名古屋地方裁判所 平成8年(行ウ)25号 判決 1998年3月27日
原告
岩井裕
外二名
右三名訴訟代理人弁護士
西野昭雄
同
井口浩治
同
海道宏美
同
佐久間信司
同
新海聡
同
杉浦龍至
同
杉浦英樹
同
鈴木良明
同
滝田誠一
同
竹内浩史
同
平井宏和
同
福島啓氏
同
森田茂
被告
鈴木礼治
外一一名
右一二名訴訟代理人弁護士
佐治良三
参加人
愛知県知事
鈴木礼治
右訴訟代理人弁護士
後藤武夫
主文
一 本件訴えのうち、平成四年度ないし平成六年度における記念品料の支給が違法であることを理由とする損害賠償請求及び不当利得返還請求に係る部分を却下する。
二 被告鈴木礼治は、愛知県に対し、金一一〇万円及びこれに対する平成八年七月六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告本多進は、愛知県に対し、金二〇万円を支払え。
四 被告大竹喜久雄は、愛知県に対し、金一〇万円を支払え。
五 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
六 訴訟費用のうち、原告らに生じた費用の三〇分の一及び被告鈴木礼治に生じた費用の一〇分の一を被告鈴木礼治の負担とし、原告らに生じた費用の一〇〇分の一及び被告本多進に生じた費用の三分の二を同被告の負担とし、原告らに生じた費用の一〇〇分の一及び被告大竹喜久雄に生じた費用を同被告の負担とし、その余の費用を原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 被告鈴木礼治、被告酒井俊幸及び被告平田昌信は、愛知県に対し、各自金二三九万円及びこれに対する平成八年七月六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告鈴木礼治、被告林良三及び被告岡田登は、愛知県に対し、各自金五二五万円及びこれに対する平成八年七月六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告鈴木礼治、被告西村眞及び被告岡田登は、愛知県に対し、各自金八五三万円及びこれに対する平成八年七月六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
四 被告横井保は、愛知県に対し、金二〇万円を支払え。
五 被告日高昇は、愛知県に対し、金一〇万円を支払え。
六 被告小田悦雄は、愛知県に対し、金四〇万円を支払え。
七 被告石川紀一は、愛知県に対し、金一〇万円を支払え。
八 被告本多進は、愛知県に対し、金三〇万円を支払え。
九 被告大竹喜久雄は、愛知県に対し、金一〇万円を支払え。
第二 事案の概要
一 争いのない事実
1 当事者について
(一) 原告らは、愛知県の住民である。
(二) 被告鈴木礼治は、愛知県知事(以下「知事」という。)の職にある者である。
(三) 被告酒井俊幸は、平成五年四月一日まで、被告林良三は、同日から平成六年四月一日まで、被告西村眞は、同日から平成八年四月一日まで、それぞれ愛知県総務部財政課の総務予算担当課長補佐の職にあった者である。
被告平田昌信は、平成五年四月一日まで、被告岡田登は、同日から平成八年四月一日まで、それぞれ愛知県出納事務局出納課課長補佐の職にあった者である。
(四) 被告横井保は、平成三年一二月から平成四年五月まで、被告小田悦雄は、同月から平成六年五月まで、それぞれ愛知県議会議長(以下「議長」という。)の職にあった者である。
被告日高昇は、平成三年五月から平成四年五月まで、被告石川紀一は、同月から平成五年五月まで、それぞれ愛知県議会副議長(以下「副議長」という。)の職にあった者である。
被告本多進は、平成五年五月から平成六年五月まで、副議長の職に、同月から平成七年五月まで、議長の職にあった者である。
被告大竹喜久雄は、平成六年五月から平成七年五月まで、副議長の職にあった者である。
2 平成七年度における記念品料の支給について
(一) 愛知県は、国家褒章(藍綬褒章)を受章した愛知県議会議員(以下「議員」という。)二名に対して各二〇万円を、記念品料として支給した。その支出負担行為及び支出命令は、平成七年四月二五日に行われ、同年五月二日に支出がされた(別紙(一)の決議番号三一一〇一号)。
愛知県は、平成七年五月に議長を退任した被告本多に対して二〇万円、同月に副議長を退任した被告大竹に対して一〇万円を、記念品料として支給した。その支出負担行為及び支出命令は、平成七年五月一一日に行われ、同年五月二二日に支出がされた(別紙(一)の決議番号四七二〇一号)。
愛知県は、国家褒章(藍綬褒章)を受章した議員二名に対して各二〇万円を、記念品料として支給した。その支出負担行為及び支出命令は、平成七年一〇月三一日に行われ、同年一一月七日に支出がされた(別紙(一)の決議番号四五五七〇一号)。
(二) 愛知県は、右(一)の各支給を、地方自治法施行規則一五条、別記歳出予算に係る節の区分8「報償費」として行った。
愛知県事務決裁規程(昭和四〇年愛知県訓令第二五号)一〇条及び別表第2により、報償費の支出負担行為及び支出命令は課長補佐専決事項とされており、右(一)の各支給についての支出負担行為及び支出命令は、愛知県総務部財政課課長補佐であった被告西村が専決した。
愛知県行政組織規則一四条及び愛知県出納事務決裁内規九条別表第1により、報償費の支払の決定に関することは課長補佐専決事項とされており、右(一)の各支給についての支出は、愛知県出納事務局出納課課長補佐であった被告岡田が専決した。
3 住民監査請求について
原告らは、平成八年二月二六日、別紙(一)記載の一五件を含む三八件について、これらは、議員に対する報償費の支給で、法律、条例に基づかないものであるから違法であるとして、住民監査請求をした(以下「本件監査請求」という。)。
愛知県監査委員は、本件監査請求について、平成八年五月二〇日付けで、一部不適法であるとして却下したほか、他の部分については理由がないとした。
二 原告らの主張
1 愛知県は、平成四年から平成七年にかけて、議員に対して、別紙(一)記載のとおり、「報償費」として記念品料の支給をした(このうち、平成七年度分は、右一2のとおりである。)。
2 右記念品料は、愛知県のいわゆる内規である「自治功労者に対する記念品料及び弔慰金支給基準(昭和六三年四月一日整理)」(甲3、以下「本件支給基準」という。)に基づき支給されたもので、全国都道府県議長会の自治功労表彰を受章した議員、叙勲を受けたり国家褒章を受章した議員、議長や副議長を退任した議員に対して支給されたものである。
右記念品料について、法律、条例には、何ら定めがない。
法律、条例に定めることなく、単なる内規により議員に現金を交付することは、それが社会通念上の儀礼の範囲にとどまると認められる場合を除き、法律、条例に基づかずに職員に対して給与その他の給付を行うことを禁止した地方自治法(以下「法」という。)二〇四条の二に違反することになる。
本件の場合、議員に支払われた金額は一〇万円から五〇万円であるので、社会通念上の儀礼の範囲にとどまるものではない。
したがって、右記念品料の支給は、法二〇四条の二に違反しており、無効である。
3 被告鈴木は、知事として、右記念品料の支給に係る支出負担行為及び支出命令を行う権限を法令上本来的に有している者であるところ、右記念品料を直接議員に手渡していたのであるから、その金額を認識していたものである。また、被告鈴木は、右記念品料の支給が法律、条例に定めのないものであることも認識していたと考えられる。したがって、被告鈴木は、専決職員を指揮監督して、その支給を阻止する義務があったにもかかわらず、故意又は過失により、それを怠り、愛知県に右支給金額全額に相当する額の損害を被らせたということができるから、その損害を愛知県に対して賠償する責任がある。
4 被告酒井、被告林及び被告西村は、右記念品料の支給に係る支出負担行為及び支出命令について専決権限を有しており、現実に専決を行った者であるところ、これらの被告は、右記念品料の支給が法律、条例に定めのないもので、法二〇四条の二に違反することを知りながら、右専決を行ったから、これらの被告には故意又は重過失があり、被告酒井は、平成四年度の支給金額に相当する額の損害について、被告林は、平成五年度の支給金額に相当する額の損害について、被告西村は、平成六年度及び平成七年度の支給金額に相当する額の損害について、それぞれ愛知県に対して賠償する責任がある。
5 被告平田及び被告岡田は、右記念品料の支給に係る支出について専決権限を有しており、現実に専決を行った者であるところ、これらの被告は、右記念品料の支給が法律、条例に定めのないもので、法二〇四条の二に違反することを知りながら、右専決を行ったから、これらの被告には故意又は重過失があり、被告平田は、平成四年度の支給金額に相当する額の損害について、被告岡田は、平成五年度ないし平成七年度の支給金額に相当する額の損害について、それぞれ愛知県に対して賠償する責任がある。
6 被告横井は、議長の退任に当たり二〇万円、被告日高は、副議長の退任に当たり一〇万円、被告小田は、議長の退任に当たり四〇万円、被告石川は、副議長の退任に当たり一〇万円、被告本多は、副議長の退任に当たり一〇万円、議長の退任に当たり二〇万円、被告大竹は、副議長の退任に当たり一〇万円を、それぞれ右記念品料として受領した。これらの被告は、右の受領した金員を愛知県に返還すべき義務がある。
7 よって、原告は、被告鈴木、被告酒井、被告林、被告西村、被告平田及び被告岡田に対しては、法二四二条の二第一項四号の「当該職員」に対する損害賠償の請求として、被告横井、被告日高、被告小田、被告石川、被告本多及び被告大竹に対しては、同号の「当該行為に係る相手方」に対する不当利得返還請求として、第一記載の各金員を支払うことを求める(付帯請求は遅延損害金の請求である。)。
8 なお、本件監査請求及び本件訴訟の対象となっている別紙(一)記載の一五件のうちには、財務会計行為(支出負担行為、支出命令及び支出)の日から一年を経過した後に本件監査請求がされたものがあるが、次のとおり、法二四二条第二項ただし書が規定する「正当な理由」があるから、右監査請求は適法である。
(一) 原告らは、平成七年一二月二五日、愛知県総務部財政課の平成六年度における報償費の支出金調書の公開を受けた。それには、記念品料が支給されたことが記載されているのみで、それが、自治功労表彰を受章した議員、叙勲を受けたり国家褒章を受章した議員、議長や副議長を退任した議員に対して現金が支給されたものであることは分からない。
(二) 原告らは、平成七年一二月二六日付けの新聞報道によって、自治功労表彰を受章した議員、叙勲を受けたり国家褒章を受章した議員に対して、記念品料として現金が支給されていたことを知ったのであり、議長や副議長を退任した議員に対して記念品料として現金が支給されていたことは、平成八年五月二〇日付けの新聞報道によって知った。
(三) 自治功労表彰を受章した議員、叙勲を受けたり国家褒章を受章した議員、議長や副議長を退任した議員に対して、記念品料として現金が支給されていたことは、右新聞報道がされるまでは一般に公表されておらず、知事と財政課の担当職員、支給を受ける議員しか知らなかったものである。また、本件支給基準も、いわゆる内規であるから、その存在は一般に知られていなかった。したがって、本件監査請求の対象となっている記念品料の支給は、秘密裡に行われていたものである。
(四) 原告らは、右のとおり平成七年一二月二六日付けの新聞報道によって知った後二か月以内に本件監査請求をしたのであるから、当該行為を知ることができた時期から相当な期間内に住民監査請求をしたということができる。
(五) よって、法二四二条第二項ただし書が規定する「正当な理由」がある。
三 被告ら及び参加人の主張
1 本案前の主張
(一) 本件監査請求及び本件訴訟の対象となっている別紙(一)記載の一五件のうち、平成四年度から平成六年度までの間にされたもの(以下「本件平成四年度ないし六年度支給」という。)については、その支給に係る財務会計行為(支出負担行為、支出命令及び支出)がされた日から一年を経過した後に本件監査請求がされた。
(二) 本件平成四年度ないし六年度支給に係る本件監査請求には、次のとおり法二四二条第二項ただし書が規定する「正当な理由」はない。
(1) 右「正当な理由」があるというためには、当該行為が秘密裡にされたことが必要であるところ、本件平成四年度ないし六年度支給は、法及び財務規則に基づき、所定の支出負担行為、支出命令等の手続を経て、通常の財務会計行為として支出がされており、予算の範囲内の支出であり、愛知県議会において決算の認定を得ているのであるから、秘密裡に行われたものではない。
(2) 仮に、本件平成四年度ないし六年度支給が秘密裡にされたとしても、当該行為を知ることができたときから相当な期間内に住民監査請求をしないと、右「正当な理由」があるということはできないが、本件については、右「相当な期間」は「一か月」と解すべきである。
本件平成四年度ないし六年度支給に係る公文書は、翌年度の六月一日以降いつでも公文書公開請求をすることによって見ることができたし、本件支給基準についても、作成された昭和六三年四月一日以降、公文書公開請求をすることによって見ることができたのであるから、原告らは、各支給の翌年度の六月以降は、本件監査請求を行うことが可能であった。それにもかかわらず、原告らは、翌年度の六月のうち最も遅い平成七年六月から八か月も経過した後になって本件監査請求を行ったのであるから、当該行為を知ることができたときから相当な期間内に住民監査請求をしたということはできない。
また、原告らは、平成七年一二月二六日付けの新聞報道により前に、自治功労表彰を受章した議員、叙勲を受けたり国家褒章を受章した議員に対して、記念品料として現金が支給されていたことを知っていたのであるが、仮に右新聞報道によって知り、そこから「相当な期間」を起算するとしても、そのときから二か月後に本件監査請求をしたのであるから、相当な期間内に住民監査請求をしたとはいえない。
(三) したがって、本件平成四年度ないし六年度支給に係る本件監査請求は、不適法であり、本件訴訟のうち本件平成四年度ないし六年度支給に係る部分は、適法な監査請求を経ておらず、不適法である。
2 本案について
(一) 別紙(一)記載の一五件のうち平成七年度の支給(右一2の支給、以下「本件平成七年度支給」という。)の適法性について
(1) 本件平成七年度支給のうち、決議番号三一一〇一と四五五七〇一の支給は、当該議員の地方自治への永年の功績等が国家的に認められ、国家褒章(藍綬褒章)を受章したことに対する祝意を表わす趣旨でされた「祝金」であり、また、決議号某四七二〇一の支給は、議長、副議長として、各種行事への参加などを通して本来の職務以外に県政に多大な功労があったことに対する感謝の意を表わす趣旨でされた「謝礼金」である。
(2) 法二〇四条の二が、普通地方公共団体の一般職及び特別職の職員の給与体系の整備を図った規定であることからすると、同条の「給与その他の給付」は、普通地方公共団体の一般職及び特別職の職員の職務に対して支給する給与、報酬、費用弁償、旅費、退職金、その他これらに類する給付を指すものと解すべきである。
ところで、本件平成七年度支給は、議員全員に対して一律にされたものではなく、右のとおり、国家褒章を受章した者に対する祝金又は議長、副議長を退任した者が本来の職務以外に県政に功労があったことに対する謝礼金の趣旨でされたものであるから、議員の本来的な職務から発生する報酬、費用弁償、退職金、その他これらに類するものではない。
したがって、本件平成七年度支給に法二〇四条の二の適用はないというべきである。
(3) 仮に、本件平成七年度支給に法二〇四条の二の適用があるとしても、当該給付が社会通念上儀礼の範囲にとどまる限り、同条に反することはない。
藍綬褒章の受章者は、年齢が五五歳以上六五歳以下であり、都道府県議会議員の場合は在職年数が二〇年に達していることなどの基準を満たしている者で、多年地方自治の育成発展に貢献し、功績顕著な者であり、その受章は一生涯に一回限りであるから、このような者に対して、祝金として二〇万円を支給することは、社会通念上儀礼の範囲内のものである。
また、平成四年度から平成七年度における議長、副議長に対する退任記念品料の支給対象者である議長、副議長の議員としての平均在職期間は、議長、副議長それぞれにつき一四年余りであり、このような者に対して、謝礼金として二〇万円又は一〇万円を支給することは、社会通念上儀礼の範囲内である。
三重県や高知県では、知事が県議会議員として長年在職した者を表彰する際に金品が授与されている。また、新聞報道によると、全国一二の政令指定都市のうち六市において、市議会議員として長年在職した者を表彰する際に現金が授与されており、その金額を明らかにしている五市の平均額は、四九万円余りであるし、三重県では、正副議長や議会選出監査委員の退任時にも、現金が支給されている。さらに、公的団体においても、団体役員等が叙勲を受けたり国家褒章を受章したときに祝金を支給したり、役員等を退任したときに謝金を支給したりすることが行われているし(叙勲の記念品料三〇万円、国家褒章の記念品料一〇万円、退職慰労金一五〇万円といった例が存する。)、民間企業においても、その役員、従業員等に対して、それぞれの企業が社会的に相当と考える額の祝金、弔慰金(ある調査によると、結婚祝金については、最高一二万円、平均四万二五四七円、本人死亡弔慰金については、最高三〇〇万円、平均三五万五四九四円である。)等を支給している。愛知県の地方公共団体としての規模からすれば、右の他の団体における支給例に照らしても、本件平成七年度支給の金額は、社会通念上儀礼の範囲内であるということができる。
したがって、本件平成七年度支給が法二〇四条の二に違反することはない。
(二) 損害について
本件平成七年度支給は、法二三二条一項に基づき愛知県の事務を処理するために必要な経費として、予算化され適法に支給されたものであるから、右支給により愛知県に損害はない。
(三) 被告鈴木、被告西村及び被告岡田の責任について
(1) 被告鈴木について、
普通地方公共団体の長たる知事は、その権限に属する行為を補助職員に専決させていた場合には、自ら当該行為を行ったのと同視しうる程度の指揮監督の解怠がある場合に限り、損害賠償を負うべきものである。しかるところ、被告鈴木は、本件平成七年度支給について被告西村から決裁を求められたことがなかったので、右支給に係る財務会計行為には全く関与しなかったものであり、右支給に係る記念品料を自ら議員に手渡しているが、それは、社会通念上の祝意又は謝意の表れとして適法であるとの認識の下に手渡していたのであって、被告鈴木には、自ら行為を行ったのと同視しうるような指揮監督の解怠はない。
(2) 被告西村及び被告岡田について
被告西村及び被告岡田は、本件平成七年度支給が、普通地方公共団体の事務を処理するために必要な経費であると認識して支給に係る財務会計行為を行ったものであり、法二〇四条の二に抵触するとの認識は全く有していなかった。しかも、国家褒章受章の記念品料や議長、副議長に対する退任の記念品料の支給は、長年にわたり適法な支給であると認識され継続されてきたものであり、誰からも違法であるとの指摘を受けたことがなかった。これらのことからすると、被告西村及び被告岡田には、故意又は重過失はないものというべきである。
第三 当裁判所の判断
一 本件監査請求の適法性について
1 本件平成四年度ないし六年度支給については、その支給に係る財務会計行為(支出負担行為、支出命令及び支出)がされた日から一年を経過した後に本件監査請求がされたのであるから、法二四二条第二項ただし書が規定する「正当な理由」がない限り、不適法な監査請求であるというべきである。
2 そこで、右「正当な理由」があるかどうかについて判断する。
(一) 法は、当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過したときは住民監査請求をすることができないとしている(法二四二条第二項本文)が、これは、財務会計行為が違法又は不当なものであったとしても、いつまでも住民監査請求や住民訴訟の対象となり得るのでは、法的安定を損なうので、行為の時から一年間を経過した後は、住民の知不知にかかわらず、住民監査請求をすることができないこととしたものである。このような監査請求期間が定められている趣旨に鑑みると、右「正当な理由」があるということができるためには、単に住民が当該行為を知らなかった又は知り得なかったというだけでは足りず、当該行為が秘密裡にされたために住民がその行為を知り得なかったという事情がなければならないというべきである。
(二) そこで、別紙(一)記載の一五件のうち平成四年度から平成六年度までの間にされたもの(本件平成四年度ないし六年度支給)が秘密裡に行われたかどうかについて判断する。
(1) 証拠(被告西村眞)と弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。
ア 本件平成四年度ないし六年度支給は、「(款)総務費、(項)総務管理費、(目)一般管理費、(節)報償費」として、各年度の議会において定められた予算に含まれていたものであり、また、各年度の議会において認定された決算にも含まれていたものである(丙11ないし14)。
イ 本件平成四年度ないし六年度支給は、通常の手続に従い、支出負担行為、支出命令及び支出の各手続を経て支給されたものである(甲4の1ないし4、5の1ないし5、6の1ないし3)。
本件支給基準は、自治功労者に対して支給する記念品料等の支給に関して必要な事項を定めた、いわゆる内規であり、自治功労者が、地方自治功労表彰を受章したとき、叙勲を受章したとき、国家褒章を受章したとき、死亡したときのいずれかに該当することとなった場合は、記念品料を支給することができること、その支給基準額は、自治功労表彰を受けた場合は記念品料一五万円以上、叙勲又は国家褒章を受けた場合は記念品料二〇万円以内、弔慰金は五〇万円であることが定められている。本件平成四年度ないし六年度支給のうちには、本件支給基準に則って支給されたものがある。
ウ 愛知県の住民は、公文書公開請求をすることによって、本件平成四年度ないし六年度支給に係る支出金調書について、特定の個人が識別される部分及び口座番号を除いて、閲覧するとともに、写しの交付を受けることができた(丙2、3、6、7)。
また、愛知県の住民は、本件支給基準について、公文書公開請求をすることによって、閲覧するとともに、写しの交付を受けることができた(丙4、5)。
(2) 右(1)認定の事実によると、本件平成四年度ないし六年度支給がことさら隠蔽されていたなどのこれらの行為が秘密裡にされたというべき事情は認められず、他にそのような事情を認めるに足りる証拠もないから、本件平成四年度ないし六年度支給が秘密裡にされたとは認められない。
(3) 前掲甲4の1ないし4、甲5の1ないし5、甲6の1ないし3、丙11ないし14、被告西村眞の供述と弁論の全趣旨によると、予算、決算の書類や支出金調書の右公開部分のみでは、自治功労表彰を受章した議員、叙勲を受けたり国家褒章を受章した議員、議長や副議長を退任した議員に対して現金が支給されていたことは分からず、本件支給基準の存在も一般には知られていなかったものと認められるから、右支給の事実は外部から容易に知ることができたとはいえないが、そうであるからといって、隠蔽行為等が認められない本件においては、本件平成四年度ないし六年度支給が秘密裡にされたということはできない。
(三) したがって、右「正当な理由」は認められない。
3 よって、本件平成四年度ないし六年度支給に係る本件監査請求は、不適法な監査請求であるから、本件訴訟のうち本件平成四年度ないし六年度支給に係る部分は適法な監査請求を経たということができず、不適法である。
二 本案について
1 本件平成七年度支給の趣旨について
(一) 前記第二の一2(一)の事実に証拠(丙22の1、2、被告西村眞)と弁論の全趣旨を総合すると、本件平成七年度支給について次の事実が認められる。
(1) 本件平成七年度支給のうち、決議番号三一一〇一と四五五七〇一の支給は、いずれも、国家褒章(藍綬褒章)を受章した議員二名に対して各二〇万円の記念品料を支給したものである。
右の藍綬褒章は、年齢が五五歳以上六五歳以下であり、議員としての在職年数が二〇年に達しており、多年地方自治の育成発展に貢献した議員に対して、褒章条例に基づいて与えられたものである。
(2) 本件平成七年度支給のうち、決議番号四七二〇一の支給は、平成七年五月に議長を退任した被告本多に対して二〇万円、同月に副議長を退任した被告大竹に対して一〇万円を、記念品料として支給したものである。
議長は、議場の秩序を保持し、議事を整理し、議会の事務を統理し、議会を代表する職務権限を有しており(法一〇四条)、副議長は、議長に事故があるとき、又は欠けたときは、議長の職務を行う(法一〇六条一項)のであるが、右の平成七年五月に退任した議長、副議長は、議会において、右のような職務を果たすばかりでなく、議会外においても、別紙(二)のとおり、行事に出席するなどの活動を行っていた。
(二) 右(一)認定の事実によると、本件平成七年度支給のうち、決議番号三一一〇一と四五五七〇一の支給は、国家褒章を受章した議員に対する祝金の趣旨で支給されたものと認められる。
(三) 右(一)認定の事実によると、決議番号四七二〇一の支給は、議長、副議長が議会の内外においてその職務を果たし、県に貢献したことに対して、退任に当たってそれを慰労する趣旨で支給されたものと認められる。
この点について、被告ら及び参加人は、議長、副議長が、各種行事への参加などを通して本来の職務以外に県政に功労があったことに対する謝礼金の趣旨で支給されたものと主張するが、議長、副議長が別紙(二)の行事に出席したのは、一議員又は県民としてではなく、議会を代表する者として出席したものと推認することができるから、それを議長、副議長の職務外のものであるということはできない上、議長、副議長には、その退任に際して右支給とは別に退職手当が支払われているという事実も認められないから、右支給の趣旨を本来の職務以外の県政に功労があったことに対する謝礼金であると限定して解することはできない。
2 法二〇四条の二違反について
(一) 法二〇四条の二は、普通地方公共団体の議員、その他の職員に対して、法律又はこれに基づく条例に基づくことなく、いかなる給与その他の給付も支給することを禁じている。この規定にいう「その他の給付」は、「給与」が例示されていることからすると、職員としての地位に関連して交付されるのものでなければならないということができる。しかし、この規定は、普通地方公共団体がその職員に対して支給する給与その他の給付について、法律又は条例に基づくことを義務づけることによって、それらの給付の明確化を図り、曖昧な給付がされないようにするという趣旨のものであるから、このような規定の趣旨からすると、右に述べた以上に、「給与」に類するものでなければならないとして「その他の給付」の意義を限定して解する理由はない。
もっとも、右規定は、普通地方公共団体の職員に対する給付であっても、社会通念上儀礼の範囲内のものについてまで禁止しているとは解されないから、社会通念上儀礼の範囲内のものについては、「給与その他の給付」に含まれないものというべきである。
(二) 本件平成七年度支給のうち、決議番号三一一〇一と四五五七〇一の支給は、国家褒章を受章した議員に対する祝金の趣旨で支給されたものであって、同様の祝金が国家褒章を受章した議員でない県民に対しても支給されたとは認められないから、議員という地位に関連して支給されたものと認められる。
本件平成七年度支給のうち、決議番号四七二〇一の支給は、議長、副議長が議会の内外においてその職務を果たし、県に貢献したことに対して、退任に当たってそれを慰労する趣旨で支給されたものであるから、それは、議長、副議長という地位に関連して支給されたものと認められる。
したがって、右の各支給は、社会通念上儀礼の範囲内のものと認められない限り、法二〇四条の二に違反するというべきである。
(三) そこで、右の各支給が社会通念上儀礼の範囲内のものということができるかどうかについて判断する。
(1) 本件平成七年度支給のうち、決議番号三一一〇一と四五五七〇一の支給は、現金でされたものである上、金額も一人当たり二〇万円と決して低額ではなく、国家褒章の受章者に対して地方公共団体が支給する祝金としては、社会通念上儀礼の範囲内のものということはできない。
本件平成七年度支給のうち、決議番号四七二〇一の支給は、現金でされたものである上、金額も一人当たり二〇万円、一〇万円と決して低額ではないことからすると、この支給は、実質的には退職手当に他ならず、社会通念上儀礼の範囲内のものということはできない。
(2) ところで、証拠(被告西村眞)によると、次の事実が認められる。
ア 三重県では、知事が、県議会議員として一〇年以上在職した者や褒章条例その他国の定めるところにより表彰された者を表彰する制度があり、それに関する規則では、その際、金品を加授することができるとされている。また、平成八年一一月二二日付けの朝日新聞には、三重県では、県議会議員一八名に対して、永年勤続表彰の際及び正副議長や議会選出監査委員の退任の際に報償費として合計三一七万円が支給された旨の報道がされている(乙10、丙9)。
高知県では、県議会議員として永年在職した者を表彰する制度があり、それに関する規則では、その際、金品を授与する旨定められている(丙10)。
イ 平成八年一一月二三日付けの朝日新聞によると、同新聞社が、一二の政令指定都市において永年在職した市議会議員に表彰の際に現金が支給されているかどうかについて調べたところ、その半数に当たる六市で現金が支給されており、名古屋市では、一〇年在職の議員に「記念品料」として五〇万円を支給し、以後五年在職ごとに一〇万円ずつ加算して支給し、それとは別に表彰の際に議長名で一律一八万円を支給していた。また、他の五市の支給状況は、別紙(三)のとおりであった(乙11)。
ウ 社団法人愛知県建設業協会では、平成六年度に叙勲した副会長に記念品料として三〇万円、平成七年度に国家褒章を受けた副会長に記念品料として一〇万円を贈呈し、平成六年度に退任した会長に胸像一体(九八万八五四二円相当)を贈呈した(丙17の1、社団法人愛知県建設業協会に対する調査嘱託の結果)。
愛知県医師会では、平成五年度ないし平成七年度において、叙勲を受けた会員等に対して、記念品(一〇万円相当)を贈呈したほか、平成五年度に退任した理事に対して退職慰労金として一五〇万円、平成六年度に退任した複数の理事等に対して、退職慰労金として、各一〇〇万円(三人)、六〇万円(一人)、五〇万円(一人)、三〇万円(一人)をそれぞれ支払った(丙17の2、社団法人愛知県医師会に対する調査嘱託の結果)。
愛知県歯科医師会では、平成六年度に退任した会長、副会長等に対して、記念品料として、一五万円から四万円の範囲内の現金を贈呈した(丙17の3、社団法人愛知県歯科医師会に対する調査嘱託の結果)。
エ 平成八年四月二六日発行の労政時報には、民間企業において、会社が従業員に対して支給している祝金、弔慰金についての調査結果が掲載されているが、それによると、本人結婚祝金の平均額は四万二五四七円、配偶者出産祝金の平均額は七八五七円である。本人死亡弔慰金の平均額は三五万五四九四円であるが、企業の数としては、一〇万円台、二〇万円台の企業が多い。配偶者弔慰金の平均額は五万四三三五円である(丙15)。
(3) 右(2)ア認定の三重県や高知県において規則上表彰の際に授与することができる又は授与するとされている金品が具体的にどのようなものであるかは、本件全証拠によるも、明らかではない。また、三重県における報償費の支給に関する報道も、それのみでは、具体的にどのような内容の給付が各県議会議員にされたかは明らかではない。
右(2)イの新聞報道によると、政令指定都市において永年在職議員に対して現金を支給している例があるが、それでも現金を支給しているのは、調査した一二市の半数にとどまり、その金額も、名古屋市を除いては、おおむね一〇万円以内であるし、証拠(被告西村眞)と弁論の全趣旨によると、名古屋市では、右「記念品料」の支給を取り消し、その返還を受けたものと認められる。
右(2)ウの事実によると、愛知県内で公益を目的として設立された団体において、叙勲や国家褒章を受けた会員等に対して記念品料や記念品を贈呈した例や退任した理事等に対して退職慰労金を支払ったり胸像や記念品料を贈呈した例があることが認められる。しかしながら、社団法人愛知県建設業協会において国家褒章を受けた副会長に贈呈された額は一〇万円であり、愛知県医師会では、叙勲を受けた会員等に対して、記念品が贈呈されたのみであり、必ずしも本件と比べて同等若しくは高額な現金が支給されているわけではない。もっとも、これらの団体と地方公共団体では、構成員と運営の費用などの面において、その性格が異なるから、直ちに同列に論じることはできない。
また、これらの団体が、退任した理事等に対して、その団体の定める手続に従って退職慰労金等を支給することは違法ではなく、これらの団体における退職慰労金等の支給と地方自治法上認められていない法律にも条例にも根拠のない退職手当の支給を同視することはできない。
右(2)エの事実によると、多くの民間企業において会社が従業員に対して支給している祝金の額は、本件平成七年度支給の金額よりもはるかに少ない。これに対し、弔慰金は、金額が大きくなるが、本件平成七年度支給とは、その性格が大きく異なるものである。
したがって、右(2)認定の事実は、本件平成七年度支給は、社会通念上儀礼の範囲内のものということはできないとの右(1)の認定を覆すに足りるものではない。
3 被告鈴木、被告西村、被告岡田、被告本多及び被告大竹の責任等について
(一) 被告鈴木について
(1) 証拠(甲3、被告西村眞)によると、次の事実が認められる。
ア 愛知県では、全国都道府県議長会の自治功労表彰を受章した議員、叙勲を受けたり国家褒章を受章した議員、議長や副議長を退任した議員に対して、記念品料を支給することを永年にわたって行ってきた。
イ 昭和六三年四月一日に本件支給基準が定められ、全国都道府県議長会の自治功労表彰を受章した議員及び叙勲を受けたり国家褒章を受章した議員に対する記念品料の支給は、本件支給基準に従って行われてきた。本件支給基準は、定められた後に変更されていない。
ウ 議長や副議長を退任した議員に対する記念品料の支給については、定まった支給基準はないが、毎年過去の例を参考に決定していた。
エ 右の記念品料は、知事が、自ら愛知県を代表して、議員に手渡していた。被告鈴木は、知事の職にある期間が長く、その金額を知っていた。
(2) 右(1)の事実に証拠(被告西村眞)と弁論の全趣旨を総合すると、被告鈴木は、国家褒章を受章した議員や議長、副議長を退任した議員に対して記念品料が支給されていることを知っていたこと、その支給額は、最近においては、一定しており、被告鈴木は、その額を知っていたこと、本件平成七年度支給における支給額も、前年までと同額であったこと、以上の各事実が認められる。
そうすると、被告鈴木は、本件平成七年度支給がされるより前に、国家褒章を受章した議員及び議長や副議長を退任した議員に対する記念品料の支給が行われている事実並びにその支給額を知っていたものと認められる。
なお、被告西村眞は、記念品料の支出負担行為について課長補佐の専決事項になっていたが、前例に倣って支給する場合は別として、額を変更する場合には、上司の決裁を受ける必要があったと供述し、また、「われわれでも、お金を渡すときにいくら入っているか知らないで渡すということはまずないので、被告鈴木は渡すときいくら入っているかを聞くのではないか。」との意見を述べており、これによれば記念品料の金額については、本来的に権限を有する被告鈴木の意見が重視されていたことがうかがわれる。そして、前記認定のとおり、国家褒章を受章した議員に対する記念品料は、地方自治体を代表して祝意を表するために支給されたものであり、議長や副議長を退任した議員に対する記念品料は議長や副議長が議会の内外においてその職務を果たし、県に貢献したことに対して、退任に当たってそれを慰労、感謝する趣旨で支給されたものであるが、このような記念品料を支給するに当たっては、その趣旨にふさわしい金額であって社会的儀礼を失しないことを念頭においてその金額が決定されることは、容易に推測できるところであり、社会的儀礼を失しないかについては、事柄の性質上、長である被告鈴木の意見が重視されるであろうことは想像に難くない。前記被告西村の意見は、本来的権限者である被告鈴木の意見を聞くことなく、金額や記念品料の支給自体を変更することは困難であったという、専決権者の現実の関係、金額決定の実際の運用状況を表しているものといえる。
前記のとおり、本件記念品料の支給は、社会通念上儀礼の範囲内のものとは認められないが、社会通念上儀礼の範囲内のものかどうかという判断は、いわば常識的なもので、特別な知識がないと判断することができないというものではないから、被告鈴木は、少なくとも、右支給が社会通念上儀礼の範囲を超える疑いがかなりの程度あることを知ることができたというべきである。
したがって、被告鈴木としては、専決権者に対して、右記念品料の支給についていかなる法的根拠があるか、社会的儀礼の範囲内に含まれるかなど、それが地方自治法に違反することはないかなどを検討することを指示すべきであったということができる。そして、そのような指示があれば、右記念品料の支給が法二〇四条の二に違反することは比較的容易に判明したものと考えられる。なぜならば、法二〇四条の二については、最判昭和三九年七月一四日民集一八巻六号一一三三頁が、昭和三三年に市が市議会議員全員に対して競輪事業開始一〇周年を記念して議員一人当たり現金一万円を贈呈した事案について、社会通念上儀礼の範囲を超え、法二〇四条の二に違反するとの判断をしているが、この事案は、本件とは、金員の趣旨や支給範囲は異なるものの、議員に対する現金の支給という点では同じであり、その後の物価の変動を考慮しても、本件の金額が右事案の金額を大きく下回るということはない。また、証拠(甲16、乙8、9)によると、自治省(庁)は、法二〇四条の二について、名目上記念品料として支出されたものであっても、当該支出が実質的に退職手当に類すると認められる限り違法であるとの回答(昭和三二年一月三〇日自丁行発第一一号)、市長が市議会議員の退職に際し記念品料として現金五万円を送ることはできないとの回答(昭和三八年五月二二日自治丁行発第四三号)、社会通念上儀礼的な範囲において記念品を送ることはさしつかえないが、この社会通念上儀礼の範囲に属するかどうかは、記念品の趣旨、態様、金額について、物価、団体の規模、財政状況等を総合して判断すべきであるとの回答(昭和四二年八月九日自治行第七八号)をしていることが認められる。したがって、これらを参考に常識をもって判断すれば、右記念品料の支給が法二〇四条の二に違反することは比較的容易に判明したものと考えられるからである。
それにもかかわらず、被告鈴木は、右のような指示を行わず、その結果、本件平成七年度支給について支出負担行為及び支出命令がされたのであるから、被告鈴木は、右財務会計上の違法行為を阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、過失により右違法行為を阻止しなかったということができる。したがって、被告鈴木は、本件平成七年度支給によって愛知県が被った損害を賠償する責任があり、損害額は、本件平成七年度支給の合計額一一〇万円である。
なお、本件平成七年度支給は、法二三二条一項に基づき愛知県の事務を処理するために必要な経費として、予算化されて支給されたものであるとしても、すでに述べたとおり、法二〇四条の二に違反する違法な支給である以上、愛知県に損害がないということはできない。
(二) 被告西村について
証拠(被告西村眞)と弁論の全趣旨によると、被告西村は、国家褒章を受章した議員や議長、副議長を退任した議員に対する記念品料の支給が長年にわたって行われてきており、特にその適法性が問題になったこともなかったことから、本件支給基準や過去の例を参考に金額を決定して、本件平成七年度支給に係る支出負担行為及び支出命令を行ったもので、右支給が法二〇四条の二に違反するかどうかを特に意識することはなかったこと、被告西村は、右記念品料の支給が法律にも条例にも基づくことなくされていたことを知っていたこと、以上の各事実が認められる。
ところで、本件平成七年度支給が社会通念上儀礼の範囲内のものかどうかという判断は、すでに述べたとおり、いわば常識的なものであるから、被告西村は、少なくとも、右支給が社会通念上儀礼の範囲を超える疑いがかなりの程度あることを知ることができたというべきであり、右記念品料の支給が法律にも条例にも基づくことなくされていたことを知っていたのであるから、それが地方自治法に違反することがないかどうかを検討すれば、右(一)のとおり法二〇四条の二に違反することは比較的容易に判明したものと考えられる。
それにもかかわらず、被告西村は、右検討をすることなく、本件平成七年度支給に係る支出負担行為及び支出命令を行ったのであるが、右(一)認定のとおり、知事からは支給額を知っていながら何らの指示もなかったのであるから、被告西村が、本来権限を有する知事が右財務会計行為を是認していると考えたとしても不自然ではない状況にあったこと、国家褒章を受章した議員や議長、副議長を退任した議員に対する記念品料の支給は長年にわたって行われてきていて、国家褒章を受章した議員に対する支給については、支給基準も設けられており、特にそれらの適法性が問題になったこともなかったことからすると、被告西村が右財務会計行為を行ったことに重過失があるとまでいうことはできない。
被告西村は、支出負担行為及び支出命令を直接補助する職員で普通地方公共団体の規則で指定する者(愛知県財務規則一八四条)に当たるから、法二四三条の二第一項により、重過失がない以上、愛知県に対して損害賠償責任を負うことはない。
(三) 被告岡田について
証拠(被告岡田登)によると、被告岡田は、本件平成七年度支給に係る支出をする際に、支出負担行為の適法性について審査をしたが、国家褒章を受章した議員や議長、副議長を退任した議員に対する記念品料の支給が長年にわたって行われてきており、特にその適法性が問題になったこともなかったことから、右支給が法二〇四条の二に違反するかどうかを特に意識することはなく、右支出をしたものと認められる。
ところで、本件平成七年度支給が社会通念上儀礼の範囲内のものかどうかという判断は、すでに述べたとおり、いわば常識的なものであるから、被告岡田は、少なくとも、右支給が社会通念上儀礼の範囲を超える疑いがかなりの程度あることを知ることができたというべきである。
したがって、被告岡田としては、右記念品料の支給についていかなる法的根拠があるか、それが地方自治法に違反することはないかなどを検討すべきであり、検討していれば、右(一)のとおり右記念品料の支給が法二〇四条の二に違反することは比較的容易に判明したものと考えられる。
しかし、証拠(被告岡田登)によると、被告岡田は、年間十数万件の支給について審査をしており、審査は、書面が中心であると認められる上、被告岡田が審査したとしても、本件記念品料の支給が社会通念上儀礼の範囲に属するかは価値判断にかかる部分がないとはいえず、社会的儀礼の範囲を超えることが明白であったといえないときには、重過失があったとは言えないところ、本件においては、記念品料の支給が長年にわたって行われてきており、特にその適法性が問題になったこともなかったことからすると、社会的儀礼の範囲を超えることが明白であったといえず、被告岡田には、本件平成七年度支給に係る支出を行ったことに重過失があるとまでいうことはできない。
被告岡田は、支出を直接補助する職員で普通地方公共団体の規則で指定する者(愛知県財務規則一八四条)に当たるから、法二四三条の二第一項により、重過失がない以上、愛知県に対して損害賠償責任を負うことはない。
(四) 被告本多及び被告大竹について
本件平成七年度支給は、法二〇四条の二に違反するものであるから、無効であり、被告本多及び被告大竹は、受領した記念品料(被告本多につき二〇万円、被告大竹につき一〇万円)を愛知県に不当利得として返還すべき義務がある。
第四 結語
以上の次第で、本件訴えのうち、平成四年度ないし平成六年度における記念品料の支給が違法であることを理由とする損害賠償請求及び不当利得返還請求に係る部分は、不適法であるので却下することとし、被告鈴木に対する請求は、愛知県に対し、一一〇万円及びこれに対する平成八年七月六日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、被告本多に対する請求は、愛知県に対し、二〇万円の支払を求める限度で、それぞれ理由があるので、これらの限度で認容することとし、被告大竹に対する請求は理由があるので認容することとし、その余の請求は、いずれも理由がないので棄却することとし、主文のとおり判決する。
なお、被告ら及び参加人は、原告らは本訴において手数料として、訴訟物の価額九五万円に相当する八二〇〇円しか納付していないが、本訴が対象としている財務会計行為は一五件あるから、九五万の一五件分に相当する手数料を納付すべきであり、手数料が不足していると主張するが、手数料の納付は、裁判所と原告らとの間の問題であって、被告ら及び参加人は、手数料の不足を主張して訴えの却下を求めることはできないと解される。また本訴が対象としている財務会計行為は一五件あるが、いずれも議員に対する記念品料の支給であって、一連の財務会計行為であり、原告らが主張する違法事由も共通しているから、原告らが納付した手数料に不足はない。
(裁判長裁判官野田武明 裁判官森義之 裁判官安永武央)
別紙(一)〜(三)<省略>