告が、精索捻転症の可能性を考えたとしても、精索捻転症の可能性を否定し得なかった以上、原告に付き添ったBに対し、精索捻転症の右危険性・緊急性・重要性を十分に説明するとともに、専門医の診断を仰ぐ余地のあること、陰嚢部の経過観察が必要であること、さらには、痛みが治まらないか、時間の経過とともに精索捻転症の典型症状(陰嚢部の赤黒化、腫脹、腫大等)が発現してきた場合は、直ちに、直接専門医を受診するか再来院すべきこと(具体的には本件初診後、約一、二時間後に再来院すべきこと)等を十分説明する義務があったというべきである。
もし、右説明がされていれば、Bは、直ちに原告を泌尿器科専門医に転医させて確定診断を仰いだか、原告の世話を老いたDに委ねることなく、何らかの方法で注意深く経過を観察し、より早期に原告を専門医に再診させ、又は被告診療所に再来院させたはずである。
しかるに、被告はBに対して、何ら精索捻転症に関する説明をすることもなく、また、睾丸に関連した具体的な経過観察方法に関する説明も全く行わなかったために、B及びCは原告に対して事後の的確な対応をとることができず、その結果、原告は、精索捻転症の早期鑑別及び治療措置(用手整復、緊急手術)を受ける機会を逸した。
(2) 被告
前記(二)(2)<1>のような診察経過であったため、被告はとりあえず、腹痛症状に対して鎮痙剤(レミタール)と消化管運動改善剤(ナウゼリン)を投与し、更に経過をみる必要があると考えたため、Bに対し、現在、腹部及び陰嚢は異常所見はないが、陰嚢や腹部の病気で時間の経過とともにはっきりと所見が出てくる場合があるので、腹部や陰嚢に痛みが強くなったり心配な症状が出てくれば必ず来院するようにという旨を説明した。
原告の診察経過に照らせば、被告が行うべき説明としては、右説明で必要かつ十分である。
(五) 再来院指示義務の懈怠の有無-予備的主張3
(1) 原告
仮に、本件初診時には原告の症伏が精索捻転症の典型症状には至っていなかったとしても、同日昼ころ、Dが原告の痛みが治まらないことを訴えて、被告診療所に電話をして指示を仰いだ時点で、被告としては、精索捻転症が現実的に発現した可能性を疑い、自らDから痛みの詳細を問診した上で、直ちに再来院を指示するか、直接泌尿器科専門医の受診を指示すべき注意義務があったというべきである。
しかるに、被告は、右注意義務に違反して、何ら精索捻転症の可能性に配慮することなく、看護婦を介して「お薬を飲ませてあげて下さい。」と指示したのみで、再来院等を指示しなかったため、原告は、精索捻転症について早期の治療措置(用手整復、緊急手術)を受ける機会を逸し、左睾丸を喪失した。
(2) 被告
平成五年三月一七日昼ころ、Dは被告診療所に電話をかけたが、その内容は、薬の飲み方についてであり、また、原告の状態には変化がないとのことであった。これを受けた被告は、薬を飲んでよい旨を指示したものである。
本件初診後間もない時間に、状態に変化がないことを伝えられ、薬を飲んでよいかと聞かれたのであるから、それに対して「飲んでよい。」と答えた被告の行為は当然であり、全く問題がない。
2 損害
(一) 原告
(1) 慰謝料 九〇〇万円
男性が睾丸を失うことによって被る精神的打撃の大きさは甚大である。原告は既に自身が単睾丸であることに気付き精神的苦痛を感じており、また、生殖器の障害が後遺障害等級表において第九級一六号(労働喪失率三五パーセント)に位置付けられていることと対比しても、その慰謝料としては九〇〇万円を下ることはない。
(2) 弁護士費用 一〇〇万円
被告は、訴訟外において、原告からの慰謝料請求を拒否したため、原告は本訴を提起するのやむなきに至ったが、本件不法行為ないし債務不履行と相当因果関係のある弁護士費用としては一〇〇万円が相当である。
(二) 被告
争う。
3 過失相殺
(一) 被告
平成五年三月一七日午前九時三〇分ころ、原告は、被告診療所で診察を受け(本件初診)、同日午後四時五五分ころ、再度、被告診療所を訪れて診察を受け(本件再診)、同日午後六時三〇分ころ転院先の松坂市民病院で診察を受け、同日午後九時ころから、右病院で左精巣(睾丸)の捻転(回転)及び絞扼を解除するための手術を受けた。
右経過によれば、本件初診から右手術まで約一一時間という異常に長い時間が経過している。また、本件再診から約四時間経過後に右手術が行われたことになるが、右手術は、患者が食事をしていなければ一時間から一時間半くらいで準備できる比較的簡単な手術とされており、本件再診後右手術までの経過も異常といえる。仮に、被告の責任が認められるとしても、これらの異常な時間経過は、過失相殺又はこれに類似する事情として考慮されるべきである。
(二) 原告
本件のような事実経過は、本件初診時に、被告が精索捻転症の疑いをもち、経過観察の危険性を認識し、原告及びBに経過観察の危険性を十分に説明し、かつ、専門医に紹介・転送するか、一、二時間後の再来院を指示しておけば、すべて避けられた事実経過である。松坂市民病院での手術までの時間についてもおおむね妥当な時間経過であるから、本件において過失相殺すべき事情はない。
第三当裁判所の判断
一 争点1(被告の責任の有無及び因果関係)について
1 精索捻転症について
証拠(甲二ないし八、一〇ないし一四、一九の1及び2、乙五ないし一二、証人桜井正樹、証人東原英二、被告本人、鑑定結果)及び弁論の全趣旨を総合すると、精索捻転症の医学的知見としては、以下のとおりであることが認められる。
(一) 精索捻転症の機序・概要
精索とは、精巣動静脈と精管、それらの間の結合組織で構成されており、精索捻転症には、精巣鞘膜(tunica vaginalis)腔内で精巣と精巣上体が回転するもの (intravaginal torsion)と、精巣鞘膜を含めて精巣・精巣上体が陰嚢内で回転するもの(extravaginal torsion)があるが、後者は、新生児期に起きるもので本件とは関係ない。
前者(intravaginal torsion)は主として思春期前後以降に起き、素因については幾つかの説があるが、精索が精巣・精巣上体に付着する部分である腸間膜付着部(mesenteric attachment 睾丸が胎生期に中腎組織として体腔の後壁に発生し、そこから下降するときに精巣動静脈を覆うものとして体腔の後壁から由来してきた組織)が狭いことによると考えられている。その他に、精巣と精巣上体の付着が十分でなく、離れているために精巣が回転しやすくなる場合もある。
腸間膜付着部が狭いと、精巣鞘膜が構成する鞘膜腔内に精巣が浮かんだような状態になり、精巣が鞘膜腔内で回転する素因となる。思春期以降に、精索捻転症の頻度が上昇するのは、睾丸の重量が増大し、腸間膜付着部の面積に比して睾丸が大きくなり、容易に回転しやくすなるためであると考えられており、精索捻転症は、思春期以降の成人でも発症し、また思春期以前の零歳でも発症する。
回転方向は一般的に内転(足方からみて患者の右精巣は時計回り、左精巣は反時計回り)が多いが、いずれもあるとされる。右と左の頻度は一般的にやや左側に多く、回転の程度は、四分の一回転(九〇度)から四回転(一四四〇度)まで様々である。
(二)精索捻転症の症伏
精索捻転症の主訴は陰嚢部あるいは腹部の疼痛であり、精索捻転症の症状については、典型的症状として陰嚢部の激痛があり、他の症状としては、睾丸の位置の左右差、該当部分の腫脹・硬結、皮膚の発赤などがあって、発症が急激なこと、陰嚢部の激痛を伴うことが精索捻転症の特徴とされる。
もっとも、徐々に発症する場合もあり、睾丸痛もシビアなものが六四パーセントあるのに対してマイルドなものが一八パーセントあるとの報告もあって、陰嚢部の硬結等のはっきりした陰嚢所見がなく、陰嚢の疼痛以外の所見がない場合もある。
(三) 精索捻転症の診断
陰嚢部疼痛を訴える場合に、精索捻転症と鑑別すべき疾患としては、<1>急性精巣上体(副睾丸)炎、<2>精巣垂あるいは精巣上体垂の捻転、が主なものであるが、その他に<3>捻転したヘルニア、<4>血嚢腫(hematocele)、<5>陰嚢水腫、<6>精巣腫瘍、<7>特発性陰嚢浮腫等がある。
特に、精索捻転症が進行し睾丸が出血性壊死に陥ると、睾丸及び副睾丸全体が腫脹し、圧痛があり、急性精巣上体(副睾丸)炎と区別がつかなくなる。精巣上体(副睾丸)炎等との鑑別診断に病歴、症状、検査所見は非特徴的で役に立たない。精索捻転症の疑いをもち、それを否定できなければ手術的診断と治療が必要とされる。
精索捻転症の診断に際して、最も肝要な点は、初診した医者が、精索捻転症を疑うこととされ、疑いがあり、精索捻転症を否定できなければ、緊急手術を行って診断を確定する必要がある。ドップラー超音波の検査が有効とされているが、初期には静脈が絞扼されるものの精巣動脈は開通しておりドップラーで鑑別できない場合もあり、信頼される検査方法にはなっていない。テクネシュウムを用いた血流シンチグラフィーは有用であるという報告があるが、どの施設でも短時間のうちに使用できるものではない。その他の尿検査・体温・陰嚢の状態等は、鑑別診断の参考にはなっても、確定診断の根拠にはなり得ない。したがって、診断には、疑うことが重要で、疑いを否定できなければ、手術を可及的速やかに行うことが必要とされる。
(四) 精索捻転症の治療方法
治療方法は精索捻転の解除である。手術的方法によらないで、陰嚢の外から用手的に捻転を整復することが可能な場合もあるが、どの方向に回転しているか、何回回転しているかが不明であり、用手的整復の成功率は少ない。また、用手的整復に成功しても多くの場合再発するので、手術的治療が勧められている。手術的には、回転を解除し、再捻転しないように精巣鞘膜を開き睾丸の白膜を直接陰嚢壁(肉様膜)に、少なくとも二針(通常三針)非吸収糸で固定する。一針のみの固定や、精巣鞘膜を開かないで固定した場合には再発する可能性が残る。
(五) 精索捻転症における睾丸と睾丸機能の予後
睾丸を手術時に保存し得たか否かは、一般的に捻転の生じた時点から手術までの時間に依存する。
回転が三六〇度以下の比較的軽度のものでは一二時間以内に捻転を解除すれば、睾丸を温存できる可能性が高い。回転の高度なもの(三六〇度より大きい場合)では、四時間でも高頻度に壊死に陥る。時間の経過とともに睾丸を温存できる可能性は減じていき、二四時間を過ぎると睾丸の温存はほぼ不可能になる。
2 原告の精索捻転症の発症時期について
前記争いのない事実等、前記1の事実、証拠(乙一、証人桜井正樹、証人東原英二、鑑定結果)及び弁論の全趣旨を総合すると、平成五年三月一六日の夜から疼痛が出現していた可能性もあるが、同月一七日午前六時ころには、自然に戻らない程度に精索が回転し、左睾丸の本格的虚血が始まり、以後精索捻転症による左睾丸の虚血が持続したものと認められ、これによれば、原告の精索捻転症の発症時期は同日午前六時ころであったといえる。
この点、被告は、本件初診時に進行した精索捻転症があったとはいえない旨を主張するが、前記1のとおり、精索捻転症は必ずしも陰嚢部の激痛や陰嚢部の硬結等のはっきりした陰嚢所見を伴うものではなく、陰嚢の疼痛以外の所見がない場合もあること、就眠していた原告が同日午前六時ころに下腹部痛を訴えていること、精索捻転症においては、いったん強い痛みを訴えた後も痛みの程度が変化することがあること(証人東原英二)、臨床的にみて精索捻転症の発症時期とは、患者が下腹部又は陰嚢部の痛みを訴えた時期とされること(証人東原英二)に照らすと、右主張は採用できない。
3 本件初診時における診断上の注意義務の懈怠の有無について
前記1によれば、精索捻転症は急激に病状が進行し睾丸の壊死に至るもので、発症が急激なこと及び陰嚢部の激痛を伴うことが特徴とされるが、徐々に発症する場合もあるため、診断には精索捻転症の疑いをもつことが重要であって、精索捻転症の可能性を否定できなければ手術的診断と治療が必要といえる。
もっとも、被告は外科、内科及び消化器内科を診療科目とする医師であって、専門外の領域である泌尿器科疾患につき有する医学知識や右疾患に対応するための医療設備等に限界があることは否定できない以上、本件初診時における被告の診断上の注意義務の懈怠の有無を判断するに当たっては、本件初診時において、精索捻転症における典型症伏である陰嚢部の激痛(シビアペイン)、すなわち、非常に痛くて触診を払いのけるような、「一回触ってギャーといったら二度と触らせてくれないような痛み」(証人桜井)が認められるか否かが問題となる。
(一) 前記争いのない事実等、証拠(甲二〇、乙一、原告法定代理人B、被告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると、本件初診時における、激痛の有無を含めた原告の症状について、以下の事実が認められる。
(1) 平成五年三月一七日午前六時ころ、就眠していた原告は、両親であるBらに対し下腹部痛を訴えた。原告はかなり痛がっている様子であったため、Bらは原告を病院に連れていくことに決めたが、まだ病院が開いていない時間で、原告もある程度は我慢できる様子であったため、病院が開く時間まで待つこととした。
(2) 平成五年三月一七日午前九時ころ、Bは原告を連れて、車で被告診療所に向い、家から約五分くらいで被告診療所に到着した。その際、原告は、歩き方がゆっくりだったものの、自分で歩くことができた。
同日午前九時三〇分ころ、原告とBは、被告診療所において被告診療所の看護婦又は事務員から簡単な問診を受けた後、診察室において、被告による診察を受けた。Bは、原告の症状につき今朝から腹痛がある旨を説明した。
被告は、Bの説明を聞いた上で、原告に対しどこが痛いかを確認したところ、主に左下腹部痛を訴えているようであった。そこで、被告は、原告の服を脱がした上で、触診を行い、原告が痛いとして押さえている左下腹部に圧痛があるか否かを確認したところ、最初は圧痛が認められたものの、後に再度同じ場所を触診すると圧痛が認められなかった。また、触診を行った腹部については、その部分が痛いために力が入って硬くなる状態、いわゆる筋性防御は認められなかった。
また、原告の尿検査の結果は正常であった。
(3) 続いて、原告とBは診察室を出て、レントゲン室で腹部のレントゲン撮影を受けた。
腹部レントゲン撮影後、レントゲン写真が現像されるまでの間、原告は診察室前の廊下に置かれた長椅子で横になり、Bとともに待っていたところ、原告はBに対し、「お父ちゃん、おれ、金玉が痛い。」などと訴え、睾丸の辺りが痛い旨を告げた。ここで、初めて、Bは、原告の痛みの部位が睾丸付近であることを知った。そこで、レントゲン検査の結果、特に異常がみられないことを説明するため、被告が原告とBを診察室に入れた際に、Bは、被告に対し、「子供が『睾丸が痛い。』と言っていますが。」などと説明し、原告が睾丸部の痛みを訴えている旨を告げた。
(4) そこで、被告は、原告に対し、痛みの部位を確認したところ、痛みの主訴が陰嚢部の辺り、左睾丸部及び鼠径部であったため、被告は原告をベッドに寝かせ、右部分を診察した。
被告が原告の右部分について触診を行ったところ、原告は、「痛い。」と訴えるとともに、触診から逃げるようにベッドの上方にズレ上がろうとしたため、Bと被告診療所の看護婦が、原告の左右の腕を押さえた。
触診の結果、左睾丸自体の大きさや位置は正常な位置にあり、左睾丸をしっかり触ることができ、いわゆる、肥厚や硬結といったものはみられなかった。また、左睾丸の挙上による右睾丸との位置の左右差、当該部位の腫脹、皮膚の発赤といったものも認められなかった。
(5) この触診を受け、被告は、診療録に「Lt・testis(左睾丸部)及びgroine(鼠径部)を触るとsever pain(激痛)訴えるがsoft」と記入し、「groine(鼠径部)」の文言の下、「sever pain」の文言の上に、「(?)」と記入した。
この「(?)」の意味は、触診において、痛みの訴え方に強弱があり、原告の痛みが、いわゆる「sever pain」であるか否かが不明確であったため、記入したものであった。
(二) なお、被告は、本人尋問において、診療録に記載された「(?)」の意味につき、被告が睾丸部を一度「ぐっと握る」ように触った際に、原告が「うっ。」というような痛みを訴えたが、再度、強弱をつけて睾丸部を握った際には、特に痛みがなかったために記入した旨、また「sever pain」の意味については、触診の際に原告が「うっ。」と言ったように思ったため、単純に「pain」と記入するのでなく「sever」を加えて記入した旨供述する。
しかし、正常人においても、睾丸部を強く握れば、下腹部を圧迫されるような痛み、被告が供述するような「うっ。」という痛みがあること、被告も「sever pain」の意味が「激しい痛み」であることは認識している旨供述していることからすると、右のような「うっ。」と言った痛みの訴えをもって、あえて、「sever pain」との記入を行う必要性はないというべきであり、むしろ、様々な力を加えて原告の睾丸部の触診を行った結果、原告は継続的に比較的強い痛みを訴えるものの、その強い痛みの中でも、非常に強く訴える場合から、弱く痛みを訴える場合まで様々であり、痛みの訴えの程度が一様でないことから、総括して激痛と評価すべきか判断が迷われたため、「sever pain」と記入した上で「(?)」と記入したと認めるのが相当である。
(三) そこで、以上の事実を前提に、本件初診時において、原告に、激痛(シビアペイン)が認められたかを判断するに、原告が、平成五年三月一七日午前六時ころに腹痛を訴えた後、被告診療所に来るまで痛みは少なくとも自制できる範囲内であったこと、被告診療所に来る際に自力で歩くことが可能であったこと、陰嚢部の触診において、ベッドの上方にズレ上がるような状況であったため腕をBと看護婦に押さえられていたとはいえ、複数回の触診を許容していること、左睾丸部の触診において痛みの程度につき訴えの強弱があったことからすると、本件初診時において、原告に左陰嚢部の強い痛みが生じていたことは認められるが、精索捻転症の典型的症状とされる激痛といえる程度の痛みが発生していたとまで認めるのは困難である。
確かに、本件初診時において、原告が陰嚢部の比較的強い痛みを訴えていること、精索捻転症においては陰嚢部の硬結等のはっきりした所見がみられないケースがあり、また、睾丸部の激痛を伴わないことがあること、原告は左下腹部痛と左陰嚢部のように比較的限定した部位の痛みを訴えていることから心因性腹痛を考えにくい所見であること(鑑定結果)、腹膜刺激症状・下痢・発熱がなく正常な尿所見と正常なレントゲン所見によれば、消化器の異常や尿路の異常に起因する左下腹部痛は考えにくい所見であること(鑑定結果)に照らせば、本件初診時において、考え得る原因疾患の中でも精索捻転症の可能性が高いことを被告が認識することは可能であったとはいえる。
しかし、前記(二)のとおり、陰嚢部の痛みの程度が精索捻転症の典型的症状である激痛といえる程度までは至っていないことに加え、精索捻転症の他の症状である睾丸の位置の左右差、該当部分の腫脹・硬結、皮膚の発赤などが認められないこと、前記1のとおり、他の疾患との鑑別、特に急性精巣上体(副睾丸)炎との鑑別が比較的難しい症例であること、精索捻転症が急性虫垂炎などの他の腹痛疾病と比較して医師が診察に当たる機会は相対的にみて少数であり、被告が泌尿器科専門医でないことを考慮すると、本件初診時において、被告が、原告の疾患につき精索捻転症であることを正確に鑑別し、自ら手術的治療などの精索捻転症に対する適切な治療を行うことは困難といわざるを得ないから、本件初診時における被告の診断上の過失又は債務不履行を問うことはできない。
4 本件初診時における転医勧告義務の懈怠の有無について
(一) 本件初診時において、激痛(シビアペイン)は認められず、また、その他、精索捻転症における典型的な症状が認められないとしても、前記3のとおり、原告は、左下腹部及び左陰嚢部といった局所的な痛みを訴えており、また、痛みの訴えの程度に強弱がみられるとはいえ、ベッドの上方にズリ上がるようなかなり強い痛みを触診において訴えていること、被告も、本人尋問において、本件初診時において精索捻転症の可能性があることは認識していたと供述していることに照らすと、本件初診時において、精索捻転症であるとの確定的診断に至らなくとも、原因疾患として精索捻転症の可能性が高いと認識することは十分に可能であったといえる。
加えて、前記1のとおり、精索捻転症が急激に発症・進行し、非常・緊急的な処置を行わなければ睾丸の壊死を回避できなくなる危険性の高い疾患であり、精索捻転症の疑いがあり、精索捻転症を否定できなければ緊急手術を行って診断を確定する必要があって、経過観察を行うことは危険性が高いことを考慮すると、前記3に説示したとおり、本件初診時において、被告が、原告の疾患につき精索捻転症であることを正確に鑑別し、自ら手術的治療などの精索捻転症に対する適切な治療を行わないことはやむを得ないとしても、原告及びBに対し、精索捻転症に関する説明、具体的には、精索捻転症の特徴、発生機序、対処方法、特に対処は緊急性を要することを説明した上、Bに対して、経過観察上の危険性に対する注意を十分に喚起するとともに、原告及びBに対して泌尿器科専門医への転医を勧告し、右疾患に対する泌尿器科専門医の医療水準の下の診断・治療を受けさせるべき注意義務があるというべきである。
(二) そこで、被告が、本件初診時において、原告及びBに対しどのような説明及び転医勧告を行ったかにつき検討するに、前記争いのない事実等、証拠(甲二〇、乙一、原告法定代理人B、被告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、
(1) 本件初診時において、被告は、原告及びBに対し、腹痛に関しては、腹部レントゲン写真においても異常所見はみられないと説明し、陰嚢部の病変については、現時点では所見がない旨及び時間が経過してくればはっきりとその所見が出てきたりすることがあるので、経過をみて、痛みが強くなったり心配な症状が出てきたらすぐに被告診療所に来院するように言ったこと、
(2) その際に、「睾丸」、「精索」といった言葉を使ったことはなく、精索捻転症に関する説明を行っていないこと、
以上の事実が認められる。
(三) 右事実によれば、被告は、本件初診時において、経過観察上の危険性及び再来院につき抽象的な説明又は指示をしていることは認められるものの、これに止まり、前記(一)のような、精索捻転症に対する具体的説明も行っておらず、まして泌尿器科専門医への転医を勧告した事実は認められないのであるから、被告において十分な説明を前提とした十分な転医勧告を行ったとはいえず、被告には転医勧告義務を怠った点で過失又は不完全履行が認められるというべきである。
これに対し、被告は、本人尋問において、本件初診時おいては、複数の原因疾患が考えられ、これを特定することが困難であって、もし、この時点で詳細な説明をしなければならないとすれば、疑われるすべての疾患につき詳細な説明をしなければならないことになり、そのようなことはおよそ不可能であると供述する。しかし、精索捻転症と一般の胃腸炎、腸閉塞、副睾丸炎、捻転したヘルニアといったその他の疑われる疾患のうち、処置につき緊急性を要する疾患は、腸閉塞と精索捻転症であるところ(証人桜井)、本件では、腹部レントゲン検査による所見等によって腸閉塞の可能性は否定されていたのであるから(鑑定結果)、緊急性を要するとされるのは精索捻転症だけといえる。本件において考え得る原因疾患との関係では、精索捻転症が最も処置に緊急性を要するものであって、その他の疾患とは処置に要する緊急性につき明らかな差異が認められるから、説明及び勧告の必要性の程度も異なるといえ、被告の右供述は採用できない。
(四) 転医勧告義務違反と結果との因果関係について
前記2のとおり、平成五年三月一七日午前六時ころ、原告は自然に戻らない程度に精索が回転し左睾丸の本格的虚血が始まり、以後精索捻転症による左睾丸の虚血が持続し、本件初診時において精索捻転症に罹患していたと認められること、原告は本件初診後、Dに預けられ、その後も、痛みが継続的に続いていたこと、Dは、Bから痛みに関して腹痛というだけで、具体的な説明は受けておらず、精索捻転症に関する説明及び泌尿器科専門医での診察の指示を受けていないこと(証人D)を考慮すると、精索捻転症の特徴、発生機序及び対処方法(特に対処は緊急性を要すること)について説明がされ、経過観察上の危険性に対するBの注意を十分に喚起させた上で、泌尿器科専門医での診察を受けるよう勧告されていれば、Bは原告をDに預けなかった可能性が高く、また、Dが原告を預かったとしても、Dが右情報を知っていれば、原告の痛みの継続に疑いをもち、泌尿器科専門医の診察を受けさせた可能性が高いといえる。そして、前記1のとおり、精索捻転症において回転が三六〇度以下の比較的軽度のものでは一二時間以内に捻転を解除すれば睾丸を温存できる可能性が高いことに照らせば、早期に泌尿器科専門医の診察を受けていれば、適切な鑑別診断及び治療が行われ、睾丸の壊死を避けられた可能性が高い。
よって、被告の転医勧告義務違反と原告の左睾丸喪失との間には相当因果関係があるというべきである。
二 争点2 (損害)について
1 慰謝料
左睾丸を喪失し、単睾丸であることよる原告の精神的苦痛は容易に察することができるところ、このような苦痛を慰謝するには四〇〇万円をもって相当と認める。
なお、原告は、生殖器の障害が後遺障害等級表において第九級一六号(労働能力喪失率三五パーセント)とされていることと対比して慰謝料額を判断すべきであると主張するが、原告が左睾丸を喪失したことにより労働能力を喪失したとは窺われない。
2 弁護士費用
原告が、原告訴訟代理人に本件訴訟の提起と遂行を依頼したことは明らかであり、本件の内容・難易、認容額その他諸般の事情を総合すると、弁護士費用としては四〇万円が相当である。
三 争点3(過失相殺)について
被告が、特段の所見が認められないとして、精索捻転症につき具体的な説明を行わず、泌尿器科専門医での診察を具体的に指示することなく、治療として薬の服用を指示したことにつき、原告らは、これを忠実に守ったにすぎず、本件のような事実経過は、本件初診時に、被告が精索捻転症の経過観察の危険性を認識し、原告及びBに右危険性を十分に説明し、かつ、泌尿器科専門医での受診を指示しておけば、すべて避けられた事実経過である。
また、松坂市民病院での手術までの時間経過はおおむね妥当なものであり、本件再診後の、松坂市民病院での処置にも特段の不備は認められない(鑑定結果)。
以上によれば、本件初診後の時間経過及び原告らの行動は何ら異常なものではなく、したがって、本件初診後の経過を過失相殺の事情として考慮すべき理由はなく、その他、本件において、原告の側に、過失相殺として考慮すべき事情は認められない。
第四結論
以上によれば、被告は原告に対し、不法行為又は債務不履行に基づき、原告に生じた損害額四四〇万円及びこれに対する本件不法行為日である平成五年三月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を賠償する義務があることとなる。
したがって、原告の本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六四条本文、六一条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 筏津順子 裁判官 鈴木正弘 裁判官 松井洋)